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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-28
(45)【発行日】2022-11-08
(54)【発明の名称】1,2-ジフルオロエチレンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 17/25 20060101AFI20221031BHJP
   C07C 21/18 20060101ALI20221031BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20221031BHJP
【FI】
C07C17/25
C07C21/18
C07B61/00 300
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018217449
(22)【出願日】2018-11-20
(65)【公開番号】P2020083794
(43)【公開日】2020-06-04
【審査請求日】2019-11-19
【審判番号】
【審判請求日】2020-12-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】仲上 翼
【合議体】
【審判長】阪野 誠司
【審判官】野田 定文
【審判官】齋藤 恵
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/084794(WO,A1)
【文献】特開平6-219976(JP,A)
【文献】特開2016-124847(JP,A)
【文献】特公昭51-13123(JP,B1)
【文献】特開平11-100335(JP,A)
【文献】特開平6-279330(JP,A)
【文献】特開2004-115463(JP,A)
【文献】特公昭47-34683(JP,B1)
【文献】特表2017-523954(JP,A)
【文献】特開2011-121942(JP,A)
【文献】Journal of Fluorine Chemistry、1993、Vol.62、p.111-118
【文献】CHEMISTRY OF ORGANIC FLUORINE COMPOUNDS 2nd(Revised Edition)、ELLIS HORWOOD LIMITED、1992、p.491-495
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1,2-ジフルオロエチレンの製造方法において、
前記1,2-ジフルオロエチレンはE体単体、Z体単体又はE体とZ体との混合物であり、
触媒の存在下又は不存在下で1-クロロ-1,2-ジフルオロエタンの脱塩化水素反応を行う工程を備え
前記脱塩化水素反応は、気相反応又は液相反応である、製造方法。
【請求項2】
前記脱塩化水素反応は、アルカリ溶液中で行われる液相反応である、請求項に記載の製造方法。
【請求項3】
前記1-クロロ-1,2-ジフルオロエタンを、塩化ビニルのフッ素化反応により製造する工程を備える、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記1-クロロ-1,2-ジフルオロエタンを、1,2-ジフルオロエタンの塩素化反応により製造する工程を備える、請求項1~のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、1,2-ジフルオロエチレンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1,2-ジフルオロエチレンを製造する方法は種々知られており、例えば、特許文献1には、ジクロロフルオロメタンを水蒸気の存在下で熱分解して得られた1,2-ジクロロ-1,2-ジフルオロエチレンを、水素化触媒の存在下で水素化することで、1,2-ジフルオロエチレンを製造する技術が開示されている。
【0003】
また、特許文献2には、1,2-ジフルオロテトラクロロエタンの脱塩素反応等によって得られる1,2-ジクロロジフルオルエチレンの炭素-塩素結合を、遷移金属等の水素化触媒の存在で水添分解することで、1,2-ジフルオロエチレンを製造する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2013-237624号公報
【文献】特開昭62-30730号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の1,2-ジフルオロエチレンを製造方法では、高い選択率で1,2-ジフルオロエチレンを製造することが難しいものであり、製造効率の点で問題を有していた。
【0006】
本開示は、上記に鑑みてなされたものであり、高い選択率で1,2-ジフルオロエチレンを製造することができる1,2-ジフルオロエチレンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示は、例えば、以下の項に記載の主題を包含する。
項1
1,2-ジフルオロエチレンの製造方法において、
前記1,2-ジフルオロエチレンはE体単体、Z体単体又はE体とZ体との混合物であり、
触媒の存在下又は不存在下で1-クロロ-1,2-ジフルオロエタンの脱塩化水素反応を行う工程を備える、製造方法。
項2
前記脱塩化水素反応は、気相反応である、項1に記載の製造方法。
項3
前記脱塩化水素反応は、液相反応である、項1に記載の製造方法。
項4
前記脱塩化水素反応は、アルカリ溶液中で行われる、項3に記載の製造方法。
項5
前記1-クロロ-1,2-ジフルオロエタンを、塩化ビニルのフッ素化反応により製造する工程を備える、項1~4のいずれか1項に記載の製造方法。
項6
前記1-クロロ-1,2-ジフルオロエタンを、1,2-ジフルオロエタンの塩素化反応により製造する工程を備える、項1~4のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本開示の1,2-ジフルオロエチレンの製造方法によれば、簡便な方法にて、1,2-ジフルオロエチレンを高い選択率で製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明者は、従来の1,2-ジフルオロエチレンの製造方法の問題点を解決すべく鋭意研究を重ねたところ、1-クロロ-1,2-ジフルオロエタンの脱塩化水素反応を利用することにより上記目的を達成できることを見出した。
【0010】
以下、本開示に含まれる実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0011】
本開示の1,2-ジフルオロエチレンの製造方法は、触媒の存在下又は不存在下で1-クロロ-1,2-ジフルオロエタンの脱塩化水素反応を行う工程を備える。該脱塩化水素反応は、下記式(1)で示される反応式に従う。
【0012】
【化1】
【0013】
式(1)に示すように、脱塩化水素反応では、1-クロロ-1,2-ジフルオロエタン(以下、「HCFC-142a」と略記する)から塩化水素(HCl)が脱離することにより、1,2-ジフルオロエチレン(以下、「HFC-1132」と略記する)が生成する。
【0014】
HFC-1132は、2種類の異性体E体及びZ体が存在する。本開示の製造方法では、製造物である1,2-ジフルオロエチレンはE体単体、Z体単体又はE体とZ体との混合物である。通常、本開示の製造方法では、E体及びZ体の両方とも製造されるので、本開示の製造方法で得られる1,2-ジフルオロエチレンはE体とZ体との混合物である。
【0015】
本明細書において、「HFC-1132」なる表記は、E体の1,2-ジフルオロエチレン、Z体の1,2-ジフルオロエチレン、及び、E体及びZ体の1,2-ジフルオロエチレンの混合物のすべてを包含する。また、本明細書では、必要に応じて、E体単体の1,2-ジフルオロエチレンを「HFC-1132(E)」、Z体単体の1,2-ジフルオロエチレンを「HFC-1132(Z)」、HFC-1132(E)とHFC-1132(Z)との混合物をHFC-1132(E,Z)と表記する。
【0016】
(脱塩化水素反応)
脱塩化水素反応の方法は特に限定されず、例えば、公知の脱塩化水素反応の条件を広く適用することができる。
【0017】
脱塩化水素反応は、触媒の不存在下で行うことができる。あるいは、脱塩化水素反応は、触媒の存在下で行うこともできる。HFC-1132の選択率が高くなりやすいという点で、脱塩化水素反応は、触媒の存在下で行うことが好ましい。
【0018】
脱塩化水素反応で使用する触媒の種類は特に限定されず、例えば、脱塩化水素反応で使用される公知の触媒を広く使用することができる。触媒の具体例として、金属ハロゲン化物;ハロゲン化金属酸化物;中性又は無酸化状態の金属又は金属合金;活性炭;塩素ガス;無機系吸収剤等を挙げることができる。
【0019】
脱塩化水素反応において、触媒として金属ハロゲン化物又はハロゲン化金属酸化物を使用する場合、これらの化合物における金属の価数は特に限定されず、1価、2価及び3価の金属のいずれであってもよく、また、異なる価数を有する金属が複数含有されていてもよい。中でも、金属ハロゲン化物又はハロゲン化金属酸化物に含まれる金属は1価及び2価のいずれかであることが好ましい。
【0020】
金属ハロゲン化物又はハロゲン化金属酸化物に含まれる金属としては、Cr、Fe、Mg、Ca、Ni、Zn、Pd、Li、Na、K及びCs等からなる群より選ばれる1種以上が例示される。
【0021】
金属ハロゲン化物又はハロゲン化金属酸化物に含まれるハロゲンの種類は特に限定されず、F、Cl、Br及びIのいずれでもよく、Clが含まれることが特に好ましい。
【0022】
金属ハロゲン化物のさらなる具体例としては、LiF、NaF、KF、CsF、MgF、CaF、LiCl、NaCl、KCl及びCsCl等を挙げることができ、HFC-1132の選択率が特に高くなりやすいという観点から、CsCl及びMgFからなる群より選ばれる1種又は2種以上であることが好ましい。特に、CsCl及びMgFの両方を併用することが好ましい。CsCl及びMgFの両方を併用する場合、両者の使用割合は特に限定されず、例えば、CsCl及びMgFの全質量に対して、CsClを1質量%以上とすることができ、2質量%以上とすることが好ましく、3質量%以上とすることがさらに好ましく、5質量%以上とすることが特に好ましい。また、CsCl及びMgFの全質量に対して、CsClを99質量%以下とすることができ、80質量%以下とすることが好ましく、50質量%以下とすることがさらに好ましく、30質量%以下とすることが特に好ましい。
【0023】
金属ハロゲン化物及びハロゲン化金属酸化物を製造する方法は特に限定されず、例えば、公知の方法で製造することができる。また、金属ハロゲン化物及びハロゲン化金属酸化物は、市販品等から入手することもできる。
【0024】
脱塩化水素反応において、中性又は無酸化状態の金属又は金属合金を触媒として使用する場合、例えば、Pd、Pt、Rh、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Cr及びMn等からなる1種以上を使用することができ、また、これらの金属を2種以上含む合金又は混合物を使用することもできる。中性又は無酸化状態の金属又は金属合金を担体に担持することもできる。この場合の担体の種類は特に限定されず、金属を担持するために使用されている公知の担体を広く適用することができる。
【0025】
脱塩化水素反応において、活性炭を触媒として使用する場合もその種類は特に限定されず、例えば、公知の活性炭を広く使用することができる。活性炭は、バルク状で使用することができ、あるいは、担体に担持して使用することもできる。この場合の担体の種類は特に限定されず、活性炭を担持するために使用されている公知の担体を広く適用することができる。
【0026】
活性炭を製造する方法は特に限定されず、例えば、公知の方法で製造することができる。また、活性炭は、市販品等から入手することもできる。
【0027】
脱塩化水素反応において、無機系吸収剤を触媒として使用する場合、該無機系吸収剤としては、無機化合物を主成分とする吸収剤を使用することができる。該吸収剤としては、例えば、水酸化カルシウムを主成分として形成されるソーダライムであることが好ましい。
【0028】
吸収剤を製造する方法は特に限定されず、例えば、公知の方法で製造することができる。また、吸収剤は、市販品等から入手することもできる。
【0029】
脱塩化水素反応において使用する触媒は、HFC-1132の選択率が高くなりやすいという点で、活性炭、CsCl及びMgFの混合物、塩素ガス、並びにソーダライムからなる群より選ばれる1種又は2種以上であることが好ましい。中でもHCFC-142aの転化率も高くなりやすいという点で、活性炭、CsCl及びMgFの混合物、並びに塩素ガスからなる群より選ばれる1種又は2種以上であることが好ましい。
【0030】
脱塩化水素反応は、気相反応とすることができるし、あるいは、液相反応とすることができる。HCFC-142aの選択率が高くなりやすいという点で、脱塩化水素反応は、気相反応とすることが好ましい。
【0031】
脱塩化水素反応が気相反応である場合、前記触媒の存在下で行うことができ、あるいは、触媒の不存在下で行うこともでき、HFC-1132の選択率が高くなりやすいという点で、触媒の存在下で行うことが好ましい。
【0032】
脱塩化水素反応が気相反応である場合、例えば、該反応を行う反応器内にHCFC-142aを反応器の入口から流入させつつ、HCFC-142aの脱塩化水素を行う方法が挙げられる。
【0033】
この気相反応で固体状の触媒を使用する場合は、あらかじめ反応器内に触媒を充填しておき、反応器内の入口からからHCFC-142aを流入させて触媒と接触させることで脱塩化水素反応を行うことができる。反応器内への触媒の充填位置は特に限定されない。
【0034】
他方、気相反応で気体状の触媒(例えば、塩素ガス)を使用する場合は、反応器内に気体状の触媒を流入させつつ、HCFC-142aを流入させて触媒と接触させることができる。気体状の触媒は、HCFC-142aと同じ入口から流入させることができるし、あるいは、異なる入口から流入させることもできる。さらには、気体状の触媒は、HCFC-142aと混合した状態で、反応器の入口から流入させることもできる。
【0035】
気相反応において、反応後の生成物は、反応器の出口から捕集することができ、これにより、目的のHFC-1132を含む生成物を得ることができる。
【0036】
脱塩化水素反応の気相反応において、反応器に供給するHCFC-142aの流速(流量ともいう)は特に限定されない。脱塩化水素反応の気相反応ではいかなる流速であっても目的のHFC-1132を含む生成物を得ることができ、例えば、従来の脱塩化水素反応で採用されている流速を広く採用することができる。
【0037】
脱塩化水素反応が固体状の触媒の存在下での気相反応である場合、例えば、反応器内の触媒の充填量W(g)と、反応器に流入させるHCFC-142aの流量Foとの比率:W/Foで表される接触時間は特に限定されない。脱塩化水素反応の気相反応ではいかなる接触時間であっても目的のHFC-1132を含む生成物を得ることができ、例えば、従来の脱塩化水素反応で採用されている接触時間を広く採用することができる。具体的には、脱塩化水素反応が固体状の触媒の存在下での気相反応である場合、前記接触時間は3~150g・sec/mLであることが好ましく、5~145g・sec/mLであることがより好ましく、8~140g・sec/mLであることが更に好ましく、10~135g・sec/mLであることが特に好ましい。
【0038】
また、脱塩化水素反応が気体状の触媒の存在下での気相反応である場合、HCFC-142aと気体状の触媒との使用割合は特に限定されず、例えば、HCFC-142aに対して気体状の触媒を0.1~3質量%使用することができる。
【0039】
脱塩化水素反応が気相反応である場合、連続式及びバッチ式のいずれの方式を採用することもできる。
【0040】
脱塩化水素反応が気相反応である場合、脱塩化水素反応の反応温度及び反応時間は特に限定されない。例えば、気相反応において、反応器内の温度は150℃以上、1500℃以下とすることができる。HFC-1132の選択率及びHCFC-142aの転化率が高くなりやすいという点で、反応器内の温度は200℃以上であることが好ましく、250℃以上であることがより好ましく、350℃以上であることがさらに好ましく、400℃以上であることが特に好ましい。また、HFC-1132の選択率が高くなりやすいという点で、反応器内の温度は1400℃以下であることが好ましく、1200℃以下であることがより好ましく、1100℃以下であることがさらに好ましく、1000℃以下であることが特に好ましい。反応時間は、反応温度に応じて適宜設定することができる。
【0041】
脱塩化水素反応が気相反応である場合、当該反応は、不活性ガスの存在下及び空気の存在下のいずれで行ってもよい。気相反応時の圧力も特に限定されず、減圧下、加圧下及び大気圧下のいずれの条件下で反応を行うことができる。
【0042】
脱塩化水素反応は、液相反応とすることもできる。脱塩化水素反応が液相反応である場合、その反応方法は特に限定されず、例えば、公知の液相反応と同様の条件を採用することができる。
【0043】
脱塩化水素反応が液相反応である場合、脱塩化水素反応は、アルカリ溶液中で行うことができる。
【0044】
アルカリ溶液は、例えば、公知の各種アルカリの溶液を使用することができる。アルカリとしては、アルカリ金属の水酸化物、アルカリ土類金属の水酸化物、アルカリ金属の各種塩、アルカリ土類金属の各種塩、有機アミン塩、アンモニウム塩等を広く使用することができる。アルカリ溶液において、アルカリは1種のみの使用とすることができるし、あるいは2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0045】
中でもアルカリは、アルカリ金属の水酸化物であることが好ましい。アルカリ金属の水酸化物としては、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム等を挙げることができる。
【0046】
アルカリ溶液において、溶媒は特に限定されず、例えば、水及び有機溶媒のいずれを使用することもできる。有機溶媒は、例えば、アルコール化合物、ケトン化合物、エステル化合物、芳香族化合物等、アルカリ溶液を形成することができる種々の溶媒を挙げることができる。有機溶媒のさらなる具体例として、メチルアルコール、エチルアルコール、アセトニトリル、アセトン、ジグライム、テトラグライム等が挙げられ、生成物の単離が容易になる点で、ジグライムが好ましい。
【0047】
アルカリ溶液の濃度は特に限定されない。例えば、液相反応では、アルカリの濃度が1~85質量%であるアルカリ溶液を使用することができる。
【0048】
液相反応において、HCFC-142aとアルカリ溶液の使用量は特に限定されない。例えば、アルカリ1モルあたり、HCFC-142aの使用量を0.1~5モルとすることができ、0.5~1モルとすることが好ましい。
【0049】
脱塩化水素反応が液相反応である場合、当該液相反応は、相間移動触媒の存在下で行うことが好ましい。相間移動触媒を用いることで反応場が有機相と水相とに分離したとしても反応を円滑に進めることができる。
【0050】
相間移動触媒は特に限定されず、公知の相間移動触媒を広く使用することができる。具体的な相間移動触媒としては、テトラ-n-ブチルアンモニウム塩、トリ-n-オクチルメチルアンモニウム塩、ベンジルジメチルオクタデシルアンモニウム塩等の四級アンモニウム塩;テトラブチルホスホニウム塩、ベンジルトリメチルホスホニウム塩等の四級ホスホニウム塩;12-クラウン-4、18-クラウン-6、ベンゾ-18-クラウン-6等の大環状ポリエーテル類等が挙げられ、中でもトリ-n-オクチルメチルアンモニウムクロリド(TOMAC)が好ましい。
【0051】
脱塩化水素反応が液相反応である場合、例えば、反応器にアルカリ溶液及びHCFC-142aを収容し、混合することで脱塩化水素反応を行うことができる。
【0052】
液相反応における反応温度は特に限定されない。例えば、液相反応において、反応器内の温度は30℃以上、300℃以下とすることができる。HFC-1132の選択率が高くなりやすいという点で、反応器内の温度は40℃以上であることが好ましく、50℃以上であることがより好ましく、60℃以上であることがさらに好ましく、70℃以上であることが特に好ましい。また、HFC-1132の選択率が高くなりやすいという点で、反応器内の温度は250℃以下であることが好ましく、200℃以下であることがより好ましく、180℃以下であることがさらに好ましく、150℃以下であることが特に好ましい。反応時間は、反応温度に応じて適宜設定することができる。
【0053】
脱塩化水素反応が液相反応である場合、反応が十分に進行する程度に反応を行うことができ、例えば、1時間以上、48時間以下の範囲とすることができる。
【0054】
脱塩化水素反応が液相反応である場合、当該反応は、不活性ガスの存在下及び空気の存在下のいずれの存在下で行ってもよい。液相反応時の圧力も特に限定されず、減圧下、加圧下及び大気圧下のいずれの条件下でも反応を行うことができる。
【0055】
液相反応において、脱塩化水素反応で得られた生成物は、例えば、反応器内の気相部から抜き出すことができる。例えば、反応器中の気相部のガスを抜き出し、抜き出したガスを適宜の方法で冷却して液化することで、液相反応の粗生成物を得ることができる。このように得られた粗生成物を再度、所定の温度で加熱処理し、この加熱処理で気化したガス成分を冷却して液化物として回収することができる。得られた液化物を、HFC-1132を含む生成物として得ることができる。
【0056】
以上のように、本開示の製造方法では、脱塩化水素反応を液相及び気相のいずれで行うこともできる。
【0057】
本開示の製造方法において、脱塩化水素反応では、種々の反応器を使用することができる。例えば、管型の流通型反応器、耐圧型のオートクレーブ等を脱塩化水素反応用の反応器として使用することができる。流通型反応器としては、例えば、断熱反応器及び熱媒体を用いて除冷した多管型反応器等を用いることができる。反応器は、ステンレス(SUS)等の腐食作用に抵抗性がある材料によって形成されていることが好ましく、特に、ハステロイ(HASTALLOY)、インコネル(INCONEL)、モネル(MONEL)等で形成されていることが好ましい。
【0058】
反応器は、器内の温度を調節するためのジャケットを備えることもでき、ジャケット内には、例えば、熱媒等を流通させることができる。これにより、反応器内の雰囲気温度を調節することができる。
【0059】
本開示の製造方法において、脱塩化水素反応で得られた反応生成物は、必要に応じて、精製を行うことができる。生成の方法は特に限定されず、例えば、蒸留、ろ過、分液、遠心分離等の種々の方法を採用することができる。
【0060】
脱塩化水素反応で得られた反応生成物は、目的物であるHFC-1132の他、未反応原料、脱塩化水素反応における副生成物(例えば、塩化水素)等が含まれ得る。
【0061】
HFC-1132には、前述のようにE体及びZ体の異性体が存在し得るので、本開示の製造方法では、本開示の製造方法において目的物であるHFC-1132は、HFC-1132(E)、HFC-1132(Z)、又はHFC-1132(E,Z)のいずれかとなる。本開示の製造方法で得られるHFC-1132がE体とZ体との混合物(HFC-1132(E,Z))である場合、E体とZ体との混合割合は特に限定されず、両者は任意の比率で含まれ得る。
【0062】
特に本開示の製造方法では、前記脱塩化水素反応を行う工程を備えることから、HFC-1132を高い選択率で製造することができる。また、脱塩化水素反応における原料であるHCFC-142aの転化率も高く、HFC-1132を効率よく製造することができる。また、本開示の製造方法では、前記脱塩化水素反応を行う工程を備えることから、前述の特許文献2に開示される技術のように大量の塩化亜鉛が廃棄物として生じるという問題も起こりにくい。
【0063】
本開示の製造方法で得られるHFC-1132は、種々の用途に使用することができ、例えば、冷媒、溶媒、発泡剤等の各種用途、あるいは機能性材料及び機能性重合体を製造するための原料等として好適に利用することができる。
【0064】
(HCFC-142aの製造方法)
本開示の製造方法において、脱塩化水素反応で使用するHCFC-142aの製造方法は特に限定されず、例えば、公知の方法を広く採用することができる。あるいは、市販品等から脱塩化水素反応で使用するHCFC-142aを入手することもできる。
【0065】
例えば、HCFC-142aは、塩化ビニルのフッ素化反応によって製造することができる。あるいは、HCFC-142aは、1,2-ジフルオロエタンの塩素化反応により製造することができる。
【0066】
従って、本開示の製造方法は、HCFC-142aを、塩化ビニルのフッ素化反応により製造する工程(以下、工程aという)、あるいは、HCFC-142aを、1,2-ジフルオロエタンの塩素化反応により製造する工程(以下、工程bという)をさらに備えることができる。これらの工程a及びbは、脱塩化水素反応の前に行われる。
【0067】
HCFC-142aを、塩化ビニルのフッ素化反応により製造する方法は特に限定されず、例えば、公知のフッ素化反応の条件を広く採用することができる。
【0068】
HCFC-142aを、1,2-ジフルオロエタンの塩素化反応により製造する方法は特に限定されず、例えば、公知の塩素化反応の条件を広く採用することができる。
【0069】
本開示の製造方法が工程a、あるいは、工程bを備える場合、脱塩化水素反応の原料であるHCFC-142aを高い収率で得ることができる。従って、本開示の製造方法が工程a又はbを備える場合は、HFC-1132をより効率よく製造することができる。
【実施例
【0070】
以下、実施例により本開示をより具体的に説明するが、本開示はこれら実施例の態様に限定されるものではない。
【0071】
(実施例1)
外径1.27cm、肉厚0.165cm、内径0.94cmのハステロイC製反応器を準備し、該反応器の中の熱伝導を高めるために3.0cm(計9.6g)のニッケルメッシュを反応器の上層部に保持させた。また、反応器の下層部には脱塩化水素反応の触媒として、3.5cm(4.8g)の活性炭「モルシーボンX2M」を充填した。当該触媒は予め乾燥した窒素ガスを、400℃で2時間フローさせることで前処理した。
【0072】
上記反応器を250℃まで加熱し、HCFC-142aを13.4mL/min(0.06g/mL)の速度で導入することで、HCFC-142aの脱塩化水素反応を250℃で行った。HCFC-142aは、上層部から下層部に流れるように反応器内に流入させ、反応器出口から反応生成物を捕集した。得られた反応生成物を水洗塔に供給し、HCl等の副生成物を取り除いた後、続いて吸湿剤を充填したカラムを通過させ、残留水分を取り除き、目的物を得た。該目的物のガスクロマトグラフィ分析(GC分析)を行ったところ、HCFC-142aの転化率は5.5モル%、HFC-1132の選択率は99.5モル%であった。また、得られたHFC-1132はE体とZ体との混合物HFC-1132(E,Z)であった。
【0073】
(実施例2)
脱塩化水素反応を450℃に変更したこと以外は実施例1と同様の方法で目的物を得た。該目的物のGC分析を行ったところ、HCFC-142aの転化率は21モル%、HFC-1132の選択率は93.3モル%であった。また、得られたHFC-1132はE体とZ体との混合物HFC-1132(E,Z)であった。
【0074】
(実施例3)
脱塩化水素反応を700℃に変更したこと以外は実施例1と同様の方法で目的物を得た。該目的物のGC分析を行ったところ、HCFC-142aの転化率は89.6モル%、HFC-1132の選択率は90.3モル%であった。また、得られたHFC-1132はE体とZ体との混合物HFC-1132(E,Z)であった。
【0075】
(実施例4)
脱塩化水素触媒として活性炭の代わりに、4.0cm(7.2g)のCsCl及びMgF混合触媒(CsClとMgFとの混合質量比10:90)のペレットに変更したこと、及び、脱塩化水素反応を400℃に変更したこと以外は実施例1と同様の方法で目的物を得た。該目的物のGC分析を行ったところ、HCFC-142aの転化率は2.7モル%、HFC-1132の選択率は99.6モル%であった。また、得られたHFC-1132はE体とZ体との混合物HFC-1132(E,Z)であった。
【0076】
(実施例5)
脱塩化水素反応を450℃に変更したこと以外は実施例4と同様の方法で目的物を得た。該目的物のGC分析を行ったところ、HCFC-142aの転化率は20.6モル%、HFC-1132の選択率は89.3モル%であった。また、得られたHFC-1132はE体とZ体との混合物HFC-1132(E,Z)であった。
【0077】
(実施例6)
脱塩化水素反応を750℃に変更したこと以外は実施例4と同様の方法で目的物を得た。該目的物のGC分析を行ったところ、HCFC-142aの転化率は91.0モル%、HFC-1132の選択率は80.3モル%であった。また、得られたHFC-1132はE体とZ体との混合物HFC-1132(E,Z)であった。
【0078】
(実施例7)
外径1.27cm、肉厚0.165cm、内径0.94cmのハステロイC製反応器を準備した。該反応器を550℃まで加熱した後、塩素ガスをHCFC-142aの全質量に対して1.5質量%含む混合ガスを、13.4mL/min(0.06g/mL)の速度で導入することで、HCFC-142aの脱塩化水素反応を550℃で行った。反応器出口から反応生成物を捕集し、この反応生成物を水洗塔に供給し、HCl等の副生成物を取り除いた後、続いて吸湿剤を充填したカラムを通過させ、残留水分を取り除き、目的物を得た。該目的物のGC分析を行ったところ、HCFC-142aの転化率は84.3モル%、HFC-1132の選択率は94.2モル%であった。また、得られたHFC-1132はE体とZ体との混合物HFC-1132(E,Z)であった。
【0079】
(実施例8)
脱塩化水素触媒として活性炭の代わりに、4.0cm(4.1g)のソーダライムに変更したこと、及び、脱塩化水素反応を250℃に変更したこと以外は実施例1と同様の方法で目的物を得た。該目的物のGC分析を行ったところ、HCFC-142aの転化率は1.5モル%、HFC-1132の選択率は99.8モル%であった。また、得られたHFC-1132はE体とZ体との混合物HFC-1132(E,Z)であった。
【0080】
(実施例9)
脱塩化水素反応を450℃に変更したこと以外は実施例8と同様の方法で目的物を得た。該目的物のGC分析を行ったところ、HCFC-142aの転化率は19.3モル%、HFC-1132の選択率は98.7モル%であった。また、得られたHFC-1132はE体とZ体との混合物HFC-1132(E,Z)であった。
【0081】
(実施例10)
外径1.27cm、肉厚0.165cm、内径0.94cmのハステロイC製反応器を準備した。該反応器を715℃まで加熱した後、HCFC-142aを13.4mL/min(0.06g/mL)の速度で導入することで、HCFC-142aの脱塩化水素反応を715℃で行った。HCFC-142aは、反応器の上層部から下層部に流れるように反応器内に流入させ、反応器出口から反応生成物を捕集した。得られた反応生成物を水洗塔に供給し、HCl等の副生成物を取り除いた後、続いて吸湿剤を充填したカラムを通過させ、残留水分を取り除き、目的物を得た。該目的物のGC分析を行ったところ、HCFC-142aの転化率は73.1モル%、HFC-1132の選択率は61.8モル%であった。また、得られたHFC-1132はE体とZ体との混合物HFC-1132(E,Z)であった。
【0082】
(実施例11)
5℃に保持した冷却管を備えた内容積300mLのハステロイC製オートクレーブに、KOHを35g(0.62mol)、水を75g、トリ-n-オクチルメチルアンモニウムクロライドを2.0g(4.9mmol)、HCFC-142aを34g(0.34mol)仕込み、反応器を120℃のオイルバスに浸漬し撹拌することで、脱塩化水素反応を行った(脱塩化水素反応の温度は120℃)。反応器の内圧が1.5MPaG(Gはゲージ圧を意味する。以下同じ。)を超えたら、1.0MPaGに減少するまで冷却管上部よりガスを抜き出し、抜き出したガスを反応器に接続している冷却トラップ(-78℃)中に回収させた。この操作を繰り返しながら、20時間、脱塩化水素反応を行った。反応終了後、反応器を80℃まで冷却し、この温度で気化する有機物を全て、前記冷却トラップ中に回収した。こうして得られた前記冷却トラップ中の反応回収物を目的物として得た。該目的物のGC分析を行ったところ、HCFC-142aの転化率は10.5モル%、HFC-1132の選択率は93.5モル%であった。また、得られたHFC-1132はE体とZ体との混合物HFC-1132(E,Z)であった。