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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-25
(45)【発行日】2022-11-02
(54)【発明の名称】鋼組成物
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221026BHJP
   C22C 38/52 20060101ALI20221026BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221026BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20221026BHJP
   C21D 9/28 20060101ALI20221026BHJP
   C21D 9/32 20060101ALI20221026BHJP
   C21D 9/40 20060101ALI20221026BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/00 302Z
C22C38/52
C22C38/60
C21D1/06 A
C21D9/28 A
C21D9/32 A
C21D9/40 A
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019518154
(86)(22)【出願日】2017-06-16
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-08-15
(86)【国際出願番号】 FR2017051584
(87)【国際公開番号】W WO2017216500
(87)【国際公開日】2017-12-21
【審査請求日】2020-05-29
(31)【優先権主張番号】1655664
(32)【優先日】2016-06-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】512103240
【氏名又は名称】オベール エ デュヴァル
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】ベリュ, ジャック
(72)【発明者】
【氏名】ベンバメッド, アトマン
(72)【発明者】
【氏名】アンドレ, ヨハンナ
(72)【発明者】
【氏名】サンドバリ, フレードリク
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-060394(JP,A)
【文献】特開平08-081740(JP,A)
【文献】特開平11-050190(JP,A)
【文献】国際公開第2015/082342(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 1/06
C21D 9/28
C21D 9/32
C21D 9/40
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
全組成物に対する重量%として、
炭素:0.05~0.40;
クロム:2.50~5.00;
モリブデン:4.50~6.00;
タングステン:0.01~1.50
バナジウム:1.00~3.00;
ニッケル:2.00~4.00;
コバルト:2.00~8.00;
最大で1重量%の不可避的不純物、
及び鉄:残
含有し、
ニオブ:≦2.00;
窒素:≦0.50;
ケイ素:≦0.70;
マンガン:≦0.70;
アルミニウム:≦0.15
のうち1種以上の元素をさらに含有してもよいが、
ニオブ+バナジウムの合計含量は1.00~3.50の範囲であり、
炭素+窒素の含量は0.05~0.50の範囲である
熱化学処理用鋼組成物。
【請求項2】
全組成物に対する重量%として、
炭素:0.10~0.30;
クロム:3.00~4.50;
モリブデン:4.50~6.00;
タングステン:0.01~1.30
バナジウム:1.50~2.50;
ニッケル:2.00~4.00;
コバルト:3.00~7.00;
ケイ素:0.05~0.50;
マンガン:0.05~0.50;
最大で1重量%の不可避的不純物、
及び鉄:残
含有し、
ニオブ:≦2.00;
窒素:≦0.20;
アルミニウム:≦0.10
のうち1種以上の元素をさらに含有してもよいが、
ニオブ+バナジウムの合計含量は1.00~3.50の範囲であり、
炭素+窒素の含量は0.05~0.50の範囲である
ことを特徴とする請求項1に記載の鋼組成物。
【請求項3】
上記不可避的不純物は、チタン、硫黄、リン、銅、スズ、鉛、酸素、及びこれらの混合物から選択されることを特徴とする請求項1又は2に記載の鋼組成物。
【請求項4】
タングステンの含量は、全組成物に対する重量%として0.03~1.30の範囲であることを特徴とする請求項1~のいずれか1項に記載の鋼組成物。
【請求項5】
請求項1~のいずれか1項に記載の鋼組成物を含む鋼ブランクを製造する方法であって、
a)製鋼工程と、
b)鋼加工工程と、
c)熱化学処理と、
d)1090℃~1155℃の温度での固溶化熱処理と
を有することを特徴とする製造方法。
【請求項6】
上記工程c)は、浸炭処理、窒化処理、浸炭窒化処理、又は浸炭後窒化処理からなることを特徴とする請求項に記載の製造方法。
【請求項7】
上記工程d)では、1090℃~1150℃の温度で固溶化熱処理を行った後、完全にオーステナイト化するまで上記温度で保持し、及び475℃以上の温度での数回の焼戻し処理を行うことを特徴とする請求項又はに記載の製造方法。
【請求項8】
上記工程b)は、圧延、鍛造、及び/又は押出を行う工程からなることを特徴とする請求項のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
上記製鋼工程a)は、アーク炉精錬及びエレクトロスラグ再溶解(ESR)という従来の製鋼方法、あるいはエレクトロスラグ再溶解(ESR)及び/又は真空アーク再溶解(VAR)工程を組み合わせてもよいVIM-VAR法、あるいはガス噴霧及び熱間静水圧プレス(HIP)による圧縮等の粉末冶金法によって実施することを特徴とする請求項のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
請求項1~のいずれか1項に記載の鋼組成物を含み、表面硬度が64HRC以上である鋼ブランク。
【請求項11】
機械装置を製造するための請求項10に記載の鋼ブランク又は請求項1~のいずれか1項に記載の鋼組成物の使用。
【請求項12】
請求項1~のいずれか1項に記載の鋼組成物を含み、表面硬度が64HRC以上である鋼製機械装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特にベアリング及び歯車装置等のトランスミッション分野で用いられる新規な熱化学処理用20CrMoCo型低炭素鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
ベアリングは、2つの部品間において配向及び方向が制限された相対運動を確保できるようにする機械装置である。ベアリングはいくつかの部材、すなわち内輪と、外輪と、これらの間に配置された転動体(玉又はころ)とを有する。信頼性及び経時的性能を確保するために、上記各部材の転がり疲労、摩耗等の特性が良好であることが重要である。
【0003】
歯車装置は、動力を伝達する機械装置である。好ましい出力密度(歯車装置の面積に対する伝達された動力の比)及び動作信頼性を確保するために、歯車装置の構造疲労(歯元)及び接触疲労(歯面)の特性が良好でなければならない。
【0004】
これらの金属部材を製造するための従来の方法では、電気製鋼工程を行った後、場合によっては再溶解処理又は1回若しくは複数回の真空再溶解処理を行う。このようにして得られたインゴットは、その後、圧延又は鍛造等の熱間加工工程によって棒、管、又は環へと形成される。
【0005】
最終機械的特性を確保するために2種類の冶金技術が存在する。
第一の技術:部材の化学組成に従って、好適な熱処理後直ちに機械的特性が得られる。
第二の技術:部材は、炭素及び窒素等の格子間元素で表面を富化する熱化学処理を必要とする。その後、この化学元素による富化(通常は表面的)に従って、最大で数ミリメートルの深さまで熱処理した後に優れた機械的特性が得られる。このような鋼は、通常、第一の技術の鋼よりも延性の点で優れた特性を示す。
【0006】
窒素で表面を富化して非常に優れた機械的特性を得ることを目的として、第一の技術の鋼に適用される熱化学工程も存在する。
【0007】
ベアリング又は歯車装置の分野で必要とされる特性の1つは、非常に高い硬度を得ることである。上記第一の技術及び第二の技術の鋼は、通常、表面硬度が58HRCを超える。M50(0.8%C-4%Cr-4.2%Mo-1%V)又は50NiL(0.12%C-4%Cr-4.2%Mo-3.4%Ni-1%V)として知られる最も広く用いられている鋼種は、任意の熱化学処理及び好適な熱処理後の表面硬度が63HRCを超えない。
【0008】
特許文献1には、鉄基地の粉末及びより硬い粒子の混合物を用いた圧縮粉末冶金法で製造されたバルブシート鋼が記載されている。上記混合物のマトリックスは、全組成物に対する重量%として以下の組成を有する。
炭素:0.2~2.0;
クロム:1.0~9.0;
モリブデン:1.0~9.0;
ケイ素:0.1~1.0;
タングステン:1.0~3.0;
バナジウム:0.1~1.0;
ニッケル+コバルト+銅:3.0~15.0;
鉄:残部
【0009】
しかしながら、上記マトリックスは、パーライトを5~40体積%含むため、上記マトリックスの延性が不足し、結果として脆化が生じる。
【0010】
特許文献2には、全組成物に対する重量%として、
炭素:0.05~0.5;
クロム:2.5~5.0;
モリブデン:4~6;
タングステン:2~4.5;
バナジウム:1~3;
ニッケル:2~4;
コバルト:2~8;
鉄:残部、
及び不可避的不純物という組成を有し、
ニオブ:0~2;
窒素:0~0.5;
ケイ素:0~0.7;
マンガン:0~0.7;
アルミニウム:0~0.15
のうち1種以上の元素をさらに含有していてもよいベアリング鋼、特にMIX5という鋼種が記載されている。該鋼種は、0.18%C-3.45%Cr-4.93%Mo-3.05%W-2.09%V-0.30%Si-2.89%Ni-5.14%Co-0.27%Mnという組成を有し、表面硬度が最も高いため最も興味深い。この鋼種を用いれば、1150℃の固溶化熱処理及び560℃の焼戻しを行った後の表面硬度が最大硬度で約800HV、すなわち最大64HRCに相当する硬度(比較例1)を達成できる。
【0011】
したがって、特に1160℃以下の温度での固溶化熱処理によって64HRCを超える表面硬度を達成することは困難であるものの、それにより部材の特性を著しく向上できるであろう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】英国特許出願公開第2370281号明細書
【文献】国際公開第2015/082342号
【発明の概要】
【0013】
本発明者らは、驚くべきことに、特許文献2に記載の鋼のタングステン含量を低減することによって、得られる鋼が、熱化学処理、特に浸炭及び/又は窒化後に非常に高い表面硬度を有し、1100℃~1160℃の温度範囲での固溶化熱処理及び475℃以上の温度での焼戻しを行った後では表面硬度が64HRC以上にもなることを見出した。
【0014】
これは、最も優れた硬度を有する組成物と見なされているMIX5(タングステン3%)等の高タングステン含量である鋼種の使用を推奨する上記文献からは全く明らかではないことであった。
【0015】
米国特許出願公開第2004/0187972号明細書には、タングステン含量が0.5~2%の鋼が記載されている。しかしながら、該鋼は炭素含量が高い(0.5~0.75%)ため、浸炭及び/又は窒化は困難である。したがって、特許文献2の鋼又は本発明に係る鋼と同じ技術分野には属していない。
【0016】
さらに、上記文献の[0035]段落によれば、0.5~2%というタングステン含量範囲の根拠は以下のように説明されている。
・0.5%:マトリックス中へ固溶することで高温硬度に寄与
・2%:高温で安定なMC炭化物の形成を大幅に制限するための最大値
【0017】
このことから、タングステンが高温だけでなく室温の場合でも硬度の上昇に関して好ましい作用を示すことが当業者に公知であることが非常によく分かる。よって、上記文献でその含量を制限するただ1つの理由は、高温で安定なMC炭化物の形成を回避するためである。
【0018】
また、上記文献に記載された鋼の熱力学的平衡は、特許文献2又は本発明のものとは著しく異なる。
【0019】
このように、本発明においてMC炭化物の存在は禁止されていない。したがって、当業者であれば、上記文献の教示から、特許文献2の鋼中のタングステン量を低減しようとはしないであろう。むしろ、該鋼の硬度を向上させるために増大させる傾向があるであろう。
【0020】
したがって、特許文献2の鋼中のタングステン量を低減することで、表面硬度が上昇するという事実は、当業者には全く予想されないものである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
したがって、本発明は、全組成物に対する重量%として、
炭素:0.05~0.40、好ましくは0.10~0.30;
クロム:2.50~5.00、好ましくは3.00~4.50;
モリブデン:4.00~6.00;
タングステン:0.01~1.80、好ましくは0.02~1.50;
バナジウム:1.00~3.00、好ましくは1.50~2.50;
ニッケル:2.00~4.00;
コバルト:2.00~8.00、好ましくは3.00~7.00;
鉄:残部、
及び不可避的不純物を含有し、有利には本質的にそれらからなり、特にそれらからなり、
ニオブ:≦2.00;
窒素:≦0.50、好ましくは≦0.20;
ケイ素:≦0.70、好ましくは0.05~0.50;
マンガン:≦0.70、好ましくは0.05~0.50;
アルミニウム:≦0.15、好ましくは≦0.10
のうち1種以上の元素をさらに含有してもよいが、
ニオブ+バナジウムの合計含量は1.00~3.50の範囲であり、
炭素+窒素の含量は0.05~0.50の範囲である
鋼組成物、有利には浸炭可能な及び/又は窒化可能な、より有利には浸炭可能な鋼組成物に関する。
【0022】
特に有利な組成物は、全組成物に対する重量%として、
炭素:0.10~0.30、好ましくは0.15~0.25;
クロム:3.00~4.50、好ましくは3.50~4.50;
モリブデン:4.00~6.00、好ましくは4.50~5.50;
タングステン:0.02~1.50、好ましくは0.03~1.40;
バナジウム:1.50~2.50、好ましくは1.70~2.30;
ニッケル:2.00~4.00、好ましくは2.50~3.50;
コバルト:3.00~7.00、好ましくは4.00~6.00;
ケイ素:0.05~0.50、好ましくは0.05~0.30;
マンガン:0.05~0.50、好ましくは0.05~0.30;
鉄:残部、
及び不可避的不純物を含有し、有利には本質的にそれらからなり、特にそれらからなり、
ニオブ:≦2.00;
窒素:≦0.20;
アルミニウム:≦0.10
のうち1種以上の元素をさらに含有してもよいが、
ニオブ+バナジウムの合計含量は1.00~3.50の範囲であり、
炭素+窒素の含量は0.05~0.50の範囲である。
【0023】
特に、上記不可避的不純物、とりわけ、チタン(Ti)、硫黄(S)、リン(P)、銅(Cu)、スズ(Sn)、鉛(Pb)、酸素(O)、及びこれらの混合物から選択される不可避的不純物は、可能な限り低い量に保たれる。上記不純物は、通常、本質的に製造方法及び仕込み品質によるものである。有利には、本発明に係る組成物は、上記不可避的不純物を組成物の全重量に対して最大で1重量%、有利には最大で0.75重量%、さらに有利には最大で0.50重量%含有する。
【0024】
炭化物形成元素は、フェライト安定化効果も示すことから、α形成元素といわれているが、本発明に係る鋼組成物が充分な硬度、耐熱性、及び耐摩耗性を得るためには必須である。部材の弱体化につながるフェライトを含有しない微細組織を得るためには、γ形成元素といわれるオーステナイト安定化元素を添加する必要がある。
【0025】
オーステナイト安定化元素(炭素、ニッケル、コバルト、及びマンガン)とフェライト安定化元素(モリブデン、タングステン、クロム、バナジウム、及びケイ素)とを正しく組み合わせることによって、特に浸炭等の熱化学処理後に優れた特性を示す本発明に係る鋼組成物を得ることができる。
【0026】
したがって、本発明に係る鋼組成物は、炭素(C)を組成物の全重量に対して0.05~0.40重量%、好ましくは0.10~0.30重量%、さらに好ましくは0.15~0.25重量%、さらに有利には0.18~0.20重量%の範囲の量で含有する。実際、炭素(C)は、熱処理温度において鋼のオーステナイト相を安定化させるものであり、概して機械的特性、特に機械強度、高硬度、耐熱性、及び耐摩耗性を付与する炭化物の形成に必須である。鋼中に少量の炭素が存在すると、好ましくない脆弱な金属間粒子の形成を防いだり、少量の炭化物を形成して焼入れ時に過剰な結晶粒成長を防いだりするのに有益である。しかしながら、鋼組成物で形成された部材の表面硬度を浸炭によって高めることができるため、初期炭素含量は高すぎてはならない。浸炭時、炭素は、硬度勾配が得られるように部材の表面層に導入される。炭素は、浸炭及び熱処理後に形成されるマルテンサイト相の硬度を制御する主要な元素である。浸炭鋼においては、浸炭による熱化学処理後に炭素含量が低い中実芯部を有しつつ、炭素含量が高い硬表面を有することが必須である。
【0027】
さらに、本発明に係る鋼組成物は、クロム(Cr)を組成物の全重量に対して2.50~5.00重量%、好ましくは3.00~4.50重量%、さらに好ましくは3.50~4.50重量%、さらに有利には3.80~4.00重量%の範囲の量で含有する。
【0028】
クロムは、鋼中の炭化物の形成に寄与しており、炭素に次いで、鋼の焼入れ性を制御する主要元素である。
【0029】
しかしながら、クロムは、フェライト及び残留オーステナイトも促進し得る。また、クロム含量を増大させると、最高焼入れ温度が低下する。したがって、本発明に係る鋼組成物のクロム含量は高すぎてはならない。
【0030】
また、本発明に係る鋼組成物は、モリブデン(Mo)を組成物の全重量に対して4.00~6.00重量%、好ましくは4.50~5.50重量%、さらに好ましくは4.80~5.20重量%の範囲の量で含有する。
【0031】
モリブデンは、鋼の耐焼戻し性、耐摩耗性、及び硬度を向上させる。しかしながら、モリブデンはフェライト相に対して強い安定化効果を示すため、本発明に係る鋼組成物中の量が多すぎてはならない。
【0032】
さらに、本発明に係る鋼組成物は、タングステン(W)を組成物の全重量に対して0.01~1.80重量%、好ましくは0.02~1.50重量%、さらに好ましくは0.03~1.40重量%、有利には0.04~1.30重量%、さらに有利には0.05~1.30重量%、特に0.1~1.30重量%の範囲の量で含有する。
【0033】
タングステンは、フェライト安定化剤であり、強力な炭化物形成元素である。炭化物を形成することで、熱処理耐性、耐摩耗性、及び硬度を向上させる。しかしながら、非常に高価であることに加え、フェライト安定化元素として鋼の表面硬度、特に延性及び靭性を低下させる。該元素の役割を充分に発揮させるためには、高温の固溶化熱処理が必要である。
【0034】
さらに、本発明に係る鋼組成物は、バナジウム(V)を組成物の全重量に対して1.00~3.00重量%、好ましくは1.50~2.50重量%、さらに好ましくは1.70~2.30重量%、有利には2.00~2.30重量%、特に2.00~2.20重量%の範囲の量で含有する。
【0035】
バナジウムは、フェライト相を安定化させるものであり、炭素及び窒素に強い親和性を示す。バナジウムは、硬い炭化バナジウムを形成することで、耐摩耗性及び耐焼戻し性を付与する。バナジウムは、同様な特性を有するニオブ(Nb)と部分的に置き換えてもよい。
【0036】
したがって、ニオブ+バナジウムの合計含量は、組成物の全重量に対して1.00~3.50重量%の範囲でなければならない。
【0037】
ニオブが含まれる場合、その含量は、組成物の全重量に対して≦2.00重量%でなければならない。有利には、本発明に係る鋼組成物はニオブを含有しない。
【0038】
また、本発明に係る鋼組成物は、ニッケル(Ni)を組成物の全重量に対して2.00~4.00重量%、好ましくは2.50~3.50重量%、さらに好ましくは2.70~3.30重量%、有利には3.00~3.20重量%の範囲の量で含有する。
【0039】
ニッケルは、オーステナイト形成を促進するため、フェライト形成を阻害する。ニッケルは、Ms点、すなわち冷却時にオーステナイトからマルテンサイトへの変態が始まる温度を降下させるという別の効果も有する。これにより、マルテンサイト形成を防ぎ得る。したがって、ニッケル量は、浸炭部材中の残留オーステナイト形成を回避できるように制御しなければならない。
【0040】
さらに、本発明に係る鋼組成物は、コバルト(Co)を組成物の全重量に対して2.00~8.00重量%、好ましくは3.00~7.00重量%、さらに好ましくは4.00~6.00重量%、有利には4.50~5.50重量%、より有利には4.90~5.40重量%、とりわけ4.90~5.20重量%の範囲の量で含有する。
【0041】
コバルトは、好ましくないフェライト形成を防ぐ強力なオーステナイト安定化元素である。ニッケルとは対照的に、コバルトはMs点を上昇させ、それにより残留オーステナイト量が減少する。コバルトは、ニッケルと共に、炭化物形成元素Mo、W、Cr、及びV等のフェライト安定化剤の存在を可能とする。炭化物形成元素は、硬度、耐熱性、及び耐摩耗性に対する効果の点で本発明に係る鋼にとって必須である。コバルトは、鋼硬度を増加させる効果をわずかに示す。しかしながら、硬度の増加は靱性の低下と相関している。したがって、本発明に係る鋼組成物はコバルトを含有しすぎてはならない。
【0042】
さらに、本発明に係る鋼組成物は、ケイ素(Si)を組成物の全重量に対して≦0.70重量%の量で含有してもよい。有利には、ケイ素を組成物の全重量に対して特に0.05~0.50重量%、好ましくは0.05~0.30重量%、有利には0.07~0.25重量%、さらに有利には0.10~0.20重量%の範囲の量で含有する。
【0043】
ケイ素はフェライトを強く安定化させるが、製鋼工程における溶融鋼の脱酸素化時に存在することが多い。実際、酸素含量が低いことも、非金属介在物量を低くし、疲労強度及び機械強度等の機械的特性を良好とするためには重要である。
【0044】
さらに、本発明に係る鋼組成物は、マンガン(Mn)を組成物の全重量に対して≦0.70重量%の量で含有してもよい。有利には、マンガンを組成物の全重量に対して特に0.05~0.50重量%、好ましくは0.05~0.30重量%、有利には0.07~0.25重量%、さらに有利には0.10~0.22重量%、とりわけ0.10~0.20重量%の範囲の量で含有する。
【0045】
マンガンは、オーステナイト相を安定化させ、鋼組成物のMs点を降下させる。マンガンは、通常、凝固時に硫化マンガンを形成することで硫黄と結合できるように、製鋼時に鋼に添加される。これにより、鋼の熱間加工に好ましくない影響を与える硫化鉄が形成する恐れがなくなる。また、マンガンは、ケイ素と同様に、脱酸素化工程に関与する。マンガンとケイ素とを併用することで、各元素単独よりもより効果的な脱酸素化が起こる。
【0046】
場合によっては、本発明に係る鋼組成物は、窒素(N)を組成物の全重量に対して≦0.50重量%、好ましくは≦0.20重量%の量で含有してもよい。
【0047】
窒素は、オーステナイト形成を促進し、オーステナイトからマルテンサイトへの変態を低減する。窒素は、本発明に係る鋼中、炭素といくらか置き換わってもよい。しかしながら、炭素+窒素の含量は、組成物の全重量に対して0.05~0.50重量%の範囲でなければならない。
【0048】
場合によっては、本発明に係る鋼組成物は、アルミニウム(Al)を組成物の全重量に対して≦0.15重量%、好ましくは≦0.10重量%の量で含有してもよい。
【0049】
実際、アルミニウム(Al)は、本発明に係る鋼の製鋼時に存在し得るものであり、溶融鋼の脱酸素化に非常に効果的に寄与する。これは、特にVIM-VAR法等の再溶解法の場合に当てはまる。アルミニウム含量は、通常、粉末法よりもVIM-VAR法で製造された鋼において高い。アルミニウムは、注出ノズルを酸化物で詰まらせることで、噴霧時に支障をきたす。酸素含量が低いことは、ミクロ清浄度、さらには疲労強度及び機械強度等の機械的特性を良好とするために重要である。インゴット法で得られる酸素含量は、典型的には15ppm未満である。
【0050】
有利には、本発明に係る組成物は浸炭可能(すなわち、浸炭処理を施すことが可能)及び/又は窒化可能(すなわち、窒化処理を施すことが可能)である。さらに有利には、熱化学処理、特に、浸炭、窒化、浸炭窒化、及び浸炭後窒化から選択される熱化学処理を施すことが可能である。
【0051】
これらの処理を行えば、炭素及び/又は窒素元素の添加によって鋼の表面硬度を向上させることができる。このように、浸炭を行った場合、鋼表面の炭素含量が増大するため、その表面硬度が高くなる。したがって、表面は炭素で有利に富化され、富化量は組成物の全重量に対して特に0.5~1.7重量%である。
【0052】
窒化を行った場合、鋼表面で増大するのは窒素含量であるため、その表面硬度も増加する。
【0053】
浸炭窒化又は浸炭後窒化を行った場合、増大するのは、鋼表面の炭素含量及び窒素含量であるため、その表面硬度も同様である。
【0054】
これらの方法は当業者に周知である。
【0055】
有利な実施形態において、本発明に係る鋼組成物は、熱化学処理、有利には浸炭、窒化、浸炭窒化、又は浸炭後窒化による熱化学処理を行い、さらに熱処理を行った場合、ASTM E18又は同等な規格に従って測定した表面硬度が64HRC以上、有利には65HRC以上、さらに有利には66HRC以上である。上記処理の結果得られる鋼組成物は、有利には、炭素の表面濃度が組成物の全重量に対して1~1.25重量%である。
【0056】
上記熱処理では、
(1)1090℃~1160℃、有利には1100℃~1160℃、より有利には1100℃~1155℃、特に1100℃~1150℃、とりわけ1150℃の温度で鋼の固溶化熱処理を行い、
(2)有利には、その後、完全にオーステナイト化するまで上記温度で特に15分間保持し(焼入れ)(上記2つの工程(1)及び(2)によって、最初に存在する炭化物の完全又は部分固溶が起こる。)、
(3)場合によっては、さらに第一の冷却(焼入れ)を特に中性ガス下、例えば圧力2barで有利には室温まで行い(この工程によって、残留オーステナイトを伴う主にマルテンサイトである微細組織を得ることができる。この残留オーステナイトは冷却温度に依存する。すなわち、その含量は冷却温度とともに減少する。)、
(4)場合によっては、その後、室温で保持し、
(5)有利には、さらに第二の冷却を-40℃未満、より有利には-60℃未満、さらに有利には約-75℃の温度まで特に2時間行い(この工程によって、残留オーステナイト含量を低減できる。)、
(6)有利には、1回以上、より有利には少なくとも3回の焼戻し処理を有利には475℃以上、より有利には500℃以上、特に550℃以上、とりわけ約560℃の温度でとりわけ各回1時間行ってもよい(上記焼戻し処理によって、炭化物の析出及び残留オーステナイトの部分又は完全固溶が起こる。これにより、延性を得ることができる。)。
【0057】
したがって、本発明に係る鋼の利点は、制限された熱処理(1090℃~1160℃、有利には1100℃~1160℃、より有利には1100℃~1155℃、特に1100℃~1150℃、とりわけ1150℃の温度)で高い硬度が得られることである。
【0058】
特に有利な実施形態において、本発明に係る鋼組成物は、熱化学処理、有利には浸炭、窒化、浸炭窒化、又は浸炭後窒化による熱化学処理を行い、さらに熱処理を行った場合、残留オーステナイト含量が10重量%未満であり、かつフェライト及びパーライト(鋼の表面硬度を低下させることが知られている相)を含有しないマルテンサイト組織を有する。
【0059】
該熱処理は上記と同様であってもよい。
【0060】
さらに、本発明は、本発明に係る組成物を含む鋼ブランクを製造する方法であって、
a)製鋼工程と、
b)鋼加工工程と、
c)熱化学処理と、
d)熱処理と
を有する製造方法に関する。
【0061】
有利には、本発明に係る方法の工程d)における熱処理は上記と同様である。
【0062】
有利には、本発明に係る方法の工程c)における熱化学処理は、浸炭処理、窒化処理、浸炭窒化処理、又は浸炭後窒化処理、有利には浸炭処理からなる。
【0063】
特に、本発明に係る方法の工程b)は、圧延、鍛造、及び/又は押出を行う工程からなる。これらの方法は当業者に周知である。
【0064】
有利な実施形態において、本発明に係る方法の製鋼工程a)は、アーク炉精錬及びエレクトロスラグ再溶解(ESR)という従来の製鋼方法、あるいはエレクトロスラグ再溶解(ESR)及び/又は真空アーク再溶解(VAR)工程を組み合わせてもよいVIM-VAR法、あるいはガス噴霧及び熱間静水圧プレス(HIP)による圧縮等の粉末冶金法によって実施する。
【0065】
このように、本発明に係る鋼はVIM-VAR法で製造してもよい。この方法によって、介在物に対して非常に良好な清浄度が得られ、インゴットの化学的均一性が向上する。エレクトロスラグ再溶解(ESR)法を用いたり、ESR処理及びVAR(真空アーク再溶解)処理を併用したりすることもできる。
【0066】
上記鋼は粉末冶金法で得ることもできる。この方法を用いれば、噴霧、好ましくは酸素含量を非常に低くできるガス噴霧によって高純度の金属粉末を製造することができる。その後、粉末は、熱間静水圧プレス(HIP)等で圧縮される。
【0067】
これらの方法は当業者に周知である。
【0068】
また、本発明は、本発明に係る方法で得られる鋼ブランクに関する。該ブランクは、本発明に係る組成物を含む鋼を主体として上述したように作製される。
【0069】
本発明は、さらに、機械装置、有利には歯車装置、伝動軸、及びベアリング等のトランスミッション分野の機械装置を製造するための本発明に係るブランク又は本発明に係る鋼組成物の使用に関する。
【0070】
最後に、本発明に係る組成物を含む、又は本発明に係る鋼ブランクを用いて得られる鋼製機械装置、有利にはトランスミッション装置又は歯車装置、特に歯車装置、伝動軸、又はベアリング、とりわけベアリングに関する。
【0071】
実際、本発明に係る鋼組成物を用いれば、高い表面硬度及び耐表面摩耗性と、高い疲労強度及び高い機械強度を有する芯部とを組み合わせることができる。
【0072】
したがって、上記鋼は、航空宇宙用途のベアリング等の要求の厳しい分野で有用である。
【0073】
さらに、得られる鋼は、オーステナイト又はフェライト又はパーライト型の塊状相を含有しないマルテンサイト組織を有するとともに、熱化学処理後の表面硬度が高いにも関わらず、特にタングステン含量が低いことから安価である。
【0074】
参考として以下に示す実施例及び図面を読めば、本発明がよりよく理解できるであろう。これらは本発明を限定するものではない。
【0075】
実施例において、特に断りのない限り、%はいずれも重量%、温度はセルシウス度、圧力は気圧である。
【図面の簡単な説明】
【0076】
図1】下記表1に示す組成を有する本発明に係る2つの実施例(鋼種B及びC)及び特許文献2に記載の比較例(鋼種A)、並びに比較例50NiL(0.12%C-4%Cr-4.2%Mo-3.4%Ni-1%V)の浸炭及び熱処理後の表面硬度プロファイル(鋼中の深さ(mm)に対するHV0.5での微小硬度)を示す。上記熱処理は以下の工程を有する:(1)1150℃の加熱、(2)1150℃で15分間保持することによるオーステナイト化、(3)中性ガス下、圧力2barでの冷却、(4)室温期間、(5)-75℃の2時間冷却、及び(6)鋼種Cでは550℃、鋼種A及びBでは560℃で各回1時間の焼戻し処理3回。
図2】下記表1に示す組成を有する本発明に係る実施例2(鋼種C)及び比較例50NiL(0.12%C-4%Cr-4.2%Mo-3.4%Ni-1%V)の浸炭及び熱処理後の表面硬度プロファイル(鋼中の深さ(mm)に対するHV0.5での微小硬度)を示す。上記熱処理は以下の工程を有する:(1)1100℃の加熱、(2)1100℃で15分間保持することによるオーステナイト化、(3)中性ガス下、圧力2barでの冷却、(4)室温期間、(5)-75℃の2時間冷却、及び(6)鋼種Cでは475℃又は500℃又は550℃又は575℃、比較例50NiLでは560℃の温度で各回1時間の焼戻し処理3回。
図3】下記表1に示す組成を有する本発明に係る実施例2(鋼種C)及び比較例50NiL(0.12%C-4%Cr-4.2%Mo-3.4%Ni-1%V)の浸炭及び熱処理後の表面硬度プロファイル(鋼中の深さ(mm)に対するHV0.5での微小硬度)を示す。上記熱処理は以下の工程を有する:(1)1150℃の加熱、(2)1150℃で15分間保持することによるオーステナイト化、(3)中性ガス下、圧力2barでの冷却、(4)室温期間、(5)-75℃の2時間冷却、及び(6)鋼種Cでは475℃又は500℃又は550℃又は575℃、比較例50NiLでは560℃の温度で各回1時間の焼戻し処理3回。
【発明を実施するための形態】
【0077】
実施例1及び2
下記表1に示す組成に従い、VIM-VAR法によってそれぞれ約110kgの試験鋳物を3種類(本発明に係る2つの実施例:実施例1及び実施例2、並びに特許文献2に記載の比較例:比較例1)作製した。
【0078】
【表1】
【0079】
これら3種の組成物は非常に類似している。主な違いはW含量にある。
【0080】
2000Tプレスを用いた熱間鍛造法によって、これら3種の試験鋳物を直径40mmの棒鋼へと加工した。該棒鋼を機械加工して直径30mmの棒鋼を作製し、浸炭した。
【0081】
浸炭した棒鋼に対して、(1)1100℃又は1150℃の加熱、(2)上記温度で15分間保持することによるオーステナイト化、(3)中性ガス下、圧力2barでの冷却、(4)室温期間、(5)-75℃の2時間冷却、及び(6)475℃~560℃の温度で各回1時間の焼戻し処理3回を行って処理した。
【0082】
ASTM E384規格に従って測定して得られたHVでの表面硬度プロファイルを、同様にオーステナイト化、室温冷却、低温冷却、及び560℃の焼戻し処理3回を行った50NiL鋼(0.12%C-4%Cr-4.2%Mo-3.4%Ni-1%V)で得られた結果とともに図1~3に示した。
【0083】
W含量が低い本発明に係る組成物は、860HV(66HRCに相当)程度のより高い硬度を有する。また、先行技術に対してW含量を低減しても、540HV(51HRCに相当)程度である母材の硬度に著しい影響は及ぼされないことに留意されたい。
【0084】
したがって、本発明に係る組成(低W含量)を有する鋼を用いれば、W含量が高い先行技術の鋼と比較して、1150℃に制限された熱処理でより高い硬度を得ることができる。
【0085】
また、(1100℃及び1150℃の固溶化熱処理で)硬度が66~67HRCに達するため、500℃という焼戻し温度は特に有利であることに注目されたい(図2及び3)。
【0086】
575℃では、1150℃のみの固溶化熱処理後に64HRCを超える値となり、依然として非常に有利な結果が得られた(図3)。
図1
図2
図3