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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】抗菌ペプチド発現促進剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/185 20060101AFI20221109BHJP
   A61K 8/9789 20170101ALI20221109BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20221109BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20221109BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20221109BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20221109BHJP
【FI】
A61K36/185
A61K8/9789
A61Q19/00
A61P17/00 101
A61P31/04
A61P43/00 111
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018129049
(22)【出願日】2018-07-06
(65)【公開番号】P2020007259
(43)【公開日】2020-01-16
【審査請求日】2021-06-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小野 茂之
(72)【発明者】
【氏名】川崎 彰子
【審査官】横田 倫子
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-007258(JP,A)
【文献】特開2018-104364(JP,A)
【文献】特開平11-322620(JP,A)
【文献】特開2006-143659(JP,A)
【文献】特開2000-239161(JP,A)
【文献】日本薬学会年会要旨集, 2001, Vol.121st No.2, p.95 (0545)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/00
A61K 8/00
A61Q 19/00
A61P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホウセンカの20~60%エタノール水溶液(v/v)抽出物を有効成分とするヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進剤(但し、アトピー性皮膚炎の予防又は改善に使用する場合を除く)であって、ヒト皮膚由来の抗菌ペプチドがhBD-1、hBD-3、RNase 7又はS100A7である、抗菌ペプチド発現促進剤。
【請求項2】
ホウセンカの水抽出物を有効成分とするヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進剤(但し、アトピー性皮膚炎の予防又は改善に使用する場合を除く)であって、ヒト皮膚由来の抗菌ペプチドがRNase 7又はS100A7である、抗菌ペプチド発現促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト皮膚由来の抗菌ペプチドの発現を促進する抗菌ペプチド発現促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの皮膚は外的環境に接しており、病原性微生物(細菌、真菌およびウイルス等)等の生体異物の侵入の危険に常に晒されている。また、皮膚は常在菌と共生関係を有しており、健康な状態においては、病原性微生物の侵入を排除する生体バリアとしても機能している。しかしながら、なんらかの原因(例えば、免疫力の低下)で常在菌が異常増殖して皮膚組織に侵入すると日和見感染が生じる。皮膚は病原性微生物による危険から生体を防御すると同時に、常在菌の過剰増殖を制御する手段の1つとして抗菌ペプチド(antimicrobial peptides)による自然免疫機構,すなわち化学的バリア機構を発展させてきた(非特許文献1)。
【0003】
抗菌ペプチドは、その名称の様に抗菌活性を有し、種々の細菌等に殺菌・静菌作用を示す。生体防御に関わる抗菌ペプチドは非常に多くのものが同定されているが、皮膚で機能している代表的な抗菌ペプチドとして、ヒト β-ディフェンシン-1(human beta-defensin-1;hBD-1)、ヒト β-ディフェンシン-2(hBD-2)、ヒト β-ディフェンシン-3(hBD-3)、リボヌクレアーゼ 7(ribonuclease 7;RNase 7)、カルシウム結合タンパク質A7(S100 calcium binding protein;S100A7)[別名:プソリアシン(psoriasin)]、ヒト カセリシジン LL-37(37-amino-acid carboxy-terminal peptide of the cathelicidin antimicrobial protein;LL-37)が良く知られている。
【0004】
例えば、hBD-3は、グラム陽性菌(例えば、黄色ブドウ球菌[Staphylococcus aureus])、グラム陰性菌(例えば、緑膿菌)および真菌(例えば、カンジダ菌)に対し強い抗菌活性を示す。加えて、hBD-3は同族のhBD-1やhBD-2に比較して抗菌活性が高く、汗等に由来する塩類によっても活性が影響を受けないというより好ましい特徴も有している。(非特許文献1)。また、近年、アトピー性皮膚炎において、皮膚におけるhBD-3の発現レベルが感染を抑制できる程、十分に高まっていないことが報告され、アトピー性皮膚炎の発症あるいは重症度とhBD-3の発現状態との関係が示唆されている(非特許文献2)。
【0005】
LL-37は、hBD-3と同様に、グラム陽性菌、グラム陰性菌および真菌に対して抗菌活性を示す(非特許文献1)。加えて、抗ウイルス活性を有していることも知られている(非特許文献3)。近年の研究では、LL-37の発現レベルと乾癬の発症あるいは重症度が密接に関係しており、LL-37の発現状態を適切に制御することの重要性が指摘されている(非特許文献4)。
【0006】
hBD-1は、大腸菌等をはじめとする種々の細菌に対して抗菌活性を示す(非特許文献1)。また、hBD-1が、皮膚上皮細胞の密着結合(タイトジャンクション、tight junction)構成タンパク質の発現制御因子の1つになっており皮膚の物理的バリア機能に関与していることが示唆されている(非特許文献5)。
【0007】
最近になって、アトピー性皮膚炎発症の原因の1つに、黄色ブドウ球菌の異常増殖が関係していることがわかってきた(非特許文献6)。RNase 7は、hBD-3と同様に、黄色ブドウ球菌に対し高い抗菌活性を有し、皮膚の化学的バリアを構成する重要な抗菌ペプチドであると考えられている(非特許文献7)。さらに、定常状態(steady state)におけるRNase 7発現レベルが高い人は、高くない人に比較して、黄色ブドウ球菌感染に対する抵抗性が高いことが示されている(非特許文献8)。
【0008】
また、S100A7は、大腸菌特異的な抗菌作用を示すことが知られている(非特許文献9)。
【0009】
以上のように、抗菌ペプチドの発現レベルを適切な状態に高め、維持しておくことが、皮膚の化学的バリアの強化、ひいては皮膚の健康という観点から非常に重要であることが示唆されている。hBD-3の発現を促進する代表的な方法の1つとして、15-d-プロスタグランジンJおよびプロスタグランジンDのプロスタグランジン類の作用が知られている(非特許文献10)。しかしながら、これらは炎症性メディエーターであり、hBD-3の発現を促進する手段として、容易かつ現実的に利用できるものではない。LL-37の発現は、ビタミンDを作用させることで誘導されることは良く知られているが(非特許文献11)、ビタミンDそのものが化学的に不安定で、容易に利用できるものではない。hBD-1の発現は、表皮細胞の角化過程に伴って増加することはわかっているが(非特許文献1)、その発現制御の因子・機構については未だ不明な点が多い。また、RNase 7及びS100A7の発現は、アトピー性皮膚炎等による皮膚の炎症部位や角層皮膚バリアが物理的に傷害された部位において高まるが、hBD-3等と同様に、生理的条件下、すなわち定常状態下、具体的にどの様な因子、機構によって発現が制御されているかは現在のところほとんどわかっていない。従って、このような状況から、皮膚の化学的バリアの維持、促進に有用な抗菌ペプチドの発現を一般的な生活の場面でも(例えば、化粧料として)促進、制御できる方法の開発が強く望まれていた。
【0010】
ホウセンカはツリフネソウ科の植物であり、古くから、リウマチ、腫脹(swelling)、脚気、挫傷、爪周囲炎(fingernail inflammation)に対して使用されている。また、ホウセンカの抽出物には、発毛抑制作用があること(特許文献1)、テストステロン5α-リダクターゼ阻害作用があること(特許文献2)等が報告されている。
しかしながら、ホウセンカが抗菌ペプチドの発現を促進することはこれまでに全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2009-084255公報
【文献】特開平11-021245公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Niyonsaba F et al. Protective roles of the skin against infection: Implication of naturally occuring human antimicrobial agents b-defensins, cathelicidin LL-37 and lysozyme. J Dermatol Sci 40: 157-168, 2005
【文献】Nomura I et al. Cytokine milieu of atopic dermatitis, as compared to psoriasis, skin prevents induction of innate immune response genes. J Immunol 171: 3262-3269, 2003
【文献】Barlow PG et al. Antiviral activity and increased host defense against influenza infection elicited by the human cathelicidin LL-37. PLoS ONE 6: e25333, 2011
【文献】Dombrowski Y et al. Cathelicidin LL-37: a defense molecule with a potential role in psoriasis pathogenesis. Exp Dermatol 21: 327-330, 2012
【文献】Goto H et al. Human beta defensin-1 regulates the development of tight junctions in cultured human epidermal keratinocytes. J Dermatol Sci 71: 145-148, 2013
【文献】Kobayashi T et al. Dysbiosis and Staphylococcus aureus colonization drives inflammation in atopic dermatitis. Immunity 42: 756-766, 2015
【文献】Cho JS et al. Lucky number seven: RNase 7 can prevent Staphylococcus aureus skin colonization. J Invest Dermatol 130: 2703-2706, 2010
【文献】Zanger P et al. Constitutive expression of the antimicrobial peptide RNase 7 is associated with Staphylococcus aureus infection of the skin. J Infect Dis 200: 1907-1915, 2009
【文献】GlaserR et al. Antimicrobial psoriasin (S100A7) protects human skin from Escherichia coli infection. Nature Imuunol 6:57-64, 2005
【文献】Bernard JJ et al. Cyclooxygenase-2 enhances antimicrobial peptide expression and killing of Staphylococcus aureus. J Immunol 185: 6535-6544, 2010
【文献】Schauber J et al. Histone acetylation in keratinocytes enables control of the expression of cathelicidin and CD14 by 1,25-dihydroxyvitamin D3. J Invest Dermatol 128: 816-824, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、ヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、抗菌ペプチドの発現を促進する物質を探索した結果、ホウセンカの抽出物がhBD-1、hBD-3、RNase 7、S100A7、LL-37等のヒト皮膚由来の抗菌ペプチドの発現を促進する作用があり、当該抗菌ペプチドの発現促進剤となり得ることを見出した。
【0015】
すなわち本発明は、ホウセンカ抽出物を有効成分とするヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進剤に係るものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、生体における自然免疫機能(主として抗菌作用)を高めることができ、その結果、細菌やウイルス感染症の予防又は改善、或いはアトピー性皮膚炎の予防又は改善を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明において、「ヒト皮膚由来の抗菌ペプチド」とは、ヒト皮膚の上皮細胞において発現している抗菌ぺプチドを指し、例えば、hBD-3、LL-37等の誘導性型抗菌ペプチドや、hBD-1、RNase7、S100A7等の常時発現型抗菌ペプチドが挙げられる。
【0018】
誘導性型抗菌ペプチドとは、定常状態において、ほとんど発現していないか、あるいは発現レベルが低い抗菌ペプチドで、物理的な上皮細胞バリアの破壊や炎症性メディエーター(プロスタグランジン類、サイトカイン類等)等のなんらかの刺激によって発現が高まる抗菌ペプチドである。一方、常時発現型抗菌ペプチドとは、定常状態において明確な発現が認められる抗菌ペプチドのことを指す。
ここで、「hBD-3」は、ヒト β-ディフェンシン-3(human β-defensin-3[Gene Symbol=DEFB103])として特定されている5.1kDaの誘導性型の抗菌ペプチドである。
【0019】
「LL-37」は、ヒト カセリシジン LL-37(37-amino-acid carboxy-terminal peptide of the cathelicidin antimicrobial protein[Gene Symbol=CAMP])として特定されている4.5kDaの誘導性型の抗菌ペプチドである。
【0020】
「hBD-1」は、ヒト β-ディフェンシン-1(human β-defensin-1[Gene Symbol=DEFB101])として特定されている3.9kDaの常時発現型の抗菌ペプチドである。細菌由来のリポ多糖(lipopolysaccharide;LPS)やペプチドグリカン(peptidoglycan)の刺激により、その発現が高まることから誘導性型の性質も有している。
【0021】
「RNase 7」は、リボヌクレアーゼ 7(ribonuclease 7[Gene Symbol=RNASE7])として特定されている14.5kDaの常時発現型の抗菌ペプチドである。
【0022】
「S100A7」は、カルシウム結合タンパク質S100A7(S100 calcium binding protein A7[Gene Symbol=S100A7])として特定されている11.0kDaの常時発現型の抗菌ペプチドである。
RNase 7およびS100A7は、物理的な上皮細胞構造(角層構造)の破壊や炎症性メディエーター等の刺激によってさらに発現が高まることより誘導性型の性質も有している。
【0023】
また、hBD-3、RNase 7やS100A7は、大腸菌等の病原性細菌に対して強い抗菌活性を示すのみならず、近年、白癬菌、いわゆる水虫菌に対して高い抗真菌活性を示すことも明らかとなり、皮膚に発現する抗菌ペプチド類は生体防御因子として一段と注目を集めている。
【0024】
本発明において、「ヒト皮膚由来の抗菌ペプチドの発現促進」とは、上記抗菌ペプチドのmRNA及び/又はタンパク質の発現促進を意味する。
尚、当該抗菌ペプチド発現促進の評価は、例えば、正常ヒト表皮角化細胞(normal human epidermal keratinocyte)などの細胞系を用い、当該細胞からmRNA又タンパク質を抽出し、抗菌ペプチドをコードするmRNA量又はタンパク質量を、リアルタイムPCRやノーザンブロッティング、或いはELISAやウェスタンブロッティングをそれぞれ用いて、測定することにより行うことができる。
【0025】
本発明において、「ホウセンカ」は、ツリフネソウ科のホウセンカ(Impatiens balsamina L.)を指す。
抽出に用いられるホウセンカの部位は、特に限定されず、例えば全草、葉、茎、芽、花、蕾、木質部、樹皮、地衣体、根、根茎、仮球茎、球茎、塊茎、種子、果実等、又はそれらの組み合わせであり得るが、全草、花、葉、茎を用いるのが好ましく、花、葉及び茎を用いるのがより好ましい。
【0026】
本発明に用いるホウセンカ抽出物の製造方法は、特に限定はなく上記植物を公知の方法で抽出することにより得ることができる。本発明では各種抽出溶媒による溶媒抽出法により製造した抽出物が好ましく用いられる。
【0027】
抽出のための溶媒には、極性溶媒、非極性溶媒のいずれをも使用することができる。溶媒の具体例としては、例えば、水;メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、tert-ブタノール、1-ペンタノール、1-ヘキサノール、1-ヘプタノール、1-オクタノール等の1価アルコール類、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3-ブチレングリコール、1,4-ブチレングリコール、ポリエチレングリコール 200、ポリエチレングリコール 300、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル(セロソルブ)、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル(エチルカルビトール)等のグリコール類又はグリコールのモノエーテル類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等の鎖状又は環状のエーテル類;ヘキサン、シクロヘキサン等の鎖状又は環状の炭化水素類;ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素類;ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類;ピリジン類;ジメチルスルホキシド;ジメチルホルムアミド;アセトニトリル;二酸化炭素、超臨界二酸化炭素;油脂、ワックス、その他のオイル類が挙げられる。これら上述の抽出のための溶媒は、一種又は二種以上を組み合わせて使用することができる。本発明においては、物性(抽出効率、安定性)、安全性および汎用性の点から、水、1価アルコール類、、グリコール類又はグリコールのモノエーテル類及びこれらアルコール類の水溶液が好ましい。また、操作性に関する物性(粘度、融点、沸点)の点も加味すれば、水、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、1-ペンタノール、1-ヘキサノール、1-オクタノール等の炭素数1~8の1価アルコール類、プロピレングリコール、1,3-ブチレングリコール、1,4-ブチレングリコール、セロソルブ、エチルカルビトール及びこれらアルコール類の水溶液がより好ましい。上記のアルコール水溶液は、任意の割合で混合して使用することができるが、好ましくはアルコール類の割合が20~80%の水溶液(v/v)である。メタノールおよびエタノールの場合は、それらアルコール類の揮発性、安全性の観点も考慮して、アルコール類の割合が20~60%の水溶液(v/v)を使用することがより好ましい。
【0028】
抽出溶媒の使用量は、十分な抽出効率が得られる条件であれば特に限定されないが、例えば、ホウセンカ乾燥物1g重量に対し、1~1000mL、好ましくは5~100mL等を例示することができる。
抽出条件は、十分な抽出効率が得られる条件であれば特に限定されない。抽出期間(時間)は、例えば、1時間以上、好ましくは1日以上、30日間以下、好ましくは14日間以下等を例示することができる。抽出温度は、0℃以上,使用する溶媒の沸点以下で実施することが好ましく、より好ましくは常温から使用溶媒の沸点以下の温度範囲を例示することができる。ただし、加圧条件下において実施する場合には、抽出温度は使用溶媒の沸点に限定されることなく、抽出効率に鑑みて適宜、最適な温度を設定することができる。
【0029】
抽出手段は、特に限定されないが、例えば、固液抽出、液液抽出、浸漬、煎出、浸出、還流抽出、加圧加熱抽出、蒸留,超臨界抽出等の通常の手段を用いることができる。
【0030】
本発明のホウセンカ抽出物は、例えば化粧品や医薬品上許容し得る規格に適合し、本発明の効果を発揮するものであれば粗精製物であってもよい。また、必要に応じて、液液分配、固液分配、活性炭処理、イオン交換樹脂処理、等の公知の技術によって不活性な夾雑物の除去、脱臭、脱色等の処理を施すことができる。
また、さらに公知の分離精製方法を適宜組み合わせて、ある特定成分(画分)の濃度・割合を高めてもよい(例えば、限外濾過膜分離により,分子量10kD以上の画分を除去する等)。精製手段としては、有機溶剤沈殿、遠心分離、限界濾過膜分離、高速液体クロマトグラフやカラムクロマトグラフ等が挙げられる。
【0031】
本発明において、上記の抽出物はそのまま用いることもできるが、当該抽出物を希釈、濃縮若しくは凍結乾燥した後、粉末又はペースト状に調製して用いることもできる。また、凍結乾燥し、用時に、通常抽出に用いられる溶剤、例えば水、エタノール、プロピレングリコール、、水-エタノール混液、水-プロピレングリコール混液、水-1,3-ブチレングリコール混液等の溶剤で溶解・希釈して用いることもできる。また、リポソーム等のベシクルやマイクロカプセル等に内包させて用いることもできる。
【0032】
後記実施例に示すように、ホウセンカ抽出物を正常ヒト表皮角化細胞に添加すると、hBD-1、hBD-3、RNase 7、S100A7及びLL-37のmRNAの発現量が増加する。
【0033】
したがって、本発明のホウセンカ抽出物は、ヒト皮膚由来の抗菌ペプチドの発現を促進することから、ヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進剤となり得、また、ヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進剤を製造するために使用することができる。すなわち、本発明のホウセンカ抽出物は、ヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進のために使用することができる。ここで、ヒトに対する使用は、治療的使用であっても非治療的使用であってもよい。「非治療的」とは、医療行為を含まない概念、すなわち人間を手術、治療又は診断する方法を含まない概念、より具体的には医師又は医師の指示を受けた者が人間に対して手術、治療又は診断を実施する方法を含まない概念である。
【0034】
本発明のヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進剤は、それ自体、ヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進のための、化粧品、医薬品部外品、医薬品であってもよく、又は当該化粧品、医薬部外品、医薬品等に配合して使用される素材又は製剤であってもよい。
【0035】
本発明のヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進剤を含有する化粧品、医薬部外品又は医薬品は、好適には皮膚外用剤の形態で、具体的には、軟膏、乳化化粧料、クリーム、乳液、ローション、ジェル、エアゾール等の種々の形態で用いることができる。
斯かる製剤は、それぞれ一般的な製造法により、直接又は製剤上許容し得る担体、例えば、各種油剤、界面活性剤、ゲル化剤、防腐剤、酸化防止剤、溶剤、アルコール、水、キレート剤、増粘剤、紫外線吸収剤、乳化安定剤、pH調整剤、色素、香料等とともに混合、分散した後、所望の形態に加工することによって得ることができる。また、これらの化粧品、医薬部外品又は医薬品等には、それぞれの製剤に応じて、適宜、植物抽出物、殺菌剤、保湿剤、抗炎症剤、抗菌剤、清涼剤、抗脂漏剤等を本発明の効果を妨害しない範囲で適宜配合することができる。
【0036】
当該化粧品、医薬部外品又は医薬品中の本発明のホウセンカ抽出物の含有量は、その抽出物の固形分に換算して、一般的に好ましくは0.00001質量%以上、より好ましくは0.0002質量%以上、更に好ましくは0.0005質量%以上、更に好ましくは0.001質量%以上、更に好ましくは0.005質量%以上、更に好ましくは0.01質量%以上であり、そして好ましくは10質量%以下、より好ましくは1質量%以下、更に好ましくは0.5質量%以下である。また、0.00001~10質量%とするのが好ましく、0.0002~1質量%とするのがより好ましく、0.0005~0.5質量%とするのが更に好ましく、0.001~0.5質量%とするのが更に好ましく、0.005~0.5質量%とするのが更に好ましく、0.01~0.5質量%とするのが更に好ましくい。尚、抽出物の固形分換算とは、抽出物から抽出溶媒を除いた残渣(蒸発残分)の質量に換算することを意味する。具体的には、抽出物を窒素気流下、120℃で12時間乾燥させた後の残渣の質量に換算することを意味する。
【0037】
上記化粧品、医薬部外品又は医薬品の投与量は、効果が得られる量であれば特に限定されず、対象者の状態、体重、性別、年齢又はその他の要因に従って変動し得るが、成人(60kg)1人当たり1日、本発明のホウセンカ抽出物(固形分換算)として、例えば、好ましくは0.5mg以上であり、更に好ましくは1mg以上であり、更に好ましくは5mg以上であり、更に好ましくは10mg以上であり、そして1000mg以下、好ましくは500mg以下である。また、0.5~1000mgとするのが好ましく、更に1~500mgとするのが好ましく、更に5~500mgとするのが好ましく、更に10~500mgとするのが好ましい。また、当該製剤は、任意の摂取・投与計画に従って摂取・投与され得るが、1日1回~数回に分け、数週間~数カ月間継続して投与することが好ましい。このうち、1日3回に分け、6週間以上継続して投与することがより好ましい。
また、上記化粧品、医薬部外品又は医薬品の適用対象者としては、それを必要としていれば特に限定されないが、上皮細胞器官における自然免疫機能を強化し、細菌やウイルスによる感染症の予防又は改善を所望するヒト、アトピー性皮膚炎の予防又は改善を所望するヒトが挙げられる。
【0038】
上述した実施形態に関し、本発明においては更に以下の態様が開示される。
<1>ホウセンカ抽出物を有効成分とするヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進剤。
<2>ヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進剤を製造するための、ホウセンカ抽出物の使用。
<3>ヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進に使用するための、ホウセンカ抽出物。
<4>ヒト皮膚由来の抗菌ペプチドの発現を促進するための、ホウセンカ抽出物の非治療的使用。
<5>ホウセンカ抽出物を投与することを含むヒト皮膚由来の抗菌ペプチド発現促進方法。
【0039】
<6>上記<1>~<5>において、ヒト皮膚由来の抗菌ペプチドは、hBD-1、hBD-3、RNase 7、S100A7又はLL-37である。
<7>上記<1>~<6>において、ホウセンカ抽出物における抽出溶媒は、水又は炭素数1~8の1価アルコールの水溶液である。
<8>上記<1>又は<2>において、製剤組成物中のホウセンカ抽出物の含有量は、ホウセンカ抽出物中の固形分に換算して、一般的に好ましくは0.00001質量%以上、より好ましくは0.0002質量%以上、更に好ましくは0.0005質量%以上、更に好ましくは0.001質量%以上、更に好ましくは0.005質量%以上、更に好ましくは0.01質量%以上であり、そして好ましくは10質量%以下、より好ましくは1質量%以下、更に好ましくは0.5質量%以下であるか、又は好ましくは0.00001~10質量%、より好ましくは0.0002~1質量%、更に好ましくは0.0005~0.5質量%、更に好ましくは0.001~0.5質量%、更に好ましくは0.005~0.5質量%、更に好ましくは0.01~0.5質量%である。
【実施例
【0040】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
製造例1 ホウセンカ抽出物(エターノール水溶液抽出物)の調製
ホウセンカエキスTCP(ティー・シー・ファルマ社製造、Impatiens balsamina L. Flower/Leaf/Stem Extract、45%エタノール水抽出物(v/v))について、下記の方法で固形分を算出したところ、固形分濃度は1.1%(w/v)であった。
<固形分の算出>
ホウセンカエキスTCP 2mLを窒素気流下、120℃で12時間乾燥させたところ(乾燥機:DRY Thermo Unit DTU-1C(TAITEC CORPORATION社製)使用)、乾燥物22mgが得られた。このエキスの固形分濃度を、22/2000×100=1.1%(w/v)と算出した。
上記エキスに45%エタノール水溶液(v/v)を加えて、固形分濃度1.0%(w/v)のホウセンカエタノール水抽出物の45%エタノール水溶液(v/v)を調製した。
【0041】
実施例1 hBD-1、hBD-3、RNase 7及びS100A7の発現に対する効果の評価(1)
1)細胞培養は、正常ヒト表皮角化細胞を購入し(Life Technologies)、HuMedia-KG増殖添加剤セット(5種類、クラボウ)を添加したEpiLife無血清細胞培養培地(Life Technologies)を用い、37℃で行った。実験には、継代数3又は4の細胞を使用した。細胞は、1×10個/ウェルで6ウェル培養プレートに播種し,subuconfluent(約80%)の状態まで培養した。Subconfluentに達した状態で、細胞培養培地をHuMedia-KG増殖添加剤セットからヒト組換え型上皮成長因子(hEGF)及びウシ脳下垂体抽出液(BPE)以外の添加剤を加えたEpiLife無血清細胞培養培地に交換し、24時間培養した。
【0042】
2)製造例1で調製したホウセンカ抽出物を、固形分濃度が0.1%(w/v)になるように濃度を調整した後、ヒト組換え型上皮成長因子(hEGF)及びウシ脳下垂体抽出液(BPE)以外の増殖添加剤を加えたEpiLife無血清細胞培養培地10mLあたり100μLの割合で添加し、72時間細胞を刺激した(n=3)(細胞を刺激した際のホウセンカ抽出物の最終固形分濃度(final concentration)は0.001%(w/v))。
【0043】
3)培養細胞からRNA抽出キット[QIAshredder(キアゲン)及びRNeasy Mini Kit(キアゲン)]を用いて全RNAを抽出した。RNAからcDNAへの逆転写反応は、1000ngスケールで、High Capacity RNA-to-cDNA kit(Applied Biosystems)により行った。リアルタイムPCRは、TaqMan primer/probe assay試薬(Applied Biosystems)及びTaqMan RT-PCR Master Mix試薬(Applide Biosystems)を用い、7500 real-time PCR system(Applied Biosystems)で実施した。
hBD-1遺伝子、hBD-3遺伝子、RNase 7遺伝子及びS100A7遺伝子の発現レベルは、ハウスキーピング遺伝子、Ribosomal Protein LP0(RPLP0)で標準化を行い、抽出溶媒のみを比較対照とし、その発現レベルを1.0とする相対変化量として算出した。各実験群間の有意差検定は、Student’s t-test法により行った。
【0044】
4)それぞれの抗菌ペプチド発現に対する効果を表1に示す。
ホウセンカのエタノール水溶液抽出物は、hBD-1、hBD-3、RNase 7及びS100A7の相対的mRNA発現量を対照と比較して増加させた。
【0045】
【表1】
【0046】
実施例2 LL-37発現に対する効果の評価
製造例1で調製したホウセンカ抽出物を、固形分濃度が0.01%(w/v)になるように濃度を調整した後、培養細胞に作用させた以外は実施例1と同様な方法でLL-37発現に対する効果の評価を実施した(細胞を刺激した際のホウセンカ抽出物の最終固形分濃度(final concentration)は0.0001%(w/v))。
LL-37発現に対する効果を表2に示す。ホウセンカのエタノール水抽出物は、LL-37の相対的mRNA発現量を対照と比較して増加させた。
【0047】
【表2】
【0048】
製造例2 ホウセンカ抽出物(水抽出物)の調製
ホウセンカエキス(新和物産社製造、Impatiens Balsamina Flower Extract、水抽出物)について、下記の方法で固形分を算出したところ、
固形分濃度は2.6%(w/v)であった。
【0049】
<固形分の算出>
ホウセンカエキス2mLを窒素気流下、120℃で12時間乾燥させたところ(乾燥機:DRY Thermo Unit DTU-1C
(TAITEC CORPORATION社製)使用)、乾燥物52mgが得られた。このエキスの固形分濃度を、52/2000×100=2.6%
(w/v)と算出した。
上記エキスに10%エタノール水溶液(v/v)を加えて、固形分濃度1.0%(w/v)のホウセンカ水抽出物の10%エタノール水溶液(v/v)を調製した。
【0050】
実施例3 RNase 7及びS100A7の発現に対する効果の評価(2)
製造例2で調製したホウセンカ抽出物を、固形分濃度が0.1%(w/v)になるように濃度を調整した後、実施例1と同様な方法でRNase 7及びS100A7発現に対する効果の評価を実施した(細胞を刺激した際のホウセンカ抽出物の最終固形分濃度(final concentration)は0.001%(w/v))。それぞれの抗菌ペプチド発現に対する効果を表3に示す。
ホウセンカの水抽出物は、RNase 7及びS100A7の相対的mRNA発現量を対照と比較して増加させた。
【0051】
【表3】