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特許7168278海生生物の付着防止方法及び海生生物の付着防止剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-31
(45)【発行日】2022-11-09
(54)【発明の名称】海生生物の付着防止方法及び海生生物の付着防止剤
(51)【国際特許分類】
   C02F 1/50 20060101AFI20221101BHJP
【FI】
C02F1/50 532C
C02F1/50 510E
C02F1/50 520F
C02F1/50 531Q
C02F1/50 540B
C02F1/50 550L
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022505516
(86)(22)【出願日】2021-09-30
(86)【国際出願番号】 JP2021036144
【審査請求日】2022-01-26
(31)【優先権主張番号】P 2021063727
(32)【優先日】2021-04-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000154727
【氏名又は名称】株式会社片山化学工業研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】藤戸 洸太
(72)【発明者】
【氏名】錦織 弘宜
【審査官】富永 正史
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第04324784(US,A)
【文献】特開平06-227907(JP,A)
【文献】特開昭63-122604(JP,A)
【文献】特開2013-158743(JP,A)
【文献】特表平06-508636(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 1/50
A01N 37/16
A01P 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
海水が流通する海水利用設備への海生生物の付着防止方法であって、
前記海生生物はヒドロ虫類であり、
過酢酸を含有する薬剤を、前記海水の過酢酸濃度が0.1~10mg/Lになるように、前記海水に添加する
ことを特徴とする海生生物の付着防止方法。
【請求項2】
過酢酸を含有する薬剤はさらに酢酸を含有し、1日当たり添加される前記酢酸の積算濃度が70mg/L以下である請求項1に記載の海生生物の付着防止方法。
【請求項3】
海水の酢酸濃度が10mg/L未満になるように過酢酸を含有する薬剤を前記海水に添加する請求項2に記載の海生生物の付着防止方法。
【請求項4】
過酢酸を含有する薬剤の薬剤添加時間が、1日当たり0.5~24時間である請求項1、2又は3に記載の海生生物の付着防止方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海生生物の付着防止方法及び海生生物の付着防止剤に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、冷却水として海水を使用する発電所、製鉄所、石油化学プラントなどは、波浪などを避けるために、内海や湾内に面した所に多く建設されている。内海や湾内において海水を取水すると、海水中に生息するムラサキイガイ、フジツボ、コケムシ、ヒドロ虫などの海生生物やスライム等が、海水取水路、配管や導水路、熱交換器や復水器細管などの通水路に付着し、様々な障害を引き起こす。例えば、付着した海生生物等は、成長して熱交換器チューブ等の導水路を閉塞させて海水の通水を阻害し、また乱流を生じさせ、エロージョン腐食等の障害を引き起こす。また、付着した海生生物等が水圧や流速等によりはぎ取られることによっても、熱交換器のチューブやストレーナーの閉塞を引き起こし、海水の通水を阻害し、熱交換器本来の機能の低下を引き起こす。
また、種々の工場では、海水は冷却水としてだけではなく、例えば、希釈水や洗浄水としても用いられており、海水が流通する海水利用設備の内表面に海水中に生息する海生生物やスライム等が付着することで、海水の流通が阻害されることが問題になっている。
なお、上記海生生物等の通常の付着繁殖期は、4~10月頃と言われているが、海水温が高くなったり、外来種の流入等により冬季でも繁殖して、上述のような障害を引き起こす。
【0003】
上記の海水中に生息する海生生物は、自然界において付着基盤を争奪しながら共生しており、ムラサキイガイやフジツボはその繁殖力が強く、上記のような付着の問題を起こし易い。そして、ムラサキイガイやフジツボの付着を抑制すると、これらに代わって別の海生生物が繁殖する。その代表的な海生生物がヒドロ虫類であり、中でもクダウミヒドラ類、オベリア類の付着障害が問題になっている。
【0004】
上記海生生物種の着生(付着)を防止するために、従来から次亜塩素酸ナトリウム、電解塩素もしくは塩素ガスなどの塩素発生剤(「塩素剤」ともいう)、過酸化水素もしくは過酸化水素発生剤(「過酸化水素剤」ともいう)の添加が行われている(特許文献1及び特許文献2)。
【0005】
例えば、特許文献2には、過酸化水素または過酸化水素発生剤を使用することを特徴とする海水動物の付着抑制方法が開示されており、易分解性を有し、残留毒性や蓄積毒性の問題が起らないより安全な海水動物の付着抑制方法を研究した結果、過酸化水素が極めて有効であることが開示されている。また、過酸化水素発生剤として、過酢酸等の有機過酸又はこれらの塩等が開示されている。
【0006】
また、例えば、特許文献3には、過酢酸を含有することを特徴とする水中有害生物付着阻止剤に関する技術が開示されている。過酢酸は、少量で短時間に殺菌作用を発揮し、生物分解性に優れ、安全性に優れていることが知られている([請求項1]等、[0014]段落等)。また、例えば、特許文献4には、製紙パルプ工業の白水循環系における微生物抑制剤として過酢酸を用いることが開示されており、特に、Flavobacterium、Alkaligenes、Serratia、Paecilomyces、Geotrichum、Cephalosporium、Rhodotorula及びCandida等のスライムを構成する菌に対し、強力な殺菌効果が認められることが開示されている。
一方、特許文献5の記載から、過酢酸を含有する薬剤に含まれる酢酸は、水系の微生物に利用されることが開示されており([0010]等)、一般的に、冷却水系中の酢酸量が増加すると、微生物量が増加することが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平11-037666号公報
【文献】特公昭61-002439号公報
【文献】特開平06-227907号公報
【文献】特開昭63-122604号公報
【文献】特開2007-198869号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】発電所海水設備の汚損対策ハンドブック(P133~P136)、火力原子力発電技術協会 編、恒星社厚生閣、2014年10月20日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
海生生物等の付着防止において、トリハロメタンや有機塩素化合物類の生成といった環境への影響を考慮して、塩素剤や臭素剤等のハロゲン系薬剤の使用を避ける動きがあり、ハロゲン系薬剤を使用することなく、優れた海生生物の付着防止効果を発揮し得る海生生物等の付着防止方法の開発が望まれている。
【0010】
このような方法として、例えば上述の特許文献2に記載のように、水中で容易に水と酸素に分解する過酸化水素を使用した海水動物の付着抑制方法が挙げられる。しかしながら、過酸化水素及び過酸化水素発生剤の、海生生物に対する付着防止効果は海生生物の種類に対して選択性があるため、過酸化水素の通常の使用方法では、ヒドロ虫類のような酸化剤や殺菌剤などの影響を受けにくい海生生物の付着を防止することは困難である。
一方、効果的にヒドロ虫類の付着を防止するための薬品としては、ハロゲン系薬剤が従来から採用されているが、上述の通り環境上の観点から好ましくない。
【0011】
また、上述の特許文献2に記載の海水動物の付着抑制方法では、過酸化水素の発生剤として、過酢酸等の有機過酸又はこれらの塩等が開示されている。しかしながら、非特許文献1に記載の通り、低濃度の過酢酸は酢酸と過酸化水素とに分解しやすい事から、海水が流通する系における海洋性生物の付着防止に関して、低濃度の過酢酸を添加することは、過酸化水素の添加と同等と考えられていたため、低濃度の過酢酸を添加する必然性はないとされていた。
【0012】
また、過酢酸は殺菌剤として広く知られており、例えば、上述の特許文献3に記載のように過酢酸を使用する水中有害生物付着阻止剤及び付着阻止方法のように、過酢酸を使用する海生生物等の付着防止方法が挙げられる。しかしながら、特許文献3に記載の方法は、0.16%以上(すなわち、1600ppm以上)の高濃度の過酢酸溶液を、海苔網や海洋構造物に対して浸漬、または噴霧することによって藻類や貝類の付着を防止するものであり、海水が流通する系における海洋性生物の付着防止に関して、低濃度の過酢酸(例えば、10ppm以下)を添加することの効果は示されていない。
【0013】
本発明は、ハロゲン系薬剤を使用することなく、海水が流通する海水利用設備への優れた海生生物の付着防止効果を発揮し得る海生生物の付着防止方法、及び、海生生物の付着防止剤を提供することを課題とする。
また、本発明は、ハロゲン系薬剤を使用することなく、海水が流通する海水利用設備への優れたヒドロ虫類の付着防止効果を発揮し得る海生生物の付着防止方法、及び、ヒドロ虫類の付着防止剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の発明者は、過酢酸は、ヒドロ虫のような酸化剤や殺菌剤などの影響を受けにくい海生生物に対する付着防止効果が優れていることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0015】
すなわち本発明は、海水が流通する海水利用設備への海生生物の付着防止方法であって、過酢酸を含有する薬剤を、上記海水の過酢酸濃度が0.1~10mg/Lになるように、上記海水に添加することを特徴とする海生生物の付着防止方法である。
本発明の方法において、過酢酸を含有する薬剤はさらに酢酸を含有し、1日当たり添加される上記酢酸の積算濃度が70mg/L以下であることが好ましい。
本発明の方法において、海水の酢酸濃度が10mg/L未満になるように過酢酸を含有する薬剤を上記海水に添加することが好ましい。
本発明の方法において、過酢酸を含有する薬剤の薬剤添加時間が、1日当たり0.5~24時間であることが好ましい。
【0016】
また、本発明は、過酢酸を含有し、上記過酢酸の濃度が1質量%以上であり、海水利用設備を流通する海水へ添加されることを特徴とする海生生物の付着防止剤でもある。
本発明の付着防止剤は、さらに酢酸を含有し、上記酢酸の濃度が過酢酸濃度の25倍以下であることが好ましい。
本発明の付着防止剤は、さらに、過酸化水素を含有し、上記過酸化水素の濃度が1質量%以上であることが好ましい。
本発明の付着防止剤は、本発明の海水が流通する海水利用設備への海生生物の付着防止方法に使用されることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ハロゲン系薬剤を使用することなく、海水が流通する海水利用設備への優れた海生生物の付着防止効果を発揮し得る海生生物の付着防止方法、及び、海生生物の付着防止剤を提供することができる。
さらに、本発明によれば、ハロゲン系薬剤を使用することなく、海水が流通する海水利用設備への優れたヒドロ虫類の付着防止効果を発揮し得る海生生物の付着防止方法、及び、ヒドロ虫類の付着防止剤を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の発明者らは、過酢酸は、ヒドロ虫のような酸化剤や殺菌剤などの影響を受けにくい海生生物に対する付着防止効果が優れていることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0019】
本発明は、海水が流通する海水利用設備への海生生物の付着防止方法であって、過酢酸を含有する薬剤を、上記海水の過酢酸濃度が0.1~10mg/Lになるように、上記海水に添加することを特徴とする海生生物の付着防止方法である。
本発明の発明者らは、環境への影響を考慮して、ハロゲン系薬剤を使用することなく、ヒドロ虫類等の海生生物が海水利用設備に付着することを防止する方法及び付着防止剤を検討するために、モデル水路による実験を重ねた。その結果、本発明者らは、過酢酸を含有する薬剤を海水に添加することでヒドロ虫類のような海生生物の海水が流通する海水利用設備への付着を効果的に防止できることを見出した。上述の通り、高濃度での過酢酸の殺菌作用は知られており、例えば、特許文献3では、1600ppm以上の高濃度の過酢酸溶液を藻類や貝類の付着防止に使用している。しかしながら、例えば、10ppm以下のような低濃度での過酢酸は、過酸化水素の発生源として使用できることが知られていたのみである。また、非特許文献1によると、低濃度での過酢酸は、過酸化水素の発生源としても使用の必然性がないとされていた。そのため、低濃度の過酢酸は、現実に海生生物の付着防止の用途には使用されていなかった。
このような状況において、本発明者らは、低濃度の過酢酸(0.1mg/L以上10mg/L未満)のヒドロ虫類のような海生生物に対する優れた付着防止効果を見出した。
【0020】
なお、本発明において、海水が流通する海水利用設備は、冷却水として海水を使用する発電所、製鐵所、石油化学プラント等の工場における海水冷却水系であってもよく、また、種々の工場において、海水を希釈水、洗浄水等として用いる場合の海水が流通する系であってもよく、特に限定されるものではない。上記海水利用設備としては、海水が流通する流路を形成する設備であれば特に限定されず、例えば、海水取水路、配管、導水路、熱交換器、復水器、排水路等が挙げられる。
【0021】
本発明の方法において、海水の過酢酸濃度が0.15mg/L以上になるように過酢酸を含有する薬剤を海水に添加することが好ましく、0.2mg/L以上になるように上記薬剤を海水に添加することがより好ましい。また、本発明の方法において、海水の過酢酸濃度が6mg/L以下になるように過酢酸を含有する薬剤を海水に添加することが好ましく、4mg/L以下になるように過酢酸を含有する薬剤を海水に添加することがより好ましく、2mg/L以下になるように上記薬剤を海水に添加することがさらに好ましい。
また、本発明の方法において、上述の海水の過酢酸濃度の下限と上限とは適宜組み合わせて数値範囲を決定することができる。
なお、本発明の方法において、過酢酸を含有する薬剤の添加濃度は、海水の過酢酸濃度が、上記範囲となるように適宜調節されることが好ましい。
【0022】
[過酢酸を含有する薬剤]
本発明の方法において、過酢酸を含有する薬剤は、過酢酸を含有していればよく、工業用として市販されている過酢酸溶液や、オンサイト(本発明の方法が使用される場所)で合成した過酢酸溶液を用いることができ、特に限定されるものではない。例えば、過酢酸を含有する薬剤は、水溶液中で過酸化水素と酢酸との平衡反応によって製造されたものであってよく、このような平衡反応により製造された過酢酸溶液を、過酢酸を含有する薬剤として用いることが好ましい。平衡反応により製造された過酢酸溶液は、過酸化水素と、過酢酸と、酢酸とを含有する。過酢酸溶液中の過酢酸濃度、酢酸濃度及び過酸化水素濃度(すなわち、過酢酸を含有する薬剤中の過酢酸濃度、酢酸濃度、過酸化水素濃度)は、公知の測定方法(例えば滴定法)によって測定する事ができる。
なお、過酢酸を含有する薬剤を合成する場合に用いられる酢酸は、酢酸又はその塩であってよく、工業用に市販されている酢酸溶液を用いてもよい。
また、過酢酸を含有する薬剤を合成する場合に用いられる過酸化水素は、工業用に市販されている過酸化水素、過酸化水素発生源(過酢酸を除く)を用いてもよい。
【0023】
本発明の海生生物の付着防止方法において、上記過酢酸を含有する薬剤はさらに酢酸を含有し、1日当たり添加される酢酸の積算濃度は70mg/L以下であることが好ましい。海水において、過酢酸はスライムを抑制する効果を有するが、酢酸は微生物に消費されスライムの増加を引き起こす。後述の実施例からも確認される通り、海水に対し、1日当たり添加される酢酸の積算濃度が70mg/Lを超えると、酢酸によるスライム増加作用が高まり、過酢酸によるスライム抑制効果が得られなくなる可能性を生じる。そのため、1日当たり添加される酢酸の積算濃度が70mg/L以下となるように過酢酸と酢酸とを含有する薬剤を海水に添加することで、酢酸によるスライムの増加を引き起こすことなく、過酢酸によるヒドロ虫類のような海生生物及びスライムの海水利用設備への付着防止効果が得られ、結果としてヒドロ虫類のような海生生物及びスライムの海水が流通する海水利用設備への付着を抑制することができる。本発明の方法において、上記過酢酸を含有する薬剤がさらに酢酸を含有する場合、海水に1日当たり添加される酢酸の積算濃度は50mg/L以下であることが好ましい。
【0024】
本発明の海生生物の付着防止方法において、過酢酸を含有する薬剤は、さらに酢酸を含有し、海水の酢酸濃度が10mg/L未満になるように上記過酢酸を含有する薬剤を海水に添加することが好ましい。海水中の酢酸濃度が上昇すると、海水中の微生物が酢酸を消費し、海水中のスライムの増加を引き起こす。海水の酢酸濃度が10mg/L未満となるように過酢酸と酢酸とを含有する薬剤を海水に添加することで、酢酸によるスライムの増加を引き起こすことなく、過酢酸によるヒドロ虫類のような海生生物の海水が流通する海水利用設備への付着防止効果が得られるためである。
本発明の方法において、過酢酸と酢酸とを含有する薬剤は、海水の酢酸濃度が6mg/L以下となるように海水に添加されることが好ましく、5mg/L以下となるように海水に添加されることがより好ましく、3mg/L以下となるように海水に添加されることがさらに好ましい。上述の海水における酢酸濃度の好適な上限と下限は適宜組み合わせることができる。
【0025】
本発明の方法において、過酢酸を含有する薬剤の海水への添加方法は特に限定されないが、一又は複数の実施形態において、配管に接続された配管からポンプ等により送液することにより行うことが挙げられる。添加においては、海水や淡水で薬剤を適宜希釈してもよい。
【0026】
本発明の方法において、過酢酸を含有する薬剤は、さらに過酸化水素を含有することが好ましい。過酸化水素は、フジツボなどの海生生物に対する付着防止効果が知られており、過酢酸によるヒドロ虫類等の海生生物に対する付着防止効果を阻害することなく、フジツボ等の海生生物に対する付着防止効果を得ることができる。本発明の方法に用いられる上記薬剤が、過酸化水素と酢酸との平衡反応によって製造されたものである場合、用いられる過酸化水素は特に限定されず、過酸化水素及び過酸化水素発生剤の少なくとも一方であればよい。過酸化水素としては、限定されない一又は複数の実施形態において、過酸化水素水溶液の形態があげられる。過酸化水素発生剤としては、水等の液中で過酸化水素を発生するものが挙げられ、一又は複数の実施形態において、過炭酸ナトリウム、過炭酸カリウム等の可溶性過炭酸塩、過ホウ酸ナトリウムや過ホウ酸カリウム等の可溶性過ホウ酸塩等の各種の可溶性ペルオキシ酸塩、尿素/過酸化水素付加物、メタケイ酸塩/過酸化水素付加物、過酸化ナトリウム等が挙げられる。ただし、本発明の方法において、過酸化水素発生源に過酢酸は含まない。
【0027】
本発明の方法では、海水の過酸化水素濃度が0.1mg/L以上になるように過酢酸、酢酸及び過酸化水素を含有する薬剤を海水に添加することが好ましい。上述の通り、過酸化水素は、フジツボ類の海水利用設備への付着防止効果に優れており、海水中の過酸化水素濃度が0.1mg/L以上となるように、より好ましくは0.15mg/L以上となるように、上記薬剤を海水に添加することにより、フジツボ類の海水が流通する海水利用設備への付着を充分効果的に防止するためである。また、過酸化水素は海水が流通する海水利用設備へのフジツボ類の付着防止作用に加え、スライムの付着防止作用も有しているためである。海水の過酸化水素濃度は、海水の過酢酸濃度に対し、5倍以下となるように添加されることが好ましく、2倍以下となるように添加されることがより好ましい。また、海水の過酸化水素の濃度が2.0mg/Lを超えると、過酸化水素の添加量が増大し、過酸化水素の添加量に応じた海生生物及びスライムの海水が流通する海水利用設備への付着防止効果が期待できず、経済的な面から好ましくない。よって、本発明の方法では、海水の過酸化水素濃度が0.1~2.0mg/Lとなるように過酢酸、酢酸及び過酸化水素を含有する薬剤を海水に添加することが好ましい。
【0028】
また、本発明は、過酢酸を含有し、上記過酢酸の濃度が1質量%以上であり、海水利用設備を流通する海水へ添加されることを特徴とする海生生物の付着防止剤でもある。
本発明の海生生物の付着防止剤は、上述の通り水溶液中で過酸化水素と酢酸との平衡反応によって製造されたものであることが好ましい。また、本発明の付着防止剤(100質量%)に対し過酢酸の濃度が1質量%以上であればよいが、3質量%以上であることが好ましく、5質量%以上であることがより好ましく、10質量%以上であることがさらに好ましい。また、本発明の付着防止剤は、該薬剤(100質量%)に対し、過酢酸の濃度が40質量%以下であることが好ましい。
本発明の付着防止剤において、付着防止剤に対する過酢酸の濃度の上記下限及び上記上限は適宜組み合わせることができる。
また、本発明の付着防止剤が添加される海水利用設備を流通する海水とは、海水利用設備の内部を流通している海水のみではなく、海水利用設備に導入される海水も含まれる。
【0029】
また、本発明の付着防止剤は、さらに酢酸を含有し、上記酢酸の濃度が過酢酸濃度の25倍以下であることが好ましい。海水において、酢酸は微生物に消費されスライム増加を引き起こすため、本発明の付着防止剤における酢酸の含有量の上限は、過酢酸濃度の25倍以下であることが好ましい。本発明の付着防止剤における酢酸の濃度は、過酢酸濃度の20倍以下であることがより好ましく、過酢酸濃度の10倍以下であることがさらに好ましく、過酢酸濃度の5倍以下であることがよりさらに好ましく、過酢酸濃度の2倍以下であることが特に好ましい。
また、本発明の付着防止剤は、上記酢酸の濃度が過酢酸濃度の0.5倍以上であることが好ましい。
【0030】
また、本発明の付着防止剤は、さらに過酸化水素を含有し、上記過酸化水素の濃度が1質量%以上であることが好ましい。上述の通り、海水が流通する海水利用設備において、過酸化水素はフジツボ類及びスライムの付着防止作用を有しているためである。本発明の付着防止剤に対する過酸化水素の濃度は、2.5質量%以上であることがより好ましく、5質量%以上であることがさらに好ましく、10質量%以上であることがよりさらに好ましい。また、本発明の付着防止剤に対する過酸化水素の濃度は、45質量%以下であることが好ましい。
また、本発明の付着防止剤がさらに過酸化水素を含有する場合、付着防止剤における過酸化水素の濃度は過酢酸濃度の5倍以下であることが好ましく、2倍以下であることがより好ましい。
【0031】
本発明の海生生物の付着防止方法は、薬剤添加時間が1日当たり0.5~24時間であることが好ましい。添加は、連続添加でもよく、間欠添加でもよく特に限定されない。
また、本発明の海生生物の付着防止方法は、過酢酸を含有する薬剤の海水に対する過酢酸濃度に応じて添加時間を調整してもよく、過酢酸を含有する薬剤の添加時間に応じて過酢酸を含有する薬剤の海水に対する過酢酸濃度を調整してもよい。例えば、海水の過酢酸濃度が0.1mg/L以上2mg/L未満となるよう過酢酸を含有する薬剤が海水に添加される場合、該薬剤の添加時間は、6時間~24時間であることが好ましく、18時間~24時間であることがより好ましい。また、海水の過酢酸濃度が2mg/L以上となるよう過酢酸を含有する薬剤が海水に添加される場合、該薬剤の添加時間は、0.5時間~18時間であることが好ましく、0.5時間~12時間であることがより好ましく、0.5時間~6時間であることがさらに好ましい。
【0032】
本発明の方法及び付着防止剤が用いられる海生生物は、ヒドロ虫類(クダウミヒドラ類、オベリア類)であることが好ましい。また、本発明の方法及び付着防止剤が用いられる対象は海生生物及びスライムであることがより好ましく、ヒドロ虫類及びスライムを含む海生生物等であることがさらに好ましく、ヒドロ虫類、フジツボ類及びスライムを含む海生生物等であることがよりさらに好ましい。
【0033】
本発明における薬剤(過酢酸を含有する薬剤)の添加場所は、取水路、熱交換器または復水器に付帯する配管中や導水路、熱交換器の入口または復水器の入口のいずれであってもよく、取水路、熱交換器の入り口及び復水器の入口の少なくとも一箇所が好ましい。
【0034】
本発明の付着防止方法において、海水利用設備における過酢酸濃度、酢酸濃度及び/又は過酸化水素濃度の測定場所は特に限定されず、本発明における薬剤の添加場所より下流の海水の水質が測定される場所であればよく、排水路、熱交換器の出口及び復水器の出口の少なくとも一箇所で実施することが好ましい。
【0035】
本発明の海生生物の付着防止方法では、本発明の効果を阻害しない範囲において、当該技術分野で公知の他の添加剤を併用してもよい。
例えば、環境への影響が生じない程度の低濃度のハロゲン系薬剤(例えば、次亜塩素酸、次亜臭素酸、海水電解液、モノクロラミン等の結合塩素や結合臭素、N―クロロスルファマート等の安定化塩素や安定化臭素、二酸化塩素等)、ジアルキルジチオカルバミン酸塩、カチオン系界面活性剤等の海生生物付着防止剤、鉄系金属腐食防止剤、消泡剤などが挙げられる。
【0036】
本発明の方法において、海水中の成分濃度(過酢酸濃度、酢酸濃度及び過酸化水素濃度等)は、公知の方法により測定することができる。
【0037】
以下、実施例を用いて本開示をさらに説明する。ただし、本開示は以下の実施例に限定して解釈されない。
【実施例
【0038】
[モデル水路を用いた評価試験]
太平洋に面した和歌山県沿岸の某所に、水路試験装置を設け、試験を行った。水中ポンプを用いて揚水した未濾過の海水(pH8)を、10系統に分岐させた水路(試験区)に流量1m/hで78日間(2020年8月~同年10月)、一過式に通水し、各水路に表1に記載の薬剤を、表1に示す海水中の濃度、および一日当たりの添加時間になるように添加した(参考例1~3、比較例1、実施例1~6)。
また、水中ポンプを用いて揚水した未濾過の海水(pH8)を、6系統に分岐させた水路(試験区)に流量1m/hで76日間(2021年4月~同年6月)、一過式に通水し、各水路に表1に記載の薬剤を、表1に示す海水中の濃度、および一日当たりの添加時間になるように添加した(実施例7~11)。
【0039】
水路試験装置の各水路内(各試験区内)には、付着生物調査用にアクリル製のカラム(内径64mm×長さ300mm×厚さ2mm、表面積:602.88cm、半円状に半割しその片方の内面に目合5mm、糸径1mmのビニロン網を張りつけたものを再度円柱状にしたもの)を挿入し、通水終了後にカラムに付着した海生生物(ヒドロ虫類)を測定し、海生生物の付着防止効果を評価した。
また、各水路内には、スライム汚れ防止効果確認用にチタン管からなるテストチューブ(内径23.4mm、長さ1000mm、肉厚1.0mm)を設置し、通水終了後にテストチューブの内面に形成されたスライムを主体とする汚れ量を測定し、スライムの付着防止効果を評価した。なお、ブランクとして薬剤無添加についても試験した。
得られた結果を、海水中の過酢酸濃度、酢酸濃度及び過酸化水素濃度、並びに、一日当たりの添加時間と共に表1に示す。
【0040】
(過酢酸を含有する薬剤(過酢酸溶液1~5)の調製)
下記手順で過酢酸を含有する薬剤として、過酢酸溶液1~5を調製した。
(過酢酸溶液1)
過酢酸溶液1は、35%過酸化水素11%、酢酸33%、水54%、硫酸1%、60%HEDP(1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸)水溶液1%となるよう混合し、室温で2日間放置することで調製した。調製した過酢酸溶液1の過酸化水素及び総過酸化物濃度を、従来公知の滴定法によって測定し、得られた結果から組成を算出したところ、過酸化水素2.8%、過酢酸1.3%、酢酸32.0%であった。
(過酢酸溶液2)
過酢酸溶液2は、35%過酸化水素11%、酢酸55%、水32%、硫酸1%、60%HEDP(1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸)水溶液1%となるよう混合し、室温で2日間放置することで調製した。調製した過酢酸溶液2の過酸化水素及び総過酸化物濃度を、従来公知の滴定法によって測定し、得られた結果から組成を算出したところ、過酸化水素1.9%、過酢酸3.0%、酢酸52.7%であった。
(過酢酸溶液3)
過酢酸溶液3は、35%過酸化水素20%、酢酸52%、水26%、硫酸1%、60%HEDP(1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸)水溶液1%となるよう混合し、室温で2日間放置することで調製した。調製した過酢酸溶液3の過酸化水素及び総過酸化物濃度を、従来公知の滴定法によって測定し、得られた結果から組成を算出したところ、過酸化水素3.8%、過酢酸5.1%、酢酸48.2%であった。
(過酢酸溶液4)
過酢酸溶液4は、35%過酸化水素31%、酢酸37%、水30%、硫酸1%、60%HEDP(1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸)水溶液1%となるよう混合し、室温で2日間放置することで調製した。調製した過酢酸溶液4の過酸化水素及び総過酸化物濃度を、従来公知の滴定法によって測定し、得られた結果から組成を算出したところ、過酸化水素8.0%、過酢酸6.0%、酢酸32.0%であった。
(過酢酸溶液5)
過酢酸溶液5は、35%過酸化水素60%、酢酸38%、硫酸1%、60%HEDP(1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸)水溶液1%となるよう混合し、室温で2日間放置することで調製した。調製した過酢酸溶液5の過酸化水素及び総過酸化物濃度を、従来公知の滴定法によって測定し、得られた結果から組成を算出したところ、過酸化水素14.4%、過酢酸14.4%、酢酸26.7%であった。
【0041】
調製した各過酢酸溶液1~5は、付着防止効果確認用アクリル製カラムの手前に、定量ポンプを用いて、表1に示す海水中の濃度、および一日当たりの添加時間(24時間)になるように水路(試験区)に添加された。
【0042】
(過酸化水素)
過酸化水素は、市販品の35%過酸化水素溶液を適宜純水で希釈することで海水に添加する薬剤濃度に調整し、同様に付着防止効果確認用アクリル製カラムの手前に、定量ポンプを用いて、表1に示す海水中の濃度、および一日当たりの添加時間が24時間になるように添加した。
【0043】
[評価]
(ヒドロ虫類の被覆率の計測)
回収したカラムからヒドロ虫類の被覆率(%)の計測を行った。ヒドロ虫類の被覆率(%)は、通水終了後のカラムに5mm目合いのネットを押し当て、被覆面と非被覆面の目数を計数し、カラムの表面積602.88cmを100%として被覆率を算出した。算出結果に基づき下記のように評価をした。
【0044】
(ヒドロ虫類)
被覆率が5%以下の場合に「〇」、被覆率が5~10%の場合に「△」、被覆率が10%を超える場合に「×」と評価した。評価が「△」であれば、ヒドロ虫類の付着障害防止効果があると判断でき、評価が「〇」であれば、ヒドロ虫類の付着防止効果が充分にあると判断できる。得られた結果を表1に記載した。
【0045】
(スライムの計測)
試験後、水路から取り外したテストチューブの内面に形成されたスライムを主体とする汚れを掻き取り、100mLのメスシリンダーに回収し、4時間静置後の湿体積を計量した。
ブランクにおいて掻き取ったスライムは主にテストチューブに付着した微生物に由来する。カラムでの付着防止効果の確認と同様に、テストチューブの内面に付着したスライムにもデトリタスが含まれるが、テストチューブのチタン管径はカラム径の約1/3であり、その管内の海水の流速は速く、ムラサキイガイなどのイガイ類やフジツボ類、コケムシ類などの海生付着生物の付着はないことを確認している。
ブランクでのスライムの付着状況から、本試験例では湿体積が5mL以下の場合に「〇」、湿体積が5mLを超え10mL以下の場合に「△」、湿体積が10~21mLの場合に「×」と評価し、湿体積が21mLを超え、ブランクよりも悪化する場合に「××」と評価した。評価が「△」であれば、スライムの付着障害防止効果があると判断でき、評価が「〇」であれば、スライムの付着防止効果が充分にあると判断できる。得られた結果を表1に記載した。
【0046】
【表1】
【0047】
表1に示すように、海水の過酢酸濃度が0.1~10mg/Lになるように過酢酸を含有する薬剤(過酢酸溶液)が添加されている実施例1~11にかかる試験例は、ヒドロ虫類の評価が「△」又は「〇」であり、低濃度の過酢酸によるヒドロ虫類に対する付着抑制効果を確認した。
一方、過酸化水素のみが添加されている参考例2、参考例3、及び、過酢酸溶液(過酢酸を含有する薬剤に該当)を添加しても海水中の過酢酸濃度が0.1mg/L未満であった比較例1にかかる試験例では、ヒドロ虫類のような海生生物に対する付着抑制効果が得られなかった。
また、実施例2の結果から、過酢酸を含有する薬剤を海水に添加することにより、1日当たり添加される酢酸の積算濃度が70mg/Lを大きく超える場合、ブランク(参考例1)と比較してスライムの付着が増加しており、酢酸によるスライムの増加を確認した。また、実施例1及び実施例11の結果から、過酢酸を含有する薬剤を海水に添加することにより、1日当たり添加される酢酸の積算濃度が70mg/Lを超える場合、スライムの量はブランクと同様であり、酢酸によるスライムの増加は確認できなかった。しかし、過酢酸によるスライム抑制効果も確認されなかった。
また、実施例3~10の結果から、1日当たり添加される酢酸の積算濃度が70mg/L以下となるように過酢酸を含有する薬剤(過酢酸溶液3~5)が海水に添加された場合、酢酸によるスライムの増加作用よりも過酢酸によるスライム付着防止作用の方が大きく、ヒドロ虫類及びスライムなどの海生生物等の海水利用設備への付着を効果的に抑制できた。
そのため、過酢酸及び酢酸を含有する薬剤を海水に添加する場合、1日当たり添加される酢酸の積算濃度を70mg/L以下とすることで、ヒドロ虫類及びスライムのような海生生物等の海水利用設備への付着を効果的に低減できることを確認した。
【要約】
本発明は、ハロゲン系薬剤を使用することなく、海水が流通する海水利用設備への優れた海生生物の付着防止効果を発揮し得る海生生物の付着防止方法、及び、海生生物の付着防止剤を提供することを目的とする。
本発明は、海水が流通する海水利用設備への海生生物の付着防止方法であって、過酢酸を含有する薬剤を、海水の過酢酸濃度が0.1~10mg/Lになるように、海水に添加することを特徴とする海生生物の付着防止方法に関する。