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特許7169336準安定のβチタン合金、この合金を基にした時計ぜんまい、およびその製造のための方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-01
(45)【発行日】2022-11-10
(54)【発明の名称】準安定のβチタン合金、この合金を基にした時計ぜんまい、およびその製造のための方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 14/00 20060101AFI20221102BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20221102BHJP
   C01B 33/06 20060101ALI20221102BHJP
   C01G 23/00 20060101ALI20221102BHJP
   G04B 1/14 20060101ALI20221102BHJP
   G04B 17/06 20060101ALI20221102BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20221102BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20221102BHJP
【FI】
C22C14/00 Z
C22F1/18 H
C01B33/06
C01G23/00 C
C01G23/00 Z
G04B1/14
G04B17/06 Z
C22C30/00
C22F1/18 Z
C22F1/00 602
C22F1/00 613
C22F1/00 630F
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 625
C22F1/00 604
C22F1/00 630A
C22F1/00 650E
C22F1/00 673
C22F1/00 686A
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【請求項の数】 20
(21)【出願番号】P 2020501590
(86)(22)【出願日】2018-03-14
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-05-28
(86)【国際出願番号】 EP2018056440
(87)【国際公開番号】W WO2018172164
(87)【国際公開日】2018-09-27
【審査請求日】2021-01-05
(31)【優先権主張番号】1752503
(32)【優先日】2017-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】520328017
【氏名又は名称】エスアーエス イノ テック コンセイユ
【氏名又は名称原語表記】SAS INNO TECH CONSEILS
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100090251
【氏名又は名称】森田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】ラウルト,パスカル
(72)【発明者】
【氏名】シャルボニエ,ピエール
(72)【発明者】
【氏名】ペルチエ,ローラン
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-170304(JP,A)
【文献】Bulk and porous metastable beta Ti-Nb-Zr(Ta) alloys for biomedical applications,Materials Science Engineering C,2011年01月
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 14/00
C22F 1/18
C01B 33/06
C01G 23/00
G04B 1/14
G04B 17/06
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量パーセントとして、24~45重量%のニオブ、0~20重量%のジルコニウム、0~10重量%のタンタル、および/もしくは0~1.5重量%のケイ素、および/もしくは2重量%未満の酸素を含むまたはそれらから成る準安定のβチタン合金であって、前記合金は、
・オーステナイト相およびアルファ相の混合物と、
・体積濃度が10%未満であるオメガ相の析出物の存在と、を含む結晶構造を有し、かつ前記合金は、前記アルファ相が1~40%の体積濃度を有することを特徴とする、準安定のβチタン合金。
【請求項2】
前記アルファ相および前記オメガ相は、オーステナイト粒により構成された母相内に析出物の形態で存在することを特徴とする、請求項1に記載の合金。
【請求項3】
粒サイズが1μm未満である、請求項1または2のいずれか一項に記載の合金。
【請求項4】
・アルファ相の析出物のサイズが500nm未満であり、かつ
・オメガ相の析出物のサイズが100nm未満である、
請求項1から3のいずれか一項に記載の合金。
【請求項5】
準安定のβチタン合金から製造される時計ぜんまいであって、前記準安定のβチタン合金が、重量パーセントとして、24~45重量%のニオブ、0~20重量%のジルコニウム、0~10重量%のタンタルおよび/または0~1.5重量%のケイ素および/または2%未満の酸素を含み、前記合金が、
・オーステナイト相およびアルファ相の混合物と、
・体積濃度が10%未満であるオメガ相の析出物の存在と、を含む結晶構造を有することを特徴とする、時計ぜんまい。
【請求項6】
前記準安定のβチタン合金の前記アルファ相が、1~40%である体積濃度を有することを特徴とする、請求項5に記載の時計ぜんまい。
【請求項7】
請求項2~4のいずれか一項に記載の準安定のβチタン合金から製造される時計ぜんまい。
【請求項8】
前記ぜんまいがひげぜんまいである、請求項5から7のいずれか一項に記載のぜんまい。
【請求項9】
前記ぜんまいが主ぜんまいである、請求項5から7のいずれか一項に記載のぜんまい。
【請求項10】
天輪およびひげぜんまいの組合せであって、
・請求項8に記載の前記ひげぜんまいと、
・準安定のβチタン合金製の天輪と、を備え、前記準安定のβチタン合金は、重量パーセントとして、24~45重量%のニオブ、0~20重量%のジルコニウム、0~10重量%のタンタルおよび/または0~1.5重量%のケイ素および/または2重量%未満の酸素を含み、前記合金は、
・オーステナイト相およびアルファ相の混合物と、
・体積濃度が10%未満であるオメガ相の析出物の存在と、を含む結晶構造を有することを特徴とする、天輪およびひげぜんまいの組合せ。
【請求項11】
前記準安定のβチタン合金は、前記アルファ相が1~40%の体積濃度を有することを特徴とする、請求項10に記載の天輪およびひげぜんまいの組合せ。
【請求項12】
・請求項8に記載の前記ひげぜんまいと、
・請求項2~4のいずれか一項に記載の準安定のβチタン合金製である天輪と、
を備える、天輪およびひげぜんまいの組合せ。
【請求項13】
ぜんまいと香箱の組合せであって、
・請求項9に記載の前記主ぜんまいと、
・準安定のβチタン合金製である香箱と、を備え、前記準安定のβチタン合金は、重量パーセントとして、24~45重量%のニオブ、0~20重量%のジルコニウム、0~10重量%のタンタルおよび/または0~1.5重量%のケイ素および/または2重量%未満の酸素を含み、前記合金は
・オーステナイト相およびアルファ相の混合物と、
・体積濃度が10%未満であるオメガ相の析出物の存在と、を含む結晶構造を有することを特徴とする、ぜんまいと香箱の組合せ。
【請求項14】
前記準安定のβチタン合金は、前記アルファ相が1~40%の体積濃度を有することを特徴とする、請求項13に記載のぜんまいと香箱の組合せ。
【請求項15】
・請求項9に記載の前記主ぜんまいと、
・請求項2~4のいずれか一項に記載の準安定のβチタン合金製である香箱と、
を備えるぜんまいと香箱の組合せ。
【請求項16】
請求項5~9のいずれか一項に記載の時計ぜんまいの製造のための方法であって、前記方法は、
・50%以上の加工硬化率での前記合金の加工硬化と、
・前記加工硬化された合金を基に前記ぜんまいを形成することと、
・2~30分の時間にわたる、300℃~600℃の温度での、前記形成された合金の熱処理と、を含み、
前記方法は、
前記加工硬化工程が、
・前記合金の加工硬化に使用される成形工具へと前記合金を投入し、前記加工硬化のために使用される前記成形工具へと投入される際に前記合金は500℃未満の温度を有することと、
・150℃~500℃の温度にて、前記合金を加工硬化するために使用される前記成形工具を加熱することと、を含むことを特徴とする方法。
【請求項17】
前記ぜんまいを形成することが、
・50%以下である前記合金の断面減少率にて前記合金を冷間圧延することと、
・前記圧延された合金の巻取りと、
・300℃~900℃の温度での熱処理と、を含む、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
加工硬化のための調製工程を含み、前記加工硬化のための調製工程は、
成膜温度まで前記合金を加熱することと、
・前記合金の表面上にグラファイトを基材とした成膜を行うことと、
・100℃~500℃の温度で前記合金を乾燥することと、を含む、請求項16または17に記載の方法。
【請求項19】
前記成膜の温度が100℃~500℃である、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記加工硬化は伸線(wire drawing)により実施される、請求項16から19のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、準安定のβチタン合金および時計ぜんまいとしてのその使用に関する。
【0002】
本発明はまた、準安定のβチタン合金を基に製造された時計ぜんまいを組み込むための方法にも関する。
【0003】
とりわけ本発明は、ひげぜんまいおよび主ぜんまいとしての、準安定のβチタン合金の特定の使用に関する。
【背景技術】
【0004】
時計ぜんまいの製造に使用される材料は機械式腕時計の基本要素であり、かつ、ぜんまいの機能によって変化する特定の性質が必要である。
【0005】
天輪およびひげぜんまいの組合せは腕時計を左右する要素であり、自然振動数によってテンプ部分まわりを振動させることでこの組合せはトルクを出力する。可能な限りほぼ調整することなく腕時計が進むよう、ひげぜんまいはできる限り一定なトルクを出力すること、および可能な限りほとんど変位しない自然振動数を有することが必要となる。ひげぜんまいはそのトルクを復元することにより特徴づけられるが、この復元はひげぜんまいの弾性の限界に正比例するものである。
【0006】
結果、ひげぜんまいの性能向上のためには、トルクの変動および自然振動数因子の影響を制限することが必要である。これらの因子は主に、物理的環境因子(特に温度および磁場)の影響と関係する。さらに、温度の影響下での機械的特性という点における膨張および変形の影響、ならびに磁場の影響下での金属材料の磁歪といった影響により、ひげぜんまいの機械的特徴は変化する。
【0007】
香箱と主ぜんまいの組合せは、腕時計にエネルギーを供給することを意図する要素である。可能な限り最大限一定量のエネルギーを供給するためには、主ぜんまいは可能な限り一定のトルクを有さなくてはならず、かつ可能な限り最大限の量である潜在的に復元できるエネルギーを蓄えることが可能でなくてはならない。主ぜんまいはその弾性ポテンシャルにより特徴づけられるが、この弾性ポテンシャルは主ぜんまいの弾性限界および弾性率と正比例するものである。
【0008】
結果、ひげぜんまい用に求められる特性とは別にして、主ぜんまいの性能の向上は、可能な限り最高の弾性限界を有する材料の使用に左右される。
【0009】
別の重要な基準は、こうしたぜんまいを製造する方法の基準である。実際には、ぜんまいは可能な限り最小のサイズを有さなければならず、かつそれゆえにぜんまいの形成時、高度に小型化することが主題となる。こうした小型化を構成するために使用される方法は、材料の機械的特性を減少させること、または部品のサイズに関してのふぞろいさ、もしくは部品表面の状態の質を低下させることのいずれかにより達成されることがあってはならない。
【0010】
ひげぜんまいについては、ニッケル-鉄合金が先行技術から知られており、「エリンバ」合金として当業者にも既知である。この型の合金はひげぜんまいの製造のため今日でも主に使用され続けており、特に、NivaroxおよびNispanの商品名で販売されているこの型の合金が使用されている。同様の組成を有する同型の他の合金もまた使用されており、これらはMetalinvarおよびIsovalの商品名で販売されている。こうした合金の主な限界のうちの1つは、磁場に対し高い感度を有するという事実と関連している。結果、こうした材料を基にした時計ぜんまいのトルクおよび自然振動数は、磁気変動の存在下で大幅に変動し得る。
【0011】
主ぜんまいについては、Nivaflexとして知られ最も一般的に普及している市販の合金の1つを含む、コバルト-ニッケル-クロム合金が先行技術から知られている。この型の合金は、比較的高弾性率を有することが分かっている。実際には、こうしたぜんまいが作用するだけの貯蔵力は中程度のものである。
【0012】
チタン合金を使用する標準的な形成方法は、最新技術としても知られている。とは言え、こうした合金の機械的および摩擦学的特性を考慮すると、合金の形成および特にその小型化は特に難しいものであり、また制限されるものである。
【0013】
本発明の目的は、
・準安定のβチタン合金、および少なくとも部分的に、上述の欠点を克服することを可能にするこうした合金を基にした時計ぜんまいを形成するための方法、および/または
・超弾性挙動を有する合金および/または、
・低ヤング率を有する合金および/または、
・ごくわずかな磁化率を有する合金および/または、
・温度変化に対してごくわずかな感度を有する弾性率の合金を提案するものである。
【発明の開示】
【0014】
このため本発明の第1の態様によれば、準安定のβチタン合金は、重量パーセントとして、24~45重量%のニオブ、0~20重量%のジルコニウム、0~10重量%のタンタル、および/または0~1.5重量%のケイ素および/または2重量%未満の酸素を含むことが提案される。
【0015】
本発明によれば、準安定のβチタン合金は、
・オーステナイト相およびアルファ相の混合物と、
・体積濃度が10%未満であるオメガ相の析出物の存在と、を含む、結晶構造を有する。
【0016】
本発明によれば、準安定のβチタン合金は、重量パーセントとして、24~45重量%のニオブ、0~20重量%のジルコニウム、0~10重量%のタンタル、および/または0~1.5重量%のケイ素および/または2重量%未満の酸素で構成することができ、本合金は、
・オーステナイト相およびアルファ相の混合物と、
・体積濃度が10%未満であるオメガ相の析出物の存在と、を含む、結晶構造を有する。
【0017】
これ以後の記載では、単独で使用される用語「合金」は、本発明による準安定のβチタン合金を意味するために使用される。
【0018】
合金元素の重量パーセント範囲の境界は、当該範囲の中に含まれる。
【0019】
合金は、水素、モリブデンおよびバナジウムから1つ以上の元素を含み得る。
【0020】
合金は、マンガン、鉄、クロム、ニッケルおよび銅から1つ以上の元素を含み得る。
【0021】
合金はスズを含み得る。
【0022】
合金は、アルミニウム、炭素および窒素から1つ以上の元素を含み得る。
【0023】
合金は、水素、モリブデン、バナジウム、マンガン、鉄、クロム、ニッケル、銅、スズ、アルミニウム、炭素および窒素から1つ以上の元素を含み得る。
【0024】
合金は、10%未満、好ましくは8%未満、より好ましくは6%未満、さらにより好ましくは5%未満、なおいっそうより好ましくは3%未満の、1つまたは複数の非金属元素を含み得る。
【0025】
有利には、合金はチタンおよびニオブのみを含む。
【0026】
有利には、合金はチタンおよび35~45%のニオブとを含む。
【0027】
有利には、合金はチタンおよび40.5%のニオブとを含む。
【0028】
当該合金中にオーステナイト相が存在することで、前記合金において超弾性特性が付与される。当業者によれば、オーステナイト相はまた、ベータ相を意味する。
【0029】
超弾性特性は、安定して回復可能なひずみおよび高い弾性限界を含む。
【0030】
合金中にアルファ相が存在することで、当該合金を強固にすることができる。
【0031】
合金中にオメガ相が存在することで、当該合金を強固にすることができる。
【0032】
オーステナイト相とアルファ相の混合物により、合金は低い弾性率、および温度変化に対するごくわずかな感度の弾性率を有することが可能となる。
【0033】
合金内にオメガ相の析出物が存在することにより、析出物がしきい値量より低い場合には合金の機械的特性に悪影響を及ぼすことがない。
【0034】
合金内のオメガ相の析出物の量は、合金が低い弾性率を維持するためには、10%のしきい値未満でなければならない。
【0035】
オメガ相の析出物の体積濃度は、5%未満、好ましくは2%未満、より好ましくは1%未満であり得る。
【0036】
有利には、重量パーセントとして、50重量%以上、好ましくは60重量%以上、より好ましくは70重量%以上、さらにより好ましくは80重量%以上、なおいっそうより好ましくは90重量%以上である、準安定のβチタン合金は、24~45重量%のニオブおよび0~20重量%のジルコニウム、および/または0~10重量%のタンタル、および/または0~1.5重量%のケイ素、および/または2重量%未満の酸素で構成することができ、かつ準安定のβチタン合金は、
・オーステナイト相とアルファ相の混合物と、
・体積濃度が10%未満であるオメガ相の析出物の存在と、を含む、結晶構造を有する。
【0037】
準安定のβチタン合金は、チタンおよびニオブ、および/またはジルコニウムおよび/またはタンタル、および/またはケイ素および/または酸素で構成することができる。
【0038】
準安定のβチタン合金は、チタンおよびニオブで構成することができる。
【0039】
合金のアルファ相は、1~40%、好ましくは2~35%、好ましくは5~30%の体積濃度を有し得る。
【0040】
5~30%の体積濃度であるアルファ相の存在により、合金は最適な機械的特性を有し得る。
【0041】
1~40%のアルファ相の体積濃度の存在により、比較的低い弾性率を維持することが可能となる。
【0042】
有利には、アルファ相およびオメガ相は、オーステナイト粒により構成された母相内に析出物の形態で存在する。
【0043】
オーステナイト粒により構成された母相内にアルファ相の析出物が存在することで、合金を強固にすることが可能となる。
【0044】
オメガ相の析出物の存在は、アルファ相の析出物が出現し始めるためには必要である。
【0045】
合金の粒サイズは1μm未満であり得る。
【0046】
1μm未満のサイズの粒を含む合金は、増加した弾性ひずみ限界を有する。
【0047】
合金の粒は、好ましくは等軸であり得る。
【0048】
有利には、合金の粒サイズは500nm未満である。
【0049】
500nm未満の合金の粒サイズにより、合金の弾性限界を向上させることが可能である。
【0050】
合金は、
・サイズが500nm未満であるアルファ相の析出物と、
・サイズが100nm未満であるオメガ相の析出物と、を含み得る。
【0051】
有利には、アルファ相の析出物のサイズは300nm未満であり、好ましくは200nm未満であり、より好ましくは150nm未満である。
【0052】
有利には、オメガ相の析出物のサイズは50nm未満であり、好ましくは30nm未満である。
【0053】
ベータ母相中にオメガ相が最初に存在することにより、オーステナイト粒間に当該アルファ相の析出物がより良く分布することが可能となる。
【0054】
アルファ相の析出物がオーステナイト粒中により良く分布することで、合金の機械的特性を向上することができる。
【0055】
オメガ相および/またはアルファ相は、オーステナイト相とは異なる結晶構造を有する。
【0056】
アルファ相は材料を強固にすることが可能である。そのため合金の機械的強度を向上することが可能となる。
【0057】
合金は、-10℃~55℃の温度範囲にわたって一定の弾性率を有する。
【0058】
合金はごくわずかな磁化率を有する。
【0059】
合金は、-70℃~210℃の温度範囲にわたって、80GPa(ギガパスカル)未満のヤング率を有する。
【0060】
合金は、1500MPaである最大破断強度および55℃より低い温度に対して、2%以上である可逆的ひずみを有する。
【0061】
本発明の第2の態様によれば、本発明の第1の態様による準安定のβチタン合金から製造される時計ぜんまいが提案される。
【0062】
これ以後の記載では、単独で使用される用語「ぜんまい」は、本発明による時計ぜんまいを意味するように使用される。
【0063】
ぜんまいトルクとは、ぜんまいの復元トルクを意味する。
【0064】
合金の超弾性特性は、より一定のトルクをぜんまいに与える。
【0065】
合金が近傍の磁場に曝露された場合、合金のわずかな磁化率により、ぜんまいのトルクおよび自然振動数を安定状態に維持することができる。
【0066】
温度に対する合金の感度がわずかであることにより、-10~55℃の温度範囲内ではぜんまいのトルクを一定に維持することができる。
【0067】
合金のヤング率が低く、かつ質量密度が低いことから、ぜんまいは、現在使用されている合金の弾性エネルギーと比べ、大きく潜在的に復元可能である弾性エネルギーを有し得る。
【0068】
本発明の第2の態様の実施形態によれば、ぜんまいはひげぜんまいである。
【0069】
本発明の第2の態様の別の実施形態によれば、ぜんまいは主ぜんまいである。
【0070】
本発明の第3の態様によれば、
・本発明の第2の態様によるひげぜんまいと、
・本発明の第1の態様による準安定のβチタン合金の天輪と、を備える天輪およびひげぜんまいの組合せが提案される。
【0071】
本発明の第4の態様によれば、
・本発明の第2の態様による主ぜんまいと、
・本発明の第1の態様による準安定のβチタン合金の香箱と、を備えるぜんまいと香箱との組合せが提案される。
【0072】
本発明の第5の態様によれば、本発明の第2の態様による時計ぜんまい製造のための方法が提案される。当該方法は、
・50%以上の加工硬化率にて合金を加工硬化することと、
・加工硬化された合金を基にぜんまいを形成することと、
・2~30分の時間にわたり、300℃~600℃の温度にて形成された合金を熱処理することと、を含む。
【0073】
本発明によれば、加工硬化工程は、
・当該合金の加工硬化に使用される成形工具へ合金を投入し、当該合金は、加工硬化のために使用される成形工具へと投入される際に500℃未満の温度を有していることと、
・当該合金を加工硬化するために使用される成形工具を、150℃~500℃の温度にて加熱することと、を含む。
【0074】
有利には、加工硬化率は100%以上である。
【0075】
有利には、形成された合金の熱処理は、350℃~550℃の温度にて実施される。
【0076】
有利には、形成された合金の熱処理は5~20分に含まれる期間にわたって実施される。
【0077】
有利には、当該合金を加工硬化するために使用される成形工具は200℃~450℃の温度に加熱される。
【0078】
有利には、合金は、温度が450℃未満である当該合金を加工硬化するために使用される成形工具に投入される。
【0079】
有利には、合金は、250℃~400℃の温度の当該合金を加工硬化するために使用される成形工具に投入される。
【0080】
加工硬化工程は、形成工程前に少なくとも2回繰り返され得る。
【0081】
合金の加工硬化率は、一方の繰返しから別の繰返しまでに低減し得る。
【0082】
加工硬化工程の繰返しは、合金が、当該合金を連続的に数回加工硬化するために使用される工具を通過することであると定義され得る。
【0083】
加工硬化工程の繰返しは、合金が、当該合金を続けて数回加工硬化するために使用される工具を通過することであると定義され得る。
【0084】
該方法による加工硬化のための温度範囲は、150℃~500℃の温度であるが、この温度により、工具を合金が通過する際にかかる力を低減することができる。
【0085】
発明者は、該方法による加工硬化のための温度範囲は150℃~500℃の温度であるが、この温度により、効果的な加工硬化を依然として保ちつつも、複数の相の全体的な析出を抑制できることを見いだした。
【0086】
発明者は、150℃~500℃の温度範囲で加工硬化を実施することにより、加工硬化後の熱処理工程中、アルファおよびオメガ相の析出を加速させ得ることを見いだした。
【0087】
当業者は、材料を加工硬化するために使用されるものであり、材料投入の際に低温状態である成形工具中へ、高温で加工硬化され得る材料を投入することを理解している。
【0088】
発明者は、(i)加工硬化に使用されるための成形工具へ合金が投入される際に合金が500℃未満の温度を有する場合、かつ(ii)成形工具が加熱されていると、加工硬化工程中の合金の破断が実質的に低減されることを見いだした。
【0089】
発明者は、(i)加工硬化に使用されるための成形工具へ合金が投入される際に合金が500℃未満の温度を有する場合、かつ(ii)成形工具が加熱されると、合金の加工硬化率を実質的に増加させることができることを見いだした。
【0090】
300℃~600℃に含まれ、熱処理工程中に使用される温度範囲により、極小サイズのアルファ相粒が再結晶可能となる。典型的には、再結晶化アルファ相粒のサイズは500nm未満であり得、好ましくは300nm未満であり得る。
【0091】
熱処理工程中に使用され、(i)300℃~600℃、好ましくは(ii)350℃~550℃の温度範囲により、(i)200nm未満、(ii)150nm未満である、再結晶化アルファ相粒サイズを得ることができる。
【0092】
熱処理により、オーステナイト粒により構成される母相内に、アルファ粒の形態でアルファ相が析出することもまた可能となる。
【0093】
熱処理中のアルファ相の析出は、オメガ相の存在により開始される。
【0094】
加工硬化の工程(i)および熱処理の工程(ii)の実施という要因を組み合わせることで、最小限のオメガ相粒が存在できるようになる。
【0095】
加工硬化の工程(i)および熱処理の工程(ii)の実施という要因を組み合わせることで、アルファ相粒は最適の比率で存在可能となる。
【0096】
加工硬化の工程(i)および熱処理の工程(ii)の実施という要因を組み合わせることで、オーステナイト粒の母相内でアルファ相粒およびオメガ相粒が最適に分布することが可能となる。
【0097】
加工硬化の工程(i)および熱処理の工程(ii)の実施という要因を組み合わせることで、最適の粒サイズを得ることができる。
【0098】
合金の超変形および熱処理を組み合わせることで、合金の破断強度および可逆的ひずみを向上させることができる。
【0099】
ぜんまいを形成することは、
・50%以下である合金の断面減少率での合金の冷間圧延と、
・当該圧延した合金の巻取りと、
・300℃~900℃の温度での熱処理と、を含む。
【0100】
合金の断面減少率は、8~25%で構成され得る。
【0101】
形成工程との関係において熱処理の実施は、とりわけ、ぜんまいの形状を規定するという効果を有する。
【0102】
熱処理の温度は、300℃~600℃で構成され得、好ましくは350℃~500℃で構成され得る。
【0103】
方法は加工硬化用の調製工程を含み、この加工硬化用の調製工程は、
成膜温度まで合金を加熱することと、
・合金表面上でのグラファイトを基材とした成膜と、
・100℃~500℃の温度で合金を乾燥することと、を含む。
【0104】
有利には、合金の乾燥工程は250℃~400℃の温度で実施される。
【0105】
加工硬化される材料は液状潤滑油を用いて滑らかになるが、当該潤滑油は加工硬化される当該材料によって、当該材料の加工硬化に使用するための工具中へと飛沫同伴されることを、当業者は理解している。
【0106】
調製工程により、加工硬化中、合金は、合金を加工硬化するために使用する工具から生じる圧力に耐えることができる。この圧力は、当業者にとって既知である加工硬化方法により加工硬化された場合に耐え得るであろう圧力を超えるものである。
【0107】
加工硬化用の調製工程は、材料を加工硬化するために使用される工具を潤滑するという、当業者に既知である工程に追加され得る。
【0108】
加工硬化の調製工程は、材料を加工硬化するために使用される工具を潤滑するという、当業者に既知である工程と置換され得る。
【0109】
加工硬化の調製工程により、加工硬化後に得られる合金の表面状態を実質的に改善することが可能となる。
【0110】
成膜の温度は、100℃~500℃であり得る。
【0111】
有利には、成膜の温度は250℃~400℃である。
【0112】
グラファイトの成膜は、液相にて実施され得る。
【0113】
グラファイトの成膜は、
・懸濁状態のグラファイトを含む水溶液中に合金を浸漬すること、または
・当該合金上に、当該水溶液をフローコーティングもしくはスプレーすることにより実施され得る。
【0114】
成膜はまた、とりわけ化学気相成膜または物理気相成膜などの真空成膜プロセスにより実施され得る。
【0115】
本発明によれば、加工硬化は伸線(wire drawing)により実施され得る。
【0116】
伸線中使用される、150℃~500℃の温度範囲により、典型的には100μm未満の径を有する、ワイヤの破断という危険を大幅に制限する小径のワイヤ形態へと合金を形成することが可能となる。
【0117】
本発明によれば、ダイを用いたワイヤの連続通過は、好ましくは常に同じ方向で行われる。
【0118】
該ぜんまい製造の方法により、1マイクロメートル以内という規則性および正確性、ならびに測時学的な用途に適合する表面状態を得ることができる。
【0119】
本発明の第6の態様によれば、
・当該材料を加工硬化するために使用される成形工具へと材料を投入することであり、加工硬化に使用される成形工具へ材料を投入する際、当該材料は500℃未満の温度を有するものであることと、
・当該材料を加工硬化するために使用される成形工具を、250℃より高い温度まで加熱することと、を含む、材料を加工硬化するための方法が提案される。
【0120】
加工硬化される材料は、合金であり得る。
【0121】
有利には、材料は、材料を加工硬化するために使用される成形工具へと350℃未満の温度で投入される。
【0122】
有利には、材料は、材料を加工硬化するために使用される成形工具へと150℃未満の温度で投入される。
【0123】
有利には、材料は、材料を加工硬化するために使用される成形工具へと周囲温度で投入される。
【0124】
周囲温度とは、方法が実施される環境の温度を意味する。
【0125】
有利には、材料は、事前に材料を加熱する工程が欠如した状態で、材料を加工硬化するために使用される成形工具へと投入される。
【0126】
加工硬化方法は加工硬化用の調製工程を含み得、該加工硬化用の調製工程は、
・材料を成膜温度へと加熱することと、
・材料表面上にグラファイトを成膜することと、
・100℃より高い乾燥温度で材料を乾燥することと、を含む。
【0127】
有利には、乾燥温度は250℃よりも高い。
【0128】
成膜の温度は、100℃よりも高くすることができる。
有利には、成膜温度は250℃よりも高い。
【0129】
グラファイトの成膜は、液相にて実施され得る。
【0130】
グラファイトの成膜は、
・懸濁状態のグラファイトを含む溶液に材料を浸漬すること、
・または当該材料上に当該溶液をフローコーティングまたはスプレーすることにより実施され得る。
【0131】
成膜はまた、とりわけ化学気相成膜または物理気相成膜などの真空成膜プロセスにより実施され得る。
【0132】
本発明の他の利点および特徴は、まったく限定的ではない実施形態および態様の理解について、詳細な説明を読むことおよび以下の図から明らかとなる。
【図面の簡単な説明】
【0133】
図1は、本発明による伸線工程E1を事前に行った、本発明による合金A1のディフラクトグラム、および本発明による熱処理工程T1を事前に行った、合金A1に対応する合金A2のディフラクトグラムである。
図2は、原子間力顕微鏡(AFM)により得られる合金A2の画像である。
図3図4および図5は、透過型電子顕微鏡(TEM)およびX線回折により得られる合金A2の画像である。
図6は、合金A2の線膨張係数およびNispan Cの商品名で販売され、主にひげぜんまいの製造に使用される合金の線膨張係数である。
図7は、Nivaflexの商品名で販売され、主に主ぜんまいの製造に使用される合金の応力-ひずみ曲線、および合金A2の応力-ひずみ曲線である。
図8は、合金A2の温度の関数としての、弾性率および破断強度である。
図9は、延伸された長さの関数として本発明による方法E1により得られる、合金A2製のワイヤ径である。
図10は、合金Nispan Cおよび合金A2上で実施される磁気測定値である。
【発明を実施するための形態】
【0134】
以下に記載される実施形態は決して限定的なものではないため、この特徴の選択が先行技術水準に対し、技術的な利点を与えるまたは本発明を差別化するのに十分なものである場合、(この選択が別の特徴を含む語句の範囲内とは異なるものだとしても)記載された他の特徴とは異なり、記載された特徴の選択のみを含む本発明の変形が考えられ得る。本選択は、好ましくは機能的で構造的な詳細がない特徴もしくは単独で先行技術水準に関して技術的な利点を与える、または本発明を差別化するのに十分であるならば、一部のみ構造的な詳細がある特徴のうち少なくとも1つを含む。
【0135】
本発明による時計ぜんまいの実施形態を以下に記載する。時計ぜんまいは、重量パーセントとして40.5%のニオブを含む、準安定のβチタン合金製の2~3mm径のワイヤから得られる。
【0136】
ぜんまい製造のための方法は、350℃の温度までワイヤを加熱し、続いて懸濁状態のグラファイトを含む水溶液中にワイヤを浸漬することを含む。続いてワイヤを5~30秒間、400℃の温度で乾燥させる。次に、400℃の温度の炭化タングステンのダイまたはダイヤモンドのダイを介してワイヤを延伸する。ワイヤは加熱されることなくダイの中へ投入される。ワイヤを数回ダイに通過させる。通過するごとに、加えられるひずみは徐々に減少し、ワイヤ断面の変化分については25~8%にわたり変化する。ワイヤ断面が2~1mmである場合、ワイヤの断面減少率は通過のたびに15%であり、ワイヤ断面が1~0.5mmである場合、ワイヤの断面減少率は通過のたびに10%であり、およびワイヤ断面が0.5mm未満である場合、ワイヤの断面減少率は通過のたびに8%である。ワイヤは常に同じ方向に延伸される。上記の一連の工程は伸線工程E1を構成しており、かつ工程E1を事前に行った実施形態による合金はA1で表される。
【0137】
次にワイヤは冷間圧延され、矩形状断面を有する弾力性のある金属リボンを得るよう、加えられる断面減少は10%である。
【0138】
次にリボンは15回転から成るアルキメデス螺旋を形成するよう、マンドレル上に巻き付けられる。
【0139】
続いてリボンは固定化され、次に475℃の温度で600秒間熱処理される。熱処理工程は、T1で表される工程を構成する。合金A2は、続いて工程T1を事前に行った合金A1に対応する。
【0140】
図1を参照すると、ディフラクトグラムA1およびA2は、本発明による合金の結晶構造における熱処理工程T1の影響を示す。ディフラクトグラムA1は、β(オーステナイト)相のピーク特性のみを示す。T1工程の後、A2のディフラクトグラムは、βおよびα相のピーク特性を示す。ピークベースの大きな幅は、合金に大幅な加工硬化が存在することを意味する。
【0141】
発明者は、合金A1の加工硬化にとって最適な温度範囲は、200℃~450℃であることに言及した。これは合金A1にとって、(i)複数の相が全体的に析出することがなく、かつ(ii)効果的である合金の加工硬化が存在するということである。
【0142】
発明者はまた、合金A1のアルファ相の最適な体積濃度範囲を言及した。この範囲は、5~30%のアルファ相の体積濃度に対応しており、これにより、工程E1およびT1の実施後に(i)超弾性特性を得ることと、(ii)合金の機械的強度を増加させることと、(iii)低弾性率を有することと、(iv)温度変化に対しては弾性率の感度をわずかにし得ることとが可能となる。
【0143】
図2を参照すると、285μm径の合金ワイヤA2の微細構造のAFM画像を見ることができる。図2は、再結晶され等軸であり、そのサイズが150~200nmである粒の存在を示す。発明者は、上記の状況(すなわち、適切な温度であり、かつ短時間である)の下で熱処理が実施された場合、非常に小径である粒(典型的には150nm未満である粒)の再結晶が可能となることに言及した。
【0144】
図3図4および図5を参照すると、285μm径である合金ワイヤA2の微細構造のTEM画像が示される。図3は、ベータ相粒の母相内にアルファ相粒1が存在することを示す。これらのアルファ相粒1は、β相粒内で、100~200nmの等軸な粒の形態で存在する。本発明による方法の条件下では、アルファ相粒1はほとんど存在せず、かつβ相粒の間に均一に分散している。発明者は、熱処理によりアルファ相が析出することと、β相の析出物内にアルファ相が均一に発生することが可能であることに言及した。これらのアルファ相粒1は、平均150nm未満のサイズを有する。図3の上部右に配置されている挿入図I1内に、選択された領域の電子回折図が示される。ベータ相粒の回折は環を形成する傾向があることを見ることができるが、これはベータ相粒の結晶方位のランダム化を示している。ベータ相粒の結晶方位のランダム化は、工程T1により引き起こされた再結晶を立証するものである。
【0145】
図4は、ベータ相粒の母相内にオメガ相粒2が存在することを立証するものである。これらのオメガ相粒2は、平均50nm未満のサイズを有する。本発明による方法の条件下では、オメガ相粒は合金の機械的特性を損なうものではあるが、アルファ相粒の析出を開始するためには必要なものであり、この粒は、(i)ベータ相粒内に分散し、(ii)典型的には5%未満である、低い体積濃度を有し、および(iii)低い平均粒サイズを有する。
【0146】
図5は、アルファ、ベータ、オメガ相が合金A2中に共存することを立証する。図3の上部右に配置されている挿入図I1内に、選択された領域の電子回折図が示される。ディフラクトグラムは、ベータ相粒の母相内にアルファ相粒およびオメガ相粒が存在することを示している。
【0147】
発明者は、オメガ相粒の存在によりアルファ相粒の析出が開始されることに言及した。
【0148】
加えて、工程T1中のオメガおよびアルファ相の析出は、工程E1において、温められた状態で伸線をする間の加工硬化という先行工程により加速される。
【0149】
図6を参照すると、合金A2およびNispanの商品名で販売される合金の線膨張係数の漸次的な変化が示される。曲線3は、合金A2の膨張の漸次的な変化を温度の関数として示し、曲線4は、Nispanの膨張係数の漸次的な変化を温度の関数として示している。合金A2に対する線膨張係数の値は9.10-6であり、Nispanに対する線膨張係数の値は8.10-6である。材料の膨張係数の値は、材料の収縮作用および膨張作用による、ぜんまいの寸法に対する温度の影響を反映している。したがって、材料の膨張係数の値はぜんまいの機械的特性に対する温度の影響を反映しており、それゆえにこの材料で構成されたぜんまいにより出力されるトルクに対する温度の影響を反映している。ここで、合金A2の係数は低く、Nispanの係数と同じであったことが留意される。
【0150】
図7を参照すると、Nivaflexの商品名で販売される合金(5)および合金A2(6)の応力-ひずみ曲線5、6が示されている。合金A2の破断強度は1000MPaでNivaflexの破断強度は2000MPaであり、合金A2の弾性率は40GPaでNivaflexの弾性率は270GPaであり、合金A2の回復可能ひずみは3%でNivaflexの回復可能ひずみは0.7%である。解放時の応力-ひずみ曲線の下の領域により、潜在的に復元できる弾性エネルギーを計算することが可能となる。Nivaflexの弾性エネルギーは10Kj/mmであり、合金A2の弾性エネルギーは16Kj/mmである。この特性は、合金A2製の主ぜんまいによって、Nivaflex製の主ぜんまいよりも大量のエネルギーが蓄積され得ることを示す。
【0151】
図8を参照すると、合金A2の弾性率および弾性強度は温度の関数として示される。弾性率は200~-50℃ではほぼ一定であり、200℃の温度では値は54GPaであるが、-50℃の温度では値は53GPaにまで低減する。この特性は、合金A2製のぜんまいトルクが、200~-50℃の温度範囲にわたり高い安定性を有することを示す。破断強度は、200℃の温度では値は約800MPaであるが、-50℃の温度では値は1350MPaにまで増加する。
【0152】
図9を参照すると、合金ワイヤA2径の漸次的な変化は延伸されたワイヤ長さの関数として示される。85ミクロンの最終径および15mの延伸長さを有するワイヤにとって、ワイヤの全体長さにわたる径の最大変化分は0.1~0.2μmであることが留意される。
【0153】
本発明による伸線方法で得られたワイヤの規則性および表面状態は、測時学的用途にとって期待される要件と適合する。
【0154】
図10を参照すると、印加された磁場の関数として、Nispan(6、7、8)および合金A2(9、10、11)にとって、-10℃の温度(参照6および9)、20℃の温度(参照7および10)、45℃の温度参照9および11)に対し、引き起こされたモーメントの漸次的な変化が示される。わずかな値である、合金A2内において引き起こされたモーメントの結果として、曲線9、10、11の増大12が与えられる。増大12にもかかわらず、曲線9、10、11は重なった状態のままであることが留意される。Nispanに関しては、引き起こされたモーメントは550mTで飽和し、温度によって60~80emu/gの値を示す。比較として、合金A2に関しては、3Tである印加される磁場に対し材料に引き起こされたモーメントは約0.15emu/gである。550mTでは、合金A2中で引き起こされたモーメントは、Nispan中で引き起こされたモーメントの1000分の1であった。
【0155】
近年時計ぜんまい製造に使用されている市販合金の主な欠点は、近傍の磁場に対してこれらの合金の感度を上昇させることである。この感度により、ぜんまいのトルクに永続的で漸増するずれが生じてしまう。合金A2の非常に低い磁化率により、本発明による合金製時計ぜんまいのトルクの安定性を大幅に向上させることができる。これは近傍の磁場の当該ぜんまいへの影響が極めて小さいためである。
【0156】
当然のことであるが、本発明は上述した例に限定されるものではなく、かつ本発明の範囲を逸脱することなく、これらの例に多くの調整を行うことが可能である。
【0157】
加えて、本発明の様々な特徴、形態、変形、および実施形態は、それらが適合しないか、または互いに矛盾しない限りにおいて、様々な組合せで互いに組み合わせることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10