(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】ステンレス鋼管及び溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221109BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20221109BHJP
C21D 9/08 20060101ALI20221109BHJP
C21D 9/50 20060101ALI20221109BHJP
C23G 1/08 20060101ALI20221109BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/50
C21D9/08 E
C21D9/08 F
C21D9/50 101B
C23G1/08
(21)【出願番号】P 2019004624
(22)【出願日】2019-01-15
【審査請求日】2021-09-03
(31)【優先権主張番号】P 2018004669
(32)【優先日】2018-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】相良 雅之
(72)【発明者】
【氏名】天谷 尚
(72)【発明者】
【氏名】谷山 明
(72)【発明者】
【氏名】元家 大介
(72)【発明者】
【氏名】野口 美紀子
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-348610(JP,A)
【文献】特開2001-026820(JP,A)
【文献】特開2010-159487(JP,A)
【文献】特開2011-089159(JP,A)
【文献】国際公開第2016/088364(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/00- 9/44
C21D 9/50
C23G 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼管であって、
化学組成が、質量%で、
C :0.001~0.050%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.05~1.00%、
P :0.030%以下、
S :0.002%以下、
Cu:0.10%未満、
Cr:11.50~14.00%未満、
Ni:5.00%超~7.00%、
Mo:1.00%超~3.00%、
Ti:0.02~0.50%、
V :0.005~0.500%、
Nb:0.005~0.500%、
Al:0.001~0.100%、
Ca:0.0001~0.0040%、
N :0.0001~0.0100%未満、
残部:Fe及び不純物であり、
前記ステンレス鋼管表面に対するX線光電子分光分析で得られたCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-Oが0.30以上である、ステンレス鋼管。
【請求項2】
請求項1に記載のステンレス鋼管であって、
前記原子濃度比Cr-O/Fe-Oが1.50以下である、ステンレス鋼管。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のステンレス鋼管であって、
前記ステンレス鋼管は、継目無である、ステンレス鋼管。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のステンレス鋼管であって、
前記ステンレス鋼管は、ラインパイプ用である、ステンレス鋼管。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のステンレス鋼管の管端同士を突き合わせて円周溶接する工程と、
前記円周溶接後、下記(1)式を満たす条件で、少なくとも溶接部及び溶接熱影響部に対して溶接後熱処理をする工程とを備える、溶接継手の製造方法。
(Cr-160×C+Mo/0.08+Ti/0.005)×(t×exp(-1000/(T+273)))^0.5≧400 ・・・(1)
ここで、
Cr:前記化学組成におけるCr含有量、単位は質量%、
C :前記化学組成におけるC含有量、単位は質量%、
Mo:前記化学組成におけるMo含有量、単位は質量%、
Ti:前記化学組成におけるTi含有量、単位は質量%、
T :前記溶接後熱処理の温度、単位は℃、ただし、550℃≦T≦700℃、
t :前記溶接後熱処理の時間、単位は秒、
である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼管及びこれを用いた溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油井やガス井から産出される石油や天然ガスは、随伴ガスとして炭酸ガスや硫化水素等の腐食性ガスを含んでいる。Crを13質量%程度含むマルテンサイト系ステンレス鋼管(以下「13%Cr鋼管」という。)は、耐食性と経済性とのバランスに優れており、油井用鋼管やラインパイプ用鋼管等として広く用いられている(例えば、特開2015-161010号公報、特開2006-144069号公報、特開2010-242162号公報等を参照。)。
【0003】
13%Cr鋼管は、溶接して使用された場合、溶接熱影響部(HAZ)において応力腐食割れ(SCC)感受性が高まることが知られている。これは、溶接熱サイクルによって粒界にCr炭化物が析出し、Cr欠乏層が形成されるためと考えられている(例えば、国際公開第2005/023478号を参照。)。このCr欠乏層は、溶接後熱処理(PWHT)を行うことで回復できることが知られている(例えば、特開平11-343519号公報を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-161010号公報
【文献】特開2006-144069号公報
【文献】特開2010-242162号公報
【文献】国際公開第2005/023478号
【文献】特開平11-343519号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本発明者らの調査の結果、PWHTを行っても、80~200℃程度の高温でかつ塩化物イオンと炭酸ガス(CO2)を含む環境(以下では、「高温CO2環境」ともいう。)での十分な耐SCC性が得られない場合があることが分かった。
【0006】
本発明の目的は、溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制できるステンレス鋼管を提供することである。本発明の他の目的は、耐SCC性に優れた溶接継手の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一実施形態によるステンレス鋼管は、化学組成が、質量%で、C:0.001~0.050%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.05~1.00%、P:0.030%以下、S:0.002%以下、Cu:0.10%未満、Cr:11.50~14.00%未満、Ni:5.00%超~7.00%、Mo:1.00%超~3.00%、Ti:0.02~0.50%、V:0.005~0.500%、Nb:0.005~0.500%、Al:0.001~0.100%、Ca:0.0001~0.0040%、N:0.0001~0.0100%未満、残部:Fe及び不純物であり、前記ステンレス鋼管表面に対するX線光電子分光分析で得られたCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-Oが0.30以上である。
【0008】
本発明の一実施形態による溶接継手の製造方法は、上記のステンレス鋼管の管端同士を突き合わせて円周溶接する工程と、前記円周溶接後、下記(1)式を満たす条件で、少なくとも溶接部及び溶接熱影響部に対して溶接後熱処理をする工程とを備える。
(Cr-160×C+Mo/0.08+Ti/0.005)×(t×exp(-1000/(T+273)))^0.5≧400 ・・・(1)
ここで、
Cr:前記化学組成におけるCr含有量、単位は質量%、
C :前記化学組成におけるC含有量、単位は質量%、
Mo:前記化学組成におけるMo含有量、単位は質量%、
Ti:前記化学組成におけるTi含有量、単位は質量%、
T :前記溶接後熱処理の温度、単位は℃、ただし、550℃≦T≦700℃、
t :前記溶接後熱処理の時間、単位は秒、
である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制できるステンレス鋼管、及び耐SCC性に優れた溶接継手が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、市販のSUS304ステンレス鋼板表面から得たCr 2p3/2の光電子スペクトルから、バックグラウンドを除去した後、金属成分と酸化物成分に分離した結果を示す図である。
【
図2】
図2は、市販のSUS304ステンレス鋼板表面から得たFe 2p3/2の光電子スペクトルから、バックグラウンドを除去した後、金属成分と酸化物成分に分離した結果を示す図である。
【
図3】
図3は、ステンレス鋼管の製造方法の一例を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、13%Cr鋼管が溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制する方法を検討し、以下の知見を得た。
【0012】
(A)13%Cr鋼管は通常、焼入れ焼戻し等の熱処理を経て製造されるが、熱処理で形成された酸化スケールにCrが取り込まれ、表面近傍のCr濃度が低下する場合がある(以下、この現象を「脱Cr」という。)。脱Crの程度(深さ)は、例えばステンレス鋼管の表面をスパッタリングしながら、X線光電子分光(XPS)分析によってCr濃度を深さ方向に測定することで評価できる。脱Crが軽微な場合(脱Crが浅い場合)、表面から例えば100nm程度の位置で母材と同程度のCr濃度になるのに対し、脱Crが顕著な場合(脱Crが深い場合)、例えば表面から2000nmの位置においても母材と比較してCr濃度が低い状態になる。
【0013】
従来、熱処理時に形成された酸化スケールによる脱Crは、13%Cr鋼管が溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加とは関連しないと考えられていた。例えば、前掲国際公開第2005/023478号の第5頁第17-18行には、「ミルスケール生成に伴うミルスケールCr欠乏層は、溶接熱影響部に起こるSCCには直接の関連はないことが推測される」と記載されている。しかしながら、本発明者らの調査の結果、脱Crが生じているステンレス鋼管は、溶接時にCr欠乏層がより生成されやすく、PWHTを行っても高温CO2環境での十分な耐SCC性が得られない場合があることが分かった。
【0014】
(B)脱Crの深さは、最表面の酸化物成分のCr-OとFe-Oとの比と相関がある。具体的には、脱Crが深いほど、最表面のCr-OのFe-Oに対する比が小さくなる。そのため、最表面のCr-OとFe-Oとの比を測定することによって、脱Crの深さを迅速かつ定量的に評価することができる。PWHTの効果を発揮するためには、溶接前のステンレス鋼管表面に対するXPS分析によって得られたCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-Oを0.30以上にする必要がある。
【0015】
(C)脱Crを浅くする方法として、熱処理後のステンレス鋼管の酸化スケールを除去した後、表面を酸処理してCrを濃化させることが有効である。例えば、熱処理後のステンレス鋼管を硫酸で酸洗して酸化スケールを除去した後、フッ硝酸で酸洗して表面のCrを濃化させることで、表面のCr-O/Fe-Oを0.30以上にすることができる。
【0016】
(D)PWHTの効果を発揮させるためには、さらに、ステンレス鋼管に適量のMo及びTiを含有させる必要がある。HAZのSCC感受性の増加は、上述のとおり、粒界にCr炭化物が析出することでCr欠乏層が生じることに起因する。ステンレス鋼管に適量のMo及びTiを含有させることで、Cr炭化物の一部がMoやTiの炭化物に置き換えられ、Cr欠乏層の生成を低減することができる。このPWHTの効果による耐SCC性の確保には上述の「表面のCr-O/Fe-Oを0.30以上」にすることが必須条件になっている。
【0017】
(E)より確実にCr欠乏層を回復させるためには、下記(1)式を満たす条件で溶接後熱処理をすることが好ましい。
(Cr-160×C+Mo/0.08+Ti/0.005)×(t×exp(-1000/(T+273)))^0.5≧400 ・・・(1)
ここで、
Cr:ステンレス鋼管の化学組成におけるCr含有量、単位は質量%、
C :ステンレス鋼管の化学組成におけるC含有量、単位は質量%、
Mo:ステンレス鋼管の化学組成におけるMo含有量、単位は質量%、
Ti:ステンレス鋼管の化学組成におけるTi含有量、単位は質量%、
T :溶接後熱処理の温度、単位は℃、ただし、550℃≦T≦700℃、
t :溶接後熱処理の時間、単位は秒、
である。
【0018】
以上の知見に基づいて、本発明は完成された。以下、本発明の一実施形態によるステンレス鋼管及びこれを用いた溶接継手の製造方法を詳述する。
【0019】
[ステンレス鋼管]
[化学組成]
本実施形態によるステンレス鋼管は、以下に説明する化学組成を有する。以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0020】
C:0.001~0.050%
炭素(C)は、溶接時にHAZにおいてCr炭化物として析出し、Cr欠乏層を形成する原因となる。一方、C含有量を過剰に制限すると製造コストが増加する。そのため、C含有量は0.001~0.050%である。C含有量の下限は、好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.008%である。C含有量の上限は、好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0021】
Si:0.05~1.00%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。一方、Si含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Si含有量は0.05~1.00%である。Si含有量の下限は、好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。Si含有量の上限は、好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0022】
Mn:0.05~1.00%
マンガン(Mn)は、鋼の強度を向上させる。一方、Mn含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Mn含有量は0.05~1.00%である。Mn含有量の下限は、好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.20%である。Mn含有量の上限は、好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0023】
P:0.030%以下
リン(P)は不純物である。Pは、鋼の耐SCC性を低下させる。そのため、P含有量は0.030%以下である。P含有量は、好ましくは0.025%以下である。
【0024】
S:0.002%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、鋼の熱間加工性を低下させる。そのため、S含有量は0.002%以下である。
【0025】
Cu: 0.10%未満
銅(Cu)は不純物である。そのため、Cu含有量は0.10%未満である。Cu含有量は、好ましくは0.08%以下であり、さらに好ましくは0.05%以下である。
【0026】
Cr:11.50~14.00%未満
クロム(Cr)は、鋼の耐炭酸ガス腐食性を向上させる。一方、Cr含有量が高すぎると、鋼の靱性及び熱間加工性が低下する。そのため、Cr含有量は11.50~14.00%未満である。Cr含有量の下限は、好ましくは12.00%であり、さらに好ましくは12.50%である。Cr含有量の上限は、好ましくは13.50%であり、さらに好ましくは13.20%である。
【0027】
Ni:5.00%超~7.00%
ニッケル(Ni)は、オーステナイト形成元素であり、鋼の組織をマルテンサイトにするために含有される。一方、Ni含有量が高すぎると、鋼の強度が低下する。そのため、Ni含有量は5.00%超~7.00%である。Ni含有量の下限は、好ましくは5.50%であり、さらに好ましくは6.00%である。Ni含有量の上限は、好ましくは6.80%であり、さらに好ましくは6.60%である。
【0028】
Mo:1.00%超~3.00%
モリブデン(Mo)は、鋼の耐硫化物応力腐食割れ性を向上させる。Moはさらに、溶接時に炭化物を形成してCr炭化物の析出を妨げ、Cr欠乏層の形成を抑制する。一方、Mo含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Mo含有量は1.00%超~3.00%である。Mo含有量の下限は、好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.80%である。Mo含有量の上限は、好ましくは2.80%であり、さらに好ましくは2.60%である。
【0029】
Ti:0.02~0.50%
チタン(Ti)は、溶接時に炭化物を形成してCr炭化物の析出を妨げ、Cr欠乏層の形成を抑制する。一方、Ti含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Ti含有量は0.02~0.50%である。Ti含有量の下限は、好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Ti含有量の上限は、好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0030】
V:0.005~0.500%
バナジウム(V)は、鋼の強度を向上させる。一方、V含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、V含有量は0.005~0.500%である。V含有量の下限は、好ましくは0.010%である。V含有量の上限は、好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.200%である。
【0031】
Nb:0.005~0.500%
ニオブ(Nb)は、鋼の強度を向上させる。一方、Nb含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Nb含有量は0.005~0.500%である。Nb含有量の下限は、好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Nb含有量の上限は、好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.200%である。
【0032】
Al:0.001~0.100%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。一方、Al含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Al含有量は0.001~0.100%である。Al含有量の下限は、好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Al含有量の上限は、好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.060%である。本明細書におけるAl含有量は、酸可溶Al(いわゆるSol.Al)の含有量を意味する。
【0033】
Ca:0.0001~0.0040%
カルシウム(Ca)は、鋼の熱間加工性を向上させる。一方、Ca含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Ca含有量は0.0001~0.0040%である。Ca含有量の下限は、好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0008%である。Ca含有量の上限は、好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
【0034】
N:0.0001~0.0100%未満
窒素(N)は、窒化物を形成して鋼の靱性を低下させる。一方、N含有量を過剰に制限すると製造コストが増加する。そのため、N含有量は0.0001~0.0100%未満である。N含有量の下限は、好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%である。N含有量の上限は、好ましくは0.0090%である。
【0035】
本実施形態によるステンレス鋼管の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入される元素、あるいは製造過程の環境等から混入される元素をいう。
【0036】
[ステンレス鋼管表面のCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比]
本実施形態によるステンレス鋼管は、ステンレス鋼管表面に対するX線光電子分光(XPS)分析で得られたCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-O(以下「表面のCr-O/Fe-O」という。)が0.30以上である。
【0037】
ステンレス鋼管に脱Crが生じていると、溶接時にCr欠乏層がより生成されやすくなる。脱Crの深さは、表面のCr-O/Fe-Oと相関があり、これを測定することで脱Crの深さを迅速かつ定量的に評価することができる。具体的には、表面のCr-O/Fe-Oが0.30未満であると、PWHTを行っても十分な耐SCC性が得られない場合がある。表面のCr-O/Fe-Oは、好ましくは0.32以上であり、より好ましくは0.35以上であり、さらに好ましくは0.39以上であり、さらに好ましくは0.45以上であり、より一層好ましくは0.60以上である。
【0038】
一方、詳細な原因は不明であるが、表面のCr-O/Fe-Oが高すぎると、ステンレス鋼管の表面に黒色の斑点が生じたり、表面が黒味又は黄味を帯びたりする場合がある。このような変色が生じても溶接後の耐SCC性には影響はないが、製品の外観上好ましくない。そのため、表面のCr-O/Fe-Oは、高すぎないことが好ましい。表面のCr-O/Fe-Oは、好ましくは1.50以下であり、さらに好ましくは1.40以下であり、より一層好ましくは1.20以下である。
【0039】
XPSは、下記の条件で測定する。
光源 :単色化したAl-Kα線(1486.6eV)
励起電圧15kV、励起電流3mA
X線ビーム径 :直径100μm
X線入射方向 :鋼材表面の法線方向に対して45°
光電子捕獲方向:鋼材表面の法線方向に対して45°
なお、測定に際して、試料となる鋼材は、有機溶剤による超音波洗浄など、常法により表面の汚染を除去する。また、試料が帯電しないように、分析装置の試料ホルダへ試料を取り付ける際には、電気的な接触(導通)を確実に取る。さらに、イオンスパッタリングによる表面汚染除去は実施せず、受け入れままの表面に対して測定を実施する。
【0040】
測定されたワイドスキャンスペクトルに認められるすべての元素に対して、ナロースキャンにより光電子スペクトルを得る。各々の光電子スペクトルからバックグラウンドを除去して得た光電子ピークの面積(積分)強度から、上記各元素の原子濃度(mol.%)を求める。バックグラウンド強度は、Shirley法を適用して決定する。さらに、Cr 2p3/2及びFe 2p3/2の各光電子ピークを、金属成分と酸化物成分に分離して、各成分の面積(積分)強度から、金属成分と酸化物成分の構成比率を決定する。Cr及びFeの原子濃度(mol.%)に、それぞれの酸化物成分の構成比率を乗じて、Cr酸化物の原子濃度(mol.%)及びFe酸化物の原子濃度(mol.%)を求める。前者を後者で除した値を「ステンレス鋼管表面に対するXPS分析で得られたCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-O」とする。
【0041】
試料から得たCr 2p3/2及びFe 2p3/2の各光電子ピークを、金属成分と酸化物成分に分離する方法は以下のとおりである。まず、標準物質(純物質)であるCr、Cr2O3、Fe、Fe3O4からCr 2p3/2及びFe 2p3/2の各光電子ピークを、試料と同じ測定条件で得る。次に、試料から得たピークの形状を再現するよう、対応する元素の標準物質の金属及び酸化物から得たピークで合成する。
【0042】
参考として、
図1及び
図2に、市販のSUS304ステンレス鋼板表面から得たCr 2p3/2及びFe 2p3/2の各光電子スペクトルから、バックグラウンドを除去した後、金属成分と酸化物成分に分離した結果を示す。
【0043】
[ステンレス鋼管の製造方法]
以下、本実施形態によるステンレス鋼管の製造方法の一例を説明する。ただし、本実施形態によるステンレス鋼管の製造方法は、これに限定されない。
【0044】
図3は、ステンレス鋼管の製造方法の一例を示すフロー図である。この例では、素管を準備した後、焼入れ、焼戻し、ショットブラスト、酸洗(硫酸)、水洗、酸洗(フッ硝酸)、水洗、高圧水洗浄、湯洗、及び乾燥(エアブロー)の各工程を順次実施する。以下、各工程を詳述する。
【0045】
上述した化学組成を有する素管を準備する。素管は、継目無鋼管であることが好ましいが、溶接鋼管であってもよい。
【0046】
準備した素管に、焼入れ焼戻しの熱処理を実施する。より具体的には、素管をオーステナイト温度域から急冷する焼入れと、Ac1変態点以下の温度に加熱して所定時間保持する焼戻しと実施する。これによって、素管の組織が焼戻しマルテンサイトを主体とする組織に調整される。焼入れ焼戻しを複数回実施してもよい。また、焼入れ焼戻しに加えて、さらに他の熱処理を実施してもよい。
【0047】
熱処理後の素管から、熱処理で形成された酸化スケールを除去する。酸化スケールの除去は、例えば、ショットブラストやサンドブラスト等の機械的方法や、酸洗等の化学的方法を用いることができるが、片方だけでは酸化スケールの除去が不十分になる場合があるため、これらを併用することが好ましい。
図3に示すように、ショットブラストで前処理した後に酸洗を実施することが好ましい。
【0048】
酸化スケール除去のための酸洗は、40~80℃に加温した10~30質量%の硫酸の水溶液に素管を浸漬することで行う。このとき、素管を回転させることが好ましい。浸漬時間は、ショットブラストの程度、並びに酸洗液の濃度及び温度にも依存するが、好ましくは10分以上であり、より好ましくは20分以上である。浸漬時間が短すぎると、酸化スケールが残存して素管の表面が露出せず、次工程のCr濃化の効果が得られない場合がある。一方、浸漬時間を長くしすぎると、製造効率が低下する。浸漬時間は、好ましくは1時間以下であり、より好ましくは40分以下である。また、十分な酸洗効果を得るため、酸洗液の容積と材料の表面積の比(比液量:酸洗液容積/素管の表面積)を10ml/cm2以上にすることが好ましい。
【0049】
酸洗後、素管を十分に水洗する。この水洗が不十分であると、次工程のCr濃化のための酸洗の効果が得られない場合がある。
【0050】
続いて、酸化スケールが除去された素管の表面を酸処理(酸洗)してCrを濃化させる。Cr濃化のための酸洗は、フッ硝酸の水溶液に素管を浸漬することで行う。酸洗液の温度が高すぎると表面のCr-O/Fe-Oが必要以上に大きくなり、外観不良の原因になる場合がある。酸洗液の温度は、好ましくは40℃以下であり、さらに好ましくは30℃以下である。
【0051】
このとき、素管を回転させることが好ましい。フッ酸と硝酸との混合比は質量比で1:1~1:5とし、全体の濃度は5~30質量%とする。浸漬時間は、酸洗液の濃度等にも依存するが、好ましくは1分以上であり、より好ましくは2分以上である。浸漬時間を長くするほど、表面のCr-O/Fe-Oが大きくなる傾向がある。一方、浸漬時間を長くしすぎると、製造効率が低下する。浸漬時間は、好ましくは10分以下、より好ましくは5分以下である。また、この酸洗工程でも、酸洗液の容積と材料の表面積の比(比液量:酸洗液容積/素管の表面積)を10ml/cm2以上にすることが好ましい。
【0052】
酸洗後、腐食生成物の除去及び中和のため、水洗、高圧水洗浄、湯洗、及び乾燥(エアブロー)を行う。湯洗の温度は、60~85℃とすることが好ましい。水洗、高圧水洗浄、及び湯洗のいずれかが不十分の場合、又は湯洗の温度が低すぎる場合、腐食生成物が素管の表面に付着して、所定の表面状態が得られない場合がある。
【0053】
以上の工程によって、ステンレス鋼管が製造される。上述した製造方法によれば、熱処理後、酸化スケールを除去してからステンレス鋼管の表面を酸処理する。これによって、表面のCr-O/Fe-Oを0.30以上にすることができる。
【0054】
[溶接継手の製造方法]
次に、上述したステンレス鋼管を用いた溶接継手の製造方法を説明する。本実施形態による溶接継手の製造方法は、上述したステンレス鋼管の管端同士を突き合わせて円周溶接する工程と、円周溶接後、少なくとも溶接部及び溶接熱影響部(HAZ)に対して溶接後熱処理(PWHT)をする工程とを備える。
【0055】
上述したステンレス鋼管の管端同士を突き合わせて円周溶接する。溶接方法は特に限定されず、例えば、TIG溶接やMAG溶接を用いることができる。
【0056】
円周溶接後、少なくとも溶接部及びHAZに対してPWHTをする。例えば、高周波加熱装置を用いて溶接部及びHAZを部分的に加熱する。溶接部及びHAZ以外の部分も同時に加熱してもよい。PWHTを実施することで、溶接時にHAZに発生したCr欠乏層が回復し、溶接継手の耐SCC性を向上させることができる。
【0057】
より好ましくは、下記(1)式を満たす条件でPWHTを実施する。(1)式を満たす条件でPWHTを実施すれば、溶接継手の耐SCC性をより向上させることができる。
(Cr-160×C+Mo/0.08+Ti/0.005)×(t×exp(-1000/(T+273)))^0.5≧400 ・・・(1)
ここで、
Cr:ステンレス鋼管の化学組成におけるCr含有量、単位は質量%、
C :ステンレス鋼管の化学組成におけるC含有量、単位は質量%、
Mo:ステンレス鋼管の化学組成におけるMo含有量、単位は質量%、
Ti:ステンレス鋼管の化学組成におけるTi含有量、単位は質量%、
T :溶接後熱処理の温度、単位は℃、ただし、550℃≦T≦700℃、
t :溶接後熱処理の時間、単位は秒、
である。
【0058】
以上、本発明の一実施形態によるステンレス鋼管及びこれを用いた溶接継手の製造方法を説明した。本実施形態によれば、溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制できるステンレス鋼管、及び耐SCC性に優れた溶接継手が得られる。本実施形態によるステンレス鋼管は、溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制できるため、ラインパイプ用鋼管として好適に用いることができる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明は、これらの実施例に限定されない。
【0060】
鋼材表面のCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-Oと耐SCC性の関係を調査した。まず、表1に示す化学組成を有する鋼を溶製し、熱間鍛造及び熱間圧延を実施して鋼板を製造した。
【0061】
【0062】
製造した鋼板に焼入れ焼戻しの熱処理を実施した。熱処理後の鋼板に対して、表2に示すとおり、硫酸の水溶液に浸漬する酸洗工程(以下「酸洗工程1」という。)と、酸洗工程1の後、フッ硝酸に浸漬する酸洗工程(以下「酸洗工程2」という。)とを実施した。酸洗工程1の後、酸洗工程2を実施する前に、鋼板を十分に水洗した。また、酸洗工程2の後にも、鋼板をブラッシングしながら十分に水洗し、速やかに乾燥させた。
【0063】
【0064】
酸洗後の鋼板表面に対して、実施形態で説明した条件でXPS分析を行い、Cr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-Oを求めた。結果を前掲の表2に示す。
【0065】
XPS分析に際しては、分析可能な寸法の試料を、鋼板から切り出した後、アセトンを用いて超音波洗浄した。XPSの測定はアルバック・ファイ社製Quantera SXMを用いて行い、測定結果の分析はアルバック・ファイ社製MultiPakを用いて行った。なお、各鋼板表面に対するXPS分析中において、Cr及びFeの酸化物成分の構成比率には、有意な変化は認められなかった。
【0066】
光電子ピークの面積(積分)強度を求めるに際しては、Shirley法を適用して、バックグラウンドの始点及び終点を表3に示す束縛エネルギー値として、スペクトルバックグラウンドを予め除去した。また、原子濃度の算出に際しては、表3に示す感度係数を用いた。
【0067】
【0068】
酸洗後の鋼板の外観の評価を次のように行った。JIS Z 8102:2001に規定されるJIS慣用色の269色の色見本を用いて、酸洗後の鋼板の表面の色を評価した。照度1000lux(ルクス)以上で確認した場合において、酸洗後の鋼板の色が、表4に示す白色系又は灰色系カラーコードのいずれかであれば「変色なし」と判断し、これら以外であれば「変色あり」と判断した。評価結果を後掲表5の「表面の変色」の欄に示す。
【0069】
【0070】
これらの鋼板を母材として、溶接継手を製造した。具体的には、鋼板の端辺同士を突き合わせ、二相ステンレス鋼のフィラーを用いてMAG溶接を実施し、さらに表5に示す条件でPWHTを実施して、代符A~Qの溶接継手を製造した。
【0071】
【0072】
各溶接継手から、溶接金属に隣接する熱影響部(HAZ)のどちらか片方が中央になるように幅10mm×長さ75mm×厚さ2mmの4点曲げ試験片を2つずつ採取し、SCC試験を実施した。具体的には、10atmのCO2を封入したオートクレーブ内で、各試験片に実降伏応力(0.2%耐力)と等しい大きさの応力を加えた状態で試験液に浸漬した。試験液は25質量%NaCl水溶液、試験温度は120℃とした。720時間後、HAZの断面を光学顕微鏡で観察し、割れ及びピットの有無を調査した。結果を前掲の表5に示す。
【0073】
表5の「SCC試験」の欄の「No Pit」は、SCC試験で割れ及びピットのいずれも観察されなかったことを意味する。「No Crack」は、割れは観察されなかったものの、割れの起点となり得るピットが観察されたことを意味する。「Crack」は、割れが観察されたことを意味する。
【0074】
代符A~C、及びJ~Qの溶接継手は、母材の化学組成が適切であり、母材表面のCr-O/Fe-Oが0.30以上であった。これらの溶接継手は、SCC試験で割れが発生しなかった。
【0075】
代符A~C、M、P及びQの溶接継手は、さらに、(1)式を満たす条件でPWHTがされた。これらの溶接継手では、2つの試験片のいずれにもピットが観察されなかった。
【0076】
代符K及びLの溶接継手は、割れは観察されなかったものの、2つの試験片の一方でピットが観察された。これは、PWHTの条件が(1)式を満たしていなかったためと考えられる。なお、代符Jの溶接継手は、PWHTの条件が(1)式を満たしていなかったが、2つの試験片のいずれにもピットが観察されなかった。これは、代符Jの溶接継手の母材のCr-O/Fe-Oが0.73と特に高かったためと考えられる。
【0077】
代符P及びQの溶接継手では、2つの試験片のいずれにもピットが観察されなかったものの、母材に変色が認められた。これは、母材の表面のCr-O/Fe-Oが高すぎたためと考えられる。また、これらの母材の表面のCr-O/Fe-Oが高すぎたのは、酸洗工程2の酸洗液の温度が高すぎたためと考えられる。
【0078】
代符Dの溶接継手は、SCC試験で割れが発生した。これは、鋼4のTi含有量が低すぎたためと考えられる。
【0079】
代符Eの溶接継手は、SCC試験で割れが発生した。これは、鋼5のC含有量が高すぎたためと考えられる。
【0080】
代符Fの溶接継手は、SCC試験で割れが発生した。これは、鋼6のMo含有量が低すぎたためと考えられる。
【0081】
代符G~Iの溶接継手は、母材の化学組成が代符Aの溶接継手のものと同じであるにもかかわらず、SCC試験で割れが発生した。これは、代符G~Iの溶接継手の母材表面のCr-O/Fe-Oが低かったためと考えられる。
【0082】
代符Gの溶接継手の母材表面のCr-O/Fe-Oが低かったのは、酸洗工程1が短すぎ、酸化スケールの除去が不十分であった結果、酸洗工程2によるCr濃化が十分ではなかったためと考えられる。
【0083】
代符Hの溶接継手の母材表面のCr-O/Fe-Oが低かったのは、酸洗工程1及び2を実施しなかったためと考えられる。
【0084】
代符Iの溶接継手の母材表面のCr-O/Fe-Oが低かったのは、酸洗工程2を実施しなかったためと考えられる。
【0085】
以上、本発明の実施の形態を説明した。上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。