(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】スポット溶接方法及び鋼板部品
(51)【国際特許分類】
B23K 11/11 20060101AFI20221109BHJP
B23K 11/16 20060101ALI20221109BHJP
【FI】
B23K11/11 540
B23K11/16
(21)【出願番号】P 2018034946
(22)【出願日】2018-02-28
【審査請求日】2020-11-06
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002967
【氏名又は名称】ダイハツ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100155457
【氏名又は名称】野口 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】古瀬 信浩
【審査官】後藤 泰輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-076125(JP,A)
【文献】特開2015-112640(JP,A)
【文献】特開2009-291824(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/11
B23K 11/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重ね合わされた複数の高張力鋼板を一方の電極と他方の電極とで挟持加圧した状態で通電することにより接合するスポット溶接方法であって、
前記複数の高張力鋼板と前記一方の電極との間に、前記高張力鋼板よりも引張強度の低い犠牲板を介在させ、
前記複数の高張力鋼板と前記他方の電極との間に、前記高張力鋼板よりも引張強度の低い金属板を介在させ
、
前記金属板の一部を曲げて前記複数の高張力鋼板と前記一方の電極との間に介在させ、この部分を前記犠牲板とするスポット溶接方法。
【請求項2】
ナゲットを介して接合された複数の高張力鋼板と、前記複数の高張力鋼板の厚さ方向一方側の表面にナゲットを介して接合された、前記高張力鋼板よりも引張強度の低い犠牲板と、前記複数の高張力鋼板の厚さ方向他方側の表面にナゲットを介して接合された、前記高張力鋼板よりも引張強度の低い金属板とを備え
、
前記金属板の一部を曲げて前記複数の高張力鋼板の厚さ方向一方側に配し、この部分を前記犠牲板とする鋼板部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スポット溶接方法及び鋼板部品に関する。
【背景技術】
【0002】
スポット溶接は、2枚以上の金属板(鋼板)を、一対の電極で挟んで加圧した状態で、一対の電極間に高電流を付与することで、金属板を抵抗発熱により部分的に溶融させ、電極内を流通する冷却水により、電極のダメージを緩和しつつ溶融部を凝固させる接合方法である。
【0003】
図7に示すように、複数の金属板101,102からなる板組みを一対の電極110,120で挟持加圧すると、電極110,120の加圧により金属板101,102に凹部101a,102aが形成されると共に、凹部101a,102aの周囲の領域が隣接する金属板から浮き上がり、両金属板101,102の間に隙間Gが形成される(この現象は、「シートセパレーション」とも言われる)。例えば、自動車の車体を構成する部品において、金属板の間に大きな隙間が形成されると、自動車の乗り心地に影響を与えることがある。
【0004】
例えば、軟鋼板同士を接合する場合、電極の加圧により軟鋼板を局部的に凹ませることができるため、凹部の周囲の領域の浮き上がりは比較的小さい。しかし、金属板101,102が高張力鋼板である場合、
図7に点線で示すように、電極110,120の加圧により金属板101,102が曲がりにくいために、凹部101a,102aの周囲が大きく浮き上がり、金属板101,102間の隙間Gが大きくなる。
【0005】
例えば、下記の特許文献1には、重ね合わせた金属板のうち、電極の周囲の領域をリング状の部材で挟持することで、シートセパレーションの発生を抑制することが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、溶接装置に上記のようなリング状の部材を設けると、コスト高を招く。
【0008】
そこで、本発明は、複数の高張力鋼板をスポット溶接で接合するに際し、溶接装置のコスト高を招くことなく、高張力鋼板間のシートセパレーションを抑えることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本発明は、重ね合わされた複数の高張力鋼板を一対の電極で挟持加圧した状態で通電することにより接合するスポット溶接方法であって、前記複数の高張力鋼板のうち、厚さ方向で最も外側に配された高張力鋼板と前記電極との間に犠牲板を介在させることを特徴とするスポット溶接方法を提供する。
【0010】
このように、最も外側に配された高張力鋼板と電極との間に犠牲板を介在させることにより、この犠牲板に凹部が形成され、犠牲板と高張力鋼板との間に隙間(シートセパレーション)が生じる。この場合、高張力鋼板は電極で直接加圧されないため、凹部の形成に伴う変形(反り)が抑えられる。その結果、高張力鋼板同士のシートセパレーションが抑えられ、これらの密着性が高められる。尚、「犠牲板」とは、高張力鋼板と電極との直接接触を回避することを主な目的とし、実質的に他の機能を有さない金属板のことを言う。
【0011】
上記のスポット溶接方法によると、ナゲットを介して接合された複数の高張力鋼板と、前記複数の高張力鋼板の厚さ方向一方側の表面にナゲットを介して接合された犠牲板とを備えた鋼板部品が得られる。この鋼板部品は、高張力鋼板同士の密着性が高いため、自動車の車体の構成部品等に好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0012】
以上のように、複数の高張力鋼板をスポット溶接で接合するに際し、高張力鋼板と電極との間に犠牲板を介在させることにより、溶接装置のコスト高を招くことなく、高張力鋼板間のシートセパレーションを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】(A)~(D)は、本発明の実施形態に係るスポット溶接方法で板組みを溶接する様子を示す断面図である。
【
図2】加圧通電パターンの一例を示すグラフである。
【
図3】他の実施形態に係る板組みを示す断面図である。
【
図4】(A)は、他の実施形態に係る板組みを示す
断面図であり、(B)は同
斜視図である。
【
図5】他の実施形態に係る板組みを示す断面図である。
【
図6】他の実施形態に係る板組みを示す断面図である。
【
図7】従来のスポット溶接方法を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0015】
本実施形態では、
図1(A)に示すような板組みを溶接する。この板組みからなる鋼板部品は、例えば自動車の車体の構成部品であり、具体的には、外板あるいは内板パネル(サイドアウタパネル、サイドインナパネル、フロアパネル等)として機能する薄板31と、骨格フレーム(サイドメンバ、リーンフォースメント等)として機能する複数の厚板(図示例では2枚の厚板32,33)とを有する。薄板31としては、例えば引張強度300MPa以下の軟鋼板が使用され、具体的には溶融亜鉛メッキ鋼板が使用される。厚板32,33は、薄板31よりも板厚が厚く、薄板31の一方側(図中下方)に重ね合わされる。厚板32,33としては、引張強度490MPa以上の高張力鋼板、特に引張強度980MPa以上の超高張力鋼板が使用される。本実施形態では、厚板32,33が、同材料からなり板厚が等しい高張力鋼板であり、具体的には冷間圧延鋼板からなる超高張力鋼板である。
【0016】
この板組みでは、厚さ方向で最も外側に配された高張力鋼板(図示例では、下側の厚板33)のさらに外側(下側)に、犠牲板40が配されている。犠牲板40は、厚板32,33よりも薄い金属板で構成される。また、犠牲板40は、厚板32,33よりも引張強度の低い材料で構成され、例えば軟鋼板で構成される。犠牲板40の厚さ及び材質は、板組み全体の組成が厚さ方向で対称となるように設定することが好ましい。本実施形態では、犠牲板40が、薄板31と同じ材質及び厚さの軟鋼板で構成される。上記の板組みの板厚比(板組みの総板厚T/薄板31の板厚T1)は4以上である。
【0017】
上記の板組みを一対の電極12a,12bで挟持加圧した状態で、一対の電極12a,12b間に通電することにより、上記の板組みが接合される。本実施形態では、
図2に示す同一時間軸に設定された加圧パターンP(実線参照)及び通電パターンI(鎖線参照)に従って、溶接が行われる。以下、
図2に示す各ステップを詳しく説明する。
【0018】
[アップスロープ、ステップW1]
加圧力がP1に達したら、その加圧力P1で保持すると共に、既定の時間通りに電流値をI1に達するまで徐々に上昇させる(アップスロープ:UPSL)。そして、電流値がI1に達したら、その電流値I1で保持する。こうして、板組みの被溶接部に一定の加圧力P1及び電流値I1を付与した状態で、所定時間(例えば2~4サイクル)保持する。尚、1サイクル=1/60秒である。
【0019】
ステップW1における加圧力P1及び電流値I1は、薄板31と厚板32、及び、犠牲板40と厚板33とを接合するために適した値とされる。具体的に、加圧力P1はなるべく小さい値に設定され、例えば、一方の電極12aを駆動するサーボモータ(図示省略)で安定的に発生させることができ、且つ、鋼板31~33及び犠牲板40のバラつきを抑えてこれらを確実に接触させることができる最小の圧力とされる。このように、加圧力P1を小さい値とすることで、鋼板同士の接触面積、特に、薄板31と厚板32、及び、犠牲板40と厚板33との接触面積が小さくなる。これにより、薄板31と厚板32、及び、犠牲板40と厚板33との接触部における電流密度が高くなり、この部分が優先的に発熱し、ナゲットN1,N2が形成される{
図1(A)参照}。ステップW1の通電時間は、所定の径のナゲットN1が得られるように設定される。
【0020】
[ステップW2]
その後、電流値をI1からI2に上昇させると共に、これに同期させて加圧力をP1からP2に上昇させることで、厚板32,33同士の接触部を含む板組み30全体の厚さ方向中央付近に、抵抗発熱による溶融部(ナゲットN3)が形成される{
図1(B)参照}。ナゲットN1,N2,N3は、板厚方向と直交する方向で同じ位置に設けられる。このように、ステップW1でナゲットN1,N2を形成した後、電流値をI1から下げることなく連続してI2まで上昇させることで、板組み30の被溶接部にエネルギーが供給され続けるため、鋼板同士の接触抵抗や各鋼板の母材抵抗が急変せず、厚板32,33の接触部にナゲットN3が形成されやすく、且つ、このナゲットN3が成長しやすい。尚、電流値を上昇させるタイミングと加圧力(特に実効加圧力:一対の電極12a,12bによる実際の加圧力)を上昇させるタイミングとは、一致させることが好ましいが、必ずしも完全に一致させる必要はなく、その前後の各ステップW1,W2において加圧力P1,P2で保持する時間が十分に確保できればよい。
【0021】
このとき、電極12a,12bの加圧力により、これらと直接接触する薄板31及び犠牲板40に凹部31a,40aが形成される。これに伴って、薄板31及び犠牲板40の凹部31a,40aの周囲の領域が、隣接する厚板32,33から浮き上がり、薄板31と厚板32との間、及び、犠牲板40と厚板33との間に、それぞれ隙間G1,G2が形成される。
【0022】
[ステップW3]
その後、加圧力をP2で維持したまま、電流値をI2からI3に少し低下させ、この電流値I3及び加圧力P2で所定時間(例えば2~4サイクル)保持する。これにより、スパッタの発生を防止しながら、ナゲットN3をさらに成長させることができる。
【0023】
[ステップW4~W7]
ステップW4では、ステップW3の電流値I3から、ステップW2の電流値I2よりも大きい電流値I4に上昇させる。ステップW5では、電流値をI4からI5に低下させる。電流値I5は、ステップW3における電流値I3よりも大きい。さらに、ステップW6で、ステップW5の電流値I5から、ステップW4の電流値I4よりも大きい電流値I6に上昇させた後、ステップW7で、電流値をI6からI7に低下させる。電流値I7は、ステップW5における電流値I5よりも大きい。本実施形態では、ステップW3からステップW4に移行する際に、電流値をI3からI4に上昇させるタイミングに同期させて、加圧力をP2からP3に上昇させる。その後のステップでは、一定の加圧力P3で保持される。
【0024】
以上のように、電流値を上下させながら段階的に上昇させることにより、スパッタの発生を抑制しながら、ナゲットN3の径(板厚と直交する方向の寸法、
図1の左右方向寸法)を拡大すると共に、ナゲットN3を板厚方向(
図1の上下方向)に成長させることができる。特に、本実施形態では、電流値をI3からI4に上昇させるときに、加圧力をP2からP3に上昇させているため、ナゲットN3の成長がさらに促進される。以上により、ナゲットN3をナゲットN1,N2と一体化することができる{
図1(C)参照}。尚、板組みを接合するナゲットNは、必ずしも一体化する必要はなく、ナゲットN1,N2,N3が分離していてもよい。
【0025】
このナゲットN3の拡大に伴って、電極12a,12bが薄板31及び犠牲板40をさらに押し込んで、凹部31a,40aが深くなり、薄板31と厚板32との間の隙間G1、及び、犠牲板40と厚板33との間の隙間G2が大きくなる。一方、厚板32,33は、電極12a,12bで直接加圧されないため、凹部がほとんど形成されず、凹部の周囲の領域の浮き上がりもほとんど生じないため、厚板32と厚板33とが互いに良好に密着した状態で維持される。このように、厚板33の外側(図中下側)に犠牲板40を配し、厚板33を電極12bで直接加圧しないようにすることで、厚板33の変形を抑えて、高張力鋼板からなる厚板32,33同士の密着性を高めることができる。
【0026】
この状態で、加圧力をP3で維持したまま、通電を停止して冷却することで(
図2の「HOLD」参照)、一体化したナゲットNが薄板31、厚板32,33、及び犠牲板40に溶け込んだ状態で硬化し、板組みが接合される{
図1(D)参照}。
【0027】
こうして接合された板組みからなる鋼板部品は、ナゲットNを介して接合された鋼板32,33の厚さ方向一方側(図中下側)の表面に、犠牲板40がナゲットNを介して接合されている。この鋼板部品は、犠牲板40が接合された状態のまま車体に組み付けられる。ただし、この板組みにおいて、犠牲板40は、厚板33と下側の電極12bとの直接接触を回避してシートセパレーションを抑えることを主な目的とする部材であり、車体の構成部品としての機能(外板あるいは内板パネルとしての機能や、骨格フレームとしての機能)は実質的に有していない。すなわち、上記の板組みに犠牲板40を設けなくても、自動車の車体の構成部品として要求される性能(強度等)は満たしている。
【0028】
本発明は上記の実施形態に限られない。例えば、
図3に示すように、犠牲板40を、スポット溶接を施す箇所のみに部分的に配してもよい。この場合、例えば、スポット溶接の打点(ナゲットN)ごとに犠牲板40が設けられる。
【0029】
また、犠牲板40と薄板31とを一体に設けてもよい。具体的には、
図4(A)(B)に鎖線で示すように、薄板31の一部を延在し、その延在部分40’を曲げて厚板33の下側に配することで、この部分を犠牲板40として機能させることができる。この場合、犠牲板40を別途形成する必要が無いため、低コスト化が図られる。
【0030】
また、
図5に示すように、高張力鋼板からなる厚板32,33のみからなる板組みを接合するに際し、厚板32,33の両側に犠牲板40を配してもよい。あるいは、
図6に示すように、高張力鋼板からなる厚板32,33のみからなる板組みを接合するに際し、一方側のみに犠牲板40を配してもよい。この場合、下側の厚板33は電極12bで直接加圧されるため、凹部が形成されて上側の厚板32から離反するが、上側の厚板32は、犠牲板40を配することで凹部の形成が回避されるため、両厚板32,33を電極で直接押圧する場合と比べて、両厚板32,33間の隙間を小さくすることができる。
【符号の説明】
【0031】
12a,12b電極
31 薄板
32,33 厚板(高張力鋼板)
40 犠牲板
G1,G2 隙間
N,N1,N2,N3 ナゲット