(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-28
(45)【発行日】2022-11-08
(54)【発明の名称】マルテンサイト系ステンレス鋼板およびマルテンサイト系ステンレス鋼部材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221031BHJP
C22C 38/46 20060101ALI20221031BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20221031BHJP
C21D 9/18 20060101ALI20221031BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20221031BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20221031BHJP
【FI】
C22C38/00 302E
C22C38/46
C22C38/50
C21D9/18
C21D8/02 D
C21D9/46 Z
(21)【出願番号】P 2021543703
(86)(22)【出願日】2020-08-24
(86)【国際出願番号】 JP2020031886
(87)【国際公開番号】W WO2021044889
(87)【国際公開日】2021-03-11
【審査請求日】2021-12-20
(31)【優先権主張番号】P 2019160432
(32)【優先日】2019-09-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】井上 宜治
(72)【発明者】
【氏名】山田 義仁
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-163452(JP,A)
【文献】特開2017-172038(JP,A)
【文献】特開平10-245656(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/02
C21D 9/00
C21D 9/18
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.100~0.170%、
Si:0.25~0.60%、
Mn:0.10~0.60%、
P:0.035%以下、
S:0.015%以下、
Cr:11.0~15.0%、
Ni:0.05~0.60%、
Cu:0.010~0.50%、
V:0.010~0.10%、
Al:0.05%以下
N:0.060~0.090%
C+1/2N:0.130~0.190%
であり、残部がFeおよび不純物からなる鋼組成を有し、
下記式(1)で示されるγpが120以上であるマルテンサイト系ステンレス鋼板において、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼板を1050℃で30分保持後空冷焼き入れし、150℃、30分の焼き戻しを行ったとき、板厚中央部に存在するδフェライト(δFe)の板厚断面における面積率が0.1~1%となることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼板。
γp=420C+470N+30Ni+7Mn+9Cu-11.5Cr-11.5Si-12Mo-23V-47Nb-52Al+189 ・・・ 式(1)
式(1)中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【請求項2】
さらに、前記Feの一部に替えて、質量%で、
Mo:0.01~1.0%、
Ti:0.005~0.050%、
Nb:0.005~0.050%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
さらに、前記Feの一部に替えて、質量%で、
Sn:0.01~0.10%、
Bi:0.01~0.20%
の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
請求項1~請求項3の何れか1項に記載の鋼組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼部材において、
下記式(1)で示されるγpが120以上であり、
さらに、板厚中央部に存在するδフェライト(δFe)の板厚断面における面積率が0.1~1%であることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼部材。
γp=420C+470N+30Ni+7Mn+9Cu-11.5Cr-11.5Si-12Mo-23V-47Nb-52Al+189 ・・・ 式(1)
式(1)中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は焼き入れ後の耐食性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼板およびマルテンサイト系ステンレス鋼部材に関する。より詳しくは、本発明は洋食器ナイフ、織機、工具、ディスクブレーキ等の製造に用いられる空冷焼き入れを行っても優れた耐食性を有するマルテンサイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
洋食器ナイフ(テーブルナイフ)やはさみ、織機、ノギス等の工具には、SUS420J1、SUS420J2鋼等のマルテンサイト系ステンレス鋼板が一般に用いられている。このような用途においては、めっきや塗装、防錆油の使用が困難であり、素材そのものに耐銹性が求められる。また、摩耗しくにいことも重要で高い硬度が必要とされているからである。
【0003】
洋食器ナイフ等の製造工程は、通常、鋼板から型抜きし、加熱、焼き入れ後、研磨工程を経てナイフとなる。焼き入れ工程は空冷程度で行われることが多く、これも焼き入れ性の優れたマルテンサイト系ステンレス鋼板の特性に依存している。
【0004】
特許文献1には、空冷で焼き入れ時に耐食性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼が開示されている。ここで、耐食性を向上させる元素としてNを0.06%程度まで添加している。
特許文献2には、さらにNを添加した鋼が開示されている。また、特許文献3には、特殊な設備を用いてさらにNを高めた鋼が開示されている。
【0005】
近年、欧州を中心に洋食器の耐食性に対する要求が高度化してきている。その結果、耐銹性評価試験において、テーブルナイフの刃の背または刃先、持ち手部の中央部に発銹が見られる場合が散見されており、その改善が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2008-163452号公報
【文献】特開2005-163176号公報
【文献】特開2005-248263号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】日本金属学会誌、1962年、第26巻、第7号、472-478頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、欧州を中心に洋食器の耐食性に対する要求の高度化に伴い、厳格な耐食性試験でのテーブルナイフの刃の背または刃先、持ち手部の中央部に発銹に対する改善要求が高まっている。本発明では、テーブルナイフなどの洋食器用等のマルテンサイト系ステンレス鋼の用途に対して使用に耐えうる十分な硬さを保持しつつ、耐食性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼板およびマルテンサイト系ステンレス鋼部材を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために、まず、テーブルナイフの発銹状況を詳細に調査した。その結果、発銹部位は鋼板端面、詳しくは、鋼板厚み中央部が起点となっていることが明らかになった。さらに、マクロ偏析に起因するδフェライト相(δFe相)の生成が確認され、このδFeの粒界が炭化物の集積サイトとなり、その炭化物が焼き入れ時の加熱で溶解し、その後の冷却時に粒界析出し、その結果、鋭敏化が起こり、粒界腐食を引き起こすことが発銹のメカニズムであることが判明した。
また、その発銹は焼き入れ時の冷却速度にも依存することを見出した。冷却速度は、焼き入れ設備に大きく依存し変わるものの、焼き入れ温度から炭化物析出が概ね完了する温度である600℃までの平均冷却速度で評価すると、水焼き入れでは100℃/sを超える冷却速度が得られるので、炭化物析出が抑制され発銹は起こりにくいが、テーブルナイフの製造工程で多く用いられる空冷では、その冷却速度が5℃/s程度に過ぎず、炭化物析出が抑制できず発銹が起こりやすいことが分かった。
【0010】
本発明者らは、これらの知見に基づき、その改善方法を検討した結果、鋼板成分にNを添加することにより、成形・熱処理後の洋食器ナイフにおいて、この発銹が抑制できることを見出した。
【0011】
その後、さらに詳細な検討を行い、発明を完成させるに至った。
すなわち、
(1)質量%で、
C:0.100~0.170%、
Si:0.25~0.60%、
Mn:0.10~0.60%、
P:0.035%以下、
S:0.015%以下、
Cr:11.0~15.0%、
Ni:0.05~0.60%、
Cu:0.010~0.50%、
V:0.010~0.10%、
Al:0.05%以下
N:0.060~0.090%
C+1/2N:0.130~0.190%
であり、残部がFeおよび不純物からなる鋼組成を有し、
下記式(1)で示されるγpが120以上であるマルテンサイト系ステンレス鋼板において、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼板を1050℃で30分保持後空冷焼き入れし、150℃、30分の焼き戻しを行ったとき、板厚中央部に存在するδフェライト(δFe)の板厚断面における面積率が0.1~1%となることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼板。
γp=420C+470N+30Ni+7Mn+9Cu-11.5Cr-11.5Si-12Mo-23V-47Nb-52Al+189 ・・・ 式(1)
式(1)中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
(2)さらに、前記Feの一部に替えて、質量%で、
Mo:0.01~1.0%、
Ti:0.005~0.050%、
Nb:0.005~0.050%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼板。
(3)さらに、前記Feの一部に替えて、質量%で、
Sn:0.01~0.10%、
Bi:0.01~0.20%
の1種または2種を含有することを特徴とする本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼板。
【0012】
(4)本発明の鋼組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼部材において、
下記式(1)で示されるγpが120以上であり、
さらに、板厚中央部に存在するδフェライト(δFe)の板厚断面における面積率が0.1~1%であることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼部材。
γp=420C+470N+30Ni+7Mn+9Cu-11.5Cr-11.5Si-12Mo-23V-47Nb-52Al+189 ・・・ 式(1)
式(1)中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【0013】
本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼板はテーブルナイフなどの洋食器用等のマルテンサイト系ステンレス鋼の用途に対して使用に耐えうる十分な硬さを保持しつつ、耐食性、特に端面耐食性に優れる。よって洋食器ナイフ等のマルテンサイト系ステンレス鋼部材として使用された場合、耐食性が向上し製品寿命が長くなる効果も期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】改良村上試薬を用いてエッチングした本発明鋼板の断面組織の代表例
【発明を実施するための形態】
【0015】
さらに、詳細に説明する。
<鋼板および鋼部材の化学成分>(%は質量%を意味する。)
C:0.100~0.170%
CはNとともに焼き入れ硬さを決める元素であり、洋食器ナイフに必要な硬さを得るためには0.100%以上必要である。好ましくは0.110%以上であり、0.120%以上である。一方、過度に添加すると焼き入れ硬さが必要以上に大きくなり、研磨時の負荷が増えるほか、靱性も低下させる。また、本発明をもってしても空冷焼き入れ時にCr炭化物が析出し耐食性を損なうことも起こりやすくなるため、0.170%以下とする。好ましくは0.155%以下である。
【0016】
Si:0.25~0.60%
Siは製鋼での脱酸のために必要であるほか、焼き入れ熱処理後の酸化スケールの生成を抑制するにも有効であるため、0.25%以上含有させる。0.25%未満であると酸化スケールが過度に生成し、最終の研磨負荷を増大させる。しかし、過剰の添加はオーステナイト生成を抑制し、焼き入れ性を損ねるために、0.60%以下とする。
【0017】
Mn:0.10~0.60%
Mnはオーステナイト安定元素であり、焼き入れ時の硬さとマルテンサイト量確保のために必要である。そのため、0.10%以上含有させる。しかし、焼き入れ時の酸化スケール生成を促進させ、その後の研磨負荷を増大させるため、0.60%以下とする。また、過剰に添加するとMnSが多く生成し耐食性も低下させる。
【0018】
P:0.035%以下
Pは原料である溶銑やフェロクロム等の合金中に不純物として含まれる元素である。熱延焼鈍後や焼き入れ後の鋼板の靱性に対して有害な元素であるため、その含有量は0.035%以下とする。過剰に添加すると熱間加工性や耐食性を低下させる。
【0019】
S:0.015%以下
Sはオーステナイト相に対する固溶度が小さく、粒界に偏析して熱間加工性の低下を促進する。そのため、その含有量を0.015%以下とする。また、過剰に添加するとMnSが多く生成し耐食性も低下させる。
【0020】
Cr:11.0~15.0%
Crは洋食器ナイフとして耐食性を保持するために、少なくとも11.0%以上必要である。一方、オーステナイト安定温度を狭める効果もあるため、15.0%以下とする。好ましくは、12.0%以上である。また上限は14.0%以下が好ましい。範囲としては12.0~14.0%とするのが良い。
【0021】
Ni:0.05~0.60%
Niは、Mnと同様にオーステナイト安定元素であり、焼き入れ時の硬さとマルテンサイト量確保のために必要である。また、耐食性を向上させる効果もある。そのため、0.05%以上含有させる。しかし、Niは他の元素と比較して高価であるため、0.60%以下とする。
【0022】
Cu:0.010~0.50%
Cuは、Mn、Niと同様にオーステナイト安定元素であり、また、耐食性を向上させる元素である。製鋼時のスクラップからの混入が避けられない元素でもあるが、耐食性向上のために、0.010%以上含有させる。一方、過度の含有は熱間加工性等を低下させるので、0.50%以下とする。Niよりは安価であるが比較的高価であるため、その添加はできるだけ低くしたい元素である。
【0023】
V:0.010~0.10%
Vは合金元素であるフェロクロム等から不可避的に混入する場合が多い元素である。その削減は困難であり、0.010%以上を含有させる。しかし、過度の含有はオーステナイト形成温度域を狭めるので、0.10%以下とした。また、過剰に添加するとVNを形成し、Nを固定化するため、硬さ低下や耐食性低下を引き起こすため好ましくない。
【0024】
Al:0.05%以下
Alは脱酸のために有効な元素であるが、過度の含有は熱延時に可溶性介在物であるCaSを生成させ、耐食性を低下させるので、その含有は0.05%以下とする。Alは含有しなくても良い。
【0025】
N:0.060~0.090%
NはCとともに焼き入れ硬さを決める元素であるとともに、耐食性を向上させる本発明では重要な元素である。そのため、本発明では、0.060%以上含有させる。0.065%以上が好ましい。しかし、Nを過剰に含有させると、スラブ中に気泡欠陥ができやすくなるとともにVOD等による二次精錬では製造コストを増加させるため、その含有量は、0.090%以下とする。好ましくは、0.085%以下である。
【0026】
C+1/2N:0.130~0.190%
鋼中のマルテンサイト相の硬さを決める元素はCとNであり、その合計が硬さに寄与する。本発明者の検討によれば、硬さに対するNの寄与はCの半分であり、洋食器ナイフとして必要な硬さを得るにはC+1/2Nが0.130%以上であることが必要である。好ましくは0.150%以上である。一方、C+1/2Nが過剰になると、焼き入れ硬さが上がりすぎて、製品や製造工程における中間材(鋳片等)の靱性を損ねるために、0.190%以下とする。好ましくは0.180%以下であり、0.175%以下としても良い。
【0027】
さらに、焼き入れた時に硬さが安定して発現するように、前記(1)式で記載されたγpが120以上となるように相互調整を行う必要がある。γpが120未満であると焼き入れ条件によっては硬さのばらつきが大きくなる。また、鋼中のδFeも多くなる。本発明においては、γpを130以上に調整しても良いし、140以上であっても良い。本発明においては170以下で良く、150以下であっても良い。
【0028】
本発明の鋼板および鋼部材は、残部がFeおよび不純物からなる鋼組成を有する。加えて、本発明では、上記に説明してきた元素に加えて、耐銹性、耐食性を向上させるために、前記Feの一部に替えて、Mo、Nb、TiおよびSn、Biの元素を添加できる。
【0029】
Mo:0.01~1.0%
Moは耐食性を向上させる元素であり、0.01%以上の添加でその効果を発現する。しかし、Moは高価な元素でもあり、過度に添加しても効果が明確でなく、1.0%を上限とする。
【0030】
Ti:0.005~0.050%
Tiは、炭窒化物を形成することでステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素である。その効果は0.005%以上で発現する。しかし、過度に添加すると、マルテンサイト相を不安定にし、硬さが低下するため、0.050%を上限とする。
【0031】
Nb:0.005~0.050%
Nbは、炭窒化物を形成することでステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素である。その効果は0.005%以上で発現する。しかし、過度に添加すると、マルテンサイト相を不安定にし、硬さが低下するため、0.050%を上限とする。
【0032】
Sn:0.01%~0.10%
Snは焼入れ後の耐食性向上に有効な元素であり、0.01%以上が好ましく、必要に応じて0.05%以上添加することが好ましい。但し、過度な添加は熱延時の耳割れを促進するため0.10%以下にすることが好ましい。
【0033】
Bi:0.01%~0.20%
Biは、耐食性を向上させる元素である。その機構については明確になっていないが、発銹起点となり易いMnSをBi添加により微細化する効果あるため、発銹起点となる確率を低下させると考えている。0.01%以上の添加で効果を発揮する。0.20%超添加しても効果は飽和するだけなので、上限を0.20%とする。
【0034】
<鋼板および鋼部材のδフェライト相比率>
本発明者らは鋼板の板厚中央部に存在するδフェライト(δFe)が鋼板の端面耐食性に大きく影響することを見出した。鋼板を冷却速度の遅い空冷程度で焼き入れた場合、δFeと母相(γ相)との粒界が冷却中のCr炭化物の析出サイトとなり、析出したCr炭化物近傍の鋭敏化を引き起こし、端面耐食性を低下させると考えている。また、Nが端面耐食性を向上させる理由として、Cr炭化物の析出を抑制する効果もあると推定している。
したがって、本発明ではN含有とともに、鋼中のδFeの抑制が有効である。
【0035】
焼き入れ前の鋼板に存在するδFeを測定できれば良いが、周辺もすべてフェライト相であり、測定は困難である。その代わりに焼き入れ・焼き戻し後の鋼板に存在するδFeは周辺がマルテンサイト相であるため、比較的測定しやすいため、本発明の鋼板について、焼き入れ・焼き戻し処理を行った上でδFe量を評価する。評価のための焼き入れ条件は1050℃に加熱して30分保持した後、空冷する条件とし、焼き戻し条件は150℃、30分とする。焼き入れ温度が低すぎ、時間が短すぎるとフェライト相が残りδFe相と区別できないため好ましくなく、焼き入れ温度が高すぎ、時間が長すぎるとδFe相が変化して初期状態と異なるため好ましくない。焼き入れ方法は空冷とする。鋼板について、上記評価条件で焼き入れ・焼き戻しを行った上で、板厚断面での存在面積率で評価してδFeが1%以下であれば良好な端面耐食性が得られる。0.1%未満であると、本発明によらずとも優れた耐食性を示すが、δFeを減少させるために長時間の熱処理が必要であり、コストも増大するため好ましくない。また、1%を超えると本発明をもってしても耐食性の改善が十分でないととともに、硬さも不十分となるため、好ましくない。さらに好ましい上限は0.5%である。範囲として0.1%~0.5%であると好ましい。
【0036】
<鋼板の製造方法>
本発明の鋼板の製造方法は、常法が使用される。溶解・鋳造により、成分が調整されたスラブを得、それを熱間圧延したのち、箱焼鈍を行い、ショット、酸洗して製品とする。
【0037】
ただし、δFeを制御するために、スラブの予備加熱を行う。その時の加熱条件としては、1100~1150℃の加熱を、均熱時間1時間以上50時間以下とすることが良い。加熱温度が1150℃超であると、二相(γ+δ)が安定となり、δFe量が急増し好ましくない。また、急増したδFeはこの後工程でも多量に残存するため硬さも低下させる要因となる。一方、1100℃未満であると、長時間加熱してもδFeが減少せず、好ましくない。δFe量は1150℃超の場合よりも少ないため、後工程次第で硬さを維持できる場合もある。また、1時間未満ではδFeが多くなりすぎて好ましくなく、50時間超では高コストなり好ましくない。
【0038】
この予備加熱は熱間圧延前のスラブ加熱として行い、そのまま熱間圧延しても良い。
【0039】
<鋼部材の製造方法>
本発明では、得られた鋼板を打ち抜き、焼き入れ、焼き戻しを行い、研磨して部材を作成する。打ち抜き後、鍛造を行い、形を整えることを行う。なお、焼き入れ、焼き戻しの条件として以下が好ましい。焼き入れ温度は1000~1150℃が好ましい。1000℃未満であると、高温時にオーステナイト相が少なく、焼き入れ後の硬さが低くなるため好ましくなく、1150℃超であると、δ相や安定オーステナイト相が増加し、この場合も硬さが低下するため好ましくない。また、焼き入れ時の保持時間は、1分~1時間が好ましい。1分未満であると、高温時にオーステナイト相が少なく、焼き入れ後の硬さが低くなるため好ましくなく、1時間超であると、安定オーステナイト相が増加し、この場合も硬さが低下するため好ましくない。焼き入れ時の冷却速度は、焼き入れ温度から600℃までの平均冷却速度で、1℃/sec以上が好ましい。これ未満であると、硬さが低下するため好ましくない。焼き入れを空冷とすることにより、前記好ましい冷却速度を実現することができる。焼き戻しは、100℃~250℃が好ましい。100℃未満では焼き戻しの効果が乏しく、250℃を超えると、硬さ低下が大きくなりすぎるため、好ましくない。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明の効果を説明するが、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。
【0041】
本実施例では、まず、表1、表2に示す成分組成の鋼を溶製して250mm厚のスラブに鋳造した。次に、これらのスラブを予備加熱として1150℃、40時間の熱処理を行い、δFe量を一定範囲とした。ただし、A2鋼に対しては、1175℃、40時間および950℃、40時間の予備加熱を行い、それぞれA2’鋼、A2”鋼とした。
その後、1150℃に加熱して、熱間圧延を経て板厚3~8mmの熱延鋼板とした。引き続き熱延鋼板の焼鈍を箱焼鈍で行った。最高加熱温度を800℃以上、900℃以下の温度域とした。焼鈍後の鋼板表面のスケールをショットブラストで除去し、酸洗した。
【0042】
【0043】
【0044】
<実施例1>
得られた鋼板を評価するため、鋼板から評価用の試料を切り出し、当該試料について、焼き入れ・焼き戻し処理として1050℃に加熱して30分保持した後、空冷し、150℃、30分の焼き戻しを行った。その後、δFe量測定、硬さ測定、端面耐食性の各評価を行った。得られた結果を表3に示す。
【0045】
【0046】
δFe量は、試料端面を鏡面研磨、エッチングを行い、組織を現出させて、測定した。エッチング液は、王水等でもδFe現出可能であるが、非特許文献1に記載されている改良村上試薬と呼ばれる試薬を用いるとδFeが茶色に濃くエッチングされるので好ましく、これを用いて評価した。
図1に代表例を示す。
【0047】
改良村上試薬で現出させた組織を検鏡し、一定幅(本実施例では2mm)の全厚からδFeの写真を撮影し、その画像解析からδFe面積を求め、それから面積率(δFe面積(mm2)/2mm×全厚(mm)×100(%))を算出した。本発明の成分の鋼部材が優れた耐食性を示すには、その値が、0.1~1%であることが必要である。さらに、好ましくは、0.1%~0.5%である。δFe面積率:0.1~1%を合格(A)とし、それ以上を不合格(X)とした。
【0048】
硬度は、試料表面を#80研磨仕上げした後、表面硬度(焼入れ硬度)をJIS Z 2245に準拠してロックウエル硬度計Cスケールで評価し、50以上を合格(A)、それ以外を不合格(X)とした。
【0049】
端面耐食性の評価は、試料表面および端面を#600研磨仕上げした後、端面を評価面として上面にして、塩水噴霧試験を24時間(JIS Z 2371「塩水噴霧試験方法」)行い、発銹点を数えた。2点以下を合格(A)とし、それを超えた場合を不合格(X)とした。特に発銹点がゼロであったものは、合格(S)とした。なお、24時間以上塩水噴霧試験を行っても、それ以上錆が進展することは少ないため、24時間の結果をもって、端面耐食性を判断した。
【0050】
本発明の鋼板はいずれも端面耐食性に優れているだけでなく、他の特性も優れており、洋食器ナイフ用鋼板として好ましい。これに対し、比較鋼では、端面耐食性が劣位か、その他の特性が劣位であり、洋食器ナイフ用鋼板として好ましくないことが明らかである。
【0051】
<実施例2>
得られた鋼板から切り出した部材を用いて、表4に示す条件で焼き入れ焼き戻しを行い、鋼部材とした。焼き入れは1050~1150℃で加熱し、その後焼き入れ温度から600℃までの冷却速度を表4に記載した冷却速度に制御して冷却した。さらに、150~250℃で1~2hの焼き戻し処理を実施して、鋼部材とした。また、A2’鋼、A2”鋼も同様に処理した。
【0052】
得られた鋼部材のδFe量測定、硬さ測定、端面耐食性評価を熱処理条件とともに表4に示す。尚、評価方法および評価基準は実施例1と同一とした。
【0053】
【0054】
本発明の鋼部材はいずれも端面耐食性に優れているだけでなく、他の特性も優れており、洋食器ナイフ用鋼部材として好ましい。これに対し、比較鋼では、端面耐食性が劣位か、その他の特性が劣位であり、洋食器ナイフ用鋼部材として好ましくないことが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明によれば、空冷焼き入れ後の端面耐食性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼部材を生産性良く製造することが可能となり、それを用いて製造した洋食器ナイフの耐食性が向上し、産業上、非常に有用である。