IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社島津製作所の特許一覧

<>
  • 特許-質量分析装置及び質量分析方法 図1
  • 特許-質量分析装置及び質量分析方法 図2
  • 特許-質量分析装置及び質量分析方法 図3
  • 特許-質量分析装置及び質量分析方法 図4
  • 特許-質量分析装置及び質量分析方法 図5
  • 特許-質量分析装置及び質量分析方法 図6
  • 特許-質量分析装置及び質量分析方法 図7
  • 特許-質量分析装置及び質量分析方法 図8
  • 特許-質量分析装置及び質量分析方法 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】質量分析装置及び質量分析方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/26 20060101AFI20221109BHJP
   H01J 49/00 20060101ALI20221109BHJP
   H01J 49/10 20060101ALI20221109BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20221109BHJP
【FI】
H01J49/26
H01J49/00 310
H01J49/00 360
H01J49/10
G01N27/62 D
G01N27/62 X
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021524587
(86)(22)【出願日】2019-06-06
(86)【国際出願番号】 JP2019022464
(87)【国際公開番号】W WO2020245964
(87)【国際公開日】2020-12-10
【審査請求日】2021-08-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田川 雄介
(72)【発明者】
【氏名】石川 勇樹
【審査官】松平 佳巳
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-156879(JP,A)
【文献】国際公開第2016/125271(WO,A1)
【文献】特開平5-82080(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/26
H01J 49/00
H01J 49/10
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン化部、質量分離部、及び、検出部、を具備する質量分析装置であって、
装置パラメータとして規定されている複数のパラメータの値を変化させつつ目的試料に対する第1の測定を繰り返し実行するように、前記イオン化部、前記質量分離部、及び、前記検出部を制御する第1の測定実行制御部と、
前記第1の測定の繰り返しの開始前、終了後、又は途中のうちの二以上の時点で、前記装置パラメータにおける各パラメータの値を予め決められた基準値に設定して前記目的試料に対する第2の測定を実行するように、前記イオン化部、前記質量分離部、及び、前記検出部を制御する第2の測定実行制御部と、
二以上の時点で実行された前記第2の測定の結果を用いて、前記第1の測定の結果を補正する補正処理部と、
前記補正処理部による補正後の測定結果を利用して前記装置パラメータを決定する、又は該装置パラメータを決定するための参照情報を取得する装置パラメータ関連情報取得部と、
を備える質量分析装置。
【請求項2】
前記補正処理部で補正される第1の測定の結果は、クロマトグラム上のピークの高さ又は面積から求まる信号強度である、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記装置パラメータの中で前記イオン化部でのイオン化効率に影響を及ぼす一又は複数のパラメータの値を変化させつつ目的試料に対する測定を繰り返し実行するように、前記イオン化部、前記質量分離部、及び、前記検出部を制御する基準値探索時測定制御部と、 その測定の結果に基づいて前記基準値を決定する基準値決定部と、
をさらに備える、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記イオン化部でのイオン化効率に影響を及ぼす一又は複数のパラメータは、物理量が温度であるパラメータを含む、請求項3に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記装置パラメータ関連情報取得部は、前記補正処理部で補正された測定結果を利用して、複数種類のパラメータの値と検出感度との関係を示す感度モデルを前記参照情報として作成する、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記感度モデルは、マルチタスクベイズ最適化法のアルゴリズムを用いて最適又はそれに近い装置パラメータを探索する際に参照されるモデルである、請求項5に記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記装置パラメータ関連情報取得部は、前記補正処理部で補正された測定結果に基づくガウス過程回帰により前記感度モデルを作成する、請求項6に記載の質量分析装置。
【請求項8】
イオン化部、質量分離部、及び、検出部、を具備する質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
装置パラメータとして規定されている複数のパラメータの値を変化させつつ目的試料に対する第1の測定を繰り返し実行する第1の測定実行ステップと、
前記第1の測定の繰り返しの開始前、終了後、又は途中のうちの二以上の時点で、前記装置パラメータにおける各パラメータの値を予め決められた基準値に設定して前記目的試料に対する第2の測定を実行する第2の測定実行ステップと、
二以上の時点で実行された前記第2の測定の結果を用いて、前記第1の測定の結果を補正する補正処理ステップと、
前記補正処理ステップによる補正後の測定結果を利用して前記装置パラメータを決定する、又は該装置パラメータを決定するための参照情報を取得する装置パラメータ関連情報取得ステップと、
を有する質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置及び質量分析方法に関し、さらに詳しくは、実測結果に基づいて装置パラメータを最適又はそれに近い状態に調整する機能を有する質量分析装置、及び質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、分析装置を用いて高精度及び高感度の測定を行うには、その分析装置における分析条件である装置パラメータを適切に設定する必要がある。例えば、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)において液体クロマトグラフ部のカラムから溶出する試料液中の化合物をイオン化する際には、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法や大気圧化学イオン化(APCI)法などによるイオン源が用いられるが、こうしたイオン源では、各構成要素の温度、印加電圧、さらにはネブライズガス等のガス流量など、装置パラメータとして様々なパラメータがある。
【0003】
こうしたパラメータの値を変化させると、イオン源でのイオン化効率やイオン源で生成されたイオンの収集効率などが変化し、イオン検出器から出力される信号強度も変化する。そのため、従来の一般的なLC-MSでは、装置パラメータとして規定されている複数のパラメータについて一つずつその値を順番に変化させながら、目的化合物を含む試料を繰り返し測定して信号強度の変化を調べる。そして、各パラメータについて、信号強度ができるだけ大きくなるような、つまりは検出感度ができるだけ高くなるような値を見つけることで、装置パラメータの調整を行っている(特許文献1等参照)。
【0004】
上記のような方法によって、検出感度が真に最大になるように装置パラメータを調整するためには、各パラメータの値の変化幅をできるだけ細かく定めるとともに、全てのパラメータを網羅的に変更しつつ測定を繰り返す、網羅的測定が必要である。しかしながら、こうした網羅的測定では測定の総回数が非常に多くなるため、全ての測定が終了するのに時間が掛かる。特に、物理量が温度であるパラメータは、物理量が電圧やガス流量であるパラメータと異なり、或る値から変化させて次の値に静定するまでに時間を要する。そのため、測定の間の待ち時間が長く、総測定時間が長くなりがちである。例えばLC-MSでは、1回の測定に或る程度の時間が掛かるため、装置パラメータ調整のために網羅的測定を実施すると、1日を超えるような長期間の繰り返し測定となることもある。このように測定回数が増えて総測定時間が長くなると次のような問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-156879号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】田川、ほか4名、「LC-MS 高感度計測のためのインターフェイスパラメータ最適化」、島津評論、Vol. 75、No.3・4、2019年3月
【文献】スウェルスキー(K. Swersky)ほか2名、「マルチタスク・ベイジアン・オプティマイゼイション(Multi-Task Bayesian Optimization)」、[online]、[2019年4月17日検索]、NIPS、2013、インターネット<https://papers.nips.cc/paper/5086-multi-task-bayesian-optimization.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
LC-MSの網羅的測定において、装置パラメータとして定められている複数のパラメータのうちの或る一つのパラメータの値を変化させる場合、そのパラメータ以外のパラメータや装置の状態は変化しない(又は変化が無視できる程度に小さい)ことを前提としている。しかしながら、測定が長時間に亘ると、例えば液体クロマトグラフ(LC)で使用している移動相の成分が変化したりサンプルが劣化したりするなどの装置パラメータ以外の要因によって、信号強度に変化が生じ易くなる。このように、変化させようとしているパラメータ以外の要因による信号強度の経時的な変化があると、その実測結果に基づく装置パラメータの調整の精度が低下し、高い感度での測定ができなくなるおそれがある。
【0008】
上記問題は、網羅的測定の結果に基づいて装置パラメータを決定する場合のみならず、事前に計測したデータを事前知識として利用して装置パラメータを最適化する場合においても同様である。本出願人は、非特許文献1に開示されているように、効率的に装置パラメータを自動調整する方法としてマルチタスクベイズ最適化(Multi-Task Bayesian Optimization)法を利用した方法を提案しているが、マルチタスクベイズ最適化法ではモデル事後分布を推定するための類似モデルが事前知識として必要である。この類似モデルは、複数のパラメータの値と感度との関係を表す感度モデルであるが、感度モデルを作成するにはパラメータ条件を変更しながら多くの計測を行う必要があるため、測定時間が長くなることによる問題が生じる。
【0009】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、パラメータの値の変化を伴う測定の繰り返しが長時間に亘り、様々な要因による信号強度の経時的な変化が無視できないような場合であっても、そうした経時的な変化の影響を軽減して又は実質的に解消して精度の高いパラメータ調整を実施することができる質量分析装置及び質量分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る質量分析装置の一態様は、イオン化部、質量分離部、及び、検出部、を具備する質量分析装置であって、
装置パラメータとして規定されている複数のパラメータの値を変化させつつ目的試料に対する第1の測定を繰り返し実行するように、前記イオン化部、前記質量分離部、及び、前記検出部を制御する第1の測定実行制御部と、
前記第1の測定の繰り返しの開始前、終了後、又は途中のうちの二以上の時点で、前記装置パラメータにおける各パラメータの値を予め決められた基準値に設定して前記目的試料に対する第2の測定を実行するように、前記イオン化部、前記質量分離部、及び、前記検出部を制御する第2の測定実行制御部と、
二以上の時点で実行された前記第2の測定の結果を用いて、前記第1の測定の結果を補正する補正処理部と、
前記補正処理部による補正後の測定結果を利用して前記装置パラメータを決定する、又は該装置パラメータを決定するための参照情報を取得する装置パラメータ関連情報取得部と、
を備えるものである。
【0011】
本発明に係る質量分析方法の一態様は、イオン化部、質量分離部、及び、検出部、を具備する質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
装置パラメータとして規定されている複数のパラメータの値を変化させつつ目的試料に対する第1の測定を繰り返し実行する第1の測定実行ステップと、
前記第1の測定の繰り返しの開始前、終了後、又は途中のうちの二以上の時点で、前記装置パラメータにおける各パラメータの値を予め決められた基準値に設定して前記目的試料に対する第2の測定を実行する第2の測定実行ステップと、
二以上の時点で実行された前記第2の測定の結果を用いて、前記第1の測定の結果を補正する補正処理ステップと、
前記補正処理ステップによる補正後の測定結果を利用して前記装置パラメータを決定する、又は該装置パラメータを決定するための参照情報を取得する装置パラメータ関連情報取得ステップと、
を有するものである。
【0012】
ここで、上記「第1の測定の繰り返しの開始前、終了後、又は途中のうちの二以上の時点」とは、開始前と終了後の二つの時点、開始前と途中の二つの時点、途中と終了後の二つの時点、互いに異なる途中の二つの時点、のいずれかを含むものとすることができる。
【0013】
また、当然のことながら、ここでいう「質量分析」はMS/MS分析やnが3以上のMSn分析も含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様である質量分析装置において、第2の測定実行制御部による制御の下では、常に各パラメータの値が基準値に設定されて同じ目的試料に対する測定が実行される。そのため、装置パラメータに含まれる各パラメータ以外の要因の経時的な変化の影響が測定結果に現れる。そこで、補正処理部は、第2の測定の結果を用いて、第1の測定の繰り返しにより求まる測定結果における上記経時的な変化の影響を除去する補正を行う。そして、装置パラメータ関連情報取得部はその補正後の測定結果に基づき、例えば装置パラメータを決定するか、或いは、装置パラメータを決定するための参照情報を求める。この参照情報とは例えば、上述したマルチタスクベイズ最適化法を利用して装置パラメータを調整する際に利用される感度モデルである。
【0015】
本発明の一態様である質量分析装置及び質量分析方法によれば、第1の測定の繰り返しが長時間に亘り、様々な要因による信号強度の経時的な変化が無視できないような場合であっても、そうした経時的な変化の影響を軽減し又は実質的に解消し、高感度の測定が可能である装置パラメータを求めることができる。また、本発明の一態様である質量分析装置及び質量分析方法によれば、装置パラメータを決定するための参照情報の精度を高めることができるので、この参照情報に基づいた測定の繰り返しにより装置パラメータを決定する際にその測定の繰り返し回数を減らすことができる。即ち、効率良く高感度の測定が可能な装置パラメータを求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一実施形態であるLC-MSの概略ブロック構成図。
図2】本実施形態のLC-MSにおけるイオン化部の概略構成図。
図3】本実施形態のLC-MSにおける網羅的測定の概略タイミング図。
図4】本実施形態のLC-MSにおけるデータ補正方法の説明図。
図5】基準条件における温度パラメータを調整しない場合の測定回数と信号強度との関係を示す図。
図6】基準条件における温度パラメータを適切に調整した場合の測定回数と信号強度との関係を示す図。
図7】最適化対象である化合物の感度モデルの一例を示す図。
図8】補正あり及び補正なしの場合の感度モデルの一例を示す図。
図9】補正あり及び補正なしの場合の感度モデルを用いてマルチタスクベイズ法により装置パラメータ調整を行ったときの探索回数と感度との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明に係る質量分析装置の一実施形態であるLC-MSについて、添付図面を参照して説明する。
【0018】
[本実施形態のLC-MSの全体構成]
図1は、本実施形態のLC-MSの概略ブロック構成図である。
図1において、測定部1は、液体クロマトグラフ部(LC部)2及び質量分析部(MS部)3を含む。質量分析部3は、イオン源31、質量分離部32、及び検出部33を含む。
【0019】
図示しないが、液体クロマトグラフ部2は、送液ポンプ、インジェクタ、カラムなどを含み、送液ポンプにより送給される移動相中にインジェクタから所定量の試料を注入し、移動相の流れに乗せて該試料をカラムへと送り込む。試料中の各種成分(化合物)はカラムを通過する間に時間的に分離されて、カラム出口から溶出して質量分析部3に導入される。質量分析部3においてイオン源31は、カラムからの溶出液中の成分をイオン化し、質量分離部32は生成された各種イオンをその質量電荷比m/zに応じて分離する。検出部33は質量電荷比に応じて分離されたイオンを検出し、イオン量に応じた検出信号を発生する。
【0020】
制御部4は測定部1の動作を制御するものであり、第1測定制御部41、第2測定制御部42、基準値探索時測定制御部43、装置パラメータ自動調整時測定制御部44、装置パラメータ記憶部45、第3測定制御部46などの機能ブロックを含む。データ処理部5は測定部1で得られたデータを受けて各種のデータ処理を行うものであり、データ記憶部51、ピーク検出部52、データ補正処理部53、感度モデル作成部54、装置パラメータ決定部55、基準値決定部56などの機能ブロックを含む。
【0021】
なお、通常、制御部4及びデータ処理部5の機能ブロックの大部分は、パーソナルコンピュータをハードウェア資源とし、該コンピュータにインストールされた専用の制御・処理用のプログラムを該コンピュータ上で実行することで具現化されるものとすることができる。
【0022】
[本実施形態のLC-MSにおけるイオン源の構成及び概略動作]
図2は、本実施形態のLC-MSにおけるイオン源31の概略構成図である。このイオン源31はESIイオン源であり、チャンバ310の内部に形成される略大気圧雰囲気であるイオン化室311に、溶出液中の成分をイオン化するESIプローブ312を備える。ESIプローブ312は、溶出液が流通するキャピラリ3121、該キャピラリ3121を囲むように配置されているネブライズガス管3122、該ネブライズガス管3122を囲むように配置されている加熱ガス管3123、ESIプローブ312の先端部を加熱するインターフェイスヒータ3124、及び、キャピラリ3121に高電圧を印加する高電圧電源3125、を含む。イオン化室311と次段の中間真空室(図示しない)との間は脱溶媒管313を通して連通している。脱溶媒管313の周囲には、乾燥ガスをイオン化室311内に噴出する乾燥ガス管314が配置されている。また、脱溶媒管ヒータ315は脱溶媒管313を加熱するものであり、ブロックヒータ316はイオン化室311内全体を加熱するものである。
【0023】
イオン源31におけるイオン生成動作を簡単に説明する。
試料成分を含む溶出液がキャピラリ3121の先端付近に到達すると、高電圧電源3125からキャピラリ3121に印加されている高電圧(最大数kV程度)により形成される直流電場によって、溶出液には片寄った電荷が付与される。電荷を付与された溶出液はネブライズガス管3122から噴出するネブライズガスの助けを受けて、微細な液滴(帯電液滴)となってイオン化室311内に噴霧される。噴霧された液滴はイオン化室311内のガス分子に接触して分裂して微細化される。イオン化室311内は高温になっているため液滴中の溶媒は気化する。また、加熱ガス管3123から噴出する加熱ガスは噴霧流を囲むように流れるため、液滴からの溶媒の気化は促進され、噴霧流の広がりは抑えられる。液滴からの溶媒の気化が進行する過程で該液滴中の成分分子は電荷を有して該液滴から飛び出し気体イオンとなる。
【0024】
脱溶媒管313の両開口端には圧力差があるため、イオン化室311内のガスは脱溶媒管313中に吸い込まれるようなガス流が形成されている。キャピラリ3121の先端からの噴霧流中から生成された試料成分由来のイオンや溶媒が完全には気化していない帯電液滴は、上記ガス流に乗って脱溶媒管313中に吸い込まれる。なお、脱溶媒管313の入口開口の周りの乾燥ガス管314からは乾燥ガスが噴出しているため、乾燥ガスに晒されることで帯電液滴からの溶媒の気化は一層進行する。さらに、脱溶媒管313はヒータ315により高温に加熱されているので、脱溶媒管313中においても帯電液滴からの溶媒の気化は進行する。それにより、試料成分由来のイオンは効率良く生成され、次段の中間真空室へと送られる。
【0025】
イオン源31には、イオン化効率及びイオン収集効率に影響を与える装置パラメータとして次の7つのパラメータがある。
・インターフェイスヒータ3124の温度(以下、「IFT」と略す場合がある)
・ブロックヒータ316の温度(以下、「HB」と略す場合がある)
・脱溶媒管ヒータ315の温度(以下、「DL」と略す場合がある)
・キャピラリ3121への印加電圧(以下、「IFV」と略す場合がある)
・ネブライズガスの流量(以下、「Neb」と略す場合がある)
・加熱ガスの流量(以下、「HeaGas」と略す場合がある)
・乾燥ガスの流量(以下、「DryGas」と略す場合がある)
【0026】
上記7つのパラメータの値を変えるとイオン化効率及び/又はイオン収集効率が変化し、質量分析に供されるイオンの量が変化して検出部33における検出感度(信号強度)も変化する。検出感度の変化の度合いや変化の方向は成分(化合物)に依存するため、高感度の測定を行うには化合物毎にパラメータ値を最適化する必要がある。
次に、本実施形態のLC-MSでの装置パラメータの調整方法と手順について説明する。
【0027】
[本実施形態のLC-MSにおける装置パラメータの調整方法]
本実施形態のLC-MSは、上述した7つのパラメータを含む装置パラメータの自動調整を行う機能を有する。装置パラメータの自動調整には非特許文献1に開示されているようなマルチタスクベイズ最適化法の手法を用いる。マルチタスクベイズ最適化法による装置パラメータの最適化を行うにはパラメータ値と検出感度との関係を示す感度モデルが必要である。この感度モデルの精度が高いほうが、最適な装置パラメータを探索するための回数、つまりはパラメータ自動調整時の測定の繰り返し回数が少なくて済む。精度の高い感度モデルを作成するには、上記7つのパラメータの全てを網羅的に変更しつつ目的化合物に対する測定を繰り返し実行して信号強度を求める必要がある。こうした網羅的な測定には長い時間を要するが、本実施形態のLC-MSでは以下に述べる特徴的な測定動作及び処理によって、総測定時間が長くなることに伴う上述した問題を解決している。
【0028】
図3は、本実施形態のLC-MSにおける、感度モデル作成のためのデータ収集用の網羅的測定の概略タイミング図である。図3において「測定」は、上記7つのパラメータの値の一つの組合せの下で実行される目的化合物に対する測定(以下、この測定を後述する基準測定と区別するために「データ収集用測定」ということがある)の期間を示している。N-1回のデータ収集用測定の繰り返しは、7つのパラメータの値のN-1種類の異なる組合せの下での測定であり、このN-1回の測定の繰り返しをM回実行するので、7つのパラメータの値の(N-1)×M種類の異なる組合せの下での測定が実施される。この(N-1)×M回のデータ収集用測定の繰り返しを含む全測定の開始前、終了後、及び全測定の途中である、N-1回の測定の繰り返しと次のN-1回の測定の繰り返しとの間に、それぞれ基準測定を1回ずつ実行する。
【0029】
基準測定は、上記7つのパラメータの値をそれぞれ予め決められた基準値に設定したうえで目的化合物に対して実施される測定である。即ち、複数の基準測定は、上記7つのパラメータについて全く同じ条件の下で実施されるため、仮に、その7つのパラメータ以外の条件や装置の状態が全く同一であるとすれば、理想的には、つまりは装置の精度の制約などに起因する誤差を除けば、測定結果は同じになる筈である。逆に、複数の基準測定における測定結果に差異があるとすると、それは、上記7つのパラメータ以外の条件や装置の状態の変動が主たる要因であると推測できる。具体的には、そうした要因として考えられる主なものは、液体クロマトグラフ部2で使用される移動相の成分の時間的な変化、サンプルの劣化などである。
【0030】
そこで、同じ目的化合物についての複数の基準測定の測定結果、具体的には、その目的化合物に対応する質量電荷比における信号強度の変化(差)により、データ収集用測定において取得された目的化合物に対応する質量電荷比における信号強度データに含まれる、上記7つのパラメータ以外の条件や装置の状態の変動に起因する誤差を軽減するデータ補正を行う。図4はそのデータ補正の方法の説明図である。
【0031】
<信号強度データの補正方法>
図4において、横軸の測定回数における第0回目及び第N回目は、それぞれ基準測定が実行されるタイミングである。一方、第1回~第N-1回の間の期間には、N-1回のデータ収集測定が実行される。縦軸は目的化合物に対応する質量電荷比における信号強度である。第1回~第N-1回の期間には、各測定時において7つのパラメータの値が変化しているために信号強度は変化する。一方、第0回の時点と第N回の時点では7つのパラメータの値は互いに同じであるので、本来であれば信号強度は同じになる筈であるが、第0回の時点ではY0、第N-1回の時点ではYNと、値に差がある。
【0032】
7つのパラメータ以外の条件や装置の状態の変動に起因する誤差は、時間変化に対し単調に増加(又は減少)しているとみなせる。したがって、ここでは、次の(1)式に示す補正式を使用する。
correct=Yn×(Yref/Yncor)=Yn×[NYref/{(N-n)Y0+nYN}] …(1)
ここで、図4に示すように、Yn及びYncorは、第n回目のデータ収集測定の時点における実測の信号強度、及び基準条件の下で想定される信号強度である。なお、Yrefは適宜に定められる補正用の基準値であり、例えばY0をYrefとしてもよい。
【0033】
即ち、N-1回のデータ収集用測定において得られる信号強度をそれぞれ、そのN-1回のデータ収集測定の繰り返しの直前及び直後に実施される基準測定において得られた信号強度を用いた(1)式の補正式に従って補正する。この補正により、7つのパラメータ以外の条件や装置の状態の変動に起因する誤差を低減することができる。
【0034】
<基準測定時の基準条件の決定方法>
上記基準測定の際の上記7つのパラメータの値、つまり基準条件は、次のような手順で決めることができる。
【0035】
ステップ1:物理量が温度であるパラメータ、具体的には、インターフェイスヒータ3124の温度、ブロックヒータ316の温度、及び脱溶媒管ヒータ315の温度の3つを、設定可能な範囲で低から高、又は高から低に単調に変化させ、その異なる温度の組合せの下で目的化合物に対応する質量電荷比における信号強度を取得する。物理量が温度であるパラメータ以外のパラメータは予め決めたデフォルト値でよい。また、上記の温度に関する3つのパラメータはそれほど細かいステップで変化させる必要はなく、設定可能な範囲を5分割する程度の大きなステップでよい。また、温度に関する3つのパラメータには互いに正の相関があるため、網羅的にパラメータの値を変化させる必要はなく、3つのパラメータを1セットとして5分割する程度の温度の組合せについて信号強度を取得すれば十分である。
【0036】
ステップ2:ステップ1において取得したい信号強度の中で、信号強度が最大となる温度に関する3つのパラメータの値を選択し、それをそれらパラメータにおける基準値として決定する。
【0037】
ステップ3:より高い検出感度を得たい場合には、キャピラリ3121への印加電圧に関するパラメータを設定可能な範囲で低から高、又は高から低に単調に変化させ、各電圧に対する信号強度を取得する。このときの温度に関するパラメータの値はステップ2で決定された基準値でよい。また、それ以外のパラメータの値はデフォルト値でよい。一般的には、キャピラリ3121への印加電圧に関するパラメータの調整は不要である。
【0038】
ステップ4:ステップ3において取得したい信号強度の中で、信号強度が最大となる印加電圧のパラメータの値を選択し、それをそのパラメータにおける基準値として決定する。
【0039】
ステップ5:ガス流量に関する3つのパラメータの値はデフォルト値を用い、ステップ2及びステップ4で決定されたパラメータ値を基準値とする。ステップ3、4を省略した場合には、印加電圧のパラメータの値もデフォルト値でよい。
【0040】
上記のような手順を採る理由は、イオン化効率に大きく寄与するパラメータが、温度に関するパラメータとキャピラリ3121への印加電圧のパラメータであるからである。仮に温度に関するパラメータを調整しないとすると、基準測定の直前に実施した測定における測定条件の影響が大きく現れてしまい基準条件の下での測定が不安定になる。
ここで、上述したように基準条件として温度に関するパラメータの調整を行わない場合と行った場合との、繰り返し測定における信号強度の変化の比較結果について述べる。
【0041】
(1)基準条件として温度に関するパラメータの調整を行わない場合
基準測定の際の基準条件は、以下の通り、固定としている。
DL=250℃、HB=400℃、IFT=300℃、IFV=3.4kV(正イオン計測の場合、負イオン計測の場合には-3.4kV)、Neb=2.6L/min、HeaGas=10.0L/min、DryGas=10.0L/min
【0042】
一方、データ収集用測定の際のパラメータは以下の通りである。
温度に関する3つのパラメータは、次の5セットである。
温度セット1:DL=100℃、HB=100℃、IFT=100℃
温度セット2:DL=150℃、HB=200℃、IFT=170℃
温度セット3:DL=200℃、HB=300℃、IFT=240℃
温度セット4:DL=250℃、HB=400℃、IFT=300℃
温度セット5:DL=300℃、HB=500℃、IFT=400℃
また、IFVは5.0kV、Nebは3.0L/min、HeaGas及びDryGasはいずれも10.0L/minなど、装置が設定可能な範囲でのデフォルト値などに固定する。
【0043】
上記データ収集用測定の各パラメータの下でデータ収集測定を繰り返す途中で、上記基準条件の下での基準測定を60回実施し、その基準測定において目的化合物に対して得られた信号強度の変化を測定回数に対してプロットした結果が図5である。図5から、測定回数の増加に伴う信号強度の変化が、直前に実施されるデータ収集用測定の温度セットによって大きく異なることが分かる。また同時に、データ収集用測定の温度セットを1→2→…→5と順に変更した場合に、本来であれば、この順序で基準測定における信号強度の値が単調増加又は単調減少する筈であるのに対し、信号強度値の大小が逆転していることが分かる。このことは、上記補正式(1)の前提が必ずしも成り立たず、十分な補正が行えないことを意味している。
【0044】
(2)基準条件として温度に関するパラメータの調整を行った場合
図6は、上述したように基準測定のための温度に関するパラメータの調整を実施したときの測定回数と信号強度との関係を示す図である。図6から分かるように、この場合、基準測定の直前における測定条件(温度セット)の影響が殆どみられない。また、データ収集用測定における温度セットを1→2→…→5と順に変更しているのに対し、これと同じ順に基準測定での信号強度値が減少している。即ち、信号強度値は時間経過に対し単調減少しており、基準測定により求まる信号強度を利用したデータ収集用測定における信号強度の精度のよい補正が可能である。
以上の結果から、基準測定の基準条件として温度に関するパラメータを適切に定めることの重要性が理解できる。
【0045】
[本実施形態のLC-MSにおけるパラメータ調整時の動作]
次に、本実施形態のLC-MSにおいて、装置パラメータを調整する際の動作を説明する。装置パラメータの自動調整に使用される感度モデルは以下のように作成される。
【0046】
まず測定部1は、基準値探索時測定制御部43の制御の下で、上記ステップ1(及びステップ3)で述べたような条件で、目的化合物が含まれる試料に対する測定を実行する。データ処理部5においてピーク検出部52は、得られたデータに基づいて作成されるクロマトグラム上で目的化合物に対応するピークを検出する。そして、そのピークの高さ又は面積を計算して、それを信号強度値とする。基準値決定部56は異なる条件の下で得られた複数の信号強度値を比較し、信号強度が最大となるパラメータ値を基準値として決定する。
【0047】
そのあと、測定部1は第1測定制御部41の制御の下で、目的化合物が含まれる試料に対してデータ収集用測定を繰り返し実行する。また、測定部1は第2測定制御部42の制御の下で、データ収集用測定の繰り返しの前、後、或いは途中の適宜の時点で、目的化合物が含まれる試料に対する基準測定を実行する。装置データ収集測定及び基準測定で得られたデータはデータ記憶部51に格納される。
【0048】
ピーク検出部52は、測定毎に得られたデータに基づいて作成されるクロマトグラム上で目的化合物に対応するピークを検出し、そのピークの高さ又は面積を計算して信号強度値を求める。データ補正処理部53は、基準測定により得られた信号強度値を用い、データ収集用測定により得られた信号強度値に対して上述したデータ補正を実行し、補正後の信号強度値を求める。このデータ補正により、装置パラメータ以外の装置の状態の変化の影響が軽減される。
【0049】
感度モデル作成部54は、パラメータの値を様々に変化させた状態で測定された、補正後の信号強度値に基づいて感度モデルを作成する。上述したように、装置パラメータの自動調整の際にはマルチタスクベイズ最適化法を用いる。マルチタスクベイズ最適化法では一般に、参照観測データと対象観測データとに基づいて、最適化対象のシステムのモデル関数の事後分布を推定する。この対象観測データは最適化対象のシステムで得られた観測値を含むデータであり、一方、参照観測データは最適化対象のシステムとは異なるものの、それに類似した参照システムで得られた観測値を含むデータである。感度モデルはこの参照観測データに相当するものであり、あとで具体例を示すように、各パラメータの値と信号強度(検出感度)との関係を示すものである。感度モデル作成部54で作成された感度モデルは、制御部4に引き渡され、装置パラメータ自動調整時測定制御部44の内部に格納される。
【0050】
なお、本実施形態のLC-MSで採用しているマルチタスクベイズ最適化法では、システムのモデル関数が或る確率過程に従うという仮定の下で、該モデル関数の事後分布を推定する。感度モデルを作成する際の確率過程はガウス過程回帰として、観測ノイズの影響を抑える副次的効果が得られるようにするとよい。
【0051】
実際に装置パラメータの自動調整が実行されるとき、装置パラメータ自動調整時測定制御部44は、上記感度モデルを用いたマルチタスクベイズ最適化法のアルゴリズムに従って、次に実施すべき測定における装置パラメータを自動的に変更するように測定部1を制御しつつ目的化合物が含まれる試料に対する測定を繰り返す。マルチタスクベイズ最適化法については非特許文献2等に詳しく説明されており、そのアルゴリズム自体は本発明の趣旨ではないので説明を省略するが、マルチタスクベイズ最適化法を利用することで少ない測定回数で以て最適に近い状態の装置パラメータを探索することができる。また、上述したように感度モデルを作成する際に使用されるデータの精度が高い(装置パラメータ以外の測定条件や装置状態の変化の影響が軽減されている)ので、感度モデル自体の精度も高い。そのため、感度モデルを参照するマルチタスクベイズ最適化法に基づく装置パラメータの探索時の測定回数も、それだけ少なくて済む。
【0052】
装置パラメータ決定部55は、所定の条件を満たして測定の繰り返しが終了したときの各パラメータを装置パラメータとして決定する。決定された装置パラメータは制御部4の装置パラメータ記憶部45に格納され、以降の目的化合物の測定の際には、その装置パラメータを使用することで、高感度な計測が可能となる。即ち、第3測定制御部46は装置パラメータ記憶部45から装置パラメータを読み出し、そのパラメータに従って測定部1を制御することで測定を実施する。
【0053】
[信号強度データ補正の効果]
基準測定において得られた信号強度データを用いてデータ収集用測定において得られた信号強度データを補正することの効果を確認するために、6種類の化合物について、3回の測定を行った場合の信号強度の変動量を調べた。6種類の化合物は、レセルピン(Reserpine)、アセタミノフェン(Acetaminophen)、ナプロキセン(Naproxen)、ワルファリン(Warfarin)、カルバマゼピン(Carbamazepine)、エストロン(Estrone)であるが、ワルファリンは正イオンモード、負イオンモードの両方でイオン化が可能であるので、それらを別の化合物として扱った。
【0054】
信号強度データ補正の有無における信号強度値の変動量の計算結果を、表1に示す。
【表1】
表1から、信号強度データの補正によって、経時的な信号強度の変化が十分に低減されていることが確認できる。
【0055】
また、装置パラメータの自動調整を行う上での、信号強度データを補正することの効果を確認するために、次のような比較実験を行った。
具体的には、信号強度データを補正した場合と補正しない場合(従来)とでそれぞれ感度モデルを作成し、その感度モデルを参照情報としたマルチタスクベイズ最適化法による装置パラメータの調整を行った。
【0056】
図7は、装置パラメータの最適化対象である化合物(ケトプロフェン)の感度特性である。装置パラメータのうちの3つのパラメータは次の通りである。
IFT:100~400℃の範囲を25℃ステップで変化させる。全13段階。
IFV:0.2~5.0kVの範囲を0.2kVステップで変化させる。全17段階。
Neb:1.5~3.0L/minの範囲を0.3L/minステップで変化させる。全17段階。
それ以外のパラメータはデフォルト値としている。
【0057】
図8(a)は、信号強度データを補正した場合の上記化合物に対する感度モデルである。図8(b)は、信号強度データを補正しない場合の上記化合物に対する感度モデルである。これら感度モデルを作成するためのデータ収集用測定時の装置パラメータのうちの3つのパラメータは、次の通りである。
IFT:100、170、240、300、400℃の5段階。
IFV:0.2、1.5、3.0、4.0、5.0kVの5段階。
Neb:1.5、2.5、3.0L/minの3段階。
【0058】
図8(a)及び図8(b)の感度モデルをそれぞれ図7の感度特性と比較すると、信号強度データを補正した図8(a)のほうが本来の感度特性に近いことが分かる。
この感度モデル上で3点の初期点をランダムに決定したうえで、19点の探索を行ったときに得られた最大の信号強度及び測定回数を比較する。試行回数20回で探索を行ったときの探索回数と最大感度の平均値との関係を図9に示す。
【0059】
図9から分かるように、補正された信号強度データを用いた感度モデルを参照情報とした場合には、6回の探索回数で最大感度の条件(装置パラメータ)を見つけることができた。これに対し、補正されていない信号強度データを用いた感度モデルを参照情報とした場合には、最大感度の条件(装置パラメータ)を見つけるのに13回の探索回数が必要であった。このように信号強度データを補正することで、最適な装置パラメータを見つけるのに必要な測定回数を減らすことができ、測定作業の効率化を図ることができる。
【0060】
上記結果から、基準測定で得られる信号強度を用いた信号強度データの補正は、装置パラメータの自動調整に要する時間を短縮するのに有効であることが確認できた。また、装置パラメータの自動調整の際の測定回数を減らすことは、サンプルの注入量や、移動相、各種ガス等の消費量を減らすのにも有益である。
【0061】
上記実施形態のLC-MSはイオン源にESIイオン源を用いていたが、それ以外のイオン化法、大気圧化学イオン化(APCI)法、大気圧光イオン化(APPI)法、探針エレクトロスプレーイオン化(PESI)法、リアルタイム直接分析(DART)法におけるイオン化法などによるイオン源を用いた質量分析装置であってもよい。また、質量分析装置は四重極型質量分析装置のようなシングルタイプの質量分析装置に限らず、トリプル四重極型質量分析装置、四重極-飛行時間型質量分析装置、イオントラップ飛行時間型質量分析装置などに本発明を適用可能であることは当然である。
【0062】
さらにまた、上記実施形態や変形例も本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0063】
[種々の態様]
以上、図面を参照して本発明における実施形態を説明したが、最後に、本発明の種々の態様について説明する。
【0064】
本発明に係る第1の態様の質量分析装置は、イオン化部、質量分離部、及び、検出部、を具備する質量分析装置であって、
装置パラメータとして規定されている複数のパラメータの値を変化させつつ目的試料に対する第1の測定を繰り返し実行するように、前記イオン化部、前記質量分離部、及び、前記検出部を制御する第1の測定実行制御部と、
前記第1の測定の繰り返しの開始前、終了後、又は途中のうちの二以上の時点で、前記装置パラメータにおける各パラメータの値を予め決められた基準値に設定して前記目的試料に対する第2の測定を実行するように、前記イオン化部、前記質量分離部、及び、前記検出部を制御する第2の測定実行制御部と、
二以上の時点で実行された前記第2の測定の結果を用いて、前記第1の測定の結果を補正する補正処理部と、
前記補正処理部による補正後の測定結果を利用して前記装置パラメータを決定する、又は該装置パラメータを決定するための参照情報を取得する装置パラメータ関連情報取得部と、
を備えるものである。
【0065】
また本発明に係る第1の態様の質量分析方法は、イオン化部、質量分離部、及び、検出部、を具備する質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
装置パラメータとして規定されている複数のパラメータの値を変化させつつ目的試料に対する第1の測定を繰り返し実行する第1の測定実行ステップと、
前記第1の測定の繰り返しの開始前、終了後、又は途中のうちの二以上の時点で、前記装置パラメータにおける各パラメータの値を予め決められた基準値に設定して前記目的試料に対する第2の測定を実行する第2の測定実行ステップと、
二以上の時点で実行された前記第2の測定の結果を用いて、前記第1の測定の結果を補正する補正処理ステップと、
前記補正処理ステップによる補正後の測定結果を利用して前記装置パラメータを決定する、又は該装置パラメータを決定するための参照情報を取得する装置パラメータ関連情報取得ステップと、
を有するものである。
【0066】
本発明に係る第1の態様の質量分析装置及び質量分析方法によれば、第1の測定の繰り返しが長時間に亘り、様々な要因による信号強度の経時的な変化が無視できないような場合であっても、そうした経時的な変化の影響を軽減し又は実質的に解消し、高感度の測定が可能である装置パラメータを求めることができる。或いは、装置パラメータを決定するための参照情報の精度を高めることができるので、この参照情報に基づいた測定の繰り返しにより装置パラメータを決定する際に、その測定の繰り返し回数を減らすことができる。即ち、効率良く高感度の測定が可能な装置パラメータを求めることができる。
【0067】
本発明に係る第2の態様の質量分析装置は、第1の態様の質量分析装置において、前記補正処理部で補正される第1の測定の結果は、クロマトグラム上のピークの高さ又は面積から求まる信号強度であるものとすることができる。
【0068】
ここでいう「クロマトグラム」はイオン強度の時間的変化が反映されたグラフであり、クロマトグラフから質量分析装置に試料が導入される場合のみならず、フローインジェクション分析(FIA)法により質量分析装置に試料が導入される場合や、探針エレクトロスプレーイオン化法によるイオン源のように同じ試料が繰り返し質量分析装置に導入される場合に得られる、イオン強度の時間的変化を示すグラフも含むものとする。
【0069】
本発明に係る第3の態様の質量分析装置は、第1の態様の質量分析装置において、
前記装置パラメータの中で前記イオン化部でのイオン化効率に影響を及ぼす一又は複数のパラメータの値を変化させつつ目的試料に対する測定を繰り返し実行するように、前記イオン化部、前記質量分離部、及び、前記検出部を制御する基準値探索時測定制御部と、 その測定の結果に基づいて前記基準値を決定する基準値決定部と、
をさらに備えるものとすることができる。
【0070】
本発明に係る第4の態様の質量分析装置は、第3の態様の質量分析装置において、
前記イオン化部でのイオン化効率に影響を及ぼす一又は複数のパラメータは、物理量が温度であるパラメータを含むものとすることができる。
【0071】
本発明に係る第3及び第4の態様の質量分析装置によれば、基準測定の際の装置パラメータが適切に決められるので、基準測定自体の信号強度の再現性、安定性が向上し、基準測定の結果に基づく補正処の正確性が向上する。その結果、より高い検出感度が得られる装置パラメータを探索することができる、或いは、高い検出感度が得られる装置パラメータを効率良く探索することができる。
【0072】
本発明に係る第5の態様の質量分析装置は、第1の態様の質量分析装置において、
前記装置パラメータ関連情報取得部は、前記補正処理部で補正された測定結果を利用して、複数種類のパラメータの値と検出感度との関係を示す感度モデルを前記参照情報として作成するものとすることができる。
【0073】
本発明に係る第6の態様の質量分析装置は、第5の態様の質量分析装置において、
前記感度モデルは、マルチタスクベイズ最適化法のアルゴリズムを用いて最適又はそれに近い装置パラメータを探索する際に参照されるモデルであるものとすることができる。
【0074】
本発明に係る第7の態様の質量分析装置は、第6の態様の質量分析装置において、
前記装置パラメータ関連情報取得部は、前記補正処理部で補正された測定結果に基づくガウス過程回帰により前記感度モデルを作成するものとすることができる。
【0075】
本発明に係る第5乃至第7の態様の質量分析装置では、高い精度の感度モデルを参照したマルチタスクベイズ最適化法のアルゴリズムにより、最適又はそれに近い装置パラメータが探索される。それにより、少ない探索回数で以て最適又はそれに近い装置パラメータを見つけることができ、測定効率が向上するとともに、サンプルの注入量を抑え、さらに移動相、ガス等の消費材の節約にも繋がる。
【符号の説明】
【0076】
1…測定部
2…液体クロマトグラフ部
3…質量分析部
31…イオン源
310…チャンバ
311…イオン化室
312…ESIプローブ
3121…キャピラリ
3122…ネブライズガス管
3123…加熱ガス管
3124…インターフェイスヒータ
3125…高電圧電源
313…脱溶媒管
314…乾燥ガス管
315…脱溶媒管ヒータ
316…ブロックヒータ
32…質量分離部
33…検出部
4…制御部
41…第1測定制御部
42…第2測定制御部
43…基準値探索時測定制御部
44…装置パラメータ自動調整時測定制御部
45…装置パラメータ記憶部
46…第3測定制御部
5…データ処理部
51…データ記憶部
52…ピーク検出部
53…データ補正処理部
54…感度モデル作成部
55…装置パラメータ決定部
56…基準値決定部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9