(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-04
(45)【発行日】2022-11-14
(54)【発明の名称】氷結晶の形成または成長抑制用組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 15/11 20060101AFI20221107BHJP
A01N 1/02 20060101ALI20221107BHJP
C12N 1/04 20060101ALI20221107BHJP
C12N 1/16 20060101ALI20221107BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20221107BHJP
A23L 3/37 20060101ALI20221107BHJP
【FI】
C12N15/11 Z
A01N1/02
C12N1/04
C12N1/16 H
C12N1/20 B
A23L3/37 A
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2019219641
(22)【出願日】2019-12-04
【審査請求日】2021-04-08
(31)【優先権主張番号】10-2019-0159420
(32)【優先日】2019-12-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】513246872
【氏名又は名称】ソウル大学校産学協力団
【氏名又は名称原語表記】SEOUL NATIONAL UNIVERSITY R&DB FOUNDATION
(73)【特許権者】
【識別番号】510273880
【氏名又は名称】コリア ユニバーシティ リサーチ アンド ビジネス ファウンデーション
【氏名又は名称原語表記】KOREA UNIVERSITY RESEARCH AND BUSINESS FOUNDATION
(73)【特許権者】
【識別番号】516052766
【氏名又は名称】プキョン ナショナル ユニバーシティ インダストリ ユニバーシティ コーポレーション ファウンデーション
【氏名又は名称原語表記】PUKYONG NATIONAL UNIVERSITY INDUSTRY-UNIVERSITY COOPERATION FOUNDATION
(74)【代理人】
【識別番号】100137095
【氏名又は名称】江部 武史
(74)【代理人】
【識別番号】100091627
【氏名又は名称】朝比 一夫
(72)【発明者】
【氏名】ドン ジュン アン
(72)【発明者】
【氏名】イェ ダム イ
(72)【発明者】
【氏名】ド ニュン キム
(72)【発明者】
【氏名】チャン ソク イ
(72)【発明者】
【氏名】サン ウック ウ
(72)【発明者】
【氏名】ス ヒュン パク
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2018-0109237(KR,A)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0108125(KR,A)
【文献】特表2011-504107(JP,A)
【文献】ACS Appl. Mater. Interfaces,2017年,Vol.9,pp.18434-18439
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
A01N 1/00-65/48
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
既に決定された位置で折り曲げられて複数の鎖をなすスキャフォールド核酸と、少なくとも一部が前記スキャフォールド核酸と相補的な配列を有し、前記複数の鎖の少なくとも一つに結合して二本鎖を形成する複数のステープル核酸とを含む核酸構造体を含
み、
前記核酸構造体は、4~24個のヘリックスバンドルを含
むことを特徴とする氷結晶の形成または成長抑制用組成物。
【請求項2】
前記核酸構造体は、その陰電荷の少なくとも一部に結合された陽イオンを含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記核酸構造体に結合された前記陽イオンは、Na
+、NH
4
+、またはMg
2+である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記核酸構造体は、氷結晶と接触できる面を含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
前記核酸構造体のヘリックスの少なくとも一つは、少なくとも一部に一本鎖からなるギャップを有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
前記核酸構造体は、ねじれを持つか、又は曲線のヘリックスバンドルを含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物を含む、細胞または組織凍結用組成物。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物を含む、食品凍結用組成物。
【請求項9】
請求項7に記載の組成物の存在下で対象細胞または組織を氷点下の温度にさらすステップを含む、細胞または組織の凍結方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、氷結晶の形成または成長抑制用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
低温保護剤(cryoprotective agent、CPA)は、溶液中に存在するとき、0℃下の温度にさらされる溶液における氷結晶の形成を低減または阻害できる化合物である。現在のCPAは、小分子(浸透性CPAと呼ばれることもある。)、合成ポリマー、および凍結防止剤タンパク質を含む。
【0003】
現在、臓器移植は、生存率、生活の質および費用対効果の側面で末期臓器不全の最良の治療法である。しかし、残念ながら、臓器移植物の供給と需要の間には相当な格差が存在する。この格差は、体を衰弱させる疾患を有する患者に長期間の待機期間中の生活の質の低下を招き、重大な医療障壁になっている。臓器の顕著な不足は、信頼できる保存方法の不在により発生するかなりの廃棄物に起因する。実際に肺、膵臓および心臓の50%以上は、死亡したドナーから提供されないままである。
【0004】
臓器を適切に保存するためには、臓器を保存溶液で洗浄して血液を除去し、臓器を安定化させなければならない。保存溶液中で安定化した後も、ドナーから摘出後に臓器の割り当て、輸送及び移植に利用可能な時間は限られている(6~12時間)。この短い時間は、ほとんどの臓器が地域の患者に提供されることをもたらす。遠隔の患者とのマッチは、限られた時間内に確認できないことがしばしばあるからである。この不足の結果として、ほぼ全ての国で人間の臓器の売買を禁止する法律が存在しているにもかかわらず、違法な臓器売買および人身売買が増加して需要を供給してきた。
【0005】
臓器保存で使用される現在の浸透性CPAは、一般的に、特にエチレングリコール、1,2-プロパンジオール、ジメチルスルホキシド、ホルムアミド、グリセロール、スクロース、ラクトース、及びD-マンニトールを含む。臓器保存温度で氷結晶の成長を低減または阻害するためには、浸透性CPAの有効濃度が非常に高くなければならない(60%以上がしばしば求められる。)。その高濃度では、これらの化合物は保存しようとする組織に毒性であることがあり、移植前の加温時のCPAの大量除去は不可逆的な細胞死を引き起こすことがある。
【0006】
氷結晶の形成を低減または阻害するのに使用される他のCPAは、合成ポリマー及び凍結防止剤タンパク質を含む。浸透性CPAと同様に、これらはそれぞれ欠点を持っている。例えば、合成ポリマーは、細胞膜を浸透することができない。このため、合成ポリマーCPAは、細胞外の氷の形成のみを制御できる。生物サンプルを効果的に保存するために、氷結晶の形成は、細胞の内部及び外部の両方で制御しなければならない。自然に発生する凍結防止剤タンパク質、例えば魚類、植物または昆虫から単離されたタンパク質は、氷の形成を防止するのに非常に効果的であるが、現在利用可能な凍結防止剤タンパク質は、純度は低く、非常に高価である。付加的に、生物サンプルを保存するための凍結防止剤タンパク質の使用は、免疫原性の潜在的な供給源を導入する。
【0007】
DNAオリガミ技術は、通常7,000~8,000個程度の塩基を持った長いDNA鎖(strand)を、数十から数百個の短いDNA鎖で折り曲げて固定し、所望の構造物を作り上げる技術である。
【0008】
DNAナノテクノロジーでは、所望の形状の構造物を作るために、ワトソン-クリック結合法則を利用して、予めプログラムされた特定の塩基配列のDNA鎖を合成する。当該DNAは、自身と相補的な塩基配列を持った他のDNAと自己集合されて、二重らせんDNAを成す。同じ原理を利用すれば、ホリデイジャンクション(Holliday junction)と呼ばれる接合箇所(折り曲げられた箇所)を介して2つの二重らせんDNAを平行に連結できる。この方法で多数の二重らせんDNAを連結すると、2次元平面上で特定の形状を有するDNAナノ構造物を作成することができる。同じ原理を空間に拡張すると、特定の格子構造を有する3次元形状の構造物が作られる。
【0009】
DNAオリガミでは、構造物を作るための基本骨格として、7,000~8,000個程度の塩基で構成される長い一本鎖DNAを使用するが、これをスキャフォールド(scaffold)と呼ぶ。また、スキャフォールドの特定の部分を連結してナノ構造物を作るために、20~50個程度の塩基で構成される短い一本鎖DNAを約200個程度化学的に合成して使用するが、このDNAをステープル(staple)と呼ぶ。ステープルは、作ろうとする構造物の形状によって、スキャフォールドの特定の部分のみに結合するように、その数および塩基配列が正確に設計されなければならない。
【0010】
スキャフォールドとステープルの相互結合は水溶液中で行われ、その中には、緩衝溶液バッファとDNAとの間の静電反発力を緩和するために塩イオン(MgCl2又はNaCl)が添加される。すべての反応物が含まれた溶液を80℃程度の温度で加熱した後、数時間から数十時間の間、徐々に温度を下げる熱アニーリング(thermal annealing)手法を用いると、水溶液中のステープルがスキャフォールドの指定位置に相補的に結合してDNAナノ構造物を成すことになる。
【0011】
このDNAオリガミ技術は、数ナノメートル(nm)以内の高精度で、従来のトップダウン手法では作成できない複雑な形状の2次元/3次元ナノ構造物を作成することができる。
【0012】
しかし、このDNA構造体と氷の再結晶化との関連性は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】韓国公開特許第2018-0084782号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、新規な氷結晶の形成または成長抑制用組成物を提供することを目的とする。
【0015】
本発明は、細胞または組織凍結用組成物を提供することを目的とする。
【0016】
本発明は、食品凍結用組成物を提供することを目的とする。
【0017】
本発明は、細胞または組織の凍結方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
1.既に決定された位置で折り曲げられて複数の鎖をなすスキャフォールド核酸と、少なくとも一部が前記スキャフォールド核酸と相補的な配列を有し、前記複数の鎖の少なくとも一つに結合して二本鎖を形成する複数のステープル核酸とを含む核酸構造体を含む氷結晶の形成または成長抑制用組成物。
【0019】
2.前記項目1において、前記核酸構造体は、その陰電荷の少なくとも一部に結合された陽イオンを含む、組成物。
【0020】
3.前記項目2において、前記核酸構造体に結合された前記陽イオンは、Na+、NH4
+、またはMg2+である、組成物。
【0021】
4.前記項目1において、前記核酸構造体は、2つ以上のヘリックスバンドルを含み、かつ氷結晶と接触できる面を含む、組成物。
【0022】
5.前記項目1において、前記核酸構造体のヘリックスの少なくとも一つは、少なくとも一部に一本鎖からなるギャップを有する、組成物。
【0023】
6.前記項目1において、前記核酸構造体は、ねじれを持つか、又は曲線のヘリックスバンドルを含む、組成物。
【0024】
7.前記項目1~6のいずれか一つの組成物を含む細胞または組織凍結用組成物。
【0025】
8.前記項目1~6のいずれか一つの組成物を含む食品凍結用組成物。
【0026】
9.前記項目7の組成物の存在下で対象細胞または組織を氷点下の温度にさらすステップを含む、細胞または組織の凍結方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明の組成物は、氷の再結晶の抑制効果に優れる。これにより、細胞の凍結保存時の細胞生存率を高めることができ、食品凍結に使用時にもその食品の食感を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】
図1は、スキャフォールド核酸とステープル核酸が結合して構造体を形成することを示す図である。
【
図2】
図2は、様々な核酸オリガミ構造体を示すものである。Aは4ヘリックスバンドル(堅固構造)、Bは4ヘリックスバンドル(柔軟構造)、Cはロゼムンド・スクエア、Dは12ヘリックスバンドル(堅固構造)、Eは12ヘリックスバンドル(90度曲がった構造)、Fは12ヘリックスバンドル(45度曲がった構造)である。
【
図3】
図3は、4、6、12ヘリックスバンドルの堅固構造を示すものである。
【
図4】
図4は、4ヘリックスバンドルの柔軟構造、6ヘリックスバンドルの柔軟構造を示すものである。
【
図5】
図5は、ギャップを有するかまたは有しないオリガミ構造体を示すものである。
【
図6】
図6は、1次シェル内の陽イオンを取り囲む水分子のオクタヘドラル構造を示すものである。
【
図7】
図7は、陽イオンの2次シェル構造を示すものである。
【
図8】
図8は、温度225Kにおける様々なイオン濃度による氷成長(Ice fraction)の結果である。(A)は、コントロール(no ions+pure water)に対する10mM NaClと10mM MgCl
2溶液の氷成長(Ice fraction)であり、MgCl
2(Pink)、NaCl(Brown)、control(Green)を示す。(B)は、コントロール(no ions+pure water)に対する50mM NaClと50mM MgCl
2溶液の氷成長(Ice fraction)であり、MgCl
2(Blue)、NaCl(Cyan)、control(Green)を示す。(C)は、コントロール(no ions+pure water)に対する150mM NaClと150mM MgCl
2溶液の氷成長(Ice fraction)であり、MgCl
2(Red)、NaCl(Orange)、control(Green)を示す。(D)は、(A)、(B)、(C)を共に示す図である。
【
図9】
図9は、Mg
2+イオンと水分子のラジカル分布関数である。
【
図10】
図10は、動的平衡化されたDNA構造体を示すものである。
【
図11】
図11は、10mM MgCl
2の存在下における5つのDNA構造体のRMSD値を示すものである。
【
図12】
図12は、10mM MgCl
2の存在下における5つのDNA構造体のSASA値を示すものである。
【
図13】
図13は、DNAバックボーンにおける10Å以内のMg
2+イオンの数を示すものである。
【
図14】
図14は、40ns DNAバックボーンにおける10Å以内のMg
2+イオンの分布を示すものである。
【
図15】
図15は、様々なDNAオリガミ構造体の氷成長(ice fraction)を示すものである。
【
図16】
図16は、0nsにおける環状(circular)DNAオリガミ構造体の最初の構造を示すものである。アイスシード(Ice seed)層:厚さ8Åのプリズム面(prism surface)(Blue)、DNAバックボーン(Orange)、Mg
2+イオン(Green)、(a)側面、(b)前面、(c)後面。
【
図17】
図17は、30nsにおける環状DNAオリガミ構造体の動的構造を示すものである。Ice seed層:厚さ8Åのprism surface(Blue)、DNAバックボーン(Orange)、Mg
2+イオン(Green)、クリップ面(clipped plane)上のMg
2+イオン(Red)、成長する氷(Cyan)、(a)側面、(b)前面、(c)後面。
【
図18】
図18は、0nsにおける曲がった(curved)DNAオリガミ構造体の最初の構造を示すものである。Ice seed層:厚さ8Åのprism surface(Blue)、DNAバックボーン(Orange)、Mg
2+イオン(Green)、(a)側面、(b)前面、(c)後面。
【
図19】
図19は、30nsにおける曲がった(curved)DNAオリガミ構造体の動的構造を示すものである。Ice seed層:厚さ8Åのprism surface(Blue)、DNAバックボーン(Orange)、Mg
2+イオン(Green)、(a)側面、(b)前面、(c)後面。
【
図20】
図20は、0nsにおける直線状DNAオリガミ構造体の最初の構造を示すものである。Ice seed層:厚さ8Åのprism surface(Blue)、DNAバックボーン(Orange)、Mg
2+イオン(Green)、(a)側面、(b)前面、(c)後面。
【
図21】
図21は、30nsにおける直線状DNAオリガミ構造体の動的構造を示すものである。Ice seed層:厚さ8Åのprism surface(Blue)、DNAバックボーン(Orange)、Mg
2+イオン(Green)、(a)側面、(b)前面、(c)後面。
【
図22】
図22は、0nsにおける環状側面型(circle side)DNAオリガミ構造体の最初の構造を示すものである。Ice seed層:厚さ8Åのprism surface(Blue)、DNAバックボーン(Orange)、Mg
2+イオン(Green)、(a)側面、(b)前面、(c)後面。
【
図23】
図23は、30nsにおける環状側面型DNAオリガミ構造体の動的構造を示すものである。Ice seed層:厚さ8Åのprism surface(Blue)、DNAバックボーン(Orange)、Mg
2+イオン(Green)、(a)側面、(b)前面、(c)後面。
【
図24】
図24は、直線状DNAオリガミ周囲のMg
2+イオンの数を示すものである。
【
図25】
図25は、環状DNAオリガミ周囲のMg
2+イオンの数を示すものである。
【
図26】
図26は、曲がったDNAオリガミ周囲のMg
2+イオンの数を示すものである。
【
図27】
図27は、環状側面型DNAオリガミ周囲のMg
2+イオンの数を示すものである。
【
図28】
図28は、様々なDNAオリガミの20nsの間のRMSD値を示すものである。
【
図29】
図29は、様々なDNAオリガミの20nsの間のSASA値を示すものである。
【
図30】
図30は、様々なDNAオリガミの20nsの間の氷成長を示すものである。
【
図32】
図32は、純粋な蒸留水にMgCl
2のみを含有するバッファ溶液のRI測定結果である。
【
図33】
図33は、純粋な蒸留水にMgCl
2のみを含有するバッファ溶液のRI測定結果である。
【
図34】
図34は、構造化されていない一本鎖状態のDNAが存在する溶液のRI測定結果である。
【
図35】
図35は、構造化されていない一本鎖状態のDNAが存在する溶液のRI測定結果である。
【
図36】
図36は、スキャフォールドDNA試料のRI測定結果である。
【
図37】
図37は、スキャフォールドDNA試料のRI測定結果である。
【
図38】
図38は、4ヘリックスバンドルの堅固構造および柔軟構造を示すものである。
【
図39】
図39は、6ヘリックスバンドルの堅固構造および柔軟構造を示すものである。
【
図40】
図40は、ロゼムンド・スクエア構造を示すものである。
【
図41】
図41は、12ヘリックスバンドルの堅固構造および曲がった構造を示すものである。
【
図42】
図42は、DNAオリガミ構造体のRI効果を示すものである。
【
図43】
図43は、DNAオリガミ構造体のRI効果を示すものである。
【
図44】
図44は、DNAオリガミ構造体のRI効果を示すものである。
【
図45】
図45は、DNAオリガミ構造体のRI効果を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0030】
本発明は、氷結晶の形成または成長抑制用組成物に関するものである。
【0031】
本発明の氷結晶の形成または成長抑制用組成物は、氷結晶の形成または成長を抑制することができる。
【0032】
氷の結晶は、氷の再結晶化により成長できるが、これは小さな氷結晶から更に大きな氷結晶に成長する過程を意味する。この成長は、オストヴァルト熟成(Ostwald ripening)のメカニズムにより起こる。オストヴァルト熟成(Ostwald ripening)は、常温と結晶の間の表面エネルギーの差による圧力によって、融解-拡散-再凍結または昇華-拡散-凝縮のメカニズムで進行され得る。換言すれば、氷結晶の成長は、氷同士がくっついて成長するのではなく、小さな氷結晶が結晶の間で融解して大きな氷結晶に向かって拡散した後、大きな氷結晶の一部となって再凍結されて起こる。
【0033】
氷結晶の成長抑制は、氷が形成されないようにするか氷の形成速度を遅らせたり、氷の再結晶化が行われないようにしたり、氷再結晶化の速度を遅らせたり、氷結晶の大きさを小さく維持する作用を意味する。
【0034】
本発明の氷結晶の形成または成長抑制用組成物は、核酸構造体を含む。
【0035】
核酸構造体は、核酸オリガミ構造体であってもよい。
【0036】
核酸は、DNAまたはRNAであってもよい。
【0037】
核酸オリガミ構造体は、
図1に示されるように、スキャフォールド核酸が複数のステープル核酸と結合し、スキャフォールド核酸の所定の部分が折り曲げられて形成される構造体である。
【0038】
スキャフォールド核酸は、一本鎖の核酸であり、その長さは形成しようとする構造体の長さ、大きさ、形状等によって適宜選択でき、通常7,000~8,000ヌクレオチド(nt)程度の長さを有する種類を使用することができる。本発明の具体的な実施例では、7,249ntの長さのM13mp18DNAを使用しているが、これに限定されるものではない。M13mp18スキャフォールドDNAを用いてDNA構造体を作成した場合、作られた構造体一つの分子量は約5メガダルトンであり、これは約10-20kgに相当するが、これに限定されるものではない。
【0039】
ステープル核酸は、少なくとも一部が前記スキャフォールド核酸の少なくとも一部と相補的な配列からなり、スキャフォールド核酸と結合して二本鎖を形成し、スキャフォールド核酸が特定の位置で折り曲げられるか、固定されるようにすることができる。
【0040】
ステープル核酸の長さは、形成しようとする構造体の長さ、大きさ、形状等によって適宜選択でき、例えば20~50ntであってもよいが、これに限定されるものではない。
【0041】
核酸オリガミ構造体は、ステープル核酸がスキャフォールド核酸の特定の位置に結合し、ステープル核酸が特定の位置で折り曲げられて特定の構造体を形成するものである。ステープル核酸は、スキャフォールド核酸がそのような特定の構造体を持つように設計される。
【0042】
ステープル核酸の設計は、通常の方法によって行うことができ、例えばcaDNAnoなどのデザインプログラムを使用できるが、これに限定されるものではない。
【0043】
核酸オリガミ構造体は、通常の熱アニーリング(thermal annealing)手法を用いて作成することができる。
【0044】
これは、原材料であるスキャフォールド核酸とステープル核酸を高温(例えば、70~100℃)で加熱して、すべての核酸鎖が一本鎖の状態にあるようにすることから始まる。核酸鎖は、塩基配列によって融点(melting temperature)が存在し、その温度以上であると、主に一本鎖で、その温度以下であると、主に二本鎖で存在することになる。その後、反応溶液の温度を徐々に下げると、核酸鎖が相補的に結合して二本鎖で存在し始め、核酸オリガミでは200個程度のステープル核酸が協力的に結合しながら設計位置に結合し、所望の形状の構造体が生成される。
【0045】
ステープル核酸ごとに塩基配列が異なるので結合時点が少しずつ異なるが、通常の熱アニーリング手法では十分な時間(数時間以上)にわたって徐々に温度を下げるため、すべてのステープル核酸が結合するに十分な条件である。したがって、構成するステープル核酸の塩基配列とは無関係に所望の形状を有するように作成することができる。
【0046】
スキャフォールド核酸は、既に決定された位置で折り曲げられて複数の鎖を成す。ステープル核酸は、スキャフォールド核酸が既に決定された位置で折り曲げられるように設計された配列を有するものであり、前記方法でスキャフォールド核酸に結合し、スキャフォールド核酸が所定の構造を形成するようにする。
【0047】
スキャフォールド核酸鎖とステープル核酸が結合して二本鎖(二重らせん)をなし得るが、核酸オリガミ構造体は、例えば、2~50、2~45、2~40、2~35、2~30、2~25または2~20、2~12、4~12ヘリックスバンドル(helix bundle)を持つことができる。具体的には、4ヘリックスバンドル~12ヘリックスバンドルを持つことができるが、これらに限定されるものではない。
図2及び4には、様々なヘリックスバンドルを持つ核酸オリガミ構造体が示されている。
【0048】
核酸オリガミ構造体は、少なくとも一部の隣接するステープル核酸の両末端の間にギャップ(gap)を有するものであってもよい。
【0049】
ギャップ(gap)は、
図5の左側に示されるように、隣接するステープル核酸の両末端の間に形成された一本鎖領域を意味するものであり、ステープル核酸と相補的に結合していないスキャフォールド核酸の一本鎖領域を意味し得る。その具体的な図式は、
図4、5等から確認できる。
【0050】
前記ギャップ(gap)は、ステープル核酸と相補的に結合できず二重らせん構造を形成できないことにより、当該ギャップを含む対象部位は、剛性が弱まる結果を生み出し、巨視的には、核酸オリガミ構造体全体の剛性が下向する方向に制御され得る。
【0051】
前記ギャップ(gap)の長さは、一本鎖領域のヌクレオチド塩基数で示すことができ、1~20、1~19、1~18、1~17、1~16、1~15、1~14、1~13、1~12、1~11、1~10、1~9、1~8、1~7、1~6、1~5ヌクレオチド長さであってもよい。より具体的には、1~10ヌクレオチド長さであってもよいが、適切な長さのギャップを維持して、核酸オリガミ構造体全体の形状維持と自己組立過程の完全性を考慮する側面から、好ましくは1~5ヌクレオチド長さであってもよい。
【0052】
前記ギャップ(gap)の数は、剛性調節の対象部位内の一本鎖領域の数を意味するものであり、(ステープル核酸の数-2)をギャップの最大数とし、当該ギャップを含む対象部位および核酸オリガミ構造体全体の剛性を制御することができる。
【0053】
前記ギャップ(gap)は、ホリデイジャンクション(Holliday junction)と10ヌクレオチド以上、9ヌクレオチド以上、8ヌクレオチド以上、7ヌクレオチド以上、6ヌクレオチド以上、5ヌクレオチド以上、4ヌクレオチド以上、または3ヌクレオチド以上の間隔になるように形成することができる。スキャフォールド核酸とステープル核酸との完全な自己組立過程により核酸オリガミ構造体を形成する側面から、好ましくは3ヌクレオチド以上になるように形成できる。
【0054】
核酸オリガミ構造体は、核酸バックボーンのリン酸基の陰電荷間の反発力を相殺するために、その形成を陽イオンの存在下で行うことができる。これにより、核酸オリガミ構造体は、その陰電荷に結合された陽イオンをさらに含むことができる。
【0055】
陽イオンは、1価または2価の陽イオンであり、例えばNa+、Mg2+、NH4+などであってもよいが、これらに限定されるものではない。
【0056】
核酸オリガミ構造体では、陽イオンに水分子が束縛され、水分子が氷結晶の成長に使用されることを阻害すると判断される。具体的には、
図6、7にMg
2+イオン周囲の水分子の配列が示されているが、本発明者らはMg
2+イオンに最初に束縛された水分子6個(First shell)は、MDシミュレーションの間に周囲の他の水分子と容易に切り替えられず、特有の幾何(Octahedron)構造を維持することを確認した。また、Mg
2+イオン周囲の水分子をより詳細に分析したところ、第2のシェル(Second shell)にも12個の水分子が束縛されていることを発見した。第1のシェル(First Shell)と比べて束縛は強力ではないが、これらのSecond shellに存在する水分子は、氷結晶の成長に用いられるが、成長速度を遅延させる役割をすることにより、氷結晶の成長を遅延させるものであると予想される。緑色で表示される6つの水分子は、First shellに束縛されているオクタヘドロン(octahedron)構造の水分子であり、残りの水分子は、Second shellに束縛されているMg
2+イオン周囲の12個の水分子である。青色で表示されるイオンはMg
2+イオンである。Mg
2+周囲の水分子は、Mg
2+ポテンシャル内に存在しており、周囲の氷結晶の成長に参加するにあたり、純粋な水分子のみからなる溶液の氷結晶の成長とは相違することがわかる。これが分子レベルにおけるMg
2+の氷結晶の成長抑制の原因であると考えられる。
【0057】
もちろん、核酸鎖が構造体を成していない場合でも、核酸バックボーンの陰電荷により、周囲のMg2+イオンの濃度を部分的に増加させることはできるが、核酸が一定の形状および剛性を持ったまま密集して構造体を成していないと、周囲の氷結晶が成長する過程でMg2+イオンに束縛された水分子を継続的に捕まえておくことができないため、RI効果を示すことが難しいと考えられる。
【0058】
核酸オリガミ構造体は、氷結晶の成長時の氷の表面に多くの陽イオンが分布するようにする構造を有することができる。
【0059】
これに関し、本発明に係る核酸オリガミ構造体は、ねじれを持つか、又は曲線のヘリックスバンドルを含むことができる。
【0060】
例えば、ヘリックスバンドルのねじれ方向は塩基の挿入または欠失で調節できるものであり、ヘリックスに塩基が挿入されてバンドルが右方向にねじれるか、または塩基が欠失されて左方向にねじれ得る。ねじれの程度は、塩基の数で調節することができる。挿入または欠失される塩基の数は、ヘリックスが二度回転する毎21塩基長さ当たり1個または2個であってもよく、それ以上であっても、構造を維持するのに問題がなければ特に制限されない。
【0061】
また、例えば複数のヘリックスのうち、一側のヘリックスに塩基を挿入し、他側のヘリックスに塩基を挿入しないか、塩基を欠失させ、ヘリックス間に長さの差を生じさせてヘリックスバンドルを曲線にすることができる。
【0062】
また、核酸オリガミ構造体は、氷結晶の生成または成長抑制の側面で、氷結晶の成長面と接触できる面を含むことができる。線状ではなく、面形状の広い面積で氷結晶の成長面と接触して、氷結晶の生成または成長の抑制効果を最大化することができる。
【0063】
また、本発明は、前記組成物を含む細胞または組織凍結用組成物に関するものである。
【0064】
細胞または組織を凍結保存すると、その後の使用時、凍結された細胞または組織を溶かす過程で、氷の再結晶化は、細胞膜の損傷、細胞の脱水を進行させ、細胞および組織に損傷を与える。低温環境に住む有機体は、氷の再結晶化によってより簡単に損傷してしまうことがある。
【0065】
本発明の組成物は、通常的に保存のために凍結して使用するすべての細胞がその適用対象となり、例えば、原核細胞;真核細胞;微生物;動物細胞;癌細胞、精子;卵子;成体幹細胞、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞を含む幹細胞;臍帯血、白血球、赤血球、および血小板を含む血液細胞;腎細胞、肝細胞および筋肉細胞を含む組織細胞であってもよいが、これらに限定されない。
【0066】
また、組織は、同様に保存のために凍結して使用するすべての組織がその適用対象となり、例えば、角膜、腎臓、心臓、小腸、膵臓、肺、肝臓などのすべての組織を制限なく使用することができる。
【0067】
本発明の組成物は、細胞、組織を凍結保存するための保存液を含むことができる。保存液は水であってもよいが、これに限定されるものではない。
【0068】
本発明の組成物は、核酸構造体を0.001~0.5重量%、具体的には0.01~0.03重量%含むことができるが、これらに限定されるものではない。
【0069】
現在、組織の保存過程で使用される浸透性小分子は、数十%に達する高い重量比が求められるのに対して、本発明の核酸オリガミ構造体は、はるかに低い含有量でも氷結晶の成長抑制効果を有することができ、細胞および組織の保存にさらに有利であり得る。
【0070】
また、本発明は、前記組成物の存在下で対象細胞または組織を氷点下の温度にさらすステップを含む、細胞または組織の凍結方法に関するものである。
【0071】
前記組成物の存在下で対象細胞または組織を凍結させる場合、その後の解凍時の氷再結晶を阻害し、細胞または組織が損傷されることを防止できる。
【0072】
また、本発明は、前記組成物を含む食品凍結用組成物、そして前記組成物の存在下で食品を氷点下の温度にさらすステップを含む食品の凍結方法に関するものである。
【0073】
本発明の組成物は、すべての冷凍食品に適用できるものであり、これを使用することにより、解凍時にその食品の食感が低下することを最小限に抑えることができる。
【0074】
以下、本発明を具体的に説明するために実施例を挙げて詳細に説明することにする。
【0075】
実施例
1.分子動力学シミュレーションによる陽イオン及びDNAによる氷結晶の成長抑制効果の確認
(1)Mg
2+陽イオン周囲の水分子の結集様態の分析
まず、分子レベルでMg
2+イオンによる氷結晶の態様の変化を調べる。
図6、7には、Mg
2+イオン周囲の水分子の配列が示されている。分子動力学(MD)シミュレーションの間、Mg
2+イオンに最初に束縛された水分子6個(First shell)は、周囲の他の水分子と容易に切り替えられず、特有の幾何構造(八面体)を保持することを確認した(
図6)。また、Mg
2+イオン周囲の水分子をより詳細に分析したところ、Second shellにも12個の水分子が束縛されていることを発見した(
図7)。First Shellと比べて束縛は強力ではないが、これらのSecond shellに存在する水分子は、氷結晶の成長に用いられるが、成長速度を遅延させる役割をすることにより、氷結晶の成長を遅延させるものであると予想される。緑色で表示される6つの水分子は、First shellに束縛されているオクタヘドロン(octahedron)構造の水分子であり、残りの水分子は、Second shellに束縛されているMg
2+イオン周囲の12個の水分子である。青色で表示されるイオンはMg
2+イオンである。Mg
2+周囲の水分子は、Mg
2+ポテンシャル内に存在しており、周囲の氷結晶の成長に参加するにあたり、純粋な水分子のみからなる溶液の氷結晶の成長とは相違することがわかる。
【0076】
(2)陽イオンが含まれた水溶液における氷再結晶の抑制効果の分析
DNAオリガミ構造体の自由な設計のためには、DNAバックボーンのリン酸基の陰電荷間の反発力を相殺することが必要であり、この反発力を減らすために陽イオンの使用を必要とする。
【0077】
DNAオリガミと氷結晶の成長との相互関係を分子レベルで理解するために、水に溶解しているイオンの濃度および種類による氷結晶の成長に関してMDシミュレーションを行った。MDシミュレーションは、NAMDパッケージ(package)2.12を使用し、CHARMMフォースフィールド(force field)を用いた。効果的な氷結晶の成長のために、ウォーター(water)モデルとしてはTIP4を使用した。
【0078】
イオンの種類による影響を確認するために、NaClとMgCl2、そしてcontrol(水のみのモデル)の3つの比較群を作った。イオンの濃度による比較のために、NaCl溶液とMgCl2溶液の0.01mol/L、0.05mol/L、0.15mol/Lモデルを作り、各120nsまでMDシミュレーションを行った。水分子の数は約41,500個である。シミュレーションの温度は氷の迅速な成長のために、273Kよりも低い225KでIce seed層から氷が成長できる環境を作った。氷が全方向に成長する場合、周期的境界条件(Periodic boundary condition)によって氷が成長してウォーターボックス(water box)の外に押し出されないように、Ice seed層の下の一部の水分子層(width=5)に制約(constraint)をかけて一方向にのみ成長するように誘導した。Ice seedとしては、prism surfaceを使用した。
【0079】
図8を参照すると、NaClとMgCl
2により、225Kでの氷の成長がcontrolに比べて抑制されていることが確認できる。それぞれ50mMのNaClとMgCl
2、そして150mMのNaClとMgCl
2の氷成長の抑制効果は、類似していた。一方、10mMのNaClとMgCl
2の濃度では、MgCl
2の氷成長の抑制効果がNaClに比べて大きくなっている。
【0080】
また、Mg2+イオン周囲の水分子の数を確認するために、MDシミュレーションの結果に基づいて、動径分布関数(Radial Distribution Function)(RDF:g(r))を計算した。
【0081】
図9を参照すると、g(r)関数の結果は、Mg
2+から2Åの近くに6個の水分子が存在していることを示し(First shell)、2Åよりも大きい距離にも周辺の水分子が存在していることを示す。具体的には、2.7Åの近くに4個、4Åの近くに2個、そして4Åよりも遠い距離にも水分子が存在している。
【0082】
(3)5種類の互いに異なるDNAオリガミ構造体と氷結晶成長シミュレーション
DNAが構造体の形態に密集するために必須な陽イオンの一つであるMg2+イオンが氷結晶の成長を抑制することをMDシミュレーションにより確認した。これにより、氷結晶の成長面とMg2+イオンの分布は、氷結晶の成長に非常に重要な役割を果たしていることが分かる。これに基づいて、DNAオリガミは、DNAバックボーンのリン酸基の陰電荷により、周辺のMg2+イオンの分布に影響を与えることになり、結局、DNAオリガミ構造が異なると、これによりMg2+イオンの分布に変化が生じ、氷結晶の成長に影響を与え得ることを推論できる。
【0083】
この推論を確認するために、2つの二重らせんDNAで構成され、互いに異なる構造を有する5種類のDNAバンドル構造体をシミュレートした。
(1)2HB_right1ins(塩基(base)1個を追加することにより、DNAバンドルのねじれ方向を右にしたもの)。
(2)2HB_right2ins(base2個を追加することにより、DNAバンドルのねじれ方向を右にしたもの)。
(3)2HB_left1del(base1個を除去することにより、DNAバンドルのねじれ方向を左にしたもの)。
(4)2HB_left2del(base2個を除去することにより、DNAバンドルのねじれ方向を左にしたもの)。
(5)2HB_straight(ねじれのないバンドル構造体)
【0084】
これらのDNA構造は、長さはほぼ同じであり、主にDNAバンドルのねじれ方向に変化を与えた構造である。これらの5個の互いに異なる構造が氷結晶の成長にどのような影響を与えるかを確認するために、MDシミュレーションにより、ice fraction、DNAオリガミ構造周囲のMg
2+イオンの分布、DNAバックボーンRMSD(Root Mean Square Deviation)、及びSASA(Solvent Accessible Surface Area)などを測定した。以前と同様に、10mM MgCl
2イオンの環境と225Kの温度でMDシミュレーションを40ns間行った(
図10)。
【0085】
上からICE seed層を見下ろす方向に、2HB_straightは黒色、2HB_right1insは赤色、2HB_right2insは黄色、2HB_left1delは青色、2HB_left2delは緑色で表示する。
【0086】
1)RMSD
左回り(Left-turn)構造のRMSD値が大きいことが特徴的であり(
図11)、StraightとRight-turn構造に比べて2倍以上のRMSDの変化を示した。カノニカル(canonical)DNAのらせん方向が右であることを考慮すると、Left-turnらせん構造のDNAオリガミの設計時に、より多くのトーション(torsion)エネルギーが発生したと考えられる。この構造体が溶液内で動的に緩和(Dynamical relaxation)される過程で、より大きなRMSDの変化を示したものと解釈することができる。
【0087】
2)SASA(Solvent-Accessible Surface Area)とDNA周囲のMg2+イオン
SASAは、タンパク質またはDNAなどの表面積が溶媒にいかに多く露出するかに関する値を意味する。我々の計算結果の場合、SASAが大きいほどDNAのバックボーンが溶媒に多く露出し、より多くのMg2+イオンがDNA構造に集まると予想した。これを確認するために、DNAバックボーンからの距離によるMg2+イオンの数を計算して、Mg2+イオンの分布を5種類の互いに異なる構造体で比較した。SASAとMg2+イオン分布の計算結果、SASAが最も大きい構造体のバックボーンから10Å内に最も多くのMg2+イオンが集まったことを確認した。DNAオリガミの互いに異なる構造によって、DNAバックボーンの近く(10Å)に異なるように分布するMg2+の分布が氷結晶の成長に互いに異なる影響を与えると推論した。
【0088】
SASAの計算で「プローブ半径(probe radius)」としては、1.4Åを用いた。2HB_right2ins構造では、SASAが最も大きく示され、時間による変化もまた大きく示された。これに対して、Left-turnに設計された二つの構造、2HB_left1delと2HB_left2del構造では、SASAが相対的に小さい値で示された。中でも2HB_left2del構造体では、SASAが、他の5つの構造体の中で最も小さい値で示された(
図12)。
【0089】
DNAバックボーンから10Å内のMg
2+イオンの数は、SASAの結果と類似した順で2HB_right2ins構造の近くのMg
2+イオンの数が最も多く計算された。これに対して、Left-turnに設計された二つの構造、2HB_left1delと2HB_left2delでは、構造体周囲のMg
2+イオンの数が相対的に小さく計算された。中でも2HB_left1delでは、構造体周囲のMg
2+イオンの数が、他の5つの構造体の中で最も小さい値で示された(
図13)。
【0090】
図14は、互いに異なる5つの構造体の開始構造(0ns)と動的に緩和された40nsでの構造を示す。また、DNAバックボーン構造で10Å内のMg
2+イオンの分布もあわせて示す。2HB_straightは黒色、2HB_right1insは赤色、2HB_right2insは黄色、2HB_left1delは青色、2HB_left2del構造は緑色で表示する。
【0091】
右回り(Right-turn)で作成されたDNA構造体では、初期構造(0ns)に対してDNAバックボーン間の距離が開いていることがわかる。これらのright-turnで作成されたDNAオリガミ構造体では、DNAバックボーン間の隙間が開き(open)、SASAの値が増加したと考えられる。そして、これらの開かれた隙間にMg2+イオンが集まってきて、DNAバックボーンから10Å内のMg2+イオンの数が増加することがわかる。これに対して、Left-turnで作成されたDNAオリガミ構造体では、RMSDが大きい変化を示すにもかかわらず、40nsに動的平衡を成したことから、大きい値のRMSDは初期構造(0ns)に対して、主にtorsionエネルギーと関連する回転による構造変化によるものであることが分かり、実際にDNAバックボーン間の隙間はむしろ減ったことがわかる(closed)。Left-turn構造体は、大きいRMSDの変化にもかかわらず、Right-turn構造体に対して相対的に小さいSASA値を有していることが分かる。
【0092】
3)氷の成長(Ice fraction)
SASAの値が最も小さい2HB_left2del(Green)では、氷結晶の成長が最も遅いことが示された。その次に氷結晶の成長が抑制されたのは、2HB_left1del(Blue)であった。つまり、DNAバックボーン構造体の隙間が相対的に大きく開かないことにより、DNAバックボーンから10Å内のMg
2+イオンの数が最も少ない構造において、氷結晶の成長が最も抑制されることを示す。これに対して、最も大きいSASA値を有し、10Å内のMg
2+イオンの数が最も大きい値を有する2HB_right1ins(Red)と2HB_right2ins(Orange)構造では、相対的に氷結晶の成長抑制が少なかった(
図15)。
【0093】
(4)巨大構造の互いに異なるDNAオリガミ構造体と氷結晶成長シミュレーション
先にMDシミュレーションにより、DNA構造体の様々なねじれの方向及び程度と、氷結晶の成長速度との相関関係を類推した。より明確な差異を観察するために、同じ断面を持っているが形状の差異が大きい4種類の構造を設計した。
1)環状(Circular)DNAバンドル構造体
2)直線状(Straight)DNAバンドル構造体
3)曲がった(Curved)DNAバンドル構造体
4)環状DNAバンドル構造体と氷表面との接触面を変えたシステム(環状側面型(Circle-Side)と命名)
【0094】
これらの4つの互いに異なる構造が氷結晶の成長にどのような影響を与えるかを確認するために、MDシミュレーションにより、ice fraction、DNAオリガミ構造周囲のMg2+イオンの分布、DNAバックボーンRMSD(Root Mean Square Deviation)、及びSASA(Solvent Accessible Surface Area)などを測定した。以前と同様に、10mM MgCl2イオン環境と225Kの温度でMDシミュレーションを30ns間行った。
【0095】
システムサイズ:Number of Atoms
環状DNAバンドル構造体(Circular DNA bundle structure):1,333,311
曲がったDNAバンドル構造体(Curved DNA bundle structure):1,430,960
直線状DNAバンドル構造体(Straight DNA bundle structure):1,290,309
環状側面型DNAバンドル構造体(Circle_side DNA bundle structure):1,881,446
【0096】
図16~23を参照すると、DNA構造体が氷結晶の成長を抑制し、氷結晶の成長面と隣接する面積が高い構造体が、より高い成長抑制率を示すことを確認できる。
【0097】
図24~27は、それぞれのDNAバックボーンからMg
2+イオン数の分布を示している。
【0098】
図28は、20nsの間の4種類のDNAオリガミ構造体のRMSD値を示している。最も大きいRMSDの変化を示すものは、環状(circular)DNAオリガミ構造体であり、その次は環状側面型(Circle_side)DNAオリガミ構造体であった。環状DNAオリガミ構造体に格納されたtorsionエネルギーの動的緩和によって大きな変化を示している。
【0099】
図29は、4種類のDNAオリガミ構造体のSASAの変化を示している。時間によって最も大きい変化を示す構造体は、環状(circular)DNA構造体と環状側面型(Circle_side)構造体である。
【0100】
図30は、Ice fractionの結果であり、環状(circular)DNAオリガミ構造体の氷結晶の成長が最も大きく抑制されたことを示している。これに対して、環状側面型(circle_side)DNAオリガミ構造体では、氷結晶の成長が最も大きいことが示された。これらの結果から、DNAオリガミ構造体と氷結晶の成長面との距離が比較的遠く、DNA構造体の接触面が氷の成長に大きく影響しないことが示された。つまり、DNAオリガミ構造体が氷結晶の成長を抑制するためには、陽イオンを保有した状態で、様々なサイズおよび方向を有する氷結晶面と効果的に接触することが重要であり、そのためにはDNAが一定の形状および剛性を有する状態で密集に集まっているべきであることが分かる。
【0101】
2.実験による陽イオンおよびDNA構造体による氷結晶の成長抑制効果の確認
分子レベルにおける陽イオン及びDNA鎖の氷結晶成長抑制(recrystallization inhibition、以下「RI」という。)の効果を確認したことに続き、実際の巨視的な観測によって示されるRI効果を観察するために一連の実験を行った。
【0102】
(1)氷結晶の成長の実験方法
RI効果を測定するために、通常知られているスプラット冷却(splat cooling)法を用いた(
図31)。まず、液体窒素で予め冷却された金属板の上にカバーグラスを載せて(カバーガラスの表面温度は約-150℃)、約1.5mの高さから、RI効果を測定しようとする材料が分散された溶液を20μl落とす。溶液は、カバーガラスの上に触れてすぐに急速冷却されながら薄く広がって凍りつくことになり、急激な冷却によって非常に小さな氷結晶が多数生成される。その後、カバーガラスを、穴があいていて光学顕微鏡で観察可能なコールドステージ(cold stage)に移す。コールドステージは-6℃に維持され、30分間小さい結晶がだんだん集まって氷結晶(ice grain)が成長する様子を観測する。その後、氷結晶の大きさを測定し、対照群(氷結制御の材料のない溶液のみのサンプル)と比べて氷結晶がいかに少なく成長したのかを比較する。
【0103】
(2)陽イオンが含まれた水溶液および構造化されていないDNA試料のRI効果の観測
まず、純粋な蒸留水にMgCl
2のみを含有するバッファ溶液に対してRI測定実験を行い、イオン濃度が増加するにつれて氷結晶の成長が抑制されることを確認した(
図32、33)。本実験結果に基づいて、後の実験での基準(reference)バッファ溶液のMgCl
2濃度は5ミリモル(mM)とした。試料のRI性能は、基準バッファに対して試料の相対的なRI性能を比較して測定した。値が小さいほどRI性能が高いことを意味する。
【0104】
次に、構造化されていない一本鎖状態のDNAが存在する溶液に対してRI測定実験を行った。実験で使用したDNAの濃度は、通常の製造工程により作られたDNA構造体の濃度と類似した50~200ng/uLとした。6ヘリックスバンドルの堅固構造を構成する169種類のステープルDNAが一本鎖状態で混ぜられた試料のRI性能を測定したところ、0.87から1.0の間で、バッファに比べて氷結晶の成長抑制効果がほとんどないことが観察された(
図34、35)。つまり、DNA鎖がMg
2+イオンを結集する効果があるとはいえ、水溶液中で一定の形状及び剛性を有する構造体を成していないと、Mg
2+イオンを捕まえておくことができないため、巨視的にはRI効果がほとんど発生しないことを実験的に確認した。
【0105】
また、同様な方式で行ったスキャフォールドDNA試料のRI値は、最大0.7程度に測定された(
図36、37)。スキャフォールドDNAがステープルDNAに比べて若干のRI性能を有する理由は、長さの長いスキャフォールドDNAの特性上、全領域が一本鎖状態で存在するのではなく、一部が互いに相補性を持って二本鎖に結合する二次構造(secondary structure)を形成しているためであると推定される。
【0106】
(3)構造化されたDNAオリガミの設計
DNA鎖同士が密集して連結されて一定の断面形状および剛性を有するDNA構造体に対して実験を行った。DNAオリガミ手法の例として設計された9種類の構造体は、
(1)4ヘリックスバンドルの堅固構造、
(2)4ヘリックスバンドルの柔軟構造(ギャップ5nt)、
(3)6ヘリックスバンドルの堅固構造、
(4)6ヘリックスバンドルの柔軟構造(ギャップ3nt)、
(5)6ヘリックスバンドルの柔軟構造(ギャップ5nt)、
(6)ロゼムンド・スクエア(Rothemund square)構造、
(7)12ヘリックスバンドルの堅固構造、
(8)12ヘリックスバンドルの曲がった構造(90°)、
(9)12ヘリックスバンドルの曲がった構造(45°)である。
【0107】
それぞれの構造体の設計方法は、以下の通りである。
【0108】
(1)4ヘリックスバンドルの堅固構造、及び(2)4ヘリックスバンドルの柔軟構造(ギャップ5nt)
(1)番及び(2)番の構造体は、断面が4つの二本鎖DNAで構成されており、一辺が約4.5nmの正四角形状にパッキング(packing)されている(
図38)。約192ntの長さを基本にして同じ形態の連結が繰り返される構造を有し、構造体の合計の長さは約600nmである。(1)番の堅固構造体は、構造内に存在するすべてのステープルDNAの両末端が直接当接するように設計されている。(2)番の柔軟構造体は、150個の隣接するステープルDNAの両末端の間が5ntのssDNAで構成されている。
【0109】
(3)6ヘリックスバンドルの堅固構造、(4)6ヘリックスバンドルの柔軟構造(ギャップ3nt)、及び(5)6ヘリックスバンドルの柔軟構造(ギャップ5nt)
(3)、(4)、(5)番の構造体は、断面が6つの二本鎖DNAで構成されており、六角形状にパッキング(packing)されている(
図39)。約168ntの長さを基本にして同じ形態の連結が繰り返される構造を有し、構造体の合計の長さは約400nmである。(3)番の堅固構造体は、構造内に存在するすべてのステープルDNAの両末端が直接当接するように設計されている。(4)、(5)番の柔軟構造体は、169個の隣接するステープルDNAの両末端の間がそれぞれ3nt及び5ntのssDNAで構成されている。
【0110】
(6)ロゼムンド・スクエア
(6)番の構造体は、断面が24個の二本鎖DNAで構成されており、一直線に配列されてシート状をなす(
図40)。構造体の長さは256ntで約90nmであり、幅は約55nmである。構造内に存在する192個のステープルDNAのすべての末端は、直接当接するように設計されている。
【0111】
(7)12ヘリックスバンドルの堅固構造、(8)12ヘリックスバンドルの曲がった構造(90°)、及び(9)12ヘリックスバンドルの曲がった構造(45°)
(7)、(8)、(9)番の構造体は、断面が12個の二本鎖DNAで構成されており、六角形の格子状にパッキング(packing)されている(
図41)。(7)番の堅固構造体は、180個のステープルDNAのすべての末端が直接当接するように設計されている。(8)番及び(9)番の構造体は、構造体の中間に存在するステープルDNAの11個を除去して42ntの長さの柔軟部位を作成し、構造物の両端を連結するDNAの長さをそれぞれ357nt及び189ntに短くして、構造の中央が90度及び45度に曲がった形状に作成した。
【0112】
(4)DNAオリガミの作成およびRI効果の観測
一定の断面形状およびサイズを有するように構造化されたDNA構造体の氷結晶の成長抑制効果を確認した。前記の設計に基づいて作成された構造体の形状は、原子間力顕微鏡により測定した(
図42、43、44の最初の列の画像)。少なくとも2種類の互いに異なる密度を持つ前記9種類のDNA構造体に対してRI実験を行ったところ、最大0.53のRI値が測定された(
図4、5)。断面の面積が最も狭い4ヘリックスバンドル(1,2番のサンプル)に比べて、残りのサンプルでさらに高いRI性能が示され、構造体の濃度が高いほど全体的にRI性能が向上する傾向を示した。これは、断面の広さが一定レベルになって初めて、RI性能が発揮される程度のMg
2+イオンを十分に結集させることができ、水溶液中で構造体の数が多いほど、氷結晶の成長を抑制できる領域が増加するからであると考えられる。
【0113】
一連の実験を通して、陽イオンが結集したDNA構造体を含む組成物は、構造体を形成していないDNAと比較して、より高い氷結晶の成長抑制効果を発揮できることを実証した。