(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-27
(45)【発行日】2022-11-07
(54)【発明の名称】溶射皮膜の形成方法、高速フレーム溶射装置、及び高速フレーム溶射用ノズル
(51)【国際特許分類】
C23C 4/129 20160101AFI20221028BHJP
B05B 7/20 20060101ALI20221028BHJP
B05D 1/08 20060101ALI20221028BHJP
【FI】
C23C4/129
B05B7/20
B05D1/08
(21)【出願番号】P 2018164703
(22)【出願日】2018-09-03
【審査請求日】2021-06-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】特許業務法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 圭史
(72)【発明者】
【氏名】片野田 洋
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特表2006-525118(JP,A)
【文献】特開平07-323351(JP,A)
【文献】特開平11-200007(JP,A)
【文献】特開2003-183805(JP,A)
【文献】特開2004-300528(JP,A)
【文献】特開平11-222662(JP,A)
【文献】特表2005-512774(JP,A)
【文献】特開2010-242204(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00-4/18
B05B 7/20
B05D 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料と、酸素を含む支燃性ガスとを混合し燃焼させて高圧の燃焼ガスを生成する燃焼室と、前記燃焼室の出口に設けられ、生成された燃焼ガスのフレームを超音速フレームにまで加速するラバルノズル部と、前記ラバルノズル部の出口に設けられたバレル部と、前記バレル部に設けられ、前記ラバルノズル部で得られた超音速フレームに溶射材料を供給する材料供給部と、を備え、前記材料供給部から前記バレル部に供給された溶射材料を超音速フレームにより加速及び加熱し溶射粒子として射出する高速フレーム溶射装置を用いた溶射皮膜の形成方法であって、
前記ラバルノズル部は、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に減少する先細部と、前記先細部の先端に位置しかつ内部の断面積が前記ラバルノズル部内において最小断面積となるスロート部と、前記スロート部の先端に位置しかつ下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に拡大する末広部と、を組み合わせたものであり、
前記材料供給部による溶射材料の供給位置から前記バレル部の出口までの前記バレル部の長さをノズル長さと定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記供給位置での前記バレル部内の断面積の比を第1面積比と定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記バレル部の出口の断面積の比を第2面積比と定義し、前記供給位置での前記バレル部の内径に対する前記ノズル長さの比をノズル長さ比と定義したときに、前記燃焼室内における燃焼ガスの燃焼圧の設定に応じて以下の条件に設計された高速フレーム溶射装置を用いた溶射皮膜の形成方法。
燃焼圧を0.8MPa以上、かつ2.0MPa未満に設定する場合:
第1面積比は1.5以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は3.0以上、かつ7.0以下
ノズル長さ比は7.0以上、かつ15.0以下
燃焼圧を2.0MPa以上、かつ3.0MPa未満に設定する場合:
第1面積比は2.8以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は3.5以上、かつ
10.6以下
ノズル長さ比は8.0以上、かつ20.0以下
燃焼圧を3.0MPa以上、かつ5.0MPa
未満に設定する場合:
第1面積比は3.3以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は4.0以上、かつ18.0以下
ノズル長さ比は9.0以上、かつ25.0以下
【請求項2】
前記超音速フレームは、前記バレル部の出口から下流方向に、下記に定義する位相反転型ショックダイヤモンドを形成する、請求項1に記載の溶射皮膜の形成方法。
位相反転型ショックダイヤモンド:バレル出口直後におけるフレームの静圧が大気圧(外気圧)よりも低く、フレームの進行方向に向かって大気圧(外気圧)による圧縮を受けることで、バレル出口から一定の距離を隔てて圧力が最大となり、その後、圧力の増減を周期的に繰り返すことを特徴とするショックダイヤモンド。
【請求項3】
燃料と、酸素を含む支燃性ガスとを混合し燃焼させて高圧の燃焼ガスを生成する燃焼室と、
前記燃焼室の出口に設けられ、生成された燃焼ガスのフレームを超音速フレームにまで加速するラバルノズル部と、
前記ラバルノズル部の出口に設けられたバレル部と、
前記バレル部に設けられ、前記ラバルノズル部で得られた超音速フレームに溶射材料を供給する材料供給部と、を備え、前記材料供給部から前記バレル部に供給された溶射材料を超音速フレームにより加速及び加熱し溶射粒子として射出する高速フレーム溶射装置であって、
前記ラバルノズル部は、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に減少する先細部と、前記先細部の先端に位置しかつ内部の断面積が前記ラバルノズル部内において最小断面積となるスロート部と、前記スロート部の先端に位置しかつ下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に拡大する末広部と、を組み合わせたものであり、
前記材料供給部による溶射材料の供給位置から前記バレル部の出口までの前記バレル部の長さをノズル長さと定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記供給位置での前記バレル部内の断面積の比を第1面積比と定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記バレル部の出口の断面積の比を第2面積比と定義し、前記供給位置での前記バレル部の内径に対する前記ノズル長さの比をノズル長さ比と定義したときに、
前記燃焼室内における燃焼ガスの燃焼圧の設定に応じて以下の条件に設計された高速フレーム溶射装置。
燃焼圧を0.8MPa以上、かつ2.0MPa未満に設定する場合:
第1面積比は1.5以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は3.0以上、かつ7.0以下
ノズル長さ比は7.0以上、かつ15.0以下
燃焼圧を2.0MPa以上、かつ3.0MPa未満に設定する場合:
第1面積比は2.8以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は3.5以上、かつ10.6以下
ノズル長さ比は8.0以上、かつ20.0以下
燃焼圧を3.0MPa以上、かつ5.0MPa未満に設定する場合:
第1面積比は3.3以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は4.0以上、かつ18.0以下
ノズル長さ比は9.0以上、かつ25.0以下
【請求項4】
燃料と、酸素を含む支燃性ガスとを混合し燃焼させて高圧の燃焼ガスを生成する燃焼室の出口に設けられ、生成された燃焼ガスのフレームを超音速フレームにまで加速するラバルノズル部と、
前記ラバルノズル部の出口に設けられたバレル部と、
前記バレル部に設けられ、前記ラバルノズル部で得られた超音速フレームに溶射材料を供給する材料供給部と、を備え、前記材料供給部から前記バレル部に供給された溶射材料を超音速フレームにより加速及び加熱し溶射粒子として射出する高速フレーム溶射用ノズルであって、
前記ラバルノズル部は、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に減少する先細部と、前記先細部の先端に位置しかつ内部の断面積が前記ラバルノズル部内において最小断面積となるスロート部と、前記スロート部の先端に位置しかつ下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に拡大する末広部と、を組み合わせたものであり、
前記材料供給部による溶射材料の供給位置から前記バレル部の出口までの前記バレル部の長さをノズル長さと定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記供給位置での前記バレル部内の断面積の比を第1面積比と定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記バレル部の出口の断面積の比を第2面積比と定義し、前記供給位置での前記バレル部の内径に対する前記ノズル長さの比をノズル長さ比と定義したときに、前記第1面積比は1.5以上、かつ第2面積比以下、前記第2面積比は3.0以上、かつ
7.0以下、前記ノズル長さ比は7.0以上、かつ
15.0以下である、高速フレーム溶射用ノズル。
【請求項5】
前記ラバルノズル部は、前記燃焼ガスの燃焼圧が0.8MPa以上、かつ2.0MPa未満に設定される前記燃焼室の出口に設けられる、請求項4に記載の高速フレーム溶射用ノズル。
【請求項6】
燃料と、酸素を含む支燃性ガスとを混合し燃焼させて高圧の燃焼ガスを生成する燃焼室の出口に設けられ、生成された燃焼ガスのフレームを超音速フレームにまで加速するラバルノズル部と、
前記ラバルノズル部の出口に設けられたバレル部と、
前記バレル部に設けられ、前記ラバルノズル部で得られた超音速フレームに溶射材料を供給する材料供給部と、を備え、前記材料供給部から前記バレル部に供給された溶射材料を超音速フレームにより加速及び加熱し溶射粒子として射出する高速フレーム溶射用ノズルであって、
前記ラバルノズル部は、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に減少する先細部と、前記先細部の先端に位置しかつ内部の断面積が前記ラバルノズル部内において最小断面積となるスロート部と、前記スロート部の先端に位置しかつ下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に拡大する末広部と、を組み合わせたものであり、
前記材料供給部による溶射材料の供給位置から前記バレル部の出口までの前記バレル部の長さをノズル長さと定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記供給位置での前記バレル部内の断面積の比を第1面積比と定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記バレル部の出口の断面積の比を第2面積比と定義し、前記供給位置での前記バレル部の内径に対する前記ノズル長さの比をノズル長さ比と定義したときに、前記第1面積比は2.8以上、かつ第2面積比以下、前記第2面積比は3.5以上、かつ10.6以下、前記ノズル長さ比は8.0以上、かつ20.0以下である、高速フレーム溶射用ノズル。
【請求項7】
前記ラバルノズル部は、前記燃焼ガスの燃焼圧が2.0MPa以上、かつ3.0MPa未満に設定される前記燃焼室の出口に設けられる、請求項6に記載の高速フレーム溶射用ノズル。
【請求項8】
燃料と、酸素を含む支燃性ガスとを混合し燃焼させて高圧の燃焼ガスを生成する燃焼室の出口に設けられ、生成された燃焼ガスのフレームを超音速フレームにまで加速するラバルノズル部と、
前記ラバルノズル部の出口に設けられたバレル部と、
前記バレル部に設けられ、前記ラバルノズル部で得られた超音速フレームに溶射材料を供給する材料供給部と、を備え、前記材料供給部から前記バレル部に供給された溶射材料を超音速フレームにより加速及び加熱し溶射粒子として射出する高速フレーム溶射用ノズルであって、
前記ラバルノズル部は、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に減少する先細部と、前記先細部の先端に位置しかつ内部の断面積が前記ラバルノズル部内において最小断面積となるスロート部と、前記スロート部の先端に位置しかつ下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に拡大する末広部と、を組み合わせたものであり、
前記材料供給部による溶射材料の供給位置から前記バレル部の出口までの前記バレル部の長さをノズル長さと定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記供給位置での前記バレル部内の断面積の比を第1面積比と定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記バレル部の出口の断面積の比を第2面積比と定義し、前記供給位置での前記バレル部の内径に対する前記ノズル長さの比をノズル長さ比と定義したときに、前記第1面積比は3.3以上、かつ第2面積比以下、前記第2面積比は4.0以上、かつ18.0以下、前記ノズル長さ比は9.0以上、かつ25.0以下である、高速フレーム溶射用ノズル。
【請求項9】
前記ラバルノズル部は、前記燃焼ガスの燃焼圧が3.0MPa以上、かつ5.0MPa未満に設定される前記燃焼室の出口に設けられる、請求項8に記載の高速フレーム溶射用ノズル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射皮膜の形成方法、高速フレーム溶射装置、及び高速フレーム溶射用ノズルに関する。
【背景技術】
【0002】
硬さ及び緻密性に優れた溶射皮膜を形成するために用いられる溶射法として、HVOF(High Velocity Oxygen-Fuel)溶射法等の超音速燃焼ガスを用いた高速フレーム溶射法が知られている(例えば特許文献1~5参照)。超音速燃焼ガスを用いた溶射装置は、一般的には、(i)灯油、アルコール、プロパン、エチレン等の燃料と、酸素を含む支燃性ガスとを混合し燃焼させて高圧の燃焼ガスを生成する燃焼室、(ii)上記燃焼室の出口に設けられ、生成された燃焼ガスの出口流路を絞って燃焼ガスを加速・膨張させる先細部、(iii)燃焼ガスの速度が音速に達する最小断面積部(スロート部)、(iv)上記スロート部の出口に設けられ、燃焼ガスの出口流路を広げることで燃焼ガスを音速からさらに加速・膨張させて超音速フレーム(火炎)を生成する末広部、(v)その超音速フレームに溶射材料を供給して、適切な温度および速度を有する溶射粒子として射出するためのバレル部を備えている。上記の(ii)~(iv)を合わせて、ラバルノズルと呼ぶ。上記のラバルノズルに(v)を加えたものを、溶射ノズルと呼ぶことにする。
【0003】
また、HVOF溶射法の改良版として、酸素ガスではなく圧縮空気を利用したHVAF(High Velocity Air-Fuel)溶射法(例えば特許文献4参照)が知られており、近年では、燃焼室と先細部の間にガス混合室を設け、窒素等の不活性ガスをこのガス混合室に導入することで燃焼ガスの温度を制御するウォームスプレー法(例えば特許文献6~11参照)が広く知られるようになってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特公昭60-29309号公報
【文献】特開昭60-169555号公報
【文献】特開昭62-19273号公報
【文献】特表平6-504227号公報
【文献】特開平9-176823号公報
【文献】特開2006-274326号公報
【文献】特開2007-29950号公報
【文献】特開2008-69377号公報
【文献】特開2008-155129号公報
【文献】国際公開第2008/68942号
【文献】国際公開第2009/11342号
【非特許文献】
【0005】
【文献】片野田洋、高速フレーム溶射ガン内のガスと粒子の挙動に及ぼす管摩擦,冷却,ノズル形状の影響に関する準一次元解析、溶射Vol.43、No.3、2006年7月、p.79-85
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現在、広く普及している高速フレーム溶射装置は、プラックスエアー社のJP5000など、一般的に溶射ノズル内でマッハ2の超音速フレームを生成するといわれているHVOF溶射装置である。JP5000では、超音速フレームの発生機構として、燃焼ガスの流路を徐々に絞り、生成したフレームを音速まで加速するための先細部と、先細部の先端に位置し最小断面積となるスロート部と、スロート部より下流の燃焼ガスの流路を徐々に広げ、スロート部で音速に達したフレームを膨張させて超音速まで加速するための末広部とを組み合わせたラバルノズルを採用している。しかし、上記に示したJP5000およびこれと同様の基本構造を有し、マッハ2の超音速フレームが得られるとするHVOF溶射装置は、一般的に知られている超音速フレームの速度、温度、圧力といった特性は、バレル部の入口から出口まで一定に保たれる、すなわち、等エントロピー流れであることを前提としている。そのため、超音速流がバレル部を通過する際の管壁面との摩擦抵抗や、バレル部が溶損するのを防ぐためのノズル冷却がフレームに与える影響や損失についてはまったく考慮されていない。
【0007】
また、上記に示したHVOF溶射装置で採用されている溶射ノズルのバレル部は、供給される溶射材料を加熱および加速することが目的であるため、ライフル銃の銃身(バレル)と同様、ノズル径(出口径)に対するノズルの長さの比(以下、「ノズル長さ比」と記す)を大きく設計する傾向にある。しかしながらノズル長さ比を大きくとりすぎると、非特許文献1に記載されているように管摩擦などの影響が大きくなる。非特許文献1は、JP5000の溶射ノズルにおける上記の管摩擦抵抗や冷却による損失を考慮したフレーム特性を研究した論文であり、それによると、ラバルノズルで得られたマッハ2のフレームはノズル出口ではマッハ1.8となって約10%低下し、フレーム温度も2200Kとなって約8%低下する。なお、速度はマッハ数と音速の積であり、音速は絶対温度の平方根に比例する。そのため、マッハ数が10%低下し、フレーム温度が8%低下すると、速度は14%低下する。
【0008】
上記の結果を考慮すると、JP5000で採用されているようなノズル長さ比が比較的大きく、またフレーム流速が音速の2倍(マッハ2)に達するような超音速の管内流れにおいては、損失を無視した等エントロピー流れ理論で推定したフレームの速度、温度、圧力といった特性は実際とは大きく異なる。そのため、溶射材料の種類によっては従来のフレーム特性に基づく検討では十分にその材料特性を発揮できない場合があり、また、フレームの速度および温度の低下に対応するエネルギーも有効に利用されないため、実際には良好な溶射皮膜を十分にないし効率的に形成できているとはいえなかった。
【0009】
本願発明者らはこのような問題について種々の検討を行った結果、上記のような損失がフレームに与える影響は、燃焼圧が高く、スロート部の内径が小さく、溶射ノズルの出口径が比較的小さく、また溶射ノズルのノズル長さ比が比較的大きい場合に大きくなることをつきとめた。すなわち、非特許文献1に記載されているような、溶射ノズルのスロート部内における断面積に対する出口での断面積の比が従来と同等であり、ノズル長さ比も従来と同等の条件の場合には、ノズル形状を変更するだけでは損失改善は困難であり、フレーム特性の大幅な改善は期待できないことが新たな検討で分かった。
【0010】
以上に記したように、マッハ2以上の超音速フレームを用いる高速フレーム溶射の場合、硬さ及び緻密性により優れた溶射皮膜を形成する目的で、より燃焼圧が高く、より高速の超音速フレームを利用しようとすればするほど、装置のエネルギー効率は低下するという課題がある。
【0011】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、従来の高速フレーム溶射法よりも効率的に良好な溶射皮膜を形成することができる溶射皮膜の形成方法、高速フレーム溶射装置、及び高速フレーム溶射用ノズルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者らは、上記の問題点を克復するべく鋭意研究を重ねる中で、燃焼圧が0.8MPa以上と比較的高く、溶射ノズル内部におけるフレームの等エントロピー流れ理論による設計上のマッハ数が2を超えるような場合でも、溶射ノズル内でのフレーム膨張を制御することで、管摩擦抵抗と冷却による損失を考慮したバレル部内におけるフレームの速度が少なくとも計算上低下しないように設計できることを見出した。
【0013】
上記の理論に基づいて生成された、バレル部内で速度が低下しないフレームでは、管摩擦による速度低下に見合う分のエネルギーは、フレームがラバルノズル出口で有している圧力および熱エネルギーにより賄われている。このため溶射ノズル内でのフレーム膨張は、所望の溶射に適するよう調整する必要がある。すなわち、なるべく多くの熱および圧力エネルギーを速度エネルギーに変換しようとすれば、溶射ノズル出口でのフレームの温度は、少なくとも所望の溶射に必要な最低限の温度まで下げるよう調整する必要があり、加えて、フレーム圧力の外気圧からの下げ幅は、少なくとも溶射ノズルの出口において外気の溶射ノズル内部への逆流を生じない程度に抑える必要がある。これは、もし外気の逆流が生じるとフレームの特性は著しく損なわれてしまうためである。これらの条件を満たす範囲において溶射粉末の特性に合わせて、溶射ノズルのスロート部内における断面積に対する出口での断面積の比を最適化することで、フレームの余剰熱エネルギーと圧力エネルギーは、溶射に有効な速度エネルギーに変換され、溶射時の損失を最小化することが可能になる。
【0014】
また、本願発明者らの行った研究の結果によれば、上記の最適条件を満たす溶射ノズルの出口近くにおける圧力は、外気圧(通常は大気圧)の50%程度まで低下しており、フレームは溶射ノズルから出た瞬間、外気による圧縮を受けることがある。これは、通常のHVOFのフレームが出口直後で膨張する傾向を持つのとは逆の特徴である。その結果、出口から下流側にかけて形成されるショックダイヤモンドと呼ばれる、衝撃波による減速領域が流れ方向に繰り返されるパターンは、通常のHVOFフレームのそれとは一定周期(約半波長分)ずれて現れるという特徴が見られる。これを位相反転型ショックダイヤモンドと呼ぶことにする。
【0015】
通常のショックダイヤモンドが見られる超音速フレームと位相反転型ショックダイヤモンドが見られる超音速フレームとの違いとして、通常のショックダイヤモンドが見られる超音速フレームでは、溶射ノズルの出口における圧力が外気圧よりも高いのに対して、位相反転型ショックダイヤモンドが見られる超音速フレームでは、溶射ノズルの出口の直後における圧力が外気圧よりも低いという特徴がある。これらの特徴の違いにより、ショックダイヤモンドの高輝度部が異なる地点で現れるという現象が起こる。
【0016】
また、本願発明者らがこのような位相反転型ショックダイヤモンドを生成するフレームに対し、1000℃以上の高温で成分の変質や酸化の影響を受けやすいサーメット材等の溶射材料を供給して溶射を試みたところ、溶射材料に対する熱によるダメージが大幅に緩和され、良好な溶射皮膜が得られることが分かった。また、このときに位相反転型ショックダイヤモンドがより鮮明なフレームであればあるほど、得られる皮膜の特性が良好であることが分かった。
【0017】
さらに、位相反転型ショックダイヤモンドを生成するフレームを得るための燃料と酸素の消費量を通常のショックダイヤモンドが現れるフレームの場合と比較したところ、位相反転型ショックダイヤモンドが現れるフレームの方が、エネルギー効率が大幅に高いことが分かった。本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものである。
【0018】
すなわち、本発明の溶射皮膜の形成方法は、燃料と、酸素を含む支燃性ガスとを混合し燃焼させて高圧の燃焼ガスを生成する燃焼室と、前記燃焼室の出口に設けられ、生成された燃焼ガスのフレームを超音速フレームにまで加速するラバルノズル部と、前記ラバルノズル部の出口に設けられたバレル部と、前記バレル部に設けられ、前記ラバルノズル部で得られた超音速フレームに溶射材料を供給する材料供給部と、を備え、前記材料供給部から前記バレル部に供給された溶射材料を超音速フレームにより加速及び加熱し溶射粒子として射出する高速フレーム溶射装置を用いた溶射皮膜の形成方法であって、前記ラバルノズル部は、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に減少する先細部と、前記先細部の先端に位置しかつ内部の断面積が前記ラバルノズル部内において最小断面積となるスロート部と、前記スロート部の先端に位置しかつ下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に拡大する末広部と、を組み合わせたものであり、前記材料供給部による溶射材料の供給位置から前記バレル部の出口までの前記バレル部の長さをノズル長さと定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記供給位置での前記バレル部内の断面積の比を第1面積比と定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記バレル部の出口の断面積の比を第2面積比と定義し、前記供給位置での前記バレル部の内径に対する前記ノズル長さの比をノズル長さ比と定義したときに、前記燃焼室内における燃焼ガスの燃焼圧の設定に応じて以下の条件に設計された高速フレーム溶射装置を用いた溶射皮膜の形成方法である。
燃焼圧を0.8MPa以上、かつ2.0MPa未満に設定する場合:
第1面積比は1.5以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は3.0以上、かつ7.0以下
ノズル長さ比は7.0以上、かつ15.0以下
燃焼圧を2.0MPa以上、かつ3.0MPa未満に設定する場合:
第1面積比は2.8以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は3.5以上、かつ10.0以下
ノズル長さ比は8.0以上、かつ20.0以下
燃焼圧を3.0MPa以上、かつ5.0MPaに設定する場合:
第1面積比は3.3以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は4.0以上、かつ18.0以下
ノズル長さ比は9.0以上、かつ25.0以下
【0019】
また、本発明の溶射皮膜の形成方法で得られる前記超音速フレームは、前記バレル部の出口から下流方向に、下記に定義する位相反転型ショックダイヤモンドを形成するのが好ましい。
位相反転型ショックダイヤモンド:バレル出口直後におけるフレームの静圧が大気圧(外気圧)よりも低く、フレームの進行方向に向かって大気圧(外気圧)による圧縮を受けることで、バレル出口から一定の距離を隔てて圧力が最大となり、その後、圧力の増減を周期的に繰り返すことを特徴とするショックダイヤモンド。
【0020】
以上のような溶射皮膜の形成方法によれば、バレル部の出口からバレル部内に外気が逆流するのを防ぐとともに、過熱度を抑えた超音速フレームを生成し、かつその速度を従来よりも高めることができるので、溶射材料に最低限必要な熱量を与えつつ従来よりも効率的に加速させることができ、その分だけ溶射材料の必要以上の加熱による酸化や変質の影響を効果的に抑えることができる。これにより、1000℃以上の高温で成分の変質や酸化の影響を受けやすい溶射材料を用いても、従来よりも良好な溶射皮膜を効率的に形成することができる。
【0021】
本願発明者らが実験を行ったところでは、前記燃焼圧を0.8MPa以上、かつ2.0MPa未満に設定する場合、前記第1面積比が1.5以上、かつ第2面積比以下、前記第2面積比が3.0以上、かつ7.0以下、前記ノズル長さ比が7.0以上、かつ15.0以下であるときに、鮮明な位相反転型ショックダイヤモンドを生成するフレームが得られ、従来よりも硬さが高く、気孔率が小さく、耐摩耗性の良好な溶射皮膜を得ることができた。
【0022】
本願発明者らが実験を行ったところでは、前記燃焼圧を2.0MPa以上、かつ3.0MPa未満に設定する場合、前記第1面積比が2.8以上、かつ第2面積比以下、前記第2面積比が3.5以上、かつ10.0以下、前記ノズル長さ比が8.0以上、かつ20.0以下であるときに、鮮明な位相反転型ショックダイヤモンドを生成するフレームが得られ、従来よりも硬さが高く、気孔率が小さく、耐摩耗性の良好な溶射皮膜を得ることができた。
【0023】
本願発明者らが実験を行ったところでは、前記燃焼圧を3.0MPa以上、かつ5.0MPa未満に設定する場合、前記第1面積比が3.3以上、かつ第2面積比以下、前記第2面積比が4.0以上、かつ18.0以下、前記ノズル長さ比が9.0以上、かつ25.0以下であるときに、鮮明な位相反転型ショックダイヤモンドを生成するフレームが得られ、硬さが高く、気孔率が小さく、耐摩耗性の良好な溶射皮膜を得ることができた。
【0024】
このような本発明の溶射皮膜の形成方法を実現する高速フレーム溶射装置および高速フレーム溶射用ノズルとしては、以下のものが挙げられる。
【0025】
すなわち、他の観点からみた本発明は、燃料と、酸素を含む支燃性ガスとを混合し燃焼させて高圧の燃焼ガスを生成する燃焼室と、前記燃焼室の出口に設けられ、生成された燃焼ガスのフレームを超音速フレームにまで加速するラバルノズル部と、前記ラバルノズル部の出口に設けられたバレル部と、前記バレル部に設けられ、前記ラバルノズル部で得られた超音速フレームに溶射材料を供給する材料供給部と、を備え、前記材料供給部から前記バレル部に供給された溶射材料を超音速フレームにより加速及び加熱し溶射粒子として射出する高速フレーム溶射装置であって、前記燃焼室は、生成される燃焼ガスの燃焼圧を0.8MPa以上かつ5.0MPa未満に設定して稼動され、前記ラバルノズル部は、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に減少する先細部と、前記先細部の先端に位置しかつ内部の断面積が前記ラバルノズル部内において最小断面積となるスロート部と、前記スロート部の先端に位置しかつ下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に拡大する末広部と、を組み合わせたものであり、前記材料供給部による溶射材料の供給位置から前記バレル部の出口までの前記バレル部の長さをノズル長さと定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記供給位置での前記バレル部内の断面積の比を第1面積比と定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記バレル部の出口の断面積の比を第2面積比と定義し、前記供給位置での前記バレル部の内径に対する前記ノズル長さの比をノズル長さ比と定義したときに、前記第1面積比は1.5以上、かつ第2面積比以下、前記第2面積比は3.0以上、かつ18.0以下、前記ノズル長さ比は7.0以上、かつ25.0以下である、高速フレーム溶射装置である。
本発明の高速フレーム溶射装置によれば、上記の等エントロピー流れ理論に基づく高速フレーム溶射が可能となるため、従来よりも良好な溶射皮膜を効率的に形成することができる。
【0026】
また、他の観点からみた本発明は、燃料と、酸素を含む支燃性ガスとを混合し燃焼させて高圧の燃焼ガスを生成する燃焼室の出口に設けられ、生成された燃焼ガスのフレームを超音速フレームにまで加速するラバルノズル部と、前記ラバルノズル部の出口に設けられたバレル部と、前記バレル部に設けられ、前記ラバルノズル部で得られた超音速フレームに溶射材料を供給する材料供給部と、を備え、前記材料供給部から前記バレル部に供給された溶射材料を超音速フレームにより加速及び加熱し溶射粒子として射出する高速フレーム溶射用ノズルであって、前記ラバルノズル部は、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に減少する先細部と、前記先細部の先端に位置しかつ内部の断面積が前記ラバルノズル部内において最小断面積となるスロート部と、前記スロート部の先端に位置しかつ下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に拡大する末広部と、を組み合わせたものであり、前記材料供給部による溶射材料の供給位置から前記バレル部の出口までの前記バレル部の長さをノズル長さと定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記供給位置での前記バレル部内の断面積の比を第1面積比と定義し、前記スロート部内の断面積に対する前記バレル部の出口の断面積の比を第2面積比と定義し、前記供給位置での前記バレル部の内径に対する前記ノズル長さの比をノズル長さ比と定義したときに、前記第1面積比は1.5以上、かつ第2面積比以下、前記第2面積比は3.0以上、かつ18.0以下、前記ノズル長さ比は7.0以上、かつ25.0以下である、高速フレーム溶射用ノズルである。
本発明の高速フレーム溶射用ノズルによれば、上記の等エントロピー流れ理論に基づく高速フレーム溶射が可能となるため、従来よりも良好な溶射皮膜を効率的に形成することができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、マッハ2以上の超音速フレームを用いる高速フレーム溶射において、エネルギーの損失を最小化しつつ、1000℃以上の高温で成分の変質や酸化の影響を受けやすい溶射材料を用いても、硬さ及び緻密性に優れた溶射皮膜を効率的に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の一実施形態に係る高速フレーム溶射装置を示す概略断面図である。
【
図3】ノズル部の他の変形例を示す概略断面図である。
【
図4】ノズル部の他の変形例を示す概略断面図である。
【
図5A】従来の高速フレーム溶射装置のバレル部から射出された超音速フレームに形成された通常のショックダイヤモンドを示す図面代用写真である。
【
図5B】
図5Aの超音速フレームの圧力分布を示すグラフである。
【
図6A】本実施形態の高速フレーム溶射装置のバレル部から射出された超音速フレームに形成された位相反転型ショックダイヤモンドを示す図面代用写真である。
【
図6B】
図6Aの超音速フレームの圧力分布を示すグラフである。
【
図7】本実施形態の高速フレーム溶射装置及び従来の高速フレーム溶射装置の各フレーム特性を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
次に、本発明の好ましい実施形態について添付図面を参照しながら説明する。
[高速フレーム溶射装置の基本構成]
【0030】
図1は、本発明の一実施形態に係る高速フレーム溶射装置1を示す概略断面図である。本実施形態の高速フレーム溶射装置1は、高速フレーム溶射法を用いて基材11の表面に溶射皮膜を形成するものである。高速フレーム溶射装置1は、灯油、アルコール、プロパン、エチレン等の炭化水素系の燃料と、純酸素、窒素を混合した酸素、圧縮空気等の酸素を含む支燃性ガスとを混合し、プラグ等によって着火燃焼させて高圧の燃焼ガスを生成する燃焼室(チャンバー)2と、高速フレーム溶射用ノズル6とを備える。高速フレーム溶射用ノズル6は、燃焼室2の出口21bに接続されたラバルノズル部3と、ラバルノズル部3の出口3dに接続されたバレル部4と、バレル部4に設けられた材料供給部5とを備えている。
【0031】
燃焼室2は、例えば有底筒状に形成された燃焼室本体21と、燃料を燃焼室本体21内に供給する第1供給部22と、支燃性ガスを燃焼室本体21内に供給する第2供給部23とを有している。第1及び第2供給部22,23は、燃焼室本体21の軸方向一方側(
図1の左側、以下「上流側」と記す)の底壁21aに設けられている。また、底壁21aには、燃焼室本体21内に供給された燃料と支燃性ガスを燃焼させるための点火プラグ(図示省略)が設けられている。燃焼室本体21の軸方向他方側(
図1の右側、以下「下流側」と記す)には、出口21bが形成されている。
【0032】
ラバルノズル部3は、燃焼室2で生成された燃焼ガスのフレームを超音速フレームにまで加速するものである。ラバルノズル部3は、燃焼ガスの流路を絞ってフレームを音速まで加速するための先細部3aと、先細部3aの先端(出口)に位置するスロート部3bと、スロート部3bの先端(出口)に位置する末広部3cとを組み合わせて構成されている。
【0033】
先細部3aは、燃焼室本体21に出口21bに接続されており、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に減少するように形成されている。
スロート部3bは、例えば円環状の部材からなり、内部の断面積がラバルノズル部3内において最小断面積となっている。スロート部3bは、先細部3aにおける下流側の出口に接続されており、当該出口の内径と同一の内径D1を有している。スロート部3bの下流側の出口からは、先細部3aで音速まで加速された高速フレームを排出する。
【0034】
末広部3cは、スロート部3bの出口に接続されており、スロート部3bで生成された高速フレームを膨張させて超音速フレームを生成する。末広部3cは、下流側に向かうにつれて内部の断面積が徐々に拡大するように形成されている。末広部3cの上流端の内径は、スロート部3bの内径D1と同一である。
【0035】
ラバルノズル部3の末広部3cの出口3dにはバレル部4が接続されており、バレル部4の所定の位置から、ラバルノズル部3で得られた超音速フレームに溶射材料を供給する材料供給部5が設けられている。材料供給部5は、バレル部4の外周において円周方向に等間隔で2~4箇所設けられている。各材料供給部5からバレル部4内に供給された溶射材料は、超音速フレームにより加速及び加熱される。バレル部4の下流端の出口は、超音速フレームにより加速及び加熱された溶射粒子を、当該超音速フレームと共に射出する射出口4aである。
【0036】
本実施形態のバレル部4は、例えば
図1に示すように、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に拡大する截頭円錐管状の部材からなり、材料供給部5による溶射材料の供給位置(以下、単に「溶射材料の供給位置」ともいう)における内径D
2は、スロート部3bの内径D
1よりも大きく、バレル部4の出口の内径D
3よりも小さく設計されている。
材料供給部5が異なる位置に複数設けられている場合には、最も上流側に設けられた材料供給部5を供給位置の基準とする。
【0037】
バレル部4の形状は、
図1に示すものに限定されるものではなく、例えば
図2、
図3、
図4に示す形状であってもよい。
【0038】
図2に示すバレル部4は、直円管状の部材からなる。そのため、バレル部4における溶射材料の供給位置での内径D
2は、スロート部3bの内径D
1よりも大きく、かつバレル部4の出口の内径D
3と同一である。
【0039】
図3に示すバレル部4は、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に拡大するように形成された截頭円錐管状の部分41と、直円管状の部分42とを組み合わせた形状を有している。スロート部3bの出口からバレル部4の直円管状の部分42の入口までの軸方向の長さL1と、バレル部4の直円管状の部分42の入口から出口までの軸方向の長さL2とが同じ長さに設計されている。材料供給部5は、バレル部4における截頭円錐管状の部分41の一部に設けられている。そのため、バレル部4における溶射材料の供給位置での内径D
2は、スロート部3bの内径D
1よりも大きく、バレル部4の出口の内径D
3よりも小さい。
【0040】
図4に示すバレル部4は、その軸方向の全長にわたって、下流側に進むにつれて内部の断面積が徐々に拡大するように形成された截頭円錐管状の部分43のみによって形成されている。材料供給部5は、バレル部4における截頭円錐管状の部分43の一部に設けられている。そのため、バレル部4における溶射材料の供給位置での内径D
2は、スロート部3bの内径D
1よりも大きく、バレル部4の出口の内径D
3よりも小さい。
【0041】
図1~
図4において、ラバルノズル部3のスロート部3bの内径をD
1、バレル部4における溶射材料の供給位置での内径をD
2、バレル部4の出口の内径をD
3としたとき、第1面積比、第2面積比、ノズル長さL、及びノズル長さ比は、それぞれ以下のように定義される。
第1面積比:(D
2/D
1)の二乗
第2面積比:(D
3/D
1)の二乗
ノズル長さL:バレル部4における溶射材料の供給位置から出口までの軸方向の長さ
ノズル長さ比:L/D
2
【0042】
ここで、(D2/D1)の二乗は、スロート部3b内の断面積に対する前記供給位置でのバレル部4内の断面積の比である。(D3/D1)の二乗は、スロート部3b内の断面積に対するバレル部4の出口の断面積の比である。L/D2は、前記供給位置でのバレル部4の内径D2に対する前記ノズル長さLの比である。
本実施形態においては、第1面積比は1.5以上、かつ第2面積比以下、第2面積比は3.0以上、かつ18.0以下、ノズル長さ比は7.0以上、かつ25.0以下となるように設計されている。
【0043】
以上の構成により、燃焼室2に燃料と支燃性ガスを供給して燃焼させることで燃焼ガスが生成される。そして、生成された燃焼ガスが、その流路が絞られたスロート部3b内を通過することによって高速フレームが生成される。そして、さらに高速フレームが、末広部3c内を通過するときに膨張することによって超音速フレームが生成される。
【0044】
これにより、各材料供給部5からバレル部4内に供給された溶射材料は、超音速フレームにより加速及び加熱されて溶射粒子となって射出口4aから射出される。その際、射出口4aから基材11の表面に向けて溶射粒子を射出することで、溶融した溶射粒子が基材11の表面に堆積し、所定の厚みを有する溶射皮膜12が形成される。これにより、基材11と、その表面を被覆して形成された溶射皮膜12とを備えた被覆部材10を得ることができる。
【0045】
[燃焼圧、面積比、及びノズル長さ比の関係]
本実施形態では、燃焼室2内における燃焼ガスの燃焼圧の設定に応じて、各面積比とノズル長さ比が以下の関係を満たすように、高速フレーム溶射用ノズル6が設計される。
燃焼圧を0.8MPa以上、かつ2.0MPa未満に設定する場合:
第1面積比は1.5以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は3.0以上、かつ7.0以下
ノズル長さ比は7.0以上、かつ15.0以下
燃焼圧を2.0MPa以上、かつ3.0MPa未満に設定する場合:
第1面積比は2.8以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は3.5以上、かつ10.0以下
ノズル長さ比は8.0以上、かつ20.0以下
燃焼圧を3.0MPa以上、かつ5.0MPaに設定する場合:
第1面積比は3.3以上、かつ第2面積比以下
第2面積比は4.0以上、かつ18.0以下
ノズル長さ比は9.0以上、かつ25.0以下
【0046】
[溶射材料]
本実施形態の高速フレーム溶射装置1では、例えば下記A)又はB)の溶射粉末を溶射材料として用いても、良好な溶射皮膜を効率的に形成することができる。
A)1000℃以上の高温で成分の変質や酸化の影響を受けやすい材料(例えば、炭化物、硼化物、窒化物を主成分とするサーメット材やニッケル基、コバルト基、鉄基の各種合金など)からなる溶射粉末
B)融点が1000℃以下で融点の90%以上に加熱された状態で成分の変質や酸化の影響を受けやすい金属や合金(例えば、アルミニウム、銅、ニッケルを含む合金)などの材料からなる溶射粉末
【0047】
本実施形態における溶射粉末の粒度は、燃焼室2内における燃焼ガスの燃焼圧に応じて以下の範囲のものを使用するのが好ましい。
燃焼圧を0.8MPa以上、2.0MPa未満に設定する場合:15~53μm
燃焼圧を2.0MPa以上、3.0MPa未満に設定する場合:10~44μm
燃焼圧を3.0MPa以上、5.0MPa未満に設定する場合:5~38μm
【0048】
[ショックダイヤモンド]
図5Aは、従来の高速フレーム溶射装置のバレル部から射出された超音速フレームに形成された通常のショックダイヤモンドを示す図面代用写真である。また、
図5Bは、
図5Aの超音速フレームの圧力分布を示すグラフである。
図5A及び
図5Bに示すように、従来の高速フレーム溶射装置のバレル部から射出された超音速フレームには、通常のショックダイヤモンドが見られ、当該ショックダイヤモンドはバレル部の射出口の直後から周期的に形成される。
【0049】
一方、本実施形態では、バレル部4から射出された超音速フレームに、前記通常のショックダイヤモンドとは位相が半波長ほどずれた位相反転型ショックダイヤモンドが形成される。
【0050】
図6Aは、本実施形態の高速フレーム溶射装置1のバレル部4から射出された超音速フレームに形成された位相反転型ショックダイヤモンドを示す図面代用写真である。また、
図6Bは、
図6Aの超音速フレームの圧力分布を示すグラフである。
図6A及び
図6Bに示すように、本実施形態の高速フレーム溶射装置1のバレル部4から射出された超音速フレームは、従来の超音速フレームと位相が反転した周期の圧力分布を有しており、それによってバレル部4の射出口4aから所定距離だけ離れた位置から位相反転型ショックダイヤモンドが周期的に形成される。
【0051】
以上、本実施形態の高速フレーム溶射装置1によれば、射出口4aからバレル部4内に外気が逆流するのを防ぎつつ超音速フレームの速度を従来よりも高めることができるので、溶射材料を従来よりもさらに加速させることができ、その分だけ溶射材料の過熱を抑えることができる。これにより、高温で成分の変質や酸化の影響を受けやすい溶射材料を用いても、その変質等の影響を抑えることができるので、従来よりも良好な溶射皮膜を効率的に形成することができる。
【0052】
[フレーム特性の比較]
図7は、本実施形態の高速フレーム溶射装置1及び従来の高速フレーム溶射装置の各フレーム特性を示す表である。本実施形態の高速フレーム溶射装置1では、ノズル形状、燃焼ガスの燃焼圧及び各面積比が異なる6種類のHVOF溶射法を用いた場合における、バレル部4の射出口4aから射出された超音速フレームのマッハ数、静圧比(大気圧(外気圧)に対する静圧の比)、速度、及び温度のファノー・レイリー流れによる計算結果と、射出口4aから射出された超音速フレームで観察されるショックダイヤモンドの状態を示している。
【0053】
ここで、ファノー・レイリー流れとは、冷却効果を考慮した流れであるレイリー流れ(Rayleigh Flow)、及び管摩擦を考慮した流れであるファノー流れ(Fanno Flow)の両方を考慮した流れである。
なお、上記6種類のHVOF溶射法は、いずれも、射出口4aの内径が13.0mmのバレルを使用しており、燃料を灯油、支燃性ガスを純酸素とし、その灯油流量および酸素流量を固定して用いた。
【0054】
図7に示す灯油流量と酸素流量のファノー・レイリー流れにおける従来のHVOF溶射法における超音速フレームの流速は1571m/sであり、当該超音速フレームの温度は2091Kである。これに対して、
図7に示す本実施形態の6種類のHVOF溶射法における超音速フレームには、いずれも位相反転型ショックダイヤモンドが形成されている。従来の超音速フレームと本実施形態の超音速フレームの流速及び温度をそれぞれ比較すると、本実施形態の超音速フレームの流速は、従来よりも1.3倍~1.5倍速く、逆に超音速フレームの温度は、従来の60%~77%に低下していることが分かる。
【0055】
以上の結果から、本実施形態の6種類のHVOF溶射法では、上述のA)又はB)の溶射材料は、位相反転型ショックダイヤモンドが形成された超音速フレームによって、従来よりも加速され、かつ従来よりも低い温度で加熱されるため、成分の変質や酸化の影響が抑えられる。このため、本実施形態の6種類のHVOF溶射法における超音速フレームは、いずれも従来のHVOF溶射法よりも良好な溶射皮膜を効率的に得るのに望ましいフレーム特性を有していることが分かる。
【0056】
[溶射皮膜の特性及び歩留まりの比較]
下記の表1は、従来のHVOF溶射法、従来のHVAF溶射法、及び本実施形態のHVOF溶射法により、WCサーメット材の一種であるWC-12Co材からなる溶射粒子をそれぞれ射出して形成された溶射皮膜の特性と成膜歩留まりを示している。なお、表1では、本実施形態のHVOF溶射法は、燃焼ガスの燃焼圧を2.3MPaに設定し、スロート部の内径が4.5mm、第1面積比が4.0、第2面積比が8.3、ノズル長さ比が13.3のノズルを使用した結果を示している。
【0057】
【0058】
表1では、溶射皮膜の特性として、溶射皮膜の耐摩耗性の指標である溶射皮膜の硬さ、及び溶射皮膜の緻密性の指標である発錆時間を示している。発錆時間は、膜厚200μmの試験片を作製して塩水噴霧試験を実施したときの値である。
成膜歩留まりは、一定表面積に溶射皮膜の膜厚が300μmとなるまで溶射粒子を射出したときの、ノズル部への溶射材料の供給量に対する成膜重量の比によって求めた値である。
【0059】
表1において、本実施形態のHVOF溶射法で得られた溶射皮膜の硬さは、従来のHVOF溶射法で得られた溶射皮膜の硬さに比べて20%程度向上しており、従来のHVAF溶射法で得られた溶射皮膜の硬さに比べても8%程度向上しているのが分かる。
【0060】
発錆時間については、従来のHVOF溶射法で得られた溶射皮膜には、試験開始から3日程度の間に発錆が生じ、従来のHVAF溶射法で得られた溶射皮膜でも7日以内に発錆が生じている。これに対して、本実施形態のHVOF溶射法で得られた溶射皮膜には、従来のHVOF溶射法の発錆時間の7倍、従来のHVAF溶射法の発錆時間の3倍にあたる20日程度まで発錆が生じていない。これにより、本実施形態のHVOF溶射法を用いれば、従来のHVOF溶射法や従来のHVAF溶射法に比べて、緻密性(環境遮断特性)に優れた溶射皮膜が得られるのが分かる。
【0061】
溶射皮膜の成膜歩留まりについては、従来のHVAF溶射法では本実施形態のHVOF溶射法に比べて半分程度の成膜歩留まりしか得られていないが、本実施形態のHVOF溶射法は従来のHVOF溶射法と同等の成膜歩留まりが得られている。また、一般的には成膜歩留まりを高くする条件では溶射皮膜の特性が低下するが、本実施形態のHVOF溶射法では、従来のHVOF溶射法に比べて、同等の成膜歩留まりを得ながら溶射皮膜の特性(硬さ及び発錆時間)が向上している。
以上より、本実施形態のHVOF溶射法を用いれば、溶射皮膜の皮膜性能の向上と成膜歩留まりを両立することが可能になる。
【0062】
なお、表1では、WC-12Co材からなる溶射材料を用いた場合の結果を示しているが、他の種類のWCサーメット材、Cr3C2サーメット材、TiCサーメット材、コルモノイ合金、インコネル合金、ハステロイ合金、ステライト合金、銅合金、アルミ合金、ステンレス、高速度工具鋼などの溶射材料であっても、同様に鮮明な位相反転型ショックダイヤモンドが見られ、緻密で気孔率が小さく、材料本来の性質により近い性能を持つ皮膜が得られた。すなわち、本実施形態のHVOF溶射法を用いれば、1000℃以上の高温で成分の変質や酸化の影響を受けやすいサーメット材やニッケル基、コバルト基、鉄基の合金、さらにまた、融点が1000℃以下のアルミニウム、銅、ニッケル等を含む合金においても、従来よりも良好な溶射皮膜を効率的に得ることができる。
【0063】
[その他]
今回開示した実施形態は例示であって制限的なものではない。本発明の権利範囲は特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲の構成と均等の範囲内での全ての変更が含まれる。
【符号の説明】
【0064】
1 高速フレーム溶射装置
2 燃焼室
3 ラバルノズル部
3a 先細部
3b スロート部
3c 末広部
3d ラバルノズル部の出口
4 バレル部
4a 射出口(バレル部の出口)
5 材料供給部
6 高速フレーム溶射用ノズル
21b 燃焼室の出口