(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-07
(45)【発行日】2022-11-15
(54)【発明の名称】ガラス回折格子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
G02B 5/18 20060101AFI20221108BHJP
【FI】
G02B5/18
(21)【出願番号】P 2022541660
(86)(22)【出願日】2022-02-21
(86)【国際出願番号】 JP2022006859
【審査請求日】2022-07-05
(32)【優先日】2021-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】597073645
【氏名又は名称】ナルックス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】592032636
【氏名又は名称】学校法人トヨタ学園
(74)【代理人】
【識別番号】100105393
【氏名又は名称】伏見 直哉
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 実
(72)【発明者】
【氏名】海老塚 昇
(72)【発明者】
【氏名】西牧 真木夫
(72)【発明者】
【氏名】岡本 隆之
(72)【発明者】
【氏名】山本 和也
(72)【発明者】
【氏名】岡田 真
(72)【発明者】
【氏名】山形 豊
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 和人
(72)【発明者】
【氏名】仲内 悠祐
【審査官】吉川 陽吾
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/155556(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/100868(WO,A1)
【文献】特開2020-056973(JP,A)
【文献】特開2004-093634(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0249377(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
周期が0.2~10マイクロメータ、溝のアスペクト比が2以上のホウケイ酸ガラスまたはバリウムホウケイ酸ガラスの回折格子の製造方法であって、
ケイ素基板の表面にボッシュプロセスにより格子を形成するステップと、
該ケイ素基板を加熱し、水蒸気を暴露することによって該格子の表面に酸化膜を形成するステップと、
フッ化水素酸により該酸化膜を除去するステップと、
該ケイ素基板の該格子を備えた面とガラス板の一つの面とを
真空度が0.01~0.1パスカルの容器内で陽極接合するステップと、
ガラスを溶融させケイ素からなる該格子の畝部の間に充填させるように、接合された該ケイ素基板及び該ガラス板を加熱するステップと、
該ケイ素基板及び該ガラス板のそれぞれの、接合された面と反対側の面を研磨するステップと、
該ガラス板からケイ素を二フッ化キセノンガスによる選択的エッチングにより除去するステップと、を含むガラス回折格子の製造方法。
【請求項2】
該ガラス板からケイ素を選択的エッチングにより除去するステップの後に、該ガラス板
を加熱し水蒸気を暴露する
熱酸化ステップを含む請求項1に記載のガラス回折格子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス回折格子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば、人工衛星軌道における天体観測や月・惑星探査機用の分光装置に使用される、角度分散が大きな透過型回折光学素子に対するニーズがある。このような角度分散が大きく、効率が高い透過型回折光学素子を製造するには溝のアスペクト比が2以上であり、周期が0.2~10マイクロメータの放射線耐性が大きなガラス製の溝が深い矩形(Volume binary)や台形(Trapezoid)回折格子が必要である。
【0003】
従来技術において、クロム(Cr)などの金属膜をマスクとしてプラズマエッチングによって石英ガラスに深い溝の回折格子を製造する方法が知られている。しかし、上記の方法には以下の問題点が存在する。
【0004】
第一に、石英ガラスに対するプラズマエッチングは基本的にイオン衝撃を利用するため、深い溝の回折格子を加工すると、石英ガラスがダメージを受ける。このため、格子の表面を光学レベルで平滑化するのは困難である。さらに、プラズマエッチングによって削り取られた石英ガラスが格子の壁面などに再付着して表面粗さをより悪化させてしまう。
【0005】
第二に、溝が深くなるとマスク材により高い耐性が必要となり、マスクの耐性が足りないとマスクパターンが細かくなるのに従って、溝の断面形状がテーパーになりやすい。マスクの耐性を上げるためにクロム(Cr)などの膜厚を厚くすると膜自体にクラックや剥れが発生する。
【0006】
第三に、溝が深くなると加工面である底面に到達するイオンが減少して、底面に到達しないイオンが側面を削って畝部の断面の側面は凹(ボウイング: Bowing)形状となる。設計と異なるテーパーやボウイング形状は、光学特性を劣化させる。
【0007】
上記の問題点が存在するので、上記の方法によって、溝のアスペクト比が2以上の回折格子を製造するのは困難である。
【0008】
溝のアスペクト比の高いガラス回折格子を製造する別の方法としてSOQ(Silicon on Quartz)基板を使用する方法が開発されている(たとえば、特許文献1)。しかし、上記特許文献1の方法ではケイ素(シリコン)を完全に酸化して二酸化ケイ素(石英ガラス: SiO2)とすることが困難である。ケイ素が不完全に酸化された部分(一酸化ケイ素: SiO, 三酸化二ケイ素: Si2O3 等)は石英ガラス(nd=1.46)より屈折率が高い(SiO: nd=1.97)ために設計値と特性が大きく異なってしまう。また、酸化工程の温度(1000℃前後)から常温に冷却される過程でケイ素や一酸化ケイ素等と二酸化ケイ素との線膨張係数の相違により、回折格子が反ってしまう。上記特許文献1の方法によっては十分に満足できる形状および材料、特性のガラス回折格子を実現させるためには極めて精度が高い工程の調整が必要となる。
【0009】
さらに別の方法として、ケイ素の鋳型にホウケイ酸ガラスを充填させてガラス格子構造を製造する方法が開発されている(たとえば、非特許文献1)。しかし、上記の方法によって製造される格子構造の周期は数十マイクロメータであり、上述の目的に適した回折格子の周期の約10倍である。したがって、上記の方法によっては上述の目的に適した周期が10マイクロメータ以下のガラス回折格子を製造することはできない。
【0010】
このように溝のアスペクト比が2以上であり、周期が10マイクロメータ以下のガラス回折格子及びその製造方法は開発されていない。したがって、溝のアスペクト比が2以上であり、周期が10マイクロメータ以下のガラス回折格子及びその製造方法に対するニーズがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【非特許文献】
【0012】
【文献】A. Amnache and L.G. Frechette,“High-aspect ratio microstructures in borosilicate glass by molding and sacrificial silicon etching: capabilities and limits”, Solid-State Sensors, Actuators and Microsystems Workshop Hilton Head Island, South Carolina, June 5-9, 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、溝のアスペクト比が2以上であり、周期が0.2~10マイクロメータのガラス回折格子及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の第1の態様のガラス回折格子の製造方法は、周期が0.2~10マイクロメータ、溝のアスペクト比が2以上のホウケイ酸ガラスまたはバリウムホウケイ酸ガラスの回折格子の製造方法である。本製造方法は、ケイ素基板の表面にボッシュプロセス(サイクルエッチング)により格子を形成するステップと、1,000℃前後に加熱し、水蒸気を暴露することによって該格子の表面に酸化膜を形成するステップと、フッ化水素酸により該酸化膜を除去するステップと、該ケイ素基板の該格子を備えた面とガラス板の一つの面とを0.01~0.1パスカルの容器内で陽極接合するステップと、ガラスを溶融させケイ素からなる該格子の畝の間に充填させるように、接合された該ケイ素基板及び該ガラス板を加熱するステップと、該ケイ素基板及び該ガラス板のそれぞれの、接合された面と反対側の面を研磨するステップと、該ガラス板からケイ素を二フッ化キセノンガスによる選択的エッチングにより除去するステップとを含む。
【0015】
本製造方法は、ボッシュプロセス後に、1,000℃前後に加熱し、水蒸気を暴露することによって格子の表面に酸化膜を形成するステップと、フッ化水素酸により酸化膜を除去するステップとを含むので、ボッシュプロセスによって生じた格子の畝部の側面の小さなうねり(スキャロップ)を平滑化し、粗さを10ナノメータ以下とすることができる。したがって、ガラス回折格子の光学性能を向上させることができる。また、本製造方法は、ガラス板からケイ素を二フッ化キセノンガスによる選択的エッチングにより除去するステップを含むので、ガラス回折格子の材料の純度を向上させることができる。したがって、ガラス回折格子の光学性能を向上させることができる。
【0016】
本発明の第1の態様の第1の実施形態のガラス回折格子の製造方法は、該陽極接合するステップの前に、該ガラス板の面をフッ化水素酸でエッチングするステップをさらに含む。
【0017】
本実施形態によれば、フッ化水素酸処理により、ガラスを高熱で溶融するときに生じるガラス表面におけるガラス内に含まれる添加物の析出を減少させることによって、ガラス回折格子の光学性能を向上させることができる。
【0018】
本発明の第1の態様の第2の実施形態のガラス回折格子の製造方法は、該ガラス板からケイ素を選択的エッチングによりステップの後に、該ガラス板を1,000℃前後に加熱し、水蒸気を暴露するステップを含む。
【0019】
本実施形態によれば、エッチングされずに残った一酸化ケイ素(SiO)などのケイ素(Si)の酸化物をさらに酸化して二酸化ケイ素とし、ガラスと同質化させることができる。
【0020】
本発明の第2の態様のガラス回折格子は、周期が0.2~10マイクロメータ、溝のアスペクト比が2以上のホウケイ酸ガラスまたはバリウムホウケイ酸ガラスの回折格子である。
【0021】
本発明の第2の態様の第1の実施形態のガラス回折格子において、該回折格子の周期の方向及び高さの方向を含む断面において、矩形状の畝部の側面に対応する辺の曲率半径は、回折格子の周期の10倍よりも大きい。
【0022】
本実施形態の形状により回折格子のより好ましい光学性能が得られる。
【0023】
本発明の第2の態様の第2の実施形態のガラス回折格子において、該格子の周期に対する該格子の畝部の幅が0.1から0.9の範囲である。
【0024】
本発明の第2の態様の第3の実施形態のガラス回折格子において、該格子の畝部の側面の粗さが10ナノメータ以下である。
【0025】
本実施形態の形状により回折格子のより好ましい光学性能が得られる。
【0026】
本発明の第2の態様の第4の実施形態のガラス回折格子において、該回折格子の周期の方向及び高さの方向によって形成される断面において矩形状あるいは 台形状の格子の畝部の周期の方向の辺およびほぼ高さの方向の辺のなす角度が70度以上かつ90度未満の範囲である。
【0027】
70度以上かつ90度未満の範囲が好ましい理由は以下のとおりである。
【0028】
第一に、上記の角度を直角から鋭角に変化させることによって、入射光および反射光を含む入射面内で電界が振動するp偏光波と入射面に垂直に電界が振動するs偏光波との分光回折効率特性を互いに近づけることができ、結果として全体の回折効率を向上させることができる。
【0029】
第二に、上記の角度を直角から鋭角に変化させることによって、
図2のステップS1050において、ケイ素基板10及びガラス板50の間のケイ素の格子によって形成される空間へガラスがより充填しやすくなる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図2】本発明のガラス格子の製造方法を説明するための流れ図である。
【
図3A】ボッシュプロセス後のケイ素の格子を示す図である。
【
図3B】
図3Aに対応し、ケイ素基板10の畝部が逆テーパー状の格子を示す図である。
【
図5A】フッ化水素酸処理後のケイ素の格子を示す図である。
【
図5B】
図5Aに対応し、フッ化水素酸処理後のケイ素基板10の畝部がテーパー状の格子を示す図である。
【
図6】陽極接合後のケイ素基板及びガラス板を示す図である。
【
図7】ケイ素基板及びガラス板の間のケイ素の格子によって形成される空間にガラスが充填されつつある状態を示す図である。
【
図8】ケイ素基板及びガラス板の間のケイ素の格子によって形成される空間にガラスが充填された状態を示す図である。
【
図10】ステップ1070後の格子を備えたガラス板を示す。
【
図11】ボッシュプロセス後の格子を備えたケイ素基板のSEM(走査電子顕微鏡)画像である。
【
図12】加熱後のケイ素の格子のSEM画像である。
【
図13】フッ化水素酸処理後のケイ素の格子のSEM画像である。
【
図14】フッ化水素酸処理後のケイ素の格子のSEM画像である。
【
図15】陽極接合後のケイ素基板及びガラス板のSEM画像である。
【
図16】ケイ素基板及びガラス板の間のケイ素の格子によって形成される空間にガラスが充填された状態のSEM画像である。
【
図17】フッ化水素酸処理をしなかった場合のステップ1050のガラス板の表面(
図8の面A)を示す図である。
【
図18】フッ化水素酸処理をした場合のステップ1050のガラス板の表面(
図8の面A)を示す図である。
【
図19A】ステップ1070後の格子を備えたガラス板の断面のSEM画像である。
【
図19B】石英ガラスをプラズマエッチングする従来の方法によって製造された回折格子の断面のSEM画像である。
【
図20】ケイ素基板(シリコンウェハ)の加熱に使用される電気炉を示す図である。
【
図21】その中で陽極接合を実施するチャンバーを示す図である。
【
図22】その中で陽極接合を実施するチャンバーを示す図である。
【
図23】その中で陽極接合を実施するチャンバーを示す図である。
【
図24】陽極接合の原理を説明するための図である。
【
図26】ガラス板及びケイ素基板のそれぞれの、接合された面と反対側の面(
図8の面A及び面B)の研磨を説明するための図である。
【
図27】ガラス板中のケイ素を二フッ化キセノンガス(XeF
2)によるエッチングで取り除く装置を示す図である。
【
図28】角度θが鋭角である場合のデューティ比の定め方を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
図1は、本発明のガラス格子を示す図である。本発明のガラス回折格子の格子周期Pは0.2マイクロメータから10マイクロメータ、格子高さhは0.4マイクロメータから200マイクロメータ、溝のアスペクト比h/wは2以上である。ここで、wは格子の畝部(ridge)rと畝部rとの間の間隔を示す。デューティ比(P-w)/Pは0.1~0.9である。格子の材料はホウケイ酸ガラスまたはバリウムホウケイ酸ガラスである。
【0032】
図2は、本発明のガラス格子の製造方法を説明するための流れ図である。
【0033】
図2のステップ1010において、ケイ素基板(シリコンウェハ)10の表面上にフォトレジストを塗布し、マスク露光装置、レーザ描画装置、電子ビーム描画装置、ステッパ、レーザ干渉露光などによってフォトレジストに格子パターンを形成した後、ボッシュプロセスによってケイ素をエッチングしケイ素基板10の表面に格子を形成する。
【0034】
図3Aは、ボッシュプロセス後のケイ素10の格子を示す図である。ケイ素の格子の畝部上にはフォトレジスト20が残っている。
【0035】
図11は、ボッシュプロセス後の格子を備えたケイ素基板10のSEM(走査電子顕微鏡)画像である。
図11の画像は
図3Aに対応する。
図11の画像及びその他の画像に記載されたスケールは0.5マイクロメータ毎に目盛付けされている。したがって、格子の周期は約2マイクロメータである。
【0036】
図2のステップ1020において、レジストの除去後に格子を備えたケイ素基板10を加熱炉で加熱することによって格子の表面に酸化膜を形成する。
【0037】
図20は、ケイ素基板(シリコンウェハ)10の加熱に使用される電気炉200を示す図である。石英管220内のボート240にWで示すケイ素基板10を設置し、外部からヒータ230で加熱する。一例として、加熱温度は1000度(℃)、加熱時間は20分である。ガス導入口210から石英管220の中に酸素と水素を導入し、燃焼により発生するH
2O(水蒸気)によりケイ素の格子の表面に酸化膜を形成する。酸化膜の厚さは一例として350ナノメータである。
【0038】
図4は、加熱後のケイ素10の格子を示す図である。格子の表面には酸化膜30が形成されている。
【0039】
図12は、加熱後のケイ素10の格子のSEM画像である。
図12の画像は
図4に対応する。
【0040】
図2のステップ1030において、フッ化水素酸により格子の表面の酸化膜を除去する。具体的には、ドラフトチャンバー内で容器内のフッ化水素酸にケイ素基板10を浸すことによって酸化膜を除去する。
【0041】
図5Aは、フッ化水素酸処理後のケイ素基板10の格子を示す図である。
【0042】
【0043】
図2のステップ1020及びステップ1030によって、格子の表面に酸化膜を形成した後除去するのは格子の畝部の側面の粗さを減少させるためである。
図11に示す、ボッシュプロセス後のケイ素基板10の格子の畝部の側面には、高さ方向と垂直な方向の複数の小さなうねり(スキャロップ)が生じる。小さなうねりの高さは数ナノメータから数十ナノメータである。格子の表面に酸化膜を形成した後除去することによって上記の複数の小さなうねりを除去して面の粗さを減少させる。ステップ1030後の面の算術平均粗さRaは10ナノメータ以下である。ステップ1020において、当初のケイ素の表面を基準として、外側に形成される酸化膜の厚さと内側に形成される酸化膜の厚さとの比は約3対2である。ステップ1030において酸化膜は除去されるので、上記の比を考慮してステップ1010におけるケイ素の格子の寸法及びステップ1020における酸化膜の厚さを定める。
【0044】
図2のステップ1040において、ケイ素基板10の格子を備えた面とガラス板の一つの面とを真空中で陽極接合する。
【0045】
図21-23は、その中で陽極接合を実施するチャンバー300を示す図である。
【0046】
図21に示すように、チャンバー300内のベース330に格子を備えたケイ素基板10及びガラス板50を、ケイ素基板10の格子を備えた面がガラス板50の面と向き合うように、間に棒状のスペーサ320を介して設置する。チャンバー300内の真空度を0.01~0.1パスカルとし400℃まで加熱する。スペーサが存在するのでケイ素の格子の畝部間の空間も上記の真空度となる。
【0047】
つぎに
図22に示すように、スペーサ320を引き抜いてケイ素基板10の格子を備えた面とガラス板50の面とを接触させる。
【0048】
つぎに
図23に示すように、プレッシャープレート310によってケイ素基板10とガラス板50に約10キロパスカルの圧力をかけながら、プレッシャープレート310及びベース330を介してガラス板に-500ボルトから-1000ボルトの負の電圧を印加する。
【0049】
図24は陽極接合の原理を説明するための図である。ガラス板50を加熱することによってホウケイ酸ガラスまたはバリウムホウケイ酸ガラス中のナトリウムイオン(Na
+)が動きやすくなる。ケイ素基板10及びガラス板50を接触させた後、ケイ素基板10及びガラス板50をそれぞれ電圧源の正極及び負極に接続すると、ナトリウムイオンは負の電極の側に移動する。この結果、ガラス板50のケイ素基板10との境界付近では、ナトリウムイオンが欠乏した層が生じる。この層は陰イオンが過剰となるので負の電荷を帯びる。ケイ素基板10のガラス板50との境界付近では、負の電荷に対応した正の電荷が生じ、両者の面は正及び負の電荷の間に働くクーロン力によってひきつけあい強く密着する。
【0050】
図6は陽極接合後のケイ素基板10及びガラス板50を示す図である。ケイ素基板10及びガラス板50の間のケイ素の格子によって形成される空間の真空度は上述のように0.01~0.1パスカルである。
【0051】
図15は陽極接合後のケイ素基板10及びガラス板50のSEM画像である。
図15の画像は
図6に対応する。
【0052】
図2のステップ1050において、接合されたケイ素基板10及びガラス板50を電気炉内で加熱する。電気炉は
図2に示したものでもよい。加熱温度は1100度(℃)、加熱時間は30分、供給ガスは窒素である。炉内の圧力は大気圧である。加熱によりガラスが溶融し、大気圧によって、ケイ素基板10及びガラス板50の間のケイ素の格子によって形成される低圧力の空間に充填される。
【0053】
電気炉の代わりに、熱間等方加圧装置またはホットプレス装置を使用してもよい。
【0054】
図25Aは、熱間等方加圧装置400を示す図である。Wで示す、接合されたケイ素基板10及びガラス板50を圧力容器420内に設置し、ガス導入口410からアルゴンや窒素などの不活性ガスを圧力容器420内に導入し、圧力容器420内を0.1~200メガパスカルの圧力としながらヒータ430によって加熱することによってケイ素基板10及びガラス板50の間のケイ素の格子によって形成される空間へのガラスの充填を促進する。425は断熱層を示す。
【0055】
図25Bは、ホットプレス装置400’を示す図である。Wで示す、接合されたケイ素基板10及びガラス板50をチャンバー420’内の加熱室425’内に設置し、ガス導入口410’からアルゴンや窒素などの不活性ガスをチャンバー420’内に導入し、シリンダー405’によってワークに圧力を加えながらヒータ430’によって加熱することによってケイ素基板10及びガラス板50の間のケイ素の格子によって形成される空間へのガラスの充填を促進する。
【0056】
図7は、ケイ素基板10及びガラス板50の間のケイ素の格子によって形成される空間にガラスが充填されつつある状態を示す図である。
【0057】
図8は、ケイ素基板10及びガラス板50の間のケイ素の格子によって形成される空間にガラスが充填された状態を示す図である。ケイ素の格子の畝部間に充填されたガラスはガラスの格子を形成する。
【0058】
図16は、ケイ素基板10及びガラス板50の間のケイ素の格子によって形成される空間にガラスが充填された状態のSEM画像である。
図16の画像は
図8に対応する。
【0059】
ステップ1040及びステップ1050において、ホウケイ酸ガラスまたはバリウムホウケイ酸ガラスを加熱すると、ガラスに含まれるナトリウム、アルミニウムなどの添加物がガラス板50の表面に析出し回折格子の光学特性を劣化させる恐れがある。そこで、ステップ1040の前またはステップ1050の前にガラス板50の表面をフッ化水素酸で約500ナノメータエッチングして表面付近の添加物を除去しておくことが望ましい。
【0060】
図17は、フッ化水素酸処理をしなかった場合のステップ1050のガラス板50の表面(
図8の面A)を示す図である。
【0061】
図18は、フッ化水素酸処理をした場合のステップ1050のガラス板50の表面(
図8の面A)を示す図である。
【0062】
図17の画像及び
図18の画像を比較すると、フッ化水素酸処理によってガラス板50の表面における添加物の析出が減少したことが理解できる。
【0063】
図2のステップ1060において、ガラス板50及びケイ素基板10のそれぞれの、接合された面と反対側の面(
図8の面A及び面B)を研磨する。
【0064】
図26は、ガラス板50及びケイ素基板10のそれぞれの、接合された面と反対側の面(
図8の面A及び面B)の研磨を説明するための図である。ケイ素基板は、ガラスに囲まれた格子部分を除いて研磨によって取り除く。研磨はCMP(Chemical Mechanical Polishing)法によって実施する。研磨後の各面の粗さは1ナノメータ以下である。研磨前のガラス板50及びケイ素基板10の厚さはそれぞれ500マイクロメータである。研磨後のガラス板の厚さは400マイクロメータ、格子の高さ(深さ)は6.5マイクロメータである。
【0065】
図9は、研磨後のガラス板50を示す図である。ガラスの格子の畝部間にはケイ素10’が残っている。
【0066】
図2のステップ1070において、ガラスの格子の畝部間のケイ素を二フッ化キセノンガス(XeF
2)による選択的エッチングで取り除く。
【0067】
図27は、ガラス板50中のケイ素を二フッ化キセノンガス(XeF
2)によるエッチングで取り除く装置500を示す図である。真空チャンバー520内にWで示すガラス板50を設置し、ロータリーポンプ530によって真空チャンバー520内にガス導入口510から二フッ化キセノンガス(XeF
2)を導入する。キセノン(Xe)とフッ素(F)は結合が弱いためケイ素(Si)とフッ素(F)が反応し、四フッ化ケイ素(SiF
4)となって揮発し、酸化物(ガラス)に対してケイ素(Si)のエッチングが選択的に進行する。一酸化ケイ素(SiO)などのケイ素(Si)の酸化物がエッチングされずに残った場合は熱酸化工程を追加し、二酸化ケイ素(SiO
2)とすることでガラスと同等の屈折率に変化させても良い。熱酸化は酸化速度が速いウェット酸化が望ましい。
【0068】
図10は、ステップ1070後の格子を備えたガラス板50を示す。
【0069】
図19Aは、ステップ1070後の格子を備えたガラス板50の断面のSEM画像である。
図19Aの画像は
図10に対応する。
【0070】
図19Aの画像によると、格子の周期は2マイクロメータ、格子の深さ(高さ)は6マイクロメータ、溝のアスペクト比は14、デューティ比は0.785である。また、回折格子の周期の方向(
図19Aの水平方向)及び高さの方向(
図19Aの鉛直方向)によって形成される断面において矩形状の畝部の周期の方向の辺およびほぼ高さの方向の辺のなす角度(鋭角)θは88度である。
【0071】
図28は、角度θが鋭角である場合のデューティ比の定め方を説明するための図である。格子の畝部(ridge)rと畝部rとの間の間隔wは、畝部の高さhの1/2の高さの位置で定める。
【0072】
一般的に上記の角度(鋭角)θは70度以上かつ90度未満の範囲であるのが好ましい。その理由は以下のとおりである。
【0073】
第一に、上記の角度を直角から鋭角に変化させることによって、入射光および反射光を含む入射面内で電界が振動するp偏光波と入射面に垂直に電界が振動するs偏光波との分光回折効率特性を互いに近づけることができ、結果として全体の回折効率を向上させることができる。
【0074】
第二に、上記の角度を直角から鋭角に変化させることによって、ステップS1050において、ケイ素基板10及びガラス板50の間のケイ素の格子によって形成される空間へガラスがより充填しやすくなる。
【0075】
上記の角度を調整する方法について説明する。
【0076】
図2のステップS1020において酸化膜を形成する際に、
図4に示す酸化膜30は実際には格子の上面に近いほど厚くなる。このため、ステップS1030において酸化膜30を除去すると、格子の畝部の断面形状は格子の上面に近いほど幅の狭いテーパー状となる。
【0077】
図5Bは、
図5Aに対応し、フッ化水素酸処理後のケイ素基板10の畝部がテーパー状の格子を示す図である。
【0078】
上記のテーパー状のケイ素の格子を使用してガラスの格子を製造するとガラスの格子の畝部の断面形状も格子の上面に近いほど幅の狭いテーパー状となる。すなわち、矩形状の断面の周期の方向の辺およびほぼ高さの方向の辺のなす角度θは鋭角となる。
【0079】
図2のステップS1010においてボッシュプロセスによりケイ素の格子を製造する際に、六フッ化硫黄(SF
6)のプラズマによるケイ素エッチングとオクタフルオロシクロブタン(C
4F
8)のプラズマによる側壁保護膜のデポジション処理とを調整することにより、格子の畝部の断面形状が格子の上面に近いほど幅の広い逆テーパー状とすることができる。
【0080】
図3Bは、
図3Aに対応し、ケイ素基板10の畝部が逆テーパー状の格子を示す図である。
【0081】
酸化膜形成前のケイ素の格子の形状を調整することにより酸化膜形成・除去後のケイ素の格子の形状を調整することができ、さらにガラス基板の格子形状を調整することができる。
【0082】
要するに、
図2のステップS1010においてボッシュプロセスによりケイ素の格子を製造する際に、ケイ素の格子の畝部の形状を調整することによりガラス回折格子の周期の方向(
図19Aの水平方向)及び高さの方向(
図19Aの鉛直方向)によって形成される断面において矩形状の畝部の周期の方向の辺およびほぼ高さの方向の辺のなす角度(
図19Aのθ)を調整することができる。
【0083】
図19Aの画像によると、回折格子の周期の方向及び高さの方向によって形成される矩形状の断面のほぼ高さ方向の辺の曲率半径は、回折格子の周期の10倍よりも大きい。
【0084】
図19Bは、石英ガラスをプラズマエッチングする従来の方法によって製造された回折格子の断面のSEM画像である。
【0085】
図19Bの画像によると、回折格子の周期の方向及び高さの方向によって形成される矩形状の断面の高さ方向の辺の曲率半径は、回折格子の周期の約3倍である。
【0086】
本実施形態において、曲率半径が大きいことによって、従来技術の場合と比較して顕著に向上した回折格子の光学特性が得られる。
【要約】
溝のアスペクト比が2以上であり、周期が10マイクロメータ以下のガラス回折格子の製造方法を提供する。本方法は、周期が0.2~10マイクロメータ、溝のアスペクト比が2以上のホウケイ酸ガラスまたはバリウムホウケイ酸ガラスの回折格子の製造方法であって、ケイ素基板の表面に格子を形成するステップと、1,000℃前後に加熱し、水蒸気を暴露することによって該格子の表面に酸化膜を形成するステップと、該酸化膜を除去するステップと、該ケイ素基板の該格子を備えた面とガラス板の一つの面とを陽極接合するステップと、ガラスを溶融させケイ素からなる該格子の畝部の間に充填させるように、接合された該ケイ素基板及び該ガラス板を加熱するステップと、該ケイ素基板及び該ガラス板のそれぞれの、接合された面と反対側の面を研磨するステップと、該ガラス板からケイ素を選択的エッチングにより除去するステップとを含む。