IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社フジキンの特許一覧

<>
  • 特許-流量制御装置および流量制御方法 図1
  • 特許-流量制御装置および流量制御方法 図2
  • 特許-流量制御装置および流量制御方法 図3
  • 特許-流量制御装置および流量制御方法 図4
  • 特許-流量制御装置および流量制御方法 図5
  • 特許-流量制御装置および流量制御方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-01
(45)【発行日】2022-11-10
(54)【発明の名称】流量制御装置および流量制御方法
(51)【国際特許分類】
   G05D 7/06 20060101AFI20221102BHJP
   G05B 11/36 20060101ALI20221102BHJP
【FI】
G05D7/06 Z
G05B11/36 N
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022505011
(86)(22)【出願日】2021-01-19
(86)【国際出願番号】 JP2021001601
(87)【国際公開番号】W WO2021176864
(87)【国際公開日】2021-09-10
【審査請求日】2022-03-22
(31)【優先権主張番号】P 2020038161
(32)【優先日】2020-03-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390033857
【氏名又は名称】株式会社フジキン
(74)【代理人】
【識別番号】100129540
【弁理士】
【氏名又は名称】谷田 龍一
(74)【代理人】
【識別番号】100137648
【弁理士】
【氏名又は名称】吉武 賢一
(72)【発明者】
【氏名】杉田 勝幸
(72)【発明者】
【氏名】西野 功二
(72)【発明者】
【氏名】平田 薫
(72)【発明者】
【氏名】小川 慎也
(72)【発明者】
【氏名】井手口 圭佑
【審査官】仁木 学
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/163676(WO,A1)
【文献】特開2014-236569(JP,A)
【文献】国際公開第2013/115298(WO,A1)
【文献】特開2001-147723(JP,A)
【文献】国際公開第2018/180745(WO,A1)
【文献】特開2001-92501(JP,A)
【文献】国際公開第2020/004183(WO,A1)
【文献】特開2000-188894(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05D 7/06
G05B 11/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項7】
弁体および前記弁体を移動させるための圧電素子を有するコントロール弁を備える流量制御装置を用いて行う流量制御方法であって、
目標流量を示すステップ状の外部指令信号を受け取るステップと、
流量ゼロの前記コントロール弁の閉状態から前記コントロール弁を開くときに、前記圧電素子への印加電圧を決定する駆動回路へと出力する内部指令信号を前記外部指令信号に基づいて生成するステップとを含み、
前記内部指令信号は、ゼロから経時的に上昇し前記外部指令信号の値に収束する信号であり、立ち上がり時の傾きおよび収束直前の傾きが、それらの間の傾きより小さくなるように生成される、流量制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流量制御装置および流量制御方法に関し、特に、半導体製造装置や化学プラント等において利用される流量制御装置および流量制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造装置や化学プラントにおいて、材料ガスやエッチングガスの流量を制御するために、種々のタイプの流量計や流量制御装置が用いられている。このなかで、圧力式流量制御装置は、コントロール弁と絞り部(例えばオリフィスプレートや臨界ノズル)とを組み合せた比較的簡単な機構によって各種流体の質量流量を高精度に制御することができるので広く利用されている。圧力式流量制御装置は、一次側の供給圧力が大きく変動しても安定した流量制御が行えるという優れた流量制御特性を有している。
【0003】
圧力式流量制御装置には、絞り部の上流側の流体圧力(以下、上流圧力P1と呼ぶことがある)を制御することによって、絞り部の下流側の流量を制御するものがある(例えば特許文献1)。上流圧力P1は、圧力センサを用いて測定されており、絞り部の上流側に配置されたコントロール弁の開度を、圧力センサの出力に基づいてフィードバック制御することによって、任意圧力に制御することができる。
【0004】
圧力式流量制御装置のコントロール弁として、ダイヤフラム弁体をピエゾアクチュエータにより開閉させるように構成されたピエゾ素子駆動式バルブ(以下、ピエゾバルブと呼ぶことがある)が用いられている。ピエゾバルブは、例えば特許文献2に開示されており、比較的高速な応答が可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2015/083343号
【文献】特開2003-120832号公報
【文献】特許第5867517号公報
【文献】国際公開第2018/180745号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ノーマルクローズ型のピエゾバルブでは、ピエゾ素子に電圧を印加しない閉状態において、バネなどの付勢手段によってダイヤフラム弁体が弁座に押し付けられている。これは、閉状態におけるリークの発生を防止するためである。ただし、このようにして弁座に向かって弁体が押し付けられている場合、バルブを開くときには、その付勢力に抗して弁体を移動させる力が必要となり、このために、立ち上がりの応答が遅れることがある。
【0007】
この問題に対し、特許文献3には、サーマル式流量センサを備えた質量流量制御装置において、ピエゾバルブを閉状態から開放するときに、目標流量に対応する目標電圧値よりも大きい振幅を示す信号を初期に一時的に印加し、これによって、立ち上がりの応答性を改善する技術が開示されている。
【0008】
特許文献3に記載の流量制御装置では、流量ゼロからの立ち上げ時において、目標電圧を超える電圧を瞬時的にいったん印加してから、目標電圧に収束させるように、ピエゾ素子の印加電圧が制御される。上記のような印加電圧の瞬時的なオーバーシュート駆動によって、流量のオーバーシュートは防止しながら立ち上げ時間を短縮し得る。
【0009】
しかしながら、本願発明者の実験の結果、ピエゾバルブ駆動回路に入力される指令信号において立ち上げ初期における変化率が大きすぎる場合、特に、圧力式流量制御装置において、小流量(低設定流量)への流量立ち上げのときに、実際のガス流量の応答波形が歪むことがあり、また、設定流量の大きさに応じて応答波形の歪みが異なるものとなり、制御のばらつきが生じることがわかった。
【0010】
したがって、特に低設定流量への立ち上げの際に、応答性をなるべく損なうことなく、極力安定したガスの流れを維持したまま、ガス供給の立ち上げ動作をスムーズに行い、制御のばらつきを抑制するという課題があった。
【0011】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものであり、流量立ち上げ時にスムーズな流れで流量を増加させることができる流量制御装置および流量制御方法を提供することを主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の実施形態による流量制御装置は、弁体および前記弁体を移動させるための圧電素子を有するコントロール弁と、前記コントロール弁の動作を制御する演算処理回路とを備え、前記演算処理回路は、目標流量のガスが流れるように前記コントロール弁の閉状態から前記コントロール弁を開くときに、前記目標流量に対応する外部指令信号を受け取り、前記圧電素子への印加電圧を決定する駆動回路へと出力する内部指令信号を前記外部指令信号に基づいて生成するように構成されており、前記内部指令信号は、ゼロから経時的に上昇し前記外部指令信号の値に収束する信号であり、立ち上がり時の傾きおよび収束直前の傾きが、それらの間の傾きより小さくなるように生成される。
【0013】
ある実施形態において、前記内部指令信号は、一次遅れ処理とランプ処理との組み合わせによって生成される。
【0014】
ある実施形態において、前記内部指令信号は、下記の式に基づいて生成され、ここで、I’nは現在値、I’n-1は前回値、Irmpnはランプパラメータrによって規定されるランプ関数の現在値、Xは一次遅れ処理の時定数τに対応する時定数パラメータである。
I’n=I’n-1+(Irmpn-I’n-1)/(1+X)
【0015】
ある実施形態において、受け取った外部指令信号に対応して、前記ランプパラメータrおよび前記時定数パラメータXが設定されるように構成されている。
【0016】
ある実施形態において、前記目標流量が、定格流量の1~20%に相当する流量である。
【0017】
ある実施形態において、上記流量制御装置は、前記コントロール弁の下流側に設けられた絞り部と、前記コントロール弁と前記絞り部との流体圧力を測定する圧力センサとをさらに備え、前記圧力センサの出力に基づいて前記コントロール弁がフィードバック制御されるように構成されている。
【0018】
本発明の実施形態による流量制御方法は、弁体および前記弁体を移動させるための圧電素子を有するコントロール弁を備える流量制御装置を用いて行い、目標流量を示すステップ状の外部指令信号を受け取るステップと、流量ゼロの前記コントロール弁の閉状態から前記コントロール弁を開くときに、前記圧電素子への印加電圧を決定する駆動回路へと出力する内部指令信号を前記外部指令信号に基づいて生成するステップとを含み、前記内部指令信号は、ゼロから経時的に上昇し前記外部指令信号の値に収束する信号であり、立ち上がり時の傾きおよび収束直前の傾きが、それらの間の傾きより小さくなるように生成される。
【発明の効果】
【0019】
本発明の実施形態によれば、低流量設定であっても立ち上げ時にスムーズにガスを流すことができ、安定した立ち上げ動作を、応答性を損なわずに実行できる流量制御装置および流量制御方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の実施形態による流量制御装置を示す模式図である。
図2】外部設定信号から生成される内部指令信号を記載するグラフであり、(a)は一次遅れ処理のみの比較例のグラフ、(b)は一次遅れ処理とランプ処理とを組み合わせた実施例のグラフを示す。
図3】流量ゼロから各設定流量に立ち上げ動作を行った時の、実際のガス流量(圧力センサによって測定された上流圧力に基づく演算流量)を示すグラフであり、(a)は図2(a)の比較例による内部指令信号を用いた場合、(b)は図2(b)の実施例による内部指令信号を用いた場合を示す。
図4】時定数τとランプパラメータrとを変化させたときの各信号波形を示すグラフである。
図5】時定数τとランプパラメータrとを変化させたときの各信号波形を示すグラフである。
図6】(a)は外部指令信号のグラフと、内部指令信号としての一次遅れ処理のみの比較例のグラフと、一次遅れ処理+ランプ処理の実施例のグラフとを示し、(b)は、(a)に示した各内部指令信号を用いた場合の実際の流量応答を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0022】
図1は、本発明の実施形態による流量制御装置8の構成を示す。流量制御装置8は、圧力式の流量制御装置であり、ガスGが通過する流路(ガス供給路)1に介在する絞り部2(例えばオリフィスプレート)と、絞り部2の上流側に設けられた上流圧力センサ3および温度センサ5と、絞り部2の下流側に設けられた下流圧力センサ4と、上流圧力センサ3の上流側に設けられたコントロール弁6とを備えている。
【0023】
上流圧力センサ3は、コントロール弁6と絞り部2との間の流体圧力である上流圧力P1を測定することができる。下流圧力センサ4は、絞り部2と下流弁9との間の流体圧力である下流圧力P2を測定することができる。
【0024】
流量制御装置8はまた、上流圧力センサ3および下流圧力センサ4の出力などに基づいてコントロール弁6の開閉動作を制御する演算処理回路7を備えている。演算処理回路7は、外部制御装置12からの外部指令信号によって決定される設定流量と、上流圧力センサ3の出力から演算により求めた演算流量(測定流量)とを比較し、演算流量が設定流量に近づくように、すなわち、演算流量と設定流量との差がゼロに近づくように、コントロール弁6をフィードバック制御する。
【0025】
コントロール弁6は、弁座に当接および離隔するように配置されたダイヤフラムの弁体と弁体を移動させるためのピエゾアクチュエータとを備えたピエゾバルブである。ピエゾアクチュエータは、筒体に収容された複数の圧電素子によって構成されていてもよいし、単一の圧電素子によって構成されていてもよい。
【0026】
流量制御装置8は、図示する態様とは異なり、下流圧力センサ4を備えていなくてもよい。この場合、演算処理回路7は、上流圧力センサ3の出力に基づいて流量を演算するように構成される。また、演算処理回路7は、ある好適な一態様において、温度センサ5が検出した流体温度に基づいて演算流量を補正することができる。
【0027】
流量制御装置8は、コントロール弁6の上流側に、ガス供給圧を測定するための流入側圧力センサ(図示せず)を備えていてもよい。流入側圧力センサは、接続されたガス供給装置(例えば原料気化器)から供給されるガスの圧力を測定することができ、ガス供給量またはガス供給圧を制御するために用いることができる。
【0028】
絞り部2としては、オリフィスプレートなどのオリフィス部材の他に臨界ノズルまたは音速ノズルを用いることもできる。オリフィスまたはノズルの口径は、例えば10μm~2000μmに設定される。下流弁9としては、例えば、電磁弁によって圧縮空気の供給が制御される公知の空気駆動弁(Air Operated Valve)等を用いることができる。また、オリフィス部材の近傍に開閉弁を配置した構成を有するオリフィス内蔵弁が知られており、オリフィス内蔵弁を、絞り部2および下流弁9を一体化した構成として流量制御装置8に組み込むこともできる。
【0029】
流量制御装置8の流路1は、配管によって構成されていてもよいし、金属製ブロックに形成した流路孔によって構成されていてもよい。上流圧力センサ3および下流圧力センサ4は、例えばシリコン単結晶のセンサチップとダイヤフラムとを内蔵するものであってよい。コントロール弁6は、例えば、金属製ダイヤフラム弁体を含む弁機構を、圧電アクチュエータなどの駆動機構を用いて開閉するように構成された圧電素子駆動式ダイヤフラム弁(ピエゾバルブ)であってよい。
【0030】
流量制御装置8を含む流体供給系において、コントロール弁6の上流側は、材料ガス、エッチングガスまたはキャリアガスなどのガス供給源に接続され、絞り部2の下流側は、下流弁9を介して半導体製造装置のプロセスチャンバ10に接続される。プロセスチャンバ10には真空ポンプ11が接続されており、典型的には、ガス供給時にプロセスチャンバ10の内部が真空引きされる。
【0031】
以上に説明した圧力式の流量制御装置8では、臨界膨張条件P1/P2≧約2(アルゴンガスの場合)を満たすとき、流量は、下流圧力P2によらず、上流圧力P1によって決まるという原理を利用して流量制御を行っている。臨界膨張条件を満たすとき、絞り部2の下流側の流量Qは、Q=K1・P1(K1は流体の種類と流体温度に依存する定数)によって与えられ、流量Qは上流圧力センサ3によって測定される上流圧力P1に比例する。また、下流圧力センサ4を備える場合、上流圧力P1と下流圧力P2との差が小さく、上記の臨界膨張条件を満足しない場合であっても流量を算出することができ、各圧力センサ3、4によって測定された上流圧力P1および下流圧力P2に基づいて、Q=K2・P2 m(P1-P2n(ここでK2は流体の種類と流体温度に依存する定数、m、nは実際の流量を元に導出される指数)から流量Qを算出することができる。
【0032】
流量制御を行うために、外部制御装置12において設定された設定流量(目標流量)が、外部制御装置12から演算処理回路7に送られる。演算処理回路7は、上流圧力センサ3の出力などに基づいて、臨界膨張条件または非臨界膨張条件における流量計算式を用いて流量を上記のQ=K1・P1またはQ=K2・P2 m(P1-P2nから流量Qの測定値である演算流量を随時算出し、絞り部2を通過する流体の流量が設定流量に近づくように(すなわち、演算流量と設定流量との差が0に近づくように)コントロール弁6をフィードバック制御する。演算流量は、外部制御装置12に出力され、流量出力値として表示されてもよい。
【0033】
演算処理回路7は、典型的には流量制御装置8に内蔵されたものであるが、流量制御装置8の外部に設けられたものであってもよい。演算処理回路7は、典型的には、CPU、ROMやRAMなどのメモリ(記憶装置)M、A/Dコンバータ等を内蔵しており、後述する流量制御動作を実行するように構成されたコンピュータプログラムを含んでいてよい。演算処理回路7は、ハードウェアおよびソフトウェアの組み合わせによって実現され得る。演算処理回路7は、コンピュータ等の外部装置と情報を交換するためのインターフェイスを備えていてもよく、これにより、外部装置からROMへのプログラム及びデータの書込みなどを行うことができる。演算処理回路7の構成要素(CPUなど)は、すべてが装置内に一体的に設けられている必要はなく、CPUなどの一部の構成要素を別の場所(装置外)に配置し、バスで相互に接続する構成としても良い。その際、装置内と装置外とを、有線だけでなく無線で通信するようにしても良い。
【0034】
以下、流量ゼロ、すなわち、コントロール弁6の閉状態から、設定流量に制御流量を変更する場合(流量立ち上げ時)における流量制御装置8の動作を説明する。本明細書において、流量値は、所定の流量値(典型的には定格流量値)を100%とした比率で表記することがある。
【0035】
上記のように、コントロール弁6の開度は、設定流量(または設定上流圧力)を維持するために、圧力センサの出力に基づいてフィードバック制御される。ただし、本実施形態の流量制御装置8では、外部制御装置から入力されたステップ状の外部指令信号に基づいて、ステップ状ではない内部指令信号を生成し、内部指令信号(目標値信号)と圧力センサの出力との比較のもとにフィードバック制御を行うようにしている。
【0036】
内部指令信号は、流量立ち上げ時において、ステップ状に急激に立ち上がるのではなく、徐々に目標流量を増加させる信号として生成される。このような信号を用いれば、コントロール弁が瞬時に開かれることが防止され、流量オーバーシュートの発生を抑制することができる。
【0037】
図2(a)および(b)はステップ状の外部指令信号SEを受け取ったときに、演算処理回路7が生成する内部指令信号を示している。図2(a)は、比較例の内部指令信号C1~C3を示し、図2(b)は、実施例の内部指令信号E1(および比較例の信号C1)を示す。
【0038】
まず、比較例の内部指令信号C1について説明する。比較例の内部指令信号C1は、外部指令信号SEを一次遅れ処理することによって生成されている。一次遅れ処理は、下記の式(1)によって表すことができる。
I’(t)=I(1-exp(-t/τ)) ・・・(1)
【0039】
式(1)において、I’(t)は、内部指令信号の大きさあり、Iは、外部指令信号の大きさ(ステップ状信号の立ち上げ後の一定の目標値)であり、tは時間、τは時定数である。一次遅れ処理を用いれば、急峻な立ち上げによる流量オーバーシュートを防止しながら、比較的短い時間で、目標流量に収束させることが可能である。
【0040】
そして、一次遅れ処理による内部指令信号の応答性は、上記の時定数τの設定によって変化する。図2(a)に示すように、時定数τが小さい(例えば60ms)ほど、急峻なグラフとなり、時定数τが大きい(例えば、125ms)ほど、なだらかなグラフとなる。目標値I=100%とすると、時刻tが時定数τのときにI’(t)=1-1/e=約63.2%となり、すなわち、時定数τは、0%から約63.2%まで立ち上がるのに要する時間を意味する。したがって、時定数τの設定に応じて、立ち上がりの速さを任意に設定することができ、流量のオーバーシュートが生じない範囲で時定数τを小さく設定することによって、応答時間を短縮し得る。
【0041】
また、上記の一次遅れ処理は、下記の式(1A)で表すことができる。
I’n=I’n-1+(In-I’n-1)/(1+X) ・・・(1A)
【0042】
式(1A)において、I’nは、n回目の内部指令値(現在値)であり、I’n-1は、n-1回目の内部指令値、すなわち、I’nの前回値であり、Inは、外部指令値(一定値)であり、Xは時定数パラメータ(ここでは上記の時定数τに対応)である。なお、nは任意の自然数であり、I’nは、指令間隔Δtのn倍の時間Δt×nが経過したときの内部指令値である。
【0043】
式(1A)からわかるように、一次遅れ処理においては、n回目の内部指令値は、前回値I’n-1に、外部指令値と前回値との差分(In-I’n-1)を、時定数パラメータXに基づく一定比率で足し合わせたものとして生成される。式(1A)によって表される曲線は、時定数パラメータXが大きいほどなだらかな曲線となり、時定数パラメータXが小さいほど急峻な立ち上がり曲線となる。なお、時定数パラメータXは、典型的には一次遅れ処理の時定数τと同等の変数であるが、これに限られず、時定数τから一義的に決まるように定義されたパラメータであってもよい。
【0044】
ここで、上記式(1A)において、Inが一定値であるので、差分(In-I’n-1)は、nが大きいほど小さくなる。つまり、前回値I’n-1に対する変化量(In-I’n-1)/(1+X)は、時間経過とともに、前回値に応じて小さくなり、これは、式(1)で表される一次遅れの関数に対応している。一次遅れ処理においては、立ち上がりの開始時に最も素早く応答し、時間が経過するとともに徐々になだらかに応答し、十分な時間が経過すると目標値に漸近する。
【0045】
ただし、図3(a)に示すように、圧力式流量制御装置において小流量設定へのバルブの開動作を行うとき、一次遅れ制御のみで内部指令信号を生成した比較例の場合には、流量立ち上がりの後半において、ガス流量に揺らぎが発生していることが確認できる。これは、一次遅れ制御のみでは、内部指令信号の立ち上がりが急峻すぎ、バルブ開き始めにガスの流れが急激に増加しすぎて、不安定な流れが形成されるためと推測される。また、急峻な立ち上がりにバルブが応答しようとした結果、一時的に開きすぎた状態となり、これを解消するバルブ駆動が行われるなどして、スムーズなバルブ開動作が行われなかったことも考えられる。
【0046】
そこで、図2(b)に示すように、実施例の内部指令信号E1では、一次遅れ処理とランプ処理とを組み合わせることによって、バルブ開き始めにおいて急峻でない立ち上がり動作を行うようにしている。以下、具体的に説明する。
【0047】
一次遅れ処理は、上記の式(1)または式(1A)で表され、また、ランプ処理(ランプ後指令Irmp)は、下記の式(2)によって表すことができる。
Irmp=I×t/r ・・・(2)
【0048】
式(2)において、Iは外部指令の値、tは時間、rはランプパラメータである。ランプパラメータrは、ランプ関数の傾きを決定する変数であり、t=rのときに、Irmp=I(外部指令による目標値)となる。すなわち、ランプパラメータrは、ランプ処理においてIrmpが0からIに達するまでに要する時間に対応する。ランプパラメータrが小さいほど、ランプの傾き(I/r)は大きくなり、ランプパラメータrが大きいほど、ランプの傾き(I/r)は小さくなる。
【0049】
また、上記式(2)は、t≦r(またはt<r)のときに適用され、一方で、ランプパラメータrを経過した後のt>r(またはt≧r)のときには、任意時間tに対してIrmp=I、すなわち、一定の値Iを維持する。図2(b)において、ランプ処理はIrmpとして破線で示されている。
【0050】
ここで、バルブの開き始めにおける緩やかな立ち上がりを行うために、本実施形態では、内部指令信号E1が、一次遅れ処理とランプ処理とを組み合わせた下記の式(3A)に基づいて生成される。
I’n=I’n-1+(Irmpn-I’n-1)/(1+X) ・・・(3A)
【0051】
式(1A)と比較してわかるように、式(3A)は、式(1A)において、時間によらず一定値であったInを、時間によって変化するIrmpnで置き換えたものである。
【0052】
このようにして、ランプ処理と一次遅れ処理とを組み合わせた結果、バルブ開き始めのt≦rの期間において、よりバルブ開き始めに近い時刻t1(第1の時点)における傾きよりも、時刻t1の後の時刻t2(第2の時点)での傾きがより大きい、すなわち、初期に傾きが緩やかで徐々に傾きが増加する関数を形成するように内部指令信号の値が決定される。これは、Irmpnが時間経過とともに増加するため、ランプ傾き(In/r)より小さい変化率を有する初期においては、差分(Irmpn-I’n-1)および前回値に対する変化量(Irmpn-I’n-1)/(1+X)が、時間経過とともに徐々に増加するからである。このため、一次遅れ処理のみで制御する場合とは異なり、最初に急峻な立ち上げ(変化量が時間とともに減少する立ち上げ)が生じることがない。
【0053】
また、初期から時間が経過し、I’nの変化率がランプ傾き(In/r)に近接すると、差分(Irmpn-I’n-1)は、ほぼ一定の値となる。したがって、変化量(Irmpn-I’n-1)/(1+X)も一定になり、I’nは、ランプ傾き(In/r)と同様の傾きで推移するようになる。
【0054】
その後、時間が経過して、ランプパラメータrに達した後のt>rの期間においては、Irmpnは一定値Inとなる。このため、上記の一次遅れ処理を示す式(1A)と同等の処理となり、すなわち、傾きを徐々に緩やかにしながら時間経過とともに外部指令の値(一定値)Inに近づくように収束する。
【0055】
以上のようにして、図2(b)に示されるような内部指令信号E1が生成される。図示するように、内部指令信号E1は、ゼロから経時的に上昇し、外部指令信号の値に収束する信号であり、立ち上がり時の傾きおよび収束直前の傾きが、それらの間の傾きより小さくなる信号として生成されたものである。なお、流量が0%から100%へと立ち上がる場合において、立ち上がり時の傾きとは、流量1%~5%のときの傾きを意味し、収束直前の傾きとは、流量95%~99%のときの傾きを意味する。
【0056】
言い換えると、内部指令信号E1は、流量設定信号の立ち上がり時のバルブ開き始めの第1の時点t1において、第1の傾きα1を有し、第1の時点より後の第2の時点t2において、第1の傾きα1よりも大きい第2の傾きα2を有し、第2の時点t2より後の第3の時点t3において、第2の傾きα2よりも小さい第3の傾きα3を有し、第3の時点t3の後に目標値Iに収束する信号として生成される。
【0057】
上記のようにして生成された内部指令信号は、圧電素子への印加電圧を決定するバルブ駆動回路へと出力される。バルブ駆動回路は、フィードバック制御においては、内部指令信号に対応する流量と、圧力センサの出力から求められる演算流量との差がゼロになるように圧電素子への印加電圧を制御し、これによって、バルブの開閉動作を、実際のガスの流れの特性に適合させることができる。したがって、流量立ち上げ時において、よりスムーズなガスの流れでガスの流量を増加させることができる。
【0058】
図3(b)は、上記のように一次遅れ処理とランプ処理とを組み合わせて生成された内部指令信号E1に基づいて流量制御を行ったときのガス流量(圧力センサの出力)を示す。図3(b)に示すように、1~10%の小流量設定に流量を立ち上げたときにおいて、図3(a)に示した比較例に対してスムーズにガスが流れることが確認できる。本実施形態の内部指令信号E1は、例えば1~20%、特には1~10%への流量立ち上げにおいて好適に用いられる。ただし、小流量だけでなく、1~100%の任意の流量への立ち上げに、本実施形態の内部指令信号を用いてもよいことは言うまでもない。
【0059】
演算処理回路7は、外部指令信号における目標流量の大きさに基づいて、上記の一次遅れ処理とランプ処理との組み合わせによる内部指令信号を生成するか否かを判断するように構成されていてもよい。例えば、上記のような1~20%の低流量設定への立ち上げの時には、ガスの流れを安定化させるために、実施例の内部指令信号Eを生成し、一方で、21%~100%の流量設定への立ち上げの時には、応答時間の短縮のために、一次遅れ処理のみによる比較例の内部指令信号Cを生成するように構成されていてもよい。
【0060】
また、図3(a)と図3(b)とを比較してわかるように、ランプ処理を組み合わせただけでは、一次遅れ処理のみを用いる場合よりも応答時間が長くなる可能性がある。この問題に対しては、一次遅れ処理の時定数τと、ランプ処理のランプパラメータrとを適切に設定することによって、応答性を損なわないようにすることができる。
【0061】
図4(a)、(b)および図5(a)、(b)は、外部指令信号SE、ならびに、時定数τ(または時定数パラメータX)およびランプパラメータrを変化させたときの一次遅れ処理グラフC、ランプ処理グラフR、および、内部指令信号Eのグラフを示す。図4(a)は(τ=50、r=300)の場合、図4(b)は(τ=25、r=300)の場合、図5(a)は、(τ=50、r=150)の場合、図5(b)は(τ=25、r=150)の場合を示す。図4(a)、(b)および図5(a)、(b)において、縦軸は流量(%)であり、横軸は経過時間(msec)である。
【0062】
図4(a)、(b)および図5(a)、(b)からわかるように、時定数τおよび/またはランプパラメータrを小さくするほど、生成される内部指令信号Eの応答性を向上させることができる。特に、ランプパラメータrの設定が、応答性に大きい影響を与えることがわかる。
【0063】
また、時定数τの設定によって、内部指令信号Eとランプ処理グラフRとの近似性が変化することがわかる。時定数が小さいほど、前回値に対して加算される変化量の比率が大きくなり、立ち上がりの初期においてより迅速にランプ処理グラフに近づくことになる。したがって、立ち上がりの初期における応答遅れ期間を、時定数τの設定によって調整することができることがわかる。
【0064】
したがって、ガスを安定して流すために有効な内部指令信号を、時定数パラメータとランプパラメータとの組み合わせによって、任意の波形に生成することができる。時定数パラメータおよびランプパラメータは、受け取った外部指令信号に基づいて決定されるように構成されていてもよい。例えば、外部指令信号が示す目標流量が小さい時にはランプパラメータとして比較的大きい値を用い、外部指令信号が示す目標流量が大きい時にはランプパラメータとして比較的小さい値を用いるようにしてもよい。
【0065】
図6(a)は、外部指令信号SEが与えられたときの、時定数τ=60msecの一次遅れ処理の内部指令信号C4(比較例)と、時定数τ=25msec、ランプパラメータr=50msecに設定した一次遅れ+ランプ処理の内部指令信号E4(実施例)とを示す。また、図6(b)は、各内部指令信号C4、E4を用いたときのガス流量の測定結果GC、GEを示す。
【0066】
図6(a)および図6(b)からわかるように、実施例の内部指令信号E4において、時定数τおよびランプパラメータrとして、適切なパラメータを選択すれば、応答時間を短縮しながら、よりスムーズなガスの流れGEを実現することができる。すなわち、本実施例においては、時定数およびランプ係数をパラメータ化し、ガス特性に応じた内部指令信号を生成することによって、バルブ動作負荷を軽減し、スムーズな立ち上がり、かつ、高速な応答を実現し得ることが確認できた。
【0067】
以上、本発明の実施形態を説明したが、種々の改変が可能である。例えば、上記には圧力センサの出力に基づいてコントロール弁をフィードバック制御する圧力式の流量制御装置について説明したが、本発明の他の実施形態において、流量制御装置は、圧力センサの出力によるフィードバック制御を行わず、コントロール弁をオープンループ制御するように構成されていてもよい。
【0068】
オープンループ制御の流量制御装置では、外部から流量設定信号を受け取り、これに基づいて内部指令信号を生成する。内部指令信号はピエゾバルブの駆動回路に出力され、駆動回路は受け取った内部指令信号にしたがって圧電素子に印加する電圧を決定する。このようにオープンループでコントロール弁を制御するときにも、内部指令信号として、上述のような最初はゆっくりと立ち上がり、その後、急峻に立ち上がる期間を経て、目標流量に収束するような信号を生成することによって、特に小流量への立ち上げの際にも、スムーズな流れで流量を制御することができる。また、パラメータとして、時定数τまたは時定数パラメータXとランプパラメータrを適切に設定することによって、スムーズな流れを維持しつつ、応答時間を短縮することができる。
【0069】
また、上記には流量の立ち上げの際に適用する内部指令信号を説明したが、流量の立ち下げにおいては、特許文献4に記載のように、指数関数的減衰させ、I’(t)=I・exp(-t/τ)で示される内部指令信号に基づいて、応答性を確保しながら、低流量へのなだらかな遷移を実行するようにしてもよい。
【0070】
また、特許文献4に記載のように、複数の流量制御装置における応答性の機差をなくして統一するために、立ち上げの際の応答性にマージンを持たせるように、内部指令信号を設定しても良い。上記の時定数τやランプパラメータrを大きめに設定することによって、各流量制御装置において同等の流量立ち上がり応答特性を実現することも可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の実施形態による流量制御装置および流量制御方法は、例えば半導体製造装置において、ガスを所望流量で供給するために好適に用いられる。
【符号の説明】
【0072】
1 流路
2 絞り部
3 上流圧力センサ
4 下流圧力センサ
5 温度センサ
6 コントロール弁
7 演算処理回路
8 流量制御装置
9 下流弁
10 プロセスチャンバ
11 真空ポンプ
12 外部制御装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6