(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-24
(45)【発行日】2022-11-01
(54)【発明の名称】レーザー割断方法
(51)【国際特許分類】
B28D 5/00 20060101AFI20221025BHJP
B26F 3/06 20060101ALI20221025BHJP
B23K 26/50 20140101ALI20221025BHJP
B23K 26/60 20140101ALI20221025BHJP
【FI】
B28D5/00 Z
B26F3/06
B23K26/50
B23K26/60
(21)【出願番号】P 2021537866
(86)(22)【出願日】2020-03-02
(86)【国際出願番号】 JP2020008713
(87)【国際公開番号】W WO2021176526
(87)【国際公開日】2021-09-10
【審査請求日】2021-07-09
(73)【特許権者】
【識別番号】391049530
【氏名又は名称】株式会社信光社
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095337
【氏名又は名称】福田 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100174425
【氏名又は名称】水崎 慎
(74)【代理人】
【識別番号】100203932
【氏名又は名称】高橋 克宗
(72)【発明者】
【氏名】古本 達明
(72)【発明者】
【氏名】越智 雄三
【審査官】豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-089144(JP,A)
【文献】特開2011-011972(JP,A)
【文献】特開2019-042925(JP,A)
【文献】特開2007-301631(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B28D 5/00
B26F 3/06
B23K 26/00 - 26/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サファイアの表面
に、研削装置を用いて複数の研削傷を有する研削部分を形成させて、該サファイアを保持機構部に保持させる第1過程と、
波長が5.5[μm]のCOレーザー光を発振させる第2過程と、
前記サファイアに
ビーム断面が円形状の前記COレーザー光を照射する第3過程と、
前記サファイアを透過する前記COレーザー光によって前記サファイアの
表面から厚み内部
まで熱応力を発生させて、前記サファイアに亀裂を進展させて前記サファイアの割断を行う第4過程と、
を有し、
前記第3過程は、
レーザー出力60[W]以上の前記COレーザー光を
、前記サファイアの表面における前記熱応力の分布が前記円形状になるように、前記サファイアの縁端部の前記
研削部分に照射
し、
前記第4過程は、
前記サファイアの縁端部の前記研削部分に照射された前記COレーザー光を、前記保持機構部を移動させる掃引機構部を用いて、前記COレーザー光の照射によって生じる前記熱応力の分布が前記サファイアの表面においては前記円形状のまま移動するように、前記サファイアの同一部位への照射時間が抑制される速さで掃引し、
前記サファイアの縁端部の前記
研削部分を起点として前記亀裂を前記掃引機構部の掃引方向に沿って進展させる、
ことを特徴とするレーザー割断方法。
【請求項2】
前記第4過程は、
前記亀裂を進展させるとき、前記保持機構部に備えた温度調整部を用いて、前記割断を行う部分で前記亀裂が進展するように、前記保持機構部に保持されている前記サファイアの温度を調整する、
ことを特徴とする請求項1に記載のレーザー割断方法。
【請求項3】
前記第4過程は、
前記掃引機構部を用いて前記COレーザー光を掃引して前記亀裂を進展させる
とき、前記保持機構部に備えた温度調整部と、前記COレーザー光のレーザー出力を調整するレーザー出力調整部とを用いて、前記割断を行う部分で前記亀裂が進展するように、前記保持機構部に保持されている前記サファイアの温度調整および前記COレーザー光の出力調整を行う第
5過程
を含み、
前記第
5過程は、
制御部が、前記掃引機構部、前記温度調整部、および、前記レーザー出力調整部を、予め設定された連携動作となるように、または、それぞれ独立した動作として制御する、
ことを特徴とする請求項1に記載のレーザー割断方法。
【請求項4】
前記第3過程は、
平行ビームの前記COレーザー光を照射する、
ことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のレーザー割断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、レーザー光の照射によって鉱物等を割断するレーザー割断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、サファイア結晶は、透明性、ダイアモンドに次ぐ高い硬度、化学的安定度、良好な熱伝導性を特徴としている。そのため、サファイアを加工したものは、時計用窓材や半導体用基板材料など、様々な工業分野において使用されている。
また、サファイア結晶は脆いという特徴を持つことから、材料チッピングなどを抑制した高精度加工を施す場合には、高剛性を備えた加工装置が必要になり、加工時間が長くなることや、工具の摩耗が進行し易くなるなど、加工等に要するコストが高くなるという問題を抱えている。
現時点において、厚みが数ミリメートル以上のサファイアを分断する手段は、機械加工に限定されており、加工可能な厚みの範囲を拡げるとともに低コストの加工方法を開発することが求められている。
【0003】
厚さ1[mm]以下のサファイア薄板において割断を行う場合には、機械加工の他にレーザー加工が用いられている。
例えば、波長が355[nm]のレーザー光(固体UVレーザー)をサファイア等に照射し、当該サファイア等にクラックを発生させるレーザー加工方法がある(例えば、特許文献1)。
このレーザー加工方法は、光源からパルスレーザー光を照射し、凸レンズを用いてサファイアなどの加工対象物の内部に集光する。パルスレーザー光を加工対象物の内部に集光することにより、加工対象物の表面と裏面との間にクラックを生じさせ、加工対象物を割断する。
【0004】
また、波長355[nm]のパルスレーザー光を、サファイアなどの加工対象物の表面上方に集光照射し、加工対象物の表面にV字形の損傷を形成するレーザー加工方法がある(例えば、特許文献2)。
このレーザー加工方法は、光源から照射したパルスレーザー光を、対物レンズを用いて加工対象物の手前に集光し、このレーザー光を加工予定位置に沿って走査させ、割断に適した損傷を生起させている。
レーザー光を集光した場合、空間エネルギ密度が高くなる焦点位置にプラズマが発生する。このレーザー加工方法は、プラズマによって加工対象物に意図しない損傷が生起しないように、加工対象物の手前にレーザー光を集光させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2005-288503号公報
【文献】特開2006-114786号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
サファイアは、モース硬度が9であり、機械加工の際には、高精度加工のための高剛性NC加工機やダイアモンド工具などの高価な加工ツールが不可欠である。また、上記の各ツールは、加工作業によって摩耗することから、一定期間の使用後には交換が必要になる。
また、機械加工によってサファイアを加工する場合には、加工の促進や当該加工ツールを冷却するために研削液が必要になり、当該研削液も一定期間の使用後には交換しなければならない。
サファイアは、硬脆材料であることから、加工時の機械的な応力によるダメージを抑制することが必要になり、粗加工から仕上げ加工などの複数の工程が必須になる。そのため、サファイアの加工には、数時間から数十時間を要する場合がある。
また、レーザー光を使用してサファイアの割断を行う場合には、レーザー光を高い精度で制御しなければ、加工を施す位置に適当な損傷等を生起することが難しく、割断を所望のように行うことができなくなる。
【0007】
また、サファイアにレーザー加工を施す場合には、次のような問題がある。
サファイアは、0.3~4.5[μm]の広い波長範囲で光吸収が低く、上記の波長範囲でレーザー加工を行うためには、高エネルギ、もしくは高ピークパワーの短パルスレーザー光等を出力するレーザー光源が必要になる。
上記の短パルスレーザー光を用いた場合には、時間当りの加工量が非常に小さくなるため、厚みが数[mm]程度のものを割断する場合には適していない。
【0008】
上記のような厚みを有するものを割断するため、予めサファイアに加工起点となる初期溝を設けておく。この溝に沿って吸収性(サファイアに吸収され易い波長の)レーザー光を照射し、照射された部位を発熱させて熱応力を生じさせる。この熱応力によって上記の初期溝に沿って亀裂を進展させ、当該サファイアを割断する技術開発が行われている。
この技術は、初期溝に沿って亀裂を進展させて割断を行うため、従来の機械加工において必須であった材料の取り代(例えば数百μmの取り代)が不要になる。また、加工工具や研削液等も不要になるため、大幅な加工コストの削減と加工時間の短縮が実現可能になる。この技術において、CO2レーザー光を使用し、また、サファイアに溝深さ数十[μm]の初期溝を設けることによって、厚さ10[mm]のサファイアを割断することが可能になる。
【0009】
例えば、CO2レーザー光の波長は、9.6~10.6[μm]である。また、サファイアは、上記波長の光吸収率が100[%]である。そのため、厚いサファイアを加工する場合に、割断に必要なパワーのCO2レーザー光を照射すると、サファイアに不意のクラックや溶融などが生じてしまう場合がある。
また、CO2レーザー光は、サファイアの表面において吸収されることから、サファイアの厚さ方向における温度上昇も広範囲になるため、加工の品質(例えば、割断部位の直角度やうねりの有無)が低くなる。
【0010】
本開示は上記の問題点を解決するために行われたもので、施工時間等を抑制するとともに、分断加工の品質を良好にするレーザー割断方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示に係るレーザー割断方法は、割断対象物に微小欠陥を形成させる第1過程と、前記割断対象物の光吸収率が1%以上50%未満である第1のレーザー光を発振する第2過程と、前記第1のレーザー光を前記微小欠陥に照射する第3過程と、前記第1のレーザー光の照射によって発生した熱応力を用いて、前記微小欠陥を起点として前記割断対象物の内部に亀裂を進展させて前記割断対象物の割断を行う第4過程と、を有し、前記第3過程は、レーザー出力60[W]以上の前記第1のレーザー光を照射することを特徴とする。
【0012】
また、前記第1過程は、前記割断対象物の表面に研磨処理を施し、該割断対象物表面に、前記亀裂進展の起点になるとともに前記亀裂進展を誘導する初期溝を、機械加工または第2のレーザー光を用いた加工によって設けることにより前記微小欠陥を形成することを特徴とする。
【0013】
また、前記第1過程は、前記割断対象物の表面に研削処理を施し、該割断対象物表面に、前記亀裂進展の起点になるとともに前記亀裂進展を誘導する初期溝を、機械加工または第2のレーザー光を用いた加工によって設けることにより前記微小欠陥を形成することを特徴とする。
【0014】
また、前記第1過程は、前記割断対象物の表面に研削処理を施して該割断対象物表面に前記亀裂進展を誘導する微小な研削傷を設けることにより前記微小欠陥を形成することを特徴とする。
【0015】
また、前記第1過程は、前記割断対象物の表面に亀裂進展の起点および該亀裂進展を誘導する初期溝を第2のレーザー光(短パルスレーザー)を用いた加工によって設けることにより前記微小欠陥を形成し、前記第3過程は、前記第2のレーザー光の照射に追従させて前記第1のレーザー光を照射することを特徴とする。
【0016】
また、前記第4過程は、前記亀裂を進展させるとき、前記割断対象物を保持する保持機構部に備えた温度調整部を用いて、前記割断を行う部分で前記亀裂が進展するように、前記保持機構部に保持されている前記割断対象物の温度を調整することを特徴とする。
【0017】
また、前記第4過程は、前記割断対象物を保持している保持機構部を移動させる掃引機構部を用いて、前記第1のレーザー光を掃引して前記亀裂を進展させる第5過程と、前記第5過程で前記亀裂を進展させるとき、前記割断対象物を保持する保持機構部に備えた温度調整部と、前記第1のレーザー光のレーザー出力を調整するレーザー出力調整部とを用いて、前記割断を行う部分で前記亀裂が進展するように、前記保持機構部に保持されている前記割断対象物の温度調整および前記第1のレーザー光の出力調整を行う第6過程と、を含み、前記第6過程は、制御部が、前記掃引機構部、前記温度調整部、および、前記レーザー出力調整部を、予め設定された連携動作となるように、または、それぞれ独立した動作として制御することを特徴とする。
【0018】
また、前記第3過程は、平行ビームの前記第1のレーザー光を照射することを特徴とする。
【0019】
また、前記第1過程は、前記割断対象物であるサファイアに前記微小欠陥を形成させ、前記第2過程は、前記第1のレーザー光としてCOレーザー光を照射することを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本開示によれば、サファイアを所望の部分で良好に割断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本開示のレーザー割断方法を用いた実施例のレーザー割断装置の概略構成を示す説明図である。
【
図2】
図1のレーザー割断装置を用いた割断を示す説明図である。
【
図3】サファイア板のレーザー光透過特性を示す説明図である。
【
図4】CO
2レーザービームをサファイア板に照射した場合の光吸収を示す説明図である。
【
図5】CO
2レーザービームをサファイア板に照射した場合(サファイア板に対して第1のレーザー光の照射が過多である場合)に生じる亀裂を表した説明図である。
【
図6】COレーザービームをサファイア板に照射した場合の光透過を示す説明図である。
【
図7】COレーザービームをサファイア板に照射した場合に生じる亀裂を表した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、この発明の実施の一形態を説明する。
(実施例)
図1は、本開示のレーザー割断方法を用いた実施例のレーザー割断装置の概略構成を示す説明図である。
図1のレーザー割断装置は、割断を行うサファイア板1を保持する保持機構部101、サファイア板1の温度を調整する温度調整部102を備えている。また、このレーザー割断装置は、サファイア板1にレーザービーム3を照射するレーザー光源103(第1のレーザー光源)、保持機構部101等を移動させる掃引機構部104を備えている。レーザー光源103は、後述する制御部105の制御に応じてレーザービーム3の強さ(レーザー出力)を調整するレーザー出力調整部103aを備えている。
また、レーザー割断装置は、レーザー光源103の出力側(レーザービーム3を出力する部分の近傍)にレーザー光学系106を備えている。レーザー光学系106は、レーザー光源103から入射したレーザービーム3を、サファイア板1に照射するビーム形状に成形する機能を備えている。
また、このレーザー割断装置は、温度調整部102、レーザー出力調整部103a、および、掃引機構部104を制御する制御部105を備えている。
【0023】
なお、ここで説明するレーザー割断装置は、例えば、板状のサファイア板1を割断するように構成されているが、本発明のレーザー割断方法は、板状のサファイアに限定されず、任意の形状のサファイアを割断することが可能である。
また、本発明のレーザー割断方法は、サファイアの割断に限定されず、例えば、硬脆材料である割断対象物に、所定の波長を有する(割断対象物における光吸収率、光透過率等が所定の値である)レーザー光を照射することにより、サファイアと同様に割断を行うことができる。
【0024】
保持機構部101は、サファイア板1の側面、底面または底端部等を支持し、サファイア板1の表面を上方へ露出させて保持するように構成されている。
温度調整部102は、例えば保持機構部101に備えられ、保持機構部101に支持固定されたサファイア板1の温度を調整するように、詳しくは、レーザー光の照射によってサファイア板1全体が過度に高温となることを抑制する(例えば任意の部分を冷却する)ように構成されている。
レーザー光源103は、サファイア板1のレーザー割断に用いるレーザー光(第1のレーザー光)を発振し、レーザー光学系106は、任意のビーム形状で照射するように、例えば焦点レンズなどを備えて構成されている。
【0025】
レーザー光源103は、後述する波長のレーザー光を出力するCOレーザー発振器である。また、ここで例示するレーザー光源103は、ビーム断面形状が円形状のレーザービーム3を出力するように構成されている。
なお、レーザービーム3は、レーザー光学系106によって、サファイア板1の割断に適した強さで、割断に適した温度分布が得られる上記の円型状やナイフ型などの任意のビーム断面形状となるように成形される。また、レーザービーム3は、レーザー光学系106によって、ガウシアン形状、トップハット形状などの任意のエネルギ分布形状が得られるように成形される。
ここで例示するレーザービーム3は、任意の焦点位置で収束する形状をしているが、収束することのない平行ビーム形状(平行光線)でもよく、また、照射方向に向かって発散するビーム形状でもよい。
【0026】
掃引機構部104は、レーザー光源103から照射されたレーザービーム3が、サファイア板1の表面において掃引されるように、保持機構部101を任意の方向(後述する亀裂21の進展方向)へ移動させるように構成されている。
制御部105は、例えばプロセッサなどの電子デバイス等を備え、予めユーザ等が行った任意の動作設定に則して、温度調整部102の動作と、掃引機構部104の動作と、レーザー光源103の動作とを、連携させて制御するように構成されている。
また、制御部105は、上記の各動作を任意の組み合わせで連携させて制御するように構成してもよい。
また、制御部105は、予めユーザ等が行った任意の各動作設定に則して、温度調整部102の動作、掃引機構部104の動作、レーザー光源103の動作(レーザー出力調整部103aによる出力調整)を、それぞれ独立して制御するように構成してもよい。
また、制御部105は、上記の連携動作の制御および上記の独立動作の制御のいずれかを、ユーザ等に選択設定させるように構成してもよい。
【0027】
なお、サファイア板1は、
図1のレーザー割断装置に保持される前に、研磨処理、研削処理等が施されて微小欠陥が設けられる。ここでは、サファイア板1に研磨処理、研削処理などを施して微小欠陥を設ける装置等の構成や動作等の説明を省略する。
【0028】
次に動作について説明する。
本発明のレーザー割断方法において、
図1のレーザー割断装置にサファイア板1を設置固定する前に、当該サファイア板1に微小欠陥を設ける加工を施す(第1過程)。
微小欠陥として、例えば、サファイア板1の割断を行う部分に、研磨装置等を用いて研磨処理を施し、微小な研磨傷を有する研磨部分を形成する。
また、微小欠陥として、サファイア板1の割断を行う部分(研磨部分)の縁端部に、工作機械等を用いて、または適当なレーザー加工装置等を用いて所定のレーザー光(第2のレーザー光)を照射し、後述する初期溝2を設ける。この初期溝2の部分は、割断を行う際に発生する亀裂の進展を誘導するものである。
【0029】
または、例えば、サファイア板1の割断を行う部分に、研削装置等を用いて研削処理を施し、微小な研削傷を複数有する研削部分を形成する。また、サファイア板1の割断を行う部分(研削部分)の縁端部に、工作機械等を用いて、または適当なレーザー加工装置等を用いて所定のレーザー光(第2のレーザー光)を照射し、後述する初期溝2を設けるようにしてもよい。この初期溝2の部分は、割断を行う際に発生する亀裂の進展を誘導するものである。
【0030】
または、例えば、初期溝2等を設けることなく、研削装置等を用いて割断を発生させることが可能な程度の微小な研削傷を複数設け、割断を行う際の亀裂の起点となり、また、亀裂の進展を誘導するようにしてもよい。
また、サファイア板1の微小欠陥として、上記の研磨部分や研削部分等を設けることなく、サファイア板1の縁端部に、工作機械または適当なレーザー加工装置等(第2のレーザー光源)を用いて初期溝2を設けるようにしてもよい。
【0031】
図2は、
図1のレーザー割断装置を用いた割断を示す説明図である。
図2に示したサファイア板1は、微小欠陥を設ける処理等を既に行ったもので、例えば、微小欠陥として初期溝2が設けられている。
図2は、サファイア板1に予め設けておいた初期溝2に、レーザー光源103からレーザービーム3(第1のレーザー光)を照射したとき、サファイア板1に生じる熱応力等を表したものである。
また、
図2は、レーザービーム3が照射されたサファイア板1の部分をエリアAとして拡大表記し、エリアAに含まれる初期溝2が設けられている部分をエリアBとして拡大表記している。また、図中、矢印4は、掃引機構部104が稼働することにより、保持機構部101に保持されたサファイア板1が移動する方向である。
【0032】
レーザー割断装置の保持機構部101に、初期溝2を設けたサファイア板1を保持させた後、レーザー光源103を稼働させて、サファイア板1による光吸収率が後述する値となるレーザー光を発振させる(第2過程)。レーザー光学系106は、通過するレーザー光を任意のビーム形状に成形し、これをレーザービーム3としてサファイア板1の微小欠陥(初期溝2)に照射する(第3過程)。
サファイア板1のエリアAにおいて、レーザービーム3が照射された位置(ビームスポット3a)が発熱し、この発熱によって高温となった部分は、熱膨張によって圧縮応力が作用する圧縮応力場10となる。圧縮応力場10の周囲には、当該圧縮応力場10よりも温度の低い部分が存在し、この部分は圧縮応力の逆方向に作用する引っ張り応力11aが生じる引っ張り応力場11となる。レーザービーム3をサファイア板1に照射すると、上記のように熱応力(圧縮応力、引っ張り応力11a)が生じる。
【0033】
初期溝2の近傍にビームスポット3aが位置するように、レーザービーム3をサファイア板1に照射して熱応力を発生させると、引っ張り応力11aが初期溝2に作用し、初期溝2を起点として亀裂が矢印12の示す方向(初期溝2の延設方向)に進展する。
上記のようにレーザービーム3をサファイア板1に照射し、さらにサファイア板1を例えば矢印4の方向へ掃引すると、初期溝2から矢印4の逆方向へ亀裂が進展してサファイア板1の割断が行われる(第4過程)。
【0034】
図3は、サファイア板のレーザー光透過特性を示す説明図である。この図は、横軸がレーザー光の波長λを示し、縦軸が任意のサファイア板(サファイア単結晶)を透過する各波長λの透過率を示している。
図3は、例えば厚さ0.5[mm]の任意のサファイア単結晶のレーザー光透過特性を示している。
サファイア単結晶は、波長λが概ね5[μm]以下の光を80[%]以上透過させるが、波長λが概ね7[μm]よりも長い光に対しては透過率が0[%]、即ち、全て吸収する。
【0035】
図4は、CO
2レーザービーム30をサファイア板1に照射した場合の光吸収を示す説明図である。
CO
2レーザー光は、例えば、
図3に示したように波長λが10.6[μm]であり、CO
2レーザービーム30は、サファイア板1の表面において吸収される。
【0036】
図5は、CO
2レーザービーム30をサファイア板1に照射した場合に生じる亀裂を表した説明図である。例えば、ビーム断面形状が円形状のCO
2レーザービーム30をサファイア板1に照射する(初期溝2に向けて照射する)と、円形状のビームスポット、即ち、圧縮応力場10が生じ、この部分が発熱する。前述のようにCO
2レーザービーム30は、サファイア板1の表面において全て(100%)吸収されるため、当該表面において円形状の部分が発熱し、この部分から温度分布が拡散する。
厚いサファイア板1を割断するために強い出力のCO
2レーザービーム30を照射すると、サファイア板1表面のビームスポットから温度分布が拡がり、このときに生じる熱応力の分布(圧縮応力場10ならびに引っ張り応力場11の範囲)は、サファイア板1の表面において円形状から崩れた形状になり、初期溝2の延設方向に対して鉛直となる方向などに関しても拡散する。
【0037】
図5は、第1のレーザー光(例えば、CO
2レーザービーム30)の照射が過多である場合のサファイア板1の表面における熱応力の分布を示しているが、サファイア板1の厚さ方向に関しても温度分布ならびに熱応力の分布が拡散する。サファイア板1の厚み内部の熱応力の分布は、サファイア板1表面から拡散したものとなり、初期溝2に沿っていない分布となる。
即ち、初期溝2にCO
2レーザービーム30を照射した場合、初期溝2の位置(ならびにその周辺)に生じる熱応力は、サファイア板1の表面、サファイア板1の厚み内部のいずれにおいても、初期溝2に沿った分布とならない。そのため、この熱応力によって発生する亀裂20は、初期溝2に誘導されることなく、不意の方向に進展する可能性が高くなる。
【0038】
例えば、厚さ5[mm]のサファイア板1に、厚さに応じて(割断を行うために)出力を大きくしたCO2レーザービーム30を照射した場合には、サファイア板1に生じる熱応力の分布が上記のように崩れた(拡散した)形状となるため、不意の方向にクラックが進展し、また、割断部分の形状に多くのうねりが生じる。
また、例えば、厚さ15[mm]のサファイア板1に、厚さに応じて(割断を行うために)出力を大きくしたCO2レーザービーム30を照射した場合には、照射された部分に溶融や欠けが発生する。
【0039】
図6は、レーザービーム3をサファイア板1に照射した場合の光透過を示す説明図である。
本実施例のレーザー割断装置は、レーザー光源103としてCOレーザー光源を備え、波長λが5.5[μm]近傍のレーザービーム3をサファイア板1に照射する。
例えば、波長λが5.5[μm]のCOレーザー光は、サファイア板1において、光吸収率が10[%]程度と低く、CO
2レーザー光の1/10程度である。
波長λが5.5[μm]のレーザービーム3をサファイア板1に照射すると、
図6に示したようにサファイア板1の厚み内部(サファイア板1の表面から距離dの位置)まで透過する。即ち、サファイア板1の表面と裏面との間の内部においても、熱応力を生じさせることができる。
換言すると、割断対象物が例えばサファイア板1である場合には、上記のようにサファイア板1による光吸収率が10[%]程度となる、波長λが5.5[μm]のCOレーザー光が好適である。
本発明において使用するレーザー光(第1のレーザー光)は、割断対象物による光吸収率が1[%]以上、50[%]未満となる波長λを有するものが適している。
このような波長λのレーザー光は、上記割断対象物の表面から厚み内部へ向かって適度な位置(深さ)まで透過し、割断対象物の厚み内部において、レーザー光が照射された部分(所望の限られた範囲)に十分な強さの熱応力を生じさせることができる。即ち、上記の光吸収率となるレーザー光を照射すると、割断対象物の厚み内部において限られた範囲内(所望の位置)に亀裂を発生させることが可能になる。
【0040】
図7は、レーザービーム3をサファイア板1に照射した場合に生じる亀裂を表した説明図である。
レーザー光源103からレーザー光学系106を通過してビーム断面形状が円形状となったレーザービーム3を、サファイア板1に照射する(初期溝2に向けて照射する)と、ビームスポット3a、即ち、円形状の部分が発熱する。
詳しくは、上記のようにレーザービーム3はサファイア板1の厚み内部まで透過することから、割断を可能にする強さ(レーザー出力)のレーザービーム3をサファイア板1に照射すると、上記表面の円形状の部分から厚さ方向に延設された略円柱状、または略円錐状の部分が発熱する。
【0041】
レーザービーム3は、上記のように光吸収率が低い波長λである。そのため、レーザービーム3が照射されたサファイア板1は、温度上昇が抑制されて均一な温度分布となり、この温度分布において圧縮応力場10が生じ、この圧縮応力場10の周囲に引っ張り応力場11が生じる。即ち、概ね、略円柱状、または略円錐状の熱応力場が生じる。
レーザービーム3(COレーザー光)をサファイア板1に照射した場合、CO2レーザービーム30を照射した場合に比べて、サファイア板1の照射位置以外の部分については、温度上昇を抑制することができる。即ち、割断を行う箇所に限定して、熱応力場を生じさせることが可能になる。
【0042】
レーザービーム3を初期溝2に照射した場合には、レーザービーム3が照射されている部分(初期溝2の一部分)を包み込むように熱応力場が生じ、初期溝2をなぞるようにレーザービーム3を掃引(掃引機構部104を稼働)させた場合には、初期溝2に沿って熱応力場が移動し、初期溝2の延設方向に亀裂21が進展する。
なお、
図7に例示した初期溝2は、亀裂21を進展させる部分に延設されたもので、サファイア板1の縁端部のみに形成されたものではない。
【0043】
初期溝2を追従するように亀裂21を生じさせ、換言すると、初期溝2の延設方向に沿って亀裂21を進展させてサファイア板1を割断するためには、例えば、レーザー光源103におけるレーザー出力が60[W]以上となるレーザービーム3を照射する。
レーザー出力が60[W]よりも低いレーザービーム3を照射した場合、サファイア板1などの割断対象物の照射位置に亀裂を発生させる熱応力が生じない。また、亀裂を発生させる強さの熱応力が生じるまで相当の時間を要する。このように照射時間が長くなると、サファイア板1などの割断対象物においては、レーザービーム3の照射位置に発生した熱が拡散して広い範囲に伝導してしまう。即ち、亀裂を発生させたくない部位にまで熱応力が生じることになり、亀裂を所望の方向へ進展させることが難しくなる。
例えば、レーザー出力50[W]のレーザービーム3を照射した場合、厚さ6~15[mm]のサファイア板1には亀裂が発生しなかった。
そこで、レーザー出力60[W]以上のレーザービーム3を用いて、割断対象物(サファイア板1)の同一部位への照射時間を短く抑制し、亀裂21を生じさせない部分へ熱(温度分布)が拡散することを抑えて、サファイア板1を所望の位置で割断する確度を高め、また、割断部分の加工品質を高める。換言すると、他の部分が熱くなる前に所望の位置に亀裂が発生するように、レーザー出力が60[W]以上のレーザービーム3を用いる。なお、このレーザー出力は、サファイア板1などの割断対象物に対して過多の照射とならない程度に、掃引の速さ(照射時間)などと関連させて抑制する。
【0044】
例えば、厚さ15[mm]のサファイア板1に、予め初期溝2を設けて(延設させて)おき、初期溝2を追従するようにレーザービーム3を照射すると、初期溝2に追従して亀裂21が生じ、不意のクラックなどのダメージが生じることなく、サファイア板1を割断することができることが確認されている。
また、例えば、初期溝2を設けていない厚さ20[mm]のサファイア板1に、レーザービーム3を照射すると、当該レーザービーム3を掃引した軌跡に追従して亀裂21が生じ、不意のクラックなどのダメージが生じることなく、サファイア板1を割断することができることが確認されている。
【0045】
レーザービーム3を照射してサファイア板1を割断するとき(第4過程)、温度調整部102を稼働させて、レーザービーム3の照射によって発熱したサファイア板1に、割断もしくは亀裂進展に適当な温度勾配が生じるように、サファイア板1の温度を調整する。
具体的には、割断を行う部分のみに亀裂21を生じさせる(割断を行う部分以外に亀裂21が進展する、または不意のクラックが発生することを防ぐ)ため、例えば、サファイア板1の適当な部分に冷却水などを接触させ、サファイア板1内部の熱温度勾配(熱応力)が最適な状態となるように温度調整を行う。
【0046】
サファイア板1を割断するときには、掃引機構部104を稼働させて保持機構部101を所定方向に移動し、保持機構部101に保持されたサファイア板1を移動させ、当該サファイア板1に照射されるレーザービーム3を掃引させている(第5過程)。
そこで、サファイア板1の割断、もしくは亀裂21が良好に進展するように、掃引機構部104の動作と温度調整部102の動作とを連携させる(第6過程)。
【0047】
具体的には、温度調整部102、もしくは保持機構部101に、保持機構部101に保持されているサファイア板1の温度を測定する温度センサ等を備え、この温度センサ等から出力される信号(サファイア板1の温度を示す信号)を制御部105へ入力するようにレーザー割断装置を構成する。また、制御部105には、予め所望の動作、もしくは制御パターン等(例えば、サファイア板1の割断、もしくは亀裂21を良好に進展させるための動作制御)を設定しておく。なお、制御部105に設定する上記の制御パターン等には、例えば、レーザー出力調整部103aによるレーザービーム3の強さ(レーザー出力)の調整が含まれている。
また、掃引機構部104、温度調整部102、レーザー出力調整部103aが、それぞれ任意の独立動作を行うように制御部105に設定してもよい。
【0048】
レーザー割断装置にサファイア板1が保持された後、制御部105は、レーザービーム3の照射開始とともに、温度センサ等の出力信号を取得し、サファイア板1の温度を検知する。また、レーザービーム3の照射が開始されると、掃引機構部104の動作制御を開始し、例えば、サファイア板1が所定の高温に到達したことを検知すると、亀裂21を発生させる熱応力が割断の起点に生じたと判断し、掃引機構部104を制御してレーザービーム3の掃引(サファイア板1の移動)を開始する。
【0049】
制御部105は、上記のようにレーザービーム3の照射が掃引されているとき、例えば、温度センサ等から取得した信号が、予め設定された閾値(温度)を超えたことを検知すると、温度調整部102を制御して例えばサファイア板1の冷却を行い、サファイア板1内部に生じている熱温度勾配の状態を適当に調整し、割断を行う部分のみに亀裂21を生じさせる。即ち、割断を行う部分以外に亀裂21が進展することや、不意のクラックが発生することを防ぐ。
また、上記のようにレーザービーム3の照射が掃引されているとき、制御部105によって制御されたレーザー出力調整部103は、亀裂21が進展するように(レーザービーム3の照射がサファイア板1に対して過多とならないように、また、亀裂21の進展が不意に停止しないように)、例えば、予め制御部105に設定された制御パターンに応じて、または、前述の温度センサ等の出力信号が示すサファイア板1の温度に対応させて、レーザー光源103から照射されるレーザービーム3を適当なレーザー出力に調整する。
上記の掃引機構部104、温度調整部102、レーザー出力調整部103aの連携動作は一例であり、他の連携内容等によって、亀裂21の進展、即ち、サファイア板1の割断が良好に行われるように、掃引機構部104、温度調整部102、レーザー出力調整部103aを動作させてもよい。
【0050】
ここで説明したレーザー割断装置は、予め初期溝2を設けたサファイア板1を保持し、亀裂21を進展させるレーザービーム3を照射するように構成されているが、本発明のレーザー割断方法においは、さらに、初期溝2を形成するための第2のレーザー光を発振する第2のレーザー光源(レーザー加工装置等)を備えたレーザー割断装置を用いてもよい。
上記の第2のレーザー光源を備えたレーザー割断装置は、第2のレーザー光を、初期溝2を設ける位置に照射し(第1過程)、この第2のレーザー光の照射によって設けられた初期溝2にレーザービーム3を照射する(第3過程)。換言すると、このレーザー割断装置は、第2のレーザー光を追従するようにレーザービーム3を照射し、また、第2のレーザー光をレーザービーム3が追従するように、これらのレーザー光を掃引する。
【0051】
第2のレーザー光は、例えば、355[nm]~1064[nm]のサファイア板1を透過する波長を適用するが、短パルス発振により、レーザービーム3に比べて非常に高い出力密度とピーク出力を持つ。これにより、サファイア板1に適当な深さの初期溝2を形成することが可能である。
上記のように第2のレーザー光源を備えてレーザー割断装置を構成した場合には、予め初期溝2(微小欠陥)を設けていないサファイア板1を当該レーザー割断装置に設置固定し、サファイア板1の割断を行うことが可能になる。
【符号の説明】
【0052】
1 サファイア板
2 初期溝
3 レーザービーム
3a ビームスポット
4 矢印
10 圧縮応力場
11 引っ張り応力場
11a 引っ張り応力
12 矢印
20,21 亀裂
30 CO2レーザービーム
101 保持機構部
102 温度調整部
103 レーザー光源
103a レーザー出力調整部
104 掃引機構部
105 制御部
106 レーザー光学系