(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】ポーラス金属
(51)【国際特許分類】
C22C 1/08 20060101AFI20221109BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20221109BHJP
【FI】
C22C1/08 D
C22C30/00
(21)【出願番号】P 2019019274
(22)【出願日】2019-02-06
【審査請求日】2021-08-18
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・発行者名 :公益社団法人 日本金属学会 刊行物名 :日本金属学会 2018年秋期講演(第163回)大会 講演概要集(DVD) 発行年月日:平成30年(2018年)9月5日 ・集 会 名:日本金属学会 2018年秋期講演(第163回)大会 開 催 日:2018年(平成30年)9月19日~9月21日 ・集 会 名:新学術領域「ハイエントロピー合金」スタートアップ会議 開 催 日:2018年(平成30年)9月12日 ・ウェブサイトのアドレス:http://ichem2018.org/index.php ウェブサイトの掲載日:2018年(平成30年)12月3日 ・集 会 名:ICHEM 2018 The 2▲nd▼ International Conference on High-Entropy Materials 開 催 日:2018年(平成30年)12月9日~12月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】899000035
【氏名又は名称】株式会社 東北テクノアーチ
(74)【代理人】
【識別番号】100095359
【氏名又は名称】須田 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100143834
【氏名又は名称】楠 修二
(72)【発明者】
【氏名】加藤 秀実
(72)【発明者】
【氏名】朱 修賢
【審査官】松村 駿一
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-178207(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0218480(US,A1)
【文献】特開2018-070949(JP,A)
【文献】特開2018-145456(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-1779715(KR,B1)
【文献】中国特許出願公開第105624455(CN,A)
【文献】Journal of Power Sources,2019年07月23日,Vol.437,p.226927
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/08
C22C 30/00
CAplus/REGISTRY(STN)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
n種類の元素を含み(nは3以上の整数)、各元素の組成が{(100/n)-(75/n)}at%乃至{(100/n)+(75/n)}at%である合金の結晶から成り、リガメントのサイズが220nm以下であることを特徴とするポーラス金属。
【請求項2】
前記合金は1または複数の耐火金属元素を含むことを特徴とする請求項1記載のポーラス金属。
【請求項3】
前記耐火金属元素を(100/n)at%以上含んでいることを特徴とする請求項2記載のポーラス金属。
【請求項4】
前記合金は各元素の固溶体を含むことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のポーラス金属。
【請求項5】
前記合金は、5種類の元素を含み、各元素の組成が5at%乃至35at%であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載のポーラス金属。
【請求項6】
前記合金の各元素が、Ti,V,Nb,Mo,Taから成ることを特徴とする請求項5記載のポーラス金属。
【請求項7】
前記合金は高エントロピー合金または中エントロピー合金であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載のポーラス金属。
【請求項8】
前記リガメントのサイズが5nm以上および/または100nm以下であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載のポーラス金属。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポーラス金属に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、大きい比表面積が必要とされる触媒やセンサー、コンデンサ等に使用するために、3次元構造を有する多孔質のポーラス金属が開発されている。特に、比表面積をできるだけ大きくするために、孔やリガメントのサイズを小さくしたポーラス金属の開発が、発明者等により進められており、FeやFeCo、Ti、Nb、Ag、Auなどのポーラス金属が得られている(例えば、非特許文献1乃至4参照)。
【0003】
これらのポーラス金属は、本発明者等により開発された、いわゆる金属溶湯脱成分法により製造されている(例えば、特許文献1参照)。この方法は、第1の成分に対してそれぞれ正および負の混合熱を有する第2の成分および第3の成分を同時に含有し、かつ、第1の成分からなる金属浴の凝固点よりも高い融点を有する化合物、合金または非平衡合金から成る金属材料を、この金属材料から第3の成分が減少し、第2の成分に至るまでの組成変動範囲内における液相線温度の最小値よりも低い温度に制御された金属浴に浸すことにより、第3の成分を選択的に金属浴内に溶出させて、微小間隙を有する金属部材を得るものである。
【0004】
なお、近年、5種類以上の主要金属元素から成り、各元素が等原子分率もしくはこれに近い割合で含まれた、5元系以上の多元系合金である高エントロピー合金(High Entropy Alloys:HEA)が提唱されている(例えば、非特許文献5または6参照)。高エントロピー合金は、多元系合金であるにもかかわらず、単相の固溶体あるいはそれらの混相であり、配置エントロピーが最大化されているため、高い安定性を有している。また、高エントロピー合金は、高温においてギブス自由エネルギーが低く、熱力学的安定性も高い。このような特徴を活かし、高エントロピー合金は、耐熱性、高耐食性、高機械的強度、あるいは、高延性の材料としての応用が進められている(例えば、特許文献2または3参照)。
【0005】
また、従来、結晶の表面に双晶が存在すると、表面拡散がその双晶界面に捕らわれ、表面拡散が遅くなることが確認されている(例えば、非特許文献7参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】M. Tsuda et al., “Kinetics of formation and coarsening of nanoporous α-titanium dealloyed with Mg melt”, J. Appl. Phys., 2013, 114, 113503
【文献】J. W. Kim et al., “Optimizing niobium dealloying with metallic melt to fabricate porous structure for electrolytic capacitors”, Acta Materialia, 2015, 84, p.497-505
【文献】M. S. Kim et al., “Fabrication of nanoporous silver and microstructural change during dealloying of melt-spun Al-20at.%Ag in hydrochloric acid”, J. Mater. Sci., 2013, 48, 5645
【文献】Y. K. Chen-Wiegart et al., “Structural evolution of nanoporous gold during thermal coarsening”, Acta Materialia, 2012, 60, p.4972-4981
【文献】B. Cantor et al., “Microstructural development in equiatomic multicomponent alloys”, Mat. Sci. Eng., 2004, A375, 213
【文献】J. W. Yeh et al., “Nanostructured high-entropy alloys with multiple principal elements: novel alloy design concepts and outcomes”, Adv. Eng. Mater., 2004, 6, 299
【文献】T. Fujita et al., “Atomic observation of catalysis-induced nanopore coarsening of nanoporous gold”, Nano Lett., 2014, 14, 3, p.1172-1177
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第WO2011/092909号
【文献】特開2018-70949号公報
【文献】国際公開第WO2017/098848号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1乃至4に記載のポーラス金属は、リガメントのサイズが数μm以下であり、比表面積が大きく、優れた特性を有しているが、さらに優れた特性を得るために、よりリガメントサイズが小さく、比表面積が大きいポーラス金属の開発が求められている。
【0009】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、より小さいリガメントサイズを有するポーラス金属を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、非特許文献1乃至4に記載のポーラス金属を製造する際、脱成分が進む間に、表面エネルギーを減少させるために表面拡散が進行し、リガメントサイズが徐々に大きくなっていることを確認している。そこで、上記目的を達成するために、本発明者等は、製造中に表面拡散が進行しにくく、リガメントの成長を抑制できる材料として、高エントロピー合金に着目し、本発明に至った。
【0011】
すなわち、本発明に係るポーラス金属は、n種類の元素を含み(nは3以上の整数)、各元素の組成が{(100/n)-(75/n)}at%乃至{(100/n)+(75/n)}at%である合金の結晶から成り、リガメントのサイズが220nm以下であることを特徴とする。
【0012】
本発明に係るポーラス金属は、前記合金がいわゆる高エントロピー合金または中エントロピー合金から成っており、各元素の配置エントロピーが最大化されているため、各元素の拡散速度が遅くなり、製造時の表面拡散を抑え、リガメントが成長するのを抑制することができる。このため、本発明に係るポーラス金属は、5種類以上の元素から成る高エントロピー合金だけでなく、それより構成元素数が少ない中エントロピー合金であっても、従来の低エントロピー合金と比較して、リガメントサイズが小さい。
【0013】
なお、熱力学的な混合エントロピーΔS
mixは、(1)式で与えられ、その混合エントロピーΔS
mixを用いると、高エントロピー合金を(2)式で定義することができる。
【数1】
ここで、Rはガス定数(8.314 J/K/mol)、x
iは成分iのモル分率、nは構成元素数である。
【0014】
この熱力学的な混合エントロピーΔS
mixを用いると、中エントロピー合金(Medium Entropy Alloy;MEA)や低エントロピー合金(Low Entropy Alloy;LEA)を、それぞれ(3)式および(4)式で定義することができる。
【数2】
4元素等原子組成化合金は、ΔSmixが1.39R、5元素等原子組成化合金は、ΔSmixが1.61Rとなる。
【0015】
本発明に係るポーラス金属は、リガメントのサイズが5nm以上および/または100nm以下であることが好ましい。なお、リガメントのサイズとは、リガメントの伸長方向に対して垂直な断面の直径である。
【0016】
本発明に係るポーラス金属は、前記合金の表面に低エネルギー界面を有していることが好ましい。低エネルギー界面とは、例えば、双晶界面に代表される低粒界エネルギーを有する対応粒界(Coincidence Site Lattice(CSL) boundary)である。この場合、低エネルギー界面により表面拡散が遅くなるため、リガメントの成長がさらに抑制され、リガメントサイズをより小さくすることができる。
【0017】
本発明に係るポーラス金属で、前記合金は1または複数の耐火金属元素を含むことが好ましい。特に、前記耐火金属元素を(100/n)at%以上含んでいることが好ましい。これらの場合、表面拡散は、高融点の元素ほど、その活性化エネルギーが大きくなるため、高融点の耐火金属元素を多く含むことにより、リガメントサイズをより効率的に小さくすることができる。
【0018】
本発明に係るポーラス金属で、前記合金は各元素の固溶体を含むことが好ましい。この場合、合金は単相の固溶体であってもよく、固溶体の複相であってもよく、固溶体を主とした金属間化合物との複合相であってもよい。これらの場合にも、リガメントサイズをより小さくすることができる。また、合金は、体心立方格子構造であってもよく、面心立方格子構造であってもよく、六方最密充填構造であってもよい。
【0019】
本発明に係るポーラス金属は、例えば、前記合金が5種類の元素を含むとき、各元素の組成が5at%乃至35at%であることが好ましい。この場合、前記合金の各元素は、例えば、Ti,V,Nb,Mo,Taから成っていてもよい。また、その他にも、例えば、NbTaTiZr、MoTiVZr、HfNbTaTiZr、MoNbTaW、MoNbTaVW、MoNbTaW、MoNbTaVW、CoCrMoNbTi、CrMoNbTaVW、CrMoNbReTaVW、CrMoNbTaTiVWZr、CrMoNbTaTiVZr等の合金から成っていてもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、より小さいリガメントサイズを有するポーラス金属を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の実施の形態のポーラス金属の製造方法を示す概略側面図である。
【
図2】本発明の実施の形態のポーラス金属の、(a)前駆体のXRDスペクトル、(b)製造時の反応部分(Dealloyed region)と、反応していない前駆体のままの部分(Precursor)との境界付近の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【
図3】本発明の実施の形態のポーラス金属の、(a)600℃の金属浴、(b)700℃の金属浴、(c)800℃の金属浴、(d)900℃の金属浴に、10分間浸したときの、製造されたポーラス金属を示すSEM写真である。
【
図4】本発明の実施の形態のポーラス金属の、(a)800℃の金属浴に120分間浸したとき、(b)900℃の金属浴に120分間浸したときの、FCCの前駆合金から製造されたポーラス金属のXRDスペクトルである。
【
図5】本発明の実施の形態のポーラス金属の、(a)600℃の金属浴に10分間浸したとき、(b)800℃の金属浴に10分間浸したときのTEM写真、および、制限視野電子線回折(SAED)パターン(差し込み図)である。
【
図6】本発明の実施の形態のポーラス金属の、(a)800℃の金属浴に10分間浸したとき、(b)800℃の金属浴に30分間浸したとき、(c)800℃の金属浴に60分間浸したとき、(d)850℃の金属浴に10分間浸したとき、(e)850℃の金属浴に30分間浸したとき、(f)850℃の金属浴に60分間浸したとき、(g)900℃の金属浴に10分間浸したとき、(h)900℃の金属浴に30分間浸したとき、(i)900℃の金属浴に60分間浸したときのSEM写真である。
【
図7】
図6に示すポーラス金属の、平均リガメントサイズと金属浴への浸漬時間との関係を示すグラフである。
【
図8】本発明の実施の形態のポーラス金属(HEA)、および、これまでに得られたポーラス金属(Nb,FeCr,Ti,FeCo,Fe,V,Ta)の、平均リガメントサイズと、ポーラス金属の融点を脱成分時の金属浴温度で割って規格化した値(T
融点/T
脱成分温度)との関係を示すグラフである。
【
図9】本発明の実施の形態のポーラス金属の、900℃の金属浴に120分間浸したときの、製造されたポーラス金属の(a)結晶方位マップ、(b)結晶粒界マップである。
【
図10】本発明の実施の形態のポーラス金属の、各リガメントサイズの降伏強度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、実施例等に基づいて、本発明の実施の形態について説明する。
本発明の実施の形態のポーラス金属は、n種類の元素を含み(nは3以上の整数)、各元素の組成が{(100/n)-(75/n)}at%乃至{(100/n)+(75/n)}at%である合金の結晶から成っている。また、本発明の実施の形態のポーラス金属は、リガメントのサイズが220nm以下である。
【0023】
本発明の実施の形態のポーラス金属は、例えば、3種類の元素を含むとき、各元素の組成は8.3at%乃至58.3at%である。4種類の元素を含むとき、各元素の組成は6.2at%乃至43.8at%である。5種類の元素を含むとき、各元素の組成は5at%乃至35at%である。6種類の元素を含むとき、各元素の組成は4.1at%乃至29.2at%である。7種類の元素を含むとき、各元素の組成は3.5at%乃至25at%である。また、本発明の実施の形態のポーラス金属は、各元素の固溶体から成る合金であることが好ましい。
【0024】
本発明の実施の形態のポーラス金属は、いわゆる高エントロピー合金または中エントロピー合金から成っており、各元素の配置エントロピーが最大化されているため、各元素の拡散速度が遅くなり、製造時の表面拡散を抑え、リガメントが成長するのを抑制することができる。このため、本発明の実施の形態のポーラス金属は、従来の低エントロピー合金と比べて、リガメントサイズが小さい。
以下、実施例として、本発明の実施の形態のポーラス金属を製造し、観察やリガメントサイズの測定等を行った。
【実施例1】
【0025】
特許文献1に記載の金属溶湯脱成分法を用いて、本発明の実施の形態のポーラス金属を製造した。まず、前駆合金として、Ti,V,Nb,Mo,Taの5つの元素を合わせて20at%、Niを80at%含む前駆合金を準備した。この前駆合金は、Ti,V,Nb,Mo,Taを、等原子分率に近い割合で含んでいる。この前駆合金を、アーク融解で溶かして各成分を混合し、固化後の合金から、厚さ0.5mmの薄板状の前駆体を切り出した。また、Mgから成る金属浴を準備した。なお、実施例では、前駆合金のNi分率が80at%であるが、ポーラス金属を製造するためには、Niは、一般的に30~80at%であればよい。Niが80at%のときは、最も小さなリガメントが得られる。Niが50at%のときは、面積当たりの比表面積が大きいポーラス構造が得られる。Niが30at%のときは、最も機械的強度の高いポーラス材料が得られる。
【0026】
ここで、Mgが金属溶湯脱成分法における第1の成分であり、Ti,V,Nb,Mo,Taの5つの元素が第2の成分であり、Niが第3の成分である。Ti,V,Nb,Mo,Taの5つの元素は、Mgに対して正の混合熱を有するとともに、Mgに対して不混和性である。Niは、Mgに対して負の混合熱を有している。なお、金属浴に使用したMgの融点は650℃であるが、600℃での脱成分を可能にするために、600℃の金属浴を使用する際には、Caを10at%添加して低融点化したMg合金溶湯を使用している。
【0027】
次に、準備した前駆体および金属浴を用いて、
図1に示す方法で、ポーラス金属を製造した。すなわち、
図1(a)に示すように、誘導コイル1で加熱して溶融したMgから成る金属浴2に、前駆体11を浸す。これにより、Niを選択的に金属浴2内に溶出させることができ、微小間隙を有するポーラス金属10aが得られる。金属浴2から取り出したポーラス金属10aは、微小間隙の内部にMg相が残っている。そこで、
図1(b)に示すように、ポーラス金属10aを硝酸(HNO
3)水溶液3の中に浸漬して、微小間隙中のMg相を取り除く。こうして、
図1(c)に示すように、Ti,V,Nb,Mo,Taの5つの元素から成るポーラス金属10を得ることができる。
【0028】
金属浴の温度を600℃~900℃とし、金属浴に浸す時間を10分~120分として、ポーラス金属を製造した。ポーラス金属の製造に使用した前駆体のX線回折(XRD)法による測定結果を、
図2(a)に示す。また、850℃の金属浴に10分間浸したときの、反応部分(Dealloyed region)と、反応していない前駆体のままの部分(Precursor)との境界付近の走査型電子顕微鏡(SEM)の観察結果を、
図2(b)に示す。
【0029】
図2に示すように、前駆体には、面心立方格子構造(FCC)の固溶体単相が認められ、FCCの格子定数aは3.6070であった。各元素の配合量を、表1に示す。表1に示すように、FCCの各相ともに、Ti,V,Nb,Mo,Taの5つの元素を、等原子分率に近い割合で含んでいる。
【0030】
【0031】
600、700、800、900℃の金属浴に10分間浸したときの、FCCから製造されたポーラス金属の走査型電子顕微鏡(SEM)の観察結果を、
図3に示す。
図3に示すように、いずれの条件でも、製造されたポーラス金属の構造が均一であることが確認できる。
【0032】
800℃の金属浴に120分間浸したとき、および、900℃の金属浴に120分間浸したときの、製造されたポーラス金属のX線回折(XRD)法による測定結果を、それぞれ
図4(a)および(b)に示す。
図4(a)および(b)に示すように、製造されたポーラス金属は、体心立方格子構造(BCC)の固溶体相から成り、Niが存在していないことから、反応が終了していると考えられる。BCCの格子定数aは、3.2300であった。
【0033】
900℃の金属浴に10分間浸したときの、BCCポーラス金属の各元素の配合量を、表2に示す。表2に示すように、Ti,V,Nb,Mo,Taの5つの元素を、等原子分率に近い割合で含んでおり、これらは高エントロピー合金(HEA)になっていると考えられる。このことから、複雑な元素調合の前駆体を利用しても、選択的にNiのみが溶解されていることが確認された。また、耐火金属元素の含有率がリガメントおよび間隙のサイズに影響を与えていると考えられる。
【0034】
【0035】
600℃の金属浴に10分間浸したとき、800℃の金属浴に10分間浸したときの、製造されたポーラス金属の透過型電子顕微鏡(TEM)の観察結果を、それぞれ
図5(a)および(b)に示す。
図5(a)および(b)中の差し込み図は、製造されたポーラス金属の体心立方格子に対応するSAEDパターンである。
図5に示すように、短い時間でも、ナノメートル大きさのBCCポーラス構造になることが確認できる。また、SAEDパターンに示すように、多結晶リガメントが形成されていることも確認できる。600℃の金属浴に10分間浸したときの、BCCの各元素の配合量を、表3に示す。
【0036】
【0037】
図5(a)および(b)に示すように、得られたポーラス金属は、リガメントおよび間隙のサイズが非常に小さくなっていることが確認された。これらの顕微鏡写真に対し、画像処理ソフトウェア「ImageJ」を用いて解析を行ったところ、600℃の金属浴に10分間浸して得られたポーラス金属の平均リガメントサイズは、10nmであって、極めて小さい値であった。800℃の金属浴に10分間浸したポーラス金属の平均リガメントサイズは34nm、900℃の金属浴に10分間浸したポーラス金属の平均リガメントサイズは99nmであった。表3に示すように、600℃の金属浴に10分間浸したときには、Niが残存していることから、まだ反応の途中であると考えられるが、BCCポーラス構造で非常に小さいリガメントサイズが得られている。なお、表3に示すように、BCCリガメントは、V、Moの耐火金属元素を多く含んでいる。また、表3から、BCC相は、6元系の高エントロピー合金に該当することがわかる。
【0038】
800℃、850℃、900℃の金属浴に、それぞれ10分間、30分間、60分間浸したときの、BCCのポーラス金属の走査型電子顕微鏡(SEM)の観察結果を、
図6(a)~(i)に示す。また、
図6に示す各顕微鏡写真から画像処理ソフトウェア「ImageJ」を用いて平均リガメントサイズ(Ligament size)を求め、金属浴への浸漬時間に対してプロットしたものを、
図7に示す。
【0039】
図6に示すように、各ポーラス金属とも、リガメントおよび間隙のサイズが数10nm~数100nmであり、非常に小さいことが確認された。また、
図7に示すように、金属浴の温度が一定の場合、浸漬時間が長くなるほど、リガメントサイズが大きくなっていることが確認された。しかし、そのリガメントサイズは、浸漬時間が10分~60分のとき、金属浴が800℃で34nm~70nm、850℃で69nm~158nm、900℃で99nm~212nmであり、熱処理温度(金属浴の温度)が高いにも関わらず、非常に小さい値を維持していることが確認された。なお、これらのポーラス金属も、高エントロピー合金に該当する。
【0040】
600℃、800℃、850℃、900℃の金属浴に10分間浸したとき、および、700℃、800℃、850℃、900℃の金属浴に60分間浸したときのポーラス金属(高エントロピー合金;HEA)の平均リガメントサイズを、そのポーラス金属の融点を脱成分時の金属浴温度で割って規格化した値(T
融点/T
脱成分温度)に対してプロットしたグラフを、
図8に示す。なお、各ポーラス金属(HEA)の融点は、混合法則(rule of mixture;ROM)により見積もられた値である。また、
図8には、発明者等によりこれまでに得られた、金属浴に10分間および60分間浸漬して得られた別のポーラス金属(Nb,FeCr,Ti,FeCo,Fe,V,Taであり、中エントロピー合金および高エントロピー合金に該当しない材料)のリガメントサイズも、比較のためにプロットしている(非特許文献1乃至4等参照)。
【0041】
図8に示すように、従来の各ポーラス金属は、金属浴への浸漬時間が一定の場合、金属の種類によらず、図中の実線および破線で示す直線に沿って並んでおり、べき乗則に従っていることが推定できる。これに対し、HEAのポーラス金属は、従来の各ポーラス金属の直線からは離れており、それらとは異なる直線に沿って並んでいることが確認された。HEAのポーラス金属は、T
融点/T
脱成分温度の値が同じとき、従来のポーラス金属よりもリガメントサイズが小さくなっていることが確認された。
【0042】
900℃の金属浴に、120分間浸したときの、製造されたポーラス金属の結晶方位マップおよび結晶粒界マップを、
図9に示す。
図9(b)の結晶粒界マップ中の明るい線は、対応粒界(Coincidence Site Lattice (CSL) boundary)を示している。
図9に示すように、本発明の実施の形態のポーラス金属では、そのリガメントを構成する結晶粒界において、 一般的な高硬度各結晶粒界よりも粒界エネルギーが低いCSL粒界の割合が高いことが確認された。
図9に示すポーラス金属の平均CSL粒界の割合は、0.538である。CSL粒界の一つである双晶により表面拡散が遅くなるため(非特許文献7参照)、CSL粒界の割合が高い本発明の実施の形態のポーラス金属では、リガメントの成長がさらに抑制され、リガメントサイズをより小さくすると考えられる。
【0043】
600℃~900℃の金属浴に、10分~120分間浸したときの、製造されたポーラス金属について、ISO14577に準拠してナノインデンテーション法により、リガメントの機械特性の評価試験を行った。得られた試験結果から各リガメントの降伏強度を求め、
図10に示す。
図10に示すように、サイズが10nm~462nmのリガメントの降伏強度は、1.9GPa~10.8GPaであり、同じリガメントサイズの金のポーラス体(Nanoporous gold)よりも強度が大きいことが確認された。
【符号の説明】
【0044】
1 誘導コイル
2 金属浴
3 硝酸(HNO3)水溶液
10、10a ポーラス金属
11 前駆体