(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-24
(45)【発行日】2022-11-01
(54)【発明の名称】ダイカスト用金型
(51)【国際特許分類】
B22D 17/22 20060101AFI20221025BHJP
B22C 9/06 20060101ALI20221025BHJP
【FI】
B22D17/22 F
B22D17/22 T
B22C9/06 C
(21)【出願番号】P 2018151038
(22)【出願日】2018-08-10
【審査請求日】2021-06-02
(73)【特許権者】
【識別番号】390033835
【氏名又は名称】広島アルミニウム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100170900
【氏名又は名称】大西 渉
(72)【発明者】
【氏名】村田 祐介
(72)【発明者】
【氏名】福部 英治
(72)【発明者】
【氏名】小井川 竜一
【審査官】田中 則充
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第1597241(CN,A)
【文献】特開2000-197958(JP,A)
【文献】特開平11-090609(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 17/22
B22C 9/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶湯をキャビティに充填して鋳物を鋳造するダイカスト用金型であって、
上記キャビティを形成するキャビティ形成面及び上記キャビティに溶湯を案内する湯道を形成する湯道形成面の少なくとも一方には、各形成面に沿って所定の方向に延びる多数の凹条溝が形成され、
該各凹条溝のうちの隣り合う平行に延びる2つの凹条溝の間隔をそれぞれPとすると、3mm≦P≦30mmに設定されて
おり、
上記凹条溝の溝深さをDとすると、D≧40μmに設定されており、
上記キャビティ形成面及び上記湯道形成面の少なくとも一方は、互いに対向する一対の縦壁部及び該両縦壁部を繋ぐ底部からなる断面U字状の溝形状をなすリブ形成面を有しており、
該リブ形成面の底部における幅方向中央には、上記各凹条溝のうちの1つが上記リブ形成面の延長方向に沿って形成されていることを特徴とするダイカスト用金型。
【請求項2】
請求項1に記載のダイカスト用金型において、
上記凹条溝における開放部分の溝幅をLとすると、L≦60μmに設定されていることを特徴とするダイカスト用金型。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳物を鋳造するダイカスト用金型に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ダイカストに用いられるダイカスト用金型は、溶湯をキャビティに充填する際に高い熱応力が発生するので、キャビティを形成するキャビティ形成面や湯道を形成する湯道形成面の一部にクラックや、或いは、隣り合うクラック同士が繋がること起因として金型の一部が欠ける、所謂、型欠けが発生し易くなることが知られている。したがって、生産ラインを周期的に停止して金型を補修する時間を必要とするので、生産効率が悪くなるという問題があった。
【0003】
この問題に対し、キャビティ形成面や湯道形成面に窒化処理を施して表面硬度を向上させたり、或いは、特殊な焼き入れを行って金型の材料組織を改良する等の施策を講じることも考えられるが、ダイカスト鋳造法では、量産時において金型に対して過酷な熱負荷が繰り返し加わるので、金型材料が軟化して金型表面の材料強度が低下していくという特徴がある一方、近年では、鋳物形状が複雑になったことに伴ってキャビティ形成面や湯道形成面に応力集中し易い箇所が多くなり、当該箇所に時として金型材料の耐力以上の熱応力が生じることもあるので、上述の如き金型材料を強くする取り組みだけでは、キャビティ形成面や湯道形成面にクラック等が発生するのを長期に亘って防いで金型の補修周期を延ばすということが困難になってきている。
【0004】
これに対応するために、ダイカスト用金型の構造を鋳造中において金型に発生する熱応力が低減又は抑制されるようなものにすることが考えられる。
【0005】
例えば、特許文献1に開示されている金型は、上方に開口する有底枠体と、該有底枠体の開口部分に設けられ、キャビティを形成するキャビティ形成面を有するプレス板と、有底枠体に収容され、且つ、プレス板の裏面と有底枠体の底面とにそれぞれ当接するとともに、プレス板の延びる方向に並設された複数のブロック体からなる集合体とを備え、当該集合体が分割構造であり、各ブロック体の間が拘束されていない分だけ各ブロック体が自由に膨張可能であることによって金型に発生する熱応力を低減又は抑制するようにしていて、これにより、入熱時に金型に加わる圧縮応力を低くしてクラックや型欠けの発生を防いでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1では、金型の部品点数が増えるとともに構造が複雑になって加工が難しくなり、金型の製作にコストが嵩むおそれがある。
【0008】
また、最も熱負荷の加わる金型のキャビティ(又は湯道)に面する部分が一体物のプレス板であるため、キャビティに溶湯を充填した際に発生する熱応力をうまく低減又は抑制させることができないおそれもある。
【0009】
さらに、特許文献1では、量産時に金型の材料強度が次第に低下したり、或いは、金型材料の耐力以上の熱応力が生じてクラックが発生し易くなる状況への対応について何ら考慮されていない。
【0010】
本発明は、斯かる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、金型に発生する熱応力を低減又は抑制してクラック及び型欠けの発生を長期的に防ぐとともに、もし仮にクラックが発生したとしても金型の補修周期を延ばすことができる低コストなダイカスト用金型を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、本発明は、金型におけるキャビティを形成するキャビティ形成面及び湯道を形成する湯道形成面の少なくとも一方に複数の凹条溝を設けたことを特徴とする。
【0012】
具体的には、溶湯をキャビティに充填して鋳物を鋳造するダイカスト用金型において、次のような解決手段を講じた。
【0013】
すなわち、第1の発明では、上記キャビティを形成するキャビティ形成面及び上記キャビティに溶湯を案内する湯道を形成する湯道形成面の少なくとも一方には、各形成面に沿って所定の方向に延びる多数の凹条溝が形成され、該各凹条溝のうちの隣り合う平行に延びる2つの凹条溝の間隔をそれぞれPとすると、3mm≦P≦30mmに設定されており、上記凹条溝の溝深さをDとすると、D≧40μmに設定されており、上記キャビティ形成面及び上記湯道形成面の少なくとも一方は、互いに対向する一対の縦壁部及び該両縦壁部を繋ぐ底部からなる断面U字状の溝形状をなすリブ形成面を有しており、該リブ形成面の底部における幅方向中央には、上記各凹条溝のうちの1つが上記リブ形成面の延長方向に沿って形成されていることを特徴とする。
【0014】
第2の発明では、第1の発明において、上記凹条溝における開放部分の溝幅をLとすると、L≦60μmに設定されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
第1の発明では、各凹条溝によってキャビティ形成面又は湯道形成面が適切な間隔に区切られているので、鋳造中においてキャビティ形成面及び湯道形成面に熱負荷が加わると、キャビティ形成面又は湯道形成面における各凹条溝に区切られた部分が各凹条溝の溝幅分だけ自由膨張するようになる。したがって、金型に加わる熱応力が低減又は抑制されるようになり、金型への入熱時に発生する圧縮応力が小さくなるので、金型を特許文献1の如き分割構造にすることなく低コストな構造でキャビティ形成面や湯道形成面にクラックや型欠けが発生するのを防止することができる。また、もし仮に金型の材料強度等の低下や金型材料の耐力以上の熱応力が加わったことを起因としてクラックが発生したとしても、各凹条溝を起点にクラックが発生するようになるので、キャビティ形成面又は湯道形成面における各凹条溝を除く部分にクラックが発生して補修周期が短くなってしまうといったことを防ぐことができる。さらに、金型に対して熱応力が加わった際に、もし仮に隣り合う2つの凹条溝の底部にそれぞれクラックが入ったとしても、各クラックが互いに近づくように延びて繋がってしまうことが無いように隣り合う2つの凹条溝の間隔を十分に広く設定してあるので、型欠けの発生を確実に防ぐことができる。また、キャビティへの溶湯の充填を繰り返し行った際に、もし仮にクラックが発生したとしても、各凹条溝の溝深さを十分に深く設定しているので、クラックが凹条溝の底部から確実に発生するようになる。したがって、キャビティ形成面又は湯道形成面の表面にクラックが現れるのを確実に防いで、金型の補修周期をさらに延ばすことができる。さらに、応力集中し易い形状である溝形状をなすリブ形成面がキャビティ形成面や湯道形成面に設けられていたとしても、底部中央に形成された凹条溝によってリブ形成面に加わる熱応力が低減又は抑制されるようになる。したがって、例えば、リブ形成面における底部の幅が3mm未満であり、当該底部に間隔が3mm以上の2つの凹条溝を設けることができない場合であっても、リブ形成面の表面にクラックや型欠きが現れるのを防ぐことができ、金型の補修周期をさらに延ばすことができる。
【0016】
第2の発明では、鋳造中に各凹条溝に入り込んだ溶湯によって鋳造後に転写される突条部分を含む鋳物表面が製品上問題とならない程度の鋳肌面粗さになるので、補修周期を延ばすことができる金型構造であるとともに、品質の良い鋳物を鋳造可能な金型構造にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施形態に係るダイカスト用金型を備えたダイカスト装置の概略断面図である。
【
図2】本発明の実施形態に係るダイカスト用金型における固定入子の斜視図である。
【
図7】
図6のVII-VII線における断面図である。
【
図8】本発明の実施形態に係るダイカスト用金型を用いてキャビティ形成面に形成する各凹条溝の間隔を変更しながら鋳物を多数鋳造した際に型欠けが発生するか否かをそれぞれ調べた結果を示す表である。
【
図9】キャビティ形成面に間隔が3mmの格子状に延びる各凹条溝を形成したダイカスト用金型を用いて5万回鋳造した後のキャビティ形成面の状態を示す写真である。
【
図10】キャビティ形成面に間隔が2mmの格子状に延びる各凹条溝を形成したダイカスト用金型を用いて5万回鋳造した後に鋳造した鋳物表面の状態を示す図である。
【
図11】キャビティ形成面の表面温度が変化したときの各凹条溝の間隔と歪み量との関係を示したグラフである。
【
図12】本発明の実施形態に係るダイカスト用金型を用いて湯道形成面に形成する各凹条溝の深さを変更しながら鋳物を多数鋳造した際に湯道形成面にクラックが発生するか否かをそれぞれ調べた結果を示す表である。
【
図13】湯道形成面に深さが30μmの格子状に延びる各凹条溝を形成したダイカスト用金型を用いて3万5千回鋳造した後の湯道形成面の状態を示す図である。
【
図14】湯道形成面に深さが200μmの格子状に延びる各凹条溝を形成したダイカスト用金型を用いて4万5千回鋳造した後の湯道形成面の状態を示す図である。
【
図15】
図14の状態の複数個所の凹条溝の拡大断面図である。
【
図16】キャビティ形成面に開放部分の溝幅が異なる複数の凹条溝を形成したダイカスト用金型を用いて鋳造した鋳物の表面粗度を調べた結果を示す表である。
【
図17】リブ形成面を有するダイカスト用金型を用いて5万4千回鋳造した後のリブ形成面の状態を示す図である。
【
図18】凹条溝が形成されたリブ形成面を有するダイカスト用金型を用いて5万4千回鋳造した後のリブ形成面の状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎない。
【0019】
図1は、本発明の実施形態に係るダイカスト用金型1を備えたダイカスト装置10を示す。該ダイカスト装置10は、鋳物(図示せず)をダイカスト鋳造法により鋳造するものであり、水平方向に互いに対向する固定盤2及び可動盤3を備え、該可動盤3は、固定盤2に対して接近離間可能になっている。
【0020】
ダイカスト用金型1は、固定盤2と可動盤3との間に配設され、固定盤2に取り付けられたブロック形状の固定型4と、可動盤3に取り付けられたブロック形状の可動型5とを備えている。
【0021】
固定型4は、可動型5側に開口する第1嵌合凹部41aを有する固定主型41と、第1嵌合凹部41aに嵌合する固定入子42とを備え、固定主型41の背面側が固定盤2に固定されている。
【0022】
固定入子42には、可動型5側に膨出する部分を有する第1キャビティ形成面42aと、該第1キャビティ形成面42aの下部に連続する第1湯道形成面42bとが形成されている。
【0023】
第1キャビティ形成面42aの上下方向中途部には、
図2に示すように、上側部分及び下側部分よりも可動型5側に段差状に張り出す張出面部42cと、該張出面部42cの中央部分から可動型5側に略台推状に突出する突出面部42dとが設けられ、第1キャビティ形成面42aにおける張出面部42cの下側領域から第1湯道形成面42bに亘る領域X1と、第1キャビティ形成面42aの上部の領域X2とには、第1キャビティ形成面42aに沿って延びる多数の凹条溝6が形成されている。
【0024】
領域X1の各凹条溝6は、
図3に示すように、第1キャビティ形成面42aを格子状に延びており、隣り合う平行に延びる2つの凹条溝6の間隔Pが3mmに設定されている。
【0025】
また、領域X1の各凹条溝6は、
図4に示すように、開放部分の溝幅Lが50μmに設定されるとともに、溝深さDが200μmに設定されている。
【0026】
領域X2の各凹条溝6は、
図5に示すように、第1キャビティ形成面42aを格子状に延びており、隣り合う平行に延びる2つの凹条溝6の間隔Pが5mmに設定されている。
【0027】
すなわち、第1キャビティ形成面42aにおける湯口側よりも湯先側の方が隣り合う2つの凹条溝6の間隔が広く設定されている。
【0028】
また、第1キャビティ形成面42aには、
図6に示すように、鋳物表面にリブを形成するための断面U字状の溝形状をなすリブ形成面43が設けられ、その溝幅dは、約2mmに設定されている。
【0029】
リブ形成面43は、
図7に示すように、互いに対向する一対の縦壁部43aと、該両縦壁部43aを繋ぐ底部43bとで構成され、該底部43bにおける幅方向中央には、上記各凹条溝6のうちの1つがリブ形成面43の延長方向に沿って形成されている。
【0030】
尚、
図3乃至
図7の各凹条溝6の溝幅及び溝深さは、便宜上、誇張して記載している。
【0031】
固定主型41及び固定入子42の下部には、
図1に示すように、固定型4及び可動型5の並設方向に延びる円筒状の射出スリーブ7aが配設され、該射出スリーブ7aの先端開口部分は、第1湯道形成面42bに連続している。
【0032】
また、射出スリーブ7aの内方には、略円柱形状の射出プランジャ7bが進退可能に挿入されている。
【0033】
可動型5は、固定型4側に開口する収容凹部51aを有するダイベース51を備え、該ダイベース51の背面側が可動盤3に固定されている。
【0034】
ダイベース51の開口側には、固定型4側に開口する第2嵌合凹部52aを有する可動主型52が固定され、第2嵌合凹部52aには、可動入子53が嵌合している。
【0035】
該可動入子53には、固定型4から離れる方向に窪む第2キャビティ形成面53aと、該第2キャビティ形成面53aの下部に連続する第2湯道形成面53bとが形成され、可動盤3を前進させて固定型4と可動型5とを型閉じさせた際、第1キャビティ形成面42aと第2キャビティ形成面53aとの間にキャビティS1が形成されるとともに、第1湯道形成面42bと第2湯道形成面53bとの間にキャビティS1に連続する湯道S2が形成されるようになっている。
【0036】
可動主型52及び可動入子53の中途部には、固定型4及び可動型5の並設方向に延びて第2キャビティ形成面53aと収容凹部51aとにそれぞれ開口するガイド孔50が形成され、該ガイド孔50には、細棒状のエジェクタピン8がスライド可能に嵌挿されている。
【0037】
収容凹部51aには、エジェクタピン8の基端側が固定されたエジェクタプレート9が配設され、該エジェクタプレート9が固定型4及び可動型5の並設方向に移動することにより、エジェクタピン8がガイド孔50に案内されながらスライドするようになっている。
【0038】
そして、可動盤3を前進させて固定型4及び可動型5を型閉じし、且つ、射出プランジャ7bを後退させた状態で溶湯を射出スリーブ7a内に給湯して一時的に保持した後、射出プランジャ7bを前進させることにより、湯道S2を介して溶湯をキャビティS1に充填して鋳物を鋳造するようになっている。
【0039】
また、金型1で鋳物を鋳造した後、可動盤3を後退させて固定型4及び可動型5を型開きするとともにエジェクタプレート9を前進させることにより、エジェクタピン8の先端部分がガイド孔50の第2キャビティ形成面53a側開口から飛び出して鋳物が可動型5から取り外されるようになっている。
【0040】
次に、第1キャビティ形成面42aにおいて格子状に延びる各凹条溝6の間隔を異なるようにして形成した金型1をそれぞれ用意するとともに、用意した各金型1にて鋳造を繰り返し行った後の金型1の状態について評価した結果を示す。
【0041】
<評価方法>
ナノ秒パルスレーザ加工機を用いて格子状に延びる各凹条溝6の間隔が2.0mm、3.0mm、4.0mm、及び、5.0mmとなるように第1キャビティ形成面42aに各凹条溝6を加工した金型1をそれぞれ用意し、それぞれの金型1にて鋳造を約5万回繰り返した。その後、各金型1の第1キャビティ形成面42aを見てクラック若しくは型欠けが発生しているか否かを確認した。尚、形成する各凹条溝6の開放部分の溝幅を50μm、溝深さを200μmとした。
【0042】
<評価結果>
図8に示すように、各凹条溝6の間隔が2mmの金型1の場合、型欠けが発生したが、各凹条溝6の間隔が3mm以上の金型1になると、型欠けの発生が無かった。
図9は、各凹条溝6の間隔が3mmの金型1を用いて5万回鋳造した後の第1キャビティ形成面42aの状態を示す写真であるが、クラック及び型欠けが発生していない。一方、
図10は、各凹条溝6の間隔が2mmの金型1を用いて5万回鋳造した後に鋳造した鋳物の第1キャビティ形成面42aに対応する部分を撮影したものであるが、型欠けが発生したことによって鋳物表面に突起が形成されているのが分かる。以上より、第1キャビティ形成面42aに形成する各凹条溝6の間隔を3mm以上にすれば型欠けの発生を抑制できることが分かった。
【0043】
次に、各凹条溝6のうちの隣り合う2つの凹条溝6の間隔を広げたときに、何mmまで間隔を広げるとクラック及び型欠けに対する抑制の効果が無くなるかを検討した結果を示す。尚、クラック及び型欠けに対する抑制の効果が無くなる隣り合う2つの凹条溝6の間隔は、熱膨張時における歪みが塑性変形領域(歪み量0.2%以上)に到達するものであるとした。
【0044】
各凹条溝6の間隔をl(mm)、線膨張係数をα(毎℃)、温度差ΔT(℃)とし、隣り合う2つの凹条溝6の間の熱膨張時における第1キャビティ形成面42aの表面の伸び量をλ(mm)とすると、以下の式(1)が成り立つ。
【0045】
λ=l×α×ΔT (1)
各凹条溝6の開放部分の溝幅を0.5μmとした際、金型1の熱膨張時において溝幅0.5μmで吸収できずに第1キャビティ形成面42aの表面の伸びが拘束される長さl’は、以下の式(2)で表される。
【0046】
l’=λ-0.05 (2)
したがって、拘束された部分の歪み量ε(%)は、以下の式(3)で表される。
【0047】
ε=(l’/l)×100 (3)
図11は、上述の式(3)を基にして、隣り合う2つの凹条溝6の間隔と歪み量との関係を示したグラフである。鋳造時の金型1の温度解析を行うと、金型1の各領域において最も低い温度であっても約300℃まで上昇することが分かった。したがって、
図11のグラフに基づき、金型1が300℃まで上昇したときに、各凹条溝6の間隔を30mm以下にすることで歪み量を20%以下に抑制可能であることが分かった。
【0048】
つまり、各凹条溝6のうちの隣り合う平行に延びる2つの凹条溝6の間隔Pを、3mm≦P≦30mmに設定すればよいことが分かった。
【0049】
次に、第1湯道形成面42bにおいて各凹条溝6の溝深さを異なるようにして形成した金型1をそれぞれ用意するとともに、用意した各金型1にて鋳造を繰り返し行った後の金型1の状態について評価した結果を示す。
【0050】
<評価方法>
ナノ秒パルスレーザ加工機を用いて溝深さが30μm、40μm、及び、200μmである各凹条溝6を格子状に延びるように第1湯道形成面42bに加工した金型1をそれぞれ用意し、それぞれの金型1にて鋳造を約3万5千回繰り返した。その後、各金型1の第1湯道形成面42bの状態を見てクラック若しくは型欠けが発生しているか否かを確認した。形成する各凹条溝6の開放部分の溝幅を50μm、隣り合う2つの凹条溝6の間隔を3.0mmとした。
【0051】
<評価結果>
図12に示すように、各凹条溝6の溝深さが30μmの金型1の場合、第1湯道形成面42bにおける各凹条溝6を除く部分にクラックが発生したが、各凹条溝6の溝深さが40μm以上の金型1になると、クラックの発生が無かった。
図13は、各凹条溝6の溝深さが30μmの金型1を用いて4万5千回鋳造した後の第1湯道形成面42bの状態を示す写真であるが、第1湯道形成面42bの各凹条溝6を除く部分からクラックが発生しているのが分かる。一方、
図14は、各凹条溝6の溝深さが200μmの金型1を用いて4万5千回鋳造した後の第1湯道形成面42bの状態を示す写真であるが、第1湯道形成面42bの各凹条溝6を除く部分には、クラックが発生していないのが分かる。
図15は、
図14における第1湯道形成面42bのa~d地点における各凹条溝6の拡大断面図である。
図14における第1湯道形成面42bの各凹条溝6を除く部分には、クラックが発生していないものの、各凹条溝6の底部には、当該各凹条溝6を起点にクラックが発生していることが分かる。したがって、もし仮にクラックが発生したとしても、各凹条溝6を起点としてクラックが発生することが分かった。以上より、第1湯道形成面42bに形成する各凹条溝6の溝深さを40μm以上にすれば第1湯道形成面42bの各凹条溝6を除く部分にクラックが発生するのを抑制できることが分かった。
【0052】
次に、第1キャビティ形成面42aに開放部分の溝幅が異なる複数の凹条溝6を形成した金型1を用意するとともに、用意した金型1にて鋳造して得られた鋳物の状態について評価した結果を示す。
【0053】
<評価方法>
ナノ秒パルスレーザ加工機を用いて開放部分の溝幅が30μm、40μm、50μm、60μm、70μm、及び、100μmである凹条溝6を第1キャビティ形成面42aに加工した金型1を用意するとともに、当該金型1により鋳造して得られた鋳物の表面に各凹条溝6を起因として形成される突条部の突出高さ(Rmax)を接触式粗さ測定機で測定した。測定は、第1キャビティ形成面42aにショットブラストを施す前後でそれぞれ行った。また、各突条部を所定の間隔をあけて3か所測定した。尚、鋳造条件は、鋳造圧力を70MPa、射出速度を6.2m/s、溶湯温度を650℃、及び、昇圧速度を40msとして鋳造した。また、形成する各凹条溝6の溝深さを200μmとした。そして、突条部の高さが、一般鋳肌面粗さ(100s)以下となる条件を抽出することにした。
【0054】
<評価結果>
図16に示すように、溝幅が70μm以上になると、ショットブラスト後であっても一般鋳肌面粗さが基準100sを超えることが分かった。一方、溝幅が60μm以下であると、ショットブラスト後において一般鋳肌面粗さを100s以下に抑えることができることが分かった。以上より、第1キャビティ形成面42aに形成する各凹条溝6の開放部分の溝幅を60μm以下にすれば、表面粗度が問題とならないレベルの鋳物を金型1で鋳造できることが分かった。
【0055】
次に、第1キャビティ形成面42aのリブ形成面43において各凹条溝6のうちの1つを形成した金型1とリブ形成面43に凹条溝6が形成されていない金型1とをそれぞれ用意するとともに、用意した各金型1にて鋳造を繰り返し行った後の金型1の状態について評価した結果を示す。
【0056】
<評価方法>
ナノ秒パルスレーザ加工機を用いてリブ形成面43における底部43bの幅方向中央に溝幅が50μm、溝深さが200μmの凹条溝6を加工した金型1と、リブ形成面43における底部43bに凹条溝6を加工していない金型1とをそれぞれ用意し、それぞれの金型1にて鋳造を5万4千回繰り返した。その後、各金型1のリブ形成面43を見てクラック若しくは型欠けが発生しているか否かを確認した。
【0057】
<評価結果>
図17は、リブ形成面43に凹条溝6を加工しなかった金型1を用いて5万4千回鋳造した後のリブ形成面43の状態を示す写真であるが、クラック及び型欠けが発生していることが分かる。一方、
図18は、リブ形成面43における底部43bの幅方向中央に凹条溝6を加工した金型1を用いて5万4千回鋳造した後のリブ形成面43の状態を示す写真であるが、クラック及び型欠けが表面上発生していない。以上より、第1キャビティ形成面42aにおけるリブ形成面43のような応力集中し易く、しかも、複数の凹条溝6をそれぞれ3mm以上の間隔をあけて並設できないような領域においては、底部43bの幅方向中央に1つの凹条溝6を形成すれば、クラック及び型欠けの発生を抑制できることが分かった。
【0058】
尚、上述した各評価は、金型1における第1キャビティ形成面42a及び第1湯道形成面42bにて行ったが、第2キャビティ形成面53a及び第2湯道形成面53bにて行っても同様の結果が得られるものと考えられる。
【0059】
以上より、本発明の実施形態によると、各凹条溝6によって第1キャビティ形成面42a及び第1湯道形成面42bが適切な間隔に区切られているので、鋳造中において第1キャビティ形成面42a及び第1湯道形成面42bに熱負荷が加わると、第1キャビティ形成面42a又は第1湯道形成面42bにおける各凹条溝6に区切られた部分が各凹条溝6の溝幅分だけ自由膨張するようになる。したがって、金型1に加わる熱応力が低減又は抑制されるようになり、金型1への入熱時に発生する圧縮応力が小さくなるので、金型1を特許文献1の如き分割構造にすることなく低コストな構造で第1キャビティ形成面42a及び第1湯道形成面42bにクラックや型欠けが発生するのを防止することができる。
【0060】
また、もし仮に金型1の材料強度等の低下や金型1の材料の耐力以上の熱応力が加わったことを起因としてクラックが発生したとしても、各凹条溝6を起点にクラックが発生するようになるので、第1キャビティ形成面42a及び第1湯道形成面42bにおける各凹条溝6を除く部分にクラックが発生して補修周期が短くなってしまうといったことを防ぐことができる。
【0061】
さらに、金型1に対して熱応力が加わった際に、もし仮に隣り合う2つの凹条溝6の底部にそれぞれクラックが入ったとしても、各クラックが繋がらないよう隣り合う2つの凹条溝6の間隔を十分に広く設定してあるので、型欠けの発生を確実に防ぐことができる。
【0062】
また、鋳造中に各凹条溝6に入り込んだ溶湯によって鋳造後に転写される突条部分を含む鋳物表面が製品上問題とならない程度の鋳肌面粗さになるので、補修周期を延ばすことができる金型構造であるとともに、品質の良い鋳物を鋳造可能な金型構造にすることができる。
【0063】
さらに、キャビティS1への溶湯の充填を繰り返し行った際に、もし仮にクラックが金型1に発生したとしても、各凹条溝6の溝深さを十分に深く設定しているので、クラックが凹条溝6の底部から確実に発生するようになる。したがって、第1キャビティ形成面42a又は第1湯道形成面42bの表面にクラックが現れるのを確実に防いで、金型1の補修周期をさらに延ばすことができる。
【0064】
それに加えて、応力集中し易い形状である溝形状をなすリブ形成面43が第1キャビティ形成面42aや第1湯道形成面42bに設けられていたとしても、底部43bの幅方向中央に形成された凹条溝6によってリブ形成面43に加わる熱応力が低減又は抑制されるようになる。したがって、例えば、リブ形成面43における底部43bの幅が3mm未満であり、当該底部43bに間隔が3mm以上の2つの凹条溝6を設けることができない場合であっても、リブ形成面43の表面にクラックや型欠きが現れるのを防ぐことができ、金型1の補修周期をさらに延ばすことができる。
【0065】
尚、本発明の実施形態では、固定型4の第1キャビティ形成面42a及び第1湯道形成面42bに各凹条溝6を形成しているが、可動型5の第2キャビティ形成面53a及び第2湯道形成面53bに各凹条溝6を形成してもよい。
【0066】
また、本発明の実施形態では、固定型4の第1キャビティ形成面42a及び第1湯道形成面42bに各凹条溝6を形成しているが、第1キャビティ形成面42a及び第1湯道形成面42bの少なくとも一方に各凹条溝6を形成していればよい。
【0067】
また、本発明の実施形態では、各凹条溝6が格子状に延びており、隣り合う平行に延びる2つの凹条溝6の間隔Pが領域X1と領域X2とで3mmと5mmとにそれぞれ設定してあるが、例えば、各凹条溝6がハニカム状に延びていてもよいし、隣り合う平行に延びる2つの凹条溝6の間隔Pは、3mm≦P≦30mmを満たすのであれば3mm、5mm以外であってもよい。
【0068】
また、本発明の実施形態では、各凹条溝6の開放部分の溝幅Lを50μmに設定してあるが、L≦60μを満たすのであれば50μm以外であってもよい。
【0069】
また、本発明の実施形態では、各凹条溝6の溝深さDを200μmに設定しているが、D≧40μmを満たすのであれば200μm以外であってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、鋳物を鋳造するダイカスト用金型に適している。
【符号の説明】
【0071】
1 ダイカスト用金型
6 凹条溝
42a 第1キャビティ形成面
42b 第1湯道形成面
43 リブ形成面
43a 縦壁部
43b 底部
53a 第2キャビティ形成面
53b 第2湯道形成面
D 凹条溝の深さ
L 凹条溝の開放部分の溝幅
P 隣り合う2つの凹条溝の間隔
S1 キャビティ
S2 湯道