(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-01
(45)【発行日】2022-11-10
(54)【発明の名称】電圧低下推定方法および電圧低下推定装置
(51)【国際特許分類】
G01R 31/389 20190101AFI20221102BHJP
G01R 31/367 20190101ALI20221102BHJP
G01R 31/378 20190101ALI20221102BHJP
G01R 31/3835 20190101ALI20221102BHJP
G01R 31/385 20190101ALI20221102BHJP
H01M 10/48 20060101ALI20221102BHJP
H02J 7/00 20060101ALI20221102BHJP
【FI】
G01R31/389
G01R31/367
G01R31/378
G01R31/3835
G01R31/385
H01M10/48 P
H02J7/00 Q
(21)【出願番号】P 2019021409
(22)【出願日】2019-02-08
【審査請求日】2021-11-08
(73)【特許権者】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】特許業務法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長岡 直人
(72)【発明者】
【氏名】入江 奎太
【審査官】島田 保
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-220329(JP,A)
【文献】特開平8-149709(JP,A)
【文献】特開2013-160613(JP,A)
【文献】特開2017-49805(JP,A)
【文献】特開2015-94726(JP,A)
【文献】特開2011-171161(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 31/36-31/44
H01M 10/48
H02J 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
メモリー効果を有する電池の電圧低下推定方法であって、
トリクル充電された前記電池を放電させる第1ステップと、
前記電池の放電直後の端子間電圧を測定して過渡電圧波形を取得する第2ステップと、
前記電池の内部インピーダンスベクトル軌跡の円弧成分に対応するパラメータR
1’とKWW関数とを含む電圧過渡応答表現式を前記過渡電圧波形にフィッティングさせ、前記パラメータR
1’を導出する第3ステップと、
前記パラメータR
1’を用いて前記電池の高SoC領域における電圧低下を推定する第4ステップと、
を含むことを特徴とする電圧低下推定方法。
【請求項2】
前記第4ステップでは、前記電池の高SoC領域における最低電圧V
LOWと前記パラメータR
1’との関係式を用いて、前記第3ステップで導出した前記パラメータR
1’から前記最低電圧V
LOWを推定することを特徴とする請求項1に記載の電圧低下推定方法。
【請求項3】
メモリー効果を有する電池の電圧低下を推定する電圧低下推定装置であって、
トリクル充電された前記電池を放電させる放電部と、
前記電池の放電直後の端子間電圧を測定して過渡電圧波形を取得する電圧測定部と、
前記電池の内部インピーダンスベクトル軌跡の円弧成分に対応するパラメータR
1’とKWW関数とを含む電圧過渡応答表現式を前記過渡電圧波形にフィッティングさせ、前記パラメータR
1’を導出する演算部と、
前記パラメータR
1’を用いて前記電池の高SoC領域における電圧低下を推定する電圧低下推定部と、
を備えることを特徴とする電圧低下推定装置。
【請求項4】
前記電池の高SoC領域における最低電圧V
LOWと前記パラメータR
1’との関係式を記憶した記億部をさらに備え、
前記電圧低下推定部は、前記関係式を参照して、前記演算部で導出した前記パラメータR
1’から前記最低電圧V
LOWを推定することを特徴とする請求項3に記載の電圧低下推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メモリー効果を有する電池の電圧低下を推定する電圧低下推定方法および電圧低下推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
メモリー効果を有する電池としては、例えば、Ni-MH電池(ニッケル水素二次電池)が知られている。Ni-MH電池は、可燃性の低い水溶性電解液が用いられていることや反応物質の溶解・析出反応が無いことから、防災機器、医療用機器、自動車などの高い安全性が要求される機器に多く採用されている。中でも誘導灯、非常用照明、無停電電源(UPS)などの防災機器では、Ni-MH電池はトリクル充電により常に完全充電で待機状態にある(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
Ni-MH電池は、過充電によるメモリー効果の影響により、放電時に期待する電圧が得られず、防災機器が動作しない場合もある。このため、従来から、防災機器搭載のNi-MH電池に対して定電流放電試験を行い、Ni-MH電池の端子間電圧が下限電圧(例えば、1.0V)に達するか否かで、非常時において防災機器が動作するか否かを診断している。
【0004】
しかしながら、放電試験中に予測不能な災害が発生することも考えられ、放電試験はリスクを伴う。また放電試験には長時間(例えば、30分程度)を要するため、特に大規模施設では多大な労力が必要となるばかりでなく、保守費用がかさむ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その課題とするところは、過充電メモリー効果に起因する電圧低下を瞬時かつ簡易に推定可能な電圧低下推定方法および電圧低下推定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係る電圧低下推定方法は、
メモリー効果を有する電池の電圧低下推定方法であって、
トリクル充電された前記電池を放電させる第1ステップと、
前記電池の放電直後の端子間電圧を測定して過渡電圧波形を取得する第2ステップと、
前記電池の内部インピーダンスベクトル軌跡の円弧成分に対応するパラメータR1’とKWW関数とを含む電圧過渡応答表現式を前記過渡電圧波形にフィッティングさせ、前記パラメータR1’を導出する第3ステップと、
前記パラメータR1’を用いて前記電池の高SoC領域における電圧低下を推定する第4ステップと、
を含むことを特徴とする。
【0008】
上記電圧低下推定方法は、
前記第4ステップでは、前記電池の高SoC領域における最低電圧VLOWと前記パラメータR1’との関係式を用いて、前記第3ステップで導出した前記パラメータR1’から前記最低電圧VLOWを推定することが好ましい。
【0009】
また、上記課題を解決するために、本発明に係る電圧低下推定装置は、
メモリー効果を有する電池の電圧低下を推定する電圧低下推定装置であって、
トリクル充電された前記電池を放電させる放電部と、
前記電池の放電直後の端子間電圧を測定して過渡電圧波形を取得する電圧測定部と、
前記電池の内部インピーダンスベクトル軌跡の円弧成分に対応するパラメータR1’とKWW関数とを含む電圧過渡応答表現式を前記過渡電圧波形にフィッティングさせ、前記パラメータR1’を導出する演算部と、
前記パラメータR1’を用いて前記電池の高SoC領域における電圧低下を推定する電圧低下推定部と、
を備えることを特徴とする。
【0010】
上記電圧低下推定装置は、
前記電池の高SoC領域における最低電圧VLOWと前記パラメータR1’との関係式を記憶した記億部をさらに備え、
前記電圧低下推定部は、前記関係式を参照して、前記演算部で導出した前記パラメータR1’から前記最低電圧VLOWを推定することが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、過充電メモリー効果に起因する電圧低下を瞬時かつ簡易に推定可能な電圧低下推定方法および電圧低下推定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】未使用のNi-MH電池の内部インピーダンスベクトル軌跡を示す図である。
【
図2】Ni-MH電池の放電電圧波形のサイクル劣化特性を示す図である。
【
図3】Ni-MH電池の内部インピーダンスのサイクル劣化特性を示す図である。
【
図4】Ni-MH電池の放電電圧波形の過充電特性を示す図である。
【
図5】過充電200時間毎に測定したNi-MH電池の内部インピーダンスベクトル軌跡を示す図である。
【
図6】
図4の各Ni-MH電池の内部インピーダンスベクトル軌跡を示す図である。
【
図7】リコンディショニングによるNi-MH電池の内部インピーダンスの変化を示す図である。
【
図8】
図7の各Ni-MH電池の放電電圧波形を示す図である。
【
図10】(A)は未使用のNi-MH電池の過渡電圧波形に対する従来モデルのフィッティング結果を示す図である。(B)は過充電1000時間のNi-MH電池の過渡電圧波形に対する従来モデルのフィッティング結果を示す図である。
【
図11】(A)は未使用のNi-MH電池の過渡電圧波形に対する提案モデルのフィッティング結果を示す図である。(B)は過充電1000時間のNi-MH電池の過渡電圧波形に対する提案モデルのフィッティング結果を示す図である。
【
図12】KWW指数αを変化させた際の内部インピーダンスベクトル軌跡の円弧成分の変化を示す図である。
【
図13】パラメータR
1’およびKWW指数αのサイクル劣化依存性を示す図である。
【
図14】パラメータR
1’およびKWW指数αの過充電時間依存性を示す図である。
【
図15】高SoC領域における最低電圧V
LOWとパラメータR
1’との関係を示す図である。
【
図16】本発明の一実施形態に係る電圧低下推定装置のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る電圧低下推定方法および電圧低下推定装置の実施形態について説明する。また、メモリー効果を有する電池として、Ni-MH電池(ニッケル水素二次電池)を例に挙げて説明する。
【0014】
[電圧低下推定方法]
本実施形態では、メモリー効果を「リコンディショニングにより回復可能である一時的な内部特性変化であり、放電電圧が低下する特性」と定義し、過充電により生じるメモリー効果を過充電メモリー効果と呼ぶ。
【0015】
本実施形態では、公称電圧1.2V、公称容量3700mAhのNi-MH電池を用いる。また本実施形態において、リアクタンスの正負を逆転させて複素平面に描画した内部インピーダンスベクトル軌跡(Cole-Cole plot)は、特に記載がなければSoC(State of Charge)100%にて交流重畳法を用いて測定したものとする。
【0016】
図1に、未使用(Unused)のNi-MH電池の内部インピーダンスベクトル軌跡を示す。
図1の内部インピーダンスベクトル軌跡は、500Hzにおける実軸との交点が示す内部抵抗成分(A)と、100mHzから500Hz間の円弧成分(B、C)と、100mHz以下の右上がりに増加していく拡散インピーダンス成分(D)からなる。円弧成分は、正円ではなく、BとCのそれぞれの領域の楕円が重なり合った形となる。内部抵抗成分は、活物質間の接触抵抗および電池セパレータ内の電解液抵抗を示す。
【0017】
図2に、Ni-MH電池の放電電圧波形のサイクル劣化特性を示す。Ni-MH電池をSoC100%からSoC0%まで放電し、その後SoC100%まで充電することを劣化試験の1サイクルとする。また、定電流充電時の最大許容電流が2A(0.54C)であることから、劣化試験時の充電・放電は定電流0.5Cで実施する。
【0018】
未使用のNi-MH電池と、上記劣化試験を100サイクル、200サイクル、300サイクル、400サイクル行ったNi-MH電池とを準備し、これらのNi-MH電池に対して、SoC100%から端子間電圧が0.9Vに到達するまで、電流0.1Cで定電流放電を行う。その結果得られた電圧波形が、
図2に示す放電電圧波形である。
【0019】
図2より、Ni-MH電池は、サイクル劣化によっては高SoC領域で放電電圧が電池搭載機器(例えば、防災機器)を使用不能とする下限電圧(例えば、1.0V)まで低下しないことが分かる。なお、本発明において高SoC領域とは、SoC80%以上の領域、好ましくはSoC90%以上の領域である。
【0020】
図3に、
図2で用いた各Ni-MH電池の内部インピーダンスのサイクル劣化特性を示す。
図3に示すとおり、内部インピーダンスの内部抵抗はサイクル劣化の進行に伴い一様に大となる一方、内部インピーダンスの円弧高さ(虚部最大値)はわずかに小となった後に再び大となる。
【0021】
すなわち、サイクル劣化の進行に伴い、実軸切片が示す内部抵抗は一様に大となることから、Ni-MH電池の劣化は内部抵抗と強い相関性を持つことが分かる。一方、サイクル劣化の進行に伴う円弧の変化は一様で無いことから、内部インピーダンスの円弧は劣化との顕著な相関性を有しないことが分かる。
【0022】
Ni-MH電池は、使用環境・使用条件によってはメモリー効果が生じ、電池搭載機器の動作不良を引き起こす。例えば、Ni-MH電池は、トリクル充電による過充電状態におくと、過充電メモリー効果を発生させ、電池搭載機器の動作時間を大幅に減少させる。
【0023】
Ni-MH電池のトリクル充電による過充電状態を模擬するために、Ni-MH電池を電流0.2Cにて連続充電する過充電加速試験を実施する。過充電加速試験における過充電時間は、SoC100%到達後からの充電時間とする。
【0024】
図4に、Ni-MH電池の放電電圧波形の過充電特性を示す。未使用のNi-MH電池と、過充電時間が100時間、250時間、450時間、650時間、800時間、1000時間のNi-MH電池とを準備し、これら7つのNi-MH電池に対して、SoC100%から端子間電圧が0.9Vに到達するまで、電流0.1Cで定電流放電を行う。その結果得られたものが、
図4に示す放電電圧波形である。
【0025】
図4より、過充電時間の増加に伴い高SoC領域(SoC90%以上の領域)で放電電圧が大きく低下していることが分かる。特に、過充電時間が450時間、650時間、1000時間のNi-MH電池は、高SoC領域での放電電圧が一般的なNi-MH電池の下限電圧である1.0Vまで低下することから、電池搭載機器の動作時間は想定値より大幅に短くなる。
【0026】
過充電時間が450時間、650時間、1000時間のNi-MH電池は、高SoC領域で放電電圧が下限電圧に達しているが、過充電時間が800時間のNi-MH電池は、高SoC領域で放電電圧が下限電圧に達していない。つまり、Ni-MH電池の個体差によって、高SoC領域での放電電圧、すなわち過充電メモリー効果の蓄積量に差が生じる可能性が高い(従来の動作時間による電池交換は不適当である)。
【0027】
図5に、あるNi-MH電池において、過充電200時間毎に内部インピーダンスを測定した際の内部インピーダンスベクトル軌跡を示す。
図5に示すとおり、過充電時間の増加に伴い、実軸切片が示す内部インピーダンスの内部抵抗および内部インピーダンスの円弧高さ(虚部最大値)は大となる。これより、過充電時間は内部インピーダンスに影響を与えることが明らかである。
【0028】
図6に、
図4の各Ni-MH電池の内部インピーダンスベクトル軌跡を示す。放電電圧の低下が大であった過充電450時間、650時間、1000時間のNi-MH電池は、内部抵抗が約300mΩ以上かつ、内部インピーダンスの円弧の虚部最大値が約4.5mΩ以上まで大となっている。一方、放電電圧の低下が中程度であった過充電800時間のNi-MH電池は、内部抵抗が約120mΩ程度かつ、内部インピーダンスの円弧の虚部最大値が約4.0mΩ程度となった。
【0029】
すなわち、放電電圧の低下が大であると、内部インピーダンスの円弧の虚部最大値も大となる。換言すれば、
図6を見ると、高SoC領域で放電電圧の低下が大となるNi-MH電池を推定することができる。
【0030】
図7に、過充電1000時間のNi-MH電池、1度のリコンディショニングを行ったNi-MH電池、5度のリコンディショニングを行ったNi-MH電池、未使用のNi-MH電池の内部インピーダンスベクトル軌跡を示す。リコンディショニングとは、Ni-MH電池に対してSoC0%まで放電後、再度SoC100%まで充電することをいう。
図7に示すとおり、過充電時間の増加に伴い大となった内部インピーダンスの内部抵抗および円弧の虚部最大値は、リコンディショニングに伴い小となった。
【0031】
図8に、
図7の各Ni-MH電池に対して、SoC100%から端子間電圧が0.9Vに到達するまで電流0.1Cで定電流放電を行い、その結果得られた放電電圧波形を示す。
図8に示すとおり、高SoC領域での放電電圧の低下はリコンディショニングによって大きく改善されている。このことから、内部インピーダンスが大となり、高SoC領域で放電電圧が低下した現象は、過充電メモリー効果によるものであることが分かる。
【0032】
内部インピーダンスの内部抵抗の増加は、過充電メモリー効果と劣化のそれぞれの影響を受ける。一方、内部インピーダンスの円弧高さ(虚部最大値)の変化は、過充電メモリー効果のみの影響を受ける。このため、内部インピーダンスの円弧成分の測定により,過充電メモリー効果による放電電圧の低下が推定可能となる。
【0033】
なお、一般的に内部抵抗の測定によりNi-MH電池の劣化診断が可能とされていたが、過充電メモリー効果によっても内部抵抗が増加するため、Ni-MH電池の劣化診断はリコンディショニング後に実施することが好ましい。
【0034】
ところで、Ni-MH電池の端子間電圧は、充電・放電終了後に急峻な変化を示し、その後、時間経過に伴い開放電圧に緩やかに収束するという電圧過渡特性を有する。また、Ni-MH電池の内部インピーダンスは、
図1に示すとおり容量性を示すことから、
図9に示すようにRC並列回路をn段直列接続した等価回路モデルで一般的に模擬される。
【0035】
ここで、直列内部抵抗R0は内部インピーダンスの内部抵抗成分に対応し、n段直列接続したRC並列回路は内部インピーダンスの円弧成分に対応する。また、IはNi-MH電池の電流、V0はNi-MH電池の内部電圧、VZは内部インピーダンスによる電圧降下、VBはNi-MH電池の端子間電圧に対応する。
【0036】
上記のとおり、放電電圧の低下が大であると内部インピーダンスの増加も大となり、内部インピーダンスの円弧の虚部最大値の増加は過充電メモリー効果のみの影響を受けるので、対応する電圧過渡特性のみ抽出すれば、放電電圧の低下が推定可能である。この抽出は、過渡電圧波形に電池モデルをフィッティングし、その電池モデルのパラメータを導出することにより実現する。なお、フィッティングに際しては、内部インピーダンスの内部抵抗に対応する直列内部抵抗R0は対象とせず急峻な過渡応答成分を無視し、内部インピーダンスの円弧に対応する成分のみを検討する。
【0037】
従来から、RC並列回路1段からなる等価回路モデル(従来モデル)を用いた模擬法も広く利用されており、階段状電流に対する電圧過渡応答は下記(1)式により示される。下記(1)式において、τ
1=R
1C
1である。
【数1】
【0038】
図10に、Ni-MH電池((A)は未使用の電池、(B)は過充電1000時間の電池)を定電流0.2Cで5秒間のパルス放電した直後の過渡電圧波形に対して、従来モデルの(1)式を非線形最小二乗法によりフィッティングした結果を示す。なお、
図1より内部インピーダンスの円弧成分の最大周波数が500Hzであることから、サンプリング定理よりサンプリング周波数を1kHz、電圧分解能ΔVは0.2mVとした。
【0039】
図10(特に、
図10(B))に示すとおり、(1)式の従来モデルは、内部インピーダンスの過渡特性、すなわち周波数特性を観測するには模擬精度が不十分である。RC並列回路を2段以上とする多段回路モデルでは、より高精度に過渡応答を再現可能であるが、計算負荷が大となるので短時間かつ簡易な診断実現の視点から適切でない。
【0040】
本実施形態では、過渡電圧波形立ち上がり時の時定数補正を可能とする提案モデル、すなわちKWW(Kohlausch-Williams-Watts)関数を含んだ下記(2)式(本発明の「電圧過渡応答表現式」に相当)を提案する。下記(2)式のαをKWW指数という。
【数2】
【0041】
(2)式は、第1項のパラメータR0が内部インピーダンスの内部抵抗成分に対応し、第2項のパラメータR1’およびKWW関数が内部インピーダンスの円弧成分に対応する。さらに、KWW指数αは円弧高さに対応し、パラメータR1’は円弧直径および円弧高さに対応する。すなわち、内部インピーダンスの円弧高さ(虚部最大値)は、KWW指数αとパラメータR1’の2つで定まる。
【0042】
図11に、Ni-MH電池((A)は未使用の電池、(B)は過充電1000時間の電池)を定電流0.2Cで5秒間のパルス放電した直後の過渡電圧波形に対して、提案モデルの(2)式を非線形最小二乗法によりフィッティングした結果を示す。なお、
図10と同様に、サンプリング周波数を1kHz、電圧分解能ΔVを0.2mVとした。
【0043】
図11に示すとおり、提案モデルの(2)式は、過充電時間によらず過渡特性を良好に表現する。提案モデルの(2)式によれば、従来モデルの(1)式に一つのパラメータαを追加するのみで、Ni-MH電池の電圧過渡特性を高精度に表すことができる。
【0044】
(2)式を微分することにより得られるインパルス応答関数を級数展開し、ラプラス変換することにより解析的に周波数領域へ変換する。これにより得られる内部インピーダンスの円弧成分を表す(2)式第2項の周波数関数を、下記(3)式に示す。
【数3】
【0045】
図12に、(2)式においてKWW指数αのみを0<α≦1の範囲で変化させた際の内部インピーダンスベクトル軌跡の変化を示す。ただし、KWW指数α以外のパラメータは、例えば、パラメータR
1’=5.3mΩ、τ
1=67.8msとする。
【0046】
パラメータR1’を固定した場合、KWW指数αを小にすると、内部インピーダンスの円弧直径は変化せず、円弧高さのみ小となる。すなわち、(2)式に示す提案モデルのKWW指数αは、内部インピーダンスの円弧高さの歪みを表す。なお、KWW指数αを固定した場合、パラメータR1’が小となれば、円弧高さも小となる。
【0047】
したがって、パルス放電終了後の過渡電圧波形に対して提案モデル(2)式をフィッティングすることにより、内部インピーダンスの円弧成分を抽出することが可能となり、放電電圧低下の推定が可能となる。
【0048】
本実施形態に係る電圧低下推定方法では、まずトリクル充電されたNi-MH電池を放電させる(本発明の「第1ステップ」に相当)。例えば、SoC100%のNi-MH電池を定電流0.2Cで5秒間のパルス放電を行う。
【0049】
次いで、Ni-MH電池の放電直後の端子間電圧を測定して過渡電圧波形を取得する(本発明の「第2ステップ」に相当)。測定時間は、過渡電圧波形を取得できる時間が確保されていれば、電池に応じて適宜変更できる。本実施形態では、例えば、測定時間を1秒とする。
【0050】
次いで、内部インピーダンスベクトル軌跡の円弧成分に対応するパラメータR1’とKWW関数とを含む電圧過渡応答表現式(例えば、(2)式)を、第2ステップで取得した過渡電圧波形にフィッティングさせて、少なくともパラメータR1’を含む電圧過渡応答表現式のパラメータを導出する(本発明の「第3ステップ」に相当)。フィッティングの手法としては、例えば、非線形最小二乗法を用いる。
【0051】
図13に、
図3の各Ni-MH電池に関する、第3ステップで導出したパラメータR
1’およびKWW指数αのサイクル劣化依存性を示す。
図13に示すとおり、サイクル劣化の進行に伴うパラメータR
1’およびKWW指数αの変化はわずかである。
【0052】
図14に、
図4の各Ni-MH電池に関する、第3ステップで導出したパラメータR
1’およびKWW指数αの過充電時間依存性を示す。
図14に示すとおり、パラメータR
1’は過充電時間の増加に伴い大となる傾向がある。過充電800時間のNi-MH電池におけるパラメータR
1’のみ小となったが、これは
図4に示す高SoC領域の放電電圧の低下がわずかであったためである。なお、KWW指数αの変化は、パラメータR
1’の変化と比べて小である。
【0053】
パラメータR1’は、サイクル劣化が進行した場合における変化がわずかである一方、過充電時間の増加に伴い大となる。このため、パラメータR1’は、過充電メモリー効果のみに依存することが明らかである。すなわち、内部インピーダンスの円弧高さは、パラメータR1’とKWW指数αの組み合わせで定まるが、過渡応答領域における円弧高さ(過充電メモリー効果に伴う円弧高さ)は、主にパラメータR1’で定まる。
【0054】
図15に、
図4の各Ni-MH電池の高SoC領域(SoC90%以上の領域)における最低電圧V
LOWとパラメータR
1’との関係を示す。
図15に示すとおり、最低電圧V
LOWとパラメータR
1’は強い相関性を有しており、その特性は下記(4)式で表すことができる。下記(4)式は、例えば、線形最小二乗法で求めることができる。
【数4】
【0055】
すなわち、本実施形態に係る電圧低下推定方法では、Ni-MH電池の高SoC領域における最低電圧VLOWとパラメータR1’との関係式(例えば、(4)式)を用いて、第3ステップで導出したパラメータR1’から最低電圧VLOWを推定する(本発明の「第4ステップ」に相当)。
【0056】
結局、本実施形態に係る電圧低下推定方法によれば、診断のための電流波形測定は不要かつSoC低下はわずかであり、数秒の過渡電圧波形の測定のみにより内部インピーダンスを抽出可能であるため、過充電メモリー効果に起因する電圧低下を瞬時かつ簡易に推定できる。その結果、予測不能な災害時のリスクを減らし、保守費の削減にも貢献することができる。
【0057】
また、(2)式で表される提案モデルは、RC並列回路1段からなる等価回路モデル(従来モデル)の欠点である低模擬精度、多段回路モデルの計算負荷が大となる問題を解決し、高精度かつ簡易に電池特性を模擬可能にする。しかも、提案モデルは、防災設備に搭載されているNi-MH電池をはじめ、トリクル充電により長期間待機状態にあるNi-MH電池に適用可能である。
【0058】
[電圧低下推定装置]
図16に、本実施形態に係る電圧低下推定装置1を示す。電圧低下推定装置1は、放電部2と、電圧測定部3と、演算部4と、記億部5と、電圧低下推定部6とを備え、Ni-MH電池の高SoC領域における電圧低下を推定する。
【0059】
放電部2は、任意の間隔で電圧低下推定方法の第1ステップを実行し、トリクル充電されたNi-MH電池を放電させる。
【0060】
電圧測定部3は、電圧低下推定方法の第2ステップを実行し、Ni-MH電池の放電直後の端子間電圧を測定して過渡電圧波形を取得する。
【0061】
演算部4は、内部インピーダンスベクトル軌跡の円弧成分に対応するパラメータR1’とKWW関数とを含む電圧過渡応答表現式(例えば、(2)式)を、電圧測定部3で取得した過渡電圧波形にフィッティングさせて、少なくともパラメータR1’を含む電圧過渡応答表現式のパラメータを導出する。すなわち、演算部4は、電圧低下推定方法の第3ステップを実行する。
【0062】
記億部5には、Ni-MH電池の高SoC領域における最低電圧VLOWとパラメータR1’との関係式(例えば、(4)式)が予め記憶されている。
【0063】
電圧低下推定部6は、記億部5の関係式を参照して、演算部4で導出したパラメータR1’から最低電圧VLOWを推定する。すなわち、電圧低下推定部6は、電圧低下推定方法の第4ステップを実行する。
【0064】
結局、本実施形態に係る電圧低下推定装置1は、任意の間隔で本実施形態に係る電圧低下推定を実行し、過充電メモリー効果に起因する電圧低下を瞬時かつ簡易に推定することができる。その結果、予測不能な災害時のリスクを減らし、保守費の削減にも貢献することができる。
【0065】
以上、本発明に係る電圧低下推定方法および電圧低下推定装置の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。
【0066】
本発明に係る電圧低下推定方法は、トリクル充電された電池を放電させる第1ステップと、電池の放電直後の端子間電圧を測定して過渡電圧波形を取得する第2ステップと、電池の内部インピーダンスベクトル軌跡の円弧成分に対応するパラメータR1’とKWW関数とを含む電圧過渡応答表現式を過渡電圧波形にフィッティングさせ、パラメータR1’を導出する第3ステップと、パラメータR1’を用いて電池の高SoC領域における電圧低下を推定する第4ステップとを含むのであれば、適宜構成を変更できる。
【0067】
本発明における電圧低下推定装置は、トリクル充電された電池を放電させる放電部と、電池の放電直後の端子間電圧を測定して過渡電圧波形を取得する電圧測定部と、電池の内部インピーダンスベクトル軌跡の円弧成分に対応するパラメータR1’とKWW関数とを含む電圧過渡応答表現式を過渡電圧波形にフィッティングさせ、パラメータR1’を導出する演算部と、パラメータR1’を用いて電池の高SoC領域における電圧低下を推定する電圧低下推定部とを備えるのであれば、適宜構成を変更できる。
【0068】
本発明における電圧低下推定装置は、警報を発する警報部を備えてもよい。例えば、誘導灯等の防災機器に組み込まれた電圧低下推定装置が任意の間隔で電圧低下推定方法を実行する場合、警報部は、電圧低下推定部で推定された最低電圧VLOWが所定値よりも低くなると、視覚的および/または聴覚的な手段で警報を発する。
【0069】
同様に、本発明に係る電圧低下推定方法は、第4ステップで推定された最低電圧VLOWが所定値よりも低くなると、視覚的および/または聴覚的な手段で警報を発する第5ステップを含んでもよい。
【0070】
本発明における電圧低下推定装置は、一部の構成(例えば、放電部と電圧測定部)と他の構成(例えば、演算部、記憶部および電圧低下推定部)を、それぞれ別の場所に設けることができる。例えば、一部の構成(放電部と電圧測定部)を誘導灯等の防災機器に組み込み、他の構成(演算部、記憶部、電圧低下推定部)を別の場所(例えば、PC等の中央監視部)に設けることができる。この構成によれば、誘導灯等の防災機器を遠隔で制御、監視することができる。
【0071】
さらに、少なくとも一部の構成(例えば、放電部と電圧測定部)を複数備える場合、例えば、当該一部の構成(放電部と電圧測定部)を複数の誘導灯等の防災機器に組み込むことで、複数の誘導灯等の防災機器を統括的に遠隔で制御、監視することができる。
【0072】
上記実施形態では、メモリー効果を有する電池として、Ni-MH電池(ニッケル水素二次電池)を例に挙げて説明したが、本発明は、Ni-MH電池以外のメモリー効果を有する電池にも適用可能である。
【符号の説明】
【0073】
1 電圧低下推定装置
2 放電部
3 電圧測定部
4 演算部
5 記億部
6 電圧低下推定部