(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-04
(45)【発行日】2022-11-14
(54)【発明の名称】ホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置及び方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/64 20060101AFI20221107BHJP
G02B 5/32 20060101ALI20221107BHJP
G03H 1/02 20060101ALI20221107BHJP
G03H 1/22 20060101ALI20221107BHJP
A61N 5/067 20060101ALI20221107BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20221107BHJP
G01B 9/021 20060101ALN20221107BHJP
G02B 21/00 20060101ALN20221107BHJP
【FI】
G01N21/64 E
G02B5/32
G03H1/02
G03H1/22
A61N5/067
C12Q1/02
G01B9/021
G02B21/00
(21)【出願番号】P 2020530213
(86)(22)【出願日】2019-07-09
(86)【国際出願番号】 JP2019027232
(87)【国際公開番号】W WO2020013208
(87)【国際公開日】2020-01-16
【審査請求日】2021-01-20
(31)【優先権主張番号】P 2018130309
(32)【優先日】2018-07-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度 国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「ホログラフィック光刺激及び蛍光3次元観察一体化システムの構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000822
【氏名又は名称】特許業務法人グローバル知財
(72)【発明者】
【氏名】的場 修
(72)【発明者】
【氏名】全 香玉
(72)【発明者】
【氏名】和氣 弘明
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0177401(US,A1)
【文献】国際公開第2016/163560(WO,A1)
【文献】特開2015-219501(JP,A)
【文献】特開2015-219502(JP,A)
【文献】国際公開第2018/070451(WO,A1)
【文献】HERNANDEZ, Oscar,Three-dimensional spatiotemporal focusing of holographic patterns,nature communications,2016年,Vol. 7,pp. 11928-1~10, supplmentary pp. 1-21
【文献】ZAHID, Morad,Holographic Photolysis for Multiple Cell Stimulation in Mouse Hippocampal Slices,PLoS ONE,2010年,Vol.5 No.2,pp.e9431-1~11
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-21/958
G01B 11/00-11/30
A61N 5/06-5/08
G03H 1/00-1/34
JMEDPlus(JDreamIII)
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光励起光を用い
た複数の刺激対象物の蛍光信号光
を自己干渉させたホログラムを用いて3次元蛍光分布情報を取得する3次元イメージング用ホログラフィック光学系と、
取得した前記3次元蛍光分布情報に基づき生成した光刺激用ホログラムを用いて複数の光スポットを空間的に形成し複数の前記刺激対象物に対して同時に刺激を付与する3次元光刺激用ホログラフィック光学系を備え
、
前記3次元光刺激用ホログラフィック光学系は、第1の空間光変調素子と制御部を有し、
前記制御部は、前記3次元イメージング用ホログラフィック光学系が取得した前記3次元蛍光分布情報に基づいて、前記ホログラムと同じ又は同等の空間分解能と3次元観察範囲で特定した複数の刺激対象物の位置に、複数の光スポットを同時に形成する光刺激用ホログラムのパターンの制御を第1の空間光変調素子に対して行う
ことを特徴とするホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置。
【請求項2】
3次元光刺激用ホログラフィック光学系は、
前記3次元蛍光分布情報に基づいて、
第1の空間光変調素子を制御し
、3次元空間に複数の光スポットを同時に形成する前記光刺激用ホログラムを生成
し、
3次元イメージング用ホログラフィック光学系は、第2の空間光変調素子、偏光依存性を有する2重焦点レンズ、偏光依存性を有する回折格子付き2重焦点レンズ、又は、固定の体積型ホログラフィック光学素子を備え、前記蛍光信号光を自己干渉させて等傾角干渉縞のホログラムを用いて前記3次元蛍光分布情報を取得し、これらを繰り返す
ことを特徴とする請求項1に記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置。
【請求項3】
前記制御部は、前記3次元蛍光分布情報に基づいて、光刺激を付与する複数の刺激対象物の位置を、奥行き方向の少なくとも焦点位置から±100μmの範囲で、光刺激する複数の刺激対象物の位置を特定し、特定した位置に複数の光スポットを同時に形成するための前記光刺激用ホログラムを算出し、第1の空間光変調素子を制御し前記光刺激用ホログラムを生成することを特徴とする請求項2に記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置。
【請求項4】
第1の空間光変調素子は、位相変調型空間光変調素子、又は、振幅変調型空間光変調素子の何れかであることを特徴とする請求項1~3の何れかに記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置。
【請求項5】
3次元光刺激用ホログラフィック光学系は、前記光刺激用ホログラムによる変調光の波長を複数同時に用いる、又は、波長を切替えて用いることを特徴とする請求項1~4の何れかに記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置。
【請求項6】
3次元光刺激用ホログラフィック光学系において、前記光刺激用ホログラムによる変調光は、前記蛍光励起光、又は、前記刺激対象物の状態を制御する状態制御用光であることを特徴とする請求項1~5の何れかに記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置。
【請求項7】
3次元イメージング用ホログラフィック光学系は、第2の空間光変調素子
を備え、前記蛍光信号光を自己干渉させて
等傾角干渉縞のホログラムを用いて前記3次元蛍光分布情報を取得することを特徴とする請求項1~6の何れかに記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置。
【請求項8】
前記刺激対象物を通過する物体光と通過しない参照光とを重ね合せた干渉光による位相3次元像を取得する位相イメージング用ホログラフィック光学系を更に備えたことを特徴とする請求項1~7の何れかに記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置。
【請求項9】
前記刺激対象物が、細胞群であり、該細胞群に対して前記光刺激用ホログラムを用いて複数の光スポットを空間的に形成し複数の前記細胞群に対して同時に刺激を付与することを特徴とする請求項1~8の何れかに記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置。
【請求項10】
3次元イメージング用ホログラフィック光学系と、3次元光刺激用ホログラフィック光学系とが共に反射型であることを特徴とする請求項1~9の何れかに記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置。
【請求項11】
複数の刺激対象物に蛍光励起光を照射するステップと、
前記刺激対象物の蛍光信号光
を自己干渉させて3次元蛍光分布のホログラム情報を取得するステップと、
取得した前記3次元蛍光分布のホログラム情報を計算機で再構成することにより、前記刺激対象物の状態を観察するステップと、
取得した前記3次元蛍光分布のホログラム
と同じ又は同等の空間分解能と3次元観察範囲で特定した複数の刺激対象物の位置に、複数の光スポットを同時に形成する光刺激用ホログラムを生成するステップと、
前記光刺激用ホログラムのパターンの制御を空間光変調素子に対して行い、
前記光刺激用ホログラムを用いて複数の光スポットを空間的に形成し複数の前記刺激対象物に対して同時に光刺激を付与するステップ
と、
光刺激付与に伴う蛍光信号光による3次元蛍光分布のホログラム情報を計算機で再構成することにより、刺激付与後の前記刺激対象物の状態を観察するステップと、
を備え
ることを特徴とするホログラフィック3次元マルチスポット光刺激方法。
【請求項12】
前記光刺激用ホログラムを生成するステップは、
前記3次元蛍光分布のホログラム情報に基づいて、光刺激する複数の刺激対象物の位置を特定するステップと、
特定した位置に複数の光スポットを同時に形成するための前記光刺激用ホログラムを算出するステップ
、
を備えることを特徴とする請求項11に記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激方法。
【請求項13】
前記刺激対象物に対して同時に刺激を付与するステップは、
前記光刺激用ホログラムによる変調光の波長を複数同時に用いる、又は、波長を切替えて用いることを特徴とする請求項11又は12に記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激方法。
【請求項14】
前記光刺激用ホログラムによる変調光は、前記蛍光励起光、又は、前記刺激対象物の状態を制御する状態制御用光であることを特徴とする請求項13に記載のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3次元蛍光分布情報に基づいて3次元的に位置する多数の対象物に同時に光刺激を付与する技術、及び、光刺激付与後の対象物の状態を3次元蛍光分布情報によって3次元観察する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、光活性化型タンパク質を発現した細胞の活動や情報伝達などの生理機能を光操作し、神経回路の再編成や生命機能の解明を行う光遺伝学(オプトジェネティクス)が研究されており、顕微鏡は、観察ツールや生物学的応用のための測定ツールに加えて、操作ツールとしての役割を期待されている。例えば、可視光の光パルスを使用することにより、細胞膜中の光活性化型タンパク質に光刺激を付与して、細胞の活動電位パターンに対する高速かつ精度の高い時間制御を達成し、神経回路のオン/オフ切替えを実現するツールとして応用が期待されている。
3次元的に分布している細胞に対して複数を同時または時間差を持たせてプログラマブルな光刺激を行う技術は、光遺伝学研究の研究レベルを格段に進歩させる技術である。このためには細胞の3次元位置を高速にセンシングし、その情報をもとに複数の光スポットを生成する技術開発が必要である。
【0003】
一方で、3次元的に分布している細胞の3次元イメージングとして、例えば、細胞核中の特定DNAに蛍光分子を導入し、蛍光顕微鏡を使って、生きた細胞の変化を計測する技術が知られている。蛍光分子で染色された細胞内の核やタンパク質の相互作用を可視化することにより、光活性化型タンパク質を発現した細胞活動の観測が可能になる。
【0004】
また、細胞活動の変化の計測や奥行き位置が異なる複数の細胞の同時計測を可能にするツールとして、ディジタルホログラフィック顕微鏡が知られている。ディジタルホログラフィック顕微鏡では、3次元情報をホログラム情報として取得し、計算機内で光波の逆伝搬計算を行うことで奥行き位置に対する物体の光波情報を再構成することにより、特殊な蛍光染色が必要なく生体細胞の3次元観察が可能で、計算機再構成により焦点位置を任意に変更でき、定量的位相計測が可能である。このため、3次元的に動的な細胞の観察も、再構成計算により自動的にピントの合った再構成画像を得る。
【0005】
ディジタルホログラフィック顕微鏡を用いて蛍光分子で染色された細胞を観察する場合に、蛍光が干渉しにくいインコヒーレント光であることから、インコヒーレント光からホログラムを作るために空間光変調素子を用いる蛍光ディジタルホログラフィック顕微鏡(Fluorescence Digital Holographic Microscope;FDHM)が知られている(例えば、特許文献1,2を参照)。
【0006】
特許文献1に開示された装置は、干渉性の低い光(例えば蛍光等)を観察するため、空間光変調素子を用いて、互いに偏光方向が異なる第1成分光および第2成分光を含む物体光を、第1成分光の波面形状と第2成分光の波面形状を異なる形状にし、第1成分光に対する第2成分光の位相シフト量に、空間的に周期的に変化する分布を生じさせて、第1成分光と第2成分光とを干渉させてホログラムを形成する。これにより、単一の光路を通る干渉性の低い光を用いて、1回の撮像で記録されるホログラムから、被写体の再生像を得ることができる。
また、本発明者らは、蛍光ディジタルホログラフィック顕微鏡と位相3次元像検出ディジタルホログラフィック顕微鏡を結合し、蛍光3次元像と位相3次元像を同時に3次元計測し、蛍光3次元像のみならず位相3次元像を含め多様な情報が観測可能なマルチモーダルなディジタルホログラフィック顕微鏡を提案している(特許文献2を参照)。
【0007】
また、光を照射することにより生体対象物を刺激する光刺激装置が知られている(例えば、特許文献3を参照)。特許文献3に開示された光刺激装置は、生体対象物の内部における照射光の集光強度の低下及び集光形状の広がりを抑えるといった課題を達成すべく、生体対象物における屈折率差を伴う形状に関する情報を取得し、取得された情報に基づき、屈折率差を伴う形状に起因する収差を補正するための収差補正ホログラムデータを作成し、作成された収差補正ホログラムデータに基づくホログラムを呈示して、空間光変調素子を用いて生体対象物へ照射される光を変調する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2015-1726号公報
【文献】再表2016/163560号公報
【文献】特開2015-219502号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来、オプトジェネティクスにおける光操作プロセスは、光ファイバ技術又は標的領域の上の光学窓によって実現されている。
しかしながら、刺激対象となる細胞が広範囲に亘って存在することや、画像化のための光学系が2次元照明であることから局所的に特定された細胞を励起することに留まることが問題の一つである。神経細胞を更に理解するためには、ミリ秒オーダの精度、及び3次元マルチスポットに照明でき細胞を刺激できることが必要である。そのため、上述の如く、3次元的に分布している細胞に対して複数を同時または時間差を持たせてプログラマブルな光刺激を行う技術が必要とされており、そのため細胞の3次元位置を高速にセンシングし、そのセンシング情報をもとに複数の光スポットを生成する装置が要望されている。
【0010】
かかる状況に鑑みて、本発明は、複数の対象物の3次元位置を高速にセンシングし、得られた3次元蛍光分布情報に基づいて3次元的に位置する複数の対象物に同時に光刺激を付与できるホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を達成すべく、本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置は、蛍光励起光を用いて複数の刺激対象物の蛍光信号光による3次元蛍光分布情報を取得する3次元イメージング用ホログラフィック光学系と、取得した前記3次元蛍光分布情報に基づき生成した光刺激用ホログラムを用いて複数の光スポットを空間的に形成し複数の刺激対象物に対して同時に刺激を付与する3次元光刺激用ホログラフィック光学系を備える。
【0012】
上記構成によれば、複数の対象物の3次元位置を高速にセンシングし、得られた3次元蛍光分布情報に基づいて3次元的に位置する複数の対象物に同時に光刺激を付与することができる。
3次元イメージング用ホログラフィック光学系は、複数の刺激対象物の蛍光分布の3次元観察を行う系である。また、3次元光刺激用ホログラフィック光学系は、3次元空間に位置する複数の刺激対象物に対して刺激を付与する系である。どちらの系もホログラフィック技術によって実現される。
【0013】
刺激対象物に対する刺激は、複数の対象物の3次元位置を高速にセンシングして3次元蛍光分布情報を取得できた場合にのみ可能である。どのように刺激対象物の3次元蛍光分布情報を取得し、刺激が実行された後に刺激対象物の状態変化を瞬時に観察するのかについては、後述する実施例で詳細に説明する。
なお、蛍光励起光は、コヒーレント性を有するレーザ光、部分的にコヒーレント性を有するLEDなどの光の双方を用いることができる。また、蛍光励起光として、可視光や紫外線光レーザより生体組織の透過性に優れる近赤外光レーザを用いて、刺激対象物に対して2光子吸収による励起を生じさせることも可能である。
【0014】
本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置において、3次元光刺激用ホログラフィック光学系は、第1の空間光変調素子と制御部を備え、制御部が3次元蛍光分布情報に基づいて、第1の空間光変調素子を制御し光刺激用ホログラムを生成する。
空間光変調素子(SLM;Spatial Light Modulator)とは、電圧によって液晶分子の状態が変化し、位相遅延が発生又は振幅が変調する素子である。空間光変調素子は、液晶分子の配向により入射光電場の偏光状態に対して異なる働きを生じさせることができ、ある方向の直線偏光に対して常光線として作用するときに、それに垂直な直線偏光に対して異常光線として作用する。そのため、特定の直線偏光方向に対してのみ作用する偏光依存性のある2重焦点レンズを実現できる。蛍光信号光は、空間光変調素子で実現される2重レンズによって、2つの回折光が生じることになり、この2つの回折光は、共に同じ偏光であり自己干渉が生じるのである。
【0015】
また、制御部は、3次元蛍光分布情報に基づいて、光刺激する複数の刺激対象物の位置を特定し、特定した位置に複数の光スポットを同時に形成するための光刺激用ホログラムを算出し、第1の空間光変調素子を制御し光刺激用ホログラムを生成する。第1の空間光変調素子は、位相変調型空間光変調素子、又は、振幅変調型空間光変調素子の何れかである。振幅変調型空間光変調素子を用いて、これを位相変調素子として使用可能である。ここで、空間光変調素子は、対物レンズの焦点面に対して、フーリエ変換の位置、又は、対物レンズの結像位置に配置する。
【0016】
本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置において、3次元光刺激用ホログラフィック光学系は、光刺激用ホログラムによる変調光の波長を複数同時に用いる、又は、波長を切替えて用いることが好ましい。刺激対象物の特性に応じて、光刺激用ホログラムによる変調光の波長を複数用いて刺激を付与する、又は、波長を切替えて刺激を付与できるようにする。変調光の波長を複数用いることにより、複数波長を用いて3次元空間で同時に複数の刺激対象物を光刺激することができる。例えば、刺激対象物に対して、青色波長の光と緑色波長の光の両方を用いて励起する場合や、刺激対象物に対して、青色波長の光と緑色波長の光を切替えながら蛍光を励起する場合、又は、刺激対象物の状態を波長の切替えによって制御する場合においても、対応することができる。
【0017】
特に、光刺激用ホログラムによる変調光が、蛍光励起光、又は、刺激対象物の状態を制御する状態制御用光であってもよい。光刺激用ホログラムによる変調光を蛍光励起光とすることにより、特定の刺激対象物を追跡しながら観察することができる。また、光刺激用ホログラムによる変調光を状態制御用光とすることにより、本発明の技術を、例えば、オプトジェネティクス分野において細胞のオンとオフを制御することに用いることができる。
【0018】
3次元イメージング用ホログラフィック光学系と、3次元光刺激用ホログラフィック光学系とが共に反射型であることが好ましい。
生体内の生きた細胞に対して光刺激を付与すべく、共に反射型(落射型)の光学系にする。なお、生体外の細胞に対して光刺激を付与する場合、3次元イメージング用ホログラフィック光学系は、反射型(落射型)でなく透過型にする場合は、観察する蛍光信号光は微弱であるため、蛍光励起光を十分にカットし、蛍光信号光のみを通過させるダイクロイックミラーや蛍光波長の特定の波長および位相計測のためのレーザ波長を通過させるバンドパスフィルタを用いる。
【0019】
本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置において、3次元イメージング用ホログラフィック光学系は、第2の空間光変調素子、偏光依存性を有する2重焦点レンズ、偏光依存性を有する回折格子付き2重焦点レンズ、又は、同じ機能を有する体積型ホログラフィック光学素子を備え、蛍光信号光を自己干渉させて3次元蛍光分布情報を取得する。
3次元光刺激用ホログラフィック光学系では、ホログラムを書き換える必要があるため空間光変調素子を用いることになるが、3次元イメージング用ホログラフィック光学系では空間光変調素子に限定されず、偏光依存性を有する2重焦点レンズ,偏光依存性を有する回折格子付き2重焦点レンズ、固定の体積型ホログラフィック光学素子も使用することができる。
【0020】
また、本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置において、3次元イメージング用ホログラフィック光学系は、サブ波長周期構造の2焦点フレネルレンズ(Sub-wavelength Periodic structured Fresnel Lens;SPFL)を用いて、蛍光信号光を自己干渉させて3次元蛍光分布情報を取得することでも構わない。サブ波長周期構造は偏光依存性を発現させるための構造であり、光の波長よりも短い周期の回折格子構造であるサブ波長周期構造によって、光波の偏光状態によって回折を受けることになる。また、フレネルレンズは、通常のレンズを光の波長で折り返し厚みを減らしたレンズであり、断面は鋸状でありプリズムを並べたような形になる。2焦点フレネルレンズは、1つのビーム光を2つに分けて回折させ、異なる場所で焦点を合わせる機能を持つ。さらに、3次元イメージング用ホログラフィック光学系は、2焦点レンズと回折格子を併せ持つ体積型ホログラフィック光学素子を用いて、蛍光信号光を自己干渉させて3次元蛍光分布情報を取得することでも構わない。
【0021】
3次元イメージング用ホログラフィック光学系において、蛍光励起光の波長を複数用いる、又は、波長を切替えて用いることでもよい。対象物の蛍光特性に応じて、蛍光励起光の波長を複数用意する、あるいは切り替えるようにする。蛍光染色試薬の種類に応じて、蛍光励起光の波長を切替えて使用することにより、ターゲットとなる細胞を選択して分裂や形状変化などの細胞の状態変化を計測できる。
【0022】
本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置において、刺激対象物を通過する物体光と通過しない参照光とを重ね合せた干渉光による位相3次元像を取得する位相イメージング用ホログラフィック光学系を更に備えたことが好ましい。
位相イメージング用ホログラフィック光学系を更に備えることにより、例えば、細胞観察の際には、蛍光3次元像により細胞核の時空間情報を、位相3次元像により細胞核および細胞壁の時空間構造を同時に取得して、蛍光3次元像と位相3次元像を同時かつ高速撮影することを可能にする。
【0023】
3次元イメージング用ホログラフィック光学系と、位相イメージング用ホログラフィック光学系のイメージングセンサが共用化され、蛍光3次元像と位相3次元像をホログラムとして同時に取得することでもよい。この場合、オフアクシス型干渉による等傾角ホログラムの蛍光3次元像と、等傾角ホログラムの位相3次元像とを空間周波数面において分離し、それぞれの干渉強度分布から物体光と蛍光信号光を再構成する。
【0024】
本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置において、刺激対象物が細胞群の場合には、細胞群に対して光刺激用ホログラムを用いて複数の光スポットを空間的に形成し複数の細胞群に対して同時に刺激を付与することができ、刺激付与後の細胞群の状態を3次元観察することができる。刺激対象物が細胞群の場合、蛍光励起光として、可視光や紫外線光レーザより生体組織の透過性に優れる近赤外光レーザを用いて、試料の組織表面から数百μmの深部に位置する細胞群に対して2光子吸収による励起を生じさせることができる。細胞群に与えるダメージを少なくでき、生きた動物の脳内で生じている神経細胞の活動を促したり、活動の状態を観察することができる。
【0025】
本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置において、3次元イメージング用ホログラフィック光学系は、画素マトリックスのイメージセンサを用いて3次元蛍光分布を画像化する。または、単一検出器を用いて、デジタルミラーデバイス(DMD;Digital Mirror Device)により蛍光信号の空間パターンを変調し、その変調された蛍光信号の光エネルギーを取得することでもよい。DMDは、多数のマイクロミラーが平面に配列された表示素子を用いて、少なくとも1つのマイクロミラーをオン状態にし、蛍光励起光または蛍光信号光を部分的に透過させる光学要素である。蛍光励起光または蛍光信号光の光源と検出器の間の光路の途中に、変調パターンを自由に設定できるDMDなどの表示素子を入れることにより、微弱な蛍光信号に対してホログラムを取得できる系を構築可能である。これにより、生体組織への応用時に、生体組織へ照射する光エネルギーを抑えることで、生体組織へのダメージを与えることなく、蛍光信号光を取得することができる。
【0026】
次に、本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激方法について説明する。
本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激方法は、下記1)~6)のステップを備えるものである。
1)複数の刺激対象物に蛍光励起光を照射するステップ。
2)刺激対象物の蛍光信号光による3次元蛍光分布のホログラム情報を取得するステップ。
3)取得した3次元蛍光分布のホログラム情報を計算機で再構成することにより、刺激対象物の状態を観察するステップ。
4)取得した3次元蛍光分布のホログラム情報に基づき光刺激用ホログラムを生成するステップ。
5)光刺激用ホログラムを用いて複数の光スポットを空間的に形成し複数の刺激対象物に対して同時に光刺激を付与するステップ。
6)光刺激付与に伴う蛍光信号光による3次元蛍光分布のホログラム情報を計算機で再構成することにより、刺激付与後の刺激対象物の状態を観察するステップ。
【0027】
上記4)の光刺激用ホログラムを生成するステップは、3次元蛍光分布のホログラム情報に基づいて、光刺激する複数の刺激対象物の位置を特定するステップと、特定した位置に複数の光スポットを同時に形成するための光刺激用ホログラムを算出するステップと、空間光変調素子を制御し光刺激用ホログラムを生成するステップを備える。
上記5)の刺激対象物に対して同時に刺激を付与するステップは、光刺激用ホログラムによる単一波長の変調光を用いるだけでなく、刺激対象物の特性に応じて、光刺激用ホログラムによる変調光の波長を複数同時に用いる、又は、波長を切替えて用いることが可能である。光刺激用ホログラムによる変調光が蛍光励起光の場合には、光刺激付与に伴って蛍光信号光が現れるため、刺激付与直後の刺激対象物の状態を観察することができる。また、光刺激用ホログラムによる変調光が刺激対象物の状態を制御する状態制御用光の場合には、例えば、オプトジェネティクス分野において細胞のオンとオフを制御することに用いることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、複数の対象物の3次元位置を高速にセンシングし、得られた3次元蛍光分布情報に基づいて3次元的に位置する複数の対象物に同時に光刺激を付与できるといった効果がある。また、本発明によれば、光刺激付与後の対象物の状態を、光刺激に伴う蛍光信号光の3次元蛍光分布情報によって3次元観察できるといった効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】実施例1のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の模式図
【
図2】3次元イメージング用ホログラフィック光学系と3次元光刺激用ホログラフィック光学系の模式図
【
図3】3次元イメージング用ホログラフィック光学系と3次元光刺激用ホログラフィック光学系の構成図
【
図4】実施例1の蛍光3次元像を取得する第2のホログラフィック光学系の構成図
【
図5】実施例1の蛍光3次元像を取得する第2のホログラフィック光学系の他の実施形態の構成図
【
図6】実施例2のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の構成図
【
図7】実施例2のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の他の実施形態の構成図
【
図8】実施例3のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の構成図
【
図9】実施例4のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の構成図
【
図10】実施例5のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の構成図
【
図11】実施例5のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の模式図
【
図12】実施例6のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の構成図
【
図13】実施例7のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激方法のフロー図
【
図15】刺激対象物に対する刺激付与処理のフロー図
【
図16】蛍光ビーズを用いた実験結果の説明図(1)
【
図17】蛍光ビーズを用いた実験結果の説明図(2)
【
図18】蛍光ビーズを用いた実験結果の説明図(3)
【
図20】浮遊ビーズの動画記録と再生の実験結果の説明図
【
図21】ヒメツリガネゴケの細胞を用いた実験結果の説明図
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態の一例を、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【実施例1】
【0031】
図1は、ホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の一実施形態の模式図を示す。
図1に示すように、ホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置は、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aと3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bを備える。
3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aは、レーザ光源21から照射されるレーザ光(蛍光励起光)による刺激対象物10の蛍光信号光を取り扱う光学系である。光学系Aは、刺激対象物10の蛍光信号光を対物レンズ11により平行光に近い形とし、位相変調型空間光変調素子(以下、単に「空間光位相変調素子」と呼ぶ)12に入射させる。空間光位相変調素子12を透過した蛍光信号光は、チューブレンズ13を通り、イメージセンサ14に到達する。ここで、空間光位相変調素子12は、回折格子が重畳された2重焦点レンズとして機能することにより、蛍光信号光の自己干渉によりイメージセンサ14では蛍光3次元像を取得できる。蛍光信号光は自己干渉するため、得られる蛍光3次元像は等傾角の干渉縞パターンのホログラムになる。演算ユニット15では、等傾角の干渉縞パターンのホログラムを用いて、複数の刺激対象物10の3次元蛍光分布情報である3次元マップ30を算出する。
【0032】
一方、3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bは、レーザ光源21から照射されるレーザ光(平行光)を空間光位相変調素子22に入射させ、透過した光を、対物レンズ23を通して刺激対象物10に照射させる。空間光位相変調素子22は、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aで算出した3次元マップ30に基づいて、光刺激用ホログラムのパターンが形成されるように制御部25により制御される。光刺激用ホログラムのパターンが形成された空間光位相変調素子22を透過したレーザ光は、自己干渉によって複数の光スポットを空間的に形成する。従って、レーザ光は対物レンズ23により刺激対象物10に集約すると共に、複数の刺激対象物10のそれぞれの3次元位置に光スポットを形成し、複数の刺激対象物10に対して同時に刺激を付与できる。
【0033】
刺激対象物10は、カバーガラス10aとガラスプレート10bで挟まれ、試料ステージ(図示せず)に取り付けられている。刺激対象物10は、板状ガラスで挟まれずに、ガラス容器に収容されても構わない。なお、レーザ光を透過する材質であれば、ガラス以外の材質を用いてもよい。
刺激対象物10は、例えば、生体の細胞群であり、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aによって、複数の細胞の3次元蛍光分布情報を、3次元マップ30の個々の蛍光位置31a~31eとして取得できる。そして、3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bによって、複数の光スポットを空間的に形成し、刺激対象物10である複数の細胞に対して同時に刺激を付与できる。
【0034】
上述の如く、本発明の3次元マルチスポット光刺激装置は、刺激対象物の蛍光分布の3次元観察を行う3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aと、3次元空間に位置する刺激対象物に対して刺激を付与する3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bといった2つのホログラフィー技術で構成される。ターゲットの刺激対象物に対して正確な刺激を付与するため、刺激対象物の3次元蛍光分布情報である3次元マップを算出する。また、刺激対象物に対して刺激が付与された後に、刺激対象物の動的な変化(3次元位置の変化)をリアルタイムに観察し、次の刺激を付与するために3次元マップを改めて算出する。このように観察と刺激を繰り返していく必要がある。刺激対象物が生体の細胞群の場合であれば、ミリ秒オーダの刺激を付与することから、同じ速度の観察、すなわちミリ秒オーダの高速な観察を行うべきである。高速な3次元観察を実現するために、共通パスのオフアクシス・インコヒーレント光を用いたディジタルホログラフィック技術を採用する。
【0035】
以下では、共通光路型のオフアクシス・インコヒーレント光を用いたディジタルホログラフィック技術を説明すると共に、刺激対象物の3次元マップをどのように作成するのか、また刺激対象物に対して刺激が付与された後に、刺激対象物の状態変化をリアルタイムにどのように観察するのかについて、
図2を参照しながら説明する。
まず、刺激対象物の3次元マップをどのように作成するのかについて説明する。刺激対象物が励起光によって蛍光する特性を有すると仮定する。刺激対象物に蛍光励起光が照射されると、刺激対象物が蛍光信号光を発する。
図2のAに示すように、擬似点源σ(x
s,y
s,z
s)の蛍光物体が発した蛍光信号光は、対物レンズ11を通り、空間光位相変調素子12を透過し、チューブレンズ13を通り、イメージセンサ14に到達する。蛍光信号光と共に、反射光又は透過光の蛍光励起光が混じることがあるが、例えば、ダイクロイックミラー(図示せず)を用いて、特定の波長の光を反射し、その他の波長の光を透過することにより、蛍光励起光を十分に減衰させ、蛍光信号光を強調することができる。刺激対象物が細胞群等の場合、複数の蛍光物体が存在することになるが、これらの複数の蛍光物体は、試料空間(例えばガラス容器に収納された試料空間)内における擬似点光源の重ね合わせと見ることができる。
【0036】
空間光位相変調素子12は、偏光依存性を有し、回折格子が重畳された2重焦点レンズの機能を備える。2重焦点レンズの機能によって、1つの蛍光信号光から2つの回折波が生成され、蛍光信号光が自己干渉するため、イメージセンサ14において蛍光3次元像を取得できる。蛍光信号光が回折により進行方向が傾き、自己干渉するため、蛍光3次元像は等傾角の干渉縞パターンのホログラムになる。または、偏光依存性により、非変調光と変調光による干渉を用いることもできる。このとき、偏光板を用いて2つの光の偏光をそろえ、干渉させる。
偏光依存性を有する空間光位相変調素子12では、特定の偏光方位の光を通過させて光軸上に集光し、偏光方位が異なる光は遮断する。また、空間光位相変調素子12が、回折格子が重畳された2重焦点レンズの機能を有すると、光軸と平行に入射する光は光軸上で集光するのではなく、回折格子によって集光点が光軸上からズレることになる。異なるスリットによって回折してきた光波が干渉する結果、入射する光は特定の方向にのみ強く伝搬していく。隣り合ったスリットで回折した光波の間に光の波長の整数倍の光路長の差があるとき、強い回折光が生じることになる。偏光依存性によって、特定の偏光方位の光を通過させるので、回折格子のスリットを通過する偏光方位を、特定の偏光方位に一致させ、回折格子によって回折を受け、集光点が光軸上からズレるようにする。ここで、シャッター(図示せず)の開口は、光軸上に集まる光を遮断できるように、光軸上に設けない。遮断される光としては、回折格子の偏光方位と異なる偏光方位を有する光、光学素子での表面反射光、ランダム偏光のノイズ光などである。
【0037】
擬似点源σ(xs,ys,zs)から発せられた蛍光信号光は、空間光位相変調素子12の平面におけるx0の1次元軸では、下記式(1)に示す2次の位相分布を有する。ここで、r0は蛍光信号光の半径であり、r0=fOL
2/zsで表される。fOLは対物レンズ11の焦点距離であり、λは蛍光信号光の中心波長である。空間光位相変調素子12(以下、SLM1と略する)は、下記式(2)に示す位相変調関数uSLM1を有することになる。
【0038】
【0039】
【0040】
位相変調関数uSLM1は、焦点距離fSLM1のレンズ機能と格子周期dhの回折格子機能とで構成されている。空間光位相変調素子12の異常軸に平行な偏光状態の部分はuInt×uSLM1となり、異常軸はuIntとして変更されないままである。イメージセンサ14の面は、チューブレンズ13のBFP(Back Focal Plane)に相当し、異常光線uexと常光線uorは、下記式(3)、(4)で表される。
【0041】
【0042】
ここで、fTubeは、チューブレンズ13の焦点距離である。直線偏光子を設けることによって、それら2つのビームからホログラムを形成することが可能になる。擬似点源σ(xs,ys,zs)からのホログラムは、焦点距離zh=±r1r2/(r1-r2)のフレネルゾーンプレートの一部を構成する。擬似点源を再構成するとき、再構成距離zhを適用して、焦点を合わせた点を復元することが可能である。
【0043】
次に、3次元光刺激用ホログラムの作成について説明する。
図2のBにおいて、典型的な広視野落射型の蛍光イメージングの場合には、刺激光は対物レンズ23のBFP(Back Focal Plane)上に集束され、刺激対象物の試料上にコリメートされたビームを作る。反対に、BFP上のコリメートされたビームは、試料平面上に焦点を合わせる。
入射波面u
inが下記式(5)で表される特定の位相分布を有する場合には、対物レンズ23の後の前方焦点面(FFP)における波面は下記式(6)で表される。
【0044】
【0045】
【0046】
ここで、
図2のBのように、H
k=f
OL
2/h
k、G
xk=f
OLλ/g
xkとすると、k番目の集光スポットは、試料空間の位置(G
xk、G
yk、H
k)に存在することになる。空間光位相変調素子22は、位相のみを変調し、コリメートされた入射光を画素毎に所望の位相分布に変調することができる。
【0047】
本実施例のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置は、
図3に示す3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aと3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bとを統合して、
図4に示す構成にしたものであり、3次元的な蛍光・位相イメージングから得られた刺激対象物の3次元位置情報をもとに3次元的に多数の刺激対象物を高い時空間分解能をもって光刺激することを可能にする。
3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aでは、蛍光染色試薬の種類に応じて、複数のレーザ光源を同時に使用または切替えて使用することにより、ターゲットとなる細胞を選択して形状変化と動きを計測し、3次元的に分布している細胞に対して複数を同時または時間差を持たせてプログラマブルな光刺激を行うことが可能である。
【0048】
図5は、本実施例のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の変形例、すなわち、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aのレーザ光源21aと、3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bのレーザ光源21bの2つのレーザ光源(21a,21b)を用いる構成を示している。レーザ光源21aは、蛍光励起光を出射するものであり、ビームスプリッタ17により刺激対象物10に照射する。一方、レーザ光源21bは、蛍光励起光と同一又は異なる波長の刺激光を出射し刺激対象物10に照射する。ビームスプリッタ17は、レーザ光源21aから出射される蛍光励起光は反射し、レーザ光源21bから出射される刺激光は透過する。ビームスプリッタ17は、ハーフミラーやダイクロイックミラー等によって構成される(後記のビームスプリッタも同じである)。
【実施例2】
【0049】
図6は、ホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の他の実施形態の構成図を示す。
図6に示すホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置は、上述の実施例1の装置と同じく、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aと3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bを備えるものであるが、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aが刺激対象物10の蛍光信号光を蛍光励起光の入射側と反対側(透過側)で処理するのではなく、蛍光励起光の入射側と同じ側で、刺激対象物10の蛍光信号光を処理する系となっている点で上述の実施例1の装置と異なる。
【0050】
すなわち、
図6に示す3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aでは、レーザ光源21から出射される蛍光励起光によって刺激対象物10が発する蛍光信号光を対物レンズ11により平行光とし、ビームスプリッタ17で反射させて、空間光位相変調素子12に入射させる。空間光位相変調素子12を透過した蛍光信号光は、チューブレンズ13を通り、イメージセンサ14に到達する。イメージセンサ14では蛍光信号光の自己干渉により、等傾角の干渉縞パターンのホログラムの蛍光3次元像を取得できる。演算ユニット15では、等傾角の干渉縞パターンのホログラムを用いて、複数の刺激対象物10の3次元蛍光分布情報である3次元マップ30を算出する。
【0051】
また、3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bは、レーザ光源21から出射される刺激光を空間光位相変調素子22に入射させ、透過した光を、対物レンズ23を通し、ビームスプリッタ17を透過させ、対物レンズ11を通して刺激対象物10に照射させる。空間光位相変調素子22は、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aで算出した3次元マップ30に基づいて、光刺激用ホログラムのパターンが形成されるように制御部25により制御される。光刺激用ホログラムのパターンが形成された空間光位相変調素子22を透過したレーザ光は、自己干渉によって複数の光スポットを空間的に形成するため、複数の刺激対象物10のそれぞれの3次元位置に光スポットを形成し、複数の刺激対象物10に対して同時に刺激を付与する。
【0052】
図7は、本実施例のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の変形例、すなわち、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aのレーザ光源21aと、3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bのレーザ光源21bの2つのレーザ光源(21a,21b)を用いる構成を示している。レーザ光源21aは、蛍光励起光を出射するものであり、ビームスプリッタ17aで反射し、ビームスプリッタ17bを透過し、対物レンズ11を通り、刺激対象物10に照射する。そして、刺激対象物10の蛍光信号光は、対物レンズ11を通り、ビームスプリッタ17bを反射し、空間光位相変調素子12を透過し、チューブレンズ13を通り、イメージセンサ14に到達する。
一方、レーザ光源21bは、蛍光励起光と同一又は異なる波長の刺激光を出射した後、ビームスプリッタ17aとビームスプリッタ17bを透過し、対物レンズ11を通り、刺激対象物10に照射する。ビームスプリッタ17aは、レーザ光源21aから出射される蛍光励起光は反射し、レーザ光源21bから出射される刺激光は透過する。また、ビームスプリッタ17bは、レーザ光源21aから出射される蛍光励起光およびレーザ光源21bから出射される刺激光は透過するが、刺激対象物10から発する蛍光信号光は反射する。
【実施例3】
【0053】
図8は、ホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の他の実施形態の構成図を示す。
図8に示すホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置は、上述の実施例1の装置と同じく、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aと3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bを備え、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aが刺激対象物10の蛍光信号光を蛍光励起光の入射側と反対側(透過側)で処理する系となっているが、実施例1の装置では、3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bの光刺激用ホログラムによる変調光として単一波長の光(1台のレーザ光源21による照射光)を用いているのに対して、本実施例では、3次元光刺激用ホログラフィック光学系におけるレーザ光源及び空間光位相変調素子の系を複数形成して(レーザ光源21a、空間光位相変調素子22aと反射鏡18を含む光学系B
1と、レーザ光源21b、空間光位相変調素子22b、ビームスプリッタ17と対物レンズ23を含む光学系B
2)、複数の波長の光を結合させて刺激光として用いる点で上述の実施例1の装置と異なる。
【0054】
例えば、レーザ光源21aが刺激対象物の細胞群のオンスイッチの波長光を出射するものであり、レーザ光源21bが刺激対象物の細胞群のオフスイッチの波長光を出射するものである場合には、空間光位相変調素子22a及び空間光位相変調素子22bによる光刺激用ホログラムによるそれぞれの変調光は、共に、刺激対象物の状態を制御する状態制御用光になる。
また、レーザ光源21aが刺激対象物の細胞群に刺激を付与する波長光を出射するものであり、レーザ光源21bが刺激対象物の蛍光励起光を出射するものである場合には、刺激を付与した瞬間の細胞群の状態を観察できる。
なお、本実施例では、3次元光刺激用ホログラフィック光学系におけるレーザ光源及び空間光位相変調素子の光学系B1と光学系B2を形成しているが、更に光学系を増やして、それら複数の波長の光を結合させて刺激光として用いることも可能である。
【実施例4】
【0055】
図9は、ホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の他の実施形態の構成図を示す。
図9に示すホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置は、上述の実施例2の装置と同じく、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aと3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bを備え、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aが刺激対象物10の蛍光信号光を蛍光励起光の入射側と同じ側で処理する系となっているが、実施例2の装置では、3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bの光刺激用ホログラムによる変調光として単一波長の光(1台のレーザ光源21による照射光)を用いているのに対して、本実施例では、3次元光刺激用ホログラフィック光学系におけるレーザ光源及び空間光位相変調素子の系を複数形成して(レーザ光源21a、空間光位相変調素子22aと反射鏡18を含む光学系B
1と、レーザ光源21b、空間光位相変調素子22b、ビームスプリッタ17と対物レンズ23を含む光学系B
2)、複数の波長の光を結合させて刺激光として用いる点で上述の実施例2の装置と異なる。その他は、上述の実施例3と同様である。
【実施例5】
【0056】
図10と
図11は、ホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置の他の実施形態の構成図と模式図を示す。
図10,11に示すホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置は、上述の実施例1,2の装置と同じく、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aと3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bを備えるものであるが、それぞれの光学系で用いる空間光位相変調素子12,22が、透過型ではなく、反射型を用いている点で上述の実施例1,2の装置と異なる。
本実施例のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置では、実施例2の装置と同様に、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aが刺激対象物10の蛍光信号光を蛍光励起光の入射側と反対側(透過側)で処理するのではなく、蛍光励起光の入射側と同じ側で、刺激対象物10の蛍光信号光を処理する系となっている。
【0057】
すなわち、
図10,11に示す3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aでは、3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bのレーザ光源21から出射される刺激光(蛍光励起光)によって刺激対象物10が発する蛍光信号光を、対物レンズ11により平行光とし、ビームスプリッタ28を透過させ、反射鏡18で反射させ、4f光学系19を通過させ、空間光位相変調素子12に入射させる。空間光位相変調素子12は対物レンズ11の焦点面と結像またはフーリエ変換の関係となる位置に配置させる。反射型の空間光位相変調素子12で反射した蛍光信号光は、反射鏡18aで反射した後、チューブレンズ13を通り、イメージセンサ14に到達する。イメージセンサ14では蛍光信号光の自己干渉により、等傾角パターンのホログラムの蛍光3次元像を取得できる。
図10の構成図に示す演算ユニット15が、同心円状パターンのホログラムを用いて、複数の刺激対象物10の3次元蛍光分布情報である3次元マップ30を算出する。
【0058】
また、
図10,11に示す3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bでは、レーザ光源21から出射される刺激光を反射型の空間光位相変調素子22に入射させ、反射した光を反射鏡26で反射させ4f光学系27を通過させ、ビームスプリッタ28で反射させ、対物レンズ11を通して刺激対象物10に照射させる。
図11の模式図に示すように、空間光位相変調素子22は、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aで算出した3次元マップ30に基づいて、光刺激用ホログラムのパターンが形成されるように制御部25により制御される。光刺激用ホログラムのパターンが形成された空間光位相変調素子22を透過したレーザ光は、自己干渉によって複数の光スポットを空間的に形成するため、複数の刺激対象物10のそれぞれの3次元位置に光スポットを形成し、複数の刺激対象物10に対して同時に刺激を付与する。
【実施例6】
【0059】
本実施例のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置は、3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aに、
図12に示すように、透過型ディジタルホログラフィック顕微鏡と反射型蛍光顕微鏡との2つの光学系を共通光路として、物体光と蛍光信号光を同軸に重畳させて、1つの撮像手段で位相3次元像と蛍光3次元像の2つのホログラムを同時に取得できるようにした光学系を適用した構成である。なお、3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bは、上述の実施例1~5の何れかと同様の光学系を適用できる。
【0060】
以下、位相3次元像と蛍光3次元像の2つのホログラムを同時に取得する3次元イメージング用ホログラフィック光学系A´について、
図12を参照しながら説明する。
図12に示す3次元イメージング用ホログラフィック光学系A´は、透過型ディジタルホログラフィック顕微鏡と、反射型蛍光顕微鏡との2つの光学系を共通光路として、物体光と蛍光信号光を同軸に重畳させて、1つのイメージセンサで位相3次元像と蛍光3次元像の2つのホログラムを同時に取得できる系である。
【0061】
励起用のレーザ光源21aを用いて、ガラスプレート10b上の刺激対象物10を励起する。励起された刺激対象物10は、励起用のレーザ光源より長波長の蛍光信号光を発し、蛍光信号光は、ガラスプレート10bの表面で反射された励起用レーザ光とともに対物レンズ11に入射する。そしてビームスプリッタ17aで、励起用レーザ光を十分に減衰させ、蛍光信号光を強調して、イメージセンサ14で蛍光3次元像を取得する。蛍光3次元像は、空間光位相変調素子12によって蛍光信号光の偏光成分が自己干渉し、等傾角の干渉縞パターンとなる。
【0062】
また同時に、レーザ光源21cを用いてガラスプレート10b上の刺激対象物10を照明する。レーザ光源21cから出射したレーザ光は、ビームスプリッタ17cにより、それぞれ刺激対象物10を透過する物体光経路と、何もない参照光経路に分けられ、マッハ・ツェンダー干渉計を構成する。刺激対象物10を透過するレーザ光の波長は励起用レーザ光の波長より長くし、ビームスプリッタ17aに影響されずに伝搬して、再びビームスプリッタ17dにより参照光と干渉する。この際、物体光と参照光の間にわずかに角度をつけることによって、イメージセンサ14では、オフアクシス(off-axis)ホログラム、すなわち等傾角の干渉パターンのホログラムを取得できる。取得した等傾角の干渉パターンのホログラムから、フーリエ変換法を用いて物体光の振幅分布と位相分布を抽出する。オフアクシス法では元の物体位置まで逆伝搬させることにより、刺激対象物10の物体光の波面が再生される。
【0063】
図12に示す系において、イメージセンサ14は、位相3次元像と蛍光3次元像の2つのホログラムを同時に取得できる。上述の如く、蛍光3次元像は、空間光位相変調素子12によって蛍光信号光の偏光成分が自己干渉して、同心円状または等傾角の干渉パターンになる一方で、位相3次元像は等傾角の干渉パターンとなる。同心円状の干渉パターンと等傾角の干渉パターンは、空間周波数面で分離することが可能であり、イメージセンサ14により撮像した像から、位相3次元像の位相ホログラムと蛍光3次元像の蛍光ホログラムとを空間周波数面で分離することができる。蛍光ホログラムが等傾角の場合にでも干渉縞の角度や周期を適切にマッピングすることで位相と蛍光を分離することができる。空間光位相変調素子12を設けることにより、位相ホログラム用の光が影響を受けないように、1/2波長板30bを設け、位相ホログラム用の光の偏光を空間光位相変調素子12によって影響しない偏光状態に合わせている。また、1/2波長板30aを設けて、励起用のレーザ光の偏光方向を空間光位相変調素子12が働く偏光方向に合せている。
【実施例7】
【0064】
ホログラフィック3次元マルチスポット光刺激方法について、
図13~15のフロー図を参照して説明する。
本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激方法は、
図13のフローに示すように、複数の刺激対象物に蛍光励起光を照射するステップ(S01)と、刺激対象物の蛍光信号光による3次元蛍光分布のホログラム情報を取得するステップ(S02)と、取得した3次元蛍光分布のホログラム情報を計算機で再構成することにより、刺激対象物の状態を観察するステップ(S03)と、取得した3次元蛍光分布のホログラム情報に基づき光刺激用ホログラムを生成するステップ(S04)と、光刺激用ホログラムを用いて複数の光スポットを空間的に形成し複数の刺激対象物に対して同時に光刺激を付与するステップ(S05)を備え、ステップS02に戻り、光刺激付与に伴う蛍光信号光による3次元蛍光分布のホログラム情報を計算機で再構成することにより、刺激付与後の刺激対象物の状態を観察する。
図13のフロー図において、1回目のステップS03では、刺激付与前の刺激対象物の状態を観察し、2回目以降の繰り返しのステップS03で、刺激付与後の刺激対象物の状態を観察する。これにより、観察→光刺激→観察→光刺激→・・・→光刺激→観察といったダイナミックな観察が可能である。
かかるフローによれば、3次元蛍光分布の観察、その観察結果に基づき光刺激用ホログラムの作成、光刺激を実行、光刺激を実行したことによる細胞群などの刺激対象物の状態変化までを観察することができる。
【0065】
上記の光刺激用ホログラムを生成するステップ(S04)は、具体的には、
図14のフローに示すように、3次元蛍光分布のホログラム情報に基づいて、光刺激する複数の刺激対象物の位置を特定するステップ(S41)と、特定した位置に複数の光スポットを同時に形成するための光刺激用ホログラムを算出するステップ(S42)と、空間光位相変調素子を制御し光刺激用ホログラムを生成するステップ(S43)を備える。
【0066】
そして、上記の刺激対象物に対して同時に刺激を付与するステップ(S05)は、具体的には、
図15のフローに示すように、まず変調光の波長を蛍光励起光の波長に設定し(S51)、刺激対象物の3次元位置を観察し、その後、光刺激用ホログラムによる変調光の波長を切替えるか否かを判定し(S52)、必要に応じて光刺激用ホログラムによる変調光の波長の設定を切替え(S53)、切替えた波長の変調光により複数の光スポットを空間的に形成させる(S54)。光刺激用ホログラムによる変調光の波長を切替えることにより、例えば、刺激対象物の3次元位置を観察するために、刺激対象物の蛍光を励起する励起光を照射し、その後、刺激対象物を光刺激するための刺激光に切替えることができる。励起光と刺激光を交互に切替えることにより、3次元観察と3次元刺激を同一の装置で行うことができる。また、励起光と刺激光を同一にすることにより、3次元観察と3次元刺激を同時に行うことができる。
【実施例8】
【0067】
(実験結果1について)
本発明のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置について、複数の対象物の3次元位置をセンシングし、得られた3次元蛍光分布情報に基づいて3次元的に位置する複数の対象物に同時に光刺激を付与できるといった効果を確認すべく、実験を行ったのでその結果を説明する。
実験には、上述の実施例5のホログラフィック3次元マルチスポット光刺激装置を用いた。
図10,11に示すレーザ光源21は、緑色レーザ(中心波長532nm)の光源を用い、試料の刺激対象物10は、直径10~14μmの蛍光ビーズを使用した。試料として使用した蛍光ビーズは、緑色光(波長532nm)によって励起され、550~600nmの範囲の黄色蛍光を発する特性を有する。そして、ホログラムに係る干渉稿の視認性を高めるために、575±12.5nmを中心とするバンドパスフィルタ、電子倍増機能を搭載したCCDセンサ(EMCCD:Electron Multiplying CCD)を適用し、バンドパスフィルタをEMCCDの前に配置した。
【0068】
3次元イメージング用ホログラフィック光学系Aのイメージセンサ14と空間光位相変調素子12は、それぞれ浜松ホトニクス社製のAndor iXonシリーズのEMCCDセンサ(1024×1024画素、画素サイズ13μm)、LCOS-SLM(Liquid Crystal on Silicon - Spatial Light Modulator)X10468シリーズの反射型空間光位相変調器(600×800画素、20μm画素ピッチ)を用いた。一方、3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bの空間光位相変調素子22は、HOLOEYE Photonics AG社製のPLUTO-2の反射型空間光位相変調器(1920×1080画素、8μm画素ピッチ、位相のみ)を用いた。また、対物レンズ11(23)は、ニコン製のレンズ(50倍率、開口数NA0.6)を用いた。
【0069】
上記の装置を用いて、蛍光ビーズの3次元イメージングを実証する。また、2つの蛍光ビーズをガラスプレート上に置き、イメージセンサ14により画像化する(
図16(a)を参照)。その後、ガラスプレートを電動移動ステージによって、
図11に示すz方向(奥行き方向)に80μm移動させる。移動させた場合には、イメージセンサ14により得られる画像は、ぼやけることになる。f
SLM1=800mm、d
h=300μmを、空間光位相変調素子12に投影し、ホログラムを記録する。
図16(b)に示す干渉稿の画像は、記録されたホログラムである。そして、記録されたホログラムからフレネル伝搬を用い、z
h=950mmを適用して再構成された蛍光ビーズの再生像を得ることができる。
図16(c)に示す画像は、再構成された蛍光ビーズの再生像である。
【0070】
次に、3次元光刺激用ホログラフィック光学系Bによって、2つの各ビーズに対して正確に励起光を照射するためには、光学系のキャリブレーションが必要である。このキャリブレーションは、例えば、空間光位相変調素子22に、既知の2対の光スポット(g
x,g
y;h→∞)を記録することによって行うことができる。集光スポットの2つの位置(G
x,G
y)と(g
x,g
y)を比較することによって、空間変換の線形関係を得ることができる。具体的には、対物レンズ11(23)の焦点上に蛍光プレートを置いてキャリブレーションを行う。
図16(d)(e)に示す画像は、
図16(a)の上側に位置するビーズを選択して励起光を照射したものと、
図16(a)の下側に位置するビーズを選択して励起光を照射したものの、それぞれのホログラム及び再生像を示している。
図16(c)(d)(e)に示す再生像のSN比(SNR:signal-to-noise ratio)は、それぞれ27.8、32.2、33.0であり、SN比は、照射の焦点を制御することによって改善されることがわかる。ここで、SN比は、再生像の信号領域の平均強度とノイズ領域の平均強度の比として定義される。
【0071】
また、奥行き方向にズレた位置にホログラムにより照射することが可能であることを実証した結果を示す。
図17は、空間光位相変調素子22にh→∞とh=80μmを適用したときの比較を示す。
図17(a)(b)は、空間光位相変調素子22にh→∞を適用し、奥行き情報が無い状態のホログラムと再生像を示す。一方、
図17(c)(d)は、空間光位相変調素子22にh=80μmを適用し、奥行き情報が有る状態のホログラムと再生像を示す。
h→∞を適用して、蛍光ビーズを照射すると、
図17(a)に示すように、中央上側にホログラムが観測されるが、画像下側の破線で囲んだ部分にも薄くホログラムが見られる。このホログラムは、集光の奥行き位置がズレているため、蛍光ビーズ面で光が広がり、別の蛍光ビーズも照射していることが原因で生じている。
一方、h=80μmといった奥行き情報を適用すると、
図17(c)に示すホログラムが得られる。
図17(c)に示すホログラムでは、
図17(a)に示すホログラムのように、画像下側に別のホログラムが見られていないことから、奥行き方向に集光スポットが正しく照射されていると言える。
図17(d)に示す再生像では、
図17(b)に示す再生像と比べてSN比が改善されている(SN比:25.65 → 29.96)。
この実験は、さらに4つの異なる奥行き情報(40,60,80,100μm)の空間光位相変調素子22に対して繰り返し行われた。この実験結果の記録されたホログラム及びそれに対応して得られた再生像を、それぞれ
図18(a)(b)に示す。また、
図18(c)は、実験と理論計算による焦点面からの再構成距離と奥行き位置がよく一致していることが確認できる。
【実施例9】
【0072】
(実験結果2について)
上記実施例に示す装置を用いて、水中に浮遊する蛍光ビーズの3次元イメージングを動画記録し再生できることを実証した。
図20(1)(2)に示す画像は、
図20(1)の左側に位置するビーズを選択して励起光を照射したものと、
図20(1)の右側に位置するビーズを選択して励起光を照射したものの、それぞれのホログラム及び再生像を示している。
図20(3)は、これら2つのビーズの浮遊動作を動画記録しそれを再生像し、時間の経過に伴う再生像の3次元位置を測定してプロットしたものである。動画は15フレーム/秒であり、動画撮影機能によっても、2つの浮遊ビーズの3次元動作の軌跡の測定を行えることが確認できた。
【実施例10】
【0073】
(実験結果3について)
次に、上記と同様の実験をヒト肺癌細胞(NCI-H2228 ATCC(登録商標)CRL-5935TM)に対して行った結果について説明する。試料となるヒト肺癌細胞の核をヨウ化プロピジウム(PI:Propidium Iodide)(Thermo Fisher Scientific社製、P1304MP)で染色して使用した。励起光として532nmレーザ光源を用いた。ヒト肺癌細胞の蛍光は620nmにピーク強度を有する。650±12.5nmの範囲のバンドパスフィルタを使用した。実験結果を
図19に示す。
図19(a)は、多数のヒト肺癌細胞の蛍光画像であり、この内、1つのヒト肺癌細胞だけ選択して励起光を照射して蛍光させた画像が
図19(b)であり、
図19(b)の1つのヒト肺癌細胞の核からの蛍光をホログラムとして記録したものが
図19(c)であり、
図19(c)のホログラムから得られた再生像が
図19(d)である。また、2つのヒト肺癌細胞を選択して励起光を照射して蛍光させた画像が
図19(e)であり、
図19(e)の2つのヒト肺癌細胞の核からの蛍光をホログラムとして記録したものが
図19(f)であり、
図19(f)のホログラムから得られた再生像が
図19(g)である。
図19に示す結果から、ヒト肺癌細胞の核からの蛍光は、ホログラムとして記録でき、記録したホログラムから再生像が得られることが確認できた。なお、ヒト肺癌細胞は、光学系の軸方向の位置で80μmのデフォーカス(光学系の結像面から光軸方向にズレている状態)を有する。
【実施例11】
【0074】
(実験結果4について)
次に、上記と同様の実験をヒメツリガネゴケの細胞に対して行った結果について説明する。試料となるヒメツリガネゴケの細胞核を蛍光タンパク質で染色し、励起光としてレーザ光源を照射して蛍光させ、バンドパスフィルタを使用して、ヒメツリガネゴケの細胞核の蛍光を観察した。実験結果を
図21に示す。
図21(1)(2)は、複数のヒメツリガネゴケの細胞核の蛍光画像であり、
図21(1)(2)から、A~Cの細胞核を蛍光観察できる。
図21(1)では、Aの2つの細胞核の蛍光が強く明瞭に観察されているのに対して、
図21(2)では、Bの細胞核の蛍光が強く明瞭に観察されている。また
図21(1)(2)共に、Cの細胞核の蛍光はぼやけて拡がっている。ヒメツリガネゴケの細胞核の奥行きが変化しているために、蛍光が強く明瞭に観察される細胞核、そうではないものがある。
図21(3)は、
図21(1)(2)の複数のヒメツリガネゴケの細胞核からの蛍光をホログラムとして記録したものである。そして、
図21(3)のA~Cのホログラムから得られた再生像が
図21(4)~(6)である。複数のヒメツリガネゴケの細胞核からの蛍光は、ホログラムとして記録でき、記録したホログラムから、
図21(4)~(6)に示す3つの再生像が得られることが確認できた。
図21(4)~(6)に示す3つの再生像は、今回実験に用いたヒメツリガネゴケの細胞核の場合において、3つの奥行きの再生面があることを意味している。
図21(3)に示すホログラムは、焦点面から40μmシフトした位置で撮影しているものである。
図21(4)~(6)に示す3つの再生像は、これを処理して複素振幅分布を求めた後、光波伝搬計算して再生像を求めたものであり、伝搬距離はそれぞれ320mm、660mm、940mmである。伝搬距離が大きくなっているのは顕微鏡で拡大しているためであり、物体空間の距離に変換すると、40μm、60μm、75μmとなる。
図21(4)~(6)に示す3つの再生像から、焦点面からそれぞれ40μm、60μm、75μm離れた位置に蛍光タンパク質で染色された細胞核A~Cが存在していることがわかる。
【0075】
共通光路型のオフアクシス・インコヒーレント光を用いたディジタルホログラフィック技術によって、予め刺激対象物を3次元イメージングして、ホログラムで正確なマルチビームを設計することにより、3次元空間に位置する複数の細胞など刺激対象物を刺激できることがわかる。本発明では、刺激後の刺激対象物の状態を同一装置で観察することが可能である。例えば、生物学的細胞の3次元観察と刺激を同時に行うことにより、生物遺伝学の分野、特にオプトジェネティクスのための強力なツールとして利用することが期待できる。このことは、上述の蛍光ビーズとヒト肺癌細胞やヒメツリガネゴケの細胞を用いた実験により、刺激対象物がカメラの光軸方向に沿って移動した場合であっても再生像が確認されたことで検証している。
特に、本発明は、哺乳類の動物において人工的な神経回路網を構築できる可能性がある。すなわち、有効な神経回路網を構築するためには、数百のニューロンが刺激される必要があり、またニューロン信号の伝搬に類似させるためには、数ミリ秒の時間分解能を必要とするが、高精度と高速応答を有する空間光位相変調素子を用いることにより、これらが実現可能である。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、リアルタイムで細胞の形状変化と細胞核の動きを計測し、3次元的に分布している細胞に対して複数を同時または時間差を持たせてプログラマブルな光刺激を行うことができることから、バイオイメージング分野の顕微鏡として有用である。
【符号の説明】
【0077】
10 刺激対象物
10a カバーガラス
10b ガラスプレート
11,23 対物レンズ
12,22,22a,22b 空間光位相変調素子
13 チューブレンズ
14 イメージセンサ
15 演算ユニット
16 データ通信
17,17a~17d,28 ビームスプリッタ
18,18a,26,32a,32b 反射鏡
19,27,31 4f光学系
21,21a~21c レーザ光源
25 制御部
30 3次元マップ
30a,30b 1/2波長板
31a~31e 蛍光位置
A,A´ 3次元イメージング用ホログラフィック光学系
B,B1,B2 3次元光刺激用ホログラフィック光学系