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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-02
(45)【発行日】2022-11-11
(54)【発明の名称】パン発酵種調製用素材
(51)【国際特許分類】
   A21D 2/36 20060101AFI20221104BHJP
   A21D 2/26 20060101ALI20221104BHJP
   A21D 10/00 20060101ALI20221104BHJP
【FI】
A21D2/36
A21D2/26
A21D10/00
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019561126
(86)(22)【出願日】2018-12-18
(86)【国際出願番号】 JP2018046629
(87)【国際公開番号】W WO2019124397
(87)【国際公開日】2019-06-27
【審査請求日】2021-08-25
(31)【優先権主張番号】P 2017244096
(32)【優先日】2017-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】315015162
【氏名又は名称】不二製油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】木▲崎▼ 真寿美
(72)【発明者】
【氏名】古谷 憲一
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/088043(WO,A1)
【文献】国際公開第2005/053410(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21D 2/00-17/00
A23J 3/30-3/34
C12P 21/06
FSTA/CAplus/AGRICOLA/BIOSIS/
MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)含脂大豆由来抽出物の酵素分解物及び/又は大豆粉の酵素分解物を含有すること、
b)低分子ペプチド混合物を含有すること、
c)遊離アミノ酸含量が固形分中0.1~0.5質量%であること、
を特徴とする、パン発酵種調製用素材。
【請求項2】
含脂大豆由来抽出物の酵素分解物の15%TCA可溶率が30%以上である、請求項記載のパン発酵種調製用素材。
【請求項3】
含脂大豆由来抽出物の酵素分解物が、固形分換算で60~95質量%含有する、請求項1又は2記載のパン発酵種調製用素材。
【請求項4】
含脂大豆の脂質含量が固形分中12質量%以上である、請求項1~3の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材。
【請求項5】
含脂大豆由来抽出物の脂質含量が固形分中15質量%以下である、請求項1~4の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材。
【請求項6】
含脂大豆由来抽出物の炭水化物に対する蛋白質含量が100~200質量%である、請求項1~5の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材。
【請求項7】
含脂大豆が予めNSI15~77となるように加熱処理されたものである、請求項1~6の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材。
【請求項8】
低分子ペプチド混合物が植物由来、乳由来又は微生物由来である、請求項1~7の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材。
【請求項9】
低分子ペプチド混合物の15%TCA可溶率が、50%以上である、請求項1~8の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材。
【請求項10】
パン発酵種の原料として、請求項1~9の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材および穀粉を混合し、酵母により発酵させることを特徴とする、パン発酵種の製造法。
【請求項11】
パン発酵種が、湯種又は中種である、請求項10記載のパン発酵種の製造法。
【請求項12】
請求項10又は11記載のパン発酵種を生地配合中に添加することを特徴とする、パンの製造法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
この出願は、2017年12月20日に日本国特許庁に出願された出願番号2017-244096号の優先権の利益を主張する。優先権基礎出願はその全体について、出典明示により本明細書の一部とする。
【0002】
本発明は、パン発酵種調製用素材及びこれを用いたパン発酵種の製造法、さらには該パン発酵種を用いたパンの製造法に関する。
【背景技術】
【0003】
パンの作製方法は、全ての材料を混合して生地を調製したのち発酵させ、成型膨張及び加熱固化する方法と、パン配合の一部を先に発酵させて生地状又は液状の発酵種(中種/液種と称される)を第一段階で調製し、第二段階で該発酵種を残りの原料と混合してパン生地を成し、成型膨張/加熱固化させる方法が一般的に行われている。
パンにおける発酵熟成の旨味又はコク味や良好な芳香は、パン生地や発酵種の発酵のさせ方によって産まれる発酵生成物に由来するが、多くのパンメーカーでは安定性や生産性が良好な簡略かつ短時間の発酵方法が採られており、発酵生成物が十分でないままパンが作製されているのが現状である。
【0004】
一方で近年、パンの作製に工夫を凝らし、時間と手間隙をかけて調製した発酵種の使用を謳ったオーブンフレッシュベーカリーが人気を博しており、ここでの熟成された旨味又はコク味と良好な芳香を有する風味豊かなパンが、消費者に認知され、受け入れられている。
この発酵種は小麦粉、ライ麦、ホップ、米などにパン酵母や乳酸菌等を生育させて「種起こし」を行って初種を調製し、さらにこの初種に上記原料を追加して繰り返し種継ぎを行いながら、腐敗化を制御しながら、1週間ほど十分に熟成させて微生物種を安定化させたものであり、これをパン生地の配合中に加えて発酵させたパンが製造されている。
このような発酵種を用いる方法は、深い発酵による濃厚な旨味又はコク味と芳醇な芳香を有するパンが得られる点で風味面のメリットがある。しかし、かかる発酵種の製造には、1週間程度という長期間の熟成工程が必要であり、且つ、その間の温度管理や種継ぎのタイミングなどが難しく、酸化や腐敗を抑制するために熟練者の勘に頼らなければならないところもある点で、工業生産を困難としている。
【0005】
そこで、種々改良された発酵種が提案され、市販されている。例えば、液状発酵種の種継ぎ原料にデュラム粉と蜂蜜を使用する方法(特許文献1)、発酵種に有胞子乳酸菌などの乳酸菌を添加する方法(特許文献2)や、酵母と乳酸菌が複合発酵した発酵乳を添加して発酵種を調製する方法(特許文献3)、サワー種の原料に酵母エキスを添加する方法(特許文献4)、液種に醤油を添加する方法(特許文献5)、濃厚米酢を中種生地に添加する方法(特許文献6)、発酵種にアルギニン、バリンなどのアミノ酸を添加する方法(特許文献7,8)、中種や液種に大豆蛋白加水分解物を添加する方法(特許文献9)などが知られている。
【0006】
上記文献および本明細書内に示される文献は、出典明示により本明細書に組み込まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2006-158382号公報
【文献】特開平10-28517号公報
【文献】特開2007-89497号公報
【文献】特開平5-252937号公報
【文献】特開2007-295903号公報
【文献】特公昭55-34653号公報
【文献】特開2007-68441号公報
【文献】特公昭63-66167号公報
【文献】再公表WO2006/88043号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明では、過去の技術に見られるような、風味を補完していくような味材的なものではなく、発酵種中のパン酵母の代謝活動により良い影響を与え、人気を博しているオーブンフレッシュベーカリーが職人の技と勘で長期間熟成させ作製してている本格的な発酵種と同等の風味を、簡便且つ、短い時間に醸成できる発酵助剤を追求した。
すなわち本発明は、発酵種を用いたパンの製法において、種継ぎを繰り返して長期間熟成された発酵種と同様に、深い発酵熟成産物に由来する旨味又はコク味と良好な芳香をパンに付与できる液種、中種、サワー種、ルヴァン種等の発酵種を容易に調製することができる、パン発酵種調製用素材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意研究を行った結果、本発明のパン発酵種調製用素材を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下の態様を包含するものである。
(1)a)含脂大豆由来抽出物の酵素分解物及び/又は大豆粉の酵素分解物を含有すること、
b)低分子ペプチド混合物を含有すること、
c)遊離アミノ酸含量が固形分中0.1~0.5質量%であること、
を特徴とする、パン発酵種調製用素材、
(2)a)において、含脂大豆由来抽出物の酵素分解物のみを含有する、前記(1)記載のパン発酵種調製用素材、
(3)a)において、大豆粉の酵素分解物のみを含有する、前記(1)記載のパン発酵種調製用素材、
(4)a)において、含脂大豆由来抽出物の酵素分解物及び大豆粉の酵素分解物を含有する、前記(1)記載のパン発酵種調製用素材、
(5)含脂大豆由来抽出物の酵素分解物の15%TCA可溶率が30%以上である、前記(2)記載のパン発酵種調製用素材、
(6)大豆粉の酵素分解物の15%TCA可溶率が30%以上である、前記(3)記載のパン発酵種調製用素材、
(7)含脂大豆由来抽出物の酵素分解物及び大豆粉の酵素分解物の15%TCA可溶率が30%以上である、前記(4)記載のパン発酵種調製用素材、
(8)含脂大豆由来抽出物の酵素分解物が、固形分換算で60~95質量%含有する、前記(2)又は(5)記載のパン発酵種調製用素材、
(9)大豆粉の酵素分解物が、固形分換算で60~95質量%含有する、前記(3)又は(6)記載のパン発酵種調製用素材、
(10)含脂大豆由来抽出物の酵素分解物及び大豆粉の酵素分解物が、合計量として、固形分換算で60~95質量%含有する、前記(4)又は(7)記載のパン発酵種調製用素材、
(11)含脂大豆由来抽出物及び大豆粉の混合質量比が固形分換算で1:99~99:1である、前記(10)記載のパン発酵種調製用素材、
(12)含脂大豆の脂質含量が固形分中12質量%以上である、前記(2)、(5)及び(8)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(13)含脂大豆の脂質含量が固形分中12質量%以上である、前記(3)、(6)及び(9)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(14)含脂大豆の脂質含量が固形分中12質量%以上である、前記(4)、(7)、(10)及び(11)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(15)含脂大豆由来抽出物の脂質含量が固形分中15質量%以下である、前記(2)、(5)、(8)及び(12)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(16)含脂大豆由来抽出物の脂質含量が固形分中15質量%以下である、前記(4)、(7)、(10)、(11)及び(14)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(17)含脂大豆由来抽出物の炭水化物に対する蛋白質含量が100~200質量%である、前記(2)、(5)、(8)、(12)及び(15)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(18)含脂大豆由来抽出物の炭水化物に対する蛋白質含量が100~200質量%である、前記(4)、(7)、(10)、(11)、(14)及び(16)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(19)含脂大豆が予めNSI15~77となるように加熱処理されたものである、前記(2)、(5)、(8)、(12)、(15)及び(17)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(20)含脂大豆が予めNSI15~77となるように加熱処理されたものである、前記(3)、(6)、(9)及び(13)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(21)含脂大豆が予めNSI15~77となるように加熱処理されたものである、前記(4)、(7)、(10)、(11)、(14)、(16)及び(18)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(22)低分子ペプチド混合物が植物由来、乳由来又は微生物由来である、前記(1)~(21)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(23)低分子ペプチド混合物の15%TCA可溶率が、50%以上である、前記(22)記載のパン発酵種調製用素材、
(24)低分子ペプチド混合物の15%TCA可溶率が、50%以上である、前記(2)、(5)、(8)、(12)、(15)、(17)及び(19)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(25)低分子ペプチド混合物の15%TCA可溶率が、50%以上である、前記(3)、(6)、(9)、(13)及び(20)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材、
(26)低分子ペプチド混合物の15%TCA可溶率が、50%以上である、前記(4)、(7)、(10)、(11)、(14)、(16)、(18)及び(21)記載のパン発酵種調製用素材、
(27)パン発酵種の原料として、前記(1)記載のパン発酵種調製用素材および穀粉を混合し、酵母により発酵させることを特徴とする、パン発酵種の製造法、
(28)パン発酵種の原料として、前記(2)、(5)、(8)、(12)、(15)、(17)、(19)及び(24)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材および穀粉を混合し、酵母により発酵させることを特徴とする、パン発酵種の製造法、
(29)パン発酵種の原料として、前記(3)、(6)、(9)、(13)、(20)及び(25)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材および穀粉を混合し、酵母により発酵させることを特徴とする、パン発酵種の製造法、
(30)パン発酵種の原料として、前記(4)、(7)、(10)、(11)、(14)、(16)、(18)、(21)及び(26)の何れか1項記載のパン発酵種調製用素材および穀粉を混合し、酵母により発酵させることを特徴とする、パン発酵種の製造法、
(31)パン発酵種が、湯種又は中種である、前記(27)~(30)の何れか1項項記載のパン発酵種の製造法、
(32)前記(27)又は(31)記載のパン発酵種を生地配合中に添加することを特徴とする、パンの製造法、
(33)前記(28)記載のパン発酵種を生地配合中に添加することを特徴とする、パンの製造法、
(34)前記(29)記載のパン発酵種を生地配合中に添加することを特徴とする、パンの製造法、
(35)前記(30)記載のパン発酵種を生地配合中に添加することを特徴とする、パンの製造法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、パンの発酵種の調製に利用できる発酵種調製用素材を提供することができる。そして、これを発酵種の原料として、更にその発酵種をパン生地の材料として用いることにより、常法で作られているパンが、深い発酵熟成産物から成る旨味又はコク味と良好な芳香が醸成され、風味に優れたパンを製造することができる。
中でも冷凍パン生地においては、故意にパン生地の発酵を浅くするように管理するため、風味に乏しいとされていることから、本発明の発酵種調製用素材を利用した発酵種を冷凍パン生地においても加えることにより、深い発酵風味を付与することができ、スクラッチ製法で時間をかけて作られたパンのような旨味又はコク味と良好な芳香をもつパンを製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のパン発酵種調製用素材は、a)含脂大豆由来抽出物の酵素分解物及び/又は大豆粉の酵素分解物を含有すること、b)低分子ペプチド混合物 を含有すること、c)遊離アミノ酸含量が固形分中0.03~0.3質量%であること、を特徴とする。以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。
【0012】
(パン発酵種調製用素材)
「発酵種」は一般的には小麦粉やライ麦等の穀粉、ホップ、米、果実等に天然の酵母や市販のパン酵母、あるいは酵母と共生的に乳酸菌や酢酸菌を付着させて培養したものであり、パン酵母の代替として、あるいはパン酵母と併用してパン生地の原料の一部として配合され、パン生地の発酵に用いられている。
本発明における「パン発酵種調製用素材」とは、上記の「発酵種」を調製するための原料として用いられる加工素材をいい、該加工素材はパン生地に直接配合される原料とは区別される。
【0013】
(a:含脂大豆由来抽出物の酵素分解物、大豆粉の酵素分解物)
本発明のパン発酵種調製用素材には、含脂大豆由来抽出物の酵素分解物及び/又は大豆粉の酵素分解物(以下、これらをまとめて「本酵素分解物」と称する場合がある。)を含有することが必須である。
ここで、本酵素分解物は、単独又は併用にかかわらず合計量として、本発明のパン発酵種調製用素材中に、固形分換算で60~95質量%含有することが好ましく、70~90質量%含有することがより好ましい。本分解物の含有量が少なすぎると、発酵種の酸味や旨味又はコク味の後引き、吟醸の香りが弱くなる傾向にあり、上記範囲で含有することにより、程よい酸味と後引きの強い旨味又はコク味、吟醸香を持った発酵種をより効果的に調製することができる。
含脂大豆由来抽出物と大豆粉とを併用する場合、これらの混合質量比は固形分換算で1:99~99:1、好ましくは10:90~90:10とすることができる。
【0014】
○含脂大豆由来抽出物
以下、本酵素分解物の原料(酵素分解の対象)である含脂大豆由来抽出物(以下、「本抽出物」と称する場合がある。)の態様について説明する。
本抽出物の抽出原料となる大豆は、全脂大豆や部分脱脂大豆などの含脂大豆であり、脱脂大豆とは異なる。全脂大豆は、圧搾やロールによる物理的処理や有機溶剤処理などにより油の抽出処理がされていないものをいう。部分脱脂大豆は圧搾やロールによる物理的処理のみによる抽出処理がされたものをいう。含脂大豆の脂質含量は通常10質量%以上、好ましくは12質量%以上である。全脂大豆では固形分中15質量%を超えるのが通常であり、多くは18質量%以上である。分離大豆蛋白や醤油の製造などに使用されているような脱脂大豆を原料とした場合は、本発明の効果を奏しにくい。
【0015】
含脂大豆は未粉砕のままでも良いし、水性溶媒により抽出する前に予め砕かれていても良い。含脂大豆を予め砕く場合の粒子径は任意であり、粗砕でも粉砕でも良い。
【0016】
また含脂大豆は生のままでも良いが、水性溶媒により抽出される前に、予め加熱処理されていることがより好ましい。特に含脂大豆を砕く場合においては、砕く前に予め加熱処理を行っておくのがより好ましい。含脂大豆の加熱処理の方法は特に限定されず、例えば乾熱処理、水蒸気処理、過熱水蒸気処理、マイクロ波処理等を用いることができる。また水に浸漬した後、抽出前に加熱処理することもできる。
【0017】
加熱処理の程度は本抽出物に焦げ臭が付与されない程度が好ましい。加熱の程度は蛋白質の変性度合を表すNSI(水溶性窒素指数:Nitrogen Solubility Index)により表すことができ、NSIは好ましくは15~77、20~70、30~70、40~70又は40~60であることができる。かかる範囲に加熱することにより、より低脂質の本抽出物を得ることができる。加熱処理の条件は加熱処理装置により異なるため特に限定されず、NSIが上記範囲となるように適宜設定すれば良い。例えば過熱水蒸気処理を行う場合、その処理条件は製造環境にも影響されるため一概に言えないが、例えば120~250℃の過熱水蒸気を用いて1秒~10分の間で加熱処理後の大豆のNSIが上記範囲となるように処理条件を適宜選択すれば良く、処理条件の決定に特段の困難は要しない。
【0018】
なお、NSIは所定の方法に基づき、全窒素量に占める水溶性窒素(粗蛋白)の比率(質量%)で表すことができ、本発明においては以下の方法に基づいて測定された値とする。
すなわち、試料2.0gに100mlの水を加え、40℃にて60分攪拌抽出し、1400×gにて10分間遠心分離し、上清1を得る。残った沈殿に再度100mlの水を加え、40℃にて60分攪拌抽出し、1400×gにて10分遠心分離し、上清2を得る。上清1および上清2を合わせ、さらに水を加えて250mlとする。No.5Aろ紙にてろ過したのち、ろ液の窒素含量をケルダール法にて測定する。同時に試料中の窒素含量をケルダール法にて測定し、ろ液として回収された窒素(水溶性窒素)の試料中の全窒素に対する割合を質量%として表したものをNSIとする。
【0019】
本抽出物を抽出するための水性溶媒は、水や含水アルコール等を用いることができ、水や含水エタノールが食品製造上好ましい。
大豆を水性溶媒で抽出する際の加水量、抽出温度、抽出時間等の抽出条件は特に限定されず、例えば加水量は大豆に対して2~15重量倍、抽出温度は20~99℃、抽出時間は20分~14時間などで設定すればよい。本抽出物は液状、固形状、粉末状の何れの形態をもとり得る。
【0020】
本抽出物は、一つの好ましい態様として、固形分中の脂質含量が15質量%以下であることができ、さらに12質量%以下、10質量%以下がより好ましい。なお、本発明において、脂質含量は酸分解法により測定される。
本抽出物が、この態様の場合、例えば全脂大豆から抽出した通常の脂質含量の高い全脂豆乳とは明確に区別され、いわゆる「低脂肪豆乳」と称される場合がある。ただし、全脂大豆からの水性溶媒抽出物であって脂質含量が上記範囲である限り、これらの呼称や製法に限定されるものではない。例えば市販品であれば、不二製油株式会社製の「USS」(R)製法で製造された「低脂肪豆乳」又は「美味投入」(R)(Bimi-tonyu)を用いることができる。
【0021】
本抽出物に含まれる脂質以外の成分は、水可溶性の成分が主体であり、オリゴ糖などの炭水化物と蛋白質を主体としてその他のミネラル、イソフラボン、サポニン、低分子ペプチド、遊離アミノ酸等の微量成分が含まれうる。
ここで、本抽出物中の炭水化物に対する蛋白質含量(以下、「P/C含量」と称する場合がある。)は、一つの好ましい態様として1~200質量%の範囲を選択することができる。このうち、より限定的には100質量%以上、120質量%以上、130質量%以上や140質量%以上の範囲、またさらに190質量%以下、180質量%以下や170質量%以下の範囲を選択することができ、かかる範囲を選択すると適度な低分子の水溶性成分と高分子の蛋白質がバランス良く含まれ、また蛋白質は遊離アミノ酸の有効な供給源となりうる。また別の限定的範囲として2質量%以上や4質量%以上の範囲、またさらに100質量%未満、80質量%以下、60質量%以下、40質量%以下や30質量%以下の範囲も選択できる。かかる範囲を選択すると蛋白質の比率が小さくなり、遊離のアミノ酸の供給源が減少するが、この場合は別の遊離アミノ酸の供給源を補強しつつ用いることもできる。
また、無調整豆乳などの全脂豆乳は、P/C含量が200質量%を大きく超え、相対的に高蛋白質含量であり、低分子の水溶性成分が相対的に少なくなるが、本抽出物の一態様として用いることもできる。
なお、本発明において、蛋白質含量はケルダール法により測定される。また炭水化物含量は、固形分から脂質、蛋白質及び灰分の含量の和を引いた計算値とする。
【0022】
本抽出物のより好ましい一形態である低脂肪豆乳は、固形分中の脂質含量とP/C含量が上記範囲にあるものである。ちなみに全脂大豆から公知の方法で抽出して得たスラリー(大豆粉砕液)から不溶性画分であるオカラを除去して得られる一般の豆乳(全脂豆乳)では、固形分中の脂質含量が上記範囲よりも高くなり、20質量%以上となる。またP/C含量も250を超える。低脂肪豆乳を得るには、スラリーや全脂豆乳から高速遠心分離等により脂質を分離する方法や、該スラリーからオカラを分離する際に脂質をオカラ側に移行させる方法を用いることができる。より好ましい態様として、上記の通り予め加熱処理された全脂大豆、好ましくはNSI15~77、より好ましくはNSI40~70の全脂大豆を原料とすることによって、より本発明の効果を向上させることができる。この方法は例えば特開2012-16348号公報に記載の方法を参照することができる。
【0023】
○大豆粉
以下、本酵素分解物の原料(酵素分解の対象)である大豆粉の態様について説明する。
大豆粉は上記の含脂大豆を粉砕したものである。大豆粉は水に分散されたものでもよく、大豆に加水して水溶性成分の抽出操作を行った後に、不溶性成分(オカラ)を除去せずに製品化したものも大豆粉の概念に含まれる。
本大豆粉は、上記の全脂大豆由来抽出物と同様の態様で、予め加熱処理されていることがより好ましく、これにより芳醇な風味をパンに付与する発酵種を得やすく、本発明の効果を奏しやすい。
【0024】
○酵素分解
本発明のパン発酵種調製用素材に含まれる、本酵素分解物は、上述した含脂大豆抽出物及び/又は大豆粉が、プロテアーゼ等の蛋白質分解酵素により加水分解されたものである。
酵素を作用させるタイミングは問わず、例えば含脂大豆由来抽出物の場合は、予め含脂大豆の状態で作用させてもよいし、含脂大豆から水で抽出する際や抽出後に作用させてもよい。また、大豆粉の場合は粉砕前あるいは粉砕時に酵素を作用させてもよいし、粉砕後に作用させてもよい。一つの態様として、大豆粉や含脂大豆由来抽出物を調合して、その後にパン発酵種調製用素材の製造工程中に酵素を加えて反応させ、調合液の中で加水分解物を得ることができる。また蛋白質分解酵素は市販の酵素を用いても良いし、該市販酵素の代わりに麹菌で発酵させて麹菌が有するプロテアーゼ等の蛋白質加水分解酵素を作用させることもできる。
【0025】
酵素の種類や作用条件は、本発明のパン発酵種調製用素材中の遊離アミノ酸が後述する特定量を生成されるように、適宜至適な条件を選択することができる。蛋白質分解酵素としては、動物起源、植物起源又は微生物起源を問わず、プロテアーゼの分類において「セリンプロテアーゼ」、「チオールプロテアーゼ」、「金属プロテアーゼ」、「酸性プロテアーゼ」等に分類されるプロテアーゼの中から1種又は2種以上を組み合わせて適宜選択することができる。
このプロテアーゼの分類は、酵素科学の分野において通常行われている活性中心のアミノ酸の種類による分類方法である。各々の代表として「金属プロテアーゼ」にはBacillus由来中性プロテアーゼ,Streptomyces由来中性プロテアーゼ,Aspergillus由来中性プロテアーゼ,『サモアーゼ』等が挙げられ、「酸性プロテアーゼ」にはペプシン,Aspergillus由来酸性プロテアーゼ,『スミチームFP』等が挙げられ、「チオールプロテアーゼ」にはブロメライン,パパイン等が挙げられ、「セリンプロテアーゼ」にはトリプシン,キモトリプシン,ズブチリシン,Streptomyces由来アルカリプロテアーゼ,『アルカラーゼ』,『ビオプラーゼ』等が挙げられる。また、上記の通り、麹菌等のプロテアーゼ活性を有する微生物菌体を選択することができる。もちろん、これら以外の酵素でも作用pHや阻害剤との反応性により、その分類を確認し、使用することができる。また、より多くの遊離アミノ酸を生成させるには、エキソ型のプロテアーゼ活性を有する酵素を選択することが好ましい。
【0026】
プロテアーゼ処理の反応pHや反応温度は、用いるプロテアーゼの特性に合わせて設定すれば良く、通常、反応pHは至適pH付近で行ない、反応温度は至適温度付近で行なえば良い。概ね反応温度は20~80℃、好ましくは40~60℃である。反応後は酵素を失活させるのに十分な温度(60~170℃程度)まで加熱し、残存酵素活性を失活させる。
【0027】
本酵素分解物の分解度の尺度としては、15%トリクロロ酢酸可溶化率(TCA可溶化率)で表すことができ、この数値はタンパク質粉末をタンパク質含量として1.0質量%になるように水に分散させ十分撹拌した溶液について、全タンパク質に対する15%トリクロロ酢酸(TCA)可溶性タンパク質の割合をケルダール法により測定したものである。タンパク質の分解が進行すると、TCA可溶化率は上昇する。
【0028】
本酵素分解物の15%TCA可溶化率は、好ましくは30%以上、より好ましくは40%以上、さらに好ましくは50%以上、最も好ましくは60%以上とすることができる。15%TCA可溶化率が低すぎると遊離アミノ酸の生成量が少なくなる。
【0029】
(b:低分子ペプチド混合物)
本発明のパン発酵種調製用素材は、低分子ペプチド混合物をさらに含有することが必須である。低分子ペプチド混合物の例としては、大豆ペプチド、エンドウペプチド、米ペプチド、酒粕分解ペプチド、コーンペプチド等の植物由来の蛋白質を加水分解したもの、乳ペプチド、ホエーペプチド等の乳由来の蛋白質を加水分解したもの、酵母エキス等の微生物由来の蛋白質を加水分解したものなどが挙げられる。大豆ペプチドは例えば市販の「ハイニュート」シリーズ(不二製油(株)製)などを用いることができる。
【0030】
上記低分子ペプチド混合物の分解度の指標としては、15%トリクロロ酢酸可溶化率(15%TCA可溶化率)の数値を用いることができ、本発明では15%TCA可溶化率が50%以上が好ましく、60%以上がより好ましく、70%以上がさらに好ましく、80%以上がさらに好ましく、90%以上が最も好ましい。
【0031】
ここで、本発明のパン発酵種調製用素材中の該低分子ペプチド混合物の含量は、該素材中に後述する特定量の遊離アミノ酸が含まれるように、その添加量を適宜調整することができる。具体的には固形分換算で好ましくは5~40質量%、より好ましくは10~30質量%とすることができる。該含有量が少なすぎると、発酵種では酸味や旨味又はコク味の後引き、吟醸の香りが弱くなる傾向にあり、上記範囲で含有することにより、程よい酸味と後引きの強い旨味又はコク味、吟醸香を持もった発酵種をより効果的に調製することができる。
【0032】
(c:遊離アミノ酸)
本発明のパン発酵種調製用素材は、遊離アミノ酸を固形分中0.1~0.5質量%、好ましくは0.1~0.3質量%含有するものであり、この遊離アミノ酸含量は、上記の本酵素分解物と、低分子ペプチド混合物に含まれる遊離アミノ酸により主に供される。そして特定量の遊離アミノ酸や、含脂大豆由来抽出物や大豆粉中の低分子ペプチド等の成分の存在が、パンの発酵種を調製したときに酵母の発酵を活性化させる一つの因子となっているためか、カルボン酸エステル、中鎖脂肪酸エステル、アルデヒド、高級アルコール、有機酸等のパンにとって好ましい香気成分や旨味又はコク味成分が高い濃度で醸成されやすくなる。
【0033】
(副原料)
本発明のパン発酵種調製用素材は、上記a)~c)の原料又は成分を含有するものであり、これらの条件を満たすものであれば、他の原料は特に限定されるものではない。他の原料として、例えば水、有機酸等のpH調整剤、糖類、塩類、酵素等を加えることができる。
本発明のパン発酵種調製用素材は、その形態が液状でも粉末状でもよく、液状の場合は水分含量は60~95質量%が好ましく、70~95質量%がより好ましく、80~90質量%がさらに好ましい。
【0034】
(パン発酵種調製用素材の製法)
本発明のパン発酵種調製用素材は、上記の原料を水と混合し、得られる調合液を遊離アミノ酸を増加させるために必要により蛋白質分解酵素による処理を行った後、必要十分な加熱殺菌を行い、密閉容器に充填して液体製品としたり、さらに該加熱殺菌後にスプレードライヤー等で乾燥した粉末製品とする等、各種形態の製品に仕上げることができる。上記調合液はpH調整剤として無機酸、有機酸又はこれらの塩や、アルカリ等を添加して所望のpHに調整することができる。好ましい実施態様として、pHは保存性を考慮してpH3~6に調整することができる。
【0035】
(発酵種の調製)
上記により得られた本発明のパン発酵種調製用素材を発酵種の原料として加え、酵母で発酵させて発酵種を調製する。発酵種は液状、流動状、固体状の何れの発酵種にも適用でき、液種、中種、サワー種、ルヴァン種、酒種等の種の種類を問わない。特に液状又は流動状の発酵種に適用するのがより好ましい。
該発酵種中における本発明のパン発酵種調製用素材の添加量は、発酵種に十分な量の遊離アミノ酸を供給できるように適宜調整すればよく、具体的には固形分換算で1~5質量%が適当であり、2~4質量%がより好ましい。
発酵種の他の原料としては、小麦粉、ライ麦粉等の穀粉類、水、糖類、食塩等を用いることができ、これらを調合する。
【0036】
次に、得られた調合物を温度と時間を制御しつつ酵母で発酵させ、熟成させる。この際、種菌として通常は市販のパン酵母を用いるが、天然の酵母を代替で、もしくは一緒に生育させてもよく、また乳酸菌を調合液に加えて酵母と一緒に発酵させてもよい。より短時間で効率よく酵母に調合液を資化させて旨味又はコク味物質や香味物質を生成させるためには、パン酵母を種菌として添加しておくことが好ましい。
このようにして本発明のパン発酵種調製用素材を添加して調製されたパン発酵種は、一般的なパンの製造において調製される液種や中種等に比べて香気成分や旨味又はコク味成分に有意に富むものとなる。
【0037】
(パン)
本発明において、パンとは、食パン,クロワッサン,デニッシュペーストリー,フランスパン,チャバタ,フォカッチャ,ナン,ピザ,ベーグル,イングリッシュマフィン,菓子パン、イーストドーナツ、クラッカー等をいう。
パンの製造法は常法に則ればよく、一般的には、小麦粉、全粒粉、米粉等の穀粉、水、イースト、糖類、食塩、油脂等の原料を混練して生地を調製し、所望の形状に成形した後に、オーブン等により焼成したり、フライ等することにより製造される。
パン生地を調製する方法としては、本発明においては発酵種を用いる製法が適しており、中種法、液種法や湯種法のように、原料の一部を用いて先に種生地を調製後、残りの原料を加えて本生地を調製する方法がより好ましい。
調製したパン生地は一次発酵後又は二次発酵(ホイロ)後に冷凍し、冷凍パン生地とすることができる。
【0038】
なお、例えば中種法ではパンに配合する小麦粉の30~100質量%程度の小麦粉を発酵種の原料として用いるのが一般的であり、液種法ではパンに配合する小麦粉の10~50質量%の小麦粉を発酵種の原料として用いるのが一般的である。そのため、上記の通り調製された発酵種のパン配合への添加量は、中種法や液種法などのパン生地の製法の種類に応じて適宜設定することができる。発酵種とパン酵母はパン生地の発酵に適宜併用することができる。発酵種とパン酵母を併用する場合の割合は、製造者が求めるパンの風味や芳香等の品質、製造コストに応じて適宜変更することができる。
【0039】
いわゆるオープンフレッシュベーカリーでは、芳醇な発酵風味と芳香をもつ美味しいパンを提供するために、自家製で種起こしをし、種継ぎを繰り返しながら少なくとも1週間程度の長期の熟成を行って発酵種を調製しているが、このような手間暇をかけなくとも、本発明の発酵種調製用素材を添加して得られた発酵種には、乳酸などの有機酸や、グルタミン酸等の遊離アミノ酸や、イソアミルアルコール、フェネチルアルコール等の高級アルコール類に加え、ノナナール、オクタナール、2,4-ノナジエナール等のアルデヒド類や、酢酸イソアミル、酢酸イソブチル、オクタン酸エチル等のエステル類が高く生成されるため、良好な芳香を有し、また旨味やコク味を呈する成分に富むパンを容易に製造することができる。特に本発明の発酵種においては、長期に熟成した自家製の発酵種に特に多く含まれているエステル類に富むことが、より特徴的である。
【実施例
【0040】
以下、実施例等により本発明の実施形態についてさらに具体的に記載する。なお、以下「%」及び「部」は特に断りのない限り「質量%」及び「質量部」を意味するものとする。
【0041】
(実施例1) パン発酵種調製用素材の製造1
含脂大豆由来抽出物として、特開2012-16348号公報に記載の製法(不二製油株式会社の「USS」(R)製法)で製造された「低脂肪豆乳」(固形分10%、栄養成分組成(固形分中):脂質5%、タンパク質54.6%、炭水化物34.1%、P/C含量160%)を用いた。
この低脂肪豆乳を、Aspergillus属微生物由来の市販プロテアーゼ「プロテアーゼA『アマノ』SD」(天野エンザイム(株)製)で45℃で120分間加水分解を行った。次に、大豆ペプチド「ハイニュートAM」(不二製油(株)製、15%TCA可溶化率95%)を低脂肪豆乳100部に対して1部を添加し、水酸化ナトリウムでpHを5.0に調整後、90℃で60秒間、プレート殺菌を行い、パン発酵種調製用素材を得た。
【0042】
(実施例2) パン発酵種調製用素材の製造2
実施例1において、低脂肪豆乳の固形分のうち50%を大豆粉に置き換え、水を添加して固形分が同じになるよう調整する以外は、実施例1と同様にして、パン発酵種調製用素材を得た。
【0043】
(実施例3) パン発酵種調製用素材の製造3
実施例1において、低脂肪豆乳の固形分を大豆粉に完全に置き換え、水を添加して固形分が同じになるよう調整する以外は、実施例1と同様にして、パン発酵種調製用素材を得た。
【0044】
(実施例4) パン発酵種調製用素材の製造4
実施例1において、含脂大豆由来抽出物として、低脂肪豆乳の代わりに無調整豆乳(キッコーマンソイフーズ(株)製、固形分10%、栄養成分組成(固形分中):脂質37%、蛋白質45%、炭水化物16%、P/C含量281%)を用いる以外は、実施例1と同様にして、パン発酵種調製用素材を得た。
【0045】
(比較例1) パン発酵種調製用素材の製造6
実施例1において、低脂肪豆乳の全量を水に置き換え、プロテアーゼの反応を行わずにグルタミン酸ナトリウムを遊離グルタミン酸量が実施例1のパン発酵種調製用素材と同じになるように添加し、それ以外は実施例1と同様にして、パン発酵種調製用素材を得た。
【0046】
(比較例2) パン発酵種調製用素材の製造7
実施例1において、低脂肪豆乳をプロテアーゼで加水分解せずに、代わりにグルタミン酸ナトリウムを遊離グルタミン酸量が実施例1のパン発酵種調製用素材と同じになるように添加し、それ以外は実施例1と同様にして、パン発酵種調製用素材を得た。
【0047】
(比較例3) パン発酵種調製用素材の製造8
実施例1において、含脂大豆由来抽出物として、低脂肪豆乳の代わりに実施例5の無調整豆乳を用い、該無調整豆乳をプロテアーゼで加水分解せずに、代わりにグルタミン酸ナトリウムを遊離グルタミン酸量が実施例1のパン発酵種調製用素材と同じになるように添加し、それ以外は実施例1と同様にして、パン発酵種調製用素材を得た。
【0048】
実施例1~4及び比較例1~3で得られた各パン発酵種調製用素材の調製条件と遊離アミノ酸含量(固形分中)を表1にまとめた。
【0049】
(表1)各パン発酵種調製用素材の成分分析
【0050】
(試験例1) 液種の製造
実施例1~4及び比較例1~3で得られたパン発酵種調製用素材を用い、表2の配合の原材料を混合した後、28℃で16~24時間、15℃で12~16時間、4℃で4~24時間発酵させて、パン発酵種の一種である液種を調製した。
また、比較例4として、表1においてパン発酵種調製用素材の配合量を0部とし、通常用いられる標準的な液種を調製した。
【0051】
(表2)液種(第1段階発酵)配合
【0052】
○品質評価及び分析
5名の社内パネラーが、得られた各液種を口に含んで風味をチェックし、合議による評価コメントを表3に記した。
【0053】
(表3)液種の官能評価
【0054】
また、得られた各液種中の遊離アミノ酸分析、有機酸分析及びGC/MSによる香気成分分析を行った結果をそれぞれ表4~6に示した。
なお、遊離アミノ酸分析は、液種のサンプルを10倍希釈した液と6%スルホサリチル酸溶液を1:1の容量比で混合し、これを遠心分離して沈殿を除去し、さらに0.22μmのフィルターで処理したものを分析サンプルとした。分析機器は全自動アミノ酸分析器「JLC-500/V」(日本電子(株)製)を用いた。
また、有機酸分析は、液種のサンプルを10倍希釈になるよう水抽出を行い、上清をろ紙(No.1)でろ過後、「SepPack tC18」(Waters社製)に通して脂質成分を取り除き、0.2μmのフィルター処理(ニトロセルロース)をしたものを分析サンプルとした。分析条件は以下の通りとした。
・分析機器:イオンクロマトグラフ「コンパクトIC-861システム」(Metrohm社製)
・カラム:Shodex RSpak KC-811(昭和電工(株)製、内径8.0mm×長さ300mm)2本
・溶離液:2mM HClO4(シュウ酸以外)、5mM HClO4(シュウ酸)
・サプレッサー:40mM NaOH(シュウ酸以外)、120mM NaOH(シュウ酸)
・流速:1.0mL/分
・カラム温度:50℃
・検出器:電気伝導度計
【0055】
(表4)各液種中の遊離アミノ酸分析結果
【0056】
表4の結果より、実施例1,2のパン発酵種調製用素材を用いて調製した液種は、比較例4の標準液種と比べて圧倒的に遊離アミノ酸含量が多くなった。また、比較例1~3と比べても、遊離アミノ酸総含量が比較例1に比べて4倍以上、比較例2、3に比べて3倍程度又はそれ以上となり、格段に高くなった。そして特に実施例1の遊離アミノ酸含量が高かった(実施例2の約1.5倍)。
各アミノ酸で見ると、実施例1の液種は、他の比較例の液種に比べてVal、Pheが10倍以上、Tyr、Leuが5倍以上、Asp、His、Thr、Asn、Ala、Lysが3倍以上となった。以上の結果は、実施例1の液種において、パン酵母による発酵が比較例1~4の液種よりも活発に行われたことを示唆している。
【0057】
(表5)有機酸分析結果
【0058】
表5の通り、実施例1,2のパン発酵種調製用素材を液種の原料として用いた場合、比較例4の標準液種と比較して乳酸と酢酸が有意に生成していた。このことは、実施例1のパン発酵種調製用素材を用いることにより、液種の発酵が極めて促進され、糖質の代謝が進んでいることを示している。
【0059】
(表6)香気成分分析
【0060】
表6より、実施例1のパン発酵種調製用素材を用いた液種は、比較例4の標準液種に比べてアルデヒド類、エステル類の香気成分が多く含まれていた。この中でも、特に長期間熟成するタイプの発酵種に多く含まれるエステル類が、標準液種の6.7倍程度も多く含まれており、酵母が熟成中に代謝活動を減退させることなく、持続した代謝変換を、極めて短時間で行っていた結果が示された。
【0061】
(試験例2)液種を用いたパンの試作
実施例1と比較例4の液種を用いてパンを試作した。
具体的には、表7の配合に従って、全原材料をミキシングして調製したパン生地を、28℃で1時間発酵させて、分割及び成型した後、35℃の温度、75%の湿度のホイロで発酵させ、約2倍~3倍程度に生地を膨張させた後、オーブンで焼成してコッペパンを製造した。得られたパン中の遊離アミノ酸含量と15%TCA可溶化率(ペプチドの低分子化の指標)を測定した。また、得られたパンについて社内のパンに関する熟練パネラー5名に依頼し、下記の判定基準により合議によって1~5点の点数をつけて風味評価を行った。
【0062】
(表7) パンの配合(液種法)
【0063】
(表8)パン試作品中の遊離アミノ酸含量
【0064】
(表9)パン試作品中の15%TCA可溶化率の含量
【0065】
(表10)風味評価
【0066】
表8、表9より、実施例1のパン発酵種調製用素材を用いた液種を配合したパンは、比較例4の標準液種を配合したパンに比べて、遊離アミノ酸が約1.3倍多く含まれていた。実施例1では特にVal、Asn、Phe、GABAが比較例4に比べ2倍以上多くなっており、一方で実施例1の液種は比較例4の液種よりもGlu量が多かったにもかかわらず、実施例1のパン中のGlu量は比較例4のパンよりも25%程度少なくなっており、15%TCA可溶蛋白質の含量も約22%程度少なくなっていた。
これは、表10の風味評価の結果と合わせて考察すると、パン生地の本発酵中に、パン酵母のGluや低分子ペプチドの代謝が実施例1のパンでは極めて活発に促進され、高級アルコールやカルボン酸エステル等の旨味又はコク味となる代謝産物を多く産生し、液種で醸成蓄積された旨味又はコク味を、更に上乗せしてより美味しくなったものと考えられる。