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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】リボフラビン誘導体含有培地
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0735 20100101AFI20221109BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20221109BHJP
【FI】
C12N5/0735
C12N5/10
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2019526986
(86)(22)【出願日】2018-06-27
(86)【国際出願番号】 JP2018024405
(87)【国際公開番号】W WO2019004293
(87)【国際公開日】2019-01-03
【審査請求日】2021-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2017125164
(32)【優先日】2017-06-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】米山 和也
(72)【発明者】
【氏名】古関 琴衣
(72)【発明者】
【氏名】横山 水穂
(72)【発明者】
【氏名】岡元 訓
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】特表平04-501660(JP,A)
【文献】特表2008-512122(JP,A)
【文献】特表2010-534072(JP,A)
【文献】特表2007-505625(JP,A)
【文献】特表2003-518378(JP,A)
【文献】特開平09-107955(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リボフラビン誘導体を含む、幹細胞増殖用培地であって、
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種であり、及び
幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、
幹細胞増殖用培地
【請求項2】
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物である、請求項1記載の培地。
【請求項3】
リボフラビンを含まない、請求項1又は2記載の培地。
【請求項4】
アミノ酸、ビタミン、ミネラル及び緩衝剤を含む基礎培地並びに1又は複数のサプリメントを混合してなる培地であって、リボフラビン誘導体が基礎培地に含まれることを特徴とする、幹細胞増殖用培地であって、
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種であり、及び
幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、
幹細胞増殖用培地
【請求項5】
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物である、請求項記載の培地。
【請求項6】
リボフラビンを含まない、請求項4又は5記載の培地。
【請求項7】
リボフラビン誘導体を含む、幹細胞増殖用培地の安定化剤であって、
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種であり、及び
幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、
幹細胞増殖用培地の安定化剤
【請求項8】
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物である、請求項記載の剤。
【請求項9】
リボフラビン誘導体を添加することを特徴とする、幹細胞増殖用培地を安定化する方法であって、
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種であり、及び
幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、
幹細胞増殖用培地を安定化する方法
【請求項10】
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物である、請求項記載の方法。
【請求項11】
リボフラビン誘導体を添加することを特徴とする、幹細胞増殖用培地の製造方法であって、
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種であり、及び
幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、
幹細胞増殖用培地の製造方法
【請求項12】
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物である、請求項11記載の方法。
【請求項13】
リボフラビン誘導体、アミノ酸、ビタミン、ミネラル及び緩衝剤を含む基礎培地並びに1又は複数のサプリメントを混合することを特徴とする、幹細胞増殖用培地の製造方法であって、
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種であり、及び
幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、
幹細胞増殖用培地の製造方法
【請求項14】
リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物である、請求項13記載の方法。
【請求項15】
請求項1~のいずれか1項に記載の培地中で培養することを特徴とする、ES細胞又はiPS細胞の培養方法。
【請求項16】
請求項1~のいずれか1項に記載の培地中で培養することを特徴とする、ES細胞又はiPS細胞の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保管安定性、特に完全培地として液体で保管した際の安定性に優れた幹細胞、特に多能性幹細胞増殖用の培地及びその製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
iPS細胞やES細胞等の幹細胞を用いた再生医療では、これらの細胞を効率よく増殖させ、その後に目的組織へ分化させ移植を行うことが想定される。細胞の増殖を目的として種々の培地が報告(非特許文献1~3)され、又市販されている。その多くは、各種成分の入った複数のボトルから構成され混合して用いる。混合したものは、通常「完全培地」と称される。
複数のボトルは、例えば、アミノ酸、ビタミン、ミネラル、緩衝剤等から構成される基礎培地、タンパク質等から構成されるサプリメントからなり、サプリメントは種類によってはさらに2乃至それ以上に分別され収容される。これらは冷蔵品又は冷凍品として供される。
一般的に、幹細胞増殖用の培地は、基礎培地とサプリメント(1又は複数のサプリメント)を使用時に混合し完全培地とした後、液体で保管される。完全培地は通常、2週間程度の保管が可能とされている。しかしながら、実際、2週間保管した完全培地を使用した場合、細胞が生育しない場合があり、また、その原因も不明であった。
再生医療には、安定的に細胞を培養し供給できるシステムが不可欠であり、その為の培地及び該培地の製造方法の開発が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Nakagawa M., et al., Sci Rep. 2014; 4:3594
【文献】Ludwig T.E., et al., Nat. Biotechnol., 2006; 24:185
【文献】Chen, G., et al., Nat Methods, 2011; 8:424
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、細胞、特にiPS細胞やES細胞等の多能性幹細胞を増殖培養するための培地を提供することを目的とし、特に、液体の状態で安定性の高い細胞増殖用培地を提供すること、及び当該培地を製造する方法を提供すること等を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決すべく培地組成を種々変更して、どの成分が培地の保管安定性の劣化の原因となっているのかを詳細に検討した。その結果、リボフラビン(RFV)が細胞の生育には必須である一方で、液体保管時の培地の劣化の原因となっていることを突き止めた。そこでRFVの代替となる成分を鋭意検討した結果、培地組成にRFVではなく、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、四酪酸リボフラビン(RTB)等のリボフラビン誘導体(RFV誘導体)を用いることで培地を劣化させることなく保管できることを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は以下の通りである。
[1]リボフラビン誘導体を含む、幹細胞増殖用培地。
[2]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種である、上記[1]記載の培地。
[3]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物(好ましくは、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム水和物)である、上記[1]又は[2]記載の培地。
[4]幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の培地。
[5]リボフラビンを含まない、上記[1]~[4]のいずれかに記載の培地。
[6]アミノ酸、ビタミン、ミネラル及び緩衝剤を含む基礎培地並びに1又は複数のサプリメントを混合してなる培地であって、リボフラビン誘導体が基礎培地に含まれることを特徴とする、幹細胞増殖用培地。
[7]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種である、上記[6]記載の培地。
[8]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物(好ましくは、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム水和物)である、上記[6]又は[7]記載の培地。
[9]幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、上記[6]~[8]のいずれかに記載の培地。
[10]リボフラビンを含まない、上記[6]~[9]のいずれかに記載の培地。
[11]リボフラビン誘導体を含む、幹細胞増殖用培地の安定化剤。
[12]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種である、上記[11]記載の剤。
[13]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物(好ましくは、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム水和物)である、上記[11]又は[12]記載の剤。
[14]幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、上記[11]~[13]のいずれかに記載の剤。
[15]リボフラビン誘導体を添加することを特徴とする、幹細胞増殖用培地を安定化する方法。
[16]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種である、上記[15]記載の方法。
[17]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物(好ましくは、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム水和物)である、上記[15]又は[16]記載の方法。
[18]幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、上記[15]~[17]のいずれかに記載の方法。
[19]リボフラビン誘導体を添加することを特徴とする、幹細胞増殖用培地の製造方法。
[20]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種である、上記[19]記載の方法。
[21]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物(好ましくは、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム水和物)である、上記[19]又は[20]記載の方法。
[22]幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、上記[19]~[21]のいずれかに記載の方法。
[23]リボフラビン誘導体、アミノ酸、ビタミン、ミネラル及び緩衝剤を含む基礎培地並びに1又は複数のサプリメントを混合することを特徴とする、幹細胞増殖用培地の製造方法。
[24]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種である、上記[23]記載の方法。
[25]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物(好ましくは、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム水和物)である、上記[23]又は[24]記載の方法。
[26]幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、上記[23]~[25]のいずれかに記載の方法。
[27]上記[1]~[10]のいずれかに記載の培地中で培養することを特徴とする、幹細胞の培養方法。
[28]上記[1]~[10]のいずれかに記載の培地中で培養することを特徴とする幹細胞の製造方法。
[29]リボフラビン誘導体、アミノ酸、ビタミン、ミネラル、緩衝剤及び1又は複数のサプリメントを含む、幹細胞増殖用培地。
[30]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、四酪酸リボフラビン、それらの塩、及びそれらの水和物からなる群より選択される少なくとも1種である、上記[29]記載の培地。
[31]リボフラビン誘導体が、フラビンアデニンジヌクレオチド又はその塩、或いは、その水和物(好ましくは、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム水和物)である、上記[29]又は[30]記載の培地。
[32]幹細胞が、ES細胞又はiPS細胞である、上記[29]~[31]のいずれかに記載の培地。
[33]リボフラビンを含まない、上記[29]~[32]のいずれかに記載の培地。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、完全培地を液体で保管しても、細胞増殖における性能が低下しない細胞増殖用培地を提供することが可能となる。よって、より多くの細胞、特にES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞を効率よく得ることができ、研究や医療等に用いるために該細胞を大量に供給することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1は、iPS細胞培養時におけるRFVの有効性を検討した結果を示すグラフ(Fe2+含有率、Zn2+含有率がともに基礎培地の25mol%の場合)である。縦軸は細胞被覆率(%)を、横軸はRFV濃度を示す。
図2図2は、iPS細胞培養時におけるRFVの有効性を検討した結果を示すグラフ(Fe2+含有率、Zn2+含有率がともに基礎培地の100mol%の場合)である。縦軸は細胞被覆率(%)を、横軸はRFV濃度を示す。
図3図3は、冷蔵保管(2~8℃、2週間又は5週間)した各種培地を用いてiPS細胞を培養した場合の、細胞増殖能(細胞被覆率)の測定結果を示すグラフである。上段が2週間冷蔵保管した培地の結果を示し、下段が5週間冷蔵保管した培地の結果を示す。各種培地は、基礎培地(A液)としてRFVを含有するDMEM/F-12又はRFVの代わりにFMNを含有するModified DMEM/F-12を用い、サプリメント(B液及びC液)としてEssential8のサプリメント(B液のみ)又はTeSR-E8のサプリメント(B液及びC液)を用いた。
図4図4は、Fe2+、Zn2+及びリボフラビンが培地の保管安定性にどの程度寄与するのかを検討した結果を示すグラフである。2週間冷蔵保管した各種培地を用いてiPS細胞を培養した場合の、細胞増殖能(細胞被覆率)を検討した。
図5図5は、市販のL-15培地(FMNが含まれている培地)を用いてiPS細胞を培養した場合の、細胞増殖能の検討結果を示すグラフである。基礎培地(A液)としてL-15を用い、サプリメント(B液)としてEssential8のサプリメントを用いた完全培地を調製し、調製当日にiPS細胞の増殖能(細胞被覆率)を検討した。上段は足場材としてマトリゲルを用いた場合の結果を、下段は足場材としてiMatrix-511を用いた場合の結果を示す。陽性対照としては、基礎培地(A液)にDMEM/F-12を用いた。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を説明する。本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味を有する。
【0009】
本明細書中、「幹細胞」とは、自己複製能及び分化/増殖能を有する未熟な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、生体を構成する全ての組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。
【0010】
多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、ストレスや細胞刺激によって誘導・選抜される多能性幹細胞等を挙げることが出来る。体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立した幹細胞も、多能性幹細胞としてまた好ましい(Nature, 385, 810 (1997); Science, 280, 1256 (1998); Nature Biotechnology, 17, 456 (1999); Nature, 394, 369 (1998); Nature Genetics, 22, 127 (1999); Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14984 (1999); Nature Genetics, 24, 109 (2000))。
【0011】
複能性幹細胞としては、間葉系幹細胞、造血系幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞、生殖幹細胞等の体性幹細胞等を挙げることが出来る。複能性幹細胞は、好ましくは間葉系幹細胞、より好ましくは骨髄間葉系幹細胞である。間葉系幹細胞とは、骨芽細胞、軟骨芽細胞及び脂肪芽細胞等の間葉系の細胞全て又はいくつかへの分化が可能な幹細胞又はその前駆細胞の集団を広義に意味する。
【0012】
本発明で対象としている幹細胞は、好ましくは多能性幹細胞であり、より好ましくはES細胞及びiPS細胞、特に好ましくはiPS細胞である。
【0013】
本発明で対象としている幹細胞は、いずれの動物由来の幹細胞の増殖にも好適に使用することができる。本発明の培地を使用して培養され得る幹細胞は、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等由来の幹細胞であり、好ましくは、ヒト由来の幹細胞である。
【0014】
1.幹細胞増殖用培地/幹細胞増殖用培地の製造方法
本発明はリボフラビン誘導体を含む、幹細胞増殖用培地(以下、本発明の培地とも称する)及びその製造方法を提供する。
本発明の幹細胞増殖用培地は、通常、アミノ酸、ビタミン、ミネラル、緩衝剤等から構成される基礎培地に、タンパク質等の補助的な成分(サプリメントとも称する)を混合することで完全培地として調製/製造される。本発明の一実施態様として、基礎培地に1又は複数のサプリメントを混合することで得られる完全培地が挙げられる。複数のサプリメントを用いる場合、サプリメントの種類によっては互いに悪影響を及ぼす場合があり、別々に収容することが求められる(サプリメント1及び2、等)。本発明の別の一実施態様としては、基礎培地にサプリメント1及び2を混合することで得られる完全培地が挙げられる。
本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)は、好ましくは、リボフラビン誘導体、アミノ酸、ビタミン、ミネラル、緩衝剤、1又は複数のサプリメントを含む。
本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)は、アミノ酸、ビタミン、ミネラル、緩衝剤を含む基礎培地と、1又は複数のサプリメントとが、別々のボトル等の容器に封入され、これらが組み合わされた、幹細胞増殖用培地キットの形態で提供され、用時混合して完全培地として使用するものであってもよい。
【0015】
本発明において用いる基礎培地はリボフラビン誘導体を含有することを特徴とし、リボフラビン誘導体を必須成分とする以外は、自体公知の幹細胞増殖培養が可能な培地、例えばDMEM、DMEM/F-12、EMEM、IMDM(Iscove's Modified Dulbecco's Medium)、GMEM(Glasgow's MEM)、RPMI-1640、α-MEM、Ham's Medium F-12、Ham's Medium F-10、Ham's Medium F12K、Medium 199、ATCC-CRCM30、DM-160、DM-201、BME、Fischer、McCoy's 5A、RITC80-7、MCDB105、MCDB107、MCDB131、MCDB153、MCDB201、NCTC109、NCTC135、Waymouth's MB752/1、CMRL-1066、Williams' medium E及びBrinster's BMOC-3 Mediumや、Essential8(Thermo Fisher SCIENTIFIC社)、ReproFF2(リプロセル社)、mTeSR1(STEMCELL Technologies社)、TeSR2(STEMCELL Technologies社)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社)、StemFit(登録商標)AK(味の素社)等で用いられる基礎培地の組成と同様であり、当該組成に基づいて調製することができる。好ましい基礎培地としては、通常はRFVを添加して用いる培地が挙げられる。
【0016】
本発明において用いられるリボフラビン誘導体としては、例えばフラビンモノヌクレオチド(FMN)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、酪酸リボフラビン(例えば四酪酸リボフラビン)、またはそれらの塩、それらの水和物等が含まれるがこれらに制限されない。以下、特に言及する場合を除き、FMNはフラビンモノヌクレオチド、その塩、その水和物を含む意味に、FADはフラビンアデニンジヌクレオチド、その塩、その水和物を含む意味に、RTBは酪酸リボフラビン(四酪酸リボフラビン)、その塩、その水和物を含む意味に用いる。本発明において用いられるリボフラビン誘導体としては、好ましくはFADである。塩の形態には酸付加塩や塩基との塩等を挙げることができ、細胞毒性を示さず、医薬品として許容される塩であることが好ましい。そのような塩を形成する酸としては、例えば、塩化水素、臭化水素、硫酸、リン酸等の無機酸、酢酸、乳酸、クエン酸、酒石酸、マレイン酸、フマル酸、メシル酸又はモノメチル硫酸等の有機酸が挙げられ、また、そのような塩を形成する塩基としては、例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム等の金属の水酸化物あるいは炭酸化物や、アンモニア等の無機塩基、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、エタノールアミン、モノアルキルエタノールアミン、ジアルキルエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等の有機塩基が挙げられる。上記塩は水和物(含水塩)であってもよい。FADとしては、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム水和物が好適に用いられる。FMNとしては、リボフラビン5’-モノフォスファートナトリウム、リボフラビン5’-モノフォスファートナトリウム2水和物(リボフラビン5’-リン酸エステルナトリウム2水和物)が好適に用いられる。
【0017】
リボフラビン誘導体(その塩、その水和物を含む)は商業的に入手可能であり、また、既知文献に従って調製することもできる。
【0018】
本発明において、基礎培地中のリボフラビン誘導体の濃度(塩及び/又は水和物の場合はフリー体無水和物に換算した濃度)は、完全培地の劣化が抑制される限り特に限定されないが、通常、本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)中5nM~500μM、好ましくは5nM~100μM、特に好ましくは5nM~20μMである。
リボフラビン誘導体がFMNの場合(塩及び/又は水和物の場合はFMNのフリー体無水和物に換算して)、本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)中、好ましくは5nM~3μM;FADの場合(塩及び/又は水和物の場合はFADのフリー体無水和物に換算して)、本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)中、好ましくは5nM~20μM;RTBの場合(塩及び/又は水和物の場合はRTBのフリー体無水和物に換算して)、本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)中、好ましくは5nM~0.5μMである。
本発明の培地において、基礎培地中に鉄(Fe2+)を含む化合物(例えば硫酸第一鉄 七水和物)0.083~0.125mg/L(好ましくは約0.104mg/L)、及び亜鉛(Zn2+)を含む化合物(例えば硫酸亜鉛 七水和物)0.086~0.13mg/L(好ましくは約0.108mg/L)を含む場合において、リボフラビン誘導体がFMNの場合(塩及び/又は水和物の場合はFMNのフリー体無水和物に換算して)、本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)中、特に好ましくは5nM~2.57μM;FADの場合(塩及び/又は水和物の場合はFADのフリー体無水和物に換算して)、本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)中、特に好ましくは5nM~15.2μM;RTBの場合(塩及び/又は水和物の場合はRTBのフリー体無水和物に換算して)、本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)中、特に好ましくは5nM~0.47μMである。
本発明の培地において、基礎培地中に鉄(Fe2+)を含む化合物(例えば硫酸第一鉄 七水和物)0.332~0.5mg/L(好ましくは約0.417mg/L)、及び亜鉛(Zn2+)を含む化合物(例えば硫酸亜鉛 七水和物)0.344~0.52mg/L(好ましくは約0.432mg/L)を含む場合において、リボフラビン誘導体がFMNの場合(塩及び/又は水和物の場合はFMNのフリー体無水和物に換算して)、本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)中、特に好ましくは5nM~0.47μM;FADの場合(塩及び/又は水和物の場合はFADのフリー体無水和物に換算して)、本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)中、特に好ましくは5nM~2.57μM;RTBの場合(塩及び/又は水和物の場合はRTBのフリー体無水和物に換算して)、本発明の幹細胞増殖用培地(完全培地)中、特に好ましくは5nM~0.47μMである。
【0019】
基礎培地に含まれるアミノ酸としては、グリシン、L-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン(例えばL-アスパラギン(一水塩))、L-アスパラギン酸、L-システイン、L-シスチン(例えばL-シスチン 二塩酸塩)、L-グルタミン酸、L-グルタミン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン(例えばL-リジン塩酸塩)、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン及びL-バリンを挙げることができる。各種アミノ酸は、それぞれ自体公知の濃度範囲内で含まれることが好ましい。
基礎培地に含まれるアミノ酸の含有量は、例えば、基礎培地1Lに対して、1mg~100g程度である。
【0020】
基礎培地に含まれるビタミンとしては、ビタミン類としては、イノシトール(例えばmyo-イノシトール)、コリン(例えば塩化コリン)、ビタミンA、ビタミンB1(チアミン(例えば塩酸チアミン))、ビタミンB3、ビタミンB4、ビタミンB5(パントテン酸(例えばD-パントテン酸カルシウム))、ビタミンB6(ピリドキシン(例えばピリドキシン塩酸塩))、ビタミンB7(ビオチン(例えばD-ビオチン))、ビタミンB12、ビタミンB13、ビタミンB15、ビタミンB17、ビタミンBh、ビタミンBt、ビタミンBx、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンF、ビタミンK、ビタミンM(葉酸)、ビタミンP及びニコチン酸アミドを挙げることができる。各種ビタミンは、それぞれ自体公知の濃度範囲内で含まれることが好ましいが、本発明において用いる基礎培地はリボフラビンを含まないか、含んでも、通常、その濃度は完全培地中、6μM以下、好ましくは0.6μM以下、より好ましくは0.6nM以下である。すなわち、基礎培地中のリボフラビンの濃度は0~6μM、好ましくは0~0.6μM、より好ましくは、0~0.6nMである。特に好ましくは本発明の基礎培地はリボフラビンを含まない。
基礎培地に含まれるビタミンの含有量は、例えば、基礎培地1Lに対して、0.0001~100mg程度である。
【0021】
基礎培地に含まれるミネラルとしては、塩化カルシウム(例えば塩化カルシウム(無水))、硫酸銅(例えば硫酸銅 五水和物)、硝酸鉄(III)(例えば硝酸第二鉄 九水和物)、硫酸鉄(例えば硫酸第一鉄 七水和物)、塩化マグネシウム(例えば塩化マグネシウム 六水和物)、硫酸マグネシウム(例えば硫酸マグネシウム(無水))、塩化カリウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム(例えばリン酸二水素ナトリウム(無水))及び硫酸亜鉛(例えば硫酸亜鉛 七水和物)を挙げることができる。各種ミネラルは、それぞれ自体公知の濃度範囲内で含むことができる。
基礎培地に含まれるミネラルの含有量は、例えば、基礎培地1Lに対して、0.0001~10000mg程度である。
本発明の培地(好ましくは基礎培地中)は、少なくとも、鉄及び/又は亜鉛(例えば、硫酸鉄又はその水和物(例えば硫酸第一鉄 七水和物)、及び/又は、硫酸亜鉛又はその水和物(例えば硫酸亜鉛 七水和物))を含むことが好ましい。
本発明の培地における、硫酸鉄又はその水和物の含有量は、DMEM/F-12の硫酸鉄又はその水和物の含有量に対して、好ましくは5~500mol%、より好ましくは10~150mol%、さらに好ましくは20~30mol%である。
本発明の培地における、硫酸亜鉛又はその水和物の含有量は、DMEM/F-12の硫酸亜鉛又はその水和物の含有量に対して、好ましくは5~500mol%、より好ましくは10~150mol%、さらに好ましくは20~30mol%である。
本発明の培地における、硫酸鉄又はその水和物の含有量は、硫酸第一鉄 七水和物の場合、基礎培地1Lに対して、好ましくは0.021~2.085mg、より好ましくは0.042~0.626mg、さらに好ましくは0.083~0.125mgLである。
本発明の培地における、硫酸亜鉛又はその水和物の含有量は、硫酸亜鉛 七水和物の場合、基礎培地1Lに対して、好ましくは0.022~2.160mg、より好ましくは0.043~0.648mg、さらに好ましくは0.086~0.130mgである。
【0022】
基礎培地に含まれる緩衝剤としては、リン酸生理緩衝液(PBS)、クエン酸緩衝液、HEPES等を挙げることができる。
基礎培地に含まれる緩衝剤の含有量は、例えば、基礎培地1Lに対して、0.001~10000mg程度である。
【0023】
本発明において用いる基礎培地には、自体公知の添加物を含むことができる。添加物としては、糖類(例えばグルコース等)、有機酸(例えばピルビン酸(例えばピルビン酸ナトリウム)、乳酸等)、還元剤(例えば2-メルカプトエタノール等)、ステロイド(例えばβ-エストラジオール、プロゲステロン等)、抗生物質(例えばストレプトマイシン、ペニシリン、ゲンタマイシン等)、プリン誘導体(例えばヒポキサンチン)、チオクト酸(例えばDL-リポ酸)、脂肪酸(例えばリノール酸)、pH指示薬(例えばフェノールレッド)、ポリアミン(例えば1,4-ブタンジアミン二塩酸塩)、ピリミジンデオキシヌクレオチド(例えばチミジン)等が挙げられる。また、従来から幹細胞の培養に用いられてきた添加物も適宜含むことができる。添加物は、それぞれ自体公知の濃度範囲内で含まれることが好ましい。
【0024】
本発明において用いるサプリメントに含まれる成分としては、インスリン、bFGF、トランスフェリン、TGF-β等のタンパク質や、セレン、炭酸水素ナトリウム等のミネラル、L-アスコルビン酸等のビタミンが挙げられる。共存することが望ましくないサプリメント同士は別々に調製する。すなわち、本発明において、サプリメントはサプリメント1、必要に応じてサプリメント1及びサプリメント2として提供される。本発明においてサプリメントとして、既報乃至市販のものを用いることができる。例えばEssential8(Thermo Fisher SCIENTIFIC社)のサプリメント液やTeSR-E8(STEMCELL Technologies社)のサプリメント液を用いることができる。
本発明の培地において、サプリメントの量は、例えば、基礎培地100重量部に対して、1~50重量部程度である。
【0025】
本発明において用いる培地には、血清が含まれていてもよい。血清としては、動物由来の血清であれば、幹細胞の増殖を阻害するものでない限り特に限定されないが、好ましくは哺乳動物由来の血清(例えばウシ胎仔血清、ヒト血清等)である。血清の濃度は、自体公知の濃度範囲内であればよい。ただし、血清成分にはヒトES細胞の分化因子等も含まれていることが知られており、また血清のロット間差により培養結果にばらつきが生じる可能性もあることから、血清の含有量は低いほど好ましく、血清を含まないことが最も好ましい。更に、培養後の幹細胞を医療目的で使用する場合、異種由来成分は血液媒介病原菌の感染源や異種抗原となる可能性があるため、血清を含まないことが好ましい。血清を含まない場合、血清の代替添加物(例えばKnockout Serum Replacement(KSR)(Invitrogen)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco)、Glutamax(Gibco)、B-27サプリメント等)を用いてもよい。これらの成分は通常基礎培地とは別にサプリメントとして提供される。
【0026】
2.幹細胞増殖用培地の安定化剤/幹細胞増殖用培地を安定化する方法
幹細胞増殖用培地は通常、基礎培地及びサプリメント(1又は複数のサプリメント)から構成され、使用時に混合して液体の完全培地として調製される。保管後の完全培地は、その細胞増殖における性能が劣化しているが、リボフラビン誘導体を該培地中に添加することによって、当該培地の保管後の劣化を防ぐことができる。本明細書中、保管後の完全培地の「劣化」とは、保管前(例、調製直後)の培地で細胞を培養した場合に得られる細胞増殖の程度に比べてその程度が減少していることを意味する。リボフラビン誘導体を添加することを特徴とする、幹細胞増殖用培地を安定化する方法(以下、本発明の安定化方法とも称する)において、添加するリボフラビン誘導体としては、上記1.幹細胞増殖用培地で用いたものと同様のものが挙げられる。リボフラビン誘導体は、完全培地に添加しても基礎培地に添加してもよいが好ましくは基礎培地に添加する。本発明の安定化方法において添加するリボフラビン誘導体の量は、幹細胞増殖用培地の液体保管による劣化が抑制できる限り特に限定されないが、通常、基礎培地に対して、6nM~16μM、好ましくは6nM~3μM、より好ましくは6nM~0.6μMとなるように添加される。本発明の安定化方法において添加するリボフラビン誘導体の量は、幹細胞増殖用培地(完全培地)中5nM~500μM、好ましくは5nM~100μM、特に好ましくは5nM~20μMとなる量で添加される。基礎培地あるいは完全培地への添加をより簡便に実施するために、予め所定の濃度でリボフラビン誘導体を含む幹細胞増殖用培地の安定化剤(以下、本発明の安定化剤とも称する)を調製しておいてもよい。本発明の安定化剤は、有効成分としてリボフラビン誘導体を含んでいれば、その他の成分を含んでいても含んでいなくてもよい。取扱いのし易さ、保管安定性等の観点から、加えて培地に添加して用いる点において各種添加剤が含まれていてもよい。各種添加剤としては自体公知のものが用いられるが培地構成成分の1乃至2種以上とともに製剤化することもできる。
本発明の安定化剤の剤型は特に限定されず、溶液状(懸濁液、乳液等の剤型を含む)、固形状(粉末状等の剤型を含む)、半固形状(ゲル状等の剤型を含む)であり得る。溶液状の本発明の安定化剤は、液体培地への添加が容易であり好ましい。固形状、半固形状の本発明の安定化剤は取扱いのし易さ、保管安定性等の観点から好ましい。固形状、半固形状の本発明の安定化剤はそのまま培地に添加しても、必要に応じ培地への添加前に溶解してから用いることもできる。
【0027】
本発明の基礎培地、サプリメントの形状は特に限定されず、溶液状(懸濁液状、乳液状等を含む)、固形状(粉末状等を含む)、半固形状(ゲル状等を含む)であり得る。溶液状の本発明の基礎培地は、リボフラビン誘導体に加え、所望される培地構成成分を添加してなる溶液状の培地であり、サプリメントが溶液の場合には、そのままそれらを混合して完全培地として幹細胞の培養に用いることができる。サプリメントが固形状あるいは半固形状の場合には、あらかじめサプリメントの溶液を調製してから両者を混合してもよいし、サプリメントをそのまま溶液状の基礎培地に溶解させてもよい。本発明の基礎培地が固形状あるいは半固形状の場合には、リボフラビン誘導体に加え、所望される培地構成成分(1乃至2以上、好ましくは全て)を含み、用時精製水等に溶解した後、サプリメントが溶液の場合には、そのままそれらを混合して完全培地として幹細胞の培養に用いることができる。サプリメントが固形状あるいは半固形状の場合には、あらかじめサプリメントの溶液を調製してから両者を混合してもよいし、サプリメントをそのまま溶液状とした基礎培地に溶解させてもよい。必要に応じてpH調整を行って細胞の培養に用いることができる。いずれの態様も本発明の幹細胞増殖用培地の範疇である。
【0028】
本発明は、幹細胞の培養方法(以後、本発明の培養方法とも称する)を提供する。
3.本発明の培養方法
本発明の培養方法は、幹細胞(好ましくは、iPS細胞)を本発明の培地で培養する工程を含む。
幹細胞の培養に用いられる培養器は、幹細胞の培養が可能なものであれば特に限定されないが、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、マイクロスライド、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、及びローラーボトルが挙げられ得る。
【0029】
培養器は、細胞接着性であっても細胞非接着性であってもよく、目的に応じて適宜選ばれる。細胞接着性の培養器は、培養器の表面の細胞との接着性を向上させる目的で、細胞外マトリックス(ECM)等の任意の細胞支持用基質でコーティングされたものであり得る。細胞支持用基質は、幹細胞又はフィーダー細胞(用いられる場合)の接着を目的とする任意の物質であり得る。
【0030】
その他の培養条件は、適宜設定できる。例えば、培養温度は、特に限定されるものではないが約30~40℃、好ましくは約37℃であり得る。CO濃度は、約1~10%、好ましくは約2~5%であり得る。酸素分圧は、1~10%であり得る。
【0031】
本発明の培地中で幹細胞を培養することにより、効率よく幹細胞を増殖させることができ、従って、本発明は、効率的な幹細胞の製造方法を提供することができる。
以下に実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例
【0032】
(材料と方法)
本実施例では、DMEM/F-12培地中の成分を改変したModified DMEM/F-12培地の保管安定性について、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて評価した。
Modified DMEM/F-12培地の組成を表1に記載する。なお、表1の組成から、FMNを除いた培地を、Modified DMEM/F-12(FMN-)とする。これら培地組成の差異の抜粋を表2に示した。
【0033】
【表1】
【0034】
【表2】
【0035】
DMEM/F-12の組成で改変したものは、以下の4点である。
(i)RFVをリボフラビン誘導体であるフラビンモノヌクレオチド(FMN)・Na塩(リボフラビン5’-モノフォスファートナトリウム(東京化成工業株式会社、R0023、以下同じ))に変更し、且つ濃度を20mol%に低減した。
(ii)Fe3+(硝酸第二鉄 九水和物)を0mol%とした。
(iii)Fe2+(硫酸第一鉄 七水和物)を25mol%に低減した。
(iv)Zn2+(硫酸亜鉛 七水和物)の含量を25mol%に低減した。
【0036】
iPS細胞は、iPSアカデミアジャパン社より購入した201B7株を用いた。細胞培養は、細胞外マトリックスとしてマトリゲル(日本ベクトン・ディッキンソン社:354277)またはiMatrix-511(ニッピ社:892002)をコートした培養容器を用い、5%CO/37℃の条件で行った。
Modified DMEM/F-12をEssential8(Thermo Fisher SCIENTIFIC社:A1517001)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社:#05940)、TeSR2(STEMCELL Technologies社: #05860)の各サプリメントと混合し完全培地を調製した。その培地をガラス扉の冷蔵庫に非遮光下(蛍光灯照射時間10hr/日)で保管後、培養に用いることにより培地の保管安定性を検討した。
以下の各実施例において、「Essential8のサプリメント」は、Essential8 (Thermo Fisher SCIENTIFIC社:A1517001)のサプリメントであり、「TeSR-E8のサプリメント」は、TeSR-E8 (STEMCELL Technologies社: #05940)のサプリメントであり、「TeSR2のサプリメント」は、TeSR2 (STEMCELL Technologies社: #05860)のサプリメントである。
【0037】
実施例1:iPS細胞培養時におけるRFVの有効性検討
RFVがiPS細胞培養時に必須な成分であるか検討を行った。基礎培地(A液:Modified DMEM/F-12(FMN-))にEssential8のサプリメント(B液)を混合して完全培地を調製した。完全培地にRFVを最終濃度0.00、0.0176、0.044、0.088、0.176mg/Lになるように添加した培地を調製した(表3のNo.1~No.5)。合わせて、低減したミネラル成分の影響を把握するため、Fe2+とZn2+を100mol%になるように添加した培地の調製も実施した(表3のNo.6~No.10)。
培地を調製後、マトリゲルをコートした12ウェルプレートを用意し、1ウェルあたり10,000個の細胞をシングルセルの状態で播種した。細胞を播種した当日に上記にて調製した培地を用いて評価を行った。培養期間は7日間とし、培養開始7日目にIncuCyte Zoom(エッセンバイオサイエンス社)を用い、細胞増殖の指標として、細胞被覆率を計測した。播種時には、最終濃度10μMのY-27632(和光純薬工業社:036-24023)を添加した培地を使用し、翌日以降の評価においては、Y-27632を添加していない培地で培養した。
結果を図1、2に示した。いずれのFe2+とZn2+濃度においても、RFV0.00mg/Lでは細胞が死滅した。細胞培養にはRFVが必須であることが示された。
【0038】
【表3】
【0039】
実施例2:Modified DMEM/F-12培地の効果検討
DMEM/F-12を改変したModified DMEM/F-12 の効果を検討した。DMEM/F-12およびModified DMEM/F-12を以下の通り組み合わせ、基礎培地(A液)及びサプリメント(Essential8のサプリメント(B液)又はTeSR-E8のサプリメント(B液、C液))からなる完全培地を調製した(表4)。各培地を0、2、5週間冷蔵にて非遮光下で保管後、iPS細胞の増殖能を計測した。
【0040】
【表4】
【0041】
増殖能は、マトリゲルをコートした12ウェルプレートを用意し、1ウェルあたり10,000個の細胞をシングルセルの状態で播種し、評価した。細胞を播種した当日に上記にて調製した培地を用いて評価を開始した。培養期間は7日間とし、培養開始7日目にIncuCyte Zoomにて細胞被覆率を計測した。播種時には、最終濃度10μMのY-27632を添加した培地を使用し、翌日以降の評価においては、Y-27632を添加していない培地で培養した。
2週間(図3上段)又は5週間(図3下段)保管後の増殖能検討結果を図3に示した。増殖能検討結果より基礎培地をModified DMEM/F-12にすると、5週間保管後も培地の安定性を維持させることが可能であることが示された。
【0042】
実施例3:Fe,Zn,RFVの保管安定性影響検討
Fe2+、Zn2+、およびRFVが培地の保管安定性にどの程度寄与するのか検討を行った。Modified DMEM/F-12(FMN-)に、各成分を添加した完全培地をそれぞれ調製した(表5)。各培地を0、2週間冷蔵にて非遮光下で保管後、iPS細胞の増殖能を検討した。
【0043】
【表5】
【0044】
*1 上記No.2~5には、RFV誘導体(FMN:リボフラビン5’-モノフォスファートナトリウム)を、それぞれ所定の濃度になるよう、Modified DMEM/F-12(FMN-)に添加した。
*2 No.3には、Fe2+として、硫酸第一鉄 七水和物をModified DMEM/F-12(FMN-)に添加した。mol%とは、DMEM/F-12に対する相対モル濃度であり、硫酸第一鉄 七水和物の100mol%は0.417 mg/Lである(表2)。
*3 No.4には、Zn2+として、硫酸亜鉛 七水和物をModified DMEM/F-12(FMN-)に添加した。mol%とは、DMEM/F-12に対する相対モル濃度であり、硫酸亜鉛 七水和物の100mol%は0.432 mg/Lである(表2)。
*4 No.5には、RFV誘導体に加え、RFVをModified DMEM/F-12(FMN-)に添加した。mol%とは、DMEM/F-12に対する相対モル濃度であり、RFVの80mol%とは、0.176 mg/L(0.58μM)である(表2)。
【0045】
マトリゲルをコートした12ウェルプレートを用意し、1ウェルあたり10,000個の細胞をシングルセルの状態で播種した。細胞を播種した当日に上記にて調製した培地を用いて評価を行った。培養期間は7日間とし、培養開始7日目にIncuCyte Zoomにて細胞被覆率を計測した。播種時には、最終濃度10μMのY-27632を添加した培地を使用し、翌日以降の評価においては、Y-27632を添加していない培地で培養した。
増殖能検討結果を図4に示した。RFVが含まれる培地では、2週間保管後に細胞が生育できなかったことから、保管安定性低下の要因としてリボフラビンの存在が考えられた。一方、本実験では、Fe2+、Zn2+は培地の保管安定性低下には寄与しないことが確認された。
【0046】
実施例4:FMNを使用しているL-15培地のiPS細胞培養評価
RFVの代わりにFMNが含有されている培地として、L-15培地があり、腫瘍細胞など増殖の速い細胞の増殖用として市販されている。本培地が幹細胞用培地として使用可能であるか検討を行った。基礎培地としてL-15(和光純薬工業(株):128-06075)を、サプリメントとしてEssential8のサプリメントを用いて完全培地を調製し、調製後すみやかにiPS細胞の増殖能を検討した。マトリゲルまたはiMatrix-511をコートした6ウェルプレートを用意し、1ウェルあたり13,000個の細胞をシングルセルの状態で播種した。細胞を播種した当日に上記にて調製した培地を用いて評価を行った。培養期間は7日間とし、培養開始7日目にIncuCyte Zoomにて細胞被覆率を計測した。播種時には、最終濃度10μMのY-27632を添加した培地を使用し、翌日以降の評価においては、Y-27632を添加していない培地で培養した。
マトリゲル培養結果を図5上段に、iMatrix-511培養結果を図5下段に示す。両培養においても保管の有無に関わらずiPS細胞の培養はできなかった。
【0047】
実施例5:RFV誘導体FMN、FAD及びRTBの有効濃度検討
RFV誘導体であるFAD及びRTBの有効性を検討するとともに、FMN、FAD及びRTBの有効濃度範囲を検討した。基礎培地としてModified DMEM/F-12(FMN-)を用い、サプリメントとしてEssential8またはTeSR2のサプリメントを用いて完全培地を調製した。完全培地にRFV、FMN(リボフラビン5’-モノフォスファートナトリウム)、FAD(フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム水和物(東京化成工業株式会社、F0014、以下同じ))及びRTB(四酪酸リボフラビン、和光純薬工業(株)、185-00861)をそれぞれ最終濃度0.47~15.2μM(塩及び/又は水和物の場合はフリー体無水和物に換算した濃度)になるように添加した。Fe2+とZn2+が100mol%になるように添加した培地についても調製した。
各培地を2週間冷蔵にて非遮光下で保管後、iPS細胞の増殖能を検討した。マトリゲルをコートした12ウェルプレートを用意し、1ウェルあたり10,000個の細胞をシングルセルの状態で播種した。細胞を播種した当日に上記にて調製した培地を用いて評価を行った。培養期間は7日間とし、培養開始7日目にIncuCyte Zoomにて細胞被覆率を計測した。播種時には、最終濃度10μMのY-27632を添加した培地を使用し、翌日以降の評価においては、Y-27632を添加していない培地で培養した。
Essential8のサプリメントを用いた培地の培養結果を表6と表7に、TeSR2のサプリメントを用いた培地の培養結果を表8と表9に示す。いずれの培地においても、FMN、FAD及びRTBともにRFVよりも保管安定性が高かった。またFMN及びRTBよりもFADの方が、培養可能な濃度は高かった。Fe2+とZn2+の濃度は、低い方が保管安定性が高かった。
【0048】
【表6】
【0049】
(×;生育せず、○;細胞生育した)
*Fe2+とZn2+は25mol%
基礎培地:Modified DMEM/F-12(FMN-)、サプリメント:Essential8のサプリメント
【0050】
【表7】
【0051】
(×;生育せず、○;細胞生育した)
*Fe2+とZn2+は100mol%
基礎培地:Modified DMEM/F-12(FMN-)、サプリメント:Essential8のサプリメント
【0052】
【表8】
【0053】
(×;生育せず、○;細胞生育した)
*Fe2+とZn2+は25mol%
基礎培地:Modified DMEM/F-12(FMN-)、サプリメント:TeSR2のサプリメント
【0054】
【表9】
【0055】
(×;生育せず、○;細胞生育した)
*Fe2+とZn2+は100mol%
基礎培地:Modified DMEM/F-12(FMN-)、サプリメント:TeSR2のサプリメント
【0056】
実施例6:RFV誘導体FADの有効濃度検討
RFV誘導体であるFADの有効濃度範囲を検討するため、実施例5の未実施部分について評価した。基礎培地としてModified DMEM/F-12(FMN-)を用い、サプリメントとしてTeSR2のサプリメントを用いて完全培地を調製した。完全培地にFAD(フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム水和物)を最終濃度0.47~15.2μMになるように添加した。Fe2+とZn2+が100mol%になるように添加した培地について調製した。
各培地を2週間冷蔵にて非遮光下で保管後、iPS細胞の増殖能を検討した。マトリゲルをコートした12ウェルプレートを用意し、1ウェルあたり10,000個の細胞をシングルセルの状態で播種した。細胞を播種した当日に上記にて調製した培地を用いて評価を行った。培養期間は7日間とし、培養開始7日目にIncuCyte Zoomにて細胞被覆率を計測した。播種時には、最終濃度10μMのY-27632を添加した培地を使用し、翌日以降の評価においては、Y-27632を添加していない培地で培養した。
培養結果を表10に示す。Fe2+とZn2+が100mol%では、0.47~2.57μMで培養可能であった。
【0057】
【表10】
【0058】
(×;生育せず、○;細胞生育した)
*Fe2+とZn2+は100mol%
基礎培地:Modified DMEM/F-12(FMN-)、サプリメント:TeSR2のサプリメント
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、完全培地として液体保管しても、細胞増殖における性能が低下しない細胞増殖用培地を提供することが可能となる。よって、より多くの細胞、特にES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞を効率よく得ることができ、研究や医療等に用いるために該細胞を大量に供給することが可能となる。
【0060】
本出願は、日本で出願された特願2017-125164を基礎としており、その内容は本明細書にすべて包含されるものである。
図1
図2
図3
図4
図5