(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-07
(45)【発行日】2022-11-15
(54)【発明の名称】運搬車両
(51)【国際特許分類】
G05D 1/02 20200101AFI20221108BHJP
B60W 30/02 20120101ALI20221108BHJP
【FI】
G05D1/02 X
G05D1/02 R
B60W30/02 310
(21)【出願番号】P 2019168589
(22)【出願日】2019-09-17
【審査請求日】2022-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000005522
【氏名又は名称】日立建機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】板東 幹雄
(72)【発明者】
【氏名】魚津 信一
【審査官】大古 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-51310(JP,A)
【文献】特開2006-79436(JP,A)
【文献】国際公開第2013/175567(WO,A1)
【文献】特開2011-13895(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05D 1/00 - 1/12
B60W 30/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪が設けられた車体と、車両制御装置とを備え、走行経路上を走行する運搬車両であって、
前記車両制御装置は、
前記走行経路上の複数の位置における前記車輪のスリップ率を算出し、
前記各スリップ率から、前記複数の位置における、前記車輪の路面に対するグリップ状態とスリップ状態との境界での前記路面と前記車輪との間の摩擦係数値であるスリップ限界値を算出して記憶し、
前記スリップ限界値を読み出して、前記複数の位置における、前記車輪が路面に対して前記グリップ状態を維持できる前記運搬車両の最大加速度および最大減速度の少なくとも一方を算出し、
前記走行経路上の目標位置まで走行する際に、自車両から前記目標位置までの間の走行位置における目標走行速度を、前記目標位置における目標速度と、前記運搬車両が前記走行位置を走行した際の前記スリップ限界値から算出される前記最大加速度および前記最大減速度の少なくとも一方とに応じて設定
し、
前記車輪は、駆動輪および従動輪を含み、
前記スリップ率は、前記従動輪のスリップ率であることを特徴とする運搬車両。
【請求項2】
車輪が設けられた車体と、車両制御装置とを備え、走行経路上を走行する運搬車両であって、
前記車両制御装置は、
前記走行経路上の複数の位置における前記車輪のスリップ率を算出し、
前記各スリップ率から、前記複数の位置における、前記車輪の路面に対するグリップ状態とスリップ状態との境界での前記路面と前記車輪との間の摩擦係数値であるスリップ限界値を算出して記憶し、
前記スリップ限界値を読み出して、前記複数の位置における、前記車輪が路面に対して前記グリップ状態を維持できる前記運搬車両の最大加速度および最大減速度の少なくとも一方を算出し、
前記走行経路上の目標位置まで走行する際に、自車両から前記目標位置までの間の走行位置における目標走行速度を、前記目標位置における目標速度と、前記運搬車両が前記走行位置を走行した際の前記スリップ限界値から算出される前記最大加速度および前記最大減速度の少なくとも一方とに応じて設定し、
前記運搬車両が前記複数の位置を繰り返し通過することにより、前記スリップ限界値を更新し、
更新による前記スリップ限界値の変化から前記路面の滑りやすさの変化を検出し、
前記路面の滑りやすさの変化に応じて前記最大加速度および前記最大減速度の少なくとも一方を変化させることを特徴とす
る運搬車両。
【請求項3】
車輪が設けられた車体と、車両制御装置とを備え、走行経路上を走行する運搬車両であって、
前記車両制御装置は、
前記走行経路上の複数の位置における前記車輪のスリップ率を算出し、
前記各スリップ率から、前記複数の位置における、前記車輪の路面に対するグリップ状態とスリップ状態との境界での前記路面と前記車輪との間の摩擦係数値であるスリップ限界値を算出して記憶し、
前記スリップ限界値を読み出して、前記複数の位置における、前記車輪が路面に対して前記グリップ状態を維持できる前記運搬車両の最大加速度および最大減速度の少なくとも一方を算出し、
前記走行経路上の目標位置まで走行する際に、自車両から前記目標位置までの間の走行位置における目標走行速度を、前記目標位置における目標速度と、前記運搬車両が前記走行位置を走行した際の前記スリップ限界値から算出される前記最大加速度および前記最大減速度の少なくとも一方とに応じて設定し、
前記自車両から前記目標位置までの間の複数の前記走行位置における前記目標走行速度を設定する場合、前記目標位置に近い前記走行位置から順に前記目標走行速度を設定することを特徴とす
る運搬車両。
【請求項4】
前記車両制御装置は、
前記走行経路を複数の区間に区分けし、
前記各区間において、複数の前記スリップ限界値から1つの前記最大加速度および1つの前記最大減速度の少なくとも一方を算出することを特徴とする請求項
2に記載の運搬車両。
【請求項5】
管制システムとの間で通信可能な通信装置をさらに備え、
前記車両制御装置は、
複数の運搬車両によって得られた複数の位置におけるスリップ限界値から、前記最大加速度および前記最大減速度の少なくとも一方を算出することを特徴とする請求項
2に記載の運搬車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪が設けられた車体を備えた運搬車両に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ダンプトラックのような車輪を用いて走行する運搬車両において、車輪のスリップは、安全面および経済面の観点から課題となっている。特に無人ダンプトラック(運搬車両)を運用する場合、車輪が路面に対してスリップして車両を制動できなくなるのを回避する必要があるため、加減速度を低くして車速を緩やかに変化させる。このため、制動距離や加速距離を長く確保する必要があるので、ダンプトラックの走行効率が低下する。
【0003】
例えば、特許文献1には、鉱山で作業する鉱山機械が走行する走行路の水分量に関する情報を少なくとも含む走行路情報と、走行路情報に対応する走行路の位置に関する情報である位置情報と、に基づいて、鉱山機械が走行路情報に対応する走行路を走行する際の速度制限を変更する速度制限情報を生成する、鉱山機械の運行管理システムが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1では、走行路の水分量等に基づいて走行路ランクを設定し、走行路ランクに応じて速度制限を変更する。このため、例えば、目標の停止位置で停止する際に、急な減速によって車輪がスリップし、車両を制動できなくなる場合がある、という問題点がある。
【0006】
本発明は、このような点を鑑みてなされたものであり、車両のスリップを抑制しながら、効率的に走行することが可能な運搬車両を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係る運搬車両は、車輪が設けられた車体と、車両制御装置とを備え、走行経路上を走行する運搬車両であって、前記車両制御装置は、前記走行経路上の複数の位置における前記車輪のスリップ率を算出し、前記各スリップ率から、前記複数の位置における、前記車輪の路面に対するグリップ状態とスリップ状態との境界での前記路面と前記車輪との間の摩擦係数値であるスリップ限界値を算出して記憶し、前記スリップ限界値を読み出して、前記複数の位置における、前記車輪が路面に対して前記グリップ状態を維持できる前記運搬車両の最大加速度および最大減速度の少なくとも一方を算出し、前記走行経路上の目標位置まで走行する際に、自車両から前記目標位置までの間の走行位置における目標走行速度を、前記目標位置における目標速度と、前記運搬車両が前記走行位置を走行した際の前記スリップ限界値から算出される前記最大加速度および前記最大減速度の少なくとも一方とに応じて設定する。
【0008】
なお、本明細書および特許請求の範囲において、グリップ状態とは、路面に対する車輪のスリップ率が所定の閾値(一般的に約0.2)以下の状態であり、スリップ状態とは、スリップ率が所定の閾値よりも大きい状態である。グリップ状態では車輪が路面に対してグリップ力を有しており、例えば車両の制動が可能である。一方、スリップ状態では車輪が路面に対してグリップ力を有さず、例えば車両の制動が不能である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、車両のスリップを抑制しながら、効率的に走行することが可能な運搬車両を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の第1実施形態によるダンプトラックの側面図。
【
図2】本発明の第1実施形態によるダンプトラックの構成を示す図。
【
図3】本発明の第1実施形態によるダンプトラックの処理フローを示す図。
【
図9】走行経路を複数の計測区間に区分けした状態を示す図。
【
図12】ある計測区間におけるスリップ限界値とその頻度の一例を示す図。
【
図15】スリップ限界値の時間変化から路面状態の変化を判定する方法を説明するための模式図。
【
図16】ダンプトラックの前方の路面状態の予測フローを示す図。
【
図22】本発明の第2実施形態による運搬車両の一例であるダンプトラックを備えた速度制御システムの構成を示す図。
【
図23】本発明の第2実施形態のダンプトラックの処理フローを示す図。
【
図24】本発明の第2実施形態の管制システムの処理フローを示す図。
【
図25】本発明の第2実施形態の計測区間情報テーブルを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態による運搬車両について説明する。
【0012】
(第1実施形態)
図1~
図21を参照して、本発明の第1実施形態による運搬車両の一例であるダンプトラック100(以下、単に車両ともいう)について説明する。
図1は、本発明の第1実施形態によるダンプトラック100の側面図である。
【0013】
図1に示すダンプトラック100は、運転手を必要としない所謂無人ダンプトラックであり、主に鉱山で用いられる。ダンプトラック100は、前後方向に延びる頑丈なフレームである車体101と、車体101の上部に設けられ、砕石物等を積載する荷台(ベッセル)102と、車輪103(前輪103a、後輪103b)と、を備えている。また、車体101には、車輪103の車輪軸104がばね等を有するサスペンションを介して取り付けられている。なお、前輪103aは左右に操舵可能である。
【0014】
車体101には、ダンプトラック100を走行させるための駆動源となるエンジン(図示せず)と、ダンプトラック100に制動力を付与するブレーキ(図示せず)とが設けられている。なお、駆動源は、エンジンのみに限定されるものではない。例えば、エンジンの出力軸にモータジェネレータ等の発電機を取り付けるとともに、発電機の発電電力を走行モータに供給し、走行モータにより車輪103を回転させてもよい。また、蓄電池から電力を走行モータに供給し、走行モータにより車輪103を回転させてもよい。
【0015】
図2は、本発明の第1実施形態によるダンプトラック100の構成を示す図である。
図2に示すように、ダンプトラック100には、GNSS(全地球航法衛星システム:Global Navigation Satellite System)アンテナ201、GNSS受信機202、慣性センサ203、車輪速度センサ204、操舵角センサ205、荷重センサ206、サスペンション圧力センサ207、車体姿勢センサ208および車両制御装置300が設けられている。
【0016】
GNSSアンテナ201は、GPS(全地球測位システム:Global Positioning System)などの測位衛星からの電波を受信する。GNSS受信機202は、GNSSアンテナ201で受信した情報を元にダンプトラック100の位置や速度を算出する。慣性センサ203は、車体101の加速度や角速度を計測する加速度センサや角速度センサからなる。慣性センサ203は、重力加速度を含んだ加速度や角速度などを、車体101に固定された座標系である車体座標系bで計測する。
【0017】
車輪速度センサ204は、車輪103の回転数から路面に対する車輪103の進行速度を計測する。操舵角センサ205は、車輪103(ここでは前輪103a)の操舵方向および操舵角を計測する。荷重センサ206は、ダンプトラック100の積荷重量を計測する。サスペンション圧力センサ207は、各車輪103と車体101をつなぐサスペンションの圧力を計測する。
【0018】
車体姿勢センサ208は、グローバル座標系eのXe軸およびYe軸によって張られる水平面と車体座標系bのXb軸およびYb軸が成す傾斜角度と、グローバル座標系eのXe軸から車体座標系bのXb軸までの回転角度とで表わされる車体姿勢を計測する。なお、グローバル座標系eとは、地球上の任意の点を原点として、重力方向に対して垂直な平面(水平面)上にXe軸およびYe軸を設定し、重力方向とは逆方向にZe軸を設定した3軸直交座標系のことをいう。車体座標系bとは、車体内の任意の点を原点として、車体前後方向にXb軸、車体左右方向にYb軸、車体上方向にZb軸を設定した3軸直交座標系のことをいう。
【0019】
車両制御装置300は、慣性速度ベクトル算出部301、車輪速度ベクトル算出部303、スリップ率算出部305、スリップ限界値算出部307、スリップ限界典型値決定部311、スリップ限界典型値記憶部313、鉱山地図記憶部315、走行経路生成部317、路面情報記憶部318、前方路面状態予測部319、最大加減速度算出部321、目標走行速度設定部323、速度制御部325および一時記憶部327を有する。
【0020】
慣性速度ベクトル算出部301は、GNSS受信機202および慣性センサ203の出力からダンプトラック100の慣性速度ベクトルを算出する。車輪速度ベクトル算出部303は、車輪速度センサ204および操舵角センサ205の出力からダンプトラック100の車輪速度ベクトルを算出する。スリップ率算出部305は、慣性速度ベクトルおよび車輪速度ベクトルからスリップ率を算出する。
【0021】
スリップ限界値算出部307は、ダンプトラック100のスリップ率、加減速度および車重等から各位置でのスリップ限界値を算出する。スリップ限界典型値決定部311は、複数のスリップ限界値からスリップ限界典型値を算出する。スリップ限界典型値記憶部313は、スリップ限界典型値を記憶する。
【0022】
鉱山地図記憶部315には、鉱山地図データが予め記憶されている。鉱山地図データには、積込場、放土場およびこれらをつなぐ搬送路の位置情報や、搬送路の各位置における勾配および曲率半径の情報などが含まれている。走行経路生成部317は、鉱山地図データからダンプトラック100が走行する走行経路データを生成する。
【0023】
路面情報記憶部318は、後述する路面情報を記憶する。前方路面状態予測部319は、路面情報および走行経路データからダンプトラック100の前方の路面状態を予測する。最大加減速度算出部321は、ダンプトラック100の前方の路面状態(スリップ限界典型値)から、路面に対して車輪103がグリップ状態を維持できる最大加速度および最大減速度の少なくとも一方を算出する。本実施形態では、最大加減速度算出部321は、最大加速度および最大減速度の両方を算出する。なお、以下の説明では、最大加速度および最大減速度の少なくとも一方のことを単に「最大加減速度」という場合がある。
【0024】
目標走行速度設定部323は、走行経路上の目標位置まで走行する際に、最大加減速度と目標位置における目標速度から、自車両(ダンプトラック100)から走行予定経路上の目標位置までの間に存在する1箇所以上の走行位置における各目標走行速度を設定する。速度制御部325は、ダンプトラック100の走行速度が各走行位置における目標走行速度となるように、ダンプトラック100の走行速度を制御する。一時記憶部327は、各種データを記憶する。
【0025】
本実施形態では、路面のスリップのしやすさから、路面に対して車輪103がグリップ状態を維持できるダンプトラック100の最大加減速度(ここでは、最大加速度および最大減速度の両方)を算出し、この最大加減速度を超えないように各走行位置における目標走行速度を設定することによって、ダンプトラック100の走行制御不能なスリップ(スリップ状態)を抑制する。ここでは、走行中の各位置におけるGNSS受信機202および慣性センサ203の出力値から算出される慣性速度ベクトルと車輪速度センサ204および操舵角センサ205の出力値から算出される車輪速度ベクトルとから、各位置におけるスリップ率を算出する。各位置におけるスリップ率、加減速度および車重等から、各位置におけるスリップ限界値を算出する。なお、各位置におけるスリップ限界値とは、路面に対する車輪103のグリップ状態とスリップ状態との境界での路面と、車輪103と、の間の摩擦係数値のことをいう。各位置におけるスリップ限界値を算出するためには、ダンプトラック100が実際に走行中にグリップ状態からスリップ状態に切り替わる必要はなく、グリップ状態におけるスリップ率を用いてスリップ限界値を算出することができる。ダンプトラック100は走行経路を繰り返し通過するため、ダンプトラック100が同じ位置を通過する度にスリップ限界値が更新される。このスリップ限界値および過去のスリップ限界値からダンプトラック100の前方の路面状態を予測し、ダンプトラック100がスリップ状態(例えば制動不能状態)とならない最大加減速度を算出する。
【0026】
ダンプトラック100は、最大加減速度を超えないように各位置における目標走行速度を設定し、走行する。最大加減速度を超えないように各位置における目標走行速度を設定する方法について簡単に説明する。ここでは、例えば、所定の制限速度で走行中のダンプトラック100を目標位置で停止させる場合(目標位置における目標速度がゼロの場合)について説明する。ダンプトラック100を最大減速度で減速させて制限速度から速度ゼロにする場合、減速開始位置から停止位置までの距離(制動距離)は、1/2×(最大減速度×制動時間^2)で算出される。なお、制動時間(減速開始から速度ゼロまでの時間)は、制限速度を最大減速度で除した値である。算出した制動距離はスリップを考慮していないため、グリップ状態とスリップ状態との境界でのスリップ率(一般的に0.2程度)だけ実際の制動距離は長くなる。このため、目標位置からスリップ率を考慮した制動距離だけ手前の位置(減速開始位置)で減速を開始すればよい。したがって、ダンプトラック100の現在位置から減速開始位置までは制限速度を目標走行速度に設定すればよい。また、制動開始位置から目標位置までの各位置においては、制限速度から一定の比率で低くした速度を目標走行速度に設定すればよい。
【0027】
以下、路面のスリップのしやすさからダンプトラック100の最大加減速度を算出し、この最大加減速度を超えないように走行制御する方法を
図3に示すフローにしたがって詳細に説明する。
【0028】
ステップS301において、車輪速度ベクトルを算出する。車輪速度ベクトルは例えば
図4に示すフローによって算出することができる。ステップS401において、車輪速度センサ204は、従動輪(前輪103a)の左右いずれか一方の回転数から車輪速度(路面に対する車輪103の進行速度)を取得する。ステップS402において、操舵角センサ205は、従動輪(前輪103a)の車体前後方向に対する傾きである操舵角を取得する。ステップS403において、車輪速度ベクトル算出部303は、車輪速度および操舵角から車輪速度ベクトルを算出する。車輪速度をv、操舵角をδとすると、車輪速度ベクトルは、車体座標系bにおいて以下の式(1)で表される。
【0029】
【0030】
このように、本実施形態では、従動輪である前輪103aの左右のいずれか一方から車輪速度ベクトルを算出する。従動輪(前輪103a)は駆動輪(後輪103b)に比べトルクのかかりが小さいので、スリップ率を高精度に検出できる。車輪速度ベクトルの算出は、本実施形態の方法に限らず、その他の車輪103、又は、複数の車輪103を用いて算出してもよい。いずれの場合にも、得られる効果は同じである。
【0031】
ステップS302(
図3参照)において、慣性速度ベクトルを算出する。慣性速度ベクトルは、GNSS受信機202から出力される車体101の速度や慣性センサ203から出力される車体101の加速度から算出することができる。GNSS受信機202から出力される車体101の速度は、グローバル座標系eにおける速度方向として一定周期で出力される。本実施形態では、GNSS受信機202の出力周期は慣性センサ203の出力周期よりも長く、慣性センサ203の出力周期は車両制御装置300の出力周期と同じである。
【0032】
図5に慣性速度ベクトルの算出フローを示す。ステップS501において、慣性速度ベクトル算出部301は、一時記憶部327に保存されている前サンプル時刻の速度ベクトル慣性速度ベクトルまたは車輪速度ベクトルを取得する。ステップS502において、慣性センサ203は、加速度ベクトルを取得する。ステップS503において、慣性速度ベクトル算出部301は、GNSS速度(GNSS受信機202が出力した速度)の取得周期であるか否かを判断する。GNSS速度の取得周期である場合はステップS504に移行する。慣性速度ベクトル算出部301は、GNSS速度ベクトルを車体座標系bに変換し、慣性速度ベクトルv
iとして設定し、ステップS509に移行する。
【0033】
ここで、GNSS速度ベクトルをV、車体座標系bからグローバル座標系eへの座標変換行列をCeb、車体姿勢センサ208から得られるロール角をψ、ピッチ角をφ、ヨー角をθとすると、慣性速度ベクトルviは以下の式(2)、座標変換行列Cebは以下の式(3)で表される。
【0034】
【0035】
【0036】
一方、GNSS速度の取得周期ではない場合は、慣性速度ベクトル算出部301は、前サンプル時刻の速度ベクトルに慣性センサ203が出力する加速度ベクトルを積算することで現在時刻の慣性速度ベクトルを算出する。ただし、加速度ベクトルの積算により算出した速度ベクトルは、積算時間(積算回数)が増加すると誤差が大きくなる。このため、誤差が大きくなり過ぎるのを防止するために、GNSS速度の未取得時間(加速度ベクトルの積算時間)が閾値未満である場合にのみ、前サンプル時刻の速度ベクトルに加速度ベクトルを積算して現在時刻の慣性速度ベクトルを算出する。
【0037】
具体的には、GNSS速度の取得周期ではない場合は、ステップS503からステップS505に移行し、慣性速度ベクトル算出部301は、最後にGNSS速度を取得した時刻と現在時刻との差から、GNSS速度の未取得時間を算出する。ステップS506において、慣性速度ベクトル算出部301は、未取得時間が閾値未満であるか否かを判断する。未取得時間が閾値以上である場合は、ステップS507に移行し、慣性速度算出フラグを“0(算出不可)”に設定する。
【0038】
一方、未取得時間が閾値未満である場合は、ステップS508に移行し、前サンプル時刻の速度ベクトルに、ステップS502で取得した加速度ベクトルを積算することで現在時刻の慣性速度ベクトルを算出する。なお、加速度ベクトルをα、単位時間をdtとすると、現在時刻の速度は、以下の式(4)で算出される。
【0039】
【0040】
ステップS509において、慣性速度算出フラグを“1(算出可)”に設定し、慣性速度ベクトルの算出処理を終了する。
【0041】
次に、ステップS303において、慣性速度算出フラグが“1(算出可)”であるかを判断する。慣性速度算出フラグが“1(算出可)”でない場合は、ステップS305に移行する。この場合、慣性速度算出フラグは“0(算出不可)”であり、慣性速度ベクトルの精度が悪い状況であるため、現在時刻の速度ベクトルに車輪速度ベクトルを設定する。
【0042】
一方、慣性速度算出フラグが“1(算出可)”である場合は、ステップS304に移行し、路面に対する車輪103のスリップ率を算出する。スリップ率は
図6Aに示すフローによって算出することができる。
【0043】
ステップS601において、スリップ率算出部305は、ステップS301で算出された車輪速度ベクトルとステップS302で算出された慣性速度ベクトルとを取得する。ステップS602において、スリップ率算出部305は、車輪速度ベクトルおよび慣性速度ベクトルからスリップ率を算出する。スリップ率λは、以下の式(5)で算出される。
【0044】
【0045】
ステップS306において、スリップ限界値算出部307は、スリップ限界値を算出する。ここで、スリップ限界値とは、車輪で走行する車両において車輪がグリップ状態からスリップ状態に切り替わる境界での路面と車輪103との間の摩擦係数値である。路面と車輪103との間の摩擦係数値がスリップ限界値を超えると車両の走行制御が難しくなる。
【0046】
このスリップ限界値は、路面と車輪103との間の摩擦係数値が判明している場合は容易に算出することが可能であるが、一般的には、車両の重量、路面状態(勾配、含水量、土質など)、車両の加減速度によって変化するため、スリップ限界値も変化する。そこで、本実施形態では、路面状態(勾配、含水量、土質など)が一定であれば、グリップ状態においてスリップ率と摩擦係数値がおおよそ比例することを用いて、以下のようにしてスリップ限界値を算出する。
【0047】
図6Bに示すように、ステップS611において、各車輪103が路面に与える荷重を算出する。具体的には、荷重センサ206から積荷重量を取得し、取得した重量に予め設定されている車重を加算し、車輪103の数で除することによって、各車輪103にかかる重量を算出する。なお、サスペンション圧力センサ207の計測結果から各車輪103にかかる重量を算出してもよい。
【0048】
ステップS612において、GNSS受信機202から出力された位置情報を取得する。
【0049】
ステップS613において、スリップ限界値を算出する。ステップS611で算出した重量をM、重力加速度をg、車両速度をv、車両の加減速度をα、空気粘性係数をb、転がり抵抗係数をcとする。また、グリップ状態とスリップ状態との境界でのスリップ率をΛとする。このスリップ率Λは、一般的には、0.2程度である。スリップ限界値μlimは、以下の運動方程式である式(6)を用いて推定摩擦係数算μを算出した後、さらに以下の式(7)を用いて算出される。算出されたスリップ限界値μlimは一時記憶部327に記憶に記憶される。
【0050】
【0051】
【0052】
なお、ここでは、重量M、車両速度v、空気粘性係数をb、転がり抵抗係数cを用いて推定摩擦係数μを算出する例について示したが、上記式(6)に替えて以下の式(6)’を用いて推定摩擦係数μを算出してもよい。ただし、上記式(6)を用いる方が、スリップ限界値μlimを精度良く算出することができる。
【0053】
【0054】
ステップS307において、スリップ限界典型値決定部(以下、典型値決定部ともいう)311は、スリップ限界値の典型値を決定する。ステップS306で算出したスリップ限界値は、計測された各計測位置における瞬間的な値である。しかしながら、スリップ限界値は、車重、車両の加減速度および速度などの計測値を用いて算出するため、誤差が生じる。このスリップ限界値をそのまま使用して、後述するように最大加減速度(加速度の上限値および減速度の上限値)を算出し目標走行速度を設定することも可能であるが、この場合、各計測位置における目標走行速度が誤差を含んだ状態になる。このため、計測位置毎に目標走行速度が変化するため、車両の速度を頻繁に変化させる必要が生じる。
【0055】
そこで、本実施形態では、車両の走行経路を複数の計測区間に区切り、各計測区間内は路面と車輪103との間の摩擦係数値が一定であると仮定して、各計測区間のスリップ限界典型値(以下、典型値ともいう)を決定する。そして、決定された典型値を、各計測区間におけるスリップ限界値として使用する。
【0056】
図7にスリップ限界典型値の決定フローを示す。ステップS701において、ダンプトラック100の計測情報を取得する。この計測情報には、計測位置、加減速度、車重、スリップ限界値が含まれている。取得した計測情報は、
図8に示す計測情報テーブルとして一時記憶部327に記憶される。
【0057】
ステップS702において、計測区間情報を一時記憶部327に記憶する。ここで、計測区間は、ダンプトラック100の走行経路を複数の区間に区分けしたものであり、スリップ限界値がほぼ一定とみなせる範囲で区分けされている。
図9は、積込場から放土場までの搬送経路(走行経路)の一例を示しており、走行経路を複数の区間に区分けしている。各計測区間の長さの決定方法は特に限定されるものではない。例えば、各計測区間の長さは、鉱山地図データに予め設定されている該当区間の制限速度に、予め決められた時間を乗じることにより決定してもよい。また、走行経路上でスリップ限界値が変化しやすい地点が事前にわかっている場合は、その地点で計測区間を区切ってもよい。また、
図9では、走行経路の全域にわたって区分けしているが、加減速が必要な領域(例えば、曲がり角周辺、積込場および放土場の周辺)のみを区分けしてもよい。
【0058】
計測区間情報は、上記計測区間(ID)に対応したスリップ限界値、加速度、車重、時刻を含んでおり、
図10に示す計測区間情報テーブルとして一時記憶部327に記憶される。
【0059】
ステップS703において、スリップ限界典型値記憶部(以下、典型値記憶部ともいう)313から路面状態フラグを取得する。典型値記憶部313には
図11に示すように、各計測区間(ID)に対応した始点位置、終点位置、勾配、曲率半径、スリップ限界典型値、路面状態フラグを含む計測区間テーブルが記憶されている。路面状態フラグとは、過去の路面状態(ここではスリップ限界典型値)が維持されている場合を“正常(1)”、路面状態が変化している場合を“変化(0)”としたものである。
【0060】
ステップS704において、過去の路面状態が維持されているか否かを判断する。具体的には、路面状態フラグが“正常(1)”となっている数が閾値以上であるか否かを判断する。
【0061】
路面状態フラグが“正常(1)”となっている数が閾値よりも少ない場合、例えば降雨等によって路面状態が全体的に変化していることを意味する。この場合、ステップS707に移行し、典型値記憶部313に記憶されているスリップ限界典型値をリセットして初期値に戻す。スリップ限界典型値の初期値は、ダンプトラック100を最低限速度で減速させた際に制御不能とならない程度に小さい、予め決められた摩擦係数値である。スリップ限界典型値の初期値は、例えば砂に水を撒いてスリップしやすくなった路面と車輪103との間の摩擦係数値を用いてもよい。
【0062】
一方、路面状態フラグが“正常(1)”となっている数が閾値以上である場合、路面状態が変化していないことを意味する。この場合、ステップS705に移行し、スリップ限界値を一時記憶部327から取得する。
【0063】
ステップS706において、各計測区間における複数のスリップ限界値を用いてスリップ限界典型値を決定(更新)する。スリップ限界典型値を決定する方法は、様々な方法が考えられる。例えば
図12に示すように、ステップS705で取得したある計測区間におけるスリップ限界値のヒストグラムを作成し、そのピークをスリップ限界典型値としてもよい。摩擦係数値であるスリップ限界値は、上述したように計測誤差などによりばらつきが生じる。このため、
図12に示したように多峰性のヒストグラムとなることもあるが、最も簡単な方法としては、最も高い頻度のビンの中央値をスリップ限界典型値とすればよい。また、
図12の実線のように頻度を正規分布にフィッティングして、そのピークとなる摩擦係数値を算出してスリップ限界典型値としてもよい。また、スリップ限界値の平均を算出してスリップ限界典型値としてもよい。
【0064】
ステップS308において、各計測区間における路面情報を生成する。路面情報は
図13に示すように、各計測区間におけるスリップ限界典型値および路面状態フラグが設定されたテーブルである。路面情報には、各計測区間に対して所定数(ここではkステップ分)のスリップ限界典型値が含まれている。各計測区間について、複数のスリップ限界典型値から、路面状態フラグが設定される。路面情報は例えば
図14に示すフローによって生成することができる。
【0065】
図14に示すように、ステップS1401において、対象となる計測区間を1つ選択する。ステップS1402において、ステップS1401で選択された計測区間におけるスリップ限界値の平均(以下、平均スリップ限界値ともいう)を算出する。平均スリップ限界値をμ
ave,全計測区間における最新のスリップ限界典型値をμ
limi(0)、計測区間数をmとすると、平均スリップ限界値μ
aveは、以下の式(8)で算出される。ただし、観測回数mは路面状態フラグが変更されるとリセットし、0回にする。
【0066】
【0067】
次に、ステップS1403において、対象となる計測区間のスリップ限界値の時間変化(スリップ限界値の更新されることによる変化)から路面状態の変化を判定する。この路面状態の変化の判定方法は、種々の方法が考えられるが、ここでは最も単純な判定方法を示す。
図15に、スリップ限界値の時間変化から路面状態の変化を判定する模式図を示す。
【0068】
まず、過去N単位時間(ただし、N<k)分のスリップ限界典型値の平均(以下、平均スリップ限界典型値ともいう)とステップS1402で算出した平均スリップ限界値との差を、以下の式(9)により算出する。
【0069】
【0070】
次に、過去N単位時間(ただし、N<k)分の平均スリップ限界典型値と過去n単位時間(ただし、n<N/2)分の平均スリップ限界典型値との差を、以下の式(10)により算出する。
【0071】
【0072】
差δμN,δμnのいずれかが、閾値を超えている場合は路面状態が変化していると判断し、閾値を超えていない場合は路面状態が変化していないと判断する。なお、路面状態の変化を判定する方法は、上記式(9)および(10)を用いる方法に限られず、その他の種々の方法を用いることができるのは言うまでもない。
【0073】
ステップS1404において、ステップS1403の判定結果から路面状態フラグを更新する。ステップS1405において、全ての計測区間について路面状態フラグが更新されたか否かを判断する。全ての計測区間について路面状態フラグが更新されていない場合、ステップS1401に戻り、次の計測区間を選択し、ステップS1402からステップS1405を繰り返す。全ての計測区間について路面状態フラグが更新されている場合、ステップS1406に移行し、路面情報記憶部318に路面情報を記録する。
【0074】
路面情報の生成処理が終了すると、ステップS309において、現在時刻の速度ベクトルに慣性速度ベクトルを設定する。
【0075】
ステップS310において、ダンプトラック100の前方の路面状態(ここではスリップ限界典型値)を予測する。ダンプトラック100の前方(走行予定経路)の路面状態は、変化している可能性があるため、上述した路面状態フラグを用いて予測する。
【0076】
図16にダンプトラック100の前方の路面状態の予測フローを示す。ステップS1601において、GNSS受信機202の出力からダンプトラック100の現在位置を取得する。ステップS1602において、走行予定経路を現在位置から目標位置まで取得する。具体的には、走行経路生成部317によって、鉱山内の全ての走行経路データが格納されている鉱山地図データを用いて、現在位置から目標位置までの走行予定経路が生成される。ここで、目標位置は、ダンプトラック100が最低減速度で減速した際に制動不能状態(スリップ状態)にならずに停止できる距離だけ現在位置から離れている地点とする。目標位置としては、例えば、積込場、放土場、又は鉱山地図に設定されている制限速度の変化点(曲がり角等)が挙げられる。また、目標位置は、現在位置と目標位置との間に制限速度の変化点が存在しないように設定される。なお、現在位置と目標位置との間に制限速度の変化点が存在するように目標位置を設定してもよい。
【0077】
ステップS1603において、全ての計測区間のうち走行予定経路に含まれる計測区間を対象計測区間として設定し、現在位置から遠い順に並べ替える。ステップS1604において、全ての対象計測区間の中から、現在位置から遠い順に対象計測区間を選択する。ステップS1605において、ステップS1604で選択した対象計測区間の路面情報である、スリップ限界典型値と路面状態フラグと平均スリップ限界値とを路面情報記憶部318から取得する(読み出す)。
【0078】
ステップS1606において、ステップS1604で選択した対象計測区間の路面状態フラグが“正常(1)”であるか否かを判断する。路面状態フラグが“正常(1)”である場合、ステップS1607に移行し、
図17に示すスリップ限界系列のうち、その対象計測区間に対して平均スリップ限界値を設定する。なお、スリップ限界系列とは、現在位置から目標位置までの対象計測区間と各対象計測区間に設定されるスリップ限界値とを関連付けたテーブルである。一方、路面状態フラグが“変化(0)”である場合、ステップS1608に移行し、スリップ限界系列のうち、その対象計測区間に対してスリップ限界典型値を設定する。すなわち、路面状態フラグが“変化(0)”である場合、その対象計測区間に対して、上述のステップS707で設定したスリップ限界典型値の初期値を設定する。
【0079】
ステップS1609において、全ての対象計測区間についてステップS1604からステップS1608までの処理が終了したか否かを判断する。全ての対象計測区間について処理が終了していない場合、ステップS1604に戻り、ステップS1604からステップS1608までの処理を繰り返す。全ての対象計測区間について処理が終了した場合、ステップS1610に移行し、スリップ限界系列を最大加減速度算出部321に出力する。
【0080】
ステップS311において、スリップ限界系列からダンプトラック100の最大加減速度を算出する。この最大加減速度とは、ダンプトラック100がグリップ状態を維持できる加速度の上限値および減速度の上限値である。
【0081】
図18にダンプトラック100の最大加減速度の算出フローを示す。ステップS1801において、ステップS310で生成したスリップ限界系列を取得する。ステップS1802において、スリップ限界系列のうち1つの対象計測区間を選択する。ステップS1803において、選択した対象計測区間における旋回半径(曲率半径)および勾配を鉱山地図から取得する。
【0082】
ステップS1804において、選択した対象計測区間におけるダンプトラック100の最大加減速度を算出する。最大加減速度をαmax、各対象計測区間におけるスリップ限界値をμlim’、ステップS1803で取得した勾配、旋回半径をそれぞれφ、r、重力加速度をg、走行予定経路の制限速度(鉱山地図データに予め設定されている車両速度の上限)をvmax、とすると、最大加減速度αmaxは、以下の式(11)で算出される。
【0083】
【0084】
なお、ステップS303で算出した重量をM、空気粘性係数をb、転がり抵抗係数をcとし、以下の式(11)’を用いて最大加減速度αmaxを算出してもよい。この場合、最大加減速度αmaxをより精度良く算出することができる。
【0085】
【0086】
算出した最大加減速度α
maxを、
図19に示す最大加減速度系列のうち、その対象計測区間に対して設定する。なお、最大加減速度系列とは、現在位置から目標位置までの対象計測区間と各対象計測区間に設定される最大加減速度とを関連付けたテーブルである。
【0087】
ステップS1805において、全ての対象計測区間について最大加減速度を算出したか否かを判断する。全ての対象計測区間について最大加減速度を算出していない場合、ステップS1802に戻り、ステップS1802からステップS1804までの処理を繰り返す。全ての対象計測区間について最大加減速度を算出した場合、最大加減速度の算出処理を終了する。
【0088】
ステップS312において、最大加減速度系列から各位置におけるダンプトラック100の目標走行速度を設定する。目標走行速度は、ダンプトラック100がグリップ状態を維持したまま目標位置に所定の目標速度で到達するための最高走行速度である。例えば、放土場(目標位置)で停止する場合、放土場に近い位置では目標走行速度を低く設定し、放土場から遠い位置では目標走行速度を高く設定する。ダンプトラック100は放土場に近づくにしたがって減速するが、この際にダンプトラック100がグリップ状態を維持しながら放土場で停止でき、かつ、できるだけ速い走行速度となるように、目標走行速度を設定する。
【0089】
図20は、ダンプトラック100の目標走行速度の設定フローを示す。ステップS2001において、ステップS311で設定した最大加減速度系列を取得する。ステップS2002において、ダンプトラック100の現在位置から遠い順に対象計測区間を選択する。ステップS2003において、選択した対象計測区間について、鉱山地図に設定されている制限速度を取得する。
【0090】
ステップS2004において、前回選択した対象計測区間の始点(ダンプトラック100に近い位置)における目標走行速度が算出されていた場合、その目標走行速度がステップS2003で取得した制限速度以上であるか否かを判断する。ただし、目標走行速度が制限速度を超えることはないので、目標走行速度が制限速度と等しいか否かを判断することになる。目標走行速度が制限速度と等しい場合、ステップS2005に移行する。そして、ステップS2005において、
図21に示す目標走行速度系列のうち、その対象計測区間に対して目標走行速度を制限速度に設定する。なお、目標走行速度系列とは、現在位置から目標位置までの対象計測区間と各対象計測区間に設定される目標走行速度とを関連付けたテーブルである。
【0091】
一方、目標走行速度が制限速度よりも低い場合、ステップS2006に移行する。そして、対象計測区間の終点(前回選択した対象計測区間の始点)における目標走行速度、及び対象計測区間の最大加減速度から、ダンプトラック100が制動可能状態(グリップ状態)を維持したまま、対象計測区間の終点に目標走行速度で到達できるように、その対象計測区間の始点における目標走行速度を算出し、目標走行速度系列に設定する。なお、その対象計測区間の始点だけでなく、各位置における目標走行速度が設定されてもよい。
【0092】
ステップS2007において、全ての対象計測区間について目標走行速度を設定したか否かを判断する。全ての対象計測区間について目標走行速度を設定していない場合、ステップS2002に戻り、ステップS2002からステップS2006までの処理を繰り返す。全ての対象計測区間について目標走行速度を設定した場合、目標走行速度の設定処理を終了する。
【0093】
ステップS313において、速度制御部325によって、ダンプトラック100の速度を制御する。このとき、ステップS312で生成した目標走行速度系列の目標走行速度を目標値として車輪103の回転数制御やブレーキ制御を行う。
【0094】
本実施形態では、上記のように、車両制御装置300は、走行経路上の複数の位置におけるスリップ限界値を算出して記憶し、スリップ限界値を読み出して、車輪103が路面に対してグリップ状態を維持できる最大加減速度(ここでは最大加速度および最大減速度の両方)を算出し、走行経路上の目標位置まで走行する際に、自車両から目標位置までの間の走行位置における目標走行速度を、目標位置における目標速度と、ダンプトラック100が走行位置を走行した際のスリップ限界値から算出される最大加減速度とに応じて設定する。これにより、ダンプトラック100が最大加速度で加速および最大減速度で減速するように、走行予定経路上の目標位置までの各走行位置における目標走行速度が設定される。このため、ダンプトラック100は、最大加速度および最大減速度を超えない状態(グリップ状態)を維持したまま、最短時間で目標位置に所定の目標速度で到達する。これにより、ダンプトラック100は、スリップにより制御できなくなるのを抑制しながら、効率的に走行することができる。その結果、ダンプトラック100は、安全性および効率性を両立した走行を実現することができる。
【0095】
また、上記のように、車両制御装置300は、複数の位置における車輪103のスリップ率を算出し、スリップ率から、複数の位置におけるスリップ限界値を算出する。これにより、車輪103が路面に対してグリップ状態を維持できる最大加減速度を容易に算出することができる。
【0096】
また、上記のように、車両制御装置300は、スリップ限界値の時間変化から路面の滑りやすさの変化を検出し、路面の滑りやすさの変化に応じて最大加減速度を変化させる。例えば、降雨があって路面が滑りやすくなった場合には最大加減速度が低く変更され、気温上昇や乾燥等に伴い路面が滑りにくくなった場合には最大加減速度が高く変更される。これにより、時間経過に伴って最大加減速度および目標走行速度を適切に変化させることができるので、より安全でより効率的な走行を実現することができる。
【0097】
また、上記のように、従動輪である前輪103aを用いてスリップ率を算出する。従動輪(前輪103a)は駆動輪(後輪103b)に比べトルクのかかりが小さく、オフロードなどの滑りやすい路面に対しても駆動輪(後輪103b)に比べてスリップが発生しにくいので、スリップ率を高精度に算出することができる。
【0098】
また、上記のように、車両制御装置300は、走行経路を複数の区間に区分けし、各区間において、複数のスリップ限界値から1つの最大加減速度(1つの最大加速度および1つの最大減速度)を算出する。本実施形態では、スリップ限界値がほぼ一定とみなせる範囲で計測区間を区分けし、各計測区間において複数のスリップ限界値から代表となるスリップ限界典型値を1つ算出し、各計測区間に対して最大加減速度を1つ設定する。これにより、各スリップ限界値に対して1つずつ最大加減速度を算出する場合に比べて、最大加減速度を容易に算出することができる。
【0099】
また、スリップ限界値は、車重、車両の加減速度および速度などの計測値を用いて算出するため、誤差が生じる。本実施形態と異なり、このスリップ限界値をそのまま使用して、最大加減速度を算出し目標走行速度を設定することも可能であるが、この場合、各計測位置における目標走行速度が誤差を含んだ状態になる。このため、計測位置毎に目標走行速度が変化するため、車両の速度を頻繁に変化させる必要が生じる。一方、本実施形態では、各計測区間において複数のスリップ限界値から代表となるスリップ限界典型値を使用して、最大加減速度を算出し目標走行速度を設定するので、車両の速度を頻繁に変化させる必要がない。
【0100】
また、上記のように、車両制御装置300は、自車両から目標位置までの間の複数の走行位置における目標走行速度を設定する場合、現在位置から遠い(目標位置に近い)走行位置から順に目標走行速度を設定する。これにより、目標位置に近い側から順に目標走行速度が設定されるので、グリップ状態を維持したまま最短時間で目標位置に到達するように、各走行位置における目標走行速度を容易に設定することができる。
【0101】
(第2実施形態)
次に、
図22~
図25を参照して本発明の第2実施形態による運搬車両の一例であるダンプトラック100を備えた速度制御システム900について説明する。走行経路の路面状態を検出する場合、複数台のダンプトラック100で検出した方が効率的である。そこで、第2実施形態では、上記第1実施形態と異なり、路面状態の検出を複数台のダンプトラック100で行うとともに、各ダンプトラック100で算出したスリップ限界値を管制システム500に送信し、管制システム500によって路面情報を生成する場合について説明する。なお、本実施形態では、上記第1実施形態と同様の構成には同じ符号を付してその詳細な説明を省略する。
【0102】
図22は、本発明の第2実施形態による運搬車両の一例であるダンプトラック100を備えた速度制御システム900の構成を示す図である。速度制御システム900は、複数台のダンプトラック100と、各ダンプトラック100との間で通信可能な管制システム500とを備える。
【0103】
本実施形態では、上記第1実施形態と異なり、ダンプトラック100のスリップ限界典型値決定部311、スリップ限界典型値記憶部313および一時記憶部327に替えて、管制システム500にスリップ限界典型値決定部501、スリップ限界典型値記憶部502および一時記憶部503が設けられている。なお、スリップ限界典型値決定部501、スリップ限界典型値記憶部502および一時記憶部503は、それぞれ、スリップ限界典型値決定部311、スリップ限界典型値記憶部313および一時記憶部327と同様の機能を有する。
【0104】
ダンプトラック100は、通信装置210を有し、管制システム500は、通信装置210との間で通信可能な通信装置510を有する。なお、複数のダンプトラック100は全て同じ構成であるとし、
図22では2台目以降のダンプトラック100については構成を省略している。
【0105】
以下、本実施形態におけるダンプトラック100が路面のスリップのしやすさから最大加減速度を算出し、この最大加減速度を超えないように速度制御する方法を
図23に示すフローにしたがって説明する。なお、
図3と同様の処理については、
図3の符号を付している。
【0106】
ステップS301からステップS306までの処理は、上記第1実施形態と同様であるため説明を省略する。なお、スリップ限界値、加減速度、車重、現在位置等のデータは、例えば路面情報記憶部318に記憶されるが、これらのデータを記憶するための一時記憶部を別途設けてもよい。ステップS306の処理が終了すると、ステップS2101に移行する。
【0107】
ステップS2101において、管制システム500へ計測情報を送信する。計測情報には、ダンプトラック100の位置、加減速度、車重、スリップ限界値等が含まれる。計測情報の送信が終了すると、ステップS2102において、管制システム500から路面情報を受信する。ステップS2103において、受信した路面情報を路面情報記憶部318に記憶する。次のステップS309からステップS313までの処理は上記第1実施形態と同様であるので説明を省略する。
【0108】
本実施形態では、上記第1実施形態においてダンプトラック100が実行していたステップS307およびS308の処理を管制システム500が実行する。
図24に管制システム500が実行する処理フローを示す。
【0109】
ステップS2401において、予め設定された周期で各ダンプトラック100から計測情報を取得する。取得した計測情報は、計測情報テーブル(
図8参照)としてダンプトラック100毎に一時記憶部503に記憶される。
【0110】
ステップS2402において、
図25に示す計測区間情報を一時記憶部503に記憶する。計測区間情報は、各ダンプトラック100について、上記第1実施形態のステップS702で記憶した情報を全て収集したものである。
【0111】
ステップS2403において、スリップ限界典型値記憶部(以下、典型値記憶部ともいう)502から路面状態フラグを取得する。典型値記憶部502には、上記第1実施形態の典型値記憶部313と同様、各計測区間(ID)に対応した始点位置、終点位置、勾配、旋回半径、スリップ限界典型値、路面状態フラグを含む計測区間テーブルが記憶されている。
【0112】
ステップS2404において、降雨・散水情報を取得する。管制システム500は、散水車等により路面に水がまかれたか否かの散水情報や、降雨の量および位置に関する降雨情報を取得可能に構成されている。
【0113】
ステップS2405において、散水車が水をまいた経路や、所定量以上の降雨があった経路について、路面状態フラグを“変化(0)”に設定する。ステップS704~S707までの処理は上記第1実施形態と同様である。
【0114】
ステップS706またはS707の処理が終了すると、ステップS2406において、各計測区間における路面情報を生成し、各ダンプトラック100に送信する。
【0115】
本実施形態では、上記のように、車両制御装置300は、複数のダンプトラック100によって得られた複数の位置におけるスリップ限界値から、最大加減速度を算出する。このように、複数のダンプトラック100を用いて複数の位置におけるスリップ限界値を検出することによって、走行経路の路面情報を短時間で効率良く生成することができる。
【0116】
第2実施形態のその他の効果は、上記第1実施形態と同様である。
【0117】
なお、本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形形態が含まれる。例えば、上記した実施形態は本発明をわかりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0118】
例えば、上記実施形態では、運搬車両として、ダンプトラック100を例に挙げて説明したが、本発明はこれに限らず、例えばホイールローダ等にも本発明を適用可能である。
【0119】
また、上記実施形態では、運搬車両として、無人ダンプトラックを例に挙げて説明したが、本発明はこれに限らず、運転手を必要とする運搬車両にも本発明を適用可能である。
【0120】
また、上記実施形態では、車輪103が路面に対してグリップ状態を維持できる最大加速度および最大減速度の両方を算出する例について示したが、本発明はこれに限らない。例えば、ダンプトラック100のように車重が非常に重い場合、減速時にはスリップ状態(制動不能状態)になりやすく、加速時にはスリップ状態になりにくい。この場合、ダンプトラック100の加速性能の上限まで加速したとしてもスリップ状態になりにくいため、最大加速度を算出せずに最大減速度のみを算出して、各走行位置における目標走行速度を設定してもよい。
【0121】
また、上記第2実施形態では、スリップ率およびスリップ限界値の算出、及び最大加減速度の算出等を各ダンプトラック100が行う例について示したが、本発明はこれに限らない。例えば、スリップ率およびスリップ限界値及び最大加減速度等の算出に必要なデータを各ダンプトラック100から管制システム500に送信し、全てのダンプトラック100についてのスリップ率およびスリップ限界値及び最大加減速度等の算出を管制システム500が行ってもよい。
【0122】
また、上記第2実施形態では、複数のダンプトラック100が全て同じ構成である例について示したが、本発明はこれに限らない。例えば、一部のダンプトラック100のみがスリップ率やスリップ限界値を算出するように構成してもよい。そして、残りのダンプトラック100は、管制システム500からの路面情報等に基づいて速度を制御してもよい。この場合、スリップ率やスリップ限界値を算出するためのセンサ等を全てのダンプトラック100に設ける必要がない。
【0123】
また、上記実施形態では、スリップ率毎にスリップ限界値を算出する例について示したが、本発明はこれに限らない。例えば、同一の計測区間で複数のスリップ率を算出した場合、スリップ率の平均および加減速度の平均等を用いてスリップ限界値を算出してもよい。
【符号の説明】
【0124】
100 ダンプトラック(運搬車両)
101 車体
103 車輪
103a 前輪(従動輪)
103b 後輪(駆動輪)
210 通信装置
300 車両制御装置
500 管制システム