(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-26
(45)【発行日】2022-11-04
(54)【発明の名称】有機無機ペロブスカイト、膜、発光膜、遅延蛍光放射膜、発光素子および発光素子の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 211/64 20060101AFI20221027BHJP
C09K 11/66 20060101ALI20221027BHJP
H01L 51/50 20060101ALI20221027BHJP
H05B 33/14 20060101ALI20221027BHJP
H05B 33/10 20060101ALI20221027BHJP
C07F 7/24 20060101ALI20221027BHJP
C07C 211/63 20060101ALI20221027BHJP
C07C 251/30 20060101ALI20221027BHJP
【FI】
C07C211/64
C09K11/66
H05B33/14 A
H05B33/14 Z
H05B33/10
C07F7/24
C07C211/63
C07C251/30
(21)【出願番号】P 2019550490
(86)(22)【出願日】2018-11-01
(86)【国際出願番号】 JP2018040758
(87)【国際公開番号】W WO2019088235
(87)【国際公開日】2019-05-09
【審査請求日】2021-09-29
(31)【優先権主張番号】P 2017213911
(32)【優先日】2017-11-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】516003621
【氏名又は名称】株式会社Kyulux
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】シン センコウ
(72)【発明者】
【氏名】松島 敏則
(72)【発明者】
【氏名】安達 千波矢
【審査官】水島 英一郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/057313(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/086337(WO,A1)
【文献】特開2014-078392(JP,A)
【文献】特開2017-193576(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0152608(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
C07F
C09K
CAplus(STN)
REGISTRY(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
JMEDPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の条件(1)および(2)を満た
し、下記式(A)または下記式(B)で表される有機無機ペロブスカイト。
(1) E
T < E
T1
(2) E
S-E
T ≦ 0.1eV
[条件(1)および(2)において、E
Sは、前記有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起一重項エネルギー準位を表し、E
Tは、前記有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表し、E
T1は、前記有機無機ペロブスカイトを構成する有機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表す。]
PEA
2FA
n-1Pb
nBr
3n+1 式(A)
PEA
2MA
n-1Pb
nBr
3n+1 式(B)
[式(A)および式(B)において、PEAはフェニルエチルアンモニウムを表し、FAはホルムアミジウムを表し、MAはメチルアンモニウムを表す。nは2以上の整数である。]
【請求項2】
遅延蛍光を放射する、請求項1に記載の有機無機ペロブスカイト。
【請求項3】
疑2次元ペロブスカイトである、請求項1または2に記載の有機無機ペロブスカイト。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれか1項に記載の有機無機ペロブスカイトを含む膜。
【請求項5】
請求項1~
3のいずれか1項に記載の有機無機ペロブスカイトを含む発光膜。
【請求項6】
請求項1~
3のいずれか1項に記載の有機無機ペロブスカイトを含む遅延蛍光放射膜。
【請求項7】
請求項
4~
6のいずれか1項に記載の膜を有する発光素子。
【請求項8】
300Kで遅延蛍光を放射する、請求項
7に記載の発光素子。
【請求項9】
以下の条件(1)および(2)を満たすように
、下記式(A)または下記式(B)で表される有機無機ペロブスカイトを設計し、
その有機無機ペロブスカイトを用いて発光素子を製造することを特徴とする発光素子の製造方法。
(1) E
T < E
T1
(2) E
S-E
T ≦ 0.1eV
[条件(1)および(2)において、E
Sは、前記有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起一重項エネルギー準位を表し、E
Tは、前記有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表し、E
T1は、前記有機無機ペロブスカイトを構成する有機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表す。]
PEA
2FA
n-1Pb
nBr
3n+1 式(A)
PEA
2MA
n-1Pb
nBr
3n+1 式(B)
[式(A)および式(B)において、PEAはフェニルエチルアンモニウムを表し、FAはホルムアミジウムを表し、MAはメチルアンモニウムを表す。nは2以上の整数である。]
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光素子の発光膜の材料として有用な有機無機ペロブスカイトに関する。
【背景技術】
【0002】
有機無機ペロブスカイトは、有機カチオン等の1価のカチオンと、Sn2+やPb2+等の2価の金属イオンと、ハロゲンイオンとからなり、これらのイオンがペロブスカイト(灰チタン石)と同じ結晶構造(ペロブスカイト型構造)を形成するように規則的に配置したイオン化合物である。有機無機ペロブスカイトは、無機物の半導体特性と、有機物のフレキシブル性や分子設計の多様性を併せもつために、様々な機能材料として期待され、それを用いた素子の開発が盛んに進められている。その中には、有機無機ペロブスカイトからなる膜を発光膜に利用した発光素子に関する研究も見受けられる。
例えば、非特許文献1には、(C6H5C2H4NH3)2(CH3NH3)n-1PbnI3n+1(PEA-MAペロブスカイト)からなる膜を用いた発光素子において、近赤外線発光が観測されたことが報告されている。また、非特許文献2においては、PEA-MAペロブスカイトからなる膜を用いた発光素子から緑色発光が観測されたことが報告されている。ここで、これらの文献で使用しているPEA-MAペロブスカイトの膜は、(CH3NH3)n-1PbnI3n+1で表される組成の結晶格子からなり、単位格子の2次元配列構造を2層以上有する無機層の両側に、C6H5C2H4NH3で表される有機カチオンがカチオン性基を無機層側に向けて配列している有機層が形成された、いわゆる疑2次元ペロブスカイトに相当するものである。これらの文献では、上記の二次元配列構造の積層数であるnを様々に変えて発光効率を測定しており、その中で、nが5である場合に比較的高い発光効率が得られたことが確認されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Nature Nanotech. 2016, 11, 872
【文献】Nano Lett. 2017, DOI:10.1021/acs.nanolett.7b00976
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように、非特許文献1、2には、PEA-MAペロブスカイトからなる膜を発光素子に用い、その無機層の二次配列構造の積層数nを制御することで高い発光効率を得ようとしている。しかしながら、本発明者らが同様の手法で、PEA-MAペロブスカイトの発光効率の検討を行ったところ、無機層の積層数nのみをいくら制御しても、発光効率はある程度のところで頭打ちになり、発光効率を飛躍的に改善することは期待できないことが判明した。
そこで、本発明者らは、従来とは違う斬新な観点から有機無機ペロブスカイトの物性を制御して、その発光効率を改善することを目的として研究を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
鋭意検討を進めた結果、本発明者らは、有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起一重項エネルギー準位(ES)および発光励起三重項エネルギー準位(ET)、有機成分の発光励起三重項エネルギー準位(ET1)が所定の関係を満たすように有機無機ペロブスカイトを構成することにより、格段に高い発光効率が達成されるとの知見を得るに到った。本発明は、これらの知見に基づいて提案されたものであり、具体的に以下の構成を有する。
【0006】
[1] 以下の条件(1)および(2)を満たす有機無機ペロブスカイト。
(1) ET < ET1
(2) ES-ET ≦0.1eV
[条件(1)および(2)において、ESは、前記有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起一重項エネルギー準位を表し、ETは、前記有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表し、ET1は、前記有機無機ペロブスカイトを構成する有機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表す。]
[2] 遅延蛍光を放射する、[1]に記載の有機無機ペロブスカイト。
[3] 疑2次元ペロブスカイトである、[1]または[2]に記載の有機無機ペロブスカイト。
[4] 下記一般式(10)で表され、
R2An-1BnX3n+1 (10)
[一般式(10)において、Rは1価の有機カチオンを表し、Aは1価のカチオンを表し、Bは2価の金属イオンを表し、Xはハロゲンイオンを表す。nは2以上の整数である。]
前記一般式(10)のBX4nで表される組成の無機層が前記無機成分を構成し、前記一般式(10)のRで表される有機カチオンが前記有機成分を構成する、[1]~[3]のいずれか1項に記載の有機無機ペロブスカイト。
[5] 前記一般式(10)のRが下記一般式(11)で表されるアンモニウムである、[4]に記載の有機無機ペロブスカイト。
Ar(CH2)n1NH3
+ (11)
[一般式(11)において、Arは芳香環を表す。n1は1~20の整数である。]
[6] 前記一般式(10)のAがホルムアミジウムまたはメチルアンモニウムである、[4]または[5]に記載の有機無機ペロブスカイト。
[7] 前記一般式(10)のBがPb2+である、[4]~[6]のいずれか1項に記載の有機無機ペロブスカイト。
[8] 前記一般式(10)のXがBr-である、[4]~[7]のいずれか1項に記載の有機無機ペロブスカイト。
[9] 下記式(A)または下記式(B)で表される、有機無機ペロブスカイト。
PEA2FAn-1PbnBr3n+1 式(A)
PEA2MAn-1PbnBr3n+1 式(B)
[式(A)および式(B)において、PEAはフェニルエチルアンモニウムを表し、FAはホルムアミジウムを表し、MAはメチルアンモニウムを表す。nは2以上の整数である。]
[10] [1]~[9]のいずれか1項に記載の有機無機ペロブスカイトを含む膜。
[11] [1]~[9]のいずれか1項に記載の有機無機ペロブスカイトを含む発光膜。
[12] [1]~[9]のいずれか1項に記載の有機無機ペロブスカイトを含む遅延蛍光放射膜。
[13] [10]~[12]のいずれか1項に記載の膜を有する発光素子。
[14] 300Kで遅延蛍光を放射する、[13]に記載の発光素子。
[15] 以下の条件を満たすように有機無機ペロブスカイトを設計し、以下の条件(1)および(2)を満たす有機無機ペロブスカイトを用いて発光素子を製造することを特徴とする発光素子の製造方法。
(1) ET < ET1
(2) ES-ET ≦0.1eV
[条件(1)および(2)において、ESは、前記有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起一重項エネルギー準位を表し、ETは、前記有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表し、ET1は、前記有機無機ペロブスカイトを構成する有機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表す。]
【発明の効果】
【0007】
本発明の有機無機ペロブスカイトは、発光膜の材料として有用である。本発明の有機無機ペロブスカイトを用いて発光膜を形成した発光素子は、高い発光効率を実現しうる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の有機無機ペロブスカイトの発光メカニズムを説明するための模式図であり、(a)は本発明の有機無機ペロブスカイトの発光プロセスを示す模式図、(b)は本発明で規定する条件を満たさない有機無機ペロブスカイトの発光プロセスを示す模式図である。
【
図2】本発明のエレクトロルミネッセンス素子の層構成例を示す概略断面図である。
【
図3】PEA-FAペロブスカイトおよびNMA-FAペロブスカイトの光吸収スペクトルおよび発光スペクトルである。
【
図4】PEA-FAペロブスカイトおよびNMA-FAペロブスカイトのフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)の励起光強度依存性を示すグラフである。
【
図5】PEA-FAペロブスカイトおよびNMA-FAペロブスカイトの30K、300Kで測定した発光の過渡減衰曲線である。
【
図6】PEA-FAペロブスカイトの100K、200K、300Kで測定した発光の過渡減衰曲線である。
【
図7】NMA-FAペロブスカイトの100K、200K、300Kで測定した発光の過渡減衰曲線である。
【
図8】PEA-FAペロブスカイトを用いたエレクトロルミネッセンス素子およびNMA-FAペロブスカイトを用いたエレクトロルミネッセンス素子の発光スペクトルである。
【
図9】PEA-FAペロブスカイトを用いたエレクトロルミネッセンス素子およびNMA-FAペロブスカイトを用いたエレクトロルミネッセンス素子の電流密度-電圧-輝度特性を示すグラフである。
【
図10】PEA-FAペロブスカイトを用いたエレクトロルミネッセンス素子およびNMA-FAペロブスカイトを用いたエレクトロルミネッセンス素子の電流密度-電圧-外部量子効率(EQE)特性を示すグラフである。
【
図11】PEA-MAペロブスカイトを用いたエレクトロルミネッセンス素子の電流密度-電圧-ランプ効率,輝度,外部量子効率(EQE)特性を示すグラフである。
【
図12】NMA-MAペロブスカイトを用いたエレクトロルミネッセンス素子の電流密度-電圧-ランプ効率,輝度,外部量子効率(EQE)特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下において、本発明の内容について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施態様や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施態様や具体例に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。また、本明細書において「主成分」というときは、その構成成分のうち、最も含有量が大きい成分のことをいう。また、本発明に用いられる化合物の分子内に存在する水素原子の同位体種は特に限定されず、例えば分子内の水素原子がすべて1Hであってもよいし、一部または全部が2H(デューテリウムD)であってもよい。
【0010】
<有機無機ペロブスカイト>
本発明の有機無機ペロブスカイトは以下の条件(1)および(2)を満たすものである。
(1) E
T< E
T1
(2) E
S-E
T ≦0.1eV
条件(1)、(2)において、E
Sは、有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起一重項エネルギー準位を表し、E
Tは、有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表し、E
T1は、有機無機ペロブスカイトを構成する有機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表す。
本発明における「有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起一重項エネルギー準位」とは、そのエネルギー準位を経由して無機成分に蛍光発光を引き起こすことができるエネルギー準位のことをいい、「有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起三重項エネルギー準位」とは、そのエネルギー準位を経由して無機成分に燐光発光を引き起こすことができるエネルギー準位のことをいう。ここで、「無機成分」とは、有機無機ペロブスカイトを構成する無機層のことをいい、詳細には、ハロゲンイオンXを頂点とする八面体の中心に二価の金属イオンBが配置してなる単位格子BX
6が頂点共有して二次元配列してなる無機層BX
4のことをいう。
本発明における「有機無機ペロブスカイトを構成する有機成分の発光励起三重項エネルギー準位」とは、そのエネルギー準位を経由して有機成分に燐光発光を引き起こすことができるエネルギー準位のことをいう。ここで、「有機成分」とは、有機無機ペロブスカイトの有機カチオンのことをいう。
本明細書中では、「有機無機ペロブスカイトを構成する有機成分の発光励起一重項エネルギー準位」をE
S1で表す。ここで、「有機無機ペロブスカイトを構成する有機成分の発光励起一重項エネルギー準位」とは、そのエネルギー準位を経由して有機成分に蛍光発光を引き起こすことができるエネルギー準位のことをいう。
本発明の有機無機ペロブスカイトは、上記の条件(1)および(2)を満たすことにより、高い発光効率が得られる。これは、上記の条件を満たす有機無機ペロブスカイトでは、無機成分で生じた励起三重項エネルギーが有機成分に移動せずに有機無機ペロブスカイトの発光に効率よく利用されるためであると推測される。以下において、そのメカニズムについて、
図1を参照しながら説明する。
図1には、有機無機ペロブスカイト、無機成分および有機成分のエネルギー準位図を示している。無機成分におけるΓ
1、Γ
2は、それぞれ振動準位が異なる発光励起三重項エネルギー準位E
Tを表し、Γ
5は、発光励起一重項エネルギー準位E
Sを表す。なお、本発明の有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起三重項エネルギー準位E
Tおよび発光励起一重項エネルギー準位E
S、有機成分の発光励起一重項エネルギー準位E
S1および発光励起三重項エネルギー準位E
T1の振動準位の数は、
図1に示す数に限るものではない。本発明において、条件(1)および(2)を満たすのは、各エネルギー準位E
S、E
T、E
T1のそれぞれのうちで、少なくとも、最も振動準位が低いエネルギー準位同士であることとする。
まず、励起光照射や電流注入等により、有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分で一重項励起子と三重項励起子が生じると、
図1(a)に示すように、その一重項励起子のエネルギーは、有機無機ペロブスカイトの励起一重項エネルギー準位E
Pへ、デクスター移動機構またはフェルスター移動機構により移動し、より低い励起一重項エネルギー準位へのエネルギー移動を経て、基底一重項エネルギー準位S
0へ蛍光を放射しつつ失活する。ここで、本発明で規定する条件(2)のE
S-E
T ≦0.1eVを満たす場合には、無機成分の発光励起一重項エネルギー準位E
Sと発光励起三重項エネルギー準位E
Tの間のエネルギー準位差が小さいため、励起三重項状態から励起一重項状態への逆項間交差が起こり易く、これにより生じた一重項励起子のエネルギーも、有機無機ペロブスカイトの励起一重項エネルギー準位E
Pへ移動し、より低い励起一重項エネルギー準位へのエネルギー移動を経て、基底一重項エネルギー準位S
0へ蛍光を放射しつつ失活する。このとき放射される蛍光は、電流注入等により無機成分で直接生じた一重項励起子に由来する蛍光よりも発光寿命が長い遅延蛍光として観測される。このように、条件(2)を満たす系では、電流注入等により無機成分で直接生じた一重項励起子と励起三重項状態から励起一重項状態への逆項間交差を介して生じた一重項励起子の両方から、有機無機ペロブスカイトの励起一重項エネルギー準位E
Pへエネルギーが供給されるため、条件(2)を満たさない系に比べて効率よく発光する。
ただし、
図1(b)に示すように、本発明で規定する条件(1)のE
T< E
T1を満たさない場合、すなわちE
T ≧ E
T1である場合には、有機成分の発光励起三重項エネルギー準位E
T1が無機成分の発光励起三重項エネルギー準位E
Tより小さいため、無機成分で生じた三重項励起子のエネルギーが有機成分の発光励起三重項エネルギー準位E
T1へ移動してしまい、逆項間交差による三重項励起子から一重項励起子への変換が十分に起こらない。そのため、無機成分で生じた三重項励起子のエネルギーを有機無機ペロブスカイトの蛍光発光に有効利用することができない。
これに対して、本発明の有機無機ペロブスカイトは、上記の条件(1)とともに、条件(2)のE
T< E
T1を満たすため、無機成分で生じた三重項励起子のエネルギーが有機成分の発光励起三重項エネルギー準位E
T1へは移動せず、逆項間交差による三重項励起子から一重項励起子への変換が高い確率で起こる。そのため、無機成分で生じた一重項励起子と三重項励起子の両方が有機無機ペロブスカイトの蛍光発光、遅延蛍光発光に効率よく利用され、高い発光効率が得られることになる。例えば、電流励起により生じる一重項励起子と三重項励起子の生成確率は25%:75%であるが、このメカニズムによれば、原理的に全ての励起子を一重項励起子として、100%の内部量子収率を達成することが可能である。
【0011】
ここで、より高い発光効率を実現する点から、条件(2)における(ES-ET)は0.5eV以下であることが好ましく、0.2eV以下であることがより好ましく、0.1eV以下であることがさらに好ましい。また、条件(1)における、有機成分の発光励起三重項エネルギー準位(ET1)と無機成分の発光励起三重項エネルギー準位(ET)の差(ET1-ET)は0.01eV以上であることが好ましい。また、有機成分の発光励起エネルギー準位(ES1)と無機成分の発光励起一重項エネルギー準位(ES)との関係は、ES< ES1であることが好ましく、それらの差(ES1-ES)は0.01eV以上であることが好ましい。
【0012】
本発明における有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起一重項エネルギー準位(ES)および発光励起三重項エネルギー準位(ET)、それらのエネルギー準位差(ES-ET)、有機無機ペロブスカイトを構成する有機成分の発光励起一重項エネルギー準位(ES1)および発光励起三重項エネルギー準位(ET1)は以下のようにして測定される。ここで、ES、ETを測定する場合の測定対象化合物は、有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分であり、ES1、ET1を測定する場合の測定対象化合物は、有機無機ペロブスカイトを構成する有機カチオンである。
(1)無機成分の発光励起一重項エネルギー準位(ES)および有機成分の発光励起一重項エネルギー準位(ES1)
測定対象化合物である有機無機ペロブスカイトを含む溶液をSi基板上に塗布し、乾燥することで厚さ160nmの有機無機ペロブスカイト膜の試料を作製する。30Kでこの試料の337nm励起光による蛍光スペクトルを測定する。ここで、励起光入射直後から入射後100ナノ秒までの発光を積算することで、縦軸を発光強度、横軸を波長とする蛍光スペクトルを得る。この蛍光スペクトルの短波長側の立ち上がりに対して接線を引き、その接線と横軸との交点の波長値λedge[nm]を求める。この波長値を次に示す換算式でエネルギー値に換算した値を発光励起一重項エネルギー準位ESまたはES1とする。
換算式:発光励起一重項エネルギー準位[eV]=1239.85/λedge
蛍光スペクトルの測定は、例えば励起光源に窒素レーザー(Lasertechnik Berlin社製、MNL200)を用い、検出器にストリークカメラ(浜松ホトニクス社製、C4334)を用いて行うことができる。
(2)無機成分の発光励起三重項エネルギー準位(ET)および無機成分の発光励起三重項エネルギー準位(ET1)
発光励起一重項エネルギー準位の測定に用いたものと同様の試料を30Kに冷却し、この試料に337nm励起光を照射し、ストリークカメラを用いて燐光強度を測定する。励起光入射後1ミリ秒から入射後20ミリ秒の発光を積算することで、縦軸を発光強度、横軸を波長とする燐光スペクトルを得る。この燐光スペクトルの短波長側の立ち上がりに対して接線を引き、その接線と横軸との交点の波長値λedge[nm]を求める。この波長値を次に示す換算式でエネルギー値に換算した値を発光励起三重項エネルギー準位ETまたはET1とする。
換算式:発光励起三重項エネルギー準位[eV]=1239.85/λedge
燐光スペクトルの短波長側の立ち上がりに対する接線は以下のように引く。燐光スペクトルの短波長側から、スペクトルの極大値のうち、最も短波長側の極大値までスペクトル曲線上を移動する際に、長波長側に向けて曲線上の各点における接線を考える。この接線は、曲線が立ち上がるにつれ(つまり縦軸が増加するにつれ)、傾きが増加する。この傾きの値が極大値をとる点において引いた接線を、当該燐光スペクトルの短波長側の立ち上がりに対する接線とする。
なお、スペクトルの最大ピーク強度の10%以下のピーク強度をもつ極大点は、上述の最も短波長側の極大値には含めず、最も短波長側の極大値に最も近い、傾きの値が極大値をとる点において引いた接線を当該燐光スペクトルの短波長側の立ち上がりに対する接線とする。
(3)無機成分の発光励起一重項エネルギー準位(ES)と発光励起三重項エネルギー準位(ET)の差(ES-ET)
(ES-ET)は、(1)の方法による発光励起一重項エネルギー準位(ES)の測定値から、(2)の方法による発光励起三重項エネルギー準位(ET)の測定値を引くことで求める。
【0013】
本発明の有機無機ペロブスカイトは、有機カチオンと2価の金属イオンとハロゲンイオンを少なくとも含むイオン化合物であり、その他に、1価のカチオン等の他のイオンを含んでいてもよい。他のイオンは、有機イオンであっても無機イオンであってもよい。本発明の有機無機ペロブスカイトは、無機半導体層と有機成分を含むものであり、2次元ペロブスカイト、疑2次元ペロブスカイト、3次元ペロブスカイトのいずれであってもよいが、2次元ペロブスカイトおよび疑2次元ペロブスカイトであることが好ましく、疑2次元ペロブスカイトであることがより好ましい。ここで、2次元ペロブスカイトは、ペロブスカイト型構造の八面体部分に相当する無機骨格が2次元配列して形成された無機半導体層と、有機カチオンがカチオン性基を無機半導体層側に向けて配列している有機層を有するものであり、疑2次元ペロブスカイトは、2次元ペロブスカイトの無機半導体層および有機層に相当する層をそれぞれ有するが、無機半導体層において、2次元配列構造を2層以上有し、そのペロブスカイト型構造の立方晶の各頂点に対応する位置に1価のカチオンが配置したものである。
以下において、有機無機ペロブスカイトの好ましい例として、疑2次元ペロブスカイトについて説明する。
【0014】
[疑2次元ペロブスカイト]
本発明の有機無機ペロブスカイトとしての疑2次元ペロブスカイトは、下記一般式(10)で表される化合物であることが好ましい。
R2An-1BnX3n+1 (10)
一般式(10)において、Rは1価の有機カチオンを表し、Aは1価のカチオンを表し、Bは2価の金属イオンを表し、Xはハロゲンイオンを表す。nは2以上の整数である。2つのR同士、複数のB同士、複数のX同士は、それぞれ互いに同じであっても異なっていてもよい。Aが複数存在するとき、A同士は互いに同じであっても異なっていてもよい。
一般式(10)で表される化合物では、An-1BnX3n+1で表される組成の結晶格子が無機半導体層を構成し、Rで表される1価の有機カチオンが有機成分を構成する。nは無機半導体層における2次元配列構造の積層数に対応し、2~100の整数であることが好ましい。
【0015】
Rで表される1価の有機カチオンは、芳香環を有することが好ましく、アルキレン基と芳香環を有することがより好ましく、アルキレン基と芳香環が連結した構造を有することがさらに好ましく、アルキレン基と芳香環が連結した構造を有するアンモニウムであることがさらにより好ましく、下記一般式(11)で表されるアンモニウムであることが特に好ましい。
Ar(CH2)n1NH3
+ (11)
一般式(11)において、Arは芳香環を表す。n1は1~20の整数である。
有機カチオンが有する芳香環は、芳香族炭化水素であってもよいし、芳香族ヘテロ環であってもよいが、芳香族炭化水素であることが好ましい。芳香族ヘテロ環のヘテロ原子としては、窒素原子、酸素原子、硫黄原子等を挙げることができる。芳香族炭化水素としては、ベンゼン環および複数のベンゼン環が縮合した構造を有する縮合多環系炭化水素であることが好ましく、ベンゼン環、ナフタレン環、フェナントレン環、アントラセン環、クリセン環、テトラセン環、ペリレン環であることが好ましく、ベンゼン環、ナフタレン環であることが好ましく、ベンゼン環であることがさらに好ましい。芳香族ヘテロ環としては、ピリジン環、ピラジン環、ピリミジン環、ピリダジン環、ピロール環、チオフェン環、フラン環、カルバゾール環、トリアジン環であることが好ましく、ピリジン環、ピラジン環、ピリミジン環、ピリダジン環であることがより好ましく、ピリジン環であることがさらに好ましい。有機カチオンが有する芳香環は、例えばアルキル基、アリール基、ハロゲン原子(好ましくはフッ素原子)等の置換基を有していてもよく、また、芳香環または芳香環に結合する置換基に存在する水素原子は重水素原子であってもよい。
【0016】
Aで表される1価のカチオンは、有機カチオンであっても無機カチオンであってもよい。1価のカチオンとして、ホルムアミジウム、アンモニウム、セシウム等を挙げることができ、ホルムアミジウムであること好ましい。
【0017】
Bで表される2価の金属イオンとしては、Cu2+,Ni2+,Mn2+,Fe2+、Co2+、Pd2+、Ge2+、Sn2+、Pb2+、Eu2+等を挙げることができ、Sn2+、Pb2+であることが好ましく、Pb2+であることがより好ましい。
Xで表されるハロゲンイオンとしては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素の各イオンを挙げることができる。複数のXが表すハロゲンイオンは、全て同じであってもよいし、2または3種類のハロゲンイオンの組み合わせであってもよい。好ましいのは、複数のXが全て同じハロゲンイオンの場合であり、複数のXが全て臭素イオンであることがより好ましい。
【0018】
一般式(10)で表される化合物の好ましい具体例として、下記式(A)で表される化合物と下記式(B)で表される化合物を挙げることができる。ただし、本発明において用いることができる有機無機ペロブスカイトは、この具体例によって限定的に解釈されることはない。
PEA2FAn-1PbnBr3n+1 式(A)
PEA2MAn-1PbnBr3n+1 式(B)
式(A)および(B)において、PEAはフェニルエチルアンモニウムを表し、FAはホルムアミジウムを表し、MAはメチルアンモニウムを表す。nは2以上の整数である。
式(A)および(B)で表される化合物は新規化合物である。その合成方法については、後述の[膜の形成方法]および(実施例1)の項の記載を参照することができる。
【0019】
<膜>
次に、本発明の膜について説明する。
本発明の膜は、本発明の有機無機ペロブスカイトを含むことを特徴とする。有機無機ペロブスカイトについての説明と好ましい範囲、具体例については、<有機無機ペロブスカイト>の項の対応する記載を参照することができる。上記のように、本発明の有機無機ペロブスカイトは、条件(1)および(2)を満たすことにより、高い発光効率が得られる。そのため、本発明の膜は、発光膜として効果的に用いることができる。また、特に、条件(2)のES-ET ≦0.1eVを満たすことにより、本発明の有機無機ペロブスカイトは、無機成分において、励起三重項状態から励起一重項状態への逆項間交差が起こり易い。そのため、この有機無機ペロブスカイトは、励起光照射や電流注入により無機成分で直接生じた一重項励起子に由来する励起一重項状態からの輻射失活と、逆項間交差を介して生じた一重項励起子に由来する励起一重項状態からの輻射失活の両方により発光する。このとき、逆項間交差を介して生じた一重項励起子に由来する励起一重項状態からの輻射失活は、電流注入等により直接生じた一重項励起子に由来する励起一重項状態からの輻射失活よりも遅れるため、発光寿命が長い遅延蛍光放射として観測される。よって、本発明の膜は、遅延蛍光放射膜としても効果的に用いることができる。遅延蛍光放射膜であることは、300Kで発光の過渡減衰曲線を測定したとき、発光寿命が短い蛍光成分と発光寿命が長い蛍光成分(遅延蛍光成分)の両方が確認されたことをもって判定することができる。
【0020】
[膜の形成方法]
本発明の膜の形成方法は特に限定されず、真空蒸着法等のドライプロセスであっても、溶液塗布法等のウェットプロセスであってもよい。ここで、溶液塗布法を用いれば、簡単な装置で短時間に成膜が行えることから、コストを抑えて大量生産しやすいという利点がある。また、真空蒸着法を用いれば、表面状態がより良好な膜を形成できるという利点がある。
【0021】
例えば、真空蒸着法を用いて、PEA2FAn-1PbnBr3n+1で表される有機無機ペロブスカイトを含む膜を形成するには、臭化鉛(PbBr2)と、フェニルエチルアンモニウムブロマイド(PEABr)と、ホルムアミジウムブロマイド(FABr)を異なる蒸着源から共蒸着する共蒸着法を用いることができる。また、この他の有機無機ペロブスカイトを含む膜も、この方法を応用して、金属ハロゲン化物と、1価の有機カチオンとハロゲンイオンからなる化合物と、他の1価のカチオンとハロゲンイオンからなる化合物を共蒸着することにより形成することができる。
【0022】
また、溶液塗布法を用いて、PEA2FAn-1PbnBr3n+1で表される有機無機ペロブスカイトを含む膜を形成するには、臭化鉛(PbBr2)と、フェニルエチルアンモニウムブロマイド(PEABr)と、ホルムアミジウムブロマイド(FABr)を溶媒中で反応させて有機無機ペロブスカイトまたは前駆体を調製し、この有機無機ペロブスカイトを含有する塗工液を支持体表面に塗布、乾燥することで膜を形成する。この他の一般式で表されるペロブスカイト型化合物と有機発光材料を含む膜も、この方法を応用して、溶媒中で有機無機ペロブスカイトを合成し、この有機無機ペロブスカイトと有機発光材料を含有する塗工液を支持体表面に塗布、乾燥して形成することができる。また、必要に応じて、塗工液を塗布した後に、ベーキング処理を行ってもよい。
【0023】
塗工液の塗布方法としては、特に制限されず、グラビア塗布法、バー塗布法、印刷法、スプレー法、スピンコート法、ディップ法、ダイコート法等の従来公知の塗布方法を用いることができ、比較的薄い厚さの塗膜を均一に形成できることがらスピンコート法を用いることが好ましい。
【0024】
塗工液の溶剤は、ペロブスカイト型化合物を溶解できるものであればよく、特に限定されない。具体的には、エステル類(メチルホルメート、エチルホルメート、プロピルホルメート、ペンチルホルメート、メチルアセテート、エチルアセテート、ペンチルアセテート等)、ケトン類(γ-ブチロラクトン、Nメチル-2-ピロリドン、アセトン、ジメチルケトン、ジイソブチルケトン、シクロペンタノン、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノン等)、エーテル類(ジエチルエーテル、メチル-tert-ブチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジメトキシメタン、ジメトキシエタン、1,4-ジオキサン、1,3-ジオキソラン、4-メチルジオキソラン、テトラヒドロフラン、メチルテトラヒドロフラン、アニソール、フェネトール等)、アルコール類(メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、tert-ブタノール、1-ペンタノール、2-メチル-2-ブタノール、メトキシプロパノール、ジアセトンアルコール、シクロヘキサノール、2-フルオロエタノール、2,2,2-トリフルオロエタノール、2,2,3,3-テトラフルオロ-1-プロパノール等)、グリコールエーテル(セロソルブ)類(エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、トリエチレングリコールジメチルエーテル等)、アミド系溶剤(N,N-ジメチルホルムアミド、アセトアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等)、ニトリル系溶剤(アセトニトリル、イソブチロニトリル、プロピオニトリル、メトキシアセトニトリル等)、カーボート系剤(エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート等)、ハロゲン化炭化水素(塩化メチレン、ジクロロメタン、クロロホルム等)、炭化水素(n-ペンタン、シクロヘキサン、n-ヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン等)、ジメチルスルホキシド等を挙げることができる。この他、エステル類、ケトン類、エーテル類およびアルコール類の官能基(即ち、-O-、-CO-、-COO-、-OH)のいずれかを二つ以上有するものであってもよいし、エステル類、ケトン類、エーテル類およびアルコール類の炭化水素部分における水素原子がハロゲン原子(特に、フッ素原子)で置換されたものであってもよい。
塗工液におけるペロブスカイト型化合物の含有量は、塗工液全量に対して1~50質量%であることが好ましく、2~30質量%であることがより好ましく、5~20質量%であることがさらに好ましい。塗工液における有機発光材料の含有量は、ペロブスカイト化合物と有機発光材料の合計量に対して、0.001質量%以上、50質量%未満であることが好ましい。
また、支持体表面に塗布された塗工液の乾燥は、窒素等の不活性ガスで置換された雰囲気中で、自然乾燥または加熱乾燥により行うことが好ましい。
【0025】
<発光素子>
次に、本発明の発光素子について説明する。
本発明の発光素子は、本発明の有機無機ペロブスカイトを含む膜を有する。本発明の有機無機ペロブスカイトを含む膜の説明と好ましい範囲、具体例については、<膜>の項の記載を参照することができる。発光素子が含む本発明の膜は、いかなる機能を担っていてもよく、例えば発光層であっても遅延蛍光放射層であってもよく、発光層と遅延蛍光放射層の両方として用いられていてもよい。また、発光素子は、本発明の有機無機ペロブスカイトを含む膜を1層のみ有していてもよいし、2層以上有していてもよい。発光素子が、本発明の有機無機ペロブスカイトを含む膜を2層以上有する場合、それらの膜が含む有機無機ペロブスカイトは、同一であっても異なっていてもよい。
上記のように、本発明の膜が含む有機無機ペロブスカイトは発光効率が高いため、その膜を発光素子が有することにより、高い発光効率を実現することができる。特に、300Kで遅延蛍光を放射する発光素子は、室温下で顕著に高い発光効率を得ることができる。また、有機無機ペロブスカイトは安価であるため、これを含む膜を用いることにより、発光素子の材料コストの削減を図ることが可能である。
【0026】
[発光素子の層構成]
本発明を適用する発光素子は、フォトルミネッセンス素子(PL素子と表記されることもある)であってもよく、エレクトロルミネッセンス素子(EL素子と表記されることもあり、本発明ではペロブスカイトエレクトロルミネッセンス素子である)であってもよい。フォトルミネッセンス素子は、基板上に少なくとも発光層を形成した構造を有する。また、エレクトロルミネッセンス素子は、少なくとも陽極、陰極、および陽極と陰極の間に発光層を含むものである。本発明の有機無機ペロブスカイトを含む膜は、これら発光素子の発光層として好適に用いることができる。また、本発明の有機無機ペロブスカイトを含む膜は、これらの発光素子のうち、特に、エレクトロルミネッセンス素子に適用した場合に、高い発光効率を実現するという効果が得られる。
エレクトロルミネッセンス素子は、少なくとも有機無機ペロブスカイトを含む発光層を含むものであり、発光層のみからなるものであってもよいし、発光層の他に1層以上の有機層を有するものであってもよい。そのような他の有機層は、有機エレクトロルミネッセンス素子を構成する有機層の中から必要に応じて選択することが可能であり、例えば正孔輸送層、正孔注入層、電子阻止層、正孔阻止層、電子注入層、電子輸送層、励起子阻止層などを挙げることができる。正孔輸送層は正孔注入機能を有した正孔注入輸送層でもよく、電子輸送層は電子注入機能を有した電子注入輸送層でもよい。具体的なエレクトロルミネッセンス素子の構造例を
図1に示す。
図1において、1は基板、2は陽極、3は正孔注入層、4は正孔輸送層、5は発光層、6は電子輸送層、7は陰極を表わす。
以下において、エレクトロルミネッセンス素子の各部材および各層について説明する。なお、基板と発光層の説明はフォトルミネッセンス素子の基板と発光層にも該当する。
【0027】
(基板)
本発明のエレクトロルミネッセンス素子は、基板に支持されていることが好ましい。この基板については、特に制限はなく、従来から有機エレクトロルミネッセンス素子に慣用されているものであればよく、例えば、ガラス、透明プラスチック、石英、シリコンなどからなるものを用いることができる。
【0028】
(陽極)
エレクトロルミネッセンス素子における陽極としては、仕事関数の大きい(4eV以上)金属、合金、電気伝導性化合物およびこれらの混合物を電極材料とするものが好ましく用いられる。このような電極材料の具体例としてはAu等の金属、CuI、インジウムチンオキシド(ITO)、SnO2、ZnO等の導電性透明材料が挙げられる。また、IDIXO(In2O3-ZnO)等非晶質で透明導電膜を作製可能な材料を用いてもよい。陽極はこれらの電極材料を蒸着やスパッタリング等の方法により、薄膜を形成させ、フォトリソグラフィー法で所望の形状のパターンを形成してもよく、あるいはパターン精度をあまり必要としない場合は(100μm以上程度)、上記電極材料の蒸着やスパッタリング時に所望の形状のマスクを介してパターンを形成してもよい。あるいは、有機導電性化合物のように塗布可能な材料を用いる場合には、印刷方式、コーティング方式等湿式成膜法を用いることもできる。この陽極より発光を取り出す場合には、透過率を10%より大きくすることが望ましく、また陽極としてのシート抵抗は数百Ω/□以下が好ましい。さらに膜厚は材料にもよるが、通常10~1000nm、好ましくは10~200nmの範囲で選ばれる。
【0029】
(陰極)
一方、陰極としては、仕事関数の小さい(4eV以下)金属(電子注入性金属と称する)、合金、電気伝導性化合物およびこれらの混合物を電極材料とするものが用いられる。このような電極材料の具体例としては、ナトリウム、ナトリウム-カリウム合金、マグネシウム、リチウム、マグネシウム/銅混合物、マグネシウム/銀混合物、マグネシウム/アルミニウム混合物、マグネシウム/インジウム混合物、アルミニウム/酸化アルミニウム(Al2O3)混合物、インジウム、リチウム/アルミニウム混合物、希土類金属等が挙げられる。これらの中で、電子注入性および酸化等に対する耐久性の点から、電子注入性金属とこれより仕事関数の値が大きく安定な金属である第二金属との混合物、例えば、マグネシウム/銀混合物、マグネシウム/アルミニウム混合物、マグネシウム/インジウム混合物、アルミニウム/酸化アルミニウム(Al2O3)混合物、リチウム/アルミニウム混合物、アルミニウム等が好適である。陰極はこれらの電極材料を蒸着やスパッタリング等の方法により薄膜を形成させることにより、作製することができる。また、陰極としてのシート抵抗は数百Ω/□以下が好ましく、膜厚は通常10nm~5μm、好ましくは50~200nmの範囲で選ばれる。なお、発光した光を透過させるため、エレクトロルミネッセンス素子の陽極または陰極のいずれか一方が、透明または半透明であれば発光輝度が向上し好都合である。
また、陽極の説明で挙げた導電性透明材料を陰極に用いることで、透明または半透明の陰極を作製することができ、これを応用することで陽極と陰極の両方が透過性を有する素子を作製することができる。
【0030】
(発光層)
発光層は、陽極および陰極のそれぞれから注入された正孔および電子が再結合することにより励起子が生成した後、発光する層であり、本発明の有機無機ペロブスカイトを含む膜(発光膜)により構成されている。
エレクトロルミネッセンス素子の発光層に用いる発光膜は、厚さが20~500nmであることが好ましく、50~300nmであることがより好ましい。
【0031】
(注入層)
注入層とは、駆動電圧低下や発光輝度向上のために電極と有機層間に設けられる層のことで、正孔注入層と電子注入層があり、陽極と発光層または正孔輸送層の間、および陰極と発光層または電子輸送層との間に存在させてもよい。注入層は必要に応じて設けることができる。
【0032】
(阻止層)
阻止層は、発光層中に存在する電荷(電子もしくは正孔)および/または励起子の発光層外への拡散を阻止することができる層である。電子阻止層は、発光層および正孔輸送層の間に配置されることができ、電子が正孔輸送層の方に向かって発光層を通過することを阻止する。同様に、正孔阻止層は発光層および電子輸送層の間に配置されることができ、正孔が電子輸送層の方に向かって発光層を通過することを阻止する。阻止層はまた、励起子が発光層の外側に拡散することを阻止するために用いることができる。すなわち電子阻止層、正孔阻止層はそれぞれ励起子阻止層としての機能も兼ね備えることができる。本明細書でいう電子阻止層または励起子阻止層は、一つの層で電子阻止層および励起子阻止層の機能を有する層を含む意味で使用される。
【0033】
(正孔阻止層)
正孔阻止層とは広い意味では電子輸送層の機能を有する。正孔阻止層は電子を輸送しつつ、正孔が電子輸送層へ到達することを阻止する役割があり、これにより発光層中での電子と正孔の再結合確率を向上させることができる。正孔阻止層の材料としては、後述する電子輸送層の材料を必要に応じて用いることができる。
【0034】
(電子阻止層)
電子阻止層とは、広い意味では正孔を輸送する機能を有する。電子阻止層は正孔を輸送しつつ、電子が正孔輸送層へ到達することを阻止する役割があり、これにより発光層中での電子と正孔が再結合する確率を向上させることができる。
【0035】
(励起子阻止層)
励起子阻止層とは、発光層内で正孔と電子が再結合することにより生じた励起子が電荷輸送層に拡散することを阻止するための層であり、本層の挿入により励起子を効率的に発光層内に閉じ込めることが可能となり、素子の発光効率を向上させることができる。励起子阻止層は発光層に隣接して陽極側、陰極側のいずれにも挿入することができ、両方同時に挿入することも可能である。すなわち、励起子阻止層を陽極側に有する場合、正孔輸送層と発光層の間に、発光層に隣接して該層を挿入することができ、陰極側に挿入する場合、発光層と陰極との間に、発光層に隣接して該層を挿入することができる。また、陽極と、発光層の陽極側に隣接する励起子阻止層との間には、正孔注入層や電子阻止層などを有することができ、陰極と、発光層の陰極側に隣接する励起子阻止層との間には、電子注入層、電子輸送層、正孔阻止層などを有することができる。阻止層を配置する場合、阻止層として用いる材料の励起一重項エネルギーおよび励起三重項エネルギーの少なくともいずれか一方は、発光材料の励起一重項エネルギーおよび励起三重項エネルギーよりも高いことが好ましい。
【0036】
(正孔輸送層)
正孔輸送層とは正孔を輸送する機能を有する正孔輸送材料からなり、正孔輸送層は単層または複数層設けることができる。
正孔輸送材料としては、正孔の注入または輸送、電子の障壁性のいずれかを有するものであり、有機物、無機物のいずれであってもよい。使用できる公知の正孔輸送材料としては例えば、トリアゾール誘導体、オキサジアゾール誘導体、イミダゾール誘導体、カルバゾール誘導体、インドロカルバゾール誘導体、ポリアリールアルカン誘導体、ピラゾリン誘導体およびピラゾロン誘導体、フェニレンジアミン誘導体、アリールアミン誘導体、アミノ置換カルコン誘導体、オキサゾール誘導体、スチリルアントラセン誘導体、フルオレノン誘導体、ヒドラゾン誘導体、スチルベン誘導体、シラザン誘導体、アニリン系共重合体、また導電性高分子オリゴマー、特にチオフェンオリゴマー等が挙げられるが、ポルフィリン化合物、芳香族第3級アミン化合物およびスチリルアミン化合物を用いることが好ましく、芳香族第3級アミン化合物を用いることがより好ましい。
【0037】
(電子輸送層)
電子輸送層とは電子を輸送する機能を有する材料からなり、電子輸送層は単層または複数層設けることができる。
電子輸送材料(正孔阻止材料を兼ねる場合もある)としては、陰極より注入された電子を発光層に伝達する機能を有していればよい。使用できる電子輸送層としては例えば、ニトロ置換フルオレン誘導体、ジフェニルキノン誘導体、チオピランジオキシド誘導体、カルボジイミド、フレオレニリデンメタン誘導体、アントラキノジメタンおよびアントロン誘導体、オキサジアゾール誘導体等が挙げられる。さらに、上記オキサジアゾール誘導体において、オキサジアゾール環の酸素原子を硫黄原子に置換したチアジアゾール誘導体、電子吸引基として知られているキノキサリン環を有するキノキサリン誘導体も、電子輸送材料として用いることができる。さらにこれらの材料を高分子鎖に導入した、またはこれらの材料を高分子の主鎖とした高分子材料を用いることもできる。
【0038】
エレクトロルミネッセンス素子には、本発明の有機無機ペロブスカイトを含む膜を、発光層以外の層に用いてもよい。例えば、上記の正孔輸送層や電子輸送層などにも有機無機ペロブスカイトを含む膜を用いることができる。その場合、発光層に用いる膜の有機無機ペロブスカイトと、発光層以外の層に用いる膜の有機無機ペロブスカイトは、同一であっても異なっていてもよい。
エレクトロルミネッセンス素子を作製するには、エレクトロルミネッセンス素子を構成する各有機層を基板上に順に製膜する。これらの層の製膜方法は特に限定されず、ドライプロセス、ウェットプロセスのどちらで作製してもよい。発光層の形成方法については、上記の[膜の形成方法]の項の内容を参照することができる。
【0039】
以下に、エレクトロルミネッセンス素子に用いることができる好ましい材料を具体的に例示する。ただし、本発明において用いることができる材料は、以下の例示化合物によって限定的に解釈されることはない。また、特定の機能を有する材料として例示した化合物であっても、その他の機能を有する材料として転用することも可能である。
【0040】
まず、発光層のホスト材料としても用いることができる好ましい化合物を挙げる。
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
次に、正孔注入材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0047】
【0048】
次に、正孔輸送材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
【0053】
【0054】
【0055】
次に、電子阻止材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0056】
【0057】
次に、正孔阻止材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0058】
【0059】
次に、電子輸送材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
次に、電子注入材料として用いることができる好ましい化合物例を挙げる。
【0064】
【0065】
さらに添加可能な材料として好ましい化合物例を挙げる。例えば、安定化材料として添加すること等が考えられる。
【0066】
【0067】
上述の方法により作製されたエレクトロルミネッセンス素子は、得られた素子の陽極と陰極の間に電界を印加することにより発光する。このとき、励起一重項エネルギーによる発光であれば、そのエネルギーレベルに応じた波長の光が、蛍光発光および遅延蛍光発光として確認される。また、励起三重項エネルギーによる発光であれば、そのエネルギーレベルに応じた波長が、燐光として確認される。通常の蛍光は、遅延蛍光発光よりも蛍光寿命が短いため、発光寿命は蛍光と遅延蛍光で区別できる。
一方、燐光については、本発明の有機無機ペロブスカイトでは、励起三重項エネルギーは不安定で熱等に変換され、室温では殆ど観測できない。有機無機ペロブスカイトの励起三重項エネルギーを測定するためには、極低温の条件での発光を観測することにより測定可能である。
【0068】
<発光素子の製造方法>
本発明の発光素子の製造方法は、以下の条件を満たすように有機無機ペロブスカイトを設計し、以下の条件(1)および(2)を満たす有機無機ペロブスカイトを用いて発光素子を製造することを特徴とする。
(1) ET < ET1
(2) ES-ET ≦0.1eV
条件(1)および(2)において、ESは、有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起一重項エネルギー準位を表し、ETは、有機無機ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表し、ES1は、有機無機ペロブスカイトを構成する有機成分の発光励起一重項エネルギー準位を表し、ET1は、有機無機ペロブスカイトを構成する有機成分の発光励起三重項エネルギー準位を表す。
条件(1)および(2)についての説明、ES、ET、ES1、ET1の定義、測定方法および好ましい範囲については、上記の<有機無機ペロブスカイト>の項の対応する記載を参照することができ、製造する発光素子の構成および有機無機ペロブスカイトの設計工程以外の工程については、<発光素子>の項の対応する記載を参照することができる。
有機無機ペロブスカイトの設計は、例えば、条件(1)および(2)を満たすように、一般式(10)のR、A、B、Xに用いるイオンやnの数をそれぞれ選択して組み合わせることにより行うことができる。上記のように、条件(1)および(2)を満たす有機無機ペロブスカイトは発光効率が高いため、この製造方法により、発光効率が高い有機無機ペロブスカイト系の発光素子を低コストで製造することができる。
【0069】
本発明のエレクトロルミネッセンス素子は、単一の素子、アレイ状に配置された構造からなる素子、陽極と陰極がX-Yマトリックス状に配置された構造のいずれにおいても適用することができる。本発明によれば、発光層が本発明の有機無機ペロブスカイトを含む膜で構成されていることにより、発光効率が大きく改善された発光素子が得られる。本発明のエレクトロルミネッセンス素子などの発光素子は、さらに様々な用途へ応用することが可能である。例えば、本発明のエレクトロルミネッセンス素子を用いて、エレクトロルミネッセンス表示装置を製造することが可能であり、詳細については、時任静士、安達千波矢、村田英幸共著「有機ELディスプレイ」(オーム社)を参照することができる。また、特に本発明のエレクトロルミネッセンス素子は、需要が大きいエレクトロルミネッセンス照明やバックライトに応用することもできる。
【実施例】
【0070】
以下に実施例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下に示す材料、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。なお、光吸収スペクトルの測定は、紫外可視近赤外分光光度計(パーキンエルマー社製:Lambda 950-PKA)を用いて行い、発光スペクトルの測定は測定装置(Fluoromax-4,Horiba Jobin Yvon)を用いて行い、発光の過渡減衰曲線の測定はストリークカメラ(C4334, Hamamatsu Photonics)を用いて行い、X線回折分析は、X線回折装置(リガク社製:RINT-2500)を用いて行い、エレクトロルミネッセンス素子特性の測定は、外部量子効率測定装置(浜松ホトニクス社製:C9920-12)、ソースメーター(ケースレー社製:2400シリーズ)、マルチチャンネル分析装置(浜松ホトニクス社製:PMA-12)を用いて行い、膜厚の測定は、プロフィロメーター(ブルカー社製:DektakXT)を用いて行った。
以下の実施例1、2で使用した有機無機ペロブスカイトは、PEA2FAn-1PbnBr3n+1(n=8)である。ここで、PEAはフェニルエチルアンモニウムを表し、FAはホルムアミジウムを表す。また、比較例1、2で使用した有機無機ペロブスカイトは、NMA2FAn-1PbnBr3n+1(n=8)である。ここで、NMAは1-ナフチルメチルアンモニウムを表し、FAはホルムアミジウムを表す。各ペロブスカイトを構成する無機成分の発光励起一重項エネルギー準位ESおよび発光励起三重項エネルギー準位ET、有機成分の発光励起一重項エネルギー準位ES1および発光励起三重項エネルギー準位ET1を表1に示す。
【0071】
【0072】
(実施例1) PEA-FAペロブスカイト膜を用いたフォトルミネッセンス素子の作製
窒素雰囲気のグローブボックス中で、以下のようにしてPEA2FAn-1PbnBr3n+1(ここでn=8)からなる膜(以下、「PEA-FAペロブスカイト膜」という)を形成した。まず、ホルムアミジウムブロマイド(HC(NH2)2Br)と臭化鉛(PbBr2)が1:1のモル比で溶解したN,N-ジメチルホルムアミド溶液に、フェニルエチルアンモニウムブロマイド(C6H5CH2CH2NH3Br)を25mol%で添加することにより、PEA-FAペロブスカイトの濃度が0.4Mである前駆体溶液を調製した。このPEA-FAペロブスカイトの前駆体溶液50μLを石英ガラス基板の上に滴下し、4500rpmで30秒間スピンコートすることでPEA-FAペロブスカイト前駆体膜を形成した。なお、このスピンコートを行っている間に、0.3mLのトルエンを膜の上に滴下した。続いて、PEA-FAペロブスカイト前駆体膜に、70℃で15分間ベーキング処理を行い、さらに、100℃で5分間ベーキング処理を行うことにより、厚さが150nmであるPEA-FAペロブスカイト膜を形成し、フォトルミネッセンス素子とした。
【0073】
(比較例1) NMA-FAペロブスカイト膜を用いたフォトルミネッセンス素子の作製
ペロブスカイト膜を形成する際、フェニルエチルアンモニウムブロマイドの代わりに1-ナフチルメチルアンモニウムブロマイド(C10H7CH2NH3Br)を用いてNMA2FAn-1PbnBr3n+1からなる膜(以下、「NMA-FAペロブスカイト膜」という)を形成したこと以外は、実施例1と同様にしてフォトルミネッセンス素子を作製した。
【0074】
実施例1および比較例1で形成した各ペロブスカイトについて、X線回折スペクトルを測定したところ擬二次元ペロブスカイト型の結晶構造を有することを確認することができた。
また、実施例1および比較例1で形成した各ペロブスカイト膜の300Kで測定した光吸収スペクトルおよび450nm励起光による発光スペクトルを
図3に示し、フォトルミネッセンス量子収率(PLQY)の励起光強度依存性を
図4に示し、30Kおよび300Kで測定した337nm励起光による発光の過渡減衰曲線を
図5に示す。実施例1で形成したPEA-FAペロブスカイト膜の100K、200Kおよび300Kで測定した337nm励起光による発光の過渡減衰曲線を
図6に示し、比較例1で形成したNMA-FAペロブスカイト膜の100K、200Kおよび300Kで測定した337nm励起光による発光の過渡減衰曲線を
図7に示す。
図3から、実施例1で形成したPEA-FAペロブスカイト膜および比較例1で形成したNMA-FAペロブスカイト膜は、同様の吸収特性を有しており、いずれも低次元ペロブスカイト粒子由来の吸収ピークが観察されなかったことから、擬二次元ペロブスカイト型構造を主体とするものであることがわかった。また、発光極大波長は、PEA-FAペロブスカイト膜で527nm、NMA-FAペロブスカイト膜で530nmであり、PL量子収率は、PEA-FAペロブスカイト膜で64%、NMA-FAペロブスカイト膜で60%であった。また、これとは別に30Kで発光スペクトルを観測したところ、その発光ピークの半値全幅は、PEA-FAペロブスカイト膜で9nm、NMA-FAペロブスカイト膜で8nmであり、いずれも鋭い発光ピークが観測された。このことから、各ペロブスカイト膜は結晶欠陥が極めて少なく、高い結晶性を有していることが示された。
また、
図5に示した30Kでの発光の過渡減衰曲線は、PEA-FAペロブスカイト膜およびNMA-FAペロブスカイト膜で差がなく、それらの発光寿命は、いずれも120nsであった。一方、300Kでの発光の過渡減衰曲線については、NMA-FAペロブスカイト膜では30Kと変わらない減衰パターンであるのに対して、PEA-FAペロブスカイト膜では、発光寿命が155nsの短寿命成分と、発光寿命が853nsの長寿命成分が観測された。また、
図7から、NMA-FAペロブスカイト膜では、温度を100Kから300Kに上昇させても、その発光の過渡減衰曲線に変化は認められなかった。これに対して、
図6から、PEA-FAペロブスカイト膜では、温度を100Kから300Kに上昇させていくにしたがって、長寿命成分が徐々に増加する傾向が認められた。ここで、これらの発光の過渡減衰曲線に基づいて無機成分で生じた励起三重項エネルギーの挙動を解析すると、まず、NMA-FAペロブスカイト膜で観測された短寿命の発光は、無機成分の励起一重項エネルギー準位E
sに基づく発光と考えられる。しかし、有機成分(NMA)の励起三重項エネルギー準位E
T1が無機成分の励起三重項エネルギー準位E
Tよりも低いことから、無機成分の励起三重項エネルギー準位E
Tから有機成分(NMA)の励起三重項エネルギー準位E
T1へエネルギー移動するために、長寿命成分である遅延蛍光は観測されない。PEA-FAペロブスカイト膜においても、短寿命の発光は、無機成分の励起一重項エネルギー準位E
sに基づく発光と考えられる。有機成分(PEA)の励起三重項エネルギー準位E
T1が無機成分の励起三重項エネルギー準位E
Tよりも高いことから、E
TからE
T1へのエネルギー移動は生じることがない。つまり、観測された発光の長寿命成分は、励起三重項状態から励起一重項状態への逆項間交差による励起一重項エネルギーが有機無機ペロブスカイトの励起一重項エネルギー準位へ移動して輻射失活したことによる熱活性型の遅延蛍光であると推測された。この過程は熱活性化プロセスであるために、サンプル温度を増加させるほど長寿命成分の割合が大きくなる。すなわち、
図5、6の発光の過渡減衰曲線から、無機成分の発光励起一重項エネルギー準位E
Sと発光励起三重項エネルギー準位E
Tの差を小さくして、有機成分(PEA)の励起三重項エネルギー準位E
T1を無機成分の励起三重項エネルギー準位E
Tよりも高くすることにより、無機成分において、励起三重項状態から励起一重項状態への逆項間交差が起き易くなり、その励起三重項エネルギーを遅延蛍光として利用できるようになることがわかった。
【0075】
(実施例2) PEA-FAペロブスカイト膜を用いたエレクトロルミネッセンス素子の作製
膜厚100nmのインジウム・スズ酸化物(ITO)からなる陽極(シート抵抗:12Ω/sq)が形成されたガラス基板を用意した。このITO膜の上に、PVKを滴下し、1000rpmで45秒間スピンコートした後、120℃で30分間ベーキング処理を行うことにより、厚さ40nmのPVK膜を形成した。
次に、実施例1と同様にして、濃度が0.4MであるPEA-FAペロブスカイト前駆体溶液を調製し、これを用いて、厚さが150nmのPEA-FAペロブスカイト膜を形成した。
続いて、PEA-FAペロブスカイト膜の上に、真空蒸着法にて、真空度10-4Paで各薄膜を積層した。まず、PEA-FAペロブスカイト膜の上に、TPBiを40nmの厚さに形成した。次に、フッ化リチウム(LiF)を0.8nmの厚さに形成し、次いで、アルミニウム(Al)を100nmの厚さに蒸着することにより陰極を形成し、さらにガラス基板を載せて紫外線硬化樹脂で封止してエレクトロルミネッセンス素子を作製した。
【0076】
(比較例2) NMA-FAペロブスカイト膜を用いたエレクトロルミネッセンス素子の作製
実施例1と同様にして、ガラス基板上に形成されたITO膜の上にPVK膜を形成した。このPVK膜の上に、比較例1と同様にして、厚さが150nmのNMA-FAペロブスカイト膜を形成した。続いて、NMA-FAペロブスカイト膜の上に、実施例2と同様にして、TPBi、フッ化リチウム、アルミニウムを順に蒸着し、そのアルミニウム陰極の上に、ガラス基板を載せて紫外線硬化樹脂で封止することによりエレクトロルミネッセンス素子を作製した。
【0077】
実施例2および比較例2で作製した各エレクトロルミネッセンス素子の発光スペクトルを
図8に示し、電流密度-電圧-輝度特性を
図9に示し、電流密度-電圧-外部量子効率(EQE)特性を
図10に示す。また、各エレクトロルミネッセンス素子の発光特性を表2に示す。
図9、10において、「PEA-FAペロブスカイト膜」はPEA-FAペロブスカイト膜を用いた実施例2のエレクトロルミネッセンス素子を表し、「NMA-FAペロブスカイト膜」は、NMA-FAペロブスカイト膜を用いた比較例2のエレクトロルミネッセンス素子を表す。
【0078】
【0079】
各エレクトロルミネッセンス素子を駆動したところ、いずれも緑色発光を観測することができた。また、表2に示したように、PEA-FAペロブスカイト膜を用いた実施例2のエレクトロルミネッセンス素子は、NMA-FAペロブスカイト膜を用いた比較例2のエレクトロルミネッセンス素子に比べて、4倍に近い外部量子効率を有しており、輝度および電流効率も優れたものであった。また、外部量子効率から推測した励起子生成因子βは、実施例2のエレクトロルミネッセンス素子で97%、比較例2のエレクトロルミネッセンス素子で27%であった。これは、PEA-FAペロブスカイト膜を用いたエレクトロルミネッセンス素子では一重項励起子と三重項励起子の両方が光子に変換されたのに対して、NMA-FAペロブスカイト膜を用いたエレクトロルミネッセンス素子では一重項励起子のみが光子に変換されたことを示唆するものである。
【0080】
(実施例3) PEA-MAペロブスカイト膜を用いたエレクトロルミネッセンス素子の作製
実施例1のフェニルエチルアンモニウムブロマイド(C6H5CH2CH2NH3Br)の代わりに等モルのメチルアンモニウムブロマイド(CH3NH3Br)を用いた点を変更し、それ以外は実施例1と同様にしてPEA-MAペロブスカイト前駆体溶液を調製した。実施例2のPEA-FAペロブスカイト前駆体溶液の代わりにPEA-MAペロブスカイト前駆体溶液を用いた点を除いて、それ以外は実施例2と同様にしてPEA-MAペロブスカイト膜を用いたエレクトロルミネッセンス素子を作製した。
【0081】
(比較例3) NMA-MAペロブスカイト膜を用いたエレクトロルミネッセンス素子の作製
比較例1のフェニルエチルアンモニウムブロマイド(C6H5CH2CH2NH3Br)の代わりに等モルのメチルアンモニウムブロマイド(CH3NH3Br)を用いた点を変更し、それ以外は比較例1と同様にしてNMA-MAペロブスカイト前駆体溶液を調製した。比較例2のNMA-FAペロブスカイト前駆体溶液の代わりにNMA-MAペロブスカイト前駆体溶液を用いた点を除いて、それ以外は比較例2と同様にしてNMA-MAペロブスカイト膜を用いたエレクトロルミネッセンス素子を作製した。
【0082】
実施例3と比較例3で作製した各エレクトロルミネッセンス素子を駆動したところ、いずれも緑色発光を観測し、遅延蛍光の放射を確認することができた。実施例3で作製したエレクトロルミネッセンス素子の電流密度-電圧-ランプ効率,輝度,外部量子効率(EQE)特性を
図11に示し、比較例3で作製したエレクトロルミネッセンス素子の電流密度-電圧-ランプ効率,輝度,外部量子効率(EQE)特性を
図12に示す。また、各エレクトロルミネッセンス素子の発光特性を表3に示す。PEA-MAペロブスカイト膜を用いた実施例3のエレクトロルミネッセンス素子は、NMA-MAペロブスカイト膜を用いた比較例3のエレクトロルミネッセンス素子に比べて、9倍に近い外部量子効率を有しており、輝度および電流効率も優れたものであった。
【0083】
【0084】
以上のことから、無機成分の発光励起一重項エネルギー準位ESと発光励起三重項エネルギー準位ETの差が小さく(0.1eV以下)、且つ、有機成分(PEA)の励起三重項エネルギー準位ET1が無機成分の励起三重項エネルギー準位ETよりも高い有機無機ペロブスカイト膜を用いることにより、一重項励起子と三重項励起子の両方が発光に利用されるようになり、これによって発光効率が非常に高いエレクトロルミネッセンス素子が実現できることがわかった。
【0085】
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明の有機無機ペロブスカイトは発光効率が高く、安価である。そのため、本発明の有機無機ペロブスカイトを発光素子の発光膜に用いることにより、発光効率が高く、安価な発光素子を提供することができる。このため、本発明は産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0087】
1 基板
2 陽極
3 正孔注入層
4 正孔輸送層
5 発光層
6 電子輸送層
7 陰極