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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-02
(45)【発行日】2022-11-11
(54)【発明の名称】糖尿病合併症用マーカー
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20221104BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20221104BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20221104BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/53 S
G01N33/68
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019554328
(86)(22)【出願日】2018-11-16
(86)【国際出願番号】 JP2018042575
(87)【国際公開番号】W WO2019098351
(87)【国際公開日】2019-05-23
【審査請求日】2021-11-15
(31)【優先権主張番号】P 2017221846
(32)【優先日】2017-11-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永井 竜児
(72)【発明者】
【氏名】谷口 直之
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-323515(JP,A)
【文献】特開2013-257328(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される化合物又はその塩からなる、糖尿病合併症の検査用マーカー。
【化1】
【請求項2】
式(1)で示される化合物が、下記式(1a)又は(1b)で示される化合物である、請求項1に記載の糖尿病合併症の検査用マーカー。
【化2】
【請求項3】
(A)被検対象より採取された試料中の請求項1又は2に記載のマーカー量を測定する工程を含む、請求項1又は2に記載のマーカー量を指標とした、糖尿病合併症の検査方法であって、
(B)(A)工程で得られたマーカー量の測定結果を基準値又はカットオフ値と比較することを含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病合併症用マーカー、同マーカーを指標とした糖尿病合併症の検査方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質と還元糖の反応から生成する様々な終末糖化産物であるAGEs(Advanced Glycation End-products)の生体内蓄積量が、特に生活習慣病で増大することはよく知られている(非特許文献1)。
【0003】
この内、Nε(carboxymethyl)lysine(カルボキシメチルリジン;CML)はグルコースから生成する主要な抗原性AGEs構造として報告されており、かつ測定も容易であることから、1990年代より創薬のターゲットとして着目されている(非特許文献2)。
【0004】
この様に、CMLを含め様々なAGEs構造をAGEs特異的なモノクローナル抗体(非特許文献3)、あるいは液体クロマトグラフィートリプル四重極質量分析装置(LC-MS/MS)で測定を行い、生活習慣病に関与するAGEs構造を特定する試みが継続されてきたが、糖尿病において生体含量の変動が顕著に大きいAGEs構造は見出されていない。
【0005】
竹内ら(特許文献1)はフルクトース修飾蛋白を免疫して抗AGEs抗体を得ており、同抗体が認識する抗原は糖尿病で増加することを述べているが、抗原のAGEs構造が不明であり、実用化には至っていない。
【0006】
その他の糖尿病マーカーの例として、ヘモグロビンA1c(HbA1c)が過去1-2ヶ月の血糖変動マーカーとして、グリコアルブミンが過去2-3週間の血糖変動マーカーとして知られている。しかしながら、これらは2つとも、糖尿病の血糖変動のマーカーとなるが、糖尿病の合併症のマーカーとはならない。
【0007】
一方、Glucoselysineは既知構造であるが、病態における量的な変化は調べられていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2004-323515
【非特許文献】
【0009】
【文献】Nagai R, Shirakawa J, Fujiwara Y, Ohno R, Moroishi N, Sakata N, Nagai M. Detection of AGEs as markers for carbohydrate metabolism and protein denaturation. J Clin Biochem Nutr. 55(1):1-6, 2014
【文献】Reddy S, Bichler J, Wells-Knecht KJ, Thorpe SR, Baynes JW. N epsilon-(carboxymethyl)lysine is a dominant advanced glycation end product (AGE) antigen in tissue proteins. Biochemistry. 34(34):10872-10878, 1995
【文献】Nagai R, Shirakawa JI, Ohno RI, Hatano K, Sugawa H, Arakawa S, Ichimaru K, Kinoshita S, Sakata N, Nagai M. Antibody-based detection of advanced glycation end-products: promises vs. limitations. Glycoconj J. 33(4):545-552, 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のとおり、終末糖化産物であるAGEsは以前より糖尿病およびその合併症との関連性が示唆されているが、研究レベルで実用的な臨床マーカーとなっていない。その理由として、生体AGEsは様々存在するが、(1)その測定は困難であり、(2)健常に比較して糖尿病合併症で顕著に増加するAGEsが見いだされていないためである。
【0011】
例えば1990年代より測定が比較的容易なCML等のAGEs構造が創薬のターゲットとして注目されてきた。しかし生体において十分に効果を発揮し、実用化されている成分は未だ見いだされていない。この原因として、測定は容易だが病態において顕著に増加する構造ではないAGEsが、探索マーカーとして用いられてきたところにある。
【0012】
また、糖尿病(血糖変動)のマーカーはHbA1cやグリコアルブミンがあり、既に世界的に測定がなされているが、合併症のマーカーは未だに存在していなかった。
【0013】
本発明は、従来の技術における上記した状況に鑑みてなされたものであり、糖尿病合併症を検査できるマーカーを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は、上記の課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、健常ラットに比較して糖尿病ラットで増加する物質を液体クロマトグラフィートリプル四重極質量分析装置(LC-MS/MS)で分析し、糖尿病合併症のマーカーとして利用できるGlucoselysineの構造を特定し、本発明を完成した。
本発明のマーカーが有する構造以外には、糖尿病において生体含量の変動が大きいAGEs構造は世界的に例を見ない。
また、本構造自体は新規ではないが、糖尿病等の病態マーカーとして測定された報告はない。Glucoselysineは糖尿病合併症の一つである白内障で顕著に増加することが確認されたため、糖尿病合併症の有無を高い確率で評価可能とするマーカーとして有効である。
すなわち、本発明は以下に関する。
【0015】
〔1〕 下記式(1)で示される化合物又はその塩からなる、糖尿病合併症の検査用マーカー。
【0016】
【化1】
【0017】
〔2〕 式(1)で示される化合物が、下記式(1a)又は(1b)で示される化合物である、〔1〕に記載の糖尿病合併症の検査用マーカー。
【0018】
【化2】
【0019】
〔3〕(A) 被検対象より採取された試料中の〔1〕又は〔2〕に記載のマーカー量を測定する工程;及び
(B) (A)工程で得られたマーカー量の測定結果に基づき、糖尿病合併症の発症の有無又は発症するリスクを判定する工程、
を含む、〔1〕又は〔2〕に記載のマーカー量を指標とした、糖尿病合併症の検査方法。
〔4〕 試料を液相において塩酸等の酸を用いて処理すること、及び、液相において処理した試料を強酸性陽イオン交換樹脂に添加し、非酸性条件下で溶出する、〔3〕に記載の糖尿病合併症の検査方法。
〔5〕 液相中での処理が65~100℃で6~24時間の処理である、〔4〕に記載の糖尿病合併症の検査方法。
〔6〕 強酸性陽イオン交換樹脂から溶出された溶出液をさらに濾過処理することを含む、〔4〕~〔5〕のいずれかに記載の糖尿病合併症の検査方法。
〔7〕 マーカー量の測定を液体クロマトグラフィー-質量分析することを含む、〔3〕~〔6〕のいずれかに記載の糖尿病合併症の検査方法。
〔8〕 液体クロマトグラフィー-質量分析が、液体クロマトグラフィー-タンデム型質量分析である、〔7〕に記載の糖尿病合併症の検査方法。
〔9〕 式(1)で示される化合物又はその塩の、糖尿病合併症の検査用マーカーとしての使用。
〔10〕 式(1)で示される化合物又はその塩を検出する糖尿病合併症の検査用試薬。
〔11〕 式(1)で示される化合物又はその塩を検出する糖尿病合併症の検査用試薬の製造のための、式(1)で示される化合物又はその塩の使用。
〔12〕 〔3〕~〔8〕のいずれかに記載の糖尿病合併症の検査方法により糖尿病合併症を検査すること、及び、
糖尿病合併症と判定された患者に、糖尿病合併症の治療剤を投与することを含む、
糖尿病合併症の治療方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明のマーカーは、糖尿病合併症の検査用マーカーとして有用である。
生活習慣病の一つである糖尿病の患者は、わが国では現在その予備軍も含めると2050万人にのぼり、QOLの低下及び国民総医療費を増大させる緊急の社会問題となっている。
糖尿病になると5年ないし10年程度で、網膜症、白内障、腎症、神経症など様々な合併症を発症する。
しかし、これまで血糖値のマーカーはあるものの、合併症のマーカーは存在しなかった。糖尿病合併症のマーカーは、糖尿病合併症の早期発見につながり、さらに合併症の予防薬(化学物質、食品、食品由来成分等)の開発にもつながるため、HbA1cのように、世界的に測定される可能性が大いに考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、健常ラットに比較して、糖尿病を誘発したラットの水晶体に蓄積が増加する物質についてLC-MS/MS解析により測定した結果を示す図である。Aは、健常ラットの測定結果を示す図である。Bは、糖尿病ラットの測定結果を示す図である。
図2図2は、LC-MS/MSを用いた生体中(健常及び糖尿病モデルラット水晶体中)のGlucoselysineの測定結果を示す図である。
図3図3は、抗体を用いた健常及び糖尿病モデルラット水晶体中のGlucoselysineの測定結果を示す図である。Aは、CML抗体を用いたラット水晶体中のCMLの測定結果を示す図である。Bは、Glucoselysineを認識する抗体を用いたラット水晶体中のGlucoselysineの測定結果を示す図である。
図4図4は、健常及び糖尿病モデルマウス水晶体中のGlucoselysine(GL)の測定結果を示す図である。Aは、健常マウスの水晶体中のGLの測定結果(上段がGL、下段が内部標準)を示す図である。Bは、健常及び糖尿病モデルマウスの測定結果を示す図である。
図5図5は、Glucoselysine(GL)及びFructoselysine(FL)の塩酸加水分解に対する安定性試験の結果を示す図である。Aは、GLの試験結果を示す図である。Bは、FLの測定結果を示す図である。
図6図6は、TOF-MSを用いた健常及び糖尿病患者血清中のCML及びGlucoselysine(GL)の測定結果を示す図である。Aは、CMLの測定結果を示す図である。Bは、GLの測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明について説明する。
【0023】
(糖尿病合併症の検査用マーカー)
本発明者等は、健常ラットに比較して、糖尿病を誘発したラットの水晶体に蓄積が増加する物質を単離し、LC-MS/MS解析およびNMRで構造を同定した結果、Glucoselysineという構造が見いだされた。
本構造の化合物は、糖尿病を誘発したラットの血清でも検出された。すなわち、本発明者等は、これまで構造が不明で測定が困難であったAGEsを特定し、かつ病態での変動が顕著なAGEs構造を見いだした。
血中GlucoselysineをLC-MS/MSで測定することによって、今まで不可能であった糖尿病の合併症の進展を評価できる可能性が高い。また、Glucoselysineに対するモノクローナル抗体、あるいはポリクローナル抗体によって、より簡便に生体濃度を評価できる。
【0024】
本発明者等により糖尿病合併症の検査用マーカーとして同定された化合物は、以下の構造を有するGlucoselysineであり、化学名は、2-amino-6-((2,4,5-trihydroxy-6-(hydroxymethyl)tetrahydro-2H-pyran-3-yl)amino)hexanoic acidである。
【0025】
【化3】
【0026】
本発明の糖尿病合併症の検査用マーカー(以下、単に「本発明のマーカー」ということがある)である化合物は、好ましくは以下の構造及び物性を有するα-Glucoselysineであり、化学式名は、2-amino-6-(((2S,3R,4R,5S,6R)-2,4,5-trihydroxy-6-(hydroxymethyl)tetrahydro-2H-pyran-3-yl)amino)hexanoic acidである化合物、及び、以下の構造及び物性を有するβ-Glucoselysineであり、化学式名は、2-amino-6-(((2R,3R,4R,5S,6R)-2,4,5-trihydroxy-6-(hydroxymethyl)tetrahydro-2H-pyran-3-yl)amino)hexanoic acidである化合物である。
【0027】
【化4】
【0028】
化合物(1)の塩としては、生理学的に許容される塩が挙げられる。生理学的に許容される塩としては、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属との塩;マグネシウム等のアルカリ土類金属との塩;アンモニア、エタノールアミン、2-アミノ-2-メチル-1-プロパノール等のアミンとの塩等が挙げられる。この他、生理的に許容されるものであれば塩の種類は特に限定されることはない。
【0029】
「糖尿病合併症の検査用マーカー」とは、糖尿病合併症(限定されないが、例えば、糖尿病に伴う腎症、眼疾患、心血管合併症、神経症等)の発症の有無や発症のリスクの判断の指標とすることができる。また、糖尿病合併症の発症の有無や発症するリスクの判定・診断、及びそのための情報の提供、それらの症状や疾患の予防や治療法の開発にも利用可能である。
なお、糖尿病合併症は、ミクロアンギオパチー(微小血管障害)とマクロアンギオパチー(動脈硬化性疾患)に大別され、前者では血糖コントロールにおいて予防できることから、早期に診断できることが望ましい。ミクロアンギオパチーにおいては糖尿病性神経障害、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症が代表的であり、糖尿病の三大合併症とも呼ばれる。糖尿病を放置していた場合、合併症が出現する初期においては主に神経障害の割合が多く、その後に単純性網膜症の進行が認められる。その後、微量アルブミン尿、間欠の蛋白尿が見られるようになり、失明・腎不全といった重症化に至る。本発明の検査用マーカーは糖尿病の合併症全般を予見できるものであり、後述の実施例でも示される通り、眼球の異常を反映したマーカーであることから、好適には網膜症の進行を予見するマーカーとして使うことができる。また、網膜症の進行が予見できることから、本発明の一態様として、その後に現れる腎症などの合併症などへの進行も予見することに使うことができる。
なお、本発明の「糖尿病合併症の検査用マーカー」は、「糖尿病の検査用マーカー」としても利用可能であり、そのような形態も本発明に包含される。
【0030】
(糖尿病合併症の検査方法)
また、本発明は、本発明のマーカーの量を指標とした、糖尿病合併症の検査方法(以下、単に「本発明の検査方法」ということがある)に関する。本発明の検査方法は、少なくとも以下の工程を含む。
(A) 被検対象より採取された試料中の、本発明のマーカー量を測定する工程;及び
(B) (A)工程で得られたマーカー量の測定結果に基づき、糖尿病合併症の発症の有無又は発症するリスクを判定する工程。
【0031】
(A)工程では、被検対象より採取された試料中の、本発明のマーカー量(濃度、濃度に対応する値等)を測定する。
本発明の検査方法の被検対象としては、糖尿病合併症の検査を望む(又は、検査が望まれる)ヒト又はヒト以外の哺乳類が挙げられる。
本発明の検査方法に用いられる生体試料は、糖尿病合併症の検査を望む(又は、検査が望まれる)被検対象から採取されるものである。生体試料としては、生体から採取されるあらゆる細胞、組織及び体液、例えば、皮膚、筋肉、骨、脂肪組織、脳神経系、感覚器系、心臓及び血管等の循環器系、肺、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓、消化器系、胸腺、リンパ、血液、全血、血清、血漿、リンパ液、唾液、尿、腹水、喀痰等、並びにそれらの培養物が挙げられる。このうち、全血、血清、血漿、尿が好ましく、血清、血漿がより好ましい。生体試料の調製及び処理は、その後の測定方法に応じて常法に基づいて調製及び処理することができるが、例えば、試料の処理方法として、試料を液相において塩酸等の酸を用いて処理すること、及び、液相において処理した試料を強酸性陽イオン交換樹脂に添加し、非酸性条件下で溶出することが好ましい。
また、液相中での処理が65~100℃で6~24時間の処理であることがさらに好ましい。
また、強酸性陽イオン交換樹脂から溶出された溶出液をさらに濾過処理することがさらに好ましい。
【0032】
マーカー量の測定方法は特に限定されない。測定方法の例としては、例えばキャピラリー電気泳動-質量分析(CE-MS)法、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、ガスクロマトグラフィー(GC)、チップLC、チップCE、それらに質量分析計(MS)を組み合わせたGC-MS法、液体クロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)法、LC-MS/MS法、LC-MS/MS/MS法等の液体クロマトグラフィー-タンデム型質量分析法、CE-MS法、飛行時間型質量分析((Q)TOF-MS)法、単独のMS法、NMR法、抗体を使用したELISA法等による免疫学的測定法等が挙げられる。好ましくは、測定方法として、LC-MS法、LC-MS/MS法、LC-MS/MS/MS法が挙げられる。測定対象を本発明のマーカーとする以外は、各測定方法の常法に基づいて測定することができる。
【0033】
(B)工程では、(A)工程で得られたマーカー量の測定結果に基づき、糖尿病合併症の発症の有無又は発症するリスクを判定する。
判定に用いる基準値やカットオフ値は、使用するサンプルの種類や状態、検査対象、要求される精度(信頼度)等を考慮し適宜決定できる。例えば、糖尿病合併症の発症の有無を判定する場合には、糖尿病合併症を発症していない対象の血中のマーカー量を測定し、予め基準値を決定しておく。被検対象の血中のマーカー量がこの基準値と有意な差を示したとき、糖尿病合併症を発症していると判定できる。また、例えば、糖尿病合併症の発症のリスクを判定する場合には、糖尿病合併症を発症していない対象の血中のマーカー量を測定し基準値を決定し、さらに糖尿病合併症を発症している対象の血中のマーカー量を測定し基準値を決定しておく。これら基準値の間の数値をいくつかの段階に分け、各段階毎に、例えば「糖尿病合併症を発症するリスクが高い」、「糖尿病合併症を発症するリスクが中程度」、「糖尿病合併症を発症するリスクが低い」等の判定基準を決定しておく。被検対象の血中のマーカー量に応じて、糖尿病合併症を発症するリスクを判定できる。
【0034】
本発明の検査方法は、上記化合物(1a)又は(1b)の量を測定する方法であってよいが、好ましくは化合物(1a)及び(1b)、すなわち化合物(1)を測定する方法である。式(1)で示される化合物又はその塩を検出する糖尿病合併症の検査用試薬としては、例えば抗体等が挙げられる。
【実施例
【0035】
以下に実施例を挙げて本発明の詳細を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
<実施例1>
(LC-MS/MSによる生体(ラット)中のGlucoselysineの検出)
健常ラットに比較して、糖尿病を誘発したラットの水晶体に蓄積が増加する物質を単離し、LC-MS/MS解析(結果を図1に示す)及び1H-NMRで構造を同定した結果、以下の構造及び物性を有するGlucoselysineという構造が見いだされた。
【0037】
【化5】
【0038】
生体中のGlucoselysineを、LC-MS/MSにより分析した。
すなわち、健常ラット及び糖尿病モデルラット(N=5)それぞれの水晶体破砕液200 μgに対し、6Nの無鉄塩酸を1mL加え、100℃で18h加熱し、加水分解を行った。加水分解後、遠心濃縮により乾固させたサンプルを1mLの蒸留水に溶解し、陽イオン交換カラムであるStrata-X-Cカラム(Phenomenex、Torrance、CA、USA)を用いて分画を行った。
カラムは1 mLのMeOHにて洗浄後、1 mLの蒸留水で平衡化した後、サンプルを全量通過させ、2%ギ酸 3 mLで洗浄、7% アンモニア3 mLで溶出した。溶出した画分を乾固し、0.1%ギ酸を含む20%アセトニトリル1mLにて溶解後、LC-MS/MS(TSQ Quantiva, Thermo Fisher)にて測定を行った。
LC-MS/MSのカラムにはZIC(登録商標)-HILIC column (150 × 2.1 mm, 5 μm) (Merck Millipore, Billerica, MA, USA)を用い、移動相は0.1%ギ酸を含む蒸留水と0.1%ギ酸を含むアセトニトリルによるグラジュエントとした。ポジティブモードのエレクトロスプレーイオン化法によってイオン化し、Glucoselysineはプリカーサーイオンm/z 309、 プロダクトイオンm/z 291(コリジョンエネルギー12V)にて測定し、内部標準である[13C6] Glucoselysineはプリカーサーイオンm/z 315、プロダクトイオンm/z 297にて測定した。
溶出位置はGlucoselysine、内部標準ともに14 min付近である。
【0039】
結果は、チャートにおけるGlucoselysine/Lysineの面積比として示した。結果を図2に示す。健常マウスに対し、糖尿病モデルラットの水晶体中のGlucoselysineは顕著に増加していることが示された。
【0040】
<実施例2>
(抗体による生体(ラット)中のGlucoselysineの検出)
Glucoselysineを認識する抗体と、CML抗体(抗CML抗体クローン6D12,コスモバイオ)とを用いて、健常ラット及び糖尿病モデルラット(N=5)それぞれの水晶体におけるGlucoselysine及びCMLの含有量を測定した。
【0041】
結果を図3に示す。CMLは、健常マウスと糖尿病モデルラットの水晶体中の量に顕著な差が認められなかった。一方、Glucoselysineは、健常マウスと糖尿病モデルラットの水晶体中の量に顕著な差が認められた。
【0042】
Glucoselysineは生体試料を用いた検出において糖尿病及びその合併症の発症に対して著しく増加することが明らかとなった。
【0043】
<実施例3>
(LC-MS/MSによる生体(マウス)中のGlucoselysineの検出)
健常マウス(N=12)及び糖尿病モデルマウス(N=20)について、実施例1の手法に基づいて、水晶体中のGlucoselysineを検出した。
【0044】
結果を図4に示す。溶出位置はGlucoselysine、内部標準ともに14 min付近である(図4のA)。健常マウスに対し、糖尿病モデルマウスの水晶体中のGlucoselysineは顕著に増加していることが示された(図4のB)。
【0045】
<実施例4>
(Glucoselysineの安定性の評価)
フルクトースとリジンの反応からGlucoselysine、グルコースとリジンの反応からFructoselysineを合成しHPLCで単離した。処理時間を変更した以外は実施例1の手法に基づいて、Glucoselysine及びFructoselysineについてそれぞれ塩酸加水分解を行った。塩酸加水分解後、各処理時間のサンプル中に含まれる物質をQTOF-MS(Bruker, compact)で同定した。
【0046】
結果を図5に示す。FructoselysineはGlucoselysineの異性体であり、Glucoselysineと同様に糖尿病モデルマウスの水晶体中の増加が確認されたが、Fructoselysineは塩酸加水分解処理の6時間後には検出できなくなった。Fructoselysineは、塩酸加水分解によりFurosineに変換され、塩酸加水分解処理の12時間後から検出された。これに対し、GlucoselysineはFurosineに変換されず、塩酸加水分解処理の18時間後でも定量可能であった。Glucoselysineは塩酸加水分解に対して安定であることが明らかとなった。
【0047】
<実施例5>
(TOF-MSによる生体(ヒト)中のGlucoselysineの検出)
健常者(N=3)及び糖尿病患者(N=11)より血液を採取し、血清を調製し、血清中のGlucoselysineをQTOF-MSにより分析した。
【0048】
結果を図6に示す。CML量は、健常者及び糖尿病患者間で違いが見られなかった(図6のA)。Glucoselysine量は、糖尿病患者血清において健常者に対し、顕著に増加していることが示された(図6のB)。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、糖尿病及びその合併症の検査マーカー、糖尿病及びその合併症抑制サプリメント、食品等に適用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6