(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-01
(45)【発行日】2022-11-10
(54)【発明の名称】ゴム組成物の相構造を解析するための前処理方法、ゴム組成物の相構造の評価方法およびゴム組成物の品質管理方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/28 20060101AFI20221102BHJP
G01N 5/04 20060101ALI20221102BHJP
G01N 25/00 20060101ALI20221102BHJP
G01N 33/44 20060101ALI20221102BHJP
【FI】
G01N1/28 F
G01N5/04 E
G01N25/00 Z
G01N33/44
(21)【出願番号】P 2018224441
(22)【出願日】2018-11-30
【審査請求日】2021-11-29
(73)【特許権者】
【識別番号】591167430
【氏名又は名称】株式会社KRI
(72)【発明者】
【氏名】矢野 都世
(72)【発明者】
【氏名】久 正明
(72)【発明者】
【氏名】東 隆行
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-054294(JP,A)
【文献】特開2018-091749(JP,A)
【文献】特開平08-105831(JP,A)
【文献】特開2016-105054(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0069271(US,A1)
【文献】前林正弘 他,微粒子分散高分子複合材料の境界層の音響解析,熱分析,2008年,第35巻,第2号,87-97頁
【文献】加藤淳 他,ナノフィラー充填架橋ゴムにおけるナノフィラーの構造と物性 第1講 加硫ゴムからのゴム可溶亜鉛化合物除去と加硫前後のバウンドラバーに関する研究,日本ゴム協会誌,第87巻,第5号,203-209頁
【文献】植田英順 他,ナノレオロジーAFMによるtanδマッピング,日本ゴム協会誌,2018年,第91巻,第10号,383~387頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/28
G01N 33/44
G01N 25/00
G01N 33/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴム組成物のマトリックス高分子とフィラーの間に生成する生成相の組織を解析するためのゴム組成物の前処理方法であって、水蒸気の存在下でゴム組成物を加熱ガス化し、ゴム組成物の重量変化速度に応じてゴム組成物の昇温速度が連続的に変化するようにゴム組成物の温度を制御して熱重量変化曲線(TG曲線)を求め、この曲線に基づいてゴム組成物に含まれる前記生成相のガス化開始温度及びガス化終了温度を求めた後、前記生成相のガス化開始温度以上でガス化終了温度以下の任意のガス化停止温度を設定し、ゴム組成物をガス化停止温度でガス化が停止するように水蒸気の存在下で加熱ガス化して、生成相を解析するための試料を得るゴム組成物の前処理方法。
【請求項2】
請求項1に記載の前記熱重量変化曲線(TG曲線)の前記生成相のガス化開始温度とガス化終了温度の重量差から前記生成相の重量を測定する生成相の評価方法。
【請求項3】
請求項1に記載の前処理方法により得られた試料を電子顕微鏡又は走査型プローブ顕微鏡により生成相の相構造を観察する生成相の評価方法。
【請求項4】
電子顕微鏡で観察する際に、エネルギー分散型X線分光分析、電子エネルギー損失分光分析、電子線マイクロアナライザ、およびX線光電子分光分析に記載のいずれか1つ以上の分光分析法によって前記生成相の元素組成や化学結合状態を分析する請求項3に記載の生成相の評価方法。
【請求項5】
請求項2~4のいずれかに記載の前記生成相の評価方法を用いたゴム組成物の品質管理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴム組成物の相構造を解析するための前処理方法、ゴム組成物の相構造の評価方法およびゴム組成物の品質管理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用タイヤ材料として用いられているスチレン・ブタジエン共重合体ゴム(SBR)等の共役ジエン系ゴム組成物は、材料全体の構造維持と高弾性化、耐摩耗性等の向上のために、ゴム組成物にCB(カーボンブラック)やシリカ等のフィラーが添加されている。
【0003】
ゴム組成物に分散したCBやシリカ等のフィラーとSBR、NR(天然ゴム)等の境界には、ゲル状の薄層組織が存在することが知られており、バウンドラバーと呼ばれている。このバウンドラバーの構造が材料の靱性や耐摩耗性を向上させるため、その量や状態を解析し把握することが重要であるが、これまでバウンドラバーの直接観察やバウンドラバーそのものの存在量を定量分析することは困難であった。
【0004】
ゴム組成物のバウンドラバーを含む相構造の観察は、一般的にゴム組成物試料を樹脂で包埋後、断面試料もしくは薄片試料を切り出し、TEM(透過電子顕微鏡)やAFM(原子間力顕微鏡)等により観察することにより実施されるが、SBR等の高分子とバウンドラバーの界面を明確に区別することは困難であった。加えて本手法では、バウンドラバーの存在量を定量化することはできない。
【0005】
従来より、ゴム組成物のバウンドラバーの存在量を分析する方法として、トルエンやアセトン等の有機溶媒に架橋前のゴム組成物を浸漬し、ポリマー成分を溶解除去させ、有機溶媒に溶解しなかった不溶物をフィラーおよびバウンドラバーであるとみなして、その重量を測定する方法が広く知られている(例えば、特許文献1~4)。
しかしながらこの方法は、バウンドラバーの存在量が測定できるのみであり、ゴム組成物の相構造に関する情報は得られず、詳細な分析は不可能である。さらにこの方法は、架橋前のゴム組成物に対する分析であり、架橋後のゴム組成物は溶解除去できないため、実際に使用される状態である架橋後のゴム組成物の分析はできない。
【0006】
特許文献5には、架橋後のゴム組成物を溶媒に膨潤させた状態で、バウンドラバーを含む相構造をAFMにより観察する手法が開示されている。非特許文献1には、架橋後のゴム組成物を溶媒に膨潤させた状態で、バウンドラバーを含む相構造を超音波顕微鏡により観察する手法が開示されている。
この方法は、ゴム組成物を膨潤させるため、ゴム組成物に分散したCBやシリカ等のフィラーとSBR、NR(天然ゴム)等の境界に存在するゲル状の薄層組織、すなわちバウンドラバーの状態そのものが変化してしまう可能性がある。加えて本手法では、バウンドラバーの存在量を定量化することはできない。
【0007】
一方、本出願人は、ガス化剤の存在下で炭素複合材を加熱ガス化し、炭素複合材の重量変化速度に応じて炭素複合材の昇温速度が連続的に変化するように炭素複合材の温度を制御して熱重量変化曲線(TG曲線)を求め、この曲線に基づいて、炭素複合材に含まれる炭素質を分離定量することを特徴とする炭素複合材中の炭素質を分析する炭素複合材の分析方法(特許文献6)についての技術を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2011-213954号公報
【文献】特開2012-180397号公報
【文献】特開2015-214619号公報
【文献】特開2018-090758号公報
【文献】特開2016-105054号公報
【文献】特開2018-091749号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Netsu Sokutei,2008,35(2),87-97
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、ゴム組成物のマトリックス高分子とフィラーの間に生成する生成相の組織を解析するための前処理方法を提供することにある。
さらに本発明の目的は、ゴム組成物のマトリックス高分子とフィラーの間に生成する生成相の組織を解析するためのゴム組成物の前処理方法を用いた生成相の評価方法およびゴム組成物の品質管理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するべく本発明者らが鋭意検討した結果、ゴム組成物を水蒸気の存在下で加熱ガス化し、低結晶性の炭素質を選択的にガス化除去することにより、解析対象となるマトリックス高分子とフィラーの間に生成する生成相の存在量が定量化でき、かつ生成相の組織を解析するための試料を容易に得ることができることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の構成からなることを特徴とする。
〔1〕 ゴム組成物のマトリックス高分子とフィラーの間に生成する生成相の組織を解析するためのゴム組成物の前処理方法であって、水蒸気の存在下でゴム組成物を加熱ガス化し、ゴム組成物の重量変化速度に応じてゴム組成物の昇温速度が連続的に変化するようにゴム組成物の温度を制御して熱重量変化曲線(TG曲線)を求め、この曲線に基づいてゴム組成物に含まれる前記生成相のガス化開始温度及びガス化終了温度を求めた後、前記生成相のガス化開始温度以上でガス化終了温度以下の任意のガス化停止温度を設定し、ゴム組成物をガス化停止温度でガス化が停止するように水蒸気の存在下で加熱ガス化して、生成相を解析するための試料を得るゴム組成物の前処理方法。
〔2〕 前記〔1〕に記載の前記熱重量変化曲線(TG曲線)の前記生成相のガス化開始温度とガス化終了温度の重量差から前記生成相の重量を測定する生成相の評価方法。
〔3〕 前記〔1〕に記載の前処理方法により得られた試料を電子顕微鏡又は走査型プローブ顕微鏡により生成相の相構造を観察する生成相の評価方法。
〔4〕 電子顕微鏡で観察する際に、エネルギー分散型X線分析、電子エネルギー損失分光分析、電子線マイクロアナライザおよびX線光電子分光分析に記載のいずれか1つ以上の分光分析法によって前記生成相の元素組成や化学結合状態を分析する前記〔3〕に記載の生成相の評価方法。
〔5〕 前記〔2〕~〔4〕のいずれかに記載の前記生成相の評価方法を用いたゴム組成物の品質管理方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の生成相を解析するための試料を得るゴム組成物の前処理方法によれば、前記ゴム組成物の生成相の相構造の解析に供する試料を容易に得ることができる。
【0014】
本発明の生成相を解析するための試料を得るゴム組成物の前処理方法を用いたゴム組成物の生成相の評価方法により、バウンドラバー相を含む生成相の存在量の評価をすることができる。
【0015】
本発明の生成相を解析するための試料を得るゴム組成物の前処理方法を用いることにより、複数の炭素質をゴム組成物から順次ガス化・除去することが可能であり、任意の温度で加熱を停止することを通して特定の生成相を最表面に露出させたゴム組成物を効率的に得ることができる。
【0016】
本発明の生成相を解析するための試料を得るゴム組成物の前処理方法を用いたゴム組成物の生成相の評価方法により、バウンドラバーの状態に関わる微細な相構造を詳細に分析することが可能となり、ゴム組成物の相構造を示す像を取得することができる。これにより得られた情報をもとにゴム組成物の微細組織制御を進めることができ、ゴム組成物の特性改善を図ることができる。
【0017】
本発明のゴム組成物の生成相の評価方法を用いたゴム組成物の品質管理方法によれば、ゴム組成物の製造工程の品質管理手法として用いることができる。例えば、ゴム組成物のバウンドラバー相が特定の形態および存在量を示す場合、好適なゴム組成物であると判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図2】ゴム組成物のマトリックス高分子成分を水蒸気ガス化除去した試料の透過電子顕微鏡写真
【
図3】バウンドラバー相を拡大した透過電子顕微鏡写真
【
図4】生成した結晶性粒子とその被覆相の透過電子顕微鏡写真
【
図5】ゴム組成物のマトリックス高分子成分およびバウンドラバー相を水蒸気ガス化除去した試料の透過電子顕微鏡写真
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明のゴム組成物の相構造を解析するための前処理方法は、ゴム組成物を水蒸気の存在下で加熱ガス化し、マトリックス高分子を選択的にガス化除去することにより、バウンドラバー相を含む生成相の存在量が定量化でき、かつ相構造の解析に供する試料を得る方法である。
【0020】
ゴム組成物に存在するバウンドラバー相を含む生成相を解析し把握することは、材料の靱性や耐摩耗性を向上させるため重要である。
【0021】
(ゴム組成物)
ゴム組成物は、マトリックス高分子およびフィラーからなり、さらに架橋剤、鉱物油等の軟化剤、耐熱安定剤、帯電防止剤、耐候安定剤、老化防止剤、着色剤等が必要に応じて添加されてなる。
【0022】
前記マトリックス高分子は、主としてゴム系樹脂である共役ジエン系重合体である。
前記共役ジエン系重合体としては、特に限定されず公知の共役ジエン系ゴムを適用でき、例えば、ブタジエンゴム、スチレン-ブタジエンゴム、ポリイソプレンゴム等の合成ゴムや、天然ゴム等が挙げられる。
【0023】
ゴム組成物に用いられるフィラーとしては、特に限定されず公知のフィラーを適用でき、カーボンブラック(CB)およびシリカ等が挙げられる。
【0024】
ゴム組成物に用いられる架橋剤、鉱物油等の軟化剤、耐熱安定剤、帯電防止剤、耐候安定剤、老化防止剤、着色剤等としては、特に限定されず公知の材料を適用できる。
【0025】
本発明におけるゴム組成物は、架橋前のゴム組成物および架橋後のゴム組成物のいずれであってもかまわない。
【0026】
(生成相)
ゴム組成物の中でも特にタイヤ用のゴム組成物は、マトリックス高分子(共役ジエン系重合体)に前記記載のフィラーが配合され、さらに高分子分子鎖を硫黄で架橋した不均一な構造をしており、フィラーとマトリックス高分子の界面には、例えばバウンドラバー相と呼ばれる炭素質からなる生成相が形成されている。
【0027】
前記生成相は、単一相である場合もあるが、複数の異なる相から構成される場合もある。
例えば、バウンドラバー相はフィラー周辺の運動性に富む相(loose相)と運動性がかなり束縛されている相(tight相)より構成されることが多い。
【0028】
また、前記生成相には、バウンドラバー相以外の成分を含む場合がある。例えば、架橋剤由来の硫黄(S)および加硫促進剤由来の亜鉛(Zn)からなる結晶性微粒子(ZnS)などが挙げられる。
前記結晶性微粒子とマトリックス高分子の界面には、バウンドラバー相と類似した生成相が形成されることがある。
さらに前記生成相にはフィラーや前記結晶性微粒子の界面に存在する生成相を含む場合もある。
【0029】
(水蒸気ガス化除去方法)
本発明のゴム組成物に含まれるマトリックス高分子等の低結晶性の炭素質及び前記生成相を選択的にガス化除去する手法は、水蒸気の存在下でゴム組成物を加熱ガス化することにより行われる。
すなわち、温度制御可能な電気炉中にゴム組成物を入れた開放型の反応容器を設置し、水蒸気を流通させた雰囲気下で、炉内温度を昇温させることによりゴム組成物を加熱してガス化させる。
【0030】
本発明のゴム組成物に含まれる前記マトリックス高分子等を選択的にガス化除去するためのガス化温度は、あらかじめ水蒸気の存在下でゴム組成物を加熱ガス化し、ゴム組成物の重量変化速度に応じてゴム組成物の昇温速度が連続的に変化するようにゴム組成物の温度を制御して熱重量変化曲線(TG曲線)を求め、この曲線に基づいてゴム組成物に含まれる複数の炭素質を分離し、各炭素質のガス化温度を計測し、前記生成相のガス化開始温度および終了温度を知ることにより決定される。
【0031】
水蒸気の存在下でゴム組成物を加熱ガス化し、ゴム組成物に含まれる複数の炭素質を分離し、各炭素質のガス化温度を計測する方法としては、特開2018-091749号公報に開示された技術を利用することができる。
【0032】
TG曲線は、昇温時におけるゴム組成物の温度(℃)と重量(g)との関係を示すものであり、このTG曲線を微分した微分熱重量(Derivative Thermo Gravimetry、以下、「DTG」と略す)曲線は、温度と熱重量変化速度(g/秒)との関係を示すものである。
なお、TG曲線およびDTG曲線の測定は、水蒸気を導入することができる熱重量測定が可能な公知の熱分析装置を用いることができる。
【0033】
熱分析装置に導入するゴム組成物の形状は、測定容器に導入できれば特に限定されないが、均一な状態であることが好ましい。また、装置に導入するゴム組成物の形状、重量、寸法もしくは体積は装置内の天秤および/または試料容器に導入できれば特に限定されない。
【0034】
TG曲線は、水蒸気の存在下でゴム組成物を加熱ガス化し、ゴム組成物の減量速度に応じてゴム組成物の昇温速度が連続的に変化するようにゴム組成物の昇温速度を制御することによって測定する。
【0035】
ゴム組成物の加熱ガス化に用いる水蒸気は、不活性ガスと混合して用いることが好ましい。水蒸気分圧は特に限定されないが、0.1~60kPaが好ましい。
水蒸気分圧が高くなると、ガス流路および熱重量測定装置内にて結露することがある。装置内にて結露が生じるとガス化量の測定が困難になる。
さらに、水蒸気分圧が低すぎるとガス化反応速度が遅くなり、また一定の測定時間におけるガス化量が小さくなり測定が困難となるため、可能な範囲で高いことが望ましい。
【0036】
上記の理由より、水蒸気分圧は分析する全温度域および装置内において結露しない水蒸気分圧で、且つ高い水蒸気分圧であることが好ましく、1~60kPaがより好ましく、5~50kPaの水蒸気分圧がさらに好ましい。
【0037】
不活性ガスへの水蒸気の混合は、いかなる手法により実施してもよい。例えば、一定温度の水に不活性ガスをバブリングさせ、その温度における飽和蒸気圧分の水蒸気を付与する方法、またはシリンジポンプ等を用いて定量的に水をガス流に添加し、加熱により気化する方法などが利用できる。
【0038】
ゴム組成物の重量変化速度に応じてゴム組成物の昇温速度が連続的に変化するようにゴム組成物の温度を制御する方法は、昇温方法を段階的もしくは連続的に変化させることができる。
段階的に変化させる方法としては、例えば、測定の初期は速い昇温速度で加熱し、重量変化が観測される評価温度付近では昇温速度を5~20℃/分の間で段階的に制御する方法を挙げることができる。
【0039】
ここで、昇温速度が遅すぎると、分析に時間がかかり迅速な分析法にはならない。一方、昇温速度が速すぎると、目的の炭素材料もしくは有機材料のガス化反応が完了するより前に、他方の炭素材料もしくは有機材料のガス化反応が開始するため、炭素材料および有機材料の分離が困難となる。
上記の理由より、昇温速度は5~20℃/分であることが好ましい。
【0040】
より好ましい、ゴム組成物の重量変化速度に応じてゴム組成物の昇温速度が連続的に変化するようにゴム組成物の温度を制御する方法は、以下のような方法を例示することができる。
【0041】
すなわち、ゴム組成物の重量変化速度に応じてゴム組成物の昇温速度を連続的に変化させゴム組成物の温度を制御するより好ましい方法は、ゴム組成物の減量速度が特定の制御目標値よりもゆるやかなときには、昇温速度は定速昇温条件と同一、ゴム組成物の減量速度が前記の制御目標値よりも急激なときには、昇温を停止もしくは昇温速度をゆるやかに制御することにより、ゴム組成物の昇温速度を制御する工程を含む方法である。
【0042】
ここで、制御目標値は以下のようにして決定することができる。
昇温速度の制御目標値は、試行錯誤により決定した値であっても良いが、あらかじめ定速昇温熱重量分析によりTG曲線を測定し、TG曲線より決定される又はTG曲線の微分曲線(DTG曲線)より推定される炭素材料もしくは有機材料のガス化開始温度におけるDTG値(重量変化速度)の絶対値より小さい値を昇温速度の制御目標値とする。
【0043】
水蒸気の存在下でゴム組成物を加熱ガス化しTG曲線を測定する際において、測定の温度範囲は、ゴム組成物中の各成分のガス化反応が計測できる温度範囲であればよい。具体的には、低温側は装置内にて水蒸気が結露しない温度である70℃付近から、高温側は結晶性炭素材料(例えば、黒鉛材料)のガス化反応が生じる1600℃付近までの温度範囲を測定すればよい。
【0044】
ゴム組成物に含まれる複数の炭素質すなわち、複数の炭素材料および複数の有機材料のガス化開始温度および存在量を求めるには、ゴム組成物に含まれる各炭素質の種類により、ガス化する温度および速度が異なる点を利用する。ゴム組成物中に存在する複数の炭素質は、炭素材料の結晶性の差もしくは有機材料の分子構造によりガス化する温度および速度が異なる。
例えば、結晶性炭素質と非結晶性炭素質からなる炭素材料の場合、非結晶性炭素質の方がより低い温度、もしくは速い速度でガス化反応が進行する。さらに例えば、酸素などのヘテロ原子をより多く含む有機材料と炭化水素などのヘテロ原子を含まない有機材料の場合、酸素などのヘテロ原子をより多く含む有機材料の方がより低い温度、もしくは速い速度でガス化反応が進行する。また、類似した構造からなる有機材料の場合は、より低分子量の有機材料の方がより低い温度、もしくは速い速度でガス化反応が進行する。
【0045】
すなわち、加熱昇温時のTG曲線およびDTG曲線を解析することにより、ゴム組成物に含まれる結晶性の異なるもしくは分子構造の異なる炭素材料および有機材料のガス化反応を分離することができ、重量減少開始点を計測することによりガス化開始温度を得ることができる。さらに、該当する重量変化量を計測することにより、各炭素質の存在量を分析することができる。
【0046】
(生成相のガス化開始温度およびガス化終了温度の決定)
水蒸気によるゴム組成物のガス化反応は、低温側からマトリックス高分子相、次いでバウンドラバー相を含む炭素質からなる生成相、フィラーであるカーボンブラックの順番に生じ、最終的に無機材料が残留する。
ゴム組成物の生成相のガス化開始温度およびガス化終了温度は、ゴム組成物の重量変化速度に応じてゴム組成物の昇温速度を連続的に変化するようにゴム組成物の温度を制御して得たTG曲線より決定できる。
【0047】
生成相のガス化開始温度は、TG曲線において1段目のマトリックス高分子のガス化が終了した後に、試料重量の減少が開始する温度もしくは試料重量の減少速度が変化する温度より決定することができるが、試料重量の減少が開始する温度によるのが好ましい。
生成相のガス化終了温度は、TG曲線において2段目の生成相のガス化が終了し、試料の重量減少が生じなくなる温度もしくは3段目カーボンブラックのガス化開始温度により決定することができる。
【0048】
(生成相存在量の決定)
バウンドラバー相を含む生成相の存在量は、生成相のガス化開始温度とガス化終了温度の間で生じる重量減少量より決定することができる。
【0049】
さらに前記のようにして測定したゴム組成物の各炭素質の存在量を用いて、無機材料の存在量をも算出することができる。すなわち、無機材料の存在量は、
1-Σ(炭素材料の存在量+有機材料の存在量)
により決定できる。
【0050】
(ゴム組成物の相構造を評価するための前処理技術)
続いて、決定した生成相のガス化開始温度およびガス化終了温度を用いて、水蒸気の存在下でゴム組成物を加熱ガス化し、ゴム組成物の相構造を評価するための前処理方法について記載する。
【0051】
生成相を最表面に露出させた試料を得る前処理方法として、炭素の水蒸気ガス化反応が吸熱反応であり、加熱を止めると反応が停止することを利用する。
【0052】
前記のとおり、ゴム組成物中に存在する複数の炭素質は、炭素材料の結晶性の差もしくは有機材料の分子構造によりガス化する温度が異なる。
すなわち、マトリックス高分子は有機高分子であるためカーボンブラック等のフィラーよりもガス化温度が低い。バウンドラバー相を含む炭素質からなる生成相は、ゴムマトリックスよりも高い温度域で、しかしカーボンブラック等のフィラーよりも低い温度域でガス化反応を生じる。
【0053】
生成相のガス化開始温度よりも低い温度であるマトリックス高分子を水蒸気ガス化反応により除去することにより、生成相を試料の最表面に露出させた試料を得ることができる。
【0054】
さらに具体的なゴム組成物の前処理方法について記載する。
はじめに水蒸気の存在下でゴム組成物を加熱ガス化し、生成相のガス化開始温度およびガス化終了温度を決定する。
つぎに、生成相のガス化開始温度以上でガス化終了温度以下の任意のガス化停止温度を設定し、ゴム組成物をガス化停止温度でガス化が停止するように水蒸気の存在下で加熱ガス化することにより、生成相および生成相の中間相を試料の最表面に露出させた試料を作製することができる。ガス化停止温度を生成相のガス化開始温度に設定するとマトリックス高分子相が除去された生成相が最表面の状態の試料を得ることができる。また、ガス化停止温度を生成相のガス化終了温度に設定するとフィラーの表面が露出した試料を得ることができる。さらに、ガス化停止温度を生成相のガス化開始温度とガス化終了温度の間で任意の温度に設定すると生成相の中間相の表面が露出した試料を得ることができる。
【0055】
このとき、ガス化停止温度に達した時点で加熱を停止し、室温まで不活性ガスの流通下において冷却もしくは放冷する。生成相の各種の相を試料の最表面に露出させたゴム組成物は、温度が十分に下がった後に回収することができる。
ここで、不活性ガスには窒素、ヘリウムおよびアルゴン等の不活性ガスを用いることができる。
【0056】
ガス化停止温度を設定することにより、最表面に露出させる生成相の種類を制御することができる。
例えば、生成相のガス化開始温度に達した時点で加熱を停止した試料を作製することにより、バウンドラバー相の中でも運動性に富むloose相が最表面に露出したゴム組成物を得ることができる。またより高いガス化停止温度を設定することにより、運動性がかなり束縛されているtight相を最表面に露出させたゴム組成物を得ることができる。
【0057】
前記前処理方法により得たゴム組成物を、別の手法、例えば顕微鏡観察や分光分析などの手法により観察、分析および解析することにより、ゴム組成物の相構造を評価することができる。
すなわち、loose相を最表面に露出させたゴム組成物やtight相を最表面に露出させたゴム組成物の顕微鏡観察や分光分析を実施することにより、ゴム組成物のバウンドラバー相の組織解析をすることができる。
【0058】
ここで、顕微鏡観察としては、透過電子顕微鏡(TEM)、走査型透過電子顕微鏡(STEM)や走査電子顕微鏡(SEM)などの電子顕微鏡による観察のほか、原子間力顕微鏡(AFM)などに代表される走査型プローブ顕微鏡(SPM)による観察および超音波顕微鏡(SAM)による観察を挙げることができる。
生成相の顕微鏡観察を実施することにより、例えばバウンドラバー相の存在形態や被覆厚みを評価することができる。
【0059】
分光分析としては、エネルギー分散型X線分光分析(EDS)、電子エネルギー損失分光分析(EELS)、X線マイクロアナライザー(EPMA)やX線光電子分光分析(XPS)などの他、ラマン分光分析や赤外吸収分析(IR)などを挙げることができる。 前記電子顕微鏡による組織観察と同時に分光分析することが好ましく、EDS、EELS、EPMAおよびXPSなどの分光分析を実施することにより、生成相の元素組成および化学結合状態等の微細組織解析ができる。
例えば、生成相のEDSもしくはEPMAによる分析を実施することにより、生成相の各組織の元素組成を知ることができる。また、EELSもしくはXPSによる分析を実施することにより生成相を構成する元素の化学結合状態を知ることができる。
【0060】
(品質管理)
本発明におけるゴム組成物の前処理方法を用いることにより、ゴム組成物の相構造の評価およびゴム組成物の製造工程における品質管理が可能となる。
【0061】
例えば、本発明を用いて解析したゴム組成物生成相の特定成分の存在形態や存在量が、特定の形態や特定の範囲内である場合、そのゴム組成物は好適なゴム組成物であると判断できる。
具体的には、本発明を用いて解析したバウンドラバー相の存在量もしくは被覆厚みが一定の範囲に存在する場合、好適なゴム組成物であると判断することができる。
またバウンドラバー相の微細組織を制御するにより、ゴム組成物の特性改善を図ることができる。
【実施例】
【0062】
以下、実施例をもって本発明のゴム組成物の前処理方法について説明する。
なおこれら実施例は、それぞれ、本発明をより具体的に例示するために記載されたものであって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々変更が可能であり、本発明は、以下の記載に限定されるものではない。
【0063】
(評価試料:ゴム組成物)
市販の自動車用ゴムタイヤ(株式会社ブリヂストン製、商品名:NEXTRYネクストリー 155/65R13 73S)の表層よりゴム組成物を切り出した。
タイヤゴム組成物の主な構成成分は、添加剤を含むマトリックス高分子、バウンドラバー相を含む生成相、カーボンブラックおよびシリカである。
【0064】
(熱重量分析装置)
熱重量測定装置には、水蒸気ガス化炭素解析装置(株式会社リガク製CASGa)を用いた。
【0065】
(電子顕微鏡観察)
試料の電子顕微鏡観察は、電界放出型透過電子顕微鏡(日本電子株式会社製JEM-2100F)を用いて実施した。
【0066】
〔実施例1〕
ゴム組成物を構成する成分のうち、ガス化反応を生じる有機材料(マトリックス高分子、バウンドラバー相)および炭素質(カーボンブラック)のガス化開始温度を計測した。
評価試料をおよそ7mg、0.01mgまで精秤し、熱重量測定装置に導入した。ここにガス化剤として水蒸気と窒素を混合したガスを300ml/分の流量で流した。このときの水蒸気分圧は20kPaとした。
ガス化剤を流通した条件で1000℃まで昇温しTG曲線を計測した。ここで、昇温速度は、重量変化速度に応じてその昇温速度が連続的に変化するように制御した。
具体的には、重量変化速度の絶対値が制御値0.001%/時になるように制御して、評価試料の熱重量測定を実施し、各成分の存在量を求めた。すなわち、重量変化速度の絶対値が制御値0.001%/時よりも小さいときは5℃/分の昇温速度で昇温し、重量変化速度の絶対値が制御値0.001%/秒以上の場合には昇温を停止するように昇温速度を制御して、TG曲線を計測した。
得られたTG曲線を
図1に示した。
【0067】
TG曲線は3段階の重量減少を示した。393℃および800℃においてTG曲線上に変曲点が出現した。重量が減少し始める温度もしくは重量減少が終了する温度で区分される温度範囲における各炭素質の存在量を算出し、表1に示した。
【表1】
表1に示した各段階はそれぞれ添加剤を含むマトリックス高分子、バウンドラバー相およびカーボンブラックのガス化に該当し、バウンドラバー相の存在量は8重量%と得られた。
またバウンドラバー相のガス化開始温度393℃、ガス化終了温度800℃を決定した。
【0068】
〔実施例2〕
実施例1と同様にゴム組成物を水蒸気の存在下、393℃まで昇温し、添加剤を含むマトリックス高分子をガス化除去した。393℃到達後、ドライ窒素ガスを流通した状態で100℃以下まで冷却し、黒色粉末を回収した。
水蒸気ガス化を393℃で停止したゴム組成物の透過電子顕微鏡写真を
図2に示した。電子顕微鏡写真より、カーボンブラック粒子の周辺に低結晶性の被覆相が形成されている様子が確認できた。被覆相はカーボンブラック粒子が有する層状構造とは異なった微細構造を呈しており、バウンドラバー相であることが確認できた。
図2の透過電子顕微鏡写真よりバウンドラバー相部分を拡大し
図3に示した。カーボンブラック粒子周辺に形成されたバウンドラバー相の厚みは2nmであった。他のカーボンブラック粒子周辺も同様に計測したところ、バウンドラバー相の厚みは1~2nmであった。
【0069】
実施例2において調製したゴム組成物の透過電子顕微鏡観察では、一部のカーボンブラック粒子表面において粒径が5~10nmの結晶性粒子が析出し、その表面には1~5層程度の積層構造を有する被覆層の存在が認められた。その一例の透過電子顕微鏡写真を
図4に示した。
エネルギー分散型X線分光分析による化学組成分析の結果、当該粒子は主として亜鉛(Zn)および硫黄(S)により構成され、両元素の存在割合はほぼ1:1であることが確認できた。すなわち、当該粒子はバウンドラバーで被覆されたZnS粒子であると考えられる。
【0070】
〔実施例3〕
実施例2と同様にゴム組成物を水蒸気の存在下、800℃まで昇温し、マトリックス高分子およびバウンドラバー相をガス化除去した試料、黒色粉末を回収した。回収した試料の透過電子顕微鏡写真を
図5に示した。透過電子顕微鏡写真より、カーボンブラック粒子の表面に存在していたバウンドラバー相の除去が確認できた。
【0071】
本発明の手法を用いることにより、ゴム組成物を構成する成分である炭素材料、有機材料および無機材料の存在量を計測できることが確認できた。特にバウンドラバー相の存在量をマトリックス高分子と分離して計測できた。
【0072】
さらに本発明の手法を用いることにより、バウンドラバー相を最表面に露出させた試料を得ることができ、生成相、特にバウンドラバー相の組織観察をすることができた。
生成相を評価することにより、バウンドラバー相の厚みや新たに形成された微粒子の存在、また当該微粒子の元素組成を解析することができた。
【0073】
上記実施例より、本発明の手法はゴム組成物の生成相の微細組織解析をするための前処理方法として有効である。さらに、本発明の手法は、ゴム組成物の製造工程における品質管理手法として有効である。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の前処理方法を用いることにより、ゴム組成物に存在するバウンドラバー相を含む生成相の存在量を分離定量でき、ゴム組成物の製造工程における簡便かつ正確な品質管理手法を提供することができ、生産性の向上を期待することができる。また本発明の前処理手法はゴム組成物の生成相の微細組織解析に用いることができ、微細組織を制御することによるゴム組成物の特性改善を図ることができる。