(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】スタッド溶接用の通電治具およびスタッド溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/20 20060101AFI20221109BHJP
B23K 9/23 20060101ALI20221109BHJP
【FI】
B23K9/20 C
B23K9/20 D
B23K9/23 K
(21)【出願番号】P 2018231888
(22)【出願日】2018-12-11
【審査請求日】2021-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100182925
【氏名又は名称】北村 明弘
(72)【発明者】
【氏名】狩野 忍
(72)【発明者】
【氏名】三浦 教昌
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-291021(JP,A)
【文献】実開昭60-157077(JP,U)
【文献】特開2017-127902(JP,A)
【文献】特開2014-213377(JP,A)
【文献】特開2003-062670(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00 - 9/32、10/00 - 10/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被溶接材とスタッドとを溶接するスタッド溶接用の通電治具であって、
絶縁部を介して前記被溶接材の両面を挟持する取付手段と、
前記被溶接材の端面に接触する導電部と、
スタッド溶接機の電源に連結された配線と
を含む、スタッド溶接用の通電治具。
【請求項2】
前記取付手段は、絶縁部、取付部、把持部および固定手段を備える、請求項1に記載の通電治具。
【請求項3】
請求項1または2に記載の通電治具を用いて、基材の少なくとも片面の上に絶縁性皮膜を有する被溶接材とスタッドとを溶接するスタッド溶接方法であって、
前記被溶接材は、その端面において少なくとも前記絶縁性皮膜を有しない導電性領域を含み、
前記絶縁性皮膜を有する前記片面に対して前記スタッドを接触させるとともに、
前記被溶接材の前記端面の前記導電性領域に
前記通電治具の導電部を接触させて、前記スタッドと前記端面との間を通電させて溶接を行う、スタッド溶接方法。
【請求項4】
前記絶縁性皮膜は、無機系皮膜または有機系樹脂皮膜である、請求項
3に記載のスタッド溶接方法。
【請求項5】
前記被溶接材は、前記基材の上にZnを含有するめっき層を含む、請求項
3または4に記載のスタッド溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スタッド溶接用の通電治具およびスタッド溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スタッド溶接とは、スタッド(例えば、ピン、ボルト、ねじ)を被溶接材(例えば、鋼板)の表面に押し当てて、両者の間にアークを発生させた後、スタッドを被溶接材へ押し付けて溶接する方法である。供給電力の種類に応じて、コンデンサー方式、電力アーク方式がある。
図1にコンデンサー方式によるスタッド溶接の模式図を示す。スタッド溶接用ガン4には、スタッド溶接機3の陽極または陰極の配線が接続される。被溶接材1には、それと逆の極性の配線が通電治具8を介して接続される。スタッド2の先端には、小さい突起が設けられている。
【0003】
スタッド2を保持したスタッド溶接用ガン4により、スタッド2の突起を被溶接材1に押し付けて接触させる。そして、スタッド溶接用ガン4のスイッチを入れると、スタッド溶接機3のコンデンサーに蓄えられた電気が極めて短時間(約10msec)のうちに、スタッド先端の突起に流れて、被溶接材1とスタッド2との間にアークが発生する。それとともに、スタッド2を押し付けて、瞬時に両者を溶接することができる。
【0004】
スタッド溶接においては、被溶接材に配線を取り付ける場合、
図8に示すように、スタッドを接合させる表面と同じ面の上に配線を取り付ける方式が一般的である。なお、本明細書においては、スタッドを接合させる側に面を、単に「表面」と記すことがある。
【0005】
例えば、特許文献1(第1図)には、
図8に示すように、母材41がスタッド取り付け面を上にして治具42に載せられていて、スタッド取り付け面の辺縁側に、母材41と同電位に保った金属製アダプター43を母材面に設置させた状態で、母材41にスタッド45を接合するスタッド溶接方法が記載されている。母材41の表面は、当該アダプターを介してリード線44と電気接続された形態を示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、スタッド溶接を行う場合、被溶接材の表面に通電用電極を取付けて、被溶接材とスタッドとの間に電圧を印加し、アークを発生させる。しかし、鋼板などの被溶接材の用途によっては、耐食性や耐カジリ性を向上させるための表面処理を施して、基材表面に無機系皮膜または有機系樹脂皮膜を設けた製品がある。そのような製品の当該皮膜が絶縁性を有すると、スタッド溶接において電圧を印加しても、絶縁性皮膜によって通電が妨げられる。このような場合、被溶接材の表面に取り付けた通電用電極においてスパークが発生し、スタッド先端を溶融するのに十分なアーク熱が得られず、スタッドの接合不良を招く場合があった。
【0008】
そのため、スタッド溶接を行う前には、絶縁性皮膜を研削する必要があった。スタッド溶接を行った後には、鋼板表面に残存するスパーク痕の研磨や塗装等の補修作業を行う必要があった。その結果、スタッド溶接における作業工程が多くなり、高コストの要因となっており、その軽減が課題であった。
【0009】
そこで、本発明は、スタッド溶接の作業性を向上させるための通電用治具を提供することを目的とする。また、絶縁性皮膜を有する被溶接材に対して、十分な接合強度を付与し、溶接後の補修作業を軽減できるスタッド溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の目的を達成するために検討した結果、被溶接材における絶縁性皮膜を有しない導電性領域を有する端面側に通電治具の導電部を接触させて、スタッドと端面との間を通電させて溶接することにより、被溶接材の表面状態に影響されずに、効率的にスタッド溶接を行うことができることを見出して、本発明を完成した。具体的には、本発明は、以下のものを提供する。
【0011】
(1)本発明は、被溶接材とスタッドとを溶接するスタッド溶接用の通電治具であって、絶縁部を介して前記被溶接材の両面を挟持する取付手段と、前記被溶接材の端面に接触する導電部と、スタッド溶接機の電源に連結された配線とを含む、スタッド溶接用の通電治具である。
【0012】
(2)本発明は、前記取付手段は、絶縁部、取付部、把持部および固定手段を備える、(1)に記載の通電治具である。
【0013】
(3)本発明は、基材の少なくとも片面の上に絶縁性皮膜を有する被溶接材とスタッドとを溶接するスタッド溶接方法であって、前記被溶接材は、その端面において少なくとも前記絶縁性皮膜を有しない導電性領域を含み、前記絶縁性皮膜を有する前記片面に対して前記スタッドを接触させるとともに、前記端面の前記導電性領域に通電治具の導電部を接触させて、前記スタッドと前記端面との間を通電させて溶接を行う、スタッド溶接方法である。
【0014】
(4)本発明は、(1)または(2)に記載の通電治具を用いて、前記被溶接材の前記端面の前記導電性領域に前記導電部を接触させる、請求項3記載のスタッド溶接方法である。
【0015】
(5)本発明は、前記絶縁性皮膜は、無機系皮膜または有機系樹脂皮膜である、(3)または(4)に記載のスタッド溶接方法である。
【0016】
(6)本発明は、前記被溶接材は、前記基材の上にZnを含有するめっき層を含む、(3)~(5)のいずれかに記載のスタッド溶接方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、効率的にスタッド溶接を行うことができる。スタッド溶接機と被溶接材との電気接続を簡単に確実に行うことできる。さらに、絶縁性皮膜を有する被溶接材のスタッド溶接に適用した場合には、本発明により、端面から通電するため、被溶接材とスタッドとの通電状態が十分に確保され、必要なアーク熱が得られるので、十分な接合強度が得られ、また、溶接後にスパーク痕の残存も抑制される。そのため、従来の必要とされていたスタッド溶接前に皮膜を研削する作業を省略でき、また、スタッド溶接後に被溶接材の表面研磨や塗装などの補修作業を省略できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明に係る通電治具が適用される溶接方法を説明するための模式図である。
【
図3】実施例で使用した通電治具を拡大して示す図である。
【
図7】スタッド溶接に使用されるスタッドの例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る実施形態について説明する。本発明は、以下の説明に限定されるものではない。
【0020】
(通電治具)
本発明に係る通電治具は、被溶接材とスタッドとを溶接するスタッド溶接に適用される。
図2に、当該通電治具を用いたスタッド溶接の実施形態例を示す。
図3に、当該通電治具の構造を拡大した正面図を示す。
図4は、通電治具の要部を示した斜視図である。
図5は、通電治具の側面を
図4のT方向から見た図である。本発明に係る通電治具は、
図1に示すようなスタッド溶接に適用することができる。
【0021】
図2に示すように、通電治具8は、絶縁部11を介して被溶接材1の両面を挟持する取付手段10と、被溶接材1の端面7に接触する導電部12と、スタッド溶接機3の電源に連結された配線13とを含む。スタッド溶接を行うため、通電治具8を被溶接
材1の端面側に取り付けるときは、導電部12を端面7に押し付けて端面7と十分に接触させることが好ましい。導電部12は、取付手段10に結合されて配置されている。取付手段10と導電部12は、双方が一体的に作製された部材を用いてもよい。または、取付手段10と導電材12を別個に作製し、双方が接合された部材を用いてもよい。
【0022】
(取付手段)
通電治具の取付手段は、絶縁部、取付部、把持部および固定部を備えることが好ましい。例えば、
図3に示すように、取付部14は、絶縁部11を介して被溶接材1の両面を挟持する手段である。把持部15は、取付部14を脱着自在に操作する手段である。絶縁部11は、電気的な絶縁性材料からなる部材であって、取付部14において被溶接材1と対向する側に設けられる。取付部14における対向面に絶縁シートを貼り付けてもよい。
【0023】
図4及び
図5に示すように、取付部14を押圧するため、押圧具19を連結具23の一端に連結させて設けることが好ましい。取付部14の上面に溝部20が設けられ、押圧具19は、溝部20の中に移動自在に配置される。押圧具19が溝部20から外れないように、溝部20の上部空間の一部を覆う突出壁を設けて、押圧具19と係合させる構造とすることが好ましい。溝部20は、被溶接材1の端面側へ向かって降下する傾斜形状を有している。そのため、溝部の端面側に壁またはストッパーを設けて、押圧具19が溝部20から外れないようにすることが好ましい。把持部15を操作すると、連結具23を介して押圧具19を上下方向に移動させることができる。
【0024】
図3に示すように、押圧具19が被溶接材1へ向かって移動する場合、押圧具19は、溝部20の中の傾斜する底面25(以下、「傾斜面」ということもある。)に対して一定の押圧力で押し付けることになる。取付部14は、押圧力の鉛直成分により被溶接材と密着するように押し付けられる。それに加えて、取付部14は、押圧力の水平成分により、被溶接材1の端面7と反対側の方向へ移動するように押し付けられる。取付部14は、溝部20内で移動可能であるから、上記の押し付けにより傾斜面25の上で端面7と反対側へスライドする。このような取付部14の移動形態に伴い、取付部14の側面に設けた導電部12は、被溶接材1の端面7に当たる方向へ押し付けられるので、被溶接材1端面と導電部12との密着性も向上する。
【0025】
図3に示すように、取付部14は、被溶接材1の両面に対して脱着自在とするように1対の部材で構成することが好ましい。把持部15は、手動で操作し得るように1対の部材で構成することが好ましい。取付部14と把持部15とは、連結軸16を介して連結されており、把持部15の動きに応じて取付部14が作動して被溶接材との脱着が行われる。このような脱着操作を円滑に行うため、取付部14及び把持部15と連結軸16との間に複数の連結具21,22,23を設けてもよい。
【0026】
把持部15の各部材の間隔を狭めると、連結具21,22,23を介して取付部14の各部材の間隔が狭まる方向へ移動し、取付部14により被溶接材の両面を挟むことができる。把持部15の各部材の間隔を広げると、取付部14の各部材の間隔が広がる方向へ移動し、通電治具が被溶接材から取り外すことができる。把持部15には、各部材の間隔を調整する固定部17と調整具18が設けることが好ましい。
【0027】
固定部17は、例えば、把持部15の各部材にその一端を結合させた棒状部材と、各部材の間隔を広げる方向へ付勢するバネのような付勢部材とを有している。固定部17は、棒状部材の位置を固定及び解除する調整具18と組み合わせることができる。通電治具を使用しないときは、付勢手段により棒状部材が伸びるので、把持部の間隔が広がった状態にある。通電治具を被溶接材の端面に取り付けるときは、把持部を握って棒状部材を縮める。把持部の間隔に連動して取付部の各部材の間隔が狭まり、所定の挟持状態になれば、調整具により固定部を固定して、通電治具を被溶接材の端部に取り付けることができる。溶接が終了して通電治具を被溶接材から外すときは、調整具で棒状部材の固定を解除すると、棒状部材が伸びて把持部の間隔が広がり、それにともない取付部の間隔が広がり通電治具を被溶接材から取り外すことができる。
【0028】
取付手段の素材は、特に限定されない。導電性材料または非導電性材料のいずれでもよく、金属材料や樹脂材料を用いることができる。
【0029】
(導電部)
通電治具の導電部は、銅やアルミニウムなどの導電性材料からなる部材である。被溶接材に応じて、板状や棒状などの形状を適宜に選定できる。導電部が被溶接材の端面に接触する当接面についても、被溶接材の端面形状に応じて、平面状や曲面状などの形状を適宜に選定できる。また、導電部と取付手段の取付部とを一体の部材で構成する場合は、取付部も導電性材料で構成される。
【0030】
(配線)
通電治具の導電部は、配線によりスタッド溶接機の電源と連結される。連結箇所としては、
図2に示すように、導電部12と直接に接続することができる。
図3および
図4に示すように、取付部14の外面に設けた端子24に配線13を接続してもよい。取付部14が導電部と一体の部材であるときは、端子24から導電部へ通電することができる。取付部が非導電性材料からなるときは、導電部12から端子24まで連結される導体を取付部14の内面に設けることにより、導電部12へ通電することができる。
【0031】
(スタッド溶接方法)
本発明に係るスタッド溶接方法は、基材の少なくとも片面の上に絶縁性皮膜を有する被溶接材とスタッドとを溶接するスタッド溶接方法である。被溶接材は、その端面において絶縁性皮膜を有しない導電性領域を含み、絶縁性皮膜を有する片面に対してスタッドを接触させるとともに、スタッドと端面との間を通電させて溶接を行うものである。
【0032】
上述した本実施形態に係る通電治具を使用することができる。被溶接材の端面の導電性領域に、通電治具の導電部を接触させることにより、スタッドと被溶接材の端面との間が通電されて、スタッドは、被溶接材の片面との間でアークが発生し、そのアーク熱によりスタッドが被溶接材の片面に溶接される。
【0033】
スタッド溶接するときの設定電圧は、スタッドボルトの径によって適宜選択すればよい。例えば、70~160Vの範囲で選定することができる。
【0034】
(被溶接材)
被溶接材の形状は、特に限定されない。板材、管材などに適用できる。板材であることが好ましい。板材は、スタッド溶接を行う部分にスタッドボルトを立てて、スタッドボルトを介して、板材の板厚方向に所定の面圧を付与しつつ、スタッドボルトの端面を板材の表面に接触させることができる程度に平板状の部分を有する素形材であればよい。
【0035】
被溶接材の素材は、特に限定されない。鋼材であることが好ましい。炭素鋼の冷延鋼板や熱延鋼板、ステンレス鋼板(オーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト系、フェライト・マルテンサイト二相系を含む)、あるいは、それらをプレス加工により成形して組み立てられた構造物や、溶接により組み立てられた形鋼等の構造部材や構造物であってもよい。鉄系材料から組み立てられた鋳造物または鍛造物、切削加工および粉末冶金などにより成形された金属素形材でもよい。
【0036】
鋼板にめっきが施されている場合は、そのめっき鋼板の種類として、少なくともZn(亜鉛)を含有するめっき鋼板である、亜鉛めっき鋼板、Zn-Al合金めっき鋼板、Zn-Al-Mg合金めっき鋼板、Zn-Al-Mg-Si合金めっき鋼板、Al-Zn合金めっき鋼板などを用いることができる。
【0037】
(絶縁性皮膜)
被溶接材の表面の絶縁性皮膜は、無機系皮膜または有機系樹脂皮膜であることが好ましく、次のような皮膜を用いることができる。
【0038】
無機系皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩およびバルブメタルのフッ化物からなる群から選択される1種または2種以上の化合物(以下、「バルブメタル化合物」ともいう。)を含むものが好ましい。バルブメタルとは、その酸化物が高い絶縁抵抗を示す金属をいう。バルブメタルとしては、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、W、SiおよびAlからなる群から選択される1種または2種以上の金属が挙げられる。バルブメタル化合物としては、公知のものを用いてよい。
【0039】
無機系皮膜は、バルブメタルの可溶性フッ化物を含んでいてもよい。可溶性または難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩を含んでいてもよい。可溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩に含まれる金属の例には、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Mnが含まれる。難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩に含まれる金属の例には、Al、Ti、Zr、Hf、Znが含まれる。
【0040】
有機系樹脂皮膜を構成する有機樹脂は、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、オレフィン系樹脂、スチレン系樹脂、ポリエステル系樹脂、アクリル系樹脂、フッ素系樹脂、これらの樹脂の組み合わせ、これらの樹脂の共重合体または変性物などを使用することができる。有機系樹脂皮膜の中にバルブメタル化合物を分散させて含有させることもできる。特に、柔軟性に優れる点でウレタン系樹脂による皮膜が好ましい。
【0041】
有機系樹脂皮膜は、潤滑剤を含むものが好ましい。潤滑剤を含有させることにより、耐カジリ性を向上させることができる。潤滑剤の種類は、特に限定されず、公知の物質から選択することができる。潤滑剤の例としては、フッ素系、ポリエチレン系、スチレン系などの有機ワックス、二硫化モリブデン、タルクなどの無機潤滑剤を使用することができる。
【0042】
有機系樹脂皮膜は、無機系皮膜と同様に、バルブメタル化合物を含むものが好ましい。可溶性または難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩を含んでいてもよい。
【0043】
(端面)
被溶接材は、その端面において少なくとも絶縁性皮膜を有しない導電性領域を含むことが好ましい。通電治具の導電部が端面の導電性領域に接触することにより、被溶接材へ通電することができる。本実施形態に係る導電性領域は、端面において絶縁性皮膜が実質的に存在しておらず、スタッド溶接に適用可能な程度の導電性を備えた部分をいう。例えば、絶縁性皮膜を有する被溶接材に対して、剪断などの切断加工を行うと、その切断面において、基材が露出した、絶縁性皮膜を有しない端面を得ることができる。切断条件によっては、切断時に本体表面の絶縁性皮膜が切断面に引き込まれて、絶縁性皮膜が部分的に残存した端面が得られる場合もある。
【0044】
(スタッド)
スタッドとして、スタッドボルトを使用することができる。スタッドボルトは、鉄製、ステンレス製、またはアルミニウム製が好ましい。スタッドボルトの表面には、必要に応じて、銅やニッケルなどのめっきを施してもよい。
【実施例】
【0045】
以下、本発明の実施例について説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0046】
スタッドボルトを用いて、スタッド溶接を行った。スタッドボルトとして、日本ドライブイット株式会社製のM6を使用した。スタッドボルトの形状を
図7に示す。スタッドボルト2は、本体38に突起部39を有する。スタッドボルトの本体38の長さh1は、20mmであり、材質は、軟鋼SWCHの銅めっき品であった。
【0047】
被溶接材の基材として、日新製鋼株式会社製の溶融亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板(ZAM(登録商標))と、溶融亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板に黒色化処理を施した高耐食黒色めっき鋼板(黒ZAM(登録商標))の各めっき鋼板を用いた。各めっき鋼板の表面に絶縁性皮膜を形成するための表面処理を施して、3種類の鋼材を作製した。それぞれを、「鋼材1」、「鋼材2」、「鋼材3」という。鋼材1および鋼材2の基材には、溶融亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板を用いた。鋼材3の基材には、高耐食黒色めっき鋼板を用いた。基材のめっき鋼板は、いずれも、板厚が2.3mm、めっき付着量が片面90g/m2であった。めっき皮膜の厚みは、走査型電子顕微鏡(SEM)の断面観察により、約3μmであった。
【0048】
絶縁性皮膜として、鋼材1の表面には、バルブメタルの酸化物及びフッ化物が共存し、さらにリン酸を含有する無機系皮膜を形成した。鋼材2の表面には、リン酸塩結晶とクロムフリーの無機系皮膜を形成した。鋼材3の表面には、ウレタン系樹脂、バルブメタルの酸化物と有機リン酸を含有する有機系樹脂皮膜を形成した。
【0049】
鋼材1~3を100mm×100mmの矩形に切断して溶接試験に供した。各鋼材の端面は、絶縁性皮膜を有しておらず、導電性領域に相当する基材の表面が露出していた。
【0050】
スタッド溶接は、コンデンサースタッド溶接機として、日本ドライブイット株式会社製のCDスタッド溶接機(JDI-80)を用いた。スタッド溶接用ガンに保持されたスタッドボルトが陽極側、被溶接材が陰極側となるように、スタッド溶接機の電源と配線を接続した。
【0051】
本発明例は、本発明に係る通電治具を用いた。
図2に示すように、本実施形態に係る通電治具8を、鋼材1~3の端面側に取り付けて、導電部12を端面7に当接させた。これは、被溶接材1の端面7から通電させる方式によるものである。
【0052】
比較例として、従来のスタッド溶接方法と同様に、被溶接材におけるスタッドを接合させる片面と同じ表面から通電させる方式を用いた。
図6に示すように、スタッドを接合させる一方の面5と他方の面6から通電させるため、参考治具31を被溶接材1の端面側に取り付けた。
図2と同様に、2つの参考治具31が、両端の向き合った位置に取り付けられた(
図6では、片方の治具の図示を省略した)。参考治具31は、被溶接材1の両面を挟むための1対の挟持片32,33を備えており、挟持片32は、把持片34の先端に結合している。さらに、挟持片33,34を連結する連結部35と、挟持片33,34が鋼材を挟む方向へ付勢するバネ36と、挟持片33に接続された配線37とを備えている。
【0053】
参考治具31を使用するときは、把持片34と一方の挟持片33とを手で握って両者の間隔を狭めることにより、他方の挟持片32と一方の挟持片33との間隔が広がる。その広げた状態で、参考治具31を被溶接材1の端部に取り付ける。その後、把持片34から手を離すと、バネ36で付勢されて挟持片32と挟持片33が被溶接材1を挟んで、参考治具31が固定される。挟持片33は、導電性の銅材料で構成されているので、挟持片33と接触した被溶接材の表面から通電させることができる。
【0054】
その後、スタッド溶接用ガンに保持されたスタッドボルトを、被溶接材の片面に接触させ、所定の加圧力で押し付けて、スタッド溶接を開始した。スタッド溶接の条件として、設定電圧は、90V、100V、110V、130Vを選定し、加圧力は、68Nを選定した。溶接した接合体に関する試験結果を表1~表3に示す。
【0055】
表1の試験例No.1~No.8は、鋼材1を用いた例である。表2の試験例No.9~No.16は、鋼材2を用いた例であり、表3の試験例No.17~No.24は、鋼材3を用いた例である。被溶接材へ通電する方式について、本発明例のように端面から通電する方式(以下、「端面通電方式」という。)を「A」で表記し、比較例のように表面から通電させる方式(以下、「表面通電方式」という。)を「B」で表記した。
【0056】
(外観の評価)
溶接に伴って発生するスパークの痕跡が残存すると、接合体の外観を損なう。そこで、溶接後の接合体について、その外観を目視で観察し、スパーク痕の有無を確認した。スパッタ痕が観察されないときは、外観が良好(○)と判定し、スパーク痕が観察されたときは、外観が不適(×)と判定した。その結果を表1~表3に示す。
【0057】
得られた接合体について、被溶接材からスタッドを引き抜く形態で引張試験を行い、接合体を破断させた。この引張試験は、JIS B 1198に準じて、5m/minの引張速度で行った。
【0058】
(接合性の評価)
破断後の接合体は、破断箇所を目視で観察し、その破断形態によって接合性の良否を判定した。スタッドボルトの本体または被溶接材の本体において破断した場合は、接合性が良好(○)と判定し、スタッドボルトと被溶接材との接合部付近で破断した場合は、接合性が不良(×)と判定し、接合性を評価した。その結果を表1~表3に示す。
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
表1~表3に示すように、本発明に係る通電治具を用いた試験例No.1~No.4、試験例No.9~No.12、試験例No.17~No.24は、いずれの鋼板において、スパークの発生が抑制されており、外観が良好であった。さらに、設定電圧の観点では、100~130Vを選定した試験例は、良好な接合性を示した。
【0063】
以上のことから、本発明に係る通電治具は、端面通電方式によるスタッド溶接を可能とするものであり、従来の表面通電方式に比べて、スパーク痕の発生を抑制し、十分な接合強度を確保できることが分かった。また、本発明に係るスタッド溶接は、端面から通電することによる有用な作用効果を確認できた。よって、絶縁性皮膜を有する被溶接材にスタッド溶接を適用した場合でも、溶接前の皮膜を除去作業や、溶接後の補修作業を省略できる点で、有用であることを確認できた。
【符号の説明】
【0064】
1 被溶接材
2 スタッド
3 スタッド溶接機
4 スタッド溶接用ガン
5 一方の面
6 他方の面
7 端面
8 通電治具
10 取付手段
11 絶縁部
12 導電部
13 配線
14 取付部
15 把持部
16 連結軸
17 固定部
18 調整具
19 押圧具
20 溝部
21 連結具
22 連結具
23 連結具
24 端子
25 傾斜面
31 参考治具
32 挟持片
33 挟持片
34 把持片
35 連結部
36 バネ
37 配線
38 スタッドボルトの本体
39 突起部
41 母材
42 治具
43 金属製アダプター
44 リード線
45 スタッド
46 溶接ガン