(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-02
(45)【発行日】2022-11-11
(54)【発明の名称】遠心機用スイングバケット、それを備えた遠心機、及びそれを用いた細胞群への力の印加方法
(51)【国際特許分類】
B04B 5/02 20060101AFI20221104BHJP
B04B 15/02 20060101ALI20221104BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20221104BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20221104BHJP
【FI】
B04B5/02 D
B04B15/02
C12M1/00 A
C12M3/00 A
(21)【出願番号】P 2018091608
(22)【出願日】2018-05-10
【審査請求日】2021-04-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 医療分野研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム 研究課題名:「積層化細胞シートを用いた創薬試験用立体組織モデル」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000230962
【氏名又は名称】日本光電工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591173198
【氏名又は名称】学校法人東京女子医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】加川 友己
(72)【発明者】
【氏名】原口 裕次
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 明之
(72)【発明者】
【氏名】清水 達也
(72)【発明者】
【氏名】久保 寛嗣
【審査官】小久保 勝伊
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-168397(JP,A)
【文献】特開平11-276931(JP,A)
【文献】特表2017-510434(JP,A)
【文献】特開平09-024300(JP,A)
【文献】特開2015-024378(JP,A)
【文献】特開平09-085130(JP,A)
【文献】特開2010-161952(JP,A)
【文献】特開2015-070804(JP,A)
【文献】韓国登録特許第1387433(KR,B1)
【文献】Journal of Biomedical research,2015,Vol. 103A,Issue12 p. 3825-3833
【文献】RSC Advance,2012,Vol.2,p. 2184-2190
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B04B 1/00-15/12
C12M 1/00-3/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遠心機のスイングローターに取り付けるためのスイングバケットであって、前記スイングバケットが、
平坦な培養面を有する培養容器を載置するための底板と、
前記底板に連結され、対向するように設けられた一対の側部と、
揺動軸が前記底板と平行となるように、前記側部のそれぞれに設けられたスイングローター取付部材と、
を備え、
ここで、前記スイングバケットは、停止中の前記遠心機における前記スイングバケットの前記底板にサンプルを含む前記培養容器が載置された時に、前記底板が水平面に対して前記揺動軸の周りに任意の角度で傾斜するように調節できる傾斜角調節手段を有することを特徴とする
ものであって、
さらに:
前記傾斜角調節手段が、前記一対の側部のそれぞれに、前記揺動軸が前記底板と平行となる位置に複数設けられた前記スイングローター取付部材である;あるいは
前記傾斜角調節手段が、前記一対の側部のそれぞれに、前記揺動軸を前記底板と平行となる位置で調節可能な調節部材を備えた前記スイングローター取付部材である;あるいは
前記調節部材が、スプリング及び/又はジャッキである;あるいは
前記傾斜角調節手段が、前記底板の底面で移動可能に設けられた錘である
スイングバケット。
【請求項2】
請求項1
に記載のスイングバケットと、
前記スイングバケットが取り付けられたスイングローターと、
を備える遠心機。
【請求項3】
さらに、25℃~50℃の温度範囲の保温機能を有する、請求項
2に記載の遠心機。
【請求項4】
遠心機を用いて、培養容器内の平坦な培養面上で細胞群に力を印加する方法であって、
前記遠心機が、スイングローターと、
前記スイングローターに取り付けられたスイングバケットと
を備え、
ここで前記スイングバケットが、
平坦な培養面を有する培養容器を載置するための底板と、
前記底板に連結され、対向するように設けられた一対の側部と、
揺動軸が前記底板と平行となるように、前記側部のそれぞれに設けられたスイングローター取付部材と、
を備え、
ここで、前記スイングバケットは、停止中の前記遠心機における前記スイングバケットの前記底板にサンプルを含む前記培養容器が載置された時に、前記底板が水平面に対して前記揺動軸の周りに任意の角度で傾斜するように調節できる傾斜角調節手段を有し、
さらに:
前記傾斜角調節手段が、前記一対の側部のそれぞれに、前記揺動軸が前記底板と平行となる位置に複数設けられた前記スイングローター取付部材である;あるいは
前記傾斜角調節手段が、前記一対の側部のそれぞれに、前記揺動軸を前記底板と平行となる位置で調節可能な調節部材を備えた前記スイングローター取付部材である;あるいは
前記調節部材が、スプリング及び/又はジャッキである;あるいは
前記傾斜角調節手段が、前記底板の底面で移動可能に設けられた錘であり、
前記方法が、以下の工程:
(1)第1細胞群を含む、平坦な培養面を有する培養容器を、前記スイングバケットの前記底板に載置し、前記傾斜角調節手段を調整して、前記底板が水平面に対して前記揺動軸の周りに任意の角度で傾斜するよう調整する工程、
(2)前記工程(1)後の前記スイングバケットを前記遠心機にセットし、所定時間、遠心力を印加する工程、
を含む、方法。
【請求項5】
さらに、(3)前記第1細胞群の上に、第2細胞群を加え、所定時間、遠心力を印加する工程、を含む、請求項
4に記載の方法。
【請求項6】
前記第2細胞群が、シート形態又は懸濁液形態である、請求項
5に記載の方法。
【請求項7】
前記第1細胞群が、シート形態又は懸濁液形態である、請求項
4~
6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記遠心力に到達するまでの時間が、25秒以上である、請求項
4~
7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記遠心力を停止させるまでの時間が、25秒以上である、請求項
4~
8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記遠心機が、25℃~45℃の温度範囲の保温機能を有する、請求項
4~
9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記培養容器が、温度応答性培養表面を有する培養容器である、請求項
4~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記温度応答性培養表面は、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)が少なくともその培養面の一部に被覆された培養表面である、請求項
11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遠心機用スイングバケット及びそれを備える遠心機に関する。また、本発明は、遠心機用スイングバケット及びそれを備える遠心機を用いた細胞群への力の印加方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療や薬物応答組織モデルへ利用することを目的として、細胞を用いた三次元的な組織、臓器を作製する技術が開発されている。従来、接着性細胞の多くは生体外では二次元的にしか培養することができなかった。しかし、生体内の多くの組織は、細胞が三次元的に配置された構造体であり、より生体内の状態に近い組織を作製するために、細胞を三次元的に構築する技術が求められていた。
【0003】
細胞を三次元的に構築する試みとしては、例えば、細胞をスキャフォールドと呼ばれる三次元構造体に播種する方法や、臓器・組織を脱細胞化し、残存したマトリックスに播種して三次元化する方法、シート状に剥離された細胞群を三次元的に積層する方法などが開発されている。
【0004】
シート形態の細胞群を作製する方法の1つとして、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(NIPAAm)が被覆された細胞培養皿(温度応答性培養皿)を用いる方法が知られている(例えば、非特許文献1)。温度応答性培養皿上で任意の細胞を培養し、細胞がコンフルエントになった後に、温度をNIPAAmの下限臨界溶液温度(LCST)未満である20℃に変えることで、非侵襲的にシート形態の細胞群が得られる。得られたシート形態の細胞群を積層し、プレート用の遠心機を用いて遠心力を印加することにより、短時間でシート形態の細胞群を三次元化する方法も知られている(例えば、非特許文献2及び3)。
【0005】
また、培地に懸濁された状態の細胞群(細胞懸濁液)に直接遠心力を印加し、容器底面に沈降・凝集させることにより、シート形態の細胞群や三次元的な組織を短時間で作製する技術も知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Haraguchi Y.,et al.,Scaffold-free tissue engineering using cell sheet technology.RSC Adv.,2012;2:2184-2190
【文献】Hasegawa A.,et al.,Rapid fabrication system for three-dimensional tissues using cell sheet engineering and centrifugation.J.Biomed.Mater Res.A 2015;103:3825-3833
【文献】Haraguchi Y.,et al.,Three-dimensional human cardiac tissue engineered by centrifugation of stacked cell sheets and cross-sectional observation of its synchronous beatings by optical coherence tomography.Biomed.Res.Int.2017;2017:5341702
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
遠心力を印加することにより懸濁液形態の細胞群からシート形態の細胞群を形成させる場合に、形成されるシート形態の細胞群の層が不均一となったり、シート形態の細胞群を培養面に接着させる場合に、シート形態の細胞群が横滑りしてしまい、所望の位置に接着出来なかったり、シート形態の細胞群の形状が遠心力により変形してしまい、所望の形状を有するシート形態の細胞群が得られないといった課題があった。従って、本発明は、均一の層を持つシート形態の細胞群を作製できる遠心機及び遠心機用バケット、及び/又は、所望の位置に、所望の形状を維持したシート形態の細胞群を接着させることができる遠心機及び遠心機用バケット、を提供することを目的とする。また、当該遠心機及び遠心機用バケットを使用した細胞群への力の印加方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて研究開発を行ってきた。その結果、停止中の遠心機におけるスイングバケットにサンプルを含む培養容器を載置させた時に、スイングバケットの底板が水平面に対して揺動軸の周りに任意の角度で傾斜するよう調節する傾斜角調節手段を備えることによって、細胞群から、均一の層を持つシート形態の細胞群を再現良く形成させることができることや、シート形態の細胞群を再現良く、所望の位置に、所望の形状を保ったまま接着させることができることを見出した。すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
【0010】
[1] 遠心機のスイングローターに取り付けるためのスイングバケットであって、
前記スイングバケットが、
平坦な培養面を有する培養容器を載置するための底板と、
前記底板に連結され、対向するように設けられた一対の側部と、揺動軸が前記底板と平行となるように、前記側部のそれぞれに設けられたスイングローター取付部材と、
を備え、
ここで、前記スイングバケットは、停止中の前記遠心機における前記スイングバケットの前記底板にサンプルを含む前記培養容器が載置された時に、前記底板が水平面に対して前記揺動軸の周りに任意の角度で傾斜するように調節できる傾斜角調節手段を有することを特徴とする、スイングバケット。
[2] 前記傾斜角調節手段が、前記一対の側部のそれぞれに、前記揺動軸が前記底板と平行となる位置に複数設けられた前記スイングローター取付部材である、[1]に記載のスイングバケット。
[3] 前記傾斜角調節手段が、前記一対の側部のそれぞれに、前記揺動軸を前記底板と平行となる位置で調節可能な調節部材を備えた前記スイングローター取付部材である、[1]に記載のスイングバケット。
[4] 前記調節部材が、スプリング及び/又はジャッキである、[3]に記載のスイングバケット。
[5] 前記傾斜角調節手段が、前記底板に設けられた錘である、[1]に記載のスイングバケット。
[6] 前記錘が、前記底板の底面で移動可能に設けられた錘である、[5]に記載のスイングバケット。
【0011】
[7] [1]~[6]のいずれか1項に記載のスイングバケットと、
前記スイングバケットが取り付けられたスイングローターと、
を備える遠心機。
[8] さらに、25℃~45℃の温度範囲の保温機能を有する、[7]に記載の遠心機。
【0012】
[9] 遠心機を用いて、培養容器内の平坦な培養面上で細胞群に力を印加する方法であって、
前記遠心機が、
スイングローターと、
前記スイングローターに取り付けられたスイングバケットとを備え、
ここで前記スイングバケットが、
平坦な培養面を有する培養容器を載置するための底板と、
前記底板に連結され、対向するように設けられた一対の側部と、
揺動軸が前記底板と平行となるように、前記側部のそれぞれに設けられたスイングローター取付部材と、
を備え、
ここで、前記スイングバケットは、停止中の前記遠心機における前記スイングバケットの前記底板にサンプルを含む前記培養容器が載置された時に、前記底板が水平面に対して前記揺動軸の周りに任意の角度で傾斜するように調節できる傾斜角調節手段を有し、
以下の工程:
(1)第1細胞群を含む、平坦な培養面を有する培養容器を、前記スイングバケットの前記底板に載置し、前記傾斜角調節手段を調整して、前記底板が水平面に対して揺動軸周りに任意の角度、傾斜するよう調整する工程、
(2)前記工程(1)後の前記スイングバケットを前記遠心機にセットし、所定時間、遠心力を印加する工程、
を含む、方法。
[10] さらに、(3)前記第1細胞群の上に、第2細胞群を加え、所定時間、遠心力を印加する工程、を含む、[9]に記載の方法。
[11] 前記第2細胞群が、シート形態又は懸濁液形態である、[10]に記載の方法。
[12] 前記第1細胞群が、シート形態又は懸濁液形態である、[9]~[11]のいずれか1項に記載の方法。
[13] 前記遠心力に到達するまでの時間が、25秒以上である、[9]~[12]のいずれか1項に記載の方法。
[14] 前記遠心力を停止させるまでの時間が、25秒以上である、[9]~[13]のいずれか1項に記載の方法。
[15] 前記遠心機が、25℃~50℃の温度範囲の保温機能を有する、[9]~[14]のいずれか1項に記載の方法。
[16] 前記培養容器が、温度応答性培養表面を有する培養容器である、[9]~[15]のいずれか1項に記載の方法。
[17] 前記温度応答性培養表面は、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)が少なくともその培養面の一部に被覆された培養表面である、[16]に記載の方法。
[18] 前記傾斜角調節手段が、前記一対の側部のそれぞれに、前記揺動軸が前記底板と平行となる位置に複数設けられた前記スイングローター取付部材である、[9]~[17]のいずれか1項に記載の方法。
[19] 前記傾斜角調節手段が、前記一対の側部のそれぞれに、前記揺動軸を前記底板と平行となる位置で調節可能な調節部材を備えた前記スイングローター取付部材である、[9]~[17]のいずれか1項に記載の方法。
[20] 前記調節部材が、スプリング及び/又はジャッキである、[19]に記載の方法。
[21] 前記傾斜角調節手段が、前記底板に設けられた錘である、[9]~[17]のいずれか1項に記載の方法。
[22] 前記錘が、前記底板の底面で移動可能に設けられた錘である、[21]に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、シート形態の細胞群を培養容器内の平坦な培養面に接着させる際、シート形態の細胞群の横滑りや変形を防止することにより、所望の形状を保ったまま、培養容器の任意の場所に接着させることができる。また、本発明によれば、懸濁液形態の細胞群を培養容器内の平坦な培養面に沈降させる際、沈降させる細胞の層が不均一になることが防止され、均一な層を有するシート形態の細胞群を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】サンプルを有する培養容器を載置した従来のスイングバケットを備えた遠心機の状態を示す模式図である。(A)サンプル(細胞群)を有する培養容器を載置した従来のスイングバケットを備えた遠心機の内部の状態を示す模式図(正面図)である。培養容器をスイングバケットに載せた時に、スイングバケットが傾いている。(B)(A)を上部から表した図である(培養容器は示さず)。A-Aは、揺動軸を示す。(C)(A)の状態で力を印加後の細胞群の状態を示す。
【
図2】
図1(A)の状態において、遠心機を作動させた場合に生じる力を模式的に示す図である。(A)任意の回転数で作動中の
図1(A)の遠心機の状態を示す模式図である。(B)(A)のFを培養容器の表面に垂直及び水平成分に分解した力を示す模式図である。
【
図3】本発明の一実施態様におけるスイングバケットを示す正面図である。
【
図4】本発明の一実施態様におけるスイングバケットを示す正面図である。
【
図5】本発明の一実施態様におけるスイングバケットを示す正面図である。(A)スプリング及びジャッキによってスイングローター取付部材(軸受)を移動可能なスイングバケットを示す正面図である。(B)ジャッキによってスイングローター取付部材(軸受)を移動可能なスイングバケットを示す正面図である。
【
図6】本発明の一実施態様におけるスイングバケットを示す図である。(A)及び(B):スプリング及びジャッキによってスイングローター取付部材(軸)を移動可能なスイングバケットを示す正面図(A)及び平面図(B)である。(C)及び(D):ジャッキによってスイングローター取付部材(軸)を移動可能なスイングバケットを示す正面図(C)及び平面図(D)である。
【
図7】本発明の一実施態様におけるスイングバケットの水平面に対して揺動軸の周りに傾斜している状態を確認する方法を示す図である(図では水平状態を示している)。(A)スイングバケット吊り下げ台に吊り下げた、本発明の一実施態様におけるスイングバケットの正面図を示す。(B)(A)のB-B断面を示す図である。
【
図8】実施例において使用したスイングバケットを示す。(A)錘による傾斜角調節をしない場合、スイングバケットの底板が水平面に対して5度傾いた状態となっている様子を示す。(B)錘による傾斜角調節によって、スイングバスケットの底板が水平化した様子を示す。
【
図9】本発明の一実施態様におけるスイングバケットを用いて遠心した場合の細胞シートの接着状態を示す図である。(A)遠心前の細胞シートを示す。(B)スイングバケットの底板が水平面に対して5度傾いた状態で遠心した後の細胞シートの状態を示す。(C)錘によって水平化した(傾斜角を零度に調節した)スイングバケットを用いて遠心した後の細胞シートの状態を示す。(D)(C)の細胞シートを120rpmで、2分間振盪処理した後の細胞シートの接着状態を示す。
【
図10】本発明の一実施態様におけるスイングバケットを用いて遠心した場合の細胞シートを示す図である。(A)遠心前の細胞シートの状態を示す図である。(B)~(D):所定の遠心力に到達するまで、及び、所定の遠心力を停止するまでの時間を、40秒(B)、20秒(C)及び10秒(D)と設定して遠心した後の、細胞シートの状態を示す図である。
【
図11】本発明の一実施態様におけるスイングバケットを用いて遠心した場合に、底板に印加される底板に平行な方向の加速度ベクトルの分布を示す図である。底板の中心点を原点とした平面座標系の格子点における加速度の、底板と平行な方向成分をベクトルで表現している。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面及び発明の実施の形態を通じて本発明を説明するが、以下の実施形態は特許請求の範囲にかかる発明を限定するものではなく、また実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0016】
図中、同一の番号が付されている部材は、基本的には同一の機能を有する部材を示している。また、図中、スイングアームには1個のスイングバケットを備える形態が描かれているが、2個以上(好ましくは、偶数個)備えた形態であってもよいことは、当業者であれば理解することができる。
【0017】
[分析]
図1(A)は従来の遠心機1のスイングバケット10上に培養容器90を載置した状態を示している。
図1(A)の遠心機1は、培養容器90に遠心力を印加するスイング型の遠心機1である。遠心機1は、回転軸21に取り付けられたスイングアーム22と、スイングアーム22に吊り下げられたスイングバケット10を備えている。スイングバケット10は、培養容器90を載置するための底板11と、底板11に連結され、対向するように設けられた一対の側部12と、揺動軸(一対の吊り下げ軸部材23の中心を通る軸(
図1(B)のA-A軸に相当))が底板11と平行となるように、側部12のそれぞれに設けられたスイングローター取付部材13とを備えている。
図1(A)のスイングローター取付部材13は、スイングアーム22に設けられた吊り下げ軸部材23に吊り下げることができる。
【0018】
スイングバケット10は、回転軸21に連結されているモーター(図示しない)が回転することによって、回転軸21を中心として回転する。また、スイングバケット10は、回転軸21の回転数に応じて、揺動軸を中心として、回転軸21の外側方向へと振り上げられる。これにより、スイングバケット10に載置された培養容器90の培養面91の方向へと遠心力を印加することができる。
【0019】
通常、培養容器90などを載置していない状態のスイングバケット10の底板11は、水平状態を保っている。しかしながら、サンプル(例えば、細胞群(懸濁液形態の細胞群又はシート形態の細胞群)を含む培養容器90を底板11に載せた場合、培養容器90の重心が偏ってしまい、例えば
図1(A)のようにスイングバケット10が回転軸21方向に傾くことがある。細胞シートを培養容器90の培養面91に接着させるために
図1(A)の状態のまま遠心処理すると、
図1(C)に示すように細胞シートが回転軸21の外側方向へ横滑りを起こし、所望の形状を保ったまた培養面91に接着させることができない。
【0020】
細胞シートが横滑りを起こした状態について、
図2を用いて説明する。回転軸21が回転する速度(角速度)をω、回転軸21から揺動軸までの距離をR、揺動軸からサンプルを含む培養容器90およびスイングバケット10からなる組合体の重心までの距離をl、回転軸21が回転することによって振り上げられたスイングバケット10の角度をΦ、サンプルを含む培養容器90およびスイングバケット10からなる組合体の質量をmとする。この場合、重力はmg、遠心力はmrω
2として表すことができる(ここで、r=R+lsinΦ)。サンプルを含む培養容器90およびスイングバケット10からなる組合体の重心に印加される力(F)は、重力mgと遠心力mrω
2との合成より求めることができる(
図2(A))。例えば、培養面91が、図のようにη角度傾いていた場合、Fを培養面91に平行な方向の力(F
1)と、培養面91に垂直な方向の力(F
2)に分解すると、
図2(B)に示すように、回転軸21の外側方向の加速度(=F
1)が生じていることがわかる。従って、
図1(C)で見られた細胞シートの横滑りは、遠心時に生じる外側方向の加速度によってもたらされるものであることがわかる。
【0021】
培養容器90には、様々な形状があり(例えば、円形培養皿(例えば、35mm培養皿、60mm培養皿、100mm培養皿など)、マルチウェルプレート(6ウェル、12ウェル、24ウェル、48ウェル、96ウェルなど)、ボトル型、その他不定形の容器など)、培地及び細胞を収容した培養容器90の重心は、その都度変化する。そのため、どのような培養容器90を用いた場合であっても、サンプルの横滑りを生じない遠心機の開発が必要である。
【0022】
<スイングバケット>
本発明者らは、上記分析に基づき、鋭意研究開発を行った。その結果、停止中の遠心機におけるスイングバケットの底板にサンプルを含む培養容器が載置された時に、底板が水平面に対して揺動軸周りに任意の角度で傾斜するように調節可能な傾斜角調節手段を備えたスイングバケットを開発し、本発明の課題を解決するに至った。以下に具体的な態様について説明する。なお、以下の態様で示される各構成要素は、組み合わせた態様で本発明に採用できることは当業者であれば容易に理解することができる。
【0023】
[態様1]
図3は、本発明の一実施態様のスイングバケット10aを備えた遠心機1を示している。スイングバケット10aは、培養容器90を底板11上に載置した場合に底板11を水平面に対して揺動軸周りに任意の角度で傾斜させるための傾斜角調節手段として、底板11の任意の場所に錘30aを備えている。スイングバケット10aの底板11にサンプルを含む培養容器90が載置された時に、錘30aの位置及び/又は質量を変えることによって、底板11を任意の傾斜に保つことができる。錘30aは、
図3のように底板11の底面に設けられても良く、底板11の上に載せられるものであってもよい。錘30aの質量は、スイングバケット10aの質量、サンプルを含む培養容器90の質量、形状などによって決定される。錘30aは脱着可能な錘であってもよく、底板11上の任意の方向にスライド可能な錘であってもよい。錘30aがスライドすることによって、底板11を任意の傾斜に調節できる。錘30aを備えることで傾斜角を適切に調節することにより、遠心時にサンプル(例えばシート形態の細胞群)が横滑りすることが防止され、培養面91に概ね垂直に加速度の印加が可能となる。
【0024】
[態様2]
図4は、本発明の一実施態様のスイングバケット10bを備えた遠心機1を示している。スイングバケット10bは、培養容器90を底板11上に載置した場合に底板11を水平面に対して揺動軸周りに任意の角度で傾斜させるための傾斜角調節手段として、一対の側部12のそれぞれに、揺動軸が底板11と平行となる位置に複数設けられたスイングローター取付部材13(30b)を備えている(
図4では、3つのスイングローター取付部材13に相当する)。スイングローター取付部材13が複数設けられていることにより、底板11の傾斜角を調節するのに最適なスイングローター取付部材13を選択して吊り下げ軸部材23に吊り下げることができる。本実施態様において、スイングローター取付部材13は、一対の側部12のそれぞれに、揺動軸が底板11と平行となる位置に設けられている。例えば、複数のスイングローター取付部材13は、
図4のように、底板11と平行となるように複数設けられてもよい。スイングバケット10bが、複数のスイングローター取付部材13を備えることで、傾斜角を適切に調節することにより、遠心時にサンプル(例えば、シート形態の細胞群)が横滑りすることが防止され、培養面91に概ね垂直に加速度の印加が可能となる。
【0025】
[態様3及び4]
図5は、
図4に示すスイングバケット10bの変形例(スイングバケット10c(
図5(A)、態様3)及びスイングバケット10d(
図5(B)、態様4))を示している。
【0026】
スイングバケット10cは、水平面に対して揺動軸周りに任意の角度で傾斜させるための傾斜角調節手段として、一対の側部12のそれぞれに、揺動軸を底板11と平行となる位置で調節可能な調節部材を備えている。本実施態様において、調節部材として、水平移行可能なスイングローター取付部材13aの両側にジャッキ30cとスプリング30dとを備えている。スプリング30dの一端部は、スプリング留め32と連結され、スプリング30dの他端部はスイングローター取付部材13aと連結されている。また、本実施態様のジャッキ30cは、雄ネジ式のジャッキ30cであり、ジャッキ固定具31に設けられた雌ネジとの組み合わせにより、スイングローター取付部材13aを所望の位置に調整可能となる。
【0027】
スイングバケット10dは、スイングバケット10cの変形例であり、水平移行可能なスイングローター取付部材13aの両側にジャッキ30cを備えている。スイングローター取付部材13aを移動するためには、ジャッキ30cのそれぞれを調節し、所望の位置にスイングローター取付部材13aを調節することができる。
【0028】
スイングバケット10c又はスイングバケット10dは、スイングローター取付部材13aを移動可能な調節部材を備えることにより、底板11に載置された培養容器90の重心に応じて、適宜、底板11を所望の傾斜角に調節することが可能となる。これにより、遠心時にサンプル(例えばシート形態の細胞群)が横滑りすることが防止され、培養面91に対して概ね垂直に力の印加が可能となる。
【0029】
調節部材としてのスプリング30d及びジャッキ30cは、公知のものから同様の機能を有するものであれば適宜選択可能である。
【0030】
[態様5及び6]
図6は、
図5に示すスイングバケット10c及びスイングバケット10dの変形例(スイングバケット10e(
図6(A)及び(B)、態様5)及びスイングバケット10f(
図6(C)及び(D)、態様6))を示している。
【0031】
スイングバケット10eは、吊り下げ軸部材130aを有するスイングローター取付部材13bを備えている。スイングバケット10e側に吊り下げ軸部材130aを備えているため、スイングローター20側に吊り下げ軸受(図示しない)を有する。吊り下げ軸部材130aには、吊り下げ軸受と嵌まるように留部131を備えている。これにより、スイングバケット10eがスイングローター20から脱落することが防止される。
図6(B)に示すように、吊り下げ軸部材130aは、側部12を貫通した一本の吊り下げ軸部材130aであってもよい。スイングローター取付部材13bは、上記の態様3と同様、その両端にジャッキ30cとスプリング30dを有することによって、所望の位置にスイングローター取付部材13bを調節可能である。
【0032】
スイングバケット10fは、吊り下げ軸部材130bを有するスイングローター取付部13cを備えている。スイングローター取付部13cは、上記の態様4と同様、その両端にジャッキ30cを有することによって、所望の位置にスイングローター取付部材13bを調節可能である。
【0033】
<スイングバケットの水平面に対する揺動軸周りの傾斜状態を確認する方法>
図7はスイングバケット10aの水平面に対する揺動軸周りの傾斜状態を確認する方法について説明する図である。スイングバケット10aの水平面に対する揺動軸周りの傾斜状態を確認するために、例えば、スイングバケット吊り下げ台40を用いて確認してもよい。スイングバケット吊り下げ台40は、底部42と、底部42に垂直に連結された側部41とを有する。側部41は、スイングバケット10aを吊り下げるための吊り下げ軸部材43を備えている。側部41は、スイングバケット10aが視認できるように、透明な部材(例えば、アクリル板など)で作製されていることが好ましい。スイングバケット10aのスイングローター取付部材13aを吊り下げ軸部材43に吊り下げ、さらに所望のサンプルを含む培養容器90を底板11に載置する。この時、底板11が所望の傾斜状態にない場合は、傾斜角調節手段(本実施態様では、錘30a)を調整することによって、底板11を所望の傾斜状態に調節することができる。
【0034】
スイングバケット10aには、さらに、底板11の傾斜状態を確認するための傾斜計14が設けられてもよい。傾斜計14を確認しながら、スイングバケット10aの底板11を所望の傾斜状態に調節することができる。傾斜計14は、水準計であってもよい。
【0035】
スイングバケット吊り下げ台40の代わりに、遠心機1から取り外したスイングローター20を用いることによって、同様にスイングバケット10aの傾斜状態を確認することも可能である。
【0036】
<遠心機>
本発明の遠心機は、上記いずれかの態様のスイングバケットと、前記スイングバケットが取り付けられたスイングローターと、を備える遠心機である。また、本発明の遠心機は、さらに、25℃~50℃の温度範囲の保温機能を有する遠心機であってもよい。
【0037】
<遠心機を用いて培養容器内の平坦な培養面上で細胞群に力を印加する方法>
本発明は、上述の遠心機を用いて培養容器内の平坦な培養面上で細胞群に力を印加する方法を提供する。一実施態様において、本発明は、遠心機が、
スイングローターと、
前記スイングローターに取り付けられたスイングバケットと、
を備え、
ここで前記スイングバケットが、平坦な培養面を有する培養容器を載置するための底板と、
前記底板に連結され、対向するように設けられた一対の側部と、
揺動軸が前記底板と平行となるように、前記側部のそれぞれに設けられたスイングローター取付部材と、
を備え、
ここで、前記スイングバケットは、停止中の前記遠心機における前記スイングバケットの前記底板にサンプルを含む前記培養容器が載置された時に、前記底板が水平面に対して揺動軸の周りに任意の角度で傾斜するように調節できる傾斜角調節手段を有し、
以下の工程:
(1)第1細胞群を含む、平坦な培養面を有する培養容器を、前記スイングバケットの前記底板に載置し、前記傾斜角調節手段を調整して、前記底板水平面に対して前記揺動軸の周りに任意の角度で傾斜するよう調整する工程、
(2)前記工程(1)後の前記スイングバケットを前記遠心機にセットし、所定時間、遠心力を印加する工程、
を含む、方法、を提供する。
【0038】
また、上記態様に加え、さらに、(3)前記第1細胞群の上に、第2細胞群を加え、所定時間、遠心力を印加する工程、を含んでもよい。
【0039】
本明細書において、「細胞群」とは、複数の接着細胞を含む細胞集合をいい、例えば、任意の培地や緩衝液に懸濁された「懸濁液形態の細胞群」や、「シート形態の細胞群」が含まれる。本明細書において、「シート形態の細胞群」とは、容器の内底面上で少なくとも一層として形成された細胞群であって、容器の内底面から剥離されてシート形態で回収可能な細胞群をいい、例えば、公知の細胞シートや、特開2010-161952公報に記載されている、懸濁液形態の細胞群に遠心力を印加することによって形成されるシート形態の細胞群も含まれる。
【0040】
本発明の一実施形態において、第1細胞群が「懸濁液形態の細胞群」である場合、本発明の方法を実施することによって、均一な層が形成されたシート形態の細胞群を得ることができる。
【0041】
本発明の一実施形態において、第1細胞群が「シート形態の細胞群」である場合、本発明の方法を実施することによって、シート形態の第1細胞群の横滑りや変形が防止され、所望の形状を保ったまま、培養容器内の平坦な培養面上の任意の場所に接着させることができる。本発明の他の実施態様において、第2細胞群が「シート形態の細胞群」である場合、本発明の方法を実施することによって、シート形態の第2細胞群の横滑りや変形が防止され、所望の形状を保ったまま、シート形態の第1細胞群の上に接着させることができる。第1細胞群又は第2細胞群が「シート形態」である場合、培養容器内の培地は除去されていることが好ましい(ただし、第1細胞群及び第2細胞群が乾燥しない程度の培地は残存していてもよい)。これにより、表面張力によって、シート形態の第1細胞群又は第2細胞群を、任意の場所に配置させることができる。
【0042】
シート形態の第1細胞群又は第2細胞群を得る方法としては、例えば、温度、pH、光、電気等の刺激によって分子構造を変化させる高分子が被覆された刺激応答性培養表面上で細胞をコンフルエント又はサブコンフルエントとなるまで培養し、温度、pH、光、電気等の刺激の条件を変えて刺激応答性培養表面を変化させることで、シート形態で剥離する方法、任意の培養表面上で細胞をコンフルエント又はサブコンフルエントとなるまで培養し、細胞培養表面上のシート形態の細胞群を端部から物理的にピンセット等により剥離する方法、ハイドロゲル等と共に細胞を培養表面上に播種し、形成されたシート形態の細胞群を剥離する方法などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0043】
本明細書において、刺激応答性培養表面に被覆されている「刺激応答性高分子」は、例えば、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(NIPAAm)、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-メチルメタクリレート)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸ナトリウム)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-ビニルフェロセン)共重合体、γ線照射したポリ(ビニルメチルエーテル)(PVME)、ポリ(オキシエチレン)、核酸などの生体物質を高分子に組み込んだ樹脂、及び上記高分子に対して架橋剤によって架橋し作製したゲルなどが挙げられるがそれらに限定されない。
【0044】
本明細書において「温度応答性高分子」は、刺激応答性高分子の1つであり、温度に応答して、その形状及び/又は性質を変化させる高分子をいう。温度応答性高分子としては、例えば、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-メチルメタクリレート)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸ナトリウム)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-ビニルフェロセン)共重合体、γ線照射したポリ(ビニルメチルエーテル)及び上記高分子に対して架橋剤によって架橋し作製したゲルなどが挙げられるが、それらに限定されない。好ましくは、例えば、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-メチルメタクリレート)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸ナトリウム)共重合体及び上記高分子に対して架橋剤によって架橋し作製したゲルなどが挙げられるが、それらに限定されない。
【0045】
一実施態様において、培養容器は、少なくともその培養面の一部に温度応答性培養表面を有する培養容器である。本明細書において、温度応答性培養表面に被覆されている温度応答性高分子は、例えば、水に対する上限臨界溶液温度(UCST:Upper Critical Solution Temperature)又は下限臨界溶液温度(LCST:Lower Critical Solution Temperature)が0~80℃であるものが挙げられる。臨界溶液温度とは、高分子の形状及び/又は性質を変化させる閾値の温度をいう。一実施態様において、温度応答性高分子は、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(NIPAAm)であってもよい。
【0046】
ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(NIPAAm)は32℃に下限臨界溶液温度(LCST)を有する高分子として知られ、遊離状態であれば、水中で32℃以上の温度で脱水和を起こしNIPAAmが凝集して白濁する。逆に32℃未満の温度ではNIPAAmは水和し、水に溶解した状態となる。本発明の一実施態様で用いられる温度応答性培養表面は、NIPAAmがシャーレなどの培養表面に被覆されて固定されたものである。したがって、32℃以上の温度であれば、培養表面のNIPAAmも同じように脱水和するが、NIPAAmが培養表面に固定されているために培養表面が疎水性を示す。逆に、32℃未満の温度では、培養表面のNIPAAmは水和するが、NIPAAmが培養表面に被覆されているため、培養表面が親水性を示す。疎水性の培養表面は細胞が付着し、増殖することができる表面であり、また、親水性の培養表面は細胞が付着しにくい表面である。そのため、温度応答性培養表面を32℃未満に冷却すると、細胞が培養表面から剥離する。細胞が培養表面全体にコンフルエントになるまで培養されていれば、培養表面を32℃未満に冷却することによってシート状の細胞群を回収することができる。
【0047】
本発明において、遠心力を印加する際に、25~45℃の温度範囲に保つために、例えば、遠心機のローター周辺に加温装置を配置してもよく、遠心機自体を25~45℃の温度範囲の場所に設置して使用してもよい。好ましくは、遠心機のローター周辺に加温装置を配置することである。加温装置は、特に限定されないが、例えばシリコーンゴムヒーターなどを用いることができる。ローター周囲の温度は、公知の温度測定デバイスを用いることにより測定することができる。測定された温度は、リアルタイムでモニターされ、過熱又は過冷却を防止することが好ましい。加熱装置は手動でオン/オフを調節してもよく、温度測定デバイスで測定された温度がリアルタイムにモニターされ、その結果に基づいて自動フィードバックする機構を備えていてもよい。
【0048】
本発明において、遠心力を印加する際の温度は、例えば、25℃~45℃、好ましくは32℃~42℃であり、より好ましくは33℃~41℃であり、さらに好ましくは34℃~39℃であり、最も好ましくは35℃~38℃である。上記温度範囲にて、細胞群に遠心力を印加すると、細胞自身による能動的な接着活性が促進され、培養表面又は他の細胞群への接着性がより向上する。
【0049】
本明細書において、遠心力は、「n×g」(nは任意の数)で表すことができ、これは、地球の重力加速度のn倍の力であることを意味する。本発明において、培養面に印加される遠心力は、例えば、25×g~500×g、25×g~450×g、25×g~400×g、25×g~350×g、25×g~300×g、25×g~250×g、50×g~500×g、50×g~450×g、50×g~400×g、50×g~350×g、50×g~300×g、50×g~250×g、100×g~500×g、100×g~450×g、100×g~400×g、100×g~350×g、100×g~300×g、100×g~250×gであってもよい。遠心力を細胞群に印加すると、培養面又は他の細胞群への接着性が向上し、接着時間を短縮することができる。
【0050】
本発明において、遠心力を印加するための遠心機の回転数(rpm)は、使用する機器、ローターの種類、ローターの半径などによって適宜決定される。上記遠心力を印加するために必要とされる遠心機の回転数(rpm)は、当業者に周知の方法によって、遠心力の値から換算することが可能である。
【0051】
本明細書において、遠心力を印加する際の所定時間とは、目的の遠心力を維持している持続時間のことであり、目的の遠心力に到達するまでの時間、および遠心力を停止させるまでの時間を含まない。本発明において、所定時間は目的に応じて設定すればよく、印加する遠心力の大きさによっても変わる。第1細胞群又は第2細胞群がシート形態の細胞群である場合、所定時間は、例えば、0.5~10分、0.5~9分、0.5~8分、0.5~7分、0.5~6分、0.5~5分、0.5~4分、0.5~3分、0.5~2分、1~10分、1~9分、1~8分、1~7分、1~6分、1~5分、1~4分、1~3分、1~2分の範囲に設定すればよい。本発明において、第1細胞群又は第2細胞群が懸濁液形態の細胞群である場合、所定時間は、例えば、20分以上、25分以上、30分以上、35分以上、40分以上、45分以上、50分以上、55分以上、60分以上、又はそれ以上であってもよく、好ましくは30分以上である。第1細胞群又は第2細胞群が懸濁液形態の細胞群である場合、所定時間の上限値は特に限定されないが、例えば、240分以下、210分以下、180分以下、150分以下、120分以下であってもよい。
【0052】
本明細書において、遠心力に到達するまでの時間とは、遠心機のローターが回転し始めた時点から、目的の遠心力に到達した時点までに要する時間をいう。本発明において、遠心力に到達するまでの時間は、25秒以上であればよく、好ましくは30秒以上、より好ましくは35秒以上、最も好ましくは40秒以上である。本発明において、遠心力に到達するまでの時間の上限値は特に限定されないが、例えば、300秒以下、250秒以下、200秒以下、150秒以下、120秒以下であってもよい。また、本発明において、遠心力に到達するまでの時間は、25秒~120秒、30秒~120秒、35秒~120秒、又は40秒~120秒の範囲に設定してもよい。遠心力に到達するまでの時間が、上記の時間であれば、遠心機の加速によって生じるシート形態の細胞群の滑り及び/又は顕著な変形を防止することが可能となる。
【0053】
本明細書において、遠心力を停止させるまでの時間とは、目的の遠心力を生じている遠心機のローターの回転が減速し始めた時点から、遠心機のローターの回転が停止した時点までに要する時間をいう。本発明において、遠心力を停止させるまでの時間とは、25秒以上であればよく、好ましくは30秒以上、より好ましくは35秒以上、最も好ましくは40秒以上である。本発明において、遠心力を停止させるまでの時間の上限値は特に限定されないが、例えば、300秒以下、250秒以下、200秒以下、150秒以下、120秒以下であってもよい。また、本発明において、遠心力を停止させるまでの時間は、例えば、25秒~120、30秒~120秒、35秒~120秒、40秒~120秒の範囲に設定してもよい。
【0054】
本発明の他の態様において、上記の(3)前記第1細胞群の上に、第2細胞群を加え、所定時間、遠心力を印加する工程、は、さらに、任意の回数繰り返すことができる。これにより、所望の厚さを有するシート状の細胞群を得ることが可能となる。
【実施例】
【0055】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0056】
なお、本実施例は、ローツェライフサイエンス社(茨城、日本)製のスイング式のプレート遠心機(iSPIN-04-28)を用いた。
【0057】
1.材料及び方法
1-1.細胞培養及び細胞シートの調製
C2C12マウス筋芽細胞(大日本住友製薬社、大阪、日本)は、10%ウシ胎児血清(FBS)(ジャパン・バイオシーラム社、名古屋、日本)を補充し、1%ペニシリン/ストレプトマイシン(Invitrogen、Carlsbad、CA、USA)を含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)(Sigma-Aldrich、St.Louis、MO、USA)中で、を37℃に設定したCO2インキュベーター(パナソニックヘルスケア社、東京、日本)で培養した。
【0058】
C2C12筋芽細胞シートは、以前報告された方法に従い(Haraguchi Y.,et al.,Nat.Protoc.2012;7:850-858;Haraguchi Y.,et al.,Methods Mol.Biol.2014;1181:139-155)、直径35mmの温度応答性培養皿(UpCell(登録商標))(セルシード社、東京、日本)を用い、20℃に設定した他のCO2インキュベーター(和研薬社、京都、日本)を使用して調製した。
【0059】
1-2.加温遠心機による遠心力の印加
Hasegawaらの方法に従い(Hasegawa A.,et al.,J.Biomed.Mater Res.A.2015;103:3825-3833)、6穴培養プレート(Corning、NY、USA)の蓋及びポリジメチルシロキサン(PDMS)(東レ・ダウコーニング社、東京、日本)を用いて、直径35mmの温度応答性培養皿を固定するデバイスを作製し、当該デバイスをスイング式プレート遠心機(iSPIN-04-28)(ローツェライフサイエンス社、茨城、日本)のスイングバケットにセットした。スイングバケットに、12gの錘(すきまパテ)(セメダイン社、東京、日本)を遠心軸に近いスイングバケットの底板に載せた(
図8)。錘が無い場合、スイングバケットの底板の、水平面に対する揺動軸周りの傾斜角は約5度であったが(
図8(A))、錘を載せたことで、前記底板は概ね水平となった(
図8(B))。ヒーター(シリコーンゴムヒーター)(スリーハイ社、神奈川、日本)を遠心機の周囲にセットし、温度センサー(タイプK熱電対)(TH-8296-2、スリーハイ社)を備えた温度コントローラ(monoone-120)(スリーハイ社)を遠心機へ導入し、ヒーターに連結した。過熱又は過冷却を避けるために、35~37℃の間でコントローラの温度設定を適切に調整した。221×g、1分又は2分(加減速の時間:40秒(
図9及び10)、20秒(
図10)又は10秒(
図10))、37℃にて、遠心処理を行った。
【0060】
1-3.温度応答性培養表面上のC2C12筋芽細胞シートの接着を定量的に評価するための機械的回転試験
【0061】
10%FBSと1%ペニシリン/ストレプトマイシンを含む加温DMEM培地(37℃)2mLを、細胞シートを有する培養皿に注ぎ、培養皿をヒートプレート(37℃)にセットした。これをレシプロ式シェーカー(日伸理化社、東京、日本)にセットし、120rpmで2分間振盪させた。細胞シートと培養面との接着性がその間に維持された場合は接着していると評価し、剥がれた場合は接着していないと評価した。
【0062】
2.結果
温度応答性培養皿上にコンフルエントに培養したC2C12筋芽細胞を、20℃に設定したCO
2インキュベーター内で、細胞シートとして自発的に剥離させ、剥離した細胞シートを培地中に浮遊させた。Haraguchiらの方法(Haraguchi Y.,et al.,Nat.Protoc.2012;7:850-858)に従って、冷えた培地を新しい加温培地(37℃)に交換した後、(i)培養皿の回転、(ii)緩やかな培地の滴下、及び/又は(iii)穏やかな培地の吸引、によって、剥離した細胞シートを広げた(
図9(A))。これらの操作は37℃のヒートプレート上で行った。剥離したC2C12筋芽細胞シートを35mm培養皿に接着させるために、錘無し(
図8(A))又は有り(
図8(B))の状態で、1分間、遠心力を印加した。その結果、錘無しで、底板の傾斜角調節を行っていないスイングバケットを用いて印加した細胞シートは、遠心軸側とは反対方向に横滑りしていた(
図9(B))。一方で錘を用いて傾斜角調節を行ったスイングバケットを用いて印加した細胞シートは、横滑りしなかった(
図9(C))。細胞シートの培養皿への接着は、レシプロ式シェーカーで120rpm、2分間処理後においても維持されていた(
図9(D))。
【0063】
遠心機の加速/減速の時間による、細胞シートの接着性の影響を調べるために、所定の遠心力(221×g)に達するまでの時間及び停止するまでの時間を、40秒、20秒、10秒に設定し、錘を用いて傾斜角調節を行ったスイングバケットを用いた遠心機において2分間、37℃で力を印加した。その結果、加速/減速の時間を20秒以下にすると、細胞シートが回転方向に変形することを認めた(
図10(C)及び(D))。
【0064】
これは、スイングバケットの底板に配置した細胞シートに対して、細胞シートを回転方向に引き伸ばす力が加わっていることによるものと考えられ、加速/減速の時間が短い場合、細胞シートの培養面への接着が弱い時期に、前記した力が加わることで変形したものと考えられる。従って、加速/減速の時間、特に加速の時間を長くすることで、回転方向の変形を抑えることが可能である。なお、前記した力は理論的に計算可能であり、
図11に、底板と平行な方向成分をベクトルで表現したものを示した。
【符号の説明】
【0065】
1 遠心機
10、10a、10b、10c、10d、10e、10f スイングバケット
11 底板
12 側部
13、13a、13b、13c スイングローター取付部材
130a、130b 吊り下げ軸部材
131 留部
14 傾斜計
20 スイングローター
21 回転軸
22 スイングアーム
23 吊り下げ軸部材
30 水平化手段
30a 錘
30b 複数のスイングローター取付部材
30c ジャッキ
30d スプリング
31 ジャッキ固定具
32 スプリング留め
40 スイングバケット吊り下げ台
41 側部
42 底部
43 吊り下げ軸部材
90 培養容器
91 培養面