(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-28
(45)【発行日】2022-11-08
(54)【発明の名称】消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/173 20060101AFI20221031BHJP
【FI】
B23K9/173 C
(21)【出願番号】P 2018145839
(22)【出願日】2018-08-02
【審査請求日】2021-03-24
(73)【特許権者】
【識別番号】306022513
【氏名又は名称】日鉄エンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】大田 誠大
(72)【発明者】
【氏名】木坂 有治
(72)【発明者】
【氏名】木村 文映
【審査官】後藤 泰輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-044736(JP,A)
【文献】特開昭48-076748(JP,A)
【文献】特開平09-001327(JP,A)
【文献】特表2016-530107(JP,A)
【文献】特開昭63-157766(JP,A)
【文献】特開昭61-115682(JP,A)
【文献】特開2014-030841(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/095、9/12、9/127、9/173
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接対象物の開先内に溶接ワイヤを導入しつつ前記溶接ワイヤの周囲に不活性シールドガスを供給する消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法であって、
前記溶接ワイヤの先端から前記開先の底部に向けて
高周波パルスアークを発生させ、前記
高周波パルスアークに向けて活性ガスを局所的に添加しつつ溶接する
とともに、
前記溶接ワイヤの先端から前記開先の底部に至る高周波パルスアークの長さを、前記溶接ワイヤの先端と前記開先の内壁との距離よりも短く維持することを特徴とする
消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項2】
請求項1に記載した消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法において、
前記溶接ワイヤの先端から前記開先の底部に至る前記アークの長さを2mm以下に維持することを特徴とする
消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載した消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法において、
前記溶接ワイヤと前記開先との間の印加電圧の平均値を15V以上かつ21V以下とすることで、前記溶接ワイヤの先端から前記開先の底部に至る前記アークの長さを制御することを特徴とする
消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項4】
請求項1から請求項
3のいずれか一項に記載した消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法において、
前記開先がベベル角10度以下であることを特徴とする
消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料の接合方法の一つとして、消耗電極式ガスシールドアーク溶接が用いられる場合がある。この溶接方法では、Ar等の不活性ガスもしくはCO2等の活性ガスをシールドガスとして用いることでアークや溶融池を大気(窒素と酸素)から遮断する。
消耗電極式ガスシールドアーク溶接のうち、MIG溶接は、Ar等の不活性ガスを専らシールドガスとして用いる。しかしながら、Ar100%のガスを用いて溶接した場合、母材表面に電子の放出点である陰極点が時々刻々広範囲にわたって移動し、安定したアークが維持できなくなり、溶接ビードが蛇行する現象が見られる。
そこで、通常は微量の酸素源(酸素ガスもしくは炭酸ガス)をシールドガス中に混合し、溶融池表面に安定的な陰極点となる酸化物を常時生成させることで、安定したアークを得ることがなされている。
【0003】
しかし、溶接金属中に多量の酸素が含まれると、溶接金属の靱性の低下を招くことが知られている。このため、溶接金属に含まれる酸素量を低減させることが求められている。
この要求に対し、特許文献1では、酸素分を含む異種ガスを間欠的に添加することで、連続的な添加よりも溶接金属中の酸化成分濃度を低減させること、および、異種ガスの添加を、ワイヤ先端(消耗電極の先端)近傍に局所的に行うことで、酸素添加量を低減することが提案されている。
なお、特許文献1は、狭隘開先でのアークの安定化を図るものであり、そのために異種ガスの間欠的な添加とともに、ガス添加に同期してアーク電流を間欠的に変化させることにより、アークを開先内で上下に変位させている。
一方、特許文献2では、特殊なノズルを装着した溶接トーチを用い、不活性ガスで消耗電極をシールドしつつ、溶融池外縁に向けて酸素を含む活性ガスを局所的に吹き込むことで、アークを安定化させつつ、溶接金属中の酸素量を低減することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-246471号公報
【文献】特開2007-44736号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述した特許文献2の溶接方法では、簡単なノズル構造で局所的な添加ガス吹込みを行うことができ、溶接金属中の酸素量の低減に効果的である。しかし、狭隘開先での溶接に対して、特許文献2の添加ガス吹込みを適用すると、アークが安定しないという問題があった。
一方、特許文献1の溶接方法では、電極先端位置を上下に振ることで、狭隘開先でも安定したアークが得られる。しかし、特許文献1では、添加ガスを間欠的に吹込み、これに同期してアーク電流を間欠的に変動させるなど、複雑な構成が必要という問題があった。
【0006】
本発明の目的は、簡単な構造で溶接金属中の酸素量を低減でき、狭隘開先でも安定したアークが得られる消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法は、溶接対象物の開先内に溶接ワイヤを導入しつつ前記溶接ワイヤの周囲に不活性シールドガスを供給する消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法であって、前記溶接ワイヤの先端から前記開先の底部に向けて、前記溶接ワイヤの先端から前記開先の内壁までの距離よりも短いアークを発生させ、前記アークに向けて活性ガスを局所的に添加しつつ溶接することを特徴とする。
【0008】
本発明において、アークの長さは、基本的に+側の電極となる溶接ワイヤ先端から開先底部までの距離とすることができる。溶接ワイヤ先端から開先内壁までの距離は、例えば溶接ワイヤをウィービングさせる等、状況により変化する場合には、溶接ワイヤ先端と開先内壁との最接近時の最短距離とすることができる。開先底部と開先内壁とが連続的である場合、電極の延長線上にあたる開先最奥部が開先底部にあたり、電極の側方に臨む部分が開先内壁とする。
アークの長さを溶接ワイヤ先端から開先内壁までの距離よりも短い状態に維持する手段としては、例えば、溶接ワイヤへの印加電圧の調整、印加電流の高周波パルス化、溶接ワイヤの導入速度の制御などが利用でき、これらを組み合わせ用いてもよい。
【0009】
本発明では、添加ガスを局所的に添加するため、全体に添加される場合よりも添加量の総量を低減でき、結果として溶接金属中に残存する酸素量を低減できる。また、添加ガスにより、微量の酸素源を供給することで、アークを安定させることができる。
とくに、溶接中に、溶接ワイヤ先端から開先底部に至るアークを、溶接ワイヤ先端から開先内壁までの距離よりも短い状態に維持することで、狭隘開先であっても、溶接ワイヤ先端から開先内壁に向かうアークの這い上がりを防止し、安定したアークが得られる。
とりわけ、アーク長さを2mm以下とすることで、狭隘開先の形状などに拘わらず、あるいは、溶接条件などに拘わらず、安定したアークが得られる。
このように、本発明では、アーク長さの制御によりアークの安定化が実現でき、複雑な構成が必要ないため、溶接装置を簡単な構造とすることができる。
【0010】
本発明の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法において、前記溶接ワイヤの先端から前記開先の底部に至る前記アークの長さを2mm以下に維持することが好ましい。
このような本発明では、アーク長さを2mm以下とすることで、溶接ワイヤ先端から開先内壁に向かうアークを効果的に防止することができ、溶接ワイヤ先端から開先底部に至るアークを安定させることができる。
【0011】
本発明の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法において、前記溶接ワイヤと前記開先との間の印加電圧の平均値を15V以上かつ21V以下とすることで、前記溶接ワイヤの先端から前記開先の底部に至る前記アークの長さを制御することが好ましい。
このような本発明では、溶接ワイヤと開先(開先が形成される溶接対象物)との間の印加電圧の平均値を調整することで、溶接ワイヤ先端から開先底部に至るアークの長さを短くすることができ、操作および装置構成を簡素化できる。
【0012】
本発明の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法において、前記溶接ワイヤと前記開先との間の印加電圧制御を高周波パルスアークとすることで、前記溶接ワイヤの先端から前記開先の底部に至る前記アークの長さを制御することが好ましい。
このような本発明では、溶接ワイヤ先端から開先底部に至るアークが高周波パルスアークとなり、印加電圧の平均値を低くしても瞬間的な電流強度を確保して安定的なアークを得ることができ、溶接ワイヤ先端から開先底部に至るアークの長さを短くすることができ、操作および装置構成を簡素にできる。
【0013】
本発明の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法において、前記開先がベベル角10度以下であることが好ましい。
このような本発明では、既存のガスシールドアーク溶接では容易でなかったベベル角10度以下の狭隘開先においても、安定したアークを生成しつつ溶接金属中の酸素量を低減することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、簡単な構造で溶接金属内の酸素量を低減でき、狭隘開先でも安定したアークが得られる消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態の溶接トーチを示す縦断面図。
【
図3】前記実施形態の開先および電極を示す模式図。
【
図4】前記実施形態のウィービング動作を示す模式図。
【
図5】前記実施形態のアークが長い場合を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。
図1および
図2において、本実施形態で用いる溶接トーチ1は、局所パルスガス添加が可能なノズル20を有する。
溶接トーチ1の中心には筒状のチップ11が設置され、このチップ11には消耗電極であるワイヤ2(溶接ワイヤ)が挿通されている。
ワイヤ2は、ワイヤ供給装置31から溶接部分へ所定の速度Vwで供給され、チップ11を通して溶接トーチ1の先端側(
図1下方)へ送り出される。
チップ11には電源装置32が接続され、ワイヤ2と溶接対象物(後述する母材9)との間に所定の電圧Ewが印加される。
【0017】
チップ11の外側にはオリフィス12が形成され、オリフィス12を通して整流されたシールドガスGsは、溶接トーチ1の先端側の開口13を通してチップ11の外周に沿って送り出され、溶接トーチ1の先端側に向かうシールドガスGsの流れが形成される。
【0018】
ノズル20は、外周面が先端部21に向けて円錐状に縮径された筒状の部材であり、先端部21と反対側は溶接トーチ1の本体に嵌合されている。
ノズル20には、リング状のキャビティ22が形成され、キャビティ22にはノズル20の内周面へと抜ける通路23が連通されている。
キャビティ22には外部の添加ガス供給装置34から添加ガスGdが供給され、キャビティ22に供給された添加ガスGdは、通路23を通して導かれ、チップ11から送り出されたワイヤ2の外周面に向けて局所的に吹き付けられる。
【0019】
図3において、溶接トーチ1による溶接を行う際には、溶接対象物である母材9に開先8を形成しておく。
本実施形態において、開先8は、ベベル角(母材9の底面の法線に対する内壁7の傾斜角度)が10度以下の狭隘開先とされている。
開先8の溶接にあたって、溶接トーチ1の先端部21からは十分な長さのワイヤ2が引き出されており、溶接トーチ1はノズル20が開先8の外にあり、ワイヤ2が開先8の内にある状態に配置される。
【0020】
溶接トーチ1と母材9との間に所定の電圧Ewを印加すると、ワイヤ2の先端3とこれに対向する開先8の底部6との間にアークAnが形成される。
開先8の底部6には、アークAnの熱により溶融池5が形成される。アークAnからのプラズマ気流により、溶融池5の表面には凹部が形成されることがある。
【0021】
図4に示すように、溶接作業の間には、溶接トーチ1のウィービング動作が行われる。
ウィービング動作では、作業者またはロボットアーム等により、溶接トーチ1がワイヤ2の交差方向に往復移動され、ワイヤ2の先端3が開先8の底部6に沿って変位される。
ウィービング動作において、ノズル20を開先8の外に配置しておけば、ワイヤ2は開先8の内壁7の近傍まで接近でき、開先8の底部6の全幅にわたり変位可能である。
ウィービング動作により、ワイヤ2の先端3からのアークAnが開先8の底部6の全幅にわたり適用され、品質のよい溶接を行うことができる。
【0022】
ウィービング動作において、ワイヤ2が開先8の内壁7に接近した際、本来は先端3からワイヤ2の延長方向に延びて開先8の底部6に至るアークAn(
図4参照)が形成されるが、溶接環境や条件によって、先端3からワイヤ2と交差する方向に延びて内壁7に至るアークAs(
図5参照)が形成されることがある。
このようなアークAsの発生は、ワイヤ2の突き出し長さ、シールドガスGsや添加ガスGdの組成や吹き込み条件などに依存する。
さらに、同じ条件下でも、アークAnであったものが、時間経過によってアークAsに変化する(向きが底部6から内壁7へ変化する)こともある。すなわち、アークAsが生じる条件になったとしても、直ちにアークAsに変化するわけではなく、所定時間はアークAnが現れ続ける。従って、適切なアークAnを確保するためには、多様な条件に関して適切な設定を行ったうえで、効果を確認することが必要である。
【0023】
本実施形態では、狭隘な開先8においても適切なアークAnが得られるように、前述したノズル20の通路23からワイヤ2の外周面に添加ガスGdを局所的に吹き付けてアークAnの安定化を図るとともに、ワイヤ2の先端3の位置、とくに底部6との距離(アークAnの長さに相当する)と内壁7との距離(アークAsの長さに相当する)との関係を適切に設定すること、具体的にはワイヤ2の先端3から開先8の内壁7までの距離よりも短いアークAn(
図6参照)を発生させ、これにより開先8の内壁7に逸れるアークAs(
図7参照)を防止する。
【0024】
図6において、適切なアークAnは、ワイヤ2の先端3と開先8の底部6との間に形成される。この際、アークAnの長さLnは、ワイヤ2の先端3から開先8の底部6の溶融池5の表面までの距離となっている。
ウィービング動作により、ワイヤ2が開先8の内壁7が最も接近した状態では、ワイヤ2の先端3と開先8の内壁7との距離Lsが最小となる。距離Lsが最小となることで、底部6に向かうアークAnは内壁7に向かう可能性もある。
しかし、アークAnの長さLnが距離Lsより短く維持されていれば、アークAnは最短距離に、つまり専らワイヤ2の先端3と開先8の底部6との間に形成される。
【0025】
図7において、アークAnの長さLnが、距離Lsより長くなると、アークAnは最寄りとなる内壁7へと偏向され、先端3から内壁7に向かうアークAsが生じる。
例えば、
図3の状態よりワイヤ2が短い(底部6から遠い)場合など、ワイヤ2の先端3から開先8の内壁7に向かう最短距離にアークAsが形成される。
従って、アークAnの長さLnを距離Lsより短く維持することが、適切なアークAnを形成するために好適な条件となる。
【0026】
前述のように、アークAnの長さLnを距離Lsより短く維持するべく、本実施形態ではワイヤ2の先端3を開先8の底部6に近づけて配置する。
ただし、ワイヤ2の先端3を開先8の底部6に近づけることで、アークAnの長さLnを短縮できるが、一般にアーク長さと印加電圧とは比例するため、アークAnを短縮する際には印加する電圧Ewを低くせざるを得ず、アークAnの安定性が低下する可能性がある。
そこで、本実施形態では、電源装置32から印加される電圧Ewおよび同電圧に基づく電流を高周波パルス化し、ワイヤ2の先端3から開先8の底部6に至るアークAnを高周波パルスアーク化することで、電圧Ewの平均値(平均印加電圧)を低く保ちつつ間欠的な通電時の電流値を高め、間欠的に形成されるアークAnの瞬間的な強度を高め、これによりアークAnを安定化させている。
【0027】
具体的には、電源装置32からの平均印加電圧(電圧Ewの平均値)は15V以上かつ21V以下とし、パルスの周波数は20Hz以上かつ40Hz以下Hzとする。
このような電圧Ewのもとで、シールドガスGsを供給しつつ、添加ガスGdをワイヤ2に吹き付け、ワイヤ2をチップ11から所定の速度Vwで送り出し、アークAnの長さLnが2mm以下となるように、ワイヤ2の先端3の位置を制御する。
【0028】
このような本実施形態によれば、以下のような効果が得られる。
本実施形態では、添加ガスGdを局所的に添加するので、全体に添加される場合よりも添加量を低減でき、溶接金属中の酸素量を低減できる。また、添加ガスGdにより、電極であるワイヤ2の先端3から開先8の底部6に向かうアークAnを安定させることができる。
とくに、溶接の間に、ワイヤ2の先端3から開先8の底部6に至るアークAnの長さLnを、ワイヤ2の先端3から開先8の内壁7までの距離である長さLnよりも短い状態に維持することで、狭隘な開先8であっても、ワイヤ2の先端3から開先8の内壁7に向かう不適切なアークAsを防止し、安定したアークAnが得られる。
【0029】
とりわけ、アークAnの長さLnを2mm以下とすることで、狭隘な開先8の形状などに拘わらず、あるいは、溶接条件などに拘わらず、安定したアークAnが得られる。
このように、本実施形態では、アークAnの長さLnの制御により、アークAnの安定化が実現でき、複雑な構成が必要ないため、溶接トーチ1を含む溶接装置を簡単な構造とすることができる。
【0030】
本実施形態では、ワイヤ2と母材9との間に印加する電圧Ewの平均値(平均印加電圧)を15V以上かつ21V以下とすることで、ワイヤ2の先端3から開先8の底部6に至るアークAnの長さLnを短くすることができ、操作および装置構成を簡素化できる。
さらに、ワイヤ2と母材9との間に印加する電圧Ewを高周波パルスとし、ワイヤ2の先端3から開先8の底部6に至るアークAnを間欠化することで、アークAnの長さLnを短縮させるために電圧Ewの平均値(平均印加電圧)を低くしても、通電時の電流値を高く、瞬間的な電流強度を確保でき、これによりアークAnの強度を高めることができ、アークAnの長さLnを短縮させても安定したアークAnが得られる。その結果、アークAnの長さLnを短くすることができ、操作および装置構成を簡素にできる。
【0031】
次に、前述した実施形態による試験結果について説明する。
装置構成および試験条件は表1の通り、試験結果は表2の通りである。なお、表1および表2中の実施例1,2が、前述した本発明の実施形態に該当し、比較例1~12は本発明には該当しない。
【0032】
【0033】
【0034】
〔装置構成〕
試験には、前述した実施形態の溶接トーチ1を用いた。ノズル20に関しては、表1の「ガス導入方法」欄に示す通り、基本的に局所添加ノズルを用い、一部でストレートノズルを用いた。開先8に関しては、基本的に溝開先を用い、一部で突合わせ開先とした。
溶接トーチ1には、ワイヤ供給装置31からワイヤ2を供給した。ワイヤ2の速度Vwは8.7m毎分、チップ11からワイヤ2の先端3までの距離15mmとした。
溶接トーチ1には、シールドガス供給装置33からシールドガスGsとしてArガス100%を供給し、添加ガス供給装置34から添加ガスGdとしてCO2ガス100%を供給した。シールドガスGsおよび添加ガスGdは、それぞれ流量を調節可能とした。表1の「狙い位置」欄は、添加ガスGdをワイヤ2に吹き付ける位置(母材9の表面からの距離)であり、一部で調整可能とした。
ワイヤ2と母材9との間には、電源装置32により電圧Ewを印加した。印加する電圧および電流は、連続した直流と、高周波パルスとを切り替えて用いた。印加する電圧Ewは、平均値(平均印加電圧)が20~25Vとなるように調整した。なお、電源装置32から電圧Ewを印加してアークAnを形成している状態の電流は160~280Aである。
【0035】
〔試験条件〕
前述した装置構成のもとで、表1に示す各条件で溶接を実施した。
溶接対象は母材9に開先8として溝開先を形成したものである。実施例2では開先8として突き合わせ開先を用いている。
比較例1~3では、それぞれ電圧Ewがパルス無しかつ平均値が25Vのもとで、添加ガス流量を0.75リットル毎分から1.25リットル毎分、2.00リットル毎分まで変化させている。
比較例4は、比較例3の条件のもとで、ストレートノズルを用いて添加ガスGdをシールドガスGsと混合して添加した例である。
比較例5~7は、それぞれ比較例3の条件のもとで、添加ガスGdの添加を間欠的に行った例である。
比較例8,9は、それぞれ比較例3の条件のもとで、添加ガスGdの狙い位置を増減させた例である。
比較例10~11は、それぞれ比較例3に対し、電圧Ewの平均値を25Vよりも低下させ、併せて添加ガスGdの流量を1.50リットル毎秒に減らした例である。
比較例12は、比較例3に対し、印加する電圧および電流を高周波パルス化しつつ、電圧Ewの平均値を25Vとし、併せて添加ガスGdの流量を1.50リットル毎秒に減らした例である。
実施例1,2は、それぞれ比較例3に対し、印加する電圧および電流を高周波パルス化しつつ電圧Ewの平均値を25Vよりも低下させ、併せて添加ガスGdの流量を1.50リットル毎秒に減らした例である。前述の通り、実施例1は開先8が溝開先、実施例2は開先8が突き合わせ開先である。
〔評価方法〕
溶接結果を目視確認し、外観が良好なものに関してブローホールの数(BH数)をカウントした。また、外観が良好なものに関して、溶接金属を採取して分析し、溶接金属中の酸素量および窒素量を評価した。
【0036】
〔試験結果〕
試験結果は表2に示す通りである。
比較例1,2は、それぞれ外観が不良であり、適切なアークAnが得られてない。
比較例3では外観が良好であるが、アーク長が4.4mmあり、BH数が14、酸素量185ppmとなっている。
比較例4~9では、それぞれ外観が良好であるが、BH数が比較例3と同じまたは増加しており、酸素量も100ppmを上回っている。
比較例10では、比較例3の条件のもとで、電圧Ewの平均値および添加ガスGdの流量を減少させることで、酸素量が161ppmと比較例3よりも低下した。しかし、酸素量が161ppmで100ppmを上回っている。
比較例11では、比較例10よりもさらに電圧Ewの平均値を減少させた結果、アーク長3.1mmとさらに短くなった。しかし、BH数が32と比較例3よりも増加し、外観も不良となっている。
比較例12では、比較例3の条件のもとで、電圧Ewの平均値を25Vのまま、高周波パルス化し、添加ガスGdの流量を減少させたが、外観が不良となっている。
【0037】
実施例1では、比較例3の条件のもとで、電圧Ewを高周波パルス化し、電流強度を確保しつつ電圧Ewの平均値を低下させ、添加ガスGdの流量を減少させることで、電圧Ewの平均値20.9Vおよびアーク長1.9mmが得られ、BH数が4、酸素量が99ppmと100ppmを下回ることができた。
実施例2では、突き合わせ開先についても、電圧Ewを高周波パルス化し、電流強度を確保しつつ電圧Ewの平均値を低下させ、添加ガスGdの流量を減少させることで、電圧Ewの平均値20.0Vが得られ、BH数が4、酸素量が96ppmと100ppmを下回ることができた。なお、実施例2ではアーク長が測定できなかったが、電圧値20.0Vから実施例1の1.9mmより小さいと推定される。
【0038】
以上の試験結果から、実施例1,2においては、電圧Ewの平均値を低減することでアーク長を短縮できるとともに、電圧Ewを高周波パルス化することで、電圧Ewの平均値を低くしても電流強度が確保できるようにし、アーク長を短縮しても安定したアークAnを得ることができる。そして、安定したアークAnが得られることで、アークAnを安定化させるための添加ガスGdを低減することが可能となり、その結果、溶接金属中の酸素量を低減することができることが解る。
【0039】
なお、本発明は前述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形などは本発明に含まれる。
前記実施形態では、アークAnの長さLnを電極であるワイヤ2の先端3から開先8の内壁7までの距離よりも短い状態に維持する手段として、ワイヤ2と母材9との間に電圧Ewの平均値を15V以上かつ21V以下の範囲とすること(一般的な25Vよりも下げること)と、印加される電圧Ewを高周波パルス化すること、の2つを採用した。
しかし、溶接条件などによって電圧Ewの平均値が15V以上かつ21V以下の範囲としてもアークAnが安定化できれば、電圧Ewを高周波パルス化することは省略してもよい。
さらに、電極(ワイヤ2)を供給する速度Vwの制御により、電圧Ewの平均値が15V以上かつ21V以下の範囲とした際のアークAnの安定化を図ってもよい。
【0040】
前述したアークAnの安定化により、添加ガスGdの添加量を削減し、溶接金属中の酸素量を低減できるが、添加ガスGdの削減の程度つまり溶接金属中の酸素量の低減については、溶接跡に要求される数値に応じて調整すればよく、添加ガスGdの削減の程度が小さい場合には、電圧Ewの平均値の低減についても緩和することが可能である。
【0041】
前記実施形態では、ワイヤ2の先端3から開先8の底部6に至るアークAnの長さLnを2mm以下に維持するとしたが、溶接条件によっては長さLnが2mm以上であっても、開先8の内壁7までの距離Lsより小さければ、先端3から内壁7に至るアークAsを防止することができる。
前記実施形態では、平坦な底部6を有する開先8に本発明を適用したが、本発明は底部6がない開先つまり一対の内壁7が向かい合うV溝状の突合せ開先にも適用できる。
【0042】
前記実施形態では、シールドガスGsとして不活性ガスであるArガス100%を用いたが、CO2などの活性成分を一部含むものであってもよい。ただし、溶接金属中の酸素量低減の目的からは、シールドガスGsには酸素を含まないことが望ましい。
前記実施形態では、添加ガスGdとして活性成分であるCO2ガス100%を用いたが、Arガスなどの不活性成分を一部含むものであってもよい。ワイヤ2に局所的に添加されるものであるため、添加ガスGdでの活性成分の抑制は溶接金属中の酸素量低減にさほど効果はない。一方、アークAnの安定化に関しては、ワイヤ2に吹き付けられる酸素分の絶対量が確保できていればよく、添加ガスGdにおける活性成分は適宜変更してよい。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法として利用できる。
【符号の説明】
【0044】
1…溶接トーチ、11…チップ、12…オリフィス、13…開口、2…ワイヤ(溶接ワイヤ)、20…ノズル、21…先端部、22…キャビティ、23…通路、3…先端、31…ワイヤ供給装置、32…電源装置、33…シールドガス供給装置、34…添加ガス供給装置、5…溶融池、6…底部、7…内壁、8…開先、9…母材、An…適切なアーク、As…内壁に向かうアーク、Ew…印加する電圧、Gd…活性成分を含む添加ガス、Gs…不活性のシールドガス、Ln…アークの長さ、Ls…内壁との距離、Vw…ワイヤの送り速度。