(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-31
(45)【発行日】2022-11-09
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20221101BHJP
C23C 16/36 20060101ALI20221101BHJP
C23C 16/40 20060101ALI20221101BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/36
C23C16/40
(21)【出願番号】P 2020117681
(22)【出願日】2020-07-08
【審査請求日】2021-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】福島 直幸
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-062706(JP,A)
【文献】特開2020-037150(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0070253(US,A1)
【文献】特開2019-051565(JP,A)
【文献】特開2017-189846(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0093331(US,A1)
【文献】特開2009-279693(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0090654(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14,51/00;
B23C 5/16;
B23P 15/28;
C23C 14/00-14/58,16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備え、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面側に向かって、下部層、中間層及び上部層をこの順で含み、
該中間層が下部層及び上部層に隣接し、
前記下部層が、Tiと、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層
の1層又は2層以上
からなり、
前記中間層が、TiCNO、TiCO又はTiAlCNO
からなり、
前記上部層が、α型Al
2O
3
からなり、
前記下部層の平均厚さが2.0μm以上8.0μm以下であり、
前記中間層の平均厚さが0.5μm以上2.0μm以下であり、且つ、被覆層全体の厚さの10%以上20%以下であり、
前記上部層の平均厚さが0.8μm以上6.0μm以下であり、
前記中間層において、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合が、20%以上60%以下であ
り、該CSL粒界が、Σ3粒界、Σ5粒界、Σ7粒界、Σ9粒界、Σ11粒界、Σ13粒界、Σ15粒界、Σ17粒界、Σ19粒界、Σ21粒界、Σ23粒界、Σ25粒界、Σ27粒界、及びΣ29粒界である、被覆切削工具。
【請求項2】
前記中間層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、10%以上50%未満である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記被覆層が、前記上部層の前記基材側とは反対側の上に外層を含み、
前記外層が、Tiと、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を含み、
前記外層の平均厚さが0.2μm以上4.0μm以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記被覆層全体の平均厚さが、5.0μm以上20.0μm以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記下部層に含まれるTi化合物層が、TiNからなる層、TiCからなる層、TiCNからなる層及びTiB
2からなる層からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、請求項1~5のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金からなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられていることは、よく知られている。上記の被覆層としては、例えば、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物及び炭窒酸化物並びに酸化アルミニウムからなる群より選ばれる1種の単層又は2種以上の複層からなる被覆層が知られている。
また、化学蒸着法で形成したTiの炭窒化物層と酸化アルミニウム層の密着性を向上させるために(Ti,Al)(C,N,O)層やTiの炭窒酸化物層等を形成することが知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基体と、基体の表面に位置する被覆層とを備えた切削工具であって、被覆層は、炭窒化チタンを含有する下層と、下層の上に位置して、α型結晶構造の酸化アルミニウムを含有する上層と、下層及び上層の間に位置する中間層とを有し、中間層は、下層に隣接して、TiCx1Ny1Oz1(0≦x1<1、0≦y1<1、0<z1<1、x1+y1+z1=1)を含有する第1層と、上層に隣接して、TiCx2Ny2Oz2(0≦x2<1、0≦y2<1、0<z2<1、x2+y2+z2=1)を含有する第2層と、第1層及び第2層の間に位置して、TiCx3Ny3Oz3(0≦x3<1、0≦y3<1、0≦z3<1、x3+y3+z3=1)を含有する第3層と、を有し、z1>z3、かつ、z2>z3である、切削工具が記載されている。
【0004】
例えば、特許文献2には、超硬合金、サーメット、セラミック、スチール、若しくは立方晶窒化ホウ素(CBN)などの超硬質物質の基材、及び、全厚さが5から40μmであるコーティングであって、コーティングは、少なくとも1つの層が1から20μmの厚さを有するα‐Al2O3層である1つ以上の耐熱性層からなる、コーティング、から成り、ここで、少なくとも1つのα-Al2O3層中のΣ3型結晶粒界の長さは、Σ3、Σ7、Σ11、Σ17、Σ19、Σ21、Σ23、及びΣ29型結晶粒界(=Σ3-29型結晶粒界)の結晶粒界を合計した全長さの80%超であり、結晶粒界性格分布は、EBSDによって測定される切削工具インサートが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開2017-090765号公報
【文献】特表2014-526391号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工では、高速化、高送り化及び深切り込み化がより顕著となり、従来よりも工具の耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが求められている。特に、ステンレスの高速、高送り及び深切り込み加工においては、被覆切削工具に負荷が作用するような切削加工が増えている。かかる過酷な切削条件下において、従来の工具では被覆層中の酸化アルミニウム層と下層のTi化合物層との密着性が不十分であるため、酸化アルミニウム層の剥離を起因とした欠損が生じる。これが引き金となって、工具寿命を長くし難い。
一方で、酸化アルミニウム層と下層のTi化合物層との密着性を向上させるために、特許文献1のTiCNO層を形成することが知られているが、加工硬化が生じるステンレス加工においては、密着性が不十分であり、改善の余地がある。また、特許文献2は、Σ3型結晶粒界の長さを検討しているが、TiCN層とα-Al2O3層との間の結合層における結晶粒界について、考慮されていない。このため、加工硬化が生じるステンレス加工においては、密着性が不十分であり、改善の余地がある。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上述の観点から、被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、Ti化合物層を含有する下部層と、α型Al2O3を含有する上部層との間の中間層におけるCSL粒界の長さの割合を特定の範囲とすることで、一層密着性を向上させることにより、α型Al2O3を含有する上部層の損傷を抑制し、α型Al2O3を含有する上部層の効果が従来よりも持続するので、耐摩耗性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備え、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面側に向かって、下部層、中間層及び上部層をこの順で含み、
前記下部層が、Tiと、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含有し、
前記中間層が、TiCNO、TiCO又はTiAlCNOを含有し、
前記上部層が、α型Al2O3を含有し、
前記下部層の平均厚さが2.0μm以上8.0μm以下であり、
前記中間層の平均厚さが0.5μm以上2.0μm以下であり、且つ、被覆層全体の厚さの10%以上20%以下であり、
前記上部層の平均厚さが0.8μm以上6.0μm以下であり、
前記中間層において、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合が、20%以上60%以下である、被覆切削工具。
[2]
前記中間層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、10%以上50%未満である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記被覆層が、前記上部層の前記基材側とは反対側の上に外層を含み、
前記外層が、Tiと、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を含み、
前記外層の平均厚さが0.2μm以上4.0μm以下である、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記被覆層全体の平均厚さが、5.0μm以上20.0μm以下である、[1]~[3]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[5]
前記下部層に含まれるTi化合物層が、TiNからなる層、TiCからなる層、TiCNからなる層及びTiB2からなる層からなる群より選ばれる少なくとも1種である、[1]~[4]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[6]
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、[1]~[5]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって、工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0013】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、基材の表面に形成された被覆層とを備え、被覆層が、基材側から被覆層の表面側に向かって、下部層、中間層及び上部層をこの順で含み、下部層が、Tiと、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含有し、中間層が、TiCNO(Tiの炭窒化物)、TiCO(Tiの炭化物)又はTiAlCNO(Ti及びAlの炭窒酸化物)を含有し、上部層が、α型Al2O3を含有し、下部層の平均厚さが2.0μm以上8.0μm以下であり、中間層の平均厚さが0.5μm以上2.0μm以下であり、且つ、被覆層全体の厚さの10%以上20%以下であり、上部層の平均厚さが0.8μm以上6.0μm以下であり、中間層において、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合が、20%以上60%以下である。
【0014】
本実施形態の被覆切削工具は、上記の構成を備えることにより、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることができ、その結果、工具寿命を延長することができる。本実施形態の被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する要因は、以下のように考えられる。ただし、本発明は、以下の要因により何ら限定されない。すなわち、まず、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の下部層として、Tiと、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含有する。本実施形態の被覆切削工具は、基材と中間層との間に、このような下部層を備えると、耐摩耗性及び密着性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具において、下部層の平均厚さが2.0μm以上であることにより、耐摩耗性が向上し、一方、下部層の平均厚さが8.0μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。
【0015】
また、本実施形態の被覆切削工具において、被覆層が、TiCNO、TiCO又はTiAlCNOを含有する中間層を含む。このような中間層を、α型Al2O3を含有する上部層の下に形成すると、密着性が向上する。また、中間層の平均厚さが、0.5μm以上であると、下部層の表面を均一に覆うことができるため密着性が向上することにより、剥離を起因とした欠損を抑制することができる。一方、中間層の平均厚さが、2.0μm以下であると、欠損の発生を抑制することができ、耐欠損性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具において、中間層の平均厚さは、被覆層全体の平均厚さの10%以上20%以下である。中間層の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの10%以上であると、CSL粒界の長さの割合が増大することにより、密着性が一層向上し、耐欠損性に優れる。また、中間層の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの10%以上であると、下部層や上部層といった中間層よりも硬度が高い層の占める割合が減少することで、耐欠損性が向上する。一方、中間層の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの20%以下であると、被覆層の強度低下を抑制することにより、欠損の発生を抑制することができる。また、本実施形態の被覆切削工具は、中間層において、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合が、20%以上60%以下である。中間層において、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合が、20%以上であると、比較的低い粒界エネルギーを有する粒界の占める割合が大きくなるため、中間層の機械的特性が向上する。一方、中間層において、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合が、60%以下であると、結晶粒の粗粒化を抑制できるため耐チッピング性に優れる。なお、本実施形態において、全粒界の合計長さとは、CSL粒界の長さとそれ以外の一般結晶粒界の長さとの和である。
【0016】
また、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al2O3を含有する上部層の平均厚さが0.8μm以上6.0μm以下である。α型Al2O3を含有する上部層の平均厚さが、0.8μm以上であると、被覆切削工具のすくい面における耐クレータ摩耗性が一層向上する。α型Al2O3を含有する上部層の平均厚さが、6.0μm以下であると被覆層の剥離がより抑制され、被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する傾向にある。
【0017】
そして、これらの構成が組み合わされることにより、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性が向上し、その結果、工具寿命を延長することができるものと考えられる。
【0018】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。被覆切削工具7は、基材1と、基材1の表面に被覆層6が形成されており、被覆層6には、下部層2、中間層3、上部層4及び外層5がこの順序で上方向(基材側から被覆層の表面側)に積層されている。
【0019】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを備える。被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げることができる。
【0020】
本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。そのような基材として、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかであると、耐摩耗性及び耐欠損性に更に優れるので好ましく、同様の観点から、基材が超硬合金であるとより好ましい。
【0021】
なお、基材は、その表面が改質されたものであってもよい。例えば、基材が超硬合金からなるものである場合、その表面に脱β層が形成されてもよい。また、基材がサーメットからなるものである場合、その表面に硬化層が形成されてもよい。これらのように基材の表面が改質されていても、本発明の作用効果は奏される。
【0022】
本実施形態に用いる被覆層は、その平均厚さが、5.0μm以上20.0μm以下であることが好ましく、これにより耐摩耗性が向上する。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層全体の平均厚さが5.0μm以上であると、耐摩耗性が向上し、被覆層全体の平均厚さが20.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。特に、ステンレス加工では、被削材が被覆切削工具に溶着し、その後分離(剥がれる)することに起因した被覆層の剥離が生じやすい。この剥離を抑制するために、被覆層全体の平均厚さが12.2μm以下であるとより好ましい。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層及び被覆層全体の平均厚さは、各層又は被覆層全体における3箇所以上の断面から、各層の厚さ又は被覆層全体の厚さを測定して、その相加平均値を計算する。
【0023】
[下部層]
本実施形態に用いる下部層は、Tiと、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含有する。本実施形態の被覆切削工具は、基材と中間層との間に、このような下部層を備えると、耐摩耗性及び密着性が向上する。
【0024】
Ti化合物層としては、例えば、TiCからなるTiC層、TiNからなるTiN層、TiCNからなるTiCN層、及びTiB2からなるTiB2層が挙げられる
【0025】
下部層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、2層又は3層)で構成されてもよいが、複層で構成されていることが好ましく、2層又は3層で構成されていることがより好ましく、2層で構成されていることが更に好ましい。下部層は、耐摩耗性及び密着性がより一層向上する観点から、TiN層、TiC層、TiCN層、及びTiB2層からなる群より選ばれる少なくとも1種の層を含むことが好ましい。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の少なくとも1層がTiCN層であると、耐摩耗性が一層向上する傾向にある。
【0026】
また、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の少なくとも1層がTiN層であり、該TiN層を基材の表面に形成すると、密着性が一層向上する傾向にある。下部層が2層で構成されている場合には、基材の表面に、TiC層又はTiN層を第1層として形成し、第1層の表面に、TiCN層を第2層として形成してもよい。それらの中では、下部層が基材の表面にTiN層を第1層として形成し、第1層の表面に、TiCN層を第2層として形成してもよい。
【0027】
本実施形態に用いる下部層の平均厚さは、2.0μm以上8.0μm以下である。本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが2.0μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが8.0μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。同様の観点から、下部層の平均厚さは2.5μm以上7.0μm以下であると好ましく、3.0μm以上6.0μm以下であるとより好ましい。
【0028】
TiC層又はTiN層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、0.05μm以上1.0μm以下であることが好ましい。同様の観点から、TiC層又はTiN層の平均厚さは、0.1μm以上0.5μm以下であることがより好ましく、0.1μm以上0.3μm以下であることが更に好ましい。
【0029】
TiCN層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、1.5μm以上8.0μm以下であることが好ましい。同様の観点から、TiCN層の平均厚さは、1.6μm以上7.9μm以下であることがより好ましく、1.8μm以上7.8μm以下であることが更に好ましい。
【0030】
Ti化合物層は、Tiと、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなる層であるが、下部層による作用効果を奏する限りにおいて、上記元素以外の成分を微量含んでもよい。
【0031】
[中間層]
本実施形態に用いる中間層は、TiCNO、TiCO又はTiAlCNOを含有する。中間層は、TiCNOからなるTiCNO層、TiCOからなるTiCO層又はTiAlCNOからなるTiAlCNO層であることが好ましく、TiCNO層又はTiCO層であることが好ましい。このような中間層を、α型Al2O3を含有する上部層と接するように形成すると、密着性が一層向上する。
【0032】
本実施形態に用いる中間層の平均厚さは、0.5μm以上2.0μm以下である。中間層の平均厚さが、0.5μm以上であると、下部層の表面を均一に覆うことができるため密着性が向上することにより、剥離を起因とした欠損を抑制することができる。一方、中間層の平均厚さが、2.0μm以下であると、欠損の発生を抑制することができ、耐欠損性が向上する。同様の観点から、中間層の平均厚さは0.8μm以上1.8μm以下であると好ましい。
【0033】
また、本実施形態の被覆切削工具は、中間層の平均厚さが、被覆層全体の平均厚さの10%以上20%以下である。中間層の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの10%以上であると、CSL粒界の長さの割合が増大することにより、密着性が一層向上し、耐欠損性に優れる。また、中間層の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの10%以上であると、下部層や上部層といった中間層よりも硬度が高い傾向にある層の占める割合が減少することで、耐欠損性が向上する。一方、中間層の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの20%以下であると、被覆層の強度低下を抑制することにより、欠損の発生を抑制することができる。同様の観点から、中間層の平均厚さは被覆層全体の平均厚さの19.5%以下であることが好ましい。
【0034】
また、本実施形態の被覆切削工具は、中間層において、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合が、20%以上60%以下である。中間層において、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合が、20%以上であると、比較的低い粒界エネルギーを有する粒界の占める割合が大きくなるため、中間層の機械的特性が向上する。一方、中間層において、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合が、60%以下であると、結晶粒の粗粒化を抑制できるため耐チッピング性に優れる。なお、本実施形態において、全粒界の合計長さとは、CSL粒界の長さとそれ以外の一般結晶粒界の長さとを合計した長さである。同様の観点から、中間層において、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合は、22%以上58%以下であることが好ましく、24%以上56%以下であることがより好ましい。
【0035】
また、本実施形態の被覆切削工具は、中間層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、耐チッピング性の観点からは50%未満であることが好ましく、耐摩耗性の観点から50%以上であることが好ましい。中間層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、50%未満であると結晶粒の粗粒化を一層抑制できるため耐チッピング性に一層優れる傾向にある。なお、中間層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、10%以上であると製造するのが容易である。同様の観点から、中間層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合は、15%以上48%以下であることがより好ましく、16%以上47%以下であることが更に好ましい。一方、中間層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、50%以上であると粒界エネルギーが比較的低い結晶粒界の割合が多くなり、機械的特性が向上するので、耐クレータ摩耗性が一層向上する傾向にある。なお、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、90%以下であると製造するのが容易である。同様の観点から、中間層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合は、54%以上90%以下であることが好ましく、60%以上90%以下であることがより好ましく、60%以上86%以下であることが更に好ましい。
【0036】
本実施形態に用いる中間層は、粒界エネルギーが比較的高い結晶粒界と粒界エネルギーが比較的低い結晶粒界とを有する。通常、結晶粒界は原子の並びが不規則に乱れておりランダムに配列されるため、隙間が多く、比較的高い粒界エネルギーを有する。一方、結晶粒界の中には、原子の並びが規則的であり隙間の少ない粒界もあり、そのような結晶粒界は比較的低い粒界エネルギーを有する。このような比較的低い粒界エネルギーを有する結晶粒界の代表例として対応格子(Coincidence Site Lattice)結晶粒界が挙げられる(以下、「CSL結晶粒界」と表記し、「CSL粒界」とも表記する。)。結晶粒界は、緻密化、クリープ及び拡散のような重要な焼結プロセスに対して、電気的、光学的、及び機械的特性に対してと同様に有意義な影響を及ぼす。結晶粒界の重要性は、いくつかの因子、例えば、物質中の結晶粒界密度、界面の化学組成、及び結晶学的組織、すなわち結晶粒界面方位及び結晶粒方位差に依存する。CSL結晶粒界は、特別な役割を果たしている。CSL結晶粒界の分布の程度を示す指標として、Σ値が知られており、それは結晶粒界において接する2つの結晶粒の結晶格子点密度と、両方の結晶格子を重ね合わせた際に一致する格子点の密度との比率として定義される。単純な構造の場合、低いΣ値を有する粒界は、低界面エネルギー及び特殊な特性を有する傾向にあることが一般的に認められる。したがって、CSL結晶粒界の割合及び結晶粒方位差の分布を制御することは、中間層の特性及びその向上にとって重要であると考えられる。
【0037】
近年、EBSDとして知られるSEMをベースとした技術が、物質中の結晶粒界の研究に用いられている。EBSDは、後方散乱電子によって発生する菊池回折パターンの自動分析に基づいている。
【0038】
対象とする物質の各結晶粒について、結晶学的方位は、対応する回折パターンのインデックスを作成した後に決定される。EBSDを市販のソフトウェアと共に用いることにより、組織分析及び粒界性格分布(Grain Boundary Character Distribution:GBCD)の決定が比較的容易に行われる。界面をEBSDにより測定及び解析することにより、界面の大きなサンプル集団での結晶粒界の方位差を明らかにすることができる。通常、方位差の分布は、物質の処理及び/又は物性に関連する。結晶粒界の方位差は、オイラー角、角/軸の対(angle/axis pair)、又はロドリゲスベクトルなどの通常の方位パラメータから得られる。
【0039】
中間層のCSL結晶粒界は、通常、Σ3粒界の他、例えば、Σ5粒界、Σ7粒界、Σ9粒界、Σ11粒界、Σ13粒界、Σ15粒界、Σ17粒界、Σ19粒界、Σ21粒界、Σ23粒界、Σ25粒界、Σ27粒界、及びΣ29粒界などの粒界が含まれる。Σ3粒界は、中間層のCSL結晶粒界の中で最も低い粒界エネルギーを有すると考えられる。ここで、Σ3粒界の長さとは、EBSDを備えたSEMで観察される視野(特定の領域)中のΣ3粒界の合計長さを示す。このΣ3粒界は、その他のCSL結晶粒界と比較して、対応格子点密度が高くなり、低い粒界エネルギーを有する。言い換えれば、Σ3粒界は一致する格子点が多いCSL結晶粒界であり、Σ3粒界を粒界とする2つの結晶粒は単結晶又は双晶に近い挙動を示し、結晶粒が大きくなる傾向を示す。そして、結晶粒が大きくなると、耐チッピング性等の被膜特性が低下する傾向がある。
【0040】
ここで、全粒界とは、CSL結晶粒界以外の結晶粒界とCSL結晶粒界とを合計したものである。以下、CSL結晶粒界以外の結晶粒界を「一般結晶粒界」という。一般結晶粒界は、EBSDを備えたSEMで観察した場合の中間層の結晶粒の全粒界からCSL結晶粒界を除いた残りの粒界となる。したがって、「全粒界の合計長さ」とは「CSL結晶粒界の長さと一般結晶粒界の長さとの和」として表すことができる。
【0041】
本実施形態において、中間層における全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合及びCSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合は、次のようにして算出することができる。
【0042】
被覆切削工具において、基材の表面と垂直な方向に中間層の断面を露出させて観察面を得る。中間層の断面を露出させる方法としては、例えば、切断及び研磨が挙げられる。このうち、中間層の観察面をより平滑にする観点から研磨が好ましい。特に、観察面は、より平滑である観点から鏡面であると好ましい。中間層の鏡面観察面を得る方法としては、特に限定されないが、例えば、ダイヤモンドペースト又はコロイダルシリカを用いて研磨する方法やイオンミリング等を挙げることができる。
【0043】
その後、上記の観察面を、EBSDを備えたSEMによって観察する。該観察領域としては、平坦な面(逃げ面等)を観察することが好ましい。
【0044】
SEMは、EBSD(TexSEM Laboratories社製)を備えたSU6600(日立ハイテクノロジーズ社製)を用いる。
【0045】
観察面の法線は、入射ビームに対して70°傾斜させ、分析は、15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射することにより行われる。データ収集は、観察面上、中間層の厚さの80%の長さ×10μmの面領域に相当する((中間層の厚さの80%の長さ(μm)×10)×100)ポイントについて、0.1μm/ステップのステップにて行われる。このデータ収集を5視野の面領域(中間層の厚さの80%の長さ×10μm)について行い、その平均値を算出する。
【0046】
データ処理は、市販のソフトウェアを用いて行われる。任意のΣ値に対応するCSL結晶粒界を計数し、全結晶粒界に対する比として各粒界の割合を表すことによって確認することができる。以上より、Σ3粒界の長さ、CSL粒界の長さ及び全粒界の合計長さを求めて、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合、及びCSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合を算出することができる。
【0047】
なお、本実施形態において、中間層は、TiCNO、TiCO又はTiAlCNOを含有していればよく、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、TiCNO、TiCO又はTiAlCNO以外の成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0048】
[上部層]
本実施形態に用いる上部層は、α型Al2O3を含有する。本実施形態の被覆切削工具は、上部層がα型Al2O3を含有することにより、硬くなるため、耐摩耗性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al2O3を含有する上部層を、中間層の基材側とは反対側の上に有する。本実施形態の被覆切削工具は、α型Al2O3を含有する上部層を、TiCNO、TiCO又はTiAlCNOを含有する中間層の基材側とは反対側の上に有することにより、被覆層全体の密着性が向上する。これにより、本実施形態の被覆切削工具は、特に剥離を起因とした欠損を抑制することができる。
【0049】
また、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al2O3を含有する上部層の平均厚さが0.8μm以上6.0μm以下である。α型Al2O3を含有する上部層の平均厚さが、0.8μm以上であると、被覆切削工具のすくい面における耐クレータ摩耗性が一層向上する。α型Al2O3を含有する上部層の平均厚さが、6.0μm以下であると被覆層の剥離がより抑制され、被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、上部層の平均厚さが1.0μm以上6.0μm以下であることが好ましく、2.0μm以上4.0μm以下であるとより好ましい。
【0050】
なお、本実施形態において、中間層は、α型酸化アルミニウム(α型Al2O3)を含有していればよく、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、α型酸化アルミニウム(α型Al2O3)以外の成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0051】
[外層]
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層が、上部層の基材側とは反対側に外層を含むことが好ましい。
本実施形態に用いる外層は、Tiと、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を含むことが好ましい。Ti化合物層としては、例えば、TiCからなるTiC層、TiNからなるTiN層、TiCNからなるTiCN層、及びTiB2からなるTiB2層が挙げられる。
中でも、本実施形態に用いる外層は、TiN層やTiCN層などのTi化合物層を有することが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、外層がTiN層やTiCN層などのTi化合物層を有することにより、使用したコーナを容易に識別することができる傾向にある。
【0052】
本実施形態に用いる外層の平均厚さは、0.2μm以上4.0μm以下であることが好ましく、0.3μm以上3.0μm以下であることがより好ましい。外層の平均厚さが、上記下限値以上であると、外層を有することによる効果をより有効且つ確実に得ることができ、外層の平均厚さが、上記上限値以下であると被覆層の剥離がより抑制されることに主に起因して被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する傾向にある。
【0053】
なお、本実施形態において、外層は、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、TiNやTiCNなどのTi化合物以外の成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0054】
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層を構成する各層は、化学蒸着法によって形成されてもよく、物理蒸着法によって形成されてもよい。各層の形成方法の具体例としては、例えば、以下の方法を挙げることができる。ただし、各層の形成方法はこれに限定されない。
【0055】
(化学蒸着法)
(下部層形成工程)
下部層として、例えば、Tiと、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を以下のとおり形成することができる。
例えば、Ti化合物層がTiの窒化物層(以下、「TiN層」ともいう。)である場合、原料組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を850~950℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0056】
Ti化合物層がTiの炭化物層(以下、「TiC層」ともいう。)である場合、原料組成をTiCl4:1.5~3.5mol%、CH4:3.5~5.5mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を70~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0057】
Ti化合物層がTiの炭窒化物層(以下、「TiCN層」ともいう。)である場合、原料組成をTiCl4:5.0~7.0mol%、CH3CN:0.5~1.5mol%、H2:残部とし、温度を800~900℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0058】
(中間層形成工程)
中間層として、例えば、TiCNO、TiCO又はTiAlCNOからなる化合物層を以下のとおり形成することができる。
化合物層がTiの炭窒酸化物層(以下、「TiCNO層」ともいう。)である場合、原料組成をTiCl4:0.5~2.5mol%、CO:0.5~1.5mol%、N2:20~60mol%、HCl::2.0~5.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~200hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0059】
化合物層がTiの炭酸化物層(以下、「TiCO層」ともいう。)である場合、原料組成をTiCl4:0.5~2.0mol%、CO:0.5~1.5mol%、HCl:2.0~4.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0060】
化合物層がTi及びAlの炭窒酸化物層(以下、「TiAlCNO層」ともいう。)である場合、原料組成をTiCl4:0.5~2.0mol%、CO:0.5~1.5mol%、AlCl3:1.0~3.0mol%、N2:20~60mol%、HCl::3.0~5.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0061】
中間層において、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さの割合を上述した特定範囲とするためには、中間層形成工程において、圧力を制御したり、中間層の平均厚さを制御したり、原料組成中のH2の割合を制御したり、HClを導入したりすればよい。より具体的には、中間層形成工程における圧力を低くしたり、原料組成中のH2の割合を大きくしたりすることにより、中間層におけるCSL粒界の長さの割合を大きくすることができる。また、中間層の平均厚さを大きくすることにより、中間層におけるCSL粒界の長さの割合を大きくすることができる。また、中間層形成工程において、HClを導入することにより、中間層におけるCSL粒界の長さの割合を上述した特定範囲の上限値以下とすることができる。
【0062】
また、中間層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合を上述した特定範囲とするためには、中間層形成工程において、圧力を制御したり、中間層の平均厚さを制御したり、原料組成中のTiCl4の割合を制御したりすればよい。より具体的には、中間層形成工程における圧力を低くしたり、原料組成中のTiCl4の割合を大きくしたりすることにより、中間層におけるΣ3粒界の長さの割合を大きくすることができる。また、中間層の平均厚さを大きくすることにより、中間層におけるΣ3粒界の長さの割合を小さくすることができる。
【0063】
(上部層形成工程)
上部層として、例えば、α型Al2O3からなるα型Al2O3層(以下、単に「Al2O3層」ともいう。)を以下のとおり形成することができる。
【0064】
まず、基材の表面に、1層以上のTi化合物層からなる下部層を形成する。次いで、TiCNO、TiCO又はTiAlCNOを含有する中間層を形成する。それらの層のうち、基材から最も離れた層の表面を酸化する。その後、基材から離れた層の表面にα型Al2O3層を含有する上部層を形成する。
【0065】
より具体的には、上記基材から最も離れた層の表面の酸化は、ガス組成をCO2:0.3~1.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~70hPaとする条件により行われる(酸化工程)。このときの酸化処理時間は、1~10分であることが好ましい。
【0066】
その後、α型Al2O3層は、原料ガス組成をAlCl3:2.0~5.0mol%、CO2:2.5~4.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2S:0.30~0.40mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成される(成膜工程)。
【0067】
(外層形成工程)
さらに、上部層の表面にTiの窒化物層(以下、「TiN層」ともいう。)やTiの炭窒化物層(以下、「TiCN層」ともいう)からなる外層を形成してもよい。
【0068】
外層としてのTiN層は、原料組成をTiCl4:7.0~8.0mol%、N2:30~50mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0069】
外層としてのTiCN層は、原料組成をTiCl4:7.0~9.0mol%、CH3CN:0.7~2.0mol%、CH4:1.0~2.0mol%、N2:4.0~6.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0070】
本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、又は電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)等を用いて観察することにより測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、刃先稜線部から被覆切削工具のすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、各層の厚さを3箇所以上測定し、その相加平均値として求めることができる。また、本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の組成は、被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)等を用いて測定することができる。
【0071】
本実施形態の被覆切削工具は、優れた耐欠損性及び耐摩耗性を有することに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる。ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない。
【実施例】
【0072】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0073】
基材として、CNMG120408のインサート形状に加工し、89.2WC-8.8Co-2.0NbC(以上質量%)の組成を有する超硬合金を用意した。この基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0074】
[発明品1~16及び比較品1~11]
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に組成を示す下部層を、第1層、第2層の順で、表2に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、表3に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に示す組成の中間層を、表2に示す平均厚さになるよう、下部層の第2層の表面に形成した。次いで、CO2:0.5mol%、H2:99.5mol%のガス組成、1000℃の温度、及び60hPaの圧力の条件の下、5分間、中間層の表面に酸化処理を施した。次に、表1に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、α型酸化アルミニウムからなる上部層を、表2に示す平均厚さになるよう、酸化処理を施した後の中間層の表面に形成した。最後、表1に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に示す組成の外層を、表2に示す平均厚さになるよう、上部層の表面に形成した。こうして、発明品1~16及び比較品1~11の被覆切削工具を得た。
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
[各層の平均厚さ]
得られた試料の各層の平均厚さを下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。測定結果を表2に示す。
【0079】
[各層の組成]
得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。測定結果を表2に示す。
【0080】
[CSL粒界の長さ及びΣ3粒界の長さ]
得られた試料の中間層のCSL粒界の長さ及びΣ3粒界の長さを下記のとおりに測定した。まず、被覆切削工具において、基材の表面と垂直な方向に中間層の断面が露出するまで研磨して観察面を得た。また、得られた観察面を、コロイダルシリカを用いて研磨して鏡面観察面を得た。
【0081】
その後、上記の観察面を、EBSDを備えたSEMによって観察した。該観察領域としては、逃げ面を観察した。
【0082】
SEMは、EBSD(TexSEM Laboratories社製)を備えたSU6600(日立ハイテクノロジーズ社製)を用いた。
【0083】
観察面の法線は、入射ビームに対して70°傾斜させ、分析は、15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射することにより行われた。データ収集は、観察面上、中間層の厚さの80%の長さ×10μmの面領域に相当する((中間層の厚さの80%の長さ(μm)×10)×100)ポイントについて、0.1μm/ステップのステップにて行われた。このデータ収集を5視野の面領域(中間層の厚さの80%の長さ×10μm)について行い、その平均値を算出した。
【0084】
データ処理は、市販のソフトウェアを用いて行われた。任意のΣ値に対応するCSL結晶粒界を計数し、全結晶粒界に対する比として各粒界の割合を表すことによって確認した。以上より、Σ3粒界の長さ、CSL粒界の長さ及び全粒界の合計長さを求めて、全粒界の合計長さ100%に対するCSL粒界の長さ、及びCSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合を算出した。結果を表4に示す。
【0085】
【0086】
得られた発明品1~16及び比較品1~11を用いて、下記の条件にて切削試験を行った。切削試験の結果を表5に示す。
【0087】
[切削試験]
インサート:CNMG120408、
基材:89.2WC-8.8Co-2.0NbC(以上質量%)、
被削材:SUS316Lの丸棒(直径150mm×長さ400mm)、
切削速度:150m/min、
送り:0.30mm/rev、
切り込み深さ:2.0mm、
クーラント:使用、
評価項目:試料が欠損又は最大逃げ面摩耗幅が0.3mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。
【0088】
【0089】
表5に示す結果より、切削試験において、発明品の工具寿命までの加工時間はいずれも「13分」以上であり、比較品よりも長かった。よって、発明品の耐摩耗性及び耐欠損性は、比較品と比べて、総じて、より優れていることが分かる。
【0090】
以上の結果より、発明品は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れる結果、工具寿命が長いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明の被覆切削工具は、耐欠損性を低下させることなく、しかも優れた耐摩耗性を有することにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、そのような観点から、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0092】
1…基材、2…下部層、3…中間層、4…上部層、5…外層、6…被覆層、7…被覆切削工具