(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】制動制御装置
(51)【国際特許分類】
B60T 8/1755 20060101AFI20221109BHJP
B60T 8/28 20060101ALI20221109BHJP
B60T 8/26 20060101ALI20221109BHJP
【FI】
B60T8/1755 C
B60T8/28 A
B60T8/26 H
(21)【出願番号】P 2018178174
(22)【出願日】2018-09-24
【審査請求日】2021-08-18
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】110000604
【氏名又は名称】弁理士法人 共立特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100174713
【氏名又は名称】瀧川 彰人
(72)【発明者】
【氏名】山本 勇作
【審査官】羽鳥 公一
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-001040(JP,A)
【文献】特開2005-335411(JP,A)
【文献】特開2016-141204(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 7/12-8/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の減速度を増大させるに際し、前記車両の前輪に付与する前輪制動力および後輪に付与する後輪制動力のいずれか一方である対象制動力を増大させたことに伴って、前記車両の挙動が不安定になった場合に、前記対象制動力を減少させる第1制御を実行する第1制御部と、
前記第1制御が実行される前に、前記対象制動力の増大勾配を小さくし、前記対象制動力ではない前記前輪制動力又は前記後輪制動力の増大勾配を大きくする第2制御を実行する第2制御部と、
を備える制動制御装置。
【請求項2】
前記車両の減速度を増大させるに際し、前記車両のピッチングを抑制すべく、前記後輪制動力を増大させるピッチング抑制制御を実行する制動制御装置において、
前記第1制御部は、前記ピッチング抑制制御による前記後輪制動力の増大を、前記対象制動力の増大として、前記第1制御を実行する請求項1に記載の制動制御装置。
【請求項3】
前記第1制御部は、前記対象制動力が付与されている前記前輪又は前記後輪の車輪速度に基づいて、前記車両の挙動が不安定であるか否かを判定し、
前記第2制御部は、前記車輪速度を少なくとも1回微分した値に基づいて、前記第2制御を実行するか否かを判定する請求項1又は2に記載の制動制御装置。
【請求項4】
前記第2制御部は、前記減速度が増大されてから前記第2制御を実行すると判定したときまでの時間に応じて設定される変更量で、前記対象制動力の増大勾配を小さくし、前記対象制動力ではない前記前輪制動力又は前記後輪制動力の増大勾配を大きくする請求項3に記載の制動制御装置。
【請求項5】
前記第2制御部は、前記車輪速度を少なくとも1回微分した値と、前記車両の速度を少なくとも1回微分した値とに基づいて、前記第2制御を実行するか否かを判定する請求項3又は4に記載の制動制御装置。
【請求項6】
前記第2制御部は、前記第2制御として、前記対象制動力を保持し、前記対象制動力でない前記前輪制動力又は前記後輪制動力を目標減速度の増大に応じて増大させる対象保持制御を実行し、制動力配分における前記後輪制動力の割合が所定割合になると前記対象保持制御を終了させる請求項2又は5に記載の制動制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
制動制御装置には、乗員が車内で快適に過ごせるように、制動時にピッチングを抑制するピッチング抑制制御を実行するものがある。例えば特開2017-109664号公報に記載されている制動力制御装置は、ノーズダイブ状態の場合に、後輪に付与する制動力を制動力配分に基づく制動力よりも大きくするピッチング抑制制御を実行する。これにより、制動時のノーズダイブ傾向が抑制され、制動時の乗り心地が向上される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の装置において、アンチスキッド制御(ABS制御)を実行すべき車両状態では、アンチスキッド制御の実行を優先し、ピッチング抑制制御などの特定制御の実行が中止される。この場合、車両の安定性は確保されるものの、車内の快適性が急激に変化するおそれがある。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、車両の安定性を保ちつつ、実行中である特定制御の効果の持続性を向上させることができる制動制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の制動制御装置は、車両の減速度を増大させるに際し、前記車両の前輪に付与する前輪制動力および後輪に付与する後輪制動力のいずれか一方である対象制動力を増大させたことに伴って、前記車両の挙動が不安定になった場合に、前記対象制動力を減少させる第1制御を実行する第1制御部と、前記第1制御が実行される前に、前記対象制動力の増大勾配を小さくし、前記対象制動力ではない前記前輪制動力又は前記後輪制動力の増大勾配を大きくする第2制御を実行する第2制御部と、を備える。
【発明の効果】
【0007】
この構成によれば、制動開始に伴い、対象制動力を増大させる制御(特定制御)を実行する制動制御装置において、対象制動力を減少させる第1制御が実行される前に、第2制御により対象制動力の増大勾配が小さくなる。これにより、対象制動力を減少させることによる特定制御の効果の急変や消滅が抑制され、且つ対象制動力の増大勾配の減少により安定性が改善される。つまり、第1制御が実行される前に第2制御を実行することで、第1制御が実行されることが抑制され、車両の安定性を保ちつつ、実行中である特定制御の効果の持続性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本実施形態の制動制御装置を含む車両用制動装置の構成図である。
【
図2】本実施形態の制動力配分線を説明するための説明図である。
【
図3】本実施形態の制御状態を説明するためのタイムチャートである。
【
図4】本実施形態の第2制御の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。説明に用いる各図は概念図である。本実施形態の車両用制動装置Aは、
図1に示すように、制動制御装置1、制動力発生装置2、車輪速度センサ3、及び車輪41、42、43、44を備えている。例えば、車輪41は右前輪であり、車輪42は左前輪であり、車輪43は右後輪であり、車輪44は左後輪である。車輪速度センサ3は、車輪速度を検出するセンサであり、各車輪41~44に対して設けられている。車輪速度センサ3は、検出結果である車輪速度情報を制動制御装置1に送信する。制動力発生装置2は、公知の装置であって、以下に一例を挙げて簡単に説明する。
【0010】
制動力発生装置2は、各車輪41~44に設けられたホイールシリンダ51、52、53、54に液圧(ホイール圧)を発生させることで、車輪41~44に摩擦制動力(液圧制動力)を発生させる装置である。制動力発生装置2は、ドライバのブレーキ操作に応じてマスタ圧を発生させるマスタシリンダ機構21と、マスタ圧が供給されて各ホイール圧を調整するアクチュエータ22と、摩擦制動力を発生させる摩擦制動装置231、232と、を備えている。
【0011】
アクチュエータ22は、公知のESCアクチュエータであって、未図示の複数の電磁弁、電動ポンプ、及びリザーバ等で構成されている。アクチュエータ22は、制動制御装置1の指令に基づき、各ホイールシリンダ51~54に対して、独立して、加圧制御、減圧制御、又は保持制御等を実行することができる。また、アクチュエータ22は、制動制御装置1の指令に基づき、例えば、アンチスキッド制御(ABS制御)や横滑り防止制御等を実行することができる。
【0012】
摩擦制動装置231、232は、例えばディスクブレーキ装置又はドラムブレーキ装置であって、各車輪41~44に設けられている。摩擦制動装置231、232は、それぞれ、対応するホイールシリンダ51~54を備えている。なお、本実施形態では、前輪41、42に設置された摩擦制動装置231と、後輪43、44に設置された摩擦制動装置232とは、ホイール圧と制動力の関係において、異なる特性を有している。具体的に、摩擦制動装置231と摩擦制動装置232に、等圧のホイール圧が付与された場合、摩擦制動装置231のほうが摩擦制動装置232よりも制動力が大きくなる。
【0013】
制動制御装置1は、CPUやメモリ等を備えるECU(電子制御ユニット)であって、制動力発生装置2(特にアクチュエータ22)を制御する装置である。制動制御装置1は、走行状況又はドライバのブレーキ操作に基づいて車両の目標減速度を演算し、目標減速度及び各種条件に応じて各車輪41~44に対する目標ホイール圧(目標制動力)を設定する。制動制御装置1は、各目標ホイール圧に応じてアクチュエータ22を制御する。
【0014】
本実施形態の制動制御装置1は、車両の減速度を増大させるに際し、車両のピッチングを抑制すべく、後輪43、44の制動力を増大させるピッチング抑制制御を実行するように構成されている。本実施形態の制動制御装置1は、ピッチング抑制制御用に予め設定された前後輪の制動力配分に基づいて、前後輪の制動力を制御する。
【0015】
ピッチング抑制制御用の制動力配分(以下「所定の制動力配分」とも称する)は、制動力配分における後輪43、44の制動力の割合が、予め設定された基準の制動力配分よりも大きくなるように設定されている。基準の制動力配分は、例えば、前後輪のホイール圧を等圧に制御した際に発生する前後輪の制動力の差に応じて設定された制動力配分である。つまり、基準の制動力配分は、摩擦制動装置231、232の特性差を利用して設定されたものであり、前後輪のホイール圧を等圧で維持することで達成される。基準の制動力配分では、常に前輪41、42の制動力が後輪43、44の制動力より大きくなる。
【0016】
そこで、ピッチング抑制制御が実行されると、基準の制動力配分でなく所定の制動力配分に基づいて制御が為される。ピッチング抑制制御によれば、基準の制動力配分での制御に比べて、後輪43、44の制動力が大きくなりやすく、サスペンションのジオメトリ効果によりピッチング状態(ノーズダイブ状態)を抑制することができる。
【0017】
ここで、制動制御装置1は、機能として、第1制御部11と、第2制御部12と、を備えている。第1制御部11は、車両の減速度を増大させるに際し、車両の前輪41、42に付与する前輪制動力および後輪43、44に付与する後輪制動力のいずれか一方である対象制動力を増大させたことに伴って、車両の挙動が不安定になった場合に、対象制動力を減少させる第1制御を実行するように構成されている。換言すると、第1制御部11は、車両の挙動が不安定になった場合に、不安定の要因である前輪41、42又は後輪43、44を制御対象輪として、当該制御対象輪の制動力を減少させる第1制御を実行する。「増大勾配」は0以上の値である。
【0018】
より具体的に、本実施形態の第1制御部11は、例えば車輪速度及び車速から算出されるスリップ率に基づいて、不安定な車輪41~44を検出し、当該不安定な車輪41~44に対して、第1制御を実行する。本実施形態の第1制御は、アンチスキッド制御に相当する。このように、第1制御部11は、対象制動力が付与されている前輪41、42又は後輪43、44の車輪速度に基づいて、車両の挙動が不安定であるか否かを判定し、車両の挙動が不安定であると判定した場合、対象制動力を減少させる。
【0019】
第2制御部12は、第1制御が実行される前に、対象制動力の増大勾配を小さくし、対象制動力ではない前輪制動力又は後輪制動力の増大勾配を大きくする第2制御を実行するように構成されている。より具体的に、第2制御部12は、第1制御が実行される前に、第1制御の制御対象輪になると想定された前輪41、42及び後輪43、44の一方の制動力の増大勾配を所定の制動力配分に基づく増大勾配よりも小さくし、前輪41、42及び後輪43、44の他方の制動力の増大勾配を所定の制動力配分に基づく増大勾配よりも大きくする第2制御を実行する。本実施形態の第2制御は、第1制御が実行される前に、制動力配分について、第1制御の制御対象輪になると想定された前輪41、42及び後輪43、44の一方の制動力の割合を小さくする制御といえる。
【0020】
本実施形態では、例えば制動開始とともにピッチング抑制制御が実行されるため、後輪制動力が通常よりも大きくなりやすく、後輪43、44が比較的不安定となりやすい。つまり、ピッチング抑制制御中は、比較的、後輪43、44に対して第1制御(アンチスキッド制御)が実行される蓋然性が相対的に高い。したがって、第2制御部12は、第1制御の制御対象輪になると想定された後輪43、44に付与されている後輪制動力を対象制動力として、第2制御を実行する。
【0021】
第2制御部12は、対象制動力が付与されている前輪41、42又は後輪43、44(ここでは後輪43、44)の車輪速度を少なくとも1回微分した値に基づいて、第2制御を実行するか否かを判定する。より具体的に、第2制御部12は、前輪41、42の車輪速度を1回微分した前輪加速度と、後輪43、44の車輪速度を1回微分した後輪加速度との差が、第1閾値よりも大きくなった場合、第2制御を実行する。つまり、第2制御部12は、制動力配分における後輪制動力の割合を、後輪加速度と前輪加速度との差が第1閾値以下の場合よりも小さくする。この第2制御は、後輪制動力の増大勾配(傾き)が0より大きい状態を維持しつつ、後輪制動力の増大勾配を小さくする制御である。以下、この制御を配分変更制御という。
【0022】
また、第2制御部12は、車両の加速度と後輪加速度との差が第2閾値よりも大きくなった場合にも、第2制御を実行する。この場合に実行される第2制御は、後輪制動力の増大勾配を最小値(0)にして、前輪制動力のみを増大させる。すなわち車両加速度と後輪加速度との差が第2閾値よりも大きくなったときに実行される第2制御は、後輪制動力を保持し、車両の目標制動力の増大に応じて、前輪制動力のみを増大させる制御である。以下、この制御を対象保持制御という。このように、第2制御部12は、状況に応じて、第2制御として、配分変更制御又は対象保持制御を実行する。なお、車両の加速度は、例えば、車輪速度センサ3の検出結果に基づいて演算された車速を1回微分した値である。
【0023】
第2制御部12は、前輪加速度と後輪加速度との差(以下「前後加速度差」という)が第1閾値より大きい状態が検出される限り、前後加速度差の大きさに応じて、継続的に制動力の配分比を変更する(すなわち配分変更制御を実行する)。一方、一度実行された対象保持制御は、車両の加速度と後輪加速度との差(以下「全体加速度差」という)の大きさにかかわらず、所定条件が充足されるまで継続して実行される。所定条件は、例えば、前後のホイール圧が等圧になること、全体加速度差又は前後加速度差が所定値以下になること、もしくは制動力配分における対象制動力の割合が所定割合になること等である。
【0024】
ここで、
図2及び
図3を参照して、具体例に基づいて本実施形態の制動制御装置1について説明する。
図2には、ピッチング抑制制御用の制動力配分線、本実施形態の制動力配分線、基準の制動力配分線、後輪ロック線、及び理想制動力配分線が図示されている。なお、理想制動力配分線は、前後輪に対して同時に限界の制動力を発揮できる制動力配分を表す線であり、車両の諸元又は乗員状況等によって変化しうるものである。理想制動力配分線は、想定される具体例の置かれた状況を表しているといえる。
図3には、上から車両の加速度(目標減速度ともいえる)のタイムチャート、車輪加速度(回転加速度)のタイムチャート、及び前後輪のホイール圧(目標ホイール圧)のタイムチャートが図示されている。また、当該具体例では、車両の目標減速度が一定の勾配で変化する。
【0025】
図3に示すように、ピッチング抑制制御において、後輪加速度の減少勾配が前輪加速度の減少勾配よりも大きく、制動開始からW点に向かうほど、前後加速度差は大きくなっている。第2制御部12は、車輪速度センサ3の検出結果と微分演算に基づいて、W点において、前後加速度差が第1閾値を超えたことを判定し、第2制御として配分変更制御を実行する。
【0026】
その結果として、後輪43、44のホイール圧の増大勾配は第2制御実行前であるW点以前よりも小さくなり、前輪41、42のホイール圧の増大勾配は第2制御実行前であるW点以前よりも大きくなる。すなわち、後輪制動力の増大勾配は第2制御実行前より小さくなり、前輪制動力の増大勾配は第2制御実行前より大きくなる。第2制御部12は、配分変更制御を実行するにあたり、予め設定された、「前後加速度差」と「制動力配分の補正値」との関係を示すマップに基づいて、制動力配分の補正値を決定する。そして、第2制御部12は、当該補正値に基づいて制動力配分を補正(変更)する。
【0027】
例えば、第2制御部12は、所定周期で、前後加速度差を演算し、演算された前後加速度差と第1閾値と比較し、配分変更制御を実行するべきか否かを判定する。第2制御部12は、配分変更制御が実行された後も、前後加速度差が第1閾値より大きければ、当該前後加速度差に応じて制動力配分を変更する。
【0028】
W点以降、配分変更制御の実行により、前後加速度差の増大は抑制されている。しかし、車両の加速度の減少勾配に比べて後輪加速度の減少勾配は大きいため、全体加速度差はX点に向かって大きくなっている。第2制御部12は、車輪速度センサ3の検出結果と微分演算に基づいて、X点において、全体加速度差が第2閾値を超えたことを判定し、第2制御として対象保持制御を実行する。これにより、後輪43、44のホイール圧すなわち後輪制動力が一定に保持され、前輪41、42のホイール圧すなわち前輪制動力のみが車両の目標減速度(目標制動力)の増大に応じて増大する。結果として、後輪制動力の増大勾配は第2制御実行前(X点以前)より小さくなり、前輪制動力の増大勾配は第2制御実行前(X点以前)より大きくなる。
【0029】
全体加速度差及び前後加速度差は、X点からY点に向かって小さくなり、Y点で0となる。つまり、Y点で、車両の加速度と前輪加速度と後輪加速度とが一致している。ここで、第2制御部12は、対象保持制御(第2制御)を終了する。制動制御装置1は、Y点以降、基準の制動力配分線に基づき、車両の目標減速度の変化に応じて、前後のホイール圧を等圧で変化させる。
【0030】
上記の具体例での制御によれば、
図2に示すように、前輪制動力及び後輪制動力は、制動開始からW点まではピッチング抑制制御用の制動力配分線に沿って変化し、W点からX点まではW点以前よりも制動力配分における後輪制動力の割合が小さくなり、X点からY点まではさらにX点以前よりも制動力配分における後輪制動力の割合が小さくなり、Y点以降では基準の制動力配分線に沿って変化する。
【0031】
本実施形態では、ピッチング抑制制御を実行しつつ、車両の安定性に配慮した制御をしているため、結果として車両の状況すなわち理想制動力配分線に合わせて制動力配分が変化している。第2制御部12は、制動力配分線を理想制動力配分線に近づけるように第2制御を実行しているといえる。本実施形態の第2制御は、制動力配分を変更する制御であるため、全体としての制動力は維持され、車両の減速度は目標減速度に即した値となる。制動力配分における後輪制動力の割合の大小関係は、制動開始からW点までの間>W点からX点までの間>X点からY点までの間≧Y点以降、となる。
【0032】
ここで、本実施形態の第2制御の流れの一例について
図4を参照して説明する。制動が開始されると、制動制御装置1は、制動力配分をピッチング抑制制御用の制動力配分に設定する。以後の制動力配分の決定にあたり、以下の流れを所定周期で実行する。第2制御部12は、ブレーキ制御中(制動力増大開始から制動力が0になるまでの間)、全体加速度差が第2閾値を超えた経験があり、且つ、前輪41、42のホイール圧と後輪43、44のホイール圧が等しい状態であるか否かを判定する(S101)。換言すると、第2制御部12は、第2制御の1つである対象保持制御を終了するための所定条件を充足しているか否かを判定する(S101)。
【0033】
ここで、例えば前輪41、42のホイール圧と後輪43、44のホイール圧が異なる場合(S101:No)、第2制御部12は、全体加速度差が第2閾値より大きいか否かを判定する(S102)。全体加速度差が第2閾値以下である場合(S102:No)、第2制御部12は、前後加速度差が第1閾値より大きいか否かを判定する(S103)。前後加速度差が第1閾値以下である場合(S103:No)、制動制御装置1は、現在設定されている制動力配分を変更せず維持する(S104)。つまり、制動制御装置1は、ピッチング抑制制御用の制動力配分に基づいて、前後輪の制動力を制御する。
【0034】
一方、前後加速度差が第1閾値より大きい場合(S103:Yes)、第2制御部12は、配分変更制御を実行するにあたり、所定のマップに基づいて、前後加速度差に対応する補正値を決定する(S105)。そして、第2制御部12は、決定した補正値に基づいて、制動力配分を補正(変更)する(S106)。
【0035】
また、全体加速度差が第2閾値より大きい場合(S102:Yes)、第2制御部12は、現在の後輪制動力(対象制動力)を記憶する(S107)。そして、第2制御部12は、後輪制動力を記憶された値で保持し、車両の目標減速度の増大分に対応する量で前輪制動力を増大させる(S108)。つまり、第2制御部12は、対象保持制御を実行する。
【0036】
また、所定条件が充足されている場合(S101:Yes)、前輪41、42のホイール圧と後輪43、44のホイール圧が等しい状態を維持しつつ(S109)、目標減速度の増大に応じて前輪制動力及び後輪制動力を増大させる(S110)。つまり、制動制御装置1は、基準の制動力配分に基づいて、前後輪の制動力を制御する。制動制御装置1は、各ステップS104、S106、S108、S109により制動力配分を決定し、当該制動力配分と目標減速度に基づいて前後輪41~44の制動力を制御する(S110)。
【0037】
(構成のまとめと効果)
このように、本実施形態の制動制御装置1は、車両の減速度を増大させるに際し、車両の前輪41、42に付与する前輪制動力および後輪43、44に付与する後輪制動力のいずれか一方である対象制動力を増大させたことに伴って、車両の挙動が不安定になった場合に、対象制動力を減少させる第1制御を実行する第1制御部11と、第1制御が実行される前に、対象制動力の増大勾配を小さくし、対象制動力ではない前輪制動力又は後輪制動力の増大勾配を大きくする第2制御を実行する第2制御部12と、を備えている。
【0038】
この構成によれば、制御対象輪の制動力である対象制動力を通常(例えば基準の制動力配分)より増大させる特定制御を実行する制動制御装置において、対象制動力を減少させる第1制御が実行される前に、第2制御により対象制動力の増大勾配が小さくなる。これにより、対象制動力を減少させることによる特定制御の効果の急変や消滅が抑制され、且つ対象制動力の増大勾配の減少により安定性が改善される。つまり、第1制御が実行される前に第2制御を実行することで、第1制御の実行が抑制され、車両の安定性を保ちつつ、実行中である特定制御の効果の持続性を向上させることができる。
【0039】
より詳細には、本実施形態によれば、例えばアンチスキッド制御を実行せずに(ABSを作動させずに)、車両が不安定にならない範囲で、特定制御の効果を持続させることができる。第1制御が実行されると、対象制動力が減少するため、対象制動力を増大させることで生じる特定制御の効果が消える。例えば特定制御がピッチング抑制制御である場合、後輪制動力を大きくしてノーズダイブ状態を抑制し、乗員の快適性を向上させる効果が第1制御の実行に伴い消えてしまう。しかし、本実施形態では、第1制御実行前に対象制動力の単位時間あたりの増大量が小さくなるので、特定制御の効果は小さくなるものの、第1制御実行による特定制御の効果喪失は抑制される。本実施形態によれば、車両の安定性を保ちつつ、実行中の特定制御による効果の持続性を向上させることができる。
【0040】
本実施形態の制動制御装置1は、車両の減速度を増大させるに際し、車両のピッチングを抑制すべく、後輪制動力を増大させるピッチング抑制制御を実行する装置である。第1制御部11は、ピッチング抑制制御によって増大された後輪制動力を対象制動力として、第1制御を実行する。第2制御部12は第1制御部11による第1制御が実行される前に、対象制動力である後輪制動力の増大勾配を小さくし、対象制動力ではない前輪制動力の増大勾配を大きくする。この構成によれば、上記のように、第1制御による後輪制動力の減少を抑制し、後輪制動力の増大勾配を小さくすることで、車両の安定性を保ちつつ、乗員の快適性の急激な変化を抑制し、所定レベルの快適性を持続させることが可能となる。
【0041】
また、本実施形態において、第1制御部11は、対象制動力が付与されている前輪又は後輪の車輪速度に基づいて、車両の挙動が不安定であるか否かを判定し、第2制御部12は、車輪速度を少なくとも1回微分した値に基づいて、第2制御を実行するか否かを判定する。車輪41~44の挙動の変化は、車輪速度よりも、車輪速度を1回微分した車輪加速度車輪速度のほうが早く、値の変化として表れる。したがって、車輪加速度を判定要素として用いる第2制御部12のほうが、車輪速度を判定要素として用いる第1制御部11よりも早く、挙動の変化を把握することができ、より適切なタイミングで(すなわち第1制御が実行される前に)第2制御を実行することができる。
【0042】
一般に、各車輪41~44について、例えば軸重と路面の摩擦係数に応じて摩擦円を描くことができる。摩擦円の半径は、線形のグリップ力を確保できる限界値である限界制動力を表している。制動力が摩擦円の境界線に近づくほど、スリップが生じやすくなるといえる。前輪41、42の摩擦円と後輪43、44の摩擦円とは、車両の諸元や制御状況に応じて、多くの場合、互いに異なる大きさとなる。
【0043】
ここで、本実施形態では、第2制御部12が前後加速度差に基づいて第2制御を実行するか否かを判定している。前後加速度差は、摩擦円に対する後輪制動力の余裕度を、前輪41、42を基準として数値化したものといえる。例えば本実施形態ではピッチング抑制制御によって後輪制動力の方が前輪制動力よりも大きいため、前後加速度差が大きいほど、後輪43、44のスリップが大きいと判断でき、摩擦円に対する後輪制動力の余裕度は相対的に小さいと判断できる。また、車両の諸元等により後輪(一方)の摩擦円が前輪(他方)の摩擦円より相対的に小さくなる場合も、前後加速度に基づいて上記同様に判断できる。これにより、後輪43、44の状態に応じて、第1制御が実行される前のタイミングで、第2制御(配分変更制御)を実行することができる。
【0044】
また、本実施形態において、第2制御部12は、対象制動力が付与されている前輪又は後輪の車輪速度を少なくとも1回微分した値と、車両の速度(車速)を少なくとも1回微分した値とに基づいて、第2制御を実行するか否かを判定する。この構成によれば、上記同様、対象車輪(後輪43、44)の挙動の変化を早く捉えることができ、適切なタイミングで(すなわち第1制御が実行される前に)第2制御を実行することができる。
【0045】
車速が1回微分された値である車両の加速度と対象制動力を発揮する車輪の加速度(回転加速度)との差は、摩擦円に対する対象制動力の余裕度を、車両の加速度を基準として数値化したものといえる。車両の加速度を基準にすることで、より直接的に、後輪43、44の状態(後輪制動力に対する摩擦円の余裕度)を検出することができる。これにより、第2制御部12は、状況に応じた適切なタイミングで、第2制御(対象保持制御)を実行することができる。なお、本実施形態では、全体加速度差が第2閾値を超えた状態は、前後加速度差が第1閾値を超えた状態よりも、後輪制動力が限界値に近いことを表している。
【0046】
本実施形態の上記具体例において、制動開始からW点までの制御、及びW点からX点までの制御は、比較的快適性を優先した制御であるといえる。X点以降の制御は、比較的安定性を優先した制御であるといえる。このように、本実施形態によれば、状況に応じて快適性と安定性の優先度を変化させ、快適性と安定性とを極力両立させることができる。
【0047】
<第1変形態様>
本実施形態の第1変形態様において、第2制御部12は、第2制御として、対象制動力を保持し、対象制動力でない前輪制動力又は後輪制動力を目標減速度の増大に応じて増大させる対象保持制御を実行し、制動力配分における後輪制動力の割合が所定割合になると対象保持制御を終了させる。つまり、第2制御部12は、対象保持制御を、
図2及び
図3におけるY点以降も継続し、制動力配分における後輪制動力の割合が所定割合になるまで継続する。
【0048】
所定割合は、例えば、前後のホイール圧が等圧となる制動力割合よりも小さい割合に設定することができる。この場合、
図3とは異なり、第2制御部12は、前後のホイール圧が同圧になった後も(Y点以降も)、後輪43、44のホイール圧は維持して、前輪41、42のホイール圧は目標減速度の増大に応じて増大させる。この構成によれば、前輪制動力を優先とする制御が可能となり、車両の安定性が増す。
【0049】
また、第1変形態様では、
図4のステップS101、S109が例えば以下のように置き換わる。全体加速度差が第2閾値を超えた経験があり、且つ、制動力配分における後輪制動力の割合が所定割合である場合(S101:Yes)、当該所定割合を維持しつつ(S109)、目標減速度の増大に応じて前輪制動力及び後輪制動力を増大させる。
【0050】
<第2変形態様>
本実施形態の第2変形態様において、第2制御部12は、車両の減速度が増大されてから第2制御を実行すると判定したときまでの時間(
図3における制動開始からW点までの期間)に応じて設定される変更量で、対象制動力の増大勾配を小さくし、対象制動力ではない前輪制動力又は後輪制動力の増大勾配を大きくする。つまり、第2制御部12は、制動開始からW点までの時間が短いほど、増大勾配の変更量を大きくする。これにより、例えば、制動開始後すぐに前後加速度差が大きくなるような状態、例えば後輪43、44の摩擦円が極端に小さい状態において、後輪制動力の増大勾配をより小さくすることができ、後輪制動力を減少させることなく安定性を維持することが可能となる。つまり、第2変形態様によれば、より状況に応じた第2制御が可能となり、第1制御の実行を精度良く回避することができる。
【0051】
<その他>
本発明は、上記実施形態に限られない。例えば、対象制動力は後輪制動力に限らず、前輪制動力であってもよい。例えば、ノーズリフト状態を抑制するピッチング抑制制御では、前輪制動力を増大させることを、対象制動力の増大と捉え、第2制御により前輪制動力の増大勾配を小さくしてもよい。また、特定制御は、ピッチング抑制制御に限らず、前輪41、42及び後輪43、44の一方の制動力を通常(基準)よりも大きくする制御であればよい。また、第2制御の実行タイミングは上記に限らず、例えば制動開始から第2制御として配分変更制御を実行してもよい。また、第2制御部12は、例えば、ドライバによる指示(ボタン操作等)や路面状況の判断結果に応じて、第2制御を実行してもよい。
【0052】
また、車両の加速度については、加速度センサの検出結果を、車速の微分値として用いてもよい。また、第2制御部12は、例えば、車輪速度を2回微分した車輪加加速度や、車速を2回微分した車両の加加速度を、判定要素として用いることも可能である。このように、制御対象と比較対象とは同じ回数だけ微分した値(同単位の値)となる。また、制動力発生装置2は、各車輪41~44に対して独立して制動力制御が可能な装置であればよく、例えば、モータで前進/後退するボールねじを備えたマスタシリンダを備えるものや、回生制動力を発揮できる装置を備えるものでもよい。また、本発明は、自動運転や自動ブレーキを実行する車両に対して適用できる。また、説明において、加速度は減速度と言い換えてもよく、加速度の減少勾配は減速度の増大勾配である。
【0053】
なお、本実施形態の制動制御装置1は、以下のように記載することもできる。
本実施形態の制動制御装置1は、車両の減速度を増大させるに際し、前後輪41~44に対する所定の制動力配分に基づいて、前後輪41~44の制動力を制御する制動制御装置において、車両の挙動が不安定になった場合に、不安定の要因である前輪41、42又は後輪43、44を制御対象輪として、当該制御対象輪の制動力を減少させる第1制御を実行する第1制御部11と、第1制御が実行される前に、制御対象輪になると想定された前輪41、42及び後輪43、44の一方の制動力の増大勾配を現在の増大勾配よりも小さくし、前輪41、42及び後輪43、44の他方の制動力の増大勾配を現在の増大勾配よりも大きくする第2制御を実行する第2制御部12と、を備える。増大勾配は0以上の値である。第2制御は、制動力配分について、制御対象輪になると想定された前輪41、42及び後輪43、44の一方の制動力の割合を小さくする制御ともいえる。
また、本実施形態において、所定の制動力配分は、車両のピッチングを抑制すべく実行されるピッチング抑制制御に用いられ、制動力配分における後輪43、44の制動力の割合が、予め設定された基準の制動力配分よりも大きくなるように設定され、制御対象輪になると想定された車輪は、後輪43、44である。
【符号の説明】
【0054】
1…制動制御装置、11…第1制御部、12…第2制御部、2…制動力発生装置、3…車輪速度センサ、41、42…前輪、43、44…後輪。