(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-02
(45)【発行日】2022-11-11
(54)【発明の名称】水産動物の養殖方法
(51)【国際特許分類】
A01K 61/59 20170101AFI20221104BHJP
A01K 63/04 20060101ALI20221104BHJP
A01K 61/20 20170101ALI20221104BHJP
【FI】
A01K61/59
A01K63/04 Z
A01K61/20
(21)【出願番号】P 2018180375
(22)【出願日】2018-09-26
【審査請求日】2021-06-24
(73)【特許権者】
【識別番号】591177129
【氏名又は名称】エンザイム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106448
【氏名又は名称】中嶋 伸介
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 邦威
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 一哉
【審査官】小島 洋志
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-000104(JP,A)
【文献】特開平11-192035(JP,A)
【文献】特開昭55-037149(JP,A)
【文献】特公昭49-000160(JP,B1)
【文献】特開2006-217895(JP,A)
【文献】特開2018-093776(JP,A)
【文献】米国特許第05474030(US,A)
【文献】特開2006-273734(JP,A)
【文献】特開2011-074047(JP,A)
【文献】特開2000-136140(JP,A)
【文献】特開2006-020568(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 61/59
A01K 63/04
A01K 61/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水産動物養殖場の養殖方法であって、前記水産動物を腐植物質の存在下で養殖することを含み、
前記腐植物質は、溶藻性微生物を増殖し、
前記腐植物質の投入量の調整によって前記養殖場内のプランクトン濃度を調整し及びBODを低減することを特徴とする、前記養殖方法。
【請求項2】
溶藻性微生物を増殖する前記腐植物質は、腐植土を含水率50~80%に保って明反応させることにより得られたものである、請求項1に記載の養殖方法。
【請求項3】
前記養殖は、仔魚期の成長歩留まりを改善することを特徴とする、請求項1又は2に記載の養殖方法。
【請求項4】
前記養殖場が仔魚期用のポストラーバ槽である、請求項3に記載の養殖方法。
【請求項5】
前記養殖は、稚魚期の飼育密度を増大させることを特徴とする、請求項1又は2に記載の養殖方法。
【請求項6】
前記養殖場が稚魚期用の養殖池である、請求項5に記載の養殖方法。
【請求項7】
前記水産動物が甲殻類である、請求項1~6のいずれかに記載の養殖方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水産動物の養殖方法であって、より詳細には抗生物質等の化学薬品を用いない養殖方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本、韓国、台湾、ベトナム、フィリッピン、オーストラリア、マレーシア、及びインドを含む世界各地で、天然又は養殖のエビが収穫されている。特にバナメイエビやクルマエビは、味覚が好まれるため、需要が多い。
【0003】
台湾、ベトナム、フィリッピン等では、海水と淡水とが混じりあった汽水域のラグーン(潟湖)に養殖場を設けて稚エビ等を養殖している。ラグーンの底部には、エビの餌の食べ残し、エビの糞や脱皮殻、死エビ等が沈殿堆積しやすい。沈殿堆積物の多くが排出されずに腐敗すると、ラグーンの水質が悪化し、病原菌が発生する原因となる。
【0004】
稚エビの養殖初期には、エビの病気の侵入もなく、エビ養殖産業が盛況に推移してきた。環境の変化により1993年に台湾でホワイトスポット病(White Spot Disease=WSD)が初めて発生して以来、今日に至るまでホワイトスポット病、ルミノス・バクテリア病、タウラ症候群、伝染性皮下造血器壊死症、ビブリオ属感染症等の病気が各地で発生している。そして、エビ養殖事業の拡大とともに、病気の蔓延が深刻化している。
【0005】
エビ等の水産動物の病気対策として、その養殖時や生簀での保管時に抗生物質や殺菌剤を投与することが一般的に行われている。水産動物が病原菌や薬品を体内に取り込みながら成長している実態を考慮すると、それを食する人体への悪影響が懸念される。
【0006】
ベトナムでは、1960年代にエビ養殖事業に成功し、エビ養殖家に高収入をもたらした。1990年代に入って養殖が急速に増加すると、エビのホワイトスポット病等が大流行し、その結果、養殖家に大きな損失をもたらした。損失の原因として、環境汚染の悪化が疾病を招いたことによるエビ収穫量の低下、収穫量を確保するために抗生物質や殺菌剤等を多用したことによる生産コストの増大、薬剤耐性菌発生による薬剤コストのさらなる増大、病原菌や化学薬品を取り込んで成長したエビ等の価値低下や敬遠による売上高減少等が挙げられる。健全なエビを供給して養殖産業に利益をもたらすためには、上記の悪循環を断つ必要がある。
【0007】
従来、従来の仔魚期(幼生エビ等)の養殖飼育では、仔魚の大量死が頻繁に発生し、成長歩留まりが10%以下になることがあった。仔魚期の成長歩留まりを改善する養殖方法が望まれる。
【0008】
養殖場のエビ、魚等の水産動物の成体の収穫量を上げるために、飼育密度を増加したいという要望がある。しかし、飼育密度の増大は、死亡率も増大させ、収穫量の増大につながらなかった。例えば従来のエビ養殖方法では、飼育密度は100尾/m2が限界であった。稚魚期の飼育密度を改善する養殖方法が望まれる。
【0009】
特許文献1は、腐植土、動物質有機物に有効バクテリヤを配合した土壌活性剤(以下、バクテリヤ群という)を養殖池に使用し、水質を安定化させることを特徴とする淡水養殖池の水作りを提案する。表2には、飼育魚(リュウキン)の養殖結果が記載されている。試験区2のバクテリヤ群の生残率は、試験区1の対照と比べてほとんど改善されなかった。しかも、試験区2の取揚魚の平均体重は、試験区1よりも大きく減少した。したがって、特許文献1の技術は、稚魚の飼育密度を高め、収穫量を増大させるような養殖方法になっていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開昭54-97298
【文献】特開2006-273734
【文献】特開2011-74047
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記したように、従来の水産動物の養殖は、感染症の防止や収穫量の維持のために抗生物質、殺菌剤等の化学薬品を多用してきた。化学薬品を必要とする環境は、水産動物にとって健全でない。本発明の目的は、化学薬品に頼らないで水産動物の成長に適した条件を作り、水産動物の自然の治癒力を高めて、人間の食材として安全で健康な水産動物を養殖する方法を提供することにある。
【0012】
上記養殖方法は、特に養殖場の成長歩留まりを改善する方法を提供する。上記養殖方法は、また、飼育密度を従来よりも高めても、稚魚を健康に育てることができ、成体の収穫量を増大する養殖方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、上記の課題をより具体的に検討した。養殖中の水産動物が受けるストレスは、(1)過度の飼育密度、水温変動、pH変動、BOD上昇、汚染物侵入、赤潮等の環境ストレス、(2)餌、排泄物、脱皮残骸、死骸等による腐敗ストレス、及び(3)細菌やウイルスの感染ストレスのように、複合的であることを究明した。従来の抗生物質等の投与は、(3)の感染ウイルスにしか対応できない。
【0014】
水産動物が上記の少なくとも一のストレスを受けると、稚魚や稚エビの成長鈍化や大量死につながる。例えば海水魚の養殖場では、孵化後から20日間までの仔魚期に99%以上の海水魚が死ぬ。特に、エビ養殖現場では、幼生エビの飼育段階で大量死が生じる。化学薬品等を使用しない自然な管理方法を確立するためには、上記ストレスを総合的に解消又は防止する必要がある。
【0015】
養殖場の水産動物にプランクトンや餌を正常に食べさせて健康な成体エビや成体魚に育てるための基本施策は、水温、プランクトン(植物や動物)、酸素濃度、pH、太陽光線等の条件を水産動物の養殖に適したものに調整することである。しかし、これらの調整だけでは、水産動物の自然の治癒力を利用した安全な養殖方法を確立できない。
【0016】
本発明者は、意外にも、腐植物質とそこに含まれる微生物の特定の作用で養殖場の水産動物を取り巻く環境を矯正することが、上記ストレスの総合的な解消になることを発見した。そして、水産動物の自然の治癒力を増し、抗生物質等の化学薬品の助けを借りずに成体に育てることに成功した。しかも、仔魚期の成長歩留まりや、稚魚期の飼育密度と収穫量の増大も可能となった。
【0017】
すなわち、本発明は、水産動物養殖場の養殖方法であって、前記養殖方法は、前記水産動物を腐植物質の存在下で養殖することを含み、前記腐植物質は、溶藻性微生物を増殖し、前記養殖場内のプランクトン濃度を調整し及びBODを低減するように前記腐植物質の投入量を調整することを特徴とする、前記養殖方法を提供する。本明細書において、水産動物は、海水域、淡水域及び汽水域で棲息するすべての動物の意味で使用される。
【0018】
特許文献1の技術は、溶藻性微生物を増殖する腐植物質を養殖場内に投入し、養殖場内のプランクトン濃度やBODを適正に管理するように腐植物質の使用量を調整することを教示も示唆もしていない。
【0019】
溶藻性微生物を増殖する前記腐植物質は、特に腐植土を含水率50~80%に保って明反応させることにより得られたものである。本明細書において、明反応とは、掘削した腐植土を一定の含水率を保ちながら乾燥させずに太陽光のもとで熟成及び発酵させることをいう。
【0020】
前記養殖は、特に仔魚期の成長歩留まりを改善することを特徴とする。
【0021】
前記養殖が仔魚期の成長歩留まりを改善する場合、前記養殖場は、仔魚期用のポストラーバ槽であることが好ましい。
【0022】
前記養殖は、特に稚魚期の飼育密度を増大させることを特徴とする。
【0023】
前記養殖が稚魚期の飼育密度を増大させる場合、前記養殖場は、稚魚期用の養殖池であることが好ましい。
【0024】
前記水産動物は、例えば甲殻類である。
【発明の効果】
【0025】
本発明の水産動物の養殖方法は、養殖場で稚エビや稚魚を成体エビや成体魚に養殖する際に、腐植物質を添加して溶藻性微生物を養殖場内で増殖させ、植物及び動物プランクトン濃度を適正に管理し、有機物を分解し、そして疾病感染を防ぐ。本発明の養殖方法は、(1)環境ストレス、(2)腐敗ストレス、及び(3)感染ストレスを総合的に防止し、抗生物質等の化学薬品を使用しないで水産動物を健康的に養殖することが可能になる。
【0026】
幼生エビから稚エビや成体エビまでの養殖過程の疾病感染には、垂直感染と水平感染がある。垂直感染は、受精卵や種苗生産に用いる親エビの選択による親子感染であり、親子感染が発生しない選択に防止できる。一方、水平感染は、接触、餌、糞、溶存酸素等を介して個体から個体へと感染することである。本発明は、水平感染由来の感染ストレスを防止する。
【0027】
上記ストレスの解消及び予防は、後述の実施例で示すように、仔魚期の幼生エビの成長歩留まりの改善によって実証される。従来の仔魚期の養殖飼育では、環境、腐敗及び環境ストレスによって、幼生エビの大量死が発生し、成長歩留まりが10%以下になることがあった。一方、本発明の養殖方法によれば、98%の成長歩留まりを達成した。
【0028】
上記ストレスの解消及び予防は、後述の実施例で示すように、従来よりも高い飼育密度の達成によっても実証される。従来のエビ養殖飼育では、抗生物質等の化学薬品を使用しても100尾/m2の飼育密度が最大であった。一方、本発明の養殖方法によれば、150尾/m2の飼育密度で養殖しても歩留り90%を維持した。
【0029】
本発明は、さらに好ましくは、例えば給餌表による適正な餌供給、例えば調整池導入による適正な水温及びpH、塩分濃度、溶存酸素濃度、BOD等の管理によって、環境ストレス等をより一層防止することで、水産動物の成長を促進させることができる。
【0030】
エビ養殖時の疾病対策として抗生物質等の化学薬品を用いると、ヒトを含む動物に抗生物質等が入る恐れがある。本発明の養殖方法に使用する腐植物質は、天然物質である。腐植物質は、水産動物を介してヒト等の動物に入っても悪影響しない。その主成分であるフルボ酸は、微生物の増殖を活発にするだけでなく、水産動物の成長や免疫力向上に有用な生理活性を有する。水産動物に入った腐植物質の有用な生理活性がヒト等へ好影響することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】本発明の養殖方法を実施するための養殖場のフローの一実施形態を示す。この例の養殖場1は、仔魚期の水産
動物を稚魚期まで養殖するポストラーバ槽200、及び稚魚期の水産
動物を成体まで養殖する養殖池300に分かれている。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下に、本発明の水産動物の養殖方法(以下、本発明の養殖方法という)を説明する。本発明の養殖方法は、前記水産動物を腐植物質の存在下で養殖することを含み、前記腐植物質は、溶藻性微生物を増殖し、前記養殖場内のプランクトン濃度を調整し及びBODを低減するように前記腐植物質の投入量を調整することを特徴とする。
【0033】
本発明の養殖方法の対象は、水産動物であれば特に制限されない。水産動物は、淡水動物及び海洋動物のいずれでもよい。水産動物の例には、クルマエビ、バナメイエビ、サクラエビ、テナガエビ、オキアミ、カニのような甲殻類;カキ、ホタテ、アワビ、トコブシ、アコヤガイのような貝類;ブリ、ハマチ、ヒラメ、クロダイ、マダイ、キジハタ、アカムツ、マアジ、シマアジ、フグ、マグロ、フナ、アユ、ニジマス、コイのような魚類(金魚や錦鯉のような鑑賞用を含む);イカ、タコ、ウナギ、ホヤ。ウニ、ナマコ、水産哺乳類等が含まれる。
【0034】
本発明の養殖方法において、上記作用を有する腐植物質が環境ストレス等を解消又は防止する理由を説明する。養殖場の養殖池やポストラーバ槽等の海水中に棲息する植物プランクトン(珪藻等の藻類の微細浮遊物)は、海水中の重炭酸イオン(HCO3
-)を細胞内に直接取り込み、さらに炭酸脱水酵素の下、下記式(1)に従って二酸化炭素とOH-に変換する。
HCO3
- → CO2 + OH- (1)
【0035】
二酸化炭素は、植物プランクトンの光合成作用によって、以下の式(2)に従って有機物(ブドウ糖)及び酸素に変換される。
6CO2 + 6H2O → C6H12O6 + 6O2 (2)
【0036】
この光合成は、養殖池の溶存酸素濃度とBODの上昇をもたらす。溶存酸素による障害はなく、むしろ好気性微生物の呼吸にとって好都合である。一方、BODは水質汚濁の指標であって、BODが上昇すると水質が悪化する。
【0037】
ポストラーバ槽や養殖池には、珪酸塩、燐酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩等の栄養塩類が溶け込んでいる。栄養塩類が豊富に溶け込んでいると、太陽光線の下で、植物プランクトンが繁藻し易い。
【0038】
植物プランクトンは、稚エビ等の水産動物の餌となるが、その濃度(繁殖量)は摂餌できる範囲でよい。植物プランクトンが繁殖し過ぎると、藻類が発生するとともに、OH-の発生で海水がアルカリ性になる。稚エビ等が健康に育つ適正pHは、pH=7~9付近といわれているが、異常に繁藻した池ではpHが約11にもなる。このpH域では、藻類は養殖池底に堆積して腐敗し、悪臭発生や病原菌感染の原因となる。
【0039】
本発明の養殖方法では、植物プランクトンの増殖と繁藻、pH上昇、有機物生成、BOD上昇、腐敗、病原菌侵入等の一連の問題を、以下に示す腐植物質の作用によって一挙に解決する。
【0040】
上記腐植物質を槽内へ添加すると、溶藻性微生物が槽内で増殖する。増殖した微生物は、槽内の植物プランクトンを捕食して、藻類を溶解消失させる。この溶藻作用によって、槽内の植物プランクトン濃度が適正範囲に収まる。pHは7~9の間で安定化され、藻類の沈殿や腐敗が未然に防止される。
【0041】
腐植物質の添加により増殖する溶藻性微生物及びその他の微生物は、海水中の有機物、脱皮殻、エビの糞、餌の食べ残し等を捕食して、BODを低減又は除去する。この水質浄化の促進によって、病原菌侵入が未然に防止される。
【0042】
腐植物質の成分であるフルボ酸は、抗菌及び抗ウイルス作用を有する。上記微生物と腐植物質との相乗作用によって、感染病が一層効果的に防止される。
【0043】
これまでの養殖飼育では、ホワイトスポット病のウイルス感染病やルミノス・バクテリア病等の細菌感染病が伝染して抗生物質を使用しなければ養殖効果が得られなかった。本発明によれば、腐植物質の添加により、抗生物質等を使用しなくても、幼生エビの養殖が可能になる。
【0044】
腐植物質の添加により増殖した微生物は、水産動物の餌にもなる。水産動物に取り込まれた腐植物質は、不要な活性酸素を除去する能力(抗酸化性)を有する。この抗酸化性は、生体の老化や疾病を防ぎ、そして免疫性を向上させる。特に幼生期のエビの発育にとって、免疫性の向上は最も重要である。
【0045】
腐植物質の活性酸素除去作用は、カロチノイドを作る良質なプランクトンの育成にも役立つ。一般に、体色の赤い養殖エビが好まれるので、ポストラーバ槽や養殖池に腐植物質を供給することで、健康な赤色エビを育成できる点でも有利である。
【0046】
腐植物質を添加すると微生物は植物プランクトンを捕食して増殖する。成長した微生物やそれを捕食する動物プランクトンも増殖する。腐植物質は、植物プランクトンの繁藻を抑制しながら、動物プランクトンを増やしていく。動物プランクトンの増殖は、ポストラーバの後期や稚魚から成体への養殖時に特に有利である。
【0047】
栄養塩類と太陽光線があるにもかかわらず、植物プランクトンが増殖しないことがある。本発明の養殖方法は、腐植物質が光合成に必要な鉄分を供給するため、植物プランクトンの増殖に役立つ。
【0048】
溶藻性微生物を増殖する前記腐植物質は、例えば特許文献2や3に記載の方法に従って作製することができる。特許文献2及び3の内容を本明細書に参照のために編入するとともに、溶藻性微生物を増殖する腐植物質の製造方法を以下に概説する。
【0049】
溶藻性微生物を増殖する前記腐植物質は、腐植土を含水率50~80%に保って明反応させることにより得られる。一定の含水率の下での明反応は、暗反応で生成した補酵素NADP(酸化型、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)を、NADPH2(還元型)に変換し、さらに水素イオンを遊離する。暗反応で生成したADPは、明反応でATPに変化される。この明反応による補酵素の生成により、生物反応を一層活性化することができる。
【0050】
具体的には、前記腐植土は、落葉樹の落ち葉、樹木などの有機物由来の分解・生合成物が、通常、例えば約8000年間以上の間、地下に埋蔵されて、腐植化されたものである。このような腐植土を掘削した後、明反応を行なわせる。すなわち、太陽光の下、通常、1~12ヶ月、好ましくは3~12ヶ月、特に好ましくは、6~12ヶ月放置する。地上の腐植土の含水率は、50~80%であり、好ましくは50~70%、さらに好ましくは50~65%と、発酵に適した含水率を維持する必要がある。腐植土全体を均一に明反応(発酵と熟成)させるために、時々、切り返しを行うことが好ましい。腐植土は、掘削時にpH=約7の中性であるが、地上での明反応を進めると、1ヶ月経過後にはpH=3程度になる。1年経過後しても、pHの大きな変化はなく、pH=2.6~3.3になる。
【0051】
得られた腐植に酢酸マグネシウムカルシウム水和物を添加することにより、腐植物質の活性化向上を図ってもよい。上記成分のほかに、適宜、アミノ酸の一種であるシステインを添加混合してもよい。溶藻性微生物を含む微生物を円滑に増殖させるために、前記腐植に軽石を混合することが好ましい。特に、できるだけ多種類のミネラルを含む軽石が好ましい。
【0052】
腐植土を明反応させて得られた腐植物質(以下腐植物質Aという)の抗菌試験結果を表1に示す。そして、腐植土を明反応させ、酢酸カルシウムマグネシウムを添加してさらに発酵及び熟成させて得られた腐植物質(以下腐植物質Bという)のinvitro抗菌及び抗ウイルス試験結果をそれぞれ表1及び2に示す。
【0053】
【0054】
【0055】
なお、上記腐植物質A又はBを用いた、エビ養殖でよく知られているホワイトスポットウイルスでのinvitro抗ウイルス性試験は、ウイルスの入手が困難のため行っていない。後述の実施例1の実際のエビ養殖試験において、養殖池への腐植物質(腐植粉剤及び腐植ペレット)の投入によって稚エビが健康な成体に、90%という高い歩留まりで成長したことは、上記腐植物質がホワイトスポットウイルスを予防することを実証している。
【0056】
溶藻性微生物を増殖し、上記抗菌・抗ウイルス活性を有する腐植物質は、市販のものでもよい。その例として、腐植粉剤EZ-70、腐植ペレットEZ-201(いずれもエンザイム株式会社製)等が挙げられる。
【0057】
水産動物の養殖場では、成長段階に応じて、ポストラーバ槽や養殖池のような飼育施設や、植物プランクトン、動物プランクトンや飼料のような餌の環境が変わる。本発明の養殖方法は、以下のように、飼育施設や餌の環境の変化に柔軟に対応する。
【0058】
ポストラーバ槽は、仔魚期の水産動物(例えば幼生エビ)を飼育する設備である。餌の環境は、卵孵化から幼生エビの発育につれて以下のように変化する。幼生エビの初期には、植物プランクトンを餌にしてポストラーバエビへの成長を促す。幼生エビがポストラーバエビに移行するに従って、植物及び動物プランクトンを餌にする。本発明の養殖方法では、幼生エビには、腐植物質の存在下で太陽光線により増殖した植物プランクトンを供給する。成長した幼生エビには、腐植物質中で増殖した微生物やそれを捕食した動物プランクトンを供給することができる。
【0059】
ポストラーバ槽は、光合成で植物プランクトンを増殖できるように、太陽光線の当たる明所に設置される。室内等の暗所にあると、植物プランクトンが増殖しないだけでなく、植物プランクトンが底部に沈降・腐敗して水質悪化の原因となる。なお、ポストラーバ槽の上部には槽内の明るさを保ちながら鳥類等から害を受けないネットも設けてもよい。
【0060】
エビ等の水産動物の幼生飼育では、飼育月齢が小さいほど、死亡率が高い。植物プランクトン濃度が高くなると、水質が悪化して成育障害になりやすい。幼生飼育では、植物プランクトンを適正濃度に維持することが重要である。本発明の養殖方法では、増殖した微生物の溶藻作用で植物プランクトン濃度をコントロールすることによって、植物プランクトンの餌供給と水質浄化とのバランスを図ることができる。したがって、本発明の養殖方法は、特に水産動物養殖場の成長歩留まりを改善するために用いられる。例えば幼生エビの成長歩留まりを、投入時の通常80%以上、好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上達成可能である。
【0061】
上記養殖方法によって、仔魚期の水産動物は、自然治癒力や抵抗力が強化した稚魚へと成長する。例えばエビ養殖の場合、幼生エビは、2~3cm長、体重0.5g位のポストラーバエビ(さらなる成長のために養殖池に移される稚エビ)に成長する。
【0062】
養殖池は、稚魚期の水産動物を成体まで飼育する設備である。養殖池内の稚魚は、植物プランクトンよりも動物プランクトンを捕食する。本発明の養殖方法では、養殖池内に腐植物質を投入することにより、微生物やそれを捕食する動物プランクトンを増殖し、それらが稚魚の餌となる。
【0063】
稚魚期の飼育では、動物プランクトンの他に適正な餌供給も必要になる。餌量が少ないと、成長した個体のばらつきは大きくなる。逆に、餌量が過剰になると、池底に堆積して、腐敗及び水質悪化の原因となる。本発明の養殖方法では、腐植物質の存在により、餌の腐敗やそれによる水質悪化を防止するが、好ましくは、給餌表等で適正な給餌量を設定する。
【0064】
カロチノイド、葉酸、ビタミン類を含む高品質の餌が、水産動物の成育に有効である。赤色エビは、カロチノイドを含み、特にカロチノイドの一種であるアスタキサンチンを含んでいる。カロチノイドは、抗酸化性を有し、エビ等の水産動物の免疫性を向上させる。免疫性の向上は、特に幼生期のエビの発育にとって最も重要である点で、赤色エビ等の水産動物にカロチノイドを含む餌を与えることが好ましい。
【0065】
葉酸もまた、水産動物の成長促進に有効である。葉酸が多く含まれるモロヘイヤを養殖池近辺で栽培し、そして主軸が成長したモロヘイヤを養殖池に投入する。モロヘイヤの周りが稚エビの休み処となり、そこへ浸出してくる葉酸を稚エビ等が吸収するので、稚エビ等の成長促進に役立つ。なお、葉酸は、モロヘイヤの主に葉にあるので、種、実、花を除去してから養殖池に投入するのがよい。
【0066】
植物プランクトン及び動物プランクトンの大きさは、一定せず、通常、0.2μm~2000μmの範囲である。0.2μmのプランクトンは浮遊しているが、2000μmのプランクトンは沈殿して底部堆積する。底部に居るプランクトンの浮遊化と溶藻化のために、養殖池底部に循環ポンプを設置することが好ましい。底部に設置したポンプで底部から液面に向かう上昇流を作ると、槽内循環が活発になり、槽内に静止部分が無くなる。
【0067】
ポストラーバ槽や養殖池内の水産動物へ環境ストレスを与えないために、水質や水温の悪化、及びpH、溶存酸素濃度、プランクトン濃度、塩類濃度、水温等の急激な変化のない安定した生活環境を作ることが望ましい。そのために、ポストラーバ槽や養殖池に供給する海水等の水質変動を吸収する調整池を設けるとよい。
【0068】
調整池からポストラーバ槽や養殖池への補給水量は、蒸発量及び漏水量を補う程度でよい。この程度の補給により、養殖池の環境の大きな変化を避けることができる。
【0069】
養殖池への腐植物質の投入方法は、ポストラーバ槽のように腐植粉剤や腐植ペレット充填ネットの直接投入、及び/又は養殖池近傍に付設した腐植バイオリアクターからの腐植物質含有水の循環供給である。通常、1000m3を超える大容積を有する養殖池では、池水を浄化する、微生物の供給量を調整する、腐植物質の効果を維持する等のために、腐植バイオリアクターの付設が好ましい。腐植バイオリアクターには、腐植物質を粉剤又はペレットの形態で投入し、適宜、更新する。
【0070】
腐植バイオリアクター内では、増殖した微生物が循環水中の有機物を捕食し分解する。有機物が分解され、腐植物質及び溶藻性微生物やその他の微生物を含んだ状態の循環水は、養殖池に戻される。
【0071】
本発明の養殖方法で、腐植物質の投入量は、水産動物の成長期(仔魚期、稚魚期)、飼育施設の種類(ポストラーバ槽、養殖池等)やその規模、餌の環境(植物プランクトン、動物プランクトン、飼料等)に応じて、養殖場内のプランクトン濃度を調整し、BODを低減し、pHを調整するように決められる。
【0072】
養殖池内のプランクトン濃度とpHは、太陽光線量によって変化する。本発明では、腐植バイオリアクター等から供給される腐植物質及び微生物の供給量を調整することによって、養殖場内の微生物の繁殖量、プランクトン濃度、pH等を適正かつ安定に管理する。例えば、太陽光線が強く養殖池内のプランクトン濃度が上がり、繁藻し、そしてpHも上昇する場合は、腐植バイオリアクターからの腐植物質及び微生物を含有した循環水の流れを強化する。太陽光線が弱く、繁藻速度が遅い時は、腐植バイオリアクターからの循環水の供給を一時停止又は間欠運転に変更して、溶藻量を減らすことで適正なプランクトン濃度を維持する。
【0073】
植物プランクトン濃度、pH及びBODは、常法により測定可能である。植物プランクトン濃度やpHが適正となって環境ストレスのない稚エビ等の生育に適正な水質は、養殖池の水色観察によって評価できる。透明青色の水質は、水質汚濁はないが、栄養塩類がない。不透明黄褐色の水質は、プランクトンの存在と、養殖池として適していることを示す。
【0074】
水産動物の成体の収穫量を上げるために、水産動物養殖場の飼育密度を増加したいという要望がある。従来の養殖方法で飼育密度を上げると、死亡率が高まり、収穫量の増大につながらなかった。例えば従来のエビ養殖方法では、飼育密度は100尾/m2が限界であった。また、水産動物は、環境条件が良いと、固体の体型が大小にかかわらず成長するが、環境条件が厳しいと、少数の大型個体だけが生き残り易かった。
【0075】
本発明の養殖方法では、環境、腐敗及び感染のストレスの総合的な改善によって、水産動物養殖場の飼育密度の増大が可能である。例えばエビ飼育の場合、飼育密度を、通常100尾/m2以上、好ましくは150尾/m2以上、特に好ましくは200尾/m2以上、さらに好ましくは200~300尾/m2に増大しても、高い歩留まり(例えば90%)を維持可能である。
【実施例】
【0076】
以下に、実施例を示すことにより、本発明をより詳細に説明する。しかし、本発明は、実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕エビ養殖試験
ベトナム国ホーチミン市の郊外に
図1の養殖場1を設けて、バナメイエビの飼育を3カ月間行った。養殖場1は、基本的に、幼生エビを稚エビまで養殖するためのポストラーバ槽20と、稚エビを成体エビまで養殖するための養殖池30に分かれた。孵化してから13日経過までのエビを幼生エビと称し、13日~20日経過してポストラーバ槽から養殖池に移送するまでのエビをポストラーバエビと称し、養殖池に移されて育成されるエビを稚エビと称する。
【0077】
図1に示す養殖場1の仕様を以下に示す。
[1]調整池10
寸法 40m巾×100m長×水深1.0~1.5m×1池
容積 5000m
3
[2]ポストラーバ槽20
寸法 13mφ×1.3m高×水深1.0m×1槽
容積 130m
3
ブロワー 2m
3/min×20kPa×1.5kw×1台
腐植資材
(1)腐植粉剤(製品名EZ-70、エンザイム株式会社製)を180kg散布
(2)腐植ペレット(製品名EZ-201、エンザイム株式会社製)60kg充填ネットを一式懸垂
ポストラーバ槽の上部に、槽内の明るさを保ちながら鳥類等から保護するネット(図示せず)も設けた。
[3]養殖池30
寸法 64m巾×100m長×水深1.0~1.5m×1池
容積 8000m
3
循環ポンプ(水中ポンプ) 150φ×2m
3/min×6m×5.5kw×1台
曝気 表面エアレータ(1.5kw)×4基、及びブロワー×1基
腐植資材
(1)腐植粉剤(製品名EZ-70、エンザイム株式会社製)を8000kg散布
(2)腐植ペレット(製品名EZ-201、エンザイム株式会社製)120kg充填ネットを一式懸垂
[4]腐植バイオリアクター40
寸法 2300mmφ×3000mm高×1槽
容積 10m
3
ブロワー 25φ×0.3m
3/min×50kPa×0.75kw×1台
腐植資材
(1)腐植粉剤(製品名EZ-70、エンザイム株式会社製)を30kg散布
(2)腐植ペレット(製品名EZ-201、エンザイム株式会社製)180kg充填ネットを一式懸垂
【0078】
使用した腐植粉剤EZ-70及び腐植ペレットEZ-201の成分表を、それぞれ、表3及び表4に示す。
【表3】
【0079】
【0080】
1.ポストラーバ槽での幼生エビの養殖試験
調整池10に海から受け入れた新しい海水を7~10日間保留して、塩分濃度、pH等を測定及び調整し、そして砂、夾雑物、浮遊物等を自然沈殿させた。調整後の海水を管でポストラーバ槽20に送った。
【0081】
ポストラーバ槽20内には、上記腐植粉剤が散布され、さらに腐植ペレット充填ネット22を懸垂させた。ポストラーバ槽20は、ブロワー21により海水を曝気できるようになっている。ポストラーバ槽20内は、腐植物質の存在下で太陽光線により硅藻類等の植物プランクトンが適度に増殖し、そして腐植物質により槽内の有機物が分解された結果、槽内は不透明黄褐色を呈した。試験期間中、槽内のpHは、7.0~8.3の間で安定していた。
【0082】
上記植物プランクトンや微生物は、幼生エビの餌になった。増殖した微生物は、餌になるだけでなく、槽内に発生する脱皮殻、エビの糞、餌の食べ残し、藻類等を浄化した。プランクトンの繁藻を抑制し、エビの糞等の他の水質悪化原因も浄化して、エビの健全な成長を促すことができた。
【0083】
上記ポストラーバ槽20に幼生エビを約120万尾入れ、約20日間育成させた。この養殖により、幼生エビは、脱皮して遊泳できるまで成長し、その身長は2~3cm、そして体重は約0.5gとなった。ポストラーバ槽での幼生エビの成長歩留り98%という良好な飼育データが得られた(表5)。
【0084】
2.養殖池での稚エビの養殖
腐植バイオリアクター40内には上記腐植粉剤が散布され、さらに腐植ペレット充填ネット42を懸垂させた。調整池10に海から受け入れた新しい海水を7~10日間保留して、塩分濃度、pH等を測定及び調整し、そして砂、夾雑物、浮遊物等を自然沈殿させた。調整後の海水を管で養殖池30及び腐植バイオリアクター40へ送った。腐植バイオリアクター40と養殖池30とは管で連通し、腐植バイオリアクター40と養殖池30との間で海水を循環ポンプ31で循環させた。養殖池30及び腐植バイオリアクター40は、それぞれ、ブロワー33及びブロワー41によって海水を曝気できるようになっている。
【0085】
養殖池30から循環ポンプ31を介して腐植バイオリアクター40に受け入れた循環水は、腐植バイオリアクター内で腐植物質及び微生物によって有機分解され、浄化された。浄化された循環水は、腐植物質及び微生物を含んだ状態で養殖池30に戻された。
【0086】
養殖池30内は、腐植物質の存在下で太陽光線により硅藻類等の植物プランクトンが適度に増殖し、そして腐植物質により池内の有機物が分解された。その結果、槽内は不透明黄褐色を呈した。試験期間中、池内のpHは、7.0~8.3で安定していた。
【0087】
従来、養殖池中の稚エビの飼育密度を高くすると、ストレスとなっていた。従来の養殖法では、1m2当たり100尾を越えない飼育密度が周知の管理であった。本発明では、養殖池8000m3に対し118万尾を放ち、148尾/m2の飼育密度が可能となった。上記飼育密度での生体エビの養殖池歩留率90%という良好な飼育データが得られた(表5)。3カ月間の養殖で成長したエビの平均体重は25gであった。118万尾×0.90×25×10-3kg/尾≒26,500kgの収穫となった。この歩留まり及び収穫量の改善は、植物プランクトンの繁藻抑制による水質悪化とエビの糞等の他の水質悪化を防止したことで、エビの健全な成長を促したためである。
【0088】
【符号の説明】
【0089】
1 養殖場
10 調整池
20 ポストラーバ槽
21 ブロワー
22 腐植ペレット充填ネット
30 養殖池
31 循環ポンプ
32 表面エアレータ
33 ブロワー
40 腐植バイオリアクター
41 ブロワー
42 腐植ペレット充填ネット
GL Ground line
WL Water line