(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-27
(45)【発行日】2022-11-07
(54)【発明の名称】列車制御装置および列車制御システム
(51)【国際特許分類】
B60L 3/00 20190101AFI20221028BHJP
B60L 15/20 20060101ALI20221028BHJP
G01P 3/56 20060101ALI20221028BHJP
【FI】
B60L3/00 N
B60L15/20 Y
G01P3/56 A
(21)【出願番号】P 2021506143
(86)(22)【出願日】2019-10-30
(86)【国際出願番号】 JP2019042482
(87)【国際公開番号】W WO2020188870
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2021-07-29
(31)【優先権主張番号】P 2019047904
(32)【優先日】2019-03-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000062
【氏名又は名称】特許業務法人第一国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】淵上 貢記
(72)【発明者】
【氏名】小池 潤
(72)【発明者】
【氏名】秋山 弘之
【審査官】篠原 将之
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-286009(JP,A)
【文献】特開2012-034456(JP,A)
【文献】特開平03-082301(JP,A)
【文献】特開2017-203724(JP,A)
【文献】特開2013-205248(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 3/00 - 3/12
B60L 15/20
G01P 3/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転式速度センサからの車軸回転速度を基に列車加加速度を演算し、前記列車加加速度の絶対値が、空転滑走判定閾値以上の場合、列車が空転状態または滑走状態であると判定する空転/滑走検知部と、
前記空転/滑走検知部に接続され、前記列車の制御処理に使用する列車制御速度を算出する列車制御部と、
を有し、
前記列車が空転状態または滑走状態でない場合、前記列車加加速度の絶対値が、前記空転滑走判定閾値以上となってから、一定時間経過した時、前記列車の空転状態または滑走状態が開始したと判定し、
前記回転式速度センサからの車軸回転速度の大きさに応じて、前記列車の空転状態または滑走状態の判定における前記一定時間の経過の適用有無を切り替える列車制御装置。
【請求項2】
回転式速度センサからの車軸回転速度を基に列車加加速度を演算し、前記列車加加速度の絶対値が、空転滑走判定閾値以上の場合、列車が空転状態または滑走状態であると判定する空転/滑走検知部と、
前記空転/滑走検知部に接続され、前記列車の制御処理に使用する列車制御速度を算出する列車制御部と、
を有し、
前記列車が空転状態または滑走状態である場合、前記列車加加速度の絶対値が、前記空転滑走判定閾値未満となってから、一定時間経過した時、前記列車の空転状態または滑走状態が終了したと判定し、
前記回転式速度センサからの車軸回転速度の大きさに応じて、前記列車の空転状態または滑走状態の判定における前記一定時間の経過の適用有無を切り替える列車制御装置。
【請求項3】
請求項1
または請求項2に記載の列車制御装置であって、
前記列車の空転状態または滑走状態に応じて、前記列車制御速度を算出する列車制御装置。
【請求項4】
請求項
3に記載の列車制御装置であって、
前記列車が空転状態または滑走状態である場合、非接触式速度センサからの列車速度を、前記列車制御速度に選択する列車制御装置。
【請求項5】
少なくとも一つ以上の回転式速度センサと、
列車制御装置と、
を有し、
前記列車制御装置は、
前記回転式速度センサからの車軸回転速度を基に列車加加速度を演算し、前記列車加加速度の絶対値が、空転滑走判定閾値以上の場合、列車が空転状態または滑走状態であると判定する空転/滑走検知部と、
前記空転/滑走検知部に接続され、前記列車の制御処理に使用する列車制御速度を算出する列車制御部と、
を有
し、
前記列車が空転状態または滑走状態でない場合、前記列車加加速度の絶対値が、前記空転滑走判定閾値以上となってから、一定時間経過した時、前記列車の空転状態または滑走状態が開始したと判定し、
前記回転式速度センサからの車軸回転速度の大きさに応じて、前記列車の空転状態または滑走状態の判定における前記一定時間の経過の適用有無を切り替える
列車制御システム。
【請求項6】
少なくとも一つ以上の回転式速度センサと、
列車制御装置と、
を有し、
前記列車制御装置は、
前記回転式速度センサからの車軸回転速度を基に列車加加速度を演算し、前記列車加加速度の絶対値が、空転滑走判定閾値以上の場合、列車が空転状態または滑走状態であると判定する空転/滑走検知部と、
前記空転/滑走検知部に接続され、前記列車の制御処理に使用する列車制御速度を算出する列車制御部と、
を有し、
前記列車が空転状態または滑走状態である場合、前記列車加加速度の絶対値が、前記空転滑走判定閾値未満となってから、一定時間経過した時、前記列車の空転状態または滑走状態が終了したと判定し、
前記回転式速度センサからの車軸回転速度の大きさに応じて、前記列車の空転状態または滑走状態の判定における前記一定時間の経過の適用有無を切り替える
列車制御システム。
【請求項7】
請求項
5または請求項6に記載の列車制御システムであって、
前記空転/滑走検知部は、
前記回転式速度センサからパルス信号を取得するインタフェースと、
前記パルス信号を速度情報へ変換する演算部と、
前記速度情報を記録する記録部と、
判定部と、
を備え、
前記記録部は、あらかじめ定められた時間幅において取得された少なくとも3つの前記速度情報を格納するように構成され、
前記演算部は、前記少なくとも3つの前記速度情報に基づき加加速度情報を演算し、
前記判定部は、前記加加速度情報に基づき空転滑走の発生を検知する
列車制御システム。
【請求項8】
請求項
5または請求項6に記載の列車制御システムであって、
前記空転/滑走検知部は、
前記回転式速度センサからパルス信号を取得するインタフェースと、
前記パルス信号を速度情報へ変換する演算部と、
前記速度情報を記録する記録部と、
判定部と、
を備え、
前記記録部は、あらかじめ定められた時間幅において取得された少なくとも3つの前記速度情報に基づく2つの加速度情報を格納するように構成され、
前記演算部は、前記2つの加速度情報に基づき加加速度情報を演算し、
前記判定部は、前記加加速度情報に基づき空転滑走の発生を検知する
列車制御システム。
【請求項9】
請求項
7または請求項
8に記載の列車制御システムであって、
前記判定部は、前記加加速度情報の演算に関連した複数の前記速度情報を比較することにより、空転の発生と滑走の発生とを区別する
列車制御システム。
【請求項10】
請求項
7または請求項
8に記載の列車制御システムであって、
前記記録部は、取得された前記加加速度情報を一定時間保持する
列車制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は列車制御装置および列車制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
列車の空転滑走状態を判定する方法として、特許文献1に記載の技術がある。この特許文献には、「滑走空転の発生の検知タイミングから遡って直近で、回転検知装置の回転検知信号に基づく第1の加加速度と、慣性センサのセンサ値に基づく列車進行方向の第2の加加速度との差に基づいて、滑走空転期間の開始点に相当する或いは開始点に極めて近いタイミングである補正開始タイミングが判定される。」という記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では、列車の空転滑走状態を検知するためには、慣性センサの設置が必要となる。そのため、慣性センサの設置に伴い設置場所の確保が必要となる。また保守の面でも追加コストが発生する。
【0005】
そこで、本発明は列車の車軸の回転を検知する回転式速度センサを用いて、列車の空転状態及び滑走状態を検知する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、代表的な本発明の列車制御装置の一つは、回転式速度センサからの車軸回転速度を基に列車加加速度を演算し、前記列車加加速度の絶対値が、空転滑走判定閾値以上の場合、列車が空転状態または滑走状態であると判定する空転/滑走検知部と、前記空転/滑走検知部に接続され、前記列車の制御処理に使用する列車制御速度を算出する列車制御部と、を有する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば列車の車軸の回転を検知する回転式速度センサを用いて、列車の空転滑走状態を検知することができる。
【0008】
上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の一実施形態である列車制御システムの構成概要図。
【
図2】列車制御装置における空転滑走状態の判定手順を示すフローチャート。
【
図3】列車加加速度と空転滑走判定閾値の関係を示す図。
【
図5】本発明の他の実施形態である列車制御システムにおける遅れ時間を考慮した列車の空転滑走状態の判定手順を示すフローチャート。
【
図6】
図5における、列車加加速度と空転滑走判定閾値の関係を示す図。
【
図7】本発明のさらに他の実施形態である列車制御システムの構成概要図。
【
図8】
図7に示すシステムにおける列車制御速度を算出する手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、実施例について図面を用いて説明する。
【実施例1】
【0011】
図1は、本発明の一実施形態である列車制御システムの構成概要図である。列車制御システム100は、列車制御装置20および回転式速度センサ10を有する。列車制御システム100は、回転式速度センサ10及び、列車制御装置20を用いて、列車空転滑走状態S
curを判定する。
【0012】
回転式速度センサ10は列車制御装置20に接続され、列車制御装置20に対して、車軸回転速度Vaxlを送信する。回転式速度センサ10は、車軸(図示しない)の回転を検知できる位置に取り付けられればよく、例えば車軸の受箱に取り付けてよい。またセンサの種別として、車軸の回転を電圧に変換する発電機方式や、車軸の回転を光を用いて計測するパルスジェネレータなどいずれの方式を採用してもよい。
【0013】
列車制御装置20は、空転/滑走検知部21と列車制御部26で主に構成されており、列車1編成に少なくとも1台搭載されている。空転/滑走検知部21は、制御部22、演算部23、判定部24、記録部25で主に構成されている。
【0014】
はじめに空転/滑走検知部21の主な内部構成について説明する。空転/滑走検知部21は、制御部22、演算部23、判定部24、記録部25を少なくとも有する。それぞれの機能部は、一つの演算装置に実装されてもよいし、分散して配置されてもよい。
【0015】
制御部22は周期的に、回転式速度センサ10から車軸回転速度Vaxlを取得し、演算部23に送信する。なお制御部22は車軸回転速度Vaxlに代わって、回転式速度センサ10が出力するパルス信号を取得するインタフェースを有するものであってもよい。
【0016】
演算部23は、制御部22から取得した車軸回転速度Vaxlより列車速度Vcurを演算する。また、列車速度Vcurを2階微分することにより、列車加加速度Jcalを演算する。演算部23は演算した列車速度Vcur及び列車加加速度Jcalを制御部22に送信する。なお列車加加速度Jcalの演算は、例えば、列車速度Vcur、前回列車速度Vpre、前々回列車速度Vpre2に基づき求めるものでよい。または今回の列車加速度αcal、前回の列車加速度αpreから求めるものでもよい。列車加速度αcalは列車速度の1階微分で求めることができる。
【0017】
なおここで言う演算部23における演算周期とは、あらかじめ定められた加加速度情報の演算を行う時間枠において、列車速度を演算する周期を指し、1周期前とはこの意味において、前回の演算時を指し(すなわち過去の演算)、今回とは最新の演算を指している。なお加加速度情報の演算にあたって利用する列車速度は、演算周期が互いに連続したものでなくともよい。その場合、列車速度Vcur、前回列車速度Vpre、前々回列車速度Vpre2とは、上述の時間枠において選択された3点の速度情報を演算時点が新しいものから並べたものとなる。
【0018】
制御部22は、演算部23から受信した列車速度Vcur及び列車加加速度Jcalを判定部24に送信する。判定部24は、制御部22から受信した列車加加速度Jcalと、あらかじめ記録部25に定義されている空転滑走判定閾値Jthrを比較する。判定部24は、列車加加速度Jcalの絶対値が、空転滑走判定閾値Jthr以上の場合、記録部25に記録されている前回の空転滑走判定時の前回列車速度Vpreと、今回の列車速度Vcurを比較する。
【0019】
判定部24は、今回の列車速度Vcurが前回列車速度Vpreより大きい場合、列車空転滑走状態Scurとして、空転状態を制御部22に送信する。逆に、今回の列車速度Vcurが前回列車速度Vpreより小さい場合、列車空転滑走状態Scurとして、滑走状態を制御部22に送信する。
【0020】
また、判定部24は、制御部22から受信した列車加加速度Jcalの絶対値が、空転滑走判定閾値Jthr未満の場合、列車空転滑走状態Scurとして、通常状態を制御部22に送信する。制御部22は、演算部23から受信した列車速度Vcul及び判定部24から受信した列車空転滑走状態Scurを列車制御部26に送信する。
【0021】
記録部25は、前回列車速度Vpre、前回列車空転滑走状態Spre、空転滑走判定閾値Jthr、前々回列車速度Vpre2を記録している。なお列車の空転滑走判定後に、その時の列車速度Vcur及び列車空転滑走状態Scurを、前回列車速度Vpre及び前回列車空転滑走状態Spreとして記録する。なお記録部25は、列車制御システム100が保有する記録装置の一部であってもよいし、独立して設けられてもよい。
【0022】
列車制御部26は、空転/滑走検知部21から取得した列車速度V
cur及び列車空転滑走状態S
curをもとに、列車制御速度V
conを演算する。列車制御速度V
conは、列車の走行位置の算出や、列車に対する制動指令の出力判定などに使用される。列車が空転状態または滑走状態である場合、列車速度V
curを補正した後、列車制御に使用する。なお、
図1において、空転/滑走検知部21と列車制御部26は異なる装置のように示したが、一つの演算装置に実装されてもよい。
【0023】
図2は、回転式速度センサ10の車軸回転速度V
axlを用いて、列車空転滑走状態S
curを判定する手順を示すフローチャートである。
【0024】
図2のフローチャートに基づく動作は以下の通りである。なお以降で挙げる処理において、演算される情報はいずれも記録部25に格納される。また制御部22、演算部23または判定部24は記録部25から直接または他の機能部を介して情報を取得して演算し、あるいは演算結果を再び記録部25に格納するものであるが、理解を容易とするために、特に言及する場合を除いて、記録部25から情報を読み出す処理および記録部25へ情報を書き込む処理の説明は省略している。
【0025】
ステップ101:制御部22が、回転式速度センサ10から車軸回転速度Vaxlを取得し、演算部23に送信する。
【0026】
ステップ102:演算部23が、制御部22から受信した車軸回転速度Vaxlより、列車速度Vcurを演算する。さらに、列車速度Vcurを2階微分することにより、列車加加速度Jcalを演算する。演算部23は、演算した列車速度Vcur及び列車加加速度Jcalを制御部22に送信する。なお列車加加速度Jcalの演算は、あらかじめ定められた時間枠において演算された複数の列車速度から、ある程度、離散した3点の列車速度と、それらを演算した時点に基づき求める。この時間枠は列車の運用状況や特性、軌道面の状態に応じて調整することができ、また適宜変更するものとしてもよい。
【0027】
ステップ103:制御部22が、判定部24に、演算部23から受信した列車速度Vcur及び列車加加速度Jcalを送信する。
【0028】
ステップ104:判定部24が、制御部22から受信した列車加加速度Jcalの絶対値と空転滑走判定閾値Jthrを比較する。列車加加速度Jcalの絶対値が空転滑走判定閾値Jthr以上である場合、ステップ105へ移る。一方、列車加加速度Jcalの絶対値が空転滑走判定閾値Jthr未満である場合、ステップ110へ移る。
【0029】
ステップ105:判定部24が、記録部25に記録されている前回列車空転滑走状態Spreを確認する。前回列車空転滑走状態Spreが通常状態である場合、ステップ106へ移る。一方、前回列車空転滑走状態Spreが空転状態または滑走状態である場合、ステップ109へ移る。
【0030】
ステップ106:判定部24が、制御部22から受信した今回の列車速度Vcurと、記録部25に記録されている前回列車速度Vpreを比較する。今回の列車速度Vcurが前回列車速度Vpreよりも大きい場合、ステップ107へ移る。一方、今回の列車速度Vcurが前回の列車速度Vpreよりも小さい場合、ステップ108へ移る。
【0031】
ステップ107:判定部24が、制御部22に、列車空転滑走状態Scurとして、空転状態を送信する。
【0032】
ステップ108:判定部24が、制御部22に、列車空転滑走状態Scurとして、滑走状態を送信する。
【0033】
ステップ109:判定部24が、制御部22に、前回列車空転滑走状態Spreを列車空転滑走状態Scurとして、送信する。
【0034】
ステップ110:判定部24が、制御部22に、列車空転滑走状態Scurとして、通常状態を送信する。
【0035】
ステップ111:制御部22が、列車制御部26に、列車速度Vcur及び列車空転滑走状態Scurを送信する。
【0036】
ステップ112:制御部22が、列車速度Vcur及び列車空転滑走状態Scurを、前回列車速度Vpre及び前回列車空転滑走状態Spreとして、記録部25に記録する。
【0037】
上記のステップ101からステップ112までを、空転/滑走検知部21が、回転式速度センサ10から、車軸回転速度Vaxlを取得する度に実施する。
【0038】
図3は、列車加加速度と空転滑走判定閾値の関係を示す図である。
図2のステップ104における、列車加加速度J
calと空転滑走判定閾値J
thrの関係を示す。判定部24は列車加加速度J
calの絶対値が、空転滑走判定閾値J
thr以上のとき、列車が空転状態または滑走状態であると判定する。なお、空転状態または滑走状態の判定は、空転状態または滑走状態を検知する直前の前回列車速度V
preと現在の列車速度V
curを比較することにより、どちらか一方に確定する。その関係を
図4に示す。
【0039】
図4は列車速度と前回列車速度の関係を示す図である。現在の列車速度V
curが大きい場合、空転状態であると判定する。一方、空転状態または滑走状態を検知する直前の前回列車速度V
preと現在の列車速度V
curを比較し、現在の列車速度V
curが小さい場合、滑走状態であると判定する。
【0040】
ただし、この前回列車速度Vpreと現在の列車速度Vcurの比較は、空転状態または滑走状態の開始判定時にのみ実施する。列車加加速度Jcalの絶対値が、空転滑走判定閾値Jthr未満となったとき、空転状態または滑走状態が終了したと判定する。
【0041】
このような処理を採用する理由は次のように説明できる。空転状態が発生する瞬間は車軸が実際の列車速度に対して高速に回転するため、車輪の回転に基づく列車速度が上昇する。そして空転状態においては、軌道面と車輪の粘着状態が変動する。車輪と軌道面との粘着状態が強くなると車軸回転速度に基づいて算出される列車速度は低下し、粘着状態が弱まると再度列車速度が上昇するように見え、空転状態が解消するまでこのような現象が継続する。
【0042】
一方、滑走状態が発生する瞬間は、車輪が実際の列車速度に対して低速に回転するため、車輪の回転速度に基づく列車速度は低下する。そして滑走状態においても車輪と軌道面の粘着状態が変動するため、車軸の回転速度から求まる列車速度が、実際の列車速度に対して上下することになる。このように、空転状態または滑走状態が継続している期間に観測される列車速度は上昇と低下を繰り返すことがあるため、これを考慮して、空転状態または滑走状態の発生を判断するときにのみ、速度比較を実行することが望ましい。
【0043】
なお、上記処理に代わって、常に速度変化を判定するように構成し、かつ空転状態または滑走状態が継続している期間においては、その判定結果を空転状態または滑走状態の決定処理に反映しない論理を採用してもよい。例えば、
図2におけるステップ105とステップ106の順番を入れ替えたのちに、ステップ105における分岐の下流それぞれにステップ106の判断処理を置く。そしてそれぞれのステップ106の判断処理において、前回列車空転滑走状態S
preを確認し、空転状態または滑走状態である場合はステップ109へ移行し、それ以外の場合は、ステップ107またはステップ108へ移行するものとするものとしてもよい。
【0044】
このように、回転式速度センサ10から得た車軸回転速度Vaxlを基に、空転/滑走検知部21の内部において、列車空転滑走状態Scurを判定する。判定結果は、列車制御部26に送信され、列車制御速度Vconの算出に使用される。
【0045】
また、上述の実施例は次のように換言することもできる。すなわち列車制御システム100は、回転式速度センサ10からパルス信号を取得するインタフェースを持ち、このパルス信号を速度情報へ変換する演算部23、速度情報を記録する記録部25、判定部24を有する。ここで記録部25は、ステップ102において定めた時間枠において取得された少なくとも3つの速度情報(前々回列車速度、前回列車速度、今回列車速度)を格納するように構成されている。そして演算部23はこれらの速度情報に基づき加加速度情報を演算し、判定部24はこの加加速度情報に基づき空転滑走の発生を検知する。
【0046】
また、加加速度情報の演算にあたって加速度情報を利用する場合は、記録部25は、同時間枠において取得された速度情報(前々回列車速度、前回列車速度、今回列車速度)に基づく2つの加速度情報(前回列車加速度、今回列車加速度)を格納するように構成される。そして演算部23は2つの加速度情報に基づき加加速度情報を演算し、判定部24は加加速度情報に基づき空転滑走の発生を検知するものとすることもできる。
【0047】
なお、これらのいずれの例においても判定部24は、加加速度情報の演算に関連した複数の速度情報を比較する、すなわち今回列車速度と前回列車速度とを比較することにより、空転の発生と滑走の発生とを区別することも可能である。
【0048】
上記実施例によれば、列車の車軸の回転を検知する回転式速度センサを用いて、列車の空転状態及び滑走状態を検知する技術が提供される。すなわち列車の空転滑走状態を検知するためには、新たなセンサを設置するための空間確保は不要とすることができる。そのため例えば、特に既存車において、既存ハードウェアの改造や慣性センサの設置に伴う導入までの追加作業やコスト、設置場所の確保に関する検討などが省略可能となる。またこれらの新たなセンサの設置は、保守の面でも追加コストが発生しやすいが、上記実施例はこの点においても利点が生じる。
【0049】
なお上述の実施例1では、空転滑走判定閾値Jthrは、空転状態及び滑走状態の判定条件として、同一の値を用いていたが、異なる値としてもよい。
【0050】
また、実施例1では、一つの回転式速度センサ10を用いて、列車の空転滑走を検知する方法について説明しているが、複数の回転式速度センサを用いてもよい。複数の回転式速度センサを用いる場合、回転式速度センサごとに、車軸回転速度Vaxlから列車加加速度Jcalを演算し、個別に列車空転滑走状態Scurを決定してよい。
【0051】
また、制御部22によって検知された空転状態または滑走状態を走行経路の位置情報と紐づけて記録するように構成し、経路において空転/滑走が生じやすい区間を推定することに利用することもできる。そのような区間を推定することによって、より空転や滑走が生じにくい走行条件を分析し、さらに効果的な列車運行を求めることが可能となる。
【実施例2】
【0052】
本実施例は、実施例1における、列車の空転状態または滑走状態の終了判定に対して、遅れ時間Tdelを考慮したものである。遅れ時間Tdelは、記録部25にあらかじめ記録されている。また本実施例において、記録部25は前回列車速度Vpre、前回列車空転滑走状態Spre、空転滑走判定閾値Jthr、遅れ時間Tdel期間における列車加加速度Jcal(参照加加速度群)を記憶している。
【0053】
図5は本発明の他の実施形態である列車制御システムにおいて、遅れ時間を考慮した列車の空転滑走状態の判定手順を示すフローチャートを示す。このフローチャートは、
図2のフローチャートに対して、列車の空転状態または滑走状態の終了判定に、遅れ時間T
delを考慮したものである。
図2のフローチャートに対して、追加したステップのみ、以下に示す。
【0054】
ステップ113:判定部24が、列車加加速度Jcalの絶対値が、空転滑走判定閾値Jthr未満となった時点から、遅れ時間Tdelの間に、列車加加速度Jcalの絶対値が、空転滑走判定閾値Jthr以上となっていたことがあるか、確認する。遅れ時間Tdelの間に、空転滑走判定閾値Jthr以上となっていた場合、ステップ109へ移る。一方、空転滑走判定閾値Jthr以上となっていなかった場合、ステップ110へ移る。
【0055】
図6は、列車加加速度と空転滑走判定閾値の関係を示す図である。
図5のステップ104およびステップ113における、列車加加速度J
calと空転滑走判定閾値J
thrの関係を示す。
【0056】
空転状態または滑走状態の開始判定の考え方は、
図3及び
図4と同一である。列車加加速度J
calの絶対値が、空転滑走判定閾値J
thr未満となっている状態が、遅れ時間T
delの間にわたって継続したとき(参照加加速度群もすべて空転滑走判定閾値J
thr未満となったとき)、空転状態または滑走状態が終了したと判定する。例えば、遅れ時間T
delが2.0秒のとき、
図6のA点からB点までの間、空転滑走判定閾値J
thr未満となっているが、遅れ時間T
delの間、継続していないため、空転状態または滑走状態は継続していると判定される。
【0057】
一方、C点からD点までの間では、空転滑走判定閾値Jthr未満となっており、かつ遅れ時間Tdelの間、継続しているため、D点において、空転状態または滑走状態は終了したと判定される。
【0058】
すなわち本実施例の列車制御システム100では、記録部25は演算周期ごとに取得される加加速度情報を、最も古い情報を削除し最新の情報を保存する方式(待ち行列方式)に準じて予め定められた点数保持するように構成される。なおこの保持される点数は、遅れ時間に対応する演算周期の数で定めてよい。判定部24は、列車加加速度Jcalの絶対値が、空転滑走判定閾値Jthr未満となった時点でこれらの複数点の参照加加速度群を確認するように構成され、その確認結果に応じて空転滑走を終了したとするか否かを判定している。
【0059】
このように遅れ時間Tdelを導入することにより、実施例1と比較して、空転状態または滑走状態の終了判定に、ヒステリシスを考慮することができる。これにより、空転状態または滑走状態の判定のチャタリングを防止することができる。また、このような遅れ時間の導入は回転式速度センサ10から取得した、車軸回転速度Vaxlに含まれる、一時的なノイズの影響を少なくすることにも効果がある。
【0060】
換言すると、本実施例は空転状態または滑走状態の終了をより高い信頼性の下に判定することができる。すなわち終了判定(ステップ113)において、列車加加速度Jcalの絶対値の縮小が瞬間的に生じており実体的には空転状態または滑走状態が継続しているのか、それとも現実に終了とみなしてよい状況に至ったため列車加加速度Jcalの絶対値が縮小したものかを、直近の所定期間の列車加加速度Jcalの状態を確認するステップを加えることによって判断できる。
【0061】
なお上述の例では、遅れ時間の期間において取得された複数の列車加加速度Jcalを保持するものとしたが、これに代わり、遅れ時間の期間において取得された複数の列車加加速度Jcalの中で最大の絶対値を保持するものとしてもよい。この場合、遅れ時間をリセットするたびに新しくセットされた遅れ時間の時間枠において最大の絶対値が保持され、その値と空転滑走判定閾値Jthrとを比較することで同様の動作を実現することができる。
【0062】
このように終了判定のロジックを多段化することによって、実体としては空転状態および滑走状態が継続しているものの、現時点の列車加加速度Jcalのみからは通常状態と判定されてしまい、判定が通常状態と空転状態および滑走状態との間を細かく往復する事象(チャタリング)を抑止しやすいものとなる。
【0063】
なお、
図5に示すフローチャートでは、終了判定をステップ104およびステップ113としているが、ステップ113の前段や後段にさらに異なる終了判定のロジックを置いてもよいし、ステップ113に代わる他の判断ロジックを置いてもよい。
【0064】
上述の実施例2では、空転状態または滑走状態の終了判定にのみ、遅れ時間Tdelを考慮しているが、空転状態または滑走状態の開始判定にも、遅れ時間Tdelを考慮してもよい。或いは、空転状態または滑走状態の開始判定にのみ、遅れ時間Tdelを考慮してもよい。
【0065】
また、回転式速度センサ10から取得した車軸回転速度Vaxlの速度帯に応じて、空転状態または滑走状態の開始および終了判定への遅れ時間Tdelの導入有無を切り替える方法としてもよい。
【実施例3】
【0066】
本実施例は、実施例1および2において、列車制御部26で実施している列車制御速度Vconの算出に、少なくとも一つ以上の回転式速度センサからの車軸回転速度Vaxl及び、列車の空転状態または滑走状態から影響を受けない速度センサ、例えばドップラー効果を用いて列車速度を算出する非接触式速度センサ30からの列車速度Vdopを使用するものである。
【0067】
図7は、本発明のさらに他の実施形態である列車制御システムの構成概要図である。三つの回転式速度センサ10、11、12と、一つの非接触式速度センサ30を用いて、列車制御速度V
conを算出するシステムの構成概要を示す。
【0068】
図1のシステム構成図に対して、回転式速度センサ11及び12と、非接触式速度センサ30が追加されている。空転/滑走検知部21が、三つの回転式速度センサから、三つの車軸回転速度V
axlを取得する。取得した各車軸回転速度V
axlから、各列車速度V
curと各列車加加速度J
calを演算し、それらを基に各列車空転滑走状態S
curを決定する。列車制御部26は、空転/滑走検知部21から取得した各列車速度V
curと各列車空転滑走状態S
cur、非接触式速度センサ30からの列車速度V
dopを用いて、列車制御速度V
conを算出する。
【0069】
図8は、
図7に示すシステムにおける列車制御速度を算出する手順を示すフローチャートである。列車制御部26が各列車速度V
curと各列車空転滑走状態S
cur、非接触式速度センサ30からの列車速度V
dopを用いて、列車制御速度V
conを算出する手順を示す。
【0070】
図8のフローチャートに基づく動作は以下の通りである。
【0071】
ステップ201:列車制御部26が、空転/滑走検知部21から各列車速度Vcurと、各列車空転滑走状態Scurを取得する。
【0072】
ステップ202:列車制御部26が、各列車空転滑走状態Scurを確認する。全ての列車空転滑走状態Scurが空転状態または滑走状態である場合、ステップ203へ移る。また、各列車空転滑走状態Scurのうち、空転状態または滑走状態が一つ以上あり、かつ通常状態も一つ以上ある場合、ステップ204へ移る。一方、全ての列車空転滑走状態Scurが通常状態である場合、ステップ205へ移る。
【0073】
ステップ203:列車制御部26が、非接触式速度センサ30からの列車速度Vdopを列車制御速度Vconとする。
【0074】
ステップ204:列車制御部26が、列車空転滑走状態Scurが通常状態である、各列車速度Vcurのうち、最も大きい列車速度Vcurを選び、それを列車制御速度Vconとする。
【0075】
ステップ205:列車制御部26が、最も大きい列車速度Vcurを選び、それを列車制御速度Vconとする。
【0076】
図9は、
図8における列車制御速度の算出結果の例を示す。すなわちステップ201からステップ205で実施する、列車制御速度V
conの算出結果の例である。(a)では、全ての回転式速度センサが空転状態または滑走状態であり、列車制御速度V
conに列車速度V
dopが採用されている。一方、(b)及び(c)では、少なくとも一つ以上の回転式速度センサの空転滑走状態S
curが通常状態であり、通常状態の回転式速度センサのうち、列車速度V
curが最も高いものが、列車制御速度V
conとして採用されている。
【0077】
このように非接触式速度センサ30からの列車速度Vdopを列車制御速度Vconの算出に用いることにより、実施例1および2と比較して、列車の実速度に、より近い列車制御速度Vconを算出することができる。
【0078】
上述の実施例3では、全ての回転式速度センサが空転状態または滑走状態である場合にのみ、非接触式速度センサの列車速度Vdopを列車制御速度Vconに採用しているが、少なくとも一つ以上の回転式速度センサの空転滑走状態Scurが通常状態である場合にも、非接触式速度センサの列車速度Vdopを列車制御速度Vconとして、採用しても良い。
【0079】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明をわかりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明したすべての構成を備えるものに限定されるものではない。例えば、空転状態または滑走状態のいずれか一方を検知するようにシステムを構成し、他方の状態を別の手段によって検知するものとしてもよい。また、上述の実施例では車軸回転速度を列車速度に変換した後に加加速度の演算を実行するものとしたが、空転状態/滑走状態の検知は車軸の回転速度から直接求めるものであってもよい。すなわち車軸の回転加加速度について上記に挙げた実施例と同様の判断フローを適用することも可能である。
【0080】
また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。また、上記の各構成、機能、処理部、処理手段等は、それらの一部又は全部を、例えば集積回路で設計する等によりハードウェアで実現してもよい。また、上記の各構成、機能等は、プロセッサがそれぞれの機能を実現するプログラムを解釈し、実行することによりソフトウェアで実現してもよい。各機能を実現するプログラム、テーブル、ファイル等の情報は、メモリや、ハードディスク、SSD(Solid State Drive)等の記録装置、または、ICカード、SDカード、DVD等の記録媒体に置くことができる。
【符号の説明】
【0081】
10、11、12…回転式速度センサ、20…列車制御装置、21…空転/滑走検知部、22…制御部、23…演算部、24…判定部、25…記録部、26…列車制御部、30…非接触式速度センサ。100…列車制御システム