IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日特建設株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-注入工法 図1
  • 特許-注入工法 図2
  • 特許-注入工法 図3
  • 特許-注入工法 図4
  • 特許-注入工法 図5
  • 特許-注入工法 図6
  • 特許-注入工法 図7
  • 特許-注入工法 図8
  • 特許-注入工法 図9
  • 特許-注入工法 図10
  • 特許-注入工法 図11
  • 特許-注入工法 図12
  • 特許-注入工法 図13
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-04
(45)【発行日】2022-11-14
(54)【発明の名称】注入工法
(51)【国際特許分類】
   E02D 3/12 20060101AFI20221107BHJP
   C09K 17/10 20060101ALI20221107BHJP
   C09K 17/22 20060101ALI20221107BHJP
   C09K 17/44 20060101ALI20221107BHJP
【FI】
E02D3/12 101
C09K17/10 P
C09K17/22 P
C09K17/44 P
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019098224
(22)【出願日】2019-05-27
(65)【公開番号】P2020193451
(43)【公開日】2020-12-03
【審査請求日】2022-01-28
(73)【特許権者】
【識別番号】390036504
【氏名又は名称】日特建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000431
【氏名又は名称】弁理士法人高橋特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 翼
(72)【発明者】
【氏名】阿部 智彦
【審査官】石川 信也
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-172468(JP,A)
【文献】特開2002-255618(JP,A)
【文献】特開平10-008051(JP,A)
【文献】特開2018-204269(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02D 3/12
C09K 17/10
C09K 17/22
C09K 17/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟弱地盤にセメント系注入材料を注入して改良する注入工法において,セメント系注入材料としてポリカルボン酸系分散剤を添加したセメント系注入材料を選択し,ポリカルボン酸系分散剤を添加したセメント系注入材料を注入する以前の段階で,ポリカルボン酸系分散剤水溶液を注入することを特徴とする注入工法。
【請求項2】
ポリカルボン酸系分散剤水溶液の注入後,ポリカルボン酸系分散剤を添加したセメント系注入材料の注入前に,水を注入する請求項1の注入工法。
【請求項3】
ポリカルボン酸系分散剤水溶液の注入量は,注入されるポリカルボン酸系分散剤水溶液に含有されるポリカルボン酸系分散剤の質量が施工領域における地盤構成粒子の0.01質量%以上である請求項1,2の何れかの注入工法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,例えば軟弱な砂質地盤にセメント系注入材料を注入して,改良する注入工法に関する。
【背景技術】
【0002】
係る注入工法において,例えば軟弱な砂質地盤に注入される注入液として,例えばセメント系注入液が用いられ,セメント粒子を水中に分散させた懸濁液であるセメントミルクが用いられる。
高強度の改良体を造成する必要があり且つ構造物近傍で注入による影響が懸念される地盤改良工事や,浸透性の低い地盤において高強度の改良体を必要とする地盤改良工事では,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材(例えば,粒径が数μm~数10μm程度であるセメント系固化材:例えば,日鉄セメント株式会社製の商品名「Hyper NP1500」や,日鉄セメント株式会社製の商品名「日鐵スーパーファイン」)を用いることがある。
しかし,その様な懸濁液であるセメント系注入液は,懸濁液であるが故に,注入液中のセメント粒子が地盤構成粒子に付着することやそれに伴う目詰まり等の影響で注入液が濾過され,自身の浸透経路を閉塞することによって浸透性を十分に発揮できない場合が存在する。
【0003】
その他の従来技術として,例えば,注入圧力に脈動成分を付加して動的に注入する際に脈動圧力の制御を容易且つ確実に行う技術が存在する(特許文献1参照)。また,簡単な構造で且つ設備コストが安価なグラウト材動的注入装置が存在する(特許文献2参照)。
しかし,係る従来技術(特許文献1,特許文献2)では,施工するのに特殊な機械を必要とするという問題を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-197305号公報
【文献】特開2007-217997号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上述した従来技術の問題点に鑑みて提案されたものであり,懸濁液であるセメント系注入液が地盤内を濾過されることなく浸透することが出来て,汎用機械で施工できる注入工法の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の注入工法は,軟弱地盤にセメント系注入材料(注入液)を注入して改良する注入工法において,セメント系注入材料としてポリカルボン酸系分散剤を添加したセメント系注入材料を選択し,ポリカルボン酸系分散剤を添加したセメント系注入材料を注入する以前の段階で,ポリカルボン酸系分散剤水溶液を注入することを特徴としている。
本明細書において,ポリカルボン酸を「PC」,ポリカルボン酸系分散剤を「PC系分散剤」,ポリカルボン酸系分散剤水溶液を「PC系分散剤水溶液」と記載する場合がある。
【0007】
本発明において,PC系分散剤を添加したセメント系注入材料におけるセメント系固化材としては,例えば高炉スラグをベースにした市販品(例えば,日鉄セメント株式会社製の商品名「Hyper NP1500」)を用いている。ただし,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材は高炉スラグをベースにしたものに限定される訳ではなく,高炉スラグ以外をベースにするセメント系固化材も適用可能である。
本発明では例えば軟弱な砂質地盤が例示されているが,本発明が適用するのは砂質地盤に限定される訳ではなく,地盤粒子がシルト,(少量の)粘土であっても本発明を施工することが出来る。
【0008】
本発明において,PC系分散剤水溶液の注入後,PC系分散剤を添加したセメント系注入材料の注入前に,水を注入するのが好ましい。
また本発明において,PC系分散剤水溶液の注入量は,注入されるPC系分散剤水溶液に含有されるPC系分散剤の質量が,施工領域(理想的には球状の領域)における地盤構成粒子の質量の0.01%(質量%)以上であるのが好ましい。
ただし,先行注入されるPC系分散剤水溶液に含有されるPC系分散剤の質量が施工領域における地盤構成粒子の0.5質量%を超えても,浸透性は向上せず,経済性が悪い。そのため,PC系分散剤水溶液の注入量は,注入されるPC系分散剤水溶液に含有されるPC系分散剤の質量が,施工領域における地盤構成粒子の質量の0.5%(質量%)以下であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
上述の構成を具備する本発明によれば,セメント系注入材料としてポリカルボン酸系分散剤(PC系分散剤)を添加したセメント系注入材料が選択され,懸濁液であるセメント系注入液が地盤に注入されるのに先立って,PC系分散剤水溶液が注入される。
ポリカルボン酸(PC)系分散剤は化学構造中に親水性の側鎖を持つ高分子グラフト共重合体であり,セメント粒子表面に吸着すると側鎖部分が親水的に展開して,粒子表面にPC系分散剤の層を形成し,当該PC系分散剤の層が重なり合うと立体反発力を生じ,セメント粒子が分散する。
従って,PC系分散剤水溶液を注入工法の施工対象地盤に先行注入することにより地盤構成粒子表面にPC系分散剤が付着し,その後に注入されたセメント系注入材料に添加されているPC系分散剤がセメント粒子に付着しているので,当該セメント粒子は既に分散し易い状態になっている。それに加えて,当該セメント粒子に付着したPC系分散剤と,地盤構成粒子に付着したPC系分散剤の層との間に立体反発力が作用する。その結果,セメント粒子の付着及び付着に起因する目詰まりが解消して,注入液の浸透性が向上すると推定される。
なお,PC系分散剤の原液は粘度が高く浸透性が低いため,本発明の実施に際しては,水で希釈してPC系分散剤水溶液を注入する。
【0010】
ここで,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含有する注入液を用いた場合には,地盤構成粒子に付着せずに浮遊した状態にあるPC系分散剤により,PC系分散剤水溶液との接触部近傍において当該セメント系注入材中のPC系分散剤濃度が上昇して,材料分離を引き起こす恐れがある。
それに対して,本発明においてPC系分散剤水溶液の先行注入後に,水を注入する(水送りする)ことにより,当該水により地盤構成粒子に付着せずに浮遊した状態にあるPC系分散剤が除去され,注入工法施工領域よりも遠方に移送される。そのためセメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含有するセメント系注入液中のPC系分散剤濃度は上昇せず,材料分離を引き起こすことが無くなり,浸透性が向上したと推定される。
発明者による実験では,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含有するセメント系注入液を用いた場合,PC系分散剤水溶液の先行注入後に水を注入する(水送りする)ことにより,水を注入しない場合に比較して,浸透性を表現するパラメータである注入速度が10%程度向上することが確認された。
【0011】
ここで本発明においては,PC系分散剤水溶液の注入量は,注入されるPC系分散剤水溶液に含有されるPC系分散剤の質量が,地盤の施工領域における地盤構成粒子の0.01質量%未満であると効果が十分に発揮できない。そのため本発明において,セメントグラウトに先行して注入するPC系分散剤水溶液の注入量として,注入されるPC系分散剤水溶液に含有されるPC系分散剤の質量を地盤の施工領域における地盤構成粒子の0.01質量%以上とすれば,浸透性向上の効果が良好に発揮される。
一方,先行注入されるPC系分散剤水溶液の注入量として,注入されるPC系分散剤水溶液に含有されるPC系分散剤の質量が,地盤の施工領域における地盤構成粒子の0.5質量%を超えても,浸透性はさほど向上しない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の第1実施形態を示すフローチャートである。
図2】本発明の第2実施形態を示すフローチャートである。
図3】実験例1で用いられる実験装置を示す説明図である。
図4】実験例1の結果を示す特性図である。
図5図4と同様に実験例1の結果を示す図であって,各サンプルの結果をプロットで表現した図である。
図6】実験例2の結果を示す特性図である。
図7図6と同様に実験例2の結果を示す図であって,各サンプルの結果をプロットで表現した図である。
図8】実験例3の結果を示す特性図である。
図9】実験例4の結果を示す特性図である。
図10】実験例5で用いられる実験装置を示す説明図である
図11】実験例5の結果を示す特性図である。
図12】実験例6の結果を示す特性図である。
図13図12と同様に実験例6の結果を示す特性図であって,各サンプルの結果をプロットで表現した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下,添付図面を参照して,本発明の実施形態について説明する。
図示の実施形態に係る注入工法は,例えば軟弱な砂質地盤の地盤改良工事に適用されることが好ましい。ただし,実施形態に係る注入工法を適用する地盤は砂質地盤に限定される訳ではなく,地盤粒子が砂,シルト,(少量の)粘土であっても本発明を施工することが出来る。
図示の実施形態及び実験例ではセメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材としては,例えば高炉スラグをベースにした市販品(例えば,日鉄セメント株式会社製の商品名「Hyper NP1500」)を用いている。ただし,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材は高炉スラグをベースにしたものに限定される訳ではなく,高炉スラグ以外をベースにするセメント系固化材も選択することが出来る。
【0014】
最初に図1を参照して,第1実施形態について説明する。
作業手順を示す図1において,ステップS1では,PC系分散剤水溶液が地盤に注入される。ここで,PC系分散剤の原液は粘度が高く浸透性が低いため,当該原液を水で希釈したPC系分散剤水溶液を注入する。
次のステップS2では,懸濁液であるセメント系注入液,例えばセメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を包含する注入液(グラウト)が地盤に注入される。
図示はされていないがステップS2の段階では,セメント系注入材料としては,PC系分散剤を添加(添加量は,例えばセメント系固化材の1.5質量%)したセメント系注入材料が選択される。
上述した様に,ポリカルボン酸(PC)系分散剤は化学構造中に親水性の側鎖を持つ高分子グラフト共重合体であり,セメント粒子表面に吸着すると側鎖部分が親水的に展開して,粒子表面にPC系分散剤の層を形成し,重なり合う層同士に立体反発力を生じ,セメント粒子が分散する。そのため,PC系分散剤を添加したセメント系注入材料が選択されると,添加されたPC系分散剤に含有されているPC系分散剤がセメント粒子に付着して,セメント粒子が分散する。それに加えてステップS1でPC系分散剤水溶液が注入されて地盤構成粒子表面にPC系分散剤が付着するので,ステップS2でPC系分散剤を添加したセメント系注入液が注入されると,セメント粒子に付着したPC系分散剤の層と地盤構成粒子に付着したPC系分散剤の層との間に立体反発力が作用する。その結果,セメント粒子の地盤構成粒子への付着や付着に起因する目詰まり等による流路の閉塞を防止し,懸濁液であるセメント系注入液の浸透性が向上したものと推定する。
【0015】
次に図2を参照して第2実施形態について説明する。
作業手順を示す図2において,最初のステップS11では第1実施形態と同様に,PC系分散剤水溶液を地盤に先行注入するが,図2の第2実施形態では,PC系分散剤水溶液を先行注入した後のステップS12で水を地盤に注入する(水送り)。
ステップS12で水送りをした後,ステップS13で注入液を地盤に注入する。ステップS13は図1のステップS2と同様な工程である。
図1の第1実施形態において,PC系分散剤を添加したセメント系注入材料として,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含有するセメント系注入材料が用いられた場合,先行注入されたPC系分散剤水溶液に含有されるPC系分散剤であって,地盤構成粒子に付着せずに浮遊した状態にあるPC系分散剤がセメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含有するセメント系注入材中に包含されるため,PC系分散剤水溶液との接触部近傍において当該セメント系注入におけるPC系分散剤濃度が上昇して,材料分離を引き起こしてしまう恐れがある。
それに対して,PC系分散剤水溶液の先行注入後に水を注入すれば(水送りすれば)(図2のステップS12),地盤構成粒子に付着せずに浮遊した状態にあるPC系分散剤は注入された水により除去され,注入工法の施工領域から離隔した領域に移送される。そのため注入工法の施工領域においては,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含有するセメント系注入材中のPC系分散剤濃度は上昇せず,材料分離を引き起こすことも無く,浸透性が向上したものと推定する。
【0016】
[実験例1]
実験例1では,図3で示す浸透試験装置を用いて,グラウトの浸透性を計測している。
図3を参照して「珪砂を用いた浸透試験」について説明すると,浸透試験装置10は,浸透試験筒1,支持装置2,ビーカー3,電子秤4を有している。浸透試験筒1は,例えばφ55mm,長さ300mmのアクリル製であり,内部空間に珪砂Kが充填される。浸透試験筒1は支持装置2により所定位置に支持され,浸透試験筒1の下方には,試験筒1に充填された珪砂Kを通過して滴下するPC系分散剤水溶液,水,セメントミルク(注入材)を受けるビーカー3が配置される。実験例1のセメントミルクはW/C=800%である。
ビーカー3は電子秤4の上に配置され,滴下した水,セメントミルクを含めたビーカー3の重量を電子秤で計測し,PC系分散剤水溶液,水,セメントミルクの様な計測対象の排出量,排出速度等を演算する。図3において,電子秤4はパソコン5を接続しており,電子秤4による各種計測結果はパソコン5により演算処理される。
【0017】
図3における浸透試験装置を用いて行われる実験例1の手順を以下に説明する。
まず,浸透試験筒1に所定量(浸透試験筒1の途中まで)の珪砂Kを所定の密度で充填する。その際,珪砂Kは乾燥した状態である。
次に,浸透試験筒1の上端近傍まで(珪砂充填領域よりも上方の領域に)ゆっくり水を供給する(矢印A)。供給された水は徐々に珪砂K内に浸透して,水位が低下するが,常に水を補給して水位を浸透試験筒1の上端近傍で維持する。そして,浸透試験筒1の下部より浸透水が排出し始め(矢印B),当該排出量が一定になってから所定時間(例えば5分間)注水した後,注水を終了する。
その後,水位が浸透試験筒1内の珪砂充填領域の上端まで低下したならば,矢印Aで示す様に,PC系分散剤水溶液を所定量供給する。
次に,PC系分散剤水溶液の水位が浸透試験筒1内の珪砂充填領域の上端まで低下したならば,水を所定量供給する(「水送り」に相当:矢印A)。
【0018】
その後,水送りの水の水位が浸透試験筒1内の珪砂充填領域の上端まで低下したならば,矢印Aで示す様に,セメントミルク(注入材)を浸透試験筒1の上端まで供給する。浸透試験筒1の下部よりセメントミルク(注入材)の排出(矢印B)が確認された後,所定時間(例えば10分間)だけセメントミルクの液位を浸透試験筒1の上端に維持し,所定時間終了後,セメントミルクの供給を終了する。
上述した浸透試験の際に,注水終了直前の,例えば3分間における水の排出量(滴下量)の測定結果から,水の排出速度(1分当たりの水の排出量)を求める。また,セメントミルクの供給終了直前の,例えば3分間におけるセメントミルク(注入材)の排出量(滴下量)の測定結果から,セメントミルクの排出速度(1分当たりのセメントミルクの排出量)を算定する。当該排出量の計測,算定は,電子秤4及びパソコン5により実行される。
【0019】
実験例1の浸透試験では,上述した作業手順によりPC系分散剤水溶液,水(水送りの際に供給される水),セメントミルク(注入材)の順に浸透試験筒1に充填された珪砂Kに供給する場合(第2実施形態に相当),当該作業手順のうち,水(水送り)の供給を省略する場合(第1実施形態に相当),PC系分散剤水溶液の供給を省略した場合について行った。
そして実験例1では,PC系分散剤水溶液として,市販品のPC系分散剤(日鉄セメント株式会社製の商品名「ML-3000」)の水溶液を使用した。また,最初に供給するPC系分散剤水溶液におけるPC系分散剤の質量は,試験で使用された珪砂Kの質量に対して,0.01質量%,0.09質量%,0.47質量%,0.94質量%に設定した。
ここで,珪砂Kの質量は,実際の注入工法の施工における施工領域(理想的には球状の領域)の地盤構成粒子の質量に相当する。
【0020】
実験例1ではセメントミルク(セメント系注入材料)におけるセメント系固化材としては粒径3μm未満のセメント系固化材であって高炉スラグをベースにした市販品(例えば,日鉄セメント株式会社が製造している商品名「Hyper NP1500」)に,市販品のPC系分散剤(日鉄セメント株式会社製の商品名「ML-3000」)を添加して用いた。そして実験例1では,PC系分散剤の添加量をセメント系固化材の1.5質量%とした。
実験例1の結果を示す図4において,横軸は「注入率(排出体積/間隙体積)(%)」であり,縦軸は「排出速度比(セメント系注入材/水)(%)」である。
「注入率(排出体積/間隙体積)(%)」は,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含有するセメント系注入材の排出体積の,珪砂の間隙の体積(すなわち,改良するべき地盤の間隙体積)に対する割合であり,グラウト排出の時間経過に応じて数値が大きくなる。
一方,「排出速度比(セメント系注入材/水)(%)」は,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材のグラウト(セメントミルク)の排出速度を水の排出速度で除した値であり,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含有するセメント系注入材の浸透性を評価する指標となる数値である。「排出速度比」が大きい程,浸透性が良好である。
【0021】
図4と同様に実験例1の結果を示す図5において,横軸は「試験地盤重量に対する先行注入PCの割合」(単位は質量%)を示し,縦軸は「排出速度比(セメント系注入材/水)(%)」である。排出速度比は,セメント系固化材を含有するセメント系注入材の浸透速度を水の浸透速度で除した値であり,図4における「排出速度比」と同様にセメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含有するセメント系注入材の浸透性を評価する指標となるパラメータである。
図5では,図4で注入率200%近傍における各サンプルの「試験地盤重量に対する先行注入PCの割合(%)」と「排出速度比(セメント系注入材/水)(%)」の関係をプロットして表示している。ここで,「先行注入PCの割合」なる文言は,先行注入されるPC系分散剤水溶液におけるPC系分散剤の質量の試験地盤重量に対する比率を意味している。
【0022】
PC系分散剤水溶液を先行注入した場合が,図4では0.01%,0.09%,0.47%,0.94%の特性曲線で示されており,図5では先行注入PC系分散剤がゼロ(縦軸上のプロット)以外のプロットで示されている。そしてPC系分散剤水溶液を先行注入しない場合は,図4では「先行注入なし」の特性曲線で示され,図5では先行注入PC系分散剤水溶液におけるPC系分散剤の質量の試験地盤重量に対する比率がゼロのプロット(縦軸上のプロット)で示されている。図4図5から明らかな様に,PC系分散剤水溶液を先行注入しない場合に比較して,PC系分散剤水溶液を先行注入した場合は,排出速度比及び浸透性が有意に向上している。
しかし,特に図5でよく示されている様に,先行注入するPC系分散剤水溶液におけるPC系分散剤の質量が試験地盤重量に対して0.01質量%未満であると,0.1質量%以上の場合に比較して,浸透性を向上させる効果が低い。一方,先行注入するPC系分散剤水溶液におけるPC系分散剤の質量が試験地盤重量に対して0.5質量%を超えても,浸透性を向上させる効果はそれ以上向上せず,経済性が悪いことが分かる。
すなわち,先行注入するPC系分散剤水溶液におけるPC系分散剤の質量を施工領域における地盤構成粒子の0.01質量%以上とすれば,浸透性が向上する。一方,先行注入するPC系分散剤水溶液におけるPC系分散剤の質量が地盤構成粒子の0.5重量%を超えても,浸透性はさほど向上せず,経済性が悪い。
【0023】
図4において,PC系分散剤水溶液の先行注入後に水送りをした場合(図4における「水送りなし」以外の特性曲線),注入率が概略100%以降で排出速度比(浸透速度比)は一定の数値に落ち着き,特性曲線が横軸と概略平行になった。
一方,PC系分散剤水溶液の先行注入後に水送りをしない場合には(図4における「水送りなし」の特性曲線),注入率の増加に伴い排出速度比は低下する一方であり(右下がりの特性),水送りをした場合の様に排出速度比は一定の数値に落ち着くことは無かった。
セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材の注入液を用いた場合,PC系分散剤水溶液の先行注入後に水を注入した場合(水送りを行った場合)には,水を注入しない場合に比較して,浸透性を表現するパラメータである排出速度比が向上することが,図4図5から明らかである。
なお,水送りの効果に関しては,図12図13を参照して実験例6でも説明する。
【0024】
[実験例2]
実験例2では,実験例1で用いた浸透試験装置10を用いて,実験例1で使用したPC系分散剤と別種のPC系分散剤(市販品:緑興産株式会社販売の商品名「ポリティXY-300M」)を用いて,浸透性の試験を行った。
実験例2の結果を示す図7では,実験例1で使用したPC系分散剤(市販品:日鉄セメント株式会社製の商品名「ML-3000」)の水溶液を注入した場合については「○」のプロット,前記別種のPC系分散剤(市販品:緑興産株式会社販売の商品名「ポリティXY-300M」)の水溶液を注入した場合は「△」のプロット,PC系分散剤水溶液を先行注入しない場合には「□」のプロットで表示している。
セメント系注入液におけるW/Cは800%であり,その他の試験条件は,実験例1と同様である。
実験例2の結果を示す図6は,図4に相当するグラフであり,横軸,縦軸についても図4と同様である。図7図5と同様である。
図7は,図6で注入率240%近傍における各特性曲線の「試験地盤重量に対する先行注入PCの割合(%)」と「排出速度比(セメント系注入材/水)(%)」の関係をプロットしている。そして,固化材として粒径3μm未満のセメント系固化材を用いている。
【0025】
PC系分散剤水溶液を先行注入した場合の特性曲線(図6における0.01%,0.09%,0.47%の特性曲線),図7における先行注入PC系分散剤がゼロ以外のプロット(図7の縦軸以外のプロット)は,PC系分散剤水溶液を先行注入しない特性曲線(図6における「先行注入なし」の特性曲線),図7における先行注入PCがゼロのプロット(図7の縦軸のプロット)に比較すると,排出速度比及び浸透性は有意に向上している。
また,図7で示す様に,先行注入するPC系分散剤水溶液におけるPC系分散剤の濃度(質量)が0.01質量%未満(図7における縦軸及び縦軸直近右側におけるプロット)の浸透性は,0.01質量%以上(図7における横軸の数値が0.10以上の領域におけるプロット)の浸透性に比較すると劣っている。一方,先行注入するPC濃度(質量)が0.5質量%を超えても,浸透性を向上せず,PCを余計に混入する分だけ経済性が悪い。
この様に,図6図7に示す実験例2においても,図4図5の実験例1と同様に,先行注入する分散材としてPC系分散剤の水溶液を先行注入すれば,PC系分散剤の水溶液を先行して供給しない場合に比較して有意に排出速度比が向上しており,浸透性が向上することが確認された。
【0026】
[実験例3]
実験例1,実験例2では比較的目の細かい珪砂(7号珪砂)を使用した。
それに対して実験例3では,実験例1,実験例2で用いられた珪砂(7号珪砂)よりもさらに目の細かい「特7号珪砂」を使用した。また,実験例3では実験例1と同じPC系分散剤を使用し,その他の試験条件(試験装置を含めて)も,実験例1(図4図5)と同様である。実験例3でも,固化材として粒径3μm未満のセメント系固化材を用いている。
実験例3の結果を示す図8図4に相当する特性図であり,横軸,縦軸も図4と同様である。
図8から明らかな様に,実験例3では,注入率が増加しても(グラウト排出の時間が経過しても),排出速度比すなわち浸透性は低下し続け,一定の数値に落ち着くことはなかった(横軸と平行な状態にならなかった)。浸透性が一定値に落ち着かなかったのは,注入材の流路がセメント粒子の粒径よりも小さい部分が多く存在し,目詰まりが発生してしまったためだと推定される。
【0027】
しかし,図8から明らかな様に,PC系分散剤水溶液を先行注入した場合,PC系分散剤水溶液を先行注入しない場合に比較して,排出速度比は増加しており,浸透性は有意に向上している。すなわち,PC系分散剤水溶液を先行注入すれば,細粒土粒子から成る地盤であってもセメント系注入液の浸透性が向上することが分かった。
なお図8において,先行注入するPC系分散剤水溶液におけるPC系分散剤の質量が試験地盤重量に対して0.47質量%の場合(先行注入あり0.47%の特性曲線)と,PC系分散剤水溶液におけるPC系分散剤の質量が試験地盤重量に対して0.94%の場合(先行注入あり0.94%の特性曲線)とでは,浸透性向上の効果については有意な差はなかった。
【0028】
[実験例4]
実験例1~3では,地盤に相当する珪砂は7号珪砂を用い,セメント系固化材としては高炉スラグをベースにした粒径は3μm未満の市販品(日鉄セメント株式会社が製造している商品名「Hyper NP1500」)を用いている。
それに対して実験例4では,セメント系注入材として,実験例1~3で用いたセメント系固化材よりも粒径の粗い粒径10μm未満の市販品(日鉄セメント株式会社が製造している商品名「日鐵スーパーファイン」)を含有するセメント系注入材を用いた。セメント粒子の粒径が大きくなったことに伴い,実験例4では実験例1~3で用いた珪砂よりも粒径が粗い5号珪砂を用いた。
また,実験例4で使用したPC系分散剤は実験例1で用いられたポリカルボン酸系分散剤と同一である。
実験例4において,試験地盤重量に対する先行注入PC系分散剤の割合は0.31%である。また,分散剤添加率は0.5%であり,セメント系注入液におけるW/Cは800%である。
実験例4では試験地盤長さは23cmであり,その点で実験例1~3で用いられた試験装置とは相違する。
【0029】
実験例4の結果を示す図9では,PC系分散剤水溶液を先行注入しない場合(「先行注入なし」の特性曲線)と比較して,PC系分散剤水溶液を先行注入した場合(「先行注入あり 水送りあり」の特性曲線)における排出速度比が有意に上昇しており,セメント粒子の粒径が大きくなっても,PC系分散剤水溶液を先行注入すること,その後に水送りをすることは浸透性向上に有効であることが確認された。換言すれば,セメント粒子の粒径が大きくなっても本発明が有効であることが確認された。
【0030】
[実験例5]
実験例1~実験例4では,セメント系注入液,PC系分散剤水溶液,水は自然滴下される。
それに対して,実験例5ではセメント系注入液,PC系分散剤水溶液,水は,加圧注入される。
実験例5で用いられる試験装置について,図10を参照して説明する。
図10において,浸透試験装置20は,浸透試験筒11,支持装置12,ビーカー13,電子秤14,ミキサ16,コンプレッサ17を有している。浸透試験筒11は,例えばφ50mm,長さ1000mmのアクリル製であり,浸透試験筒11内の全域に珪砂Kが充填される。浸透試験筒11は,支持装置12により所定位置に支持される。
【0031】
ミキサ16はコンプレッサ17と接続される。ミキサ16から浸透試験筒11下面の流入口11Aまでは配管18が配策され,ミキサ16と浸透試験筒11が接続されている。
浸透試験筒11の上端面には排出口11Bが設けられ,排出口11Bからビーカー13の上方位置まで配管19が配策され,浸透試験筒11の排出口11Bは配管19を介してビーカー13に連通している。
ビーカー13は電子秤14の上に配置され,滴下した液体(水,セメントミルク等)を含めたビーカー13の重量を電子秤14で計測する。
電子秤14にはパソコン15が接続され,電子秤14による計測結果がパソコン15により演算処理されて,計測対象なる各種液体(PC系分散剤水溶液,水,注入液)の排出量,排出速度等が決定される。
【0032】
図10における浸透試験では,先行注入されるPC系分散剤水溶液,水,注入液の順に投入される。PC系分散剤水溶液,水,注入液は,コンプレッサ17及びミキサ16により0.1MPaに加圧され,配管18,流入口11Aを介して浸透試験筒11(アクリルパイプ)に注入され(矢印C),浸透試験筒11の下方から上方に向かって液体(水,PC水溶液,セメントミルク)を浸透させる(流す)。浸透試験筒11内には珪砂Kが充填され,浸透試験筒11下方からPC系分散剤水溶液,水,注入液が供給される。
浸透試験筒11内に供給され,珪砂Kを通過したPC系分散剤水溶液,水,注入液は,浸透試験筒11の上方から,排出口11B,配管19を介してビーカー13の上方に送られ,ビーカー13内に滴下する(矢印D)。
【0033】
PC系分散剤水溶液,水,注入液の排出量,排出速度の測定,算定については,図3の実験例1と同様である。
所定量のPC系分散剤水溶液が排出されたならば水を加圧注入し,所定量の水が排出されたならば注入液を加圧注入する。
【0034】
実験例5では,試験地盤として実験例1,実験例2と同様に7号珪砂を用い,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含む注入材料を用いている。上述した様に,注入圧力は,0.1MPaであり,セメント系注入液におけるW/Cは800%である。実験例5で用いられるPC系分散剤の固化材への添加量,先行注入される質量は,実験例1と同一である。
実験例5の結果を示す図11から明らかな様に,PC系分散剤水溶液,水,注入液を加圧注入した場合においても,PC系分散剤水溶液を先行注入した場合には,PC系分散剤水溶液を先行注入しない場合に比較して,排出速度比が有意に向上しており,浸透性が有意に向上することが確認された。
【0035】
[実験例6]
実験例6は,PC系分散剤水溶液を先行注入した後の「水送り」における水の供給量と,透水性(浸透性)との関係を確認する実験である。試験地盤は実験例1,2と同様に7号珪砂を用い,セメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含んだ注入材料を用いている。セメント系固化材と添加するPC系分散剤及びその添加量と,先行注入するPC系分散剤の種類及び先行注入される水溶液中のPC系分散剤の質量は,実験例1と同様である。試験装置は,実験例1~4と同様に自然滴下を利用した装置(図3)を使用している。
また,PC系分散剤水溶液を先行注入した後の「水送り」における水の供給量は,送水率(施工領域における(改良対象地盤の)間隙体積に対する「水送り」における水の供給量の割合)を0%(送水しない),10%,30%,50%,100%としている。
【0036】
実験例6の結果を示す図12において,横軸,縦軸は図4(実験例1)と同様である。
図13図5と同様な図面であるが,図13では,横軸は「送水率(送水量/間隙体積)」(%)を示し,縦軸は「排出速度比(セメント系注入材/水)(%)」である。「送水率(送水量/間隙体積)」(%)は,送水量(水の供給量)の珪砂の間隙の体積に対する割合である。
また,図13は,図12で所定の注入率における各サンプルの「送水率(送水量/間隙体積)」(%)と「排出速度比(セメント系注入材/水)(%)」の関係をプロットしたものである。
【0037】
図12図13から明らかな様に,送水率0%に比較して,送水率10%,30%,50%,100%の方が,排出速度比(透水性に関するパラメータ)は良好である。すなわち,PC系分散剤が添加され且つセメント粒子の粒径が非常に小さいセメント系固化材を含有する注入液を用いた場合,PC水溶液の先行注入後に水を注入する(水送りする:送水率10%,30%,50%,100%)ことにより,水を注入しない場合(送水率が0%)に比較して,透水性が有意に向上する。
さらに,送水率(10%,30%,50%,100%)により浸透性が変化し,図13では送水率30%が最も排出速度比が高く,浸透性が良好である。
【0038】
図12において,PC系分散剤水溶液の先行注入後に水送りをすれば,透水性を示す排出速度比は一定の数値に落ち着く(横軸と平行な状態になる)のに対して,PC系分散剤水溶液の先行注入後に水送りをしない場合(「送水率0%」の特性曲線)には,浸透速度比は低下する一方である(右下がりの特性)。
さらに図12図13においても,実験例1,2,3,5と同様に,PC系分散剤水溶液を先行注入した場合,PC系分散剤水溶液を先行注入しない場合に比較して,浸透性は有意に向上していることが確認できた。
【0039】
図示の実施形態はあくまでも例示であり,本発明の技術的範囲を限定する趣旨の記述ではないことを付記する。
【符号の説明】
【0040】
1,11・・・浸透試験筒
2,12・・・支持装置
3,13・・・ビーカー
4,14・・・電子秤
5,15・・・パソコン
16・・・ミキサ
17・・・コンプレッサ
10,20・・・浸透試験装置
K・・・珪砂
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13