IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

<>
  • -切断工具およびその製造方法 図1
  • -切断工具およびその製造方法 図2
  • -切断工具およびその製造方法 図3
  • -切断工具およびその製造方法 図4
  • -切断工具およびその製造方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】切断工具およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23D 19/00 20060101AFI20221109BHJP
   B23D 35/00 20060101ALI20221109BHJP
   B23P 15/28 20060101ALI20221109BHJP
   B23P 15/40 20060101ALI20221109BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20221109BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20221109BHJP
   B24B 3/52 20060101ALI20221109BHJP
   C23C 14/32 20060101ALI20221109BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20221109BHJP
   C22C 29/08 20060101ALN20221109BHJP
   C22C 29/10 20060101ALN20221109BHJP
【FI】
B23D19/00 A
B23D35/00 A
B23P15/28 A
B23P15/40 Z
B23B27/14 A
B23B27/20
B24B3/52 Z
C23C14/32
B22F3/24 G
C22C29/08
C22C29/10
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019545533
(86)(22)【出願日】2018-09-26
(86)【国際出願番号】 JP2018035567
(87)【国際公開番号】W WO2019065677
(87)【国際公開日】2019-04-04
【審査請求日】2021-08-06
(31)【優先権主張番号】P 2017187626
(32)【優先日】2017-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小関 秀峰
(72)【発明者】
【氏名】進野 大樹
(72)【発明者】
【氏名】吉野 勝雄
(72)【発明者】
【氏名】植田 誠二
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-136431(JP,A)
【文献】特開2003-191164(JP,A)
【文献】実開昭62-195452(JP,U)
【文献】特開2018-187736(JP,A)
【文献】特開2007-313636(JP,A)
【文献】特開2014-210314(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23D 19/00
B23D 35/00
B23P 15/28
B23P 15/40
B23B 27/00 - 27/24
B24B 3/52
B24B 27/06
B24D 3/00 - 5/12
H01L 21/301
C23C 14/32
B22F 3/24
C22C 29/08 - 29/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミック相と金属相とを含む複合材料から構成される切断工具であって、
前記切断工具の刃先部分は、刃先稜線と刃先稜線を構成する刃先構成面とを有し、
前記刃先構成面は、前記セラミック相と前記金属相とを有する複合材料層から前記セラミック相が突出して、前記セラミック相が断続的に存在し、前記金属相が欠如した表面部を有し、
前記表面部の表面粗さは、算術平均粗さRa≦0.1μm、スキューネスRsk≦-0.01を満たしていることを特徴とする、切断工具。
【請求項2】
前記表面部は、スキューネスRsk≦-1.0であることを特徴とする、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記セラミック相はWCまたはTiCであり、前記金属相はCo、Ni、Feから選択される少なくとも1種であることを特徴とする、請求項1または2に記載の切断工具。
【請求項4】
前記表面部に、4a族、5a族および6a族からなる元素群から選択される少なくとも一種の炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、もしくは硼化物からなる皮膜、またはダイヤモンドライクカーボン膜が一層以上形成されていることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の切断工具。
【請求項5】
前記表面部において、前記セラミック相の間に、前記金属相以外の材料が配置されていることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の切断工具。
【請求項6】
セラミック相と金属相とを含む複合材料から構成される切断工具の製造方法であって、
前記切断工具の刃先部分は、刃先稜線と刃先稜線を構成する刃先構成面とを有し、
前記複合材料から構成された工具基材の刃先構成面となる部分を研削加工してRa≦0.1μmに調整する形状加工工程と、
前記形状加工工程の後、Ra≦0.1μmに調整された前記工具基材の刃先構成面となる部分をエッチングし、前記刃先構成面となる部分の金属相を除去して、前記刃先構成面が、前記セラミック相と前記金属相とを有する複合材料層から前記セラミック相が突出して、前記セラミック相が断続的に存在し、前記金属相が欠如した表面部を有するように構成し、前記表面部の表面粗さをRsk≦-0.01とする表面改質工程と、を有することを特徴とする、切断工具の製造方法。
【請求項7】
前記表面改質工程は、酸性溶液を使用したウェットエッチングであることを特徴とする、請求項6に記載の切断工具の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、良好な耐久性を有する切断工具およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セラミック等に代表される硬質相と、Ni、Co、Fe等に代表される金属相とから構成される複合材料から構成される複合合金は、室温および高温での耐衝撃性に優れることから治工具に適用されている。例えば紙、樹脂フィルム、金属板等を切断するための切断刃にもこの複合材料は適用されており、従来より様々な検討がなされている。例えば引用文献1には、切断刃がCr、VおよびTaの群から選ばれる少なくとも1種を炭化物換算による合計で0.3~3.0質量%と、Coを8~15質量%とを含んで、残部が平均粒径0.1~0.5μmのWC粒子である超硬合金からなることを特徴とする切断刃について記載されている。
また引用文献2には、積層コンデンサや積層セラミック基板などやセラミックグリーンシート等の切断又は裁断に使用される、WCの粒径が1.0μm以下であり、かつ結合相としてのCo量が8~20%である超硬合金からなることを特徴とする薄型切断刃について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2004-291137号公報
【文献】特開2002-86387号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したような複合合金製の切断工具において、被加工材が金属材料やアモルファス薄帯である場合、金属同士の接触により発生する凝着により、摩耗や刃欠けが発生するといった課題があった。この摩耗が刃先に発生すると切れ味の低下により,切断された被加工材の端面にバリが発生するため,製品に要求される精度を達成できない。そのため,さらなる精密化要求やより過酷な環境での使用に伴い、被加工材を攻撃して摩耗粉を発生させないように切断工具の作業面の平滑性,切れ味を維持しつつ、さらなる耐凝着性の向上が求められている。このような要求に対して、前述の特許文献1の発明は、超硬合金の表面の硬度を増加させる優れた発明であるが、Coを除去したことによる表面状態劣化の抑制については記載されておらず、検討の余地が残されている。また特許文献2の発明は、ダイヤモンド膜の密着性を向上させるために表面に凹凸を形成させた発明であり、特に精密切断工具において所望の表面品質が得られない可能性がある。本発明の目的は、良好な耐凝着性と平滑性を併せ持つ切断工具およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は上述した課題に鑑みてなされたものである。
即ち本発明の一態様は、セラミック相と金属相とを含む複合材料から構成される切断工具であって、
前記切断工具の刃先部分は、刃先稜線と刃先稜線を構成する刃先構成面とを有し、
前記刃先構成面は、前記セラミック相と前記金属相とを有する複合材料層から前記セラミック相が突出して、前記セラミック相が断続的に存在し、前記金属相が欠如した表面部を有し、
前記表面部の表面粗さは、算術平均粗さRa≦0.1μm、スキューネスRsk≦-0.01を満たしていることを特徴とする、切断工具である。
好ましくは、前記切断工具の表面部は、スキューネスRsk≦-1.0である。
好ましくは、前記セラミック相はWCまたはTiC、前記金属相はCo、Ni、Feから選択される少なくとも1種である。
好ましくは、前記表面部に、4a族、5a族および6a族からなる元素群から選択される少なくとも一種の炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、もしくは硼化物からなる皮膜、またはダイヤモンドライクカーボン膜が一層以上形成されていることを特徴とする。
【0006】
また本発明の他の一態様は、セラミック相と金属相とを含む複合材料から構成される切断工具の製造方法であって、
前記切断工具の刃先部分は、刃先稜線と刃先稜線を構成する刃先構成面とを有し、
前記複合材料から構成された工具基材の刃先構成面となる部分を研削加工してRa≦0.1μmに調整する形状加工工程と、
前記形状加工工程の後、Ra≦0.1μmに調整された前記工具基材の刃先構成面となる部分をエッチングし、前記刃先構成面となる部分の金属相を除去して、前記刃先構成面が、前記セラミック相と前記金属相とを有する複合材料層から前記セラミック相が突出して、前記セラミック相が断続的に存在し、前記金属相が欠如した表面部を有するように構成し、前記表面部の表面粗さをRsk≦-0.01とする表面改質工程と、を有することを特徴とする、切断工具の製造方法である。
好ましくは、前記表面改質工程は、酸性溶液を使用したウェットエッチングである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、良好な耐凝着性と平滑性を併せ持つ切断工具を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本実施形態の切断工具であるスリッターを示す、金属帯切断装置の模式図である。
図2図1に示す本実施形態の切断工具のA部を拡大した模式図である。
図3】従来の切断工具または表面改質工程前の切断工具における、A部を拡大して観察した模式図である。
図4】本実施形態の切断工具を用いて切断した鋼帯の両側面拡大写真である。
図5】本発明の切断工具と比較例の切断工具との、切断時に発生した摩耗粉の数量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に本発明を詳しく説明する。ただし、本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
本発明の切断工具は、セラミック相(以下、硬質相とも記載する)、バインダ(結合相)としての金属相の二相が混在する複合材料から構成される切断工具である。この切断工具は、硬質相の利点(優れた強度)と金属相の利点(高い延性および靭性)とを併せ持つ特徴がある。
【0010】
本発明の切断工具が有するセラミック相は、W(タングステン)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、V(バナジウム)、Zr(ジルコニウム)、Al(アルミニウム)、Si(ケイ素)、Nb(ニオブ)、Ta(タンタル)およびTi(チタン)の炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物および硼化物から選択される少なくとも一種であることが好ましい。より好ましくは、WまたはTiの炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物および硼化物から選択される少なくとも一種である。
また本発明の切断工具が有する金属相は、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、Fe(鉄)、W(タングステン)、Mo(モリブデン)のうちの少なくとも一種から選択されることが好ましい。より好ましくは、Co、Ni、Feから選択される少なくとも一種である。
なお本実施形態の切断工具は、特に記載がなければ、セラミック相に炭化タングステン(WC)を、金属相にCoを選択したWC-Co複合材料から構成されている。
【0011】
図1に本実施形態の切断工具の一例である、円筒形刃(以降、スリット刃とも記載する)の概略図を示す。本発明はこの円筒形刃以外にも、例えば打ち抜き加工用のパンチ等といったせん断工具にも使用することが可能である。またシャー刃など、刃先が鋭角の刃物角を有するせん断工具にも適用可能である。本実施形態の円筒形刃は図1に示すように金属帯12を所望の幅の金属条13に裁断するスリッターに使用されるものであり、円筒形上刃1Aと円筒形下刃1Bとを一定のクリアランスを設けて配置し、上刃と下刃とのせん断により被加工材を切断する。この円筒形刃は刃先稜線4(白色実線部)と、刃先を構成する刃先構成面6、7を有する(以降、刃先構成面6を外周面、刃先構成面7を側面とも記載する)。図1における切断工具のA部拡大図を、図2に示す。本実施形態の切断工具は図2に示すように、セラミック相2と金属相3とを含む複合材料から構成されており、切断工具の刃先を構成する刃先稜線4および刃先構成面6、7において、複合材料層からセラミック相2が突出し、セラミック相2が刃先構成面6、7の面内方向に断続的(非連続的)に存在し、金属相3が欠如した表面部で構成されており、刃先構成面6、7の表面粗さは、算術平均粗さRa≦0.1μm、スキューネスRsk≦-0.01を満たしていることを特徴としている。ここで「セラミック相が断続的に存在し、金属相が欠如した表面部」とは、実質的に金属相が存在しないことを示す。後述する製造方法の実施形態のとおり、刃先稜線および刃先構成面は、セラミック相と金属相とから構成される図3に示すような工具基材の刃先稜線および刃先構成面となる部分から、金属相を除去することにより作製される。この金属相の除去により本実施形態の切断工具の刃先稜線には、被加工材に接触する部分よりも回転軸中心側に凹んでいる凹部5が形成されることにより、断続的な刃先稜線が構成される。このような刃先稜線を有することで、本実施形態の切断工具は被加工材への食いつき性能が向上し、被加工材が切れ刃近傍で滑ることによるせん断応力の低下を抑え、切断性能を向上させることが可能である。また刃先構成面も刃先稜線と同様にセラミック相が断続的に存在し、金属相が欠如した表面部を有していることで、軟質で被加工材に凝着しやすい金属相が切断工具の刃先稜線および刃先構成面に存在しない構成とすることができるため、切断工具の耐凝着性を向上させることが可能である。さらに被加工材の切断面において二次せん断面や過大なバリといった切断面の不良を発生させることなく、良好な切断が可能である。また、刃先構成面に適度に凹凸が形成されているため、切断時に被加工材から工具が滑らかに抜けやすくなる傾向にある。これにより被加工材に生成されたバリの巻き込みを抑制し、折れたバリの製品への混入を低減する効果が期待できる。なお本実施形態における切断工具の刃先稜線は上述したように非連続であり、刃先稜線を形成するセラミック相は図2に示すように断続的ではあるが、直線および一定曲率の曲線で滑らかに接続することが可能である(点線部5aは仮想刃先稜線)。この刃先の形態により刃先の食いつき性能を向上させ、スムーズなせん断加工を行うことが可能である。
【0012】
本実施形態では上述した金属相の除去において、完全には除去されない部分が存在することもあり得るため、実質的に金属相が存在しないとしている。セラミック相と金属相とで構成されている切断工具の大半の部分(基材部分)と比較すれば、刃先稜線および刃先構成面における金属相の存在量は明白に異なり、実質的に金属相が存在しない、セラミック相で構成されている部分を特定することは容易である。また、刃先稜線および刃先構成面はセラミック相と空隙、あるいはセラミック相と空隙を埋める金属相以外の材料とから構成されていてもよい。この空隙は、金属相が除去されて構成されるものであり、空隙のままとしておいても良いし、この空隙に金属相以外の材料を充填したものでもよい。例えば空隙にポリテトラフルオロエチレンを主成分とした樹脂系材料を充填することで、金属層の露出を防ぐとともに硬質粒子の脱落を抑制するといった効果を発揮することができる。また、上記のような樹脂系材料を充填することで、被加工材に生成されたバリの巻き込みの抑制効果も期待できる。もちろん、一部の空隙が残存していてもよい。
【0013】
本実施形態のセラミック相が突出して構成されている部分(表面部)は、少なくとも刃先構成面から深さ方向に0.2μmの範囲まで形成されていることが好ましい。これにより、上述した耐凝着性をより向上させることができる(以降、金属相が除去され、セラミック相で構成されている、刃先構成面の面内方向に沿って形成された層状の部分を、硬質強化層とも記載する)。この硬質強化層は厚いほど上述した有利な効果が長期間得られるため、刃先構成面から深さ方向(刃先構成面に垂直な方向)に0.5μmの範囲まで形成されていることがより好ましく、1μmの範囲まで形成されていることがさらに好ましい。なお後述するように、刃先構成面上に被覆層を形成してもよい。なおこの場合、表面部(硬質強化層)の深さ方向の範囲は、被覆層が無い状態での刃先構成面からの深さを示す。また、本発明の切断工具は硬質強化層に形成する空隙をより形成させやすくするために、セラミック相の径を1μm以上にすることが好ましい。なおセラミック相の径は、例えば、切断工具の表面および断面を3000~20000倍の倍率で観察し、その視野内に存在するセラミック相の円相当系の平均値から求めることができる。硬質強化層の厚さの上限は特に限定しないが、製造上15μm程度としてもよい。なお後述する本発明の製造方法によれば、エッチングにより刃先稜線および刃先構成面全体でほぼ均一に硬質強化層が形成されるので、走査線電子顕微鏡(SEM)などの測定装置で、例えば、刃先構成面の断面で面内方向10μm~20μm程度の範囲を確認すればよい。
【0014】
また、断面観察による面積比率で、セラミック相の面積と金属相の面積の合計に対するセラミック相の面積の比率をセラミック相比率としたとき、前記した切断工具の主たる部分のセラミック相比率よりも硬質強化層のセラミック相比率が高く、硬質強化層のセラミック相比率は99%以上であることが好ましい。このセラミック相比率を測定する方法の一例を示す。まず切断工具の刃先構成面を、面と直交する方向に向かって切断して、刃先構成面が視野に入るように走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて所定の倍率で写真を撮影する。被加工材との接触面となる略平面状または曲面状の刃先構成面を線Aで繋ぎ、刃先構成面から深さ方向に少なくとも0.2μmの位置に、線Aを切断工具の深さ方向に平行移動させた線Bを作成する。そして線A、線B、写真端部で囲まれる領域から空隙を除いた面積率を100%とした際の、セラミック相の占める面積率の割合をセラミック相比率とする。なお本実施形態における「略平面」とは、接触面となるセラミック相の上面に存在する微小な凹凸は除き、全体として平面とみなせる形状を示す。
【0015】
本実施形態の切断工具は、刃先構成面の粗さが、算術平均粗さRa(JIS-B-0601-2001に準拠)が0.1μm以下であるとともに、スキューネスRskが-0.01以下であることも重要である。これにより本発明の切断工具は、被加工物と接触する刃先構成面の粗さ曲線は凹部に対して凸部の方が広くなり、先鋭な凸部の形成を抑制することができるため、接触面の凸部を起点とした摩耗やかじりの発生を大幅に抑制し、良好な摺動特性を発揮することが可能である。また例えば切断工具および被加工材の接触面が平滑であり、切断時に潤滑油を使用する場合、互いの接触面同士が接触している箇所に潤滑油を含浸させることは困難であるが、本発明ではRskを-0.01以下にすることで、切断工具の作業面に適度な凹部(以下、空隙とも記載する。)を形成させることで、潤滑油の含浸性を向上させ、良好な摺動特性を発揮させることが可能である。また、切断工具および被加工材の作業面が平滑である場合、真空凝着が生じる可能性があるが、上述した凹部により切断工具と被加工材との接触面が真空状態となることを防止することができ、その効果により良好な摺動特性を得ることが可能である。上述した効果をより確実に得るためにも、本発明のRskは-1.0以下であることが好ましい。なお本実施形態の刃先稜線も刃先構成面と同様な粗さ曲線を有することが好ましい。本発明は、被加工材が金属材料からなる場合に、効果を発揮する。特に、従来では加工が困難であったアモルファス合金薄帯に対しても、本発明の切断工具によれば安定した切断加工が期待できる。
【0016】
本実施形態の切断工具は耐摩耗性をより向上させるために、刃先稜線及び表面部に、4a族、5a族および6a族からなる元素群から選択される少なくとも一種の炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、もしくは硼化物からなる皮膜を形成させてもよい。好ましくはCr系窒化物、Ti系窒化物またはTi系炭窒化物からなる皮膜を適用する。さらに好ましくはTiCN、AlCrN、TiSiN、TiAlN、AlCrSiN、TiAlSiN、TiAlCrSiNからなる皮膜を適用する。AlCrSiNを適用する場合は耐摩耗性をさらに向上させるために、AlCrSi(x+y+z=100)の組成式は、20<x<75、25<y<75、0<z<10と制御することが好ましく、50<x<55、45<y<50、0.1<z<1と制御することがより好ましい。また皮膜にTiAlSiNを適用する場合は、TiAlSi(x+y+z=100)の組成式において、25<x<75、20<y<75、0.0<z<10の範囲に収まるように制御することが好ましい。この皮膜の好ましい膜厚は0.1μm~5.0μmであり、より好ましい膜厚は0.5μm~2.0μmである。これは、膜厚が厚すぎるとセラミック相の凸部をトレースできず、上述した耐凝着性などの有利な効果が発揮されない可能性があり、膜厚が薄すぎると耐摩耗性向上効果が十分に得られない可能性がある。ここでAlCrSiN膜を用いる場合、基材側から皮膜表面側に向かって、x値が増加するとともにy値が減少する傾斜組成を有してもよい。これにより基材との密着強度をさらに向上させることができる。
また皮膜の表面粗さは、算術平均粗さRaで0.06μm以下、最大高さRzで1.0μm以下であることが好ましい。これにより、皮膜表面上の凹凸が摩耗の起点になることを抑制し、耐摩耗性をさらに向上させることができる。
【0017】
本実施形態の切断工具は上述した皮膜に加えて、ダイヤモンドライクカーボン膜(以下、DLC皮膜とも記載する)を適用することもできる。このDLC膜も、切断工具の耐摩耗性を向上させることが可能であり、DLC皮膜は硬質強化層表面の凹凸に倣うように皮膜表面にも凹凸が形成されるため、上述した空隙を設けることによる利点も発揮することが期待できる。このDLC皮膜は、より高い硬度を得るため、かつ切断工具との密着性を向上させるために、DLC皮膜の表面における水素原子の含有量を0.5原子%以下とし、窒素の含有量を2原子%以下とすることができる。また、DLC皮膜の硬質強化層との界面側における水素含有量を0.7原子%以上7原子%以下、窒素含有量を2原子%超10原子%以下とすることでさらなる耐摩耗性の向上が期待できる。この水素原子の含有量は、例えば弾性反跳粒子検出法(ERDA分析)により求めることが可能である。また窒素原子の含有量は、例えばオージェ電子分光法(AES分析により求めることが可能である。
【0018】
DLC皮膜は、耐摩耗性や耐熱性等の特性を付与するために、金属(半金属を含む)元素を含有しても良く、金属、合金、炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸窒化物、炭ホウ化物等の化合物の形態で含有すればよい。好ましくは金属(半金属を含む)元素の含有比率(原子%)は2%以上であり、さらに好ましくは5%以上と設定することができる。但し、金属(半金属を含む)元素の含有比率が多くなると、摺動特性が低下する傾向にある。そのため、金属(半金属を含む)元素の含有比率(原子%)を20%以下、より好ましくは10%以下に設定することができる。なおDLC皮膜の厚みは、耐久性や金型との密着性をさらに向上させるために、0.1μm~1.5μmと設定することができ、0.1μm~1.2μmに設定してもよく、金型に十分な耐摩耗性を付与するために、DLC皮膜の膜厚は0.2μm以上に設定してもよい。平滑な表面粗さと優れた耐摩耗性を同時に達成するには、DLC皮膜の膜厚を0.6μm~1.2μmに設定してもよい。このDLC皮膜の表面粗さも算術平均粗さRaで0.06μm以下、最大高さ粗さRzで1.0μm以下であることが好ましい。より好ましくは、Raが0.03μm以下、Rzが0.5μm以下の平滑性を有すると、被加工材の溶着の起点となる表面欠陥を低減することができる。さらに好ましくはRaが0.02μm以下、Rzが0.3μm以下である。
【0019】
続いて、本発明の製造方法について説明する。
本発明の製造方法は、セラミック相と金属相を含む複合材料から構成される工具基材の刃先構成面となる部分をRa≦0.1μmとする形状加工工程と、前記形状加工工程の後、Ra≦0.1μmに調整された工具基材の表面をエッチングし、表面近傍の金属層を除去する、表面改質工程と、を有することを特徴とする。この複合材料から構成される工具基材は既存の方法で作製することが可能であり、例えば、セラミック粉末と金属粉末との混合粉末を所定の形状に加圧・成型後、真空雰囲気下で1250~1550℃の温度で焼結することで、得ることができる。なお切断工具の強度をより向上させるために、本発明の製造方法で用いる混合粉末は、セラミック粉末と金属粉末との合計体積を100%とした際、金属粉末の体積比率が3%~30%であることが好ましい。また上記セラミック粉末は、W(タングステン)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、V(バナジウム)、Zr(ジルコニウム)、Al(アルミニウム)、Si(ケイ素)、Nb(ニオブ)、Ta(タンタル)およびTi(チタン)のうちの少なくとも一種の炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物および硼化物から選択されることが好ましく、WまたはTiの炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物および硼化物から選択されることがより好ましい。上記金属粉末は、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、Fe(鉄)、W(タングステン)、Mo(モリブデン)のうちの少なくとも一種から選択されることが好ましく、Co、Ni、Feのうちの少なくとも一種から選択されることがより好ましい。
【0020】
<形状加工工程>
本発明の製造方法では用意した工具基材の刃先構成面となる部分の表面を、研削加工、研磨加工、切削加工および放電加工等によりRa≦0.1μmに調整する形状加工工程を行う。この形状加工工程により切断工具の表面、特に作業面となる刃先構成面を平滑にすることで、後の表面改質工程を経て形成される切断工具に、平滑かつ適度な凹部が形成され、Ra≦0.1μm、スキューネスRsk≦-0.01の表面粗さを有する硬質強化層を形成させることができる。より好ましいRaの上限は0.05μm、さらに好ましいRaの上限は0.02μmである。下限は特に限定しないが、量産性を考慮して例えば0.005μmと設定することができる。ここで形状加工工程は複数の工程を組み合わせても良く、例えば研削加工で荒加工した後、研磨による仕上げ加工でRa≦0.1μmに調整しても良い。この時の研磨には、既存の研削方法を用いることができるが、所望の表面粗さを確実に得るために、ダイヤモンドペーストを用いたバフ研磨を実施してもよい。
【0021】
<表面改質工程>
続いて本発明の製造方法では、形状加工工程の後、刃先構成面となる部分がRa≦0.1μmに調整された工具基材をエッチングし、表面近傍の金属相を除去する表面改質工程を行う。図3に表面改質工程前の工具基材の拡大模式図を示す。上述した表面改質工程により金属相3が除去されることにより、刃先稜線と刃先構成面を図2に示すような、セラミック相と前記金属相とを有する複合材料層からセラミック相が突出して、セラミック相が断続的に存在し、金属相が欠如した構成とすることができる。本発明ではこの表面改質工程にエッチングを適用しており、エッチングには酸性溶液やアルカリ性溶液を用いてエッチングするウェットエッチングや、放電プラズマを用いるドライエッチングを用いることができる。より好ましくは、セラミック相で構成される硬質強化層を厚く形成させやすく、Rskを安定して負値に調整しやすいウェットエッチングを用いる。この表面改質工程により、刃先構成面のRaは形状加工工程時より大きくなる場合もあるが、研削加工時には加工面に噛みこんだ微小な加工屑をエッチングにより除去することもできるため、平滑性が向上してRaが小さくなる場合もある。
【0022】
本実施形態では表面改質工程にウェットエッチングを適用した場合、エッチング液には塩酸、硝酸、王水等の酸性溶液を使用することができるが、金属相の除去能力が高く、硬質強化層を形成させやすい王水を使用することが好ましい。ここでウェットエッチングに王水を使用した場合、確実にRskを-1.0μm以下の値に調整させるために、エッチング処理時間は30秒超であることが好ましい。より好ましい処理時間は60秒以上、さらに好ましい処理時間は90秒以上である。表面改質工程にドライエッチングを適用する場合、既存の手法を適用することができる。実施形態では、例えば、プラズマを発生させるチャンバー内を2Pa程度の減圧Ar雰囲気とし、Arガスをプラズマ化させ、基材に―300Vのバイアスをかけてエッチングすることで、所望の硬質強化層を有した切断工具を得ることができる。なお、上述したような処理を刃先構成面に行えば、刃先稜線も非連続に形成することができる。
【0023】
本発明の切断工具の製造方法では、耐摩耗性をより向上させるために、刃先稜線及び刃先構成面上に4a族、5a族および6a族からなる元素群から選択される少なくとも一種の炭化物、窒化物、酸化物、硼化物からなる皮膜を被覆してもよい。好ましくはCr系窒化物、Ti系窒化物またはTi系炭窒化物からなる皮膜を適用する。さらに好ましくはTiCN、AlCrN、TiSiN、TiAlN、AlCrSiN、TiAlSiN、TiAlCrSiNからなる皮膜を適用する。AlCrSiNを適用する場合は耐摩耗性をさらに向上させるために、AlCrSi(x+y+z=100)の組成式において、20<x<75、25<y<75、0<z<10の範囲に収まるように制御することが好ましく、50<x<55、45<y<50、0.1<z<1の範囲に収まるように制御することがより好ましい。また皮膜にTiAlSiNを適用する場合は、TiAlSi(x+y+z=100)の組成式において、25<x<75、20<y<75、0.0<z<10の範囲に収まるように制御することが好ましい。この皮膜の成膜方法としてはPVD法を用いることができるが、ドロップレットが少なくより平滑な皮膜表面を得ることができる、スパッタリング法を用いて成膜することが好ましい。スパッタリング法を用いる場合は、さらに表面平滑度を向上させつつ切断工具と皮膜との密着強度を向上させるために、基材に印加するバイアス電圧を40~150V、と設定することがより好ましい。
【0024】
また、本実施形態の切断工具の製造方法では、耐摩耗性をより向上させるために刃先稜線および刃先構成面上にDLC皮膜を被覆することができる。DLC皮膜の被覆には、スパッタリング法やプラズマCVD法など既存の製膜法を採用することができるが、フィルタードアークイオンプレーティング法を使用すると、ドロップレットが少なくより平滑なDLC皮膜を被覆することが期待できる。また高硬度かつ切断工具との密着性が高いDLC皮膜を形成させるために、本実施形態では炉内に導入する窒素ガスおよび/または炭化水素等の水素を含有するガスの流量を減少させながら、DLC皮膜を被覆することが好ましい傾向にある。ここで水素含有ガスを導入する代わりに、硬質強化層側のDLC皮膜表面に水素を含有させつつ、硬質強化層の表面に存在する酸化膜や汚れ等を除去するために、水素を含んだ混合ガスを用いたガスボンバード処理を行ってもよい。この時の水素混合ガスは、アルゴンガスと、混合ガス総質量に対して4質量%以上の水素ガスと、を含有する混合ガスであることがより好ましい。
【実施例
【0025】
(実施例1)
セラミック相にWC、金属相にCoを選択した複合材料から構成されるスリット刃を準備した。この複合材料のセラミック粉末と金属粉末との体積比は、82:18であった。この切断工具の刃先構成面となる部分を、研削工具によりRa=1.5μmまで研削した後、ダイヤモンドペーストを用いたバフ研磨により刃先構成面をRa=0.005μmとなるまで研磨した。その後、研磨後の切断工具を王水に60秒間浸漬させてCo(金属相)を除去して硬質強化層を形成させた本発明例の試料を準備した。続いて得られた切断工具を用いて実際にスリット加工を行い、加工後の切断工具表面を観察した。被加工材はSUS420J2系統の13Crステンレス鋼帯であり、0.075μm~0.4μmの範囲内で厚みが異なる鋼帯を、合計で約3500m程度切断した。この時の鋼帯の通板速度は、約60m/minである。
【0026】
(表面粗さ測定)
本発明例の試料について、刃先構成面の表面粗さを測定した。表面粗さの測定には、東京精密(株)製触針式粗さ計(サーフコム)を用いた。測定条件は評価長さ4mm、測定速度0.3mm/s、カットオフ値0.8mm、フィルタ種別をガウシアンとした。測定の結果、本発明例の試料は表面が平滑かつ凸部が少ないことが確認できた。特にRskは-1.8と大きい負値を示している。これは作業面の粗さ曲線における凹部が深い位置まで形成されていることを示しており、このことから本発明の硬質強化層が深くまで形成されていることが推定できる。
【0027】
【表1】
【0028】
本発明のスリット刃にて切断した鋼帯の両側面拡大写真を図4に示す。図4より、本発明例のスリット刃で切断した鋼帯の切断面は、多量に切断したにもかかわらず、二次せん断面や過大なバリが発生していない良好な切断面を示していることが確認できた。
【0029】
(実施例2)
本発明例と比較例のカッターを準備し、SUS420J2系統の13Crステンレス(板厚0.1mm)を同じ長さで切断した。本発明例には実施例1で使用した表面改質カッターを使用し、比較例には本発明の処理を行わず、図3に示すように連続した刃先稜線を有している従来形状のカッターを使用した。切断後の鋼帯側面を確認したところ、比較例のカッターを使用して切断した鋼帯は、切断開始時点での最大バリ高さが1μmであるのに対し、切断終了時には3μmの最大バリ高さであった。対して本発明例のカッターを使用して切断した鋼帯は、切断終了時においても最大バリ高さが鋼帯開始時と変わらず1μmであることが確認できた。この結果より、本発明例のカッターは比較例よりも良好な切断を可能とし、さらなる継続切断も可能であることが確認できた。
【0030】
(実施例3)
続いて被加工材をNi合金に変更し、本発明例のカッターと比較例のカッターとで同じ長さを切断し、性能差を確認した。Ni合金は軟質なためスリット時にバリが生成され易く、さらに生成された過大なバリが折れて脱落し、金属粉の形態となりやすい傾向にある。この金属粉の発生量を、カッターのバリ抑制効果を示す指標とした。摩耗粉のカウント結果を図5に示す。図5に示すように、本発明例のカッター使用時に発生した金属粉のカウント数は、比較例のカッター使用時に発生した金属粉のカウント数よりも35%程度減少していることが確認できた。特に製品の品質低下要因となりやすい、最大径が100μm以上の金属粉カウント数については、本発明例が比較例の50%程度であることも示されており、本発明例のカッターは、比較例のカッターよりも被加工材に形成される過大なバリが少なく、安定した材料の切断が可能であることが確認できた。
【符号の説明】
【0031】
1、1A、1B 切断工具
2 セラミック相
3 金属相
4 刃先稜線
5 凹部
5a 仮想刃先稜線
6、7 刃先構成面
12 金属帯
13 金属条

図1
図2
図3
図4
図5