(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-27
(45)【発行日】2022-11-07
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221028BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20221028BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20221028BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20221028BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/60
C21D9/46 Q
(21)【出願番号】P 2018115391
(22)【出願日】2018-06-18
【審査請求日】2021-03-08
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100126848
【氏名又は名称】本田 昭雄
(72)【発明者】
【氏名】吉井 睦子
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
(72)【発明者】
【氏名】連川 貞弘
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/164344(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/159011(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/061487(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0059548(KR,A)
【文献】国際公開第2017/141907(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.005~0.300%、Si:1.00超~4.00%、Mn:0.10~10.00%、Ni:2.00~25.00%、Cr:15.0~30.0%、N:0.005~0.400%未満、Al:0.001~1.000%、Cu:0.05~4.00%、Mo:0.02~3.00%、V:0.02~1.00%、P:0.050%以下、S:0.0100%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
下記(1)式の値が50以下、
Σ値が3~29までの対応粒界の対応粒界頻度が合計で80%以上であり、Σ値が5~29までの対応粒界の対応粒界頻度が合計で10%~25%であることを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼板。
25.7+2×Ni+410×C-0.9×Cr-77×N-13×Si-1.2×Mn・・・(1)
但し、式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味し、元素が含まれないときは0を代入する。
【請求項2】
前記鋼板が、更に、質量%でTi:0.005~0.300%、Nb:0.005~0.300%、B:0.0002~0.0050%、Ca:0.0005~0.0100%、W:0.10~3.00%、Zr:0.05~0.30%、Sn:0.01~0.50%、Co:0.03~0.30%、Mg:0.0002~0.0100%、Sb:0.005~0.300%、REM:0.002~0.200%、Ga:0.0002~0.3000%、Ta:0.01~1.00%、Hf:0.01~1.00%、Bi:0.001~0.020%の1種又は2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
排気部品に用いられることを特徴とする、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
請求項1または2に記載のステンレス鋼板の製造方法であって、
冷間圧延工程にて80%以下の圧下率で圧延し、続く冷延板焼鈍において加熱速度10℃/sec以上、温度1000~1200℃で焼鈍を施した後、圧下率10%以下で冷間圧延し、続く冷延板焼鈍において900℃未満までの加熱速度を10℃/sec以上、900℃以上の加熱速度を1℃/sec以上、10℃/sec未満とし950~1150℃で20分以下の冷延板焼鈍を施すことを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱性が要求される耐熱部品の素材となるオーステナイト系ステンレス鋼板に関するものであり、特に自動車や二輪車のエキゾーストホールド、コンバーター、ターボチャージャー部品ならびにプラント等に適用されるものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の排気マニホールド、フロントパイプ、センターパイプ、マフラーおよび排気ガス浄化のための環境対応部品は、高温の排気ガスを安定的に通気させるために、耐酸化性、高温強度、熱疲労特性等の耐熱性に優れた材料が使用される。また、凝縮水腐食環境でもあることから耐食性に優れることも要求される。
【0003】
排気ガス規制の強化、エンジン性能の向上、車体軽量化等の観点からも、これらの部品にはステンレス鋼が多く使用されている。また、近年では、排気ガス規制の強化が更に強まる他、燃費性能の向上、ダウンサイジング等の動きから、特にエンジン直下のエキゾーストマニホールドを通気する排気ガス温度は上昇傾向にある。加えて、ターボチャージャーの様な過給機を搭載するケースも多くなっており、エキゾーストマニホールドやターボチャージャーに使用されるステンレス鋼には耐熱性の一層の向上が求められる。排気ガス温度の上昇に関しては、従来900℃程度であった排気ガス温度が1000℃程度まで上昇することも見込まれている。
【0004】
一方、ターボチャージャーの内部構造は複雑で、過給効率を高めるとともに、耐熱信頼性の確保が重要であり、主として耐熱オーステナイト系ステンレス鋼の使用が開示されている。代表的な耐熱オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS310S(25%Cr-20%Ni)やNi基合金等の他、特許文献1には高Cr、Mo添加鋼が開示されている。また、Siを2~4%添加したオーステナイト系ステンレス鋼を用いたノズルベーン式ターボチャージャーの排気ガイド部品が特許文献2に開示されている。
【0005】
特許文献2では鋼製造時の熱間加工性を考慮して鋼成分が規定されているが、上記部品に要求される高温特性を十分満足するとは言えない。また、打ち抜き穴の穴拡げ加工性を維持する事が重要とされているが、熱間加工性から規定された鋼成分では十分な穴拡げ性を得ることは出来なかった。更に、ターボチャージャーのハウジングにはステンレス鋳鋼が使用されているが、肉厚が厚いため薄肉軽量化ニーズがある。
【0006】
特許文献3には、Nb、V、C、N、Al、Tiの含有量の最適範囲を定め、製造プロセスを最適化することにより、耐熱オーステナイト系ステンレス鋼板の高温強度及びクリープ特性を向上することが開示されている。しかし、特許文献3に開示された発明の技術的課題は、800℃での高温強度及びクリープ特性の向上であり、特許文献3に開示された発明は、900℃を超える排気ガスへの対応には不十分である。
【0007】
また、特許文献4には、材料組成及び処理条件を最適化することにより、700℃で400時間熱処理後の室温における硬さが40HRC以上である耐熱オーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。しかし、特許文献4に開示された発明の課題は、550℃以上の使用環境に耐え得る高温強度を有することであり、特許文献4には700℃での高温強度が示されているに過ぎず、特許文献4に開示された発明に係る耐熱オーステナイト系ステンレス鋼は、900℃を超える排気ガスへの対応には不十分である。
【0008】
また、特許文献5には、低ΣCSL粒界頻度、および結晶平均粒径等を制御することにより、小粒径の材料で、耐粒界腐食性の向上および高温強度の改善を実現できることが開示されている。しかし、特許文献5における「高温強度」とは、水中における高温強度であって、900℃を超える排気ガスに対する強度を達成するための具体的な解決手段は、開示されていない。
【0009】
また、特許文献6に開示された原子力用ステンレス鋼は、鋼中の双晶粒界比率を増加することによって、高温水中において優れた耐粒界腐食性を確保することを特徴としている。しかし、特許文献6は、前記原子力用ステンレス鋼の高温強度を開示しておらず、また、特許文献6には、900℃を超える排気ガスに対する強度を達成するための具体的な解決手段は、開示されていない。
【0010】
また、特許文献7に開示された耐食性オーステナイト系合金は、オーステナイト系合金に30%を超える冷間加工と加熱処理とを施して、オーステナイト結晶粒内に双晶境界を形成するとともに、オーステナイト粒界及び/又は双晶境界上に析出物を分散形成してなることを特徴とする。前記特徴によって、粒界すべりが抑制されて粒界強度が高められるので、前記耐食性オーステナイト系合金は、より高い耐応力腐食割れ進展性を有する。しかし、特許文献7に示された耐応力腐食割れ進展性は、高温水中における特性であって、特許文献7には、900℃を超える排気ガスに対する強度を達成するための具体的な解決手段は、開示されていない。
【0011】
双晶粒界比率を増加することによる特性改善は、主に耐食性改善が目的である。また、そのための鋼成分や製造条件については、特許文献8~14にも種々記載されている。鋼成分についてはSUS304やSUS316系が対象であり、本願で特徴とするSiが1%超の材料に関する記載は無い。圧延条件については、低圧下率が基本になっており例えば特許文献9では2~15%、特許文献12や13では2~5%である。また、その後の熱処理条件については、比較的長時間の熱処理になっており、例えば特許文献9では900~1000℃で5時間以上、特許文献13では927~1227℃で1~60分、特許文献11では900~950℃で10~48時間である。一方、特許文献12では1052℃以上で2分以内となっている。再結晶が促進し多数の大角粒界が生成すると双晶粒界頻度は低下してしまうため、双晶粒界頻度を増加させるためには、再結晶が進行せずに元々存在する大角粒界を粒界移動させるために、上記の様に比較的低温で長時間の熱処理が施されると考えられる。
【0012】
また、特許文献15に開示されたオーステナイト系ステンレス鋼板は、焼鈍双晶の頻度が高い方が900℃の高温強度が高いという知見に基づいて発明された鋼板であって、特許文献14は、耐食性オーステナイト系ステンレス鋼板の焼鈍双晶の頻度を40%以上にすることによって70MPa以上の高強度材が得られることを開示している。しかしながら、900℃を超える排気ガスに対する強度は不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】国際公開第2014/157655号
【文献】特許第4937277号公報
【文献】特開2013-209730号公報
【文献】特開2005-281855号公報
【文献】特開2011-168819号公報
【文献】特開2005-15896号公報
【文献】特開2008-63602号公報
【文献】特開平11-80905号公報
【文献】特開2003-253401号公報
【文献】特開2009-161802号公報
【文献】特開2009-191341号公報
【文献】特開2009-287104号公報
【文献】特開2010-275569号公報
【文献】特開2014-5509号公報
【文献】国際公開第2017/164344号
【非特許文献】
【0014】
【文献】F.B. Pickering, in :G.D. Dunlup(Ed.), Proceedings of the Stainless steels 84, Chalmers University of Technology, Goteborg, September 3-4, (1984), The institute of Metals, London(1985)12.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
耐熱部品では高温環境に曝された際に、高温強度や剛性不足により過度な変形や極端な場合は破壊が生じる。加えて振動による高サイクルあるいは低サイクル疲労破壊も課題となる。従来のオーステナイト系ステンレス鋼板では、高温強度を高めるために合金元素添加を行うと常温延性が不足する他、コストアップにもつながる。本発明の目的は、前記の問題点を解決し、耐熱部品に使用されるオーステナイト系ステンレス鋼板の組織制御により耐熱性を向上させるものである。
【0016】
本願の解決しようとする課題の対象となる部品は、自動車や二輪車等の輸送用排気部材、プラント部材等の耐熱部品である。その中でも、特に自動車の排気系部品であり、エキゾーストマニホールドやターボチャージャーといった部品が対象となる。ターボチャージャーについては、外枠を構成するハウジング、ノズルベーン式ターボチャージャー内部の精密部品(例えば、バックプレート、オイルディフレクター、コンプレッサーホイール、ノズルマウント、ノズルプレート、ノズルベーン、ドライブリング、ドライブレバーと呼ばれるもの)がある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
オーステナイト系ステンレス鋼では冷延・焼鈍後に結晶粒界が形成され、多結晶体となる。結晶粒界では原子配列が規則的あるいは不規則的となる。結晶粒界での原子配列が規則的で隙間が少ない場合は低エネルギー構造となり、粒界劣化現象が引き起こされ難い。この特殊粒界の代表として、対応粒界が挙げられている。これに対して、結晶粒界での原子配列が規則的でない場合はランダム粒界と呼ばれ高エネルギー構造を有する。対応方位関係は幾何学的に多くの組み合わせで出現するが、Σ3~29までの対応方位関係によって形成される粒界が対応粒界と呼ばれている。このΣ値は奇数であり、この値が小さい程対応格子点密度が高く、低エネルギー粒界としての性格が強まる。
【0018】
上記の従来知見ではこの対応粒界頻度を増やすことで耐食性を向上させるものが大半であり、例えば特許文献9は、Si含有量が0.59%のSUS304に対してΣ29以下の対応粒界頻度が75%以上とすることで粒界腐食を抑制するものである。一方、対応粒界頻度を増加させるために特許文献9では、900~1000℃で5時間以上の熱処理を必要としており、工業的な大量生産としては非効率であった。また、特許文献9に開示された発明は、対応粒界頻度を増加させて粒界への析出を抑制し、耐食性を向上させるものであるが、高温での機械的性質に与える影響は不明であった。
【0019】
上記課題を解決するために、本発明者らはオーステナイト系ステンレス鋼板の金属組織と高温特性ならびに常温加工性の関係について詳細な研究を行った。その結果、例えばターボチャージャーの様な極めて過酷な熱環境に曝される部品の中で耐熱性が要求される素材に対して、鋼成分により耐熱性を確保するとともに、冷延工程及びその後の焼鈍工程によって、金属組織における結晶粒界の性格を制御することにより、高温強度に著しく優れた特性が得られることを見出した。また、加工性の点では、特許文献2記載の様な鋼成分だけでは満足されず、冷延工程及びその後の焼鈍工程により上記の結晶粒界の性格の制御により高温強度との両立に成功した。
【0020】
さらに、非特許文献1に記載された下記式より求められる積層欠陥エネルギー(stacking fault energy)値SFEが小さくなるような鋼成分にすることで対応粒界頻度を増大させるための焼鈍時間を短時間化できることを見出した。
SFE(mJm-2)=25.7+2×Ni+410×C-0.9×Cr-77×N-13×Si-1.2×Mn
但し、式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味し、元素が含まれないときは0を代入する。
【0021】
上記課題を解決する本発明の要旨は、
(1)質量%で、C:0.005~0.300%、Si:1.00超~4.00%、Mn:0.10~10.00%、Ni:2.00~25.00%、Cr:15.0~30.0%、N:0.005~0.400%未満、Al:0.001~1.000%、Cu:0.05~4.00%、Mo:0.02~3.00%、V:0.02~1.00%、P:0.050%以下、S:0.0100%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記(1)式の値が50以下、Σ値が3~29までの対応粒界の対応粒界頻度が合計で80%以上であり、Σ値が5~29までの対応粒界の対応粒界頻度が合計で10%~25%であることを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼板。
25.7+2×Ni+410×C-0.9×Cr-77×N-13×Si-1.2×Mn・・・(1)
但し、式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味し、元素が含まれないときは0を代入する。
(2)前記鋼板が、更に、質量%でTi:0.005~0.300%、Nb:0.005~0.300%、B:0.0002~0.0050%、Ca:0.0005~0.0100%、W:0.10~3.00%、Zr:0.05~0.30%、Sn:0.01~0.50%、Co:0.03~0.30%、Mg:0.0002~0.0100%、Sb:0.005~0.300%、REM:0.002~0.200%、Ga:0.0002~0.3000%、Ta:0.01~1.00%、Hf:0.01~1.00%、Bi:0.001~0.020%の1種又は2種以上を含有することを特徴とする、(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
(3)排気部品に用いられることを特徴とする、(1)又は(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
(4)(1)または(2)に記載のステンレス鋼板の製造方法であって、冷間圧延工程にて80%以下の圧下率で圧延し、続く冷延板焼鈍において加熱速度10℃/sec以上、温度1000~1200℃で焼鈍を施した後、圧下率10%以下で冷間圧延し、続く冷延板焼鈍において900℃未満までの加熱速度を10℃/sec以上、900℃以上の加熱速度を1℃/sec以上、10℃/sec未満とし950~1150℃で20分以下の冷延板焼鈍を施すことを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、常温の成形性とともに高温特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板を提供することが可能となり、特に自動車排気部品に適用することにより、軽量化や高排気温化に大きく寄与する。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に本発明の限定理由について説明する。耐熱用途として使用されるオーステナイト系ステンレス鋼板の特性として重要なのは高温強度やクリープ特性である。特に先述したターボチャージャーのハウジングは複雑形状をしているとともに、高温環境下で変形が過度に生じてしまうと部品同士の接触やガス流れ不良等が生じて、破損や熱効率低下を招き、部品性能の信頼性低下に繋がる。そこで、これらの信頼性を確保するために、オーステナイト系ステンレス鋼の結晶粒界構造の微視的研究を鋭意すすめ、以下の知見を得た。
【0024】
先ず、対応粒界頻度が80%以上とする点について説明する。オーステナイト系ステンレス鋼では冷延・焼鈍後に結晶粒界が形成され、多結晶体となる。前述したように、結晶粒界が対応粒界である場合、当該粒界は原子配列が規則的で隙間が少ない低エネルギー構造になるので、粒界劣化現象が引き起こされ難い。隣接する2つの結晶粒が形成する対応格子のΣ値は3~29であり、前記対応粒界は、この範囲内の対応格子において形成される。また、Σ値は値が小さい程対応格子点密度が高く、低エネルギー粒界としての性格が強まる。
【0025】
対応粒界の中で最も低Σ粒界であるΣ3粒界は焼鈍双晶からなる。焼鈍双晶は熱処理時に生成し鋼成分に起因する積層欠陥エネルギーが密接に関係している。従って、粒界劣化を防止する観点から、材料全体の結晶粒界のうち対応粒界の占める割合、特に、焼鈍双晶が占める割合が多い方が好ましい。
【0026】
対応粒界頻度は、材料の断面において結晶粒界の総長さに対する前記対応粒界の長さの割合で求められる。EBSP(Electron Back-Scatering Difraction pattern)を用いて材料の板厚中心から板厚1/4~1/2程度の範囲について、約300μm厚さ×約100μm巾の領域について結晶方位解析を行い、観察した範囲内に存在する結晶粒界の総長さと対応粒界の長さ測定する。
【0027】
対応粒界頻度が高くなるほど、原子配列が規則的で隙間が少ない低エネルギー構造を有する粒界の割合が高くなるので、高温下においても粒界劣化現象が引き起こされ難くなり、高温強度およびクリープ寿命の向上がもたらされる。本発明のオーステナイト系ステンレス鋼板の優れた耐熱性は、対応粒界頻度を80%以上とすることによってもたらされる。
【0028】
従って、本発明で規定した製造方法により製造されたオーステナイト系ステンレス鋼板の対応粒界頻度は、Σ3粒界頻度の上昇およびΣ3粒界以外の対応粒界頻度の上昇の両立により80%以上となっている。そのため本発明のオーステナイト系ステンレス鋼板におけるΣ3粒界以外の対応粒界頻度は、10%~25%とすることが好ましく、12%~20%にすることが好ましい。
【0029】
本発明では対応粒界頻度を増加させるために、鋼成分を規定する。本願では、以下の式(1)で求められる積層欠陥エネルギー(SFE)値が50(mJm-2)以下となる様に成分調整することで、短時間の熱処理でも焼鈍双晶が生成し易くなり、対応粒界頻度の増加が可能になることを見出した。SFE値を下げるためには、NiとCを減少させ、Cr、N、SiおよびMnを増加させることが有効であるが、SFE値を過度に低減すると製造性が著しく悪くなることから、下限を-50以上とする。また、本発明の効果であるクリープ特性をより有効に改善し、かつ酸化特性等を考慮すると、30以下が望ましい。
SFE(mJm-2)=25.7+2×Ni+410×C-0.9×Cr-77×N-13×Si-1.2×Mn・・・式(1)
但し、式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味し、元素が含まれないときは0を代入する。
【0030】
次に本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の成分範囲について説明する。
Cは、オーステナイト組織形成、高温強度およびクリープ寿命の確保のために0.005%を下限とする。一方、過度な添加は硬質化を招く他、Cr炭化物形成により耐食性、特に溶接部の粒界腐食性の劣化、炭化物に起因した高温摺動性の劣化、冷延焼鈍板酸洗時の粒界浸食溝形成により表面粗さが粗くなる。また、Cは積層欠陥エネルギーを上げて焼鈍双晶の頻度が低下するため、上限を0.300%とする。更に、製造コストと熱間加工性を考慮すると、Cの含有量は、0.010%以上0.200%以下が望ましい。
【0031】
Siは、脱酸元素として添加される場合がある他、Siの内部酸化により耐酸化性、高温摺動性の向上、対応粒界頻度の増加による高温強度およびクリープ寿命の向上をもたらすため、1%超添加する。一方、4.00%以上の添加により硬質化するとともに、粗大なSi系酸化物が生成し、部品の加工精度が著しく低下するため、上限を4.00%とする。尚、製造コスト、鋼板製造時の熱間加工性、酸洗性、溶接時の凝固割れ性を考慮すると、Siの含有量は、1.00%超3.50%以下が望ましい。積層欠陥エネルギーの観点から下限を1.50%超とし、更に、高温摺動性や析出物抑制を考慮すると2.00%以上3.00%以下が望ましい。
【0032】
Mnは、脱酸元素として利用する他、オーステナイト組織形成およびスケール密着性を確保するために0.10%以上添加する。一方、10.00%超の添加により介在物清浄度が著しく劣化し穴拡げ性が低下する他、酸洗性が著しく劣化し製品表面が粗くなるため上限を10.00%とする。また、積層欠陥エネルギーを効果的に下げるために、8.00%以下が望ましい。更に、製造コスト、鋼板製造時の酸洗性、酸化特性を考慮すると、Mnの含有量は、0.80%以上5.00%以下が望ましい。
【0033】
Niはオーステナイト組織形成元素であるとともに、耐食性や耐酸化性を確保する元素である。また、2.00%未満では結晶粒の粗大化が顕著に生じてしまうため2.00%以上添加する。一方、過度な添加はコストの上昇と焼鈍双晶の頻度の低下を招くことから上限を25.00%とする。また、製造性、常温延性および耐食性を考慮し、積層欠陥エネルギーを下げて対応粒界頻度を効果的に増加させるために5.00~20.00%以下が望ましい。更に、コストの面から13%以下が望ましい。
【0034】
Crは、耐食性、耐酸化性および高温摺動性を向上させる元素であり、排気部品環境を考慮すると異常酸化抑制の観点から必要な元素である。また双晶を十分に生成させるには15.0%以上が必要である。一方過度な添加は、硬質となり成形性を劣化させる他、コストアップに繋がることから上限を30.0%とした。更に、製造コスト、鋼板製造性ならびに加工性を考慮すると、Crの含有量は、17.0%以上25.5%以下が望ましい。
【0035】
Nは、Cと同様にオーステナイト組織形成と高温強度、クリープ、高温摺動性の確保の有効な元素である。高温強度に関しては固溶強化元素として知られているが、また、Nは双晶生成にも効果的である。本願においてはN単独の効果以外にCrとのクラスター形成による高温強度も考慮し、0.005%以上添加する。一方、0.400%以上の添加により常温材質が著しく硬質化し、鋼板製造段階の冷間加工性が劣化する他、部品加工時の成形性や部品精度が悪くなるため、上限を0.400%未満とする。尚、軟質化、溶接時のピンホール抑制、溶接部の粒界腐食抑制の観点から、Nの含有量は、0.020%以上0.350%以下が望ましい。更に、高温強度、摺動性および常温延性の観点から、0.040%超且つ0.350%未満が望ましい。また、クリープ特性の観点から、N含有量を0.150%超、0.350%未満とすることが望ましい。
【0036】
Alは、脱酸元素として添加し、介在物清浄度を向上させることで穴拡げ性を向上させる。この他、酸化スケールの剥離抑制、微量内部酸化により高温摺動性の向上に寄与する効果があり,その作用は0.001%から発現するため、下限は0.001%である。また、フェライト生成元素であるため、1.000%以上の添加はオーステナイト組織の安定性が低下する他、酸洗性の低下から表面粗さの増加を招くため上限は1%である。更に、精錬コストと表面疵を考慮すると、Alの含有量は、0.007%以上0.500%以下が望まく、溶接性の観点から0.010%以上0.100%以下がより好ましい。
【0037】
Cuは、オーステナイト相の安定化や軟質化のために有効な元素あり、0.05%以上添加する。一方、過度な添加は耐酸化性の劣化や製造性の劣化に繋がるため、上限を4.00%とする。また、本発明鋼においては、4.00%超含有すると焼鈍双晶の頻度の低下を招く。更に、耐食性や製造性を考慮すると、Cuの含有量は、0.30%以上1%以下が望ましい。
【0038】
Moは、耐食性を向上させる元素であるとともに、高温強度の向上に寄与する。高温強度向上は、固溶強化が主体であるが、σ相等の析出促進元素であるため、双晶界面への微細析出強化にも寄与する。本発明においては、固溶強化の他にMo炭化物による析出強化を活用するために下限を0.02%とする。但し、過度な添加は焼鈍双晶の頻度を低下させるため上限を3.00%とする。更に、Moは高価な元素であること、上記析出物による強化安定性ならびに介在物清浄度を考慮すると、Moの含有量は、0.40%以上1.60%以下が望ましく、異常酸化特性を考慮すると0.40%以上1.00%以下がより好ましい。
【0039】
Vは、耐食性を向上させる元素であるとともに、V炭化物やσ相の生成を促進し高温強度を向上させるため0.02%以上添加する。一方、過度な添加は合金コストの増加や異常酸化限界温度の低下を招くことから、上限を1.00%とする。更に、製造性や介在物清浄度を考慮すると、Vの含有量は、0.10%以上0.50%以下が望ましい。
【0040】
Pは不純物であり、製造時の熱間加工性や凝固割れを助長する元素である他、硬質化して延性を低下させるためその含有量は少ないほど良いが、精錬コストを考慮して上限0.050%、下限0.010%の範囲で含有しても良い。更に、製造コストを考慮すると、Pの含有量は、0.020%以上0.040%以下が望ましい。
【0041】
Sは不純物であり、製造時の熱間加工性を低下させる他、耐食性を劣化させる元素である。また、粗大な硫化物(MnS)が形成されると清浄度が著しく悪くなり、常温延性を劣化させるため、0.0100%を上限として含有しても良い。一方、過度な低減は精錬コストの増加に繋がることから、0.0001%を下限として含有しても良い。更に、製造コストや耐酸化性を考慮すると、Sの含有量は、0.0005%以上0.0050%以下が望ましい。
【0042】
発明の排気部品用オーステナイト系ステンレス鋼板は、前述した元素以外に、下記の成分を含有しても良い。
【0043】
Tiは、C,Nと結合して耐食性、耐粒界腐食性を向上させるために添加する元素である。C,N固定作用は0.005%から発現するため、下限を0.005%として必要に応じて添加しても良い。また、0.300%超の添加は鋳造段階でのノズル詰まりが生じ易くなり、製造性を著しく劣化させる他、粗大なTi炭窒化物により延性の劣化を招くことから、上限を0.3%とする。更に、高温強度、溶接部の粒界腐食性および合金コストを考慮すると、Tiの含有量は、0.010%以上0.200%以下が望ましい。また、クリープ特性の観点から、Tiの含有量は、0.030%超、0.300%以下とすることが望ましい。
【0044】
Nbは、Tiと同様にC,Nと結合して耐食性、耐粒界腐食性を向上させる他、高温強度を向上させる元素である。C,N固定作用の他、固溶Nbによる高温高強度化、Laves相の双晶界面析出による高強度化は0.005%から発現するため、下限を0.005%として必要に応じて添加しても良い。また、0.300%超の添加は鋼板製造段階での熱間加工性が著しく劣化する他、粗大なNb炭窒化物により延性の劣化を招くことから、上限を0.300%とする。更に、高温強度、溶接部の粒界腐食性および合金コストを考慮すると、Nbの含有量は、0.010%以上0.200%以下が望ましい。また、クリープ特性の観点から、Nbの含有量は、0.005%超、0.050%以下とすることが望ましい。
【0045】
Bは、鋼板製造段階での熱間加工性を向上させる元素であり、0.0002%以上として必要に応じて添加しても良い。また、Bの双晶界面偏析による高強度化も作用する。但し、過度な添加はホウ炭化物の形成により清浄度および延性の低下、粒界腐食性の劣化をもたらすため、上限を0.0050%とした。更に、精錬コストや延性低下を考慮すると、Bの含有量は、0.0003%以上0.0030%以下が望ましい。
【0046】
Caは、脱硫のために必要に応じて添加される。この作用は0.0005%未満では発現しないため、下限を0.0005%として必要に応じて添加しても良い。また、0.0100%超添加すると水溶性の介在物CaSが生成して清浄度の低下および耐食性の著しい低下を招くため、上限を0.0100%とする。更に、製造性、表面品質の観点から、Caの含有量は、0.0010%以上0.0030%以下が望ましい。
【0047】
Wは、耐食性と高温強度の向上に寄与するため,必要に応じて0.10%以上添加しても良い。3.00%超の添加により硬質化、鋼板製造時の靭性劣化やコスト増につながるため、上限を3.00%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、Wの含有量は、0.10%以上2.00%以下が望ましく、異常酸化特性を考慮すると0.10%以上1.50%以下がより好ましい。
【0048】
Zrは、CやNと結合して溶接部の粒界腐食性や耐酸化性を向上させるため、必要に応じて0.05%以上添加しても良い。但し,0.30%超の添加によりコスト増になる他,製造性や穴拡げ性を著しく劣化させるため,上限を0.30%とする.更に,精錬コストや製造性を考慮すると、Zrの含有量は、0.05%以上0.10%以下が望ましい。
【0049】
Snは、耐食性と高温強度の向上に寄与するため、必要に応じて0.01%以上添加しても良い。0.03%以上で効果が顕著になり、さらに0.05%以上でより顕著となる。0.50%超の添加により鋼板製造時のスラブ割れが生じる場合があるため上限を0.50%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、Snの含有量は、0.05%以上0.30%以下が望ましい。
【0050】
Coは、高温強度の向上に寄与するため、必要に応じて0.03%以上添加しても良い。0.30%超の添加により、硬質化、鋼板製造時の靭性劣化やコスト増につながるため,上限を0.30%とする.更に,精錬コストや製造性を考慮すると、Coの含有量は、0.03%以上0.10%以下が望ましい。
【0051】
Mgは、脱酸元素として添加させる場合がある他、スラブの組織を酸化物の微細化分散化により介在物清浄度の向上や組織微細化に寄与する元素である。これは、0.0002%以上から発現するため、下限を0.0002%として必要に応じて添加しても良い。但し、過度な添加は、溶接性や耐食性の劣化、粗大介在物による穴拡げ性の低下につながるため、上限を0.0100%とした。精錬コストを考慮すると、Mgの含有量は、0.0003%以上0.0050%以下が望ましい。
【0052】
Sbは、粒界に偏析して高温強度を上げる作用をなす元素である。添加効果を得るため、必要に応じて0.005%以上とする添加しても良い。但し、0.300%を超えると、Sb偏析が生じて、溶接時に割れが生じるので、上限を0.300%とする。高温特性と製造コスト及び靭性を考慮すると、Sbの含有量は、0.030%以上0.300%以下が望ましく、更に望ましくは0.050%以上0.200%以下である。
【0053】
REM(希土類元素)は、耐酸化性や高温摺動性の向上に有効であり、必要に応じて0.002%以上で添加しても良い。また、0.200%を超えて添加してもその効果は飽和し、REMの粒化物による耐食性低下を生じるため、0.002%以上0.200%以下で添加する。製品の加工性や製造コストを考慮すると、下限を0.002%とし、上限を0.10%とすることが望ましい。尚、REM(希土類元素)は、一般的な定義に従う。スカンジウム (Sc)、イットリウム (Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu) までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で添加しても良いし、混合物であっても良い。
【0054】
Gaは、耐食性向上や水素脆化抑制のため、必要に応じて0.3000%以下で添加しても良いが、0.3000%超の添加により粗大硫化物が生成してr値が劣化する。硫化物や水素化物形成の観点から下限は0.0002%とする。更に、製造性やコストの観点から0.0020%以上が更に好ましい。
【0055】
その他の成分について本発明では特に規定するものではないが、Ta、Hfは高温強度向上のために0.01%以上1.00%以下で添加しても良い。また、Biを必要に応じて0.001~0.020%含有してもかまわない。なお、As、Pb等の一般的な有害な元素や不純物元素はできるだけ低減することが望ましい。
【0056】
次に製造方法について説明する。本発明の鋼板の製造方法は、製鋼-熱間圧延-焼鈍・酸洗-冷間圧延-焼鈍・酸洗-冷間圧延-焼鈍・酸洗より成るが、必要に応じて熱間圧延後の焼鈍を省略しても構わない。
【0057】
製鋼においては、前記必須成分および必要に応じて添加される成分を含有する鋼を、電気炉溶製あるいは転炉溶製し、続いて2次精錬を行う方法が好適である。溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造)に従ってスラブとされ、公知の熱間圧延の方法に従って、前記スラブは所定の温度に加熱され、所定の板厚に連続圧延で熱間圧延される。上記の様に本発明が対象となる部品には熱間圧延以降の工程において、公知の方法に従って所定の結晶粒度、断面硬度、表面粗さを確保するための製造条件が設定されるが、本願では対応粒界頻度を80%とするために以下の製造条件が規定される。
【0058】
熱間圧延後あるいは熱間圧延工程後の焼鈍・酸洗後において、本願では2回の冷間圧延および焼鈍・酸洗工程を付与する。先ず、1回目の冷間圧延工程では圧下率を80%以下とする。本工程の圧下率が80%超になるとその後の再結晶において結晶粒成長が抑制され、Σ値が3~29までの対応粒界の対応粒界頻度が増加し難くなるためである。また、過度に圧下率が低いと再結晶が生じ難くなるため、圧下率は3%以上が望ましい。更に、材質や板形状を考慮すると70~80%が望ましい。
【0059】
次に、1回目の焼鈍・酸洗工程では、2回目の冷延・焼鈍・酸洗工程後の対応粒界頻度、特に焼鈍双晶を増やすために900℃までおよび900℃以上の加熱速度を10℃/sec以上とし、焼鈍温度を1000~1200℃とする。全ての温度域を高加熱速度とすることにより、低温で析出するσ相やCr炭窒化物の生成を抑制し、高温での過度な結晶粒成長を抑制できる。低温で生成する析出物は特に、2回目冷延・焼鈍時の対応粒界の形成を阻害する。2回目焼鈍時に対応粒界の形成を促進するためには、1回冷延・焼鈍・酸洗後の結晶粒は細粒であることが望ましい。上記の技術観点より、10℃/sec以上とする。製造性の観点からは100℃/sec以下が望ましい。
【0060】
焼鈍温度は、1200℃超になると結晶粒成長が過度に生じ、材質劣化や加工時のオレンジピールの課題が生じるためである。ターボ部品の場合にオレンジピールが生じると高温摺動性や排ガスの流れが悪くなるため、上限を1200℃までとする。一方、焼鈍温度が1000℃未満になると再結晶不良が生じるため、下限温度を1000℃とした。更に、材質の安定性を考慮すると1100~1180℃が望ましい。
【0061】
2回目の冷間圧延工程では、冷間圧延における圧下率を10%以下とする。これは、圧下率が10%超になると、その後の焼鈍工程で再結晶が進行して新たにランダム粒界が形成されるために、対応粒界頻度が低減されるためである。圧下率の過度な低減は鋼板形状が不良となるため、圧下率の下限は1%以上が望ましい。また、製造性や焼鈍双晶の形成を考慮すると3~7%が望ましい。
【0062】
2回目の焼鈍・酸洗工程では、対応粒界頻度、特に焼鈍双晶を増やすために900℃未満までの加熱速度を10℃/sec以上、900℃以上の加熱速度を1℃/sec以上、10℃/sec未満とし、最高温度950~1150℃で20分以下の熱処理を施すものである。
【0063】
900℃までの温度域では高加熱速度とすることにより、低温で析出するσ相やCr炭窒化物の生成を抑制する。これらの析出物は、対応粒界の形成を阻害する他、新たに生成するランダム粒界の核になるためである。上記の技術観点より、10℃/sec以上とする。製造性の観点からは100℃/sec以下が望ましい。
【0064】
一方、900℃以上においては低加熱速度とする。これは、再結晶が促進しない温度域で軟質化を図り、ランダム粒界の移動を促進する、および上記析出物を十分固溶させる目的である。これによりランダム粒界の核生成を抑制しつつ粒界移動を促進し、対応粒界頻度を増加させることが出来る。上記の技術観点より、1℃/sec以上、10℃/sec未満とする。5℃/sec以下が望ましい。製造性の観点からも上記範囲が適切である。
【0065】
焼鈍の最高温度は過度に高すぎると新たなランダム粒界を有する再結晶粒界が多く生成し、対応粒界頻度が低減するため、950~1150℃とする。材料の成形性の観点から1030℃以上が望ましく、過度な粒成長を抑制するために1100℃以下が望ましい。最高温度における保持時間は粒成長によるランダム粒界の移動を促進し、対応粒界頻度を増加させるために20min以下とする。これは、20分超にすると過度な粒成長が生じ材質劣化やオレンジピールの発生が生じる他、対応粒界の移動も加速するためである。また、生産性の観点からは20sec以上が望ましい。更に、軟質化による材質向上を考慮すると30sec以上が望ましい。
【0066】
本願では、熱延板焼鈍・酸洗後に冷間圧延を施し、その後に冷延板焼鈍・酸洗処理を行うことで、更に平滑表面が得られる。冷間圧延工程は、タンデム圧延、ゼンジミア圧延、クラスター圧延等で行えば良い。自動車の排気部品の様な機能用途には、一般的に2Bあるいは2D製品が適用されるが、高い表面平滑性や光沢が要求される場合は、冷間圧延後に光輝焼鈍を施してBA製品としても良い。酸洗処理は。中性塩電解や溶融アルカリ処理といった前処理あるいは硝弗酸や硝酸電解といった酸洗処理を適宜選択すれば良い。
【実施例】
【0067】
表1-1、表1-2に示す成分組成の鋼を溶製しスラブに鋳造し、熱延、熱延板焼鈍・酸洗を行った後、表2-1~表2-3に示す条件にて冷延及び最終焼鈍を行い、更に酸洗を施して2.0mm厚の製品板を得た。尚、表1-1、表1-2の符号“*”が付された欄内の値は、該当する成分が本発明の要件を満たさないことを示す。
【0068】
表2-1~表2-3に示す各製品板に対して、先に記載した方法によって対応粒界頻度(%)を測定するとともに、900℃および950℃でクリープ試験を行った。ここでクリープ試験は製品板の圧延方向に荷重が作用する様に試験片を切り出し、加熱炉付きのクリープ試験機で900℃―20MPa、950℃―15MPaの定荷重クリープ試験を行った。この際、試験温度で無負荷の時間を1時間とし、1時間後に荷重を付与した。また、製品板の圧延方向に引張が作用する様に試験片を切り出し(JIS13号B試験片)、常温で引張試験を行い、破断伸びを求めた。また、表中の項目「Σ3~Σ29」は、Σ値が3~29までの対応粒界の対応粒界頻度の合計(%)を示し、項目「Σ5~Σ29」は、Σ値が5~29までの対応粒界の対応粒界頻度の合計(%)を示す。
【0069】
表2-1~表2-3の項目「焼鈍双晶の頻度(%)」の欄内に符号“*”が付された値は、本発明における対応粒界頻度の要件を満たさないことを示す。また、表2-1~表2-3の項目「クリープ試験」の欄内に符号“×”が付された材料は、破断寿命が100時間未満であったことを示す。更に、表2-1~表2-3の項目「破断伸び」の欄内に符号“×”が付された材料は、破断伸びが30%未満であったことを示す。
【0070】
本願発明で規定される成分、製造条件で製造した鋼はクリープ破断寿命が長く、極めて耐熱性に優れていることが確認される。加えて、破断伸びが高く、成形加工性にも優れている。これに対して、表2-1~表2-3に示すように、比較鋼はクリープ破断寿命が短い。比較鋼でクリープ破断寿命が長い鋼についても、成形性が著しく悪いため耐熱部品としての適用は不適であることがわかる。
【0071】
例えば、スラブ厚さ、熱間圧延板厚などは適宜設計すれば良い。冷間圧延においては、ロール粗度、ロール径、圧延油、圧延パス回数、圧延速度、圧延温度などは適宜選択すれば良い。冷間圧延の途中に中間焼鈍を入れても構わず、バッチ式焼鈍でも連続式焼鈍でも良い。また、酸洗時の前処理として中性塩電解処理やソルト浴浸漬処理のいずれを施しても、省略しても構わず、酸洗工程は、硝酸、硝酸電解酸洗の他、硫酸や塩酸を用いた処理を行っても良い。冷延板の焼鈍・酸洗後に調質圧延やテンションレベラー等により形状および材質調整を行っても良い。更に、本製品板に潤滑塗装を施して、更にプレス成形を向上させても良く、潤滑膜の種類は適宜選択すれば良い。加えて、部品加工後に窒化処理や浸炭処理等の特殊な表面処理を施して耐熱性を更に向上させても構わない。
【0072】
【0073】
【0074】
【0075】
【0076】
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明によれば、耐熱性が要求される排気部品に対して優れた特性を有するオーステナイト系ステンレス鋼板を提供することが可能である。本発明を適用した材料を、特に自動車のエキゾーストマニホールドやターボチャージャー用として使用することによって、従来の鋳物よりも大幅に軽量化が図られ、排ガス規制、軽量化、燃費向上につなげることが可能となる。また、部品の切削および研削加工の省略、表面加工処理省略も可能となり、低コスト化にも大きく寄与する。なお、本発明は、ターボチャージャー用として使用する場合、当該部品のいずれに対しても適用対象にすることができる。具体的にはターボチャージャーの外枠を構成するハウジング、ノズルベーン式ターボチャージャー内部の精密部品(例えば、バックプレート、オイルディフレクター、コンプレッサーホイール、ノズルマウント、ノズルプレート、ノズルベーン、ドライブリング、ドライブレバーと呼ばれるものなど)である。また、エキゾーストマニホールドの場合は、板プレス部品、パイプ部品、2重管部品のいずれでも構わない。更に、自動車、二輪車に限らず、各種ボイラー、燃料電池システム、プラント等の高温環境に使用される排気部品に適用することも可能であり、本発明は産業上極めて有益である。