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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-25
(45)【発行日】2022-11-02
(54)【発明の名称】改変型リパーゼ及びその用途
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/55 20060101AFI20221026BHJP
   C12N 9/20 20060101ALI20221026BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20221026BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20221026BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20221026BHJP
【FI】
C12N15/55 ZNA
C12N9/20
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019539359
(86)(22)【出願日】2018-08-17
(86)【国際出願番号】 JP2018030463
(87)【国際公開番号】W WO2019044531
(87)【国際公開日】2019-03-07
【審査請求日】2021-05-18
(31)【優先権主張番号】P 2017168995
(32)【優先日】2017-09-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000216162
【氏名又は名称】天野エンザイム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(72)【発明者】
【氏名】吉田 和典
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 哲也
(72)【発明者】
【氏名】石川 一彦
【審査官】吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-304992(JP,A)
【文献】特開2003-144162(JP,A)
【文献】国際公開第2015/087833(WO,A1)
【文献】ZHANG, Xiaofei et al.,Enzyme and Microbial Technology,2016年,Vol.82,p.34-41
【文献】ZHANG, Xiao-Fei et al.,SCIENTIFIC REPORTS,2016年,6:33797,p.1-12
【文献】LE, Quang Anh Tuan et al.,Biotechnology and Bioengineering,2012年,Vol.109, No.4,p.867-876
【文献】LOPEZ, Neus et al.,Biotechnol. Prog.,2004年,Vol.20,p.65-73
【文献】LEE, Li-Chiun et al.,JOURNAL OF AGRICULTURAL AND FOOD CHEMISTRY,2011年,Vol.59,p.10693-10698
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1のアミノ酸配列において、T130C-S153C、A249P、F259Y、S282P、S283Y及びS300Pからなる群より選択される一又は二以上のアミノ酸置換を含むアミノ酸配列又は該置換を含み、且つ該アミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列を有する、配列番号1のアミノ酸配列からなるリパーゼに比較して高温での反応性及び/又は安定性が向上した改変型リパーゼ。
【請求項2】
改変型リパーゼのアミノ酸配列に含まれるアミノ酸置換がT130C-S153C又はS283Yであり、高温での反応性が向上している、請求項1に記載の改変型リパーゼ。
【請求項3】
改変型リパーゼのアミノ酸配列に含まれるアミノ酸置換がA249P、S283Y又はS300Pであり、高温での安定性が向上している、請求項1に記載の改変型リパーゼ。
【請求項4】
配列番号2~7のいずれかのアミノ酸配列又は該アミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列であり(但し、同一性の基準が配列番号2のアミノ酸配列の場合は130位システイン及び153位システイン以外の位置、同一性の基準が配列番号3のアミノ酸配列の場合は249位プロリン以外の位置、同一性の基準が配列番号4のアミノ酸配列の場合は259位チロシン以外の位置、同一性の基準が配列番号5のアミノ酸配列の場合は282位プロリン以外の位置、同一性の基準が配列番号6のアミノ酸配列の場合は283位チロシン以外の位置、同一性の基準が配列番号7のアミノ酸配列の場合は300位プロリン以外の位置、においてアミノ酸配列の相違は生じている)、配列番号1のアミノ酸配列からなるリパーゼに比較して高温での反応性及び/又は安定性が向上したリパーゼ。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の改変型リパーゼをコードする遺伝子。
【請求項6】
配列番号8~19のいずれかの塩基配列を含む、請求項5に記載の遺伝子。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の遺伝子を含む組換えDNA。
【請求項8】
請求項7に記載の組換えDNAを保有する微生物。
【請求項9】
宿主が、エシェリヒア・コリ、カンジダ・シリンドラッセ、アスペルギルス・オリゼ、バチルス・サチルス又はピキア・パストリスである、請求項8に記載の微生物。
【請求項10】
請求項1~4のいずれか一項に記載の改変型リパーゼを含む酵素剤。
【請求項11】
請求項1~4のいずれか一項に記載の酵素又は請求項10に記載の酵素剤を油脂に作用させ、酵素反応を行うことを特徴とする、油脂の分解法。
【請求項12】
酵素反応が30℃~70℃で行われる、請求項11に記載の分解法。
【請求項13】
以下のステップ(I)~(III)を含む、改変型リパーゼの調製法:
(I)配列番号2~7のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸を用意するステップ;
(II)前記核酸を発現させるステップ、及び
(III)発現産物を回収するステップ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は改変型リパーゼに関する。詳しくは、高温での反応性及び/又は安定性が向上した改変型リパーゼ及びその用途が提供される。本出願は、2017年9月1日に出願された日本国特許出願第2017-168995号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
リパーゼは脂質中のエステル結合に作用する酵素である。様々な由来のリパーゼが単離され、油脂の分解や食品加工、医薬品の製造などに利用されている。例えば、カンジダ・シリンドラッセ(Candida cylindracea)由来のリパーゼ(カンジダ・ルゴーサ(Candida rugosa)由来のリパーゼと以前に呼称されていた)は廃水処理や食品加工等の分野での利用が期待されている(例えば特許文献1~3、非特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2012/077614号パンフレット
【文献】特開2017-73980号公報
【文献】特開2003-144162号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】赤井周二、次世代型酵素触媒反応を志向する不斉合成反応の開発研究、YAKUGAKU ZASSHI, Vol. 123 (2003) No. 11. P919-931
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
カンジダ・シリンドラッセ由来のリパーゼは産業上の有用性が高い。しかしながら、当該リパーゼの高温での安定性及び反応性には改善の余地がある。高温での安定性/反応性が改善されれば生産性の向上や用途の拡大を図ることができる。そこで本発明は、カンジダ・シリンドラッセ由来のリパーゼの高温での安定性/反応性を改善し、その有用性ないし利用価値を高めることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決すべく本発明者らは、カンジダ・シリンドラッセ由来のリパーゼの改変を試みた。試行錯誤の末、高温での反応性又は安定性の向上に有効な変異点(アミノ酸残基)を特定することに成功し、有用性の高い変異体(改変型リパーゼ)が得られた。この成果は、高温での反応性及び安定性の向上という目的を達成し得る変異体を設計、取得するための情報・手段を提供する点においても重要である。
【0007】
ところで、効果的な二つの変異を組み合わせることによって相加的又は相乗的効果が生まれる可能性が高いことも多く経験するところである。また、同種の酵素については構造(一次構造、立体構造)の類似性が高く、同様の変異が同様の効果を生む蓋然性が高いという技術常識に鑑みれば、配列番号1のアミノ酸配列を有するカンジダ・シリンドラッセ由来のリパーゼにおいて見出された有用な変異を、当該リパーゼとの間で構造上の類似性が高い他のリパーゼに対して適用すれば、同等の効果が奏される蓋然性が高く、また、当業者であれば、このような適用が有効であることを認識し得る。
【0008】
以下の発明は以上の成果及び考察に基づく。
[1]配列番号1のアミノ酸配列において、T130C-S153C、A249P、F259Y、S282P、S283Y及びS300Pからなる群より選択される一又は二以上のアミノ酸置換を含むアミノ酸配列又は該アミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列を有する、配列番号1のアミノ酸配列からなるリパーゼに比較して高温での反応性及び/又は安定性が向上した改変型リパーゼ。
[2]改変型リパーゼのアミノ酸配列に含まれるアミノ酸置換がT130C-S153C又はS283Yであり、高温での反応性が向上している、[1]に記載の改変型リパーゼ。
[3]改変型リパーゼのアミノ酸配列に含まれるアミノ酸置換がA249P、S283Y又はS300Pであり、高温での安定性が向上している、[1]に記載の改変型リパーゼ。
[4]配列番号2~7のいずれかのアミノ酸配列又は該アミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列であり(但し、同一性の基準が配列番号2のアミノ酸配列の場合は130位システイン及び153位システイン以外の位置、同一性の基準が配列番号3のアミノ酸配列の場合は249位プロリン以外の位置、同一性の基準が配列番号4のアミノ酸配列の場合は259位チロシン以外の位置、同一性の基準が配列番号5のアミノ酸配列の場合は282位プロリン以外の位置、同一性の基準が配列番号6のアミノ酸配列の場合は283位チロシン以外の位置、同一性の基準が配列番号7のアミノ酸配列の場合は300位プロリン以外の位置、においてアミノ酸配列の相違は生じている)、配列番号1のアミノ酸配列からなるリパーゼに比較して高温での反応性及び/又は安定性が向上したリパーゼ。
[5][1]~[4]のいずれか一項に記載の改変型リパーゼをコードする遺伝子。
[6]配列番号8~19のいずれかの塩基配列を含む、[5]に記載の遺伝子。
[7][5]又は[6]に記載の遺伝子を含む組換えDNA。
[8][7]に記載の組換えDNAを保有する微生物。
[9]宿主が、エシェリヒア・コリ、カンジダ・シリンドラッセ、アスペルギルス・オリゼ、バチルス・サチルス又はピキア・パストリスである、[8]に記載の微生物。
[10][1]~[4]のいずれか一項に記載の改変型リパーゼを含む酵素剤。
[11][1]~[4]のいずれか一項に記載の酵素又は[10]に記載の酵素剤を油脂に作用させ、酵素反応を行うことを特徴とする、油脂の分解法。
[12]酵素反応が30℃~70℃で行われる、[11]に記載の分解法。
[13]以下のステップ(I)~(III)を含む、改変型リパーゼの調製法:
(I)配列番号2~7のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸を用意するステップ;
(II)前記核酸を発現させるステップ、及び
(III)発現産物を回収するステップ。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】変異体の高温での反応性。相対活性(30℃での酵素活性に対する60℃での酵素活性の比率)を野生型酵素と比較した。
図2】変異体の高温での安定性。50℃で30分間処理した場合の残存活性率を野生型酵素と比較した。
【発明を実施するための形態】
【0010】
説明の便宜上、本発明に関して使用する用語の一部について以下で定義する。
(用語)
用語「改変型リパーゼ」とは、基準となるリパーゼ(以下、「基準リパーゼ」と呼ぶ)を改変ないし変異して得られる酵素である。基準リパーゼは、典型的には、配列番号1のアミノ酸配列を有する、カンジダ・シリンドラッセ(Candida cylindracea)由来のリパーゼである。用語「カンジダ・シリンドラッセ(Candida cylindracea)由来のリパーゼ」と用語「カンジダ・ルゴーサ(Candida rugosa)由来のリパーゼ」とは交換可能に使用される。
【0011】
用語「カンジダ・シリンドラッセ由来のリパーゼ」とは、その起源がカンジダ・シリンドラッセであるリパーゼのことであり、カンジダ・シリンドラッセが産生するリパーゼ又は当該リパーゼの遺伝情報を利用して他の微生物等で発現させたリパーゼなどを含む。
【0012】
本発明では、改変ないし変異として「アミノ酸の置換」が行われる。従って、改変型リパーゼと基準リパーゼを比較すると、一部のアミノ酸残基に相違が認められる。尚、本明細書では、改変型リパーゼのことを改変型酵素又は変異体とも呼ぶ。
【0013】
本明細書では慣例に従い、以下の通り、各アミノ酸を1文字で表記する。
メチオニン:M、セリン:S、アラニン:A、トレオニン:T、バリン:V、チロシン:Y、ロイシン:L、アスパラギン:N、イソロイシン:I、グルタミン:Q、プロリン:P、アスパラギン酸:D、フェニルアラニン:F、グルタミン酸:E、トリプトファン:W、リジン:K、システイン:C、アルギニン:R、グリシン:G、ヒスチジン:H
【0014】
本明細書では、シグナルペプチドが切断された成熟体のN末端のアミノ酸残基を1番目としてN末端からC末端に向かって付けた番号によって変異点の位置を特定する。
【0015】
本明細書では、変異点のアミノ酸残基(置換の対象となるアミノ酸残基)を、アミノ酸の種類を表す上記1文字とアミノ酸の位置を表す数字との組合せで表現する。例えば、130位のトレオニンがシステインに置換される変異であれば「T130C」と表現される。
【0016】
1.改変型リパーゼ
本発明の第1の局面は改変型リパーゼ(改変型酵素)に関する。本発明の改変型酵素は、典型的には、配列番号1のアミノ酸配列において、T130C-S153C、A249P、F259Y、S282P、S283Y及びS300Pからなる群より選択される一又は二以上のアミノ酸置換を含むアミノ酸配列を有する。当該特徴により、配列番号1のアミノ酸配列からなるリパーゼに比較して高温での反応性又は高温での安定性、或いはこれらの両者が向上している。尚、配列番号1のアミノ酸配列は、カンジダ・シリンドラッセ由来のリパーゼ(本願明細書中で「LIP1」と呼ぶ)の成熟体(即ち、シグナルペプチドを含まない)の配列である。
【0017】
改変型酵素の高温反応性及び高温安定性の理解や判断/判定を容易にするため、高温反応性における高温は「55℃~65℃」、高温安定性における高温は「45℃~55℃」とする。
【0018】
高温反応性は、例えば、30℃での酵素活性に対する60℃での酵素活性の比率(30℃での活性を基準とした60℃での相対活性)に基づき評価できる。改変型酵素は基準リパーゼ(即ち、配列番号1のアミノ酸配列からなるリパーゼ)に比較して高温反応性が改善されていることから、その相対活性は基準リパーゼよりも高くなる。改変型酵素の相対活性は、例えば、基準リパーゼの相対活性の1.5倍~10倍である。好ましくは3~10倍である。尚、相対活性は、以下の通り算出される。
相対活性=(60℃での酵素活性/30℃での酵素活性)×100(%)
【0019】
一方、高温安定性は、例えば、50℃で30分間処理した場合の残存活性に基づき評価できる。改変型酵素は基準リパーゼ(即ち、配列番号1のアミノ酸配列からなるリパーゼ)に比較して高温安定性が改善されていることから、その活性残存率は基準リパーゼよりも高くなる。改変型酵素の活性残存率は、例えば、基準リパーゼの活性残存率の1.1倍~2.0倍である。好ましくは1.5~2.0倍である。尚、活性残存率は、以下の通り算出される。
活性残存率=(熱処理後の酵素活性/熱処理前の酵素活性)×100(%)
【0020】
本明細書において「アミノ酸置換を含む」とは、変異点(即ち、特定のアミノ酸置換が生ずるアミノ酸残基の位置)が置換後のアミノ酸になっていることを意味する。従って、アミノ酸置換を含むアミノ酸配列(変異アミノ酸配列)を、アミノ酸置換を含まない配列番号1のアミノ酸配列(基準アミノ酸配列)と比較すれば、当該アミノ酸置換の位置においてアミノ酸残基の相違が認められることになる。
【0021】
T130C-S153Cは配列番号1のアミノ酸配列における130位アミノ酸(トレオニン)がシステインに置換され、且つ153位アミノ酸(セリン)がシステインに置換される変異を表す。A249Pは配列番号1のアミノ酸配列における249位アミノ酸(アラニン)がプロリンに置換される変異を表す。F259Yは配列番号1のアミノ酸配列における259位アミノ酸(フェニルアラニン)がチロシンに置換される変異を表す。S282Pは配列番号1のアミノ酸配列における282位アミノ酸(セリン)がプロリンに置換される変異を表す。S283Yは配列番号1のアミノ酸配列における283位アミノ酸(セリン)がチロシンに置換される変異を表す。S300Pは配列番号1のアミノ酸配列における300位アミノ酸(セリン)がプロリンに置換される変異を表す。
【0022】
本発明の改変型酵素の具体例として、配列番号2~7のいずれかのアミノ酸配列からなるリパーゼ(順に、変異体1(T130C-S153C)、変異体2(A249P)、変異体3(F259Y)、変異体4(S282P)、変異体5(S283Y)、変異体6(S300P)が対応する)を挙げることができる。後述の実施例に示す通り、配列番号2のアミノ酸配列からなるリパーゼ(変異体1(T130C-S153C))、及び配列番号6のアミノ酸配列からなるリパーゼ(変異体5(S283Y))は高温での反応性が特に向上していることが確認されている。一方、配列番号3のアミノ酸配列からなるリパーゼ(変異体2(A249P))、配列番号6のアミノ酸配列からなるリパーゼ(変異体5(S283Y))、配列番号7のアミノ酸配列からなるリパーゼ(変異体6(S300P))については、高温での安定性が特に向上していることが確認されている。
【0023】
一般に、あるタンパク質のアミノ酸配列の一部を変異させた場合において変異後のタンパク質が変異前のタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちアミノ酸配列の変異がタンパク質の機能に対して実質的な影響を与えず、タンパク質の機能が変異前後において維持されることがある。一方、二つのタンパク質のアミノ酸配列の同一性が高い場合、両者が同等の特性を示す蓋然性が高い。これらの技術常識を考慮すれば、上記改変型酵素のアミノ酸配列、即ち、「配列番号1のアミノ酸配列において、T130C-S153C、A249P、F259Y、S282P、S283Y及びS300Pからなる群より選択される一又は二以上のアミノ酸置換を含むアミノ酸配列(当該アミノ酸配列の具体例は配列番号2~7のアミノ酸配列)」と完全に同一(即ち100%の同一性)でないものの、高い同一性を示すアミノ酸配列を有し、且つ高温での反応性及び/又は安定性が向上しているものであれば、上記改変型酵素と実質的に同一の酵素(実質同一リパーゼ)であると見なすことができる。ここでの同一性は好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上、一層好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上である。上記改変型酵素と実質同一リパーゼを比較すれば、アミノ酸配列の僅かな相違が認められることになる。但し、アミノ酸配列の相違は上記アミノ酸置換が施された位置以外の位置で生ずることとする。従って、同一性の基準が配列番号2のアミノ酸配列の場合は130位システイン及び153位システイン以外の位置、同一性の基準が配列番号3のアミノ酸配列の場合は249位プロリン以外の位置、同一性の基準が配列番号4のアミノ酸配列の場合は259位チロシン以外の位置、同一性の基準が配列番号5のアミノ酸配列の場合は282位プロリン以外の位置、同一性の基準が配列番号6のアミノ酸配列の場合は283位チロシン以外の位置、同一性の基準が配列番号7のアミノ酸配列の場合は300位プロリン以外の位置、においてアミノ酸配列の相違が生じることになる。換言すれば、配列番号2のアミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列では、130位アミノ酸と153位アミノ酸はいずれもシステインである。同様に、配列番号3のアミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列では249位アミノ酸はプロリンであり、配列番号4のアミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列では259位アミノ酸はチロシンであり、配列番号5のアミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列では282位アミノ酸はプロリンであり、配列番号6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列では283位アミノ酸はチロシンであり、配列番号7のアミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列では300位アミノ酸はプロリンである。
【0024】
ここでの「アミノ酸配列の僅かな相違」は、アミノ酸の欠失、置換、付加、挿入、又はこれらの組合せにより生じる。典型的には、アミノ酸配列を構成する1~数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の欠失、置換、若しくは1~数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの組合せによりアミノ酸配列に変異(変化)が生じていることをいう。「アミノ酸配列の僅かな相違」は、好ましくは保存的アミノ酸置換により生じている。ここでの「保存的アミノ酸置換」とは、あるアミノ酸残基を、同様の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換することをいう。アミノ酸残基はその側鎖によって塩基性側鎖(例えばリシン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖(例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性側鎖(例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖(例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐側鎖(例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖(例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)のように、いくつかのファミリーに分類されている。保存的アミノ酸置換は好ましくは、同一のファミリー内のアミノ酸残基間の置換である。尚、カンジダ・シリンドラッセ由来のリパーゼ(LIP1)(配列番号1)の活性中心を構成するアミノ酸残基は341位グルタミン酸、449位ヒスチジン及び209位セリンであることが知られていることから、変異を施す際にはこれらのアミノ酸残基に影響がないようにするとよい。アミノ酸配列の僅かな相違がタンパク質の機能に対して実質的な影響を与えず、タンパク質の機能が変異前後において維持されている例として、配列番号1のアミノ酸配列における206位アミノ酸(フェニルアラニン)がチロシンであるアミノ酸配列が挙げられる。このアミノ酸配列を有するリパーゼに関して、比活性と高温での反応性を比較した結果、配列番号1と同等であった。
【0025】
ところで、二つのアミノ酸配列又は二つの塩基配列(以下、これらを含む用語として「二つの配列」を使用する)の同一性(%)は例えば以下の手順で決定することができる。まず、最適な比較ができるよう二つの配列を並べる(例えば、第一の配列にギャップを導入して第二の配列とのアライメントを最適化してもよい)。第一の配列の特定位置の分子(アミノ酸残基又はヌクレオチド)が、第二の配列における対応する位置の分子と同じであるとき、その位置の分子が同一であるといえる。二つの配列の同一性は、その二つの配列に共通する同一位置の数の関数であり(すなわち、同一性(%)=同一位置の数/位置の総数 × 100)、好ましくは、アライメントの最適化に要したギャップの数およびサイズも考慮に入れる。
【0026】
二つの配列の比較及び同一性の決定は数学的アルゴリズムを用いて実現可能である。配列の比較に利用可能な数学的アルゴリズムの具体例としては、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68に記載され、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-77において改変されたアルゴリズムがあるが、これに限定されることはない。このようなアルゴリズムは、Altschulら (1990) J. Mol. Biol. 215:403-10に記載のNBLASTプログラムおよびXBLASTプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている。等価なヌクレオチド配列を得るには例えば、NBLASTプログラムでscore = 100、wordlength = 12としてBLASTヌクレオチド検索を行えばよい。等価なアミノ酸配列を得るには例えば、XBLASTプログラムでscore = 50、wordlength = 3としてBLASTポリペプチド検索を行えばよい。比較のためのギャップアライメントを得るためには、Altschulら (1997) Amino Acids Research 25(17):3389-3402に記載のGapped BLASTが利用可能である。BLASTおよびGapped BLASTを利用する場合は、対応するプログラム(例えばXBLASTおよびNBLAST)のデフォルトパラメータを使用することができる。詳しくはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。配列の比較に利用可能な他の数学的アルゴリズムの例としては、MyersおよびMiller (1988) Comput Appl Biosci. 4:11-17に記載のアルゴリズムがある。このようなアルゴリズムは、例えばGENESTREAMネットワークサーバー(IGH Montpellier、フランス)またはISRECサーバーで利用可能なALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列の比較にALIGNプログラムを利用する場合は例えば、PAM120残基質量表を使用し、ギャップ長ペナルティ=12、ギャップペナルティ=4とすることができる。
【0027】
二つのアミノ酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージのGAPプログラムを用いて、Blossom 62マトリックスまたはPAM250マトリックスを使用し、ギャップ加重=12、10、8、6、又は4、ギャップ長加重=2、3、又は4として決定することができる。また、二つの塩基配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージ(http://www.gcg.comで利用可能)のGAPプログラムを用いて、ギャップ加重=50、ギャップ長加重=3として決定することができる。
【0028】
典型的には、配列番号1のアミノ酸配列からなるリパーゼ、即ち、カンジダ・シリンドラッセ由来のリパーゼが変異(上記T130C-S153C、A249P、F259Y、S282P、S283Y及びS300Pの中の一つ又は二以上の組合せによる)することによって、本発明の改変型酵素となる。上記の実質同一リパーゼについては、配列番号1のアミノ酸配列からなるリパーゼが変異(上記T130C-S153C、A249P、F259Y、S282P、S283Y及びS300Pの中の一つ又は二以上の組合せによる)したものに更に変異を加えること、配列番号1のアミノ酸配列からなるリパーゼを産生するカンジダ・シリンドラッセ株と同種同属由来のリパーゼ等、配列番号1のアミノ酸配列と同一性の高いアミノ酸配列からなるリパーゼに対して同等の変異を加えること、又は当該変異によって得られるものに更に変異を加えること、によって得ることができる。ここでの「同等の変異」では、配列番号1のアミノ酸配列と同一性の高いアミノ酸配列において、本発明における変異点(配列番号1のアミノ酸配列の130位、153位、249位、259位、282位、283位又は300位)のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基が置換されることになる。尚、配列番号1のアミノ酸配列と同一性の高いアミノ酸配列からなるリパーゼの例として、LIP1のアイソザイムであるLIP2(配列番号24。配列同一性79%)、LIP3(配列番号25。配列同一性88%)、LIP4(配列番号26。配列同一性81%)、LIP5(配列番号27。配列同一性82%)、Diutina rugosa由来のリパーゼ(配列番号28。配列同一性87%)、Candida cylindracea由来のリパーゼ(配列番号29。配列同一性85%)、Candida sp. AC-IITM由来のリパーゼ(配列番号30。配列同一性84%)を例示することができる。
【0029】
本明細書においてアミノ酸残基について使用する場合の用語「相当する」とは、比較されるタンパク質(酵素)間においてその機能の発揮に同等の貢献をしていることを意味する。例えば、基準リパーゼのアミノ酸配列(配列番号1のアミノ酸配列)に対して比較対象のアミノ酸配列を、一次構造(アミノ酸配列)の部分的な相同性を考慮しつつ、最適な比較ができるように並べたときに(このときに必要に応じてギャップを導入し、アライメントを最適化してもよい)、基準のアミノ酸配列中の特定のアミノ酸に対応する位置のアミノ酸を「相当するアミノ酸」として特定することができる。一次構造同士の比較に代えて、又はこれに加えて立体構造(三次元構造)同士の比較によって「相当するアミノ酸」を特定することもできる。立体構造情報を利用することによって信頼性の高い比較結果が得られる。この場合は、複数の酵素の立体構造の原子座標を比較しながらアライメントを行っていく手法を採用できる。変異対象酵素の立体構造情報は例えばProtein Data Bank(http://www.pdbj.org/index_j.html)より取得することができる。
【0030】
X線結晶構造解析によるタンパク質立体構造の決定方法の一例を以下に示す。
(1)タンパク質を結晶化する。結晶化は、立体構造決定のためには欠かせないが、それ以外にも、タンパク質の高純度の精製法、高密度で安定な保存法として産業上の有用性もある。この場合、リガンドとして基質もしくはそのアナログ化合物を結合したタンパク質を結晶化すると良い。
(2)作製した結晶にX線を照射して回折データを収集する。なお、タンパク質結晶はX線照射によりダメージを受け回折能が劣化するケースが多々ある。その場合、結晶を急激に-173℃程度に冷却し、その状態で回折データを収集する低温測定技術が最近普及してきた。なお、最終的に、構造決定に利用する高分解能データを収集するために、輝度の高いシンクロトロン放射光が利用される。
(3)結晶構造解析を行うには、回折データに加えて、位相情報が必要になる。目的のタンパク質に対して、類縁のタンパク質の結晶構造が未知の場合、分子置換法で構造決定することは不可能であり、重原子同型置換法により位相問題が解決されなくてはならない。重原子同型置換法は、水銀や白金等原子番号が大きな金属原子を結晶に導入し、金属原子の大きなX線散乱能のX線回折データへの寄与を利用して位相情報を得る方法である。決定された位相は、結晶中の溶媒領域の電子密度を平滑化することにより改善することが可能である。溶媒領域の水分子は揺らぎが大きいために電子密度がほとんど観測されないので、この領域の電子密度を0に近似することにより、真の電子密度に近づくことができ、ひいては位相が改善されるのである。また、非対称単位に複数の分子が含まれている場合、これらの分子の電子密度を平均化することにより位相が更に大幅に改善される。このようにして改善された位相を用いて計算した電子密度図にタンパク質のモデルをフィットさせる。このプロセスは、コンピューターグラフィックス上で、MSI社(アメリカ)のQUANTA等のプログラムを用いて行われる。この後、MSI社のX-PLOR等のプログラムを用いて、構造精密化を行い、構造解析は完了する。目的のタンパク質に対して、類縁のタンパク質の結晶構造が既知の場合は、既知タンパク質の原子座標を用いて分子置換法により決定できる。分子置換と構造精密化はプログラム CNS_SOLVE ver.11などを用いて行うことができる。
【0031】
2.改変型リパーゼをコードする核酸等
本発明の第2の局面は本発明の改変型酵素に関連する核酸を提供する。即ち、改変型酵素をコードする遺伝子、改変型酵素をコードする核酸を同定するためのプローブとして用いることができる核酸、改変型酵素をコードする核酸を増幅又は突然変異等させるためのプライマーとして用いることができる核酸が提供される。
【0032】
改変型酵素をコードする遺伝子は典型的には改変型酵素の調製に利用される。改変型酵素をコードする遺伝子を用いた遺伝子工学的調製法によれば、より均質な状態の改変型酵素を得ることが可能である。また、当該方法は大量の改変型酵素を調製する場合にも好適な方法といえる。尚、改変型酵素をコードする遺伝子の用途は改変型酵素の調製に限られない。例えば、改変型酵素の作用機構の解明などを目的とした実験用のツールとして、或いは酵素の更なる改変体をデザイン又は作製するためのツールとして、当該核酸を利用することもできる。
【0033】
本明細書において「改変型酵素をコードする遺伝子」とは、それを発現させた場合に当該改変型酵素が得られる核酸のことをいい、当該改変型酵素のアミノ酸配列に対応する塩基配列を有する核酸は勿論のこと、そのような核酸にアミノ酸配列をコードしない配列が付加されてなる核酸をも含む。また、コドンの縮重も考慮される。
【0034】
改変型酵素をコードする遺伝子の配列(塩基配列)の例を配列番号8~13に示す。これらの配列は、下記の通り、後述の実施例に示した変異体をコードする。
配列番号8:変異体1(T130C-S153C)
配列番号9:変異体2(A249P)
配列番号10:変異体3(F259Y)
配列番号11:変異体4(S282P)
配列番号12:変異体5(S283Y)
配列番号13:変異体6(S300P)
【0035】
ところで、カンジダ・シリンドラッセではCTGコドンがセリンをコードする。他の酵母等を宿主として発現させる場合には、使用する宿主に合わせ、CTGコドンを、セリンをコードする他のコドン(TCT、TCC、TCA、AGT又はAGC)に変更する必要がある。本発明は、異種発現用の遺伝子の配列として、配列番号8~13のいずれかの配列に対してこのようなコドンの置換を施した配列も提供する。コドンの置換を施した配列の例を以下に示す。
配列番号14(配列番号8の配列においてコドンの置換をしたもの)
配列番号15(配列番号9の配列においてコドンの置換をしたもの)
配列番号16(配列番号10の配列においてコドンの置換をしたもの)
配列番号17(配列番号11の配列においてコドンの置換をしたもの)
配列番号18(配列番号12の配列においてコドンの置換をしたもの)
配列番号19(配列番号13の配列においてコドンの置換をしたもの)
【0036】
本発明の遺伝子を宿主内で発現させる場合には、通常、上記の配列(配列番号8~19のいずれか)の5'末端側にシグナルペプチドをコードする配列(シグナル配列)を付加した遺伝子コンストラクトで宿主に導入することになる。シグナル配列の例(カンジダ・シリンドラッセ由来の野生型リパーゼのシグナル配列を配列番号20に示す。当該配列がコードするアミノ酸配列(即ちシグナルペプチド)を配列番号21に示す。シグナル配列は宿主に応じて選択すればよい。目的とする変異体を発現可能なシグナル配列である限り、本発明に使用できる。利用可能なシグナル配列として、α-因子のシグナルペプチドをコードする配列(Protein Engineering, 1996, vol9, p.1055-1061)、α-因子受容体のシグナルペプチドをコードする配列、SUC2タンパク質のシグナルペプチドをコードする配列、PHO5タンパク質のシグナルペプチドをコードする配列、BGL2タンパク質のシグナルペプチドをコードする配列、AGA2タンパク質のシグナルペプチドをコードする配列、TorA(トリメチルアミンN-オキシドレダクターゼ)のシグナルペプチドをコードする配列、バチルス・サチルス由来のPhoD(ホスホエステラーゼ)のシグナルペプチドをコードする配列、バチルス・サチルス由来のLipA(リパーゼ)のシグナルペプチドをコードする配列、アスペルギルス・オリゼ由来タカアミラーゼのシグナルペプチドをコードする配列(特開2009-60804号公報)、バチルス・アミロリケファシエンス由来のα-アミラーゼのシグナルペプチドをコードする配列(Eur. J. Biochem. 155, 577-581 (1986))、バチルス・サチルス由来の中性プロテアーゼのシグナルペプチドをコードする配列(APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY, Apr. 1995, p. 1610-1613 Vol. 61, No. 4)、Bacillus属細菌由来セルラーゼのシグナルペプチドをコードする配列(特開2007-130012号公報)を例示することができる。
【0037】
本発明の核酸は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法、化学合成などを用いることによって、単離された状態に調製することができる。
【0038】
本発明の他の態様では、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列と比較した場合にそれがコードするタンパク質の機能は同等であるものの一部において塩基配列が相違する核酸(以下、「相同核酸」ともいう。また、相同核酸を規定する塩基配列を「相同塩基配列」ともいう)が提供される。相同核酸の例として、本発明の改変型酵素をコードする核酸の塩基配列を基準として1若しくは複数の塩基の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含む塩基配列からなり、改変型酵素に特徴的な酵素活性(即ちリパーゼ活性)を有するタンパク質をコードするDNAを挙げることができる。塩基の置換や欠失などは複数の部位に生じていてもよい。ここでの「複数」とは、当該核酸がコードするタンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置や種類によっても異なるが例えば2~40塩基、好ましくは2~20塩基、より好ましくは2~10塩基である。
【0039】
相同核酸は、基準となる塩基配列に対して、例えば60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、より一層好ましくは85%以上、さらに好ましくは約90%以上、更に一層好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有する。
【0040】
以上のような相同核酸は例えば、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やランダム突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)による変異の導入などによって得られる。また、紫外線照射など他の方法によっても相同核酸を得ることができる。
【0041】
本発明の他の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列に対して相補的な塩基配列を有する核酸に関する。本発明の更に他の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列、或いはそれに相補的な塩基配列に対して少なくとも約60%、70%、80%、90%、95%、99%、99.9%同一な塩基配列を有する核酸を提供する。
【0042】
本発明の更に別の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列又はその相同塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有する核酸に関する。ここでの「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このようなストリンジェントな条件は当業者に公知であって例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液(50%ホルムアミド、10×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、5×Denhardt溶液、1% SDS、10% デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いて約42℃~約50℃でインキュベーションし、その後0.1×SSC、0.1% SDSを用いて約65℃~約70℃で洗浄する条件を挙げることができる。更に好ましいストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液として50%ホルムアミド、5×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、1×Denhardt溶液、1%SDS、10%デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いる条件を挙げることができる。
【0043】
本発明の更に他の態様は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列、或いはそれに相補的な塩基配列の一部を有する核酸(核酸断片)を提供する。このような核酸断片は、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列を有する核酸などを検出、同定、及び/又は増幅することなどに用いることができる。核酸断片は例えば、本発明の改変型酵素をコードする遺伝子の塩基配列において連続するヌクレオチド部分(例えば約10~約100塩基長、好ましくは約20~約100塩基長、更に好ましくは約30~約100塩基長)にハイブリダイズする部分を少なくとも含むように設計される。プローブとして利用される場合には核酸断片を標識化することができる。標識化には例えば、蛍光物質、酵素、放射性同位元素を用いることができる。
【0044】
本発明のさらに他の局面は、本発明の遺伝子(改変型酵素をコードする遺伝子)を含む組換えDNAに関する。本発明の組換えDNAは例えばベクターの形態で提供される。本明細書において用語「ベクター」は、それに挿入された核酸を細胞等のターゲット内へと輸送することができる核酸性分子をいう。
【0045】
使用目的(クローニング、タンパク質の発現)に応じて、また宿主細胞の種類を考慮して適当なベクターが選択される。大腸菌を宿主とするベクターとしてはM13ファージ又はその改変体、λファージ又はその改変体、pBR322又はその改変体(pB325、pAT153、pUC8など)等、酵母を宿主とするベクターとしてはpYepSec1、pMFa、pYES2、pPIC3.5K等、昆虫細胞を宿主とするベクターとしてはpAc、pVL等、哺乳類細胞を宿主とするベクターとしてはpCDM8、pMT2PC等を例示することができる。
【0046】
本発明のベクターは好ましくは発現ベクターである。「発現ベクター」とは、それに挿入された核酸を目的の細胞(宿主細胞)内に導入することができ、且つ当該細胞内において発現させることが可能なベクターをいう。発現ベクターは通常、挿入された核酸の発現に必要なプロモーター配列や、発現を促進させるエンハンサー配列等を含む。選択マーカーを含む発現ベクターを使用することもできる。かかる発現ベクターを用いた場合には、選択マーカーを利用して発現ベクターの導入の有無(及びその程度)を確認することができる。
【0047】
本発明の核酸のベクターへの挿入、選択マーカー遺伝子の挿入(必要な場合)、プロモーターの挿入(必要な場合)等は標準的な組換えDNA技術(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, 1.84, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照することができる、制限酵素及びDNAリガーゼを用いた周知の方法)を用いて行うことができる。
【0048】
宿主細胞としては、取り扱いの容易さの点から、麹菌(例えばアスペルギルス・オリゼ)、バチルス属細菌(例えばバチルス・サチルス)、大腸菌(エシェリヒア・コリ)、出芽酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)などの微生物を用いることができるが、組換えDNAが複製可能で且つ改変型酵素の遺伝子が発現可能な宿主細胞であれば利用可能である。好ましくは大腸菌(エシェリヒア・コリ)、出芽酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)を用いることができる。カンジダ属酵母(例えばカンジダ・シリンドラッセ)を宿主にすることもできる。また、ピキア属酵母(例えばピキア・パストリス)を宿主にすることもできる。大腸菌の例としてT7系プロモーターを利用する場合は大腸菌BL21(DE3)pLysS、そうでない場合は大腸菌JM109を挙げることができる。また、出芽酵母の例として出芽酵母SHY2、出芽酵母AH22あるいは出芽酵母INVSc1(インビトロジェン社)を挙げることができる。
【0049】
本発明の他の局面は、本発明の組換えDNAを保有する微生物(即ち形質転換体)に関する。本発明の微生物は、上記本発明のベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって得ることができる。例えば、塩化カルシウム法(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー(J.Mol. Biol.)、第53巻、第159頁 (1970))、ハナハン(Hanahan)法(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー、第166巻、第557頁 (1983))、SEM法(ジーン(Gene)、第96巻、第23頁(1990))、チャング(Chung)らの方法(プロシーディングズ オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンシーズ オブ ザ USA、第86巻、第2172頁(1989))、リン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション(Potter,H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81, 7161-7165(1984))、リポフェクション(Felgner, P.L. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 84,7413-7417(1984))等によって実施することができる。尚、本発明の微生物は、本発明の改変型酵素を生産することに利用することができる。
【0050】
3.改変型リパーゼを含む酵素剤
本発明の改変型酵素は例えば酵素剤の形態で提供される。酵素剤は、有効成分(本発明の改変型酵素)の他、賦形剤、緩衝剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを含有していてもよい。賦形剤としてはデンプン、デキストリン、マルトース、トレハロース、乳糖、D-グルコース、ソルビトール、D-マンニトール、白糖、グリセロール等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としてはエタノール、塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。
【0051】
4.改変型リパーゼの用途
本発明の更なる局面は改変型酵素及び酵素剤の用途に関し、本発明の改変型酵素又は酵素剤を用いた各種反応(加水分解、合成、転移)が提供される。具体的には、含油脂廃水やグリーストラップにおける油脂の分解、食品加工(例えば、乳フレーバーの製造、油脂の分解、FPA・DHAの製造、製パン、卵白処理)、有機合成反応(例えば、ラセミ体の光学分割、対称性化合物の非対称化、水酸基の位置選択的なアシル化)などに本発明の改変型酵素又は酵素剤を利用可能である。本発明の改変型酵素は高温での反応性・安定性に優れる。この特性は、特に常温で固化する油脂(飽和脂肪酸を含む油脂、動物性油脂など)に対する反応性を高め、上記の如き用途において有利に作用する。以下、用途の具体例として、高温下でのリパーゼの反応が望まれる、廃水中などの油脂の分解法を説明する。廃水中やグリースストラップ内に存在する油脂には、融点/凝固点が高く、常温下(20℃±10℃)での加水分解処理が困難な油脂(例えば、ラードやヘッドなどの動物性油脂)が含まれることが多い。本発明の油脂分解法は、このような油脂を効率的に分解することに有用である。従って、本発明の油脂分解法は、好ましい態様として、融点/凝固点が高い油脂を含有するもの(油脂含有物)を分解対象とする。当該油脂含有物の例は、飲食店や病院、ホテル等の排水、家庭排水、食品加工工場や油脂加工工場等から排出される産業廃水、厨房等に設置されるグリーストラップ内の排水や蓄積物である。尚、「グリーストラップ」とは、排水中の油を分離し、収集するための装置であり、典型的には3槽から構成される。第1槽はバスケットを備え、食材片や残飯などを捕捉する。第2槽では油水が分離される。油と分離した排水は第3槽に送られ、沈降性のゴミなどが除去される。飲食店や病院、ホテル等の業務用厨房にはグリーストラップの設置が義務づけられている。
【0052】
本発明の油脂分解法では、上記の如き油脂含有物に対して本発明の改変型酵素を作用させる。例えば、油脂含有物を含む溶液に本発明の改変型酵素又は酵素剤を添加し、本発明の改変型酵素と油脂含有物が接触する状態を形成させ、酵素反応を行う。本発明の特性を活かすとともに、効率的な加水分解を達成するために、高温下で反応させることが好ましい。ここでの高温下とは30℃~70℃、好ましくは40~65℃、更に好ましくは45~60℃である。反応時間は処理対象である油脂含有物の種類や量、酵素使用量などを考慮し、所望の分解率が得られるように設定すればよい。反応時間の例を示せば、1時間~2日である。
【0053】
5.改変型リパーゼの調製法
本発明の更なる局面は改変型酵素の調製法に関する。本発明の調製法の一態様では、本発明者らが取得に成功した改変型酵素を遺伝子工学的手法で調製する。この態様の場合、配列番号2~7のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸を用意する(ステップ(I))。ここで、「特定のアミノ酸配列をコードする核酸」は、それを発現させた場合に当該アミノ酸配列を有するポリペプチドが得られる核酸であり、当該アミノ酸配列に対応する塩基配列からなる核酸は勿論のこと、そのような核酸に余分な配列(アミノ酸配列をコードする配列であっても、アミノ酸配列をコードしない配列であってもよい)が付加されていてもよい。また、コドンの縮重も考慮される。「配列番号2~7のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸」は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって、単離された状態に調製することができる。ここで、配列番号2~7のアミノ酸配列はいずれも、カンジダ・シリンドラッセ由来リパーゼのアミノ酸配列に変異を施したものである。従って、カンジダ・シリンドラッセ由来リパーゼをコードする遺伝子に対して必要な変異を加えることによっても、配列番号2~7のいずれかのアミノ酸配列をコードする核酸(遺伝子)を得ることができる。位置特異的塩基配列置換のための方法は当該技術分野において数多く知られており(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照)、その中から適切な方法を選択して用いることができる。位置特異的変異導入法として、位置特異的アミノ酸飽和変異法を採用することができる。位置特異的アミノ酸飽和変異法は、タンパクの立体構造を基に、求める機能の関与する位置を推定し、アミノ酸飽和変異を導入する「Semi-rational,semi-random」手法である(J.Mol.Biol.331,585-592(2003))。例えば、Quick change(ストラタジーン社)等のキット、Overlap extention PCR(Nucleic Acid Res. 16,7351-7367(1988))を用いて位置特異的アミノ酸飽和変異を導入することが可能である。PCRに用いるDNAポリメラーゼはTaqポリメラーゼ等を用いることができる。但し、KOD-PLUS-(東洋紡社)、Pfu turbo(ストラタジーン社)などの精度の高いDNAポリメラーゼを用いることが好ましい。
【0054】
ステップ(I)に続いて、用意した核酸を発現させる(ステップ(II))。例えば、まず上記核酸を挿入した発現ベクターを用意し、これを用いて宿主細胞を形質転換する。
【0055】
次に、発現産物である改変型酵素が産生される条件下で形質転換体を培養する。形質転換体の培養は常法に従えばよい。培地に使用する炭素源としては資化可能な炭素化合物であればよく、例えばグルコース、シュークロース、ラクトース、マルトース、糖蜜、ピルビン酸などが使用される。また、窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えばペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ抽出物などが使用される。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。
【0056】
一方、培養温度は30℃~40℃の範囲内(好ましくは37℃付近)で設定することができる。培養時間は、培養対象の形質転換体の生育特性や改変型酵素の産生特性などを考慮して設定することができる。培地のpHは、形質転換体が生育し且つ酵素が産生される範囲内に調製される。好ましくは培地のpHを6.0~9.0程度(好ましくはpH7.0付近)とする。
【0057】
続いて、発現産物(改変型酵素)を回収する(ステップ(III))。培養後の菌体を含む培養液をそのまま、或いは濃縮、不純物の除去などを経た後に酵素溶液として利用することもできるが、一般的には培養液又は菌体より発現産物を一旦回収する。発現産物が分泌型タンパク質であれば培養液より、それ以外であれば菌体内より回収することができる。培養液から回収する場合には、例えば培養上清をろ過、遠心処理して不溶物を除去した後、減圧濃縮、膜濃縮、硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウムを利用した塩析、メタノールやエタノール又はアセトンなどによる分別沈殿法、透析、加熱処理、等電点処理、ゲルろ過や吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等の各種クロマトグラフィー(例えば、セファデックス(Sephadex)ゲル(GEヘルスケアバイオサイエンス)などによるゲルろ過、DEAEセファロースCL-6B (GEヘルスケアバイオサイエンス)、オクチルセファロースCL-6B (GEヘルスケアバイオサイエンス)、CMセファロースCL-6B(GEヘルスケアバイオサイエンス))などを組み合わせて分離、精製を行ことにより改変型酵素の精製品を得ることができる。他方、菌体内から回収する場合には、培養液をろ過、遠心処理等することによって菌体を採取し、次いで菌体を加圧処理、超音波処理、物理破砕処理などの機械的方法またはリゾチームなどによる酵素的方法で破壊した後、上記と同様に分離、精製を行うことにより改変型酵素の精製品を得ることができる。
【0058】
上記のようにして得られた精製酵素を、例えば凍結乾燥や真空乾燥或いはスプレードライなどにより粉末化して提供することも可能である。その際、精製酵素を予めリン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液、トリス塩酸緩衝液やGOODの緩衝液に溶解させておいてもよい。好ましくは、リン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液を使用することができる。尚、ここでGOODの緩衝液としてはPIPES、MES又はMOPSが挙げられる。
【0059】
通常は、以上のように適当な宿主-ベクター系を利用して遺伝子の発現~発現産物(改変型酵素)の回収を行うが、無細胞合成系を利用することにしてもよい。ここで、「無細胞合成系(無細胞転写系、無細胞転写/翻訳系)」とは、生細胞を用いるのではく、生細胞由来の(或いは遺伝子工学的手法で得られた)リボソームや転写・翻訳因子などを用いて、鋳型である核酸(DNAやmRNA)からそれがコードするmRNAやタンパク質をin vitroで合成することをいう。無細胞合成系では一般に、細胞破砕液を必要に応じて精製して得られる細胞抽出液が使用される。細胞抽出液には一般に、タンパク質合成に必要なリボソーム、開始因子などの各種因子、tRNAなどの各種酵素が含まれる。タンパク質の合成を行う際には、この細胞抽出液に各種アミノ酸、ATP、GTPなどのエネルギー源、クレアチンリン酸など、タンパク質の合成に必要なその他の物質を添加する。勿論、タンパク質合成の際に、別途用意したリボソームや各種因子、及び/又は各種酵素などを必要に応じて補充してもよい。
【0060】
タンパク質合成に必要な各分子(因子)を再構成した転写/翻訳系の開発も報告されている(Shimizu, Y. et al.: Nature Biotech., 19, 751-755, 2001)。この合成系では、バクテリアのタンパク質合成系を構成する3種類の開始因子、3種類の伸長因子、終結に関与する4種類の因子、各アミノ酸をtRNAに結合させる20種類のアミノアシルtRNA合成酵素、及びメチオニルtRNAホルミル転移酵素からなる31種類の因子の遺伝子を大腸菌ゲノムから増幅し、これらを用いてタンパク質合成系をin vitroで再構成している。本発明ではこのような再構成した合成系を利用してもよい。
【0061】
用語「無細胞転写/翻訳系」は、無細胞タンパク質合成系、in vitro翻訳系又はin vitro転写/翻訳系と交換可能に使用される。in vitro翻訳系ではRNAが鋳型として用いられてタンパク質が合成される。鋳型RNAとしては全RNA、mRNA、in vitro転写産物などが使用される。他方のin vitro転写/翻訳系ではDNAが鋳型として用いられる。鋳型DNAはリボソーム結合領域を含むべきであって、また適切なターミネータ配列を含むことが好ましい。尚、in vitro転写/翻訳系では、転写反応及び翻訳反応が連続して進行するように各反応に必要な因子が添加された条件が設定される。
【実施例
【0062】
<高温での反応性又は安定性の向上に有効な変異点の探索>
カンジダ・シリンドラッセ由来リパーゼ(配列番号1)の高温反応性又は高温安定性の向上を目指し、ジスルフィド結合の形成、ループの固定化(Pro導入)、水素結合の強化、及び疎水性の強化の観点から変異点(置換するアミノ酸残基)を選択し、22種類の変異体(改変型リパーゼ)を設計した。設計した各変異体を以下の方法で作製し、その特性を評価した。尚、配列番号1のアミノ酸配列はカンジダ・シリンドラッセ由来リパーゼの成熟体(シグナルペプチドを含まない)であるが、シグナルペプチドも含むアミノ酸配列とそれをコードする遺伝子配列を配列番号22と配列番号23にそれぞれ示す。
【0063】
(1)変異アミノ酸配列をコードするDNA配列の取得
ピキア・パストリス(Pichia pastoris)宿主発現系(Invitrogen, Pichia Expression Kit)を使用した。プラスミドはpPIC3.5Kを使用し、テンプレートであるカンジダ・シリンドラッセ由来LIP1遺伝子には出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)に最適化されたコドン配列を使用した。Inverse PCR法による変異導入を行い(タカラバイオ Primestar mutagenesis kit)、選択した変異点にアミノ酸置換が生じた各種変異体をコードする遺伝子(配列番号14~19)を調製した。変異体LIP1遺伝子を含むプラスミドをE. coli DH5αに形質転換した。続いて、変異体LIP1遺伝子を含むプラスミドを形質転換したE. coliより抽出した。
【0064】
(2)ピキア・パストリスへの形質転換と酵素液の獲得
変異体LIP1遺伝子を含むプラスミドをピキア・パストリスGS115に形質転換した(Invitrogen, Pichia Expression Kit)。得られたピキア・パストリス形質転換体を培養し、培養上清を回収した。培養はKitに記載の方法にて実施可能である。例えば、ピキア・パストリス形質転換体をBMGY培地(2.0% Peptone, 1.0% Yeast extract, 100mM Potassium phosphate pH 6.0, 1.34% Yeast Nitrogen Base (without Amino Acids), 0.4μg/mL Biotin, 1.0% Glycerol)に植菌し、試験管で30℃、2日間振とう培養を行い、培養液を50mL BMMY培地(2.0% Peptone, 1.0% Yeast extract, 100mM Potassium phosphate pH 6.0, 1.34% Yeast Nitrogen Base (without Amino Acids), 0.4μg/mL Biotin, 0.5% Methanol)の入ったバッフル付フラスコに植えつぎ30℃、200rpmで1日間培養を行い、集菌後、50mL BMMY培地に懸濁しバッフル付フラスコにて同条件で培養を行い、約12時間おきにメタノールを終濃度0.5%となるように添加し、酵素発現誘導を4日間行った。回収した培養上清(粗酵素液)を用い、各変異体の特性(高温反応性と高温安定性)を評価し、野生型と比較して特性の向上が認められた変異体8種を選択した。
【0065】
(3)変異体(改変型リパーゼ)の精製
選択した変異体の培養上清を脱塩・濃縮し、20mM マッキルバイン緩衝液(pH3.8)に置換した。置換後の溶液を、同緩衝液で平衡化したSP-sepharose(GE healthcare)カラムにアプライした。0から0.5 mol/L NaClのリニアグラジエントで溶出し、リパーゼ活性を示すフラクションを回収し、精製酵素を獲得した。
【0066】
(4)高温反応性の評価
各精製酵素について、30℃での酵素活性と60℃での酵素活性をリパーゼキットS(DSバイオファーマメディカル)で測定し、高温反応性が向上しているか確認した。高温反応性は、以下の計算式で算出される相対活性(30℃での酵素活性に対する60℃での酵素活性の比率)で評価した。
相対活性=(60℃での酵素活性/30℃での酵素活性)×100(%)
【0067】
評価結果を図1に示す。6種類の変異体に高温反応性の向上が認められた。変異体1(T130C-S153C)と変異体5(S283Y)は高温での反応性が特に高い。
【0068】
(5)高温安定性の評価
280nmの吸光度(A280)が等しくなるように各精製酵素をリン酸緩衝液(pH6.0)で希釈し、50℃で30分加熱を行った後、氷上で冷却した。続いて遠心処理し、各サンプルの遠心上清の酵素活性をリパーゼキットS(DSバイオファーマメディカル)で測定した。この測定結果(熱処理後の酵素活性)と熱処理前の酵素活性から活性残存率を以下の通り算出し、高温安定性を評価した。
活性残存率=(熱処理後の酵素活性/熱処理前の酵素活性)×100(%)
【0069】
評価結果を図2に示す。6種類の変異体に高温安定性の向上が認められた。変異体2(A249P)、変異体5(S283Y)及び変異体6(S300P)は高温での安定性が特に高い。
【0070】
以上の通り、高温反応性又は高温安定性に優れた6種類の変異体の取得に成功した。各変異体のアミノ酸配列を以下に示す。
変異体1(T130C-S153C):配列番号2
変異体2(A249P):配列番号3
変異体3(F259Y):配列番号4
変異体4(S282P):配列番号5
変異体5(S283Y:配列番号6
変異体6(S300P):配列番号7
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の改変型リパーゼは高温での反応性又は安定性に優れる。従って、高温での反応が望まれる各種用途においてその利用価値が特に高い。
【0072】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図1
図2
【配列表】
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