(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-28
(45)【発行日】2022-11-08
(54)【発明の名称】bFGF発現増強用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/352 20060101AFI20221031BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20221031BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20221031BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20221031BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20221031BHJP
【FI】
A61K31/352
A61P43/00 111
A61P27/02
A23L33/105
A23L33/10
(21)【出願番号】P 2019045690
(22)【出願日】2019-03-13
【審査請求日】2021-10-08
(73)【特許権者】
【識別番号】593106918
【氏名又は名称】株式会社ファンケル
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【氏名又は名称】中村 理弘
(74)【代理人】
【識別番号】100202430
【氏名又は名称】太田 千香子
(72)【発明者】
【氏名】坂井 友美
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 知倫
(72)【発明者】
【氏名】澤野 健史
【審査官】榎本 佳予子
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-516751(JP,A)
【文献】特開2007-326799(JP,A)
【文献】Journal of Oral and Maxillofacial Pathology,2018年,Vol.22, No.1,p.54-58
【文献】Journal of Nutritional Biochemistry,Vol.65,p.1-14
【文献】Journal of Pharmacy and Pharmacology,2010年,Vol.62, No.8,p.951-965
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61K 35/644
A61K 36/00-36/9068
A61P 1/00-43/00
A23L 33/00-33/29
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガランギンを有効成分として含有する、bFGFの発現増強用組成物(
但し、プロポリス抽出物を含むものを除く)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、bFGFの発現増強作用を有する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)は、線維芽細胞の増殖を著しく促進する蛋白質として見出された。その後、in vitroにおいて線維芽細胞の増殖を促進するのみならず、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、上皮細胞などの種々の細胞に対してもその増殖や遊走、分化に対する促進作用を有することが明らかにされてきた。また、in vivoにおいても、強力な血管新生作用を有することが明らかになってきた。bFGFはこのような薬理作用を持つことから、難治性皮膚潰瘍の治療剤として開発が進められ、臨床研究において優れた治療効果と安全性が確認され、現在、市販されている。また、bFGFは骨組織に対しても有用な作用を示し、骨折治癒を促進することなどが知られている。
【0003】
一方、近年bFGFと視神経系細胞の関係が注目されている。
網膜において視神経細胞は、グリア細胞の一種である多数のミュラー細胞に包まれて存在しており、ミュラー細胞は、神経シナプスを包み込んで保護するとともに、bFGFや脳由来神経栄養因子(BDNF)といった網膜中の細胞を保護する物質を産生する。そして、bFGFは遺伝性網膜ジストロフィーにおける視細胞障害からの保護、光刺激からの視細胞の保護、網膜色素上皮細胞の貪食促進などの作用を発揮し、視細胞変性を抑制することがいわれている。眼に入った光の受容を主な機能とする視細胞を保護しその機能を維持することは、光の感受性やコントラスト感度、分解能、色覚の認識等の維持・向上に寄与する。また、視細胞の機能障害が発症要因となる加齢黄斑変性や網膜色素変性の予防にも効果が期待される。特許文献1には、網膜神経死の防止及び眼疾患の治療としてbFGF又はFGF-5を投与することが記載されている。
しかしこの治療方法は、投与に当たって外科的な手術と併用しなければならないなど大きな問題がある。
【0004】
特許文献2には、ミュラー細胞に作用する物質として、PACAP(下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド:Pituitary adenylate cyclase-activating polypeptide)を投与して、網膜の主要なグリア細胞(神経膠細胞)であるミュラー細胞の内因性生理活性因子IL-6(インターロイキン-6)の産生を促進し、間接的に、視神経を形成する網膜神経節細胞(RGC:Retinal Ganglion Cell)の細胞死を抑制、遅延させることができる治療剤が開示されている。
【0005】
一方、フラボノールの一種であるガランギンは、プロポリス中から分離されている(特許文献3~4)。ガランギンには、抗炎症効果、活性酸素消去酵素の発現促進効果(特許文献5)、肝虚血再灌流障害の緩和効果、アルツハイマーの原因であるβアミロイドタンパク質前躯体(APP)のBACE阻害剤としての用途(特許文献6)などが知られている。
ガランギンの視覚系への作用としては、糖尿病網膜症における血液網膜関門の機能障害の緩和が報告されているが、ガランギンのミュラー細胞や視神経系への作用は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第99/45952号
【文献】特開2006-306770号公報
【文献】特開2004-159563号公報
【文献】特開2004-161664号公報
【文献】特開2007-326799号公報
【文献】国際公開第2013/142370号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、多数の天然物や化合物のミュラー細胞に対する作用を研究する過程で、網膜中のミュラー細胞に作用してbFGFの発現を促進する効果を有する物質を見出し、本発明をなした。
すなわち、本発明は、網膜中のミュラー細胞に作用し、ミュラー細胞のbFGFの発現を促進する組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の構成からなる。
(1)ガランギンを有効成分として含有する、bFGFの発現増強用組成物。
(2)ガランギンを有効成分として含有する、視覚機能改善用の組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、ガランギンを有効成分とするミュラー細胞のbFGFの発現を促進する組成物が提供される。また本発明の組成物はミュラー細胞のbFGFの発現を促進するため、網膜における視細胞を保護し、その機能を維持することで、光の感受性やコントラスト感度、分解能、色覚の認識、視野、視力(特に夜間視力)等の維持・向上に寄与する。また、視細胞の機能障害が発症要因となる加齢黄斑変性や網膜色素変性の予防にも効果が期待される。さらに、網膜の複合的な機能の障害が要因となって起こるピント調節能の低下や、眼精疲労の症状の改善にも効果をもたらす可能性がある。このため視覚機能改善の目的で使用できる。またガランギンはプロポリス中に含有されており、長期間の摂取経験があり、安全性も高い。ガランギンあるいはガランギンを含有する組成物の経口摂取により、外科的手術よりも非侵襲的かつ安全性の高い方法で網膜中のbFGFを増加させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】ガランギンがミュラー細胞のbFGFの発現を促進することを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明について具体的に説明する。
なお、本発明でいう「組成物」とは、ガランギンを含有し、網膜中のミュラー細胞のbFGFの発現を促進するものをいう。「組成物」には食品、医薬品、健康食品、動物用飼料を包含する。
また本発明でいう視覚機能改善とは、光の感受性やコントラスト感度、分解能、色覚の認識、視野、視力(特に夜間視力)、ピント調節能の維持・向上、加齢黄斑変性や網膜色素変性、遺伝性網膜疾患の予防および症状緩和、眼精疲労の予防および改善をいう。
【0012】
ガランギン(Galangin)とは、2-フェニル-3,5,7-トリヒドロキシ-4H-1-ベンゾピラン-4-オン(2-phenyl-3,5,7-trihydroxy-4H-1-benzopyran-4-one)であり、プロポリスや薬用植物エキスに含まれる。ガランギンは下記の化学式1で表すことができる。
【0013】
【0014】
ガランギンは、前記のとおり、プロポリスに多く含有されているが、カレーの香辛料の一つとして使用されているガランガル(Alpinia officinarum)の根茎に多く含まれている。本発明には、これらの物質から適宜公知の抽出方法を組み合わせて抽出した抽出物を用いることができる。また公知の有機化学合成法(de Souza RF,et al,.Spectrochim Acta A Mol Biomol Spectrosc.2005 Jul;61(9):1985-90.、Sato S,et al,.Carbohydr Res. 2006 Jun 12;341(8):964-70.)により得ることができる。
【0015】
さらに得られた合成物や抽出物を公知の分離精製方法を適宜組み合わせてガランギンの純度を高めてもよい。
上記合成や抽出により得られるガランギンは、医薬品上又は食品上許容し得る規格に適合し、本発明の効果を発揮するものであれば、粗精製物であってもよい。
具体的には、抽出としては、水、熱水、アルコール水等の水及び/又は有機溶剤等の極性及び非極性溶剤を用いて行うことが挙げられる。また、分離精製としては、有機溶剤沈殿、遠心分離、限界濾過膜、高速液体クロマトグラフやカラムクロマトグラフ等を用いて行うことが挙げられる。
【0016】
ガランギンは、網膜のミュラー細胞に作用し、bFGFの発現を促進することができる。従って、ガランギンは、網膜内の視細胞に保護的に作用し、光の感受性やコントラスト感度、分解能、色覚の認識、視野、視力(特に夜間視力)、ピント調節能の維持・向上、加齢黄斑変性や網膜色素変性、遺伝性網膜疾患の予防および症状緩和、眼精疲労の予防および改善などの効果を示す。したがって当該症状若しくは疾患を予防、改善又は治療するための食品・飲料、化粧品、医薬部外品、医薬品等として使用可能である。そして、ガランギンは、これらの作用を示す飲食品、病者用食品、特定保健用食品、機能性表示食品等として利用することができる。
【0017】
ガランギンを食品・飲料として使用する場合、例えば、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料等の飲料、ゼリー状食品や各種スナック類、焼き菓子、ケーキ類、チョコレート、ガム、飴、スープ類等、あらゆる食品・飲料形態とすることができる。
【0018】
また、ガランギンを含有する組成物をサプリメントや医薬品として使用する場合、例えば、錠剤、顆粒剤等の経口用固形成形剤、内服液剤、シロップ剤等の経口用液体製剤として利用することができる。
【0019】
ガランギンを含有する製剤は、一般的な製造法により、直接又は製剤上許容し得る担体とともに混合、分散した後、所望の形態に加工することによって得ることができる。この場合、本発明に用いられるこれら植物又はその抽出物の他に、かかる形態に一般的に用いられる植物油、動物油等の油性基剤、鎮痛消炎剤、鎮痛剤、殺菌消毒剤、収斂剤、ホルモン剤、ビタミン類、保湿剤、紫外線吸収剤、アルコール類、キレート剤、pH調整剤、防腐剤、増粘剤、色素、香料等を本発明の効果を妨害しない範囲で適宜配合することができる。
【0020】
本発明のガランギンを含有する組成物は、特に限定されるものではないが、好ましくはガランギンとして通常全組成の0.00001~99.5質量%の範囲で配合される組成物とする。
【実施例】
【0021】
実施例、試験例を示し、本発明についてさらに説明する。
<実施例1.bFGF発現促進作用>
(1)初代ミュラー細胞の調製
初代ミュラー細胞は次の方法で調製した。
7日齢のSDラット10匹から網膜を単離した。単離した網膜は、PBS(-)で5倍希釈したトリプシン-EDTA(Sigma)にDNaseI(Roche)を最終濃度が100ng/mlになるように添加した溶液10mL中で、37℃で30分間静置した。
【0022】
次いで、ピペッティング操作により網膜組織を分散させ、2,400rpmの回転数、室温で5分間遠心した。遠心後、分散溶液の上清を吸引除去し、10%FBS(biosera)、1% ペニシリン-ストレプトマイシン(Sigma)を含むDMEM-F12培地(Gibco)25mLに懸濁した。
懸濁液を70μMのセルストレーナー(FALCON)に通した後、細胞数を計測し、4.2×106cells/mlの濃度になるよう前記の培地に希釈した。
T-75細胞培養用フラスコ(住友ベークライト)に10mLずつ播種し、37℃、5% CO2環境下で培養した(培養0日目)。
培養3日目に、培地を吸引除去し、新しい培地20mLに交換し、再び37℃、5% CO2環境下でさらに培養した。
【0023】
培養7日目に、Wei-Tao Songらの方法(Ophthalmol 2013;6(6):778-784)に準じて、ミュラー細胞を純化した。
培養8日目に、ミュラー細胞を剥がし、4×105cells/mlの濃度になるよう前記の培地に懸濁し、96well cell culture plate(FALCON)に100μLずつ播種し、37℃、5% CO2環境下で培養した。
【0024】
(2)ガランギンのbFGF発現促進効果の確認
ミュラー細胞のbFGF発現促進効果は、上記のミュラー細胞を用いて次のとおり実施した。
ガランギン(Galangin)は、市販の試薬を用いて、(CAYMAN社:純度98%以上)DMSOで溶解し使用した。
【0025】
培養9日目の初代ミュラー細胞の培地を全量除去し、1%FBSを含むDMEM-F12培地100μLに交換し、37℃、5% CO2の環境下で90分間培養し、ミュラー細胞を血清飢餓状態に置いた。ガランギンを15μMの濃度になるように添加し、180分間培養後に上清を除去し、RNeasy 96 kit(QIAGEN)を用い添付の説明書に従ってRNAを調製した。
RNA調製の際、DNaseIKit(QIAGEN)を用い、ゲノムDNAの除去を行った。
【0026】
約40ngの調製したRNAは、PrimeScript RT reagent kit(Takara)を用いて添付の説明書に従いcDNAを作製した。bFGFの発現量はApplied Biosystems TaqMan Gene Expression Assayを用いて、次の方法で定量した。
1μLのcDNAとラットbFGF Taqman probe、Premix Ex Taq(タカラバイオ)を所定の割合で混合し、計10μLとなるようにPCR grade water(Invitrogen)を添加し混合したものを反応液とした。
調製した反応液は、Quant Studio 5(Applied Biosystems)を用い、[(95℃、20秒)→(95℃、1秒)→(60℃、20秒)]×45サイクルの反応条件で測定を行った。
【0027】
内在性コントロールにはラットgapDH Taqman probe(Taqman gene expression assays)を用い、上記と同様の反応条件で測定を行った。測定により得られたCt値からgapDHを内部標準としてΔΔCt法により、各サンプルの相対的遺伝子発現量を求めた。
【0028】
PCRに使用したTaqman probeの製品情報、仕様は以下のとおりである。 Gapdh:Appilied biosystems Assay ID:Rn01462662_g1(Dye:VIC,Quencher:MGB)
bFGF:Applied biosystems Assay ID:Rn00570809_m1(Dye:FAM,Quencher:MGB)
【0029】
(3)結果
図1に示すとおり、ミュラー細胞は、ガランギンの添加により、明らかにbFGFの発現が促進された。
ミュラー細胞が分泌するbFGFは、光刺激からの視細胞保護効果が確認されており、さらに視細胞が障害を受けた後に視細胞のbFGFをはじめとするFGF受容体の発現が急激に亢進するため、bFGFは視細胞保護機構に重要な役割を担っていることが示唆されている。
さらに脱落した視細胞外節を貪食、消化することにより視細胞のターンオーバーに重要な役割を果たしている網膜色素上皮細胞は、bFGFにより貪食が促進されるが、視細胞の変性、色素上皮細胞の貪食能の低下は、光の感受性やコントラスト感度、分解能、色覚の認識、視野、視力(特に夜間視力)、ピント調節能の低下、眼精疲労等の症状につながって、加齢黄斑変性、網膜色素変性といった網膜変性疾患の原因にもなる。
したがって、本試験によってガランギンがミュラー細胞のbFGFの発現促進を行なうことが明らかになったため、これらの障害による視覚機能の維持や改善、網膜疾患の予防や症状緩和にガランギンが有効であることが明らかとなった。