(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-07
(45)【発行日】2022-11-15
(54)【発明の名称】線状構造物の構造計算方法及び構造計算プログラム
(51)【国際特許分類】
E21D 9/14 20060101AFI20221108BHJP
【FI】
E21D9/14
(21)【出願番号】P 2019113659
(22)【出願日】2019-06-19
【審査請求日】2021-12-28
(73)【特許権者】
【識別番号】504158881
【氏名又は名称】東京地下鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000221546
【氏名又は名称】東電設計株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 聡
(72)【発明者】
【氏名】小西 真治
(72)【発明者】
【氏名】榎谷 祐輝
(72)【発明者】
【氏名】新田 裕紀
(72)【発明者】
【氏名】阿南 健一
(72)【発明者】
【氏名】中川 貴之
(72)【発明者】
【氏名】本田 中
(72)【発明者】
【氏名】赤木 寛一
【審査官】小倉 宏之
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-124898(JP,A)
【文献】特開2012-216235(JP,A)
【文献】特開2012-057311(JP,A)
【文献】特開2015-170171(JP,A)
【文献】焼田真司、ほか5名,地盤沈下に起因するシールドトンネルの長期的挙動に関する解析的検討,土木学会論文集C(地圏工学),日本,公益社団法人 土木学会,2013年11月20日,Vol.69,No.4,457-468
【文献】伊藤聡、ほか3名,地下鉄開削トンネルの凍結融解沈下による縦断方向の変形量の推定に関する研究,地下空間シンポジウム論文・報告集,日本,公益社団法人 土木学会,2019年,第25巻
【文献】伊藤聡、ほか7名,地盤沈下に起因する地下鉄開削トンネルの縦断方向の変状メカニズムについて,土木学会論文集F2(地下空間研究),日本,公益社団法人 土木学会,2020年11月20日,Vol.76,No.1,14-31
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E21D 9/14
J-STAGE
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線状構造物の構造計算を前記線状構造物の軸方向の一部に生じた変状を考慮して行う構造計算方法であって、
前記線状構造物の構造情報及び前記変状の変状情報に基づいて、前記変状により中立軸位置変動要因が発生して中立軸位置が変動することによる前記線状構造物の伸びが、前記線状構造物の変状発生地点の軸方向両側から拘束されていると仮定した場合の軸力を見かけの軸力として算定する軸力算定ステップと、
前記線状構造物の構造情報、前記変状の変状情報及び前記見かけの軸力に基づいて、前記線状構造物の構造計算をすることで構造計算結果を得る結果取得ステップと、
を含む構造計算方法。
【請求項2】
前記中立軸位置変動要因は、コンクリートのひび割れである、
請求項1に記載の構造計算方法。
【請求項3】
前記線状構造物は、軸方向に多数配列されたセグメントリングからなるトンネルであり、
前記中立軸位置変動要因は、前記セグメントリングの開きである、
請求項1に記載の構造計算方法。
【請求項4】
前記軸力算定ステップでは、
前記変状の変状情報に基づいて、前記変状の発生地点における変状方向側端部が引張りとなっている範囲を軸力算定範囲として設定し、
前記線状構造物の構造情報及び前記変状の変状情報に基づいて、前記軸力算定範囲における前記変状方向側端部の中立軸位置変動前後の伸びの差を拘束される伸び量として算定し、
前記拘束されるされる伸び量及び前記軸力算定範囲に基づいて、前記変状方向側端部の拘束されるひずみ量を算定し、
前記拘束されるひずみ量に基づいて、前記見かけの軸力を算定する、
請求項1~請求項3の何れか一項に記載の構造計算方法。
【請求項5】
前記結果取得ステップでは、
前記線状構造物の構造モデルの軸方向両端に、前記見かけの軸力に相当する強制変位を与え、
その後、前記変状に相当する強制変位を与える、
請求項1~請求項4の何れか一項に記載の線状構造物の構造計算方法。
【請求項6】
コンピュータに、請求項1~請求項5のいずれか一項に記載の構造計算方法の各ステップを実行させるための構造計算プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、線状構造物の構造計算方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、地下鉄トンネル等の線状構造物の構造計算が行われている。このような構造計算は、例えば、軸方向の一部に沈下等の変状が生じている地下鉄トンネルの耐荷性能を評価する際に有効活用されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、地下鉄トンネルの場合、通常、軸力を考慮すべき状況が見当たらない。そのため、地下鉄トンネルに軸方向の外力が作用していないと仮定して、構造計算をすることが適切と考えられる。
【0004】
しかしながら、上記方法により構造計算をすると、構造計算により得られた結果(ひずみ分布等)が、実際の構造を調査した結果と大きく異なることがあった。
【0005】
そこで、本発明は、変状が生じている線状構造物の構造計算に用いることができる精度が高い構造計算方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の態様に係る構造計算方法は、線状構造物の構造計算を前記線状構造物の軸方向の一部に生じた変状を考慮して行う構造計算方法であって、前記線状構造物の構造情報及び前記変状の変状情報に基づいて、前記変状により中立軸位置変動要因(ひび割れ等)が発生して中立軸位置が変動することによる前記線状構造物の伸びが、前記線状構造物の変状発生地点の軸方向両側から拘束されていると仮定した場合の軸力を見かけの軸力として算定する軸力算定ステップと、前記線状構造物の構造情報、前記変状の変状情報及び前記見かけの軸力に基づいて、前記線状構造物の構造計算をすることで構造計算結果を得る結果取得ステップと、を含む。
【0007】
この態様に係る構造計算方法によれば、地中の線状構造物等、変状箇所を挟んだ軸方向両側が拘束されているといえる線状構造物について、精度の高い構造計算結果を得ることができる。なぜなら、変状箇所を挟んだ軸方向両端が拘束されているといえる線状構造物では、変状箇所が伸張することができない状態となり、これが軸力のように作用していると考えられるためである。
【0008】
また、この態様に係る構造計算方法は、例えば、変状箇所を挟んだ軸方向両側が拘束されているといえるか否か不明な線状構造物について、変状箇所を挟んだ軸方向両側が拘束されているか否か(線状構造物の軸方向両側の拘束状況)の判断に用いることもできる。つまり、この態様の構造計算方法の計算対象は、線状構造物であればよく、地中の線状構造物等のような変状箇所を挟んだ軸方向両側が拘束されているといえる線状構造物に限定されない。
【0009】
なお、軸力算定ステップで用いる構造情報及び変状情報と、結果取得ステップで用いる構造情報及び変状情報とは、同一の情報でなくてもよい。
また、上記の「前記線状構造物の構造情報、前記変状の変状情報及び算定した見かけの軸力に基づいて、・・・構造計算をする」には、線状構造物の構造情報としての有限要素モデルに、変状情報及び見かけの軸力に基づいて決定した境界条件を与えて計算することが含まれるが、この際、境界条件は、変状情報及び見かけの軸力に加えて他の要素を考慮して決定してもよい。
また、この構造計算方法は、現に変状が生じている線状構造物の構造計算だけでなく、現在では変状が生じていないが変状が生じているものと仮定した上での構造計算にも用いることができる。
【0010】
第2の態様に係る線状構造物の構造計算方法は、第1の態様において、前記中立軸位置変動要因は、コンクリートのひび割れである。
【0011】
この態様に係る構造計算方法によれば、トンネルの軸方向の一部に沈下等の変状が生じ、当該箇所にコンクリートのひび割れが生じている場合について、精度の高い構造計算結果を得ることができる。
【0012】
第3の態様に係る線状構造物の構造計算方法は、第1の態様において、前記線状構造物は、軸方向に多数配列されたセグメントリングからなるトンネルであり、前記中立軸位置変動要因は、前記セグメントリングの開きである。
【0013】
この態様に係る構造計算方法によれば多数のセグメントリングからなるトンネルの軸方向の一部に沈下等の変状が生じ、当該箇所にセグメントリングの開きが生じている場合について、精度の高い構造計算結果を得ることができる。
【0014】
第4の態様に係る線状構造物の構造計算方法は、第1~第3の何れかの態様において、前記軸力算定ステップでは、前記変状の変状情報に基づいて、前記変状の発生地点における変状方向側端部が引張りとなっている範囲を軸力算定範囲として設定し、前記線状構造物の構造情報及び前記変状の変状情報に基づいて、前記軸力算定範囲における前記変状方向側端部の中立軸位置変動前後の伸びの差を拘束される伸び量として算定し、前記拘束されるされる伸び量及び前記軸力算定範囲に基づいて、前記変状方向側端部の拘束されるひずみ量を算定し、前記拘束されるひずみ量に基づいて、前記見かけの軸力を算定する。
【0015】
この態様に係る構造計算方法では、変状発生始点における変状方向側端部(例えば沈下の場合は下端)が引張りとなっている範囲を軸力算定範囲とするので、変状方向側端部の変位の情報(変状情報)を調査することで構造計算を実施することができる。
【0016】
第5の態様に係る線状構造物の構造計算方法は、第1~第4の何れかの態様において、前記結果取得ステップでは、前記線状構造物の構造モデルの軸方向両端に、前記見かけの軸力に相当する強制変位を与え、その後、前記変状に相当する強制変位を与える。
【0017】
この態様に係る構造計算方法では、構造物の構造モデルの軸方向両端に見かけの軸力に相当する強制変位を与えて、構造物の構造モデル全体に軸力を発生させた後、変状に相当する強制変位を与えるので、適切な計算結果を得ることができる。
【0018】
第6の態様に係る線状構造物の構造計算プログラムは、コンピュータに、第1~第5のいずれかの態様に係る構造計算方法の各ステップを実行させるためのプログラムである。
【0019】
この態様に係る構造計算プログラムによれば、コンピュータを用いて容易に、変状が生じている線状構造物について精度が高い計算結果を得ることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、変状が生じている線状構造物の構造計算に用いることができる精度が高い構造計算方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の構造計算方法の一例を示す全体フローである。
【
図2】線状構造物としての地下鉄トンネルの全体を示す模式図である。
【
図4】ひび割れの有無によるひずみの違いを示す図である。
【
図5】ひび割れの有無によるトンネルの伸びの差のイメージ図である。
【
図6】実施形態の結果取得ステップを示す図である。
【
図7】比較例(見かけの軸力を考慮しない例)の結果取得ステップを示す図である。
【
図8】検討対象トンネルの概要および近接施工の状況を示す図である。
【
図9】地点B付近のトンネル内のひび割れ状況を示す図である。
【
図10】トンネル軸方向のひずみの調査結果を示す図である。
【
図11】トンネル軸方向に対する鉄筋幸福曲げ耐力算定のイメージを示す図である。
【
図12】沈下によるひび割れが発生した場合のトンネル高さ方向のひずみ分布のイメージを示す図である。
【
図13】ひび割れの有無によるトンネル下端のひずみの算定結果を示す図である。
【
図14】トンネル軸方向のひずみの調査結果と見かけの軸力を考慮した場合のひずみ分布の比較を示す図である。
【
図15】擬似3次元によるトンネル軸方向のモデル化のイメージを示す図である。
【
図16】終局曲げ耐力算定時のコンクリートの応力とひずみの関係を示す図である。
【
図17】擬似3次元によるトンネル軸方向の構造計算モデルを示す図である。
【
図18】構造計算モデルの違いによるひび割れ図の比較(沈下中心付近)を示す図である。
【
図21】トンネル高さ方向の側壁のひずみ分布の比較を示す図である。
【
図22】沈下量とせん断ひずみの関係を示す図である。
【
図24】シールドトンネルを計算対象とする場合の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態として、構造計算対象である「線状構造物」を地下鉄トンネルとし、地下鉄トンネルの一部に生じている沈下を考慮した構造計算をする方法について説明する。
【0023】
まず、
図2を用いて、対象とする地下鉄トンネル10について説明する。
図2に示すように、地下鉄トンネル10は、亘長が約1kmの鉄筋コンクリート構造とする。
図2に示す地点Xに、大きな沈下(例えば100~300mm)が発生しているとする。
【0024】
図1は、本実施形態の計算結果方法を示す全体フローである。
図1に示すように、本実施形態の構造計算方法は、大きく分けて以下の(1)(2)のステップを含む。
(1)変状による見かけの軸力を算定する(軸力算定ステップ)
(2)見かけの軸力に対応する境界条件を決定し、構造計算をする(結果取得ステップ)
【0025】
<軸力算定ステップ>
(1)軸力算定ステップについて説明する。
軸力算定ステップでは、地下鉄トンネルの構造情報及び沈下の情報(変状情報)に基づいて、沈下によりひび割れが発生して中立軸位置が変動することによる地下鉄トンネルの伸びが、沈下発生地点Xの軸方向両側から拘束されていると仮定した場合の軸力を「見かけの軸力」として算定する。
【0026】
具体的には、まず、見かけの軸力の算定に用いる範囲(以下、軸力算定範囲Lという。)を設定する(ステップS101)。
図3に示すように、軸力算定範囲Lは、トンネル下端が引張りとなっている範囲とする。例えば、トンネル下端が引張りとなっている範囲が40mの範囲の場合、その40mの範囲を軸力算定範囲Lとする。
【0027】
沈下は下方向の変状であるため、トンネル下端が引張りとなっている範囲とは、線状構造物の変状方向側の端部(以下「変状方向側端部」という。)が引張りとなっている範囲と言い換えることができる。
【0028】
なお、軸力算定範囲Lは、変状方向側端部が引張りとなる範囲における中央地点を含んだ範囲であれば、引張りとなる範囲の全体でなくてもよい。
【0029】
次に、ひび割れがない場合のひずみεを算定すると共に(ステップS102)、ひび割れがある場合のひずみε’を算定する(ステップS103)。
【0030】
ここで、鉄筋コンクリート断面は、ひび割れが発生すると中立軸位置が変動し、これに伴いひずみ分布も変化する。ひび割れが発生すると、コンクリートの引張を無視できるか、もしくはその影響が小さくなるので、ひび割れ後の中立軸位置は、曲げの内側に変動する。なお、コンクリートのひび割れが本発明の「中立軸位置変動要因」に相当する。
【0031】
ひび割れ前のひずみ分布は、次式により算定することができる。
ε=φ・z
ここで、
ε:ひび割れ前の算定位置でのひずみ量
φ:曲率
z:中立軸位置(ひび割れ前)からの算定位置までの長さ
【0032】
ひび割れ後のひずみ分布は、次式により算定することができる。
ε’=φ・z’
ここで、
ε’:ひび割れ後の算定位置でのひずみ量
φ :曲率
z’:中立軸位置(ひび割れ後)からの算定位置までの長さ
【0033】
ひび割れにより中立軸が変動するため、ひび割れの有無により地下鉄トンネルの軸方向の長さの計算値が変化する。
図4に、ひび割れの有無による軸方向長さの違いを示す。なお、図では、判りやすさのため、伸縮量を200倍として描画している。
【0034】
次に、ひび割れ前の伸び量を算定すると共に(ステップS104)、ひび割れ後の伸び量を算定する(ステップS105)。
【0035】
ここで算定する伸び量は、トンネル下端の伸び量とする。トンネル下端の伸び量は、「トンネル下端のひずみ量εiと要素の長さliから、次の式で算定することができる。
dl =Σεi ・li
dl’=Σεi’・li
ここで、
dl :トンネル下端の伸び量(ひび割れ前)
dl’:トンネル下端の伸び量(ひび割れ後)
εi :トンネル下端のひずみ量(ひび割れ前)
εi’:トンネル下端のひずみ量(ひび割れ後)
li:ひずみ量を算定した要素の長さ
【0036】
図5は、ひび割れの有無によるトンネルの伸びの差のイメージである。この伸びの差が地下鉄トンネルの軸方向両側から拘束されると仮定する。なお、トンネル下端の伸び量は、線状構造物の変状方向側端部の伸び量と言い換えることができる。
【0037】
次に、拘束されるひずみ量を算定する(ステップS106)。
拘束されるひずみ量は、次の式で算定することができる。
(拘束されるひずみ量)=(dl’-dl)/L
【0038】
最後に、見かけの軸力を算定する(ステップS107)。
見かけの軸力は、例えば、次の方法で算定する。
【0039】
まず、ひび割れ後のひずみ分布及び拘束されるひずみ量から、例えば以下のように、拘束後のひずみ量を算定する。
(拘束後のひずみ量)=(ひび割れ後のひずみの最大値)-(拘束されるひずみ量)
つまり、例えば、地下鉄トンネルの伸びが拘束されることから、沈下が最大となる箇所のトンネル下端のひずみ(2836μ)は、拘束されるひずみ量である677μ程度小さくなり、2160μとなるとする。なお、上記ひずみの値は、後述の実施例における値である。
【0040】
次に、沈下最大地点付近の曲げ曲率(例えば5~20m範囲の平均)と、拘束後のひずみ量とから、中立軸位置を算定する。
例えば、トンネル中央付近の曲げ曲率4.52×10-7(1/mm)(中央付近の長さ10mの平均)とトンネル下端のひずみを2160μとすると、中立軸位置は1623mmとなる。
【0041】
最後に、公知の終局曲げ耐力の算定方法により、中立軸位置(1623mm)、曲率(4.52×10-7(1/mm))となる軸力(35.7MN)を試算する。この軸力を「ひび割れによる見かけの軸力」とする。
【0042】
<結果取得ステップ>
次に、(2)結果取得ステップについて説明する。
【0043】
結果取得ステップは、以下のステップ1と2を含む。なお、構造モデル(有限要素モデル)は、
図2に示すように、沈下地点Xを中心とする一部の範囲(例えば100m~300m)で作成する。
ステップ1:構造モデル両端から見かけの軸力相当の強制変位を与え、構造モデル全体に軸力を発生させる。
ステップ2:沈下による変位を強制変位として与える。
【0044】
沈下に相当する強制変位は、例えば、構造モデル下端(変状方向側端部)の各節点に与える。トンネル下端を鉛直固定、水平自由とする。また、ステップ2における強制変位は、分割(例えば30~70分割)して与えることが好ましい。
【0045】
結果取得ステップにより、計算結果(例えば、ひずみ分布、コンター図、応力分布)を得る。
【0046】
本実施形態の構造計算方法によれば、地下鉄トンネルについて、精度の高い構造計算結果を得ることができる。つまり、
図7に示すように、地下鉄トンネルに軸方向の外力が作用していないとして構造計算をする場合と比較して、精度のよい結果が得られる可能性が高い。
【0047】
〔補足説明〕
なお、上記実施形態は本発明の一実施形態であり、以下で説明するとおり、本発明は上記実施形態に限定されない。
【0048】
(線状構造物)
上記実施形態では、計算対象である「線状構造物」が、その軸方向に一定程度の連続性を有する構造の地下鉄トンネルである例を説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、線状構造物は、軸方向に多数配列されたセグメントリングからなるトンネル(シールドトンネル)であってもよい。各セグメントリングの軸方向の長さは、例えば0.5~3メートル(より具体的には1~2メートル)である。なお、シールドトンネルでは、セグメントリング同士が継手ボルトで連結されている。
【0049】
また、線状構造物は、変状により中立軸位置が変動する構造物、又は、変状により中立軸位置が変動するとみなせる構造物であればよい。シールドトンネルでは、リングが開くことにより中立軸位置が変動するとみなすことができる(
図24参照)。
【0050】
図24に示すように、シールドトンネルは、沈下等の変状によりセグメントリングが開く。セグメントリングが開くことで、シールドトンネルの中立軸位置が変動すると考えることができる。つまり、線状構造物がシールドトンネルの場合、セグメントリングの開きが「中立軸位置変動要因」に相当する。なお、
図24に示すように、シールドトンネルの沈下により、セグメントリングの上端付近は軸方向に若干圧縮され(矢印A)、セグメントリングの下部は開くことで軸方向に大きく伸長すると考えることができる(矢印B)。すなわち、セグメントリングの開きにより、1つのセグメントリング当たりの軸方向の長さが伸び、シールドトンネルが軸方向に伸長するといえる。したがって、セグメントリングとセグメントリングとの継手部分がひび割れ位置であり、継手ボルトが鉄筋とすれば、上記実施形態と同様に考えることができる。なお、図示のセグメントリングは断面円形のセグメントリングであるが、上記メカニズムの発生は、セグメントリングの断面形状が円形である場合に限定されない。
【0051】
また、構造計算の対象となる線状構造物は、一例として、上記実施形態のような地中の線状構造物である。地中の線状構造物の場合、線状構造物が地中に埋まっていることにより、変状による中立軸位置変動が生じている範囲の伸長が軸方向の両側から拘束される。但し、線状構造物は、地中の構造物に限定されず、例えば橋梁であってもよい。橋梁の場合も、その構造によっては、橋梁の軸方向の両側が拘束されていると考えることができる。
【0052】
また、上記実施形態では、変状が沈下(つまり下方向の変状)である例を説明したが、本発明の「変状」は、沈下に限定されない。例えば、水平方向の変状であってもよい。水平方向の変状とは、線状構造物の軸方向の一部が水平方向に変位することを意味し、この場合、当該水平方向が変状方向に相当する。
【0053】
また、構造情報とは、線状構造物の構造を表す情報である。構造情報は、例えば、中立軸位置変動要因が生じる前と後との中立軸位置を得ることができる情報である。
【0054】
また、変状情報とは、沈下等の変状を表す情報である。例えば、線状構造物の変状箇所を実際に調査することで変状情報を得ることができる。変状が地下鉄トンネルの沈下の場合、変状情報は、例えば、トンネル下端の沈下変位である。この場合、変状情報は、線状構造物の変状方向側端部の変位量と言い換えることができる。
【0055】
また、上記実施形態では、結果取得ステップで用いる構造情報が有限要素モデルである例を説明したが、本発明はこれに限定されず、例えば、はり部材による構造モデルであってもよい。
【0056】
また、上記実施形態では、ステップ1において、構造モデル両端から見かけの軸力相当の強制変位を与えることで、構造モデル全体に軸力を発生させていたが、本発明はこれに限定されない。例えば、見かけの軸力相当の変位を初期値として与えてもよい。また例えば、見かけの軸力に相当する荷重を与えることで、構造モデル全体に軸力を発生させてもよい。
【0057】
また、上記実施形態では、ステップ2において、沈下による変位を強制変位として与えていたが、本発明はこれに限定されない。例えば、ステップ2は、沈下による変位を荷重で与える方法(応答変位)によって行ってもよい。
【0058】
〔構造計算プログラム〕
本発明の構造計算方法を用いた構造計算は、プログラムを用いて自動的に行わせることもできる。
【0059】
すなわち、本開示により、軸力算出ステップを行うための軸力算出手段と、結果取得ステップを行うための結果取得手段と、を備える情報処理装置(構造計算装置100)としてコンピュータを機能させるための構造計算プログラムが提供される。この構造計算プログラムは、軸力算出ステップと、結果取得ステップと、をコンピュータに実行させるためのプログラムと言い換えることもできる。
【0060】
また、この構造計算プログラムをコンピュータにインストールすることで、
図23に示すように、軸力算出ステップを行うための軸力算出手段20と、結果取得ステップを行うための結果取得手段30と、を備える構造計算装置100を得ることができる。構造計算装置100は、CPUと、RAMと、前述の構造計算プログラムや各種データを記憶したROMと、を含むコンピュータで構成することが出来る。
【実施例】
【0061】
以下、本発明者が行った検討を実施例として開示する。
但し、本発明は、以下の実施例に限定されない。例えば、本実施例では擬似3次元モデルにより実構造を精度よく再現できたことを確認しているが、本発明の課題を解決するために、擬似3次元モデルを用いることは必須ではない。既に説明した「見かけの軸力」を算定し、構造計算において考慮することで本発明の課題は解決する。
【0062】
(要約)
地下鉄開削トンネルの軸方向の一部に沈下が生じている構造に対して、合理的な耐荷性能の評価方法の研究を行った。
トンネルの変状状況を分析した結果、トンネル軸方向に軸力が作用している傾向が得られた。トンネル軸方向の軸力が発生するメカニズムは、ひび割れ発生により中立軸位置やひずみ分布の変化がトンネル軸方向に拘束されるためであり、本研究でひび割れによる見かけの軸力の算定方法を定式化した。算定したひび割れによる見かけの軸力、トンネル構造を擬似3次元でモデル化することで、既設構造で計測されたひび割れ状況やひずみの傾向を良好に再現することができた。また、トンネルの耐荷性能の照査として性能照査型設計法の考え方を導入し、本研究の構造計算手法に対応した合理的な耐荷性能の評価を実施した。
【0063】
1.研究目的
近年、変状要因は様々であるが、適切な維持管理を必要とする構造物が年々増加する傾向にある。地下鉄の軌道内における通常の維持管理や工事などの作業は、鉄道の運行が終了している夜間が主となり、最長でも1日3時間程度に限定され、施工などの対策費用も高額となる傾向にある。これより、補強工事などの対策は、作業性が良好な軽構造であることが望まれる。
地下鉄トンネルなどの線状の地中構造物は、近接施工や地盤沈下などの影響により、一部に沈下などの変状が生じることがある。このような場合、通常、建設時の設計法である「許容応力度設計法」により、耐荷性能や補強などの対策が行われることが多い。
ここで、「許容応力度法」は、構造物の種類や状況などにかかわらず、安全性などを材料特性に一定の余裕を考慮した「許容応力度」により評価する方法となっている。また、設計時に予期していない変状が生じることで、許容応力度を超過する事例も報告されている。
既設構造の変状の対策を、許容応力度設計法により実施すると、重構造となる傾向にあり、トンネル内の建築限界の制限などからも採用可能な構造や工法が限定されることが多い。
一方、構造物の変状状況などによっては、許容応力度を超過しても、構造物の使用性に支障がない場合も考えられる。今後、維持管理が必要な構造物が増加することが想定されることから、構造物の状況に応じた合理的な評価や対策が必要となっている。
【0064】
そこで、本研究は、トンネル軸方向の一部に沈下による変状が生じている地下鉄トンネルの耐荷性能の合理的な評価を目的とし、既設トンネルを事例とし、以下の検討を行った。
【0065】
・トンネル軸方向の変状のメカニズムの解明
トンネルの耐荷性能を合理的に評価するためには、トンネルの変状状況を精度良く再現することが必要となる。そこで、トンネル軸方向の変状や応力状態に関する調査結果などから、変状のメカニズムの解明を行い、設計への導入方法について検討する。
【0066】
・トンネル軸方向の耐荷性能の合理的な評価方法の検討
耐荷性能の照査を行うため、トンネル構造の特性を考慮し、トンネルに発生している変状状況を精度よく再現できる構造計算手法やモデルについて検討した。
また、近年、各種構造の設計法として「性能照査型設計法」の導入が行われており、維持管理でも性能照査型設計法の考え方により検討されている事例が見られる。そこで、耐荷性能を合理的に評価するため、「性能照査型設計法」の考え方による耐荷性能の評価方法について検討した。
【0067】
2.検討事例のトンネルの概要
(1) 検討事例のトンネル構造の概要
検討事例としたトンネルの概要を
図8に示す。トンネルは、経年50年程度で、開削工法により施工されている1層2径間の鉄筋コンクリート構造である。トンネル横断面方向の寸法は、幅8.8m、高さ6.5m、側壁および下床版の厚さ470mm、上床版の厚さ410mm、中壁の厚さ450mmとなっている。中壁には、待避や信号設備設置のため、部分的に開口部が設けられている。
対象トンネルの亘長は約1kmで、大部分のトンネルは軟弱な粘性土地盤(下部有楽町層)に位置し、軟弱粘性土はトンネル下方にも厚く堆積している。軟弱粘性土地盤の下方は、シルト層(七号地層)、砂レキ層(埋没段丘)、江戸川層などから構成されている。
【0068】
(2) 検討事例のトンネル変状状況の概要
検討事例としたトンネルでは、
図8に示すように地点Aと地点Bの2箇所で大きな沈下が発生していた。計測された沈下量の最大は、地点Bで177mmとなっていた。さらに、沈下が大きい箇所のトンネル内面には
図9に示すように、多数のひび割れが確認されている。側壁のひび割れはトンネル横断面方向が多く、トンネル沈下の曲げによると見られる。中壁のひび割れは、斜め方向ひび割れが多く見られ、せん断によるものと考えられる。
【0069】
これらの変状に対して、トンネルの沈下量の継続的な計測など、様々な調査、監視を行い、軌道レールの厳格な管理や対策を実施し、電車の走行安全性などを十分確保していた。また、調査や計測の結果から、以下の結果が得られていた。
・変状の要因は、検討事例のトンネル下方で施工されたシールド工事の影響と想定される。
・変状は、シールド工事終了後も10年以上継続している傾向が見られる。これは、トンネル下方の軟弱粘性土地盤の二次圧密によるものと考えられ、変状の進行の程度は減少するが、今後も継続することが想定される。
・トンネル軸方向の耐荷性能を、はり部材とした構造モデルにより照査を行ったところ、鉄筋の応力度が許容応力度を大幅に超過し、降伏応力度も超過する結果となった。
・トンネル軸方向の耐荷性能の評価に「性能照査型設計」の考えを導入し、トンネルは地盤で支持されていることを考慮して再評価したところ、曲げに対しては安全性を満足しているが、せん断は耐荷性能の評価方法などに課題があり、合理的な評価ができていない。せん断は、脆性的な破壊となるため、変状メカニズムの解明や耐荷性能の再評価などが課題となっていた。
【0070】
3.トンネル軸方向の変状メカニズムの検討
(1) トンネル軸方向のひずみの調査
a) 調査の方法
検討事例のトンネルは、2箇所で大きな沈下が生じ、多くのひび割れが発生していた。トンネル軸方向の沈下の形状から、沈下の中心付近のトンネルには、曲げによる大きな応力やひずみが発生していると考えられた。
そこで、構造計算のモデル化や再現性などを検討するため、トンネル軸方向のひずみをトンネル高さ方向の位置を変えて調査を実施した。ひずみの調査は、鉄筋にひずみゲージを設置して切断し、変動したひずみ量から発生していたひずみ量を計測する「応力解放法」により実施した。調査はトンネル軸方向で沈下が最も大きい地点Bで実施した。調査にあたり、トンネル横断面を鉄筋コンクリート断面とし、沈下による鉄筋のひずみを試算したところ、トンネル下部は降伏応力度を超過し塑性化していることが想定されたため、トンネル上部を調査箇所として実施した。
【0071】
b) 調査の結果
鉄筋のひずみの調査結果をトンネル高さ方向の調査位置との関係として整理したのが
図10である。
ひずみの分布から、トンネル軸方向にはトンネル上部が圧縮となる曲げ発生した状態と考えられる。この結果を一次近似すると、中立軸位置がトンネル外縁から2423mmの位置となり、トンネル下部付近は鉄筋の設計降伏ひずみ程度となった。
【0072】
(2) トンネル高さ方向のひずみ分布の分析
トンネル横断面方向に対して、トンネル軸方向の軸力を0とした場合のひび割れ曲げ耐力および鉄筋の降伏曲げ耐力時のひずみ分布を
図10に追記した。ここで、ひび割れ曲げ耐力は、コンクリートを全断面有効として算定した。鉄筋の降伏曲げ耐力は、
図11に示すように軸方向鉄筋を主鉄筋とし、コンクリートの引張りを無視した鉄筋コンクリート断面として算定した。
この結果、ひび割れ曲げ耐力および降伏曲げ耐力時のひずみ分布の計算結果は、調査結果と大きく異なる傾向となっていた。
調査結果のひずみ分布の勾配は曲げ曲率に相当する。そこで、沈下の形状から得られる調査箇所付近の曲げ曲率(2.1×10
-7~4.9×10
-71/mm)と調査結果のひずみの勾配(2.9×10
-71/mm)は、同程度となっていた。
これより、調査結果と計算結果のひずみ分布の傾向が大きく異なるのは、中立軸位置が大きく異なるためと考えられた。
【0073】
中立軸位置に着目すると、調査結果は、計算値に対して下方に位置する傾向となっている。この要因として考えられるのは、トンネル軸方向に圧縮軸力が作用している状態があげられる。しかし、中立軸位置が調査結果と同等となるようなトンネル軸方向に圧縮力を作用させるような近接施工などの要因は見当たらなかった。
このため、中立軸位置は、トンネルの沈下に伴い、トンネル構造内の力の釣り合いなどの影響により変動していることが考えられた。
そこで、中立軸位置が変動するメカニズムについて、仮説による試算を行い、計測結果との対比による検証を実施した。
【0074】
(3) 中立軸位置が変動するメカニズムの検討
中立軸位置が変動するメカニズムとして、鉄筋コンクリート断面は、ひび割れが発生すると、中立軸位置が変動し、トンネル高さ方向のひずみ分布も変化することに着目した。
検討対象のトンネルの高さは6400mmとなっている。曲げが発生した場合、ひび割れが発生しない程度の曲率では、コンクリートの引張りも剛性に寄与し、中立軸位置は断面上端からトンネル高さの約1/2となる3339mmと計算される。一方、ひび割れ発生後の中立軸位置は、コンクリートの引張りを無視した鉄筋コンクリート断面で計算すると637mmとなる。これらはいずれも軸力を0とした場合の計算値である。
これより、トンネル軸方向位置のひび割れの有無による中立軸位置やひずみ分布の差異のイメージを示したのが
図12である。
【0075】
トンネルの沈下が小さく、ひび割れが発生していない場合、中立軸位置はトンネル高さ方向の中心付近にあり、トンネル軸方向で差異はない。この時、トンネル高さ方向の引張り応力度と圧縮応力度は釣り合った状態であり、トンネル軸方向の外力も作用していないため、軸力は0の状態となっている。
これに対し、沈下が大きくなり、沈下中心付近でひび割れが発生する状態となると、中立軸位置は上端付近に変動する。曲げ曲率は変化しないため、中立軸位置が変動することで、トンネル高さ方向のひずみ分布は、全体的に引張り側に変動し、ひび割れ箇所はトンネル軸方向に伸びる挙動を示すことになる。しかし、トンネルは、軸方向に連続した構造であり、沈下がなくひび割れが生じていない箇所では、トンネル軸方向に伸縮などの挙動を生じない。このため、沈下箇所でひび割れに伴うトンネル軸方向の伸張は、沈下が生じていないトンネル軸方向の両端から拘束され、トンネル沈下箇所が伸張することができない状態となる。これがトンネル軸方向の軸力のように作用し、中立軸位置が変動し、計算値に対して計測値の中立軸位置が下方に位置する結果が得られたと想定した。
【0076】
本研究で想定した軸力は、トンネル外部から作用しているものではない。このため、本研究では、「ひび割れによる見かけの軸力」と呼ぶこととした。
【0077】
(4) ひび割れによる見かけの軸力の試算
ひび割れによる見かけの軸力は、先のメカニズムから、次のように算定した。なお、試算は沈下が大きい地点Bを対象とし、調査時の沈下量184mmに対する曲げ曲率を用いた。
【0078】
・曲げの範囲の設定
見かけの軸力は、トンネル下端が引張りとなる範囲を対象として算定する。試算対象とした地点Bで、トンネル下端が引張りとなる範囲は、曲率が正となる範囲と同等となり、40mとなった。
【0079】
・中立軸位置およびひずみ分布の算定
トンネル高さ方向のひずみ分布は、中立軸位置を0とし、トンネル沈下形状から算定される曲率に比例するとして次式により算定する。
ε=φ・z (2)
ここで、ε:算定位置でのひずみ量、φ:曲率、z:中立軸位置からのひずみの算定位置
【0080】
ひび割れがない場合は、全断面有効として計算する。このとき、中立軸位置は、トンネル上端から3339mmとなる。先のトンネル下端が引張りとなる範囲内について、トンネル沈下形状から計算されるトンネル軸方向位置の各曲率よりトンネル下端のひずみを算定すると、-58μ~-1506μ(圧縮を正)となった。
【0081】
次にひび割れ箇所は、
図11に示した鉄筋コンクリート断面として計算する。これより、中立軸位置は、トンネル上端から637mmと算定される。中立軸位置とトンネル沈下による曲率から、トンネル下端にひび割れが発生する範囲のトンネル下端のひずみを算定すると-517μ~-2836μとなった。
これらをトンネル軸方向位置との関係として整理したのが
図13である。
【0082】
・拘束されるひずみ量の算定
先に算定したトンネル下端のひずみと構造計算の要素の長さから、トンネル下端の伸び量は次式で算定される。
dl=Σεi・li (3)
ここで、dl:トンネル下端の伸び量、εi:トンネル下端のひずみ量の計算値、li:ひずみ量を算定した要素の長さ
【0083】
トンネル下端の伸び量をトンネル下端が引張りとなる範囲の40mについて算定すると、ひび割れ発生前のひずみの計算値を用いた場合が30.7mm、ひび割れ発生後のひずみの計算値を用いた場合が57.8mmとなる。
この差が、ひび割れ発生後に拘束される伸び量となり、トンネル全体が拘束されるひずみは次式で算定される。
拘束されるひずみ量=(57.8mm-30.7mm)/40m=677μ (4)
【0084】
・見かけの軸力の算定
トンネルの伸びが拘束されることから、沈下が最大となる箇所のトンネル下端のひずみ(2836μ)は、677μ程度小さくなり、2160μとなる。トンネル中央付近の曲げ曲率4.52×10-7(1/mm)(中央付近の長さ10mの平均)とトンネル下端のひずみを2160μとすると、中立軸位置は1623mmとなる。
ひずみの分布から、トンネル下端付近の鉄筋は降伏応力以上となる。そこで、終局曲げ耐力の算定方法(土木学会:2016年制定 トンネル標準示方・同解説 開削工法編、P.55、2016)により、中立軸位置を1623mm、曲率を4.52×10-7(1/mm)となる軸力を試算すると35.7MN程度となった。これがひび割れによる見かけの軸力の計算値となる。
【0085】
(5) ひび割れによる見かけの軸力の試算結果と調査結果との比較
算出されたひび割れによる見かけの軸力を考慮して算定したトンネル高さ方向のひずみ分布とひずみの調査結果を比較したのが
図14である。
これより、軸力を考慮しない従来の算定方法では、計算と調査結果が整合しない結果となっている。一方、見かけの軸力を考慮すると、計算値は、計測値に近くなる傾向を示す。これより、本研究で想定したメカニズムは妥当であると考えられる。
なお、本検討で想定した見かけの軸力は、部材の厚さが小さくなると、軸力も小さくなり、部材厚さによっては無視できる値になると考えられる。また、軸方向の耐荷性能に軸力を考慮することは、引張り側のひずみを小さく評価することになる。このため、ひび割れによる見かけの軸力の考慮は、危険側の評価となる可能性があることに注意が必要となる。
【0086】
4. トンネルの耐荷性能の評価
(1) トンネル軸方向の構造計算モデルの検討
既往の検討では、トンネル軸方向の構造を簡易なはり部材によりモデル化し検討していた。しかし、はり部材でのモデル化は、ひび割れ状況を再現できないなど、課題が見られた。
このため、トンネルの変状を精度良く再現できる構造計算モデルの検討を行った。
検討対象のトンネル構造やひび割れ状況などから、構造計算を3次元でモデル化することも想定される。しかし、近年、3次元計算の適用事例は増えているが、2次元に比べ、取り扱いが煩雑で、設計費などが高くなる傾向にある。さらに、耐荷性能を満足しない結果が得られた場合、補強などの設計を行う必要があり、耐荷性能評価と同様の手法で設計できることが望ましい。
これらを考慮し、本研究では、2次元の鉄筋コンクリート構造計算コードのWCOMDを用いた擬似3次元モデルを採用し、耐荷性能の評価を行うこととした。
構造計算は、以下のようにモデル化した(
図15参照)。
【0087】
・鉄筋コンクリート構造のモデル化
鉄筋コンクリート構造は、WCOMDの分散ひび割れモデルによる構成則を用いた。
・形状のモデル化
トンネル軸方向を横からみた状態に対して、側壁と中壁をそれぞれ平面要素でモデル化する。中壁には、待避口の形状を再現する。側壁と中壁は、同一平面上にそれぞれ独立させた要素(オーバーラッピング要素)でモデル化し、それぞれの壁厚や鉄筋量に応じた剛性を与える。
頂版と底版は、トンネル幅方向に対して同一要素とし、トンネル幅を考慮した部材厚および鉄筋量による剛性としてモデル化する。
・側壁と中壁の相互作用のモデル化
側壁と中壁は、頂版および底版で結合された構造となる。そこで、頂版要素の下端と側壁および中壁要素の上端の節点を共有させる。同様に底版要素の上端と側壁および中壁要素の下端の節点も共有させる。
これより、トンネル軸方向の変状に対して、頂版、底版、側壁、中壁が、それぞれの剛性や形状に応じた変状や相互作用を考慮した結果が得られることを期待した。
【0088】
(2) 照査項目および限界値の検討
a) 照査項目
照査は、トンネルの変状状況や地下鉄トンネルに必要な性能などから、「曲げ」と「せん断」に着目して設定した。
現在のトンネル変状は、周辺地盤の二次圧密により沈下している。このため、トンネル材料が降伏応力度を超過しても、トンネルが地盤に支持されていることから、急激に沈下が進行することはない。しかし、終局曲げ耐力に近づくと、コンクリート圧縮ひずみが増大し、コンクリートのはく落などが生じる可能性が高くなる。そこで、曲げに対しては、コンクリートの圧縮ひずみの照査を行う。
一方、せん断破壊は、脆性的な破壊となり、安全性を確保できない。また、せん断破壊に至らない状態でも、せん断ひずみが増大すると、せん断ひび割れが発生し、コンクリートのはく落が生じることも考えられる。そこで、せん断の状態を照査するため、せん断ひずみの照査を行うこととした。
【0089】
b) 限界値の設定
終局曲げ耐力算定時のコンクリートの応力とひずみの関係は
図16としてモデル化されている。コンクリートの圧縮ひずみが2000μを超えると、応力が増加せずひずみのみが増加する状態となり、3500μで圧壊する。これより、圧縮ひずみの限界値は、2000μとした。
せん断ひずみに対する照査は、一般的には行われていない。そこで、せん断ひずみの限界値は、せん断破壊に関して、本検討と同様にWCOMによる解析と実験により検討されている文献などを参考とした。解析によるせん断破壊は、荷重などの増加の程度に対して、せん断ひずみが急激に増加する状態として判定することが考えられる。試験や解析の結果などの実績から、せん断ひずみがおおむね5000μ程度を超過するとせん断ひずみが急激に進展する傾向が見られることがある。しかし、一般化された指標でなく、せん断が脆性的な破壊となることも考慮し、せん断ひずみの限界値は5000μを目安として、せん断ひずみが大きくなる箇所や範囲なども含め、総合的に評価する方針とした。
【0090】
(3) 構造計算モデル
a) トンネルの構造計算モデル
トンネル軸方向のモデルは、
図17に示すように作成した。モデル化の範囲は、沈下の分布形状などから、最も沈下している地点Bを中心とし、前後約100mの合計200mの範囲とした。前述のとおり、頂版および底版は奥行き方向に1層、中壁と側壁は奥行き方向に2層とし、それぞれの上端や下端で節点を共有させ、中壁には待避口などの開口部の形状をトンネル軸方向の各位置に再現した。トンネル幅方向は、トンネル幅方向の中心に対して左右対称であるため、半断面に相当する厚さでモデル化した。
【0091】
トンネルの軸方向の沈下は、強制変位としてモデル下端の各節点に与えた。また、先のひび割れによる見かけの軸力は、モデルの両端からモデル中心方向に強制変位を与えて作用させた。
構造モデルの境界条件は、トンネル構造下端を鉛直固定、水平自由とした。土かぶり荷重の影響は小さいとして、計算では考慮していない。
【0092】
b) 物性値の設定
構造計算に用いた材料特性は、設計書などを参考に表1として設定した。要素鉄筋比は、各部材を水平軸および鉛直軸に沿って切断したときの各要素の断面積に対する鉄筋断面積の比を構造配筋図から設定した。
検討対象とする構造は、鉄筋に丸鋼が使用されていた。丸鋼は、異形鉄筋に対して付着が期待できない。そこで、ひび割れ後の引張り側コンクリートの応力負担を表す引張り軟化係数を2.0(異形鉄筋の場合は一般的に0.4程度)として設定した。
【0093】
【0094】
c) 構造計算の方法
構造計算は、2ステップとして実施した。ステップ1では、モデル両端からひび割れによる見かけの軸力相当の強制変位を与え、モデル全体に軸力を発生させる。ステップ2では、トンネル沈下を強制変位として与えた。強制変位は、50分割として、計算を実施した。
トンネルの沈下量は、計算結果と比較を行う調査時に相当する値とし、モデルの節点位置はスプライン関数で補間して与えた。
【0095】
d) 構造計算のケース
構造計算では、側壁と中壁のひび割れ状況の差異などを評価するため採用した擬似3次元モデルの再現性を確認することとした。また、トンネル軸方向の見かけの軸力についても構造計算への考慮の有無や程度による差異についても確認した。
【0096】
これより、次のケースの組合せによる計算を行い、計算結果と調査結果との比較を行い、構造計算の妥当性について検証した。
【0097】
・擬似3次元モデルの確認
ケース1:擬似3次元モデル
ケース2:側壁と中壁を別にモデル化
【0098】
・ひび割れによる見かけの軸力の検証
ひび割れによる見かけの軸力の影響を比較するため、トンネル軸方向の軸力のケースを以下として設定した。
軸力のケース:0kN、40MN、63MN
ここで、軸力40MNのケースは先に検討した見かけの軸力に相当する値として設定した。0kNは、トンネル軸方向の変状の検討で軸力を考慮しないため、従来の方法として設定した63MNは、先に検討した見かけの軸力より大きな値の場合として設定した。
【0099】
(4) 構造計算結果の評価
a) ひび割れ状況の計算結果
計算結果から作成されるひび割れ図とトンネル内で確認されているひび割れのスケッチ図を併記したのが
図18である。
この結果、中壁のひび割れは、軸力0MNの場合、擬似3次元モデルでは斜め方向ひび割れがほとんど見られず、中壁単独モデルの場合わずかに見られるものの、実構造に発生している状況と異なる。軸力40MNの場合、中壁単独モデルの場合、斜め方向ひび割れが、広範囲に多数発生し、実構造と傾向が異なる。擬似3次元モデルの場合では、斜め方向ひび割れの発生範囲が、調査結果に類似した傾向を示している。
側壁は、軸力の有無により、ひび割れの発生方向が多少異なる。実構造のひび割れが側壁の下端付近に多く、上端にまで至らないものがいくつも見られる。
これより、ひび割れ状況は、疑似3次元モデルに対して見かけの軸力を40MNとした場合が調査結果と整合していると見られる。
【0100】
この結果、本研究のモデル化は、検討対象トンネルの以下のような特性を再現したモデルであると考えられる。
・中壁は待避口の開口の影響により、側壁に比べ剛性が低下し、斜め方向ひび割れが発生しやすい構造。
・側壁は開口部がないため、せん断ひび割れが発生せず、沈下中心付近で鉛直方向の曲げひび割れが発生する。
・沈下に対して、中壁の開口による構造特性と側壁の構造特性が相互に影響を与える構造。
・沈下に伴よりひび割れが発生することで、見かけの軸力が発生。
【0101】
b) ひずみの計算結果
計算結果による最大主ひずみのコンター図が
図19、せん断ひずみのコンター図が
図20である。図は、変状が大きい沈下中心付近について、ひび割れによる見かけの軸力が0MNと40MNのケースを示した。また、地点B付近を対象として、疑似3次元モデルのトンネル軸方向ひずみと鉄筋ひずみの調査結果をトンネル高さ方向位置との関係として整理したのが
図21である。
この結果、軸力が0MNの場合、沈下の中心付近で側壁と中壁に下端から上端付近までひび割れが多数生じる。中壁には、せん断ひずみがほとんど発生せず、実構造物で見られるような斜めひび割れが再現できていない。
軸力が63MNの場合、側壁のトンネル横断面方向ひび割れがほとんど発生しない。中壁は発生するせん断ひずみが5000μを超え、せん断破壊しているような状況となるが、実構造物でせん断破壊しているような状況は認められない。
軸力が40MNの場合、側壁にはある程度の横断面方向ひび割れが見られる。中壁に3000~4000μ程度のせん断ひずみが発生しており、実構造にせん断ひび割れが生じている状況が再現できていると考えられる。また、地点B付近のひずみの分布もひび割れによる見かけの軸力が40MNの場合が最も調査結果に整合していると見られる。
この結果から、見かけの軸力を40MNとして考慮することで、実構造の状況を良好に再現していると考えられる。
【0102】
c) 構造計算モデルの評価
実構造物の調査結果と構造計算結果を比較した結果、精度の高い構造計算を実施するためには、以下の事項を採用することが好ましいといえる。
・中壁と側壁の形状の違いを再現した擬似3次元モデルを適用すること。
・沈下に伴い発生するひび割れによる見かけの軸力を考慮すること。
【0103】
(5) トンネルの耐荷性能の評価
a) 曲げに対する照査
最大主ひずみのコンター図(
図19の疑似3次元モデル、見かけの軸力40MNのケース)を参照すると、引張りひずみは、ひび割れが見られる位置で2000μを超過する状況が見られるが、圧縮ひずみは、1000μにも達していない。このため、圧縮ひずみは、曲げに対する限界値(2000μ)に対して十分に余裕がある結果となった。
【0104】
b) せん断に対する照査
せん断ひずみのコンター図(
図20の疑似3次元モデル、見かけの軸力40MNのケース)を参照すると、中壁の斜めひび割れが見られる箇所で、3000μを超える大きなひずみが発生する箇所が多く見られる。そこで、せん断ひずみが大きくなる中壁の待避口付近の要素に着目し、地点Bの沈下量とせん断ひずみの関係として整理したのが
図22である。この結果、現状の沈下量におけるせん断ひずみの最大値は3000μ前後であるが、今後も沈下が継続することで、3500μ付近まで大きくなる。
せん断ひずみは。せん断破壊の目安となる5000μには達していない。しかし、3000μを超えるひずみが発生していることから、せん断ひび割れが進展し、ひび割れに伴う剥落などが生じることも考えられる。
【0105】
c) 耐荷性能の評価
耐荷性能を照査した結果、曲げに対しては余裕のある結果となった。せん断に対しては、せん断ひずみが大きくなっているが、せん断破壊の目安としたひずみには達しない。しかし、せん断ひび割れが進展し、剥落などが生じることが考えられる。
このため、構造の安全性は満足するが、剥落の可能性があり使用性を満足しない状態と評価した。
【0106】
5. 結論
本研究では、地下鉄の開削トンネルに発生していた変状を事例とし、トンネル軸方向の挙動や耐荷性能の評価として、以下のような結果が得られた。
【0107】
・トンネル軸方向に沈下などの変状によりひび割れが発生することで、トンネル軸方向に見かけの軸力が発生することが明らかとなった。ひび割れによる見かけの軸力が発生するメカニズムは、ひび割れ前後の中立軸位置およびひずみ分布の変化によるものであった。本研究で明らかになったメカニズムによりひび割れによる見かけの軸力の算定方法について示した。実構造を精度よく再現するためには、算定したひび割れによる見かけの軸力を、構造計算において考慮することが必要となる。
【0108】
・トンネル軸方向の変状は、擬似3次元モデルによる構造計算を行うことで、待避口の開口などの構造特性を精度良く再現でき、耐荷性能を適切に評価することができる。
【0109】
・性能照査型設計にもとづき、既設構造の用途や材料特性、変状状況から照査項目や限界値を設定することで、耐荷性能を適切に評価することができる。
【0110】
今後、本研究の成果により耐荷性能を適切に評価することで、合理的な耐荷性能の評価が可能になると考えられる。また、近接施工などによる既設構造の挙動についても、精度良く再現できることが期待される。
本研究の成果から、検討事例としたトンネルでは、剥落防止、せん断耐力の補強を目的とした補強構造を擬似3次元モデルで設計し、対策工事を実施済みである。また、今後も、変状状況を注視し、計測などの管理を継続する方針としている。
【符号の説明】
【0111】
10 地下鉄トンネル(線状構造物)
100 構造計算装置
20 軸力算出手段
30 結果取得手段