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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-31
(45)【発行日】2022-11-09
(54)【発明の名称】エルゴチオネイン含有組成物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/14 20060101AFI20221101BHJP
   C12P 17/10 20060101ALI20221101BHJP
   A23L 31/00 20160101ALI20221101BHJP
   A23L 13/00 20160101ALN20221101BHJP
   A23L 13/40 20160101ALN20221101BHJP
   A23L 19/00 20160101ALN20221101BHJP
【FI】
C12N1/14 F
C12P17/10
A23L31/00
A23L13/00 A
A23L13/40
A23L19/00 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018155441
(22)【出願日】2018-08-22
(65)【公開番号】P2019208495
(43)【公開日】2019-12-12
【審査請求日】2021-08-20
(31)【優先権主張番号】P 2018108076
(32)【優先日】2018-06-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 絵美
(72)【発明者】
【氏名】竹田 悠見子
(72)【発明者】
【氏名】原 圭志
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-352621(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 1/38
C12P 17/00-17/18
A23L
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エルゴチオネインを乾燥重量当たり1mg/g以上含有するPycnoporus属担子菌の菌糸体抽出物。
【請求項2】
エルゴチオネインを乾燥重量当たり1mg/g以上、ポリフェノールを乾燥重量当たり10mg/g以上含有する、Pycnoporus属担子菌の菌糸体抽出物。
【請求項3】
前記Pycnoporus属担子菌がヒイロタケ(Pycnoporus coccineus)である、請求項1または2に記載の抽出物。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載のPycnoporus属担子菌の菌糸体抽出物を含有する食品素材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗酸化物質であるエルゴチオネインを含有するPycnoporus属担子菌抽出物に関する。
【背景技術】
【0002】
エルゴチオネインは、親水性含硫アミノ酸の一つであり、人の生体にとって有用な抗酸化物質である。
エルゴチオネインを生合成できるのは菌類やマイコバクテリアであり、それを植物が根から吸収し、動物はその植物を食することでエルゴチオネインを摂取している。そのため、人間が通常の食事により、人体にとって十分な量のエルゴチオネインを摂取するのは困難であった。
【0003】
エルゴチオネインを効率よく摂取するために、担子菌類を培養して、そこからエルゴチオネインを抽出する方法が報告されている(特許文献1)。
【0004】
他方、Pycnoporus属の担子菌の培養ろ液や抽出物は各種の酵素を含むため、酵母エキスの製造(特許文献2)、動物性タンパク質の酵素分解型調味料(特許文献3)、植物性タンパク質の酵素分解型調味料(特許文献4)、お茶類の抽出(特許文献5)、魚節の製造(特許文献6)等、飲食品の製造に好適に用いられることが知られている。
【0005】
また、担子菌の一つであるヒイロタケ(Pycnoporus coccineus)は、食品製造用の酵素であるグルカナーゼ、セルラーゼ、プロテアーゼ、ヘミセルラーゼ、ポリフェノールオキシダーゼの原料として用いられている。(非特許文献1)
ヒイロタケを培養し、酵素を抽出した後は、その菌糸体は残渣となり、用途は無かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2011-102286号公報、国際公開WO2014/148132号公報、特開2014-223051号公報、特開2015-116173号公報
【文献】特開2004-248529号公報、特開2006-129835号公報
【文献】特開2006-094756号公報
【文献】特開2006-094757号公報
【文献】特開2008-125477号公報
【文献】特開2008-212116号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】食品添加物公定書第9版
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、エルゴチオネインを含有する組成物、また、それを利用した食品を提供することである。
さらに、Pycnoporus属担子菌を培養して酵素を製造する際に出る残渣の有効利用である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、Pycnoporus属担子菌の培養液から酵素を取得した後の菌糸体含有残渣を熱水で抽出することにより、エルゴチオネイン含有組成物が得られることを見出した。
また、その熱水抽出物は、エルゴチオネインの他に、ポリフェノールと呈味性のアミノ酸も含有しているため、色調保持効果、オフフレーバー抑制効果、風味付与という機能を有し、食品素材として好適に用いられることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の(1)~(5)に関する。
(1)エルゴチオネインを乾燥重量当たり0.5mg/g以上、ポリフェノールを乾燥重量当たり2mg/g以上含有する、Pycnoporus属担子菌の菌糸体。
(2)エルゴチオネインを乾燥重量当たり1mg/g以上含有するPycnoporus属担子菌抽出物。
(3)エルゴチオネインを乾燥重量当たり1mg/g以上、ポリフェノールを乾燥重量当たり10mg/g以上含有する、Pycnoporus属担子菌抽出物。
(4)前記Pycnoporus属担子菌がヒイロタケ(Pycnoporus coccineus)である、前記(2)または(3)に記載の抽出物。
(5)上記(2)~(4)のいずれかに記載のPycnoporus属担子菌抽出物を含有する食品素材。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、Pycnoporus属担子菌の培養、菌糸体からの抽出という簡単な工程で、エルゴチオネイン含有組成物を得ることができる。その組成物は、エルゴチオネイン高純度品の原料として用いることができる。
また、Pycnoporus属担子菌から抽出された当該組成物は、エルゴチオネインの他に、ポリフェノールと呈味性のアミノ酸も含有しており、色調保持効果、オフフレーバー抑制効果、風味付与という機能を併せ持つため、食品素材として好適に用いることができる。
さらには、このエルゴチオネイン含有組成物は、酵素類の取得に用いられたヒイロタケの菌糸体含有残渣から抽出することもできるため、残渣の有効利用となる上、低コストで取得できるものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の抽出物は、担子菌類の一つであるPycnoporus属に属する担子菌類より取得する。
Pycnoporus属に属する担子菌類としては、Pycnoporus coccineus(ヒイロタケ)、Pycnoporus cinnabarinus(シュタケ)、Pycnoporus palibini、Pycnoporus puniceus、Pycnoporus sanguineus等があるが、それらのうち、Pycnoporus coccineus(ヒイロタケ)を用いるのが望ましい。
【0013】
Pycnoporus属に属する担子菌の培養は、公知の方法で行えば良い。
たとえば、Pycnoporus属担子菌の胞子懸濁液を液体培地に接種して培養する。培養は、種培養と主培養の2段階に分けても良い。
【0014】
液体培地の配合成分としては、塩化カルシウム、硫酸マグネシウム、硫酸アンモニウム、リン酸一カリウム、ショ糖、コーンスティープリカー、脱脂大豆粉、デキストリン、塩酸チアミンなどが挙げられ、これらを適宜組み合わせて調製する。
【0015】
調製した液体培地にPycnoporus属担子菌の胞子懸濁液を接種した後、たとえば28~30℃で、2~6日間、撹拌培養することで、菌糸体が増殖し、同時に食品製造に有用な酵素類も生産される。
【0016】
培養後の培養液から、Pycnoporus属担子菌菌糸体を含む固形分を分離する。分離方法としては、ろ紙、膜、珪藻土などを用いたろ過、遠心分離がある。得られた菌糸体含有物をエタノール等の溶媒で洗浄してもよい。菌糸体分離後の培養液にはグルカナーゼ、セルラーゼ、プロテアーゼ、ヘミセルラーゼ、ポリフェノールオキシダーゼ等の有用な酵素が含まれており、培養液そのままで、または精製して、酵素組成物として用いることができる。
【0017】
他方のPycnoporus属担子菌菌糸体は、エルゴチオネインとポリフェノールを含有しているため、菌糸体そのものまたは菌糸体抽出物を有効に用いることができる。菌糸体中のエルゴチオネイン含量は、菌株、培養条件によっても異なるが、乾燥菌糸体あたり概ね0.5mg/gであり、より望ましくは0.8mg/g以上である。菌糸体中のポリフェノール含量は、菌株、培養条件等によっても異なるが、乾燥菌糸体あたり概ね2mg/gであり、より望ましくは4mg/g以上である。
【0018】
菌糸体またはその含有物を凍結乾燥、または機械的に粉砕した後、溶媒に浸漬してエキスを抽出する。溶媒は食品として安全なものが良く、特に水、アルコールと水の混合物が望ましい。抽出溶媒として水を用いる場合、その温度は80~100℃が望ましく、浸漬時間は20~120分が望ましい。浸漬した後の懸濁液を、遠心分離またはろ過により、担子菌の菌糸体の抽出残渣と抽出物溶液とに分離する。
【0019】
このようにして得られたPycnoporus属担子菌抽出物溶液は、エルゴチオネインを含有する。この溶液を濃縮、乾燥させて、Pycnoporus属担子菌抽出物の乾燥粉末にしてもよい。
当該Pycnoporus属担子菌抽出物中のエルゴチオネイン含量は、菌株、培養条件、抽出条件によって異なるが、乾燥物中の含量で、概ね1mg/g以上となる。
【0020】
得られたPycnoporus属担子菌抽出物は、高純度のエルゴチオネインを取得するための原料として用いてもよい。高純度エルゴチオネインの原料とする場合は、同抽出物中のエルゴチオネイン含量は高い方がよく、望ましくは乾燥重量あたり2.0mg/g以上、より望ましくは3.0mg/g以上である。
【0021】
また、前記Pycnoporus属担子菌抽出物は、エルゴチオネインの他に、ポリフェノールを乾燥重量当たり10mg/g以上含有する。さらに、遊離アミノ酸等、多様な成分を含有し、そのうち一部は呈味性を有するものである。そして、食品に添加したときに、食品のオフフレーバーを抑制したり、変色を防止したりする効果があり、また添加量によっては風味を付与することもできるため、食品素材として好適に用いることができる。
【0022】
<エルゴチオネインの定量>
前記の方法で得られたPycnoporus属担子菌抽出物を水で適切な濃度に希釈したものを試験用サンプルとする。
HPLCにHILIC系のカラムを用い、移動相に10mM酢酸アンモニウムとアセトニトリルを1:4で混合したものを用いる。流速は0.5mL/分、カラム温度は40℃とし、UV検出器で220nmの吸収によりエルゴチオネインに由来するピークを検出する。
別に所定濃度のエルゴチオネイン標品についてHPLCにかけてピーク面積を測定し、試験用サンプルのエルゴチオネイン量は同じ時間に出現するピークの面積を比較することで算出する。
【0023】
<ポリフェノールの定量>
サンプルとしてPycnoporus属担子菌抽出物を用いて、フォーリン・デニス(Folin-Denis)法 によりポリフェノール含量を定量する。
【0024】
本発明のPycnoporus属担子菌抽出物は、エルゴチオネイン、ポリフェノールを含有しており、これらはいずれも抗酸化機能を有する物質であることから、機能性食品の素材として利用することができる。また、本発明のPycnoporus属担子菌抽出物を食品に添加、混合、表面処理などをすることにより、その食品のオフフレーバーを抑制したり、変色を防止したりする効果がある。
【0025】
主に変色防止の効果が期待される食品としては、畜肉原料(牛肉、豚肉、鶏肉等の食肉など)、水産原料(マグロ、ブリ等の魚肉、エビ、カニ等の甲殻類など)、果物類(リンゴ、バナナ、メロン等のカットフルーツ、シロップ漬けなど)、野菜類(レタスやキャベツ等のカット野菜、ナス等の浅漬け、ジャガイモ、レンコン、アボカドなど)、穀物加工品(麺類、パン、米飯、餅など)、油脂加工品(マヨネーズ、マーガリンなど)、食肉加工品(ハム、ソーセージなど)、水産加工品(かまぼこ、ちくわ、さつま揚げなど)、乳製品(バター、チーズ、ヨーグルトなど)、果実加工品(ジャム、マーマレードなど)、菓子類(チョコレート、クッキー、ケーキ、ゼリーなど)、各種飲料(ジュース、コーヒー、紅茶、緑茶、炭酸飲料など)、調味料(醤油、ソース、みりんなど)の様々な食品が挙げられる。
【0026】
主にオフフレーバーの抑制効果が期待される食品としては、畜肉製品(牛肉、豚肉、鶏肉等の食肉原料、加工品)、水産製品(生魚、つみれ)などがあげられる。
【0027】
本発明のPycnoporus属担子菌抽出物を食品に添加する方法としては、食品への混ぜ込み、表面への噴霧、塗布、浸漬等の方法がある。
変色防止を主目的として食品に混ぜ込む場合は食品あたりのエルゴチオネイン濃度が50ppm以上になるようにすることが望ましく、噴霧、塗布、浸漬等の表面処理をする場合は、噴霧液、塗布液、浸漬液のエルゴチオネイン濃度が50ppm以上になるようにすることが望ましい。
オフフレーバーの抑制を主目的とする場合は、食品あたりのポリフェノール含量を30ppm以上になるように添加することが望ましい。
【0028】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0029】
<実施例1>
ヒイロタケ(Pycnoporus coccineus)の胞子懸濁液(107個/mL以上)20mLを種培地(塩化カルシウム1g/L、硫酸マグネシウム1g/L、硫酸アンモニウム2g/L、リン酸一カリウム2g/L、ショ糖50g/L、コーンスティープリカー30g/L、pH7.0)200mLに接種し、2L容フラスコの中で、28℃、200rpmで48時間培養し、種培養終了液を得た。
【0030】
得られた種培養終了液200mLを主培地(塩化カルシウム1g/L、硫酸マグネシウム1g/L、硫酸アンモニウム2g/L、リン酸一カリウム2g/L、ショ糖80g/L、脱脂大豆粉35g/L、pH6.0)2Lに移植し、20Lジャーで28℃、200rpmで96時間培養し、主培養終了液を得た。主培養終了液を、遠心分離して、酵素活性を有するろ液と、菌糸体含有物とに分離した。
【0031】
得られた菌糸体含有物1000gをエタノールで洗浄、凍結乾燥により200gの乾燥菌糸体含有物を得た。これを750mLの熱水に懸濁して、90℃で30分間撹拌した。熱水処理後の懸濁液について、遠心分離により、担子菌の菌糸体抽出残渣と抽出物溶液とに分離した。エルゴチオネインは乾燥菌糸体含有残渣あたり1.0mg/g、ポリフェノールは乾燥菌糸体含有残渣あたり5.4mg/g含んでいた。
【0032】
得られたヒイロタケ抽出物溶液を5倍濃縮して、固形分濃度37.4重量%のヒイロタケ抽出物溶液の濃縮液(サンプル1)を取得した。サンプル1は、エルゴチオネインを1,299ppm、ポリフェノールを7,149ppm含有し、遊離アミノ酸も含有するものであった。
従って、得られたヒイロタケ抽出物は、乾燥重量当たりエルゴチオネインを3.5mg/g、ポリフェノールを19.1mg/g含有するものであった。
【0033】
<実施例2>
実施例1で取得したヒイロタケ抽出物溶液の濃縮液(サンプル1)にて調理試験を実施した。
【0034】
・浅漬け
サンプル1を5%添加した浅漬け調味液に、カット済みのなすを1時間半浸漬させた。その後液を切り1日冷蔵保存した。保存後のなすについて、サンプル1を添加しなかった浅漬け調味液に同様に浸漬したものを対照として色調を比較した。対照のなすは茶色く変色したのに対し、サンプル1添加の調味液で漬けたなすは変色がなくカット時の状態を維持していた。
【0035】
・牛肉
サンプル1を肉の表面に5重量%相当塗布し、10℃で4日間保存した。保存後の牛肉の色調について、サンプル1の塗布をしなかったものを対照として色調を比較した。対照の牛肉は茶色く変色したのに対し、サンプル1を塗布した牛肉は鮮やかな赤色を保っていた。
【0036】
・ハンバーグ
焼成前のハンバーグのたねに対し、サンプル1を1%添加混合し、焼成した。その後10℃で1日保存し、脂肪の酸化臭の主な原因物質であるヘキサナール量の測定と風味を評価した。結果、サンプル1を添加しなかったものを対照として比べると、ヘキサナール発生量が低減され、畜肉臭の低減や旨味が付与されていた。
【0037】
前記の通り、本発明のPycnoporus属担子菌抽出物は、エルゴチオネインを含有しているため、抗酸化機能を有する食品素材として用いることができるほか、高純度エルゴチオネインの原料としても用いることができる。
また、添加した食品に対して、色調保持効果、オフフレーバー抑制効果、うま味付与効果等を有するため、食品素材として好適に用いることができる。