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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-04
(45)【発行日】2022-11-14
(54)【発明の名称】赤外域の円二色性測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/19 20060101AFI20221107BHJP
【FI】
G01N21/19
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022519562
(86)(22)【出願日】2020-09-28
(86)【国際出願番号】 JP2020036715
(87)【国際公開番号】W WO2022064714
(87)【国際公開日】2022-03-31
【審査請求日】2022-03-28
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000232689
【氏名又は名称】日本分光株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092901
【弁理士】
【氏名又は名称】岩橋 祐司
(74)【代理人】
【識別番号】100188260
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 愼二
(72)【発明者】
【氏名】清水 優
(72)【発明者】
【氏名】小勝負 純
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-202812(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0059005(US,A1)
【文献】特表2014-503195(JP,A)
【文献】特開平11-051855(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108663456(CN,A)
【文献】RUTHER A , et al.,pH Titration Monitored by Quantum Cascade Laser-Based Vibrational Circular Dichroism,The Journal of Physical Chemistry B,2014年03月21日,Vol.118,pp.3941-3949,dx.doi.org/10.1021/jp4122886
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/61
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の少なくとも1つの吸収ピークを含む赤外波数域内でレーザー光の波数を掃引可能なレーザー光源と、
試料が配置される試料室と、
掃引された特定波数の前記レーザー光が試料を透過する前後のいずれかにおいて当該レーザー光の偏光状態を変調させる偏光変調子と、
前記試料を透過して偏光状態を変調されたレーザー光の強度変化を検出する検出器と、
前記検出器の検出信号から変調周波数と同期する交流成分(AC)と直流成分(DC)とを抽出し、両者の比(AC/DC)に基づいて試料の赤外域円二色性の値を算出する信号処理部と、
レーザー光の光路上のいずれかの位置に配置されたゲイン切替用光学素子と、
前記ゲイン切替用光学素子をレーザー光の掃引波数に応じて切り替えて、前記検出器に入る光量を調整する切替手段と、を備え
ことを特徴とする赤外域の円二色性測定装置。
【請求項2】
前記信号処理部は、
水または水蒸気の吸収ピーク波数を保有する記憶部と、
レーザー光の掃引波数が前記水または水蒸気の吸収ピーク波数に一致するかを判断する判断部と、
一致した場合に当該吸収ピークの影響を回避する処理を実行する回避部と、を有し、
前記回避部は、前記水または水蒸気の吸収ピーク波数の前後の掃引波数のレーザー光による赤外域CD値に基づいて、水または水蒸気の吸収ピーク波数における赤外域CD値を算出する、
ことを特徴とする請求項1記載の赤外域の円二色性測定装置。
【請求項3】
さらに、レーザー光の光路上のいずれかの位置に配置されたチョッパーを備え、当該チョッパーの通過率が70%以上である、
ことを特徴とする請求項1記載の赤外域の円二色性測定装置。
【請求項4】
前記レーザー光源が、量子カスケードレーザー(QCL)であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の赤外領域の円二色性測定装置。
【請求項5】
前記レーザー光源からレーザー光を最大パワーの連続モードで出力した際の平均出力が、1mW以上であり、
当該レーザー光の発振線幅が、0.05~4.0cm-1である、
ことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の赤外領域の円二色性測定装置。
【請求項6】
前記信号処理部が、掃引される特定波数毎に前記赤外域円二色性の値を算出して、試料の赤外域CDスペクトルを取得する、
ことを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の赤外域の円二色性測定装置。
【請求項7】
前記信号処理部は、レーザー光の掃引波数に応じてアナログ信号の強度を電気的に切り替えて、AD変換時の量子化誤差を低減させるゲイン切替用電気素子を備える、
ことを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の赤外域の円二色性測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は赤外域CD(いわゆる振動円二色性)の測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
振動遷移に関わる振動円二色性の測定装置は、測定で得られるスペクトルと分子構造から計算で予測されるスペクトルの比較性が良いことから、医薬や生理活性物質の構造解析に応用されてきた。
【0003】
特許文献1にはフーリエ変換型のCD分光光度計を用いた振動円二色性の測定方法が示されている。フーリエ変換型(FT型)では、回折格子を用いず、光路差可変の干渉計を用いて赤外光の干渉波を作り出し、これを測定光として用いる。FT型CD分光光度計の構成の一例は、赤外光源→干渉計→偏光変調子(PEM)→セル部(試料)→MCT検出器→信号処理部(ロックインアンプ等)→フーリエ変換部(コンピュータ等)となる。
【0004】
赤外光の干渉波は、PEMによって交互に生じる右周りと左周りの円偏光からなる干渉波となって、試料を照射し、MCT検出器で検出される。干渉波の検出信号(インターフェログラムと呼ばれる)には、左右の円偏光の吸光度の差(ΔA)が信号強度の周期的な変化として表れる。つまり、干渉波の検出信号は、PEMの偏光変調に同期する交流成分(AC)および直流成分(DC)を含むため、これらをロックインアンプ等で抽出し、両者の比(AC/DC)を算出する。ただし、検出信号は干渉波の信号であるから、最後にコンピュータ上でフーリエ変換して赤外域のCDスペクトルを得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-205275号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
吸光度の差ΔAを測定するのであれば、できるだけ吸光度Aが高い状態の試料を測定した方が、理論的には測定精度がよくなる。しかし、試料の吸光度Aが高いほど、検出される光量が減って検出信号が弱くなってしまうので、ノイズの影響が大きくなり、吸光度の差の測定ができなくなる、という実情がある。
【0007】
特許文献1のフーリエ変換型のCD分光光度計では、試料の吸光度Aが高くても1.5~2、通常は1前後になるようにする、という制約がある。ここで、吸光度Aは、次式で定義される。
A=εcL=-log10(I/I0) ・・・(1)
式中のLは光路長、cはモル濃度、εはモル吸光係数、Iは入射光の強度、Iは出射光の強度を示す。例えば、溶液試料の場合、モル濃度cまたはセルの光路長Lを変更して、試料の吸光度Aを高くても1.5~2未満に調整する。これに対し、水を溶媒とするタンパク質等の試料測定では、吸光度が2を超えることが多く、赤外域のCD信号を得ることが困難な状況である。
【0008】
本発明の目的は、試料の吸光度が2以上(例えば、2~5の範囲)であって、従来の測定装置では光量を十分に検出できないことから測定条件が不利になるような試料に対しても、適正なSN比の赤外域CDを測定することができる赤外域の円二色性測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、赤外域レーザーでありながら、高輝度・高出力・広帯域での波数可変機能を持つ量子カスケードレーザー(QCL)に着目し、この赤外域レーザー光を測定光として、赤外域CD測定に適用する研究を進め、本発明の完成に至った。
【0010】
すなわち、本発明に係る赤外域の円二色性測定装置は、試料の少なくとも1つの吸収ピークを含む赤外波数域内でレーザー光の波数を掃引可能なレーザー光源と、
試料が配置される試料室と、
掃引された特定波数の前記レーザー光が試料を透過する前後のいずれかにおいて当該レーザー光の偏光状態を変調させる偏光変調子と、
前記試料を透過して偏光状態を変調されたレーザー光の強度変化を検出する検出器と、
前記検出器の検出信号から変調周波数と同期する交流成分(AC)と直流成分(DC)とを抽出し、両者の比(AC/DC)に基づいて試料の赤外域円二色性の値を算出する信号処理部と、
レーザー光の光路上のいずれかの位置に配置されたゲイン切替用光学素子と、
前記ゲイン切替用光学素子をレーザー光の掃引波数に応じて切り替えて、前記検出器に入る光量を調整する切替手段と、を備えることを特徴とする。
【0011】
ここで、前記レーザー光源が量子カスケードレーザ(QCL)であることが好ましい。また、前記レーザー光源からレーザー光を最大パワーの連続モードで出力した際の平均出力が、1mW以上であり、当該レーザー光の発振線幅が、0.05~4.0cm-1であることが好ましい。
【0012】
また、前記信号処理部が、掃引される特定波数毎に前記赤外域円二色性の値を算出して、試料の赤外域CDスペクトルを取得することが好ましい。
【0014】
また、前記信号処理部は、レーザー光の掃引波数に応じてアナログ信号の強度を電気的に切り替えて、AD変換時の量子化誤差を低減させるゲイン切替用電気素子を備えることが好ましい。
【0015】
さらに、レーザー光の光路上のいずれかの位置に配置されたチョッパーを備え、当該チョッパーの通過率が70%以上であることが好ましい。
【0016】
また、前記信号処理部は、
水または水蒸気の吸収ピーク波数を保有する記憶部と、
レーザー光の掃引波数が前記水または水蒸気の吸収ピーク波数に一致するかを判断する判断部と、
一致した場合に当該吸収ピークの影響を回避する処理を実行する回避部と、を有し、
前記回避部は、前記水または水蒸気の吸収ピーク波数の前後の掃引波数のレーザー光による赤外域CD値に基づいて、水または水蒸気の吸収ピーク波数における赤外域CD値を算出するように構成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
以上の構成の赤外域のCD測定装置によれば、赤外域のレーザー光を所定波数域で掃引可能なレーザー光源を備えることで、高輝度、高出力、広帯域から選択された波数の赤外レーザー光を測定光として用いることができる。その結果、吸光度が2以上である試料に対しても適正なSN比での赤外域CDが測定可能になり、測定精度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】赤外域のCD測定装置を構成するCD測定光学系を示す図である。
図2】フーリエ変換型の光源系の構成を示す図である。
図3】レーザー光源系の構成を示す図である。
図4】QCLの半導体チップ毎の波数チューニングカーブを重ねて示した図。
図5】1750cm-1から1500cm-1まで波数掃引した場合のレーザー光の強度の変化を示す図である。
図6】QCLの1675.5cm-1のレーザー光の発振線幅を示す図。
図7】レーザー光を用いた赤外域CD測定装置の全体構成を示す図である。
図8】Nパージの有効性を示すスペクトル図である。
図9】パージ開始から90分経過までのレーザー光の強度変化を示す図である。
図10】パージなし、で測定したスペクトルを透過率100%ラインで示した図。
図11】パージあり、で測定したスペクトルを透過率100%ラインで示した図。
図12】Nパージの有効性を個別評価するための実験装置を示す図である。
図13図12の実験装置を用いてパージ開始から120分経過までのレーザー光の強度変化を測定した結果を示す図である。
図14】本実施形態の測定例としての赤外域CDスペクトル図である。
図15】比較のための赤外域CDスペクトル図である。
図16】測定例として高い吸光度の試料を測定した赤外域CDスペクトル図。
図17】測定例として試料を積算時間20分で測定した赤外域CDスペクトル図。
図18】チョッピング試験に用いた通過率83%の回転式チョッパーを示す図。
図19図18の回転式チョッパーを使った試験結果を示す図。
図20】(A)~(D)は本実施形態の水蒸気の吸収回避処理による効果を示すための100%ラインの図である。
図21】(A)~(D)は本実施形態の水蒸気の吸収回避処理による効果を示すためのAC/DC信号の図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<赤外域のCD測定装置>
本発明の各実施形態について図面を用いて説明する。まず、図1に赤外域のCD測定装置を構成するCD測定光学系10を示す。CD測定光学系10は、測定光の光軸に沿って、可動ブロック11上の光学素子、光学フィルター12、偏光子13、PEM14、試料室15、集光レンズ16、MCT検出器17の順に配置されている。測定光として、「赤外干渉波の光」および「赤外レーザー光」から選択可能に構成されている。
【0020】
赤外干渉波の光は、フーリエ変換型の光源系20(図2参照)から供給される。レーザー光は、レーザー光源系30(図3参照)から供給される。可動ブロック11には2種類の光学素子(赤外干渉波用の楕円鏡11a、レーザー用の平面鏡11b)が搭載され、可動ブロック11をスライドさせて一方の光学素子をCD測定光学系の光軸に配置するで、CD測定光学系10への測定光が切り替わる。
【0021】
図1のCD測定光学系において、選択された測定光は、光学フィルター12によって所望の波数域の光のみとされ、偏光子13によって直線偏光成分のみが取り出されてPEM14に送られる。
【0022】
偏光子13の光学的な光軸方向とPEM14の主軸方向とは、光軸方向から見て45度で交わる関係になっているとよい。偏光子13からの直線偏光は、PEM14により偏光状態の変調を受ける。具体的には、直線偏光の互いに直交する2つの偏光成分間の位相差δが変調する。位相差δの変調は、通常、サインカーブで行われ、これに伴って左回りと右回りの円偏光がPEM14から交互に試料室15に向けて出射される。
【0023】
PEM14および試料室15の位置関係は図1に限られず、PEM14を試料室15よりも検出器側に配置することもできる。
【0024】
例えば、溶液試料をセル内に入れて、試料室15に配置する。セル内の試料はPEMからの左右の円偏光の照射を交互に受け、その透過光は集光レンズ16で集光されてMCT検出器17で光強度が検出される。
【0025】
測定光が赤外干渉波の場合、偏光子13で直線偏光の干渉波になって、PEM14で位相変調されるので、試料は左右の円偏光成分からなる干渉波を受ける。一方、測定光が赤外レーザー光の場合、偏光子13で直線偏光のレーザー光になって、PEM14で位相変調されるので、試料は左右の円偏光成分からなるレーザー光を受ける。なお、赤外レーザー光の指向性が高い場合は集光レンズ16を省略してもよい。
【0026】
検出器17としては、MCT検出器に限られず、Siフォトダイオード、InSb検出器、InGaAs検出器などの量子型検出素子を用いた検出器や、TGS、DLaTGSなどの焦電素子を用いた検出器を、適宜選択してもよい。
【0027】
図2にフーリエ変換型の光源系(IR光源21→楕円鏡22→アパーチャー23→マイケルソン干渉計24→出射側の放物面鏡25→アパーチャー26)の構成を示す。マイケルソン干渉計24は、入射側の放物面鏡24a、ビームスプリッター(BS)、固定鏡24b、移動鏡24cによって構成される。BSで分割された一方の平行光束は固定鏡24bを反射してBSに戻り、分割された他方の平行光束は移動鏡24cを反射して同様にBSに戻る。2つの平行光束はBSで合成され干渉波として放物面鏡25に向けて出射する。このようにして、移動鏡24cによって可変な光路差Dに応じた干渉波(インターフェログラム)が生じる。赤外干渉波の光は、出射側の放物面鏡25を反射して、CD測定光学系10の可動ブロック11の楕円鏡11aに進み、測定光として利用される。
【0028】
図3に本実施形態において特徴的なレーザー光源系30の構成を示す。レーザー光源系30は、量子カスケードレーザー(QCL)を赤外光源とすることで、高輝度・高出力・広帯域から選択された特定波数の赤外レーザー光を供給する。
【0029】
QCLには、多層半導体構造の活性領域を有する半導体チップが1ないし複数個設けられている。注入された電子が活性領域のレイヤを滝のように通過して多数のフォトンが放出されるので、レーザー利得が高く、波数域が広い。例えば、4個の半導体チップ(QCL-1~QCL-4)を使って、波数域を指紋領域(1850~890cm-1)まで広げた場合について、図4に半導体チップ毎の波数チューニングカーブを重ねて示す。QCL-1の波数域を約1850~1500cm-1、QCL-2の波数域を約1750~1400cm-1、QCL-3の波数域を約1500~1100cm-1、QCL-4の波数域を約1300~890cm-1としてもよい。波長域に換算すると、5.4~11.2μmになる。
【0030】
QCLでは内蔵された駆動部31によって出力レーザー光の波数が変化する。例えば、駆動部としての共振器(キャビティ)が出力波数を掃引する。
【0031】
QCL-2のみを使って、波数を1750cm-1から1500cm-1まで掃引した場合のレーザー光の強度の変化を図5に示す。比較のため、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)の標準的な赤外光源のスペクトル形状を同条件で測定したものを並べた。波数1600cm-1(最大パワー)でレーザー光を連続モード出力した際の平均出力が約300mWになっている。
【0032】
試用するレーザーの平均出力としては、少なくとも1mW以上であれば、従来の測定装置による検出信号よりも質の良い検出信号が得られる。好ましくは10mW以上、より好ましくは100mW以上である。1mW~数百mW程度の平均出力のレーザーを用いれば、概ね出力に比例して検出信号の質が改善される。平均出力が大きいレーザーを用いると、試料の焼損や検出器感度の飽和といった制約が生じるので、大きくとも1W~10W程度の平均出力のレーザーがよい。試料によって、焼損する出力は異なり、また、検出光量も変わるため、試料に応じて最も本発明の効果を発揮できるレーザーの平均出力を選定するとよい。なお、測定装置にゲイン切替手段(減光器など)を設ける場合は、レーザー光の減光率を調整できるので、実際にはさらに大きな平均出力のレーザーを搭載することも可能である。
【0033】
図5の例で、両者のスペクトル形状を同じ波数(例えば1600cm-1)で比較すると、FTIR標準光源の出力値が4.4を示すのに対し、QCLの出力は、2423倍の10664.7を示し、出力強度の差が非常に大きいことが分かる。
【0034】
次に、QCLの1675.5cm-1のレーザー光の発振線幅を図6に拡大して示す。レーザー光の発振線幅(半値全幅)が狭い程、レーザー光の波数分解能が高い。図6のレーザー光の半値全幅は0.13cm-1である。レーザー光の発振線幅(半値全幅)としては、約0.05~4.0cm-1であることが好ましい。
【0035】
QCLのレーザー光の特徴は、(1)掃引可能な波数域が広く、(2)出力が驚くほど強く、(3)発振線幅(半値全幅)が非常に狭いことである。なお、QCLは、特定波数のレーザー光を連続モード(CWモード)で出力する。パルスモードを選択できるQCLでもよいが、CWモードの方が検出信号が大きく、測定精度がよい。
【0036】
図3に戻って、QCLからの赤外レーザー光の進路には、回転式チョッパー32、可動ブロック33上の2つの平面鏡33a,33b、減光器入側の固定平面鏡34、減光器セット35、減光器出側の固定平面鏡36が順に配置されている。可動ブロック33には、2つの平面鏡の他に、アパーチャーを通過する光路を形成するための光学素子(入側の楕円面鏡33c、アパーチャー33d、出側の楕円面鏡33e)が搭載されている。可動ブロック33がスライドすることで、アパーチャーを通過しない光路と、アパーチャーを通過する光路とが切り替わる。後者の光路ではレーザー光の光束断面が、アパーチャー前後の楕円面鏡33c,33eによって拡張され、アパーチャー33dの開口部の大きさになる。
【0037】
QCLからの赤外域レーザー光は、回転式チョッパー32の通過率に応じた断続的なレーザー光になる。そのレーザー光は、可動ブロック上の光路を通り、さらに減光器セット35を通過し、CD測定光学系10の可動ブロック11上の平面鏡11bに進んで測定光として利用される。
【0038】
試料の円二色性CDは、式(2)で定義される。
【0039】
【数1】
【0040】
円二色性CDは、左円偏光に対する試料の吸光度Aと右円偏光に対する試料の吸光度Aとの差(ΔA)であり、式(2)のように、試料を透過した左円偏光の光強度Iと右円偏光の光強度Iとの比の常用対数で示される。光強度Iは、試料への入射光の強度である。吸光度の差ΔAは無次元数であるため、通常は次式(3)のように楕円率(CD[mdeg])に変換される。
【0041】
【数2】
【0042】
ここで、PEMを用いた偏光変調法に基づいて、式(2)の左円偏光強度Iと右円偏光強度Iを測定する場合、これらの平均値((I+I)/2)が偏光変調法での光強度の波形中の「DC信号」に対応し、また、これらの差の半分((I-I)/2)が偏光変調法での光強度の波形中の「AC信号の最大振幅」に対応している。1次のベッセル関数J1(2πδ)のモデルを適用すると、偏光変調法での光強度Iの波形は、DC信号の項とAC信号の項の和として示される。従って、式(3)は次の近似式のように表現できる。
【0043】
【数3】
【0044】
つまり、光強度の検出波形データから、AC信号とDC信号を抽出できれば、CD値の測定が可能になる。
【0045】
図7に、赤外域レーザー光を用いる赤外域CD測定装置の全体構成を示す。同図には、信号処理手段40の構成(プリアンプ41、DC信号用のロックインアンプ42、AC信号用のロックインアンプ43、PEMコントローラー44、A/D変換器45、データロガー46、コンピュータ等の演算処理装置47)を併せて示す。検出器17からの光強度信号はプリアンプ41で増幅され、プリアンプ41から直流成分と交流成分の各信号がそれぞれのロックインアンプ42,43に送られる。
【0046】
DC信号用のロックインアンプ42は、チョッピング周波数に同期する基準信号を使って、プリアンプの直流成分の信号からDC信号を抽出する。つまり、回転式チョッパー32の遮光期間における直流成分の信号値と、回転式チョッパー32の通過期間における直流成分の信号値とを抽出し、データロガー46に記録する。遮光期間および通過期間の信号値の差分をDC信号として扱う。
【0047】
AC信号用のロックインアンプ43は、PEM14の駆動周波数と同期する基準信号を使って、PEM14と同じ周波数成分であるAC信号を、プリアンプ41の交流成分の信号から抽出してデータロガー46に記録する。
【0048】
データロガー46に記録する際、DC信号およびAC信号はA/D変換器45で数値化される。演算処理装置47は、データロガー46からAC信号とDC信号を読み出して、両信号の比(AC/DC)を得て、式(4)に基づいて赤外域CD値を算出する。
【0049】
測定光が赤外レーザー光であるから、QCLにおいて選択された波数毎に、演算処理装置47が赤外域CD値を算出することで、赤外域のCDスペクトルデータが得られる。
【0050】
なお、測定光として図2の赤外干渉波の光を選択した場合は、光強度信号はインターフェログラムであるから、光強度信号に基づく算出結果はCD値そのものではない。そのため、演算処理装置は、データロガー46からAC信号とDC信号を読み出して、両信号の比(AC/DC)の値をフーリエ変換処理することで、赤外域のCDスペクトルデータを得る。上述の式(4)における「AC/DC」を「F[AC/DC]」に置き換えた数式が、フーリエ変換を利用したCD値の近似式になる。式中のF[ ]はフーリエ変換を表す。
【0051】
<Nパージの有効性の評価>
図7に基づく実験装置を使って、窒素ガス置換(Nパージ)にかかる時間と、その有効性について評価した。実験装置では、QCLの出力波数域を1750-1500cm-1とし、チョッパーのチョッピング周波数を500Hzとし、減光器(例えばNDフィルター)の透過率を2%とした。試料室にはサンプルを置かず、PEMは駆動させないで、レーザー光をMCT検出器で検出した。
【0052】
信号処理手段40のプリアンプ41は、400HzフィルタリングしたDC成分の信号をロックインアンプに送る。
【0053】
まず、「パージなし」の状態で、レーザー光の波数を1750-1500cm-1の範囲で掃引し、1cm-1ステップで光強度をMCT検出器で検出した。ステップ速度は500msec/cm-1である。結果を図8のスペクトルAに示す。パージなしでは、各筐体内の水蒸気等による吸収の影響が波数全域に渡って大きいことが分かる。
【0054】
次に、レーザー光の波数を1635cm-1に固定して、CD測定光学系10およびレーザー光源系30をそれぞれ収納している筐体内を毎分6Lのガス供給量でNパージする。各筐体には、独立制御可能なパージ装置が設けられている。波数1635cm-1のレーザー光は、装置内部の水蒸気にほとんどが吸収されるため、Nパージの有効性の評価に適する。図9は、パージ開始から90分経過までの波数1635cm-1のレーザー光の強度変化を示す。約1時間という比較的短時間のパージによって、窒素への置換が大きく進み、2時間のパージをすれば十分であることが分かる。
【0055】
図8のスペクトルAと同様に、「90分間のパージ後」の状態でスペクトルBを測定した。水蒸気などによる吸収ピークが大幅に減少し、比較的短いパージ時間で水蒸気などの吸収の影響が大きく低減されることが分かった。
【0056】
次に、「パージなし」の状態で、図8のスペクトルAと同様にスペクトルを測定し、レーザー光の透過率T(=I/I×100)が100%である透過率100%ラインを描いたものを図10に示す。パージなしの状態でのスペクトル測定を3回繰り返し、3つの結果を重ねて表示した。これに対して、「120分間のパージ後」の状態でスペクトルを測定し、同様に透過率100%ラインを描いたものを図11に示す。
【0057】
図10には水蒸気等の吸収の影響が波数域の全体にわたってノイズのように生じていることが分かる。同じ波数のレーザー光であっても、透過率100%ラインを押し上げる場合と押し下げる場合の両方がある。これに対して図11のパージ後の透過率100%ラインでは、水蒸気等の吸収の影響が波数域の全体にわたって大幅に減少していることが分かる。
【0058】
<Nパージの有効性の個別評価>
次に、レーザー光源系30へのNパージの有効性の評価を個別に行った。図12に示す実験装置を用いた。レーザー光の波数を1635cm-1に固定して、レーザー光源系30の筐体内をNパージする。筐体内部の光路上に、4倍エキスパンド用の一対の反射鏡を設置して、ビーム径を4倍に拡張させる。レーザー光の強度を、レーザー光源系30の出口に置かれたパワーメーター(サーモパイル型検出器)で検出する。
【0059】
図13は、パージ開始から120分経過までの波数1635cm-1のレーザー光の強度変化を示す。パージ開始時に約28mWであった強度は、最初の30分位で急上昇し、60分後には120mW前後まで達している。このパージ効果を詳細に評価するため、次の表1の予備測定を行った。
【0060】
表1に、QCLの直下にパワーメーターを置いて、前記の波数1635cm-1と、水蒸気の吸収の影響を受けにくい波数1600cm-1の2種類のレーザー光の強度をそれぞれ測定した結果を示す。また、図12の実験装置を用いて、レーザー光源系30の出口(「連結部」)での強度も測定した。いずれも「パージなし」の状態で測定した。
【0061】
表中のカッコ内の数値は、4倍エキスパンド時の測定値である。参考に、試料室での強度値も示す。
【0062】
【表1】
【0063】
光源直下では水蒸気の影響を受けないと仮定して、QCLを出た直後のレーザー光強度の比率Pratio(=P1635/P1600=190/295)を計算すると0.644になる。1600cm-1のレーザー光は水蒸気の影響をほとんど受けないため、連結部での1600cm-1の光強度(192.6mW)に基づいて連結部での1635cm-1の光強度を求めると、P1635(=192.6*0.644)は、123.7mWになる。この値は、1635cm-1のレーザー光が水蒸気の影響を受けない場合の数値に相当する。図13によれば、パージ後60分の連結部での光強度が120mW前後(上記の123.7mWの計算値に近い値)にまで回復していることから、1時間程度のNパージで置換が十分に行われたと評価できる。
【0064】
これらの評価結果から、本実施形態の赤外域CD測定装置が、それぞれの筐体にNパージ装置を設けることでのパージ効果が短時間で発揮し得ることが分かる。
【0065】
<赤外域CD測定結果1>
図7の構成の赤外域CD測定装置を使って、クロロホルム溶媒にビ-2-ナフトール(Bi-2-naphtol)を溶かした溶液試料の赤外域CDスペクトルを測定した。この装置では、QCLのレーザー光の波数域を1650-1500cm-1とし、チョッパーのチョッピング周波数を500Hzとし、減光器(例えばNDフィルター)の透過率を2%(98%減光)とした。PEMの変調周波数を50kHzとして、試料の透過光をMCT検出器で検出した。
【0066】
測定前に、CD測定光学系10およびレーザー光源系30をそれぞれ収納している筐体内を、毎分6Lのガス供給量で120分間Nパージした状態にした。赤外域CD測定では、レーザー光の波数を1650-1500cm-1の範囲で3回掃引し、1cm-1ステップで光強度をMCT検出器で検出し、平均値を算出した。その赤外域CDスペクトルを図14に示す。比較のため、フーリエ変換型CD分光光度計での測定結果を図15に示す。
【0067】
本実施形態に係る赤外域CD測定装置で測定した赤外域CDスペクトルには、以下の注目すべき点がある。まず、波数分解能が非常に高いことが、フーリエ変換型CD分光光度計で測定した赤外域CDスペクトルとの比較から歴然としている。
【0068】
本書では、試料が本来有している2つのCDピークが隣り合っていて、一方のピーク波数νに対し、他方のピーク波数をν+Δνで表す場合に、測定装置が区別できる2つのCDピーク間のΔνの最小値を波数分解能(cm-1)として示す。
【0069】
図11に示した通り、120分間のNパージで1650-1500cm-1の波数域での水蒸気等の吸収の影響は大幅に減少している。そうすると、図14の赤外域CDスペクトルにおいても、水蒸気などの影響は小さくなっていると言え、フーリエ変換型CD分光光度計が測定できなかった微小なCDピークまで測定できていると言える。
【0070】
波数分解能が高い理由の1つに、フーリエ変換型CD分光光度計での赤外域CDスペクトルの測定範囲(縦軸)が約-0.0001から+0.0001までであるのに対して、本実施形態の装置では、約-0.08から+0.08までと1000倍程度広い測定範囲になっていることが挙がる。つまり、図6のような非常に強い出力のレーザー光によって、検出器からの検出信号が大きくなり、吸光度Aの検出感度が挙がった。それに伴って、従来は非常に弱いものしか測定できなかった赤外域CD信号が、非常に大きな値で取得できるようになった。
【0071】
2つ目の理由として、図6のような理想的な単波数光に近いプロファイル(半値全幅0.13cm-1)のレーザー光を使ったことが挙がる。
【0072】
本実施形態の装置の長所は、従来型の分散型CD分光光度計における課題を挙げることで理解が深まる。例えば、UV-可視光域のCD分光光度計では、回折格子を使った分散型のCD分光光度計が主流である。
【0073】
分散型CD分光光度計において、波長分解能を高めるには、分散型分光器から取り出された光のバンド幅(半値全幅)を、試料の吸収ピークの半値幅の概ね1/10以下に設定できるとよい、とされている。例えば、半値幅15nmの吸収ピークをバンド幅2nmの擬似単色光で測定すれば、測定値の誤差を小さく抑えられる。
【0074】
バンド幅は、分光器に組み込まれたスリットの幅で決まる。そのため、単純にバンド幅を小さく設定すれば良いとは言えない。バンド幅を小さくすると、試料を照射する光が弱くなってノイズが増加するからである。
【0075】
本実施形態の装置が優れているのは、掃引された特定波数のレーザー光の半値全幅が理想的な単色光と言えるレベルの狭さであり、かつ、レーザー光の出力を高い状態に維持できることである。それによって、検出器から強い検出信号が得られ、赤外CD値の測定感度が向上することである。フーリエ変換型や分散型のCD分光光度計では、干渉波の光束をアパーチャーで絞ったり、単色光のバンド幅をスリットで狭くしたりすることで、検出信号が弱くなる傾向があり、SN比が悪化しない程度に、試料の吸光度を高くても1.5~2未満に調整しなければならなかった。本実施形態の装置では、そのような試料の吸光度についての制約がなくなる点で非常に優れている。
【0076】
<赤外域CD測定結果2>
本実施形態の装置を使って、吸光度4に調整したアミノ酸の溶液試料(Fmoc-Leucine)を0.0001ΔAの分解能で赤外域CDスペクトル測定した結果を図16に示す。
【0077】
<赤外域CD測定結果3>
図17(A),(B)に、本実施形態の装置を使って、ピネンの溶液試料((-)-α-pinene)を積算時間20分で赤外域CDスペクトル測定した結果を示す。MCT検出器の素子サイズを2種類(直径1mm、直径0.2mm)用いたが、どちらの測定も、短い積算時間で感度のよい赤外域CDスペクトルが得られた。
【0078】
以下、本実施形態の赤外域CD測定装置にオプションとして装備可能な構成について説明する。
【0079】
<光学的ゲイン切替手段>
本実施形態において特徴的な図3の減光器セット35の切替手段37について説明する。減光器セット35は、1ないし複数の減光素子35a,35bから構成され、かつ、個々の減光器35a,35bをオンライン/オフラインに独立して切り替え可能な切替手段37が設けられている。例えば、透過率2%の2枚の減光素子35a,35bを用いる。2枚同時にオンラインにした場合の合計透過率が0.04%になるため、切替手段37は、減光器セット35による合計透過率を100%、2%、0.04%の3通りに切り替え可能である。なお、減光器セット35は、レーザー光の光路上のいずれかの位置に配置されていればよい。
【0080】
本実施形態では、減光器セット35の切替手段37を使って、測定ゲインを光学的に切り替える。まず、事前測定として、減光素子35aを1枚だけオンライン状態にして、レーザー光の波数掃引を行ってバックグラウンド測定を実行する。得られた出力が基準値以下になる波数に対し、個別にゲインを設定する。例えば、検出器17への光が暗い場合は、減光素子35a,35bを2枚ともオフライン状態にするとよい。逆に、事前測定での出力が強過ぎる波数に対しては、減光素子35a,35bを2枚ともオンライン状態にするとよい。測定条件は記憶部49に保存される。試料のスペクトル測定を実行する際、記憶した設定値に従って、波数掃引ごとに測定ゲインを光学的に切り替える。この結果、レーザー光の掃引波数に応じた検出器17への光量変動が小さく抑えられる。
【0081】
また、予め試料なしの状態で減光量が最適化された光学系に試料を入れると、試料の吸光度が大きいなどの理由で、出力が低下する波数が生じる場合がある。このような波数に対しても、減光素子35a,35bをオフラインにする等の測定条件を設定して、減光量を調整することができる。
【0082】
以上の光学的ゲインの切替手段37によって、高い吸光度の試料の赤外域CDスペクトル測定が容易になる。なお、減光素子35a,35bなどで光学的にゲインを変更すると、スペクトルのベースラインにずれが生じるが、ゲインの変更前後の掃引波数域を一部オーバーラップさせたスペクトル測定を実行する手段を設けることで、その測定結果を使えば演算処理手段47によるベースラインの接続が容易になる。
【0083】
<電気的ゲイン切替手段>
光学的なゲイン切り替えと同様に、電気的なゲインの切り替えを採用することもできる。例えば、図7の信号処理手段40に設けられたゲイン切替用電気素子48が、低出力になる波数に対して、アナログ信号の強度を電気的に増幅させて、A/D変換器45での量子化誤差を低減させるようにしてもよい。
【0084】
<チョッパーの通過率>
次に、チョッパー32の通過率の設定について説明する。チョッパー32は、赤外吸収信号(DC信号)を取得するために設けられており、図7の位置に限られず、レーザー光の光路上のいずれかの位置にあればよい。
【0085】
赤外域CD信号の信号強度は、赤外吸収信号と比べて1000分の1以下と非常に弱い。チョッピングは、赤外域CD信号の更なる強度低下を招き、そのSN比も同時に低下させてしまう。本実施形態では、3通りの通過率(50%、75%、83%)の回転式チョッパーを使った試験結果に基づいて、チョッパー32の通過率を70%以上に設定することにした。
【0086】
図18にチョッピング試験に用いた通過率(Dutyとも呼ぶ)が83%の回転式チョッパーの一例を示す。中心部から5方向に伸びたリブ部が遮光部として機能する。
【0087】
通過率83%の回転式チョッパーを使ってチョッピングして、PEM14で偏光変調したレーザー光を検出器17で検出した。その検出信号から抽出したDC信号とAC信号の強度変化を図19に示す。3通りの掃引波数(1595cm-1,1600cm-1,1605cm-1)での信号強度の変動は、いずれも許容範囲内であり、適正なDC信号(同図(A))とAC信号(同図(B))を取得することができた。
【0088】
<水または水蒸気の吸収ピークの影響回避>
本実施形態において特徴的な水等の吸収ピークの影響回避手段について説明する。図7の信号処理手段40は、さらに、水または水蒸気の既知の吸収ピーク波数を保有する記憶部49と、レーザー光の掃引波数がこれらの吸収ピーク波数に一致するかどうかを判断する判断部51と、一致した場合に吸収ピークの影響を回避させる回避部52とを有する。判断部51および回避部52は、演算処理手段47に組み込まれている。
【0089】
図8に示したように、本実施形態の赤外域CD測定への水または水蒸気の吸収ピークの影響は大きい。特に「パージなし」の状態では、個々の吸収ピークが鋭く、非常に感度良く検出されてしまう。
【0090】
そこで、回避部52は、水または水蒸気の吸収ピーク波数の前後の掃引波数のレーザー光によって得られた赤外域CD値を使って、その平均値などを水または水蒸気の吸収ピーク波数における赤外域CD値として算出する。その結果、QCLのレーザー光による検出感度の鋭さに起因する水または水蒸気ノイズの軽減を図ることができる。
【0091】
水または水蒸気の吸収ピークの影響回避の具体的な手法を説明する。
【0092】
まず、本実施形態の装置を用いて、シングルビーム(SB)を例えば10本測定し、2本ずつの5組とする。各組の2本を除算して、100%ラインを5本得る。
【0093】
0.5cm-1ステップで波数掃引して取得したラインを図20(A)に示す。図20(B)~(D)のラインは、図20(A)から1.0cm-1ステップ分の強度情報だけ抜き出して得たラインである。図20(B)のラインは回避処理前のものである。
【0094】
記憶部49には、表2に示す回避処理対象の波数セットが2セット(除去1、除去2)分、予め記憶されている。これらの波数セットは、経験的に特に大きい水蒸気ピークを生じ得る波数情報を含んでいる。除去1の波数における水蒸気ピークの方が、除去2の波数における水蒸気ピークよりも大きい。
【0095】
【表2】
【0096】
判断部51は、図20(B)のラインから、除去1のピーク波数に該当する波数ポイントの強度情報を抽出する。回避部52は、抽出された強度情報ごとに、そのピーク波数の両隣りの波数ポイントの強度情報の平均値を計算する。そして、抽出された強度情報をその平均値に置き換える。図20(C)に除去1の波数セットについて回避処理後のラインを示す。
【0097】
判断部51は、さらに、除去2のピーク波数に該当する波数ポイントの強度情報を抽出する。回避部52は、抽出された強度情報ごとに、そのピーク波数の両隣りの波数ポイントの強度情報の平均値を計算し、抽出された強度情報をその平均値に置き換える。図20(D)に除去2の波数セットについても回避処理済みのラインを示す。
【0098】
このような回避処理を実行すれば、Nパージなしの状態でも赤外域CDスペクトルの測定結果に与える水蒸気の影響を大幅に低減させることができる。
【0099】
図20(A)~(D)のラインは、本実施形態でのDC信号を測定したものに該当する。そこで、AC/DC信号の変化についても、同様の条件で図21(A)~(D)に示す。図21(A)は0.5cm-1ステップの波数掃引で取得したAC/DC信号を示す。図21(B)は、図21(A)から1.0cm-1ステップ分のAC/DC信号を抜き出したものを示す。図21(C)は除去1の波数セットについて回避処理済みのAC/DC信号を示す。図21(D)は、さらに除去2の波数セットについても回避処理したAC/DC信号を示す。
【0100】
このようにAC/DC信号の波形は、回避処理の実行によって、おおむね改善されている。なお、図21(D)の1531cm-1のピークは、水蒸気の吸収が余り大きく出ない波数ポイントにあるので、QCL側のゆらぎに起因するものと考えられる。
【符号の説明】
【0101】
10 CD測定光学系
14 偏光変調子(PEM)
15 試料室
17 MCT検出器
20 フーリエ変換型の光源系
30 レーザー光源系
32 チョッパー
35 減光器セット(ゲイン切替用光学素子)
35a,35b 減光素子
37 切替手段
40 信号処理手段(信号処理部)
48 ゲイン切替用電気素子
49 記憶部
51 判断部
52 回避部
QCL 量子カスケードレーザー(レーザー光源)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21