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特許7165416X線分析装置、X線分析方法、及びX線分析プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-26
(45)【発行日】2022-11-04
(54)【発明の名称】X線分析装置、X線分析方法、及びX線分析プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2055 20180101AFI20221027BHJP
【FI】
G01N23/2055 320
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020004172
(22)【出願日】2020-01-15
(65)【公開番号】P2021110691
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2022-02-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】弁理士法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 明登
(72)【発明者】
【氏名】姫田 章宏
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-145948(JP,A)
【文献】特開平11-084015(JP,A)
【文献】特開2016-070872(JP,A)
【文献】特開2006-250938(JP,A)
【文献】国際公開第2015/119056(WO,A1)
【文献】米国特許第5299138(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析の対象とする試料を支持する支持台と、特性X線として前記分析に用いる注目特性X線と前記分析に不要な不要特性X線とを含むX線を前記試料に照射するX線源と、前記試料からの散乱X線を検出する検出器と、前記試料に対する前記X線源の方向と前記検出器の方向とがなす角度を変化させるゴニオメータとを備え、前記ゴニオメータにより前記角度を順次変化させつつ前記検出器により前記散乱X線の強度を測定するX線分析装置であって、さらに、
当該測定により測定データを取得する動作と並行して、既に取得された角度範囲の当該測定データを修正し前記注目特性X線に由来する目的ピークを表示する表示用データを生成する処理を行うデータ処理部を備え、
当該データ処理部は、
散乱角に対する散乱強度の変化を表す前記測定データから回折ピークを検出するピーク検出手段と、
検出された前記回折ピークが前記目的ピークによるものであるとの仮定の下、当該目的ピークのピーク位置に基づいて前記不要特性X線に由来する不要ピークの推定ピーク位置を計算する不要ピーク推定手段と、
前記測定データから前記推定ピーク位置に存在する回折ピークを除去して前記表示用データを生成するデータ修正手段と、
生成された前記表示用データを前記測定と並行して順次、出力する表示用データ出力手段と、
を有することを特徴とするX線分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のX線分析装置において、
前記不要ピーク推定手段は、前記目的ピークと前記不要ピークとの予め想定される強度比に基づいて、前記推定ピーク位置を求めた前記不要ピークについて前記測定データにおける推定ピーク強度を計算し、
前記データ修正手段は、前記推定ピーク位置に存在する回折ピークを前記推定ピーク強度に応じた強度で除去すること、
を特徴とするX線分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載のX線分析装置において、さらに、
前記支持台が支持する前記試料と前記検出器との間に配置され、前記不要特性X線の強度を選択的に減衰させるX線フィルタを備え、
前記不要ピーク推定手段は、前記X線フィルタの減衰率を考慮して前記推定ピーク強度を計算すること、
を特徴とするX線分析装置。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1つに記載のX線分析装置において、
前記X線源からの前記不要特性X線には、第1の前記不要ピークを生じる第1の不要特性X線と、第2の前記不要ピークを生じる特性X線であって前記注目特性X線との波長差が前記第1の不要特性X線の当該波長差よりも小さい第2の不要特性X線とが存在し、
前記不要ピーク推定手段は、ピーク位置及びピーク強度に関する前記目的ピークと前記第2の不要ピークとの予め想定される相互関係に基づいて、前記検出された回折ピークについて仮定した前記目的ピークに前記第2の不要ピークが重畳している場合を推定し、その場合には前記相互関係を用いて、前記検出された回折ピークから前記目的ピークのピーク位置を求めて前記第1の不要ピークの前記推定ピーク位置を計算すること、
を特徴とするX線分析装置。
【請求項5】
請求項4に記載のX線分析装置において、
前記不要ピーク推定手段は、さらに、前記第2の不要ピークの推定ピーク位置を計算し、
前記データ修正手段は、前記測定データから前記第1及び第2の不要ピークそれぞれの前記推定ピーク位置に存在する回折ピークを除去すること、
を特徴とするX線分析装置。
【請求項6】
分析の対象とする試料を支持する支持台と、特性X線として前記分析に用いる注目特性X線と前記分析に不要な不要特性X線とを含むX線を前記試料に照射するX線源と、前記試料からの散乱X線を検出する検出器と、前記試料に対する前記X線源の方向と前記検出器の方向とがなす角度を変化させるゴニオメータとを備えたX線分析装置を用い、前記ゴニオメータにより前記角度を順次変化させつつ前記検出器により前記散乱X線の強度を測定するX線分析方法であって、
当該測定により測定データを取得する動作と並行して、既に取得された角度範囲の当該測定データを修正し前記注目特性X線に由来する目的ピークを表示する表示用データを生成するデータ処理を行い、
当該データ処理は、
散乱角に対する散乱強度の変化を表す前記測定データから回折ピークを検出するピーク検出ステップと、
検出された前記回折ピークが前記目的ピークによるものであるとの仮定の下、当該目的ピークのピーク位置に基づいて前記不要特性X線に由来する不要ピークの推定ピーク位置を計算する不要ピーク推定ステップと、
前記測定データから前記推定ピーク位置に存在する回折ピークを除去して前記表示用データを生成するデータ修正ステップと、
生成された前記表示用データを前記測定と並行して順次、出力する表示用データ出力ステップと、
を有することを特徴とするX線分析方法。
【請求項7】
分析の対象とする試料を支持する支持台と、特性X線として前記分析に用いる注目特性X線と前記分析に不要な不要特性X線とを含むX線を前記試料に照射するX線源と、前記試料からの散乱X線を検出する検出器と、前記試料に対する前記X線源の方向と前記検出器の方向とがなす角度を変化させるゴニオメータとを備えたX線分析装置に用いられるコンピュータを動作させるプログラムであって、
当該コンピュータを、
前記ゴニオメータにより前記配置角度を順次変化させつつ前記検出器により前記散乱X線の強度を測定する測定動作制御手段、及び、
前記測定動作制御部により測定データを取得する動作と並行して、既に取得された角度範囲の当該測定データを修正し前記注目特性X線に由来する目的ピークを表示する表示用データを生成する処理を行うデータ処理手段、として機能させ、
当該データ処理手段は、
散乱角に対する散乱強度の変化を表す前記測定データから回折ピークを検出するピーク検出手段と、
検出された前記回折ピークが前記目的ピークによるものであるとの仮定の下、当該目的ピークのピーク位置に基づいて前記不要特性X線に由来する不要ピークの推定ピーク位置を計算する不要ピーク推定手段と、
前記測定データから前記推定ピーク位置に存在する回折ピークを除去して前記表示用データを生成するデータ修正手段と、
生成された前記表示用データを前記測定と並行して順次、出力する表示用データ出力手段と、
を含むことを特徴とするX線分析プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線分析装置、X線分析方法、及びX線分析プログラムに関し、特に、測定途中にユーザへ有益な情報を提供する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
X線源が出射するX線には、複数の特性X線が含まれるのが一般的である。例えば、かかるX線源を備えるX線回折装置を用いて、試料にX線を照射すると、試料からの散乱X線は、かかる複数の特性X線由来の回折X線を含むこととなる。検出器がかかる散乱X線を検出するとき、測定されるX線回折パターンは複数の特性X線由来の回折ピークを含むこととなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭63-25521号公報
【文献】特開平10-339707号公報
【文献】特開平11-84015号公報
【文献】特表2011-002037号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
X線源が出射するX線が複数の特性X線を含む場合であっても、各特性X線の波長や強度は既知であり、X線回折パターンにて観測される回折ピークがどの特性X線に由来するものなのかはある程度判定することができる。それゆえ、X線分析装置が備えるデータ処理部は、取得されるX線回折パターンのうち、特定の特性X線に由来するピークをバックグランドや他の特性X線に由来するピークと分離してX線解析を実行することができる(特許文献1、特許文献2参照)。
【0005】
しかしながら、X線回折装置を用いて測定を行うユーザにとって、測定の途中で測定されるX線回折パターンがどのようなものか理解できることは有用である(特許文献3参照)。特に、測定の途中において、X線解析の対象となる特定の特性X線に由来するX線回折パターンがユーザに表示されることが望ましい。
【0006】
特定の特性X線に由来するX線回折パターンを生成する方法がいくつか考えられる。第1の方法は、入射モノクロメータなどを用いることにより、試料に照射するX線を特定の特性X線を含む狭いエネルギー幅(波長幅)に限定することである(特許文献4参照)。この方法では、入射するX線を狭いエネルギー幅に限定することにより、試料に照射するX線の強度が低減することとなり、測定されるX線回折パターンの強度も低減してしまう問題が発生する。
【0007】
第2の方法は、散乱X線を検出する検出器に高いエネルギー分解能を有するものを用いることである。しかしながら、かかる検出器を用いて散乱X線を検出する場合、測定されるX線回折パターンの強度が低減するという問題が発生する。
【0008】
本発明はかかる課題に鑑みてなされたものであり、簡単な構成のX線分析装置において、測定中にユーザに特定の特性X線に由来する有用な情報を表示することができるX線分析装置、X線分析方法、及びX線分析プログラムの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明に係るX線分析装置は、分析の対象とする試料を支持する支持台と、特性X線として前記分析に用いる注目特性X線と前記分析に不要な不要特性X線とを含むX線を前記試料に照射するX線源と、前記試料からの散乱X線を検出する検出器と、前記試料に対する前記X線源の方向と前記検出器の方向とがなす角度を変化させるゴニオメータとを備え、前記ゴニオメータにより前記角度を順次変化させつつ前記検出器により前記散乱X線の強度を測定するX線分析装置であって、さらに、当該測定により測定データを取得する動作と並行して、既に取得された角度範囲の当該測定データを修正し前記注目特性X線に由来する目的ピークを表示する表示用データを生成する処理を行うデータ処理部を備え、当該データ処理部は、散乱角に対する散乱強度の変化を表す前記測定データから回折ピークを検出するピーク検出手段と、検出された前記回折ピークが前記目的ピークによるものであるとの仮定の下、当該目的ピークのピーク位置に基づいて前記不要特性X線に由来する不要ピークの推定ピーク位置を計算する不要ピーク推定手段と、前記測定データから前記推定ピーク位置に存在する回折ピークを除去して前記表示用データを生成するデータ修正手段と、生成された前記表示用データを前記測定と並行して順次、出力する表示用データ出力手段と、を有する。
【0010】
(2)上記(1)に記載のX線分析装置において、前記不要ピーク推定手段は、前記目的ピークと前記不要ピークとの予め想定される強度比に基づいて、前記推定ピーク位置を求めた前記不要ピークについて前記測定データにおける推定ピーク強度を計算し、前記データ修正手段は、前記推定ピーク位置に存在する回折ピークを前記推定ピーク強度に応じた強度で除去する構成とすることができる。
【0011】
(3)上記(2)に記載のX線分析装置において、さらに、前記支持台が支持する前記試料と前記検出器との間に配置され、前記不要特性X線の強度を選択的に減衰させるX線フィルタを備え、前記不要ピーク推定手段は、前記X線フィルタの減衰率を考慮して前記推定ピーク強度を計算する構成とすることができる。
【0012】
(4)上記(1)~(3)に記載のX線分析装置において、前記X線源からの前記不要特性X線には、第1の前記不要ピークを生じる第1の不要特性X線と、第2の前記不要ピークを生じる特性X線であって前記注目特性X線との波長差が前記第1の不要特性X線の当該波長差よりも小さい第2の不要特性X線とが存在し、前記不要ピーク推定手段は、ピーク位置及びピーク強度に関する前記目的ピークと前記第2の不要ピークとの予め想定される相互関係に基づいて、前記検出された回折ピークについて仮定した前記目的ピークに前記第2の不要ピークが重畳している場合を推定し、その場合には前記相互関係を用いて、前記検出された回折ピークから前記目的ピークのピーク位置を求めて前記第1の不要ピークの前記推定ピーク位置を計算する構成とすることができる。
【0013】
(5)上記(4)に記載のX線分析装置において、前記不要ピーク推定手段は、さらに、前記第2の不要ピークの推定ピーク位置を計算し、前記データ修正手段は、前記測定データから前記第1及び第2の不要ピークそれぞれの前記推定ピーク位置に存在する回折ピークを除去する構成とすることができる。
【0014】
(6)本発明に係るX線分析方法は、分析の対象とする試料を支持する支持台と、特性X線として前記分析に用いる注目特性X線と前記分析に不要な不要特性X線とを含むX線を前記試料に照射するX線源と、前記試料からの散乱X線を検出する検出器と、前記試料に対する前記X線源の方向と前記検出器の方向とがなす角度を変化させるゴニオメータとを備えたX線分析装置を用い、前記ゴニオメータにより前記角度を順次変化させつつ前記検出器により前記散乱X線の強度を測定するX線分析方法であって、当該測定により測定データを取得する動作と並行して、既に取得された角度範囲の当該測定データを修正し前記注目特性X線に由来する目的ピークを表示する表示用データを生成するデータ処理を行い、当該データ処理は、散乱角に対する散乱強度の変化を表す前記測定データから回折ピークを検出するピーク検出ステップと、検出された前記回折ピークが前記目的ピークによるものであるとの仮定の下、当該目的ピークのピーク位置に基づいて前記不要特性X線に由来する不要ピークの推定ピーク位置を計算する不要ピーク推定ステップと、前記測定データから前記推定ピーク位置に存在する回折ピークを除去して前記表示用データを生成するデータ修正ステップと、生成された前記表示用データを前記測定と並行して順次、出力する表示用データ出力ステップと、を有する。
【0015】
(7)本発明に係るX線分析プログラムは、分析の対象とする試料を支持する支持台と、特性X線として前記分析に用いる注目特性X線と前記分析に不要な不要特性X線とを含むX線を前記試料に照射するX線源と、前記試料からの散乱X線を検出する検出器と、前記試料に対する前記X線源の方向と前記検出器の方向とがなす角度を変化させるゴニオメータとを備えたX線分析装置に用いられるコンピュータを動作させるプログラムであって、当該コンピュータを、前記ゴニオメータにより前記配置角度を順次変化させつつ前記検出器により前記散乱X線の強度を測定する測定動作制御手段、及び、前記測定動作制御部により測定データを取得する動作と並行して、既に取得された角度範囲の当該測定データを修正し前記注目特性X線に由来する目的ピークを表示する表示用データを生成する処理を行うデータ処理手段、として機能させ、当該データ処理手段は、散乱角に対する散乱強度の変化を表す前記測定データから回折ピークを検出するピーク検出手段と、検出された前記回折ピークが前記目的ピークによるものであるとの仮定の下、当該目的ピークのピーク位置に基づいて前記不要特性X線に由来する不要ピークの推定ピーク位置を計算する不要ピーク推定手段と、前記測定データから前記推定ピーク位置に存在する回折ピークを除去して前記表示用データを生成するデータ修正手段と、生成された前記表示用データを前記測定と並行して順次、出力する表示用データ出力手段と、を含む。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、簡単な構成のX線分析装置において、測定中にユーザに特定の特性X線に由来する有用な情報を表示することができるX線分析装置、X線分析方法、及びX線分析プログラムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施形態に係るX線回折装置の構造を示す模式図である。
図2】測定部による測定中における本発明の実施形態に係るX線回析装置の概略動作を説明するフロー図である。
図3】本発明の実施形態に係るX線回折装置のデータ処理の概略の処理フロー図である。
図4】本発明の第1の実施形態に係るX線回折装置によるデータ処理の処理結果の例を示す模式図である。
図5】本発明の第1の実施形態に係るX線回折装置によるデータ処理の処理結果の例を示す模式図である。
図6】本発明の第1の実施形態に係るX線回折装置によるデータ処理の処理結果の例を示す模式図である。
図7】本発明の第1の実施形態に係るX線回折装置によるデータ処理の処理結果の例を示す模式図である。
図8】本発明の第1の実施形態に係るX線回折装置によるデータ処理の処理結果の例を示す模式図である。
図9】本発明の第3の実施形態に係るX線回折装置によるデータ処理の処理結果の例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態(以下実施形態という)について、図面に基づいて説明する。なお、図面は説明をより明確にするため、実際の態様に比べ、寸法、形状等について模式的に表す場合があるが、あくまで一例であって、本発明の解釈を限定するものではない。また、本明細書と各図において、既出の図に関して前述したものと同様の要素には、同一の符号を付して、詳細な説明を適宜省略することがある。
【0019】
[第1の実施形態]
本発明の第1の実施形態に係るX線分析装置はX線回折装置1である。図1は本実施形態に係るX線回折装置1の構造を示す模式図である。図1に示す通り、X線回折装置1は、測定部2及びデータ処理部3を有する。
【0020】
測定部2は、支持台11、X線管12、スリット13、X線フィルタ14、検出器15及びゴニオメータ16を含んで構成される。
【0021】
支持台11はX線分析の分析対象とする試料100を支持する台である。なお、本実施形態では試料100は粉末試料であるが、本発明はこれに限定されない。
【0022】
測定部2は、試料100に入射X線を照射し、試料より発生する散乱X線を検出する。本明細書において、散乱X線は、回折現象が生じたものを特に回折X線と呼ぶ。X線回折測定においては、既知波長λの入射X線を物質に入射し、回折角度2θとそのX線強度を測定することによって、X線回折パターンを取得する。X線回折パターンにおいて、回折X線はピーク形状となり、回折現象を示さない散乱X線は回折X線のバックグラウンドとなる。
【0023】
X線管12はX線を出射するX線源であり、X線管12から出射されるX線がスリット13を通過して試料100に照射される。X線管12から出射されるX線は複数の特性X線を含み、X線回折装置1はそれら複数の特性X線のうちの1つを試料の分析に用い、当該特性X線を以下、注目特性X線と称す。一方、当該複数の特性X線のうち試料の分析に用いないものを不要特性X線と呼ぶことにする。
【0024】
測定部2により得られるX線回折パターンには注目特性X線及び不要特性X線の両方の回折ピークが現れ、ユーザが注目特性X線により測定結果を速やかに把握する際に煩わしく不便である。ここで、基本的に、回折ピークは低角度、つまり回折角度が小さいほど強度が大きく、分析における有用性が高い一方、低角度では注目特性X線及び不要特性X線の回折ピークは、両特性X線の波長差が小さいほど、ピーク位置が近くなり上述の煩わしさが増す。そこで、後述するように、X線回折装置1は不要特性X線の回折ピークを除去した測定結果をユーザに提示する。
【0025】
注目特性X線をX、その波長をλとし、また、不要特性X線をX、その波長をλと表す。本実施形態では、注目特性X線XはCu(銅)のKα線であり、λは1.5418Åである。不要特性X線XはCuのKβ線であり、波長λは1.3922Åである。
【0026】
X線フィルタ14は支持台11に支持される試料100と、検出器15との間に配置され、不要特性X線Xの強度を選択的に減衰させる。具体的には、試料100からの回折X線がX線フィルタ14を透過する際に、不要特性X線(ここでは、CuのKβ線)がX線フィルタ14にて選択的に吸収され減衰される。ここで、X線フィルタ通過前のX線に対するX線フィルタ通過後のX線の強度比を減衰率ζと定義する。例えば、X線フィルタ14は金属などの材料からなる箔であり、減衰率ζは当該箔の材料に応じた吸収形数と、箔の厚みとの積の指数関数に反比例する。X線フィルタ14は適宜、減衰率が異なるものに交換することができ、また、不要である場合には取り外すことができる。本実施形態に係るX線フィルタ14では、注目特性X線Xの波長λにおける減衰率ζと比べて、不要特性X線Xの波長λにおける減衰率は非常に大きい。
【0027】
検出器15は試料100からの回折X線を検出し、その強度を測定する。なお、本実施形態では、試料100からの回折X線はX線フィルタ14を透過した後、検出器15の検出面に到達する。本実施形態において、検出器15は0次元検出器であるシンチレーションカウンタであるが、これに限定されることはなく、1次元検出器であっても2次元検出器であってもよい。
【0028】
ゴニオメータ16は試料100に対するX線源の方向と検出器の方向とがなす角度を変化させる。つまり、ゴニオメータ16は、試料100に対して、X線管12と検出器15との相対的角度配置を変化させる。本実施形態のゴニオメータ16は、それぞれ支持台11から延びたアームであって支持台11を中心として回転可能な入射側アームと受光側アームとを備え、入射側アームにX線管12が配置され、受光側アームに検出器15が配置される。そして、支持台11に対して入射側アームがθ回転し、支持台11に対しては受光側アームが反対向きにθ回転することにより、試料100に入射するX線に対して回折角2θの回折X線を検出器15が検出する。すなわち、ゴニオメータ16はθ-θ型であるが、これに限定されることはなく、入射側アームが固定され、入射側アームに対して支持台11がθ、同じ向きに受光アームが2θ、それぞれ回転するθ-2θ型であってもよい。
【0029】
測定部2は、測定を行う回折角をゴニオメータ16により順次変化させつつ検出器15により回折X線の強度を測定する。X線回折測定では通常、回折角を小さい側での計測が先に行われ、例えば、測定部2は回折角2θを次第に大きくさせながら回折X線の計測を行う。
【0030】
データ処理部3は演算装置20と記憶装置21とを備え、一般に用いられるコンピュータによって実現される。具体的には、演算装置20は、CPU(Central Processing Unit)等で構成され、プログラムに基づいて動作し、例えば、測定部2からの測定データを処理する。記憶装置21は、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、ハードディスク等であり、演算装置20で用いられる各種プログラムや各種データを記憶し、演算装置20との間でこれらの情報を入出力する。
【0031】
例えば、記憶装置21には測定に際し事前に、注目特性X線及び不要特性X線に関する情報が保存されている。当該情報は例えば、注目特性X線に由来する回折ピークである目的ピークと不要特性X線に由来する回折ピークである不要ピークとの想定強度比や、ピーク位置及びピーク強度に関する目的ピークと不要ピークとの予め想定される相互関係、または当該強度比や当該相互関係を求めるための情報である。例えば、本実施形態では記憶装置21は当該情報として、注目特性X線X、不要特性X線Xそれぞれの波長λ,λや、X線管12のそれら特性X線の出力強度比η、及びX線フィルタ14の減衰率ζを記憶している。
【0032】
また、演算装置20は測定部2が順次、出力する測定データを入力され、それを記憶装置21に記憶、蓄積させる。さらに、記憶装置21は、測定部2による測定に連動して演算装置20が生成する処理結果を記憶することができる。
【0033】
なお、データ処理部3には、入力装置4や出力装置5が接続され得る。入力装置4は、キーボード、マウスなどであり、ユーザがデータ処理部3への操作を行うために用いる。出力装置5は、ディスプレイ、プリンタなどであり、データ処理部3による処理結果を画面表示、印刷等によりユーザに示す等に用いられる。
【0034】
次に、本実施形態に係るX線回折装置1の動作やX線分析方法を説明する。図2は測定部2による測定中におけるX線回折装置1の概略動作を説明するフロー図である。X線回折装置1にて測定動作が開始されると(ステップS1)、測定部2は、ゴニオメータ16によりX線管12と検出器15との相対的角度配置を変化させながら、すなわち、回折角2θを変化させながら、検出器15により当該回折角2θにおける回折X線の強度を測定して、回折角に対する回折強度の変化を表す測定データを取得する。ちなみに、測定は回折角を、予め設定された走査範囲にて基本的に当該走査範囲の下限値から上限値へ向けて、連続的に、又は予め設定された角度ステップずつ増加させて行われる。
【0035】
測定部2が順次設定される回折角で取得した測定データは、データ処理部3へ順次入力される(ステップS2)。データ処理部3は、測定動作の進行に伴い累積的に蓄積される測定データに基づいてデータ処理を行い(ステップS3)、その処理結果を出力装置5に表示する(ステップS4)。X線回折装置1はステップS2~S4の処理を測定動作の間、反復する(ステップS5にて「NO」の場合)。そしてX線回折装置1は、例えば、測定部2が回折角の走査を完了し、その最後に取得された測定データに対してステップS2~S4の処理が完了すると(ステップS5にて「YES」の場合)、測定動作を終了するステップS6)。
【0036】
具体的には、ステップS3のデータ処理にて、データ処理部3は、測定により測定データを取得する動作と並行して、既に取得された角度範囲の測定データを修正し注目特性X線に由来する目的ピークを表示する表示用データを生成する処理を行う。図3はデータ処理S3の概略の処理フロー図であり、以下、このデータ処理についてさらに詳しく説明する。
【0037】
演算装置20は、測定動作に連動して得られる測定データを検出器15から随時、受け取り、記憶装置21に蓄積、記憶させると共に(ステップS10)、当該測定データを用いてピーク検出処理を行う(ステップS11)。ピーク検出処理は特性X線の回折ピークの検出を目的として行われ、例えば、閾値を設定してノイズレベルを超えるピークを検出する。ちなみに、ピーク検出は周知のアルゴリズムで行うことができる。
【0038】
ここで、演算装置20は直近のステップS10にて新たに受け取った測定データだけでなく、必要に応じて、それより前に受け取った測定データを記憶装置21から読み出してピーク検出処理S11の対象とすることができる。つまり、ピーク検出を行う角度範囲Wは、直近に受け取った測定データの回折角の範囲とすることもできるし、それよりも広い範囲とすることもできる。本実施形態では、測定部2による走査済みの角度範囲全体の測定データを対象としてピーク検出処理を行う。なお、角度範囲Wは走査済みの角度範囲のうちの一部であってもよく、例えば、演算装置20は、直近に測定データを得た回折角の範囲を含む一定幅の角度範囲を、測定動作の進行に連動してシフトさせて更新し、これをピーク検出処理の対象範囲として設定することができる。
【0039】
本実施形態では演算装置20は、角度範囲Wの下限から上限へ向けて回折ピークを探索し、回折ピークを検出すると(ステップS12にて「YES」の場合)、検出ピークのピーク位置である回折角2θを求める(ステップS13)。2θが決定されると、演算装置20は不要ピーク推定手段として機能し、不要ピーク推定処理を行う(ステップS14)。
【0040】
不要ピーク推定処理S14では、演算装置20は、検出された回折ピークが注目特性X線に由来する目的ピークによるものであるとの仮定の下、当該目的ピークのピーク位置に基づいて不要特性X線に由来する不要ピークの推定ピーク位置を計算する。具体的には、検出ピークのピーク位置2θが目的ピークのピーク位置2θであると仮定して、不要ピークのピーク位置2θを推定する。ちなみに推定ピーク位置2θは、2θが2θであるとの仮定の下で、記憶装置21に記憶されている波長λ,λ及びブラッグ条件を用いて計算することができる。なお、各特性X線には反射次数が異なる複数の回折ピークが現れうるが、本実施形態では、仮定された目的ピークの近傍に現れる不要ピークの位置を推定する。つまり、目的ピークと反射次数が同じ不要ピークについて2θを算出する。
【0041】
また、本実施形態では不要ピーク推定処理S14にて、不要ピークの推定ピーク位置2θに加えて、目的ピークと不要ピークとの予め想定される強度比に基づき、推定ピーク位置2θを求めた不要ピークについて測定データにおける推定ピーク強度を計算する。目的ピークと不要ピークとの予め想定される強度比として、例えば、X線管12での注目特性X線Xと不要特性X線Xの出力強度比ηを用いることができる。また、X線フィルタ14を使用する場合にはその減衰率ζを考慮して不要ピークの推定ピーク強度を計算する。
【0042】
演算装置20は、不要ピーク推定手段としてピーク位置2θなどの推定を行うと、次に、測定データを修正して表示用データを生成するデータ修正手段として機能する。具体的には、演算装置20は、測定データから推定ピーク位置2θに存在する回折ピークを除去して表示用データを生成する。そこで、演算装置20は基本動作としては、推定ピーク位置2θにてピーク検出処理を行い、推定ピーク位置2θに対応する位置に回折ピークが存在するかを確認し(ステップS16)、回折ピークが存在する場合に(ステップS17にて「YES」の場合)、不要ピーク除去処理を行い当該回折ピークを除去する(ステップS18)。例えば、不要ピーク除去処理S18では、推定ピーク位置2θに存在する回折ピークを、不要ピーク推定処理S14で求めた推定ピーク強度に応じた強度で除去することができる。この不要ピーク除去処理S18により測定データが修正され、その処理結果は例えば、記憶装置21に記憶される。
【0043】
一方、推定ピーク位置2θに対応する位置に回折ピークの存在が確認できない場合には(ステップS17にて「NO」の場合)、不要ピーク除去処理S18は省略される。
【0044】
ここで、推定ピーク位置2θが低角度の場合には、対応する位置に回折ピークを検出しづらいことが起こり得る。例えば、角度範囲Wの下限から回折ピークの探索を開始した場合、本実施形態にて不要特性X線XとするKβ線の波長λの方が注目特性X線XとするKα線の波長λより短いので、Kα線とKβ線の同じ反射次数の回折ピークのうちKβ線の方がより低角度側に位置する。よって、ステップS11での最初の検出ピークはKβ線の回折ピークである可能性がある。また、同じ反射次数ではKβ線の回折ピークの強度はKα線の回折ピークより小さく、検出ピークがKβ線由来である場合、そのピーク強度は絶対値として小さくなり得る。しかし、最初の検出ピークでは、Kα線とKβ線とでの強度の比較を行うことができないので、当該検出ピークがKβ線由来のため小さいのか、Kα線由来であるが他の要因で小さいのか判断が困難である。ここで検出ピークがKα線由来である場合、ステップS14で求めた推定ピーク位置2θの位置に不要ピークが存在するはずであるが、それはステップS16での回折ピークの判断基準を満たさない小さなピークであり得る。特に、低反射次数、つまり低角度側ではKα線の回折ピークとKβ線の回折ピークとの間隔が狭くなり、例えば、Kβ線の回折ピークがKα線の回折ピークの裾野部分に重畳して独立したピークとして検出しづらくなり得ることが想定される。
【0045】
そこで、2θがそのような低反射次数に対応した低角度ではない場合には(ステップS15にて「NO」の場合)、ステップS16,S17の処理を行う上述の基本動作とする一方、2θが当該低角度に該当する場合には(ステップS15にて「YES」の場合)、いわば例外動作としてステップS16,S17の処理を省略し、不要ピーク除去処理S18を行うこととしている。なお、この例外動作での不要ピーク除去処理S18は、2θに対応した不要ピークの形状を特定できるとは限らないので、例えば、2θとその近傍範囲とで回折強度を平滑化するといった処理とすることができる。
【0046】
演算装置20は、ピーク検出処理S11で見つけた回折ピークに対するステップS13~S18の処理を終えた場合、具体的には、上述の基本動作または例外動作で不要ピーク除去処理S18を行った場合、及びステップS17にて回折ピークの存在が確認できず不要ピーク除去処理S18が省略された場合には、ステップS11に戻ってピーク検出処理を再開し、角度範囲Wのうち未探索の部分についてピーク検出を続ける。そして、新たなピークが検出された場合には(ステップS12にて「YES」の場合)、ステップS13~S18の処理を行う。
【0047】
一方、角度範囲Wに1つもピークを検出できない場合や再開後のピーク検出処理にてピークを検出できない場合には(ステップS12にて「NO」の場合)、角度範囲Wの下限から上限への回折ピークの探索は当該上限に到達し、角度範囲Wについての測定データの修正が終了する。演算装置20は修正された測定データに基づいて表示用データを生成する(ステップS19)。
【0048】
本実施形態では、表示用データとして、横軸を回折角、縦軸を回折強度としてグラフ表示するX線回折パターンを生成する。ここで、演算装置20でのピーク検出処理S11、不要ピーク推定処理S14及び不要ピーク除去処理S18の処理負荷は比較的小さいので、本実施形態では処理アルゴリズムの単純化の観点から、それら処理を行う角度範囲Wを、測定部2による走査済みの角度範囲全体としている。一方、それら処理に比べて描画データの生成は大きな負荷となり得る。そこで、表示用データの生成負荷の軽減を図りたい場合には、ステップS19では、図2の処理ループにて先行して処理された角度範囲についての表示用データを利用し、これに、その後に得られた測定データによる更新部分を追加して新たな表示用データを得る構成とすることができる。具体的には、図2の処理ループの各回にて表示用データとして生成されたX線回折パターンは記憶装置21に記憶させ、次の回では、測定データが追加された角度範囲、及び追加測定データに起因して修正が及ぶ範囲のX線回折パターンのみを生成し、これを記憶されている前回のX線回折パターンに付け加える。
【0049】
表示用データの生成が完了すると、これを以て、図2のデータ処理S3が終わり、演算装置20は図2のステップS4に処理を進め、生成された表示用データを表示装置等、出力装置5へ出力する。
【0050】
図4図8はX線回析装置1によるデータ処理の処理結果の例を示すグラフである。各図の上段の(a)のグラフ及び下段の(b)のグラフはいずれも横軸を回折角、縦軸を回折強度として表されたX線回折パターンのグラフであり、(a)は測定部2がCuのKα,Kβ線を特性X線を出射するX線源を用いて取得した測定データであり、(b)はデータ処理部3によるデータ処理で生成された表示用データを表している。なお、図4図8の各図には回折角2θが20°から90°の範囲が示されている。
【0051】
測定部2は回折角2θを増加させつつ測定を行い、当該測定の進行と共に、測定データが得られた回折角の範囲、及び表示用データが生成された回折角の範囲は拡大する。図4図8はその変化を表しており、図4から図8への順序で時系列をなす。ちなみに、各図の上段のデータと下段のデータとはX線回折装置1にて基本的に同時刻に得られているが、データ処理部3での測定データの入力から表示用データの生成までの処理時間分、下段には上段に対する遅延が生じている。
【0052】
X線回折装置1は、測定部2により測定動作を開始すると共に(図2のステップS1)、データ処理部3において図3を用いて説明したデータ処理を開始し処理結果を、例えば、図4図8それぞれの(b)に示すように順次、表示する(図2のステップS3,S4)。ちなみに、測定動作と並行して行われる図2のステップS2~S5のループ処理は、処理結果として表示される回折角の範囲が測定動作に追従して滑らかに変化するリアルタイム処理となる周期で行われており、図4は当該ループ処理をすでに多数回繰り返した後の時点を表している。
【0053】
以下、図4図8を具体例として用いて、図2図3に示した処理を概観する。例えば、データ処理S3において演算装置20は,図4(a)の測定データの回折角2θが20°の側からピーク検出処理S11を開始し、ピーク30を最初の回折ピークとして検出する。このピーク30は実際にはKβ線の回折ピークであり、後に検出されるより大きなピーク31がそれと同じ反射次数のKα線の回折ピークであるのだが、ピーク30を検出した時点ではそれは判断できない。そこで演算装置20はピーク30がKα線由来であると仮定してKβ線由来の不要ピークの位置2θを推定する(図3のステップS14)。ここで、実際にはKβ線由来であるピーク30をKα線由来であると誤って仮定しても、X線フィルタ14を使用するとKα線に対するKβ線の回折ピークの強度比ηは1よりはるかに小さく、よって、小さなピーク30から位置2θにKβ由来として推定される不要ピークの強度はさらに小さなものとなるので、その除去処理の影響は小さい。なお、当該2θはピーク30の位置より低角度となり、例えば、その位置2θでのピーク検出処理S16を省略して不要ピーク除去処理S18が行われる。
【0054】
演算装置20はピーク30の検出後、ピーク検出処理S11を継続し、次にピーク31を検出する。ピーク31はKα線の回折ピークであり、不要ピーク推定処理S14にて、同じ反射次数であるKβ線の回折ピークの位置が不要ピークの推定位置2θとして算出される。また、演算装置20は、Kα線に対するKβ線の回折ピークの強度比η及びX線フィルタ14の減衰率ζを考慮して、ピーク31の強度から不要ピークの推定強度を算出する。そして、推定位置2θでのピーク検出処理S16により検出されたピークを、不要ピーク除去処理S18にて当該推定強度に応じた強度で除去する。その結果、図4(b)の表示用データでは、測定データのピーク31に対応する位置にピーク31bは現れているが、ピーク30は除去されている。
【0055】
図5図4から時間が経過し、測定済みの回折角の範囲が拡大した状態を示しており、また図6図5からさらに時間が経過した状態を示している。ここまでの測定データとして図6(a)にはKα線由来の回折ピークとしてピーク31に加え、ピーク33,35,36が現れ、ピーク33,35から推定される位置2θにKβ線由来の回折ピークであるピーク32,34が現れており、ピーク32~36がピーク検出処理S11にて順に検出され、不要ピーク推定処理S14にて推定位置2θが求められる。
【0056】
これらピーク32~36のうちピーク32,34については、それらのピーク位置から計算した推定位置2θにピーク検出処理S16にてピークが検出されず、不要ピーク除去処理S18は省略される。一方、ピーク33,35については、ピーク検出処理S16にて推定位置2θにピーク32,34が検出され、不要ピーク除去処理S18にて除去される。その結果、図6(b)では、図4(b)の表示用データに続く回折角の範囲に、ピーク33,35に対応する位置にピーク33b,35bが現れ、一方、ピーク32,34が除去された表示用データが追加されている。
【0057】
図7図6から時間が経過し測定部2が測定を終えた状態を示しており、図8図7から時間が経過して、測定データの最後までデータ処理が行われ表示用データが生成された状態を示している。図8(a)の測定データにおいて、ピーク35後のKα線由来の回折ピークとしてピーク36~38がピーク検出処理S11で順に検出され、不要ピーク推定処理S14にて推定位置2θが求められる。
【0058】
これらピーク36~38はKα線由来の回折ピークであるが、回折角が小さい場合より強度が低下し、それらに対応するKβ線由来の回折ピークの強度も小さくなる。そのため、ピーク検出処理S16にて推定位置2θにピークが検出されず、不要ピーク除去処理S18は省略される。その結果、図8(b)では、図6(b)の表示用データに続く回折角の範囲に、ピーク36~38に対応する位置にピーク36b~38bが現れる表示用データが追加されている。
【0059】
なお、不要ピーク除去処理S18では、推定ピーク位置2θに検出されるピークの全体を単純に不要ピークとして除去することもできる。しかし、本実施形態では、不要ピークの強度を推定し、それを用いて不要ピーク除去処理S18を行う。具体的には、位置2θに検出されたピークの強度のうち不要ピークに対応する成分だけを除去する構成とすることができる。例えば、Kβ線由来の不要ピークと反射次数が異なるKα線由来の目的ピークとはたまたま重複する位置に現れ得るけれども、当該構成では、当該目的ピークを残し表示用データに抽出することが可能である。また、その際には、不要ピークの形についてガウス関数などを仮定し、推定強度と共に、想定したピーク形状を考慮して、不要ピークの成分除去を行うことができる。
【0060】
また、X線フィルタ14通過後の回折ピークには、ピーク位置の一方側の裾に、X線フィルタ14の吸収端に起因するにエッジ形状が観測される。そこで、不要ピーク除去処理S18では、かかるエッジ形状も併せて除去してもよい。
【0061】
本実施形態に係るX線回折装置1は、入射側にモノクロメータを用いたり、高エネルギー分解能を有する検出器を用いたりしない簡便な構成であるにもかかわらず、測定動作中に、分析に有用な注目特性X線のピークが抽出されたX線回折パターンを順次更新してユーザに提供することができる。つまり、ユーザは測定中にもかかわらず、分析に際して邪魔となり得る不要ピークが除去され目的ピークが抽出されたX線回折パターンを確認することができ、予想されるピーク位置に目的ピークが観測されるか否かや、そのピーク強度がどの程度かなどを速やかに知ることができる。
【0062】
[第2の実施形態]
本発明の第2の実施形態のX線回析装置1は、第1の実施形態において示した図1と共通の構成であり、また、図2図3に示す処理フローも共通である。第2の実施形態と第1の実施形態とは、演算装置20による不要ピーク推定処理S14の内容に主な差異を有する。ここでは、第2の実施形態に関し第1の実施形態との共通点については、基本的に第1の実施形態の記載内容を援用することとして説明を省略する。以下、第2の実施形態について第1の実施形態との差異を中心に説明する。
【0063】
X線源であるX線管12からの不要特性X線には、第1の不要ピークを生じる第1の不要特性X線と、第2の不要ピークを生じる特性X線であって注目特性X線との波長差が第1の不要特性X線の当該波長差よりも小さい第2の不要特性X線とが存在する。例えば、第1の実施形態のCuのKα線は詳細には波長1.5405ÅのKα1線と波長1.5443ÅのKα2線とからなり、それらの強度比はほぼ2:1である。Kα1線とKα2線とは測定条件によっては分離して見えず、それらは合わせてKα線として扱われる。
【0064】
一方、Kα1線とKα2線とを分離することができれば、より精密な分析が可能となる。第2の実施形態はそれを可能とする構成である。具体的には、Kα1線を注目特性X線Xとする一方、Kβ線に加えてKα2線を不要特性X線とする。ここでは、Kβ線を第1の不要特性X線XR1とし、Kα2線を第2の不要特性X線XR2とする。X,XR1,XR2それぞれの波長をλ,λR1,λR2で表す。ここで、λR2-λ<λ-λR1であり、第2の不要特性X線の注目特性X線との波長差は第1の不要特性X線の注目特性X線との波長差よりも小さいという関係が成立している。
【0065】
記憶装置21は、注目特性X線及び不要特性X線に関する情報として、第1の実施形態における情報に加えて、第2の不要特性X線に関係する情報を測定に際して事前に保存されている。例えば、記憶装置21は当該情報として、特性X線X,XR1,XR2それぞれの波長λ,λR1,λR2及び、それら特性X線のX線管12での出力強度比ηやX線フィルタ14での減衰率ζなどを記憶している。
【0066】
演算装置20は、ピーク検出処理S11で検出した回折ピークの位置2θ図3のステップS13にて決定した後、当該位置2θの回折ピークが目的ピークであると仮定して不要ピーク推定処理S14を行う。
【0067】
本実施形態ではこの不要ピーク推定処理S14にて、位置2θの回折ピークについて仮定した目的ピークに第2の不要ピークが重畳しているか否か、つまり位置2θの回折ピークが目的ピークと第2の不要ピークとの複合ピークであるか否かを推定する。そして、重畳していると推定した場合には検出された回折ピークから目的ピークのピーク位置2θを計算する。つまり、検出ピークの位置2θをそのまま目的ピークの位置2θと仮定するのではなく、検出ピークから第2の不要ピークの影響を除去し、ピーク位置を修正して2θを定める。
【0068】
演算装置20は、目的ピークと第2の不要ピークとの重畳を、ピーク位置及びピーク強度に関する目的ピークと第2の不要ピークとの予め想定される相互関係に基づいて推定することができる。さらに、重畳している場合には当該相互関係を用いて、検出ピークから目的ピークのピーク位置2θを求めることができる。例えば、波長λ,λR2の差から目的ピークと第2の不要ピークとの位置の差は推定でき、また、X線管12での出力強度比ηやX線フィルタ14での減衰率ζから目的ピークと第2の不要ピークとの相対強度が推定でき、このような情報と、位置2θの検出ピークの強度、幅、形状などの情報とから、重畳の推定や2θの算出を行うことができる。
【0069】
第1の実施形態では、不要ピーク推定処理S14にて、検出ピークの位置2θをKα線由来である目的ピークの位置と仮定し、その位置に基づいて、Kβ線由来である不要ピークの位置2θを推定した。これに対し、第2の実施形態では、Kβ線由来である第1の不要ピークの位置2θR1を、検出ピークの位置2θに代えて検出ピークから推定したKα1線由来の目的ピークの位置に基づいて推定する。
【0070】
なお、位置2θが低角度側であるほど、Kα1線の回折ピークとKα2線の回折ピークとの位置は接近し、重畳を生じ易く、一方、高角度側では両ピークは分離しやすい。これは、図7(a)に示すピーク31,33,35~38に見て取ることができ、例えば、低角度側のピーク31には1つの頂点しか見えないが、高角度側のピーク38には2つの頂点が見える。但し、高角度側でも2つのピークは互いに重なった部分を有している。なお、例えば、高角度にて2つのピークが完全に分離して現れた場合、重複はないと判断され、この場合は、検出ピークの位置2θを目的ピークの位置2θとし、当該位置2θに基づいて第1の不要ピークの位置2θR1を推定する。
【0071】
演算装置20は不要ピーク推定処理S14の後、推定位置2θR1から不要ピークを除去する処理を行うが、その処理は第1の実施形態で説明した図3のステップS15~S18と基本的に同様に行われる。
【0072】
本実施形態に係るX線回折装置1は第1の実施形態と同様、分析に際して邪魔となり得る不要ピークが除去されたX線回折パターンを測定中に表示することができ、ユーザは予想されるピーク位置に目的ピークが観測されるか否かや、そのピーク強度がどの程度かなどを速やかに知ることができる。そして、第2の実施形態では、表示用データの生成に際し、不要ピークの位置の推定精度が向上して不要ピークのより好適な除去が図れる。これにより、例えば、ユーザが測定中において表示用データを一層理解しやすくなる。
【0073】
[第3の実施形態]
本発明の第3の実施形態のX線回析装置1は、第1の実施形態において示した図1と共通の構成であり、また、図2図3に示す処理フローも共通である。第3の実施形態と第1の実施形態とは、演算装置20による不要ピーク推定処理S14及び不要ピーク除去処理S18の内容に主な差異を有する。ここでは、第3の実施形態に関し第1及び第2の実施形態との共通点については、基本的にそれら実施形態の記載内容を援用することとして説明を省略する。以下、第3の実施形態について上記各実施形態との差異を中心に説明する。
【0074】
第2の実施形態ではKα線の回折ピークに含まれるKα1線の回折ピークを目的ピークとし、Kα1線の回折ピークの位置を基準として第1の不要ピークであるKβ線の回折ピークの位置を推定し、当該Kβ線の回折ピークを除去する。一方、第3の実施形態では、当該Kβ線の回折ピークを除去すると共に、さらに第2の不要ピークとするKα2線の回折ピークを除去する。
【0075】
記憶装置21は、注目特性X線及び不要特性X線に関する情報として、第2の実施形態と同様の情報を記憶する。
【0076】
演算装置20は不要ピーク推定処理S14にて、第2の実施形態と同様にして、ピーク検出処理S11での検出ピークからKα1線由来の目的ピークの位置を推定する。また、第2の実施形態と同様、Kα1線由来の目的ピークの推定位置に基づいて、Kβ線由来の第1の不要ピークの推定位置を求める。さらに、本実施形態では、不要ピーク推定処理S14にて、第2の不要ピークであるKα2線の回折ピークについて推定ピーク位置を求める。
【0077】
ここで、第1の不要ピークのピーク位置2θR1の推定は、第1の実施形態で述べた手法で行うことができる。第2の不要ピークのピーク位置2θR2の推定も基本的にそれと同じ手法で行うことができる。つまり、目的ピークの推定された位置2θと、波長λ,λR2及びブラッグ条件とを用いて位置2θR2を計算することができる。
【0078】
なお、検出ピークについて目的ピークと第2の不要ピークとの重畳が推定された場合には、目的ピークの位置2θを推定する処理にて、目的ピークと第2の不要ピークとの合成ピークが検出ピークと整合するように、目的ピーク及び第2の不要ピークそれぞれの位置・強度が定められる。つまり、この場合は、基本的に位置2θの推定処理にて位置2θR2も得られる。
【0079】
演算装置20は、データ修正手段として、測定データから第1及び第2の不要ピークそれぞれの推定ピーク位置に存在する回折ピークを除去する。つまり、演算装置20は、不要ピーク推定処理S14の後、推定位置2θR1及び2θR2から不要ピークを除去する処理を行う。この除去処理は第1の実施形態で説明した図3のステップS15~S18と基本的に同様に行うことができる。
【0080】
なお、検出ピークについて目的ピークと第2の不要ピークとの重畳が推定された場合には、目的ピークの位置2θを推定する処理にて、検出ピークの強度のうち第2の不要ピークの成分を弁別することが可能である。よって、この場合、第2の不要ピークは測定データから当該成分を差し引くことで除去できる。
【0081】
図9は第3の実施形態のX線回折装置1によるデータ処理の処理結果の例を示すグラフである。図9(a)は測定データであり、図9(b)はデータ処理で生成された表示用データを表しており、それぞれの表現の仕方は図4図8と同様である。図9図8と同様、測定データの最後までデータ処理が行われ表示用データが生成された状態を示している。図9(a)のX線回折パターンは図8(a)と共通であり、ピーク30~38が現れている。図9(b)の表示用データのX線回折パターンからは、図8と同様、Kβ線の回折ピーク30,32,34が除去されている。一方、図9(b)のピーク31c,33c,35c~38cは、測定データのKα線の回折ピーク31,33,35~38から修正されている点で図8(b)のピーク31b,33b,35b~38bと相違する。つまり、ピーク31c,33c,35c~38cは、測定データのKα線の回折ピーク31,33,35~38からKα2線の回折ピークを除去して得られたものであり、Kα1線の回折ピークである。回折ピーク31,33,35~38に対する修正は特に、ピーク38とピーク38cといった高角度側のピークを比較すると明らかであり、例えば、ピーク38では2つの頂点が現れているのに対し、ピーク38cでは頂点は1つになり、ピーク幅は狭くなりピーク形状はシャープになっている。
【0082】
本実施形態では、第2の実施形態と同様、不要ピークの位置の推定精度が向上して不要ピークのより好適な除去が図れると共に、さらに、2つの特性X線の回折ピークの複合ピークを目的ピークとするのではなく、単一の特性X線の回折ピークが目的ピークとして表示用データに抽出される。
【0083】
本実施形態に係るX線回折装置1は第1の実施形態と同様、分析に際して邪魔となり得る不要ピークが除去されたX線回折パターンを測定中に表示することができ、ユーザは予想されるピーク位置に目的ピークが観測されるか否かや、そのピーク強度がどの程度かなどを速やかに知ることができる。そして、第3の実施形態では、第2の実施形態と同様、第1の不要ピークのより好適な除去が図れる。また、第3の実施形態では目的ピークと重畳し得る第2の不要ピークが除去されるので、例えば、ユーザが測定中において表示用データを一層理解しやすくなる。
【0084】
以上、本発明の実施形態に係るX線分析装置、X線分析方法、及びX線分析プログラムについて説明した。本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく種々の変形が可能である。例えば、実施形態で説明した構成は、実質的に同一の構成、同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成で置き換えることができる。例えば、X線源についてはCuの特性X線を含むX線を出射するものに代えて、Mo、Ag、Co、Cr、Fe(モリブデン、銀、コバルト、クロム、鉄)等の特性X線を含むX線を出射するものを用いることができる。
【符号の説明】
【0085】
1 X線回析装置、2 測定部、3 データ処理部、4 入力装置、5 出力装置、11 支持台、12 X線管、13 スリット、14 X線フィルタ、15 検出器、16 ゴニオメータ、20 演算装置、21 記憶装置、100 試料。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9