(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-31
(45)【発行日】2022-11-09
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍条件の決定方法およびその決定方法を用いた方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 8/12 20060101AFI20221101BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20221101BHJP
C23C 22/00 20060101ALI20221101BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20221101BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20221101BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20221101BHJP
【FI】
C21D8/12 B
C21D9/46 501B
C23C22/00
H01F1/147
C22C38/00 303U
C22C38/60
(21)【出願番号】P 2022541907
(86)(22)【出願日】2022-03-03
(86)【国際出願番号】 JP2022009253
【審査請求日】2022-07-06
(31)【優先権主張番号】P 2021033961
(32)【優先日】2021-03-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 誠
(72)【発明者】
【氏名】寺島 敬
(72)【発明者】
【氏名】山田 拓弥
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/067136(WO,A1)
【文献】特開2020-169373(JP,A)
【文献】特開2004-292834(JP,A)
【文献】特開平05-195239(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2006-0013177(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12, 9/46
C23C 22/00
H01F 1/12- 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向性電磁鋼板用の鋼素材を熱間圧延した後、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し、さらに、一次再結晶焼鈍を兼ねた脱炭焼鈍を施し、焼鈍分離剤を塗布してコイル状に巻き取ったのち、仕上げ焼鈍を施して下地被膜を形成し、ついで、平坦化焼鈍を施して製品板とする、方向性電磁鋼板の製造工程において、
上記仕上げ焼鈍の条件を決定するに際し、
1)前記脱炭焼鈍後の鋼板を、長手方向および幅方向に複数の区画に区分したときの該区画毎に、前記脱炭焼鈍後の鋼板における内部酸化膜中の濃化成分指標(M)の情報を得ること、
2)前記仕上げ焼鈍条件の決定に先立ち、前記濃化成分に対する、該仕上げ焼鈍の制御項目が前記下地被膜の特性へ与える影響の評価結果に基づいて、前記仕上げ焼鈍の制御項目の前記濃化成分指標(M)に対する最適関数f(M)を導出しておくこと、
3)前記仕上げ焼鈍の制御項目の設定値(H)となる複数の候補値に対する、前記区画毎の制御項目の分布についての、前記鋼板全体における情報を得ること、
4)前記区画毎の制御項目の分布が、前記f(M)に対して所定の許容値(±δ)の範囲内であるかを判別するとともに、前記許容値の範囲内となる区画の合計面積が最大となる制御項目の設定値(H)を前記複数の候補値から選択すること、
を行う方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍条件の決定方法。
【請求項2】
前記濃化成分指標(M)を、鋼板表面のO濃度、Si濃度、Al濃度、Mn濃度、P濃度、Fe
2SiO
4強度比、SiO
2強度比およびFeO強度比のうちのいずれか1種または2種以上とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍条件の決定方法。
【請求項3】
前記仕上げ焼鈍の制御項目を、最終仕上げ焼鈍の950~1100℃間の昇温速度、雰囲気切り替え温度、均一化熱処理時間および均一化熱処理温度のいずれか1種または2種以上とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍条件の決定方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の仕上焼鈍条件の決定方法を用いることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍条件の決定方法に関し、具体的には、コイル長手方向および幅方向におけるフォルステライトやスピネルなどを主体とする下地被膜を均一に被成させて高品質な方向性電磁鋼板を高い歩留まりで得るための方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍条件の決定方法に関するものである。
また、本発明は、上記仕上げ焼鈍条件の決定方法を用いた方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電磁鋼板は、変圧器やモータの鉄心等の材料として広く用いられている軟磁性材料であり、中でも方向性電磁鋼板は、結晶方位がGoss方位と呼ばれる{110}<001>方位に高度に集積し、磁気特性に優れているため、主として大型の変圧器の鉄心等に使用されている。
【0003】
上記方向性電磁鋼板は、Siを多く含有する鋼素材を熱間圧延し、さらに冷間圧延して得た冷延板に、脱炭焼鈍を施した後、MgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布し、仕上げ焼鈍を施すことで製造するのが一般的である。そして、前記Goss方位への高度の集積は、上記仕上げ焼鈍において、800℃以上の高温に長時間保持し、二次再結晶を起こすことで達成している。
【0004】
前記仕上げ焼鈍においては、二次再結晶を起こした後、1200℃程度の高温に加熱することで、鋼中の不純物を排出するとともに、脱炭焼鈍工程で生成した内部酸化膜とMgOを主体とする焼鈍分離剤とを反応させて、フォルステライト主体の下地被膜を形成している。
【0005】
この下地被膜は、鋼板に張力を付与して鉄損を低減する効果を有する他、その後に被成する絶縁被膜のバインダーとしても機能し、鋼板の絶縁性や耐食性の向上にも寄与する。
【0006】
ここで、脱炭焼鈍時に生成する内部酸化膜は、前工程での残留酸化物や鋼板表面の集合組織の影響を受けること、酸化が非平衡反応で行われること、酸化と同時に脱炭も起こること、などから複雑な酸化挙動の影響を受ける。また、かかる脱炭焼鈍は、高露点の焼鈍でもあるため、炉内雰囲気を均一に保つことが極めて困難であり、鋼板の表裏面やコイル端部と中央部などにおいて、その酸化にムラが生じやすいという問題があった。
【0007】
他方、仕上げ焼鈍については、コイルに巻き取った鋼板を、仕上げ焼鈍炉内にコイル軸が鉛直になる、アップエンド状態にして配置し、高温中に長時間保持するため、コイル内での温度ムラが生じる。この温度ムラに起因して、コイルの長手方向や板幅方向で被膜特性にバラツキが生じるという問題があった。
【0008】
特に、アップエンドにしたコイルの上下端の外縁部は、仕上げ焼鈍時に過加熱となるため、下地被膜が剥離したり、点状欠陥が生じたりする不具合が発生する。そのため、製品歩留まりが低下しやすくなるという問題があった。
【0009】
これらの問題点を解決するために、特に仕上げ焼鈍の条件を工夫して磁気特性や被膜特性を改善する技術が種々提案されている。例えば、特許文献1には、仕上げ焼鈍の特定温度域で、炉内圧力の増減を繰り返すことによって、鋼板の純化を促進する方法が提案されている。
【0010】
また、特許文献2には、焼鈍分離剤として、安息角や嵩高さを制限したMgOを用いるとともに、焼鈍分離剤塗布後のコイルの巻き張力を適正化することで、コイル形状を改善する方法が提案されている。
【0011】
特許文献3には、炉床回転式の箱型炉で仕上げ焼鈍を行うに際して、インナーカバーの下端部に、特定の粒径のシール材を使用することにより、磁気特性や被膜特性の劣化を抑制する方法が提案されている。
【0012】
特許文献4や特許文献5には、Biを添加した鋼板において、仕上げ焼鈍における雰囲気ガスの流量を高めて、下地被膜の付与張力を高める方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2000-239736号公報
【文献】特開2001-303137号公報
【文献】特開平08-209248号公報
【文献】特開平09-003541号公報
【文献】特開平09-111346号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、前記特許文献1に記載の方法では、圧力を低下させた時に、焼鈍炉内で局所的に負圧が発生すると、炉内に大気が侵入して雰囲気ガスが異常燃焼し、被膜特性が劣化する、おそれがあった。
【0015】
また、特許文献2に記載の方法では、コイル形状はある程度改善されるものの、巻き張力を強めることによりコイルが巻き締まり、コイル層間の雰囲気ガスの流れが悪くなり、磁気特性や被膜特性が劣化する、おそれがあった。
【0016】
特許文献3に記載のシール材の粒径を特定サイズに限定する方法や、特許文献4および特許文献5に記載のガス流量を高める方法では、磁気特性や被膜特性の改善にも限界があり、十分な改善効果が得られないという問題が残っていた。
【0017】
前述のように、これらの特許文献に記載の技術を適用することによって、確かに、被膜特性や磁気特性の改善は徐々に進んできている。
しかしながら、近年における厳しい品質要求に応えるには、未だ十分とは言えない。特に、仕上げ焼鈍時のコイルの上部や下部(コイル幅方向両端部)ならびにコイルの内巻部や外巻部(コイル長手方向両端部)で発生する下地被膜特性の不良については、製品出荷の前に切り落とさざるを得ず、このために生じる歩留まり低下が、方向性電磁鋼板の製造コストの上昇を招いていた。
【0018】
本発明は、従来技術が抱える上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、仕上げ焼鈍時のコイル上下部や内外巻部などの、フォルステライト質などの下地被膜特性が劣化しやすい部位においても、良好な被膜特性を付与することにより、上述の近年における厳しい品質要求に応える高品質な方向性電磁鋼板を高い歩留まりで製造するための方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍条件の決定方法およびその決定方法を用いた製造方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、
脱炭焼鈍板におけるO,Si,Al,Mn,Pのそれぞれの濃度あるいは酸化物生成成分のFe2SiO4、SiO2、FeOを含む内部酸化膜の濃化成分の状態(強度比)および、仕上げ焼鈍条件が、コイル内の位置によってそれぞればらついていることが歩留まり低下の原因である、
しかしながら、かかる内部酸化膜の濃化成分の状態と仕上げ焼鈍の条件について、コイル内でのばらつきを低減することは、現行の製造機器では困難である、
一方、内部酸化膜の濃化成分の状態に応じ、仕上げ焼鈍の条件を調整することで良好な下地被膜を得ることができれば、コイル内での下地被膜特性の劣化を低減することが可能である、
との知見を得た。
本発明者らは、かかる知見に基づきさらに検討を重ね、内部酸化膜の濃化成分の状態と仕上げ焼鈍の条件のコイル内ばらつきから歩留まりが最適となる制御モデルを構築し、本発明を完成させた。
【0020】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
1.方向性電磁鋼板用の鋼素材を熱間圧延した後、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し、さらに、一次再結晶焼鈍を兼ねた脱炭焼鈍を施し、焼鈍分離剤を塗布してコイル状に巻き取ったのち、仕上げ焼鈍を施して下地被膜を形成し、ついで、平坦化焼鈍を施して製品板とする、方向性電磁鋼板の製造工程において、
上記仕上げ焼鈍の条件を決定するに際し、
1)前記脱炭焼鈍後の鋼板を、長手方向および幅方向に複数の区画に区分したときの該区画毎に、前記脱炭焼鈍後の鋼板における内部酸化膜中の濃化成分指標(M)の情報を得ること、
2)前記仕上げ焼鈍条件の決定に先立ち、前記濃化成分に対する、該仕上げ焼鈍の制御項目が前記下地被膜の特性へ与える影響の評価結果に基づいて、前記仕上げ焼鈍の制御項目の前記濃化成分指標(M)に対する最適関数f(M)を導出しておくこと、
3)前記仕上げ焼鈍の制御項目の設定値(H)となる複数の候補値に対する、前記区画毎の制御項目の分布についての、前記鋼板全体における情報を得ること、
4)前記区画毎の制御項目の分布が、前記f(M)に対して所定の許容値(±δ)の範囲内であるかを判別するとともに、前記許容値の範囲内となる区画の合計面積が最大となる制御項目の設定値(H)を前記複数の候補値から選択すること、
を行う方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍条件の決定方法。
【0021】
2.前記濃化成分指標(M)を、鋼板表面のO濃度、Si濃度、Al濃度、Mn濃度、P濃度、Fe2SiO4強度比、SiO2強度比およびFeO強度比のうちのいずれか1種または2種以上とする前記1に記載の方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍条件の決定方法。
【0022】
3.前記仕上げ焼鈍の制御項目を、最終仕上げ焼鈍の950~1100℃間の昇温速度、雰囲気切り替え温度、均一化熱処理時間および均一化熱処理温度のいずれか1種または2種以上とする前記1または2に記載の方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍条件の決定方法。
【0023】
4.前記1から3のいずれか1項に記載の仕上焼鈍条件の決定方法を用いることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、コイルの長手、幅方向の位置に拘わらず下地被膜の特性に優れる方向性電磁鋼板を安定して製造することが可能となる。従って、本発明は、製品品質の向上、歩留りの向上および製造コストの低減に大いに寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】コイル全長全幅のP強度の分布をマッピングした図である。
【
図2】鋼板のP強度に対する雰囲気切り替え温度と、被膜特性の関係を示す図である。
【
図3】コイルにおける仕上げ焼鈍中の代表点が830℃での温度分布をシミュレーションした図である。
【
図4】コイル全長全幅のP強度から想定される計算値的に最適な雰囲気切り替え温度と、700℃、800℃、900℃での雰囲気切り替え温度時点の各コイル位置での計算から得られた推定温度との差をマッピングした図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
まず、本発明を開発するに至った実験について説明する。
<実験1>
C:0.06mass%、Si:3.3mass%、Mn:0.07mass%、Al:0.016mass%、S:0.003mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼を溶製し、連続鋳造法で鋼素材(スラブ)とした後、該スラブを1380℃に加熱し、熱間圧延して板厚2.2mmの熱延板とし、1000℃×60秒の条件の熱延板焼鈍を施した後、一次冷間圧延して中間板厚の1.8mmとし、1100℃×80秒の条件の中間焼鈍を施した後、二次冷間圧延して最終板厚0.23mmの冷延板とした。
【0027】
次いで、かかる冷延板に、水平式(横型)の連続焼鈍炉を用いて、加熱過程の500~700℃間を100℃/sの昇温速度で昇温し、さらに加熱し860℃としたのち、かかる温度で140秒間保持する、一次再結晶焼鈍を兼ねた脱炭焼鈍を施した。この脱炭焼鈍においては、焼鈍炉の上方および下方から、vol%比でH2:N2=60:40の雰囲気ガスを供給した。
【0028】
脱炭焼鈍を終了後の鋼板について、コイルに巻き取る前にオンラインで蛍光X線装置を用いて内部酸化膜における濃化成分の1つであるPの強度(かかる強度はX線の強度であって、濃度(または濃化量)と比例関係にある。よって、本発明において強度と濃度(濃化量)は同義に解してよい)の分析を行った。このとき、蛍光X線装置はエネルギー分散型を用い、電圧:50kv、電流:10mAの条件で行った。このP強度の分析を板幅方向に50mmごと、かつ長手方向に50mごとに行い、X線のP強度の分布マップを作成した。このマップを
図1に示す。なお、コイルの全長:5000mおよび全幅:1000mmである。
【0029】
同図から、鋼板の、長手方向および幅方向ともに、X線のP強度が1.4~2.6kcpsの範囲内で緩やかに変化していることがわかる。これは、焼鈍炉内の雰囲気ガスの流れや前工程における鋼板の表面性状の影響を受けているからと考えられる。
【0030】
かかる脱炭焼鈍後の冷延板に、5mass%の酸化チタンと0.1mass%のホウ酸ナトリウムとを含有するMgOを主体とする粉体を水でスラリー化した焼鈍分離剤を、鋼板表面に塗布して乾燥したのち、仕上げ焼鈍用にコイル状に巻き取った。
【0031】
次いで、仕上げ焼鈍を、該仕上げ焼鈍における制御項目の1つである、雰囲気切り替え温度を種々に変化させて行って鋼板表面に下地被膜を形成した。仕上げ焼鈍後の製品板における下地被膜について、その均一性を評価した。その結果を、脱炭焼鈍後の鋼板の内部酸化膜におけるPの強度および雰囲気切り替え温度との関係で整理して
図2に示す。ここで、下地被膜の均一性は、被膜の厚みが一定の均一な外観となっている場合を「均一」とし、周囲より厚みが薄い部分が存在する場合を「一部欠陥」として評価した。
【0032】
上記の実験結果から、P強度に応じて、仕上げ焼鈍における制御項目の1つである雰囲気切り替え温度を、適正範囲内に収めれば良好な被膜が得られることを知見した。
【0033】
これは、Pが濃化しているほど、また雰囲気切り替え温度を低下させるほど、下地被膜の形成が起こりやすくなることを意味している。したがってPの濃化量が多く雰囲気切り替え温度が低いと、下地被膜の形成が促進されすぎて局所的に下地被膜が過多となる部分が生じ、そこがはがれやすくなって下地被膜の特性が劣化する。一方、Pの濃化量が少なく雰囲気切り替え温度が高いと、下地被膜の形成が遅れることで全体的に下地被膜が薄くなり、この場合もまた下地被膜が劣化すると、発明者らは考えている。
【0034】
図2から、内部酸化膜のP強度および雰囲気切り替え温度の関係において、下地被膜の均一性が確保される領域は、1080-100×(P強度)-180℃と1080-100×(P強度)+180℃との間の領域にあることがわかる。すなわち、仕上げ焼鈍の雰囲気切り替え温度の最適値(本発明では単に最適値ともいう)は、1080-100×(P強度)(本発明では最適関数f(M)ともいう)から算出でき、かつ、これと後述する代表点の仕上げ焼鈍のH
2切り替え温度から与えられる、実際の雰囲気切り替え温度(本発明では設定値(H)ともいう)との差(本発明では、許容値δともいう)が180℃以内であれば、良好な下地被膜が形成されることが判明した。したがって、内部酸化膜のP強度に応じて仕上げ焼鈍の雰囲気(例えばH
2)切り替え温度を調整することによって、下地被膜の均一性を確保することができる。
【0035】
なお、上記代表点とは、コイル中巻き下部と接する位置の炉床に取り付けられた熱電対での測定箇所である。
また、本発明で言う設定値(H)とは、一例として挙げた、上記実際の雰囲気切り替え温度のような、実際に鋼板が到達した温度すなわちアウトプットの値を用いればよいが、命令温度(設定温度)のようないわゆるインプットの値および、燃料ガス量や投入電力量のような実際にコントロールされるものの値などでも良く、一つのシミュレートで統一していれば、上記のいずれの値も本発明に好適に用いることができる。
【0036】
次に、仕上げ焼鈍の温度履歴をシミュレーションするために、別途用意した焼鈍分離剤塗布後のコイルを用いて、該コイルに複数の熱電対を取り付けて仕上げ焼鈍を行い、そのときの温度データをもとに有限要素法を用いてコイル内部の温度をシミュレートした。
【0037】
このときの仕上げ焼鈍は、常温~950℃間をN2雰囲気で昇温速度25℃/hで加熱し、950~1100℃間をH2雰囲気で昇温速度20℃/hで加熱して二次再結晶を完了させた。その後、1100~1200℃間をH2雰囲気で昇温速度10℃/hで加熱し、1200℃の温度に10h保持する純化処理を施した。なお、上述した各温度および以下の焼鈍にかかる温度は、コイルと接する下部炉床に取り付けた熱電対での温度を制御用の代表温度(代表点の温度)として記載したものである。
【0038】
かかるヒートパターンにおいて、焼鈍途中の代表点の温度が830℃のときの、コイル内における鋼板全体の温度分布を有限要素法にてシミュレートした結果について
図3に示す。この図も幅方向へ50mmピッチおよび長手方向へ50mピッチで表記した。なお、コイルの全長:5000mおよび全幅:1000mmである。
図3の結果から、コイル中巻き部の板幅中央よりやや下方の代表点寄りで温度が最も低くなっていること、最高温度と最低温度との差が200℃程度であることがわかる。
【0039】
この結果をもとに、さらに以下の手順に従って本実験を進めた。
すなわち、N
2からH
2に雰囲気を切り替える適正な温度を、各コイル位置でのP強度から前述の1080-100×(P強度)の式を用いて算出した。また、設定候補値(h
0、h
1、h
2)とした700、800、900℃での雰囲気切り替え温度の各時点の各コイル位置でのシミュレートされた温度を算出した。そして、上記算出されたN
2からH
2に切り替える適正な温度と、上記各コイル位置でのシミュレートされた温度との差Δをマッピング表示した。その結果を
図4に示す。
【0040】
図4から分かるように、雰囲気切り替え温度を700℃と設定したときには、コイル中巻き炉床側でΔの絶対値が180℃(前記δ)を超える領域が鋼板全体において幅広く認められた。他方、900℃の設定では最外巻と最内巻とにΔの絶対値が180℃(前記δ)超えの領域が発生した。これに対し、中間の800℃では、コイル端部のごくわずかな部位を除き、鋼板全体の99.8%の面積が180℃(前記δ)以下の範囲内に入っていた。
【0041】
したがって、上記のコイルでは雰囲気切り替え温度800℃で仕上げ焼鈍を行うことが最良であるとの結果になった。すなわち、本実験の結果では、雰囲気切り替え温度の設定値(H)を800℃とすることができる。なお、仕上げ焼鈍条件は雰囲気切り替え温度以外を上述の条件と同じにした。
その後、焼鈍分離剤を除去し、リン酸塩を主体とするコーティング剤を塗布して焼き付けを兼ねて平坦化焼鈍を行った。このコイルについて、表面検査装置により被膜外観を判定し、色調のムラや点状の被膜欠陥のない、均一な外観を被膜の合格とした。結果は、被膜合格率が99.7%と高い値が得られた。なお、かかる評価では絶縁被膜(ここではリン酸塩を主体とするガラス被膜)が透明であるため、かかる被膜合格率は、下地被膜の特性を評価している、と見做すことができる。
【0042】
以上のとおり、コイルごとに、本発明の方法を用いて雰囲気切り替え温度を上記のように変更した条件と、比較として雰囲気切り替え温度を800℃と一定とした条件とを、それぞれ各10コイルずつ実施して被膜外観を比較した。その結果、コイルごとに雰囲気切り替え温度を調節したときの被膜合格率は99.7%と高い値が得られたのに対し、切り替え温度を800℃一定とした条件では、被膜合格率は91.3%にとどまることがわかった。コイルごとに切り替え温度を最適化することにより、被膜合格率が顕著に改善することがわかる。
ここで、被膜合格率とは、コイルの表面積における、均一な外観を有する合格部分の割合である。例えば、評価したコイルの表面積を100,000m2として、合格となった部分の表面積が90,000m2であったとき、合格率は90.0%となる。
【0043】
すなわち、従来は、仕上げ焼鈍の雰囲気切り替え温度において代表点一点を用いて管理していたため、その代表点での被膜特性が良好ではあるものの、コイル全長全幅にわたってみると不良部分もあり、高い歩留まりで良好な品質を得ることは困難であった。
これに対し、本発明に従い、局所的な最適値を指向せず、被膜特性が良好な範囲をコイルに巻いた鋼板の面積(以下単にコイル面積ともいう)で最大となる範囲にする、前記制御項目(例えば上記仕上げ焼鈍の雰囲気切り替え温度)の設定値(H)の下で、仕上げ焼鈍を行うことにより、製造歩留まりを大幅に改善する効果が得られた。
【0044】
本発明において、上記の被膜特性が良好な範囲をコイル面積で最大にする手順としては、従来、制御項目として用いられてきた諸項目のうち適当なものを、あらかじめ、複数、設定候補値(h0、h1、h2…)と共に選んでおき、かかる設定候補値(h0、h1、h2…)の中から、前述のとおりにf(M)とδとの関係で設定値(H)を求めることが最も効率が良い。
また、ラボで、対象とする濃化成分と制御項目とを種々に変化させて下地被膜を評価し、該下地被膜の特性が最適となる濃化成分の量と制御項目との関係を数式化し、濃化成分の量から区画毎の適正な制御項目を決定し、かかる制御項目の設定候補値のうち区画数に対するヒストグラムから最大の区画数となる制御項目の設定候補値を選択し、この選択値を仕上げ焼鈍の制御項目の設定値(H)として採用する手順が挙げられる。なお、仕上げ焼鈍としては、均一化熱処理を含む仕上げ焼鈍または均一化熱処理と仕上げ焼鈍を別個に行う場合があるが、いずれも、単に仕上げ焼鈍とも称する。
或いは、実際の製造における濃化成分の値と制御項目の値から良好な被膜となる関係式を求めて同様の処理を行っても良い。
【0045】
これらのような関係を事前に実験室的に、あるいは生産品質のデータ解析的に定量化しておき、これらの関係を考慮して仕上げ焼鈍の制御項目の条件である設定値(H)を決定する。なお、制御項目としては、上記した雰囲気切り替え温度のほか、最終仕上げ焼鈍の950~1100℃間の昇温速度、均一化熱処理時間および均一化熱処理温度のいずれか1または2以上を用いることができる。本発明において、制御項目とは、上記の4項目から適宜選択する1または2以上の項目を意味する。
【0046】
本発明の手順を、一般化して説明すると、以下のとおりである。
まず、脱炭焼鈍の内部酸化膜中の濃化成分の濃度を、鋼板の、板幅方向および長手方向で一定面積ごとに区切られた区画毎に、例えばモニタリングもしくは計算により導出する(この濃化成分の濃度をMとする)。
次いで、上記Mに対する、仕上げ焼鈍の制御項目が下地被膜の特性へ与える影響を評価する。
かかる評価結果に基づき、下地被膜の特性が良好となる、上記Mと上記制御項目との関係式f(M)を求めると共に、かかる下地被膜の特性が良好となる許容値±δを求めておく。
さらに、前述の手順と同様に、複数、設定候補値(h0、h1、h2…)を選んで置く。
また、仕上げ焼鈍にかかる制御項目について、複数の設定候補値(h0、h1、h2…)のそれぞれに設定することにより与えられる、鋼板上の実際(または計算上)の制御項目の分布を、板幅方向および長手方向で一定面積ごとに区切られた区画ごとに、例えばモニタリングもしくは計算により求めておく。
【0047】
なお、本発明におけるかかる上記一定面積は、細かくとればとるほどよりきめ細かい対応が可能となるが、モニタリング装置の分解能や仕上げ焼鈍のシミュレーション精度から細かくしすぎても有効なデータが得られない場合もある。したがって、幅方向:1~400mmピッチ、長手方向:5~200mピッチの範囲とすることが実用的で望ましい。
【0048】
以上の結果を用い、以下の手順で、前記許容値±δの範囲内となる区画の合計面積が最大となる制御項目の設定値(H)を前記設定候補値(h0、h1、h2…)から選択する。
すなわち、上記したモニタリング指標[濃化成分指標(M)]である、内部酸化膜中の濃化成分は前述したとおりである。また、脱炭焼鈍後コイルのかかる濃化成分の濃度のモニタリングと合わせて、仕上げ焼鈍にかかる制御項目のコイル位置による最適値を前述の通り導出する。
次いで、前記関数f(M)と、前記設定候補値h0、h1、h2…と、前記許容範囲±δとを用い、前述した手法で、|f(M)-h0|≦δとなる区画の合計面積がコイル全面で最大となるよう、制御項目の設定候補値(h0、h1、h2…)の中より設定値(H)を設定する。
かかる制御項目は、前述の通り、最終仕上げ焼鈍の950~1100℃間の昇温速度、雰囲気切り替え温度、均一化熱処理時間および均一化処理温度のうちいずれか1種または2種以上を使用することができる。なぜなら、これらの項目は、特に脱炭焼鈍版の品質により最適範囲が変わりやすいためである。
【0049】
なお、この制御項目とモニタリング指標(濃度M)との関係f(M)と、δについては、事前にラボで求めたり、実機の結果をデータ解析によって求めたりすることができる。
f(M)の求め方は特に限定されないが、具体的には、ラボの実験結果を用いる場合は、蛍光X線分析装置やFTIR等を用い、脱炭焼鈍板の濃化成分を算出するとともに、調整したい仕上げ焼鈍の条件を種々に変更して得た製品板の被膜外観を観察した結果に基づいて、回帰式を求めれば良い。もしくは、上記製品板にJIS C2550に準拠した密着性試験を行って仕上げ焼鈍の条件毎に被膜密着性を評価した結果に基づいて、回帰式を求めれば良い。他方、データ解析を用いる場合は、脱炭焼鈍板の濃化成分強度と仕上げ焼鈍の条件との比較を用い、上記した被膜合格率の合格基準を用いて、被膜密着性合格率との回帰式を求めれば良い。
【0050】
また、上記δの求め方で、ラボの実験結果を用いる場合には、上記f(M)の求め方と同じ機器を用い、試験結果として例えば被膜外観であれば目視による合否判定を基準として、あるいはJIS C2550の密着性試験であれば、ユーザー毎に設定された試験合格値を基準として、パラメータを20ほど振って下地被膜が良好となる範囲を求め、その範囲の値を半分にすればδを求めることができる。他方、データ解析を用いる場合には、上記f(M)の求め方と同じ設備および解析ツールとラボでの上記被膜合格率の合格基準とを用い、やはりパラメータを20ほど振って下地被膜が良好となる範囲を求め、その範囲の値を半分にすればδを求めることができる。なお、線形回帰を用いた数式化に限らず、SVMやランダムフォレスト、主成分分析などの各種機械学習アルゴリズムを用いて最適値および範囲を設定することも可能である。
【0051】
次に、本発明におけるその他の要件について述べる。
本発明を用いて条件が決定される仕上げ焼鈍を行う方向性電磁鋼板の製造に供する、鋼素材(スラブ)は、従来公知の方向性電磁鋼板の製造に用いる鋼素材でよい。この鋼素材の成分組成を具体的に説明すると、以下のとおりである。
C:0.01~0.10mass%
Cは、0.01mass%に満たないと、Cによる粒界強化効果が失われ、スラブに割れが生じるなど、製造に支障を来たす欠陥を生ずるようになる。一方、Cが0.10mass%を超えると、脱炭焼鈍で磁気時効を起こさない0.004mass%以下に低減することが困難となる。よって、Cは0.01~0.10mass%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、下限が0.02mass%であり、上限は0.08mass%である。
【0052】
Si:2.5~4.5mass%
Siは、鋼の比抵抗を高め、鉄損を低減するのに必要な元素である。かかる効果は、2.5mass%未満では十分ではない一方で、4.5mass%を超えると、加工性が低下し、圧延して製造すること困難となる。よって、Siは2.5~4.5mass%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、下限が2.8mass%であり、上限が3.7mass%である。
【0053】
Mn:0.01~0.50mass%
Mnは、鋼の熱間加工性を改善するために必要な元素である。上記効果は、0.01mass%未満では十分ではない。一方、0.50mass%を超えると、製品板の磁束密度が低下するようになる。よって、Mnは0.01~0.50mass%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、下限が0.02mass%であり、上限が0.20mass%である。
【0054】
上記C、SiおよびMn以外の成分については、二次再結晶を生じさせるために、インヒビターを利用する場合としない場合とで異なる。
まず、二次再結晶を生じさせるためにインヒビターを利用する場合で、例えば、AlN系インヒビターを利用するときは、AlおよびNをそれぞれAl:0.01~0.04mass%、N:0.003~0.015mass%の範囲で含有するのが好ましい。また、MnS・MnSe系インヒビターを利用するときは、前述した量のMnに加え、S:0.002~0.03mass%およびSe:0.003~0.03mass%のうちの1種または2種を含有するのが好ましい。それぞれ添加量が、上記下限値より少ないと、インヒビター効果が十分に得られない。一方、上記上限値を超えると、インヒビターがスラブ加熱時に未固溶で残存し、磁気特性の低下をもたらす。なお、AlN系とMnS・MnSe系のインヒビターは、併用してもよい。
【0055】
これに対し、二次再結晶を生じさせるためにインヒビターを利用しない場合は、上述したインヒビター形成成分であるAl,N,SおよびSeの含有量を極力低減し、Al:0.01mass%未満、N:0.005mass%未満、S:0.005mass%未満およびSe:0.005mass%未満に低減した鋼素材を用いるのが好ましい。
【0056】
本発明に用いる鋼素材は、上記成分以外の残部は、実質的にFeおよび不可避的不純物である。また、磁気特性の改善を目的として、上記成分に加えてさらに、Ni:0.010~1.50mass%、Cr:0.01~0.50mass%、Cu:0.01~0.50mass%、P:0.005~0.50mass%、Sb:0.005~0.50mass%、Sn:0.005~0.50mass%、Bi:0.005~0.50mass%、Mo:0.005~0.100mass%、B:0.0002~0.0025mass%、Te:0.0005~0.0100mass%、Nb:0.0010~0.0100mass%、V:0.001~0.010mass%、Ti:0.001~0.010mass%およびTa:0.001~0.010mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有してもよい。
【0057】
次に、本発明を用いて条件を決定する仕上げ焼鈍を含む方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
上記製造方法に供する鋼素材となるスラブは、上述した本発明に適合する成分組成を有する鋼を常法の精錬プロセスで溶製した後、公知の造塊-分塊圧延法または連続鋳造法で製造してもよく、また、直接鋳造法で直接、100mm以下の厚さの薄スラブとしてもよい。
【0058】
上記スラブを、常法に従い所定の温度に加熱し、例えば、インヒビター形成成分を含有する場合は、1400℃程度の温度、具体的には、1300~1450℃の温度まで加熱してインヒビター形成成分を鋼中に溶解した後、熱間圧延し、熱延板とする。
【0059】
一方、インヒビター形成成分を含まない場合は、1250℃以下の温度に加熱した後、熱間圧延し、熱延板とする。なお、インヒビター形成成分を含有しない場合は、鋳造後、加熱することなく直ちに熱間圧延に供してもよい。
【0060】
また、薄鋳片を用いる場合には、熱間圧延してもよいし、熱間圧延を省略して次の熱延板焼鈍の工程に進むかまたは熱延板焼鈍を行わない場合は冷間圧延の工程に進めてもよい。なお、熱間圧延の条件は、常法に準じて行えばよく、特に制限はない。
【0061】
上記熱間圧延後の熱延板には、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。この熱延板焼鈍の均熱温度は、良好な磁気特性を得るために、800~1150℃の範囲とするのが好ましい。均熱温度が800℃未満では、熱延板焼鈍の効果が十分ではなく、熱間圧延で形成したバンド組織が残留して、整粒の一次再結晶組織を得られず、二次再結晶の発達が阻害されるおそれがある。一方、均熱温度が1150℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化し過ぎて、やはり、整粒の一次再結晶組織を得ることが難しくなる。
【0062】
上記熱間圧延後あるいは熱延板焼鈍後の熱延板、および上記薄鋳片は、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延により最終板厚の冷延板とする。上記中間焼鈍の焼鈍温度は、900~1200℃の範囲とするのが好ましい。焼鈍温度が900℃未満では、中間焼鈍後の再結晶粒が細かくなり、さらに、一次再結晶組織におけるGoss核が減少して製品板の磁気特性が低下するおそれがある。一方、焼鈍温度が1200℃を超えると、熱延板焼鈍と同様、結晶粒が粗大化し過ぎて整粒の一次再結晶組織を得ることが難しくなる。
【0063】
また、最終板厚とする冷間圧延(最終冷間圧延)は、鋼板温度を100~300℃に高めて圧延する温間圧延を採用したり、冷間圧延の途中で100~300℃の温度で時効処理を1回または複数回施すパス間時効処理を施したりすることが好ましい。これにより、一次再結晶集合組織が改善されて、磁気特性がさらに向上する。
【0064】
最終板厚とした冷延板には、一次再結晶焼鈍を兼ねた脱炭焼鈍を施す。ここで、上記脱炭焼鈍の加熱過程は、均熱温度に至るまでの500~700℃間を50℃/s以上の昇温速度で急速加熱することが好ましい。これにより、二次再結晶粒が微細化され、鉄損特性が改善される。また、脱炭焼鈍を行う均熱温度は780~950℃、均熱時間は80~200秒の範囲とするのが好ましい。均熱温度が780℃より低かったり、均熱時間が80秒より短かったりすると、脱炭不足が生じたり、一次粒成長が不十分となったりする。一方、均熱温度が950℃を超えたり、均熱時間が200秒を超えたりすると、一次再結晶粒の粒成長が進み過ぎたりする。より好ましい均熱温度は800~930℃、均熱時間は90~150秒の範囲である。
【0065】
また、脱炭焼鈍における均熱時の雰囲気は、露点を調整し、酸素ポテンシャルPH2O/PH2を0.3~0.6の範囲とした湿水素雰囲気とするのが好ましい。PH2O/PH2が0.3未満では、脱炭が不十分となる一方で、0.6を超えると、鋼板表面にFeOが生成しやすくなり、被膜特性が劣化する。より好ましくは0.4~0.55の範囲である。なお、脱炭焼鈍の加熱時における雰囲気の酸素ポテンシャルPH2O/PH2は、均熱時と同じにする必要はなく別々に制御してもよい。
【0066】
さらに、均熱時の雰囲気も一定である必要はなく、例えば、均熱過程を二段に分けて、後段の酸素ポテンシャルPH2O/PH2を0.2以下の還元雰囲気としてもよい。これにより、鋼板表層に形成される内部酸化膜の形態が改善されて、磁気特性や被膜特性の向上に有利に働く。なお、後段のより好ましいPH2O/PH2は0.15以下である。また、前段と後段の時間の割合は特段限定しないが、後段は前段に対して、25%程度の時間以下が好ましい。
【0067】
ここで、本発明において重要なことは、脱炭焼鈍板の内部酸化膜にかかる特定の指標[濃化成分指標(M)]を幅方向および長手方向でモニタリングすることである。内部酸化膜にかかる特定の指標[濃化成分指標(M)]としては、例えばO,Si,Al,Mn,Pの元素の鋼板表面でのX線やガンマ線、赤外分光等の検出強度、すなわち上記元素の濃化程度(M)、あるいはFeOやFe2SiO4,SiO2の生成物の表層の検出強度比、すなわち上記生成物の濃化程度(M)を用いることができる。
【0068】
上記元素の検出にはX線やガンマ線、赤外分光などの各種分析を用いることができる。また分析条件も、例えば蛍光X線分析を用いる場合には、電圧10~60kV、電流1~30mA程度が一般的であるが、特に限定されない。一般に電圧を高めれば鋼板のより内部までの情報が得られる。なお、上記元素の検出には、これらの測定値を組み合わせて用いることも可能である。あるいは、すでに十分なデータがある場合や、装置上の特性から特定の位置で強度の変化が予測できる場合は、脱炭焼鈍の温度や雰囲気条件から数値シミュレーションにより濃度分布を導出してもよい。
【0069】
上記オンライン分析は、脱炭焼鈍後、焼鈍分離剤を塗布するまでの間で行うことが望ましいが、焼鈍分離剤中に測定対象の元素が含まれていないときは、塗布後であってもよい。
なお、上記のオンライン分析は、鋼板の表裏両面をコイル全長、全幅にわたって行うことが望ましいが、過去のデータや設備上の特徴からあらかじめ特定の部位の差(例えば鋼板表裏差など)がどの程度生じることがわかっている場合は、それを除いた部位の分析(例えば表(オモテ)面のみ)でもよい。
【0070】
上記脱炭焼鈍が終了した冷延板は、MgOを主成分とする焼鈍分離剤をスラリー化して鋼板表面に塗布後、乾燥する。ここで、上記焼鈍分離剤は、MgOを50mass%以上含有し、主成分とする。MgOが50mass%未満では被膜形成の主成分が足りないため、良好な被膜が得られない。さらにMgOの含有量は、70mass%以上が好ましい。
【0071】
また、上記MgOを主体とする焼鈍分離剤は、従来公知の添加物、例えば、TiやNa,Al,Sb,Ca等の化合物を適宜添加することができる。この場合、上記化合物の含有量は、合計で50mass%未満とする。かかる化合物の含有量が50mass%以上では、MgOの含有量が50mass%未満となって、フォルステライト被膜の形成不良を引き起こす。より好ましくは、かかる化合物の含有量は合計で30mass%以下である。また、焼鈍分離剤の鋼板表面への塗布量や、水和温度、時間は、公知の範囲であればよく、特に限定しない。
【0072】
焼鈍分離剤を塗布した鋼板は、その後、焼鈍炉内で鋼板コイルをアップエンドに載置した状態(コイル軸方向に立てた状態)で加熱、保持し、二次再結晶を起こさせてから純化処理する仕上げ焼鈍を施す。かかる仕上げ焼鈍は、二次再結晶を起こさせるために、1100℃以上の温度に加熱して保定することが好ましい。ここで、二次再結晶を完了させるために、昇温中に二次再結晶させる場合には、700~1100℃までの温度範囲を2~50℃/hの昇温速度で昇温することが好ましい。また、保定処理中に二次再結晶させる場合には、上記保定温度範囲に25h以上保持することが好ましい。このときの雰囲気は、いずれの場合も、500℃以下はN2やArのような不活性雰囲気とする。また、500℃から1100℃までのいずれかの温度で、かかる不活性雰囲気からH2を5%以上含有する雰囲気に切り替える。かかる切り替え温度が、500℃未満では爆発の危険がある一方で、1100℃を超えると不活性ガスを通入する期間が長くなりすぎて被膜が劣化する。
【0073】
上記仕上げ焼鈍では、二次再結晶を起こした後、フォルステライト被膜(下地被膜)を形成するとともに、鋼板中に含まれる不純物を排出するため、1120~1250℃の温度で2~50h保持する純化処理を施すことが好ましい。上記純化処理の温度が1120℃未満であったり、保持時間が2h未満であったりすると、純化が不十分となる。一方、純化処理の温度が1250℃を超えたり、保持時間が50hを超えたりすると、コイルが座屈変形して形状不良を起こし、歩留まりが低下する。より好ましくは、上記純化処理の温度の下限が1150℃である。一方、上記純化処理の温度の上限が1230℃である。また、より好ましくは、上記純化処理の保持時間の下限が3hである。一方、上記純化処理の保持時間の上限が40hである。
【0074】
なお、本発明では、上記仕上げ焼鈍の前に、所定の温度に所定時間保持する予備的な熱処理を施し、鋼板表裏面の元素濃度を均一化する均一化熱処理を施しておくこともできる。なお、この均一化熱処理は、800~950℃の温度で5~200h保持する条件で行うのが好ましい。上記温度が800℃未満もしくは時間が5h未満では、上記効果が十分に得られない。一方、上記温度が950℃超もしくは時間が200h超では、MgOの活性が失われて被膜特性が劣化するようになる。
【0075】
また、前記均一化熱処理は、仕上げ焼鈍と別個に行ってもよいし、仕上げ焼鈍の前半部分に組み入れ、均一化熱処理に引き続いて仕上げ焼鈍を行ってもよい。また、上記均一化熱処理の条件は、二次再結晶が起こる温度範囲と重複しているので、均一化熱処理を施す場合は、別個に行うか組み入れて行うかに拘わらず、仕上げ焼鈍における二次再結晶を起こさせる過程を省略することができる。
なお、本発明において、かかる仕上げ焼鈍における仕上げ焼鈍の条件(制御項目)とは、均一化熱処理の条件など、上述した仕上げ焼鈍の条件のうちから選んだ少なくとも1つの条件であればよく、複数の条件を選んでも良い。また、本発明において、均一化熱処理を仕上げ焼鈍と別個に行う場合であっても、均一化熱処理の条件は仕上げ焼鈍の条件の一つとみなす。
【0076】
上記した均一化熱処理と仕上げ焼鈍を分けて行う場合、常温から前記純化処理温度までの昇温速度は、平均5~50℃/hの範囲とすることが好ましい。なお、該昇温速度は、平均8℃/h以上とすることがより好ましい。一方、該昇温速度は、平均30℃/h以下とすることがより好ましい。また、均一化熱処理を仕上げ焼鈍に組み入れて行う場合、均一化熱処理終了後の引き続く仕上げ焼鈍において、該均一化熱処理温度から前記純化処理温度までを平均昇温速度5~50℃/hの範囲で行うことが好ましい。なお、該平均昇温速度は、8℃/h以上とすることがより好ましい。一方、該平均昇温速度は、30℃/h以下とすることがより好ましい。
【0077】
前記仕上げ焼鈍は、コイル状に巻かれた状態で行うため熱拡散に時間がかかり、コイル内に温度差が生じる。かかる温度差は、場合によっては500℃以上となることもある。
したがって、上記のような温度履歴で仕上げ焼鈍の条件を設定していたとしても、コイル内の位置により温度差は大きく異なるので、本発明ではコイル内の各位置(区画)における温度(設定値)を実測やシミュレーションにより把握する必要がある。
なお、シミュレーション手法については、有限差分法、有限要素法など各種提案されている温度シミュレーション手法のいずれの方法を用いてもよい。また、かかるシミュレーションの計算にあたって、コイル各部位に熱電対他温度測定装置を取り付けて測温し計算に加味することは計算精度がさらに高まり望ましい。
【0078】
このような手法を用いて、脱炭焼鈍板のモニタリング結果[濃化成分指標(M)]と仕上げ焼鈍の制御項目とを上述の通りマッチングさせる。マッチングさせる仕上げ焼鈍の制御項目としては、昇温速度、H2含有雰囲気への切り替え温度、均一化熱処理時間および均一化熱処理温度のうちいずれか1種または2種以上を適宜選ぶことができる。
【0079】
ここで、脱炭焼鈍で形成される内部酸化膜の品質に応じて、仕上げ焼鈍の最適条件は変化することが一般的に知られている。例えば内部酸化膜中にFe酸化物が多量に生成している脱炭焼鈍板では、仕上げ焼鈍中にこのFe酸化物が分解して酸素分を発生させて、被膜に悪影響を及ぼす。そのために、焼鈍雰囲気のH2の導入温度を低くして、Fe酸化物が分解する前にFe酸化物を還元させることが有効となる。これに対し、Fe酸化物がほとんど生成していない条件では、内部酸化膜の量が少なく、フォルステライトの原料が少ない。そのため、仕上げ焼鈍時のH2の導入温度を高めにすることで、仕上げ焼鈍中の酸化により被膜原料に酸素成分を補給する必要がある。
【0080】
このような関係をこれまで述べた指標と対応させると、脱炭焼鈍板の表面に濃化する濃化成分の指標(M)である、O,Mn,Al,Pのいずれかの濃度(強度)あるいは生成酸化物のFeO,Fe2SiO4のいずれかの濃度(強度比)が高まると、被膜形成が起こりやすくなるため、仕上げ焼鈍の制御項目である、仕上げ焼鈍時の昇温速度を減らすこと、H2含有雰囲気切り替え温度を低下させることまたは、均一化熱処理時間を短時間化すること、といった条件変更が有効となる。
【0081】
また、脱炭焼鈍板のSi量が高まると被膜形成が相対的に起こりにくくなるため、仕上げ焼鈍時の昇温速度を増やすこと、H2含有雰囲気切り替え温度を高めることまたは、均一化熱処理時間を長時間化することが有効となる。
【0082】
上記仕上げ焼鈍の後の鋼板は、鋼板表面に付着した未反応の焼鈍分離剤を除去するため、水洗やブラッシング、酸洗等を行った後、平坦化焼鈍を施して形状矯正するのが好ましい。これは、仕上げ焼鈍を、鋼板をコイルに巻いた状態で行うため、コイルの巻き癖が原因で磁気特性が劣化するのを防止するためである。
なお、方向性電磁鋼板の製品板を積層して使用する場合には、鋼板表面に絶縁被膜を有するものであることが好ましく、特に鉄損特性を重視するときは、絶縁被膜として鋼板に張力を付与する張力付与被膜を適用するのが好ましい。この絶縁被膜の被成は、上記平坦化焼鈍において行ってもよく、あるいは、平坦化焼鈍の前もしくは後の工程で行ってもよい。
【0083】
また、より鉄損を低減するために、磁区細分化処理を施すこともできる。磁区細分化の方法としては、従来公知の方法、例えば、最終板厚に冷間圧延した鋼板の表面にエッチング加工して溝を形成したり、製品板の鋼板表面にレーザーやプラズマを照射して線状または点状の熱歪や衝撃歪を導入したりする方法等を用いることができる。
【実施例1】
【0084】
C:0.05mass%、Si:3.6mass%、Mn:0.08mass%、Al:0.022mass%、Se:0.02mass%、Sb:0.07mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼を溶製し、連続鋳造法で鋼素材(スラブ)とした後、該スラブを1390℃に加熱し、熱間圧延して板厚2.6mmの熱延板とし、1000℃×60秒の熱延板焼鈍を施した後、一次冷間圧延を施して中間板厚の1.8mmとし、1100℃×80秒の中間焼鈍を施した後、二次冷間圧延を施して最終板厚0.23mmの冷延板とした。
【0085】
次いで、かかる冷延板を、水平式(横型)の連続焼鈍炉に通板し、加熱過程の500~700℃間を昇温速度500℃/sで昇温し、800℃で150秒間保持する一次再結晶焼鈍を兼ねた脱炭焼鈍を施した。この脱炭焼鈍においては、焼鈍炉の上方および下方から、vol%比でH2:N2=50:50の雰囲気ガスを供給した。脱炭焼鈍を終了後、コイルに巻き取る前にオンラインで赤外分光装置を用いてFe2SiO4、SiO2、FeOの強度比を測定した。該測定値を(Fe2SiO4強度比)/(SiO2,Fe2SiO4,FeOの各強度比の和)として数値化し、これを板幅方向に50mmごとかつ長手方向に50mごとの区画で測定してマップを作った。
【0086】
さらに、6mass%の酸化チタンと3mass%の硫酸ストロンチウムを含有するMgOを主体とした粉体を水でスラリー化した焼鈍分離剤を、鋼板表面に塗布して、乾燥させ、仕上げ焼鈍用にコイル状に巻き取ったのち仕上げ焼鈍を行った。仕上げ焼鈍は、常温~900℃間をN2雰囲気で10℃/hの昇温速度で加熱し、900℃で12~60時間の均一化熱処理を施した。これに引き続き、900~950℃および950~1100℃間をH2雰囲気で10℃/hの昇温速度で加熱して二次再結晶を完了させた後、1100~1200℃間をH2雰囲気で10℃/hの昇温速度で加熱し、1200℃の温度に10h保持する純化処理を施した。
【0087】
ここで、前記の均一化熱処理における時間(均一化熱処理時間)を設定するにあたり、それまでに実施していたコイルでのFe2SiO4強度比と均一化熱処理時間とのデータ解析から、均一化熱処理時間が、以下の式(1)から得られる時間(最適値)との差±δで±20時間以内であれば良好な被膜が得られることを確認していた。次式(1)が関数f(M)である。
100-150×(Fe2SiO4強度比)〔h〕・・・(1)
これを踏まえ、コイル内の温度シミュレートから均一化熱処理終了時点での各コイル位置(コイルの各区画)での均一化熱処理時間の設定候補値(h0、h1、h2…)を選定し、かかる設定候補値h0、h1、h2…から上記式(1)から得られる(最適値)との差±δが±20時間以内となる区画の合計面積が最大となる条件を設定値Hとして、均一化熱処理温度を900℃とした上で、均一化熱処理時間をコイル中巻き部と接する炉床に設置された熱電対を基準に、コイルごとに上記した設定値Hに設定した。
【0088】
その後、鋼板に残った焼鈍分離剤を除去してからコーティング剤を塗布し、さらに焼き付けを兼ねて平坦化焼鈍を行って、鋼板表面に絶縁被膜(リン酸塩を主体とするガラス被膜)を形成した。
以上のコイルの製造を10回行うに当たり、コイル毎に上記手順に従って設定値Hを設定して均一化熱処理を施した。かくして得られた10コイルについて、表面検査装置により被膜外観を目視判定した。なお、合否判定は、前記実験1の基準に従った。
【0089】
かかる判定の結果は、10コイル平均で前述した被膜合格率が99.8%と高い値が得られた。これに対し、本発明に従わず、10コイルについて、均一化熱処理を一律900℃、上記式(1)に対して、Fe2SiO4強度比の鋼板全体での平均値を代入したときの値:50時間で行った場合は、10コイル平均で被膜合格率は96.3%であった。
【実施例2】
【0090】
C:0.04mass%、Si:3.2mass%、Mn:0.08mass%、Al:0.006mass%、Sn:0.04mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼を溶製し、連続鋳造法で鋼素材(スラブ)とした後、該スラブを1260℃に加熱し、熱間圧延を施して板厚2.8mmの熱延板とし、1100℃×60秒の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延を施して最終板厚0.23mmの冷延板とした。
【0091】
次いで、水平式(横型)の連続焼鈍炉に通板し、加熱過程の500~700℃間を300℃/sの昇温速度で昇温し、820℃で120秒間保持し、引き続き850℃で30秒保持する一次再結晶焼鈍を兼ねた脱炭焼鈍を施した。この脱炭焼鈍においては、焼鈍炉の上方および下方から、vol%比でH2:N2=50:50の雰囲気ガスを供給した。脱炭焼鈍を終了後、コイルに巻き取る前にオンラインで蛍光X線装置を用いてO,Si,Al,MnおよびPの各強度(濃度)分布を測定した。該測定値を、板幅方向に50mmごとかつ長手方向に50mごとの区画で測定してマップを作った。
【0092】
さらに、4mass%の酸化チタンと2mass%の硫酸アンモニウムを含有するMgOを主体とした粉体を水でスラリー化した焼鈍分離剤を、鋼板表面に塗布して、乾燥させ、仕上げ焼鈍用にコイル状に巻き取ったのち仕上げ焼鈍を行った。仕上げ焼鈍は常温~950℃間をN2雰囲気で10℃/hの昇温速度で加熱し、950~1100℃間をH2雰囲気で各種昇温速度に変更して加熱し、さらに、1100~1200℃間をH2雰囲気で10℃/hの昇温速度で加熱し、1200℃の温度に10h保持する純化処理を施した。
【0093】
ここで、950~1100℃間の昇温速度を設定する手順は、それまでに実施していたコイルでの各元素の強度[濃化成分指標(M)]と昇温速度とのデータ解析から、最適昇温速度(最適値)をコイルごとに求め、さらに、コイル内の温度シミュレートから各コイル位置(コイルの各区画)での昇温速度(設定候補値h0、h1、h2…)を求めた。そして、上記各元素の強度から得られる最適昇温速度(最適値)とかかる温度シミュレートした各位置(コイルの各区画)の昇温速度との差が所定昇温速度(δ)以内となる面積が最大となる設定候補値を設定値Hにした。
具体的には、O,Si,Al,Mn,Pのピーク強度をそれぞれP(O), P(Si), P(Al), P(Mn), P(P)としたときに
f(O,Si,Al,Mn,P)= 8.8×P(O)-1.1×P(Si)-11×P(Al)-13×P(Mn)+6.0×P(P)+88(℃/h)・・・(2)
で求められる(最適値)との差±δが±4℃/hとなる区画の合計面積が最大となる条件に設定した。また、昇温速度は、コイル中巻き部と接する炉床に設置された熱電対での測定を基準として設定した。上式(2)が関数f(M)である。
その後、鋼板に残った焼鈍分離剤を除去してからコーティング剤を塗布し、さらに焼き付けを兼ねて平坦化焼鈍を行って、鋼板表面に絶縁被膜(リン酸塩を主体とするガラス被膜)を形成した。
以上のコイルの製造を10回行うに当たり、コイル毎に上記手順に従って設定値Hを設定して950~1100℃間の昇温を行った。かくして得られた10コイルについて、表面検査装置により被膜外観を目視判定した。なお、合否判定は、前記実験1の基準に従った。
【0094】
本発明に従い、|f(M)-h0|≦δとなる範囲(区画)の(合計)面積がコイル全面で最大となる昇温速度(H)をコイル毎に設定した場合の判定の結果は、10コイル平均で被膜合格率が99.94%と極めて高い値が得られた。これに対し、本発明に従わず、10コイルについて、昇温速度を一律10℃/h(上記の式(2)に対して、各々の強度の平均値を代入して求めた値)で行った場合は、10コイル平均で被膜合格率は96.5%であった。
【要約】
本発明は、仕上げ焼鈍時等のコイル上下部や内外巻部などのように、フォルステライト質の下地被膜特性が劣化しやすい部位でも、良好な被膜特性を有することによって、近年における厳しい品質要求に応える高品質な方向性電磁鋼板を高い歩留まりで製造することができる方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍条件の決定方法を提案する。
仕上げ焼鈍の条件を決定するに際し、脱炭焼鈍後の鋼板の全長全幅の濃化成分の濃度の情報を求めるとともに、濃化成分と仕上げ焼鈍の制御条件との関係における製品特性の最適関数をあらかじめ求めたうえで、仕上げ焼鈍の制御条件のコイル内での分布を考慮しつつ、最終的に得られる製品特性の上記最適関数からのずれが±δの範囲になる面積が全長全幅で最大となるように仕上げ焼鈍の制御条件を決定する。