(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-31
(45)【発行日】2022-11-09
(54)【発明の名称】純チタン金属材料薄板の製造方法およびスピーカ振動板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22F 1/18 20060101AFI20221101BHJP
C22C 14/00 20060101ALI20221101BHJP
H04R 7/02 20060101ALI20221101BHJP
H04R 31/00 20060101ALI20221101BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20221101BHJP
【FI】
C22F1/18 H
C22C14/00 Z
H04R7/02 B
H04R31/00 A
C22F1/00 604
C22F1/00 622
C22F1/00 623
C22F1/00 624
C22F1/00 626
C22F1/00 630A
C22F1/00 630C
C22F1/00 630K
C22F1/00 651A
C22F1/00 651B
C22F1/00 673
C22F1/00 675
C22F1/00 685A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
(21)【出願番号】P 2018532967
(86)(22)【出願日】2017-08-02
(86)【国際出願番号】 JP2017028009
(87)【国際公開番号】W WO2018030231
(87)【国際公開日】2018-02-15
【審査請求日】2020-07-28
(31)【優先権主張番号】P 2016155721
(32)【優先日】2016-08-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【氏名又は名称】井川 浩文
(72)【発明者】
【氏名】三浦 博己
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/038487(WO,A1)
【文献】特表2013-539820(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22F 1/18
C22C 14/00
H04R 7/02
H04R 31/00
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヴィッカース硬度および板厚13~50μmでのエリクセン値のそれぞれが所望の範囲内にある純チタン金属製薄板の製造方法であって、
純チタン金属材料に強ひずみ加工を施す予備加工工程と、
該予備加工工程で加工された純チタン金属製薄板を所定形状に変形する変形加工工程とを含み、
前記予備加工工程は、ひずみ量を0.1~0.8の範囲内として三次元方向に少なくとも各1回以上の鍛造を施す多軸鍛造処理工程と、
65%以上の圧延率で圧延処理する圧延工程とを含み、
前記変形加工工程は、
27℃~300℃の条件下において張出成形する成形工程
と、チタンが再結晶化しない27℃~500℃に加熱する熱処理工程とを含むことを特徴とする純チタン金属製薄板の製造方法。
【請求項2】
前記変形加工工程は、金型およびダイスを100℃以上300℃以下に加熱した状態が維持されている請求項
1に記載の純チタン金属製薄板の製造方法。
【請求項3】
前記予備加工工程は、多軸鍛造工程で製造された純チタン金属材料を、前記圧延工程により肉厚を10μm~300μmとするものであり、前記変形加工工程は、該肉厚の純チタン金属材料を曲面に変形するものである請求項
1または2に記載の純チタン金属製薄板の製造方法。
【請求項4】
前記曲面は、前記張出成形によって加工される範囲の長さに対する張出方向長さの割合が1/16~1/4に変形されるものである請求項
3に記載の純チタン金属製薄板の製造方法。
【請求項5】
純チタンによるスピーカ振動板の製造方法であって、請求項
3または4に記載の製造方法によって、10μm~300μmの肉厚による純チタン金属薄膜を球面状に加工してなることを特徴とするスピーカ振動板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン金属材料薄板の製造方法に関し、特に高強度かつ、高延性を有する純度99%以上の純チタンからなるチタン金属材料薄板であって曲面を有する薄板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタン金属材料の動的機械特性から楽器や音響関係のスピーカ等の振動板部材として注目され、製造技術研究が進められている。具体的に振動板に求められる厚さは通常200μm以下で、特にツイータ用として厚さは数10μm以下が必要とされている。純チタン金属材料は加工性、強度の面で要求仕様を満たすことが困難であるため、他の金属材料との合金で要求を満たすための研究が行われているが、純チタンと比較し、特性が劣ったり、コストアップになったりして実用化には至っていない。
【0003】
また、生体適合性の観点から、チタン金属材料は人工骨への適用が期待されているが、振動板と同様に加工性を改善するため純チタン材料に他の金属材料を添加したチタン合金材料が提案されている。しかしながら、添加する金属材料によっては生体への影響が懸念される。
【0004】
これら振動板や人工骨などの用途では、コストや生体適合性から、他の金属材料の添加によって課題解決するのではなく、純チタン材料を用いて製造方法による課題解決のアプローチが望ましい。そこで、純チタン薄板の曲面への加工性に着目して従来技術について説明する。
【0005】
従来の純チタン製薄板は変形限界に近い過酷な成形による割れが問題とされてきた。非特許文献1では、0.6mm~1.0mm程度のチタン薄板を対象として、酸素含有量が低いほど、また結晶粒径が大きいほど張出成形性が良好になることを実験的に確かめている。
【0006】
非特許文献2では、板厚25μmのチタン薄板材料を対象として、結晶粒径が4μmの時に加工性が高いことが報告されている。具体的にはJIS1種相当の純チタン薄板を板厚25μmに冷間圧延したものを連続焼鈍設備にて、620~740℃まで温度を変えての焼鈍を繰り返して結晶粒径をコントロールし、エリクセン試験を行った結果、結晶粒径が80μmを超えると成形性が低下することが示されている。
【0007】
特許文献1には、200μm以下チタン薄板で表面が硬く内部が軟質であるチタン薄板とその製造方法を開示している。具体的にはバルク中の鉄が0.1mass%以下、酸素が0.1mass%以下であり、板厚(mm)/粒径(mm)≧3でかつ粒径≧2.5μmを満たし、表面に200nm~2μmの硬化層を有した材料を開示している。製造方法としては、JISH4600に規定された純チタン材料を冷間圧延および中間焼鈍を行ったあと、Ar雰囲気で更に焼鈍を行うことにより結晶粒をコントロールするものであった。また、表面の硬化層は圧延油や焼鈍炉のガス雰囲気によって酸素、窒素、炭素のいずれかを濃化させて形成するものであった。
【0008】
本願の発明者によって開発された技術は特許文献2に開示されるが、この技術ではブロック状の純チタン材料を出発原料として多軸鍛造(Multi-Directional Forging:MDF)を行った後、圧延率65%以上で圧延処理を行うことで平均結晶粒径が500nmの厚さ数mm程度チタン板を実現している。多軸鍛造では、純チタン製の矩形上の被加工体を3軸のそれぞれの軸方向から順次鍛造するパスを複数回繰り返すことで被加工体の結晶粒径の平均値が500nm以下の超微粒の組織が得られる。多軸鍛造後に被加工体の強度をより一層高めるために圧延処理が行われ、室温以下の温度条件で、圧延率は65%以上となるよう条件で施されることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】WO2014/027657号公報
【文献】WO2014/038487号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】鋸屋正喜,私市 優,石山成志,鉄と鋼 第72年第6号 115-122 (1986)
【文献】松本啓, 喜多勇人, 新日鐵住金技法, 第396号, 117-122 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、前掲の非特許文献1、2および特許文献1、2では、10μm~200μm程度の厚さで曲面を有しておらず、スピーカの振動板として硬さやヤング率などの必要な機械特性を発現しうる薄板が提供できていない。また、非特許文献2には加工例としてスピーカ振動板が掲載されているが、その製造方法については何ら開示されておらず、当該板厚におけるチタン金属材料による曲面形状の加工性についての評価もなされていないことから、良好な曲面形状への加工方法は確立されていない状況であった。
【0012】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、高強度で且つ優れた加工性を有する曲面形状のチタン金属材料薄板を安価に製造するための製造方法を提供するところにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この目的を達成するために純チタン金属製薄板の製造方法にかかる第1の発明は、純チタン金属材料に強ひずみ加工を施す予備加工工程と、該予備加工工程で加工された純チタン金属製薄板を所定形状に変形する変形加工工程とを含み、前記予備加工工程は、ひずみ量を0.1~0.8の範囲内として三次元方向に少なくとも各1回以上の鍛造を施す多軸鍛造処理工程と、65%以上の圧延率で圧延処理する圧延工程とを含み、前記変形加工工程は、室温以上400℃以下の条件下において張出成形する成形工程を含むことを特徴とする。
【0014】
純チタン金属製薄板の製造方法にかかる第2の発明は、第1の発明において、前記変形加工工程が、さらに、チタンが再結晶化しない温度に加熱する熱処理工程を含むものである。
【0015】
純チタン金属製薄板の製造方法にかかる第3の発明は、第1または第2の発明において、前記成形工程が、100℃以上300℃以下の条件下において張出成形するものである。
【0016】
純チタン金属製薄板の製造方法にかかる第4の発明は、第1または第2の発明において、前記変形加工工程が、金型およびダイスを室温以上400℃以下に加熱した状態が維持されているものである。
【0017】
純チタン金属製薄板の製造方法にかかる第5の発明は、第3の発明において、前記変形加工工程が、金型およびダイスを100℃以上300℃以下に加熱した状態が維持されているものである。
【0018】
純チタン金属製薄板の製造方法にかかる第6の発明は、第1ないし第5の発明において、前記予備加工工程が、多軸鍛造工程で製造された純チタン金属材料を、前記圧延工程により肉厚を10μm~300μm とするものであり、前記成形加工工程は、該肉厚の純チタン金属材料を曲面に変形するものである。
【0019】
純チタン金属製薄板の製造方法にかかる第7の発明は、第6の発明において、前記加工方法が、前記曲面が前記張出成形によって加工される範囲の長さに対する張出方向長さの割合が1/16~1/4に変形されるものである。
【0020】
スピーカ振動板の製造方法にかかる発明は、純チタン金属製薄板の製造方法にかかる第6または第7に記載の製造方法によって、10μm~300μmの肉厚による純チタン金属薄膜を球面状に加工してなることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明の曲面を有するチタン金属材料薄板の加工方法によれば、純チタン金属材料を用いて、結晶組織をコントロールすることで、強度と延性を有するチタン金属材料を安価に製造できるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】チタン金属材料薄板の製造工程を示した図である。
【
図2】成形された曲面を有する純チタン金属材料薄板の模式図である。(a)はスピーカのツイータ用に成形された振動板、(b)は頭蓋骨に使う人工骨である。
【
図3】熱処理前の組織写真(TEM 像)の一例である。
【
図4】張出成形温度とエリクセン値の関係を示した図である。
【
図5】20μm薄板を用いた張出成形時の温度とT.D.面硬さとヤング率の変化を示した図である。
【
図7】張出し成形工程後の変形部の厚さ分布である。
【
図8】熱処理(温度300℃×1h)後の組織写真(TEM 像)の一例である。
【
図9】熱処理(温度350℃×1h)後の組織写真(TEM 像)の一例である。
【
図10】熱処理(温度400℃×1h)後の組織写真(TEM 像)の一例である。
【
図11】熱処理(温度500℃×1h)後の組織写真(TEM 像)の一例である。
【
図12】熱処理工程の温度と平均結晶粒径の関係である。
【
図13】熱処理温度における硬さとヤング率の変化を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0024】
本発明に用いるチタン金属材料は不純物が少ないチタン材料(JISの2種のCPチタン)でどのような形状のものを用いてもよく、例えば、棒状、丸棒などのブロック形状のものが用いられる。原料に用いるチタン金属材料の結晶の平均結晶粒径は約33μm程度、ヤング率は106.4GPaであるものが一般的である。
【0025】
製造方法の一実施形態を
図1に示す。S1工程は多軸鍛造工程である。S1工程の後に、S2工程の圧延工程で所定の厚さの薄板に圧延する。S3工程は張出成形工程である。S4工程は成形品の熱処理工程である。ここで、S1、S2工程を予備加工工程と呼び、S3工程を変形加工工程と呼ぶ。S4工程の熱処理は加工品の要求特性に応じ省略することができる。
【0026】
S1工程の多軸鍛造(MDF)法を説明する。多軸鍛造法は、ブロック状加工体に所定の鍛造加工ひずみを付与し、鍛造パス毎に90度ずつ試料を回転させる方法である。具体的には、最初に矩形状被加工体を準備する。この被加工体が第1の方向に沿って鍛造される(第1回目のパス)。次に被加工体の第1の方向と直角の方向となる第2の方向に沿って鍛造される(第2回目のパス)。さらに、被加工体が第1と第2の方向と直角の方向となる第3の方向に沿って鍛造される(第3回目のパス)。3回のパスによって、被加工体は外観上、実質的に最初と同じ形状に戻ることになる。この各方向における(各パスでの)鍛造によって被加工体に加えられる加工ひずみ量は、同じであっても異なっていてもよい。また、鍛造工程中、鍛造をより行いやすくするために被加工体を切削加工しても良い。このような多軸鍛造によって各方向からの鍛造パスを順次繰り返すことにより、結果的に被加工体に多量のひずみを導入することができる。純チタン材料は室温での活動すべり系が少ないため、塑性加工性が低いことが知られており、1回のパスで大きなひずみを導入しようとすると、容易に割れや欠陥が生じる。このため、各1回の鍛造パスで導入されるひずみ量を少なくして各方向の鍛造を実施する。1回のパスで与えるひずみ量は0.1~0.8の範囲であり、0.2~0.4の範囲であることが好ましい。この工程により、材料組織の超微細粒化が可能となり、チタン金属材料の平均結晶粒径をより小さくできる。多軸鍛造により、被加工体には、大きなひずみが累積して導入される。S1工程後に被加工体に導入される累積ひずみ量は、例えば、1.0~40の範囲である。累積ひずみ量は2.0~10が好ましい。
【0027】
多軸鍛造工程は室温(300K前後)で実施されるが、例えば-196℃(77K:液体窒素雰囲気)のような、室温より低い温度で実施されてもよい。低温での鍛造処理により、一度の鍛造で、より多くの変形誘起組織(変形双晶、せん断帯、マイクロバンド、変形帯、転位等)を被加工体に導入しより早く結晶粒を微細化することができるメリットがある。本発明において多軸鍛造処理の温度は、主として被加工体がさらされる環境の温度を意味するものとする。これは、被加工体の温度が鍛造の実施によってある程度上昇するため、被加工体の温度で温度を規定すると、その値が曖昧になるためである。
【0028】
S2工程の圧延工程では、MDF工程によって材料の塑性加工性が良くなっていることから低い温度で圧延することができ、室温~再結晶化が始まらない温度で行うことが好ましい。好ましくは400℃以下の温度である。更に好適には300℃以下の温度である。圧延温度が300℃より高いでは結晶粒径が大きくなりやすく、場合によっては再結晶化して好ましくない(後述する
図8~
図12参照)。
【0029】
S3工程の張出成形方法を詳細に説明する。予備加工工程のS2工程まで製作した薄板を均一な厚さの曲面状に成形する工程で温度管理が重要な要素であるため、曲面に成形するための金型のパンチ・ダイスおよび被加工体の薄板は、成形開始前に加熱炉を用いて成形温度として定めた所定温度まで昇温し、それぞれが所定温度となるまで十分に保持する。張出成形工程の温度は、室温から再結晶化が始まらない温度以下である。好ましくは400℃以下である。さらに好適には300℃以下である。300℃以上の温度では、予備加工工程で超微細結晶化されたチタン金属材料の粒成長が始まり、さらに高温域では再結晶化が始まり、好ましくない。薄板の成形では成形品寸法、形状、金型などの機械的成形条件により応力状態、変形形状、破断形態が多種多様な変化を示すため、成形方法ごとに区分して考える必要がある。金属材料に適用される成形方法のひとつである張出成形法を本発明では、適用したが、この方法では伸び変形の最も大きい部分から破断する傾向にある。この破断限界を向上させるためには、薄板の延性を向上させることと、ひずみ分布の一様性を確保する必要がある。すなわち、変形が局所に集中することを避け、できるだけ薄板全体に分散する条件を適用することである。スピーカのツイータの振動板として適用するためには、成形後の肉厚分布の均一性も要求される。張出性は張出試験で通常剛体ポンチによって張出し成形を行い、割れが発生したときの張出量をエリクセン値として表示される。エリクセン値は薄板上の圧延方向とその直角方向の2軸に対してほぼ等ひずみの変形下の割れ限界値である。
【0030】
S4工程は熱処理工程である。熱処理温度は400℃(573K)であり、好ましくは300℃(573K)以下の温度範囲にて行うことで、強度(硬度)および加工性のどちらの特性も熱処理前に対して劣化させることなく、塑性変形が可能となるため、S3の張出成形工程で曲面に成形した後の加工性が改善される。400℃以上の温度では結晶粒径が急激に大きくなるため、好ましくない。
【0031】
S1~S4の工程を経て製造された曲面を有するチタン金属材料薄板であって、スピーカのツイータの振動板および頭蓋骨の一部として使う人工骨の斜視図を
図2に示す。
図2(a)は、スピーカのツイータに使用する振動板で、
図2(b)は頭蓋骨の人工骨の模式図である。ツイータの振動板は肉厚が10μm~300μm程度の範囲のもので、加工された範囲の直径に対して張出方向の長さの割合は1/16~1/4が実現できる。
【0032】
評価試験について説明する。評価試験において、結晶構造は、供試材のND(圧延面法線方向)からの透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy/TEM)を観察する。機械特性として行う張出し試験では、延性を評価するためヤング率とエリクセン値を調査し、強度試験では、ビッカース硬度を評価する。
【0033】
TEM観察で結晶組織を観察し、そのTEM像からラインインターセプト法により平均結晶粒径を求める。強度試験は、20μm薄板のT.D.面(圧延面垂直方向の面)に対する硬さをダイナミック微小硬度計で測定する。20μm薄板のT.D.面に対する硬さの測定を行うために、20μmの薄板を樹脂に埋め埋め込んだ後、エメリー紙研磨、バフ研磨を順に行って試験試料を作成する。エメリー紙研磨では、回転研磨盤に耐水ペーパーを敷き、粒度#180~#4000まで順次交換しながら機械研磨を行う。また、#4000の研磨方向がR.D.方向(圧延方向)と平行になるように機械研磨方向を調整する。続くバフ研磨では、回転研磨盤にバフを敷き、粒度0.1μmのアルミナペーストを用いて、N.D.方向(圧延面法線方向)と平行になるように鏡面状態になるまで研磨を行う。硬さ試験では、試験力を10mNまたは 20mN、負荷保持時間5秒、除荷保持時間を5秒に設定して、鏡面状態の箇所で動的硬さ試験する。
【実施例】
【0034】
以下、本発明の製造方法および効果を検証するための実験例を説明する。
【0035】
出発材料は直径約60mmの市販の丸棒状純チタン試料(JISの2種のCPチタン)である。その平均結晶粒径は約33μm程度、ヤング率は106.4GPaである。ここで、JISH4600に定められている2種の純チタンの化学組成を表1に示す。
【0036】
【0037】
出発材料を矩形状の被加工体に切断加工後、S1工程でMDF法で多軸鍛造を行った。
【0038】
MDF法の条件について説明する。室温で、被加工体の第1の方向(X方向、主として出発材料の長手方向)に沿って、被加工体を鍛造した(第1パス)。第1パスにより導入されるひずみ量△εは、0.2とした。次に、被加工体の第2の方向(Y方向)に沿って、被加工体を鍛造した(第2パス)。第2パスにより導入されるひずみ量△εは、0.2とした。次に、被加工体の第3の方向(Z方向)に沿って、被加工体を鍛造した(第3パス)。第3パスにより導入されるひずみ量△εは、0.2とした。このように、X方向→Y方向→Z方向の順番で、鍛造処理を合計10回(10パス)繰り返すことにより、被加工体に累積ひずみΣ△ε=2.0を導入した。また、本発明において、各パスにおけるひずみ速度は、1×10-3/秒~10/秒の範囲であることが好ましい。なお、多軸鍛造処理後の被加工体には、ワレや欠陥の発生は認められなかった。
【0039】
つぎに、多軸鍛造処理を施した矩形状の被加工体に対して、S2工程の圧延処理を室温で実施した。また、圧延による被加工体の圧延率は、95%以上とし、複数回圧延を繰り返すことで13μm、20μm、30μm、50μm、100μmの5種類の厚さの薄板(箔)を作製した。それぞれ13μm箔、20μm箔、30μm箔、50μm箔、100μm箔と呼ぶ。圧延処理後の薄板には、ワレや欠陥が箔端に認められたが、切断除去した。
【0040】
図3はS1→S2工程によって作製した20μm箔の結晶構造のTEM観察像である。ラインインターセプト法により平均結晶粒径を測定した結果、69nmであった。黒色コントラスト部が複数点在しており、MDFによって転位下部組織が発達していることが観察される。組織は必ずしも等軸では無く、ラメラ状組織も一部に残存しているが、微細粒組織であることがわかる。
図3の左上には、SAD(selected area diffraction)パターンも記した。微視組織観察の結果、転位のタングル及び転位セルの存在が顕著に見られた。
【0041】
S3工程の押出成形工程でスピーカのコーン状の曲面形状に成形した。被加工体の大きさは圧延方向(R.D.)の長さ×垂直方向(T.D.)の長さを 30mm×18mmとし、押出成形の雄型のパンチには直径8mmの鋼球を用いた。雌型は成形対象の薄板の厚さの2倍に直径8mmを加算した直径の半球状の凹みを有する金属性の型である。これらの雄雌型および薄板を小型炉の槽内に入れ、5分間、所定の成形温度に昇温・保持し、型および被加工体が所定の温度になっていることを確かめた。押出成形は、亀裂の発生がない、設計上の深さまで行い押し込みは手動で行った。20μmの薄板では、直径8mmに対して、曲面の深さ(くぼみ変形深さ)は0.5mm~2mmであった。この直径に対するくぼみ変形深さの比は1/4~1/16まで成形できた。
【0042】
張出成形工程の成形条件を求めるために張出試験を行った。20μm薄板を使って張出成形時の温度とエリクセン値の測定結果を
図4に示す。エリクセン値は破壊限界の張出成形量を示したものであることから、成形条件の温度を決めることができる。張出成型性を示すエリクセン値は温度の上昇に伴って上昇し、温度により成形性が向上している。特に300℃(573K)でのエリクセン値の上昇は顕著であり、スピーカに用いるツイータ用振動板の製造にとって十分大きな値であった。MDFを施し結晶粒が微細化され粒界すべりが生じるようになったことと、温間成形による活動すべり系の増加が主な原因と考えられる。また、張出成形工程後のくぼみ変形部の硬さとヤング率を
図5に示す。張出成形後の変形による大きな強度の低下はなかった。ヤング率は300℃(573K)で最も低下し、さらに77℃(350K)から177℃(450K)の間でヤング率の極小点が存在する傾向にあることが分かった。これらの結果から、スピーカのツイータとして薄板加工が可能な張出成形温度は300℃(573K)から27℃(300K)である。ただし、わずかな結晶粒の成長を許容するならば(後述の
図12参照)、粒界すべりと活動すべり系の増加の観点から400℃以下と考えられる。
【0043】
成形前の薄板の厚さとエリクセン値の関係を
図6に示す。300℃(573K)におけるエリクセン値は室温27℃(300K)に対して約2.3倍以上のエリクセン値を示した。特に、13μm箔は約3.6倍のエリクセン値を示した。また、厚さ50μmの薄板でも13μmと同等のエリクセン値0.5mmが得られており、50μm厚さでもスピーカのツイータの振動板をつくることができることが分かった。
【0044】
張出成形後のくぼみ変形部分の厚さの分布を
図7に示す。試験片のくぼみ変形部分の中心を通る線分の両端を0と11とし、11等分する。線分の間の点を左から順に1~10とし、この10点の部分の厚さを測定した。測定点の1と10である両端付近でわずかに厚さが減少しているものの成形温度27℃から300℃の範囲では顕著な厚さバラツキがみられない。
【0045】
S4工程の熱処理を行った。真空中で熱処理の温度の最適な範囲を求めるため、室温から500℃(773K)までの範囲で試験をおこなった。300℃、350℃、400℃、500℃で熱処理した後の試験片の組織をTEMで観察した写真を
図8~
図11に示す。同図の左上には、SAD(selected area diffraction)パターンも記した。熱処理前および熱処理温度300℃では転位のタングルおよび転位セルの存在が顕著に見られ、熱処理の影響はない。350℃、400℃、500℃の熱処理後の組織は、いずれも再結晶したとみられる結晶粒組織が多数観察された。
図12の熱処理温度と平均結晶粒径の関係から、300℃(573K)以下の熱処理では結晶粒径は69nm~100nmの値を示し、それ以上で急激に結晶成長し平均結晶粒径が大きくなった。このことから、S4工程の熱処理温度は結晶粒径に影響を与えない300℃以下が好ましい。ただし、500℃の熱処理温度でもその平均結晶粒径は1μm以下で、超微細粒組織であり通常のチタン組織と比較して著しく微細である。
【0046】
熱処理温度を変えて熱処理を行った20μmの薄板の硬さとヤング率の測定結果を
図13に示す。熱処理温度が27℃(300K)~500℃(773K)の範囲ではヤング率は、68GPa~90GPaであった。また、この温度範囲では強度(硬度)が高い値を示している。スピーカ用の振動板への利用する場合、比弾性率(E/ρ、E:ヤング率、ρ:密度)は高い方が材料の分割振動に起因するノイズが低減されるため、同一材料でヤング率は高いほうが良い。300℃(573K)までは硬さとヤング率が上昇し、300℃(573K)をピークに、熱処理温度の上昇に伴い硬さとヤング率が低下することがわかった。熱処理温度300℃(573K)以上では,TEM写真でも確認できているように粒成長と再結晶が進むためであると言える。
【産業上の利用可能性】
【0047】
純チタン金属製薄板の製造方法にかかる本発明により製造される純チタン金属製薄板は、板厚13μm~50μmにおいてエリクセン値0.5mm以上となることから、成形性に優れたものとなり、前掲のスピーカ振動板(ツイータ)または頭蓋骨用人工骨に使用することができるほか、金属光沢による審美性を有するという利点から、薄板を用いた携帯電話用筐体や、その他の各種製品の筐体としても利用でき、さらに、生体適合性の観点から、人工関節などにも使用することができる。
【0048】
また、純チタン金属製であることから、耐食性および熱伝導率を考慮すれば、薄板によって構成する伝熱管、熱交換器、エンジン周辺部品などに使用することができ、IT機器にも使用し得る。