(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-31
(45)【発行日】2022-11-09
(54)【発明の名称】分析用試料の調製方法、分析方法および微生物の識別方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20221101BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20221101BHJP
G01N 1/10 20060101ALI20221101BHJP
【FI】
G01N27/62 V
C12Q1/04
G01N1/10 B
G01N1/10 H
(21)【出願番号】P 2018172860
(22)【出願日】2018-09-14
【審査請求日】2020-12-10
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100102037
【氏名又は名称】江口 裕之
(74)【代理人】
【識別番号】100149962
【氏名又は名称】阿久津 好二
(74)【代理人】
【識別番号】100170988
【氏名又は名称】妹尾 明展
(74)【代理人】
【識別番号】100189566
【氏名又は名称】岸本 雅之
(72)【発明者】
【氏名】寺本 華奈江
【審査官】木原 啓一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平01-124396(JP,A)
【文献】特開2007-316063(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/10
G01N 27/62
G01N 33/48
C12Q
C07K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物の
リボソームタンパク質の複合体であるリボソーム
、及び該リボソームを構成するサブユニットから選択される少なくとも1つを含む試料を取得することと、
前記試料を、リボソームタンパク質を透過させるが、前記リボソームタンパク質の複合体の少なくとも一つを透過させない膜を用いて限外ろ過することと、
前記限外ろ過において前記膜を透過しなかった成分を用いて分析用試料を調製することと、
前記分析用試料を質量分析することと、
前記分析用試料を質量分析して得られたマススペクトルにおける、
前記限外ろ過において前記膜を透過しなかった成分に含まれる前記リボソームタンパク質の複合体から分離された複数のリボソームタンパク質のそれぞれに対応するピークの有無または前記ピークの大きさに基づいて、前記微生物の種類を識別することとを有し、
前記質量分析では、前記複合体から分離されたリボソームタンパク質が検出される、
微生物の識別方法。
【請求項2】
請求項1に記載の微生物の識別方法において、
前記膜は、分画分子量が3kDa以上100kDa以下である微生物の識別方法。
【請求項3】
請求項2に記載の微生物の識別方法において、
前記膜は、分画分子量が10kDa以上100kDa以下である微生物の識別方法。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の微生物の識別方法において、
前記膜は、前記リボソーム、前記リボソームの2つのサブユニットのうち大きい方のサブユニット、および、前記2つのサブユニットのうち小さい方のサブユニットの少なくとも一つを透過させない微生物の識別方法。
【請求項5】
請求項1から
4までのいずれか一項に記載の微生物の識別方法において、
細胞からタンパク質を抽出した後、遠心分離を行ってリボソームを含む分画を取り出すことにより前記微生物から抽出されたリボソームを含む試料を取得する微生物の識別方法。
【請求項6】
請求項1から
5までのいずれか一項に記載の微生物の識別方法において、
前記質量分析では、マトリックス支援レーザー脱離イオン化により前記分析用試料がイオン化される微生物の識別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析用試料の調製方法、分析方法および微生物の識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リボソームは細胞内に存在し、タンパク質の生成という機能を有する構造体である。リボソームは、大サブユニット(large subunit)および小サブユニット(small subunit)からなり、各サブユニットは複数のリボソームタンパク質の複合体である。リボソームはその機能が重要である点に加え、生物に普遍的に存在する構造であるため重要な分析対象である。質量分析においては、微生物がどのようなリボソームタンパク質を含むかに基づいて当該微生物の菌種等を識別することが行われている(非特許文献1参照)。
【0003】
微生物を含む試料を遠心分離等の精製処理を行わずに質量分析に供すると、夾雑物によるイオン化抑制等の悪影響が生じる。従って、精度よくリボソームタンパク質の分析を行うためには、夾雑物の除去やリボソームタンパク質の濃縮等の適切な前処理が行われる必要がある。従来の方法では、超遠心分離や高速遠心分離によりこのような前処理を行っていた。しかし、超遠心分離や高速遠心分離のための装置は高価であり、さらに前処理に数日を要する場合もあった。
【0004】
一方、限外ろ過は、タンパク質の濃縮、緩衝液の交換、または脱塩等の目的のため、質量分析の前処理において行われている(非特許文献2および3参照)。しかし、微生物の識別等を目的としたリボソームタンパク質の濃縮等には用いられていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Sedo O, Sedlacek I, Zdrahal Z. "Sample preparation methods for MALDI-MS profiling of bacteria" Mass Spectrometry Reviews,(米国), John Wiley & Sons, 2011年5月、Volume 30, Issue 3, pp.417-434
【文献】Christner M, Trusch M, Rohde H, Kwiatkowski M, Schluter H, Wolters M, Aepfelbacher M, Hentschke M. "Rapid MALDI-TOF mass spectrometry strain typing during a large outbreak of Shiga-Toxigenic Escherichia coli" Plos One,(米国), Public Library of Science, 2014年7月8日、Volume 9, Issue 7, e101924
【文献】Kawahara T, Iida A, Toyama Y, Fukuda K. "Characterization of the Bacteriocinogenic Lactic Acid Bacteria Lactobacillus curvatus Strain Y108 Isolated from Nozawana-Zuke Pickles" Food Science and Technology Research,(日本),日本食品科学工学会, 2010年、Volume 16, Issue 3, pp.253-262
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来のリボソームタンパク質の濃縮等では、高価な装置を必要とし、時間や手間がかかりすぎていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の好ましい実施形態による分析用試料の調製方法は、リボソームを含む試料を取得することと、前記試料を、リボソームタンパク質の少なくとも一つを透過させるが、前記リボソームタンパク質の複合体の少なくとも一つを透過させない膜を用いてろ過することと、前記ろ過において前記膜を透過しなかった成分を用いて分析用試料を調製することとを備える。
さらに好ましい実施形態では、前記膜は、分画分子量が3kDa以上100kDa以下である。
さらに好ましい実施形態では、前記膜は、前記リボソーム、前記リボソームの2つのサブユニットのうち大きい方のサブユニット、および、前記2つのサブユニットのうち小さい方のサブユニットの少なくとも一つを透過させない。
さらに好ましい実施形態では、前記膜を透過しなかった成分に、水中での酸解離定数が5以下の酸を加えてタンパク質を分離することをさらに備える。
さらに好ましい実施形態では、細胞からタンパク質を抽出した後、遠心分離を行ってリボソームを含む分画を取り出すことにより前記リボソームを含む試料を取得することをさらに備える。
本発明の好ましい実施形態による分析方法は、上述の分析用試料の調製方法により調製された分析用試料の分析を行う。
さらに好ましい実施形態では、前記分析では、前記複合体から分離されたリボソームタンパク質が検出される。
さらに好ましい実施形態では、前記分析は、質量分析である。
さらに好ましい実施形態では、前記質量分析では、マトリックス支援レーザー脱離イオン化により前記分析用試料がイオン化される。
本発明の好ましい実施形態による微生物の識別方法は、上述の分析方法により、微生物を含む試料を質量分析して得られたマススペクトルにおける、複数のリボソームタンパク質のそれぞれに対応するピークの有無または前記ピークの大きさに基づいて、前記微生物の種類を識別する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、迅速にまたはより簡素化された方法でリボソームタンパク質の濃縮等を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、一実施形態の分析用試料の調製方法を模式的に示す概念図である。
【
図2】
図2は、一実施形態に係る分析方法の流れを示すフローチャートである。
【
図3】
図3は、実施例1の分析方法の流れを示す概念図である。
【
図4】
図4は、アクネ菌を試料とし、限外ろ過前(a)、限外ろ過後(b)および酸による濃縮後(c)の分析用試料をそれぞれ質量分析して得られたマススペクトルを示す図である。
【
図5】
図5は、実施例2の分析方法の流れを示す概念図である。
【
図6】
図6は、出芽酵母を試料とし、限外ろ過前(a)および限外ろ過後(b)の分析用試料をそれぞれ質量分析して得られたマススペクトルを示す図である。
【
図8】
図8は、大腸菌を試料とし、限外ろ過前(a)および限外ろ過後(b)の分析用試料をそれぞれ質量分析して得られたマススペクトルを示す図である。
【
図9】
図9は、
図8のマススペクトルにおいて、基準ピークに対する各ピークの相対強度をプロットした散布図である。
【
図10】
図10は、アクネ菌を試料とし、限外ろ過前(a)、ならびに、限外ろ過において、公称分画分子量が10kDa(b)、30kDa(c)、50kDa(d)および100kDa(e)の各フィルターに捕捉された試料をそれぞれ質量分析して得られたマススペクトルを示す図である。
【
図11】
図11は、アクネ菌を試料とし、公称分画分子量が10kDa(b)、30kDa(c)、50kDa(d)および100kDa(e)のフィルターをそれぞれ用いて限外ろ過を行った際のろ液をそれぞれ質量分析して得られたマススペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図を参照して本発明を実施するための形態について説明する。
【0011】
図1は、本実施形態の分析用試料の調製方法を模式的に示す概念図である。
図1の例では、微生物であるバクテリアBaを試料Sとし、質量分析により微生物の識別を行うための分析用試料を調製する例を用いて説明する。
【0012】
試料Sが用意されると、バクテリアBaの菌体から破砕等によりタンパク質の抽出が行われる(矢印A1)。菌体からの抽出液には、リボソームRbを含む細胞質成分Cp、核様体Nuおよび細胞膜Cmが含まれる。この抽出液に対して遠心分離が行われる(矢印A2)。この遠心分離では、核様体Nuおよび細胞膜Cmが沈殿し(矢印A22)、上清の菌体破砕液にはリボソームRbを含む細胞質成分Cpが残る(矢印A21)。
【0013】
この菌体破砕液が限外ろ過ユニット100を用いてろ過される。限外ろ過ユニット100は、試料リザーバー10と、ろ液レシーバー20とを備える。試料リザーバー10はフィルター11を備える。フィルター11は、限外ろ過膜であり、リボソームタンパク質の少なくとも一つを透過させるが、リボソームタンパク質の複合体の少なくとも一つを透過させない。試料リザーバー10に菌体破砕液が導入され(矢印A3)、適宜遠心等を用いて限外ろ過が行われる(矢印A4)。これにより、リボソームRbがフィルター11を透過せず試料リザーバー10に残り、フィルター11の分画分子量に基づいて一部の細胞質成分Cpがフィルター11を透過してろ液レシーバー20に保持される。
なお、限外ろ過ユニット100は、
図1に示した種類のものに限定されず、適宜様々な種類のものを用いることができる。
【0014】
リボソームRbを含む、フィルター11を透過しなかった成分を、再溶解させて得られた溶液に対し、適宜酸によるタンパク質の濃縮等を行った後、マトリックスを加え乾燥させる等して質量分析用試料が調製される。上述の分析用試料の調製方法では、フィルター11により透過されるリボソームタンパク質の分子量よりも小さい分子量の分子は、フィルター11を透過してしまうため分析用試料には含まれない。一方、リボソームRbに含まれていたリボソームタンパク質は分析用試料に含まれる。
【0015】
従来の、超遠心分離または高速遠心分離によりリボソームタンパク質を濃縮等する方法では、一定の分子量以上の成分を原則的にすべて沈殿させてしまう。従って、リボソームタンパク質の含有率を高めた試料を得ることができるが、リボソームタンパク質と同程度の分子量の物質を分離することはできない。そのため、これらの物質によりイオン抑制が起きたり、これらの物質に対応するピークがリボソームタンパク質に対応するピークと重なったりする悪影響があったが、本実施形態の分析用試料の調製方法では、このような悪影響は低減される。
【0016】
(試料について)
試料は、リボソームタンパク質の複合体を含む試料であれば特に限定されない。試料は、当該複合体として、リボソーム、またはリボソームを構成する大サブユニット若しくは小サブユニットを含むことが好ましい。これらの分子を捕捉するためにこれらの分子量に基づいて分画分子量が設定されたフィルター11を用いると、リボソームタンパク質と同程度の分子量の分子を除いて、分析用試料を調製することができる。試料は、リボソームを含むことが特に好ましい。リボソームは上記複合体のうちで最も分子量が大きいため、リボソームの分子量に基づいて分画分子量が設定されたフィルター11を用いると、最も広い範囲の分子量に対応する分子を試料から除くことができる。上記複合体としては、任意の2以上のリボソームタンパク質が結合した複合体を含むことができる。
【0017】
リボソームタンパク質の複合体を含む試料としては、細胞を含む試料が好ましい。質量分析により微生物の識別を行う場合は、微生物を含む試料または微生物が存在し得る環境から採取された試料が好ましい。微生物の種類は特に限定されず、大腸菌等の真正細菌、古細菌または、酵母等の菌類を含む真核生物を含むことができる。微生物は、培養されて得られた単一種からなるコロニーから採取されたものを用いることが、より正確に微生物を同定するために好ましい。
【0018】
(タンパク質の抽出)
細胞を含む試料からのタンパク質の抽出方法は特に限定されず、質量分析においてリボソームタンパク質を検出可能な程度に、細胞に含まれるリボソームタンパク質の複合体が個々のリボソームタンパク質まで分離されずに残っていればよい。できるだけリボソーム、大サブユニットまたは小サブユニットのように大きな複合体が分解されないように抽出を行うこと好ましい。これにより、より大きな分画分子量のフィルター11を用いてより広い範囲の分子量に対応する分子を試料から除くことができる。
【0019】
タンパク質の抽出の具体的な方法としては、試料に有機酸や有機溶媒を加えて抽出する方法若しくは酵素消化法、またはビーズ破砕、超音波処理若しくは凍結破砕等の物理的な破砕法等を用いることができる。有機酸等を試料に加える場合には、抽出液がフィルター11に悪影響を及ぼすことのないように組成を選択する必要があるが、物理的な破砕法ではそのような選択のための手間が省けるため好ましい。
【0020】
破砕等を行った後は、遠心分離等によりリボソームおよび細胞質成分を含む上清を分離することが好ましい。遠心分離の条件は特に限定されないが、例えば5000~20000gで1~20分行うことが好ましく、12000~18000gで5~10分行うことがより好ましい。得られた上清は任意選択的に精密ろ過に供された後、限外ろ過に供される。
【0021】
(精密ろ過)
試料からリボソームよりも大きい分子を除くため、破砕後の遠心分離で得られた上清を精密ろ過することが好ましい。これにより、夾雑物を除けるほか、限外ろ過での目詰まり等を防ぐことができる。精密ろ過に用いられる精密ろ過膜の孔径は、0.5μm以下が好ましく、0.45μm以下がより好ましい。この孔径が小さいほど、より広い範囲の分子量に対応する分子を試料から除くことができる。また、精密ろ過膜の孔径があまり小さすぎるとリボソームが試料から除かれてしまうため、この孔径は、0.1μm以上が好ましく、0.2μm以上がより好ましい。精密ろ過の方法は特に限定されないが、例えば遠心分離を用いてろ過を促進することがより効率的に行う上で好ましい。孔径の大きな精密ろ過膜は、遠心分離等を用いて精密ろ過した場合に短い時間で効率よく分離できる点でも好ましい。精密ろ過膜を透過した溶液が限外ろ過に供される。
なお、精密ろ過以外の方法で、試料からリボソームよりも大きい分子を除いてもよい。
【0022】
(限外ろ過)
限外ろ過では、多孔質の限外ろ過膜における細孔により、水中に溶存するタンパク質等の高分子および微粒子を分離することができる。細孔径のばらつきや測定の難しさを理由として、細孔径ではなく分画分子量が、膜の分離性能を表す指標として用いられる。限外ろ過膜の各メーカーはそれぞれ異なった基準で公称分画分子量(Nominal Molecular Weight Limit:NMWL)を定義している。分画分子量と同程度の分子量の分子は、限外ろ過膜を透過する場合もあれば、透過しない場合もある。以下では、分子量の異なる複数の標準物質を、限外ろ過膜に導入して得られた分画曲線において、阻止率が90%となる分子量を分画分子量とする。
【0023】
本実施形態における限外ろ過膜(フィルター11)は、リボソームタンパク質の少なくとも一つを透過させるが、リボソームタンパク質の複合体の少なくとも一つを透過させない。ここで、限外ろ過膜が物質を「透過させる」とは、限外ろ過膜の分画分子量が当該物質の分子量よりも大きいことを指し、限外ろ過膜が物質を「透過させない」とは、限外ろ過膜の分画分子量が当該物質の分子量以下であることを指すものとする。
【0024】
フィルター11が透過させることのできるリボソームタンパク質は、特に限定されない。フィルター11は大腸菌または酵母に含まれるリボソームタンパク質の少なくとも一つを透過させることが好ましい。例えば、フィルター11は大腸菌(Escherichia coli)K12株または出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)に含まれるリボソームタンパク質の少なくとも一つを透過させることが好ましい。フィルター11は、試料に含まれ得る微生物の種類に応じて、当該微生物に含まれるリボソームタンパク質の少なくとも一つが透過されるように、分画分子量が設定される。例えば、フィルター11は、大腸菌K12株のリボソームタンパク質S22(分子量5096.8)を透過させることが好ましい。あるいは、フィルター11は、出芽酵母のリボソームタンパク質L41-AまたはL41-B(分子量3337.2)を透過させることが好ましい。
【0025】
フィルター11は、小サブユニットおよび、小サブユニットより大きい分子量を有する分子を透過させないことが好ましい。これにより、リボソームタンパク質と同程度の分子量の分子を試料から除くことができる。フィルター11は、小サブユニットを透過させるが、大サブユニットおよび、大サブユニットより分子量の大きい分子を透過させないことがより好ましい。これにより、小サブユニットと同程度およびそれ以下の分子量の分子を試料から除くことができる。フィルター11は、大サブユニットを透過させるが、リボソームおよび、リボソームより分子量の大きい分子を透過させないことがさらに好ましい。これにより、大サブユニットと同程度およびそれ以下の分子量の分子を試料から除くことができる。例えば、フィルター11は、試料の種類に応じて、大腸菌K12株または出芽酵母のリボソームを透過させないように分画分子量が設定される。
【0026】
前処理後の試料においてリボソーム、大サブユニットおよび小サブユニットが分解され、より小さな複合体が主に存在すると考えられる場合は、フィルター11の分画分子量を小サブユニットの分子量よりも適宜低く設定する。これにより、十分な量のリボソームタンパク質が質量分析において検出されるようにしつつ、少なくとも一部のリボソームタンパク質と同程度の分子量の分子を試料から除くことができる。
【0027】
フィルター11の分画分子量は、リボソームタンパク質の複合体の分子量に基づいて設定することができる。ここで、当該分画分子量は、小サブユニットの分子量に基づいて設定されることが好ましく、大サブユニットの分子量に基づいて設定されることがより好ましく、リボソームの分子量に基づいて設定されることがさらに好ましい。より大きな分子量の分子に基づいて分画分子量を設定する程、より広い範囲の分子量に対応する分子を試料から除くことができる。但し、十分な量のリボソームタンパク質が質量分析において検出されない場合は、分画分子量を適宜低めに設定することで、検出されるリボソームタンパク質の量を確保することが好ましい。
【0028】
フィルター11の分画分子量は、3kDaより大きいことが好ましく、10kDaより大きいことがより好ましく、30kDaより大きいことがさらに好ましい。分画分子量が大きい程、より広い範囲の分子量に対応する分子を試料から除くことができるため好ましい。フィルター11の分画分子量は、100kDaより小さいことが好ましい。これにより、リボソームの少なくとも一部を、フィルター11を透過させずに残すことで、分析用試料におけるリボソームタンパク質の量を確保することができる。
【0029】
限外ろ過の方法は特に限定されないが、例えば遠心分離を用いてろ過を促進することが調製をより効率的に行う上で好ましい。分画分子量の大きなフィルター11は、遠心分離を用いて限外ろ過した場合に短い時間で効率よく分離できることからも好ましい。限外ろ過に供した試料は、酸による濃縮が任意選択的になされた後、マトリックス等が添加されて質量分析用試料が調製される。
【0030】
(酸による濃縮)
限外ろ過により得られたリボソームを含む画分(以下、リボソーム画分と呼ぶ)に、酸を添加してリボソームを凝集させ、濃縮することが好ましい。十分に精製されていないリボソームを含む試料に酸を加えると、リボソームタンパク質以外の成分も濃縮されてしまうため、脱塩程度の効果しか期待できない。しかし、本実施形態で得られたリボソーム画分であれば、酸を添加する簡素な方法で迅速に凝集させて、リボソームを効率的に濃縮・精製できる。酸の添加により凝集したタンパク質は、遠心分離により容易に沈殿物として回収できる。
【0031】
本実施形態における濃縮に用いられる酸は、酢酸等の水中での酸解離定数が5以下の酸が好ましく、トリフルオロ酢酸等の酸解離定数が1以下の酸がより好ましい。用いる酸の酸解離定数が低い程、より確実に試料に含まれるタンパク質を凝集させることができる。用いる酸の濃度は特に限定されず適宜数%等にすることができ、例えば2%酢酸等を用いることができる。凝集したタンパク質は、上清を除いてから再溶解される。
【0032】
(分析用試料の調製)
リボソーム画分を任意選択的に酸による濃縮に供した後、行う分析に合わせて分析用試料が調製される。以下では、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(以下、MALDIと呼ぶ)を用いた質量分析のための分析用試料を調製する場合を説明する。限外ろ過後または酸による濃縮後のリボソームを含む試料に、マトリックス調製用の溶媒等を加えて再溶解させる。再溶解された溶液にマトリックス溶液を加え、混合した後、得られた溶液をMALDI用試料プレートに滴下して乾燥させ、質量分析用試料が得られる。
【0033】
マトリックス調製用の溶媒は有機溶媒か、有機溶媒と水系溶媒とを混合して得られた溶媒が好ましく、有機溶媒や水系溶媒の種類は特に限定されない。一例を挙げると、当該溶媒は0%以上1%以下等の所定の体積パーセント濃度で調製されたトリフルオロ酢酸(TFA)と任意の体積パーセント濃度のアセトニトリル(ACN)とを含む水溶液で構成される。アセトニトリルの濃度は、数十%、特に50%等に適宜設定することができる。マトリックス溶液は、マトリックス調製用の溶媒にマトリックスが加えられた溶液であり、質量分析の精度を上げるための添加剤を含んでもよい。マトリックスの種類は、イオン化が適切に行われれば特に限定されず、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸、シナピン酸、2,5-ジヒドロキシ安息香酸または1,5-ジアミノナフタレン等を適宜用いることができる。
【0034】
(質量分析)
質量分析では、複合体から分離された個々のリボソームタンパク質が検出される。質量分析の方法は、所望の質量分解能でリボソームタンパク質に対応するピークを含むマススペクトルが得られれば特に限定されないが、数kDa以上の高質量のリボソームタンパク質を精度よく測定する観点から、飛行時間型質量分析が好ましい。リボソームタンパク質等の同定のために多段階で質量分析を行ってもよい。この場合、例えばイオントラップでプリカーサーイオンの分離と解離を行った後、解離したイオンを飛行時間型質量分析に供してもよい。質量分析においてイオンを検出して得られた測定データから、マススペクトル(以下、測定されたマススペクトルと呼ぶ)が構築される。
【0035】
(微生物の識別)
測定されたマススペクトルと、データベース上の既知の複数の生物種のマススペクトルとが比較される。ここで比較対象とされる既知の生物種のデータは、マススペクトルに限らず、少なくとも当該生物種に存在するリボソームタンパク質に対応するピークのm/z(質量電荷比に対応)を示すものであればどのようなデータでもよい。
【0036】
測定されたマススペクトルにおけるリボソームタンパク質に対応するピークと、データベース上に示されたリボソームタンパク質に対応するピークの分布との類似度が算出される。この類似度は対応するピークの有無に基づいて算出される。データベース上のリボソームタンパク質に対応するピークについて、測定されたマススペクトルに対応するピークが存在する場合、存在しない場合に比べて類似度を高くする。データベース上のリボソームタンパク質の各ピークは、例えば当該ピークが、対応する菌種の微生物においてどの程度の頻度で観察されるかに応じて、重み付けされている。データベース上の一部または全部のリボソームタンパク質に対応するピークについて、測定されたマススペクトルにも当該ピークが存在するか否かが判定され、上記重み付けに基づいて類似度が算出される。
【0037】
データベース上の複数の菌種(属名および種形容語)の微生物のマススペクトルと、測定されたマススペクトルとの類似度を算出し、類似度の最も高い菌種を、試料に含まれていた微生物の属する菌種として同定する。類似度の最も高い菌種の類似度が、所定の閾値未満の場合、データベース上のいずれの菌種にも該当しないとすることもできる。当該所定の閾値は、例えば、互いに異なる菌種に属するものの、DNAの相同性が比較的高い複数の微生物のマススペクトルを比較した結果に基づいて設定することができる。
なお、微生物の識別の方法は、測定されたマススペクトルにおけるリボソームタンパク質に対応するピークの分布とデータベース上のリボソームタンパク質のピークの分布がどの程度類似しているかを定量し、定量した数値等に基づいて微生物の分類についての判定を行うものであれば特に限定されない。例えば、リボソームタンパク質のピークの大きさ(ピーク強度)に基づいて類似度を算出してもよい。識別される分類は、属名および種形容語が好ましいが、特に限定されない。
【0038】
図2は、本実施形態の分析用試料の調製方法に係る分析方法の流れを示すフローチャートである。
図2の例では、試料に含まれる微生物の識別を行う分析方法を説明する。ステップS1001において、微生物を含む試料が用意される。ステップS1001が終了したら、ステップS1003が開始される。ステップS1003において、当該微生物からタンパク質の抽出が行われる。ステップS1003が終了したら、ステップS1005が開始される。
【0039】
ステップS1005において、遠心分離により細胞質成分を含む上清が試料として取得される。ステップS1005が終了したら、ステップS1007が開始される。ステップS1007において、試料が精密ろ過され、リボソームより大きな分子の少なくとも一部が取り除かれる。ステップS1007が終了したら、ステップS1009が開始される。
【0040】
ステップS1009において、リボソームタンパク質の少なくとも一つを透過させるが、リボソームタンパク質の複合体の少なくとも一つを透過させないフィルター11を用いて試料がろ過される。ステップS1009が終了したら、ステップS1011が開始される。ステップS1011において、ステップS1009で分離された複合体を含む試料に酸が添加され、試料が濃縮される。ステップS1011が終了したら、ステップS1013が開始される。
【0041】
ステップS1013において、試料にマトリックスが加えられ、質量分析用試料が調製される。ステップS1013が終了したら、ステップS1015が開始される。ステップS1015において、質量分析用試料にレーザーが照射され、イオン化が行われる。MALDIでは赤外~紫外等の領域の波長のレーザーが質量分析用試料に照射され、質量分析用試料がイオン化される。ステップS1015が終了したら、ステップS1017が開始される。
【0042】
ステップS1017において、イオン化された質量分析用試料が質量分析に供され、マススペクトルが作成される。ステップS1017が終了したら、ステップS1019が開始される。ステップS1019において、測定されたマススペクトルにおけるピークと、データベースに記憶された複数の微生物に含まれるリボソームタンパク質に対応するピークとの比較が行われる。ステップS1019が終了したら、ステップS1021が開始される。
【0043】
ステップS1021において、ステップS1019での比較に基づいて、試料に用いた微生物がいずれの菌種であるかが識別される。ステップS1021が終了したら、処理が終了される。
【0044】
上述の実施形態によれば、次の作用効果が得られる。
(1)本実施形態の分析用試料の調製方法は、試料を、リボソームタンパク質の少なくとも一つを透過させるが、リボソームタンパク質の複合体の少なくとも一つを透過させないフィルター11を用いてろ過することと、このろ過においてフィルター11を透過しなかった成分を用いて分析用試料を調製することとを備える。これにより、迅速にまたは簡素化された方法でリボソームタンパク質をの濃縮等を行うことができ、精度よくリボソームタンパク質を含む分析用試料の分析を行うことができる。
【0045】
(2)本実施形態の分析用試料の調製方法において、フィルター11は、分画分子量が3kDa以上100kDa以下である。これにより、リボソームタンパク質と同程度の分子を試料から除くことができる。
【0046】
(3)本実施形態の分析用試料の調製方法において、フィルター11は、リボソーム、大サブユニット、および、小サブユニットの少なくとも一つを透過させない。これにより、これらの複合体よりも小さい分子量の分子を試料から除くことができる。
【0047】
(4)本実施形態の分析用試料の調製方法において、限外ろ過においてフィルター11を透過しなかった成分に、水中での酸解離定数が5以下の酸を加えてタンパク質を分離することをさらに備える。これにより、リボソームタンパク質を効率よく濃縮することができる。
【0048】
(5)本実施形態の分析用試料の調製方法は、細胞からタンパク質を抽出した後、遠心分離を行ってリボソームを含む分画を取り出すことにより、リボソームを含む試料を取得することをさらに備える。これにより、リボソームおよび細胞質成分を含む試料を効率よく用意することができる。
【0049】
(6)本実施形態に係る分析方法は、本実施形態の分析用試料の調製方法により分析用試料を調製することと、調製した分析用試料を分析することとを備える。これにより、迅速にまたは簡素化された方法でリボソームタンパク質の濃縮等を行うことができ、精度よくリボソームタンパク質を含む分析用試料の分析を行うことができる。
【0050】
(7)本実施形態に係る分析方法において、上記分析では、複合体から分離されたリボソームタンパク質が検出される。これにより、各リボソームタンパク質についての情報を得ることができる。
【0051】
(8)本実施形態に係る分析方法は、上述の調製方法により調製された分析用試料に対し質量分析を行う。これにより、m/zに基づいて、リボソームタンパク質を分離して解析することができる。
【0052】
(9)本実施形態に係る分析方法において、質量分析では、MALDIにより分析用試料がイオン化される。これにより、リボソームタンパク質等の高分子を好適にイオン化することができる。また、MALDIでは一価のイオンが生成されやすいため、解析しやすいマススペクトルを取得することができる。
【0053】
(10)本実施形態に係る微生物の識別方法は、上述の分析方法により、微生物を含む試料を質量分析して得られたマススペクトルにおける、複数のリボソームタンパク質のそれぞれに対応するピークの有無または当該ピークの大きさに基づいて、微生物の種類を識別する。これにより、精度よく迅速に微生物の同定を行うことができる。
【0054】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【実施例】
【0055】
以下に、本実施形態に係る実施例を示すが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。なお、以下において、%の記載は特に言及が無い限り体積%を示す。
【0056】
(実施例1)
実施例1では、バクテリアのリボソームタンパク質を含む分析用試料を調製し、調製後の分析用試料を質量分析により分析した。
【0057】
図3は、実施例1の分析方法の流れを示す概念図である。皮膚の常在菌であるアクネ菌(Cutibacterium acnes)を37℃で培養し、蒸留水を用いてOD
600=1となるように菌量を調整し菌体分散液を得た。菌体分散液 200μLをスクリューキャップ容器に分注し、同量のジルコニアビーズ(直径0.5 mm)を加えて、冷却しながら3分間破砕処理を行った(矢印A110)。ビーズ破砕後、上記スクリューキャップ容器に200μLの蒸留水を加えて、攪拌した後、15000gで5分間遠心分離した(矢印A120)。遠心分離により、上清として菌体破砕液が得られ(矢印A121)、沈殿として核様体や細胞膜を含むデブリが得られた(矢印A122)。
【0058】
上清(菌体破砕液)400μLを遠心式ろ過フィルターを用いて限外ろ過した(矢印A130)。ここでは、公称分画分子量NMWLが10kDaのフィルターを使って、14000gで10分間遠心分離した。ろ過されず捕捉された高分子量画分(リボソーム精製画分)を回収した。具体的には、遠心用のチューブを新しいものに交換し、フィルターを限外ろ過のときとは逆向きに取り付けて、1000g、2分間の条件で遠心分離によりフィルターからリボソーム精製画分を分離した。
【0059】
遠心チューブに得られたリボソーム精製画分50μLに、同量の2% 酢酸水溶液を加えて、タンパク質を凝集させた(矢印A140)。凝集したタンパク質を含む溶液を遠心分離(10000g, 2分)に供した(矢印A150)。この遠心分離により、上清(矢印A151)および濃縮されたリボソーム精製画分を含む沈殿が得られた(矢印152)。
【0060】
上清を除去してから、濃縮されたリボソーム精製画分に10μLの1% TFAを含む50% ACN水溶液を加えて再溶解させた。試料とは別に、10 mg/mLの濃度となるように、1% TFAを含む50% ACN水溶液を溶媒としてシナピン酸溶液を調製した。10μLのシナピン酸溶液に1μLの濃縮した上記濃縮されたリボソーム精製画分を加えてよく混合して、1μLをMALDI質量分析計(MALDI-MS)のステンレス製試料プレートに滴下して試料-マトリックス混合結晶を質量分析用試料として調製した。調製された質量分析用試料にレーザーを照射してイオン化し、m/z 3000-30000の範囲をMALDI-飛行時間型質量分析により測定した。
【0061】
図4は、実施例1の質量分析で得られたマススペクトルを示す図である。図中、上段が限外ろ過前の菌体破砕液(a)、中段がリボソーム精製画分(b)、下段が濃縮されたリボソーム精製画分(c)のマススペクトルである。同定されたリボソームタンパク質に対応するピークには、そのリボソームタンパク質の名称を付した。限外ろ過を行った後の試料を質量分析して得られたマススペクトル(b),(c)では、より多くのリボソームタンパク質が同定された。なお、バーBrで示されたm/zの範囲は、相対強度を5倍に拡大して示している(特に断りがない限り、以下の図でも同様である)。
【0062】
実施例1では、限外ろ過により夾雑物を除去することで、リボソームタンパク質と夾雑物とのピークが重複することを抑制でき、結果的により多くのリボソームタンパク質を同定することができた。さらに、
図4における(a),(b)および(c)のマススペクトルを比較すると、限外ろ過や、限外ろ過された試料への酸の添加により、アクネ菌における10000Da以上等の高分子量のリボソームタンパク質をより明瞭に検出できることが分かる。また、酸の添加により一旦タンパク質を凝集させても、問題なくリボソームタンパク質のピークを観測できることも確認できた(c)。
【0063】
(実施例2)
実施例2では、酵母のリボソームタンパク質を含む分析用試料を調製し、調製後の分析用試料を質量分析により分析した。
【0064】
図5は、実施例2の分析方法の流れを示す概念図である。出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)を28℃で培養し、菌体をOD
600=1となるように蒸留水に分散させて菌体分散液を得た。この菌体分散液200μLをスクリューキャップ容器に分注し、同量のジルコニアビーズ(直径0.5 mm)を加えて、冷却しながら2分間破砕処理を行った(矢印A210)。ビーズ破砕後、上記スクリューキャップ容器に200μLの蒸留水を加えて、良く攪拌した後、15000gで5分間遠心分離した(矢印A220)。遠心分離により、上清として菌体破砕液が得られ(矢印A221)、沈殿として核様体や細胞膜を含むデブリが得られた(矢印A222)。
【0065】
遠心分離により得た上清400μLを遠心式ろ過フィルターを用いて限外ろ過した(矢印230)。この限外ろ過では、NMWLが30kDaのフィルターを使って、14000g、10分間の条件で遠心分離し、捕捉画分(リボソーム精製画分)を回収した。具体的には、遠心用のチューブを新しいものに交換し、フィルターを限外ろ過のときとは逆向きに取り付けて、1000g、2分間の条件で遠心分離によりフィルターからリボソーム精製画分を分離した。
【0066】
遠心チューブに得られたリボソーム精製画分50μLに、同量の2% 酢酸水溶液を加えて、タンパク質を凝集させた(矢印A240)。凝集したタンパク質を遠心分離により沈殿させて、上清を除去し、濃縮されたリボソーム精製画分を得た。
【0067】
濃縮されたリボソーム精製画分を含む沈殿に、1% TFAを含む50% ACN水溶液を10μL加えて再溶解させた。試料とは別に、10mg/mLとなるように、1% TFAを含む50% ACN水溶液を溶媒としてシナピン酸溶液を調製した。10μLのシナピン酸溶液に1μLの濃縮されたリボソーム精製画分を加えてよく混合した。得られた混合溶液1μLをMALDI-MSのステンレス製試料プレートに滴下して試料-マトリックス混合結晶を質量分析用試料として調製した。調製された質量分析用試料にレーザーを照射してイオン化し、m/z 5000-25000の範囲をMALDI-飛行時間型質量分析により測定した。
【0068】
図6および
図7は、実施例2の質量分析で得られたマススペクトルを示す図である。図中、上段が限外ろ過前の菌体破砕液(a)、下段が濃縮されたリボソーム精製画分(b)のマススペクトルである。
図7は、
図6において矢印R1で示されたm/zの範囲のマススペクトルを含む拡大図である。同定されたリボソームタンパク質に対応するピークには、そのリボソームタンパク質の名称を付した。限外ろ過を行った後の試料を質量分析して得られたマススペクトル(b)では、より多くのリボソームタンパク質が同定された。酵母でも限外ろ過によりイオン化抑制を低減させ、高分子量のリボソームタンパク質をより明瞭に検出することができた。
【0069】
(実施例3)
実施例3では、大腸菌のリボソームタンパク質を含む試料を調製し、調製後の分析用試料を質量分析により分析した。
【0070】
大腸菌(Escherichia coli) K12をジルコニア製ビーズ(φ0.5 mm)で2分間破砕処理し、破砕後の液体を15000gで5分間遠心分離して上清を菌体破砕液として得た。この菌体破砕液に対し、NMWL 100kDaの遠心式ろ過フィルターを用いて限外ろ過処理を行った(14000g, 10分間)。限外ろ過処理前の試料(菌体破砕液)と、フィルターに捕捉されたリボソーム精製画分に対し、実施例1と同様の方法で質量分析を行った。
【0071】
図8は、実施例3の質量分析で得られたマススペクトルを示す図である。図中、上段が限外ろ過前の菌体破砕液(a)、下段がリボソーム精製画分(b)のマススペクトルである。各マススペクトルにおいて、帰属されたリボソームタンパク質の数をマススペクトル中に示した((a)が38、(b)が42)。なお、バーBrで示されたm/zの範囲(11000以上)は、相対強度を10倍に拡大して示している。リボソーム精製画分(b)のマススぺクトルの方が帰属されたリボソームタンパク質の数が1割程度多かった。さらに、高分子量側のピーク強度も菌体破砕液(a)のマススペクトルと比べて強いことが分かる。実施例3の調製方法では、検出が難しい高分子量側のピークをより大きい強度で観測できることが示された。
【0072】
図9は、
図8のマススペクトルにおける、リボソームタンパク質に対応する各ピークの相対的なピーク強度(以下、相対ピーク強度と呼ぶ)を示すグラフである。相対ピーク強度は、(a)および(b)で観測されているm/z 8300近辺のピーク(
図8中「*」、以下、基準ピークと呼ぶ)の強度が100%となるように、各マススペクトルにおけるリボソームタンパク質に対応するピークの相対ピーク強度を求めたものである。なお、基準ピークは、リボソームタンパク質に対応するピークではない。実施例3の質量分析では、限外ろ過により得た分析用試料ではリボソームタンパク質が圧倒的に大きな強度で観測されていることが分かる。
【0073】
(実施例4)
実施例4では、異なる分画分子量のフィルターを用いてアクネ菌のリボソームタンパク質を含む分析用試料をそれぞれ調製し、調製後の分析用試料を質量分析により分析した。
【0074】
アクネ菌をジルコニア製ビーズ(φ0.5 mm)で3分間破砕処理し、破砕後の液体を15000gで5分間遠心分離し上清を菌体破砕液として得た。この菌体破砕液を分け、NMWL 10 kDa, 30 kDa, 50 kDa, および100 kDaのフィルターをそれぞれ用いて限外ろ過処理を行った(14000g, 10分間)。限外ろ過処理前の試料(菌体破砕液)と、各フィルターに捕捉されたリボソーム精製画分と、各フィルターを通過したろ液とに対し、実施例1と同様の方法で質量分析を行った。
【0075】
図10は、菌体破砕液(a)と、NMWL 10 kDa(b), 30 kDa(c), 50 kDa(d), および100 kDa(e)のフィルターにそれぞれ捕捉されたリボソーム精製画分のマススぺクトルを示す図である。例えば、矢印A91により示したm/z 7040付近における各マススペクトルのピーク、および、矢印A92により示したm/z 10500付近における各マススペクトルのピークの強度は、NMWLが大きいフィルターほど小さくなっている。これらは、リボソームタンパク質として帰属されていないピークである。よって、限外ろ過により、リボソームを構成していない成分がろ過され、リボソームタンパク質が明瞭に観測されたと考えられる。
【0076】
図11は、NMWL 10 kDa(b), 30 kDa(c), 50 kDa(d), および100 kDa(e)のフィルターでそれぞれろ過されたろ液を質量分析して得られたマススぺクトルを示す図である。NMWLが大きいフィルターほど、観測ピークが増加していることが分かる。例えば、各マススペクトルにおける、m/z 7040付近のピーク(矢印A91)やm/z 10500付近のピーク(矢印A92)など、
図10でフィルターのNMWLが大きいほど小さい強度で検出されていたピークが、ろ過画分ではNMWLが大きい程大きい強度で検出されていることが分かる。ろ過画分で観測されたタンパク質は、酵素の他、同定されていないものもあるが、少なくともリボソームタンパク質としては帰属されていない。従って、少なくとも実施例4の条件では、リボソームタンパク質を効率よく測定するには、NMWLが大きい方が好ましいことが分かる。
【符号の説明】
【0077】
10…試料リザーバー、11…フィルター、20…ろ液レシーバー、100…限外ろ過ユニット、Ba…バクテリア、Cm…細胞膜、Cp…細胞質成分、Nu…核様体、Rb…リボソーム、S…試料。