(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-28
(45)【発行日】2022-11-08
(54)【発明の名称】急性腎障害の検査方法、急性腎障害の検査用キット、動物治療方法、及び急性腎障害用医薬
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/68 20180101AFI20221031BHJP
A61K 31/7105 20060101ALI20221031BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20221031BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20221031BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20221031BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20221031BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20221031BHJP
【FI】
C12Q1/68 ZNA
A61K31/7105
A61K45/00
A61K48/00
A61P13/12
A61P43/00 171
C12N15/113 Z
(21)【出願番号】P 2020551095
(86)(22)【出願日】2019-10-04
(86)【国際出願番号】 JP2019039227
(87)【国際公開番号】W WO2020071518
(87)【国際公開日】2020-04-09
【審査請求日】2021-04-01
(31)【優先権主張番号】P 2018188746
(32)【優先日】2018-10-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505246789
【氏名又は名称】学校法人自治医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【氏名又は名称】村上 大勇
(72)【発明者】
【氏名】森下 義幸
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-501650(JP,A)
【文献】特表2013-503617(JP,A)
【文献】特表2018-506998(JP,A)
【文献】国際公開第2017/171048(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/194615(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/190591(WO,A1)
【文献】特表2016-515120(JP,A)
【文献】CHIJIIWA, Yoshiro et al.,Overexpression of microRNA-5100 decreases the aggressive phenotype of pancreatic cancer cells by tar,INTERNATIONAL JOURNAL OF ONCOLOGY,2016年,vol. 48,p. 1688-1700
【文献】WANG, Jia-feng et al.,Screening plasma miRNAs as biomarkers for renal ischemia-reperfusion injury in rats,Med. Sci. Monit.,2014年,vol. 20,p. 283-289
【文献】WANG, Nan et al.,Urinary MicroRNA-10a and MicroRNA-30d Serve as Novel, Sensitive and Specific Biomarkers for Kidney I,PLOS ONE,2012年,vol. 7, iss. 12,e51140
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
A61K 31/7105
A61K 45/00
A61K 48/00
A61P 13/12
A61P 43/00
C12N 15/113
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
急性腎障害特異的バイオマーカーとしてmiRNA-5100を用い、
ステージ1の急性腎障害を
検査する
ことを特徴とする急性腎障害の
検査方法。
【請求項2】
前記ステージ1は、NGAL、L-FABPが変化していない早いステージである
ことを特徴とする請求項1に記載の急性腎障害の
検査方法。
【請求項3】
前記miRNA-5100の発現が低下している場合、急性腎障害と
判定する
ことを特徴とする請求項2に記載の急性腎障害の
検査方法。
【請求項4】
miRNA-5100を測定する試薬を含む
ことを特徴とする急性腎障害の検査用キット。
【請求項5】
ヒト以外の動物の治療方法であって、
miRNA-5100の機能活性を調整し、
少なくともp53の発現量を減少させ、
急性腎障害を治療する
ことを特徴とする動物治療方法。
【請求項6】
miRNA-5100の機能活性調整剤を含み、
少なくともp53の発現量を減少させる
ことを特徴とする急性腎障害用医薬。
【請求項7】
前記機能活性調整剤は、
前記miRNA-5100の機能活性亢進剤を含む
ことを特徴とする請求項6に記載の急性腎障害用医薬。
【請求項8】
前記機能活性亢進剤は、前記miRNA-5100に対応したmiRNAミミックである
ことを特徴とする請求項7に記載の急性腎障害用医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマーカー、診断方法、検査用キット、動物治療方法、及び医薬に係り、特に急性腎障害特異的バイオマーカー、急性腎障害の診断方法、急性腎障害の検査用キット、動物治療方法、及び急性腎障害用医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
急性腎障害(Acute kidney injury、AKI)は、感染症、薬剤摂取、外科手術後等に生じる急性の腎機能障害であり、患者の生命予後に大きく関与している。
急性腎障害(AKI)は、数時間から数日という短期間で急激に腎機能が低下する病態である。尿から老廃物を排泄できなくなったり、溢水になったりする。透析が必要になる場合もあり得る。
【0003】
従来、KDIGO(Kidney Disease:Improving Global Outcomes)から急性腎障害に関する診断のガイドラインが提供されている。このKDIGO分類では、急性腎不全は血清クレアチニン濃度上昇及び尿量減少にもとづいて診断されている。
【0004】
具体的には、(急性腎障害のためのKDIGO診療ガイドラインでは、AKIの病期(ステージ)分類は、以下のいずれかにより定義される:
1. 48時間以内に血清クレアチニン値が0.3mg/dl以上上昇した場合
2. 血清クレアチニン値がそれ以前7日以内に判っていたか予想される基礎値
より1.5倍以上の増加があった場合
3. 尿量が6時間にわたって0.5ml/kg/時間に減少した場合
【0005】
しかしながら、この基準ではすでに治療介入のタイミングを逸していることが多い。このため、急性腎障害用のバイオマーカーの開発が望まれている。
【0006】
ところで、近年、miRNA(microRNA、マイクロRNA)が多様な病態に関与し、疾病早期診断のバイオマーカーとして有効であることが報告されている。
特許文献1を参照すると、従来のバイオマーカーの一例として、慢性的な糖尿病の状態の指標を示すmiRNAが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1のバイオマーカーは、急性腎障害を診断できるものではなかった。
【0009】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、上述の課題を解消することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の急性腎障害の検査方法は、急性腎障害特異的バイオマーカーとしてmiRNA-5100を用い、ステージ1の急性腎障害を検査することを特徴とする。
本発明の急性腎障害の検査方法は、前記ステージ1は、NGAL、L-FABPが変化していない早いステージであることを特徴とする。
本発明の急性腎障害の検査方法は、前記miRNA-5100の発現が低下している場合、急性腎障害と判定することを特徴とする。
本発明の急性腎障害の検査用キットは、miRNA-5100を測定する試薬を含むことを特徴とする。
本発明の動物治療方法は、ヒト以外の動物の治療方法であって、miRNA-5100の機能活性を調整し、少なくともp53の発現量を減少させ、急性腎障害を治療することを特徴とする。
本発明の急性腎障害用医薬は、miRNA-5100の機能活性調整剤を含み、少なくともp53の発現量を減少させることを特徴とする。
本発明の急性腎障害用医薬は、前記機能活性調整剤は、前記miRNA-5100の機能活性亢進剤を含むことを特徴とする。
本発明の急性腎障害用医薬は、前記機能活性亢進剤は、前記miRNA-5100に対応したmiRNAミミックであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、miRNA-5100を用いることで、急性腎障害を特異的に診断可能なバイオマーカーを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施例1に係る急性腎障害モデルマウスの施術の概念図である。
【
図2A】本発明の実施例1に係るマイクロアレイ解析(虚血再灌流モデル)の結果を示す写真である。
【
図2B】本発明の実施例1に係るマイクロアレイ解析(LPS投与モデル)の結果を示す写真である。
【
図3】本発明の実施例1に係るmiRNA-5100の発現量の変化を示すグラフである。
【
図4】本発明の実施例1に係るmiRNA-5100のROC曲線を示すグラフである。
【
図5】本発明の実施例1に係る急性腎障害マウスでのmiRNA-5100の過剰発現について説明する概念図である。
【
図6】本発明の実施例1に係るmiRNA-5100の過剰発現時における実際の発現量を示すグラフである。
【
図7】本発明の実施例1に係るmiRNA-5100の過剰発現時における腎腫大を示すグラフである。
【
図8A】本発明の実施例1に係るmiRNA-5100の過剰発現時における急性腎障害の治療効果(NGAL)を示すグラフである。
【
図8B】本発明の実施例1に係るmiRNA-5100の過剰発現時における急性腎障害の治療効果(KIM-1)を示すグラフである。
【
図8C】本発明の実施例1に係るmiRNA-5100の過剰発現時における急性腎障害の治療効果(L-FABP)を示すグラフである。
【
図8D】本発明の実施例1に係るmiRNA-5100の過剰発現時における急性腎障害の治療効果(IL-18)を示すグラフである。
【
図9】本発明の実施例2に係るmiRNA-5100の過剰発現時における小胞体ストレス応答遺伝子の発現変化を示すグラフである。
【
図10】本発明の実施例2に係るmiRNA-5100の過剰発現時における小胞体ストレス応答遺伝子の発現変化を示すグラフである。
【
図11】本発明の実施例2に係るmiRNAによる急性腎障害の進展抑制の推定機序を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<実施の形態>
従来の急性腎障害のバイオマーカー候補は、臨床的に真に有効か否かは未だ不明であり、急性腎障害の特異的治療法は全く実用化されていなかった。
このため、本発明者らは、多様な病態に関与していることが知られてきたmiRNAに着目した。miRNAは人を含む哺乳類で2000種類程度あることがわかっており、その塩基配列は、公共のデータベース(miRBase等)に登録されている。
しかしながら、急性腎障害のバイオマーカーとして有用なmiRNAは知られていなかった。
【0014】
そこで、本発明者らは、鋭意実験を繰り返し、急性腎障害に特異的なバイオマーカーとなり得るmiRNAを探索した。
具体的には、後述の実施例1で詳細を説明するように、本発明者らは、二種類の急性腎障害モデルマウスの腎臓と血液で変化しているmiRNAをマイクロアレイ法、及びリアルタイムPCRの一種であるqRT-PCR法で網羅的に解析し、同定した。さらに、同定したmiRNA発現変化をヒトの血清サンプルについて、qRT-PCRで、健常人及び急性腎障害患者で比較検討し、急性腎障害患者の血清で特異的に変化するmiRNAを同定し、診断方法として使用可能にした。
さらに、このmiRNAを過剰発現させることで、医薬として用いる際の効果が得られることを急性腎障害モデルマウスで確認し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
〔バイオマーカー〕
より詳細に説明すると、本発明の実施の形態に係る急性腎障害特異的バイオマーカーは、急性腎障害患者のmiRNAであることを特徴とする。
miRNAは、タンパク質へ翻訳されないRNAであり、機能性のノンコーディングRNAの一種である。miRNAは、真核生物のゲノム上にコードされ、多段階的な生成過程を経て、最終的に20~25塩基程度の一本鎖RNAとなり、遺伝子の転写後発現調節に関与する。miRNAは、転写後発現調節により、発生、増殖、分化、アポトーシス、代謝といった広範な生物学的プロセスに重要な働きをする。
【0016】
具体的には、本発明の実施の形態に係る急性腎障害特異的バイオマーカーは、miRNA-5100であることを特徴とする。
このうち、マウスの成熟型miRNA-5100(miRbase No:MI0018008)の配列を以下に示す:
5’-ucgaaucccagcggugccucu-3’ (配列番号1)
【0017】
ヒトの成熟型miRNA-5100(miRbase No:MI0019116)の配列を以下に示す:
5’-uucagaucccagcggugccucu-3’ (配列番号2)
【0018】
本実施形態のmiRNA-5100として、マウス及びヒト以外の真核生物、具体的には各種動物において、相同性のあるmiRNAを用いることが可能である。この動物は特に限定されず、例えば、家畜動物種、野生動物等を含む。各miRNAは、哺乳類で、ほぼ同じ塩基配列であるため、相同性を基に検索して用いることが可能である。この相同性としては、80%以上であることが好適であり、90%以上であることが更に好適である。さらに、これらの配列と相補的な配列、又は、ハイブリダイズ可能な程度に同一な配列を含んでいてもよい。
【0019】
加えて、本実施形態の各miRNA及び後述する機能活性調整剤は、pri-miRNA(primary miRNA、初期転写産物)又はpre-miRNA(precursor miRNA、前駆体)として提供されてもよい。この場合、本実施形態のmiRNAは、一本鎖ではなくてもよく、ステム及びループ構造等により、二本鎖部分を形成していてもよい。
さらに、本実施形態の各miRNAは、miRNA、pri-miRNA、pre-miRNA等をコードするRNA、DNA等の核酸分子であってもよい。また、この核酸分子は、人工核酸分子、例えば、ペプチド核酸(Peptide Nucleic Acid、PNA)、ロックド核酸(Locked Nucleic Acid、LNA)等も含む。
【0020】
本実施形態の各miRNA、及び機能活性調整剤の製造は、当業者に一般的な化学合成法、又は組換え手法等で製造することが可能である。この組み換え手法では、上述のような成熟(mature)型のmiRNA、pri-miRNA、及びpre-miRNAのいずれか又はこれらをコードするDNAの塩基配列が、適切なベクターに含まれるようにしてもよい。このベクターは、例えば、真核生物において、核酸の発現に適した発現ベクターである。このベクターに含まれる核酸分子は、各miRNA分子の転写、miRNAに成熟するまでの前駆体又は一次転写産物を標的としていてもよい。さらに、各miRNAのゲノム上のコピー等を変更するような配列、転写調製配列等を含んでいてもよい。
【0021】
〔診断方法〕
本発明の実施の形態に係る急性腎障害の診断方法は、上述の急性腎障害特異的バイオマーカーを用いることを特徴とする。
本発明の実施の形態に係る急性腎障害の診断方法では、主に、患者の血清中又は血漿(以下、単に「血液」という。)に存在するmiRNAレベルを検出することで、急性腎障害であることを診断する。すなわち、本実施形態の急性腎障害の診断方法は、急性腎障害の検査方法としても用いることが可能である。
【0022】
具体的には、本実施形態においては、miRNA-5100の発現が低下している場合、急性腎障害と診断することが可能である。
このmiRNA-5100の発現量の低下は、例えば、患者の血液中に存在する発現量を測定し、得られた数値について、統計的に有意差があるか否かを検定する。
さらに、miRNA-5100の発現の低下と他の診断とを組み合わせて、急性腎障害と診断することが可能である。この他の診断は、例えば、KDIGOで開示された急性腎障害の早期バイオマーカー候補分子であってもよい。この分子としては、例えば、NGAL(Neutrophil Gelatinase-Associated Lipocalin)、KIM-1(Kidney Injury Molecule-1)、脂肪酸結合タンパクであるL-FABP(Liver-type Fatty Acid-Binding Protein)を含んでいてもよい。
【0023】
miRNA-5100の血液中の発現量の測定としては、例えば、ヒト等の患者から採血をし、その上澄みを遠心し、血球を除いた血清又は血漿からトータルRNAを抽出する。トータルRNAの抽出方法としては、例えば、グアニジン-塩化セシウム超遠心法、AGPC(Acid Guanidinium-Phenol-Chloroform)法、当業者に一般的なRNA抽出用カラム等を用いることが可能である。この上で、抽出されたトータルRNA中から、本実施形態の各miRNAの発現量を測定する。この測定は、例えば、ノーザンブロット、マイクロアレイ、QCM(Quartz Crystal Microbalance)センサ測定法、qRT-PCRを含むリアルタイムPCR法等、当業者に一般的な方法を用いて実現することが可能である。リアルタイムPCR法を用いる場合、内在性コントロール(endogenous control)miRNAを用いた発現補正を行うことが可能である。この際の内在性コントロールは、以前に内在性コントロールとして適切と報告されている配列から、健常と病気で変化しないものを当業者が適切に選択することが好適である。
【0024】
その後、測定された発現量から統計的な有意差を検定する場合、健常者に由来するサンプルから得られたmiRNAの発現量と比較し、例えば、5%有意(p<0.05)であるか否かを統計検定する。この検定は、例えば、T検定、F検定、カイ二乗検定等の手法をデータ量やデータの性質等に対応して、適宜用いることが可能である。
検定の結果、統計的に有意であれば、当該患者は、急性腎障害であると診断され得る。逆に、統計的に有意でなければ、当該患者は、急性腎障害ではないと診断され得る。この場合、他の指標等から、急性腎障害ではない、別の腎症の患者であると診断することも可能である。
このような診断方法により、発症初期の段階でも、高い信頼性をもって急性腎障害であることを判定することができる。これにより、治療方針の決定に対して重要な情報を提供することができる。
【0025】
本発明の実施の形態に係る診断方法についてまとめると、本実施形態の診断方法は、急性腎障害の疑いのある患者から血液を採取する工程、採取した血液についてmiRNA-5100の発現量を測定する工程、測定されたmiRNA-5100の発現量と健常者のmiRNA-5100の発現量(標準量)とを比較する工程、miRNA-5100の発現量が標準量よりも低いこと検出する工程、及び検出された患者は急性腎障害であるリスクが高いと決定する工程、を含む急性腎障害の診断方法であることを特徴とする。
【0026】
〔検査用キット〕
本発明の実施の形態に係る急性腎障害の検査用キットは、上述の急性腎障害特異的バイオマーカーとなるmiRNAを測定する試薬を含むことを特徴とする。
このようなmiRNA測定用の試薬としては、例えば、ノーザンブロット、マイクロアレイ、QCMセンサ測定法、リアルタイムPCR法等の検出用の方式に対応したものを含む。すなわち、本実施形態の各miRNA検出用のプローブやプライマー等、各種酵素類、緩衝液、洗浄液、溶解液等も含まれる。これに加えて、上述の方式によりmiRNAを検出するための資材、器材等を含んでもよい。
【0027】
さらに、本実施形態の急性腎障害の検査用キットは、診断結果を解析するために、コンピュータ上で検査結果を判断し、データ処理し、可視化するためのプログラム、当該コンピュータを備えた装置及びシステム等を含んでいてもよい。このような装置及びシステム等は、当業者に一般的な技術、方式等を用いて開発可能である。このような装置及びシステム等により、ハイスループットでの検査が可能となり、患者の診断が容易となる。
【0028】
〔急性腎障害用医薬〕
本実施形態の急性腎障害用医薬(医療用組成物)は、miRNAの発現量を増加又は低下させる組成物を含むことを特徴とする。
具体的には、本実施形態の医療用組成物は、miRNA-5100の機能活性調整剤を含むことを特徴とする。この機能活性調整剤は、miRNAの発現を調節する作用を有する組成物である。
【0029】
本実施形態においては、miRNA-5100に対する機能活性調整剤は、機能活性亢進剤を用いる。この機能活性亢進剤は、miRNA-5100に対応した塩基配列のmiRNAミミックを含む。このmiRNAミミックは、合成されたmiRNAを含む組成物であってもよい。すなわち、miRNAミミックにより、急性腎障害の腎臓内のmiRNAの濃度を増加させる(過剰発現)ことで、miRNA-5100に対する細胞の機能の活性を亢進させる。
【0030】
本実施形態のmiRNA-5100に対応したmiRNAミミックは、マウスの場合、以下の配列のものを用いることが可能である:
5’-UCGAAUCCCAGCGGUGCCUCU-3’ (配列番号3)
【0031】
ヒトのmiRNA-5100に対応したmiRNAミミックも、ヒトのmiRNA-5100に対応した同様のものを用いることが可能である。
この場合、投与量として、例えば、腎臓の細胞内において、健常人に対してmiRNA-5100を投与した際の発現量の1.5~2.5倍になるような量のmiRNA-5100ミミック等を用いることが可能である。このうち、2.0倍前後となるような量が特に好適である。
【0032】
加えて、本実施形態の急性腎障害用医薬は、インビトロ(in vitro)又はインビボ(in vivo)で所望の標的細胞に導入される当業者に一般的な方式で、患者の細胞に導入される。このため、本実施形態の医療用組成物は、当業者に一般的な各種媒体を含んで提供されてもよい。
この媒体としては、例えば、プラスミドやウイルスベクターを用いてもよい。このウイルスベクターは、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レトロウイルス等の当業者に一般的なウイルスを用いて構成されてもよい。
【0033】
また、本発明の実施の形態に係る急性腎障害用医薬は、任意の製剤上許容しうる担体を含んでいてもよい。この担体は、例えば、リポソーム担体、コロイド金粒子、ポリペプチド、リポ多糖類、多糖類、脂質膜等であってもよい。これらの中で、機能活性調整剤の発現調整効果を向上させる担体を用いることが好適である。たとえば、miRNAインヒビターやmiRNAミミックについては、リポソーム、特にカチオン性リポソームを用いることが好適である。
【0034】
さらに、製薬上許容される担体としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液、例えばD-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム等を含んでいてもよい。さらに、適当な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80(TM)、HCO-50等と共に投与することが可能である。また、適切な賦形剤等を更に含んでもよい。
【0035】
また、本実施形態の急性腎障害用医薬は、製剤上許容しうる担体を調製するために、適切な薬学的に許容可能なキャリアを含んでいてもよい。このキャリアは、シリコーン、コラーゲン、ゼラチン等の生体親和性材料を含んでもよい。また、キャリアは、乳濁液として提供されてもよい。さらには、例えば、希釈剤、香料、防腐剤、賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、結合剤、乳化剤、可塑剤等の製剤用添加物のいずれか又は任意の組み合わせを含有させてもよい。
【0036】
本発明に係る医薬組成物の投与経路は、特に限定されず、非経口的又は経口的に投与を行うことが可能である。非経口投与としては、例えば、静脈内、動脈内、皮下、真皮内、筋肉内、腹腔内の投与、又は、腎臓等への直接投与が可能である。
本発明の実施の形態に係る急性腎障害用医薬は、非経口的又は経口的の投与に適した投与形態において、当該分野で周知の製剤上許容しうる担体を用いて処方され得る。
【0037】
本発明の実施の形態に係る急性腎障害用医薬を上述の治療に用いる際に、投与間隔及び投与量は、疾患の状況、さらに対象の状態等の種々の条件に応じて適宜選択及び変更することが可能である。
本発明の実施の形態に係る急性腎障害用医薬の1回の投与量及び投与回数は、投与の目的により、更に、患者の年齢及び体重、症状及び疾患の重篤度等の種々の条件に応じて適宜選択及び変更することが可能である。
投与回数及び期間は、1回のみでもよいし、1日1回~数回、数週間程度投与し、疾患の状態をモニターし、その状態により再度又は繰り返し投与を行ってもよい。
【0038】
加えて、本発明の組成物は、他の組成物等と併用することも可能である。また、他の組成物と同時に本発明の組成物を投与してもよく、また間隔を空けて投与してもよいが、その投与順序は特に問わない。
また、本発明の実施の形態において、疾患が改善または軽減される期間は特に限定されないが、一時的な改善または軽減であってもよいし、一定期間の改善または軽減であってもよい。
【0039】
〔治療法〕
本発明の実施の形態に係る動物治療方法は、動物の治療方法であって、miRNA-5100の機能活性を調整することを特徴とする。
具体的には、本発明の実施の形態に係る急性腎障害用医薬は、動物の治療を行う動物治療にも用いることが可能である。この動物は、特に限定されるものではなく、脊椎動物及び無脊椎動物を広く含む。脊椎動物としては、魚類、両生類、は虫類、鳥類、及び哺乳類を含む。具体的には、例えば、哺乳類は、例えば、マウス、ラット、フェレット、ハムスター、モルモット、又はウサギ等のげっ歯類、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、又は非ヒューマンのトランスジェニック霊長類等、及びヒトを含んでいてもよい。また、野生動物としては、哺乳類の他にも、魚類、家禽を含む鳥類、爬虫類等を含む。また、エビや昆虫等を含む甲殻類、その他のイカ等の無脊椎動物等も広く含む。
すなわち、本発明の実施の形態に係る急性腎障害用医薬は、ヒトの治療の他に、各種動物の治療、家畜の発育増進等の方法にも用いることができる。このため、本実施形態の患者は、ヒト、及び、上述のヒト以外の動物も含む。
【0040】
本発明の実施の形態に係る治療方法についてまとめると、本実施形態の治療方法は、急性腎障害の疑いのある患者から血液を採取する工程、採取した血液についてmiRNA-5100の発現量を測定する工程、測定されたmiRNA-5100の発現量と健常者のmiRNA-5100の発現量(標準量)とを比較する工程、miRNA-5100の発現量が標準量よりも低いこと検出する工程、及び検出された患者に対して急性腎障害の治療を行う工程とを含む急性腎障害の治療方法であることを特徴とする。
そして、この急性腎障害の治療は、miRNA-5100の機能活性を調整する治療を含むことを特徴とする。加えて、このmiRNA-5100の機能活性を調整する治療は、上述の急性腎障害用医薬を投与すること含むことを特徴とする。
【0041】
具体的には、本実施形態では、病態(病因)、病期等に依らず、急性腎障害に特異的な治療として、miRNA-5100の機能活性を調整することで、急性腎障害の治療を行うことが可能である。特に、上述した急性腎障害用医薬を投与する等して、miRNA-5100を過剰発現させる補充療法等により、急性腎不全を治療することが可能となる。この際、例えば、上述のリポソームのようなDDS(ドラッグデリバリーシステム)等でmiRNA-5100ミミックを投与することが可能である。
さらに、下記に示すような、当業者により実行される典型的な治療法を組み合わせることで、より効果的に急性腎障害を治療することが可能となる。
【0042】
ここで、急性腎障害は、病態により、腎前性、腎性、腎後性の病因に分類される。
このうち、腎前性の急性腎障害は、腎臓への血流が低下する場合であり、脱水、血圧低下等で生じる。また、腎性の急性腎障害は、腎臓そのものに障害がある場合に生じる。この腎性の急性腎障害は、原疾患別に、コレステロール塞栓症、腎梗塞等による血管性の急性腎障害、急性糸球体腎炎、ループス腎炎、ANCA関連血管炎等による糸球体性の急性腎障害、及び、急性間質性腎炎、急性尿細管壊死、薬剤等による尿細管、間質性の急性腎障害に、更に細分化される。一方、腎後性の急性腎障害は、尿路の狭窄又は閉塞により生じる。これは、両側水腎症などで発生する。
【0043】
典型的な病態(病因)別の急性腎障害の治療では、腎前性の急性腎障害では補液、腎性の急性腎障害では原疾患の治療、腎後性の急性腎障害では、尿路狭窄や閉塞の解除等の治療を行う。
さらに、急性腎障害のためのKDIGO診療ガイドラインによれば、典型的な急性腎障害の病期別治療は、「高リスク」状態では、可能な限り腎毒性物質を中止する、体液量と還流圧を担保する、機能的血液動態モニタリングを考慮する、血清クレアチン値と尿量とをモニターする、高血糖を防ぐ、造影剤を用いない代替策を考慮するといった療法を行う。この上で、レベル1では、これらに加え、非侵襲的精密検査を行い、侵襲的精密検査も考慮する。レベル2では、これらに更に加え、腎機能に応じて薬剤投与量を調整する、腎代替療法を考慮する、ICUへの入室を考慮するといった療法を行う。レベル3では、更に、可能なら鎖骨下カテーテルを避けるようにする。
【0044】
加えて、本発明の実施の形態に係る急性腎障害用医薬は、動物の体内の一部分、又は動物から摘出または排出された臓器や組織等についても、治療用の対象とすることができる。さらに、この治療は広義の治療であり、バイオリアクター、モデル動物での培養、人体移植様の培養臓器の培養等にも適用可能である。
【0045】
以上のように構成することで、以下のような効果を得ることができる。
急性腎障害は、KDIGO分類において、血清クレアチニン値上昇及び尿量減少等に基づいて診断されている。しかし、この基準ではすでに治療介入のタイミングを逸していることも少なくなかった。加えて、腎予後の予測については、KDIGO診断基準を用いることができるかどうか明らかではなかった。
このため、近年、尿中NGAL、L-FABP等の急性腎障害の早期バイオマーカー候補分子も報告されてきていた。
【0046】
具体的には、従来の急性腎障害の早期バイオマーカー候補分子であるNGALは、尿中の好中球ゼラチナーゼ結合性リポカインの測定を行うもので、急性腎障害(AKI)の診断補助として用いることが可能である。NGALのROC曲線下面積は0.50-0.98であり、75%(12/16)の研究で0.70以上と中等度以上の診断精度であった(AKI診療ガイドライン2016参照)。
一方、L-FABPは、ヒト近位尿細管の細胞質に局在する14kdの蛋白質であり、尿細管への虚血、酸化ストレスによって尿中に排出されるため、尿細管機能障害の早期診断に用いられる。L-FABPのROC曲線下面積は0.70-0.95であり、すべての研究で0.70以上と中等度以上の診断精度であった(AKI診療ガイドライン2016参照)。
【0047】
しかしながら、これらのバイオマーカー候補は、臨床的に真に有効か否かは未だ不明であった。これは、複数の測定方法が存在し標準化がなされておらず、測定のタイミングが定まっていないためであった。さらに、L-FABPにおいては、カットオフ値も定まっていなかった。すなわち、これらの従来のバイオマーカーによる診断が真に有用か否かは分からなかった。
また、そもそも、特許文献1に記載されたようなmiRNAについては、急性腎障害特異的なmiRNAの解析ではなかった。
【0048】
これに対して、本発明の実施の形態に係る急性腎障害特異的バイオマーカーは、血液中に存在するmiRNAであり、miRNA-5100を用いることで、急性腎障害の診断に用いることが可能となる。
すなわち、本実施形態のバイオマーカーにより、予後の悪い腎疾患である急性腎障害を早期に正確に診断でき、また治療効果が期待できる。
加えて、本発明の実施の形態に係る急性腎障害の診断方法では、腎症のうち急性腎障害であることを早期に、被侵襲的に診断することが可能になる。
さらに、下記の実施例2で示したように、本実施形態のバイオマーカーは、従来のNGAL及びL-FABPよりも急性腎障害を早いステージ(ステージ1)で診断可能である。
【0049】
加えて、従来の急性腎障害の早期バイオマーカー候補分子であるNGAL及びL-FABPは、測定時の試料が尿なので、尿がでない患者では測定できないことがあった。
これに対して、本実施形態のバイオマーカーは、血液(血清)を試料として測定可能であるため、尿がでない患者でも確実に測定することが可能である。
【0050】
一方、急性腎障害の特異的治療法は全く実用化されていかった。すなわち、急性腎障害の治療では、特異的な治療薬が存在しなかった。
【0051】
具体的には、従来の急性腎障害のガイドラインでは、低用量心房性ナトリウム利尿ペプチドの投与、ループ利尿薬の投与、低用量ドーパミンの投与、血液浄化療法が、薬剤、透析療法として取り上げられていた。しかしながら、急性腎障害の予防及び治療において、低用量心房性ナトリウム利尿ペプチドの投与のエビデンスは、不十分であった。さらに、急性腎障害の予防を目的としてループ利尿薬の投与は推奨されておらず、更に、体液過剰を補正する目的での使用を除き、急性腎障害の治療としてループ利尿薬を投与しないことが提案されていた。また、急性腎障害の予防及び治療に低用量ドーパミンの投与は推奨されていなかった。加えて、急性腎障害に対して早期の血液浄化療法開始が予後を改善するエビデンスは乏しく、臨床症状や病態を広く考慮して開始の時期が決定されていた。
このように、急性腎障害において、確立された治療薬や治療法はなく、輸液や原因薬物を避ける等の対症療法に限られていた。
【0052】
これに対して、miRNA-5100の機能活性調整剤を用いることで、新規の急性腎障害用医薬を提供でき、上述の診断と合わせて早期治療が可能となる。
特に、DDS等でmiRNA-5100ミミックを投与する等して、miRNA-5100を過剰発現させる補充療法等により、尿管細胞等のアポトーシスを抑制し、急性腎障害の発症、進展による腎機能の低下を予防し、抑えることが可能となる。
具体的には、腎臓の尿細管の壊死と尿細管腔内に蛋白性円柱の充満等を抑えることができる。さらに、急性腎障害の発生時、発生予想時に、予防的に投与することで、急性腎障害の発症、進展を抑制することが期待できる。
【0053】
なお、上述の実施の形態において、急性腎障害の検査方法として、血液からmiRNAを取得する例について記載した。
しかしながら、miRNAは血液以外、例えば、尿中にも安定して存在している。このため、血液以外の組織、体液、尿等から取得されたmiRNAの量により、急性腎障害であると検出するように構成することも可能である。
【0054】
さらに、本実施形態の診断方法は、早期診断のために予備的な診断する診断方法としても用いることが可能である。すなわち、急性腎障害では、上述のように、従来の診断では手遅れとなることもあった。このため、急性腎障害を早期に診断することで、的確な早期治療を可能とし、治療効果を向上させることができる。
【0055】
加えて、急性腎障害用医薬となる、miRNA-5100の機能活性調整剤として、miRNAミミック以外のものを用いることも可能である。
さらに、miRNA-5100の発現調整の対象となる遺伝子、遺伝子産物、アゴニスト/アンタゴニスト、その他のパスウェイに対する作用を介した組成物を、機能活性調整剤として用いることも可能である。
【0056】
さらに、急性腎障害用医薬としてのmiRNA-5100の機能活性調整剤として、その他のmiRNAの転写調節因子を用いたり、各種ベクターによる発現調節、CRISPR/Cas等による遺伝子治療等を行ったりすることも可能である。
加えて、miRNA-5100が発現調整の対象とする遺伝子やパスウェイに対する作用を介した遺伝子治療を行うことも可能である。
【0057】
また、本発明の実施の形態に係る医薬は、他の組成物等と併用することも可能である。本発明の組成物を、他の組成物と同時に投与、散布、塗布等をしてもよい。
【0058】
加えて、miRNA-5100の機能活性調整剤を、医薬以外の用途に用いることも可能である。さらに、この機能活性調整剤として、miRNAインヒビター等の活性抑制剤を用いてもよい。これにより、動物での急性腎障害における作用機序の実験やモデル等に用いることも可能である。
このmiRNAインヒビターは、例えば、成熟型のmiRNAの生成を阻害、pri-miRNA、及びpre-miRNAを切断等して、発現を抑制するアンチセンス、siRNA、リボザイム等の核酸分子を含む各種組成物を用いることが可能である。
【実施例1】
【0059】
以下で、本発明の実施の形態に係る急性腎障害特異的バイオマーカーについて、具体的な実験を基にして、実施例としてさらに具体的に説明する。しかしながら、この実施例は一例にすぎず、これに限定されるものではない。
【0060】
〔材料と方法〕
(マイクロアレイ分析)
miRNA発現の分析は、microRNA Complete Labeling Reagent及びHybキット(Agilent Technologies、CA、USA社製)を用いて、北海道システムサイエンス社(北海道、日本)に外注して実行した。100ngのトータルRNAを、仔ウシ腸ホスファターゼを用いて37℃で30分間脱リン酸化し、100℃で7分間、100%ジメチルスルホキシドを用いて変性させた。次いで、このサンプルを氷上で2分間冷却した。次いで、サンプルにT4リガーゼを用いて16℃で、2時間インキュベーションさせpCp-Cy3で標識した。その後pCp-Cy標識サンプルを8×15KフォーマットAgilentマウスmicroRNAアレイ上でハイブリダイズさせた。その後プレートを洗浄し、Agilent Technologies Microarrayスキャナーを用いて3μmの分解能でスキャンした。データは、Agilent Feature Extractionソフトウェアバージョン10.7.3.1を使用して解析した。
【0061】
(マイクロアレイデータ処理及び統計解析)
AgilentデータをGeneSpring GX(Agilent Technologies社製)にインポートし、チップあたり90パーセンタイルに正規化した。 一元配置分散分析(ANOVA)を用いて異なる群間の差異を解析した。ANOVAによって統計的有意性が検出された場合、2つの異なる群の平均を比較するためにポストホック検定としてTukey検定を行った。P<0.05を有意差ありと判定した。
【0062】
(qRT-PCR)
(マウス腎臓)
ガラスホモジナイザー及びフィルターカラムシュレッダー(QIAシュレッダー、Qiagen、Valencia、CA、USA製)を用いて、マウス腎臓をホモジナイズした。その後、miRNeasy mini kit(Qiagen)を使用して、均質化した腎臓サンプルからmiRNAを含むトータルRNAを単離した。次に、miScript II RTキット(Qiagen)を用いて、単離された1μgのtotal RNAを逆転写した。次に、miScript SYBR green PCRキット(Qiagen)を用いてリアルタイムRT-PCR(qRT-PCR)を行った。qRT-PCRの条件はQuantStudio 12K Flex Flex Real-Time PCR systemを用いて、95℃で15分間のプレインキュベーション、次いで、(1)94℃で15秒間の変性、(2)55℃で30秒間のアニーリング、(3)70℃で30秒間の伸長のサイクルを40サイクル行い、結果は、RNU6-2(QUIAGEN社製)をendogenous controlとして用いて、2-ΔΔCT methodで解析した。
【0063】
(ヒト血清)
ヒト血清のmiRNAレベル解析は、NucleoSpin miRNA Plasmaカラム(Macherey-Nagel、PA、USA製)を用いて400μlの血清からトータルRNAを単離した。次に、単離したトータルRNAをmiScript II RTキット(Qiagen)を用いて逆転写した。次に、miScript SYBR green PCRキット(Qiagen)を用いてリアルタイムRT-PCRを行った。qRT-PCRの条件はQuantStudio-12K Flex Flex Real-Time PCR systemを用いて、95℃で15分間のプレインキュベーション、次いで(1)94℃で15秒間の変性、(2)55℃で30秒間のアニーリング、(3)及び70℃で30秒間の伸長のサイクルを40サイクル行い、結果は、miRNA-423-3pをendogenous controlとして用いて、2-ΔΔCT methodで解析した。
【0064】
以下のプライマーを用いた。
マウスmiRNA-5100 PCRに使用したプライマー(QIAGEN社製):
5’-UCGAAUCCCAGCGGUGCCUCU-3’(配列番号4)
【0065】
ヒトmiRNA-5100 PCRに使用したプライマー(QIAGEN社製):
5’-UUCAGAUCCCAGCGGUGCCUCU-3’(配列番号5)
【0066】
(急性腎障害モデルマウス)
図1により、試験に用いた急性腎障害モデルマウスについて説明する。本実施例1においては、虚血再灌流モデルマウス(IRI Model)、及びリポポリサッカライド(LPS)投与モデルマウス(LPS Model)を用意した。
虚血再灌流モデルマウスは、C57/B6 mice(9週齢、雄)の右腎臓を摘出後、左腎動脈を45分間クランプして腎血流を遮断し、急性腎不全を誘導し24時間後に解剖した。
LPS投与モデルマウスは、Lipopolysaccharide(LPS、10μg/g)PBS水溶液を:C57/B6 mice(9週齢 雄)に単回投与し急性腎不全を誘導し24時間後に解剖した。
これらの基になったマウス、その他のコントロールマウスは、動物繁殖研究所より購入した。
【0067】
(microRNA-5100の過剰発現)
(miRNA-5100ミミック及びコントロールmiRNA)
マウスでの過剰発現(Overexpression)用のmiRNA-5100ミミック、及びコントロールのmiRNAは、株式会社ジーンデザインから購入した。
miRNA-5100ミミック(株式会社ジーンデザイン製)の配列は、上述の配列番号3と同様である。
コントロールのmiRNA(Control-miRNA)は、miRBaseに登録されているmiRNAと相同しない合成配列であり、ネガティブコントロールである。
【0068】
(miRNA-5100 mimic-PEI-NPの調製)
miRNA-5100を投与する際の非ウイルス性キャリアとして、ナノサイズのリポソームであるLinear polyethylenimine-based nanoparticle(PEI-NP)を使用した。PEI-NPは、生体適合性、安定性、トランスフェクション能力に優れているため、miRNAの投与について好適に用いられる。本実施例1では、PEI-NPとして、in vivo-jetPEI(登録商標、Polyplus-transfection社製)を用いた。
具体的には、miRNA-5100ミミックを濃度50μMの5%グルコース溶液に溶解した。PEI-NPは、5%グルコース溶液に溶解した。miRNAミミック及びPEI-NPを混合し、室温で15分間インキュベートして、miRNA-5100 mimic-PEI-NPsを調整した。これにより、凝縮したmiRNA-5100ミミックは、リポソームでカプセル化される。
同じ方式を用いて、コントロールのmiRNAにPEI-NPPを混合させたcontrol-miRNA-PEI-NPsを調製した。
【0069】
〔結果〕
(マイクロアレイ解析及びqRT-PCR結果)
本実施例1では、急性腎障害で変化するmiRNAの解析とバイオマーカーとしての可能性の検討を行った。このため、外科手技、薬物投与そのもの等の実験的因子の影響を除外するため、機序の異なる確立された2種類の急性腎障害モデルマウスを用いて、急性腎障害腎臓で変化するmiRNAをマイクロアレイ法で網羅的に解析した。
このうち、虚血再灌流モデルマウスは、外科手術後等の虚血による急性腎障害モデルマウスである。一方、LPS投与モデルマウスは、敗血症での急性腎障害モデルマウスである。
【0070】
まず、急性腎障害で共通して変化するマイクロRNAをマイクロアレイ法で網羅的に解析した。
図2A、
図2Bに、マイクロアレイ解析の結果を示す。
図2Aは、虚血再灌流モデルマウスでの結果である。
図2Bは、LPS投与モデルマウスでの結果である。
それぞれ、各急性腎障害マウス(4匹)と正常マウス(コントロールマウス)(4匹)の腎臓で、1881種類のmiRNAのマイクロアレイ解析を行った。
結果として、1881種類のmiRNAのなかから、虚血再灌流急性腎障害マウス及びLPS投与急性腎障害マウス腎臓で共通して1.2倍以上上昇しているmiRNAを18種類と、1.2倍以上低下しているmiRNAを19種類、合計37種類を選出した。
【0071】
(ヒトでのqRT-PCR結果)
マウスの血清で特異的に変化するmiRNAについて、ヒトにおいて、血清で健常人と比較し急性腎障害患者で変化するmiRNAを検索し、急性腎障害のバイオマーカーとなるmiRNAを同定した。
急性腎障害モデルマウスの腎臓で有意に発現変化していた37種類のmiRNAについて、急性腎障害患者(31例)(KDIGO分類で診断)、健常人(23例)の血清からNucleoSpin(登録商標) miRNA Plasma kitを用いてmiRNAを抽出し、miScript II RT Kit(登録商標)を用いて、cDNAを作成し、qRT-PCRでmiRNAの発現を比較検討した。
これにより、急性腎障害患者の血清でのみ特異的に発現減少するmiRNAである、miRNA-5100を同定した。
【0072】
(miRNA-5100の発現解析)
次に、
図3により、miRNA-5100の発現量の変化について説明する。
図3は、健常人を1として正規化し、qRT-PCRによる発現量の差をみたグラフである。miRNA-5100の発現量は、P<0.05で有意に低下していた。
この解析結果について、下記の表1に平均及び標準偏差を示す。
【0073】
【0074】
図4は、miRNA-5100についてのROC曲線による精度評価(信用性)を示すグラフである。ここでは、急性腎障害患者15例と、健常人20例に分けた合計35例での解析を行った。AUCは0.762となり、P<0.05で特異的なマーカーであった。
この曲線の下の領域積についての検定結果を、下記の表2に示す。
【0075】
【0076】
(miRNA-5100の急性腎障害の医薬としての検討)
次に、急性腎障害モデルマウスで、miRNA-5100による急性腎障害の医薬としての効果について検討した。
具体的には、miRNA-5100ミミックを、PEI-NPを用いて投与し、腎臓へ到達させ、腎臓でのmiRNA-5100の発現量、腎重量、腎障害を反映して上昇する分子の量の測定を行って、効果を評価した。
【0077】
図5によると、実際の投与では、株式会社ジーンデザインのプロトコルに従って、各マウスに合計200μLのmiRNA-5100-PEI-NP(miRNA:5nmol、N/P比=6)を尾静脈から静脈注射した。
ここで、虚血再灌流モデルマウスにmiRNA-5100 mimic-PEI-NPsを投与したものを投与群とした。これに対するコントロールとして、虚血再灌流モデルマウスの施術をせずPEI-NPも投与しない群(偽手術、Sham)、PEI-NPを投与しない虚血再灌流モデルマウス群(IRI)、虚血再灌流モデルマウスにcontrol-miRNA-PEI-NPsを投与した群(コントロールmiRNA投与群)を用いた。
【0078】
図6は、腎でのmiRNA-5100の発現量の結果を示すグラフである。各グラフにおいて、t検定後shamの値を1にした相対的なmiRNA-5100の発現量を示している。「※」はp<0.05、「※※」は、p<0.01で有意であることを示す。
結果として、投与群(miRNA-5100 mimic-PEI-NPs)では、各コントロールに対して、腎中のmiRNA-5100の相対的な発現量が統計的に有意に増加した。
【0079】
図7は、各群における両側腎重量(mg)/体重(g)を示すグラフである。各グラフにおいて、t検定後shamの値を1にしている。
結果として、miRNA-5100投与群(miRNA-5100 mimic-PEI-NPs)は、最も腎腫大を認めた。予備的な実験において、急性腎障害においては、腎重量がより増加することで、腎臓へのダメージが抑えられると推測されている。
【0080】
次に、
図8A~
図8Dにより、miRNA-5100ミミックの投与による、腎障害を反映して上昇する分子の量の測定結果について説明する。この分子としては、KDIGO急性腎障害治療に関するガイドライン(KDIGO Clinical Practice Guideline for Acute Kidney Injury)において紹介されたバイオマーカー「候補」分子である、NGAL、KIM-1(Kidney injury molecule-1)、L-FABP、IL-18(Interleukin 18)を用いた。
図8Aは、NGALの相対発現量を各群について示したグラフである。
図8Bは、KIM-1の相対発現量を各群について示したグラフである。
図8Cは、L-FABPの相対発現量を各群について示したグラフである。
図8Dは、IL-18の相対発現量を各群について示したグラフである。各図は、t検定後shamの値を1にした相対的な発現量を示す。
【0081】
NGAL、KIM-1、L-FABPについては、miRNA-5100投与群(miRNA-5100 mimic-PEI-NPs)において、虚血再灌流モデルマウス群(IRI)及びコントロールmiRNA投与群(control-miRNA-PEI-NPs)に対して、それぞれp<0.05で有意に発現が減少した。すなわち、miRNA-5100の腎での過剰発現は急性腎障害で腎障害を反映して上昇する分子を有意に抑制した。
このように、miRNA-5100は急性腎障害の治療薬になる可能性があることが効果として示された。
【0082】
なお、IL-18に関しては、miRNA-5100投与群は、虚血再灌流モデルマウス群及びコントロールmiRNA投与群に対して統計検定で有意とならなかった。しかしながら、虚血再灌流モデルマウス群とコントロールmiRNA投与群とに対する検定では、p<0.05となった。このため、虚血再灌流モデルマウスの施術後におけるmiRNAの投与による何らかの機序により、IL-18の発現量が変化する可能性が示唆される。すなわち、外科手術後等の虚血による急性腎障害において、IL-18のバイオマーカーとしての特異性が低い可能性が推測される。
【実施例2】
【0083】
〔ヒトの診断結果〕
(miRNA-5100の従来のAKIマーカーとの比較)
実際の急性腎障害患者(14例)について、従来のAKIマーカーである尿中NGAL値、尿中L-FAB値と、miRNA-5100の発現低下による診断との比較を行った。
miRNA-5100の発現低下による診断は、上述の実施例1と同様である。
尿中NGALは、患者から採尿後、400G以上で5分間遠心分離し、上清を採取し、株式会社SRLに提出し、CLIA法で測定した。
尿中L-FABPは、採取した尿を冷蔵保存し、株式式会社SRLにて、CLEIA法で測定した。
この結果について、下記の表3に示す。
【0084】
【0085】
上述の表3において、無尿のためNGAL、L-FABP測定できなかった3名は、除外して比較している。
結果として、miRNA-5100の発現低下は、NGAL、L-FABPが変化していない早いステージ(stage 1)の急性腎障害においても認められた。これにより、miRNA-5100は、急性腎障害のバイオマーカーとしてNGAL、L-FABPより優位性があると考えられる。
【0086】
〔急性腎障害進展抑制の推定機序〕
上述の実施例1では、miRNA-5100ミミックの投与による過剰発現時に、尿細管間質細胞の障害マーカーであるNGALとKIM-1が抑制されたことを示した。これらは、小胞体ストレス(Endoplasmic Reticulum Stress、ERストレス)時におけるATF-6経路、PERK経路、IRE-1経路の3つの経路のうち、ATF-6経路、PERKの経路のmRNAに関与している可能性があると考えられた。このため、上述の実施例1と同様にして、ATF-6経路、PERKの経路の遺伝子について、別途、miRNA-5100ミミックの投与後の発現を、qRT-PCRで測定した。
【0087】
その結果、ATF-6、BID、IP3R、P53の発現が有意に変化していた。このうち、ATF-6(Activating Transcription Factor 6)は、CREB/ATFファミリーに属する膜結合型転写因子である。小胞体ストレス応答(Unfolded Protein Response、UPR)タンパク質の発現を活性化させる。BIDは、アポトーシス促進性のBcl-2ファミリータンパク質の一つである。IP3Rは、細胞内の小胞体膜に組み込まれているイノシトールトリスリン酸受容体(Inositol trisphosphate receptor)である。P53は、アポトーシスに関連するガン抑制遺伝子である。
【0088】
図9及び
図10に、これらの分子の相対発現量を各群について示したグラフを示す。
図9(a)は、ATF-6の相対発現量を各群について示したグラフである。
図9(b)は、BIDの相対発現量を各群について示したグラフである。各図は、t検定後shamの値を1にした相対的な発現量を示す。
ATF-6及びBIDは、いずれもmiRNA-5100ミミックの投与により、発現が減少していた。これらの遺伝子は、小胞体ストレス応答のATF-6経路に関連している。すなわち、miRNA-5100ミミックの投与で、これらの遺伝子の発現が低下することにより、当該経路の下流のBiP/GRP78やGRP94を抑制し、XBP-1やCHOPも抑制することで、アポトーシスを抑制できると考えられる。
【0089】
図10(a)は、IP3Rの相対発現量を各群について示したグラフである。
図10(b)は、P53の相対発現量を各群について示したグラフである。これらの図も、t検定後shamの値を1にした相対的な発現量を示す。
IP3Rは、miRNA-5100ミミックの投与により、発現が有意に上昇していた。一方、P53は、miRNA-5100ミミックの投与により、発現が減少していた。これらの遺伝子は、小胞体ストレス応答のPERK経路に関連している。具体的には、IPRが発現上昇すると、小胞体へのCa流入低下が抑制され、アポトーシスが抑制される。さらに、P53が発現減少すると、アポトーシスが抑制される。
【0090】
図11にこれらの遺伝子により、急性腎障害の進展が抑制された機序の推定についてまとめたものを示す。
すなわち、miRNA-5100ミミックの投与で、ATF-6、BID、IP3R、P53の発現が変化し、腎臓の小胞体ストレスを抑制し、腎臓のアポトーシスを抑制して、結果として、急性腎障害の発症及び進展を抑制すると考えられる。
【0091】
なお、上記実施の形態の構成及び動作は例であって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して実行することができることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明によれば、血液中に存在するmiRNAを急性腎障害特異的バイオマーカーとして用いることで、急性腎障害の早期診断と治療用の医薬の提供が期待でき、産業上利用可能である。