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  • 特許-腎臓がんの検出方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-04
(45)【発行日】2022-11-14
(54)【発明の名称】腎臓がんの検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/493 20060101AFI20221107BHJP
【FI】
G01N33/493 A
【請求項の数】 22
(21)【出願番号】P 2019537607
(86)(22)【出願日】2018-08-20
(86)【国際出願番号】 JP2018030600
(87)【国際公開番号】W WO2019039415
(87)【国際公開日】2019-02-28
【審査請求日】2021-08-06
(31)【優先権主張番号】P 2017158824
(32)【優先日】2017-08-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】516266031
【氏名又は名称】株式会社HIROTSUバイオサイエンス
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】広津 崇亮
(72)【発明者】
【氏名】城野 博史
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/088039(WO,A1)
【文献】特許第6164622(JP,B1)
【文献】広津崇亮,線虫によるがん検査手法の発見,検査技術,2017年06月22日,Vol.22,No.7,PP.22-28
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象において腎臓がんを検出する方法であって、
前記対象から得られた尿サンプルを規定倍率に希釈することと、
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することと、
を含み、
前記規定倍率が200以上の倍率である、
方法。
【請求項2】
対象が、がんに罹患していると疑われる対象である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
対象が、腎臓病患者である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記規定倍率が、500以上または1,000以上の倍率である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記規定倍率が、1,000から20,000の範囲の倍率である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示した場合には、尿サンプルが由来する対象ががんを有する、またはその可能性があることが示され、忌避行動を示した場合には、尿サンプルが由来する対象ががんを有しない、またはその可能性があることが示される、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
線虫を含む、腎臓がんの診断キットであって、
対象から得られた尿サンプルを規定倍率に希釈することと、
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することを含み、
前記規定倍率が200以上の倍率である、
腎臓がんの診断方法において用いられる、診断キット。
【請求項8】
対象において腎臓がんを検出するための、対象から得られた尿サンプルの使用であって、
当該使用は、前記尿サンプルを規定倍率に希釈することと、
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することを含み、
前記規定倍率が200以上の倍率である、使用。
【請求項9】
対象においてがんを検出する方法であって、
前記対象から得られた尿サンプルを第1の規定倍率に希釈することと、
前記対象から得られた尿サンプルを第2の規定倍率に希釈することと、
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することと、
を含み、
前記第1の規定倍率が5~100の範囲の倍率であり、前記第2の規定倍率が200以上の倍率である、
方法。
【請求項10】
請求項9に記載の方法であって、
第2の規定倍率で希釈されたサンプルに対して線虫が誘引行動を示し、第1の規定倍率で希釈されたサンプルに対して線虫が忌避行動を示した場合に、当該尿サンプルが由来する対象が腎臓がんを有すること、またはその可能性があることが示される、方法。
【請求項11】
請求項9に記載の方法であって、
第1の規定倍率で希釈されたサンプルに対して線虫が誘引行動を示し、第2の規定倍率で希釈されたサンプルに対して線虫が忌避行動を示した場合に、当該尿サンプルが由来する対象が腎臓がん以外のいずれかのがんを有すること、またはその可能性があることが示される、方法。
【請求項12】
対象から得られた尿サンプルに対する線虫の走性行動の評価系において、腎臓がんの検出感度または特異度を向上させる方法であって、
前記対象から得られた尿サンプルを200倍以上に希釈することを含む、方法。
【請求項13】
がんが、早期がんである、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
がんが、早期がんである、 請求項7に記載の診断キット。
【請求項15】
がんが、早期がんである、請求項8に記載の使用。
【請求項16】
がんが、早期がんである、請求項9~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
がんが、早期がんである、請求項12に記載の方法。
【請求項18】
対象が、人工透析患者である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
対象が、人工透析患者である、請求項7に記載の診断キット。
【請求項20】
対象が、人工透析患者である、請求項8に記載の使用。
【請求項21】
対象が、人工透析患者である、請求項9~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項22】
対象が、人工透析患者である、請求項12に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腎臓がんの検出方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
線虫は、がん患者の尿サンプルに対して誘引行動を示し、健常者の尿サンプルに対して忌避行動を示すことが明らかとされ、線虫の走性行動に基づくがんの診断方法が開発されている(特許文献1)。この評価系では、尿サンプルを10倍程度に希釈し、希釈したサンプルに対して線虫が誘引行動を示した場合には、当該サンプルが由来する対象はがんを有すると評価することができる。また、希釈倍率が高い場合には、当然ながら評価の精度は大幅に低下する(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】WO2015/088039
【発明の概要】
【0004】
本発明者らは、腎臓がんを高感度、高特異度で検出できる手法、または、腎臓がんの発症率が高いとされる透析患者において腎臓がんを高感度、高特異度で検出できる手法が求められていると考えた。
本発明は、腎臓がんの検出方法を提供する。
【0005】
上記特許文献1(WO2015/088039)によれば、線虫はがん患者から得られた尿サンプルに対して誘引行動を示す一方で、健常者から得られた尿サンプルに対しては忌避行動を示す。尿サンプルは、特に水で10倍に希釈した場合に、高感度かつ高特異度を達成することができるが、その希釈倍率が高まると(例えば、100以上の希釈倍率では)感度および特異度が低下する。
【0006】
本発明者らは、線虫を用いた誘引行動の評価系で腎臓がん患者由来の尿を上記希釈倍率で希釈して評価すると、他のがんと比較して感度や特異度が低いことを見出した。一方で、本発明者らは、上記評価系において、腎臓がん患者由来の尿サンプルを高倍率(例えば、200以上、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、または1,000以上の希釈倍率)で希釈すると、腎臓がんの検出の感度および特異度が飛躍的に向上することを見出した。本発明者らはまた、上記の高希釈倍率された尿サンプルを上記評価系で評価すると、腎臓病患者からがん患者を鑑別することができることを見出した。本発明は、このような知見に基づくものである。
【0007】
すなわち、本発明によれば、例えば、以下の発明が提供される。
(1)対象において腎臓がんを検出する方法であって、
前記対象から得られた尿サンプルを規定倍率に希釈することと、
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することと、
を含み、
前記規定倍率が200以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)の倍率である、
方法。
(2)対象が、がんに罹患していると疑われる対象である、上記(1)に記載の方法。
(3)対象が、腎臓病患者である、上記(1)または(2)に記載の方法。
(4)前記規定倍率が、500以上または1,000以上の倍率である、上記(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)前記規定倍率が、1,000から20,000の範囲の倍率である、上記(4)に記載の方法。
(6)希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示した場合には、尿サンプルが由来する対象ががんを有する、またはその可能性があることが示され、忌避行動を示した場合には、尿サンプルが由来する対象ががんを有しない、またはその可能性があることが示される、上記(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)線虫を含む、腎臓がんの診断キットであって、
対象から得られた尿サンプルを規定倍率に希釈することと、
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することを含み、
前記規定倍率が200以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)の倍率である、
腎臓がんの診断方法において用いられる、診断キット。
(8)対象において腎臓がんを検出するための、対象から得られた尿サンプルの使用であって、
当該使用は、前記尿サンプルを規定倍率に希釈することと、
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することを含み、
前記規定倍率が200以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)の倍率である、使用。
(9)対象においてがんを検出する方法であって、
前記対象から得られた尿サンプルを第1の規定倍率に希釈することと、
前記対象から得られた尿サンプルを第2の規定倍率に希釈することと、
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することと、
を含み、
前記第1の規定倍率が5~100の範囲の倍率であり、前記第2の規定倍率が200以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)の倍率である、
方法。
(10)上記(9)に記載の方法であって、
第2の規定倍率で希釈されたサンプルに対して線虫が誘引行動を示し、第1の規定倍率で希釈されたサンプルに対して線虫が忌避行動を示した場合に、当該尿サンプルが由来する対象が腎臓がんを有すること、またはその可能性があることが示される、方法。
(11)上記(9)に記載の方法であって、
第1の規定倍率で希釈されたサンプルに対して線虫が誘引行動を示し、第2の規定倍率で希釈されたサンプルに対して線虫が忌避行動を示した場合に、当該尿サンプルが由来する対象が腎臓がん以外のいずれかのがんを有すること、またはその可能性があることが示される、方法。
(12)対象から得られた尿サンプルに対する線虫の走性行動の評価系において、腎臓がんの検出感度または特異度を向上させる方法であって、
前記対象から得られた尿サンプルを規定倍率以上、例えば、200倍以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)に希釈することを含む、方法。
(13)対象から得られた尿サンプルに対する線虫の走性行動の評価系であって、腎臓がんが疑われる対象または腎臓がん患者から得られた希釈尿サンプルであって、規定倍率が200以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)の倍率である希釈尿サンプルと、線虫とを含む、評価系。
(14)がんが、早期がんである、上記(1)~(6)のいずれかに記載の方法、上記(7)に記載の診断キット、上記(8)に記載の使用、上記(9)~(11)のいずれかに記載の方法、上記(12)に記載の方法、または上記(13)に記載の評価系。
(15)対象が、人工透析患者である、上記(1)~(6)のいずれかに記載の方法、上記(7)に記載の診断キット、上記(8)に記載の使用、上記(9)~(11)のいずれかに記載の方法、上記(12)に記載の方法、または上記(13)に記載の評価系。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、実施例1において実施した線虫を用いた誘引行動の評価系の模式図を示す。この評価系では、寒天培地を含むシャーレ上で線虫の尿サンプルへの走性行動を評価した。
図2A図2Aは、腎臓がん患者から得られた尿サンプルを100倍希釈して得られた希釈尿サンプルを用いた線虫の行動評価結果を示す。図2Aでは、縦軸は走性インデックスを示し、横軸はサンプル番号を示す。図の左端からサンプル番号1~19がこの順番で並んでいる。
図2B図2Bは、腎臓がん患者から得られた尿サンプルを10倍希釈して得られた希釈尿サンプルを用いた線虫の行動評価結果を示す。図2Bでは、縦軸は走性インデックスを示し、横軸はサンプル番号を示す。図の左端からサンプル番号1~19がこの順番で並んでいる。
図3A図3Aは、腎臓がん患者から得られた尿サンプルを1,000倍希釈して得られた希釈尿サンプルを用いた線虫の行動評価結果を示す。図3Aでは、縦軸は走性インデックスを示し、横軸はサンプル番号を示す。図の左端からサンプル番号1~19がこの順番で並んでいる。
図3B図3Bは、腎臓がん患者から得られた尿サンプルを10,000倍希釈して得られた希釈尿サンプルを用いた線虫の行動評価結果を示す。図3Bでは、縦軸は走性インデックスを示し、横軸はサンプル番号を示す。図の左端からサンプル番号1~19がこの順番で並んでいる。
【発明の具体的な説明】
【0009】
本明細書では、「線虫」とは、セノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)を意味する。線虫は、生物研究においてモデル生物として世界中で広く飼育され、研究されているポピュラーな生物であり、飼育が容易で、嗅覚が優れているという特徴を有する。
【0010】
本明細書では、「がん」とは、腎臓がん、胃がん、子宮がん、肝臓がん、乳がん、直腸結腸がん、食道がん、すい臓がん、前立腺がん、胆管がん、肺がん、血液がん、白血病、リンパ腫等のがん種を意味する。
【0011】
本明細書では、「腎臓がん」とは、腎臓にできるがんを意味し、腎細胞がん、および腎盂がんを含む。
【0012】
腎細胞がんは、表1-1に示されるTNM分類に基づいて病期を判定することができる。
【0013】
【表1-1】
さらに、腎臓がんのステージは、下記表1-2に基づいて判定することができる。
【表1-2】
【0014】
腎盂・尿管がんは、日本泌尿器科学会・日本病理学会・日本医学放射線学会編「泌尿器科・病理放射線科 腎盂・尿管・膀胱癌取扱い規約 2011年4月(第1版)」(金原出版)等に基づいてステージ(ステージI、II、IIIおよびIVのいずれか)を決定することができる。
【0015】
本明細書では、「腎臓病」とは、腎臓の機能低下に基づく疾患または状態を意味する。腎臓病は、主に腎臓の糸球体や尿細管が冒されることにより生じる。
腎臓の機能は、一度損なわれると回復しない場合が多く、慢性腎臓病または慢性腎不全と呼ばれる病態となる。
慢性腎臓病は、例えば、下記(1)若しくは(2)又はその両方が3ヶ月以上持続した状態として定義できる:
(1)尿検査、画像診断、血液検査、病理などで腎障害の存在が明らかで、特に0.15g/gCr以上のタンパク尿(30mg/gCr以上のアルブミン尿)が観察される;
(2)推算糸球体濾過量(eGFR)が60 (mL/分/1.73m2)未満に低下している。
男性のeGFRは以下の計算式に基づいて算出することができる:
eGFR (mL/分/1.73m2)=194×血清クレアチニン値(mg/dL)-1.094×年齢(歳)-0.287
{女性のeGFRは、男性のeGFRを0.739倍して求める}。
腎臓病は、さらに推算糸球体濾過量によって重症度を評価することができる。
【表2】
【0016】
本明細書では、「対象」とは、哺乳動物、例えば、ヒトを意味する。対象がヒトである場合、対象は患者と呼ばれることがある。対象は、がんを有する対象、またはがんを有することが疑われる対象(以下、単に「がんが疑われる対象」ということがある)であり得る。
【0017】
本明細書では、「約」とは、その後に続く数値の上下10%までの数値、または5%までの数値を含むことを意味する。
【0018】
本明細書では、「走性行動」とは、誘引行動または忌避行動を意味する。誘引行動とは、ある物質からの物理的距離を縮める行動を意味し、忌避行動とは、ある物質からの物理的距離を広げる行動を意味する。誘引行動を誘発する物質を誘引物質といい、忌避行動を誘発する物質を忌避物質という。
【0019】
線虫(C. elegans)は嗅覚により誘引物質に対して誘引し、忌避物質から忌避するという性質を有している。誘引物質に対して誘引する行動を誘引行動といい、忌避物質から忌避する行動を忌避行動という。また、誘引行動と忌避行動とを合わせて走性行動という。線虫は、がん患者の尿サンプルに対して誘引行動を示す一方で、健常者の尿サンプルに対して忌避行動を示す。
【0020】
本明細書では、「がんを検出する方法」または類似の表現は、「がんの有無に関する予備的情報を得る方法」、「がんの診断のための予備的情報を得る方法」、「がんの診断の予備的方法」、「がんの可能性が検出される方法」または「がん細胞を検出する方法」と読み替えることができる。本明細書では、がんを検出する方法は、産業上利用可能な方法であり得る。
【0021】
[1]本発明によれば、対象において腎臓がんを検出する方法であって、
(1)前記対象から得られた尿サンプルを規定倍率に希釈することと、
(2)希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することと、
を含み、
前記規定倍率が200以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)の倍率である、
方法が提供される。
【0022】
本発明において、対象は、ヒト対象とすることができる。本発明では、対象は、腎臓病(例えば、慢性腎臓病)に罹患した患者であり得る。本発明では、対象は、例えば、がんが疑われる対象であり得、または、がん(例えば、腎臓がん以外のがん、または腎臓がん)を有する対象であり得る。本発明のある態様において、対象は、腎臓病を有する対象であり得る。本発明のある態様において、対象は、腎臓病を有し、かつがんが疑われる対象であり得る。本発明のある態様において、対象は、腎臓がん以外のがんを有し、かつ腎臓病を有する対象であり得る。本発明のある態様において、対象は、腎臓がんを有し、かつ腎臓病を有する対象であり得る。本発明のある態様において、対象は、人工透析を受けている対象であり得る。本発明のある態様では、対象は、CDKステージが1、2、3a、3b、4および5からなる群から選択されるステージを有する慢性腎臓病患者であり得る。本発明では、いずれのCDKステージを有する慢性腎臓病患者においても、腎臓がんを検出することができる。
【0023】
本発明において、検出される腎臓がんは、ステージI、II、IIIおよびIVから選択されるいずれかのがんである。本発明の方法は、ステージI、II、IIIおよびIVのいずれのがんの検出にも適しているが、早期がん(すなわち、ステージIのがんおよびステージIIのがん)、例えば、ステージIの腎臓がんの検出に適している。
【0024】
本発明において、規定倍率は、例えば、100を超える倍率であり、例えば、200以上、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、1000以上、2000以上、3000以上、4000以上、5000以上、6000以上、7000以上、8000以上、9000以上、または、10000以上の倍率であり得る。本発明において、規定倍率はまた、特に限定されないが例えば、100000以下の倍率、50000以下の倍率、40000以下の倍率、30000以下の倍率、20000以下の倍率、19000以下の倍率、18000以下の倍率、17000以下の倍率、16000以下の倍率、15000以下の倍率、14000以下の倍率、13000以下の倍率、12000以下の倍率、11000以下の倍率、または10000以下の倍率であり得る。本発明において規定倍率は、特に限定されないが例えば、200~50000の範囲の倍率、200~40000の範囲の倍率、200~30000の範囲の倍率、200~20000の範囲の倍率、500~20000の範囲の倍率、500~15000の範囲の倍率、5000~15000の範囲の倍率、500~30000の範囲の倍率、500~50000の範囲の倍率、2000~50000の範囲の倍率、3000~50000の範囲の倍率、4000~50000の範囲の倍率、5000~50000の範囲の倍率、5000~30000の範囲の倍率、または1000~10000の範囲の倍率であり得る。ある特定の態様では、規定倍率は、例えば、約1000、約2000、約3000、約4000、約5000、約6000、約7000、約8000、約9000、約10000、約11000、約12000、約13000、約14000、約15000、約16000、約17000、約18000、約19000、または約20000であり得る。
【0025】
本発明のある態様では、規定倍率は、例えば、上記規定倍率の範囲に含まれる複数の規定倍率とすることができる(例えば、上記[1](1)において希釈系列を作成することができる)。希釈系列は、複数の規定倍率のいずれかからの希釈系列、例えば、2~20倍の希釈系列、例えば、5倍~10倍の範囲の希釈系列、10倍の希釈系列とすることができる。
【0026】
本発明において、尿サンプルの希釈は、例えば、水、例えば、蒸留水または滅菌水等の溶媒で行うことができる。
【0027】
尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かは、線虫と一定の距離(例えば、1cm~5cm)離して配置された尿サンプルに対して線虫が近づいたか、遠ざかったかを観察することにより評価することができる。一部の線虫が、尿サンプルに対して近づき、一部の線虫が、尿サンプルから遠ざかった場合には、尿サンプルに近づいた線虫の割合が、尿サンプルから遠ざかった線虫の割合よりも高い場合には、線虫が被検試料に対して誘引行動を示したと評価することができる。また、尿サンプルに近づいた線虫の割合が、尿サンプルから遠ざかった線虫の割合よりも低い場合には、線虫が尿サンプルに対して忌避行動を示したと評価することができる。
また、例えば、下記式により走性インデックスを求めて、線虫が誘引行動を示したか、忌避行動を示したかを評価してもよい。
【0028】
走性インデックス
(走性インデックス)=
{(尿サンプルに近づいた線虫個体数)-(尿サンプルから遠ざかった線虫個体数)}/全線虫個体数
【0029】
走性インデックスは、-1~+1の間の数値をとり、誘引行動を示した場合には正の値を、忌避行動を示した場合には負の値を取る。そして、数値の絶対値が大きいほど、走性行動が強く表れたと解釈できる。
【0030】
本発明の方法は、ある態様では、
(3)線虫が被検試料に対して示した走性行動に基づいて、尿サンプルを誘引物質であるかまたは忌避物質であるか評価することをさらに含んでもよい。
【0031】
本発明の方法では、尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示した場合には、対象が腎臓がんを有すること、またはその可能性があることが示される。本発明の方法では、例えば、尿サンプルに対して線虫が忌避行動を示した場合には、対象が腎臓がんを有しないこと、またはその可能性があることが示される。
【0032】
本発明では、複数の規定倍率で希釈されたサンプルに対する線虫の走性行動を評価してもよい。すなわち、本発明によれば、対象においてがんを検出する方法であって、
前記対象から得られた尿サンプルを第1の規定倍率に希釈することと、
前記対象から得られた尿サンプルを第2の規定倍率に希釈することと、
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することと、
を含み、
前記第1の規定倍率が5~100の範囲の倍率であり、前記第2の規定倍率が200以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)の倍率である、
方法が提供され得る。
【0033】
特許文献1によれば、腎臓がん以外のがんは広く線虫の走性行動によって検出される。線虫の走性行動は、尿サンプルを5~100倍、好ましくは約10倍で希釈することによって最も高感度および高特異度に評価できる。一方で、本発明によれば、尿を生産する器官である腎臓のがんは、200倍以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)の規定倍率で希釈することで、高感度および高特異度に評価できる。したがって、特定の対象の尿に由来する第1の規定倍率で希釈したサンプルと、当該対象の尿に由来する第2の規定倍率で希釈したサンプルとを用意し、それぞれに対して線虫の走性行動を評価することで、対象が腎臓がんを有すること、または対象が非腎臓がん(すなわち、腎臓がん以外のがん)を有することが示される。
【0034】
また、第2の規定倍率は、上記[1]の規定倍率と同様に、例えば、100を超える倍率であり、例えば、200以上、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、1000以上、2000以上、3000以上、4000以上、5000以上、6000以上、7000以上、8000以上、9000以上、または、10000以上の倍率であり得る。本発明において、規定倍率はまた、特に限定されないが例えば、50000以下の倍率、40000以下の倍率、30000以下の倍率、20000以下の倍率、19000以下の倍率、18000以下の倍率、17000以下の倍率、16000以下の倍率、15000以下の倍率、14000以下の倍率、13000以下の倍率、12000以下の倍率、11000以下の倍率、または10000以下の倍率であり得る。本発明において規定倍率は、特に限定されないが例えば、200~50000の範囲の倍率、200~40000の範囲の倍率、200~30000の範囲の倍率、200~20000の範囲の倍率、500~20000の範囲の倍率、500~15000の範囲の倍率、500~30000の範囲の倍率、500~50000の範囲の倍率、2000~50000の範囲の倍率、3000~50000の範囲の倍率、4000~50000の範囲の倍率、5000~50000の範囲の倍率、5000~30000の範囲の倍率、または1000~10000の範囲の倍率であり得る。ある特定の態様では、規定倍率は、例えば、約1000、約2000、約3000、約4000、約5000、約6000、約7000、約8000、約9000、約10000、約11000、約12000、約13000、約14000、約15000、約16000、約17000、約18000、約19000、または約20000であり得る。上述の通り、希釈系列を作成して実施してもよい。
【0035】
例えば、特定の対象の尿に由来する第1の規定倍率で希釈したサンプルに対して線虫が誘引行動を示した場合には、当該対象が非腎臓がんを有すること、またはその可能性があることが示され得る。例えばまた、特定の対象の尿に由来する第2の規定倍率で希釈したサンプルに対して線虫が誘引行動を示した場合には、当該対象が腎臓がんを有すること、またはその可能性があることが示され得る。例えば、特定の対象の尿に由来する第1の規定倍率で希釈したサンプルに対して線虫が誘引行動を示し、かつ、第2の規定倍率で希釈したサンプルに対して線虫が忌避行動を示した場合には、当該対象は、非腎臓がんを有すること、またはその可能性があることが示され得る。例えば、特定の対象の尿に由来する第2の規定倍率で希釈したサンプルに対して線虫が誘引行動を示し、かつ、第1の規定倍率で希釈したサンプルに対して線虫が忌避行動を示した場合には、当該対象は、腎臓がんを有すること、またはその可能性があることが示され得る。対象、希釈溶媒、走性行動の評価方法、がんの検出方法は、上記と同様である。
【0036】
本発明によれば、線虫を含む、腎臓がんの診断キットであって、
対象から得られた尿サンプルを規定倍率に希釈することと、
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することを含み、
前記規定倍率が200以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)の倍率である、
腎臓がんの診断方法において用いられる、診断キットが提供される。対象、希釈溶媒、走性行動の評価方法、がんの検出方法は、上記と同様である。また、規定倍率は、上記[1]の規定倍率または上記第2の規定倍率と同様に設定することができる。
【0037】
本発明によれば、線虫を含む、腎臓がんの診断キットであって、本発明の腎臓がんの検出方法に用いられる、診断キットが提供される。対象、希釈溶媒、走性行動の評価方法、がんの検出方法は、上記と同様である。
【0038】
本発明によれば、対象において腎臓がんを検出するための、対象から得られた尿サンプルの使用であって、
当該使用は、前記尿サンプルを規定倍率に希釈することと、
希釈した尿サンプルに対して線虫が誘引行動を示すか否かを評価することを含み、
前記規定倍率が200以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)の倍率である、使用が提供される。対象、希釈溶媒、走性行動の評価方法、がんの検出方法は、上記と同様である。また、規定倍率は、上記[1]の規定倍率または上記第2の規定倍率と同様に設定することができる。
【0039】
本発明によれば、対象から得られた尿サンプルに対する線虫の走性行動の評価系において、腎臓がんの検出感度または特異度を向上させる方法であって、
前記対象から得られた尿サンプルを200倍以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)に希釈することを含む、方法が提供される。対象、希釈溶媒、走性行動の評価方法、がんの検出方法は、上記と同様である。また、希釈倍率は、上記[1]の規定倍率または上記第2の規定倍率と同様に設定することができる。
【0040】
本発明ではまた、対象から得られた尿サンプルに対する線虫の走性行動の評価系であって、腎臓がんが疑われる対象または腎臓がん患者から得られた希釈尿サンプルであって、希釈倍率が200以上(または、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、若しくは1,000以上)の倍率である希釈尿サンプルと、線虫とを含む、評価系が提供される。対象、希釈溶媒、走性行動の評価方法、がんの検出方法は、上記と同様である。また、希釈倍率は、上記[1]の規定倍率または上記第2の規定倍率と同様に設定することができる。
【0041】
本明細書では、「がんを検出する方法」は、がんを適切ながん療法によって治療することをさらに含んでいてもよい。したがって、本発明によれば、腎臓がんを治療する方法であって、本発明の検出方法によって、腎臓がんを検出することと、腎臓がんが検出された対象において腎臓がんを治療することとを含む、方法が提供される。腎臓がんの治療は、腎臓がんに適したがん療法(例えば、腎臓がんに対する抗癌剤の投与、放射線療法、免疫療法、または外科的切除)により行うことができる。
【0042】
以下、実施例により本発明を説明するが、実施例は例示であって、発明の範囲を限定するものとして解釈されるものではない。
【実施例
【0043】
実施例1:腎臓がんまたは腎臓病を有する患者における線虫を用いた尿検査
腎臓病患者においては、尿の量が少なく、また、尿に異常がある場合がある。また、腎臓病により透析を受ける患者においては、がんの発症率が向上する。本実施例では、線虫の嗅覚に基づくがんの検出と、腎臓病との鑑別診断を試みた。
【0044】
まず、尿検体を腎臓病患者19名(うち、腎臓がん患者10名、透析患者2名、および好酸性腺腫1名)から得た。腎臓がん患者はいずれも、医師により腎臓がんと診断された患者であり、検体の腫瘍サイズはいずれも、TNM分類においてpT1a(原発腫瘍において4cm以下)であり、ステージIの腎臓がんであった。患者の詳細は、下記表3に示される通りであった。
【0045】
表3:被検患者のCDKステージと腫瘍サイズ
CDKステージ1、 腫瘍サイズpT1:2例
CDKステージ2、 腫瘍サイズpT1:3例
CDKステージ3a、腫瘍サイズpT1:3例
CDKステージ3b、腫瘍サイズpT1:1例
CDKステージ3b、好酸性腺腫 :1例
CDKステージ3b、腫瘍検出されず :1例
CDKステージ4、 腫瘍サイズpT1:1例
CDKステージ4、 腫瘍検出されず :2例
CDKステージ5、 腫瘍検出されず :3例
透析患者 、 腫瘍検出されず :2例
【0046】
図1に示されるように、尿サンプルを滅菌水で100倍に希釈して、表面が平らな寒天プレート10上の辺縁部11に塗布し、線虫は、前記寒天プレートの中央部12に塗布し、線虫が尿サンプルに対して誘引行動を示すか、忌避行動を示すかを観察した。線虫が誘引行動を示したか忌避行動を示したかは、下記の走性インデックスにより評価した。
【0047】
走性インデックス
(走性インデックス)=
{(領域13の線虫個体数)-(領域14の線虫個体数)}/全線虫個体数
(式中、領域13は、寒天プレート10を二点鎖線で3つの領域に分けた場合に尿サンプル側の領域であり、領域14は、上記3つの領域の尿サンプルとは離れた領域である。)
【0048】
結果は、図2Aおよび2Bに示される通りであった。
【0049】
図2Aに示されるように、100倍希釈の尿サンプルでは、いくつかのがん患者由来の尿に対して線虫が誘引行動を示し、がんを検出できた。一方で、腎臓病のみを有する患者由来の尿に対してはいずれも線虫は忌避行動を示した。一方で、図2Bに示されるように、10倍希釈の尿サンプルでは、いくつかのがん患者由来の尿に対して、線虫が弱い誘引行動を示すにすぎなかった。図2Aに示されるように、100倍希釈の尿サンプルにおいても、線虫に誘引行動を誘発させることができないサンプルの存在が目立った。
【0050】
次に、尿サンプルの希釈倍率を様々に変えて上記と同様の尿検査を行った。図3Aおよび3Bには、1,000倍希釈した尿および10,000倍希釈した尿による尿検査結果を示す。
【0051】
図3Aに示されるように、1,000倍希釈した尿を用いた尿検査では、多くのがん患者由来の尿サンプルに対して線虫は誘引行動を示した。図3Bに示されるように、10,000倍希釈した尿を用いた尿検査では、さらに多くのがん患者由来の尿サンプルに対して線虫は誘引行動を示した。図3Bに示されるように、10,000倍希釈した尿を用いた尿検査では、複数のサンプルにおいて誘引行動を安定的に強く検出することができた。また、図3Aおよび3Bに示されるように、腎臓病患者由来の尿に対する忌避行動も複数のサンプルで安定的に強く検出することができた。
【0052】
また、表3によれば、様々な慢性腎臓病(CKD)ステージの患者が今回の検査の対象として含まれていたが、図3Aおよび3Bに示されるように、腎臓がんの診断が、検査対象のCKDステージの影響を受けるようすは観察されなかった。なお、図3Bにおいて、左から4番目のサンプルは、CDKステージ2の患者由来であり、左から10番目のサンプルは、CDKステージ3bの患者由来であった。
【0053】
希釈倍率を増加させることによって(すなわち、尿サンプルを薄めることによって)、がんの検出感度および特異度が向上することが、本実施例により明らかとなった。また、この希釈倍率の条件下で、腎臓病患者の尿に対しては複数のサンプルで安定的に強く忌避行動を示すことも明らかとなった。このように、線虫の走性行動を用いたがんの評価系では、高倍率の希釈により、腎臓がん患者を高感度および高特異度で検出することができた。線虫の走性行動を用いたがんの評価系ではまた、腎臓がん患者(例えば、No.18)を腎臓病患者と鑑別することができた。また、好酸性腺腫(No.9)も、本発明の評価系ではがんと鑑別することができた。
【0054】
また、透析患者は、非透析患者に対してがんの発症率が高いことが知られている。今回の結果から、透析患者における、がん発症のモニタリングに線虫を用いた尿検査を用いることができることが示唆された。また、pT1aまたはステージIの腎臓がんを診断できることから、本発明の方法は、腎臓がんの早期診断に有用であることが明らかとなった。特に、透析患者においてがんの誘発率が高いとの報告があり、このような透析患者において尿検査による腎臓がんの早期診断の途を切り拓くものである。
【0055】
線虫は、匂いが強すぎると、誘引物質に対して忌避行動を示すことがある(例えば、Yoshida et al., Nature Communication, 2012およびTaniguchi et al., Science Signaling, 2014参照)。可能性として、腎臓がん患者の尿は、がん由来成分の濃度が高く、低い希釈倍率では忌避行動を惹起し易い可能性が考えられる。そして、通常(10~100倍希釈)よりも高希釈倍率の場合(例えば、1,000倍~10,000倍)のときに良好に検出が可能になったと考察された。
図1
図2A
図2B
図3A
図3B