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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-28
(45)【発行日】2022-11-08
(54)【発明の名称】マススペクトル処理装置及び方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20221031BHJP
【FI】
G01N27/62 D
G01N27/62 C
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020155941
(22)【出願日】2020-09-17
(65)【公開番号】P2022049745
(43)【公開日】2022-03-30
【審査請求日】2022-01-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久保 歩
(72)【発明者】
【氏名】生方 正章
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-033346(JP,A)
【文献】特開2003-139755(JP,A)
【文献】特表平06-500181(JP,A)
【文献】HOPE et al. ,Evaluation of the DotMap algorithm for locating analytes of interest based on mass spectral similarity in data collected using comprehensive two-dimensional gas chromatography coupled with time-of-flight mass spectrometry,JOURNAL OF CHROMATOGRAPHY A,ELSEVIER,2005年,Vol.1086/Iss.1-2,PP.185-192
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
G01N 27/92
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の質量分析により得られた対象マススペクトルを代表する第1代表値列と、前記第1代表値列との対応関係に従ってライブラリ内の標準マススペクトルから選ばれた第1対応値列との間で、第1類似度を演算する第1類似度演算手段と、
前記標準マススペクトルを代表する第2代表値列と、前記第2代表値列との対応関係に従って前記対象マススペクトルから選ばれた第2対応値列との間で、第2類似度を演算する第2類似度演算手段と、
前記第1類似度及び前記第2類似度に基づいて、前記対象マススペクトルについて複数の化合物に由来する複合状態を判定する評価手段と、
を含むことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項2】
請求項1記載のマススペクトル処理装置において、
前記評価手段は、第1類似度軸及び第2類似度軸で定義される空間内に定められた判定領域に前記第1類似度及び前記第2類似度の組み合わせが属する場合に、前記複合状態を判定する、
ことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項3】
請求項1記載のマススペクトル処理装置において、
前記評価手段は、
前記第1類似度と前記第2類似度の差を類似度差として演算する差演算器と、
前記類似度差に基づいて前記複合状態を判定する判定器と、
を含むことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項4】
請求項3記載のマススペクトル処理装置において、
前記対象マススペクトルに基づいてライブラリサーチを行って化合物候補リストを生成する検索手段を含み、
前記差演算器は、前記第2類似度から前記第1類似度を減算することにより前記類似度差を演算し、
前記判定器は、前記化合物候補リストにおいて閾値s1以上の第2類似度を有する化合物候補群のすべてが、閾値s2以上の類似度差を有する場合に、前記複合状態を判定する、
ことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項5】
請求項1記載のマススペクトル処理装置において、
前記試料から時間的に分離された複数の成分に対して質量分析を繰り返し行って得られたマススペクトル列に基づいて、クロマトグラムを生成するクロマトグラム生成手段と、
前記マススペクトル列から、前記対象マススペクトルとして、前記クロマトグラムに含まれるピークに対応するマススペクトルを生成又は選択する手段と、
前記複合状態が判定された場合に、前記クロマトグラムに対して行われるピーク検出の条件を変更する条件変更手段と、
を含むことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項6】
請求項5記載のマススペクトル処理装置において、
前記条件変更手段は、前記複合状態が判定された場合に、前記ピーク検出の条件としての時間幅を小さくし、
前記時間幅の変更後に前記クロマトグラムに対して前記ピーク検出が再び実行される、
ことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項7】
請求項1記載のマススペクトル処理装置において、
前記試料から時間的に分離された複数の成分に対して質量分析を繰り返し行って得られたマススペクトル列に基づいて、保持時間軸を有するクロマトグラムを生成するクロマトグラム生成手段と、
前記クロマトグラムと共に、前記複合状態が判定された時期又は区間を示す表示要素を表示する表示処理手段と、
を含むことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項8】
請求項1記載のマススペクトル処理装置において、
前記第1類似度は、前記対象マススペクトルが複数の化合物に由来する複合マススペクトルである可能性が高いほど小さくなる性質を有するフォワード類似度であり、
前記第2類似度は、前記対象マススペクトルに前記標準マススペクトルが含まれている可能性が高いほど大きくなる性質を有するリバース類似度である、
ことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項9】
請求項1記載のマススペクトル処理装置において、
前記第1代表値列は、前記対象マススペクトルを構成する全数値の内で閾値p1以上の複数の数値により構成され、
前記第2代表値列は、前記標準マススペクトルを構成する全数値の内で閾値p2以上の複数の数値により構成される、
ことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項10】
試料の質量分析により得られた対象マススペクトルを代表する第1代表値列と、前記第1代表値列との対応関係に従ってライブラリ内の標準マススペクトルから選ばれた第1対応値列との間で、第1類似度を演算する工程と、
前記標準マススペクトルを代表する第2代表値列と、前記第2代表値列との対応関係に従って前記対象マススペクトルから選ばれた第2対応値列との間で、第2類似度を演算する工程と、
前記第1類似度及び前記第2類似度に基づいて、前記対象マススペクトルが複数の化合物に由来する複合マススペクトルであることを判定し、あるいは、前記対象マススペクトルが前記複合マススペクトルである可能性を示す情報を提供する工程と、
を含むことを特徴とするマススペクトル処理方法。
【請求項11】
情報処理装置において実行されるプログラムであって、
試料の質量分析により得られた対象マススペクトルを代表する第1代表値列と、前記第1代表値列との対応関係に従ってライブラリ内の標準マススペクトルから選ばれた第1対応値列との間で、第1類似度を演算する機能と、
前記標準マススペクトルを代表する第2代表値列と、前記第2代表値列との対応関係に従って前記対象マススペクトルから選ばれた第2対応値列との間で、第2類似度を演算する機能と、
前記第1類似度及び前記第2類似度に基づいて、前記対象マススペクトルが複数の化合物に由来する複合マススペクトルであることを判定し、あるいは、前記対象マススペクトルが前記複合マススペクトルである可能性を示す情報を提供する機能と、
を含むことを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マススペクトル処理装置及び方法に関し、特に、ライブラリ内の標準マススペクトル群と比較されるマススペクトルの評価に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析システムは、例えば、ガスクロマトグラフ、質量分析装置、及び、マススペクトル処理装置、により構成される。ガスクロマトグラフにおいて、試料から時間的に分離された複数の成分が生じ、それらが質量分析装置へ順次送られる。質量分析装置においては、そこに導入される一連の成分に対して質量分析が繰り返し実施される。マススペクトル処理装置においては、質量分析結果を表す信号に基づいてマススペクトルが順次生成される。それらはマススペクトル列を構成する。
【0003】
マススペクトル処理装置は、試料から生じた成分ごとに化合物を特定する機能を備える。化合物の特定に当たっては、まず、マススペクトル列からTICC(トータルイオンカレントクロマトグラム)が生成され、次に、TICCに含まれる複数のピークが検出される。検出されたピークごとに、それに対応するマススペクトルが選択又は生成される。続いて、そのマススペクトルがライブラリ内の標準マススペクトル群と比較され、その結果、化合物候補リストが生成される。以下、標準マススペクトル群と比較されるマススペクトルを対象マススペクトルと称する。
【0004】
TICCに対するピーク検出に際しては、一般に、想定されるピーク幅に対応した時間幅が設定される。例えば、TICCに対して適用されるデコンボリューションにおいては、時間幅に従って、TICC上で重なり合っている複数のピークが分離される。なお、対象マススペクトルが積算マススペクトルとして構成される場合、積算期間も時間幅の一種である。
【0005】
上記の時間幅が過大の場合、検索対象である対象マススペクトルが複数の化合物マススペクトルの重合体としての複合マススペクトルになり易くなる。つまり、対象マススペクトルの複合状態が生じ易くなる。複合状態は、時間的に近接して抽出された複数の化合物が見かけ上単一化合物として観測される共溶出状態とも言い得る。なお、時間幅が過小の場合、ピークの過剰検出が生じ易くなる。
【0006】
ガスクロマトグラフから試料中の各成分が送り出されるタイミングは、諸条件(例えばカラムの種類や長さ)に依存する。ピーク検出用の時間的パラメータをユーザーにおいて適切に設定することは必ずしも容易ではない。一方、そのようなパラメータの設定が必要でない場合においても、対象マススペクトルの性状を評価したいというニーズがある。
【0007】
なお、特許文献1に記載された質量分析システムでは、マススペクトルを補正する補正工程、及び、補正後のマススペクトルをライブラリ内の標準マススペクトル群と比較する比較工程、が実行されている。補正工程では、マススペクトル中の夾雑成分(夾雑ピーク)が除外されている。それに続く比較工程では、4つの類似度が演算されており、その中には、リバースサーチで生成されるコサイン類似度(リバース類似度)、及び、フォワードサーチで生成されるコサイン類似度(フォワード類似度)、が含まれる。それらの類似度は、マススペクトルの補正後に演算されるものであり、夾雑成分の有無を特定するためのものではなく、つまり、マススペクトルの性状を評価するためのものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2011-33346号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、対象マススペクトルが複合マススペクトルであることを判定できる技術を実現することにある。あるいは、本発明の目的は、対象マススペクトルの性状の評価で参照し得る情報を提供することにある。あるいは、本発明の目的は、クロマトグラムに含まれるピークが複数の化合物に由来するピークであることをユーザーに認識させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るマススペクトル処理装置は、試料の質量分析により得られた対象マススペクトルを代表する第1代表値列と、前記第1代表値列との対応関係に従ってライブラリ内の標準マススペクトルから選ばれた第1対応値列との間で、第1類似度を演算する第1類似度演算手段と、前記標準マススペクトルを代表する第2代表値列と、前記第2代表値列との対応関係に従って前記対象マススペクトルから選ばれた第2対応値列との間で、第2類似度を演算する第2類似度演算手段と、前記第1類似度及び前記第2類似度に基づいて、前記対象マススペクトルについて複数の化合物に由来する複合状態を判定する評価手段と、を含むことを特徴とする。
【0011】
本発明に係るマススペクトル処理方法は、試料の質量分析により得られた対象マススペクトルを代表する第1代表値列と、前記第1代表値列との対応関係に従ってライブラリ内の標準マススペクトルから選ばれた第1対応値列との間で、第1類似度を演算する工程と、前記標準マススペクトルを代表する第2代表値列と、前記第2代表値列との対応関係に従って前記対象マススペクトルから選ばれた第2対応値列との間で、第2類似度を演算する工程と、前記第1類似度及び前記第2類似度に基づいて、前記対象マススペクトルが複数の化合物に由来する複合マススペクトルであることを判定し、あるいは、前記対象マススペクトルが前記複合マススペクトルである可能性を示す情報を提供する工程と、を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明に係るプログラムは、試料の質量分析により得られた対象マススペクトルを代表する第1代表値列と、前記第1代表値列との対応関係に従ってライブラリ内の標準マススペクトルから選ばれた第1対応値列との間で、第1類似度を演算する機能と、前記標準マススペクトルを代表する第2代表値列と、前記第2代表値列との対応関係に従って前記対象マススペクトルから選ばれた第2対応値列との間で、第2類似度を演算する機能と、前記第1類似度及び前記第2類似度に基づいて、前記対象マススペクトルが複数の化合物に由来する複合マススペクトルであることを判定し、あるいは、前記対象マススペクトルが前記複合マススペクトルである可能性を示す情報を提供する機能と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、対象マススペクトルが複合マススペクトルであることを判定できる。あるいは、本発明によれば、対象マススペクトルの性状の評価で参照し得る情報を提供できる。あるいは、本発明によれば、クロマトグラムに含まれるピークが複数の化合物に由来するピークであることをユーザーに認識させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施形態に係る質量分析システムを示すブロック図である。
図2図1に示したマススペクトル処理部の構成例を示すブロック図である。
図3】検索部及び評価部の構成例を示すブロック図である。
図4】フォワードサーチを説明するための図である。
図5】リバースサーチを説明するための図である。
図6】第1実施例に係る判定方法を示す図である。
図7】第1実施例に係る判定条件を示す図である。
図8】第1化合物のマススペクトルを示す図である。
図9】第2化合物のマススペクトルを示す図である。
図10】複合マススペクトルを示す図である。
図11】複合マススペクトルと第1化合物のマススペクトルの間での類似度演算を説明するための図である。
図12】複合マススペクトルと第2化合物のマススペクトルの間での類似度演算を説明するための図である。
図13】第1の検索結果を示す図である。
図14】第2の検索結果を示す図である。
図15】時間幅の変更を説明するための図である。
図16】複合判定結果の表示を説明するための図である。
図17】第2実施例に係る複合判定方法を示す図である。
図18】第3実施例に係る複合判定方法を示す図である。
図19】第3実施例に係る複合判定条件を示す図である。
図20】第2変形例を説明するための図である。
図21】第3変形例を説明するための図である。
図22】第4変形例を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0016】
(1)実施形態の概要
実施形態に係るマススペクトル処理装置は、第1類似度演算手段、第2類似度演算手段、及び、評価手段を有する。第1類似度演算手段は、試料の質量分析により得られた対象マススペクトルを代表する第1代表値列と、第1代表値列との対応関係に従ってライブラリ内の標準マススペクトルから選ばれた第1対応値列との間で、第1類似度を演算する。第2類似度演算手段は、標準マススペクトルを代表する第2代表値列と、第2代表値列との対応関係に従って対象マススペクトルから選ばれた第2対応値列との間で、第2類似度を演算する。評価手段は、第1類似度及び第2類似度に基づいて、対象マススペクトルについて複数の化合物に由来する複合状態を判定する。
【0017】
対象マススペクトルが標準マススペクトルに係る化合物のみに由来するものである場合には、第1類似度が大きくなり、そうでない場合に第1類似度は小さくなる。第1類似度は、対象マススペクトルが単一化合物に由来する可能性(換言すれば純度)を示す指標である。一方、対象マススペクトルが標準マススペクトルを含む場合、つまり対象マススペクトルに係る成分が標準マススペクトルに係る化合物を含む場合、第2類似度が大きくなり、そうでない場合に第2類似度は小さくなる。第2類似度は、化合物含有の可能性を示す指標である。上記構成は、第1類似度及び第2類似度の両者の性質を利用して、対象マススペクトルと標準マススペクトルの関係、換言すれば、対象マススペクトルの性状を評価するものである。対象スペクトルの複合状態が判定された場合、生成条件を変更して、対象スペクトルが再生成されてもよいし、複合状態がユーザーに報知されてもよい。
【0018】
複合状態は、複数の化合物から生じる複数のマススペクトルが重なり合った状態である。それは、典型的には、クロマトグラム上でのピーク分離が不十分な場合に生じる。その状態は共溶出状態とも言い得る。複合状態の判定に際して、第1類似度及び第2類似度と共に、他の情報が参照されてもよい。
【0019】
実施形態において、評価手段は、第1類似度軸及び第2類似度軸で定義される空間内に定められた判定領域に、第1類似度及び前記第2類似度の組み合わせが属する場合に、複合状態を判定する。第1類似度及び第2類似度から求められる情報(例えば類似度差)に基づいて、判定領域が定められてもよい。第1類似度及び第2類似度に対して個別的に閾値又は判定区間を設定することにより、判定領域が定められてもよい。
【0020】
実施形態において、評価手段は、第1類似度と第2類似度の差を類似度差として演算する差演算器と、類似度差に基づいて複合状態を判定する判定器と、を含む。類似度差は、一定の前提条件が満たされる限りにおいて、複合状態度合いを示す指標である。
【0021】
実施形態に係るマススペクトル処理装置は、更に、検索手段を有する。検索手段は、対象マススペクトルに基づいてライブラリサーチを行って化合物候補リストを生成する。差演算器は、第2類似度から第1類似度を減算することにより類似度差を演算する。判定器は、化合物候補リストの中から閾値s1以上の第2類似度を有する化合物候補群を特定し、当該化合物候補群のすべてが閾値s2以上の類似度差を有する場合に、複合状態を判定する。
【0022】
ある程度高い第2類似度が算出されている場合において、対象マススペクトルが標準マススペクトル以外のマススペクトルを含んでいる場合、類似度差は大きくなり、一方、対象マススペクトルが標準マススペクトルだけを含んでいる場合、類似度差は小さくなる。つまり、類似度差は、非純度(夾雑度)を示す指標と言える。第2類似度及び類似度差に基づいて複合状態を判定すれば、複合状態の判定精度を高められる。
【0023】
実施形態に係るマススペクトル処理装置は、クロマトグラム生成手段、対象マススペクトルを生成又は選択する手段、及び、条件変更手段を有する。クロマトグラム生成手段は、試料から時間的に分離された複数の成分に対して質量分析を繰り返し行って得られたマススペクトル列に基づいて、クロマトグラムを生成する。対象マススペクトルを生成又は選択する手段は、マススペクトル列から、対象マススペクトルとして、クロマトグラムに含まれるピークに対応するマススペクトルを生成又は選択する。条件変更手段は、複合状態が判定された場合に、クロマトグラムに対して行われるピーク検出の条件を変更する。
【0024】
実施形態において、条件変更手段は、複合状態が判定された場合に、ピーク検出の条件としての時間幅を小さくする。時間幅の変更後にクロマトグラムに対してピーク検出が再び実行される。例えば、クロマトグラムの全体にわたる複合状態の判定回数が一定値以上の場合、時間幅が小さくされる。判定回数が一定値以下になるまで時間幅が段階的に小さくされてもよい。時間幅以外のパラメータ、例えば、ピークの高さと比較される閾値等、を変更する変形例も考えられる。
【0025】
実施形態に係るマススペクトル処理装置は、クロマトグラム生成手段、及び、表示処理手段を有する。クロマトグラム生成手段は、試料から時間的に分離された複数の成分に対して質量分析を繰り返し行って得られたマススペクトル列に基づいて、保持時間軸を有するクロマトグラムを生成する。表示処理手段は、クロマトグラムと共に、複合状態が判定された時期又は区間を示す表示要素を表示する。この構成によれば、クロマトグラムの参照に際し、どのタイミングで複合状態(換言すれば共溶出状態)が生じたのかを分析者又は実験者において認識できる。
【0026】
実施形態において、第1類似度は、対象マススペクトルが複数の化合物に由来する複合マススペクトルである可能性が高いほど小さくなる性質を有するフォワード類似度である。第2類似度は、対象マススペクトルに標準マススペクトルが含まれている可能性が高いほど大きくなる性質を有するリバース類似度である。
【0027】
一般に、ライブラリサーチを行うシステムは、フォワード類似度を計算する機能、及び、リバース類似度を計算する機能を備えている。2つの類似度を重み付け加算して最終的な類似度を算出している。上記構成は、そのような既存の機能を複合状態の判定に活用し得るものである。
【0028】
実施形態において、第1代表値列は、対象マススペクトルを構成する全数値の内で閾値p1以上の複数の数値により構成される。第2代表値列は、標準マススペクトルを構成する全数値の内で閾値p2以上の複数の数値により構成される。対象スペクトルにおいてバックグラウンドノイズが既に除去されているならば、閾値p1を0より大きい最小値としてもよい。演算量を削減するために第1閾値をより高い値に設定してもよい。閾値p2は通常、0より大きい最小値とされるが、それよりも高い値を閾値p2に設定してもよい。
【0029】
なお、代表値列及び対応値列を構成する個々の要素は、強度を示す数値である。対象マススペクトルと標準マススペクトルの間で、m/z軸方向のアライメントが完了している状態では、代表値列を構成する複数の代表値が有する複数のm/zと、対応値列を構成する複数の対応値が有する複数のm/zは、基本的に同じであり、上記対応関係はそのことを意味するものである。
【0030】
実施形態に係るマススペクトル処理方法は、第1類似度演算工程、第2類似度演算工程、及び、評価工程を有する。第1類似度演算工程では、試料の質量分析により得られた対象マススペクトルを代表する第1代表値列と、第1代表値列との対応関係に従ってライブラリ内の標準マススペクトルから選ばれた第1対応値列との間で、第1類似度が演算される。第2類似度演算工程では、標準マススペクトルを代表する第2代表値列と、第2代表値列との対応関係に従って対象マススペクトルから選ばれた第2対応値列との間で、第2類似度が演算される。評価工程では、第1類似度及び第2類似度に基づいて、対象マススペクトルが複数の化合物に由来する複合マススペクトルであることが判定され、あるいは、対象マススペクトルが複合マススペクトルである可能性を示す情報が提供される。対象マススペクトルが複合マススペクトルである可能性を示す情報として、例えば、上記の類似度差が提供されてもよいし、第2類似度及び類似度差から演算される指標が提供されてもよい。
【0031】
実施形態において、上記の複数の工程は自動的に実行されるが、それらの構成の一部又はいずれかの工程の一部がユーザーによって実施されてもよい。上記マススペクトル処理方法は、ハードウエアの機能により又はソフトウエアの機能により実現され得る。後者の場合、上記マススペクトル処理方法を実施するためのプログラムが、可搬型記憶媒体を介して又はネットワークを介して、情報処理装置へインストールされる。情報処理装置の概念には、コンピュータ、マススペクトル処理装置、質量分析装置、質量分析システム等が含まれる。
【0032】
(2)実施形態の詳細
図1には、質量分析システムが示されている。その質量分析システム10は、実施形態に係るマススペクトル処理装置を含んでいる。質量分析システム10は、試料に含まれる複数の化合物を定性分析及び定量分析するシステムである。
【0033】
図1において、質量分析システム10は、測定装置12及び情報処理装置14により構成される。測定装置12は、ガスクロマトグラフ(GC)16及び質量分析計18により構成される。情報処理装置14は、コンピュータ等により構成され、それはマススペクトル処理装置として機能する。質量分析システム10は、いわゆる、GC-MS(ガスクロマトグラフ質量分析計)である。質量分析計18の前段に、他の前処理部が設けられてもよい。
【0034】
GC16は、試料に含まれる複数の成分を時間的に分離するカラムを有している。すなわち、カラムにより、試料から複数の成分が取り出される。分離された複数の成分が質量分析計18中のイオン源20に順次送られる。
【0035】
質量分析計18は、イオン源20、飛行時間型質量分析器22、及び、検出器24により構成される。図1に示されているイオン源20は、EI法(電子イオン化法)に従うイオン源である。そのようなイオン源を用いる場合、一般に、多数のフラグメントイオンが観測され、一方、分子イオンが観測され難くなる。EI法の下で取得されたマススペクトルについては、化合物特定用のライブラリが用意されており、つまり、マススペクトル群がデータベース化されている。よって、測定されたマススペクトルに基づくライブラリサーチにより化合物を特定することが可能である。
【0036】
飛行時間型質量分析器22は、イオン源20から出た各イオンの飛行時間を測定するものである。飛行時間型質量分析器22に代えて、例えば四重極質量分析器等の他の質量分析器が用いられてもよい。検出器24において個々のイオンが検出される。検出器24から出力された検出信号26は、図示されていない信号処理回路に送られる。イオン源20からのイオンパルスの出力ごとに、検出信号26が生じる。検出信号26は、飛行時間ごとのイオン量を示す信号、つまり飛行時間軸上のイオン量分布を示す信号である。
【0037】
次に、情報処理装置14について説明する。情報処理装置14は、マススペクトル処理部28を有する。マススペクトル処理部28の実体はプロセッサ(例えばCPU)である。マススペクトル処理部28には、入力器30及び表示器32が接続されている。マススペクトル処理部28は、実施形態において、評価部34を有する。評価部34は、ライブラリサーチの対象となった対象マスマススペクトルが複数の化合物に由来する複合マススペクトルであることを判定する機能、つまり、対象マススペクトルの複合状態を判定する機能を有する。
【0038】
図2には、マススペクトル処理部28の構成例が示されている。マススペクトル生成部35は、質量分析計から順次出力される検出信号に基づいてマススペクトルを生成するものである。マススペクトル生成部35により、保持時間軸上において並ぶ複数のマススペクトルからなるマススペクトル列が生成される。マススペクトル列を表すデータは、TICC(トータルイオンカレントクロマトグラム)生成部38に送られている。また、そのデータは記憶部36に送られ、そこに記憶されている。表示器にマススペクトルを表示する場合、マススペクトル生成部35又は記憶部36から表示処理部52へ、表示対象となったマススペクトルを表すデータが送られる。
【0039】
TICC生成部38は、マススペクトル列からTICCを生成するものである。具体的には、各保持時間において取得された各マススペクトルの積算によりTIC(トータルイオンカレント)が計算され、その大きさを保持時間軸に沿ってプロットすることにより、TICCが生成される。
【0040】
ピーク探索部40は、TICCに含まれる複数のピークを探索するものである。その際には、デコンボリューション等の様々なピーク検出技術を利用し得る。デコンボリューションによれば、TICC上における見かけ上の1つのピークを複数のピークに分離することが可能となる。その際にはマススペクトル列が参照される。
【0041】
実施形態では、ピーク検出に際して、想定されるピーク幅が時間幅として設定される。時間幅を過大にすると、複数のピークが1つのピークとして検出され易くなり、時間幅を過小にすると、ピークが過剰に検出され易くなる。ユーザーにおいて時間幅を適切に設定することは必ずしも容易ではないが、実施形態によれば、複合状態の判定に基づいて、時間幅を自動的に又は手動で適切に設定することが可能である。実施形態では、時間幅の初期値として、比較的に大きな値(例えば10秒)が設定されている。様々なピーク検出技術を利用する際にも、通常、時間条件を定めることが必要であり、その場合にも、複合状態の判定を活用し得る。
【0042】
ピーク探索部40によりTICCに含まれる複数のピークが特定されと、対象マススペクトル生成部42は、個々のピークごとに、対象マススペクトルを生成する。記憶部36に記憶されたマススペクトル列に基づいて、対象スペクトルとして、ピークに対応する積算スペクトルが生成されてもよい。あるいは、記憶部36に記憶されたマススペクトル列の中から、対象マススペクトルとして、ピークに対応するマススペクトルが選択されてもよい。生成又は選択されたスペクトルに対して夾雑成分を除去又は軽減する補正処理が適用されてもよい。もっとも、評価部34により、対象マススペクトルの性状が評価されるので、その観点からは、補正処理が適用されていないマススペクトルを対象マススペクトルとした方がよい。なお、図2においては、対象マススペクトルが符号44で示されている。対象マススペクトルを表示する場合には、それを示すデータが対象マススペクトル生成部42から表示処理部52へ送られる。
【0043】
記憶部48にはライブラリが記憶されている。ライブラリには複数の化合物に対応した複数の標準マススペクトル(標準マススペクトル群)が含まれる。
【0044】
検索部46は、対象マススペクトルを標準マススペクトル群と個別的に比較し、その比較結果に基づいて、化合物候補リストを作成する。その際には、対象マススペクトルと各標準マススペクトルの間で類似度が演算される。複数の標準マススペクトルについて演算された複数の類似度に従って、化合物候補が絞られる。なお、任意のマススペクトル50を検索部に与えて、それに対してライブラリサーチを行うようにしてもよい。化合物候補リストを示すデータが検索部46から表示処理部52へ送られている。
【0045】
より詳しくは、検索部46は、第1類似度としてのフォワード類似度(F類似度)を演算する機能、第2類似度としてのリバース類似度(R類似度)を演算する機能、並びに、フォワード類似度及びリバース類似度に基づいて類似度(総合類似度)を演算する機能、を有する。一般には、総合類似度に基づいて化合物候補の絞り込みが行われる。実施形態においては、複合状態の判定に際しては、リバース類似度に基づいて化合物候補の絞り込みが行われている。
【0046】
評価部34は、対象マススペクトルについて、複合状態か否か判定するものである。すなわち、対象マススペクトルが複数の化合物に由来する複数のマススペクトルの複合体に相当するものである場合、評価部34により、複合状態(共溶出状態とも言い得る)が判定される。実施形態において、評価部34は、リバース類似度からフォワード類似度を減算し、これにより類似度差を求める機能を備える。評価部34は、化合物候補リストの中から閾値s1以上のリバース類似度を有する化合物候補群を特定し、当該化合物候補群のすべてが閾値s2以上の類似度差を有する場合に、複合状態を判定する。複合状態が判定された場合、それを示すデータが条件変更部51及び表示処理部52に送られる。なお、実施形態においては、類似度差を示すデータも表示処理部52へ送られている。
【0047】
条件変更部51は、ピーク探索の条件をなす時間幅を変更する機能を有する。例えば、TICC全体として見て、複合状態判定回数が一定値(例えば10回)又は一定割合(例えば10%)以上である場合、時間幅が1段階小さくされる。例えば、時間幅が半分にされる。保持時間軸の全部に対して一律の時間幅を適用するのではなく、複合状態が判定された部分に対してのみ時間幅が変更されてもよい。
【0048】
ピーク探索部40は、時間幅が変更されると、新しい時間幅に従って、TICCに対してピーク探索を行う。これにより複数の対象マススペクトルが新たに生成され、個々の対象マススペクトルが上記プロセスにより評価される。終了条件が満たされるまで、この処理が繰り返される。例えば、複合状態判定回数が一定値又は一定割合よりも小さくなった場合に、ピークの再探索が終了する。
【0049】
表示処理部52は、表示器に表示される画像を生成するものである。その画像には、TICC、化合物候補リスト、対象マススペクトル、等が含まれる。識別処理部54は、TICCの表示に際して、保持時間軸上に、複合状態判定のタイミング又は区間を示す表示要素を表示するものである。これにより、複合状態を考慮しながらTICCを観察することが可能となる。表示される化合物候補リストには、総合類似度、リバース類似度に加えて類似度差も含まれる。
【0050】
図3には、検索部46及び評価部34の構成例が示されている。検索部46は、F類似度(フォワード類似度)演算器56、R類似度(リバース類似度)演算器58、及び、類似度(総合類似度)演算器60を有する。評価部34は、差演算器62、及び、複合状態判定器64を有する。
【0051】
F類似度演算器56は、対象マススペクトル44と各標準マススペクトル55との間で、フォワード類似度を演算する。具体的には、F類似度演算器56は、対象マススペクトルを代表する第1代表値列と、第1代表値列との対応関係に従って標準マススペクトルから選ばれた第1対応値列との間で、フォワード類似度として、重み付けコサイン類似度を演算する。第1代表値列は、対象マススペクトルを構成する全数値の内で閾値p1以上の複数の数値により構成される。対象マススペクトルにおいてバックグラウンドノイズが既に除去されている場合、閾値p1として0を超える最小値が設定されてもよい。個々の数値は強度を示す数値である。フォワード類似度は、対象マススペクトルが複数の化合物に由来する複合マススペクトルである可能性が高いほど小さくなる性質を有する。
【0052】
R類似度演算器58は、対象マススペクトル44と各標準マススペクトル55との間で、リバース類似度を演算する。具体的には、R類似度演算器58は、標準マススペクトルを代表する第2代表値列と、第2代表値列との対応関係に従って対象マススペクトルから選ばれた第2対応値列との間で、リバース類似度として、重み付けコサイン類似度を演算する。第2代表値列は、標準マススペクトルを構成する全数値の内で閾値p2以上の複数の数値により構成される。通常、第2閾値として0を超える最小値が設定される。リバース類似度は、対象マススペクトルに標準マススペクトルが含まれている可能性が高いほど大きくなる性質を有する。
【0053】
なお、第1代表値列を構成する複数の代表値が有する複数のm/zと、第1対応値列を構成する複数の対応値が有する複数のm/zは、同一である。つまり、第1代表値列と第1対応値列との間には、対応関係がある。
【0054】
以下の(1)式は、重み付けコサイン類似度Sを求める計算式である。
【数1】
【0055】
フォワード類似度を計算する場合、上記(1)式中のAiが、対象マススペクトルを構成するi番目の代表値であり、上記(1)式中のBiが、標準マススペクトルを構成するi番目の対応値である。リバース類似度を計算する場合、上記(1)式中のBiが、標準マススペクトルを構成するi番目の代表値であり、上記(1)式中のAiが、対象マススペクトルを構成するi番目の対応値である。miは、質量(正確には、質量電荷比(mi/z、ここではz=1を仮定))を示しており、それが重みとして利用されている。
【0056】
類似度演算器60は、フォワード類似度及びリバース類似度の重み付け加算により、類似度(総合類似度)を演算するものである。その際には、例えば、以下の(2)式が用いられる。以下において、Sは総合類似度を示している。
【数2】
【0057】
上記(2)式において、分子中の第1項(左側)がフォワード類似度を示し、分子中の第2項(右側)がリバース類似度を示している。上記(2)式では、単純平均が演算されているが、それは単なる例示であり、例えば、フォワード類似度に重み0.3が与えられ、リバース類似度に重み0.7が与えられてもよい。なお、複合状態の判定に際し、化合物候補リストは、閾値s1以上のリバース類似度を有する複数の化合物候補で構成され、それらはリバース類似度順で並べられる。
【0058】
図3には、第1実施例に係る評価部34の構成が示されている。差演算器62は、リバース類似度からフォワード類似度を減算し、これにより類似度差を求めるものである。ある程度大きなリバース類似度が得られている場合において、つまり、対象マススペクトルに標準マススペクトルが含まれている可能性が高い場合において、対象マススペクトルに別のマススペクトルが含まれていると、フォワード類似度が小さくなって、類似度差が大きくなる。逆に言えば、対象マススペクトルに標準マススペクトルが含まれている可能性が高い場合において、対象マススペクトルに別のマススペクトルが含まれていなければ、フォワード類似度が大きくなって、類似度差が小さくなる。
【0059】
複合状態判定器64は、閾値s1以上のリバース類似度を有する化合物候補群のすべてが、閾値s2以上の類似度差を有していれば、複合状態を判定する。逆に言えば、複合状態判定器64は、閾値s1以上のリバース類似度を有する化合物候補群の中に、閾値s2より小さい類似度差を有する化合物候補が含まれていれば、複合状態を判定せず、非複合状態を判定する。その化合物が対象マススペクトルを生じさせた単一の化合物である、とみなせるからである。
【0060】
複合状態の判定により、それを示す信号66が条件変更部へ送られ、また、同様の信号68が表示処理部52へ送られる。終了条件が満たされた場合、その時点で得られている検索結果が最終的な検索結果として採用される。なお、リバース類似度及びフォワード類似度の最高値は例えば1000である。閾値s1は例えば800であり、閾値s2は例えば100である。
【0061】
図4には、フォワード類似度を求めるフォワードサーチが示されている。符号70は対象マススペクトルAを示しており、符号72は標準マススペクトルBを示している。2つのマススペクトルに対するアライメント(m/z軸方向の相互整合を含む)は完了している。各セル73には強度を示す数値が含まれる。例えば、閾値p1を超える数値70a,70bが第1代表値列の一部を構成する。第1代表値列と対応関係を有する第1対応値列には、数値70a,70bに対応する数値72a,72bが含まれる。第1代表値列を生じさせた複数のm/zと、第1対応値列を生じさせた複数のm/zは、同一である。矢印74はフォワードサーチの方向を示している。
【0062】
図5には、リバース類似度を求めるリバースサーチが示されている。符号70は対象マススペクトルAを示しており、符号72は標準マススペクトルBを示している。2つのマススペクトルに対するアライメントは完了している。例えば、閾値p2を超える数値72a,72b,72cが第1代表値列の一部を構成する。第1代表値列と対応関係を有する第2対応値列には、数値72a,72b,72cに対応する数値70a,70b,70cが含まれる。第1代表値列を生じさせた複数のm/zと、第1対応値列を生じさせた複数のm/zは、同一である。矢印76はリバースサーチの方向を示している。
【0063】
図6には、第1実施例に係る判定方法が示されている。最初に、化合物候補リスト中において、閾値s1以上のリバース類似度を有する化合物候補群が特定される(符号78を参照)。次に、化合物候補群のすべてが閾値s2以上の類似度差を有するか否かが調査される(符号80を参照)。化合物候補群のすべてが閾値s2以上の類似度差を有する場合、逆に言えば、化合物候補群の中に閾値s2よりも小さい類似度差を有するものがなければ、複合状態が判定される(符号82を参照)。化合物候補群の中に、閾値s2よりも小さい類似度差を有する化合物候補が含まれる場合(符号83を参照)、非複合状態が判定され(符号84を参照)、その時点での化合物候補リストが最終的な化合物候補リストとしてユーザーに提供される。その際、閾値s1以上のリバース類似度を有し且つ閾値s2よりも小さい類似度差を有する化合物候補に対してマークを付与し、あるいは、それを強調表示してもよい。なお、化合物候補リスト中に、閾値s1以上のリバース類似度を有する化合物候補が1つも存在しない場合、類似度差の調査は行われず、その化合物候補リストがユーザーに提供される。
【0064】
図7には、第1実施例に係る判定条件が示されている。横軸はリバース類似度の大小を示す軸であり、縦軸はフォワード類似度の大小を示す軸である。2つの軸によって座標空間が定義される。その座標空間において、フォワード類似度及びリバース類似度の組み合わせが1つの座標点で表される。ライン88は閾値s1を示している。ライン90は類似度差についての条件を示しており、その切片が閾値s2に相当している。ライン88とライン90の交点の高さはs1-s2である。
【0065】
第1実施例においては、ライン88,90で定義される領域R1~R4の中で、領域R1内に化合物候補群の座標点の全部が属する場合に、複合状態が判定される。化合物候補群の座標点の内の1つでも領域R2に属する場合、非複合状態が判定される。このように、フォワード類似度及びリバース類似度のそれぞれの性質を利用して、対象マススペクトルの性状、換言すれば、抽出された成分の性状、を評価することが可能である。
【0066】
図8図12を用いて、フォワード類似度、リバース類似度、及び、類似度差の例を説明する。
【0067】
図8には、化合物Aのマススペクトル94が示されている。図9には、化合物Aとは異なる化合物Bのマススペクトル96が示されている。図10には、2つのマススペクトルの加算により生成された複合マススペクトル98が示されている。
【0068】
図11には、複合マススペクトル98(上段)と化合物Aのマススペクトル94(下段)の間での類似度計算結果が示されている。フォワード類似度に比べリバース類似度が大きくなっている。また、大きな類似度差が生じている。
【0069】
図12には、複合マススペクトル98(上段)と化合物Bのマススペクトル96(下段)の間での類似度計算結果が示されている。フォワード類似度に比べリバース類似度が大きくなっている。この場合にも、大きな類似度差が生じている。
【0070】
以上のように、単一化合物マススペクトルとそれを部分的に含む複合マススペクトルとの間では、大きなリバース類似度が得られるものの、フォワード類似度はあまり大きくならず、その結果、大きな類似度差が生じる。逆に言えば、同じ化合物のみに由来するマススペクトル同士を比較した場合、類似度差が非常に小さくなる。
【0071】
図13には、実施形態に係る化合物候補リスト100が示されている。各行102には、化合物候補の識別子104、フォワード類似度106、リバース類似度108、及び、類似度差110が含まれる。実施例1においては、例えば、閾値s1(例えば800)以上のリバース類似度を有する化合物候補群が特定され(符号112を参照)、それらのすべてが閾値s2(例えば100)以上の類似度差を有しているか否かが判断される。図示の例では、符号114で示す類似度差は閾値s2よりも小さいが、化合物候補群の全部について閾値s2以上の類似度差が生じているので、この場合には複合状態が判定される。
【0072】
なお、フォワード類似度及びリバース類似度がともに低い場合にも類似度差は小さくなり得る。そこで、リバース類似度を評価材料に加えている。
【0073】
図14には、実施形態に係る別の化合物候補リスト116が示されている。図14において、図13に示した要素には同一符号を付しその説明を省略する。符号116は、閾値s1(例えば800)以上のリバース類似度を有する化合物候補群を示している。それらの中には、閾値s2(例えば100)よりも小さい類似度差118を有する化合物候補が含まれている。つまり、化合物候補群のすべてが閾値s2以上の類似度差を有するという条件が満たされていない。そこで、非複合状態が判定される。類似度差118を有する化合物候補が対象マススペクトルを生じさせた化合物である可能性が高い。
【0074】
図15には、条件変更部の作用が模式的に示されている。TICC120に対して、最初に時間幅の初期値が設定される(符号122aを参照)。その時間幅に従うピーク検出に基づき生成された複数の対象マススペクトルについての複合状態の判定回数が一定数以上である場合、条件変更部は、時間幅を変更する(符号122bを参照)。変更後の時間幅に従うピーク検出に基づいて生成された複数の対象マススペクトルについての複合状態の判定回数が再び一定数以上である場合、条件変更部は、時間幅を再び変更する(符号122cを参照)。このプロセスの繰り返しにより、TICC120に対する最適な時間幅が自動的に決定される。同様の手法を用いて、他のパラメータ、例えば、ピークの高さと比較される閾値等、が変更されてもよい。
【0075】
図16には、表示器に表示されたクロマトグラム(TICC)124が示されている。マーカー列128は、複数のマーカー128aにより構成される。各マーカー128aは、保持時間軸上において、複合状態の判定がなされたタイミングを示している。枠列126は、複数の枠126aにより構成される。各枠126aは、保持時間軸上において、複合状態の判定がなされたピークを囲んでいる。マーカー列128及び枠列126の参照により、クロマトグラムの中の各ピークが信頼性あるピーク(単一化合物に由来するピーク)か否かを評価することが可能となる。最初に生成されたTICCが表示されてもよいし、終了条件を満たした時点でのTICCが表示されてもよいし、時間幅の更新ごとにTICCが表示されてもよい。
【0076】
図17には、第2実施例に係る判定方法が示されている。まず、化合物候補リストから、閾値s1以上のリバース類似度を有する化合物候補群が特定される(符号130を参照)。続いて、化合物候補群のすべてにつき、閾値s3より小さい類似度比を有するか否かが判定される(符号132を参照)。類似度比は、フォワード類似度/リバース類似度で定義される。類似度比は、類似度差のような性質を有する。但し、類似度比と類似度差は大小が逆転した関係を有する。閾値s3は例えば0.8である。化合物候補群のすべてが閾値s3よりも小さい類似度比を有する場合、複合状態が判定される(符号134を参照)。化合物候補群の中に、閾値s3以上の類似度比を有する化合物候補が含まれる場合(符号136を参照)、非複合状態が判定される(符号138を参照)。
【0077】
図18には、第3実施例に係る判定方法が示されている。化合物候補リストにおいて、上位の化合物候補群が、いずれも、s4以上のリバース類似度を有し(符号140を参照)且つs5以下のフォワード類似度を有する(符号142を参照)場合、複合状態が判定される(符号144を参照)。第1実施例及び第2実施例と同様に、リバース類似度を基準として化合物候補群が特定されてもよい。化合物候補リストにおいて上位から所定個の化合物候補が化合物候補群とされてもよい。他の基準に従って化合物候補群が特定されてもよい。
【0078】
図19には、第3実施例に係る判定条件が示されている。横軸はリバース類似度を示し、縦軸はフォワード類似度を示している。2つの軸により座標空間が定義されている。閾値s4に相当する垂直ラインと閾値s5に相当する水平ラインとにより、領域R1~R4が画定される。第3実施例は、化合物候補群に相当する座標の全部が領域R1に属する場合に、複合状態を判定するものである。類似度差の演算を行わなくてもよいので、その分だけ演算量を作成できる。なお、座標空間に任意の形態をもった判定領域を設定し、その判定領域に座標点が属するか否かを判断してもよい。
【0079】
続いて、幾つかの変形例について説明する。複合状態の判定に際して、類似度に関わる情報以外の情報が補助的に考慮されてもよい。具体的には以下のとおりである。
【0080】
第1変形例として、次に説明する2つの比R1,R2の利用が挙げられる。比R1は、標準マススペクトルにおいて0を超える数値が生じている複数のm/zの内で、対象スペクトルにおいて0を超える数値が生じている複数のm/zが占める割合である。比R2は、対象マススペクトルにおいて0を超える数値が生じている複数のm/zの内で、標準スペクトルにおいて0を超える数値が生じている複数のm/zが占める割合である。例えば、比R1が例えば0.9以上で且つ比R2が例えば0.7以下であることを、複合状態の判定条件に加えてもよい。
【0081】
第2変形例として、2つのイオン化法の下で得られる2つのマススペクトルの利用が挙げられる。図20には、電子イオン化法(EI法)の下で得られたマススペクトル150が示され、また、ソフトイオン化法(SI法)の下で得られたマススペクトル152が示されている。SI法としては、例えば、フィールドイオン化法(FI法)や化学イオン化法(CI法)が挙げられる。マススペクトル150においては、符号154で示す実線部分が第1化合物に由来するフラグメントイオンピーク部分であり、符号156で示す破線部分が第2化合物に由来するフラグメントイオンピーク部分である。一方、マススペクトル152においては、符号158で示す実線部分が第1化合物に由来する部分であり、そこには分子イオンピーク162が含まれる。符号160で示す破線部分が第2化合物に由来する部分であり、そこには分子イオンピーク164が含まれる。例えば、マススペクトル152において、一定のm/z以上で生じているピークの中から分子イオンピーク162,164の個数を特定してもよい。すなわち、その個数が2以上であることを複合判定条件に加えてもよい。分子イオンピーク162,164の特定に際しては、それらの同位体ピークが除外される。
【0082】
第3変形例として、相関の利用が挙げられる。図21において、横軸(x軸)168は対象マススペクトルについての強度軸に相当しており、縦軸(y軸)170は標準マススペクトルの強度軸に相当している。2つのマススペクトルから、m/zごとに数値(強度)ペアを順次取り出し、2つの軸によって定義される空間にペアごとの座標を順次マッピングすることにより、図21に示す散布図166が構成される。x=yで定義される線172に対して一定の幅174が設けられる。例えば、幅はy=x±0.2で定義される。図示の例では、座標176は、幅174内に納まっているが、別の座標178は、幅174から逸脱している。幅174から逸脱している座標の個数が所定値以上であることを複合状態の判定条件に加えてもよい。
【0083】
第4変形例が図22に示されている。上記実施形態において、複合状態が判定された場合に、第4変形例が実施されてもよい。S10では、TICC中のピークごとに、化合物候補群の中で最良の類似度を有する化合物候補が特定され、その標準マススペクトルが最良標準マススペクトルとして特定される。その際、リバース類似度を基準として最良化合物候補が特定される。
【0084】
S12では、TICC中のピークごとに、対象マススペクトルに対して標準マススペクトル(初回においては最良標準マススペクトル)をフィッティングさせる条件が計算される。具体的には、以下の(3)式において、数値Aiによって構成される対象マススペクトルAと、数値Biによって構成される標準マススペクトルBとの間で、残差dが最も小さくなるように、係数αが特定される。miは質量(正確には、質量電荷比(mi/z、ここではz=1を仮定))を示している。
【数3】
【0085】
S14では、TICC中のピークごとに、対象マススペクトルから、係数αが乗算された標準マススペクトルが減算され、これにより残差マススペクトルが求められる。その際、負の値については0に置換される。
【0086】
S16では、TICC中のピークごとに、残差マススペクトルが評価される。具体的には、ライブラリを用いて、上記の実施形態に係るマススペクトル評価が実施される。つまり、ピークごとに、マススペクトルについて複合状態か否かが判定される。
【0087】
S18において終了条件が満たされたか否かが判断される。例えば、TICC全体として見て、複合状態が判定されたピーク数が所定値以下になった場合、終了条件の充足が判定される。
【0088】
終了条件が満たされない場合、複合状態が判定されたピークに対して、S12以降の処理が更に適用される。これにより、残差マススペクトルから、それぞれ異なる標準マススペクトルが段階的に減算される。すべてのピークについて終了条件が満たされた場合、S20において、ピークごとに化合物候補リストが出力される。
【0089】
上記実施形態によれば、ライブラリサーチの対象となった対象マススペクトルが複合マススペクトルであることを判定できる。また、ライブラリサーチの対象となった対象マススペクトルの性状の評価で参照し得る情報を生成できる。更に、クロマトグラムに含まれるピークが複数の化合物に由来するピークであることをユーザーに認識させることができる。
【符号の説明】
【0090】
10 質量分析システム、12 測定装置、14 情報処理装置、16 ガスクロマトグラフ、20 イオン源、22 飛行時間型質量分析器、24 検出器、28 マススペクトル処理部、34 評価部、46 検索部、48 記憶部(ライブラリ)、51 条件変更部、54 識別処理部、56 F類似度演算器、58 R類似度演算器、60 類似度演算器、62 差演算器、64 複合状態判定器。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22