(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】水素充填方法および水素脆化特性評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 17/02 20060101AFI20221109BHJP
G01N 3/08 20060101ALI20221109BHJP
G01N 31/00 20060101ALI20221109BHJP
G01N 33/2045 20190101ALI20221109BHJP
【FI】
G01N17/02
G01N3/08
G01N31/00 C
G01N33/2045 100
(21)【出願番号】P 2018072083
(22)【出願日】2018-04-04
【審査請求日】2020-12-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】崎山 裕嗣
(72)【発明者】
【氏名】大村 朋彦
(72)【発明者】
【氏名】千田 徹志
(72)【発明者】
【氏名】小林 憲司
(72)【発明者】
【氏名】富松 宏太
【審査官】外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-219532(JP,A)
【文献】特開2015-004532(JP,A)
【文献】特開2017-223502(JP,A)
【文献】特開2004-309197(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0024077(US,A1)
【文献】北村 房男,第3回 測定の前に理解しておきたい電気化学の基礎(3),Electrochemistry,日本,公益社団法人 電気化学会,2013年07月05日,81,7,584-588
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 17/02
G01N 3/08
G01N 31/00
G01N 33/2045
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料への水素充填方法であって、
(a)前記試料および対極を電解液に浸漬する工程と、
(b)前記試料と前記対極との距離を、0mmを超えて
10mm以下に調整する工程と、
(c)前記試料と前記対極との間に電位差を生じさせて、前記試料に電気化学的に水素を充填する工程と、を備える、
水素充填方法。
【請求項2】
試料の水素脆化特性を評価する方法であって、
請求項
1に記載される(a)~(c)の工程と、
(d)前記試料に含まれる水素濃度を測定する工程と、を備える、
水素脆化特性評価方法。
【請求項3】
試料の水素脆化特性を評価する方法であって、
請求項
1に記載される(a)~(c)の工程と、
(e)前記試料に対して応力を負荷する工程と、を備える、
水素脆化特性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素充填方法および水素脆化特性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度鋼の開発において、水素により強度および靭性が劣化する水素脆化が大きな問題となっている。しかし、水素脆化に関係する材料組織的な変化は定かでなく、水素脆化のメカニズム解明が求められている。そして、そのためには、効率的に水素を鋼中に充填する方法の確立が必要となる。
【0003】
鋼中に水素を充填する方法として、電気化学的に水素チャージを行う方法が一般的に用いられている(例えば、特許文献1~4を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-309197号公報
【文献】特開2013-124998号公報
【文献】特開2013-124999号公報
【文献】特開2016-57163号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の方法においては、電解液中に試料および対極を浸漬し、それらの間に電位差を生じさせることによって、電気化学的に水素を試料に充填する。しかしながら、上記の文献においては、水素チャージを行う際の試験条件について十分に検討がなされておらず、より効率的に水素を試料中に充填するためには、改善の余地が残されている。
【0006】
本発明は、上記の問題を解決し、試料に効率的に水素を充填することができる方法、およびそれにより水素が充填された試料の水素脆化特性を評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、下記の水素充填方法および水素脆化特性評価方法を要旨とする。
【0008】
(1)試料への水素充填方法であって、
(a)前記試料および対極を電解液に浸漬する工程と、
(b)前記試料と前記対極との距離を、0mmを超えて100mm以下に調整する工程と、
(c)前記試料と前記対極との間に電位差を生じさせて、前記試料に電気化学的に水素を充填する工程と、を備える、
水素充填方法。
【0009】
(2)前記(b)の工程において、前記試料と前記対極との距離を、50mm以下に調整する、
上記(1)に記載の水素充填方法。
【0010】
(3)試料の水素脆化特性を評価する方法であって、
上記(1)または(2)に記載される(a)~(c)の工程と、
(d)前記試料に含まれる水素濃度を測定する工程と、を備える、
水素脆化特性評価方法。
【0011】
(4)試料の水素脆化特性を評価する方法であって、
上記(1)または(2)に記載される(a)~(c)の工程と、
(e)前記試料に対して応力を負荷する工程と、を備える、
水素脆化特性評価方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、試料に水素を効率的に充填することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一実施形態に係る水素充填方法および水素脆化特性評価方法について、詳細に説明する。
【0014】
本発明の一実施形態に係る水素充填方法は、(a)浸漬工程、(b)調整工程、および(c)水素充填工程を備える。各工程について詳しく説明する。
【0015】
(a)浸漬工程
浸漬工程においては、試料および対極を電解液に浸漬する。試料の種類については特に制限はないが、導電性を有する試料が対象となる。導電性を有する試料としては、例えば、鋼などの金属材料が挙げられる。試料の形状についても特に制限はない。例えば、板状であってもよいし、円柱状であってもよい。
【0016】
試料の寸法についても特に制限はないが、水素濃度測定の精度を安定させる観点から、0.5g以上であるのが好ましく、1g以上であるのがより好ましい。なお、試料表面に汚れまたは酸化皮膜等が付着していると、水素の充填が阻害されるおそれがある。そのため、試料表面は洗浄し、汚れおよび酸化皮膜等は除去しておくことが望ましい。
【0017】
また、対極の材質についても特に制限はないが、例えば白金を用いることができる。対極の形状については特に制限はなく、例えば、線状(棒状)または板状のものを用いればよい。なお、試料全体に効率的に水素を充填するためには、試料の表面積に対する対極の表面積が下記(A)式を満足することが好ましい。
S2/S1≧0.1 ・・・(A)
但し、(A)式中の各記号の意味は以下のとおりである。
S1:試料の表面積(mm2)
S2:対極の表面積(mm2)
【0018】
さらに、電解液の成分については特に制限はなく、酸性、中性またはアルカリ性のいずれでも構わない。簡便に準備できかつ導電しやすいものとしてNaCl溶液が好ましい。この時、導通が取れればNaClの濃度は問わないが、例えば、0.5質量%以上とすることが好ましい。
【0019】
加えて、水素をより多量に充填したい場合は、HCl、H2SO4などの酸を用いてもよく、また、触媒毒であるチオシアンアンモニウム(NH4SCN)、チオ尿素などを溶液に加えてもよい。一方、試料の腐食抑制の観点から、NaOHなどのアルカリ溶液を用いてもよい。
【0020】
(b)調整工程
調整工程においては、試料と対極との距離を調整する。これまで、試料と対極との距離については、実験結果に大きく影響を及ぼす要素としては考えておらず、特別な検討はなされてこなかった。また、一般的には、発生する電界の均一性の観点からある程度の距離を確保すべきと考えられてきた。
【0021】
しかしながら、本発明者らが、試料および対極の距離と水素充填量との関係について検討を行った結果、従来の考えとは異なり、接触しない範囲で距離が近いほど水素充填量が増加する傾向にあることを見出した。
【0022】
そのため、本発明においては、調整工程において、試料と対極との距離を、0mmを超えて100mm以下に調整する。上記の距離は短ければ短い方が好ましく、50mm以下であることが好ましく、10mm以下であることがより好ましく、5mm以下であることがさらに好ましい。なお、試料と対極との接触を避ける必要があるため、その距離は1mm以上であることが好ましい。
【0023】
ここで、本発明において、試料と対極との距離とは、試料の表面上の任意の点と対極の表面上の任意の点との最短距離を指すものとする。
【0024】
(c)水素充填工程
水素充填工程においては、試料と対極との間に電位差を生じさせて、試料に電気化学的に水素を充填する。具体的には、試料および対極を、電線等を介して外部電源に接続し、試料と対極との間に電位差を生じさせて、試料を対極に対して負電位にすることによって、試料に水素が充填される。この際、例えば、外部電源にポテンショ/ガルバノスタットを用いることで、水素の充填を電流制御(定電流)で行うことができる。
【0025】
(d)水素濃度測定工程
本発明の一実施形態に係る水素脆化特性評価方法においては、上述の(a)~(c)の工程に加えて、試料に含まれる水素濃度を測定する工程を備える。水素濃度の測定は、上述の方法によって試料に水素を充填した後に行ってもよいし、水素充填の前後の両方で行ってもよい。水素脆化特性を評価するための重要なパラメータの1つである試料中の水素濃度を測定することにより、試料の水素脆化特性を評価することが可能となる。
【0026】
試料中の水素濃度の測定方法については特に制限はなく、例えば、ガスクロマトグラフ式昇温脱離水素分析装置(TDA)を用いて、試料を100℃/hの昇温速度で400℃まで加熱した後、放出された水素量を測定することにより求めることができる。
【0027】
(e)応力負荷工程
本発明の他の実施形態に係る水素脆化特性評価方法においては、上述の(a)~(c)の工程に加えて、試料に対して応力を負荷する工程を備える。試料に対する応力の負荷は、上述の方法によって試料に水素を充填した後に行ってもよいし、水素充填しながら行ってもよい。試料に負荷する応力の種類については特に制限されず、引張応力、圧縮応力、曲げ応力、ねじり応力のいずれであってもよい。そして、例えば、破断が生じた際の応力を測定することによって、試料の水素脆化特性を直接的に評価することが可能である。
【0028】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
低合金鋼であり、bcc相の体積率が95%以上であるJIS SCM435鋼を試料として用いて、水素の充填を行った。試料の寸法および形状は、長さ20mm、幅10mm、厚さ1.0mmの薄板状とした。対極には、長さ30mm、幅10mm、厚さ0.2mmの薄板状の白金を用いた。そして、電解液には3%NaCl溶液を使用した。電解液の温度は25℃で一定とした。
【0030】
そして、電解液に上記の試料および対極を浸漬した後、試料と対極とが互いに平行であり、距離が表1に示す長さとなるようにそれぞれ配置した。そして、外部電源を用いて試料と対極との間に電位差を生じさせて、試料を対極に対して負電位にした。なお、外部電源としてはポテンショ/ガルバノスタットを用い、電流密度を1.0mA/cm2とした。また、充填時間は24時間で一定とした。
【0031】
【0032】
その後、各試料中に充填された水素濃度の測定を行った。具体的には、TDAを用いて、試料を100℃/hの昇温速度で400℃まで加熱した後、放出された水素量を測定することにより、試料中に充填された水素濃度を求めた。その結果を表1に併せて示す。
【0033】
表1を参照して、試料と対極との距離が200mmと、本発明の規定を満足しない試験No.7においては、充填された水素濃度が0.19ppm未満と低い結果となった。それに対して、距離を100mm以下とした本発明例の試験No.1~6では、水素濃度が0.20ppm以上となり良好な結果となった。特に、距離を10mm以下とした場合においては、充填量が著しく増加する結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、試料に水素を効率的に充填することが可能となる。また、本発明に係る水素充填方法を採用することにより、水素脆化特性の評価を効率的に行うことが可能となり、水素脆化のメカニズム解明に寄与することができる。