(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-31
(45)【発行日】2022-11-09
(54)【発明の名称】摺動部材用熱硬化性樹脂組成物、当該組成物からなる硬化物およびその用途
(51)【国際特許分類】
C08L 61/06 20060101AFI20221101BHJP
C08K 3/04 20060101ALI20221101BHJP
C08K 3/36 20060101ALI20221101BHJP
C08K 7/02 20060101ALI20221101BHJP
F04C 25/02 20060101ALI20221101BHJP
F04C 29/00 20060101ALI20221101BHJP
F16C 33/16 20060101ALI20221101BHJP
【FI】
C08L61/06
C08K3/04
C08K3/36
C08K7/02
F04C25/02 L
F04C29/00 U
F16C33/16
(21)【出願番号】P 2022530813
(86)(22)【出願日】2021-10-20
(86)【国際出願番号】 JP2021038748
【審査請求日】2022-05-25
(31)【優先権主張番号】P 2021035196
(32)【優先日】2021-03-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002141
【氏名又は名称】住友ベークライト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】滝花 吉広
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 佑典
(72)【発明者】
【氏名】小出 航
【審査官】岡部 佐知子
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-126548(JP,A)
【文献】特開2003-082229(JP,A)
【文献】特開2011-016888(JP,A)
【文献】特開2017-071672(JP,A)
【文献】国際公開第2015/159715(WO,A1)
【文献】特開2012-025940(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08K 3/00-13/08
C08L 1/00-101/16
F04C 29/00
F04C 25/02
F16C 33/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒鉛と、
レゾール型フェノール樹脂と、
シリカ粒子と、
を含
む、摺動部材用熱硬化性樹脂組成物であって、
前記摺動部材用熱硬化性樹脂組成物100質量%中に、前記黒鉛を55質量%以上82質量%以下の量で含有し、
前記レゾール型フェノール樹脂を10質量%以上40質量%以下の量で含有し、前記シリカ粒子を3質量%以上30質量%以下の量で含有する、摺動部材用熱硬化性樹脂組成物。
【請求項2】
ラボプラストミルを用いて回転数30rpm、測定温度110℃の条件でトルク値を経時的に測定した際に、最低トルク値が25N・m以下である、請求項1に記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物。
【請求項3】
前記摺動部材用熱硬化性樹脂組成物100質量%中に、さらに繊維フィラーを15質量%以下の量で含む、請求項1または2に記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物。
【請求項4】
前記シリカ粒子の線膨張係数が、1ppm/K以下である、請求項1~3のいずれかに記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物。
【請求項5】
以下の条件で測定される、前記摺動部材用熱硬化性樹脂組成物の硬化物の寸法変化率が0.30%以下である、請求項1~4のいずれかに記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物。
(条件)
金型温度175℃、硬化時間3分間で成形された直径50mm×高さ3mmの略円柱状の硬化物において、加熱前の直径をA、200℃で1,000時間加熱した後の直径をBとし、式:[(A-B)/A]×100により算出する。
【請求項6】
以下の条件で測定される、前記摺動部材用熱硬化性樹脂組成物の硬化物の摩擦係数が0.23以下である、請求項1~5のいずれかに記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物。
(条件)
金型温度175℃、硬化時間3分間で直径50mm×高さ3mmの略円柱状の硬化物を成形し、JIS K7218に準拠したピンオンディスク法において、滑り速度5m/s、試験圧力0.6MPa、滑り距離18km、相手材に金属(S45C)を用いて、前記硬化物の摩擦係数を測定する。
【請求項7】
以下の条件で測定される、金属摩耗量が1.0mg以下である、請求項1~6のいずれかに記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物。
(条件)
金型温度175℃、硬化時間3分間で直径50mm×高さ3mmの略円柱状の硬化物を成形し、JIS K7218に準拠したピンオンディスク法において、滑り速度5m/s、試験圧力0.6MPa、滑り距離18km、相手材に金属(S45C)を用い、前記硬化物に対する試験前後の前記金属の摩耗量を測定する。
【請求項8】
前記摺動部材用熱硬化性樹脂組成物の硬化物のガラス転移温度以下における線膨張係数が20ppm/K以下である、請求項1~7のいずれかに記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物。
【請求項9】
前記摺動部材用熱硬化性樹脂組成物の硬化物のガラス転移温度が200℃以上である、請求項1~8のいずれかに記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物。
【請求項10】
前記摺動部材用熱硬化性樹脂組成物の硬化物の熱伝導率が5w/mK以上である、請求項1~9のいずれかに記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物。
【請求項11】
前記黒鉛は鱗状黒鉛、鱗片状黒鉛および球状黒鉛から選択された少なくとも1種を含む、請求項1~10のいずれかに記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物。
【請求項12】
請求項1~11のいずれかに記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物を硬化してなる硬化物。
【請求項13】
請求項12に記載の硬化物からなる摺動部材。
【請求項14】
請求項13に記載の摺動部材を含む真空ポンプ。
【請求項15】
請求項1~11のいずれかに記載の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物をインジェクション成形する工程を含む、摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材用熱硬化性樹脂組成物、当該組成物からなる硬化物およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
フェノール樹脂を含有する組成物から得られる成形材料は、耐熱性、寸法精度、耐摩耗性、機械的強度等のバランスに優れており、各分野において幅広く用いられている。
【0003】
特許文献1~3には、フェノール樹脂と、黒鉛等を含む摺動部材が開示されている。
特許文献4には、フェノール樹脂と、無機補強繊維と、金属水和物とを含む摺動部材成形材料が開示されている。フェノール樹脂としては、ノボラック型フェノール樹脂、レゾール型フェノール樹脂が例示されている。
【0004】
特許文献5には、フェノール樹脂と、ガラスビーズ、ガラス粉末、または炭素繊維である無機充填材とを含有するフェノール樹脂成形材料が開示されている。
【0005】
特許文献6には、フェノール樹脂と、炭素材料と、金属アルコキシド化合物または金属キレート化合物とを含む摺動材料組成物が開示されている。
特許文献4~6において、フェノール樹脂としては、ノボラック型フェノール樹脂、レゾール型フェノール樹脂が例示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平11-279413号公報
【文献】特開2005-047971号公報
【文献】特開2005-272652号公報
【文献】特開2007-177147号公報
【文献】特開2015-120848号公報
【文献】特開2017-155089号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
摺動材料が用いられる用途のなかでも、真空ポンプは高回転数、高温下で使用されることから、摺動特性に優れ、さらに熱時の寸法変化率が低く耐熱性に優れた材料が求められている。これらの特性を満たすために、黒鉛の添加量を増やすことが考えられる。しかしながら、黒鉛の添加量が増えると成形体の機械特性が低下し、また樹脂が減量されるため、組成物の流動性が低下して成形性が低下する。
【0008】
このように、摺動特性および耐熱性と、機械特性および成形性とは、トレードオフの関係にあり、何れの特性もバランスよく優れる成形材料(樹脂組成物)が求められていた。特許文献1~6に記載の従来の技術においても、この点に改善の余地があった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、黒鉛と、レゾール型フェノール樹脂とを組み合わせて用いることにより、当該前記黒鉛を所定量で含有することができ、上記の課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、以下に示すことができる。
【0010】
本発明によれば、
黒鉛と、レゾール型フェノール樹脂と、を含み、
前記黒鉛を55質量%以上82質量%以下の量で含有する、摺動部材用熱硬化性樹脂組成物が提供される。
【0011】
本発明によれば、
前記摺動部材用熱硬化性樹脂組成物を硬化してなる硬化物が提供される。
【0012】
本発明によれば、
前記硬化物からなる摺動部材が提供される。
【0013】
本発明によれば、
前記摺動部材を含む真空ポンプが提供される。
【0014】
本発明によれば、
前記摺動部材用熱硬化性樹脂組成物をインジェクション成形する工程を含む、摺動部材の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、摺動特性および機械特性に優れ、さらに高温下の寸法変化率が低く耐熱性に優れた硬化物を得ることができる、成形性に優れた摺動部材用熱硬化性樹脂組成物を提供することができる。言い換えれば、本発明の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物によれば、これらの効果にバランスよく優れる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物を実施の形態に基づいて説明する。また、「~」は特に断りがなければ「以上」から「以下」を表す。
【0017】
本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は、黒鉛と、レゾール型フェノール樹脂と、を含む。
【0018】
[黒鉛]
黒鉛としては、特に限定されず、土状黒鉛、鱗状黒鉛などがあり、いずれも使用することができる。
【0019】
本実施形態において、摺動部材用熱硬化性樹脂組成物(100質量%)は、黒鉛を55質量%以上82質量%以下、好ましくは57質量%以上80質量%以下、より好ましくは60質量%以上75質量%以下の量で含有することができる。
【0020】
上記量で黒鉛を含む本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物によれば、成形性に優れ、さらに摺動特性および機械特性に優れるとともに熱時の寸法変化率が低く耐熱性に優れた硬化物を得ることができる。
【0021】
黒鉛の平均粒子径は1~40μmが好ましく、より好ましくは3~30μmである。平均粒子径が前記下限値未満のものも使用できるが、流動性の低下から適当とはいえない。また前記上限値を超えると摺動特性が低下するようになる。したがって、上記の平均粒子径の範囲であれば、流動性および摺動特性にバランスよく優れる。
また、熱伝導率の高い黒鉛を用いると摺動時に発生する熱を排熱しやくなり、熱の影響を抑えられることが期待できる。そのような黒鉛としては鱗状黒鉛、鱗片状黒鉛、球状黒鉛が挙げられ、1種または2種以上を組み合わせ用いることができる。
なお、平均粒子径は、レーザー回折散乱法によって求めた黒鉛の粒度分布において、体積積算が50%での粒径(D50)を意味する。
【0022】
[レゾール型フェノール樹脂]
レゾール型フェノール樹脂は、原料のフェノール類とアルデヒド類とを、塩基性触媒の存在下で、通常、フェノール類に対するアルデヒド類のモル比(アルデヒド類/フェノール類)を1.3~1.7として反応させて得ることができる。もちろん、レゾール型フェノール樹脂は、市販品であってもよい。
【0023】
原料のフェノール類は、特に限定されない。例えば、フェノール、o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール、キシレノール、アルキルフェノール類、カテコール、レゾルシン等が挙げられる。
原料としてフェノール類を1種のみを用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0024】
原料のアルデヒド類は、特に限定されない。例えば、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、ベンズアルデヒド等のアルデヒド化合物、およびこれらのアルデヒド化合物の発生源となる物質、あるいはこれらのアルデヒド化合物の溶液等が挙げられる。
原料としてアルデヒド類を1種のみを用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0025】
レゾール型フェノール樹脂の数平均分子量は、本発明の効果の観点から、400以上2000以下、好ましくは450以上1800以下、さらに好ましくは500以上1500以下とすることができる。
数平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)により、ポリスチレン標準物質を用いて作成した検量線をもとに算出することができる。
【0026】
レゾール型フェノール樹脂は、本発明の効果の観点から、摺動部材用熱硬化性樹脂組成物(100質量%)中に、好ましくは10質量%以上50質量%以下、より好ましくは15質量%以上45質量%以下、特に好ましくは20質量%以上40質量%以下の量で含むことができる。
【0027】
[繊維フィラー]
本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は、本発明の効果に影響を及ぼさない範囲で、さらに繊維フィラーを含むことができ、好ましくは15質量%以下、より好ましくは10質量%以下、特に好ましくは8質量%以下の量で含むことができる。
【0028】
繊維フィラーとしては、ガラス繊維、炭素繊維およびロックウール等が挙げられる。なお、ガラス繊維としては、特に限定されないが、例えば、数平均繊維径が10~15μm、数平均繊維長が1~3mmであるものを用いることが好ましく、数平均繊維径が11~13μm、数平均繊維長が2~3mmであるものであるとさらに好ましい。
【0029】
[ワックス]
本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は、さらにワックスを含むことができる。ワックスとしては、本発明の効果を奏する範囲で公知のワックスを用いることができ、パラフィンワックス、モンタンワックス、及びカルナウバワックス等の天然ワックス、炭化水素系ワックス、高級脂肪酸、及び高級脂肪酸を誘導して得られるワックス等が挙げられる。ワックスは、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0030】
炭化水素系ワックスとしては、炭素数が24以上のパラフィン系ワックス、炭素数が26以上のオレフィン系ワックス、炭素数が28以上のアルキルベンゼン、マイクロクリスタリンワックスが挙げられる。
【0031】
高級脂肪酸としては、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、セロチン酸及びモンタン酸等の炭素数が12以上の高級飽和脂肪酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、エライジン酸、オクタデセン酸、アラキドン酸、カドレイン酸、エルカ酸、及びパリナリン酸等の炭素数が18以上の不飽和脂肪酸等が挙げられる。
【0032】
高級脂肪酸を誘導して得られるワックスとしては、高級脂肪酸エステル、高級脂肪酸アミド、及び高級脂肪酸塩(金属石鹸)等が挙げられる。
【0033】
高級脂肪酸エステルは、上記高級脂肪酸と一価又は多価アルコールとのエステルである。一価アルコールとしては、カプリルアルコール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、パルミチルアルコール、ステアリルアルコール及びベヘニルアルコール等が挙げられ、多価アルコールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、グリセリン、ペンタエリスリトール及びソルビット等が挙げられる。
【0034】
高級脂肪酸エステルとしては、ステアリルステアレート、ペンタエリスリトールテトラステアレート、ステアリン酸モノグリセリド、ベヘン酸モノグリセリド及びモンタン酸ワックス等が挙げられる。
【0035】
高級脂肪酸アミドとしては、ラウリン酸アミド、パルミチン酸アミド、ステアリン酸アミド及びベヘニン酸アミド等の飽和高級脂肪酸アミド、エルカ酸アミド、オレイン酸アミド、ブラシジン酸アミド及びエライジン酸アミド等の不飽和高級脂肪酸アミド並びにメチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスステアリン酸アミド及びエチレンビスオレイン酸アミド等の高級脂肪酸ビスアミドが挙げられる(高級脂肪酸メチルアミド及び高級脂肪酸エチルアミド等の飽和又は不飽和高級脂肪酸アルキルアミドも含む)。
【0036】
高級脂肪酸塩(金属石鹸)は、前記高級脂肪酸とリチウム、ナトリウム及びカリウム等のアルカリ金属又はマグネシウム、カルシウム及びバリウム等のアルカリ土類金属との塩であり、高級脂肪酸塩としては、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸亜鉛及びステアリン酸マグネシウム等が挙げられる。
【0037】
上記ワックスの含有量は、特に限定されないが、摺動部材用熱硬化性樹脂組成物(100質量%)に対し、好ましくは0.2質量%以上10質量%以下、好ましくは0.5質量%以上5質量%以下である。上記範囲であれば、摺動特性により優れ、流動性にもより優れる。
【0038】
[シリカ粒子]
本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は、さらにシリカ粒子を含むことができる。シリカ粒子を含むことにより、硬化物のガラス転移温度以下における線膨張係数をさらに低下させることができ、高回転数、高温下で使用される真空ポンプのローターやベーンのような部材により好適に用いることができる。
【0039】
シリカ粒子としては、特に限定されないが、例えば、ヒュームドシリカ、焼成シリカ、沈降シリカ、溶融シリカ等が用いられる。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0040】
シリカ粒子の線膨張係数は、好ましくは1ppm/K以下、より好ましくは0.8ppm/K以下とすることができる。これにより、硬化物のガラス転移温度以下における線膨張係数をさらに低下させることができる。
【0041】
本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物100質量%は、シリカ粒子を好ましくは3質量%以上30質量%以下、より好ましくは3質量%以上20質量%以下、さらに好ましくは4質量%以上15質量%以下の量で含むことができる。
【0042】
[カップリング剤]
本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は、さらにカップリング剤を含むことができる。カップリング剤を含むことにより、黒鉛と樹脂との親和性が向上し、その結果、得られる硬化物(摺動部材)の機械的強度をより一層向上させることができる。
【0043】
カップリング剤としては、本発明の効果を奏する範囲で公知の化合物を用いることができ、例えば、シランカップリング剤、チタンカップリング剤、アルミニウムカップリング剤、ジルコニウムカップリング剤、ジルコアルミネートカップリング剤等が挙げられる。カップリング剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0044】
シランカップリング剤としては、例えば、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシランなどのエポキシ基含有アルコキシシラン化合物;γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリエトキシシランなどのメルカプト基含有アルコキシシラン化合物;γ-ウレイドプロピルトリエトキシシラン、γ-ウレイドプロピルトリメトキシシラン、γ-(2-ウレイドエチル)アミノプロピルトリメトキシシランなどのウレイド基含有アルコキシシラン化合物;γ-イソシアナトプロピルトリエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリクロロシランなどのイソシアナト基含有アルコキシシラン化合物;γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリメトキシシランなどのアミノ基含有アルコキシシラン化合物;γ-ヒドロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-ヒドロキシプロピルトリエトキシシランなどの水酸基含有アルコキシシラン化合物などが挙げられる。
【0045】
チタンカップリング剤としては、イソプロピルトリイソステアロイルチタネート、イソプロピルトリドデシルベンゼンスルホニルチタネート、イソプロピルトリス(ジオクチルパイロホスフェート)チタネート、テトライソプロピルビス(ジオクチルホスファイト)チタネート、テトラオクチルビス(ジトリデシルホスファイト)チタネート、テトラ(2,2-ジアリルオキシメチル-1-ブチル)ビス(ジ-トリデシル)ホスファイトチタネート、ビス(ジオクチルパイロホスフェート)オキシアセテートチタネート、ビス(ジオクチルパイロホスフェート)エチレンチタネート、イソプロピルトリオクタノイルチタネート、イソプロピルジメタクリルイソステアロイルチタネート、イソプロピル(ジオクチルホスフェート)チタネート、イソプロピルトリクミルフェニルチタネート、イソプロピルトリ(N-アミノエチルアミノエチル)チタネート、ジクミルフェニルオキシアセテートチタネート、ジイソステアロイルエチレンチタネート等が挙げられる。
【0046】
アルミニウムカップリング剤としては、アセトアルコキシアルミニウムジイソプロピオネート等が挙げられる。
【0047】
ジルコニウムカップリング剤としては、テトラプロピルジルコネート、テトラブチルジルコネート、テトラ(トリエタノールアミン)ジルコネート、テトライソプロピルジルコネート、ジルコニウムアセチルアセトネートアセチルアセトンジルコニウムブチレート、ステアリン酸ジルコニウムブチレート等が挙げられる。
【0048】
カップリング剤は、摺動部材用熱硬化性樹脂組成物(100質量%)中、好ましくは0.01質量%以上4.0質量%以下であり、より好ましくは0.1質量%以上1.0質量%以下である。
【0049】
[その他の成分]
本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は、必要に応じて、上述の成分以外に、その他の成分として、硬化助剤、収縮抑制剤等を含むことができる。
【0050】
[摺動部材用熱硬化性樹脂組成物の製造方法]
本発明の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は、黒鉛、およびレゾール型フェノール樹脂を配合し、必要に応じて繊維フィラー、ワックス、シリカ粒子、カップリング剤、その他の成分などを添加した材料を予備混合した後、加熱ロールまたは二軸混練機等を用いて加熱混練し、冷却後に粉砕または造粒化して得ることができる。
【0051】
[摺動部材用熱硬化性樹脂組成物の特性]
本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は、ラボプラストミルを用いて回転数30rpm、測定温度110℃の条件でトルク値を経時的に測定した際に、最低トルク値が好ましくは25N・m以下、より好ましくは24N・m以下である。
最低トルク値が上記範囲にあることにより、流動性に優れることから、インジェクション成形が可能となり成形性に優れる。
【0052】
<硬化物およびその特性>
本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は加熱硬化することにより硬化物を得ることができる。
【0053】
本実施形態の硬化物は、以下の条件1で測定される寸法変化率を0.30%以下、好ましくは0.25%以下、より好ましくは0.20%以下とすることができる。
このように、本実施形態の硬化物は高温使用下における寸法変化率が低く耐熱性に優れることから、高回転数、高温下で使用される真空ポンプのローターやベーンのような部材に好適に用いることができる。
【0054】
(条件1)
金型温度175℃、硬化時間3分間で成形された直径50mm×高さ3mmの略円柱状の硬化物において、加熱前の直径をA、200℃で1,000時間加熱した後の直径をBとし、式:[(A-B)/A]×100により算出する。
【0055】
以下の条件2で測定される、前記条件1に記載の硬化条件で得られた硬化物の摩擦係数が0.23以下、好ましくは0.21以下、さらに好ましくは0.20以下である。
このように、本実施形態の硬化物は摩擦係数が小さく、摺動性に優れることから、各種ポンプ等の摺動部材に好適に用いることができる。
【0056】
(条件2)
JIS K7218に準拠したピンオンディスク法において、滑り速度5m/s、試験圧力0.6MPa、滑り距離18km、相手材に金属(S45C)を用いて、前記硬化物の摩擦係数を測定する。
【0057】
以下の条件3で測定される、前記条件1に記載の硬化条件で得られた硬化物の金属摩耗量が1.0mg以下、好ましくは0.8mg以下である。
このように、本実施形態の硬化物は金属摩耗量が小さく、摺動性に優れることから、各種ポンプ等の相手部材の劣化を抑制することができる。例えば、真空ポンプにおいては、硬化物からなるベーン等が金属製の相手部材を摩耗する量が小さいことから、部材間のクリアランスが保たれ、空気の排出能力の低下が抑制される。
【0058】
(条件3)
JIS K7218に準拠したピンオンディスク法において、滑り速度5m/s、試験圧力0.6MPa、滑り距離18km、相手材に金属(S45C)を用い、前記硬化物に対する試験前後の前記金属の摩耗量を測定する。
【0059】
本実施形態においては、前記条件1に記載の硬化条件で得られた硬化物のガラス転移温度以下における線膨張係数が、20ppm/K以下、好ましくは19ppm/K以下、さらに好ましくは18ppm/K以下である。
このように本実施形態の硬化物は耐熱性に優れることから、高回転数、高温下で使用される真空ポンプのローターやベーンのような部材に好適に用いることができる。
【0060】
本実施形態においては、前記条件1に記載の硬化条件で得られた硬化物のガラス転移温度が200℃以上、好ましくは220℃以上、さらに好ましく240℃以上である。
このように本実施形態の硬化物は耐熱性に優れることから、高回転数、高温下で使用される真空ポンプのローターやベーンのような摺動部材に好適に用いることができる。
【0061】
本実施形態においては、前記条件1に記載の硬化条件で得られた硬化物の熱伝導率が5w/mK以上、好ましくは8w/mK以上、さらに好ましく10w/mK以上である。
このように本実施形態の硬化物は熱伝導性に優れることから摩擦による熱を効果的に放熱することができ、真空ポンプのローターやベーンのような摺動部材に好適に用いることができる。
【0062】
<摺動部材、真空ポンプ>
本実施形態の摺動部材は、上述の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物の硬化物からなる。
本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物を硬化してなる硬化物(成形品)は、摺動特性および機械特性に優れ、さらに熱時の寸法変化率が低く耐熱性に優れているので、各種摺動部品として好適に用いることが出来る。
【0063】
本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は流動性に優れることから、インジェクション成形により摺動部材を得ることができ、生産性に優れる。
【0064】
摺動部材としては、特に制限されないが、例えば、ギヤ、軸受、ベアリングリテーナー、プーリー、ガイド、ローラー、ベーン、ローター等が挙げられる。
【0065】
本実施形態において、本実施形態の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物から得られる硬化物は、摺動特性および機械特性に優れ、さらに高温下の寸法変化率が低く耐熱性に優れることから、真空ポンプのベーンおよび/またはローター等に好適に用いることができる。
【0066】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、本発明の効果を損なわない範囲で、上記以外の様々な構成を採用することができる。
【実施例】
【0067】
以下に、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0068】
実施例においては以下の原料を用いた。
・レゾール型フェノール樹脂:住友ベークライト社製、PR-53529
・ノボラック型フェノール樹脂:(住友ベークライト社製、PR-51470)
・硬化助剤:ヘキサメチレンテトラミン
・黒鉛:西村黒鉛社製 土状黒鉛
・ガラス繊維:日東紡社製、チョップドストランド
・ワックス:日本油脂社製、ステアリン酸
・シリカ粒子:ELKEM社製、線膨張係数0.5ppm/K、平均粒径150nm
【0069】
[実施例1~7、比較例1~4]
各実施例および比較例について、下記表1に示す配合量(質量部)に従って各成分を配合した材料混合物を回転速度の異なる加熱ロールで混練し、シート状に冷却したものを粉砕することにより、顆粒状の成形材料(摺動部材用熱硬化性樹脂組成物)を得た。
得られた摺動部材用熱硬化性樹脂組成物を用いて、以下の方法で物性を測定した。
【0070】
[摺動特性]
・動摩擦係数:
金型温度175℃、硬化時間3分間で直径50mm×高さ3mmの略円柱状の硬化物を成形し、JIS K7218に準拠したピンオンディスク法において、滑り速度5m/s、試験圧力0.6MPa、滑り距離18km、相手材に金属(S45C)を用いて、前記硬化物の摩擦係数を測定した。
【0071】
・樹脂摩耗量(mg)
JIS K7218に準拠したピンオンディスク法において、滑り速度5m/s、試験圧力0.6MPa、滑り距離18km、相手材に金属(S45C)を用い、前記金属に対する試験後の前記硬化物の樹脂摩耗量を測定した。
【0072】
・金属摩耗量(mg)
JIS K7218に準拠したピンオンディスク法において、滑り速度5m/s、試験圧力0.6MPa、滑り距離18km、相手材に金属(S45C)を用い、前記硬化物に対する試験後の前記金属の摩耗量を測定した。
【0073】
[耐熱性]
・寸法変化(%):
金型温度175℃、硬化時間3分間で成形された直径50mm×高さ3mmの略円柱状の硬化物において、加熱前の直径をA、200℃で1,000時間加熱した後の直径をBとし、式:[(A-B)/A]×100により算出した。
【0074】
・熱線膨張係数およびガラス転移点:
前記硬化物について、セイコーインスツルメント社製熱機械分析装置EXSTAR6000を用いて、空気雰囲気下、5℃/分で測定を行った。
【0075】
[成形性]
・インジェクション成形の可否:
東芝機械製射出成形機EC-100NRを用いて、金型温度175℃、硬化時間1分で ISO3167に準拠した試験片の成形を行い、以下の判定基準でインジェクション成形の可否を評価した。
〇:外観良好
×:未充填部がある
【0076】
・110℃最低トルク値:
ラボプラストミル試験機(東洋精機製作所社製、4C150)を用いて、回転数30rpm、測定温度110℃の条件で摺動部材用熱硬化性樹脂組成物の溶融トルクを経時的に測定し、最低トルク値を得た。
【0077】
[機械特性]
・曲げ強度(MPa)及び曲げ弾性率(GPa):
インジェクション成形の可否を判断するに際して成形された上記試験片を用い、ISO 178に準じて曲げ強度、弾性率を測定した。
【0078】
[放熱性]
・熱伝導率:
(硬化物の作製)
インジェクション成形の可否を判断するに際して成形された上記試験片から□10mmの熱拡散率測定用サンプルを切り出し、熱拡散率測定に用いた。
【0079】
(樹脂成形体の比熱)
得られた上記の試験片について、DSC法により比熱(Cp)を測定した。
【0080】
(樹脂成形体の熱伝導率の測定)
次に、上記試験片を□10x厚み2mmに切り出しNEYZSCH社製のXeフラッシュアナライザーLFA447を用いて非定常法により板状の試験片の厚み方向の熱拡散係数(α)の測定を行った。測定は、大気雰囲気下、25℃の条件下で行った。
硬化物について、得られた熱拡散率(α)、比熱(Cp)、密度(ρ)の測定値から、下記式に基づいて熱伝導率を算出した。
熱伝導率[W/m・K]=α[m2/s]×Cp[J/kg・K]×ρ[g/cm3]
【0081】
【0082】
表1に記載のように、レゾール型フェノール樹脂と、所定量の黒鉛を含む本発明の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は、成形性に優れ、さらに摺動特性および機械特性に優れ、かつ高温下の寸法変化率が低く耐熱性に優れた硬化物を得ることができること、言い換えればこれらの特性のバランスに優れることが明らかとなった。
【0083】
この出願は、2021年3月5日に出願された日本出願特願2021-035196号を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【要約】
本発明の摺動部材用熱硬化性樹脂組成物は、黒鉛と、レゾール型フェノール樹脂と、を含み、前記黒鉛を55質量%以上82質量%以下の量で含有する。