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  • 特許-リーン車両の制御装置及び転倒予測方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-01
(45)【発行日】2022-11-10
(54)【発明の名称】リーン車両の制御装置及び転倒予測方法
(51)【国際特許分類】
   B62J 27/00 20200101AFI20221102BHJP
   B62J 45/415 20200101ALI20221102BHJP
【FI】
B62J27/00
B62J45/415
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019003513
(22)【出願日】2019-01-11
(65)【公開番号】P2020111189
(43)【公開日】2020-07-27
【審査請求日】2021-09-13
(73)【特許権者】
【識別番号】521431099
【氏名又は名称】カワサキモータース株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松田 義基
【審査官】伊藤 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-094619(JP,A)
【文献】特開2011-099382(JP,A)
【文献】特開2017-165297(JP,A)
【文献】特開2009-154637(JP,A)
【文献】特開2015-227082(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62J 27/00
B62J 45/415
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体を側方に傾けて旋回走行するリーン車両の制御装置であって、
前記車両の状態を検出する少なくとも1つのセンサの情報に基づいて、将来の転倒の発生を予測する転倒予測部と、
前記転倒予測部によって将来の転倒が予測されると、転倒前に、前記転倒に対応する転倒準備制御を実行する制御部とを備え
前記転倒準備制御は、転倒時における車体挙動の変動を小さくする制御を含み、
前記制御部は、前記転倒予測部が将来の転倒を予測してから転倒過渡期を経て転倒時まで前記転倒準備制御を継続する、リーン車両の制御装置。
【請求項2】
前記転倒準備制御は、エンジン、ブレーキ、クラッチ、変速機及びラジエータファンの少なくとも1つの駆動を停止させる制御を含む、請求項1に記載のリーン車両の制御装置。
【請求項3】
前記転倒準備制御は、アクセル操作量に基づくエンジンの動作を無効とする制御、又は、ブレーキ操作量に基づく車輪の動作を無効とする制御、を含む、請求項1又は2に記載のリーン車両の制御装置。
【請求項4】
前記転倒準備制御は、前記車体の可動部の駆動を停止させる制御を含む、請求項1乃至3のいずれか1項に記載のリーン車両の制御装置。
【請求項5】
前記転倒予測部は、運転者の操作量に関する操作状態と、前記車体の挙動に関する挙動状態とに基づいて、将来の転倒の発生を予測し、
前記転倒予測部は、前記操作量の時間変化を示す指標が許容範囲を超えると、転倒が発生すると予測する、請求項1乃至4のいずれか1項に記載のリーン車両の制御装置。
【請求項6】
車体を側方に傾けて旋回走行するリーン車両の制御装置であって、
前記車両の状態を検出する少なくとも1つのセンサの情報に基づいて、将来の転倒の発生を予測する転倒予測部と、
前記転倒予測部によって将来の転倒が予測されると、転倒前に、前記転倒に対応する転倒準備制御を実行する制御部と、を備え、
前記転倒予測部は、運転者の操作量に関する操作状態と、前記車体の挙動に関する挙動状態とに基づいて、将来の転倒の発生を予測し、
前記転倒予測部は、前記挙動状態及び前記操作状態のうち一方の状態の時間変化を示す指標が、前記挙動状態及び前記操作状態のうち他方の状態に基づいて決定される許容範囲を逸脱したと判断すると、将来の転倒の発生を予測する、リーン車両の制御装置。
【請求項7】
前記転倒予測部は、駆動輪の滑り量と、前記駆動輪に与えられる前後方向の力とのそれぞれの時間変化に基づいて、将来の転倒の発生を予測し、
前記転倒予測部は、旋回中における前記駆動輪のグリップの回復が生じたことを判断した上で、車体姿勢の急変化に基づいて、将来の転倒の発生を予測する、請求項1乃至6のいずれか1項に記載のリーン車両の制御装置。
【請求項8】
前記転倒予測部は、操舵軸の舵角と、前記車体のリーン角とのそれぞれの時間変化に基づいて、将来の転倒の発生を予測する、請求項1乃至7のいずれか1項に記載のリーン車両の制御装置。
【請求項9】
前記転倒予測部は、駆動輪の滑り量と、前記車体のリーン角とのそれぞれの時間変化に基づいて、将来の転倒の発生を予測し、
前記転倒予測部は、前記駆動輪の滑り量の増加率が所定の閾値よりも大きく、かつ、前記車体のリーン角の増加率が所定の閾値よりも大きい場合に、将来の転倒の発生を予測する、請求項1乃至8のいずれか1項に記載のリーン車両の制御装置。
【請求項10】
前記転倒準備制御は、電子制御サスペンション又はステアリングダンパの少なくとも1つの変化を小さくする制御を含む、請求項1乃至9のいずれか1項に記載のリーン車両の制御装置。
【請求項11】
車体を側方に傾けて旋回走行するリーン車両の転倒を予測する転倒予測方法であって、
前記車両の状態を検出するセンサの情報に基づいて、将来の転倒の発生を予測する転倒予測工程と、
前記転倒予測工程によって将来の転倒が予測されると、転倒前に、前記転倒に対応する転倒準備制御を実行する制御工程と、を有し、
前記転倒予測工程は、運転者の操作量に関する操作状態と、前記車体の挙動に関する挙動状態とに基づいて、旋回走行による将来の転倒の発生を予測し、
前記転倒準備制御は、転倒時における車体挙動の変動を小さくする制御を含み、
前記制御工程では、前記転倒予測工程で将来の転倒が予測されてから転倒過渡期を経て転倒時まで前記転倒準備制御を継続する、リーン車両の転倒予測方法。
【請求項12】
車体を側方に傾けて旋回走行するリーン車両の転倒を予測する転倒予測方法であって、
前記車両の状態を検出するセンサの情報に基づいて、将来の転倒の発生を予測する転倒予測工程と、
前記転倒予測工程は、運転者の操作量に関する操作状態と、前記車体の挙動に関する挙動状態とに基づいて、旋回走行による将来の転倒の発生を予測し、
前記転倒予測工程では、前記挙動状態及び前記操作状態のうち一方の状態の時間変化を示す指標が、前記挙動状態及び前記操作状態のうち他方の状態に基づく許容範囲を逸脱したと判断すると、将来の転倒の発生を予測する、リーン車両の転倒予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動二輪車のように車体を側方に傾けて旋回走行するリーン車両の制御装置及び転倒予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、車体の傾斜角度を検出する転倒センサを備えた自動二輪車を開示している。その自動二輪車の制御装置は、転倒センサが車体の転倒を判断すると、燃料噴射や点火を停止するとともに燃料供給用のポンプを停止する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2004-093537号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1の技術では、転倒の誤判断を防ぐために、転倒状態が所定時間にわたって継続して検出されたときに転倒と判断してエンジンを停止させる転倒制御を行う。このため、転倒が発生してからエンジンを停止させる制御を実行するまでに時間が掛かり、転倒状態のための制御の実行が遅れてしまう。
【0005】
そこで本発明は、転倒状態のための制御の実行を早めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一態様に係るリーン車両の制御装置は、車体を側方に傾けて旋回走行するリーン車両の制御装置であって、前記車両の状態を検出する少なくとも1つのセンサの情報に基づいて、将来の転倒の発生を予測する転倒予測部と、前記転倒予測部によって将来の転倒が予測されると、転倒前に、前記転倒に対応する転倒準備制御を実行する制御部とを、備える。
【0007】
前記構成によれば、将来の転倒が予測されると、転倒前の走行中に、将来の転倒に対応する転倒準備制御を実行する。これによって、転倒後に転倒に対応する制御を実行する場合に比べて、制御開始を早めることができ、制御の応答遅れを抑制できる。
【0008】
一例として、前記転倒準備制御は、転倒時における車体挙動の変動を小さくする制御を含む構成としてもよい。
【0009】
前記構成によれば、転倒過渡期における車体変動を小さくすることができ、転倒における車体ダメージを抑制できる。
【0010】
一例として、前記転倒準備制御は、運転操作子の操作量に基づく動作を抑制または無効とする制御を含む構成としてもよい。たとえば運転操作子として、アクセルグリップ、ブレーキペダル、ブレーキレバーなどが想定される。この場合、転倒準備制御は、電子制御スロットル装置又は電子制御ブレーキの少なくとも1つの変化を小さくする制御を含む構成としてもよい。
【0011】
前記構成によれば、転倒過渡期における車体挙動の不所望な変化を防ぐことができ、転倒における車体ダメージを抑制できる。
【0012】
一例として、前記転倒準備制御は、前記車体の可動部の駆動を抑制又は停止させる制御を含む構成としてもよい。
【0013】
前記構成によれば、転倒過渡期において、車体の可動部(例えば、車輪、エンジン、チェーン、ラジエータファン等)の駆動が継続することを防ぐことができ、転倒における車体ダメージを抑制できる。
【0014】
一例として、前記転倒予測部は、運転者の操作量に関する操作状態と、前記車体の挙動に関する挙動状態とに基づいて、将来の転倒の発生を予測する構成としてもよい。
【0015】
前記構成によれば、車体挙動と運転操作とに基づいて転倒予測することで、運転操作に起因して車体挙動に変化が現れる前に転倒予測できる。これによって将来の転倒の発生を比較的早い段階で予測できる。よって、転倒状態のための制御の実行を早めることに貢献できる。
【0016】
前記転倒予測部は、前記挙動状態及び前記操作状態のうち一方の状態の時間変化に基づく指標が、前記挙動状態及び前記操作状態のうち他方の状態に基づいて決定される許容範囲を逸脱したと判断すると、将来の転倒の発生を予測する構成としてもよい。
【0017】
前記構成によれば、操作状態又は挙動状態の時間変化を指標とすることで好適に将来の転倒を予測できる。
【0018】
前記転倒予測部は、駆動輪の滑り量と、前記駆動輪に与えられる前後方向の力とのそれぞれの時間変化に基づいて、将来の転倒の発生を予測する構成としてもよい。
【0019】
前記構成によれば、スリップダウンやハイサイドによる転倒を予測しやすい。
【0020】
一例として、前記転倒予測部は、操舵軸の舵角と、前記車体のリーン角とのそれぞれの時間変化に基づいて、将来の転倒の発生を予測する構成としてもよい。
【0021】
前記構成によれば、操舵輪の過操舵による転倒を予測しやすい。
【0022】
一例として、前記転倒予測部は、駆動輪の滑り量と、前記車体のリーン角とのそれぞれの時間変化に基づいて、将来の転倒の発生を予測する構成としてもよい。
【0023】
前記構成によれば、スリップダウンによる転倒を予測しやすい。
【0024】
前記転倒準備制御は、電子制御サスペンション又はステアリングダンパの少なくとも1つの変化を小さくする制御を含む構成としてもよい。
【0025】
前記構成によれば、転倒時に車両が大きく動くことが防止され、ダメージを好適に抑制できる。なお、制御部は、電子制御サスペンション及びステアリングダンパの変化を小さくするためには、減衰力を大きくしてもよいしバネ定数を大きくしてもよい。
【0026】
本開示の一態様に係るリーン車両の転倒予測方法は、車体を側方に傾けて旋回走行するリーン車両の転倒を予測する転倒予測方法であって、前記車両の状態を検出するセンサの情報に基づいて、将来の転倒の発生を予測する転倒予測工程を有し、前記転倒予測工程は、運転者の操作量に関する操作状態と、前記車体の挙動に関する挙動状態とのそれぞれの時間変化に基づいて、旋回走行による将来の転倒の発生を予測する。
【0027】
前記方法によれば、車体挙動と運転操作とに基づいて転倒予測することで、運転操作に起因して車体挙動に変化が現れる前に転倒予測できる。これによって将来の転倒の発生を比較的早い段階で予測できる。よって、転倒状態のための制御の実行を早めることに貢献できる。
【0028】
一例として、前記転倒予測工程では、前記挙動状態又は前記操作状態のうち一方の状態の時間変化に基づく指標が、前記挙動状態及び前記操作状態のうち他方の状態に基づく許容範囲を逸脱したと判断すると、将来の転倒の発生を予測してもよい。
【0029】
前記方法によれば、操作状態又は挙動状態の時間変化を指標とすることで好適に将来の転倒を予測できる。
【発明の効果】
【0030】
本開示によれば、転倒状態のための制御の実行を早めることができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】実施形態に係る自動二輪車の左側面図である。
図2図1に示す自動二輪車の電気的構成を示すブロック図である。
図3】(A)~(D)は操作量変化及び許容範囲を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面を参照して実施形態を説明する。
【0033】
図1は、実施形態に係る自動二輪車の左側面図である。自動二輪車1は、リーン車両の好適例である。リーン車両は、車体を左右方向に傾斜(リーン)させて旋回走行する車両である。図1に示すように、自動二輪車1は、従動輪である前輪2と、駆動輪である後輪3と、前輪2及び後輪3によって支持される車体4とを備える。自動二輪車1は、前輪接地点と後輪接地点とを通過する前後軸周りに左右方向(車幅方向)に車体4を傾斜させた状態(リーン姿勢状態)で旋回走行が可能である。車体4が直立した状態を基準とした前後軸周りの車体4の傾斜角をリーン角という(直立状態のリーン角はゼロ)。
【0034】
リーン車両である自動二輪車は、旋回半径、旋回速度、路面との摩擦力などの条件が所定範囲を超えた場合には、リーン旋回中に転倒する場合がある。たとえば、遠心力によって旋回時に車体に生じる横方向の力が、タイヤと路面との間に生じる摩擦力よりも大きい場合には、路面に対して車輪が横滑りする現象が生じる。この横滑りに起因して車体がバランスを保つことができず、前後軸回りに車体が傾いて転倒する場合がある。本実施形態は、後述するように、旋回走行に起因して車体が傾いて転倒することを予測する予測方法と、予測に基づく制御装置に関する。
【0035】
自動二輪車1は、走行用の駆動力を発生する走行駆動源を備える。本実施形態では、走行駆動源としてエンジンE(内燃機関)が採用されるが、エンジンに代えて電動モータを採用してもよいし、エンジン及び電動モータの両方を採用してもよい。エンジンEの駆動力は、クラッチ(図示せず)を介して変速機TMに伝達され、変速機TMから出力伝達機構を介して後輪3に付与される。エンジンEには、吸気量を調節するためのスロットル装置Eaが設けられている。また、エンジンEには、図示しない燃料供給装置及び点火装置が設けられている。本実施形態では、スロットル装置Ea、燃料供給装置および点火装置は、エンジン制御するためのエンジン用アクチュエータであって、吸気量、燃料噴射量、点火時期をそれぞれ変更可能に設けられる。
【0036】
自動二輪車1は、前輪2及び後輪3をそれぞれ制動する油圧式のブレーキ6(後輪3のものは図示省略)を備える。ブレーキ6は、前輪2を制動する前ブレーキユニット6aと、後輪3を制動する後ブレーキユニット(図示せず)と、前ブレーキユニット6a及び後ブレーキユニットを制御するブレーキ制御装置6bとを有する。前ブレーキユニット6a及び後ブレーキユニットは、互いに独立して動作し、ブレーキ制御装置6bからそれぞれ供給されるブレーキ圧に比例した制動力を前輪2及び後輪3に付与する。本実施形態では、ブレーキ制御装置6bは、ABS制御に利用され得る。ブレーキ制御装置6bは、運転者のブレーキ操作に応じて制動力を付与する手動制動状態と、予め定める条件を満足すると運転者のブレーキ操作に関わらずに制動力を付与する制御制動状態とを切替え可能に構成される。たとえば制御制動状態となる条件として、車輪のスリップを検知した条件がある。この条件が成立すると、車輪スリップを抑制するように制動力を付与するABS制御が実行される。
【0037】
自動二輪車1には、電子制御サスペンション7が搭載されている。電子制御サスペンション7は、路面から車体に伝わる衝撃を緩和する緩衝装置である。電子制御サスペンション7は、前輪2及び後輪3の少なくとも一方と車体4との間に介在している。本実施形態では、前輪2を介して車体4に伝わる衝撃を緩和する前輪側サスペンションと、後輪3を介して車体4に伝わる衝撃を緩和する後輪側サスペンションとを備える。前輪側サスペンションは、前輪2と車体4との間に介在しているフロントフォークを含む。後輪側サスペンションは、後輪3と車体4との間に介在しているリアサスペンションを含む。電子制御サスペンション7は、電子制御によって緩衝部分となる伸縮部分の減衰力を変更可能な公知のサスペンションである。なお、電子制御サスペンション7は、減衰力以外にバネ定数を変更可能としてもよい。
【0038】
電子制御サスペンション7は、走行路面の状況や走行状態に応じて減衰力を調整する。これによって快適性(乗り心地)や走行性能を向上させることができる。たとえば減衰力を大きくすることで、車輪を介して路面から与えられる車体への衝撃を緩和できる。また減衰力を小さくすることで、旋回時や高速道路などでの走行安定性を高めることができる。本実施形態では、電子制御サスペンション7は、伸縮部分の伸縮量又は伸縮量の時間変化を検出するセンサを備え、そのセンサの検出値に基づいて制御可能に構成されている。
【0039】
自動二輪車1は、前輪2を操舵すべく前輪2に接続された操舵軸8を備える。操舵軸8にはハンドル9が接続されている。即ち、運転者Rがハンドル9を操作して操舵軸8を回動させることで、前輪2が左右に転向(操舵)される。自動二輪車1は、操舵軸8の回動に減衰力を付与するステアリングダンパ10を備える。ステアリングダンパ10は、電子制御によって減衰力を変更可能な公知のダンパである。たとえばステアリングダンパ10は、走行速度に応じて減衰特性を変更する。具体的には、ステアリングダンパ10は、走行速度が高い場合は、走行速度が低い場合に比べて、減衰力を大きくする。これによって高速痩躯時の直進安定性を高めることができる。本実施形態では、ステアリングダンパ10は、操舵軸の回動量又は回動量の時間変化を検出するセンサを備え、そのセンサの検出値に基づいて制御可能に構成されている。
【0040】
自動二輪車1は、旋回走行に起因した転倒に対応する転倒準備制御を実行する転倒準備制御装置20を備える。本実施形態では、転倒準備制御装置20は、スロットル装置Ea、燃料供給装置および点火装置など、エンジンを制御するエンジン制御装置(ECU)によって実現されるが、エンジン制御装置とは別に独立した制御装置であってもよい。転倒準備制御装置20は、車両の状態を検出する後述の各センサからの情報に基づいて、将来の転倒の発生を予測する。また転倒準備制御装置20は、将来の転倒を予測すると、転倒によって車体に生じるダメージを緩和するために、転倒前に転倒準備制御を実行する。転倒準備制御装置20は、転倒準備制御として、エンジンE、ブレーキ6、電子制御サスペンション7及びステアリングダンパ10等を制御する。
【0041】
図2は、自動二輪車1の電気的構成を示すブロック図である。自動二輪車は、車両の状態を検出するセンサを有する。車両の状態は、運転者の運転操作の状態(操作状態)と、車体挙動の状態(挙動状態)との両方の概念を含む意味として用いる。
【0042】
自動二輪車は、運転者の運転操作に関する操作状態を検出する操作量センサ31を備える。たとえば操作量センサ31は、運転者によって操作された運転操作子の操作量を検出する。
【0043】
具体的には、操作量センサ31は、運転者によるアクセル操作量を検出するアクセル操作センサ41を含む。一例としてアクセル操作センサ41は、運転者によって変位可能なアクセル操作子、たとえばスロットルグリップの変位量を検出するポジションセンサによって実現される。エンジン制御装置は、アクセル操作センサ41の操作量に基づいて、エンジンの出力を制御する。
【0044】
また操作量センサ31は、運転者によるブレーキ操作量を検出するブレーキ操作センサ42を含む。ブレーキ操作センサ42は、運転者によって変位可能なブレーキ操作子42、たとえばブレーキペダルまたはブレーキレバーの変位量を検出するポジションセンサによって実現される。またブレーキ操作センサ42は、ブレーキペダルまたはブレーキレバーの操作によって変化したブレーキ管内圧力を検出するブレーキ圧センサによって実現されてもよい。たとえばブレーキ制御装置6bは、前後輪2,3のうち一方に対応するブレーキ操作子が操作されると、前後輪2,3のうち他方に対応するブレーキユニット6aに制動力を付与する場合がある。これによって前後輪2,3の両方で制動させる連動制動を実行することができる。即ち、ブレーキ制御装置6bは、ABS制御の他、CBS制御にも利用可能である。
【0045】
また操作量センサ31は、運転者によるクラッチ断続操作を検出するクラッチ操作センサ43を含んでもよい。クラッチ操作センサ43は、運転者によって変位可能なクラッチ操作子、たとえばクラッチレバーまたはクラッチレバーに連動して動作する部分の変位量を検出するポジションセンサによって実現される。
【0046】
また操作量センサ31は、運転者による変速操作を検出する変速操作センサ44を含んでもよい。変速操作センサ44は、運転者によって変位可能な変速操作子、たとえば変速ペダルの操作に連動して動作する部分に生じる応力を検出する歪センサによって実現される。たとえばエンジン制御装置は、変速操作センサ44の検出値に基づいて変速操作の開始を判断して、シフトアップまたはシフトダウンに適したエンジン回転数となるようにエンジンの出力を制御する。
【0047】
また操作量センサ31は、運転者による操舵操作を検出する操舵操作センサ45を含んでもよい。操舵操作センサ45は、運転者によって変位可能な操舵操作子、たとえばハンドルの操作に連動して動作する部分の変位量を検出するポジションセンサによって実現される。たとえば操舵操作センサ45は、前述したステアリングダンパ10に含まれるポジションセンサによって実現されてもよい。
【0048】
また操作量センサ31は、運転者の体重移動操作を検出する体重移動センサ46を含んでもよい。体重移動センサ46は、前後のサスペンションのスロトークセンサを用いてもよい。たとえば体重移動センサ46は、前後のサスペンションのそれぞれのストロークの変化に基づいて、運転者の前後方向の体重移動を検出するものでもよい。また体重移動センサ46には、IMU(Inertial measurement unit:慣性計測装置)を用いてもよい。たとえばIMUで検出される情報に基づき、旋回時に作用する遠心力とリーン角との釣り合い条件を用い、車体に対する運転者の左右方向の体重移動操作を検出してもよい。なお、IMU36は、互いに直交する3軸の周りの角速度と当該3軸方向の加速度(慣性力)とを検出可能である。本実施形態では、IMU36は、3軸方向として、車体の前後軸、上下軸および、それらに直交する左右軸がそれぞれ設定される。
【0049】
自動二輪車は、車体の挙動に関する挙動状態を検出する車体挙動センサ32を備える。たとえば車体挙動センサ32は、エンジン制御のために既に設けられる各種のセンサが用いられる。たとえば車体挙動センサ32は、前輪車速センサ51、後輪車速センサ52、エンジン回転数センサ53、IMU54(Inertial measurement unit:慣性計測装置)等を含む。
【0050】
また車体挙動センサ32として、変速段を検出する変速段センサ55、各サスペンションのストロークセンサ56を含んでもよい。そのほか、車体挙動センサ32は、エンジンEへの吸気量を示すスロットル開度センサ、吸気圧センサ、吸気温センサ、位置センサ(GPS)センサ等を含んでもよい。また車体挙動センサは、路面と車輪との摩擦係数を検出するものでもよい。
【0051】
このような車両の状態を検出する各種センサは、CAN通信などの予め定める通信規格に従って、準備制御装置20に電気的に接続される。すなわち、準備制御装置20は、車体に設けられる各種センサの検出値を入力情報として取得可能に構成される。また準備制御装置20は、車体挙動を示す情報として、車体挙動を変化させるためのアクチュエータの動作状態を示す情報が加えられてもよい。たとえば通常走行と異なる非通常制御モード(エンジンの出力抑制制御、ABS制御状態など)が実行されている場合には、それらの非通常制御モードの情報が車体挙動情報に含まれてもよい。また各種センサの検出値は、センサ情報と他の情報とに基づいて演算されて得られる間接的な情報も含む。
【0052】
準備制御装置20は、CAN通信などの予め定める通信規格に従って、車体挙動を変化させるためのアクチュエータ、たとえばエンジン用アクチュエータ(スロットル装置Ea、燃料供給装置および点火装置)、ブレーキ制御装置6b、電子制御サスペンション7及びステアリングダンパ10に電気的に接続されている。すなわち、準備制御装置20は、各センサによって検出される運転者の操作または車体挙動の状態に基づき、前記アクチュエータに動作指令を与えて、自動二輪車1の走行状態を制御する。
【0053】
また準備制御装置20は、予め定める通信規格に従って、メータ制御装置60や通信制御装置61に電気的に接続されてもよい。メータ制御装置60は、運転者が走行中に視認可能な表示画面を制御する。通信制御装置61は、車両外部に向けて信号を送信するための装置である。これによって準備制御装置20は、表示画面への表示指令を与えることができ、車両外の装置へ向けた通信指令を与えることができる。そのほか準備制御装置20は、予め定められる変速段に切替える変速制御装置や、クラッチの断続を切替えるクラッチ断続制御装置が電気的に接続されてもよい。
【0054】
制御装置20は、ハードウェア面において、演算処理装置であるプロセッサ、揮発性メモリ、不揮発性メモリ及びI/Oインターフェースを有する。制御装置20は、機能面において、転倒予測部21及び制御部22を有する。転倒予測部21及び制御部22は、不揮発性メモリに保存されたプログラムに基づいてプロセッサが揮発性メモリを用いて演算処理することで実現される。
【0055】
転倒予測部21は、異なる種類の車両状態をそれぞれ検出する複数のセンサ情報のうち少なくとも1つに基づいて、自動二輪車1の走行状態が所定の通常走行状態から逸脱するか否かを判断し、自動二輪車1の将来の転倒の発生を予測する。本実施形態では、複数のセンサ情報に基づいて、将来の転倒の発生を予測する。例えば、転倒予測部21は、センサで検出される運転者Rの操作状態の時間変化に基づく指標が、センサで検出される車体挙動状態に基づく許容範囲を逸脱したと判断すると、転倒が発生すると予測する。たとえば転倒予測部21は、リーン走行中でのバランス状態を大きく逸脱するライダー操作が行われたと判断すると、転倒が発生すると予測する。
【0056】
具体的には、操作状態の時間変化を示す指標が車体挙動状態に基づく許容範囲から逸脱した場合として、運転者操作を急変化させた場合の、路面と車輪との間のグリップ力の急変化が想定される。運転者急操作に起因して将来のグリップ力が急変化して摩擦限界を超えるようであれば、将来の状況として転倒が発生すると予測する。転倒予測部21は、前記車体の前後軸周りの回転角及び操舵角の少なくとも1つと、車速、走行駆動源の回転数、アクセル操作及びブレーキ操作の少なくとも1つとを含む情報に基づいて将来の転倒発生を予測してもよい。
【0057】
図3は、操作量変化及び許容範囲を模式的に示す図である。操作量の時間変化を示す指標X(ベクトルX)は、操作量の変化率の違いに応じて、大きさ、向き、始点の位置などが変化する。許容範囲Yは、車体挙動状態の違いに応じて、大きさや形状などが変化する。なお、許容範囲Yは、車体挙動状態及び/又はその時間変化に基づいて決定されうる。
【0058】
図3(A)及び図3(B)に示すように、運転者の操作状態の時間変化を示す指標X(例えば、アクセル操作量の時間変化率)が同じ場合でも、車体挙動状態(例えば、走行速度、リーン角、旋回半径、旋回角度など)の違いに応じて、転倒しない状態を意味する許容範囲Yが異なる。図3(A)に示すように、走行速度やリーン角が小さくて許容範囲Yが比較的大きい状況では、アクセル急操作したとしても、指標Xが許容範囲Y内に収まることから将来に転倒が生じないと予測する。逆に、図3(B)に示すように、現時点で路面に与える出力トルクが大きくて許容範囲Yが比較的小さい状況では、アクセル急操作すると、指標Xが許容範囲Yから逸脱することから将来に転倒が生じると予測する。
【0059】
図3(C)及び図3(D)に示すように、車体挙動状態(例えば、走行速度、リーン角、旋回半径、旋回角度など)が同じ場合でも、運転者の操作状態の時間変化を示す指標X(例えば、アクセル操作量の時間変化率)の違いに応じて、転倒しない状態を意味する許容範囲Yが異なる。図3(C)に示すように、アクセル操作量の時間変化が小さいことで指標Xが小さい場合には、走行速度やリーン角が大きく許容範囲Yが比較的小さくても、指標Xが許容範囲X内に収まることから将来に転倒が生じないと予測する。逆に、図3(D)に示すように、アクセル操作量の時間変化が大きいことで指標Xが大きい場合には、指標Xが許容範囲Yから逸脱することから将来に転倒が生じると予測する。
【0060】
このように運転者の操作状態に基づいて、転倒前に将来の転倒の発生を予測する。これによって車体挙動を検出するセンサのみを用いて転倒判断するよりも、早期に転倒を予測することができ、転倒に対応する制御動作を速めることができる。
【0061】
また、操作状態と挙動状態との利用関係を逆にしてもよい。即ち、転倒予測部21は、センサで検出される車体挙動状態の時間変化を示す指標が、センサで検出される運転者Rの操作状態に基づく許容範囲を逸脱したと判断すると、転倒が発生すると予測してもよい。例えば、転倒予測部21は、ある操作状態に対してバランス状態を大きく逸脱する車体の挙動状態の変化が生じたと判断すると、転倒が発生すると予測する構成としてもよい。
【0062】
また本実施形態では、転倒予測に複数のセンサ情報を用いて、車体挙動状態に基づく許容範囲を設定することで、予測精度が高められる。たとえば、駆動輪の回転数、従動輪の回転数、操舵角、タイヤから路面に伝えるトルク(駆動力、制動力)、サスペンションストロークおよび車両姿勢のうちの複数の情報、好ましくは全ての情報に基づいて、許容範囲を演算する。操作量の時間変化の指標は、加減速操作(例えば、スロットル操作量、ブレーキ操作量等)を含む情報に基づいて演算される。好ましくは、操作量の時間変化の指標は、加減速操作(スロットル操作量、ブレーキ操作量等)のほか、操舵角操作量、変速操作、体重移動操作を含む情報に基づいて演算されることが好ましい。
【0063】
より具体的には、ブレーキ、スロットル、操舵角などの運転者の操作状態と、走行駆動源の回転数、発生トルク、各車輪に対応するサスペンションストローク、タイヤスリップ角、車体のヨー角、ロール角、ピッチ角またはこれらの変化レートの状態、各車輪速度などの車両挙動状態とを用いて、旋回走行状態または遷移走行状態を判別する。なお、遷移走行状態とは、非旋回走行状態から旋回走行状態に至るまでの状態と、旋回走行状態から非旋回走行状態に至るまでの状態を意味する。このような走行状態を判別したうえで、安定的な走行状態から逸脱するバランスにつながる運転者の操作があった場合に、将来に転倒が生じると判断する。
【0064】
転倒予測部21の転倒予測の具体的手法は、種々のものが考えられる。転倒予測部21は、車体4の挙動に関する挙動状態の値の時間変化に基づいて、自動二輪車1の旋回走行による将来の転倒の発生を予測してもよい。たとえば「車体4の挙動に関する挙動状態」は、前輪2または後輪3の回転速度(後輪車速)、エンジンEの回転速度、IMU36で検出される車体4の左右方向のリーン角(又はロール角)、IMU36で検出される車体4の前後方向のピッチ角、後輪3の滑り量(スリップ率)、前輪2及び/又は後輪3に作用する前後方向及び/又は左右方向の力のうち少なくとも1つを含む。
【0065】
転倒予測部21は、上記例示される複数の挙動状態の時間変化を参照する。これによって転倒予測部21は、現在の走行状態(挙動状態)の時間変化に対して作用する他の挙動状態の時間変化が、所定の通常走行状態から逸脱する走行状態(即ち、転倒)を招くかどうかを判断することができる。このことから転倒予測部21は、将来生じるであろう転倒を比較的早い段階で予測することができる。
【0066】
詳細には、転倒予測部21は、後輪3の滑り量(スリップ率)と、車輪に与えられる前後方向の力とのそれぞれの時間変化に基づいて、将来の転倒の発生を予測してもよい。「後輪3の滑り量」は、一例として、「(前輪車速-後輪車速)/前輪車速」により求められる。「車輪に与えられる前後方向の力」は、「縦タイヤ力」ともいうことができる。駆動輪である後輪3の縦タイヤ力は、加減速時に前後方向に向く力である。後輪3の縦タイヤ力を発生させる主要因は、エンジンEから後輪3に伝達される駆動力と、ブレーキ6から後輪3に付与される制動力とを含む。前輪2の縦タイヤ力は、減速時に後方向に向く力である。前輪2の縦タイヤ力を発生させる主要因は、ブレーキ6から前輪2に付与される制動力が挙げられる。
【0067】
前輪2または後輪3の少なくとも何れかが横滑りすることで転倒するスリップダウンを予測して将来転倒を判断してもよい。たとえば、転倒予測部21は、後輪3の滑り量の増加率が所定の閾値よりも大きく、かつ、後輪3の縦タイヤ力の増加率が所定の閾値よりも大きい場合(または大きくなる操作をした場合)に、将来にスリップダウンが発生すると予測してもよい。また転倒予測部21は、スリップダウンの前兆に相当する車体姿勢の変化が生じたと判断した場合に、スリップダウンが発生すると予測してもよい。たとえば急な横滑りの後で車体のリーン方向の傾斜開始を検知することで、スリップダウンを予測してもよい。
【0068】
また横滑りを助長する操作(例えば、非旋回状態から旋回状態に向かう遷移状態や、旋回状態から非旋回状態に向かう遷移状態)の発生を検知したなかで、急なタイヤ力増加(加減速操作、変速操作、制動操作)を検知すると、スリップダウンの発生を予測してもよい。具体的には、旋回状態に向かう遷移状態での過度のブレーキ動作の発生を検知すると、スリップダウンの発生を予測してもよい。旋回状態または非旋回状態に向かう遷移状態での過度のアクセル操作を検知すると、スリップダウンの発生を予測してもよい。また旋回中の急な操舵変化を判断して、スリップダウンを予測してもよい。また後輪3のスリップダウンのほか、前輪2のスリップダウンも同様にして予測してもよい。またスリップダウンが生じた過去データの蓄積を用いた学習によって得られた、スリップダウンが生じる前兆情報を用いて予測してもよい。
【0069】
また、転倒予測部21は、後輪3の滑り量(スリップ率)と、車体4のリーン角とのそれぞれの値の時間変化に基づいて、将来の転倒の発生を予測してもよい。具体的には、転倒予測部21は、後輪3の滑り量の増加率が所定の閾値よりも大きく、かつ、車体4のリーン角の増加率が所定の閾値よりも大きい場合に、スリップダウンが発生すると予測してもよい。なお、転倒予測部21は、旋回走行中に前輪2及び後輪3に横方向(左右方向)に作用する横タイヤ力を参照して転倒を予測してもよい。
【0070】
車輪の横滑り後に横滑り解消(グリップ回復)に起因して、車体を起こそうとするモーメントが発生して、旋回半径外側または上方に弾き飛ばされることで転倒するハイサイドを予測して将来転倒を判断してもよい。たとえば、横方向の急な後輪のすべりを検知した後で、急に後輪の滑りが止まり、リアショックのストロークが通常以上の速度で大きくなると、ハイサイドが発生したとして予測できる。また旋回中における突発的なグリップの回復が生じたことを判断した上で、車体姿勢の急変化に基づいて、ハイサイドを予測してもよい。
【0071】
一態様として、転倒予測部21は、運転者Rの操作量に関する操作状態と、車体4の挙動に関する挙動状態とのそれぞれの値の時間変化に基づいて、自動二輪車1の旋回走行による将来の転倒の発生を予測してもよい。「運転者Rの操作量に関する操作状態」は、アクセル操作センサ31で検出されるアクセル開度、ブレーキ圧センサ32で検出されるブレーキ圧、及び、操舵角センサ37で検出される操舵軸8の舵角のうち少なくとも1つを含む。「車体4の挙動に関する挙動状態」は、前記例示した通りである。
【0072】
転倒予測部21は、上記例示される操作状態及び挙動状態のそれぞれの値の時間変化を参照することで、現在の走行状態(挙動状態)に対して行われている運転操作が所定の通常走行状態から逸脱する走行状態(即ち、転倒)を招くかどうかを判断することができ、将来の転倒の発生が比較的早い段階で予測される。
【0073】
詳細には、転倒予測部21は、操舵軸8の舵角と車体4のリーン角とのそれぞれの時間変化に基づいて、転倒の発生を予測してもよい。例えば、転倒予測部21は、リーン角の増加率に対する舵角の増加率が所定値以上に大きくなると、転倒が発生すると予測してもよい。これにより、過操舵による転倒を予測することができる。
【0074】
また、転倒予測部21は、アクセル操作量と車体4のリーン角とのそれぞれの時間変化に基づいて、転倒の発生を予測してもよい。例えば、転倒予測部21は、アクセル操作量の増加率に対するリーン角の増加率が所定値以上に大きくなると、転倒が発生すると予測してもよい。これにより、遠心力に対して車体4の過傾斜による転倒を予測することができる。
【0075】
また、転倒予測部21は、ブレーキ圧と車体4のリーン角とのそれぞれの時間変化に基づいて、転倒の発生を予測してもよい。例えば、転倒予測部21は、リーン角の増加率に対するブレーキ圧の増加率が所定値以上に大きくなると、転倒が発生すると予測してもよい。これにより、遠心力に対して車体4の過傾斜による転倒を予測することができる。
【0076】
一態様として、転倒予測部21は、前記操作状態及び前記挙動状態の一方の値の時間変化と、前記操作状態及び前記挙動状態の他方の値とに基づいて、自動二輪車1の旋回走行による将来の転倒の発生を予測してもよい。例えば、転倒予測部21は、リーン角が所定値以上であるときにブレーキ圧の増加率が所定値以上に大きくなると、転倒が発生すると予測してもよい。また、転倒予測部21は、リーン角が所定値以上であるときにアクセル操作量の減少率が所定値以上に大きくなると、転倒が発生すると予測してもよい。
【0077】
また一態様として、転倒予測部21は、転倒にいたるまでの複数の現象が時間経過に伴って連続的に生じていることを判断して、転倒が発生すると予測してもよい。たとえば、スリップダウンの場合、スロットルまたはブレーキ操作の急変または車輪のすべり急増などの一次現象の後、操舵角の急変またはリーン角の急変等の二次現象が順番に生じたことを判断して、転倒を予測する。またハイサイドの場合には、駆動輪のスピンである一次現象ののち、駆動輪のストローク急変である二次現象が順番に生じたことを判断して、転倒を予測する。このように転倒に至る複数現象の時系列のつながりに基づいて、転倒を予測することで、予測精度を高めることができる。
【0078】
制御部22は、転倒予測部21によって将来の転倒が予測されると、転倒前に、転倒に対応する転倒準備制御を実行する。制御部22は、エンジンE、ブレーキ6、クラッチ(図示せず)、変速機TM等の1つ又は複数を制御して、車両動作部分の駆動を抑制または停止させる。これにより、転倒後に転倒に対応する制御を実行する場合に比べて、制御開始を早めることができ、制御の応答遅れを抑えることができる。
【0079】
転倒準備制御は、転倒予測に応じて行う転倒前の制御であって、たとえば転倒時の車体4のダメージを抑える制御である。転倒準備制御は、転倒を防止することを目的とするものではなく、転倒に対応することを前提とした制御である。また転倒準備制御は、転倒後に開始するのではなく、転倒前に実行する制御である。たとえば制御部22は、転倒準備制御として、転倒時における車体4の挙動変動または転倒衝撃が小さくなるように転倒前に制御を実行する。例えば、制御部22は、転倒準備制御として、運転操作子の1つであるアクセルグリップの操作量に基づくエンジンEの動作を抑制または無効とする変動抑制制御を実行する。なお、運転操作子として、ブレーキペダル、ブレーキレバーであってもよい。
【0080】
また例えば、転倒準備制御は、電子制御スロットル装置又は電子制御ブレーキの少なくとも1つの変化を小さくする。例えば、変動抑制制御は、エンジンEの出力の増加を禁止する制御でもよい。このようにすれば、転倒過渡期における意図せぬライダー操作や、車体挙動の不所望な変化が防がれ、転倒時における車体4のダメージが抑えられる。このように転倒予測部によって転倒が予測されると、運転者の操作に関わらず、車体挙動の変動を小さくする変動抑制制御を実行してもよい。このように車体変動として、急な姿勢変化や加減速変化を小さくすることで、車体ダメージを抑えることができる。
【0081】
制御部22は、転倒準備制御として、車体4の可動部である後輪3の駆動を抑制又は停止させる制御を実行してもよい。例えば、制御部22は、転倒準備制御として、ブレーキ6を制御して後輪3が制動されるようにしてもよい。なお、前輪2も制動されてもよい。これによれば、転倒過渡期において、車体4の可動部の回転が継続することが防がれ、転倒における車体4のダメージが抑えられる。なお、可動部は、車体の外部に回転部分が露出する部品、具体的には車輪のほか、チェーン、変速装置、ラジエータファン等であってもよい。
【0082】
制御部22は、転倒準備制御として、エンジンEから変速機TMまでの動力伝達経路に介在するクラッチ(図示せず)のアクチュエータ(図示せず)を制御して、当該クラッチを切断してもよい。これにより、転倒過渡期において駆動輪である後輪3に駆動力が伝達されず、自動二輪車1が大きく動くことが防止され、車体4のダメージが抑制される。なお、制御部22は、変速機TM内のドッグクラッチを切断して変速機TMをニュートラルにしてもよい。これによっても車輪、チェーンなどの可動部分が、駆動源の慣性とともに回転し続けることを防ぐことができる。
【0083】
制御部22は、転倒準備制御として、電子制御サスペンション7の減衰力が増加するように制御してもよい。これにより、転倒過渡期において電子制御サスペンション7の変化が小さくなり、自動二輪車1が大きく動くことが防止され、車体4のダメージが抑制される。なお、電子制御サスペンション7がバネ定数を可変な構成であれば、制御部22は、転倒準備制御として、電子制御サスペンション7のバネ定数が増加するように制御してもよい。
【0084】
制御部は、転倒の種類に応じて転倒準備制御の内容を異ならせてもよい。たとえばスリップダウンによる転倒か、ハイサイドによる転倒かを判断して、転倒準備制御を異ならせることで、さらに転倒による車体ダメージを抑えることができる。具体的には、転倒前にサスペンションの減衰力を高めることで、上述したハイサイドによって車両が弾かれる量を抑えて、転倒時のダメージを抑えることができる。また転倒前にサスペンションのバネ定数を小さく、減衰力が減少するように制御することで、上述したスリップダウンによって車体が転倒後に横滑りする場合に障害物に車輪が衝突した場合に車体に生じる衝撃を緩和させることができる。
【0085】
制御部22は、転倒準備制御として、ステアリングダンパ10の減衰力が増加するように制御してもよい。これにより、転倒過渡期においてステアリングダンパ10の変化が小さくなってハンドル9の動きが抑制されるので、転倒過渡期に自動二輪車1が大きく向きを変えることが防止され、車体4のダメージが抑制される。
【0086】
本実施形態では、制御部22が制御するアクチュエータは、転倒制御以外の用途に用いられる車体挙動に影響するアクチュエータを用いて、転倒時の車体ダメージを低減する。これによって転倒制御専用でアクチュエータを設ける場合に比べて、部品を兼用でき、部品点数の低減を図ることができる。
【0087】
転倒準備制御について、車体のダメージ抑制以外を行ってもよい。たとえば制御部22は、転倒予測したことを運転者に報知する報知制御を行ってもよい。具体的には、メータ制御装置60などの表示装置に転倒予測したことを示す情報を表示する。これによって運転者は、転倒予測したことを把握することができる。これによって、運転者は転倒準備制御が実行されたことを把握でき、運転者が感じるフィーリング低下を抑えることができる。また制御部22は、転倒準備制御として、転倒予測したことを示す情報を車体外の外部装置に無線送信してもよい。制御部22は、通信制御装置61を介して、たとえば運転者を識別する運転者識別情報、車体を識別する車種識別情報、位置情報とともに、転倒予測したことを示す情報を外部装置に送信する。これによって修理業者は、外部装置から、車体ダメージの影響を考慮した処置を促す情報を受け取ることができ、車体の修理を速やかに行わせることができる。また転倒予測したことを示す情報を周囲の車両に向けて無線送信してもよい。
【0088】
また本開示は、転倒予測後に制御する制御装置のほか、その制御装置による制御方法や、転倒を予測する転倒予測装置、転倒予測方法も含む。またそれらの方法を実行するためのプログラムや、プログラムが記憶された記憶媒体も本開示に含まれる。
【0089】
また本実施形態ではリーン車両として自動二輪車への適用例を示したが、リーン車両全般に適用することができる。たとえばリーン走行する自転車や三輪車へも適用可能である。また上述したように走行駆動源として、エンジンのほか、モータを用いた電動車や、複数種類の駆動源を有するハイブリッド車であっても同様に適用することができる。また本実施形態では、複数のセンサ、アクチュエータを備える自動二輪車を示したが、それは例示であって、その全ての構成を備えている必要はない。たとえばステアリングダンパや電動クラッチが設けられなくてもよい。またセンサは、車両に後付されたり、運転者が携帯する装置、例えばスマートフォンによって実現されてもよい。また本実施形態では、エンジン制御する制御装置が、転倒のための制御部として機能するとしたが、転倒制御を行う制御部は、エンジン制御装置以外の制御装置であってもよい。また複数の制御装置によって実現されてもよい。
【符号の説明】
【0090】
1 自動二輪車(リーン車両)
3 後輪(駆動輪)
4 車体
7 電子制御サスペンション
8 操舵軸
10 ステアリングダンパ
20 制御装置
21 転倒予測部
22 制御部
E エンジン(可動部)
図1
図2
図3