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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-24
(45)【発行日】2022-11-01
(54)【発明の名称】高分子化薬物含有医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/704 20060101AFI20221025BHJP
   A61K 47/58 20170101ALI20221025BHJP
   A61K 47/10 20060101ALI20221025BHJP
   A61K 47/26 20060101ALI20221025BHJP
   A61K 47/04 20060101ALI20221025BHJP
   A61K 47/18 20060101ALI20221025BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20221025BHJP
   A61K 9/127 20060101ALI20221025BHJP
   A61K 31/21 20060101ALI20221025BHJP
   A61K 31/198 20060101ALI20221025BHJP
   A61K 31/17 20060101ALI20221025BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20221025BHJP
【FI】
A61K31/704
A61K47/58
A61K47/10
A61K47/26
A61K47/04
A61K47/18
A61K9/08
A61K9/127
A61K31/21
A61K31/198
A61K31/17
A61P35/00
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021136226
(22)【出願日】2021-08-24
(62)【分割の表示】P 2018515738の分割
【原出願日】2017-05-02
(65)【公開番号】P2021181492
(43)【公開日】2021-11-25
【審査請求日】2021-08-24
(31)【優先権主張番号】P 2016093407
(32)【優先日】2016-05-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】514071392
【氏名又は名称】一般財団法人バイオダイナミックス研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100156144
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 康
(72)【発明者】
【氏名】前田 浩
(72)【発明者】
【氏名】方 軍
【審査官】一宮 里枝
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/035750(WO,A1)
【文献】Journal of Controlled Release,2014年,Vol.174,p.81-87
【文献】Biomacromolecules,2015年,Vol.16,pp.2493-2505
【文献】日本化学物質辞書Web「ピラルビシン」,weblio辞書,インターネットより入手(入手日:2022年8月9日)URL:https://www.weblio.jp/content/%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%93%E3%82%B7%E3%83%B3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00-33/44
A61K 47/00-47/69
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子化薬物と、溶解促進および/または安定化剤と、水系溶媒を含む、医薬組成物であって、
該高分子化薬物が、ピラルビシン(THP)とヒドロキシプロピルメタアクリルアミド(HPMA)ポリマーとの結合体(P-THP)を含み、
該溶解促進および/または安定化剤が、ポリエチレングリコール、マニトール、重炭酸ソーダ、アルギニンおよびグリシンからなる群から選択される少なくとも1種である、
医薬組成物。
【請求項2】
pHが7.0~8.0である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
注射剤である、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
高分子化薬物が、ミセル製剤およびリポゾーム製剤からなる群から選択される、請求項1~3のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項5】
溶解促進および/または安定化剤が、アルギニンである、請求項1~4のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項6】
さらに、EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤を含み、該EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤が、ニトログリセリン、アルギニン、およびヒドロキシウレアからなる群から選択される少なくとも1種である、
請求項1~5のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項7】
制癌または抗腫瘍用である、請求項1~6のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項8】
高分子化薬物と、溶解促進および/または安定化剤と、水系溶媒を混合する工程を含む、請求項1~7のいずれかに記載の医薬組成物の製造方法。
【請求項9】
ピラルビシン(THP)とヒドロキシプロピルメタアクリルアミド(HPMA)ポリマーとの結合体(P-THP)を含む高分子化薬物に、ポリエチレングリコール、マニトール、重炭酸ソーダ、アルギニンおよびグリシンからなる群から選択される少なくとも1種である溶解促進および/または安定化剤を混合することを含む、
高分子化薬物の溶解促進および/または安定化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本特許出願は、日本国特許出願第2016-93407号について優先権を主張するものであり、ここに参照することによって、その全体が本明細書中へ組み込まれるものとする。
本発明は、高分子化薬物含有医薬組成物、特に注射剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の制癌剤(抗腫瘍剤、抗癌剤とも称する)は、分子量1500以下のものが大半であり、そのほとんどの場合、体内で均一に拡散分布するため、正常臓器への副作用が随伴し、腫瘍に対する選択的毒性は乏しい。したがって、これら制癌剤を用いて、より強い効果を期待して投与量を増加することは副作用の増加となり、困難である。
【0003】
このような従来の一般論に対して、本発明者らは、制癌剤と生体親和性のあるポリマーを結合するなどの工夫により高分子化を行い、血中からの腎臓を経た排泄(消失)を抑えるとともに、血中滞留性を延長し、固形腫瘍のもつ血管透過性(漏出性)の亢進状態を利用して、より選択的にこの高分子化薬物をその腫瘍局所で血管外腔へ漏出させる現象を発見した。本発明者らは、その現象をEPR(enhanced permeability and retention)効果という一般概念として、報告している(非特許文献1~4)。
【0004】
本発明者らは、新規なピラルビシン(THP)の高分子結合型制癌剤、例えば、ポリヒドロキシプロピルメタアクリルアミド(HPMA)結合THP(P-THP)およびスチレン-マレイン酸共重合体(SMA)結合THP(SMA-THP)、さらに同様のZn-プロトポルフィリン(ZnPP)の高分子結合体(P-ZnPPおよびSMA-ZnPP)を開発した(特許文献1~2)。一方で、本発明者らは、さらにEPR効果の増強に関与する種々の薬理学的因子を明らかにした。例えばブラジキニン、一酸化窒素(NO)、一酸化炭素およびこれらの生成を促進する物質、ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害剤などがその因子である(非特許文献5~8)。腫瘍局所のNO濃度に関わるNO放出剤やACE阻害剤は、腫瘍のEPR効果を2~3倍高め、上記高分子化薬物の腫瘍デリバリーを同様に2~3倍に高める(非特許文献5~8)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】WO 2013/035750
【文献】WO 2015/076312
【非特許文献】
【0006】
【文献】Y. Matsumura & H. Maeda, Cancer Res. (1986) 46, p.6387-6392
【文献】H. Maeda, Adv. in Enzyme Regulation (2001) 41, p.189-207
【文献】H. Maeda et al, Adv. Drug Deliv. Res (2013) 65, p.71-79
【文献】Proc. Japan Acad. Ser. B (2012) 88, p.53-71
【文献】T. Seki et al, Cancer Sci. (2009) 100, p.2426-2430
【文献】J. Fang et al, ADD Review (2011) 63, p.136-151
【文献】H. Maeda, J. Control Release (2012) 164, p.138-144
【文献】Fang et al, J. Control. Release (2016) 223, p.188-196
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
多くの高分子化薬物は、特に複雑な高次機能構造をとること、あるいは分子間相互作用により、比較的均一な分子量分布を示すものの、高分子分子間相互作用が強く、結果としてさらなる複合体を作るなど、あるいは複雑な側鎖分子間の相互作用が阻害されることなどにより、その高次構造が維持できなかったり、高分子化薬物分子同士が会合し、凝集塊を形成したりするため、安定性が低いというような問題がある。分子間の会合が強すぎて、水溶液中で分散せず、溶解しないこともしばしばである。
安定性は、分子間の会合により高分子の形態をとっているミセルやリポゾーム製剤において特に大きな問題である。例えば、ミセルやリポゾーム製剤の溶液中での安定性に問題がある場合、ミセルの形成能が喪失したり、内包されている薬物が放出(遊離)したりする虞があった。
【0008】
したがって、高分子化薬物の溶解度や溶液中での不安定性を克服することにより、このような巨大分子の生体内での安定性を向上させ、ひいてはEPR効果による腫瘍選択性を維持することが望まれている。それに加えて、これら高分子化薬物の静脈内投与時にEPR効果を増強できれば、制癌効果をより高め、副作用を減少することが可能になるため、重要である。
【0009】
また、多くの高分子化薬物、例えばミセル製剤やいわゆるナノメディシンでは、粉末(固体)状態を水系の溶媒に溶解し、注射剤等として用いる場合、その溶解度が悪いことが多く、臨床現場において問題になっていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記問題点に鑑み、鋭意検討した結果、高分子化薬物(例えば、P-THP)を水系溶媒に溶解し、注射剤を調製する際、所定の溶解促進および/または安定化剤を配合することで、高分子化薬物の水系溶媒への溶解時間の短縮、すなわち、高分子化薬物の溶解を促進することができ、水溶液中の当該薬剤分子中のエステル結合やヒドラゾン結合あるいはある種のアミド結合の安定化することができ、さらに、特定の溶解促進および/または安定化剤(例えば、生体内でNO合成酵素の原料であるアルギニン)によって、上記高分子化薬物の溶解促進および安定化に加えて、EPR効果の増強などを達成することができることを見出し、本発明に至った。
したがって、本発明は、以下を含む。
[1] 高分子化薬物と、溶解促進および/または安定化剤と、水系溶媒を含む、医薬組成物であって、該溶解促進および/または安定化剤が、
(1)タンパク質、
(2)合成ポリマー、
(3)糖または糖アルコール、
(4)無機塩類、
(5)アミノ酸、
(6)リン脂質、
(7)脂肪族アルコール、
(8)中鎖脂肪酸、および
(9)ムコ多糖
からなる群から選択される少なくとも1種である、
医薬組成物。
[2] pHが7.0~8.0である、上記[1]に記載の医薬組成物。
[3] 注射剤である、上記[1]または[2]に記載の医薬組成物。
[4] 高分子化薬物が、P-THP、P-ZnPP、SMA-THP、SMA-ZnPP、PEG-THP、およびPEG-ZnPPからなる群から選択される少なくとも1種である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の医薬組成物。
[5] 高分子化薬物における薬物と高分子との結合が、アミド結合、エステル結合、ヒドラゾン結合、およびシッフ塩基による結合からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の医薬組成物。
[6] 高分子化薬物における薬物と高分子との結合が、ヒドラゾン結合である、上記[5]に記載の医薬組成物。
[7] 溶解促進および/または安定化剤が、アルギニンおよびシトルリンからなる群から選択される少なくとも1種である、上記[1]~[6]のいずれかに記載の医薬組成物。
[8] さらに、EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤を含む、上記[1]~[7]のいずれかに記載の医薬組成物。
[9] 制癌または抗腫瘍用である、上記[1]~[8]のいずれかに記載の医薬組成物。
[10] 高分子化薬物と、溶解促進および/または安定化剤と、水系溶媒を混合する工程を含む、上記[1]~[9]のいずれかに記載の医薬組成物の製造方法。
[11] 高分子化薬物と、溶解促進および/または安定化剤を含む、医薬組成物であって、該溶解促進および/または安定化剤が、
(1)タンパク質、
(2)合成ポリマー、
(3)糖または糖アルコール、
(4)無機塩類、
(5)アミノ酸、
(6)リン脂質、
(7)脂肪族アルコール、
(8)中鎖脂肪酸、および
(9)ムコ多糖
からなる群から選択される少なくとも1種である、
医薬組成物。
[12] さらに、EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤を含む、上記[11]に記載の医薬組成物。
[13] 高分子化薬物と、EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤を含む、医薬組成物であって、該EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤が、
(1)ニトログリセリン、
(2)アルギニン、
(3)ヒドロキシウレア、
(4)ニトロソウレア、
からなる群から選択される少なくとも1種である、
医薬組成物。
[14] さらに、溶解促進および/または安定化剤を含む、上記[13]に記載の医薬組成物。
[15] 高分子化薬物に、
(1)タンパク質、
(2)合成ポリマー、
(3)糖または糖アルコール、
(4)無機塩類、
(5)アミノ酸、
(6)リン脂質、
(7)脂肪族アルコール、
(8)中鎖脂肪酸、および
(9)ムコ多糖
からなる群から選択される少なくとも1種である溶解促進および/または安定化剤を混合することを含む、高分子化薬物の溶解促進および/または安定化方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の医薬組成物によれば、所定の溶解促進および/または安定化剤によって、高分子化薬物(例えば、P-THP)の水系溶媒への溶解時間を顕著に短縮することができ、すなわち、高分子化薬物の溶解を促進することができ、また、溶液中の高分子化薬物の安定性を顕著に向上することができる。さらに、本発明によれば、特定の溶解促進および/または安定化剤によって、上記効果に加えて、高分子化薬物のEPR効果、腫瘍デリバリー、抗腫瘍効果などを顕著に増強することができる。
したがって、本発明の医薬組成物は、例えば薬物として抗腫瘍剤を用いた場合、抗腫瘍用医薬組成物として顕著に優れている。また、例えば薬物として蛍光分子を用いた場合、腫瘍に対する蛍光プローブとしてその単剤の投与よりも、本組成物の状態で投与することによってEPR効果の増強を促すことができるので、より高い腫瘍集積を認めるので非常に有用である。
【0012】
したがって、本発明によれば、高分子化薬物の剤型として、使用時に特定の水溶液等を加えたときに容易にとける注射剤を可能にし、かつ、注射剤の安定性を向上させることができるばかりでなく、高分子化薬物のEPR効果、腫瘍デリバリー、抗腫瘍効果などを増強することができるので、その治療効果を高め、副作用を軽減することができる。
【0013】
また、本発明によれば、所定のEPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤を、高分子化薬物と組み合わせて投与することで、高分子化薬物のEPR効果、腫瘍デリバリー、抗腫瘍効果などを顕著に増強することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、ポリヒドロキシプロピルメタアクリルアミド(HPMA)結合THP(P-THP)のpH依存性のピラルビシン放出を示す。
図2図2は、P-THP凍結乾燥物の水溶解性に対する各薬剤の影響を示す。
図3図3は、ポリマー結合制癌剤P-THP(ヒドラゾン結合)の各種溶液、pH、温度条件下(A-G)での安定性をHPLC TSK3000カラムにより解析した結果を示す。縦軸は分解によって生ずるピラルビシン(THP)の量を示す(吸収488nm)。図3Aは、3%のアルギニン緩衝液の結果を示すが、1%のアルギニン緩衝液もほぼ同じデータであった。また、図3E~Gは、0.3Mアルギニン・アルギニンHCl緩衝液(pH8.5)の結果を示すが、3%重炭酸ソーダ・炭酸ソーダ緩衝液(pH8.5)もほぼ同じデータであった。
図4図4は、P-THPのセファクリルS-300による解析結果を示す。溶出溶液:Aは0.1 M重炭酸ソーダ(pH8.2)、Bは3%アルギニン(pH8.5)、CはPBS(0.01Mリン酸、0.15NaCl、pH7.4)緩衝液。A、Bともシャープなシングルピークで、単一な分子量分布を示すが、PBSでは図4Cにあるように、THPの離脱が進行し、ピークの上につけた矢印の部位がピークの均一性からのずれ(分解物の生成)を示している。ピークの幅はA、Bと比べ広がっていることがわかる。
図5図5は、腫瘍(進行乳癌)に対するP-THPの抗腫瘍効果のニトログリセリンによる増強を示す。
図6図6は、S180移植マウスに対するP-THPの抗腫瘍効果のニトログリセリンによる増強を示す。
図7図7は、アゾキシメタン誘導マウス大腸癌に対する各EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤によるP-THPの抗腫瘍効果の増強を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明における「高分子化薬物」としては、特に限定されないが、制癌剤などの薬物と生体親和性ポリマーから形成されるもので、共有結合または非共有結合を介した結合体または複合体が挙げられる。
【0016】
本発明における「薬物」としては、特に限定されないが、例えば、ネオカルチノスタチン(NCS)、ピラルビシン(THP)、Zn-プロトポルフィリン(ZnPP)などの制癌剤、ローズベンガル、メチレンブルー、アクリジン、アクリフラビン、アクリジンオノレンジ、インドシアニングリーンなどの蛍光分子が挙げられ、好ましくはTHP、ZnPPなどの制癌剤が挙げられる。
【0017】
上記生体親和性ポリマーとしては、例えば、ポリヒドロキシプロピルメタアクリルアミド(HPMA)ポリマー、スチレン-マレイン酸共重合体(SMA)、ポリエチレングリコール(PEG)などが挙げられ、好ましくはHPMAポリマー、SMAが挙げられる。
【0018】
上記薬物と上記生体親和性ポリマーを共有結合で繋ぐ化学結合としては、一般に、アミド(R1-CO-NH-R2:式中、R1およびR2は任意の基である。以下同様。)、エステル(R1-CO-O-R2)、エーテル(R1-O-R2)、ジスルフィド(R1-S-S-R2)、ヒドラゾン(R1-CO-NNH-R2)、シッフ塩基による結合(-C=NH-)、ヒドラゾン(ヒドラジン)結合などが挙げられる。
特に、アミドとエステルが広く用いられているが、ヒドラゾン結合も、弱酸環境応答性(薬物の離脱性)の機能を有するため、広く用いられている(F. Kratz et al, Drug Deliv. 6, 89-95 (1999); Bioorganic Med. Chem. Lett. 7, 617-622 (1997)など)。
また、アミド結合においてもR1がマレイル酸、アコニチル酸と、薬物(例えば制癌剤化合物)のアミノ基との結合の場合、弱酸性pH下あるいは0.1%SDS(Naドデシル硫酸)存在下で薬物が解離する。
【0019】
上記薬物と生体親和性ポリマーの結合体/複合体としては、例えば、WO/2003/018007、WO2004/103409、WO2006/112361、WO 2013/035750、WO 2015/076312などに記載の結合体/複合体、例えばP-THP、P-ZnPP、SMA-ZnPP、SMA-THP、PEG-THP、PEG-ZnPP、SMA-CDDPなどが挙げられる。好ましくは、下記表1に記載のものなどが挙げられる。
【0020】
【表1】
【0021】
具体的には、以下の化学式で表される結合体などが挙げられる。
【0022】
(1) SMA結合THP(SMA-THP複合体、アミド結合)
【化1】
【0023】
(2) HPMA-ポリマー-THP(ピラルビシン)(「P-THP」と称する)(ヒドラゾン結合)
【化2】
【0024】
(3) SMA-コポリマーTHP(ヒドラゾン結合)
【化3】
【0025】
(4) HPMA-ZnPP
【化4】
【0026】
(5) poly-HPMA-ZnPP
【化5】
【0027】
(6) SMA-ZnPP
【化6】
【0028】
上記結合体(1)および(2)としては、次の性状のいずれかを満たすものが好ましく、全ての性状を満たすものが特に好ましい。
・分子量(MW): > 40 KDa
・大きさ/DLS: ~50 nm
・表面電荷: -28 mV
・THP負荷量: 1~50%、好ましくは10% (w/w)
・細胞取込: Doxの> × 10 ~ × 100
・Plasma t1/2: THPの100~200倍
・DL50: 100~200 mg/kg(原薬剤に比べて~10倍良好:つまり低毒性となっている)
・Tumor/blood: THPの> 110~200
・インビトロ細胞毒性: 遊離THPの0.5~50%
【0029】
上記結合体の生体内での安定性は化学結合の種類によって大きく異なり、血清成分の存在下、エーテル、アミド、エステル、ヒドラジン結合の順に分解し易くなる。一方、pHに対しては、低い所ではヒドラゾンが最も切断を受け易い。
また、動物の血清による切断によるエステル結合については動物の格差により大きく異なり、マウス、ラット>ウサギ>ヒトの順に遅くなる。また、ヒト大腸癌のホモジェネートは正常組織より早く切断され、エステル>アミド>エーテルの順に遅くなる(Tsukigawa et al, Eur. J. Pharm. Biopharm 89, 259-270 (2015))。
【0030】
上記結合体(1)~(3)は、THP分子内に存在するアミノ基、カルボキシル基またはケトン基と、SMAの無水マレイン酸基またはカルボキシル基、あるいはHPMAのヒドロキシル基から、あるいはWO 2015/076312などに提示したヒドラジン等のリンカーを介して、エステル結合、アミド結合またはヒドラゾン結合を形成させて結合体としたものである。
このような結合体は、例えば、WO 2013/035750、WO 2015/076312、H. Nakamura et al, J. Control Release (2014) 174, p81-87、H. Nakamura et al, J. Control Release (2013) 165, p191-198などに記載されており、これらの文献に記載された方法により製造することができる。
【0031】
本発明に用いる「溶解促進および/または安定化剤」としては、上記高分子化薬物の水系溶媒中の溶解性および/または安定性を向上できるものであれば特に限定されないが、例えば、以下のものが挙げられる:
(1)タンパク質:ヒト血清アルブミン、トランスフェエリン、イムノグロブリン、可溶化ゼラチン、サクシニル化(アシル化)ゼラチン、修飾ゼラチンなど、
(2)合成ポリマー:ポリエチレングリコール(PEG)、ポリプロピレングリコール、ビニルアルコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルメタアクリルアミド(HPMA)ポリマーなど、
(3)糖または糖アルコール:メチルセルソルブ、グリチルリジン、グルコース、マニトール(マンニトール)、マルトース、ソルビトール、ソルビン酸、乳糖、トレハロース、デキストラン、シクロデキストリン、グリセリン(グリセロール)、可溶化デンプンなど、
(4)無機塩類:重炭酸ソーダなど、
(5)アミノ酸:グリシン、グリシルグリシン、アラニン、セリン、スレオニン、グルタチオン、システイン、アルギニン(L-アルギニン)、リジン、ヒスチジン、オルニチン、シトルリンなど、
(6)リン脂質:レシチンなど、
(7)脂肪族アルコール:セチルアルコールなど、
(8)中鎖脂肪酸:炭素数5~10の脂肪酸、例えばオクチル酸など、
(9)ムコ多糖:ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸など。
これらは、日本薬局方で承認されているものでもよく、未承認のものでもよい。また、これらは、2種類以上を併用することができる。
本発明の医薬組成物においては、高分子結合薬物の溶解性の向上、安定性の向上、分解性の抑制、EPR効果の増強、腫瘍デリバリー、抗腫瘍効果などの観点から、特にアミノ酸(アルギニン、グリシン、シトルリンなど)、重炭酸ソーダ、PEGなどが挙げられる。
【0032】
上記溶解促進および/または安定化剤の配合量は、上記高分子化薬物1重量部に対して、通常0.01~50重量部、好ましくは1~10重量部である。
【0033】
本発明に用いる「水系溶媒」としては、注射剤などに使用可能なものであれば特に限定されず、蒸留水、脱イオン水、精製水、滅菌精製水、注射用水などの水、これらの水に各種の添加剤を加えたもの、例えば、生理食塩水(5%)、5%重曹水、リンゲル液などが挙げられる。また、そのpHは、通常、9.0以下であり、好ましくは、例えば7.8~8.7、7.0~8.0などである。浸透圧は特に限定されない。
【0034】
上記結合体(1)および(2)などのヒドラゾン結合、マレイルアミド結合などを介して結合した薬物は、溶液が酸性pHである場合、ポリマーから離脱・放出し得る(図1)。そのため、本発明の医薬組成物が液剤である場合、そのpHは、好ましくは6.0以上、より好ましくは、例えば7.5~9.0、7.8~8.7、7.0~8.0などである。
【0035】
本発明の医薬組成物は、製剤分野の定法により製造することができる。例えば、注射剤などの液剤である本発明の医薬組成物は、10ml~1lの水系溶媒(水溶液)に、上記高分子化薬物および上記溶解促進および/または安定化剤を、上記高分子化薬物1gに対して、上記溶解促進および/または安定化剤が例えば0.01g~50g(好ましくは0.1g~10g)になる比率で溶解させることにより製造することができる。
また、上記高分子化薬物および上記溶解促進および/または安定化剤の濃度は、所望の効果、投与方法(静注射、点滴注入剤など)に合わせて適宜設定することができる。例えば、高分子化薬物の濃度として、0.01~60%(w/v)を挙げることができ、特に0.1~20%(w/v)を挙げることができる。また、例えば、上記溶解促進および/または安定化剤の濃度として、0.1~10%(w/v)を挙げることができ、特に1~10%(w/v)を挙げることができる。
【0036】
本発明の医薬組成物は、水系溶媒を含まなくてもよい。すなわち、本発明の医薬組成物には、高分子化薬物と溶解促進および/または安定化剤と水系溶媒を含む医薬組成物に加えて、高分子化薬物と溶解促進および/または安定化剤を含む医薬組成物も含まれる。
本発明における高分子化薬物と溶解促進および/または安定化剤を含む医薬組成物は、製剤分野の定法により製造することができる。例えば、高分子化薬物と溶解促進および/または安定化剤を単に混合することにより製造することができる。
また、そのような本発明の医薬組成物は、上記液剤を常法により凍結乾燥することによっても製造することができる。この場合、本発明の医薬組成物は、固形製剤(固形注射剤)として、より長期の保存を安定に行うこともできる。
【0037】
また、上記高分子化薬物および上記溶解促進および/または安定化剤は、各々単独の固形製剤としても、混合物の固形製剤としてもよい。これらの固形製剤には、水系溶媒に使用される各種の添加剤も混合しておいてもよい。また、複数の製剤からなるキットとすることもできる。
【0038】
上記固形製剤は、使用時に任意の容量の蒸留水に溶かすことができ、少量(10ml程度)の蒸留水に溶かして注射剤としても、それより多くの蒸留水(10ml~500ml、好ましくは200~300ml)に溶かして静脈内注入液としてもよい。
【0039】
本発明の医薬組成物は、注射剤であることが好ましい。本発明における「注射剤」には、水性注射剤、懸濁性注射剤、乳濁性注射剤、固形注射剤、静脈内注入液、輸液製剤などが含まれる。本発明においては、静注射、静脈内注入のための注射剤が好ましい。
【0040】
また、本発明の医薬組成物において、上記溶解促進および/または安定化剤は、上記高分子化薬物と単一の製剤として、あるいは別々の製剤として、同時にまたは別々に、同一または別々の経路で、患者(ヒトなどの哺乳動物)に投与することができる。例えば、上記高分子化薬物を含有する製剤を静脈内投与し、上記溶解促進および/または安定化剤を腹腔内投与することができる。
【0041】
本発明の医薬組成物は、上記溶解促進および/または安定化剤に加えて、あるいは上記溶解促進および/または安定化剤とは別に、EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤を含んでいてもよい。EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤としては、EPR効果および/または抗腫瘍効果を増強することができる薬剤であれば特に限定されないが、例えば、(a) ニトログリセリン(NG)、(b) ISDN(isosorbitedinitrate)、(c) ペルジビンなどニトロ基含有降圧剤、(d) サルタン系薬剤、(e) アンジオテンシン変換酵素阻害剤(ACE阻害剤)、例えばベラパミル(R)(エナラプリル)、(f) 血管透過性亢進因子として、本発明者らが開発した一酸化炭素CO放出薬ルテニウムカルボナート(CORM2)のスチレンマレイン酸コポリマーミセル製剤(J. Fang et al, J. Control. Release (2014) 187, p.14-21参照)、(g) CO合成酵素の一つであるheme-oxygenaze-1(HO-1)の誘導能を有するヘミンまたはヘミン誘導体(例:PEG化ヘミン)、(h) プロスタグランジンI2の誘導体の安定型製剤であるベラプロストNa、(i) NO(一酸化窒素)の合成酵素(一酸化窒素合成酵素、NOS)の基質、例えばアルギニン(L-アルギニン)、シトルリン、(j) NO放出剤、例えば、ニトロプルジッド、亜硝酸、ニトロアミルアルコール、S-ニトロソ-グルタチオン、S-ニトログルタチオン、S-ニトロソ-システイン、(k) 尿素誘導体、例えば、ヒドロキシウレア、ニトロソウレアなどが挙げられる。
好ましくは、ISDN、ニトログリセリン、ペルジピン、ACE阻害剤、ニトロプルシッド、ニトロソアミノアルコール、ロザルタン系降圧剤、アルギニン、ヒドロキシウレア、ニトロソウレアなどが挙げられ、特に好ましくはニトログリセリン、アルギニン、ヒドロキシウレアなどが挙げられる。
【0042】
上記(i)の薬剤について、NO合成酵素(NOS)の基質であるアルギニンは、腫瘍部でNOを生成し、血管拡張作用によりEPR効果を増強することができる。アルギニンを併用することによって腫瘍局所でのNOの生成を継続的に持続させて、EPR効果を継続的に上記NGと同様に高めることができる。アルギニンと同様にシトルリンはアルギニン合成サイクルにおいてアルギノサクシネートになり、ついでアルギニンとなり、同じくNO生成の原料となるため、有用である。
また、上記(j)の薬剤について、亜硝酸イオンは、より酸素分圧の低い腫瘍部では亜硝酸還元酵素によりNOに変換され、EPR効果の増強をもたらす(T. Seki et al, Cancer Science (2009) 100, 2426-2430)。
【0043】
本発明の医薬組成物中のEPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤の配合量は、所望の効果が得られる限り特に限定されないが、例えば1μg~100mg/バイアルとすることができる。また、本発明の医薬組成物が液剤である場合、その濃度として、例えば0.1~30(w/v)を挙げることができ、特に1~10%(w/v)を挙げることができる。
【0044】
上記EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤は、本発明の医薬組成物の製造方法の任意の段階で混合することができる。例えば、上記水系溶媒に予め溶解させておいても、上記高分子化薬物および/または上記溶解促進および/または安定化剤と混合しておいてもよく、さらに上記高分子化薬物および/または上記溶解促進および/または安定化剤と同時に水系溶媒に添加してもよい。また、患者に点滴する際の注入溶液(薬剤)の中に入れることはなお好ましい。
【0045】
また、本発明の医薬組成物において、上記EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤は、上記高分子化薬物と単一の製剤として、あるいは別々の製剤として、同時にまたは別々に、同一または別々の経路で、患者(ヒトなどの哺乳動物)に投与することができる。例えば、上記高分子化薬物を含有する製剤を経口で投与し、上記EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤を塗布により投与することができる。
【0046】
本発明の医薬組成物において、アルギニンは、溶解促進および/または安定化剤としてもEPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤としても使用することができる。本発明の医薬組成物がアルギニンを含む液剤である場合、アルギニンの濃度は通常0.01~30%(w/v)、好ましくは0.1~10%(w/v)であり、液剤のpHは、通常、7.0~9.0であり、好ましくは、例えば7.8~9.5、8.0~9.0、8.2~8.8付近、7.0~8.0などである。また、当該液剤には、グルコースまたはマニトールを0.1~10%(w/v)、好ましくは8%(w/v)付近で加えてもよく、さらに、ISDN、ニトログリセリン、またはペルジピンを適量(1μg~100mg/バイアル)加えてもよい。
【0047】
本発明の医薬組成物は、所望により、pH調整剤、分散剤、湿潤剤、安定剤、防腐剤、懸濁剤、界面活性剤等の医薬製剤用の各種の添加剤を含んでいてもよい。これらの使用量は、常法により決定することができる。
【実施例
【0048】
以下、実施例、試験例などを参照して本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
(試験例1)EPR効果および/または抗腫瘍効果増強剤併用によるP-THPの腫瘍デリバリーの増強
試料:ポリヒドロキシプロピルメタアクリルアミド結合ピラルビシン(ヒドラゾン結合)(P-THP)(みかけ上の分子量40,000以上)の水溶液から調製した凍結乾燥物を試料として使用した。
方法:各試料10mgおよび表2に示す所定量の評価薬剤を生理食塩水(0.01Mリン酸、0.15M NaCl、pH7.4)1mlに溶かし(10mg/ml)、エバンスブルー10mg/ml水溶液を0.1mlずつS-180マウス(腫瘍モデル)に静脈内投与した。このときのマウスの腫瘍サイズは直径5~7mmのものを用いた。翌日、解剖して各々固形腫瘍を取り出し、常法によりエバンスブルーを抽出し、560nmの吸収により漏出したエバンスブルーを定量した(非特許文献1参照)。その結果を表2に示す。
【0050】
【表2】
上記表2に示すとおり、アジルサルタン、アルギニンおよびニトログリセリンは何れも30%以上の有意の増強効果を示した。
【0051】
(試験例2)P-THP凍結乾燥物の溶解性に対する各薬剤の影響
試料:Nakamuraらの報告(J. Controlled Release, 174, 81-87(2014))にしたがってP-THP(ヒドラゾン結合)を調製し、次いでその調製物500mgを蒸留水に溶かし、常法により凍結乾燥した。この凍結乾燥粉末を試料として使用した。
方法:上記試料粉末10mgを各試験管にとり、下表3および図2に示す所定量の可溶化促進のためのテスト化合物(アルギニン以下グリシンまで)を含む溶液10mlを加えた。これらの水溶液は、1~10%、0.3M(mol/l)アルギニン・アルギニンHCl緩衝液または1~5%重炭酸ソーダ・炭酸ソーダの緩衝液であり、これらを何れもpH8.5に調整した。次いで、振とう下に目視により可溶度を判定した。目視で完全に溶解するまでの時間をストップウォッチで測定した。その結果を下表3および図2に示す。
【0052】
【表3】
【0053】
(試験例3)P-THP粉末乾燥製剤の各水溶液への溶解時間
試料:Nakamuraらの報告(J. Controlled Release,174,81-87(2014))にしたがってP-THP(ヒドラゾン結合)を調製し、次いで溶媒を蒸発させて粉末乾燥物(凍結乾燥物でない)を得た。この粉末乾燥物を試料として使用した。
方法:上記試料(P-THPの乾燥物)10mgを試験管にとり、下表4に示す所定量のアルギニン、重炭酸ソーダ、マニトール、PEG、またはグリシンを含む水溶液(10ml、pH8.0~9.0)を加えた。なお、水溶液として、対照以下は表3と同様、0.3Mアルギニン・アルギニンHCl緩衝液または3%重炭酸ソーダ・炭酸ソーダ緩衝液(pH8.0~9.0)を用いた。
次いで、振とう下にP-THPの完全溶解時間を、試験例2に記載の方法に準じてストップウォッチで測定した。その結果を、試験に使用した各種水溶液、その濃度およびそのpHと合わせて表4に示す。
【0054】
【表4】
表4に示すとおり、P-THPの水溶性は、所定のアルギニンなどの溶解促進および/または安定化剤を使用することで、大幅に改善された。
【0055】
(試験例4)
試料:試験例2と同様に調製したP-THPの凍結乾燥物を試料として使用した。
方法:上記試料(P-THPの凍結乾燥物)を、下表5に示す各溶液に溶かし、下表5に示す条件下にインキュベーションした。なお、水溶液として、0.1M酢酸・酢酸ソーダ緩衝液(pH6.0)、0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0、8.2、8.6)、0.3Mアルギニン・アルギニンHCl緩衝液または3%重炭酸ソーダ・炭酸ソーダ緩衝液(pH8.5)を用いた。
次いで、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)(カラム:JSK Gel SW3000、検出:吸収488nm、溶出:80%メタノール、20% 0.1M Na酢酸 pH7.0 混液)により分離し、遊離した分解生成物であるピラルビシン(THP)を488nmの吸収により定量し、もとのP-THPの減少量を算出し、各溶液状態におけるP-THPの安定性をプロットした。その結果を、表5および図3A~Gに示す。
【0056】
【表5】
図3Aは、3%のアルギニン緩衝液の結果を示すが、1%のアルギニン緩衝液もほぼ同じ結果を示した。また、図3E~Gは、0.3Mアルギニン・アルギニンHCl緩衝液(pH8.5)の結果を示すが、3%重炭酸ソーダ・炭酸ソーダ緩衝液(pH8.5)もほぼ同じ結果を示した。この結果から、アルギニン緩衝液および重炭酸ソーダ緩衝液のpH8.5付近において、P-THPが最もよい安定性を示すことがわかった。
【0057】
(試験例5)
試料:試験例2と同様に調製したP-THPを試料として使用した。
方法:A溶液(実施例20:0.1 M重炭酸ソーダ水溶液、pH8.2)、B溶液(実施例21:3%アルギニン緩衝液、pH8.5)、C溶液(比較例10:PBS(0.01Mリン酸、0.15M NaCl)、pH7.4)のそれぞれにP-THPを溶かし、室温24時間放置した。次いで、セファクリルS300のカラムクロマト(φ1.8×70cm)を行った。それぞれ同じ溶液を用いてカラムを溶出した。
次いで、上記条件下に遊離するピラルビシン(THP)を、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)JSK Gel SW3000、溶出は80%メタノール、20% 0.1M Na酢酸 pH7.0 混液を用いて488nmの吸収により測定した。その結果を、図4に示す。
図4A~Cに示されるように、AおよびB溶液は、ともにシャープな単一のきれいなピークを示したが、C溶液では、図4Cグラフ上の矢印で示すごとくTHPの分解物が生じており、ピークの均一性は認められなかった。また、Cのピークの幅は、A、Bと比べ広がっていた。したがって、PBSに比べて、アルギニンおよび重炭酸ソーダ緩衝液が優れていることがわかる。
【0058】
(試験例6)
化学発癌性ジメチルベンズアントラセン(DMBA)10mg/mlのコーン油溶液1mlを、ゾンデを用いて経口的にSDラット(250~300g/匹、5週齢)に投与すると、12~14週後に乳癌が発生する。
このようにして乳癌を発生させたSDラット(1群5匹)に対し、ポリヒドロキシプロピルメタアクリルアミド結合ピラルビシン(P-THP)のみを静脈内(i.v.)投与し(P-THP群)、あるいはP-THP i.v.投与に加えてニトログリセリン(0.2mg/マウス)を塗付した(P-THP+NG群)。この薬剤投与を、試験期間中、合計4回行った。また、P-THPの投与量は、いずれも5mg/kgとした。
これらの薬剤の投与後0日から140日間の間、腫瘍体積(mm3)を測定した(図5)。その結果、P-THP投与に加えてニトログリセリンを塗布した群は、P-THPのみの群に比べて、顕著に高い腫瘍抑制効果を示した。
【0059】
(試験例7)
S-180マウス肉腫をddYマウス腹腔内に移植し、10日ごとにマウス腹水により継代したものを、6週齢のddYマウスの皮下に約106個移植すると、10日間前後で直径5~6mmの腫瘍が発生する。
このようにしてS-180マウス肉腫を発生させたマウスに、P-THP(15mg)のみを静脈内(i.v.)投与し(P-THP群)、あるいはP-THP(15mg)i.v.投与に加えてニトログリセリン(0.1 mg/マウス)を塗付した(P-THP+NG群)。
これらの薬剤の投与後0日から40日間の間、腫瘍体積(mm3)を測定した(図6)。その結果、P-THP投与に加えてニトログリセリンを塗布した群は、P-THP投与のみの群に比べて、顕著に高い腫瘍抑制効果を示した。
【0060】
(試験例8)
アゾキシメタン(AZM)(10mg/kg 腹腔内(i.p.)投与)とNaデキストランサルフェート(2%、0.2~1.0ml 経口(p.o.)投与)を1週間投与後、100日目に発生したマウスの大腸腫瘍モデルに対し、P-THPを15mg/kgを1回i.v.投与し(P-THP群)、P-THP(15mg)i.v.投与に加えてニトログリセリン軟膏(0.1mg/マウス)を塗付し(P-THP+NG群)、P-THP(15mg)投与に加えてL-アルギニン(10~50mg/マウス)をi.p.投与し(P-THP+Arg群)、あるいは、P-THP(15mg)投与に加えてヒドロキシウレア(HU)(1.5mg/マウス)をi.p.投与した(P-THP+HU群)。
これらの薬剤の投与後、大腸の全腫瘍結節の各々の直径の総和(mm)を算出した(図7)。なお、ここでいう腫瘍結節の直径は、ローダミン標識BSA(ウシ血清アルブミン)1mg/マウスを静注し、翌日マウスをウレタン麻酔下に大腸を切除し、IVIS装置により腫瘍の結節の蛍光スポットの大きさをノギスで測定した結果の値である。
その結果、P-THP群に比べて、P-THP+NG群、P-THP+Arg群およびP-THP+HU群はいずれも顕著に高い腫瘍抑制効果を示した。
図1
図2
図3-1】
図3-2】
図4
図5
図6
図7